経営学的
組織概念の発展
i−経営組織論の対象論序説−一
山
本
安
次
郎
序 言 ヘ ヘ へ 経営組織論は形式的に見れば﹁経営組織﹂に関する研究というぼどの意味しかもたず、それがどのような学問的性格の ものであるかを示していないともいえよう。その﹁経営組織﹂についての見方はいろいろあって、これを規定するのでな ヘ ヘ へ ければ何とも断定出来ないからである。しかし、これを実質的に見れば、 ﹁経営組織﹂に固有にして必然的な見方は経営 ヘ ヘ ヘ へ 学的であるぽかなく、その意味では経営組織論とは経営学的組織論にぽかならないともいえよう。広く経営組織論と見ら れるものにもいろいろあって、それらは見方により種汝の系統づけも可能であるが、単なる論理的、単なる歴史的にでは なく、歴史的に論理的という観点からその牲格を見れば、根本的に管理学的組織論と組織学的組織論とに分れ、その対立 の統一を通して﹁経営組織﹂に固有な見地として経営学的組織論が成立するのである。要するに、経営組織論は経営学的 組織論であり、然るものとして基礎づけらるべきであるというのがわれわれのこれまでの研究の結論であった。 ところで、右の如き認識並びにそれに基づく主張は実は﹁経営組織﹂そのものの本質的構造の認識に基づくのである。 いうまでもなく、経営組織論の方法論も当然に方法的考察と対象的考察を含み、われわれのこれまでの考察は主として方 経営学的組織概念の発展 三七経営学的組織概念の発展 三八 法的老察−一﹁経営組織﹂の見方、経営学的見地をめぐる問題−一であったが、その方法的考察は必然的に対象的考察一 その見方からする﹁経営組織﹂そのものの経営学的認識の問題t−−を媒介とせざるを得ない。その意味で、これまでの研 究においても対象問題が全く無視されていた訳ではない。多かれ少なかれこの問題にも触れられてはいる。しかし何とい っても、そこでは方法問題が中心的地位を占め対象問題はむしろ周辺におかれていたのである。改めて説くまでもないこ とであるが、何れの学問もそれ固有の対象の上に基礎づけられるのであり、そこにおける研究が学問上真に意義をもつの は対象の客観的把握であって、ただこれを学問固有の見地に照らして価値あらしめるところに方法的省察の意義がある。 方法問題と対象問題とは一応相互決定的ともいえるが、窮極的には対象問題の優位を認めねばならないと思う。このよう な意昧で、経営組織論にとっても対象問題たる経営組織の概念規定の聞題がより基本的であるといわねばならない。−特に これまで経営組織論の方法問題を中心に考察してその経営学的性格を明かにしようとしたわれわれは当然にいまや一歩進 めてそれ固有の見地から対象問題をとり上げねばならないのである。かくて、ここでは経営組織概念規定の問題を中心に 取り上げ、経営組織論の経営学的性格を一層根抵から更に明確ならしめると共に積極的内容的組織研究への道を準備した いと思う。つまり、 ﹁経営組織﹂の経営学的概念の確立がここでの問題である。 さて、この課題をわれわれは如何に展開したらよいであろうか。先ず、この問題が一見するほど容易でないことは明か である。何よりも、この経営組織なる言葉自体が既に経営概念の多様性と組織概念の多義性の両面をそのままに受継ぎ、 かくて殆んど無限の多様性を示すように見えるからである。事実、諸学者の見解を詳細に比較検討すれば、その閤に共通 点よりは差異点の方が目につくであろう。近時ますます盛んとなりつつあるこのような諸学説の個別的研究の重要なこと はいうまでもないが、われわれにはそれらの統一的方向における理論的研究が一層重要となる。この意味にて、われわれ は経営組織論を管理学的組織学的及び経営学的の三系統に分ち、特に前二者の対立を経営学的組織論に統一せんとしたの
である。 このような方法問題における三大別は、上述のところがら明かなように、同時に対象問題における三大別の可能性をも 意味している、いな、前者は後者を基礎としているのである。事実、それらの諸学説の間には、その根本見地の区別に対 応する組織観の相異があり、組織概念や組織問題の理解についても明かな相異と対立が見られるのである。そこで、われ われは、恰も方法問題において管理学的見地と組織学的見地との対立を通して経営学的見地の意義と特質を明かにしたよ うに、ここでも管理学的組織概念と組織学音組織概念との対立を介して経営学的組織概念を考察したいと思う。それは結 局経営と管理と組織との概念的区別と関連の問題を中心とする経営組織概念の発展の問題に帰着するのである。 なお、経営組織論における方法的三大別と対象的三大別との対応は、必ずしも絶体的意昧をもつものではない。例えば 同一の学説も対象的には組織学的であり、方法的には管理学的であったり、反対の揚煮も稀ではなく、また後に述べるよ うに、経営学的であるといっても動揺するのが常であるからである。それにも拘らず、それらの代表者を典型化しこれを 全体として対応関係に.おいてその特質を考察するという論理的操作も許されるのである。 ① 山城章、経営学的組織観、PR.第五巻第十号その他参照。馬場博士は特に純粋な組織理論と組織方策論との峻別を説かれる。こ の点拙稿.経済学組織学と経営学、PR、第六巻第九号参照。
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⑥ 拙稿、組織学と経営学、彦根論叢、第三十号、拙稿、経営学と組織論、PR、第七巻第十号など参照。 松井辰之助、経営経済学原論.参照。 馬場敬治、組織の基本的性質、 一八九頁以下参照。この点後でも触れるであろう。 この一例としてZ壮士臨Φ。ズ蛸こ因9δ轟一巨霞層祠魁理bゴ9艮①募。蒔目無暮δ♪おαUをあげよう。 その詳細は拙稿、ノルトジτクの経 営管理論と其の批判、 ︵経営学全集第七巻掲載予定︶参照。 この一例としては∪9<寅國●ρ”日章国暮量巨Φ鼻舘ω雲霧。b寓二一鴨巨①導、お望をあげよう。詳細は拙稿、デイヴィスの経営管理 論と其の批判︵経営学全集第四巻︶参照。 経営学的組織概念の発展 三九経営学的組織概念の発展 四〇 二 経営学における組織概念の発展 1 経営組織研究と概念問題 改めて説くまでもなく、組織は一般にわれわれの社会生活や経済生活と切り離し難い関係にあるが、このことは経営や 経営生活について見れば一層明白であり、直接的根本的であり、全く切実である。経営は、如何なる事業の経営であれ、 今日組織を離れては考えられない。経営はどこをとって見ても組織的関連の存在しないところはない。いつもいうように このような経営と組織との一般的関係を反映して、経営組織研究は相当古くから行われて来たが、それは経営の大規模複 雑化に伴う組織重要性の加速度的増大という特殊的歴典的関係から近時ますます発達し、時には却って過大評価の傾向さ え見られるぽどになって来た。そのことは経営組織の研究の意義と地位を曖昧ならしめるもので、そこに当然経営組織論 の方法論的省察が起らざるを得ないこと嘗って述べた如くである。その際、根本問題の一が経営組織論の対象たる経営組 織の概念特にその基礎としての組織概念規定の問題であることも上に指摘しだ。 経営組織の研究は、それが方法論的省察の企図をもつと否とに拘らず、ともかく何等かの組織観の上に立ち、何等かの 組織概念を予想せざるを得ないという意味にて組織概念の問題に触れているといえる。従って組織概念にも精粗種汝なも のがあり、組織研究の発展は研究領域の拡大と共にその深化として概念問題の精練化のうちに見られるのである。 経営組織の概念はいうまでもなく一般的組織概念の限定であり、これを如何なる見地から如何に限定するかが問題であ る。だから経営組織の概念の発[展も一般的組織概念の発展との関連において考察さるべきである。いまかかる概念的発展 を帯皮的に論理的という観点から見れば、一応、次の如くいえるであろう。組織︵○躍注ぎ§昌︶ の最も原始的日常的概念 は無規定的な組織形成作用︵9σq留邑器質。90おき一箒雪景も目8婁。胎。お騨巳風口︶である。それは行為と結果の未分化の
ヘ ヘ へ いわば行為説︵ノNO弓σQ餌昌σq 幽Oの ○舅磯9屡︻oワ一〇昌㊦口の︶である。しかし︵組織はかかる形成行為それ自身から区別されその結果たる状態 ヘ ヘ ヘ ヘ へ ︵餌。・藝Φ。hぴ①巨σ身。お騨巨N巴︶に限定され、何らかの構造 ︵ωひ舅ρ評ひd﹁円︶ を意味することとなる。それはいわば結果説︵固お9巳ω ヘ ヘ ヘ へ 留ω○轟琶弩。塁︶である。それは先ず内的機構に.関する秩序︵○巳薯お︶或は規定︵響琶§σ9︶であり、或は全体としての集 ヘ へ ぬ へ 団ないし構成体に関する秩序または規定であり得る。つまり、構造説、規定説、構成体説︵集団読︶、有機体説︵共同体説︶ などが可能である。ところで、以上の組織は人間が一定の目的をもって意識的計画的に構成した人為的組織であるが、そ ヘ ヘ ヘ ヘ へ れを越、曾て無意識的に成立する社会的秩序としての組織や謂わゆる無形式の自盛組織も存在する。更には、これら社会的 ヘ ヘ ヘ ヘ へ 組織に対して自然的秩序としての自然的組織も考えられる。ここに最も広義の組織なる概念が成立するが、それらはいわ ヘ ヘ へゆ ば秩序説︵9量茸鵬夢8き籍霞○国㈹碧蜜ま冨︶として総括出来る。以上述べたところは次の如きシェマに要約される。 組
織
静 動
天体、自然界︸∵
\ 右のシェマにおいて行為説から結果説へ、結果説から行.為説への方向に管理学的組織概念が、また結果説から秩序説へ 経営学的組織概念の発展 四一経営学的組織概念の発展 四二 秩序説から結果説への方向において組織学的組織概念が考えられ、かかる対立の統一として経営学的組織概念が成立する。 2 管理学的組織概念 経営研究が管理研究から始まったことは周知の通りである。ここで管理学的組織論というのは管理学的立場から管理研 究の一部として行われる経営組織研究の総称である。経営には勿論のこと人間の凡ゆる協力体系には必然的に管理作用が 存在することに着目し、 一般的な管理学の可能性を主張し、経営を管理作用を中心に考えようとするもので、所論に精粗 の差はあれ、米英仏の管理論は大体において管理学的であるといえる。経営と管理は区別されることもあるが、多くの唱 導、同義語の如く用いられ組織も管理の一要素で独自性は認められない。かかる立場からの組織研究や組織論は極めて多 いが、それらは正に管理学的組織論という外はない。さて、然らば、その管理学的組織論における組織概念は如何なるも のであるか。前にも解れたことはあるが梢ζ詳しく次の諸点につき考察しよう。 ぬ ヘ へ 第一の特色はその組織観に見られる。この説においては、組織は目的に対する手段にすぎない。その意味では、組織は 経営や管理の外なる存在で、その関連は内的、必然的ではあり得ない。手段にすぎないから、それは技術の問題、便宜の 問題と見られる。このような見方ば、テイラーやフェイヨル以来の管理論の伝統で、今日でもこのような見解は極めて多 い。ここでは、組織は﹁管理の機械︵日POぽ一任①O騰ヨ9昌㊤09①白O冨ぴ︶﹂、 ﹁有効な官海への手段︵自暴霧ぎ琶。お。㎞ゐ①。郎く①8罠①二巴 ⑨ ⑩ ⑩ ①塾側く自︶﹂、﹁管理の骨組︵h圏蓼諺Φ詔O巳幽 Ob 犀9昏㊤090ヨ㊦コけ︶﹂、 ﹁管理の道具︵び①窪①自昌霞常βぎ麟賜9℃舘9︶﹂、 ﹁経営者の腕の延長 ︵<巴嘗σq。詳霞≧巨感応Ω。・・。感雰・毒卿切。琶㊦常夏。暮春︶﹂、 ﹁生産の要素︵国&三三§。。獄寡自︶﹂とせられるのである。 ヘ ヘ ヘ ヘ へ 第二の特色は、以上から直ちに明かなように、組織の定義に現われる。即ち、ここでは組織は人汝の聞の責任や任務、 , ⑫ その聞に設けられる形式的な相互関係の構造即ち﹁組織構造︵。お帥邑N9δ冨砿訂養蚕肖。︶﹂であり︵構造説︶、或は﹁最高経営任 務を通して意味関連の与えられるところの有効な組織的規定の体系﹂、換言すれば﹁経営構造︵切。臨。︸墓中農け琴︶﹂を示す
⑬ ところの﹁規定の体系︵oQ貫けのヨ<§國8。罫勇Φ圏︶﹂︵規定説︶である。組織ぱ変化するけれどもそれは管理の問題で、組織は一 応﹁静的﹂なものと考えられている。 第三の特色は組織を管理作用の対象と考え、組織形成︵9撃三。・辱勇噂亀σQ9]民Nぼ覗︶即ち組織の設立や構成や再組織に至る まで実践問題の解決を組織問題と見るのである。組織は静的な構造、組織された結果乃至状態であると共にこれを形成す る動的な組織作用とも解される︵行為説︶。組織問題をこのような組織形成の行為と見るところにこの説の一貫した特色が ⑭ 見られるともいえよう。 ところが、この組織乃至組織作用は、この説においては、然るものとして独立の作用ではなく、管理の作用であり少く とも管理作用の一要素にすぎない。組織は﹁管理の道具﹂であるからこれを形成し準備するのは管理の作用︵実はその一 としての組織作用︶で、組織の問題は結局管理問題に外ならず、組織問題も管理問題に統一されることとなる。われわれ がこれを管理学的組織論と呼ぶ理由はここにある。ここでは組織概念も実は管理概念の問題として取扱われ、言葉は違っ ても内容は同一となるのである。 第四の特色として組織論の学的性質があげられる。以上の説明から直ちに明かなように、この見解においては組織論は ⑮ 実は組織技術論或は組織方策論に外ならない。この点を卒直に認めるものはシュヌーテンハウスであり、組織学を主張す ⑮ るノルトジークもその一部門としてこれを認めている。米英仏の組織論は一二の例外を除けば殆んど凡てがこの組織方策 論で経営管理論と混同されている。 3 組織学的組織概念 上述の管理学的組織論においては組織の形成が管理問題として取扱われるから、管理概念は問題となるにしても組織概 念は自覚的には問題とされない。しかし組織の形成には.日常的概念を深く掘り下げて、組織そのものの本質的認識が問 経営学的組織概念の発展 四三
経営学的組織概念の発展 四四 題とならざるを得ない。そして、管理学的組織論の発展はこれを示すが、そこには限界があり、真にこれを自覚的に問題 とするのは組織学的組織論である。だから、真の意味での組織概念の問題は組織学的組織論と共に始まるというべく、組 織問題の理論的研究は組織学の最も根本的な貢献といわねぽならない。 この組織学的組織論は、 一方ではゲマインシャフト的伝統に立つドイツの祉会学的研究特に経営社会学的研究、他方で はデモクラシー的伝統に立つアメリカの社会学的心理学的研究特に入前関係論⋮的研究との集大成とも考えることが出来よ う。われわれはこのような方向における最も雄大にして最も深い基礎づけを馬場敬治博士の業績に見ることが出来よう。 管理学的組織論は一般的管理学の特殊形態としての経営管理論的組織研究の.総称であったが、組織学的組織論は一般的組 ヘ ヘ ヘ へ 織学の特殊形態としての経営組織論的研究に直ならない。 一方が経営を管理の方向において見るに対し他方は経営を組織 の方向において見ようとする。その方向は異るにしても経営における組織の独自性を否定するにおいては同一である。か くて両者は恰も両極的対立を示しているから、その組織概念も一応想像するに難くはないであろう。われわれはエルドマ ンがヘーゲルに従って組織問題を考えたように、これをテーゼに対するテンティテーゼとして問題にし、そのジンテーゼ としての経営学的組織概念への道を準備したい。 ヘ ヘ へ 先ず第一に、その組織観であるが、管理学的が組織を手段として経営の外に見たのに対し、組織学的は組織を目的を自 らのうちに含む協働する人汝の自律的体系とし経営即組織と見ようとする。勿論、これにも種汝の考え方があるが、それ は組織概念、組織問題の相異として現われる。しかしその典型的な特色としては経営において組織を見るよりはむしろ経 営即組織と見る点をあげねばならない。組織学的として経営学的から区別せられる所以である。 ヘ ヘ ヘ ヘ へ 第二に、その組織の定義であるが、管理学的は簡単に外的構造といい得たけれども、ここでは統一的に表現することは 困難である。それは、組織の成立を見るか、組織の状態を見るかによって異り、また組織をその内的関係または秩序にお
いて見るか、統一的全体的関係において見るか、対外的関係において見るかによっていろいろ異っている。しかし、これ らは一応内的秩序説または関係説と集団説または構成体説有機体説とに区別し得よう。そして前者は個人乃至関心を中心 に見る社会学的見解というべく、後者は組織的全体を中心に見るもので組織学的見解を代表するということも出来よう。 更に一歩進めて考えるに、後者は当然前者を媒介としこれを含むことなしには老えられないという意味にて、この団体説 を組織学的組織概念と名づけたいと思う。このような組織の定義は実際上からいっても便利であって、理論的研究におい てばかりでなく、日常生活においても広く用いられている。組織を内的秩序と見るにせよ諸関係の統一において見るにせ よ、その極限は団体そのものが老えられるからである。かくて、会社、企業、経営、政党、教会、国家などが直ちに組織と考 えられるのである。そしてこのような組織の定義は殆んど凡ての学者が採用しているともいえよう。例えば組織を社.会的 ⑲ 構成体︵ωON一缶一①09 ︵累のげ=島O︶ ﹁社会体︵8巷の。・。。密︶﹂ と見るにせよ、 ﹁ある目的のために結合する人汝の集団︵聾σ2肇︻o亀鳶旦。 の 葛時無隔。葛冨巷。こ・。︶﹂、 ﹁共同目的達成のための凡ゆる人間結合の形態︵騰。菖。㎞①話q雪営団即む・。。。。寡窪h霞夢Φ9け匿一=竃①暮。h ⑳ @ ㊥ 即8ヨHき昌嗜葛。ω。︶﹂というにせよ、 ﹁協働体系︵8ε霞罫く。。・逢§︶﹂や﹁任務共同体︵︸電鷺言謎窪①寡。冨hけ︶﹂というにせ ㊧ ⑳ よ、 ﹁意識的部分からなる意識的生活体︵びO名訳の09けO ピ①ぴO昌32Φ一昌犀〇山け 餌⇔02 びΦ毛ζQ聰尊つけO⇒ 日O一一〇冨︶﹂ ﹁社会的有機体︵。謎器向ω旨。・8巨︶﹂ ⑳ ﹁人為形成的有機体︵貯茸・聾魯σ・①。・。ぎh南窪。・○軽臼雪暴︶﹂、と主張するにせよ、更に﹁或る種の権利や特典、任務や義務をも つ社会的実在︵ω8巨窪叶ξ︸影乱護。。詳巴貫轟.穽の㊤登戸・三葺β︹ゴ三㊦・,き餌。藍σ屯帥鉱。鵠︶﹂と考えるにせよ、それらは何れも内的 関係や秩序をではなく、むしろこれを通してこれを越えて成立する社会的構成体そのものを意味するにおいては等しいの である。そして経営はかかる意味で組織そのものであり、経営は即ち経営組織である ︵しuΦ嘉詩σ。蚕島ゆΦ霞。ぴ胆亀σ。き匿§昌︶ と見るのである。ここに一切の特色が見られる。 ヘ ヘ ヘ へ 第三に、ここでの組織問題は管理学的の組織形成の実践問題に対して、組織成立の基礎を説明する理論問題と考えられ 経営学的組織概念の発展 四五
経営掌的組織概念の発展 四六 る。組織は厳密に組織形成作用から区別され、組織活動を問題とする場合にも組織形成活動ではなく、ただ組織を成立せ ⑳ しめ維持する活動にすぎない。勿論、かかる理論的基礎の上に実践的問題をも考察せんとする組織学の主張もあるが、そ れは後の問題としよう。 ⑩ 第四に、この組織論が純粋に組織理論︵三巴①茜8鷹島亀霧雲N葺δ昌︶を狙うものであることは特に説明を要しまい。そし て、この見解においては、経営組織論は経営学の一部門ではなく、経営学そのものと考えられる。﹁経営学は、経営組織の 組織論的研究を行う科学であって、組織論は経営学の一部門などと云うべきものではなく、経営組織という組織の組織論的 ⑳ ⑫ ⑱ そしてそこに学問上の根本問題がある。研究が、即ち経営学なのである。﹂経営学は﹁経営組織の組織理論﹂なのである。 O
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⑤ ⑥ ⑦ グーテンベルグは組織を。ほ鵬ぎ鎚霞胃巴詳貧ではなく師①甘く塁。<宥勾㊤葬。目とい5 皮相の見解といわねばならない。僧四.○こQQ層。。■ 拙稿、分権管理と分権管理組織、PR、第八巻第四号。参照。 PR第七巻第十号所載拙稿参照。 理論的な組織研究にてはどこでもこれが問題とせられるが、参考として次の書をあげよう。 d土足、国・’切①宵匹田≦一弓田爵麟津Hぎ︸5 0蹟塑巳鐸鉱。三聖馬ρ一⑩お望.ぴ一ω①.国①豊Φ冨。昌’犀国こ弓匿ω婁p。①。由摩。音a89σQ聖冒箕ご戸一q⊃轟。。篭噛一i撃. 行為説と結果説とは自σ。臣旦口σqと。謎窪罠鉾6口との二重性としてどこでも認められる。 Oh。℃9①易窪諺臼コ。≦日僧⇔℃bd墓冨$。・ oお9邑N暮ト自餌昌師目餌口撰Φ鑓①曇、b■お’ 秩序説もまたどこでも見られる。社会的秩序説としては、自9図名①びoJ郵貯冨。げ鑑ひβ昌臼O①。。① ω。げ跳絆Pb乱丁6P﹂uψδ出や旧 の。日び宥ρ尋己∪δ○乙β軽口σq騒①。・堵岸$曾騨津。・昌昌霧層ド bo戸 お鵯層ω.罵﹃﹂bd。暮ρ○夷鱒巳除。暮①d昌乱闘。。。﹃辞已︻汐閑9酵聰お唇−ψ 蔦.一念署。四国こb漕手昌一ω前鉾δ昌ぽ自蕩霞芭δ①け臓9曾巴ρ おσP︷︶轟Ohやを.自然の秩序をも含む最高義の秩序税としてはbご。σq・ 量昌。ヨbこb目σq。巳Φぼ。○目σq窪溢鉾げ。・冨醇ρ切目目戸 睾.おM①戸お酌。。’があげられる。 ヘンダーソン︵OO. O眠けこ娼. 帥N.︶ が古典的というシェルドンの経営、管理、組織の区別によれば﹁組織とは有効か機械の形成で あり、管理は有効な途行の形成であり、経営は有効な指導の形成である。経営は組織を決定し、管理はこれを用いる。経営は目標 を決定し管理はそれへ努力する。組織は経営の決定する目的の達成における管理の機械で山60る。﹂酸︸巨︹﹄。横目︸2︶三一易。︸︶ξ亀野§聾、@@@
q} @@@ @@ ras @@@@@ ㊧ ⑳ σ導㊦日①暮﹁おP企眉.ωω・ 切岩名ρb50お勲巳鍵は。β9岸負譲霞冒お無噛︾ お巳 ω話。戸国.戸周.u寓琶薦①曄①暮、胃9巴こ一8P多ω図.頃卑①垢窪9昌働コ。乏旨窩嘲ε■臥ゴやお. O昇①降び霞㌍国この目⇔5qげ02窪◎霞切露艮①蕃芝岸訂。ゲ曽弊ωδ巨、ρゆ9H−融■N戸¢.一cD9グーテンベルグは組織論に関する限りは高く評 価し得ないように思う。 寓Φ濠ま薯﹃国、閑・”b騨鵯日。︸器ゆ露艮。募毛冒けω魯鑑け融︸魯器−bdPH二の.○。刈. 切話。戸。罰禽けこ緊。。鳶鴎甲ZΦ盲導き噸b飾日ぎ訂茸舞守①b。嘗8、℃。Mc。鳶南. 20旨。・冨。戸僧僧O.層ψMω璽 組織を自σ。導︸Nぎ碗自鷲9舘ψo冷。轟9巳N9畔。霞と見るところに管理学的組織論の特色かあり、また、霞贈号蚤試。⇔と犀智帥魅Bo暮自 魯身巳邑・。貯象びβと混同するところに特色がある。拙著、フェイヨル管理論研究、﹁○一頁以下参照。 oQD露gげ帥羨”ρ涛.、b目曉臼Φぎ。○壽9巳。。9鉱。塁ざぽΦ”お◎ごω・一①. 彼の組織学は理論的部門.歴史的部門、技術﹂的部門からなっている。鈍辞○こ孕N鷺沖上掲拙稿に詳しい。 国轟日き戸国こΦ胃q⇔巳餌09竃。ぎ瑠○轟き誌暮δ昌。・8財目ρの■丑h[. 冒窪号δ。封美里Q”鉾Nc。戸ω●一。。Pマックス・ウェバーについては、拙稿組織学と経営学.彦根論叢、第三十号、二一頁⑳参照。 出。垂X。覧.§●、弊①タ拙著、フェイヨル管理論研究﹁〇三頁。 d目乱。ぎ匿聖罐①旨9昌。隔目。鑓。霞。ヨおωω・℃.紹. 言8①口ざ暇.U﹂最δ勺昏臼9甘。砿。団○夷卑三鑓§圏℃おU弁緊ゴ 切巨霊宥3Q幽H・鳶ぎ喝琶。けδ冨亀国蓉。暮↑<9箸.c。一2.拙稿.ハーナート組織理論の一考察、彦根論叢、第三十四号参照Q彼は ﹁協働体系﹂を物理的.生物的、社会的要素からなる団体と解し、組織を騨。・巻酔。茸98塁。︻。暴酒叫80廷ぼ暮亀裂煎三ぼ戸房自門。罠謬 急け芝O自白O器bO笏O墓と定義するO 乞。鎚馨葺帥昌餌.P孤.轟9.共同体思想はトイツの伝統で、特に密。窪馨戸U卑奢①σq碧㎞零程諾9撃霧豊。♪6MOに顕著で ある。彼については高田馨助教授の一連の研究が優れている。 国。轟ρ蝋﹂O職掌く。艮霧dσ。窒昌醇象。﹄=σ2Φ琴Φ冨Φ 9σQ謬尻口畝。蒙ざ耳ρ 砿鴇国 馬場敬治、経営学の基礎的諸問題、 一七三頁以下 経営学的組織概念の発展 四七経営学的組織概念の発展 四八 参照。 ㊧蜀薯。押8。一fO.。。弁上掲拙著、一〇三頁以下参照。 ⑳ 冒○。O守ρ 零こじd㊦電ざ募。重三乱撃δP↓⑩ω9ω.一一膠これら有機体説の批判的考察は重要である。別の機会に試みたい。 ︵⑳ 09轟昌曾笛昌臼言oo目ρ国庫ヨ四嵩國巴緯δ庫。q宮H巨山雲。9育ざω弓げ①9℃’9彼は組織の Φ馨①窓巴ooo昌。竈ざω嘗90σ。δ。ユ、①鉾霞昌巴ωo島巴 む。貯算①σqδμ窪魁臼君琶餌一自σQ餌巨N彗び巨巴の守暮①σ。δωに分けて.最後のを問題としている。 ⑳ Q鼻㊦昌げ霞磐勲即○この.一一9但しこれは彼の見解ではないO ⑳Z自騎宙ぎ文鳥.○二ωoQ。一ω1認,はマソクス・ウェーバーが文化科学と同様に因果認識であると主張するのに反対して.自然科 学は因果的認識であるけれども、丈化科学は合理的了解を主とし因果的認識は従であると主張する。これによって文化科学として の組織学は実際政策的科学︵蔑騨扇ぎ︸マ葱痒訂。閏①名曇①蕩。幕営︶になるという。上掲拙稿参照Q ⑳ この代表としてしd讐.茜三−望琶自夢8薫があげられるを常とする。これについては、馬場敬治責任編集、経営学全集、第三巻.米 国経営学︵上︶参照。 ⑳ 馬場敬治、諮問組織の研究における向後の展開の為に、PR、第五巻第七号六頁、同氏著、経営学と人聞組織の問題、参照。 ⑫ 馬場敬治.経営学の中心内容としての組織理論について、PR、第六巻第七号、六頁。 ⑯ 拙稿、組織学と経営学、彦根論叢、第三十号、参照。 三 経営学における組織概念の発.展︵続︶ 1 両概念の対立と一致 以上管理学的組織概念と組織学的組織概念との相異点、対立点について一応の説明を試みたが、それによって恐らく両 者の両極的対立の事実を理解し得たのではないかと思う。即ち、手段的道具的組織観と自律的全体的組織観、動的行為的 組織観と静的結果的組織観、構 造的機械的組織概念と関係的有機的組織概念、実践的理弧嗣と一般的純粋理論⋮の対立など、 要するに管理学的組織論と組織学的組織論との対立から派生する諸対立を明かにした。
しかしこのような対立にも拘らず、見方を変えればその間に一致点も見られない訳ではない。即ち、管理学的組織概念 においては、組織の作用を根本的には管理の作用とするという意昧にて経営や管理と組織とは区別されない。いわば組織 概念の独自性の否定という思想が根祇に潜んでいる。それは組織の過小評価といえよう。ところで、組織学的組織概念に おいては経営即組織と見られるが、それが実は組織と経営や管理とを区別しないということを甘辛することとなる。それ は組織を過大評価するものといえよう。そして、組織を過小評価しても過大評価しても結局は組織の経営における真の意 義を見得ないことになるということは興味多いことである。 さて、対立の方向について見るに、それは互に関連する組織の両面であって、 一方をとり他を排することは出来ない。 事実、組織は多面的存在であって、組織概念や組織問題が混乱を来すのはこれを秩序づけ整理することの困難のためであ る。人によっては一方を高調するけれども、多くの人が両面から見ようとする所以でもある。しかしそれは如何なる方法 的根拠に基づいてなし得るか、そこに問題があるのである。 次に一致点の方向について見れば、恐らく何入も直ちに、経営や管理と組織とを区別すべきであると考えるであろう。 ただ極限においては経営即組織ということも成立ち得ること上述の如くであるが、いつも直ちに経営即組織ではいけない と思う。われわれは単なる関連ではなく、区別の上に立って関連を問題とすべきである。 このように、何れの点からするも、管理学的と組織学的とは単に対立のままに放置せらるべきではなく、互に補完関係 ﹁にあるものとして何等かの形に結びつき統一せられなけれぽならない。経営組織論は更に一歩深化しなくてはならない。 単なる拡大ではなく深化でなければならない。そこに、経営学的組織論が成立せざるを得ず、その基礎として経営学的組 織概念が問題とならざるを得ない。 2 ウルリソヒ経営学的組織概念の考察 経営掌的組織概念の発展 四九
経営学的組織概念の発展 五〇 われわれは前にほぼ次の如くいった。これら両極端の簡には二つの道がある。 一は経営組織論を一般組織論と経営学と ミしゅ の﹁交叉点︵囚話言暮σ身。・℃毒算︶﹂に認めるウルリッヒその他の妥協の道であり、他はこれを経営学体系の中に認め、経営活 動の組織、指導、管理への三大別に従いそれぞれについて組織論、経営論、管理論を基礎づけんとするトムスの建設の道 であり、バーナードの道でもある。われわれ、の経営学的概念の積極的研究を展開するにはこの意味でウルリッヒの所論を 媒介としなければならない。 の さて、ウルリッヒの経営組織論については既にその総括的な紹介をしておいたから、ここでは経営組織の基礎として特 にその組織概念につき考察し、組織概念の発展におけるその意義を明かにしたい。 彼は先ず科学的研究における概念的研究の必要を肯定するが、 ﹁概念は目的ではなく目的への手段、科学的思考の道具 である﹂と見る。 ﹁科学的概念は明瞭で一義的であるべきであるのに、言葉というものは日常用語になるとどうしても多 義的となる。﹂そこで、一義性を得るために多くの努力がなされるが、それは単なる言葉の選択や語源の問題でけなく、 へ ね 当該科学の表現せんとする必然性に関する問題である。組織論における○躍琶哲ぎPO薦嘗δ一9①員。茜き﹃碧・塁昌の概念 も同様である。そこで彼はこれを学説史的にではなく、当該科学の問題の解決を中心に考えて行く、 ﹁道は問題から概念 へであって反対に概念から問題へでないことは確かである。﹂﹁組織論の問題は疑いもなく現実︵名四匹ざ算㊦どの、生活 ︵冒90昌︶の観察からのみ導ぎ出される﹂のである。そこで彼は理性的人間行為の亥の如き分析から始める。ω到達すべき 目標の設定、働目標達成に適応する手段の選択、個合目的的に、即ち達成せらるべぎ目標に対して有意義の方法における この手段の利用。 右のうち第三段のみが組織問題と関連するとて、これを分析し、次の如くいう。目的はそれに応ずる手段を必要とする ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ が、 ﹁この定められた手段は秩序づけられねばならない。そして、定められた目的達成に役立つところの、本質的な形成
V 、 、 、 、 、 、 、 、 V ⑦ 的な人聞行為と並んで秩序づけ管理すゐ活動︵自含。鼠ρ討爵。巳。弓9一σQ葺け︶がなければならない。﹂勿論、これは単純な場合 には問題でなく、通常は員的達成に同時或は順次に多くの手段を必要とし、目的実現の困難のためそれが従属的部分目標 に分割せられるようなときに問題となる。しかしそこには個汝の手段が主目標に向けられず、部分目標が主目標を忘れる ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 危険もある。ここに主目標達成のための手段利用の意昧関連的秩序づけ︵。。ぎ薯。ま〇三目轟︶が、その目的の成否を決する ものとして、必然的にして独立的な活動となる。 それは一定の任務解決のための人と物との合目的的結合︵H︵O巨び一︼P四け一〇︼P︶、 目的の達成のために定められた種汝の手段の調整︵内8一己霞毒σe︶、主目標を部分目標への分割︵d暮①匡①目§鵬︶の問題であ ヘ ヘ ヘ へ る。それが組織問題︵oお琶︸乙。註。霧鷺。三のヨ︶である。しかしこの組織問題を構成体の存立に依存せしめることは誤りである。 ベンチが指示するように、秩序づけ︵o自適εは形態づけ︵︹︸①㏄⇔帥同声O昌︶と並んで人聞行為そのものの一面であるから何れの人 間行為についても成立する問題で、ただ構成体の成立はそれを具体化しその解決のよしあしを明かならしめるにすぎない⑱ ウルリソヒは、右の如くして、追求される目的との関連における手段の意味関連的秩序の中に、その窮極目的が組織間 題を基礎とするような人間行為を見るのであるが、それは結局、、ヘンテの説に従うものである。ベンチは正に上述の見解の 代表者であり、その﹁組織﹂や﹁組織形成﹂の概念を﹁組織されたる非経済性﹂の問題の解決の途上にて展開したのであっ た。ウルリッヒによれぽ、ベンチは現一象を有機的な生活現〃象︵。おき訪魯⑦り①び。口。。−国房。げ㊦ぼ目昌覗睾︶と鉦︷機的な物的現象︵撃昌。ワ σ亀Qぎぎω重げ−甲ω魯魚・p巷晩魯︶という争い難い二分類から出発、人聞行為のみから﹁組織形成﹂と﹁組織﹂の概念を導出し、 同時に﹁組織されたる経済性﹂の問題の非常に興味ある取扱いにおいて、彼の概念が、経済生活の経験から生ずる如き科 学的諸問題の解決のため全く適当であることを示した。彼の労作は外国でも余り知られず、組織論の発展に影響を及ぼさ なかったようである。、、ヘンテによれば、 ﹁組織は構成体の分廿里は部分の意味ある・即ち目的または理念に関連する秩序 である。組織は創造的人間の形象創成の二つの基本作用の一としての組織形成作用の結果である。﹂ ﹁組織形成の任務は 経営学的組織概念の発展 五一
経営掌的組織概念の発展 五二 : ℃ゥ的実現の行為とその他の手段とを晶に適応するよ5に秩序づけることであ㌔﹂勿讃ベンチ以外にも多数の学 者が組織概念を試みておるが、それらは組織論の基礎としては不適当であるとする。 ﹁それらは余りにも哲学的即ち無限 定的︵プレンゲ、ニソクリソシユ、フォン・デル・プフオルテン︶であったり、余りに広すぎ︵エルドマン、リースター︶たり、余 りにも特殊目的に向けすぎ︵シュパン、ライトナ!︶、或は日常生活の経験とは一致しない︵シリング︶。シュラムやメレロウ ゆ イソッの如きも、人聞と物との計画的綜合︵覧窪ぎぎ国q。。響轟①頃穿雲轟︶を高調してベンチの﹃手段の秩序﹄に接近する。﹂ ウルリッヒは亥にノルトジークの○轟薗三・・豊。詳。養塑且。。魯︸○鐙き導電昌の概念を研究する。 これについてはわれわれも 詳細な考察を試みたからここでは省略しよう。−そこでウルリソヒはいう。 ﹁われわれが、、ヘンテに従って試みた立言をノル トジークの認識によって補足し、ベンチの用いた﹃目標︵国芭︶﹄﹃手段︵済生①目︶﹄﹃秩序︵O乙暑農︶﹄の如き表現を一層精 ゆ 密なる概念を以て置ぎかえようとするならば、組織論の本質的基礎概念の構造を亥の如く、最も簡潔に表現出来るであろ う。﹂ かくて彼はノルトジークの所論に従いつつ次の如く定義する。﹁組織﹂とは多数の任務担当者と彼等の労働給付の ヘ ヘ ヘ ヘ へ 調整を、解決すべき主要任務に向わせるところの規定の体系︵oQ遂げ㊦導く湿土£①言凋。降︶である。 ﹁組織する﹂とは、多くの ヘ へ 任務担当者と彼等の労働給付の調整を、解決すべき主要任務に向けしめる活動である。 ﹁解決すべき主要任務への調整﹂ とは主要任務が出来る限り最善の方法で解決され得るように協働せしめることである。 最後に注意すべきは、ウルリッヒが組織というのは、上述せる組織学的組織概念の規定とは反対に、 ﹁構成体そのもの ではなく、ただ構成体における手段の目的関連的秩序を意味するにすぎない﹂ことである。 ﹁組織論にとって本質的なも ヘ へ のは組織問題の存在であって、具体的な構成体︵凶器。①爵号導言自穿弓。。一。甥︶ではない。現実の構成体は、種汝の見地から 観察せられ、 一部は本質的一部は非本質的であるような無限に多様な現象から成立している。 一定の見地から把握せられ ⑳ 一定の科学に対して本質的な構成体の要素が当該分科の基本概念に綜合せられる。﹂そこで例えば日常生活では﹁営業﹂と
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ か﹁工場﹂などという同一の構成体も、経済学からは特殊経済、経営学からは企業、組織論からは組織といわれる。だか ら本質的なものは構成体そのものではなく、組織概念に綜合せられるメルクマールである。この見解はバーナードのそれ にも通ずるもので、後で触れるように重要な点である。 3 積極的なる展開の必要 以上ウルリソヒは、われわれのいう管理学的見地に立つ行為説と組織学的見地に立つ秩序説一特にそのうちの構成体 説との調和を求めて或る程度まで成功したかに見える。組織問題の分析を通して構成体説を排して内的機構に関する秩序 説或ぱ規定説をとり、組織を経営の一要素とすることによって、経営即組織という組織学的見地を批判し、経営組織論へ の道を開かんとしたからである。しかし、それはいわば消極的な規定であって、われわれが上に述べた問題に積極的に答 え、経営における組織や管理の地位と意義とを規定しようとするものではない。だから、更に積極的な概念的展開が必要 となるのでる。われわれは進んで経営学的組織概念の根本問題につき考察しよう。
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dぼ。戸国二切。茸δ冨巧一暮。。魯鑑象。︸お9、馨巳舞貫。霧ざ葺ρ 拙稿、組織学と経営学、彦根論叢、第三十号o dぎ。F 臼旨戸 dぽどF 鐸暮搾 d写一〇げ d︸旨戸 じd①暮ρ 国こ わが国では、 経営学的組織概念の発展 鉾ミ. 餌 僧 ○こ ω.一9 暫■黛 ○こ ψ 一①幽 9.僧 ρ︸鉾 一N. 錯 僧 ○●冒ψ 一cQ. 騨■P Oこ孕 障O● 欝 即○こωψ るlMご ○超9b一。。δ詳Φd昌再犀⇔ω島跳自一魯冨劃 お障q⊃. 馬場敬治、経営学の基礎的諸問題、 一六九頁か触れているだけてはあるまいかQ 五三経営学的組織概念の発展 ㌧ 五四 ⑪ベンチは人間の凡ゆる創造性はその行為を通して行われるが.それには常に○茜鎚邑霞窪とΩ当課富βという二つのO胃毒臼く霞謡, 。算β握Φ昌が義務づけられるという。その一たる○彊9巳。。冨唇口を指す。 ⑫切Φ纂ρp。餌○こ。ロ.南 ⑬bd㊤暮ρ9pOこ6Q・蚕 ⑭望昏戸僧ρ○この.障ω唱 ⑮・上掲拙稿、組織学と経営学及び拙稿.ノルトジークの経営管理論と其の批判︵経営学全集第七巻所収予定︶、参照。 ⑯ノルトジークはb焦σqき㊦を組織論の中心概念とし.経営をb篤撃ぎ轟三品霧。冨津、組織をω畜89麓冨巳霞。薦き一。・鉾。鼠㎝昌霞 ︵ぴ。巨。寓09Φω鐙ぎ昌Φ目︶切①02㊦素養。口・とする。組織論的意味での野臨鶏言はその実現に人間的労働給付を必要とする①冒ω。N冨† 。び﹄爵賦三①耳露国一9である。oQ。国宣で。蕊①噴くざ詳とは目的が﹁多数人の為に﹂ ﹁自己以外の外的対象に﹂実現せられることである。 帥 塑 oΩ. rgn @@@ dマざげ ℃ dマ冒ず 一 ご犀富買 dま。戸 P P 9. ゆ。 餌. 鐸 ○こ ρ一ρ