モンテーニュのいわゆる懐疑論をめぐって : モン
テーニュ研究 2
著者
藤江 泰男
雑誌名
言語と表現―研究論集―
号
8
ページ
7-17
発行年
2011
URL
http://id.nii.ac.jp/1454/00002196/
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言 語 と 表現 一 研 究 論集 一 第8 号モ ン テ ー ニ ュ のい わ ゆ・
る 懐 疑 論 を め ぐ っ て
モ ン テ ーニ ュ 研 究2 (7)藤 江 泰 男
は じ め に モ ンテ ーニ ュの評価 につい て、 われわれはすで に、 最近 ない ノし今 日の哲 学者 とし てはメル \ ロ =ポンティ やヴィエ イヤ ール =バロ ン、 十七世紀 の哲学者 として は、 パスカ ルやマルブラ ンシュ に定位し つつ論 じておい た。そ れはまだ、 モンテ ーニ ュ研 究全体 に基づ くものという より、 筆者の手 近な ところ・ 親し いところ から、モ ンテ ーニュ を仰 ぎ見 る、 とい う類 いの、 「研 究覚書」 的な論 述を免 れてはい ない。七 かし ながら、あ る種演緯的形 式で論 述で きるほ ど に、 十分 な時 間を 許さ れてい ない筆者 の現状か らする と、こ うした分 散的な アプロ ーチは い わば不 可避的 で もあ るよう に思う。 今 回も、そ うした研 究ノ ート 的スタ イルで、こ れまでリサ ーチしてき たモ ンテーニュ研 究 の現状、 とい うより、 その 『エ セー』 に関する出版 と研 究の現 況につい て、 われわれの捉え 得た 限りで、こ こ に報告してお きたい と思う。さ らに、モ ンテーニュ の懐疑論的 側面、懐疑 主義的 側面 に絡 めて、 筆者 に見 えて きた限りでのモ ンテ ーニ ュ像につい て も、幾 許か述べて お きたい と思 う。 ニ 1 。 出 版 事 情 を め ぐ っ て 卜 さ て、 こ れ ま で わ れ わ れが 親 し ん で き た 『エ セ ー 』 の 翻 訳 、 関 根 秀 雄 訳( 新 潮 社)、 原 二 郎 訳( 岩 波 書 店) 、 荒 木 昭 太 郎 訳( 中 央 公 論 新 社 戸 な ど は 、 い ず れ も共 通 の了 解 に 基 づ い て 訳 さ れ てい る 。 と い う の も 、そ の 訳 文 に は 、段 落 の 冒 頭 や 文 章 の 途 中 に 、A やB やC な ど の 記 号 が 挿 入 さ れ(゛)、執 筆 時 期 が 一 目 で 分 か る よ う に 配 慮 さ れ てい る 。 つ ま り 、1580 年 の 初 版〔段 モ ン テ ーニ ュ の『エ セ ー』の引 用 に 関し て は、フ ラン ス語 版 に つ い て は、PUF/Quadrige の 一 冊 に再 統合 さ れ た版 ( い わ ゆ る ヴ イレ ー・ ソ ーニ エ 版、2004 年) を使 用 す る。 邦 訳 に つい て は 、 基本 的 に 岩 波文 庫 の 原 二 郎訳 を使 用す る( も ちろ ん、本 文 の展 開 の 必 要 に応 じ て、 他 の訳 を 使 用 す るこ と もあ る)。 ま ず邦 訳 の 頁 を、 セミ コ ロ ン を 挟 んで 、 フ ラ ンス 語 版 の頁 を示 す 、 とい う 順 序 で引 用 箇 所 を提 示 す る つ も りで あ る。 ① 関 根 秀 雄 訳 『随 想 録 』( 白 水 社 、1962-63 年 /新 潮 社 、1954-55 年)、 原 二 郎 訳 『エ セ ー』( 岩 波 文 庫、 1965-66 年 )、 荒 木 昭 太郎 訳 『エ セ ー』( 世 界 の名 著 、1967 年 /中 公 クラ シ ッ クス 、2002-03 年 )、 後者 の 荒 木 訳 は、3 冊 本 で の 出 版 で はあ る が、内 容 に即 し て 分類 さ れた い わ ば 選集 版( 抄 訳)で あ る。 こ の 種 のデ ー タ につ い て は 、ロ ベ ー ル・ オ ーロ ッ ト 著 『モ ンテ ー ニ ュ とエ セ ー 』( 白水 社 、1992 年) の最 後 に 添 え られ た 「T参 考 文献 」 が 詳 し い。 以 上 の 参 照 は、 筆 者 の手 許に あ る も のか ら の確 認 にす ぎ ない 。階 の 文 章 で あ る こ と〕を示 すA 、1588 年 版 で の追 加 部 分 を 示 すB 、1588 年 以 降、モ ン テ ー ニ ュ が 最 後 まで 修 正 な い し 追 加 し よ う とし て い た 文 章 を示 すC 、と い。う よ う に 、こ れ ら の 記 号 は、 そ れ ぞ れ の 出 版 な い し 執 筆 年 代 を 示 し て お り 、 そ の 間 の 表 現 や 内 容 の 違 い に よっ て モ ン テ ー ニ ュ の 思 想 的 変 化 や 進展 を 推 測 さ せ る 、 研 究 者 必 須 の 手段 に も な っ て い た も の で あ る。 と こ ろ が 、 もっ と も最 近 の 宮 下 志 朗 訳( 白 水 社 岬 に は 、こ の 記 号 が 示 さ れて い な い 。 そ れ は宮 下 氏 の判 断 に基 づ ぐ も の で あ る と と も に、 最 近 の フ ラ ン ス で の 『エ セ ー』 出 版 事 情 を 踏 ま え た 措 置 で もあ る。 とい う の も、 手 許 に あ る文 献 で 言 え ば 、 ま ず は2001 年 の “la pochetheque" の シ リ ー ズ で は 、1595 年 版 の 『エ セ ー 』 を 底 本 にし たLes Essais ( シ ャ ン・ セ ア ー ル 版 )が 出 版 さ れた し 、 さ ら に ガ リ マ ー ル社 の プ レ イ ヤ ー ド 版 と し て 、 同 じ くABC の 記 号 に よ る 区 別 を 伴 わ な い 、 つ ま り1595 年 版 に 基 づ く と 明 記 し た『エ セ ー』が 、2007 年 に 出 版 さ れて い る 。 以 前 のプ レ イ ヤ ード 版 (1962 年 ) は 、 基 本 的 に 三 段 階 の 執 筆 年 代 を 区 別 し た も の で あ っ た ので 、 こ れ で 、 同 じ プ レ イ ヤ ー ド 版 の 中 で 、 異 な る 立 場 か ら 編 集 さ れ た 二 つ の 『エ セ ー』 が 読 者 に 提 示 さ れ た 、 とい う わ け で あ る。 ニ \ こ の よ う に、 ボ ル ド ー 市 版 の 『エ セ ー 』(1906-33 年 ) か ら ヴ ィ レ ー ・ソ ー ニエ 版 『エ セ ー』 (P.U.F 。1965/Quadrige, 2004 年 )に い た るR、と れ まで 定 番 と なっ て い た 『エ セ ーレ の 校 訂 版 に 様 変 わ り が、 少 な く と も 変 化 が お き か け て い る よ う で あ る。 こ う し た 動 向 が 、 決 定 的 も の で あ る か ど う か は 、 い ま だ 専 門家 足 り得 て い な い 筆 者 の 判 断 で き る とこ ろ で は な い が、 宮 下 氏 は、 自 身 の 翻 訳 の 第乙 分 冊 の 解 説 部 分 で 、 概 ね以 下 の よう に 述 べ て い る 。 モンテ ーニュの家 族は、晩年 のミ ッシェルが 『エ セ ー』 の彫琢 に精魂を傾けてい たこ とは知悉し ていた。 そして夫 め死後、『エ セー』新版 を上 木する話 がまと まり、底本 とし て「 ボルド ー本」で はなし に「底 本X 」〔ボルド ー本 とは別 の底本 〕が 選ばれた。し た が って、「底 本X 」こそ モンテャニ ュの最終 意志であ り、そ れの活字化 であるグ ルネー嬢 版 を近代 版の底本 とするの は、 かな り自然な発想 ではない だろうか ? ところが、1595 年 版は、 編集者の改変 が目立つ 版 とい う熔印がお さ れて きたのであ るO。 ニ し こ のよう に、い まだ存 在の確定し ない 版に素朴 に基づ いていい ものか どうか、つ まり、 こ れ まで 散々批判 さ れて きた、意図 的改変 の可能性 を絶 えず指摘 されて きた版を、こ のように 素朴 に信頼し てい い ものかどう か、正 直、筆者 には判断で きないO。 こ れまでの版 と併存 ない ② 大 文 字、 小 文 字 の違 い は あ れ、 こ の 記 号 が 挿入 さ れ てい る 。 ③ (f. モ ンテ ーニ ュ 『ヱ セ ー1 』( 白水 社 、2005 年 )。 す で に 『エ セ ー4 』( 白水 社、2010 年 ) まで 出 版 さ れ てい る。 ④ そ の 間に ヴ イレ ー単 独 の 版 で、二 種 の 『エ セ ー』 が、1922-23 年、お よ び1930-31 年 、そ れ ぞ れ3 巻本 で 出 版 さ れて い た こ と も指 摘 し てお こ う 。 底 本 は もち ろ ん 「 ボル ド ー 本」 で あ るノ ⑤ モ ン テ ーニ ュ (宮 下 志 朗 訳)『エ セ ーi 』( 白水 社 、2005 年 )p. 323.〔括 弧〕 内 の 補足 は筆 者 に よる 。
藤 江 泰 男 (9) し共存 する形で の出版 は、もちろん歓迎 するところ であり、さら に言えば、宮下氏 の訳文 は、 モン テーニュ の隠れたレトリ ッ クまでも映し 出すよう な見 事な出来 映えであ ることも確かで ある。 がしかし、 そうであ ればあ るだけ、生来 思想的変化 に関心 のい く者から すると、あ る い は、 モンテこ ニュの思想 的影響 関係に興味 を持つ読者 からする と、 何と ももったい ない邦 訳であ ると思 えもする。 とい うの も、あ る種 の読者層 にとっ ては、他 の版を、 三段 階を区別 して表示 してい る他の版 を常 時参照し ながら でない と、宮 下氏の類い 稀な表現技術 を十分 に は味 わえない、 のである からノ いず れにしろ、こ こでは、こ れ まで の三種の版、『エ セー』編集 のための定番 であった三種 の素材、 三種 のテ クスト群 につい て整 理してお こう。 ヴィレ ー・ソ ーニエ版 の「新版の序」 で、編者ソ ーニエ は、主 要な四段 階(quatre etats)について、概 ね以 下の ように整理してい る。つ まり、 1 。1580 年 版(1582 、1587 年 版 の わ ず か な 異 文 も 含 め て)→1870-73 年 (R. Dezeimeris et H. Barckhausen, Bordeaux ) 版 〔2 巻 本 〕 の 底 本 。
2. 1588 年 版 →1873-75 年 (H.Motheau et D. Jouaust, Paris) 版 〔7 巻 本 〕 の底 本 。 3.1595 年 版 →1872-1900 年 (E 。Courbet et C. Rover, Paris) 版 〔5 巻 本 〕 の 底 本 。 4 .「 ボ ル ド ー 本 (exemplaire de Bordeaux )」、換 言 す れ ば 、1588 年 版 に 、モ ン テ ーニ ュ 自 身 が 追 加 ・ 修 正 部 分 を 書 き 込 ん だ も の 、1906-33 年 、「 ボ ル ド ー 市 版 (edition municipale; Bordeaux, 1906-33 )」 の 底 本 と な る (1912 年 、「 ボ ル ド ー 本 」 の 「 写 真 複 製 版 」 の 出 版 も岬 よ 上 以上 が、 ソーニエ が、新規 に整理し たところ のまとめであ る。第一段 階を示 すA 、 第二段 階、1588年段 階での 追加を示 すB 、い わゆるボ ルド ー本、モンテ ーニュの手 持ちの本に ぎっ し り と書き込 まれてい た、 あるい は挿入さ れてい た文 章を指示し た ものがC 、 というこ とで ⑥ こ うし た 判 断 は、 専 門 家 に とっ て は驚 きで は ない 、 正 確 に 言う と「 専 門家 の大 部 分 は こ の選 択 の正 当 性 を す でに 納 得 し てい る 」(Les Essais, Gallimard,〔Pleiade〕, 2007, p. XCIV )と の記 述 が、最 近 のフ レ イヤ 六 ド 版 の校 訂 者 た ちの 言 葉 とし て あ る 。 こ れ も1595 年 出版 の「 グル ネ ー 嬢 版バ そ の 出版 社 名 も追 記 し て「 グ ル ネ ー・ラ ンジ ュ リエ 版 」と も称 し てい る )を底 本 とし てい る 。こ の 間の 事 情 につ い て は、も う少 し 詳し い 説 明 ない し リ サ ーチ め 必 要 があ ろ う が 、 次 回以 降 の 課題 とし たい 。
⑦' Montaigne et Villey de nouveau' (preface pour la nouvelle edition des Essais)(P. u. F・、 2004)p. XVIII こ の間 の 事情 につい て は、各 訳 本 の「 凡 例 」や「 あ と が き」に 、概略 的 な 解 説 が見 ら れ るが 、本稿 で は ソ ーニ エ の 序文 の文 章 を借 りて 、要 約 し て み た(〔 〕部 分 な ど、 デ ー タに つ い て は一 部 補充 し た も の も あ る)。 前 記 、宮 下 訳 『エ セ ーl 』 の解 説 部 分 に も、 詳 しい 紹 介 ・解 説 、そ し て 訳者 とし て の立 場 の 表明 が あ る こ とを 、あ わせ て こ こ に述 べ て お こ う。 Cf.モ ン テ ーニ ュ(宮 下 訳 )、前 掲 書、pp. 317-333よ も ちろ ん 、 講 談社 「 人類 の 知 的 遺 産」 シリ ー ズ の 一 巻、 荒木 昭 太 郎 著 『モ ンテ ー ニ ュ』( 講 談社 、1985 年 )に も、諸 版 の 異 同 の歴 史 的 概 観 が述 べ ら れ てい る 。 最 終 的 に は、 盲 目 の 文献 学 者 、 ピ エ ー ル ・ヴ ィ レ ー の博士 論 文 に 行 き 着 く の だろ う が 、残 念 なが ら 筆 者 の 手 許 に な く、 参 照 で き ない 。 P. Villey,Les sources et r &vo lution des Essais de Montaigne, 2vols,Hachette,1908/33.
あ る。 1595年版、上の 第三段 階が提示 した ものは、ぞの編 集者である グルネ ー嬢 の恣意性 が 疑 わ れて、 ボルド ー市版 ないし ヴィレ ー・ソ ←ニエ版 で は排 除さ れてい る。 まっ たく考慮し ない わけ ではない、 と言いつつ も、モ ンテーニュ が死ぬ まで乎許におい て書 き加 えていた本 に基 づ き、最終的 な『エ 七 一』を出版する、とい う方針 を明記し てい る。ヴ ィレ ーの1930 年 段 階での覚 書(note) では、「1595 年 版の不 誠 実(D とい う表現 も見 ら れる ほど である。 い ず れにし ろ、1580年 の、1588年 の、さら に最終段階 のテクスト、という 三種 の異なる テ クスト を考 慮に入 れる必要があ り、その最 終段 階 のテ クスト は、グルネー嬢 による1595 年版 で はない、 とい う立場 を明確 にする のであ る。 2 。 モ ン テ ー ニ ュ の い わ ゆ る 「 懐 疑 論 」 と は何 か 。・・ 。 さ て、そ れでは以上 の よう なテクスト の変遷、 テクスト の歴 史を踏 まえて、前稿 でも主題 的 に触 れてい たモ ンテーニュ の思想内容 につ いて、 その懐疑論 的側面 に関して、論 及したい と思 う。彼 の立場 を懐疑論者 とし て一括 りにする にしろ、しない にし ろ、その ターム、「懐疑 論」 という術 語内容 を検討し ない 限り、 その判断 は意味を なさない よう に思 われる。 従来型 の懐疑 論や、ピ ュロ ニズム的 ・極限的 な懐疑論 とい った術語で、 果たし てモンテ ーニュが何 を語ろ う とし ていた のか、何 を念頭に置い ていた のか、明確 にし ない 限り、 彼が懐 疑論者で あっ たか否 か、 とい う設問自体 が無意味 であ るか らである。肯定 で捉 えるにしろ、 否定で捉 える にしろ、 結局同じ 内容を見 てい た、 とい うこ とも十分 にあ り得る。前稿 で見 たように、 メ ルロ =ポンティ の肯 定、ヴィエ イヤール =バロ ンの否定R、そ の判 断は正反対 であるが、そ の語 るところ にさはど の対立は ない 、 と思 わ れるR。 ヅ イェ イ ヤール =バロ ンにし ても、否定の表 現を節 の「 タイト ル」として使用し てい るが、 そ れはすぐ に、 独断的 解釈とし ての「懐疑 主義」 の熔印を批判 する、 とい う文脈 の中に出現 してい るだけ である。つ まり、「レ ーモン・ズボン の弁 護」の章、その「 私は何 を知 っている か」 だけを取 り出し て、 一面的 に懐疑論者 としてモ ンテーニュ を処理す る愚を非難 する件 の 中で、 使用さ れてい る表現であっ て、端的 に懐疑論 者では ない、 と語る もので はない 。ほ と んどメ ルロ =ポンテ ィの主張 と重 なりつつ、 そ の懐疑の根拠であ る、モ ンテ ー二ユの自己 の 分析 ・記述 の意義を語 るため の準 備的表現 で もあ る(「 モンテ ーニ ュは懐疑論 者では ない 」) こと に留 意し なけ ればならない。 まして や、 両義性 をその哲学 の正面 に据えてい るメルロ = ポ ンティについ ては、 単純化そ のものが 誤解の もとである。 とい うの も、 懐疑論 自体が両義
③ Ibid., p. XXII. “infidelite de 1 ’ edition de 1595 ” と あ る 。 だ か ら と い っ て 、 そ の デ ー タ を す べ て 考 慮 し な い 、 と い う わ け で は な い が … … 、 と い う 文 脈 の 中 で 使 用 さ れ た 表 現 。
⑥ 「 モ ン テ ー ニ ュ は 懐 疑 論 者 で は な い 」 と い う の は 、 前 稿 で 一 部 紹 介 し た 、 ヅ イ エ イ ヤ ー ル = バ ロ ン の 哲 学 史 『 フ ラ ン ス 哲 学 』 の 中 の 、 モ ン テ ー ニ ュ に 関 す る 章 ・ 第3 節 の タ イ ト ル 。
⑩ 拙 稿 「17 世 紀 か ら 見 た モ ン テ ー ニ ュ と 今 」( 国 際 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 学 部 紀 要 『言 語 と 表 現 』 第6 号 、 2009 年 )
藤 江 泰 男 皿 ) 的 に理解さるべ きものだか らであるし、 さら に、 その根拠 をなす自我 のあ り方 もまた、当然 のこ とながら、 両義 的だからであ る。 単純化 はい ずれにしろ 危険で あ り、 メルロ =ポンティ 的見解 に も、 モンテ ー耳 ユ的真 理概念 にも反す るものであ ることを、 まずはここ に銘記して おこ う○ そ れでは、そ の思想 内容・思 考過程 につい て、 モンテ ーニ ュの表現 に即 しつつ、 思想的変 化 に即し つつ、じ っく りと検討し てゆ きたい、と思う。 部分的 にし て牛歩の歩 みではあ るが、 そ れもまた、全 体的真 理、全面 的真 理 を批 判する モンテ ーニ ュ的思考ス タイルO には適合し ている ものと、 幾分身 勝手に得心 しつつ論 を進め たい と思う。 2-1. 『エ セ ー』 第2 巻12 章 ( Ⅱ-12 ) の 全 体 的 構 成 に つ い て ま ず 、モン テ ー ニ ュ の 懐 疑 論 につ い て 検 討 す る にあ た り 、そ の 第 一 の 出 典 と い う べ き「 レ ー モ ン ・ズ ボ ン の 弁 護 」の 章 の全 体 的 構 成 を 見 て 牡 こ う 。『エ セケ 』中 もっ と も 長 大 で あ り 、か つ ど こ ま で、モ ン テ ー ニ ュ が 自 覚 的 に 構 成 を 考 え た か 、い さ さ か 疑 問 で も あ る 章 で は あ る が 、 こ こ で は2004 年 出 版 の 『エ セ ー』(QUADRIGE/PUF ) の 解 説 的 文 章 を 頼 り に、 そ の 補 遺 (supplement )R を も 考 慮 し つ つ 、 一 応 の 構 成 ・ 構 造 を確 認 し て お こ う。 十 ま ず 、 序 論 とし て ズ ボ ン の 自 然 神 学 に 関 す る 記 述 、 そ の 二 種 の 批 判 、 つ ま り 、 信 仰 を も つ 側 か ら と合 理 主 義 者 ない し は 無 信 仰 の 者 か ら の 批 判 が 続 く 。 以 上 が 序 論 で あ り 、 こ れ は 岩 波 文 庫 で もそ の ま ま 踏 襲 さ れ て い る (以 下 の3 章 〔段 〕 構成 と結 論 に つ いて も 同 様 で あ る )。 次 い で 本 論 が 来 る 。 I. 人 間 の空 し さ 、n . 人 間 の 誇 る 知 識 〔学 問 〕 め 空 し さ 、m レ 知 識 〔学 問 〕 の 道 具 た る 理 性 の 空 し さ、 最 後 に「 結 論 」 が 来 る 、 と い う 基 本 構 成 で あ る。 こ れ は、 岩 波 文 庫 の 目 次 とし て 、 そ の ま ま活 用 さ れ てい る と こ ろ で あ り、 ヴ ィ レ ー ・ ソ ー ニ エ 版 の 各 章 冒 頭 に記 載 さ れ て い る (2 巻12 章 の ) 構 成 で も あ る≒ 後 者 め 記 載 な い し 概 説 はさ ら に 詳 し く 述 べ ら れ て お り 、最 新 版 で は 、加 えて 、そ の 補 遺 が 作 成 さ れて い る、 と い う 次 第 で あ る 。 こ う し た大 き な展 開 の 結 果い 人 間 の 弱 さ が 徹 底 的 に批 判 さ れ、 結 論 と し て、 人 間 は、 こ の 世 界 に お い て い か な る 恒 常 的 な も の に も到 達 し 得 ず 、永 遠 に 変 動 す る現 象 し か 認 識 で きな い 、 こ う し た 弱 点 を わ ず か に 脱 し う る の は 、 神 の恩 寵 、 キリ ス ト 教 的 信 仰 に よっ て 以 外 はあ り 得 ないo 、 と 語 ら れ る の で あ る 。 十 こ う し た信 仰 の 告 白 が ど れ ほ ど 誠 実 な も の で あ っ た か 、 ど れ ほ ど 真 情 を 告 げ る も の であ っ ⑩ Cf. ヴ イェ イ ヤ ール =バロ ン、前 掲 書、pp. 24-25. 「私 に は 何 事 につ い て も全 体 は見 え ない 」(Montaigne, op.cit, p. 302) とい う 『エ セ ー』(I-50「 デモ クリ ト ス とヘ ラク レ イト スに つい て」)か ら の引 用 が あ る。 む し ろ 、部分 が 全 体 を 照 らし 出 す、 とい う モ ン テ ーニ ュ 著 『エ セ ー 』のス タ イ ル、い わば 彼 の哲 学 的 ス タ ンス が 解 説 さ れて い る 。
⑩ Montaigne, op. cit・, pp. 1347-1349.ヴ イレ ー ・ソ ーニェ 版 で の各 章 冒頭 の解 説 を踏 まえ て、 こ の 版 の 編者 M. Conche が 、 そ れ をさ ら に 詳し く分 析 ・ 補足 し た もの で あ る。
⑩ Ibid., p. 438.
たかはさ てお き、第2 巻12 章 の基本的構 成とその主旨 につい て は、以上 のところで、概 ね了 解 される のではない かと思 われる。人 間性を超えるこ とにモンテ ーニュが どれほど期待して い たかは、 問題ある ところであろ う。 (a) 掌 よりも大 きくつか もうとし、腕 の長さより も広 く腕を ひろ げ、脚 の幅より も広く 跨ごう とするの は不 可能であ り、不 自然だからであ る。 人 間が 自分 と、 人間性を越え よ うとす るのも同様 である。人 間は 自分自身の目でし か見 るこ とがで きない し、自分の手 でしかつ かむこ とができない からであ るR。 こ うし た人 間性 の通常 のレベ ル、 自然状 態を超える のは、 ただ神 の恩寵、 信仰による場合 の みである、と語って はい るものの、「 人間性を超 えること」を主題 にした ものでは決してな い。『エ セー』を忠実 に読んでい く読者 からす れば、モ ンテーニュ のスタン スがどこにあるか は誤 解のし ようもない。 この 立場 は、引 用文 の冒頭 に見ら れる通り、A 段 階ですでに記述ず みであ り、C 段 階 の追記で も「こ れて人 間性 を越え よう とするこ と」はまた立 派なことばであ り、有益 な 願い である。 だがや はりばかげ てい る町 と評さ れてい る。 2-2. モン テ ーニュ のい わゆる 懐疑論 とは何 か そ れでは、 本節(『エ セ ー』 の第2 巻12 章)に見ら れる、 モンテ ーニュ のい わゆる懐疑論 的内容 につい て、 つ まりこ うした構 成の中 で展 開さ れてい る内包 につい て、い ま少し論及し ておこ う。 もちろん、懐疑 主義を何 と捉 えるか、 という点 の重 要さ は論を またない が、さら に、そ うした懐疑 論・懐疑主 義 によってモy テーニュの思想 内容を説 明するこ と、 ある時期 のモ ンテ ーニュ の思想的到 達段 階 を示 そう とすること にも、 問題があ るこ とは予め指摘して おこ う。 一個 の哲 学的主張、 哲学的 潮流で、一 人の人 間、 モンテ ーニ ュの ように複雑多 岐な 人間 を説明す ること自体 の自己矛盾 について は、 予め自覚し てお くべ きであろ う。 懐疑論を 何と定義 する にし ろ、 どのような言 葉で 限定 するにしろ、そ うした探 求を通し て、 懐疑論・ 懐疑主 義を媒介 にして、 モンテ ーニ ュの何 か見 えてくる のか、 とい う点に、 むしろ注目すべ きであろ う。 さまざ まな哲 学的・思 想的潮流 につ いて熟知 するモ ンテ ーニュ からすれば、そ の一つ にと どまることな ど問題 にならない。 そうした思想 閲覧、思想 遍歴 を通して、諸思潮 の哲学 的バラ ンスの中で生 きてい たのが、少 なくど も晩年 のモンテ ーニュ の思 想的人生の実 相であっ た ように思 われるからであ る。こご では、『エ セー』の 第2 巻12 章、「レ ーモ ン・ズ ボ ンの弁 護」 を通して表現 さ れた、い わゆるモンテーニュ の懐疑論 につい て見 ておこう。 ⑩ ⑩ モンテーニュ『エセー』(三、岩 波文庫、1966 年)p. 323 ; Ibid., p. 604. 同 書、同 頁; Ibid.直前に引用 さ れてい るセ ネカの願い〔スト ア的 願望〕を、や はり「ばかげてい る (absurde)_」と否定する件である。 ト
藤 江 泰 男 (13) a ) 前 節 で も 述 べ た 通 り 、 こ の 長 大 な 弁 明 の 章 は 、 レ ー モ ン ・ ズ ボ ン の 神 学 を 擁 護 す べ く 構 想 さ れ て い る 。 そ の 基 本 的 枠 組 み も ま た 、 そ う し た 意 図 に 沿 っ た も の で あ る こ と は 確 か で あ る 。 ま ず 、 レ ー モ ン ・ ズ ボ ン の 自 然 神 学 、 合 理 的 精 神 か ら 神 を 、 信 仰 を 受 け 止 め よ う と す る い わ ゆ る 自 然 神 学 に つ い て 、 父 親 の 遺 志 に そ っ て 自 身 で 仏 訳 も し た 自 然 神 学 の 著 者 に つ い てo 、 あ る い は 、 そ の 翻 訳 に い た っ た 経 緯 に つ い て 、 簡 略 に 説 明 す る こ と か ら 章 を 起 こ し て い る 。 当 然 の こ と な が ら 、 自 然 神 学 的 な ズ ボ ン の 立 場 は 批 判 に 晒 さ れ る こ と に な る が 、 モ ン テ ー ニ ュ は 、 そ の 批 判 を 、 二 つ の 論 点 に 整 理 し て い る 。 信 仰 す る 側 か ち の 批 判 、 つ ま り 信 仰 に か か わ る こ と は 理 性 で は 証 明 で き な い 、 と い う 立 場 か ら の 批 判 、 さ ら に も う 一 つ 、 信 仰 し な い 側 か ら の 、 つ ま り 無 神 論 者 か ら の 批 判 (そ れレは ま た 、 理 性 に 重 き を 置 く 側 か ら の 批 判 、 つ ま り 合 理 主 義 者 、 理 性 主 義 者 か ら の 批 判 で も あ る が ) に 整 理 し て 、 提 示 し て い る 。 以 上 が 、 前 節 で 述 べ た 本 章 の 構 成 の 序 論 の 、 さ ら に 導 入 部 に 当 た る 件 で あ る 。 以 下 、 二 つ の 批 判 的 論 点 が そ れ ぞ れ 、 著 者 で あ り 訳 者 で も あ る モ ン テ ー ニ ュ に よ っ て 概 略 的 に 反 論 さ れ て 後 、3 章 〔 節 〕 構 成 の 本 論 へ と 繋 げ ら れ る 、 と い う 展 開 を 見 る 。 第 一 の 論 点 に つ い て は 、 モ ン テ ー ニ ュ 自 身 一 定 程 度 同 意 す る 論 点 で も あ る の で 、 そ の 反 論 は さ ほ ど 激 し い も の で は な い 。 理 性 も ま た 神 か ら の 賜 物 で あ る の だ か ら 、 そ の 理 性 に よ っ て 神 を 讃 え る こ と に 何 の 不 都 合 も な い 、 と い う 論 拠 が 反 論 の 基 本 線 で あ る 。 単 に 感 情 の み に 、 狂 信 の み に 信 仰 を 担 わ せ て よ い わ け で は な い 。 ま し て や 宗 教 改 革 の 時 代 、 信 仰 を か け て の 宗 教 戦 争 と い う 内 乱 状 態 の と き の 著 作 で あ る か ら 、 そ の 種 の 配 慮 は 十 分 に 認 め ら れ る と こ ろ で あ る よ 理 性 の 思 い 上 が り を た だ す べ き は 当 然 で あ る が 、 理 性 に よ っ て 神 を 正 し く 讃 え る こ と も 、 そ れ 自 体 自 然 な 振 る 舞 い で あ る 。 あ る 種 の 狂 信 を 牽 制 す る 意 図 を レ こ こ に 見 る こ と は 十 分 に 可 能 で あ ろ う 。 理 性 を そ れ に ふ さ わ し い 機 能 に お い て 活 用 す る こ と 、 こ れ は 第 二 の 論 点 に 対 す る 反 駁 の 中 心 テ ー マ と も な る も の で あ る 。 も っ と も 、 こ こ で 言 う 理 性 に つ い て も 、 そ の 内 容 に つ い て は 検 討 の 余 地 が あ ろ う 。 そ れ は 学 問 的 理 性 と は 異 な る も の か も し れ な い 、 少 な く と も 、 知 性 と は 異 な る 意 味 の 理 性 が 、 結 論 を 先 取 り し て 言 え ば 、 い わ ば 分 別 と し て の 理 性 が 、 そ ご で も 希 求 さ れ て い る の で あ る 。 こ れ が ま た 、 後 の デ カ ル ト の 理 性 、 デ カ ル ト の 分 別 を 問 う と き に 、 再 度 検 討 す べ き 課 題 と し て 浮 上 す る で あ ろ うR 。 。 ● I そ れ が い か な る 内 容 を な す に し ろ 、 神 か ら の 賜 物 で あ る 理 性 を そ れ に ふ さ わ し く 活 用 す る こ と に 問 題 が あ る わ け で は な い 。 そ の 活 用 の 仕 方 、 そ の 受 け 止 め 方 こ そ が 、 問 わ れ る べ き で あ る 。 そ れ が つ ま り は 、 第 二 の 論 点 の 反 駁 に リ ン ク す る わ け で あ り 、 実 は そ の 議 論 の 核 心 部 分 で あ っ た 、 と い う こ と で あ ろ う 。 ト さ て 、 そ の 第 二 の 論 点 で あ る が 、 そ れ は 、 理 性 と い う 武 器 を 信 仰 の 批 判 に 使 う 誤 謬 に か か わ る も の と し て 、 つ ま り は 理 性 の 思 い 上 が り 、 逆 上 と し て 、 モ ン テ ー ニ ュ か ら 徹 底 的 な 反 論 ⑩ 同 書 、p. 10 ; Ibid., p. 440.「 われ わ れ の知 っ て い る こ と はせ い ぜい 、彼 が ス ペ イ ン人 で約 二 百 年 前、ト ゥ ー ル ーズ で 医術 を 開業 し てい た と い う こ と ぐら い で あ る」 と述 べ てい る 。 ⑩ 塩 川 徹 也 『発 見 術 とし ての 学 問 モ ンテ ー ニ ュ、 デ カ ル ト、 パ ス カ ル』(岩 波 書店 、2010 年 ) 参 照 。
を 、 執 拗 な批 判 を 受 け る こ と に な る 。 第 一 の 論 点 と の 関 係 で の反 論 は そ こ そ こ に 、「 そ こ で 、 今 は た だ の 人 間 を 考 察 す る とし よ う゜」と語 り 出 し 、そ う し た 論 点 の 根 源 にあ る 人 間 の 態 度 に 対 す る 反 論 へ と モ ン テ ー ニ ュ は 移 る 。 そ れが 「 思 い 上 が り」(vanite) の 批 判 で あ り、 三 段 階 の 本 論 の メ イ ン テ ー マ と な る 。 単 に 宗 教 に か か わる 反 論 、 反 駁 を 遥 か に 離 れ、 人 間 の 営 み の 根 源 に 立 ち 返 っ た 反 論 、 そ れが ま た、 学 問 的 な営 み を も 巻 き込 み、 さ ら に は、 学 問 ・ 知 識 の 基 盤 と な る 理 性 と 感 覚 の 空 し さ ・ 思 い 上 が り の 批 判 へ と 展 開 さ れ る こ と に な る の で あ る 。 岩 波 文 庫 の 表 題 部 分 で 「 空 し さ 」 と 訳 さ れ てい るvanite と は 、 も ち ろ ん「 空 し さ 」 の 意 味 を 本 来 的〔 語 源 的 〕に も つ 単 語 〔 ←vanitas ←vanus (vide )〕で はあ る が 、さ ら に「 う ぬ ぼ れ、 虚 栄 、見 栄 ゜」と い う 意 味 合 い も派 生 し てい る 単 語 で あ る こ と に 、ま ず は 留 意し てお く べ き で あ ろ う 。 b)さ て、 モン テーニュ の展開 を逐ご 紹介で きるほど には、 もはや紙 数が残さ れてい ない。 展開の核 心部分、ピ ュロ ニズ ムについ ての思い を吐露し ている箇所 を中心 に、 モンテーニュ の懐疑論 ・懐疑主 義 に対 するス タンスを確認し て、今 回の論考 の課題に応 えておこう。そ れ は本論 の第二段 階、「 人 間の知 識の空し さについてO」 と題さ れた ところで、展 開される もの である。 上 人間 の「空しさ 」か ら人間の「知 識の空しさ」 へ と空し さの段 階をせり上げ た展 開におい て、そ の知 識を一 般大衆 のレベ ルで考察す れば、 その空し さ、無 意味さに通じ てい くの は、 あ る意味 で不可避 的で もあ るよ そこ で、そ の論 の要請 に応じて、知 識の高 みにおい て、学問 の高み におい て、 果たし てわ れわれの認識は空しい ものかどうか、 思い上が りであ るか どう かを検討し よう、 というこ とになる。 そこで哲学 の学派 の中に、そ の課題を探求 するこ とに なるのであ る。 まず、古 来の哲 学の流 れを、モ ンテーニュ は三つ に整 理する。つ まり√哲学 の本来の 目的 であ る「知 識と真理 の確実性 を」1. 「見つけ た人」、2 .「見う か らない人」、3. 「まだ探し てい る人」 という 三種 の区分である。 アリ スト テレ ス の逍遥学派、エピ クロ ス派、 スト ア派 などが 第一 の学派 に属す る、とモ ンテーニュは語 る。「 わ れわれの知識 を確 立し、これを確 実 なもの とし て扱っ だ 」からであ る。第二 の学 派〔見つ からない 人〕に相当 するのが、ア カデ ⑩ 原 二 郎 訳 『エ セ ー 』(三 、 岩 波 文庫 、1966 年 )p. 30 ; Ibid。p. 449.引 用文 中 「 た だ の人 間 」と い う、 幾 分 曖 昧 な 表 現 に なっ て い る の は、特 別 の恩 寵 状 態 にあ る 場合 を除 く、とい う こ と、つ ま り「 自 然 な状 態 」に あ る「 た だの 人 間 」を 考 察 し、そ れが い か なる もの であ る か 、そ の 思 い 上が り に ふ さ わし い も ので あ るか を 検 討 し よう、 とい う の が 、 こ こで のモ ン テ ーニ ュ の真 意 で あ る。 ⑩ 小 学 館 ・ロ ベ ー ル の 『仏 和 大 辞 典 』(1988 年 )か ら 。『プ チ ・ロ ワ イヤ ル 仏和 辞 典 』(第3 版 、旺 文 社 )に は「 虚 栄 心、 見 栄 、 う ぬ ぼ れ、 慢 心 」 とあ る。 ⑩ 「 知 識 」と訳 さ れ てい る の は 、ヴ イレ ーの 解 説 に よれ ば、science のこ と であ り、学 問 的 認識 も含 めた 意 味 で の知 識 ・認 識 で あ る こ と を、 まず は了 解 さ れ たい 。 ⑩ モ ンテ ー ニュ (原 二 郎 訳 )、 前 掲 書、p. 123 ; Ihid。p. 502.
藤 江 泰 男 (15) メイ ア派である、 とさら に語る。否定 的にしろ、 そ れを断定 している からであ る。 前者が独 断論者であ るとす れば、後 者もそ れに劣 らず独 断論者であ る、 と見 なす わけであ る。 こ の二 者に対し、い まだ真 理は、知 識は保持 さ れてい ない が、そ の探 求を続け ている 第三の学派 が 来る。こ れが、モンテ ーニュ の理解するピ ュロ ン とピュロ ン的懐疑 論者(ピ ュロ ニアン)、つ まりピュロ ニズ ムの系 統であ る。こ れは、「判断中止論 者゜」 という タームで指示 されるこ と もある。真 理が存在 する とも、存在し ない とも主張せず、 依然として それを探求し 続けてい る一派 のこ とであ る。 こ れはモンテ ーニュ的 な目からす れば、 徹底し た懐疑主義 とい うこ と ではある が、 他の二 派と の図式的区分 によって 表現す れば、1 と2 の学 派め中 間で絶え問 な く浮遊す る、 揺 れ動 く一派、 つ まりは判 断を最後 まで回避す る優柔不 断な学派で もあ る、 と い うこ とになろ う か。 あるい は、 先程 の空し さやうぬぼ れとの関係 で語るな らば、 真理 を断定するこ とが独断論 的立場であ ること は当然であ るとし ても、モ ンテーニュ にとっ ては、 その真理が 見つ から な い、 と否定 的にしろ 断定す るのは、前 者と同じ ように独断的 な立場 の表 明であ ることに変 わ りないO。い ずれにしろ、知識 の「 うぬぼ れ」を表明する もの、知ってい る以上 を語ってし ま う立場 の「思い上が り」 を共 有してい る、 とい う わけであ る。 懐疑や無 知を単純 に、 端的 に 主張する学 派と も、 このピ ュロ ン の徒 は異なる、 と彼は見 なすのであ る。 こうし たい わば柔 軟な 懐疑主 義的態 度を、 モン テーニュ はそ の展 開 に応じ て、「 自由で独 立゜」 とも評し てい る。 学説的し がら みにとら われず、 自由に思 考する態 度、 独立的 に考え、 知 識の程 度をあるが ま まに表現する スタイリレを、 モ ンテ ーニュは自由 で独立的 と捉えた わけ で ある。「宙 ぶら りんでい る方 が、人 間の迷 妄か ら生 まれたあ んなに も多 くの誤謬 の中 にま ご ついてい るより も、 まし ではない か(S) と。 こうし て、ピ ュロ ニズ ムの 最終的 な立場を彼 は次の よう にまとめあげ る。 (a) 彼 らの決 まり文句 は& 朕が)、すな わち、私 は判断を保留 する、私は動か ない、とい う こ とであ る。こ れこそ彼 らの繰 り返し句であ り、そ の他の句 もす べて同じ 内容の もので ある。 その結果 は、純粋で完全 な判断 中止とい うことになる。 彼らが 理性を用い るのは、 探求し 論議す るためであ って、決定し 選択する ためでは ない。 常 に無知 を告白 するこ と、 い かなる場合 にも賛否 のいず れの側に も傾 かない判 断をもつこ と、 以上 を想像す れば、 ピュロ ニズ ムの何たる かを理解し え よう゜。 ⑩ 同 書 、同頁; Ibid. Epechistes とモ ン テ ーニ ュ は 表 記し て い る。 エ ベ コ ー〔私 は 判断 を留 保 す る〕、ない し エ ポケ ー す る 人々 、 と で も 言 うべ きタ ー ムで あ る 。 ⑩ 同 書 、p. 125 ; Ibid。p. 503.参 照 。「 もし 相 手 が 『自 分 は そ れに つい て何 も知 ら ない 』と断 定 す る と、イ君 は そ れ につ い て知 っ て い る 』 と主 張 す る であ ろ う 」 と、 ピ ュ ロ ニ ズ ム的 反 論 の手 法 を 解 説し て い る。 ⑩ 同 書 、p. 126 ; Ibid., p504.「判 断 力 が 十全 なだ け 、彼 ら はい っ そう 自 由 で独 立 で あ る」 と。 ⑩ 同書 、 同 頁; Ibid. ⑩ 伺書 、pp. 127-28 ; Ihid。p. 505.
こ れ は ま た 、 パ ス カ ル の 著 作 の 中 で 照 準 を 向 け ら れ た 側 面 で 言 う な ら ば゜、「 自 己 自 身 を も 揺 す ぶ る 極 端 な 懐 疑 的 態 度 」とい う こ と に な ろ う か 。「 多 く の 学 説 か ら 分 離 七 」、「 い ろ い ろ に 疑 惑 と 無 知 を 表 明 し た 学 説 か ら さ え も分 離 」 し て い る、 と も語 ら れ る ピ ュロ ニ ズ ム の 極 限 的 境 地 で あ る ゜レ こ う し た 、 人 間 の あ り 方 、 知 識 の あ り 方 、 そ し て 知 識 な り 学 問 な り を 支 え る 感 覚 と 理 性 、 そ う し た も の の 弱 さ の 、 空 し さ の 徹 底 し た 指 摘 は 、 し か し 、 そ れ 自 体 の た め に 展 開 さ れ た の で は な く 、 懐 疑 論 全 盛 の 時 代 に あ っ て と 同 様 、 モ ン テ ー ニ ュ の 生 き た 宗 教 的 内 乱 状 態 の 中 で も 実 践 的 意 義 を 担 う も の 、 と モ ン テ ー ニ ュ 自 身 弁 明 し て い る こ と は 注 目 さ る べ き こ と で あ ろ う 。 ス ト ア 派 に し ろ 、 エ ピ ク ロ ス 派 に し ろ 、 ヘ レ ニ ズ ム 期 に あ っ て 、 単 に 禁 欲 的 デ イ シ プ リ ン を 説 く だ け の 、 快 楽 の 勧 め を 説 く だ け の セ ク ト で あ っ た わ け で は な い ( そ う し た 解 釈 自 体 が 誤 解 で あ る が ・・・、・・)。 そ う し た 教 説 を 介 し て 、 ア パ テ イ ア (不 受 動 )、 な い 七 は ア タ ラ ク シ ア ( 心 の 平 静 ゜) に い た ろ う と す る 魂 の 叫 び で も あ っ た わ け で あ る6 こ れ は モ ン テ ー ニ ュ の 生 き た 時 代 で も 、 恐 ら く 同 様 で あ っ た ろ う 。 彼 の 早 世 し た 親 友 、 ラ ・ ポ エ ジ ー の プ ロ テ ス タ ン ト 的 印 象 を 消 そ う と 、 モ ン テ ー ニ ュ は し き り に 気 遣 っ て い る し 、 ま た 、 本 章 の 主 題 、 自 然 神 学 的 論 法 と そ の 支 え と し て の 懐 疑 論 的 論 法 ( 目 的 を 遥 か に 飛 び 越 え て そ れ を 活 用 し て い る め で は あ る が ) を 、 モ ン テ ー ニ ュ は 、 宗 教 的 動 乱 の 時 代 で の 、 ぎ り ぎ り の 生 き 方 の 技 術 と し て も 提 示 し て い た ご と は 、 注 目 に 値 す る 。 そ れ は 例 え ば 、 次 の よ う な 件 に 明 確 に 表 明 さ れ て い る 。 こ れ は 後 の フ ラ ン ス 国 王 ア ン リ4 世 の 妻 と も な る 、 マ ル グ リ ッ ト ・ ド ・ フ ラ ン ス に 向 け ら れ た 言 葉 で あ る ○ ・ i (a) 私 はあ なたの ために、い つ もの習慣 に反し て、 わざ わざ こんな に長い 文章を綴 り まし たが、あ なた はご 遠慮な く、 毎日学 んでお られる普通 の論 証の方法 で、 あなた のズ ボンの弁護 をなさっ て下さい。そ して、あ なた の精神 と学問 を錬磨なさっ て下さい。 と 申し ます のは、 この最後 に用い た剣法 は、 いよい よという時 だけでなけ れば用いて はな らぬ ものだ からです。こ れは捨て 身の一 撃で、敵 に武器を捨 てさせ よう とすれば自分 も 捨て なけ ればなり ませ ん。 よ くよくの場合 でなけ れば、めっ たに使って はならぬ秘法 な ので す。敵 を殺そう どし て自分 まで死ぬ のはは なはだしい無謀 と言 わねばなり ませ んo。 図 もち ろ ん 、前 稿 で も 触 れた よう に『ド・ サシ 氏 と の対 話 』は、厳 密 に はパ ス カ ル の作 品 で は ない。 ここ で は、そ の中 の「全 般 的 な 普 遍的 懐 疑」に対 応 す る 部 分 を取 り 出 し てい る 。 もっ と も、こ の 訳語 に 対 応 する 表 現 は、「un doute universel et si general」( 中央 公論 、1978 年 、p. 485 ; Hachette, p. 151) で あ る。
⑩ ⑩ モ ンテ ー ニ ュ。、 前 掲 書、p. 125 ; Ibid。p. 503. 同 書 、p. 124 ; Ibid., p. 503.参 照。 文 庫 で は 、 ア タ ラ クシ ア が 「不 動 心 」 と訳 さ れ てい る が、「魂 の 平 静」 の方 が ア パ テ イ ア の訳 語 と混 同 さ れ な くて 、都 合 が いい か と思 う 。「不 動 心 」と訳 さ れる と 、ど うし て も「 ア パ テ イ ア」 の 方 を連 想 し て し まう 。 も ちろ ん、「 不 動心 」 が 誤 訳 だ、 とい う 意味 で は ない 。 ⑩ 同 書 、pp. 216-17 ; Ihid., pp. 557-58.こ の部 分 の 記 述 も、 す で に1580 年 の初 版か らあ る もの 。
藤 江 泰 男 (17) モ ンテ ーニュは、こ こで、懐疑論 的論法 による信仰 の弁 明の仕方 を、「捨 て身の一撃」にも 喩え ている。 敵を倒 すとと もに自分の身 をも危うくす るような、 極限的 な論 法である と、こ の章 を捧げ たマルグリ ットに呼 びかけてい る。 さら に、 そ もそ も人間の精神 自体が、い わば 「秘剣 」の ように、使い 方を過つ と、身 を危 うくする代物 である ことに注 意を喚起して もい る。 こ のよう に、 モ ンテーニュ にとって懐疑 論的論法、ピ ュロニ ズム的そ の極 限形態は、そ の 生 き方 に も重 なる、生 き方を支 える思考 スタイルだっ たようであ る。懐疑論 者であったか否 かと は別に、 こうし た思考ス タイルは、モ ンテーニュが生 涯維持し たス タイルである よう に 思 われる。そ れは教説 の内容 を忠 実に護持 するので はなく、そ の精神を、 その方法を十分 に 活かす、 思想 の継承 の仕方と言 えよう。 \ もちろ ん、デ カルト 的懐疑 が、デカルト哲 学自体に向け ら れう るよう に甲、モンテ ーニュ の 著作内容 につい て も、 モンテ ーニ ュ的懐疑、あ るいはピ ュロ ニ ズム的懐疑 の手法が向け られ ねば ならない、 と語 るべ きか も七れない。 本稿の展 開はまだ、そ こ まで達し てはいないが、 今 後 の課題 の一つとし てここ に銘記しておこう 。ある種、 相対主 義的思考 法の中で心 の平静 を保つO、とい うのが、モ ンテーニュ の基 本的テ ーマ ヤあった ように思 われるが、まだここで は、結 論とし て提示で きるほ どに、 リサ ーチ も考察 も進んではい ない。ピュロ ニズ ムに対す るモ ンテ ーニ ュのス タンスを、もう少 し、テ クスト に即して 分析する必 要があ るかと思うが、 既 に紙 数 も尽 きてお り、 今回 はこ こで筆 を掴きたい6 ⑩ ダ ラ ンベ ール ヶ『百 科全 書序 論 』(『世界 の名 著29 』中 央 公 論社 、1970 年 )、p. 485.「彼 は最 後 に はす べ てを 説 明 し た と信 じ た と し て も、 少 な く と も 最初 は す べ てを 疑 う こ と か ら はじ め た の であ る し、 そ れに わ れ わ れ が 彼 と論 争 す る た め に 用い る 武 器 は、 い くら ほ こ先 を彼 の 方 に向 け る か ら と 言っ て も、 や は り彼 の もの な の であ る 」。 ヴ ォ ル テ ー ルも ま た、 同趣 旨 のこ と を、 彼 の 『哲 学書 簡 』 の なか の 〈 第十 四信 〉 で、 次 の よ う に 述 べ て い る。「 …… 彼 は 同 時 代 の 人 た ち に 正し く推 論 す る こ と を 、 デ カ ルト 自身 を攻 撃 す る の に彼 の 創 意 に なる 武 器 の使 用 法 を 教 え て や っ た の で あ る。 彼 自身 は良 貨 で もっ て 支払 い を し た と 言 え ない にし ろ 、 悪 貨 の 評 判 を 台 な し に し た だ け で も、 大 し た 手 柄 で あ る」(同 書、p. 145 ; Voltaire, Lettres philo一 sophiques, Classiques Garnier, 1964, p. 76) と。 デ カ ルト哲 学へ の反 論 も ま た、 デ カ ルト 自身 の着 想 に なる 彼 の 「方 法 」〔就 中 、い わ ゆる 方 法的 懐 疑 〕 の もた ら し た もの 、 と する 理 解 で は、 二 人 と も共 通 し てい る。 ⑩ (f. ヴ イレ ー 『モ ン テ ーニ ュ の 《エ セ ー》』( 木魂 社 、1985 年 )/p. Villey, Lg5 Essais de Montaigne, Nizet,
1932 );あ るい は 、 実 証主 義 に 基 づ く 相対 主 義 。「・・…・平目対 的 であ っ て もな お しっ か り とし た 認識 の 基礎 が 事 実 の な か にあ る こ と を 、見 て取 っ た の であ っ た 。 か くし て 彼 は、 そこ か ら 、 確 固 とし て い な がら 同 時に きわ め て柔 軟 な、 一種 の実 証 主 義 へ と向 か う 。」(同 書、pp. 85-86 ; Ibid。p. 75)