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大 陸 式 決 算 法 と 英 米 式 決 算 法

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(1)

大陸式決算法と英米式決算法

1 1 イ ギ リ ス 東 イ ン ド 会 社 の 帳 簿 事 例 に よ せ て

木 虎 雄

目次

はじめに一大陸式決算法と英米式決算法の定義の問題二東インド会社元帳の決算・締切りの種々相A︑B︑C︑D︒

むすび

はじめに

決算における帳簿締め切りの方式として︑﹁大陸法﹂と﹁英米法﹂があるといわれている︒これらは二つの方法と

いうほどの本質的な差があるものだろうか︑また大陸法︑英米法というものの規定もコンクリートになっているか︑

大陸式決算法と英米式決算法

(2)

立教

経済

学研

究第

四一

巻三

一号

(一

九八

八年

)

これにはいろいろとあるようでもあるし︑また決算ということと帳簿締切りは同次元で考える︑必要があるかないか︒

学問的に未解決の問題が多い︒

簿記基礎論の分野において決算・締切り法の問題は一つの重要な論点である︒日本簿記学会が昭和六十年(一九八

五年)に創立されたが︑発会以来︑この問題がとりあげられている︒第一回大会が昭和六

O

年一

O

月に成践大学で行

われたが﹃簿記理論・教育・実務をめぐる諸問題﹄という統一論題のなかで︑安平昭二教授は﹁複式簿記の特徴と収

益・費用勘定の意味を中心として﹂という基調報告をなし︑﹁英米式決算法よりも大陸式決算法を基本として説明す

べきではないか﹂と発一言している︒これは高等学校商業科の簿記教科書において﹁いわゆる英米法﹂が説かれている

という事実︑そしてこの教科書は文部省検定済みとして認定されているという現実のなかでの発言である︒この点に

ついてもふれてみたいが︑学会での意見は大学では大陸法を基本として説明すべきではないかというものが多い︒教

授法︑教育の問題として提起されてきているが︑理論的にどう結着をつけるかの模索として︑この一文を観る︒

この論文は単なる論理の展開ではなく︑近代会計成立史に大きな役割をはたしたイギリス東インド会社の会計帳簿

を資料として︑理論の歴史的実証を行い︑歴史と理論から主題にせまってゆく︒これは二つの方法の実践形態をみつ

めた

いか

らで

ある

︒ 大陸式決算法と英米式決算法の定義の問題

大陸式決算法

( H

大陸法﹀と英米式決算法

( H

英米法﹀の規定を問うとき︑大陸法を基準として︑この簡略法とい

う意味で英米法をとりあげるのが一般的である︒まず大陸法からみてゆくが︑典型的と考えられる大陸法について考

(3)

えよ

う︒

すべての元帳上の勘定記入は仕訳帳記入を通じてなされるという前提にたつもので︑まず期首の在高記入におい

て︑資産︑負債︑資本のそれぞれすべての記入において﹁開始残高勘定﹂を相手として複式記入がなされる︒これは

前期の決算における﹁閉鎖残高勘定﹂の裏返しでもある︒財産在高勘定の記入をおえて︑営業活動の記録が開始され

るが︑決算時点になって︑まず整理記入がなされる︒財産在高の修正記入と損益項目の修正記入がなされる︒これが

実質的な決算手続きの遂行であワて﹁(集合)損益勘定﹂を設ける︒ここで損益計算にかかわる諸勘定を総括して﹁当

期一縄損益﹂を算定する︒これを資本(金)勘定に振替えるが︑純利益の生じた場合の振替仕訳は

︿講

品川

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獅吟

踊齢

××

(鴻

同)

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︹ゆ

︺×

×

となるものであった︒ここにいたると集合損益勘定を頂点として損益勘定諸項目に借方・貸方が平均して締切られる

状態になっている︒論理のうえではこうなっているが︑締切りは資本(金)勘定を含めての資産勘定︑負債勘定の閉

鎖残高勘定における借方︑貸方の総合計の貸借平均が確認されたときである︒

のこるは資本勘定を含めて︑資産勘定︑負債勘定の締切り処理である︒これらは次の会計期間に繰越さねばならな

ぃ︒この手続きをどう具体化するかが問題であるが︑単なる振替えともみえる帳簿上の金額の繰り越しも仕訳記録を

通じて行うのが大陸法である︒

資産勘定︑負債勘定そして資本勘定も締切るときには︑その在高を貸借平均させねばならない︒平均のため相手勘

定が閉鎖残高勘定であり︑この勘定への振替手続きが大陸法の特長であって︑これへの振替によってそれぞれの在高

勘定は平均して締切られ︑さらに閉鎖残高勘定も最終的にはバランスする︒このように仕組まれた勘定体系が典型的

大陸

式決

算法

と英

米式

決算

(4)

立教 経済 学研 究第 四一 巻一 一一 号( 一九 八八 年)

な大陸法である︒さきにみたように費用︑収益の勘定は資本勘定に帰属するようにバランスして消滅している︒

閉鎖残高勘定に記入されている資産︑負債︑資本の各勘定は(次期の)開始残高勘定を対応した勘定として仕訳帳

に開始仕訳として記録し次期開始記入を行う︒これが当期の最後の記入であって︑次期記入の準備をして終ることと

なる

以上のように開始残高勘定と閉鎖残高勘定という二本建の残高勘定を設定するのが﹁典型的な﹂大陸法であった︒ ︒

このような方式を﹁大陸法﹂と誰れがなづけたのであろうか︒またこの方法はドイツやフランスといった大陸で歴

史的に実践された方法であるといわれている︒会計史的にみてこのようにいえるかどうか︒これは直ちには言えな

ぃ︒もち論︑このような方式の実践はドイツ︑フランスにもあったであろうが︑のちにみる英米法も行なわれたこと

であろう︒はたして大陸で成立したかという点︑十七世紀の期間計算方式の形成時点ではイギリスにおいて一種の大

陸法が行なわれていた︒これは亜流であろうが︑イギリス東インド会社の初期の元帳にみられる期首のストック勘定

(資本金勘定)と期末のバランス勘定(︹閉鎖︺残高勘定)を設ける勘定体系であった︒

もう一つの大陸法として︑開始残高勘定を設けずに︑開始仕訳において︑﹁資産﹂と﹁負債および資本﹂を対置す

る方法もある︒ここでは資産の総合計と負債および資本の総合計が均衡する︒残高勘定として決算(閉鎖)残高勘定

のみを設けるもので︑二本建の残高勘定制ではないが︑決算残高勘定は存在するものである︒

典型的大陸法として二本建て残高勘定制をみてき︑亜流という型で二つの方法をのべたが︑イギリスの簿記実践︑

簿記教科書においてはストック勘定とバランス勘定の設定方式が一般的であった︒この点については改めて問題とし

たい︒わが国では簿記教科書において対置法が多く採用された時代があった︒

(5)

英米式決算法について考えよう︒大陸法に対置される英米法︑その典型的な存在様式はどんなものか︒

﹁英米式の純粋な形というのは恐らくないのではないか﹂と中村忠教授はいわれ︑大薮俊哉教授は﹁英米式決算法

というのは︑周知のとおり実務的・簡略的な処理法ですので︑純粋理念的には決算記入を仕訳帳を遇さないことにあ

(3

るのではないでしょうか﹂といわれる︒現実には決算記入を修正記入と振替記入とに分けるとき修正記入は仕訳帳を

通じて行なっていることが一般的である︒大薮教授は﹁最近の現実の英米式簿記では︑損益振替︑純損益の資本振替

は仕訳帳の振替仕訳を通します︒もちろん︑決算整理記入についても振替仕訳を通します﹂といわれつつも︑

﹁し

し理念的には決算手続きはすべて元帳の勘定の上で行ってしまう︑というところにあるのではないか﹂とされる︒純

粋理念型を求める教授の主張は英米法の本質究明において注目すべきことである︒

英米法の理念型は決算記入を仕訳帳を通さない方式である︒したがって損益計算を行う損益勘定への記入は勘定間

の直接振替えということになろう︒したがって資産︑負債︑資本の繰越しも直接的繰越しとなって︑決算残高勘定は

( 4 )  

設ける必要がなかった︒この理念型ははたして実践されているか︒イギリス東インド会社の例示のなかに示されてい

る︒これについても改めて考えてみる︒

英米法を徹底させた方法として資産︑負債︑資本の勘定は決算期において︑締切らずに開設したままハオープンの

まま)にしておくということも考えられる︒もちろん︑当期締損益算出のための種々の収益勘定︑費用勘定の修正︑

それらへの組み入れ記入はなされ︑これらを集合損益勘定に集めて決算をする︒ここでは振替手続きまで省略してし

AFhJ

貸借平均記入が完成しているかどうかを検証するために繰越試算表をつくることがある︒これを作ることによって

大陸

式決

算法

と英

米式

決算

(6)

立教経済学研究第四一巻三号(一九八八年)

ノ、~

記帳の正確性を検証することとなるが︑これは簿記体系のうちにあるものではない︒

以上によって︑典型的な大陸法の対極にたつ英米法の理念型をもとめてきたが︑一般に行われている英米法

i l

れが英米法の典型といわれるが│lt

をみ

てみ

よう

決算時点において損益関係諸勘定の修正記入︑そして振替記入によって︹集合︺損益勘定にすべての期間収益︑期

間費用を集める︒ここで当期純損益を算出する︒これを資本勘定に振替えることによって集合損益勘定は貸借平均し

て締切られる状態となる@この振替仕訳は︑純利益の出た場合は

ハ 母

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﹀踊齢××

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時株

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××

というものであった︒このように仕訳帳記入を行なう︒以後のプロセスは機械的︑形式的であるとして排し︑

ハ代

て次期繰越試算表は作るが)開始記入を準備すればよいというのが英米法であった︒

資産︑負債と資本の勘定について︑仕訳帳を経由しないで︑そのままその勘定口座で貸借差額を少ない側に赤記し

て締

切り

ついで次期の開始記入として赤記した金額と同じ額を︑その反対側に在高として黒記するものである︒こ

れが﹁典型﹂と考えられて説明され︑実践もされている︒ここには閉鎖残高勘定も開始残高勘定も設定しないもので

あるが︑大陸法でなされた修正振替仕訳の一部が行われている若干の折衷形態ということになろう︒

決算法というとき︑損益計算をなし︑また次期繰越高を確定すること︑帳簿を締切ることの三つが含まれている︒

これを英語では

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目白

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元帳を締切るということであるが︑ここ

から損益計算をするというニュアンスは余り感じられない︒これらは手記式の帳簿の簿記法を前提としたものであっ

て︑手記式簿記より機械的な過程化が進んだコンピュータ簿記の段階ではどう考えられるか︑これからの大きな課題

(7)

であ

る︒

複式簿記法においては主要簿というよびかたで︑仕訳帳と元帳とが含まれる︒

させている帳簿であり︑これを取外すと複式簿記が成立しない帳簿をいう﹂と沼田教授はいわれた︒複式簿記という ﹁主要簿とは摸式簿記の機構を成立

計算体系は損益計算の組織的体系であるが︑これは元帳上の諸勘定の計算の仕組みとしてあらわれる︒一元帳だけが主

要簿かという議論もあろう︒こζでは再一ニ︑手記式簿記を前提として議論しているが︑機械簿記︑さらにはコンビュ

iタ簿記となるとき︑この傾向は強くなろうが︑簿記の目標は単なる損益計算にのみあるものではなく︑財貨の管理

計算も含まれる︒このための仕訳帳の役立ちは大きい︒財貨の保管︑管理という問題は企業活動の全取引を発生順

(麿順﹀に記録することと広義には理解できる@仕訳帳を

HO

ZH

S

をと呼ぶとき︑歴史的なできごとの記録という

意味がこめられている︒ルカ・パチョ

i

リの簿記書Q算術・幾何・比および比例全書﹄・一四九四年)において簿記に関

する部分は﹁記録・計算詳論﹂となっている︒この記録に仕訳帳機能を︑計算に元帳機能をみる︒仕訳帳と元帳とで

複式簿記の記録・計算機構を構成する︒これが複式簿記である︒

仕訳帳と元帳という複式簿記体系を維持する基本帳簿について︑沼田教授はまことに示唆的な分類をされて︑記入

簿と勘定簿という区分をし︑また原始簿と転記簿

( H

最終簿)という区分をされている︒

記入簿と勘定簿という区分について︑沼田教授は﹁記入簿とは企業の全取引または特定の取引を発生順に記入する

帳簿をいう﹂とされて︑代表的なものは仕訳帳であるといって元帳とは対照的に勘定口座を持たないことが特徴であ

るとする︒﹁勘定簿とは勘定科目別の記入を行う帳簿であり︑

うものをいう﹂とされる︒この口座における加減計算が損益計算日簿記計算を指向するであろう︒ 従って口座(﹀

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を設

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口座別記入を行な

大陸

式決

算法

と英

米式

決算

(8)

立教経済学研究第四一巻三号(一九八八年)

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ここで記入簿の加算数値が勘定簿である元帳のそれぞれの数値の合計と一致するかどうか︒記入簿である仕訳帳の

記入と勘定簿である元帳記入と一致するかどうか︒

決算をめぐる問題︑たとえば決算残高勘定には一行のみで﹁諸口﹂と書かれているが︑この一行(一個)の諸口と

いう元帳記入には数ページにわたる仕訳帳記入があるという場合多い︒これはつぎにふれるロンドン東インド会社の

C元帳の例からわかるところであるが︑決算の問題というと元帳次元でとりあげられてきた︒たった一個の元帳の記

入の基礎には倉大な仕訳記録があったが︑この仕訳帳が企業活動の歴史的記録でもあった︒このなかから決算問題が

知られるのであって仕訳帳の役割りは再検討すべきである︒仕訳帳の記入・表示の仕方によっては大陸法︑英米法の

差違はあまり問題とならぬのではなかろうか︒

英米法は決算記入の省略があるといわれるが︑一元帳におりでは省略とも見えようが︑仕訳帳記入も省略してしまっ

ているかどうか︒文字通りの︑簿記的でないヂャ

i

ナルの役割も仕訳帳は持つ場合もあろう︒

ここでは仕訳帳と元帳を対応的存在として行論してきたが︑コンピュータ簿記によって損益計算機能が極度に高め

られてくるとき︑元帳の準備簿ないしは準備段階の記録(また記憶)はあるにはあろうが︑歴史的記録の機能はどう

なるであろうか︒従来︑決算は元帳次元にとらわれたが︑再検討の要があろう︒

大陸法か英米法かという問題は手記式簿記の問題として論じられてきたが︑コンピュータ簿記ではどうなるかは今

後大いに究明されるべきであるが︑ここでは手記式簿記の問題としてイギリス東インド会社の会計帳簿についてみて

ゆき

たい

(1

これは期間損益計算を前提とするので︑決算時点で︹集合︺損益勘定を設けるとするものであるが︑後にみてゆくイギリ

(9)

ス東インド会社においては期間計算がなされているのであるが︑商品売買取引をみると口別計算的性格が強い︒商品名商品勘

定が多数設けられている︒商品名商品勘定と主要商品取引を扱う補助元帳名商品勘定││たとえば寸

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の窓 口巧

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己といった勘定│ーによって商品売買取引が記録されている︒終りにいたるまで一般商品勘定は存在していな

い︒このような状態においては損益勘定は常設となっており︑これが決算日において決算記入をも含むものとなっている︒

︹集合︺損益勘定の開設時点の問題︒

( 2 )

たとえばロンドン東インド会社のC元帳(二ハ六九

i

│七一年)がこの方式をとっている︒茂木虎雄﹁大陸式決算・締切

り法の原点

l l

十七世紀末菜︑イギリス会社の実務によせて

l l

﹂﹃立教経済学研究﹄第四

O

巻第二号(一九八六年九月)参

照︒この論稿において筆者はイギリス的大陸式決算法と呼んだ︒

(3

﹀中村忠︑大薮俊哉共著﹃対談・簿記の問題点をさぐる﹄(税務経理協会・昭和六二年)八六︑八七ページ参照

(4

﹀帳簿締切りの形式的実施と決算との関係において︑決算を﹁当期純損益﹂を求めることを決算の内容をするならば︑損益

勘定記入を正確に行ひ︑このための損益関係諸勘定からの振替を充分に行うことのみで︑英米法的決算は完成していると考え

られないか︒いずれの方法においてもまず問題となるのは損益勘定であり︑それによる損益計算である︒ロンドン東インド会

社の末期において元帳は締切りが不充分であったという批判があるが︑損益勘定への振替記入は正確になされているという例

があ

る︒

( 5 )

沼田嘉穂﹃簿記論攻﹄(中央経済社・昭和三十六年)第七章﹁帳簿の分類と内容﹂一二七ページ

(6

﹀沼田嘉穂前掲書一一ニ三ページ

東インド会社元帳の決算・締切りの種々相

﹁決算﹂は期間計算の前提にたっ︒この前提がなければ﹁結算﹂であろう︒決算にはバランスをとるという意味と クローズイングという意味が含まれている︒バランスに問題がある︒期間的区切りの思考が簿記のなかでは十七世紀 頃に成立してきた︒ここに近代会計の萌芽をみるが︑これは継続企業の人為的区分であった︒人為的区分がいろいろ

大陸式決算法と英米式決算法

(10)

立教経済学研究第四一巻三号(一九八八年﹀

の会計問題を引きおこすが︑そのなかで決算問題が形式的︑内容的に問題となる︒

A︒イギリスを歴史的に問題とするとき︑伝統的にここでは二本建ての残高勘定ではなく︑期首にはストック勘定

が︑そして期末にはバランス勘定が設定される勘定体系として決算・締切りがなされている︒この典型としてロンド

(1

ン東インド会社のC元帳をあげたい︒

C元帳は一六六九年四月より一六七一年四月にわたる帳簿で︑全体で四

O

七丁あるが︑その第一丁には資本︹金︺

勘定

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が設けられ︑最終の第四

O

七丁には残高勘定があった︒この体系における決算の方式を考え

ることが本節の課題である︒

まず最初に設けられる資本︹金︺勘定は︑その記入はC元帳の開始日である一六六九年四月一日に︑貸方に一三口︑

借方に四口の記入があった︒この形式はつぎの図示のようである︒

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この記入の‑口は仕訳帳の一ページ分である︒仕訳帳↑ベ

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ジの集計として︑それぞれの金額が記入されている

が︑借方側の摘要︑日

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は﹁貸方諸口﹂ということで︑その仕訳は

(11)

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であった︒これは負債諸勘定の開始在高に対応するものであった︒貸方側の摘要︑切可

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は﹁借方

諸口﹂ということで︑その仕訳は

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というもので資産諸勘定の開始在高に対応するもので︑両者とも開始記入にあたるもので︑極めて丁寧に仕訳記帳が

なされている︒第一節でのべたすべての勘定記入は仕訳記帳を通じて行われるのが大陸法の第一要件であったが︑こ

れがここで行なわれている︒

複式簿記は元帳上の諸勘定計算が貸借二面的平均記入がなされる︒諸勘定への分類と貸借平均記入は仕訳︹帳︺を

通じてなされるのであるが︑仕訳記帳で歴史的・暦順的記録がなされるが︑元帳は損益計算︑財政状態表示計算を主

とするものであった︒複式簿記には両機能が完備していなければならない︒

C元帳のストック勘定の記入には七ページにわたる記入がなされていた︒これだけ強大な仕訳記帳があればこそ元

帳の勘定記入は単純化できるものであった︒巻末のバランス勘定記帳については後にふれよう︒ストックという語は

資本とも棚卸在高とも理解できるが︑抽象的な正味身代という差額概念以上に︑具体的な存在を示すものであった︒

ストック(資本︹金︺)勘定は借方側合計と貸方側合計は均衡しておらない︒さきの仕訳からみたように貸方には資

産在高が︑借方には負債在高が示される︒資産在高(貸方総額)は肺叶ω

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叶切であり︑負債在高(借方総額)

立 脚 陸 自 民

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であって︑貸方(資産﹀が拘お虫色町│呂田│包大きい︒これが正味身代であるが︑これを知ろう

としていただろうか︒ここになぜバランス意識がはたらかなかったか︒極めて事実にそくして存在をとらえていた︒

大陸

式決

算法

と英

米式

決算

(12)

立教経済学研究第四一巻三号(一九八八年)

マルコムは﹁このストック(資本)勘定の使用は主として元帳の残高(バランス)をもとのままに保つことにあ

る凶という︒棚卸在高がこの勘定に完全にあらわれるが︑十八世紀初頭での記述としてマルコムは︑このことはすで

に日記帳や仕訳帳のなかに存在していたというが︑仕訳帳を通じて元帳上の勘定が記入がなされ︑両者は対応するこ

とを

示す

対応する諸勘定はいかに多数であろうとも︑仕訳記入技怖の進歩と相まって︑全体がただ一つの勘定である資本勘

定にまとめられるが︑資本勘定は具体的存在表示の勘定であった︒じかしこれは資本勘定が主体的に変動状況をつく

り出すというものではなくて企業資本の価値量の変化とか︑その企業構成要因の質量的変動によって︑資本金勘定状

況は規定されてくるものであった︒

複式簿記は均衡性保持の計算体系として残高勘定がその具体的なあらわれである︒開始残高勘定は閉鎖残高勘定の

裏がえしとして︑記帳の出発点にあった︒いまここで資本勘定がその出発点におかれているが︑借方合計と貸方合計

の数値にちがいがあった︒このアンバランスのうちに正味身代

( Z

2 4

R

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が算

出さ

れる

オープニング・バランス勘定とストック勘定は単なる形式的な差か︑あるいはストック勘定は実体的な勘定で︑形

式的・名目的はバランス勘定とは異なるものか︒ストック勘定は個々の実在勘定に対応して構成されるので︑まさに

実在勘定という規定もなしえよう︒ここで資本︹金︺勘定は実在勘定であるか︑また名目勘定かという問題が出てく

る︒期末における純損益が帰属する勘定であることの理解の仕方︒

実在勘定としての資産と負債において︑蹄冊│齢期H時株という等式がえがかれるが︑実在から実在を引くので︑

その残りも実在であるという考え方もあろう︒また資本勘定は抽象的な差額概念として︑資産のうちに含まれている

(13)

示されるものであった︒ 抽象的な大きさともいえる︒

C

元帳においては積極的には差額部分の算出を行なっていない︒これはつぎのように図

資本勘定の貸方勘定としての独立は東インド会社においては十八世紀に入つてのものであるが︑これによって︑資

本勘定の性格は代ってくるか︒

C元帳にもどるが︑損益勘定において当期純損益が算定されたら︑これを資本︹金︺勘定に振りかえる︒純利益が

この勘定の決算形式を一

四ページに示す︒ 出たので貸方に加える︒このようにして︑貸方残高を︹決算︺残高勘定にふりかえるが︑

(蒔 同) 蹟駄 理出

××

純利益(駒田可思

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という摘要をもって

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××

資 本

という仕訳によって振替転記がなされた︒これによって︑資本勘定は合計すると︑貸方側が借方側よりも帥

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大きく︑これが叶︒

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のという摘要で残高勘定にくり

越し転記されるが︑これが期末の資本額であった︒この仕訳は

(茸 同) 時株

︹品 川︺

××

(鴻 同) 海副

××

となるものであった︒このようにして最終的には残高(バランス)勘定が設けられ︑全体

の在り高が均衡する︒これが最終のバランス︒四

O

七丁のバランス勘定である︒

これをマルコム簿記書によってみよう︒この本では簿記の理論的説明もすぐれている︒

大陸式決算法と英米式決算法 その例はストック勘定の解説の水準は当時において一流であるが︑さらに例題がストック

(14)

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407 Ballance of Ledger C is Dr. Ballance of Ledger C is Cr. 407  317251 ‑01 ‑6 122006‑18‑4 291311‑07‑7 73056‑97‑5 5075‑4‑2 7‑10‑0 14‑16‑4 2:‑8‑0 4‑0‑0 353753‑18‑0 1089427‑4‑1 

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(15)

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という仕訳記入で︑諸負債勘定への記入がなされるが︑貸方記入であった︒ここに資本勘定が記入されるが︑

C

元帳

と同様に借方には負債が︑貸方には資産が示される︒C元帳では﹁諸口﹂という摘要であるが︑マルコムの第一例題

は︑記入例が少ないこともあろうが全勘定科目名が示されている︒﹁現金﹂︑﹁ワイン﹂︑﹁タバコ﹂::・というように︒

いま一七ページに示すものは︑第二例題の元帳の官頭に出てくるストック勘定である︒

これは第一例題に続くように構成されている︒第一例題の元帳の末尾に残高勘定がおかれている︒このバランス勘

定は﹁諸口﹂という摘要ではなく︑吋0

・∞可ともに個別的勘定からなっている︒相当の科目数の記入がなされてい

る︒バランス勘定への個別振替転記がなされた︒そして貸方側の末尾に

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して資本金額が示されて︑借方合計と貸方合計が同額(蜘

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で記入されている︒これが第二例題のストック

勘定となるとき蜘

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lMl早だけ︑すなわち正味資本額を差し引いて図示したような形式となっている︒

ここに最後の勘定として次ぺ

l

ジに残高勘定を示すが︑これは借方︑貸方が対応的になっている勘定式のものを︑

便宜︑借方側を上に︑貸方側を下に示す︒

十月八日よりはじまる第二例題年度は十二月三十日に終るのであるが︑まずストック勘定(一七ページに図示)は

大陸式決算法と英米式決算法

一 五

(16)

立教経済学研究第四一巻三号(一九八八年)

但 出 回

1729 Dec. 30 To Sundry Accounts... The Total of my Gross Estate 2984-17-11~

Bal1ance 

(Creditor)  Bal1ance 

1729 Dec.  30 By Sundry Accounts...The Total  of my Debts 

By Stock...

My present Eree Estate  2712-5-111~ 2721200 

一 六 Snm 2984-17-11~

借方︑貸方が同額であるという形式︒これがまさにバランス勘定であろうが︑貸方 つぎのようにして締切られた︒

﹁私の現在もっている自由な財産として﹂という資本が残高勘定にうつされてゆく

のであった︒これがストック勘定の貸方に行く︒

側は二口となっている︒負債諸勘定の合計額と資本金勘定である︒資本金勘定の在高

分が分離計上されている︒

開始時点のストック勘定はこれを除いている︒これがC元帳でもあった︒さらにこ

れのみをストック勘定にかかげるという方式もある︒以下にみてゆく合同東インド会

社の時代のの

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三 日

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ロ己であった︒

開始時点のストック勘定は︑前期末の閉鎖残高勘定の裏がえしではないが︑形式的

には繰越のストック勘定金額を入れるか入れないのであった︒ストック︹資本金︺勘

定の性格も歴史的に変化するが︑すべての勘定記入を仕訳帳を経由させる点におい

て︑まさに大陸法的決算締切り法であった︒このような締切りの方式はイギリスの当

時の簿記書に説かれている一般的なものであっ桟︹本節における勘定図示と本文

との関係は注意して読まれることをのぞみます︒︺

(17)

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(1

﹀この元帳については︑すでに︑﹁ロジドン束インド会社のC元帳(一六六九J一六七一年)の分析﹂と題して﹃立教経済

学研究﹄第三三巻第四号(昭和五五年十二月)に紹介した︒さらに決算・締切り問題について︑仕訳帳も考察のなかに入れ

て︑

一丹

C元帳の検討を﹁大陸式決算・締切り法の原点

li

十七世紀末葉︑イギリス東インド会社の実務によせて

i﹂とす

る論攻を﹃立教経済学研究﹄第四

O

巻第二号(一九八六年九月)に発表︒本稿でものべているストック勘定とバランス勘定の

体系に注目した︒なお︑これをもととして日本簿記学会第二回関東部会(昭和六十二年三月十四日・一橋大学国立本校におい

て﹀で﹁大陸法の理論的・歴史的考察﹂と題する報告を行った︒

( 2 )

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このマルコム簿記書については前掲の拙稿﹁大陸式決算・締切り法の原点﹂でも詳しくふれた︒十八世紀初頭におけるイギ

リス簿記理論の最高峯に位する著述で︑今日的にみた簿記理論としても立派に適用するものである︒また例題も複式簿記体系

をみごとに画き出すもので︑イギリスに伝統的な決算・締切り法を示している︒

この決算法を示すものとして︑戸出回

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包も 同様 であ る︒

これらは十八世紀のイギリスを代表する簿記書であるが︑一種の大陸法であるイギリス式の締切り法がことごとく論じられ

てい

る︒

大陸式決算法と英米式決算法 B

︒損益勘定は形式的には締切るが︑実在勘定はオープンのままという方式︑ないしは損益勘定も締切らないとい

一七

(18)

立教

経済

学研

究第

四一

巻三

号(

一九

八八

年)

/1

うもの︒イギリス東インド会社と総括的に時ばれるこの企業組織も幾多の企業形態の変遷︑そして合併の過程をへて︑

﹁合同東インド会社Lとして企業形態が定着するまでに︑二つの会社があったが合同指向の一つの段階があった︒

ロンドン東インド会社の末期︑一六九八年にイギリス新東インド会社が組織化される︒この背景は︑チャールズ二

世治下のトlリl党とウ千ツグ党の政争があった︒一六人八年には名誉革命が起るという旧地主勢力と新興産業資本

勢力の争いであるが︑両会社ははげしい競争をなす︒二つの独占の対立というなかで︑競争の不利を悟って合同気運

が出

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る︒

↓七

O

二年にカルテル契約が結ばれ︑九年まで続く︒カルテル契約満了期に両社は合併するのであっ

この時期にロンドン東インド会社のJ元帳が一六九四年七月より一七

O

二一年八月にわたって記帳された︒この元帳 た

について︑ィンディア・オフィス・ライブラリーのガイド・ブックは﹁多くの勘定はイギリス新東インド会社との事

実上の調整を示すものとして︑最終的な締切りはなされていない﹂という︒それに続く

K

元帳は一七

O

三年九月より

一七一三年六月に及ぶものであるが

J

元帳と同様にここでも多くの勘定が締切られていなかった︒問題はどういう種

類の勘定が締切られていなかったかということである︒損益計算が行なわれていなかったというのではなくて︑いく

っかある費用勘定︑収益勘定の締切りはなされて損益勘定に転記されている︒すなわち諸々の商品勘定の商品売﹂買益

は算出され︑損益勘定への振替えはなされている︒なお損益勘定は常設勘定であった︒

これらを集合した損益勘定は第二七三丁と二七四丁に設けられている︒この損益計算と帳簿(勘定﹀の締切り様式

についてみよう︒二七四丁は二七三丁の合計額の繰越しから始まる︒借方は叶︒﹄門的︒

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1∞繰越記入され

(19)

る︒それから借方には四口(その一つには﹁諸口﹂という摘要があるが)の記入が︑貸方にも一つの諸口という摘要

記入があるが︑同様に四口の記入がなされて︑一七一三年六月三十日にいたっている︒

これらの記入はただ書かれただけであって集計がなされていない︒これを合計してみると借方は仇臼お苫

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となる︒貸方合計は仇

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ml 口である︒なぜこの合計の計算と純損益額の計算はしなかったか︒まえにみたよ

うに新会社との資本調整ということがからんで︑あいまいのままにしたか︒また︑この金額はなんらかの方法で知つ

ていたが︑貸方の方が少く︑欠損である︒

KN

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H10という損失であったのであえて算出しなかった︒合併に優利

であるようにということであるか︒前期的資本の危機というより︑二つの独占の競争がそうさせたか︒

初歩的な損益計算さえ行なっていない︒これが終末の悲しさか︒当然に純損益の帰属する勘定もない︒多くの勘定

の締切りがなされていないということのあらわれでもあるが︑第二九五丁︑ニ九六丁には利子元帳││これは受取利

息︑支払利息の両者の記入帳であるがーーが設けられているが︑

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もっていた︒ここでも損益勘定への帰属的振替えはなされたが︑全体としてこの利子元帳勘定も貸借平均せず︑した

がって︑記録のみで︑締切りがなされていない︒

損益勘定一の締切り未完成︒これは決定的で決算そのものが行われていないということとなって︑ここでは大陸法で

も英米法でもない︒形式としては英米法的であるとはいえるのであるが︒

ロンドン東インド会社では新東インド会社と持株の交換関係は充分になされており︑これのみが関心であったと

大陸

式決

算法

と英

米式

決算

(20)

立教

経済

学研

究第

四一

巻三

号(

一九

八八

年)

いえよう︒しかし︑多くの勘定が締切りの形式もととのえず︑さらに損益勘定も決算の内容と手続が極めて不備で︑ 二O

なげやりな記帳になってしまっている︒

ロンドン会社のJ

元帳

K元帳期間に対応するように新東インド会社では︑新会社(あるいは合同東インド会社と

(3

もいわれるが)のA元帳とB元帳があった︒

A元帳は今日失われているが︑

一七

O

コ一

年九

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O

五年五月にわたるものであることが知られている(ガイ

ド・ブック)︒これは参考にできないが︑B元帳がある︒ここではどうい決算方式がとられているか︒これは一七

O

五年六月から一七

O

九年四月までのものである︒これらはロンドン(旧)会社

J‑K

元帳に対応するように新会社の

帳簿として存在したが︑両会社の併存期であって︑全体で三十九巻あるといわれる東インド会社の全史において︑暦

順的にならべられない唯一の時期である︒カルテル契約期︑そして合併指向期であるが︑

一七

O

九年に合同する︒

ここでは新会社のB元帳の決算手続についてみようとしているが︑これまた特異な記帳である︒結論的には損益勘

定の締切りはなされるが︑純損益分は資本勘定に転記すことなく︑このまま次の元帳にくりこされている︒

第一丁に五個の勘定科目があって︑その一つとして残高勘定がある︒これが官頭に位置するというものでなく︑広

義の資本関係勘定として﹀注目

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残高勘定となるものであった︒これは一七

O

五年六月三

O

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借方側には斗

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(21)

る︒借方︑貸方が均衡した複記体系がここにあらわれている︒

この残高勘定は一行の記入があるのみで︑締切りもなされていない︒開始残高勘定ではあるが︑そこへの営業損益

の最終的帰属もなされていない︒そして巻末(二五三了)に閉鎖残高勘定もない︒

損益勘定は第八丁と第二

O

二丁に設けられている︒この損益勘定がどのように結末をつけているか││︑これは決

算手続の中心にたつものである︒

第八丁はA元帳よりの損益の繰越しから始まる︒まず貸方側に一七

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五年六月三

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A元帳の資本勘定に記入し︑資本勘定を増加させる手続をとっていないことである︒すでにのべたように︑A元帳は

存在しないので︑どのような決算記録がなされたかはさだかでないが︑これも合併指向のなかでの記帳として不完全

とも見える記帳をしていたのではなかろうか︒損益勘定の純損益分の繰越という特異な記帳処理からB元帳の損益勘

定の記入がはじまる︒東インド会社の前期的資本の口別損益計算思考は︑全体で二五二丁の元帳のうちの最初の部

分︑すなわち第八丁にすでに損益勘定を設定しているのである︒そしてB元帳記入でも開始記入として開始残高勘定

に対応させている︒その仕訳は

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というものとなる︒

第八丁には借方側には二十七項目︑貸方側に五十六項目が記入されている︒貸方側が満杯となって第二

O

二丁に繰

越すが︑貸方側の最終記帳は一七

O

七年三月十三日のもので切可釦Z04

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(22)

立教

経済

学研

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四一

巻一

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一九

八八

年)

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二丁には︑この第八丁に続く損益勘定が開設される︒借方の官頭には叶︒oERgfF円Foロ喜四円切吋OC四・

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立 ω可申という記入がなされ︑借方と同様

に=一月五日より三十一項目の記入がなされる︒

O

二丁はただ記入がなされたのみで締切りの手続がほどこされず︑純損益の計算もなされていない︒ただ稚拙な

字で小さく︑借方にはN

HU‑u・0︑貸方にはロ岳民10│︒と最後に心おぼえのように書かれているのみである︒B元

帳は決算を行っていないといえる︒日常記帳はなされているが︑決算記帳はなされていない︒これでも複式簿記の一

つの役割りがあるといえよう︒これは計算簿というよりは︑記録H管理簿であった︒

合同合併期という特異性がこのような記帳になったのであろうが︑B元帳はやがて︑合同東インド会社となった最

初の元帳であるC元帳にどのようにうけつがれてゆくか︒

この節ではまことに締切り不充分という状況をみてきた︒すでにみたロンドン会社の元帳では典型的なイギリス的

大陸法を展開しているが︑ここではまことに稚拙な記帳法に終っている︒技術として高度な締切り法は知られている

であろうが︑ここではこれがとられていなかったQこれも歴史の一こまであろうか︒そして︑ここでは形式的には締

切り未完了というものであったが︑これも複式簿記の存在︑機能の一つの形態であろうか︒

( 1 )  

K元娠については﹁ロンドン東インド会社の最終帳簿

(K

元帳)││十八世紀初頭の会社終駕における会計問題の考察

(23)

l

﹂と題して﹃立教経済学研究﹄第三十四巻第三号(昭和五十五年十二月)で︑その概要をみた︒第三節で﹁K元帳における商品勘定﹂の存在様式をみたが︑二九二丁には﹁キャリコ元帳勘定﹂が口別の損益計算をなしていた︒二九七了の﹁支那向け航海勘定﹂も同様であった︒二一八四丁には﹁青しようが(の

88

の宮問︒︒勘定﹂が商品売買損益の計算をなしていた︒この勘定は締切りがなされている︒まさに口別商品名商品勘定であった︒

( 2 )

茂木虎雄前掲論文の第五節﹁十八世紀初頭の合併問題││資本関係勘定に関する若干の考察

l l

﹂九四ページ以下参照

︿3 )

BB元帳ではない︒二リまぎらわしい一元帳││これはロンドン東インド会社の

1

B五巻第三号(一九八一年一二月)に﹁イギリス新東インド会社の会計問題││新会社の元帳(一七

O

l

1については﹃立教経済学研究﹄第三十

一七

O

九)の分析を遥じて││﹂と題して紹介をなした︒ここでは合同指向が勘定にいかに反映し︑表現されているかを多く問題として︑資本関係勘定を主として分析対象とした︒

( 4 )

インディア・オフィス・ライブラリーのレファレンス・ナンバーではロンドン会社のK

元帳 が

﹀¥

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同¥

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O

一二年九月より一七一三年六月におよぶものであるが︑新会社のA元帳は失われていて︑B元帳が一七

O

五年より一七

O

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¥ H

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むという参照番号がついている︒

この旧会社︑新会社の並存︑およびカルテル契約期の帳簿は失なわれたものがあって︑東インド会社全史のなかで歴史的に体系化しようとしても困難が多い︒この間の元帳︑仕訳帳の存在状︑況については﹁イギリス東インド会社の仕訳帳・元帳﹂と

いう資料紹介(﹃立教経済研究﹄第四

O

巻第一号・一九八六年七月﹀の一九八ページ以下参照されたい︒

c

︒十八世紀に入り合同東インド会社となった時代の資本勘定と決算手続き︒ここでは資本金は一二

O

万ポンドと 定められるが︑その初期では資本勘定(寸宮の

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ロンドン東インド会社のものではない︒これは一

O

九年五月より一四年六月にわたるものである︒

第一丁は四個の勘定があるが︑その四番目にこの開始残高を示す資本勘定があった︒

一番目は女王勘定(寸

Z ρ

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日ろで︑アン女王時代のものである︒

二番目は

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大陸式決算法と英米式決算法

(24)

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The General Joint Stock of the United Company of Merchants of England Dr. 

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9770342‑9‑5 

1714 June 30 293 To Proffit 

Loss to even 35884‑9‑3 that accot...  The General Joint Stock of the Unied Company of Merchants of England Cr. 

1709 May 1 By Sundry Accots brought 8570342‑9‑5 from Leger B folio novem. 30 241By' Adventurers Leger Ac‑11 395400‑0

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cot. for 12 p. cent Called in 1711 June 30 102 By Adventurers Leger Ac‑111 395400‑0‑0 cot. for 12 p. cent Called in 

11 9367142‑9‑5 1714 June 30 294 By General Joint Stock carried to Leger D folios 11 445084‑92

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・品

という仕訳が一七

O

九年十一月三十日と一七一一年六月三十日と二回の記入となっている︒これが一七一一年六月三

十日に中締めされている︒この中締めによって前頁の図示から知られるように︑借方の方が四

O

万三千二百ポンド大

きい︒借方側残高というまことに変則的な資本金勘定である︒期末に損益勘定から純損益分

1 1

この

C元帳において

は純損失ーーがこの勘定の借方に振替えられる︒マイナスの純資本額がさらに増大することとなるが︑この資本額が

次の

D

元帳に繰越されてゆくが︑だんだんと資本金勘定らしくなってくる︒これが決算残高勘定を設けない次期繰越

の方法に近づいてくる︒

D元帳における資本金勘定はまことに変則で︑まず借方側の記入からはじまる︒資本勘定は負の資本金勘定とし

て出発する︒これはC元帳からの繰越を︑つけるが︑

釦 町品 品 目O

E│

l ω

であった︒これが一七一四年七月一日になされ︑元帳の期末︑

一七

O

年六月三十日に集合損益勘

定から算出された純利益が礼に∞

g s

ーロ│叫が貸方記入されている︒借方︑貸方アンバランスであるが締切りの形式

がとられている︒

C元

帳︑

D

元帳の変則形式の資本金勘定から出発するが︑日常取引の複式記入は完全に行われている︒このような

なかからストック表示的資本金勘定から一つの抽象的数値を示すの

S O B ‑ H O

E

2 0

R g

c

に変ってくる︒こ

れは実在勘定から名目勘定への転化ということができる︒十八世紀もなかば

I

元帳(一七五

O

年七月より一七五六年

大陸式決算法と英米式決算法

二五

参照

関連したドキュメント

大谷 和子 株式会社日本総合研究所 執行役員 垣内 秀介 東京大学大学院法学政治学研究科 教授 北澤 一樹 英知法律事務所

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

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(消費税法(昭和六十三年法律第百八号)第二十八条第一項(課税標

[r]

②計画.

産業廃棄物の種類 建設汚泥 廃プラスチック類 排    出