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『国富論』体系の成立と国家破産
北 村 裕 明
は じ め に 『国富論』に一つの体系的集約をみる古典経済学が,本源的蓄積を推し進め てきた重商主義の諸政策を批判し,それを基礎づけた重商主義の諸理論と対決 する中で形成されてきたことは周知のとおりである。そして,イギリスにおい ては本源的蓄積の諸契機が, 「植民地制度,国債制度,近代的租税制度,保護 貿易制度として体系的に総括され」,とりわけ「公債は本源野積蓄の最も力強 エ い積杵の一つ」であった。したがって,重商主義の解体と,資本蓄積を担う新 しい中産階級の形成をめざす古典経済学にとって,公債とその処理をめぐる問 題は,自らの性格を最も鮮明に特徴づけるものであった。更に,本源的蓄積を 遂行しつつある重商主義国家にとって,公債は,その体制をささえる,なかぽ前 期的性格をもった金融業者コ貨幣所有者(moneyed interest, monied interest) との癒着を端的に示すものでもあった。したがって累積した公債をどのように 処理するのかという問題は,重商主義諸政策の経済的地盤のみならず,政治的 =社会的地盤をどのように改造するのかということと不可分の関連をもってく るといえよう。以上の経過の中に, 「国家債務の不履行」と規定される国家破 の 産が,断片的な形においてではあれ,古典経済学の形成過程で多くの論者によ き って取り扱われてきた根拠があるのである。 1)Karl Marx,1)as Kapital 1, MEW, Bd.23, S 779,782,全集刊行委員会訳『資 本論』第1巻第2分冊,大月書店,980,984ページ。 2) Hero Moeller, Staatsbankrott, ffandwb−rterbuch der Soxialwissenschaften, Bd. 9, Tixbingen, 1956, S. 740. 3) E. L. Hargreaves, The National Debt, 1930, London, p, 15.288 本稿では,すでに検討を加えたD.ヒ= 一一ムおよびJ.スチュアートの国家 4) 5) 破産論をふまえて,古典経済学の体系としての『国富論』における国家破産に かんする所説の検討を行う。『国富論』において国家破産が論じられているの は,第5編章3章「公債について」においてであるが,その叙述はこの章の結 論であり,かつまた全巻の末尾をかざる,収入論の観点から植民地の合邦と放 棄とを比較検討する直前に位置するのであった。 ところで,国家破産を学問上の一つの領域として取り扱ったのは,’19世紀末 から第一次大戦後のドイツ財政学であるが,そこでのスミスの国家破産論の評 価を特徴づければ次の三点にまとめることができよう。第一は,公債を批判 し,「公債の償還を国家にとって死活の問題である」と把握した点において, のスミスをヒュームの継承者であると把握していることである。第二は,スミス が,隠蔽された国家破産(verschleierte Staatsbankrott)としての鋳貨の名称の 7) 切上げや悪鋳を,悪質な手段として批判したことである。第三は,『国富論』に おける「策を弄せず正直に公然と破産を宣言してしまうほうが,債務者にとっ て名誉に傷つくのがもっとも少く,また債権者にとっても害をうけるのがもっ とも少い手段である」(WN, P,930,訳皿,412ページ)という叙述をひき,ス ミスが公然とした国家破産(offene Staatsbankrott)を隠蔽された国家破産よ 8) り望ましいと認識したこと,およびこの叙述を,「国家破産が不可避となった 4)拙稿「D.ヒュームと国家破産」『経済論叢』第128巻第1・2号,1981年7・8月, 同rJ.スチュアートと国家破産」『彦根論叢』第212号,1982年1月。 s) Adam Smith, An lnquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, 1776.本稿で用いるテキストは,グラスゴー版『アダム・スミス全集』(The Glasgow Edition of The Worksαnd(】orresPondences of Adam Smith)の, R. H. Campbell とA.S. Skinnerの編集によるもの(Oxford,1976)である。邦訳は,大河内一男 監訳『国富論』1一皿,中央公論社,1976年,を参照した。なお該当箇所は本文中に (IVN, p.929,訳皿,410ページ)と記す。 6) Alfred Manes, Staatsbanferotte−Wirtschaftliche und rechtliche Betrachtungen一, Berlin, 3. Aufl., 1922, S. 117. 7) Alois K6rner, Staatsschldentilgung und Staatsbanferott, Wien, /893, S. 95−97, Carl August Fischer, Vom Staatsbankrott, 2. Aufl., Karlsrtthe, 1922, S. 38. s) C. A. Fischer, op. cit., S. 37.
『国富論』体系の成立と国家破産 289 9) 場合の黄金律(golden Regel)」と評価していることである。しかしこの点につ いては,スミスが公然とした国家破産については必ずしも結論を下している訳 10) ではないという慎重な評価があることにも注意しておく必要があろう。 われわれは,ドイツ財政学におけるこのようなスミスの国家破産論について の評価を手がかりとしつつも,スミスが,鋳貨の名称の切上げや悪鋳などによ る隠蔽された国家破産,スミスの表現にしたがえば「いつわりの償還」(pre− tended payment)の批判に重点をおいたのは何故か,公然とした国家破産を容 認する叙述はいかなる文脈において,いかなる含意のもとに行われたのか,な どについて立ち入った分析を行わねばならない。更に,すでに検討したヒュー ムやスチュアートの所説と対比する中で,スミスの国家破産をめぐる所説がヒ ュームのどの点を継承しどの点を乗り越えたのか,スミスとスチュアートは国 家破産に関してどの点で対立するのかに分析のメスを入れねばならない。そう することによってこそ,フィッシャーの指摘する,ヒ=一ムによる公然とした 11) 国家破産の容認を起点とする国家破産をめぐる「論争」が, 『国富論』体系の 中でどのように受け継がれたのかが解明されるであろうし,他方,r国富論』体 系がいかなる特徴をもって成立してきたのかに一つの光を投げかけることもで きよう。 工 12) われわれは,『国富論』の世界に入る前に,『法学講義』における叙述を必要 なかぎりでみておこう。 『法学講義』においては,直接に国家破産にふれた叙 g) A.K6rner, op. o∫ちS79. 10)A.Manes, op.6♂ちS.117. 11) C. A. Fischer, oP. cit., S. !9. 12) A. Smith, Lectures on JurisPrzadence, R. L. Meek, D. D. Raphael, & P. G. Stein ed., !978,0xford.グラスゴー版『アダム・スミス全集』には,1762−63年に行われた講 義録¢V(A))と,おそらく1763−64年に行われた講義録から浄書され1766年の日付 が付されたもの(LJ(B))とが収められている。後者については,高島・水田訳『グ ラスゴー大学講義』日本評論社,1947年がある。:本稿においては,便宜上公債制度に 関して多くの叙述がなされているLJ(B)を主要に検討し, LJ(A)については必要な かぎりでふれることにする。該当ページは本文中に記す。
290 13) 述はみられないが,公債制度に関して次のような評価がなされていることに注 ユの 目しておきたい。 第一は,公債弁護論への批判の視角である。スミスは,「国民の富裕は貨幣 に存するという不条理な見解」(bl(B), p.513,訳,388ページ)から生ずる系 論として,内債であるかぎりは右手が左手に対して債務を負うのであり全体と しては不利益ではないとする公債弁護論をとりあげる。そしてスミスは,かか る見解が,公債の累積による課税の増大によって,「インダストリが怠惰を養 うために課税される」(LJ(B), P.514,訳,391ページ)ことを理解していない と批判するのである。すなわち「もしこの債務が契約されなかったなら,慎慮 と節約によってこの国民は現在よりもはるかに富んでいたであろう」(W(B), p.514,訳,391ページ)とのべるのであった。ここでは,公債利払のための課 税が,インダストリ促進にとっての阻害要因であることが批判されているので ある。しかし,後述する『国富論』におけるように公債元本の問題にはふれ ず,公債利払による課税の問題にのみ限定していること,更に批判の視角がイ ンダストリという近代的生産カー般の概念からなされ,資本蓄積の視点からの 批判ではないことに留意しておかねぽならないQ 第二に注目しておくべきことは,正義論を展開している箇所で,近代的公債 制度の形成に伴う政治的利益に言及していることである。すなわちスミスは, 王領地の払下げ,議会による租税協賛権の確立を前提としつつ,イギリスにお いて近代的公債制度の成立が,次の二点で自由の保証となったとのべている。 第一は,公債償還のために抵当に入れられた基金(fund)が,地租や麦芽税 と共に国王の手から独立した財源であり,国王の濫用からまぬがれていること である。第二には,公債所有者は革命がおこった場合は,自らに利害関係のあ 13) 本稿においては,とりあつかうことができないが,ジョン・ローのシステムについ ての叙述(LJ (B), pp・515−519,訳,392−440ページ)などは重要である。 14)LJ㈲におけ’る財政論をとりあつかったものとして,山崎怜「アダム・スミス『グ ラスゴー大学講義』研究序説(4)」『六甲台論集』第3巻第3号,1956年1Q月,同「ア ダム・スミスの財政論(1)一一一初期スミスの財政論一」『香川大学経済論叢』第32巻第2 号,1959年7月9
『国富論』体系の成立と国家破産 291 る現体制=名誉革命体制の麦持者になるということである。そして以上のこと がともに「自由の合理的体系(rational system of liberty)がブリテンにもた らされた」ことに寄与したと評価するのであった(W(B),p.421,訳,151ぺ 15) 一ジ)。ちなみに後者の点,すなわち,現政府がおびやかされるような革命的 情勢の場合には公債所有者が現体制の支持者になるという叙述は,ヒュームが 『政治論集』の1770年版で,論説「公信用について」の中に付け加えた所でも 16) あった。 以上の点を確認した上で,『国富論』の世界に入ろう。 [ar 『国富論』の最終章である第5二七3章「公債について」は,おおよそ以下 のような叙述の順序となっている。まず公債の起源と商工業の発達との関連を 15)LJ㈹においては,公債償還のための基金や減債基金が,地租や麦芽税とともに 国王が介入することのできぬ財産であり,それによって「自由の体系(system of liberty)」が確立されたことはふれられているが(LJ(A), pp.268−269),公債所有 者が現体制の支持者になるというLJ(B)の叙述は,管見のかぎりではみあたらない。 16) ヒュームが付け加えた叙述は次の通りである。「なるほど,ロンドンの巨大さは, 独裁権力を許さない政体のもとでは,国民を党派的,反抗的,扇動的にし,そしてお そらくは反乱的にさえもする。しかし国債には,この害悪にたいしてそれじたいが一 つの治療薬となるという傾向がある。国家的混乱がいよいよ勃発するとか,そうでな くてもその直接的危険がありさえするとぎには,一番危い財産の所有者である国債所 有老をすべてあわてさせるに違いない。だから政府がおびやかされるときには,それ がジャコバイトの暴力によってであろうと共和的な逆上によってであろうと,かれら を政府の支持に飛んで行かせるであろう。」 (D.Hume, Of Public Credit, in:rhe Philosophycal Works of David Hume, T. H. Green & T. H. Grose ed., London, !875,vo1.皿p.365,田中敏弘訳『経済論集』東大出版,1967年,138ページ) またこの点について,D,ウィンチは,ヒュームとスミスのこのような立場は,公 債の累積による金融業者(moneyed interest)の力の増大が政府との癒着を伴って自 由をおびやかすという18世紀前半の論者の野党的立場(例えばボリソグブルック)か ら,公債所有者の秩序維持的側面を認める立場への施回を示すものとして注目する (Donald Winch, Adam Smith’s Politics, Cambridge,ユ978, p.130)。しかしスミスに かんしていえば,公債の政治的利益をのべたかかる叙述が,『国富論」の中では消え ているζいうこζをこそ重視すべきなのであるg
;一v’ 292 のべ,公債制度の歴史を公債の累積という視点からえがき,資本蓄積論にもと づいて公債理論を展開したあとで,国家破産についてのべ,最後に公債の償還 という観点から植民地の合邦と放棄とを比較検討するのである。以上の展開の 中で次の点に留意しておこう。 第一には,公債批判の視角が,第2編の資本蓄積論を基礎に,『法学講義』 17) より経済理論として整備されて展開されていることである。それは公債に関す る重商主義の二つの学説への批判としてのべられている。一つは,公債が追加 的な資本であるという説である。スミスはこれに対して,政府への貸しつけ は,「資本としての機能を果たすものから収入としての機能を果たすものへ, 言いかえれば,生産的労働を養うものから不生産的労働を養うものへ」(冊, p.924,訳皿,402ページ)の転化に他ならず,将来再生産される望みもないま ま浪費されると批判する。すなわち公債元本は,蓄積論の視角からみれば資本 の収入への転化であり,それは租税に比べても,現存する資本の破壊をまねく ことになるのである。もう一つは,公債利子の支払は,富を減少させるのでは なく右手が左手に支払うものだという説である。スミスによれば,「土地と資 本とは,公私双方のすべての収入がそ幹から生まれてくる二つの源泉である。」 (WN, p,927,訳皿,406ページ)しかるに公債の累積による利払の増大は,地 租と,生活必需品や便宜品にかかるエクサイズの増徴をまねき,それは地主の 苦難による農業の衰退と,エクサイズの学課による商業と製造業の破滅へとつ ながることになる。すなわち,公債利払のための税の重課は,土地と資本とい う収入の二大源泉の所有者から,土地の改良や,資本のよき管理にまったく関 心をもたぬ公債所有者の手に,国の収入の大半を移すこととなり,これによっ て,土地の放置,資本の浪費や海外逃避を,そして結局収入源泉の衰微をまね くことになるというのである。このような観点に立つが故に,公債史について 17)資本蓄積論をベースにして,スミスの公債論の意義と限界とを取り扱ったものとし て,さしあたり,古川声門「アダム・スミス公債論の研究」『大分大学経済界集』第 21巻第4号,1970年2月,長谷川貞之「アダム・スミスの公債論」『横浜商大論集』 第14巻第2号,!981年3月,参照。
『国富論』体系の成立と国家破産 293 の長大な叙述も,主として公債の累積による資本蓄積の阻害の過程としてえが かれることになるのであった。 第二に留意しておくべきことは,「永久公債への借換えという慣行は,それ を採用したすべての国を次第に弱らせた」(Wl>, p.928,訳皿,408ページ) という認識と並んで,それにもかかわらず,現在の所までイギリスはその負担 に耐えてきたというイギリスの生産力に対する認識である。スミスは次のよう にのべている。 「なるほど,わが国の現行の租税制度にとって名誉なことは,これまでのと ころ租税制度のために産業が迷惑をこうむることがほとんどなかったので,非 常に経費のかかる諸戦争のあいだですら,倹約家でまじめな行状の個々人が, その貯蓄と資本蓄積によって,政府がその無駄遣いと浪費のために社会の総資 本のこしらえた破れ目を,すべて繕うことができたように思われるほどである。 大ブリテンが,これまでに戦ったうちで最も金のかかった最近の戦争が終った 時,その農業は栄え,製造業の数は多く,しかも完全に操業しており,商業も 手広く営まれ,いずれも従前と変るところはなかった。」(WN, p・929,訳皿, 409ページ) たしかに,「わが政府の濫費は,疑いもなく,富と改善に向うイングランド の自然的進歩(natural progress)をおくらせたにちがいないが,その進歩を停 止させることはできな:かった」(頭V,p,345,訳1,541ページ)というのが, 『国富論』におけるスミスの一貫した立場であった。そして,その自然的進歩 を担うのが,多数の国民の「節約」による資本の恒常的な蓄積であったのであ る。 スミスは以上の二つの点,すなわち公債が資本蓄積を阻害し国を弱体化させ るということと,現在までの所はその負担に耐えてきているイギリスの生産力 認識とをふまえ,現在イギリスがまきこまれている対アメリカ戦争が,「その 進展につれて,これまでわが国が戦ったどの戦争にも劣らず金のかかるものと なることが明らかになるだろう」(VVN, p.924,訳皿,400ページ)という公
294 18) 債累積の危機的状況を予想した上で,こうのべるのべあった。 「大ブリテンは,半世紀前であったらだれも背負いきれるとは信じなかった 負担を,今日やすやす支えているようにみえる。しかしされぽと言って,大ブリ テンならどんな負担でも支えられると速断するのはやめよう。それどころか, すでにわが国が背負っているものより,もう少し重いくらいの負担なら,たい した苦痛もなしに支えきれるなどという,過剰な自信をもつのもやめようでは ないか。」(VVN P.929,訳皿,410ページ) スミスは,この文章につづいて,国家破産の問題についての叙述をはじめる である。 皿 国家破産についての検討は,次の文章で開始される。 「国債が,いったんある程度まで累積してしまった場合,公正かつ完全に償 還が行われたためしは,まずただの一度もないと私は信じている。国家収入を 公債の負担から解放するということは,たとえそれが実現したことがあるとし ても,それはつねに破産によってであった。つまり,時としては公然とした破 産(avowed bankruptcy)もないではなかったが,多くの場合,いつわりの償 還(pretended payment)であるが,つねに実質的な破産によって達成された ものであった。」(WN, p。929,訳皿,410ページ) スミスは以下の叙述において,公然とした国家破産と,いつわりの償還,す なわち隠蔽された国家破産とを対比し,後者を批判することに力点をおくので ある。スミスによって,いつわりの償還としてとりあげられるのは,「鋳貨の 18)スミスは上記の引用箇所に,1784年の『国富町』第3版において次のように注記を 付している。 「はたしてこの戦争は,これまでにわが国が戦ったどの戦争よりも金のかかるもの であることがわかり,われわれは1億ポンドを超える新たな公債を背負い込むことに なった。11年にわたる完全な平和のあいだに,ようやく1,000万ポンドあまりの公債 を償還したにすぎないのに,7年間の一戦争のあいだに起債された公債は1億ポンド を超え鵡のである?」 (WNe p.924e訳皿,4Q1ページ)
『国富論』体系の成立と国家破産 295 名称の引き上げ」であり, 「標準品位の粗悪化」=悪報である。とりわけ鋳貨 の名称の引き上げは,「実質的な国家破産(real pubik bankruptcy)を,いつ わりの償還という見せかけでごまかしてしまう,もっとも月並みな便法であっ た」(WN, P.929,訳皿,410ページ)。いつわりの償還を,スミスは次のよう に批判する。 「この種のいつわりの償還は,たいていの場合,国家の債権者の損失を軽く するどころかむしろ加重し,公共社会になんの利益をもたらすことなく,ほか の多くの罪もない人々に災難を押し拡げる。それは,個々人の財産を全面的に かつもっとも有害なやり方で覆す。つまり,それはほとんどの場合に,勤勉で 倹約家の債権者を犠牲にして,怠惰で浪費的な債務者を富ませ,また国民の資 本の一大部分を,それをふやしたり改良むたりしそうな人の手から,それを浪 費したり破壊したりしそうな人の手に移してしまうからである。」(WN, p。930, 訳皿,411ページ) このように,スミスはいつわりの償還が,公債所有者のみならず社会の他の 多数の人々にも災難をもたらすこと,とりわけ私経済のレベルにおいて大きな 影響をおよぼし,勤勉な債権者を害し,怠惰で浪費的な債務者を利することに よって資本蓄積そのものを阻害することを批判するのであった。鋳貨の名称の 引き上げや三三に対する同じような観点からの批判は,第1編第4章「貨幣の 使用と起源」の中でもみられ,そこではかかる行為が私人の財産そのものに ラ「普遍的な変革」をもたらすものとして批判されるのである。以上のようにス ミスは,いつわりの償還を,公債所有のみならず私有財産一般の均衡を全面的 にくつがえし,それによって蓄積を阻害することを,資本蓄積の担い手の立場 から批判するのであった。 19) 「したがってそのような操作(黙読化など)は,債務老にとってはいつも好都合で あるが,債権者にとっては破滅的な影響を与えることが明らかであり,そしてときに はそれが,大きい社会的災難によってひきおこされるよりもいっそう大きな,いっそ う普遍的な変革を,私人の財産のうえにもたらしたのである。」(W亙p・44,訳1, 4$ページ)
296 では他方,公然とした国家破産についてはどのような態度をとるのであろう か。スミスは次のようにのべている。 「国家が,みずからの破産を宣言せざるをえないところまで追い込まれたよ うな時には,個人がそうせざるをえなくなった時と同様,策を弄しない公正で 公然とした破産(afair, open and avowed bankruptcy)こそが,債務者にと って名誉に傷つくのがつねにもっとも少く,また債権者にとっても害を受ける のがもっとも少い手段である。現実に破産した不名誉を蔽い隠すために,見え すいた,しかも同時にはなはだしく有害なこの種の手品めいた策略に訴えるよ うなら,国家の栄誉もまったくかたなしというほかはない。」(WN, p.930,壷 皿,411−412ページ) このようにスミスは,国家破産に至らざるを得ないような債務の累積に際し ては,公然とした国家破産を容認する。その理由は次の二点である。第一に は,債務者すなわち国家の名誉を重視するという立場から,換言すれぽ,統治 の安定を確保し,独自の統治階級の意義を認める立場からである。第二は,い つわりの償還に比べて,公然とした破産の方が,公債所有を犠牲にするとはい え私有財産一般には害は及ばず,したがって資本蓄積を阻害することが少ない ということである。 しかし,あくまでもスミスの国家破産をめぐる所説は,いつわりの償還批判 であり,公然とした国家破産の容認も,理論的可能性の域をこえるものではな かったと考えるべきであろう。スミスは,公然とした国家破産を「容認」した 上掲の文章につづいて,いつわりの償還という「はなはだ有害で手品めいた策 略」の歴史をあとづけ,ローマのアスの例や近代イングランドにおける例をひ きっつ,批判をくりかえすのであった。 したがって,公債の累積に対して,いつわりの償還という「個々人の財産を 全面的に,かつもっとも有害なやり方で覆す」手段をとることを避け,また,公 然とした国家破産に至るような,「国家が,みずからの破産を宣言せざるをえな 20) スミスの国家破産論におけるこのような立場を指摘したものとして,中谷武雄「ア ダム・スミスの国家破産論」r財政学研究』第3号,1980年3月,
『国富論』体系の成立と国家破産 297 いところにまで追い込まれる」事態を避けるために,公債償還の具体的処方箋 を提示するのであった。それは,公共の収入をいちぢるしく増大させるか,公 共の経費をいちぢるしく減少させるかである。スミスは,公債償還を十分に行 いうるほどの公共の収入の増大のためには,イギリス内部の税制改革では十分 ではなく,イギリス帝国全体に現行のイギリスの税制を適用し,帝国の全住民 に負担をしいること,そのためセこは植民地の全般的合邦が必要であるという。 彼によれば,現在累積している公債は,「単に大ブリテンだけでなく,この帝国 に属する全領域を防衛するために起債されたものであり,わけても最近の戦争 (7年戦争)にあたって起債された莫大な公債と,その前の戦争(オーストリ ア継承戦争)にあたって起債されたものの大部分は,ともに実はアメリカ防衛 のために起債されたものである」CWN, P.944,訳皿,434ページ)。したがっ て,アイルランドやアメリカが,イギリスの公債の償還に協力するのは正義に 反するわけではないのである。他方,公共の支出をいちぢるしく削減するため には,現在の財政負担の最大のものである植民地防衛のための戦争の原因とな る,植民地そのものを放棄することが必要である。スミスはいう。「これらの 戦争がなかったら,国債は完全に償還されていたかもしれないし,こんにちま でにはたぶん償還できていただろう。そして植民地がなかったなら,初めの方 の戦争は起こさなかったかもしれないし,後の方の戦争にいたっては,起こさ なかったことは確実である。」(WN, P.946,訳皿,436ページ)たしかにスミ スは,第4編における叙述を含め,植民地合邦の可能性についても詳細に検討 を加えている。しかし,第4編において,「自然的自由の制度(system of naturai liberty)」の確立という観点から旧植民地制度を批判したスミスは,第5編に おいては,公債の償還=収入論の観点から植民地問題を検討し,現実可能性の 問題として植民地の放棄を主張するのであった。『国富論』全巻は次の言葉で 終っているのである。 2!) この点については,小林昇「国富論体系の成立」第9章『小林昇経済学史著作集』 エ,未来社,1976年,大倉正雄「アメリカ植民地問題におけるアダム・スミスの政治 思想」山梨学院大学『商学論集』創刊号,1978年10月,参照。
298 「いまこそ,わが支配者たちは,国民ばかりか,どうやらみずからもふけっ てぎたこの黄金の夢を実現してみせるか,それができないなら,自らこの夢か らさめ,国民を覚醒させるよう努めるかすべき時期である。計画を完遂できな いのなら計画そのものを捨てよ。そして,もし大英帝国のどの領土にせよ,帝 国全体を支えるために貢献させられないというのなら,いまこそ大ブリテンは, 戦時にこれらの領土を防衛する経費,平時にその政治的・軍事的施設を維持す る経費からみずからを解放し,未来への展望と構図とを,その国情の真にある べき中庸に合致させるように努めるべき時期なのである。」(WN, p.947,訳 皿,439ページ) すなわちここに至って,重商主義政策の二つの支柱である,旧植民地制度と 公債制度の放棄がむすびつけて論じられているのである。 更に,イギリスへの処方箋ではないが,他のヨーロッパの君主国の公債負担 からの解放の為の処方箋として,スミスは第5編第2章で,王領地の売却によ る公債の償還を主張していることをも確認しておこう。すなわち,「ヨーロッ パのどの大君主国も,王領地を売ると巨額の金にな:り,それを公債の償還にあ てれば,それまで国王が王領地からあげていたよりずっと大きな収入を,公債 の担保にしておかずにすむことになろう」(IVN, P.834,訳皿,218ページ) というのである。これは,王領の売却による土地の私有財産化が,耕作の改良 をもたらし,国民の収入を増大させ,したがって国家の収入をも増大させると いう収入論の観点からの文脈においてのべられているのであるが,封建的土地 所有の象微としての王領地の廃棄と公債負担からの解放とがまさにむすびつけ て論じられているのである。 『国富論』の国家破産をめぐる所説をまとめてみよう。 スミスは公債が資本蓄積にとっていかに害悪となるかを理論的かつ歴史的に 分析する。この点で注目すべきことは,ヒュームとも,また『法学講義』とも 異り公債の政治的影響についてはr国富論』の中では直接にはふれていないこ とである。別の言い方をすれば,公債問題はすべて経済的範疇(資本蓄積論と 収入論のレベル)に還元されているのである。そして公債の莫大な累積による
『国富論』体系の成立と国家破産 299 国の弱体化という危機的状況をふまえ,国家破産の問題の考察に入る。スミス のこの点での力点は,資本蓄積の担い手の立場からの,いつわりの償還批判で あり,やむを得ない場合における理論的可能性としての公然とした国家破産の 容認である。そしてスミスはこのような破産という手段を用いずに,公債負担 からの解放をはかるために,イギリスの場合には旧植民地制度の放棄を,ヨー ロッパの君主国に対しては,それに加えて王領地の売却=封建的土地所有の廃 ビ ラ 棄を主張する。そして,それによって「自然的自由の制度」の下での生産力の 発展を展望するのであった。 お わ り に 国家破産をめぐる,ヒューム,スチュアート,スミス.の所説を比較検討して みよう。 ヒュームは,公債の累積を,アートとインダストリの危機,法の支配=自由 の危機,勢力均衡の危機という三層の危機をもたらすものとして把握し,国家 破産による公債の廃棄によって,アートとインダストリのより順調な発展を, 公債所有者=金融業者の没落とジェントリを主たる担い手とする法の支配の貫 徹を,そして勢力均衡の維持を展望した。ヒュームは,公債の累積を中産階級 の負担および重商主義国家と金融業者の結合として認識し,徹底した中産階級 支配へ進む上で,国家破産という形での債務からの解放と,国家機構を支配す る人々を金融業者から切りはなすことが不可欠であると考えていた。国家破産 をめぐるヒュームの所説は,本源的蓄積の諸政策を極枯に感じはじめた初期産 業資本の立場を,如実に反映しているといえよう。しかし,ヒ=・・一ムにあって は,近代社会の発展は,アートとインダストリという,いわば独立小生産者モ 22)旧帝国主義批判としての『国富論』の課題が,諸国民が何故に対立しあうのか,そ の経済的階級的分析を行うことにあり,その結論として「封建的土地所有の廃棄とそ れを基とする国際間の自由な貿易」を展望するものであった(内田義彦『増補経済学 の生誕』未来社,1962年)とすれば,公債負担からの解放をめぐる叙述においても, このことは明瞭につらぬかれているといえよう。
300 デルによって把握されており,勢力均衡という国際政治は所与の前提であり, 公債の累積による地主の没落は直ちに法の支配に重大な危機を招くものと考え 23) られていたのである。われわれは,このようなヒュームの立場の中に,フィッ シャーのいう国家破産をめぐる「論争」の起点としてのヒュームの所説の意義 と限度とをみることができよう。 これに対してスチュアートは,公債を近代社会発展(本源的蓄積過程の促 進)の「強力なエンジン」として把握し,国家破産という行為がこの過程にも たらす重大な害悪(流通の停止,それによるインダストリの破滅)を指摘す る。そして,国家破産を回避して,公債を全面的に活用するための体系的な公 債管理政策を,広範な信用制度の確立,外債と貿易差額の対比などを柱に展開 するのであった。そしてかかる過程の中で重視されるのは,資本蓄積の可能性 をもたず,前期的性格を脱却しえぬ貨幣所有者なのであった。スチュアートの 国家破産をめぐるこのような立場は,彼が重商主義の体系的理論家であること 24) を,鮮明にあらわすものであった。スチュアートの国家破産論は,直接にヒュ ームの所説を批判するものではなく,またヒュームの立つ地盤からの遅れをも 示してはいるものの(例えば土地銀行への固執など),国家破産の影響を,貨 幣=流通論の視点より詳細に分析し,国家破産回避iの体系的公債管理政策を打 ちだしたことによって,国家破産をめぐる「論争」に,重商主義の立場からの 新たな展開を示したといえよう。 さて,スミスは『国富論』において,分業論を基礎に資本蓄積の体系,いわ ば生産力の体系を構想し,その蓄積の担い手の立場から公債を批判し,いつわ りの償還を厳しく批判する。公然とした国家破産については,その可能性を認 めっつも,現実には植民地の放棄によって,旧植民地制度と公債制度という重 商主義政策の二つの柱の廃棄し,そのもとでの富裕の増大=生産力の発展を展 望するのであった。資本蓄積=生産力の体系から,国家破産を論ずるという 『国富論』の立場は,本源的蓄積の促進のために貨幣流通の拡大をめざす視点 23) 前掲拙稿「D.ヒュームと国家破産」 24) 前掲拙稿「∫.スチュアートと国家破産」
『国富論』体系の成立と国家破産 301 から,公債をとらえ国家破産を論ずるスチュアートの立場とは原理的に対立す る。更に,スミスは,重商主義批判としてのヒュームの公債と国家破産につい ての叙述を受け継ぐとはいえ,ヒ=・一一ムが国家破産を不可避とみなした公債の 累積による危機意識をのりこえることに.よって,すなわち資本蓄積=生産力の 体系にもとづき,ヒュームが所与の前提とした勢力均衡=相対的安定の世界か ら脱皮し,ヒュームが法の支配=自由の危機を曲れえたのに対しては,財産の 力によって国家をくりぬくという展望を確立し,ここにr国富論』の世界を 切り拓くのである。ヒュームを起点とする国家破産をめぐる「論争」は,『国 富論』体系の中で以上のような形で受け継がれ,一つの帰結をとげるのであっ 25) た。 25)国家破産をめぐる「論争」の新たな局面は,フランス革命と対フランス戦争によ るイギリスの公債累積とを背景として,急進主義者T.ペインによって開始される (Thomas Paine, The l)eciine and Fall of the EngZish System of Finance,1796)。こ の点については,拙稿「国家破産理論史上におけるトマス・ペインーThomas Paine, The Decline and。Fall of the English System of Finαnce,1796,分析の一視角一」『財 政学研究』第3号,1980年3月,参照。ペインのこのパンフレットは国際的規模で論 争をまきおこす(H.B. Bonner ed., M. D. Conway, The LifeげThomas Paine, London,1909, pp.251−252)。例えば,ペインとスミスを対比したものとして, Joersson, Adam Smith, auther of An lnguiry tnto the Wealth of IVations, and Thomas Rぬθ,α%疏θrげThe Dθo伽θαnd Fallげthe English SytemげFinance, ACriticαl E∬abl, pmblished in all language, Germany,1796.なおペインの革命思 想については,さしあたり,拙稿「トマス・ペインと『安価な政府』」島恭彦・池上 惇編『財政民主主義の理論と思想』青木書店.1979年,参照。