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戦後の体育科教育における学習内容の検討 ―1950 年の体育学習指導資料集をもとに―

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戦後の体育科教育における学習内容の検討

―1950 年の体育学習指導資料集をもとに―

大 矢 隆 二

Examination of Learning Content in Post-WWII Physical Education

- Based on the Collection of Physical Education Teaching 

Materials from the 1950s

Ryuji OYA

2016 年 11 月 18 日受理 Abstract

 This  study  aims  to  elucidate  the  meaning  of  physical  education  during  the  chaotic  period  following  the  Second  World  War  by  attempting  to  examine  the  goals and instructional guidelines of physical education based on the instruction  books  published  after  the  issuance  of  the  government’s  physical  education  curriculum guidelines.

 Although physical education had been militaristic since the Meiji era, the old  curriculum was rejected by the occupation forces after the war; therefore, a new  system  of  physical  education  that  nurtured  children  to  live  in  a  democratic  society  was  considered  necessary.  However,  the  content  shown  was  simple.  For  this reason, solid instruction books were published with the aim of instilling new  educational thinking and comprehensively included the direction of the guidelines  and  coordination  with  the  educational  institutions.  These  new  guidelines  contributed to the development of a new physical education framework after the  war and became the foundation to establish its teaching methods.

Keywords:course  of  study,  goals  of  physical  education,  teaching  content, curriculum guidelines,post war physical education はじめに  わが国は 1945(昭和 20)年の敗戦を契機に,国家主義から民主主義を求める社会 体制に大きく変換した.明治期以降の体育は,軍国主義的体育であったが,戦後,占 領軍からの徹底的な否定を受け,民主的な社会に生きる子どもを育成する新しい体育 の体制が求められた.これは,新しい理想を求める体育として「新体育」と呼ばれた.

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旧体育から新体育への変革期のなか,体育のはじめての学習指導要領が出されたのは, 1947(昭和 22)年の学校体育指導要綱(以下,要綱)である(文部省).この要綱は, 米国教育使節団注1)の強い影響もあり,新体育として将来の学校体育を考える端緒と なった.戦前・戦中の軍国主義的体育(体操科,体錬科)から民主体育(体育科)に 移行するなかで,まさに,体育界に基準と方向を示唆した貴重な要綱となった.学習 内容を挙げると,「良好な姿勢を漸次養成する運動(年齢:6~7年)」「自己統制を 発達させる運動(年齢:8~9年)」「同情,従順,名誉心,正義感を養う運動(年齢: 10 ~ 12 年)」「勇気を養成する運動(年齢:13 ~ 15 年)」といった内容が示されると ともに,「適当な運動」という枠組みのなかで,発達段階に即した指導内容が示され ている.しかし,要綱の内容は,小学校から大学までの大まかな学習内容を示したも のであるため,各項目の説明を十分に補う必要があったものと推察できる.また,対 象年齢に対するおおむねの学習内容が明記されているものの,詳細な記述は十分にさ れていなかった.要綱について竹之下(1950)は,「いくつかの新しい観点を示して いるが,余りに簡単であり且つ方法に至る迄の轉感が充分に具体化されていないうら みがある.これらの補正はむしろ今後の努力が解決すべき問題であろう」と指摘して いる.さらには,「今日では,すでに必ずしも最良の手引き書ではありえなくなつて いる」15)といった,時代の変遷に対する危惧もあったのであろう.また,「もとより, 『学校体育指導要綱』は他教科の『学習指導要領(試案)』が備えていた『作業単元』 や『指導細目』は例示されておらず,『発育特質』の身体的特徴・精神的特徴と『適 当な運動』との関係が明瞭でなく,体操とダンスを除くと『運動種目名』が羅列され ている印象は免れない」14).それゆえ,指導要領の本質を失うことなく,さらなる思 索と研究をもとにした指針が望まれた.その結果,1950(昭和 25)年に要綱を補足 するかたちで,「体育の学習指導小学校篇上・下巻および体育の学習指導中等学校篇上・ 下巻」注2)(以下,学習指導書)が刊行されたと考えられる.  そこで本研究は,要綱が出された後,1950(昭和 25)年の小学校および中学校の 体育の学習指導書に示された,「体育の目標」および「指導方針」の整理・考察を試 みることにより,戦後,混沌とした時代のなかで目指された体育学習の特徴を究明し ようとするものである. Ⅰ 学校体育指導要綱の特徴  1947(昭和 22)年の要綱が出された後,1949(昭和 24)年の学習指導要領小学校 体育編(試案),1951(昭和 26)年の中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育 編(試案),そして,1953(昭和 28)年の小学校学習指導要領体育編(試案)を経て, 詳細で具体的な学習内容が構築されていった.やがて,1958(昭和 33)年から小学 校および中学校学習指導要領において法的拘束力をもつ国家規準となった.さらに, 1960(昭和 35)年には,高等学校学習指導要領が,国家規準として小・中・高の学 習指導要領が揃うことになった(表1).このように学習指導要領は,およそ 10 年周 期で改訂がなされ現在に至っている.

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 1947(昭和 22)年に出された要綱は,「占領軍の『日本教育制度ニ対スル管理政策』 による教育における軍国主義的色彩の一掃(軍国主義的・国家主義的教職員,内容, 方法の排除)によって始められ,教育の自由化と民主化を教育目的,内容,方法,制 度,行政の全体にわたって勧告した対日米国教育使節団の報告を基礎につくられた」 22).この要綱は,「昭和 21 年9月,五十余名の委員から成る『学校体育研究委員会』 が発足して学校体育の向かうべき方向の具体策について研究討議した」25)とされる. 全体でわずか 20 頁ほどの小冊子であったが,混沌とした戦後の学校体育に具体的な 方向性を示すこととなり,その後の学校体育を方向づける手がかりとなった.その内 容は,⑴「体育の目的」⑵「体育の目標」⑶「発育発達の特質と教材」⑷「指導方針」 ⑸「体育の考査と測定」の5項目から構成されている.対象は,小学校低学年「約7 年~9年」,小学校高学年「約 10 年~ 12 年」,中学校「約 13 ~ 15 年」,高等学校(仮 称)「約 16 年~ 18 年」,大学(仮称)「約 19 年~ 22 年」とし,身体的および精神的 特徴を踏まえた内容が記された.この要綱のはしがきには,「わが国が,民主国家と して新しく出発するにあたって,最も重要なことは国民の一人一人が,健全で有能な 身体と,善良な公民としての社会的,道徳的性格を育成することである」とし,「体 育はこの目的を達するために必要な技能や知識を修め,これを実践するのに最も具体 的で実際的な機会を与えるものである」記されている9).これらは,それまでの軍国 主義下の国民学校体練科教授要項やそれ以前の学校体操教授要目とは,その体育観に 表1 体育の学習指導要領等の変遷 西暦年 年号年 学習指導要領等 1945 1947 1949 1950 1951 1953 1954 1956 1958 1960 1968 1969 1970 1977 1978 1989 1998 1999 2008 2009 昭和 20 22 24 25 26 28 29 31 33 35 43 44 45 52 53 平成元年 10 11 20 21 学校体育指導要綱 学習指導要領小学校体育編(試案),新しい小学校体育学習の指導 体育の学習指導小学校篇上下巻,体育の学習指導中等学校篇上下巻 中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編(試案) 小学校学習指導要領体育科編(試案) 体育の学習指導 小学校体育の学習指導 高等学校学習指導要領保健体育科編 小学校学習指導要領,中学校学習指導要領 高等学校学習指導要領 小学校学習指導要領 中学校学習指導要領 高等学校学習指導要領 小学校学習指導要領,中学校学習指導要領 高等学校学習指導要領 小学校学習指導要領,中学校学習指導要領,高等学校学習指導要領 小学校学習指導要領,中学校学習指導要領 高等学校学習指導要領 小学校学習指導要領注3),中学校学習指導要領注4) 高等学校学習指導要領

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おいて百八十度の転換をはかっている26).はしがきに続いて,体育の目的を次のよ うに定めた.  一.体育の目的  体育は運動と衛生の実践を通して人間性の発展を企図する教育である.それは健 全で有能な身体を育成し,人生における身体活動の価値を認識させ,社会生活にお ける各自の責任を自覚させることを目的とする.  この目的は,小学校から大学を含む体育学習における目的として定めている.目的 から導き出される主な目標について,次の3点にまとめることができる.  第一に,「身体の健全な発達」である.これは,発育と発達,循環・呼吸・消化といっ た諸機能の向上,姿勢と動作などの学習目標が含まれる.第二に,「精神の健全な発達」 である.これは,勝敗に対する正しい態度,状況を分析して用件を発見する力,適切 な判断と敢行力などを養うことが掲げられている.第三は,「社会的性格の育成」で ある.これは,明朗,礼儀,誠実といった日常的な立ち居振る舞いから,克己と自制, 法及び正しい権威に対する服従,社会的責任を果たす能力など,体育を通じて社会生 活に役立たせる資質・能力の育成が目指されている.このように,「体育は運動と衛 生の実践を通して人間性の発展を企図された教育である」ため,戦時中の学校体操教 授要目から要綱へ進むなかで,学校体育を具現化し,新たな指導体制を構築しようと 意図されたものと考えられる.この改訂された要綱について,竹之下(1950)は次の ように要点化した.   ⑴体練科を体育科に改めた.   ⑵要目の統制的性格を去って指針に止め,地域の自主的カリキュラム構成と指導 者の創意工夫を重んじた.   ⑶体育の新しい概念規定を行った(目的).   ⑷目標を目的と区別し,社会的性格の育成とレクリエーションとしてのスポーツ を強調するなど,カリキュラム構成の新しい観点を示した.   ⑸発達の研究を重視し,児童中心の立場から教材選択を試み,教材を遊戯スポー ツ中心に考えた.   ⑹健康教育を体育科の内容として重んじたこと.  このように,これまでの軍国主義的な体育に歯止めをかけ,新たな民主的な体育へ の変更が目指された.それは,新体育として,これまでになかったレクリエーション 的なスポーツ,遊戯的なスポーツを取り入れたことでも明らかである.友添(2009) に よ れ ば, 戦 前 か ら 戦 後 の 体 育 の 変 化 は, 戦 前 の「 身 体 の 体 育(education of  physical)」から「運動による体育(education through physical activities)」への 体育理念の転換と捉えることができるという.これまでとは大きく異なる「新体育 (New physical education)」への変換に関し,思案する教師も少なくなかったのでは

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ないかと推察される.そのため,指導者養成とともに体育の指導書を刊行して具体的 方向性を示すことが望まれたのではないかと考えられる. Ⅱ 体育の学習指導書  1953(昭和 28)年,文部省(現  文部科学省)より,小学校学習指導要領体育篇が 公表される前後の代表的な体育の学習指導書は,竹之下休藏(1949)による『體育の カリキュラム』,新体育学習指導研究会(1949)による『新しい小学校体育学習の指導』, 日本体育指導者連盟(1950)による『体育の学習指導  小学校篇上巻・下巻』および『体 育の学習指導  中学校篇上巻・下巻』,同じく,日本体育指導者連盟(1954)による『小 学校体育の学習指導-新指導要領解説-』を挙げることができる.これらを編集した ものが『戦後体育学習指導資料集 第1巻~第7巻』として,2015 年8月 25 日に発 行されている15)16)17)18)19)20)21).戦後の体育の学習指導書をもとに,後の法的拘束 力をもつ学習指導要領への契機となる端緒を得ようと試みているが,その視点として, 体育科の目標,指導方針について抑えておくことが必要である.  そのため,戦後における体育の学習指導について整理・考察を試みた.このことは, 小学校および中学校の体育科との関連で,体育の指導の重点や基本的な指導の在り方 を探る手がかりとなろう.  1 学習指導書における体育の目標  1.1 1950(昭和 25)年体育の学習指導小学校篇上巻(体育の目標)  前述の体育の目的を遂行させるために,導き出された具体的な目標は,⑴「身体的 発達」⑵「知的発達」⑶「情緒的発達」⑷「社会的発達」の4つの側面から定めてい る(pp.12-13). そして,体育の目標を4つの主要な側面から掲げているが,さらに これを具体的目標に分析している注5).その記述は,⑴「身体を均せいに発達させる」 ⑵「よい姿勢をつくる」⑶「矯正の可能な身体的欠陥を除去する」⑷「走る・跳ぶ・ 跳び越す・投げる・捕える・打つ・蹴る・懸垂する・いろいろな巧技をする,泳ぐ・ 滑るなどの基礎的な運動技能を身につける」⑸「力・持久力・筋神経の活力や調整力 を発達させ,機敏・器用・正確・速度・音楽などに合わせて動作し表現する技能を発 達させる」⑹「循環・呼吸・消化・排泄などの機能を高める」⑺「運動の種類や特徴 を知り,生活に活用する基礎をつくる」⑻「状況を冷静・正確に観察分析し,判断す るなどの能力を発揮させる」⑼「スポーツマンシップを理解する」⑽「指導力・協力・ 積極性・勇気・自制・礼儀・正直・正義・寛容・忍耐・正しい権威への服従,同情・ 忠誠などの社会生活に必要な態度を発達させる」⑾「安全についての規則を知る」⑿ 「安全に必要な知識や態度や技能を発達させる」⒀「体育運動に対する廣く健全な興 味と熟練を得させ,よい社会生活の基礎をつくる」⒁「健康生活に必要な知識・態度・ 習慣を得させる」といった 14 項目を掲げている(pp.14-15).これらは,4つの観点 から整理されたものであり,身体の姿勢,表現や運動技能,身体の諸器官,人として の態度,健康・安全などの知識や運動実践について詳細に記されている.とくに,体

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育を通じて社会生活に必要な基礎的体力や態度教育に重点をおいていると読み取れ る.また,⑴~⒁の目標を達成するために,以下のように4つの説明を加え内容を補 足している.  「第一に身体的発達である.これには形態的な発達もあれば,機能的な発達もある. 機能的な発達には,内臓機能の発達もあれば,筋神経の運動機能の発達もある.さ らに運動機能について見ても,走・跳・投その他の基礎的な能力も考えられる.小 学校時代においては,これらのおのおのが,それぞれ調和を保つて発達するように 考慮せねばならない.  第二にスポーツマンシップである.スポーツマンシップの内容については必ずし も人によつてその定義の仕方は一様ではない.一應礼儀正しい,謙譲である,寛大 である,勇敢である,従順である,公正であるなどが内容として考えられている. したがつて,右に示した具体的目標の⑽はそのままスポーツマンシップの内容であ るといつてよいであろう.  第三に安全である.廣く解釈すれば,われわれが身辺の一切の危険から自分や他 人を守ることが安全教育のねらいである.…(中略)… …体育においてはとくに,交通の仕方と安全,水泳・投てき・器械運動などの練習 時の安全,狭い場所で多数が運動する場合の安全,いろいろな不時の事故のあつた 場合の安全などについて指導する.…(中略)… …事故をおこし易い環境におかれた場合に,もつとも賢明にかつ堪能に身体を守り うるようにすることが大切である.  第四に管理上の目標,たとえば,運動の器械や器具の整備・整頓・保存・修繕な どについての知識や習慣を身につけさせることも大切なことであろう」(pp.15-16).  このように , 先ず,身体の形態面や機能面の発達に触れ,小学生期の多様な運動に 親しむことの必要性を説明している.これは,運動神経を著しく活性化させるために, 運動神経発達の適齢期に配慮した指導が必要であり,運動の調整力を高めることにも 関係する.また,忍耐,服従,忠誠などといった態度教育も掲げられている.そして, 現代の指導要領にもある安全の配慮,器械・器具の整備といった安全教育や管理教育 にも配慮された目標である.  1.2 1950(昭和 25)年体育の学習指導中学校篇上巻(体育の目標)  小学校と同様に前述の体育の目的を遂行させるために,導き出された具体的な目標 は,⑴「身体的発達を助長し,良い姿勢習慣を確立する」⑵「身体活動に対する経験 を拡げ基礎的諸技能を発達させる」⑶「情緒の安定を図る」⑷「社会的態度を発達さ せる」⑸「余暇活動の基礎をつくる」を掲げている(pp.84-85).この目標を実現す るための材料として , 教材を位置づけている.この中学校期の発達上の特質に鑑み, 次のような社会的態度の育成を重視していることが読み取れる.

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 「これら強調すべき目標は要するに中学校期における発達上の特性から導かれる ものである.すなわち中学校期は第二次性徴期に属し発達のもつとも著しい時期で あり , この時期に発達を促進することは適当であるが , しかし別章発達上の特性に も見られる如く発達に不平均な諸点が見られ過労をさけ養護に注意しつつ発達をは かるべき時期であることが留意されなければならない.  また急速な身体発達はこれに鷹ずる内的方面の変化を結果するので情緒の不安定 が見られる…(中略)…  …さらに社会的態度に大きな変化の見られることもこの時期の特性であるが , 小 学校期に比して社会意識が発達し社会的行動の理解や能力の進歩が見られるのであ るから , 体育の一般目標にてらしても社会的態度の発達が強調されなければならな い」19)  第二次性徴期は , ホルモン分泌が著しく,身長も生後1年間を除いて最も伸びる時 期となる.とくに,第2発育急進期である思春期の発育スパートは,子どものからだ から大人のからだへ大きく変化する時期であるため,「睡眠」「食事」「運動」など, 規則正しい生活習慣の確立が発育に影響してくる.また,適度な運動による疲労感は 質の高い睡眠を促し,規則正しい基礎的な生活習慣や社会基盤を構築することにつな がることから,上記の目標は,体育科教育における運動(スポーツ)の意味づけを理 解し,その認識を高めていくことの必要性を示唆していることが読み取れる.  2.学習指導書における指導方針  2.1 1950(昭和 25)年体育の学習指導小学校篇上巻(指導方針)  1950(昭和 25)年の戦後体育学習指導資料集小学校篇17)では,「指導を効果的に 行うためには,一貫した方針にもとずき,一定の計画をたて一貫した態度で,たえず 児童に接すると共に環境をととのえることが必要である」(p.93)とした.そのため の小学校体育指導の指導方針として,⑴「目標をもつて指導する」⑵「計画的に指導 する」⑶「季節に應じて指導する」⑷「健康生活に留意して指導する」⑸「他教科と 連關して指導する」⑹「機會均等の原則を重んじて指導する」⑺「性別や個人差に應 じて指導する」⑻「自發活動を重んじて指導する」の8つを掲げている(pp.94-102).  ⑴「目標をもつて指導する」では,「体育の指導をする場合には,健康で有能な身 体を育成するとか,よい性格を育成し教養を高めるとかというような,体育の一般的 目標をねらうことによつて,結局は,心身ともに健全で自主的精神に充ち,平和な國 家社会の形成者となり得る完成された人格者をねらい,…中略…努力しなければなら ない」(p.94)とある.これは,さまざまな運動を経験させる過程で,体力・運動能 力の向上,健康・安全についての理解,他者との関わりから道徳性の育成が目指され, 身体面,情緒面,社会面の発達が意図されていると考えられる.また,学校の体育活 動が放課後や休み時間での体育的な遊び,学校以外での運動・スポーツ,家庭での活

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動などさまざまな運動への汎化が目指され,児童が自主的に運動に関わるような指導 の必要性を示唆している.⑵「計画的に指導する」では,「…児童の発達に應じ,児 童の必要,社会の必要,体育の目標等を考え合わせ,…中略…年間計画から日々の指 導計画に至るまで,自分にもつとも適する実際的な計画を立てることが必要である」 (p.96)としている.体育学習において,十分な単元計画がなされていなく,教師の 関与が少なくても,児童が活発に運動していることで,一見,積極的で活動的な授業 に見えることがある.しかし,本来の授業の質を高めるには,単元計画をもとに,「何 を学ぶか」「何ができるようになったか」といった個や集団のなかで,確かな学びを 確認していくことが望まれる.児童の実態に即した計画的な指導は,段階的な学び, 日々の達成体験につながる.そのため,日々の学習課題に対してのめあての重要性を 示唆したものと考えられる.⑶「季節に應じて指導する」では,「…季節による土地 の状況を考え,児童の発達や体育の目標もよく考えて,季節に應ずる最善の指導を工 夫することが大切である」(p.97)とある.これは,寒冷,暑熱,気圧の変化などの 変化にも十分配慮し,発達段階や児童の実態に即した運動量の確保や質の保障が望ま れたと考えられる.⑷「健康生活に留意して指導する」では,「…過労やけがのため に健康をそこなわないように世話をし,…たえず良い運動を行うように導くことが大 切である」(p.97)としている.これは,児童の日常的なけがや慢性疲労を危惧した ものであり,このような状況を未然に防ぐために指導体制の構築が目指されていたと 考えられる.しかし,健康について「小学校教育課程において,中・高・大の『保健・ 体育科』と異なって,健康教育は『体育』の中に吸収されていたから,これが衛生習 慣なのか健康認識なのか十分に検討されなかった等の弱点はある」12)とあるように, 指導に関しては教師の裁量に任されていたものと考えられる.⑸「他教科と連關して 指導する」では,「…ボール投げの記録をとれば,それは直ちに算数の資料となって, 算数学習の動機づけに役立つこともあろう」とした(pp.98-99).各教科間で無駄を 省けば,体育の効果も上がり,かつ運動量の確保も可能であろう.すなわち他教科と の連関が相乗効果を生むことにつながると推察できる.⑹「機會均等の原則を重んじ て指導する」では,「…すべての児童が設備や用具,それらを使う時間,受ける指導 などについて均等な機会を持つように管理することが大切である」(p.99)としている. これは,自己の権利の尊重,他人への思いやる気持ちなど,互いが協力し合い,仲良 く活動に励むことが意図されている.⑺「性別や個人差に應じて指導する」では,「… とくに個人差に應じて指導することが大切であつて,このことから個人差に應ずる指 導が強調されるわけである」(p.100)とある.これは,発達段階に応じて,内容を変 更したり,難易度を変えたりしながら個々人の達成体験が必要である.すなわちスモー ルステップを個々で設定し,小さな成功体験を積み重ね,自信を獲得するといった個 に応じた指導が目指されたと考えられる.⑻「自發活動を重んじて指導する」では,「… 自発的に活動する良いしつけをつけるように指導することが大切である」(p.102)と した.これは,運動効果を高めるには,主体的に運動にかかわる動機づけが必要と考 えられる.すなわち内発的に動機づけられ,自ら学習に取り組むことの大切さを掲げ

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たものと考えられる.  このように,教育現場に即した目標を定め,理論と実践の融合を目指し,将来を見 据えた高い理想をもった指導方針を立てているところに特徴がある.  2.2 1950(昭和 25)年体育の学習指導中学校篇上巻(指導方針)  1950(昭和 25)年の戦後体育学習指導資料集中学校篇では,⑴「目標を明らかに して指導する」⑵「計画的に指導する」⑶「自發的學習を重んじて指導する」⑷「機 會均等の原則にもとずいて指導する」⑸「合理的な方法で指導する」⑹「環境を整え て指導する」とした(pp.101-106).中学生期は,身体的な発達はもとより,精神的 な面においても多感な時期である.また,ものごとを論理的に思考する傾向が高まる ため,考えながら取り組む習慣を身につける良い時期と考えられる.さらに交友関係 も広くなり,他者からの影響を受けることも多いと考えれば,人生を方向づける大切 な筋目の時期にさしかかる.そのため,次のような身体的・精神的発達に即した目標 が掲げられたのであろう.  ⑴「目標を明らかにして指導する」では,「…個々の活動を指導する場合に,その 活動についてはどの程度の理解をもたせ,どの程度に技術を進め,いかなる態度を養 い,また必要あれば,どんな習慣を養うかというように主として目標とするところを, 具体的に明らかにしておく必要がある」(p.102)とした.これは,学習で取り上げる 教材の内容を吟味し,習得すべき知識,概念や技能と,養いたい社会的な見方や考え 方を設定することで,単元の学びを明確にするといったねらいがあることを読み取れ る.このことは,教師が目標をもつとともに,生徒側にも目標を定めさせることで, より確実な学びの定着を意図していると考えられる.⑵「計画的に指導する」では,「… 計画を立てるについては,生徒の要求や社会の要求を考え,必修時以外の各種の体育 活動や保健その他教科との連絡を密接にし,実施時数・設備用具などの状況に應じ, 卒業までを見通して綜合的に計画することが必要である」(p.103)とある.つまり, 教材研究がなされていない授業,計画を立てずに生徒の好みに応じた授業,段階的・ 系統性が見えない授業を危惧しており,計画に基づいた授業展開を勧めている.⑶「自 發的學習を重んじて指導する」では,「…常に運動意欲を持ち,シーズンにふさわし いよい運動種目を知り,それに対する一應の技術を身につけ,練習法や体育に対する 理解をもち,良い態度で,互いに樂しんで自主的に自発的にしかも自治的に運動する ように導くことが大切であり,かつそのために必要なよいしつけをすることが必要で ある」(p.104)とした.受け身の授業ではなく,「何を学ぶか」といった生徒自ら主 体的に学習するための動機を促し,不断に良い体育活動をするように導くことの必要 性を掲げている.このことは,生徒に嬉しさや楽しさを味わわせることで,運動の意 欲喚起の可能性をひらき,行動汎化を引き起こすことを意図したものと推察される. ⑷「機會均等の原則にもとずいて指導する」では,「…すべての生徒が,個性に應じ てそれらを使用できるように割当てることが大切であるが,強健組も虚弱組も皆量的 に同等になるように割当てることは適当でないのである」(p.105)としている.つま

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り,単に量的に考えて平均,公平を保つだけでなく,学習者の体力,運動能力,技術, 技能などを考慮した上で,質的な均等を謳っている.⑸「合理的な方法で指導する」 では,「…わずかな時間で効果を挙げようとするならば,常に指導法を研究して,一 層科学的に一層効率的に指導するように工夫することが大切である」(p.105)とした. これは,授業内での非効率な状況を改善し,授業の質を高めるために,指導の科学化, 能率化に努めることに配慮したものと考えられる.⑹「環境を整えて指導する」では, 「…單に教師の側において一方的に努力しても効果のあがるものではないから,常に 生徒を指導して環境整備の重要さを理解させ,設備や用具を大事に使用する習慣を養 い,かつでき得る範囲でその整備につくすように導くと共に,人的環境については, 各自が積極的に良い雰囲氣をかもし出すように協力する態度を養うことが大切であ る」(p.106)とした . このことについて,環境整備を物的環境と人的環境の2つの側 面を用いている.たとえば物的環境は,整備された教場(グラウンドや体育館など) の確保,すぐに準備ができる設備や用具など,主に生徒が授業で使用する環境のこと である.人的環境は,教師と生徒との良好な関係,授業集団の雰囲気といった生徒が 学習する中での受ける精神的な環境としている.  このように,中学生期の心身の特徴を考慮した特徴が見られ,指導の方向性が示さ れている.この具体的な目標は要綱(1947)には掲げられていない.そのため,児童・ 生徒に対して確かな学びを獲得させるために大変貴重な指針を示したと考えられる. Ⅲ 結語  以上,これまで 1947(昭和 22)年の学校体育指導要綱が出された後に刊行された, 日本体育指導者連盟(1950)による『体育の学習指導  小学校篇上巻・下巻』および『体 育の学習指導  中学校篇上巻・下巻』をもとに,「体育の目標」「指導方針」について 整理・考察を試みてきた.本論で示したように,要綱は米国教育使節団との協議,助 言を通して,何よりも軍国主義体育の払拭が目指された.そして,戦後の体育改革の 検討を重ねることで,民主化という新しい基本路線の展開のなかで生まれたものであ り,以前の軍国主義体育から 180 度変換した内容であったと言える.要綱が出された ことにより,「新体育」の理念が展開されるに至った.要綱はこれ以降,戦後の日本 の体育の原型を提示するものとなった.  1949(昭和 24)年に学習指導要領小学校体育編(試案)が出されているが,中学校・ 高等学校学習指導要領保健体育科体育編(試案)が出されるのは,1951(昭和 26) 年を俟たなければならなかった.そのため,小・中学校の具体的な体育科の目標,な らびに段階的・系統的な学習について,詳細に記された小・中学校の体育の指導書は, 児童・生徒の体育学習の質を高める新しい教育思想の浸透を試み,指導要領の方向性 をあますところなく包括し,ひいては教育現場との合一を図ったものであったと言え る.これまで中心教材であった体操も抑制されるという状況のなか,新たな方向性を 打ちだした貴重な刊行物となったのであろう.戦後,法的拘束力をもつ学習指導要領 ができるまでに,先人による弛まぬ努力が,現代の学習指導要領に結びついている.

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要綱から学習指導要領までの道のりは,一筋縄ではいかなかったであろう.その過程 で刊行されたのが「体育の学習指導」である.これは,指導要領に即した指導書とし て,全国の小・中学校体育関係者に広く利用されたとされる.このことは,まさに戦 後の新たな体育の発展に寄与し,体育の指導法を構築する端緒となったと言える. 注 注1)1946(昭和 20)年3月5日には,米国第一次教育使節団が来日し,日本教育 の視察と協議を行い,報告書を同年3月 31 日に提出している.米国教育使節 団は,連合国最高司令官によって提案されたものであり,27 名の教育者の一 団を招集し,日本の教育者と再教育について協議を重ねた. 注2)「本書は,…(中略)…かつて学習指導要領小学校体育篇の作成に当たつた, ほとんどすべての人々によつて執筆されたものであり,恐らくは,小学校体育 の指導書としては,現在の日本がもちうる最高の基準書であるといえるだろう」 17)としている. 注3)小学校学習指導要領解説体育編の体育科の目標は「心と体を一体としてとらえ, 適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して,生涯にわたって運動 に親しむ資質や能力の基礎を育てるとともに健康の保持増進と体力の向上を図 り,楽しく明るい生活を営む態度を育てる」と明記されている. 注4)中学校学習指導要領解説保健体育編の体育科の目標は「心と体を一体としてと らえ,運動や健康・安全についての理解と運動の合理的な実践を通して,生涯 にわたって運動に親しむ資質や能力を育てるとともに健康の保持増進のための 実践力の育成と体力の向上を図り,明るく豊かな生活を営む態度を育てる」と 明記されている. 注5)本論への記載に当たっては,できる限り原典を忠実に記した.そのため,誤字 脱字と思われる箇所や表記の文字もそのまま転載した.また,旧漢字や表記を 現代の表記に修正した方が明らかに分かりやすいと判断したところは,修正を 加えている. 文  献 1)岩田靖・竹田清彦(1989)戦後の体育科教育における教材概念の検討:昭和学校 体育指導要綱から昭和 28 年小学校学習指導要項体育編まで.筑波大学体育科学 系紀要,12:49-57. 2)北本徹・海野勇三・黒川哲也(2006)戦後体育科学習指導要領にみる評価観の変 遷:1947 ~ 1953 年の学習指導要領の検討.山口大学教育学部研究紀要,56 ⑶: 63-81. 3)工藤英三(1996)体育科教育の戦後 50 年.創大教育研究第5号,103-126.

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4)松田岩男・宇土正彦編(1988)学校体育用語事典.大修館書店. 5)文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説体育編.東洋館出版社. 6)文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説保健体育編.東山書房 . 7)文部省(1947)学校体育指導要綱.日本書籍,p.1. 8)文部省(1949)学校指導要領小学校体育編.大日本図書. 9)文部省(1951)中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編.大日本雄弁会講談社. 10)文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説体育編.東洋館出版社 . 11)文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説保健体育編.東山書房 . 12)文部省(1953)小学校学習指導要領体育編.明治図書. 13)西原康行(2006)体育の意義の変遷と体育教師の力量の関係性.新潟大学大学院 現代社会分化研究科,No.37 , 19-28. 14)中村敏雄(1997)戦後体育実践論第1巻民主体育の探求.創文企画,pp.48-49. 15)岡出美則編(2015)師範學校体育連盟編著  竹之下休藏著(初出 1949,誠文堂新光社), 戦後体育学習指導資料集:第1巻  師範体育 体育のカリキュラム.クレス出版. 16)岡出美則編(2015)新体育学習指導研究会著(初出 1949,不昧堂書店)戦後体 育学習指導資料集:第2巻  新しい小学校  体育学習の指導.クレス出版,pp.14-17. ,pp.38-45. 17)岡出美則編(2015)日本体育指導者連盟編(初出 1950,金子書房)戦後体育学 習指導資料集:第3巻  体育の学習指導  小学校篇  上巻.クレス出版,pp.1-2., pp.14-16.,pp.40-43. 18)岡出美則編(2015)日本体育指導者連盟編(初出 1950,金子書房)戦後体育学 習指導資料集:第4巻  体育の学習指導  小学校篇  下巻.クレス出版. 19)岡出美則編(2015)日本体育指導者連盟編(初出 1950,金子書房)戦後体育学 習指導資料集:第5巻  体育の学習指導  中等学校篇  上巻.クレス出版,pp.84-86.,pp.101-106.,pp.329-343. 20)岡出美則編(2015)日本体育指導者連盟編(初出 1950,金子書房)戦後体育学 習指導資料集:第6巻  体育の学習指導  中等学校篇  下巻.クレス出版. 21)岡出美則編(2015)日本体育指導者連盟著(初出 1954,大修館書店)戦後体育 学習指導資料集:第7巻  体育の学習指導  小学校体育の学習指導.クレス出版. 22)佐伯年詩雄(2006)これからの体育を学ぶ人のために.世界思想社,p.45. 23)坂入明(1981)「学校体育指導要綱」(1947)に関する歴史的考察.東京家政大学 研究紀要,第 21 集⑴:3-11. 24)阪田尚彦・高橋健夫・細江文利編(1995)学校体育授業事典  宇土正彦監修.大 修館書店. 25)竹之下休藏(1950)体育五十年.時事通信社,p.286. 26)友添秀則(2009)体育の人間形成論.大修館書店,p.67.,p.79. 

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