腎うっ血における腎障害とイマチニブメシル酸塩に
よる腎保護効果の検討
著者
松木 琢磨
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第19136号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00129231
1 博士論文
腎うっ血における腎障害と
イマチニブメシル酸塩による腎保護効果の検討
東北大学大学院医学系研究科医科学専攻 発生・発達医学講座 小児病態学分野 松木 琢磨2
目次
Ⅰ.要約 ... 8 Ⅱ.研究背景 ... 11 Ⅲ.研究目的 ... 19 Ⅳ.研究方法 ... 20 ・Ⅳ-1.実験動物 ... 20 ・Ⅳ-2.左右腎静脈間中心静脈結紮術 ... 20 ・Ⅳ-3.イマチニブ投与 ... 21 ・Ⅳ-4.生化学的・分子生物学的解析 ... 21 ・Ⅳ-5.ヒト胎盤由来培養ペリサイトを用いた実験 ... 22 ・Ⅳ-6.RNA 発現レベルの解析 ... 23 ・Ⅳ-7.組織の解析 ... 24 ・Ⅳ-8.ウェスタンブロッティング ... 25 ・Ⅳ-9.Ex Vivo µCT スキャン ... 27 ・Ⅳ-10.低真空走査電子顕微鏡 (LV-SEM) ... 27 ・Ⅳ-11.統計解析 ... 28 Ⅴ.研究結果 ... 29 ・Ⅴ-1.疑似手術群との比較 ... 29 ・Ⅴ-2.雌雄差... 29 ・Ⅴ-3.イマチニブの用量比較 ... 30 ・Ⅴ-4.イマチニブ投与による尿細管間質線維化抑制に関する生理的、分子生物学的分析 ... 32 ・Ⅴ-5.腎うっ血による血管構造の変化 ... 33 ・Ⅴ-6.イマチニブ投与による尿細管間質線維化抑制に関する組織学的分析 ... 34 Ⅵ.考察 ... 37 ・Ⅵ-1.疑似手術群との比較 ... 38 ・Ⅵ-2.雌雄差 ... 39 ・Ⅵ-3.イマチニブ投与による尿細管間質障害の抑制 ... 39 ・Ⅵ-4.腎障害に対するイマチニブ投与の可能性 ... 44 ・Ⅵ-5.研究限界と今後の展開 ... 45 Ⅶ.結論 ... 463
Ⅷ.謝辞 ... 47
Ⅸ.参考文献 ... 48
Ⅹ.図 ... 60
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略語
本文並び図表中に以下の略語を使用した。
Acta2 (actin alpha 2; アクチンアルファ 2、α-SMA) Actb (actin beta; βアクチン)
ALT (alanine transaminase; アラニンアミノ基転移酵素)
AST (aspartate transaminase; アスパラギン酸トランスアミナーゼ) A.U. (arbitrary unit; 任意単位)
BSA (bovine serum albumin; ウシ血清アルブミン) cDNA (complementary DNA; 相補鎖 DNA)
CEL (chronic eosinophilic leukemia; 慢性好酸球性白血病) ChE (cholinesterase; コリンエステラーゼ)
CML (chronic myeloid leukemia; 慢性骨髄性白血病) ColI (collagen1; I 型コラーゲン)
Col1a1 (collagen1a1; I 型コラーゲンα1) ColIII (collagen3; III 型コラーゲン)
Col3a1 (collagen3a1; III 型コラーゲンα1) ColIV (collagen4; IV 型コラーゲン)
Col4a1 (coll1gen4a1; IV 型コラーゲンα1)
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DNA (deoxyribonucleic acid; デオキシリボ核酸) EM (elastica masson; エラスティカマッソン)
EMT (epithelial-mesenchymal transition; 上皮間葉転換) FBS (fetal bovine serum; ウシ胎児血清)
Flt-3 (FMS-like tyrosine kinase 3; FMS 様チロシンキナーゼ 3) Fn1 (fibronectin1; フィブロネクチン)
Gapdh (glyceraldehyde-3-phosphate-dehydrogenase; グリセルアルデヒド 3 リン酸脱 水素酵素)
GIST (gastrointestinal stromal tumor; 消化管間質腫瘍) HE (hematoxylin eosin; ヘマトキシリンエオジン)
HES (hypereosinophilic syndrome; 特発性好酸球増加症候群) HRP (horseradish peroxidase; 西洋ワサビペルオキシダーゼ) IR (ischemia-reperfusion; 虚血再灌流)
LV-SEM (low-vacuum scanning electron microscopy; 低真空走査電子顕微鏡) NAG (N-acetyl glucosaminidase; N-アセチルグルコサミニダーゼ)
Kim1 (kidney injury molecule 1; 腎障害分子)
qPCR (quantitative polymerase chain reaction; 定量的ポリメラーゼ連鎖反応) PBS (phosphate buffered saline; リン酸緩衝生理食塩水)
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PDGFR (platelet-derived growth factor receptor; 血小板由来成長因子受容体) PMT (pericyte-myofibroblast transition; ペリサイト-筋線維芽細胞転換) PVDF (polyvinylidene difluoride; ポリフッ化ビニリデン)
RNA (ribonucleic acid; リボ核酸)
Rplp2 (ribosomal protein lateral stalk subunit 2; リボソームタンパク質 P2) SD (Sprague-Dawley; スプラーグドーリー)
Spp1 (secreted phosphoprotein 1; 分泌型リンタンパク質 1、オステオポンチン) Tagln (transgelin; トランスゲリン、SM22)
TBST (tris buffered saline with tween 20; トリス緩衝生理食塩水)
TGF-β (transforming growth factor-β; トランスフォーミング増殖因子) TnC (tenascin-C; テネイシン C)
Vim (vimentin; ビメンチン)
UUO (unilateral ureteral obstructed; 片側尿管結紮) WB (western blotting; ウェスタンブロッティング)
γ-GTP (γ-glutamyltransferase; ガンマグルタミルトランスフェラーゼ) µCT (micro-computed tomography; マイクロコンピュータ断層撮影)
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博士論文の基礎となる論文
本研究の研究成果は以下の公表論文として学術誌に投稿した。
Takuma Matsuki, Takuo Hirose, Satoshi Shimada, Chika Takahashi, Ikuko Oba-Yabana, Takayuki Seki, Toshiko Kato, Satoshi Kinugasa, Hannah Nakamura, Junichi Tani, Shigeo Kure, Takefumi Mori
Tubulointerstitial Injury in Renal Congestion Is Suppressed by Inhibiting Platelet-Derived Growth Factor Pathway
Circulation Research: Received September 16, 2019 Manuscript number: CIRCRES/2019/316026
8 Ⅰ.要約 心臓と腎臓には、心腎連関と呼ばれる体液量・血行動態の恒常的な調整機構がある。 近年、中心静脈圧の上昇が腎障害の原因となっていることが示された。我々は中心静 脈圧の上昇、すなわち腎静脈圧の上昇に伴って腎間質静水圧の上昇と直血管の拡張が 腎うっ血による線維化の原因となると仮説を立て、中心静脈を左右腎静脈間で結紮す る新たな腎うっ血ラットモデルを作製し、血行動態と分子機序について検討、報告し た。この腎うっ血モデルでは、遠位の中心静脈圧のみ上昇して左腎のみうっ血状態と なり、右腎はうっ血状態にならず、術後 3 日目に糸球体障害、尿細管間質障害に関連 する遺伝子の発現が亢進していた。特にペリサイト-筋線維芽細胞転換(pericyte-myofibroblast transition; PMT) に 関 連 す る 血 小 板 由 来 増 殖 因 子 受 容 体 (platelet-derived growth factor receptor; PDGFR)の発現が顕著に亢進していた。そして、腎皮 膜除去等によって PDGFR 経路を抑制することにより尿細管間質障害が改善した。今 回、当該モデルの検証を目的として、右腎臓を正常コントロールとして用いることの 妥当性、性差の有無を評価した。加えてチロシンキナーゼ阻害剤の1つであり、 PDGFR 経路の阻害作用を持ち他の腎障害モデルにおいて障害の進展抑制効果が報告 されている、イマチニブメシル酸塩(イマチニブ)を用いて我々の腎うっ血モデルにお ける尿細管間質障害進展抑制効果を多面的に検討した。 7-9 週齢の Sprague-Dawley ラットの左右腎静脈間で中心静脈を絹製縫合糸で結紮 した。雌雄差の検討を除いて全て雄性ラットを用いた。疑似手術群においては、中心
9 静脈、左右腎静脈の同定、それらの周囲結合組織からの剥離まで行い、中心静脈の結 紮は行わず閉腹した。生理学的には腎重量の測定、また血液、尿検体から腎機能障害、 肝機能障害について評価した。分子生物学的には、定量的 PCR (qPCR)、ウェスタン ブロッティングによる評価を行った。組織学的には組織染色、免疫染色、蛍光免疫染 色を行い、種々の腎障害マーカー、線維化マーカーについて評価した。また摘出した 腎臓について、うっ血による直血管周囲の構造変化を、micro-computed tomography (µCT) に よ り 巨 視 的 に 、 低 真 空 走 査 電 子 顕 微 鏡 (low-vacuum scanning electron microscopy; LV-SEM)により微視的に観察した。 イマチニブは、手術前日、手術当日、術後 1 日目、2 日目と計 4 回、腹腔内投与し た。対照群は同量の、イマチニブの溶媒として用いた生理食塩水を同量投与した。術 後 3 日目に左右の腎臓を摘出し、各種解析に用いた。また屠殺前に膀胱から尿を、下 行大動脈から血液を採取した。 イマチニブの効果が PDGFR 経路を介しているかを確認するため、PDGFR に対す る選択性が高いクレノラニブを用いて線維化抑制効果を比較する細胞実験を行った。 ヒト胎盤由来培養ペリサイトを用い、transforming growth facor-β (TGF-β)により 線維化を誘導した。コントロール群に対して、イマチニブ、クレノラニブを投与した 群における線維化抑制効果を比較した。
手術や投薬手技に関連して死亡したラットはいなかった。疑似手術群の左右両腎臓 と比較し手術群の右腎臓(非うっ血側)は、生理学的、分子生物学的、組織学的に相
10 異なく、正常コントロールとして扱えることが示された。加えて、雌雄についても相 異は認められなかった。イマチニブを投与した群では有意に左腎臓(うっ血側)の重 量増加が抑制され、組織学的には特に直血管周囲で腎障害、線維化マーカーの上昇が 抑制されていた。分子生物学的分析においてもこれに対し支持的な結果が得られた。 また µCT、LV-SEM を用いた解析では、腎うっ血により生じた直血管の拡張やそれ を取り囲むペリサイトの脱落は、イマチニブ投与群でも変わらず認められた。 ヒト胎盤由来培養ペリサイトを用いた実験では、線維化マーカーの mRNA 発現は イマチニブによって抑制され、イマチニブよりも PDGFR に対して選択性の高いクレ ノラニブによっても同様の線維化抑制効果がみられた。 今回の検討で、当該モデルで右腎臓を正常コントロールとして用いることが可能と 示された。これは個体差による実験結果への影響を緩和しうる点で有用である。また 片側の腎うっ血によって発生する、全身性因子の健側への影響が小さいことも示唆さ れた。また、腎虚血再灌流モデルなど性差のみられる実験系と異なり、当該モデルで は雌雄差はみられなかった。腎うっ血によって生じる腎障害は、上昇した間質圧を解 除せずともイマチニブによって PMT の活性化が妨げられ、尿細管間質障害の進展が 抑制可能であることが示唆された。培養細胞を用いた実験結果からも、PDGFR 経路 の阻害と線維化進展抑制に関連があることがうかがわれ、心不全下の腎うっ血による 腎障害に対して、PDGFR 経路は新たな治療ターゲットとなる可能性が示された。
11 Ⅱ.研究背景 心腎連関、すなわち心臓と腎臓の生理学的連携について、昨今様々な知見が報告さ れている。予てより、うっ血性心不全患者では中心静脈圧と腎静脈圧が上昇すること は知られていた1)が、近年心係数の低下よりも中心静脈圧の上昇が腎予後、ひいては 死亡リスクに深く関わることが報告されている2,3)。また、動物実験においても中心静 脈圧の上昇を引き起こすことで腎機能障害が生じることが確認されており 4,5)、機序 として間質静水圧の上昇、総腎血流量の低下によりナトリウム保持と尿量の低下がお こるためと考えられている6-8)。 最近、我々は新規腎うっ血ラットモデルを作製した9)。これは左右の腎静脈間で下 大静脈を結紮することで、同一個体においてうっ血が生じる左腎と、生じない右腎と を比較することが可能なモデルである。これまでの多くの既報ではうっ血モデルにお ける急性期反応を検討したものであるため10,11)、我々は腎うっ血の血行動態に与える 影響を生理学的実験手法により検討した他、分子生物学的機序にも焦点をあてた。そ の結果、マイクロアレイ解析においてうっ血側である左腎で血小板由来増殖因子受容 体(platelet-derived growth factor receptor; PDGFR)の発現が顕著に亢進していた。さ らに低真空走査電子顕微鏡(low-vacuum scanning electron microscopy; LV-SEM)では うっ血側の左腎において直血管周囲のペリサイト脱落、直血管の拡張が観察された。 また、免疫染色では直血管周囲で PDGFR、Transgelin (Tagln)の陽性領域が広範に認
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生じ、その結果低酸素状態への暴露や直血管内腔圧の上昇によるペリサイト脱落が起 こったためと考えられた。加えてこれらの腎障害は腎被膜除去により間質圧上昇を軽 減すること、PDGFR 経路の阻害により改善されうる結果が示唆された。
PDGFR は血小板に由来する、線維芽細胞、平滑筋細胞、神経膠細胞の液性成長因 子として 1970 年代に同定された血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor;
PDGF)12)に対する受容体として 1982 年に報告されたチロシンキナーゼ受容体の1つ
である 13)。チロシンキナーゼ受容体のうちⅢ型に分類され、同類には CSF
(colony-stimulating factor) -1 受容体、Flt-3 (Fms-like tyrosine kinase 3)、c-Kit (stem cell or steel factor receptor)がある。リガンドである PDGF には構造の類似した A 鎖、B 鎖、 C 鎖、D 鎖の少なくとも 4 種類があるが、A 鎖、B 鎖はホモ、もしくはヘテロ 2 量体 構造をとり作用する。B 鎖はサル肉腫ウイルス v-sis のプロトオンコジーンであるこ とが判明したことから発癌研究において注目されている14)。PDGFR にはα、βの 2 種類が存在し、リガンドの結合によって 2 量体化する15)。そして細胞内領域のチロシ ンキナーゼ活性が上昇し、受容体チロシン残基の自己リン酸化が起こり、種々の標的 タンパク質と結合する16,17)ことで膜上の受容体から核、あるいは細胞骨格へ向かうシ グナルが伝達される。 PDGF-B、PDGFRβ は血管新生の場において主に発現しており、血管内皮から PDGF-B が分泌され、PDGFRβ の発現するペリサイト、近接する血管内皮へ作用す る18)。両者をノックアウトしたマウスは多種の臓器で血管形成不全を呈して胎生期に
13 死亡する 19,20)ことが報告されており、極めて重要な機能を担っていると考えられる。 PDGF/PDGFR の同定は発癌研究に大いに寄与し、PDGF の発現上昇、あるいは PDGFR 活性を上昇させるような変異がヒトの腫瘍の進展に関連することが明らかと なっている21,22)。今日、PDGFR の過剰発現と腫瘍進展との関わりや、その経路を阻 害することが実臨床の治療において注目を集めている23)。 また、腫瘍組織のみならず、低酸素暴露などの組織障害における血管新生、線維化 進展においても PDGFR 経路は着目され、近年腎線維化におけるペリサイト-筋線維 芽細胞転換(pericyte-myofibroblast transition; PMT)と PDGFR 過剰発現との関連が 相次いで報告されている 23-25)。血管内皮細胞の分泌する PDGF と腎ペリサイトに発 現する PDGFR との細胞間クロストークは通常、微小血管の安定性に寄与している 23,26,27)。腎ペリサイトは微少血管の支持的構造体としての役割の他、平滑筋の様に収 縮、弛緩することで髄質血流の自動調節機構の主軸を担っていることが知られており、 皮髄境界域の尿細管-血管クロストークに関与している可能性が示唆されている 28)。 昨今、腎ペリサイトが腎障害性シグナル伝達の主なターゲットであり、PDGFR の発 現上昇を伴って PMT を起こすと報告されている 26,28,29)。腎障害発生時に、ペリサイ
ト、血管周囲の線維芽細胞が Acta2 (actin alpha 2、α-SMA)陽性化し筋線維芽細胞と
なることが確認された30,31)他、UUO あるいは IR モデルにおいて障害された尿細管、
血管内皮に PDGF の発現上昇がみられ、間質中のペリサイト、筋線維芽細胞に
14
ニブメシル酸塩(イマチニブ)が腎線維化に対して有効である結果を得て、ペリサイト の PDGFR 経路を抑制することが、腎障害治療の新たなターゲットとなりうるとして いる。更に、PDGFR 経路阻害としてイマチニブを用いた動物実験において、腎炎モ
デル32,33)、悪性高血圧モデル34)、片側尿管結紮(unilateral ureteral obstructed; UUO)
モデル35)では腎障害の改善がみられたと報告されている。 イマチニブは本来、フィラデルフィア染色体の遺伝子産物 Bcr-Abl を標的とした分 子標的治療薬として開発された合成化合物である36)。PDGFR を含む多くのチロシン キナーゼ受容体阻害剤として働き、実臨床では慢性骨髄性白血病(CML)、フィラデル フィア染色体陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)、KIT 陽性消化管腫瘍(GIST)、 FIP1L1-PDGFRα融合遺伝子陽性の慢性好酸球性白血病/特発性好酸球増加症候群 (CEL/HES)に対して用いられている。上述のように多種の腎障害モデルにおいてイ マチニブは PDGFR 阻害剤として用いられているが、イマチニブが PDGFR の特異的 阻害剤ではないことに留意しなければならない。現在実臨床において使用可能な数多 くのチロシンキナーゼ阻害剤の中では、クレノラニブが Flt-3、PDGFR を標的分子と しており、特に PDGFR に対する阻害作用が強くイマチニブより選択性が高い 37,38)。 本研究を開始するにあたり当初は、腎うっ血により誘導される腎障害に対して PDGFR 経路阻害がどの程度有用か、あるいは PDGFR 経路阻害が腎うっ血そのもの にどのように影響するかという点を、検討課題として挙げた。しかし当該モデルのよ うな腎うっ血を主眼とした実験系はそもそも少なく、またクレノラニブを腎障害モデ
15 ルに対して使用した報告は見受けられなかった。よって、ラットを用いた実験系には PDGFR 経路も含めたチロシンキナーゼ阻害剤としてイマチニブを使用し、ヒト胎盤 由来培養ペリサイトを用いた実験系でクレノラニブを使用した。 動物実験、及び培養細胞を用いた実験では、腎障害、腎線維化、PMT などを評価 するため、以下に示す複数のマーカー遺伝子の発現を評価した。 Fn1 は分子量 210-250 kDa の巨大な糖タンパク質で、線維芽細胞、上皮細胞、マク ロファージなどにおいて合成され、細胞外に分泌される39)。Fn1 は狭義の基質として 結合組織の形成保持、創傷治癒などにおいて、コラーゲンなどの線維成分と結合して 細胞外マトリックスを形成することが知られている40)。細胞外基質は、グリコサミノ グリカン・プロテオグリカン・あるいは Fn1 のような接着性糖タンパク基質からなる 狭義の基質、膠原線維・弾性線維・細網線維からなる線維、上皮細胞と接する基底膜 の三要素からなっている。本研究の主眼である、腎うっ血下における直血管周囲の PMT と特異的関連性は高くないが、Fn1 は線維化の指標として一般的に用いられて いる。 Kim1 は急性腎障害下で近位尿細管上皮細胞の管腔側へ多量に発現する、分子量 104 kDa の 1 回膜貫通型タンパク質である。尿細管管腔内にはマクロファージや樹状細胞 がほとんど存在しないため、急激な腎障害によりアポトーシスをおこした細胞が管腔 内に流れ落ちると Kim1 自体はスカベンジャー受容体として働き、尿細管上皮細胞は 貪食細胞へと脱分化する41)。Fn1 同様、直血管周囲の PMT と特異的関連性は高くな
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いが、腎障害マーカーとして広く用いられている。
Acta2 は血管平滑筋の他、全身の各組織における間質の筋線維芽細胞内でストレス ファイバーを形成する、アクチンファミリーに属する分子量 42 kDa のタンパク質で ある。腎臓においても、筋線維芽細胞は線維化との関連は深く、線維化誘発サイトカ インである transforming growth factor-β (TGF-β)の刺激を受けた特定の細胞がα-SMA を発現して形質転換し、細胞外基質の産生分泌亢進、なかでもコラーゲン線維 の蓄積が起こることが知られている42)。 Tenascin-C (TnC)は細胞外基質を形成する分子量 241 kDa の巨大な糖タンパク質 で、尿細管線維化進展に関与している。UUO モデルや IR モデルでは障害腎において 急速に間質の線維芽細胞に発現することが観察され、細胞外に分泌された Tn-C が線 維芽細胞の分化を促すために必須であることが報告されている43)。さらに、Wnt リガ ンドを引きつけ尿細管間質のリモデリングに寄与する働きも知られており44)、腎線維 化、急性腎障害からの組織再生に関連するマーカーとして注目されている。 Spp1 (Osteopontin)は骨基質に存在するタンパク質として同定されたが、マクロフ ァージや活性化 T 細胞、腎臓では尿細管上皮細胞で分泌される、分子量 44~66 kDa の液性因子として知られる45)。血管平滑筋の石灰化の進展に伴って発現が上昇するこ と46)や、肺線維症動物モデルにおいては、α-SMA 陽性の筋線維芽細胞の遊走を誘導 する機能が示唆される47)など、線維化の進展に関与している。
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中間径フィラメントで、細胞質の構造安定化に寄与している。間葉系細胞に発現する ため上皮-間葉形質転換 (epithelial-myofibroblast transition; EMT) のマーカーとし ても用いられており、線維化が進行する際に、I 型 Collagen (ColI) mRNA が安定的に
翻訳されるよう働くことが知られている48)。
Collagen は真皮、靱帯、腱、骨、軟骨などを構成するタンパク質の一つであり、ヒ
トの全タンパク質の約 30%を占める49)。約 30 種類が知られているが、本研究におい
て、線維性 Collagen である I 型、III 型(ColIII)、非線維性 Collagen である IV 型(ColIV)
を評価した。ColI は線維芽細胞が分泌する、生体内で最も多い Collagen であり、結 合組織の力学的な強度を支える50)。ColIII は細網構造を形成し、線維化の初期段階で 多く発現し、細胞外基質増生の足場となる51)。ColIV は基底膜に存在する膜型 Collagen であり、基底膜の増殖、形成を評価するマーカーとして有用である 52)。Collagen の生 合成調節は転写レベルで行われ53)、今回イマチニブによって影響を受ける経路のうち、 PDGFR 経路の下流に存在している54)。Fn1、Kim1、α-SMA よりもイマチニブの効 果をより反映すると考え、評価項目とした。 Tagln は 22 kDa のアクチンフィラメント関連タンパク質で、筋線維芽細胞のマー カーとして知られている55)。細胞内骨格を単に支持するだけでなく、最近の研究では 機械的ストレスによって血管平滑筋内の Tagln 発現が増強されるという、興味深い報 告もある 56)。Tagln は TGF-β 刺激を受けた培養ペリサイトにおいて発現し、PMT のマーカーとしても知られており57)、我々の先行研究においても、腎うっ血により直
18 血管周囲の Tagln 陽性領域が広範に認められた9)。本研究では、イマチニブ投与によ って PMT がどのように影響を受けるか検証するため、Tagln を評価した。 サイクリンは、サイクリン依存性キナーゼに結合しその活性を促す補助因子として、 約 20 種類が知られている。特に D 型サイクリン(Cyclin D1; Ccnd1)は各種分裂促進 因子などの刺激を受けて発現し、細胞周期を G1 から S へ移行させる 58)。上述の PDGF/PDGFR 経 路 同 様 に 、 が ん 研 究 、 細 胞 増 殖 の 点 で 注 目 さ れ て お り 、 PDGF/PDGFR 経路の活性化により、Ccnd1 の発現が増加することが知られている 59)。本研究においては、臓器重量の比較を行うにあたり、細胞増殖による影響を評価 するために Ccnd1 を用いた。 我々の先行研究では、右腎臓を正常コントロールとして用いたが、中心静脈結紮時 にうっ血を左腎にきたすのみでなく、右腎においても一過性の腎血流の低下、間質圧 の低下が生じていた9)。一般に片側腎障害モデルとして既に確立されている UUO モ デルでは薬効評価を除いて非結紮側は正常コントロールとして用いられないことも 知られており60)、右腎を正常コントロールとして用いることの妥当性を担保するため、 疑似手術群との比較が必要と判断した。さらに腎虚血再灌流(ischemia reperfusion; IR)モデルでは実験動物種系統によっては腎障害の程度に雌雄差が生じることが知ら れている61)。 以上より、本研究では、以下の仮説を立てた。 1: 我々の新規腎うっ血ラットモデルにおいて、右腎臓は正常コントロールとして使
19 用可能である。 2: 我々の新規腎うっ血ラットモデルにおいて、他の腎障害作成モデル同様、雌雄差が 生じる。 3: 我々の新規腎うっ血ラットモデルにおいて、イマチニブ投与により腎うっ血によ り誘導されるペリサイトの脱落を予防し、腎線維化の進展が抑制可能である。 4: ヒト胎盤由来培養ペリサイトにおいて、TGF-β によって誘導される線維化は、イ マチニブとクレノラニブで、同様に阻害される。 Ⅲ.研究目的 上述の仮説を検証するため、以下を研究目的とした。 1: 我々の新規腎うっ血ラットモデルと疑似手術群を比較する。 2: 我々の新規腎うっ血ラットモデルで雌雄差を比較する。 3: 我々の新規腎うっ血ラットモデルで、イマチニブ投与による腎保護効果、腎うっ血 に対する効果を評価する。 4: ヒト胎盤由来培養ペリサイトに TGF-βにより線維化を誘導し、イマチニブとクレ ノラニブの線維化抑制効果を比較する。
20 Ⅳ.研究方法 ・Ⅳ-1.実験動物 すべての動物実験は、学校法人東北医科薬科大学により作成された「東北医科薬科 大学動物実験規程」に基づいて行われた。また本研究の動物実験計画は東北医科薬科 大学動物実験委員会の承認を得ている(承認番号: A18019-a、A19039-cn)。雌雄の Sprague-Dawley (SD)ラット(7-9 週齢、200-350 g)を日本エスエルシー株式会社(静 岡、日本)より購入し、温度(23±1℃)、湿度(55±5%)が一定で 12 時間毎に昼夜が入 れ替わる環境下で飼育した。餌は日本クレア株式会社より購入したマウス・ラット・ ハムスター用 CE-2 (飼育繁殖用)固形を用い、摂食、飲水については自由に行わせた。 また動物が搬入されてから最低 5 日間の順応期間をおいてから動物実験を行った。疑 似手術群との比較、イマチニブを投与する実験には全て雄性ラットを使用し、雌雄差 の検討については雌雄のラットを使用した。 ・Ⅳ-2.左右腎静脈間中心静脈結紮術 全てのラットに麻酔としてメデトミジン(0.15 mg/kg 体重、日本全薬工業株式会社、 福島、日本)、ミダゾラム(2.0 mg/kg 体重、アステラス製薬株式会社、東京、日本)、 ブトルファノール(2.5 mg/kg 体重、Meiji Seika ファルマ株式会社、東京、日本)の混 合液を筋肉内注射した。この麻酔薬調整法は元大阪大学の黒澤博士らのグループによ って報告された方法62)を基本とし、溶媒の容量を少なくすることで全体の投与容量を
21 少なく、扱いやすいよう変法されている。腹膜を正中切開し、綿棒を用いて左右腎静 脈間中心静脈を慎重に露出した。左右腎静脈間中心静脈を、3-0 絹製縫合糸を用いて 完全結紮し(図 1)、腹壁と皮膚を縫合した。解剖学的な腎静脈の位置異常はみられな かった。また手術に関連して死亡したラットはいなかった。術後、感染症予防を目的 にペニシリン(300,000 U/kg 体重、筋肉内注射、共立製薬株式会社、東京、日本)、 鎮痛を目的にブプレノルフィン(0.03 mg/kg 体重、皮下注射、大塚製薬、東京、日 本)の投与を行った。疑似手術群では、左右腎静脈間中心静脈結紮の他は同様に手術 を行った。 ・Ⅳ-3.イマチニブ投与 先行研究33,63)に従い生理食塩水に溶解したイマチニブ(東京化成工業、東京、日本) を腹腔内投与した。投与量は 5 mg/kg 体重、20 mg/kg 体重、50 mg/kg 体重とし、コ ントロール群には同量の生理食塩水を投与した。各々、手術前日、手術当日、術後 1 日目、2 日目と計 4 回、腹腔内投与した(図 1)。 ・Ⅳ-4.生化学的・分子生物学的解析 術後 3 日目の亜急性期に体重を測定した後、麻酔下に創部を切開し直接膀胱を穿刺 して尿を採取した。次いで血液の採取した後、左腎、右腎、心臓、肝臓の順に各臓器 を摘出して重量を測定した。血液は総腸骨動脈分岐部から腹部大動脈へ穿刺し、ヘパ
22 リン化したシリンジで採取した。4℃、15 分間、15,000 rpm で血液を遠心分離し血漿 を得た。血液、尿は-30℃で冷凍保存し、オリエンタル酵母工業株式会社長浜工場、長 浜ライフサイエンスラボラトリーへ腎障害、肝障害のマーカーや電解質などの生化学 的検査を依頼した。腎臓は上極側 1/2 を組織評価用に 10%中性化ホルムアルデヒド (富士フィルム和光純薬株式会社、大阪、日本)を用いて固定し、下極側 1/2 を皮質 と髄質外層に切り分け、遺伝子発現評価用の組織は RNA later®(Invitrogen、Carlsbad、 CA)に入れ-30℃で保存し、タンパク質評価用の組織は直ちに液体窒素で凍結し-80℃ で保存した。心臓は短軸方向の断面が出るように、肝臓は左内側葉を約 1.0 cm 幅に それぞれトリミングした後、10%中性化ホルムアルデヒドを用いて固定した。 ・Ⅳ-5.ヒト胎盤由来培養ペリサイトを用いた実験
ヒト胎盤由来培養ペリサイト(Human Pericyte from Placenta; hPC-PC、Promo Cell GmbH、Heidelberg、Germany)を、Dulbecco’s Modified Eagle Medium (DMEM)培 地(Thermo Fisher Scientific、Waltham、MA)に 20%のウシ胎児血清(FBS; fetal bovine
serum, Life Technologies)を加えた液体培地を用いて、37℃、5% CO2の条件で培養
した。培養容器は細胞培養用マルチディッシュ(Thermo Fisher Scientific)12 ウェルプ
レートを用い、細胞数は 5 x 105/ウェルで播種した。翌日、DMEM 培地に 1% FBS を
添加した培地で一晩飢餓状態にし、細胞周期を整えてから以下の群に分け試薬を投与
23 +イマチニブ 25 µM、4) TGF-β 1.0 µg/mL+クレノラニブ 1.0 µM。試薬投与 24 時 間後で mRNA を回収した。飢餓状態は試薬投与の段階で解除し、イマチニブ、クレ ノラニブ(Selleck Chemicals、Houston、TX)の投与濃度は既報 64)に基づき決定した。 ・Ⅳ-6.RNA 発現レベルの解析 -80℃で保存された腎臓は ISOGEN (ニッポンジーン、東京、日本)を用いて、培養 細胞は氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline; PBS)で洗浄後に
Fast GeneTMRNA 精製キット(日本ジェネティクス、東京、日本)を用いて total RNA
を抽出した。抽出方法はいずれも製品添付のマニュアルに沿って実施した。
2.0 µg の total RNA を SuperScript®Ⅲ逆転写酵素(Invitrogen)を用いて相補鎖 DNA
(cDNA)に逆転写した。cDNA は CFX96 Real-Time-PCR-Detection-System (Bio-Rad、Hercules、CA)を用いて定量的 PCR (qPCR)を行った。目的の cDNA はタカラ バイオ社(滋賀、日本)より購入、または Primer3 (http://bioinfo.ut.ee/primer3-0.4.0/) で作製した各遺伝子特異的なプライマー(表 1)を用いて、THUNDERBIRD® SYBR® qPCR Mix (東洋紡、大阪、日本)により増幅した。melting curve 解析から非特異的 PCR 産物の増幅や、プライマー・ダイマーを確認し、mRNA の発現量は 2 回の平均 値を用いた。腎臓から抽出したサンプルではグリセルアルデヒド 3 リン酸脱水素酵素 (glyceraldehyde-3-phosphate-dehydrogenase; Gapdh)の変動が認められたため、各
24
リボソームタンパク質 P2 (Ribosomal protein lateral stalk subunit P2; Rplp2)の発現 量を用いて標準化した。培養細胞から抽出したサンプルでは Gapdh の発現量を用い て各 mRNA の発現量を標準化した。
・Ⅳ-7.組織の解析
ホルムアルデヒドで固定した組織のパラフィン包埋、及び 4.0 µm の薄切、ヘマト キシリンエオジン(hematoxylin eosin; HE)染色、エラスティカマッソン(elastica masson; EM)染色は東北医科薬科大学医学部組織病理標本センターに依頼した。
膠原線維染色として、Picrosirius Red (Polysciences、Warrington、PA)を用いた。 キシレンで脱パラフィン化した後に、100%、90%、80%エタノールを用いて親水処 理した切片を製品添付のマニュアルに沿って染色した。この Picrosirius Red 染色し た標本を用いて、腎うっ血、あるいはイマチニブ投与による直血管周囲における膠 原線維の増減を評価した。解析は、既報65)に従い、BZ-X 710 (KEYENCE Japan、大 阪、日本)で撮影した画像を解析アプリケーション ハイブリッドセルカウント H3C を用いて行った。髄質外層において皮質との境界部に近い直血管束を含む領域を倍 率 40 倍で無作為に撮影し(図 2A)、このうち生理食塩水投与群右腎の任意の 1 枚に おいて尿細管腔や血管腔を含まないように threshold を設定し、これを基準に膠原線 維陽性部分面積比(青色部分/青色+緑色部分)を算出した(図 2B)。 免疫組織化学染色を行うにあたっては同様に脱パラフィン、親水処理をした後、抗
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原賦活化は 10 mmol/L のクエン酸緩衝液内でオートクレーブ LAX-500 (トミー精 工、東京、日本)を用いて 5 分間、121℃で加熱することにより行った。抗原賦活化 後、内因性のペルオキシダーゼ活性を 3%過酸化水素にて不活化した。5%ウシ血清 アルブミン(bovine serum albumin; BSA) / PBS でブロッキングした後、表 2 に示す 抗原特異的な抗体を一次抗体として用い、4℃で一晩反応させた。一次抗体の検出に はビオチン化された二次抗体(1:500、VECTOR LABORATORIES、Burlingame、CA) を用い、室温で 30 分間反応させた。その後、ストレプトアビジン化した西洋ワサビ ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ (horseradish peroxidase; HRP 、 1:2000 、 Southern Biotech 、 Birmingham、AL)を室温で 30 分間反応させた。四塩酸 3,3’-ジアミノベンジジン (3,3’-diaminobenzidine; DAB、VECTOR LABORATORIES)を用いて発色し、核 をヘマトキシリンにて染色し、エタノール、キシレンで脱水透徹し、封入した。免疫 蛍光染色では同様にアビジン-ビオチン複合体法を用いてビオチン化二次抗体と蛍 光 標 識 ス ト レ プ ト ア ビ ジ ン を 反 応 さ せ た 後 に 、 Hoechst®33342 (5.0 µg/mL 、 Invitrogen)により核染色、0.1% Sudan Black B (70%エタノール、Sigma-Aldrich、St.
Luis、MO)により自家蛍光の消光66)
を行い、封入した。全ての画像は光学顕微鏡(BZ-X 710)で撮影した。
・Ⅳ-8.ウェスタンブロッティング
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ホニル(Thermo Fisher Scientific)とタンパク質分解酵素阻害剤(Roche、Basal、 Switzerland)を混和した細胞溶解バッファー(9803、Cell Signaling Technology、 Danvers、MA)の中で、氷上で 10 秒間ホモジナイズした。13,800 x g、4℃、10 分間 の遠心分離の後、上清のタンパク質濃度をブラッドフォード法(Bio-Rad)にて測定
した。レムリーサンプルバッファー(Bio-Rad)・2.5%メルカプトエタノール混和液に
15 µg のタンパク質を混和し、4-20%グラジエントゲル(Bio-Rad)を用いて 150 V の
電圧で電気泳動をした。ゲルから Trans-Blot® TurboTM 転写メンブレン(Bio-Rad)
へ転写し、ポリフッ化ビニリデン(polyvinylidene difluoride; PVDF)ブロッキング試薬 (Can get signal®キット、東洋紡、大阪、日本)を用いて 30 分間ブロッキングを行っ た。ポリソルベート 20 を混和したトリス緩衝生理食塩水(tris buffered saline with tween 20; TBST、タカラバイオ社)で洗浄した後、Can Get Signal 溶液 1(東洋紡) で希釈した抗原特異的一次抗体を用いて 4℃で一晩反応させた。使用抗体、希釈倍率
については表 2 に記載した。一次抗体の検出には、HRP で標識された二次抗体(1:5000、
Santa Cruz Biotechnology、Dallas、TX)を用い、室温で 1 時間反応させた。電気化 学発光法(Thermo Fisher Scientific)を用いて化学発光させ、Amersham Imager 600 (GE healthcare、Milwaukee、WI)を用いて撮影した。各タンパク質の発現レベルは Gapdh の発現レベルを用いて標準化した。
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・Ⅳ-9.Ex Vivo µCT スキャン
腎血管構造を巨視的に観察するため、Microfil MV-112 (Flow Tech、Carver、MA、 以下 Microfil)で灌流した腎臓を µCT (CosmoScan GX II、Rigaku、東京、日本)で撮 像した。Microfil 灌流のため、大動脈を左腎動脈起始部と腸腰動脈起始部の間、また 上腸間膜動脈起始部の2箇所で 2-0 絹糸を用いて完全結紮し、ポリエチレンカテーテ ル(PE-50、Becton-Dickinson、Franklin Lakes、NJ)を左腎動脈起始部より遠位側か ら挿入した。大動脈を右腎動脈起始部より近位側で結紮した後に、下大静脈の右腎静 脈合流部より近位側、左腎静脈合流部より遠位側の2箇所を切離した後に、血液除去 のため氷冷した PBS を 50 mL、次いで固定のため 4% パラホルムアルデヒド(和光純 薬、大阪、日本)を 50 mL、最後に放射線不透過性の Microfil 溶液を 10 mL 灌流した。 下大静脈の上記 2 箇所を切離したのは、我々のモデルにおいて左右の腎静脈間が結紮 されるためである。Microfil 溶液は既報67)に従って、灌流直前に調整した。 ・Ⅳ-10.低真空走査電子顕微鏡 (LV-SEM) 先行研究同様に 9)、直血管周囲の構造変化を観察するため Miniscope TM4000 (日 立ハイテクノロジーズ、東京、日本)を用いた。4.0 µm の薄切組織を白金ブルー溶液 (TI-blue small kit、日新 EM、東京、日本)で 15 分染色し、加速電圧 15 kV、30 Pa の条件で観察した。直血管径の測定を行うため、観察視野において直血管が概ね均一 な幅で走行している箇所を 1 つの切片から無作為に 4 箇所選択し、Image J により測
28 定、算出した。 ・Ⅳ-11.統計解析 結果は、平均±標準誤差で表した。標本サイズが小さいため全ての解析にノンパラ メトリック検定を用い、2 群間の比較はマン・ホイットニーの U 検定を行った。多群 検定にはクラスカル・ウォリス検定を用い、群間の対比較にはスティール・ドゥワス 検定を用いた。p 値 0.05 未満を統計学的有意とした。
29 Ⅴ.研究結果 ・Ⅴ-1.疑似手術群との比較 摘出した左腎臓、右腎臓の重量を比較した(表 3)。疑似手術群では腎重量に有意差 なく(右腎臓/体重: 4.38±0.32 mg/g、左腎/体重: 4.39±0.26 mg/g)、手術群ではうっ 血側である左腎臓の重量/体重(5.89±0.58 mg/g)が、非うっ血側である右腎臓の重量 /体重(4.60±0.35 mg/g)に比して有意に上昇していた。また、疑似手術群の左右腎臓 重量、手術群の右腎臓重量の間には統計学的に有意な差はみられなかった。 血液検査、尿検査結果について疑似手術群、手術群を比較した(表 3)。TP、Alb、
BUN、Cre、UA、Na、Cl、K、Ca、IP、T-Cho、尿 Cre、尿 Alb、尿 NAG について 有意差はみられなかった。 腎線維化マーカーである Fn1、腎障害マーカーである Kim1 について、qPCR で評 価した。手術群ではうっ血側である左腎臓で、非うっ血側である右腎臓に比していず れも有意に上昇を認めた。一方で疑似手術群では mRNA 発現レベルに左右差がみら れず、かつ手術群の非うっ血側である右腎臓と同等の発現レベルであった(図 3A)。 EM 染色では、qPCR の結果と同様に、手術群でみられた非うっ血側である右腎臓 とうっ血側である左腎臓の顕著な差異は、疑似手術群ではみられなかった(図 3B)。 ・Ⅴ-2.雌雄差 腎線維化マーカーである Fn1、腎障害マーカーである Kim1 について、qPCR で評
30 価した。雄性は先行研究で示された通りの結果であり9)、雌性においても同様に皮質、 随質外層ともに、非うっ血側である右腎臓に比してうっ血側である左腎臓においてい ずれも有意な上昇を認めた。また、右腎、左腎とも雌雄に有意な差は認められなかっ た(図 4A)。 EM 染色において、雌雄ともに、非うっ血側である右腎臓は変化がみられなかった。 うっ血側の左腎臓では、皮質、髄質外層ともに尿細管の拡張、間質領域の線維化、直 血管の拡張やその周囲の顕著な線維化を雌雄同等に認めた(図 4B)。 ・Ⅴ-3.イマチニブの用量比較 腎重量の比較では、生理食塩水投与群(右腎臓/体重: 4.69±0.08 mg/g、左腎/体重: 6.30±0.11 mg/g)、イマチニブ 5 mg/kg 体重投与群(右腎臓/体重: 4.81±0.18 mg/g、 左腎/体重: 6.08±0.16 mg/g)、イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群(右腎臓/体重: 4.66 ±0.11 mg/g、左腎/体重: 5.54±0.13 mg/g)の 3 群で、うっ血側である左腎臓の重量 が、正常コントロールである右腎臓の重量に対して有意に増加した。イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群のみ、左腎臓の重量増加が、生理食塩水投与群の左腎臓重量増加に 対して有意に減少した。一方、イマチニブ 50 mg/kg 体重投与群(右腎臓/体重: 4.66 ±0.07 mg/g、左腎/体重: 5.70±0.17 mg/g)では、うっ血側である左腎臓の重量は生 理食塩水投与群と同等まで増加しており、正常コントロールである右腎臓に対して有 意な上昇はみられず、イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群の左腎臓重量と比較して増加
31 する傾向が認められた(図 5A)。 血液検査結果ではいずれの項目も、生理食塩水投与群、イマチニブ 5 mg/kg 体重投 与群、イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群、イマチニブ 50 mg/kg 体重投与群の間に統 計学的に有意な差は認められなかった。尿検査結果では尿 N-acetyl glucosaminidase (NAG)において、イマチニブ 50 mg/kg 体重投与群が、生理食塩水投与群、イマチニ ブ 20 mg/kg 体重投与群の 2 群に対して有意に上昇していた(表 4)。 qPCR では、うっ血側の左腎臓において、皮質・髄質外層ともに腎障害のマーカー である Kim1 が、イマチニブ 50 mg/kg 体重投与群でコントロールである生理食塩水 投与群よりも mRNA 発現レベルが上昇する傾向がみられた。イマチニブ 5 mg/kg 体 重投与群では生理食塩水投与群に比して皮質・髄質外層ともに Kim1 で改善傾向がみ られなかった。イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群では、統計学的に有意ではないもの の、検討した中では最もうっ血側である左腎臓の Kim1 mRNA 発現量が減少する傾向 が認められた(図 5B)。また EM 染色では、イマチニブ 50 mg/kg 体重投与群では皮 質において近位尿細管の空泡変性、尿細管の萎縮、線維化領域の増大を認めた。一方、 イマチニブ 5 mg/kg 体重投与群ではコントロール群に比して線維化の進展抑制効果 は十分みられなかった。イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群では EM 染色において、皮 質全体、髄質外層における直血管周囲の線維化抑制を認めた(図 5C)。 イマチニブは肝毒性や心毒性が知られているが、HE 染色、EM 染色ではイマチニ ブ 20 mg/kg 体重投与群と生理食塩水投与群に差異は認められなかった(図 5D)。さ
32 らに、AST、ALT、γ-GTP、ChE の値は生理食塩水投与群と差異がみられなかった (表 4)。以上より、本研究では生理食塩水投与群とイマチニブ 20 mg/kg 体重投与群 (以下、イマチニブ投与群)を比較することとした。 ・Ⅴ-4.イマチニブ投与による尿細管間質線維化抑制に関する生理的、分子生物学的 分析 生理食塩水投与群(右腎臓/体重: 4.69±0.08 mg/g、左腎/体重: 6.30±0.11 mg/g)、 イマチニブ投与群(右腎臓/体重: 4.66±0.11 mg/g、左腎/体重: 5.54±0.13 mg/g)と もに、うっ血側である左腎重量が、非うっ血側である右腎重量より有意に上昇してい た。イマチニブ投与により左腎の重量増加は有意に抑制された(図 6A)。肝臓、心臓の 重量はイマチニブ投与による影響を受けなかった(図 6B、C)。 qPCR 結果を図 7 に示す。皮質、髄質外層において、腎線維化マーカーであるFn1、
Acta2、TnC、腎障害マーカーである Kim1、Spp1、PMT マーカーである Pdgfra、 Pdgfrb、間葉系マーカーである Vim、細胞外基質増生のマーカーである Col1a1、 Col3a1、細胞増殖活性の指標である Ccnd1 の mRNA 発現を評価した。皮質では、生 理食塩水投与群、イマチニブ投与群の両群において、Acta2、Fn1、TnC、Kim1、Pdgfrb、 Spp1、Tagln、Vim、Col1a1、Col3a1 はうっ血側の左腎で mRNA の発現が非うっ血 側である右腎に対して有意に上昇していた(図 7A)。これらの mRNA 発現の上昇は、 イマチニブ投与によりCol1a1、Col3a1 の 2 遺伝子について有意に抑制された。また、
33 Ccnd1 遺伝子については左腎において右腎に対して有意に低下したが、イマチニブ投 与による変化は認められなかった。一方、髄質外層では生理食塩水投与群、イマチニ ブ投与群の両群において左腎において右腎に対して有意に mRNA 発現が上昇したの は皮質と同じ項目であったが、Col1a1、Col3a1 に加え、Vim、TnC でイマチニブ投 与により発現上昇が有意に抑制された(図 7B)。皮質同様に Ccnd1 はうっ血により mRNA 発現は低下したが、イマチニブ投与による変化はみられなかった。 ウェスタンブロッティング(western blotting; WB)結果を図 8 に示す。皮質では Acta2、Fn1、Kim1 を、髄質外層では Acta2、Fn1、Kim1 に加えて、本モデルの障害 機序が PMT と深く関わるため Pdgfra、Pdgfrb についても評価した。皮質では Acta2、 Fn1、Kim1 が左腎において右腎よりも有意に発現が上昇していたが、イマチニブによ る発現抑制効果は認められなかった(図 8A)。髄質外層では生理食塩水投与群、イマ チニブ投与群の両群において左腎での Acta2、Fn1、Kim1、Pdgfra、Pdgfrb のタンパ ク質発現は右腎に対していずれも有意に上昇していた。イマチニブ投与により、 Acta2 、Fn1、Kim1 の発現上昇は有意に抑制された(図 8B)。 ・Ⅴ-5.腎うっ血による血管構造の変化 µCT で巨視的視点から血管構造の解析を行った。うっ血側である左腎で、コントロ ールである右腎臓に比して、静脈系の拡張に加え直血管もよく描出されており、直血 管の拡張が生理食塩水投与群、イマチニブ投与群の両群で同等に認められた(図 9A)。
34 さらに微視的視点として実施した LV-SEM の解析から、うっ血側の左腎において直 血管からのペリサイト脱落と直血管の拡張が認められたが、非うっ血側である右腎で はこれらは確認されなかった(図 9B)。生理食塩水投与群、イマチニブ投与群のいずれ においても、うっ血側である左腎臓では直血管径が正常コントロールである右腎臓の 直血管径よりも有意に上昇していた。しかし非うっ血側の右腎およびうっ血側の左腎 の両腎において、生理食塩水投与群とイマチニブ投与群の間で直血管径に差は認めら れなかった(図 9C)。 ・Ⅴ-6.イマチニブ投与による尿細管間質線維化抑制に関する組織学的分析 上述した結果から、髄質外層の直血管周囲に焦点をあて組織学的分析を行った。免 疫組織染色では、Fn1、Acta2、Kim1、Pdgfra、Pdgfrb、また膠原線維染色として Picrosirius Red 染色を評価した。Fn1、Acta2、Picrosirius Red 染色では髄質外層の直 血管周囲においてうっ血側である左腎の染色性が顕著に上昇し、イマチニブ投与によ り染色性の上昇が抑制された。非うっ血側である右腎の染色性について、生理食塩水 投与群とイマチニブ投与群において差異はみられなかった。Kim1 については近位尿 細管が髄質外層に豊富ではなく、他の項目に比して変化は乏しいが、うっ血によって 左腎臓の尿細管における染色性が上昇し、イマチニブによって抑制されていた。 Pdgfra、Pdgfrb ともに、髄質外層の直血管周囲において左腎の染色性が上昇し、これ はイマチニブ投与により減少したが、右腎の染色性は両群で差異はみられなかった
35 (図 10A)。直血管周囲の変化が特に顕著であった Acta2 について、各群の左腎臓(う っ血側)を詳細に評価したところ(図 10B)、生理食塩水投与群では直血管周囲、尿細管 間質領域に Acta2 陽性細胞が広範に認められるが、尿細管の管腔構造は保たれていた。 イマチニブ投与群では尿細管間質における Acta2 陽性細胞は減少していた。直血管周 囲の線維化進展抑制について、Picrosirius Red 染色を用いてコラーゲン陽性領域を半 定量した(図 10C)。生理食塩水投与群、イマチニブ投与群ともに、左腎臓における直 血管周囲のコラーゲン陽性領域の面積比は、右腎臓のそれと比較して有意に増加して いた。加えて、イマチニブ投与によりコラーゲン陽性領域の増加は有意に抑制された。 蛍光免疫染色では、ColI、ColⅣ、TnC、Tagln、Calponin (Cnn1)、またリン酸化 Pdgfrb (p-Pdgfrb)を評価した(図 11)。ColI、ColⅣのいずれも、うっ血側である左腎 において皮質、また髄質外層の直血管周囲領域の染色性が増加していた。イマチニブ 投与により、この染色性の上昇は抑制された。TnC、Tagln、Cnn1 はいずれも左腎の 髄質外層直血管周囲で染色性が上昇し、イマチニブ投与により抑制されていた。p-Pdgfrb の染色性は、左腎の髄質外層直血管周囲において上昇し、イマチニブ投与によ り抑制されており、本研究の主眼とする髄質外層の直血管周囲においてイマチニブは PDGFR 経路を阻害していることが示された。 ・Ⅴ-7.イマチニブとクレノラニブの線維化抑制効果 TGF-β 刺激によりヒト胎盤由来培養ペリサイトの線維化が誘導され、Fn1、Col1a1、
36 Col4a1 の mRNA 発現は有意に上昇した。イマチニブ、クレノラニブ投与群では、こ れらの mRNA 発現は有意に抑制された。イマチニブ投与群、クレノラニブ投与群に 統計学的に有意な差は認められなかった。イマチニブ投与群ではFn1、Col1a1、クレ ノラニブ投与群ではFn1、Col1a1、Col4a1 の mRNA 発現量が、正常コントロールに 比しても有意に減少した(図 12)。
37 Ⅵ.考察 今回我々は、先に作製した新規ラット腎うっ血モデルにおいて、雌雄差の有無、非 うっ血側である右腎臓をコントロールとすることの妥当性を検証した。さらに腎うっ 血モデルにおける腎障害発生に関与すると考えられる PDGFR 経路と、その抑制によ る腎障害進展抑制効果を、PDGFR 阻害剤を用いて、生理学的、分子生物学的、組織 学的評価を行い多面的に検証した。 特に腎うっ血と PDGFR の関連については µCT や LV-SEM などを用いて血管構造 を解析するなど、重点的に検証を重ねた。先行研究9)では、腎うっ血によりペリサイ ト脱落が生じ、結果細胞外基質の増生、尿細管障害が発生し、これらは腎皮膜除去に よって軽減されることを示した。また腎皮膜除去によって PMT マーカーである PDGFR、Tagln の発現上昇も軽減され、PDGFR 経路、PMT が本モデルの腎うっ血 に伴う線維化に関与している可能性が示唆された。当然ながら、心不全などで腎うっ 血状態にある患者に対して腎皮膜除去を試みることは非現実的であり、皮膜除去せず に PDGFR や Tagln を抑制する手段を模索した。そこで、PDGFR 経路の阻害剤を投 与して腎うっ血による腎線維化、腎障害の進展を抑制できるのではないかと仮説を立 てた。 実験動物を用いた本研究の結果より、イマチニブは腎うっ血によるペリサイト脱落 後の腎線維化の進展抑制に寄与することが示唆された。加えてヒト胎盤由来培養ペリ サイトの実験の結果から、線維化刺激に対して PDGFR 経路を阻害してイマチニブが
38 抑制的に働いている可能性が示された。腎うっ血への対応は心不全下の心腎連関にお いて重要な課題であり、本知見は腎うっ血の病態生理について理解を深めることが新 たな治療戦略を確立していくために重要である。 ・Ⅵ-1.疑似手術群との比較 先行研究において、我々の新規腎うっ血ラットモデルの右腎臓を正常コントロール として取り扱った。この中では右腎臓を正常コントロールとして用いたが、手術経過 において右腎でも一過性の腎血流の低下、間質圧の低下が生じていた9)。加えて UUO モデルでは薬効評価を除いて非結紮側は正常コントロールとして用いられないこと も知られており60)、右腎を正常コントロールとして用いることの妥当性を確認する必 要があると考えた。腎重量の比較、生化学的検査結果、腎線維化マーカー、腎障害マ ーカーの mRNA 発現レベル、EM 染色と複数の点で、本研究のモデルにおいて右腎 臓は疑似手術群と差異はなく、正常コントロールとして妥当であると示された。即ち、 本モデルにおいてうっ血の生じた左腎臓から発生する液性因子の影響は限定的であ ると考えられる。また、同一固体内で正常コントロールが標本として得られるため、 腎障害の程度を測定するにあたり、個体差による影響を緩和する点で我々の腎うっ血 モデルは非常に有用である。
39 ・Ⅵ-2.雌雄差 AKI、尿細管間質障害のモデルとして汎用されている IR モデルでは実験動物種系 統によって腎障害の程度に雌雄差が生じることが知られている61)。我々の新規腎うっ 血ラットモデルではこれまで雌雄差について研究がなされていなかったため、今回検 証した。本研究では SD ラットにおいて、我々の新規モデルでは雌雄差が生じないこ とが確認された。今後、他系統ラット、マウスなどについても検討する必要がある。 ・Ⅵ-3.イマチニブ投与による尿細管間質障害の抑制 今回我々は、イマチニブ投与により腎うっ血により誘導されるペリサイトの脱落を 予防し、腎線維化の進展が抑制可能であると仮説を立て検証した。そのため、腎うっ 血により惹起された PMT に対するイマチニブの有効性を、腎線維化、腎障害、そし て PMT マーカーを用いて検証した。まずイマチニブの投与量を決定するため、生理 食塩水投与群、5 mg/kg 体重投与群、20 mg/kg 体重投与群、50 mg/kg 体重投与群に ラットを無作為に振り分けて下大静脈結紮手術と生理食塩水、もしくはイマチニブの 投与を行った。実験結果に示すように、腎重量の比較では、うっ血による増加を最も 抑制したのは 20 mg/kg 体重投与群であった。50 mg/kg 体重投与群では、うっ血によ って生じる、左右の腎重量について有意な差がみられず、うっ血側である左腎臓の重 量は 20 mg/kg 体重投与群に比べて増加傾向がみられた。生化学的検査でも尿 NAG が生理食塩水投与群、20 mg/kg 体重投与群に対して有意に増加し、組織学的にも近
40 位尿細管の空泡変性、尿細管の萎縮など他群にみられない腎障害を示す組織像が認め られた。イマチニブは実臨床においても、近位尿細管障害、電解質異常など副作用が 知られており68,69)、最近その発生機序として、イマチニブによるミトコンドリア機能 低下が関わっていることが最近報告された70)。本研究における 50 mg/kg 体重の投与 量は過量であり、薬剤性の腎障害をきたしたと判断し比較検討対象から除外した。 一方で 5 mg/kg 体重投与群では生理食塩水投与群に対してうっ血側である左腎臓 の重量増加を抑制せず、組織学的にも尿細管間質障害の抑制程度が小さいかほとんど みられないため検討から除外した。また血清、尿の各評価項目ではイマチニブ 20 mg/kg による肝毒性、心毒性を示唆する結果は認められず、肝臓、心臓の組織学的所 見からも本研究において 20 mg/kg 体重とした投与量が本動物実験モデルにおける適 量であったと考えられる。 イマチニブの投与量を 20 mg/kg 体重と決定し、その腎線維化進展抑制効果を生理 食塩水投与群と比較し、検証した。生理学、生化学的な分析では、腎重量の測定、血 清、尿の評価を行った。生理食塩水投与群ではうっ血側の左腎において非うっ血側の 右腎に比して腎重量が有意に上昇した。腎臓摘出の手技において主要な動静脈から血 液は排出されており、この腎重量の増加はうっ血による細胞内、あるいは間質液など、 水分の貯留と線維化による重量増加が原因と考えられる。イマチニブ 20 mg/kg 体重 投与群では、左腎臓の重量は右腎臓より有意に上昇したものの、生理食塩水投与群の 左腎と比して上昇の程度は有意に低下していた。一方で、µCT、LV-SEM の解析結果
41 では(図 9)、イマチニブの投与は腎うっ血による直血管拡張やペリサイトの脱落を改 善していなかった。つまりイマチニブ投与群においても、うっ血による組織形態学的 な変化は生じており、細胞内外の水分貯留に差はなかったと考えられる。よってイマ チニブ投与により観察された腎重量増加の抑制は、線維化進展を抑制した部分に相当 すると示唆される。イマチニブ投与が腎うっ血による線維化に対して有意に奏功した 可能性を示す、重要な結果である。 図 10(B)に示したように、腎うっ血により髄質外層の直血管周囲に Acta2 陽性領域 が顕著に増加し線維化が進展していたが、尿細管の管腔構造は正常に保たれていた。 尿細管間質の線維化において、コラーゲン産生線維芽細胞の由来についての議論は未 だ結着がつかず、EMT も有力な説として考えられている 71)。しかしながら、我々の モデルでは尿細管構造の異常が認められないにもかかわらず腎間質の線維化が進行 しており、腎うっ血下の髄質外層直血管周囲における筋線維芽細胞の由来は尿細管上 皮細胞からの形質転換、即ち EMT ではなく、ペリサイトの筋線維芽細胞への形質転 換、PMT であると考えられる。 分子生物学的分析においては、腎線維化マーカー、腎障害マーカー、PMT マーカ ーを評価した。生理食塩水投与群、イマチニブ投与群のいずれにおいてもうっ血側の 左腎ではこれらのマーカーが非うっ血側である右腎に対して有意に上昇した。なかで も、TnC は腎線維化において線維芽細胞の分化増殖に必須な足場を形成する主成分 であると報告43)され、近年注目されているタンパク質である。髄質外層において TnC
42 の mRNA 発現は、うっ血により上昇し、イマチニブ投与により抑制されており、イ マチニブにより線維芽細胞の分化増殖が抑制されている可能性が示唆される。 本研究において、イマチニブがうっ血により増加したマーカーを抑制した結果が得 られたのは、qPCR では皮質、髄質外層のコラーゲン、髄質外層のVim、TnC に限ら れた。WB では皮質においてはイマチニブの効果が認められず、髄質外層にその効果 が限定されていた。またうっ血側である左腎臓のマーカー値にもばらつきがあり、組 織学的な結果と乖離が生じていた。まず、マーカー値のばらつきについては、他の腎 障害モデルにおいても観察される事項である61,72,73)。障害作製型の動物実験において 回避し得ない事象であり、本研究においては動物愛護的観点も考慮しつつ、生理食塩 水投与群、イマチニブ 20 mg/kg 体重投与群においてサンプルサイズを比較的大きめ の各 12 匹とした。統計学的検証にはサンプル数が少ないことからノンパラメトリッ ク解析を行った。 また、組織の薄切作製段階から、観察目的である部分が全ての切片で十分目視可能 か判別することは困難であり、かつ qPCR、WB、免疫染色について全て同じ組織を 用いることは不可能である。本研究では特に直血管とその周囲部分が、採取した組織 中にどれほど含まれているかによって、分子生物学的解析結果の差異は生じてしまう と考えられた。 Picrosirius Red 染色の半定量的解析結果と、コラーゲンの qPCR の結果は、イマチ ニブが腎うっ血による線維化を抑制する機序において、イマチニブ投与がコラーゲン
43 の転写レベルに影響、即ち PDGFR 経路を抑制したことを示唆する。コラーゲンが減 少し、細胞外基質が増生する足場が増加しないため、Fn1 など糖タンパク質の転写が 活性化されても実質的な線維化が進行しなかった可能性が考えられる。このイマチニ ブ投与による線維化進展抑制は、腎間質圧、静水圧と独立して腎保護的に作用したと 考えられる結果であり、腎うっ血は解除されていなかった。即ちうっ血による組織の 低灌流、間質圧上昇による細胞障害は進行していると推察され、髄質外層における直 血管周囲の PMT はイマチニブ投与により抑制されながらも、他要因による腎障害は 阻止しえず、特に皮質においてイマチニブ投与の効果がみられなかった原因と考えら れる。 イマチニブは PDGFR 単独の阻害剤ではなく、チロシンキナーゼ阻害剤として Bcr-Abl や KIT も標的としている。RNA-Seq データベース(https://helixweb.nih.gov/
ESBL/Database/NephronRNAseq/All_transcripts.html )74 )によると、Bcr-Abl の発現 は腎組織中に確認されず、KIT の発現は髄質内層の尿細管から集合管にかけてであり、 イマチニブが KIT を介して作用している可能性も存在する。しかし、我々のモデルで は尿細管構造の異常が認められなかったため KIT の関与は限定的であると考えられ る。本研究において、イマチニブ投与により直血管周囲で Pdgfrb のリン酸化が抑制 されており、PDGFR 経路が阻害されていることが確認された。加えて、PDGFR に 対して極めて選択性の高いクレノラニブ 38)とイマチニブを比較した実験結果からも、 本研究において、イマチニブが PDGFR 経路阻害を介して線維化進展を抑制している
44 ことが示唆される。 ・Ⅵ-4.腎障害に対するイマチニブ投与の可能性 イマチニブは既に CML、ALL、GIST、HES、CEL など多種の疾患で、実臨床に用 いられている75)。現在腎疾患に適応はないが、動物実験ではメサンギウム増殖性糸球 体腎炎 76)、糖尿病性腎症 77)、ループス腎炎 78,79)、UUO35)、クリオグロブリン関連膜 性増殖性糸球体腎炎80)、抗糸球体基底膜腎炎32,33)、慢性移植腎機能障害81)など多様な 腎疾患モデルに対して、治療効果を発揮することが報告されている。またヒトでは少 数ながら、腎性全身性線維症に対してイマチニブが奏功した82)という報告もある。こ れらの報告において、イマチニブが PDGFR 経路を阻害し、結果、糸球体でのメサン ギウム細胞や内皮細胞の増殖、細胞外基質の増生を抑制し、腎障害の進展を抑制した と考察されている。さらにラットの抗糸球体基底膜腎炎モデルにおいて、イマチニブ 投与によりマクロファージ数が減少したという報告33)もあり、イマチニブのもつ腎保 護的、あるいは免疫調節機能の側面が窺える。本研究においてもイマチニブは、治療 域は狭い可能性があるものの、我々の新規腎うっ血ラットモデルの障害部位である直 血管周囲の線維化を抑制した。副作用、治療域など慎重に評価すべき課題はあるが、 種々の腎疾患において末期腎不全への移行を抑制しうる薬剤である可能性が期待さ れる。
45 ・Ⅵ-5.研究限界と今後の展開 我々の新規ラット腎うっ血モデルは心機能低下のない腎うっ血モデルであり、実際 のうっ血性心不全における神経系、内分泌系の働きについて評価は行うことが出来な い。しかしながら例えば、ネフローゼ症候群に伴う急性腎障害では腎血管の虚血と体 血管の溢水が病態の本態と考えられており83)、内分泌学的評価は困難であったとして も、類似した病態は実在しており、物理的、力学的変化の影響を追求することは可能 である。 また本研究ではイマチニブが PDGFR 経路を阻害したとする傍証は示したが、イマ チニブは複数の標的分子を持ち PDGFR 特異的阻害剤ではなく、他の標的分子につい て未評価である点、またクレノラニブと比較した実験は対象がヒト胎盤由来培養ペリ サイトであり、うっ血を想定した圧負荷を検討できていない点も研究限界である。今 後、PDGFR 特異的阻害剤を用いたさらなる研究が必要と考えられる。
46 Ⅶ.結論 我々の新規腎うっ血ラットモデルにおいて、右腎を正常コントロールとして用いる ことは妥当であると考えられ、また雌雄差はみられなかった。またイマチニブの投与 により、うっ血側の左腎において直血管周囲の線維化が抑制された(図 13)。腎うっ 血における尿細管間質障害には、ペリサイトの脱落を起点として PDGFR 経路が活性 化することにより PMT が起きることが関与している。イマチニブ投与により、腎う っ血は解除されなくとも腎障害の進展が抑制された。イマチニブとクレノラニブの比 較実験では同等の線維化抑制効果が観察され、PDGFR 経路阻害と線維化進展抑制と の深い関係が示された。この結果から PDGFR 阻害が心不全における腎障害の新たな 治療ターゲットになる可能性が示された。