科研費特定領域研究「情報統計力学の深化と展開」平成
18
年度研究成果発表会確率伝搬法と量子系の平均場理論
田中和之
1
東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉
6-3-09
1 はじめに
確率モデルを用いた情報処理は画像処理, 誤り訂正符号,移動体通信から確率推論まで様々に拡がりつ つあり, 確率的情報処理として定着しつつある
[1, 2, 3, 4, 5].
近年,この確率的情報処理に統計力学がアル ゴリズム化とその性能の解析を中心に大きな役割を果たし,情報統計力学として急速な深化を始めつつある[6, 7, 8].
情報統計力学における展開のブランチの一つとして確率伝搬法を用いた近似アルゴリズムがあげられる.
確率伝搬法は人工知能における確率推論アルゴリズムのひとつとして提案されたものである
[9].
その後,誤 り訂正符号における高性能の復号方式であるTurbo
符号,低密度パリティ検査符号等とのアルゴリズムと しての構造の等価性から注目を浴びることとなる[10].
そして統計力学における平均場理論との数理構造の 類似性が指摘されるにいたり,情報工学,統計力学,統計科学,数理工学等の各分野の研究者を巻き込んで新 たなる確率的情報処理の近似アルゴリズムの提案に向けて動き出しつつある[11, 12, 13].
平均場理論のひ とつとして材料物性科学において長い歴史をもつもののひとつにクラスター変分法がある[14, 15, 16].
確 率伝搬法がこのクラスター変分法を用いることで一般化された確率伝搬法へと拡張されることが指摘され たことは特に大きな発展ということができる[12, 13, 17].
情報統計力学の次なる目標の一つは量子力学的概念を確率的情報処理に本質的意味において導入するこ とである
[20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30].
確率的情報処理への統計力学的アプローチの本質はた くさんの構成要素が関連しながら集まることで生み出される数理構造の本質を理解し,如何にうまく取り扱 うかにある. 量子力学的概念を確率的情報処理に持ち込む以上,量子力学的状態を伴うたくさんの基本構成 要素の間に相互作用を伴う物理モデル,すなわち量子力学的に拡張された相関を伴う確率モデルに対する計 算アルゴリズムの提案が避けては通れない課題のひとつとなる. そこで,まず考えたい研究テーマのひとつ に,確率的情報処理において大きな成功をおさめた確率伝搬法がはたして量子力学的に拡張された確率的情 報処理にどの程度の範囲で転用できるのかがある.既に述べたとおり確率伝搬法は平均場理論, 特にクラスター変分法と数理的構造において深い関係があ
る
[12, 13, 17].
統計力学において20
世紀半ばからこの平均場理論とクラスター変分法は多くの量子力学的概念に基づいて構成された物理モデルに対して用いられている
[18].
確率的情報処理に量子力学的概念を持 ち込むことにより構成された物理モデルに対して,平均場理論やクラスター変分法を応用することは, これ までの情報統計力学の成功を考えるとごく自然なことである. その出発点として,まず従来の確率伝搬法を そのまま適用することの困難さがどこにあるのか? 量子力学を持ち込むことにより,従来の確率伝搬法で行 われていた操作のどの部分が安易に行ってはならない操作になるのか? そして量子力学的に拡張された確 率モデルに対する平均場理論,クラスター変分法からどのような確率伝搬法のアルゴリズムが定式化される のか? を確認しておく必要がある.本稿では統計力学における量子力学的に拡張された確率モデル,すなわち量子系のクラスター変分法の 量子系に対する定式化を与え, 従来の確率伝搬法の定式化との比較を与える. 第
2
節では1
次元鎖としてつ ながったグラフ上の簡単な量子系の定義を与え, 2次元格子上の確率モデルに写像されることを示すことで, 一見, 確率モデルの量子力学的拡張が従来の確率伝搬法を単純に適用できるわけではないことを説明する.第
3
節では量子系に対するクラスター変分法について説明する. 第4
節では量子系に対するクラスター変分 法が量子力学的拡張が行われていない確率モデル(統計力学でいうところの古典系)
に対してどのような形 で従来の確率伝搬法に帰着されるかについて,その導出の詳細を与える. 第5
節はまとめである.2 1 次元量子系と Suzuki-Trotter 公式
本節では
1
次元鎖上に配置された少数の頂点からなるグラフ上の量子系の統計量が単純に転送行列法す なわち従来の確率伝搬法を用いて厳密に計算することが困難であるかについて説明する.1
e-mail address: [email protected], webpage URL: http://www.smapip.is.tohoku.ac.jp/˜kazu/
確率変数
x 1 , x 2 , x 3 , x 4
を考え,それぞれが0, 1
の2
状態をとり,その結合確率分布(Joint Probability
Destribution)
は以下のように与えられるものとする.P (x 1 , x 2 , x 3 ) = w 12 (x 1 , x 2 )w 23 (x 2 , x 3 )
x
1=0,1
x
2=0,1
x
3=0,1
w 12 (x 1 , x 2 )w 23 (x 2 , x 3 ) (1)
ここで,
x
3=0,1
w 12 (x 1 , x 2 )w 23 (x 2 , x 3 ) = w 12 (x 1 , x 2 )
x
3=0,1
w 23 (x 2 , x 3 ) (2)
という等式が成り立つことから,メッセージを
M 3→2 ( x 2 ) ≡
x
3=0,1
W 23 ( x 2 , x 3 ) , M 1→2 ( x 2 ) ≡
x
1=0,1
W 12 ( x 1 , x 2 ) (3)
と導入すると, たとえば周辺確率分布
(Marginal Probability Distribution) P (x 2 ), P (x 1 , x 2 ), P (x 1 , x 2 )
な どは次のように表される.P(x 2 ) =
x
1=0,1
x
3=0,1
P(x 1 , x 2 , x 3 ) = M 3→2 (x 2 )M 3→2 (x 2 )
x
1=0,1
x
2=0,1
M 3→2 (x 2 )M 3→2 (x 2 ) (4)
P (x 1 , x 2 ) =
x
3=0,1
P (x 1 , x 2 , x 3 ) = W 12 (x 1 , x 2 )M 3→2 (x 2 )
x
1=0,1
x
2=0,1
W 12 (x 1 , x 2 )M 3→2 (x 2 ) (5)
この計算を更に多くの頂点からなる木構造をもつグラフ表現により与えられる結合確率分布に適用してゆ くものが確率伝搬法であり,更にループを伴うグラフ構造により与えられる結合確率分布にも近似アルゴリ ズムとして拡張されている. その基礎は式
(2)
のような等式が成り立つことにある.次に式
(1)
の結合確率分布を量子系に拡張することを考えてみよう. たとえばx i = 0 (i = 1, 2, 3)
をx i = 0| ≡
1 0
, x i = 1 (i = 1, 2, 3)
をx i = 1| ≡ 0
1
というベクトル表現に形式的に置き換える. 同時 に
(x 1 , x 2 ), (x 2 , x 3 ), (x 1 , x 2 , x 3 )
という状態は|x 1 ⊗|x 2 , |x 2 ⊗|x 3 , |x 1 ⊗|x 2 ⊗|x 3
という表現へとそれ ぞれ書き換えられる.これらのベクトル表現とその直積操作を用いると次の
2 3 ×2 3
の行列P
が定義される.P =
x
1=0,1
x
2=0,1
x
3=0,1
w 12 (x 1 , x 2 )w 23 (x 2 , x 3 )(|x 1 ⊗|x 2 ⊗|x 3 )(x 1 |⊗x 2 |⊗x 3 |)
tr
x
1=0,1
x
2=0,1
x
3=0,1
w 12 (x 1 , x 2 )w 23 (x 2 , x 3 )(|x 1 ⊗|x 2 ⊗|x 3 )(x 1 |⊗x 2 |⊗x 3 |) (6)
この行列
P
は非対角成分がすべて0
であり,対角成分とP (x 1 , x 2 , x 3 )
が次の関係式で対応している.P ( x 1 , x 2 , x 3 ) =
x 1 |⊗x 2 |⊗x 3 | P
|x 1 ⊗|x 2 ⊗|x 3
(7)
更に行列A
に対する指数関数をexp(A) ≡ +∞
n=1
1
n! A n (8)
と定義して導入すると式
(6)
の行列表現は次のように書き換えられる.P = exp
− E tr exp
− E (9)
E ≡ E 12 + E 23 (10)
E 12 ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
− lnw 12 (z 1 , z 2 )
δ z
1,z
1δ z
2,z
2δ z
3,z
3|z 1 ⊗|z 2 ⊗|z 3
z 1 |⊗z 2 |⊗z 3 | (11)
E 23 ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
− ln w 23 ( z 2 , z 3 )
δ z
1,z
1δ z
2,z
2δ z
3,z
3|z 1 ⊗|z 2 ⊗|z 3
z 1 |⊗z 2 |⊗z 3 | (12)
ここまでは単に結合確率分布
P (x 1 , x 2 , x 3 )
を新たに2 3
行2 3
列の行列による表現に書き換えたに過ぎ ない. 次にこの行列表現に量子効果を加えた場合を説明する. 関数u 12 (x 1 , x 2 , x 1 , x 2 ), u 23 (x 2 , x 3 , x 2 , x 3 )
を 新たに導入する. 式(10)-(12)
のE
の代わりに次の式で定義される2 3
行2 3
列の行列H
を考える.H ≡ H 12 + H 23 (13)
H 12 ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
u 12 (z 1 , z 2 , z 1 , z 2 )δ z
3,z
3|z 1 ⊗|z 2 ⊗|z 3
z 1 |⊗z 2 |⊗z 3 | (14)
H 12 ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
z
3=0,1
u 23 (z 2 , z 3 , z 2 , z 3 )δ z
1,z
1|z 1 ⊗|z 2 ⊗|z 3
z 1 |⊗z 2 |⊗z 3 | (15)
この行列
H
から2 3
行2 3
列の行列Q
を次のように定義する.Q = exp(−H)
tr exp(−H) (16)
式
(13)-(16)
で定義される行列Q
は量子統計力学では密度行列(Dencity Matrix)
と呼ばれる. 一般に密度行列により表される量子力学に基づく体系を総称して量子系と本稿では呼ぶことにする.
密度行列
Q
は非対角項が非零の値を持つことがあるためtr exp
− H 12 − H 23
= tr exp
− H 12 exp
− H 23
(17)
のような等式はもはや一般には成り立たなくなる. 指数関数の定義を用いるとexp
− H 12 − H 23
= exp
− H 12 exp
− H 23 +
H 23 H 12 − H 12 H 23
+ · · · (18)
という形にO(1)
の補正項が残ってしまう. そこで通常はSuzuki-Trotter
公式(Suzuki-Trotter Formula)
と呼ばれる次の公式が用いられる[19, 31].
exp − 1
n H 12 − 1
n H 23 n
= exp − 1
n H 12 exp
− 1
n H 23 n
+ O(n −1 ) (n→ + ∞) (19)
この公式を用いると, 例えば式
(16)
の分母tr exp(−H)
は次のように書き換えられる.tr exp(−H) = lim
n→+∞ tr exp − 1
n H 12 exp
− 1
n H 23 n
= lim
n→+∞
{a
i,j|i=1,2, j=1,2,···,n}
a 1,1 | exp( − 1
n H 12 ) |a 2,1 a 2,1 | exp( − 1
n H 23 ) |a 1,2
× a 1,2 |exp(− 1
n H 12 )|a 2,2 a 2,2 |exp(− 1
n H 23 )|a 1,3
×· · ·
× a 1,n |exp(− 1
n H 23 )|a 2,n a 2,n |exp(− 1
n H 23 )|a 1,1 (20)
式(20)
は実は次の量に対応づけられる.tr exp( −H ) = lim
n→+∞
{x
i,j|i=1,2, j=1,2,···,n}
n j=1 y=0,1
v 12 ( x 1,j , x 2,j , x 1,j+1 , y ) v 23 ( y, x 3,j , x 2,j+1 , x 3,j+1 )
(21)
v 12 ( ξ 1 , ξ 2 , η 1 , η 2 ) ≡
ξ 1 |⊗ξ 2 | exp( − 1
n H 12 )
|η 1 ⊗|η 2
(22) v 23 (ξ 2 , ξ 3 , η 2 , η 3 ) ≡
ξ 2 |⊗ξ 3 | exp(− 1
n H 34 )
|η 2 ⊗|η 3
(23)
この場合2 3
行2 3
列の行列exp(− n 1 H 23 )
I⊗exp(− n 1 H 23 )
を対角化することになる. しかし,これが計 算できるのであればそもそも行列
exp(−H 23 − H 23 )
の対角化ができることになり,計算量的には何ら代わ らないことになる.一方,式
(21)
における量子系と古典系の対応関係をみると,式(16)
の量子系の統計量の計算は,等式(16)
から確率変数x = {x 1,1 , x 2,1 , x 3,1 , x 1,2 , x 2,2 , x 3,2 , · · ·, x 1,n , x 2,n , x 3,n }
に対する結合確率分布Q(x) =
n j=1 y=0,1
v 12 (x 1,j , x 2,j , x 1,j+1 , y)v 23 (y, x 3,j , x 2,j+1 , x 3,j+1 )
{x
i,j|i=1,2, j=1,2,···,n}
n j=1 y=0,1
v 12 (x 1,j , x 2,j , x 1,j+1 , y)v 23 (y, x 3,j , x 2,j+1 , x 3,j+1 ) (24)
の分母が
tr exp( −H )
に関係づけられることがわかる. しかしながら, 式(24)
で与えられる確率モデルに対して一般化された確率伝搬法のアルゴリズムを書き下してみるとメッセージが
3
変数の関数になり,メッ セージ更新規則の1
回の計算量は2 3
通りの状態の和を含むこととなる. つまり計算量的にはもともとの量 子系を計算するのと手間が変わらないことになる.本節では
3
個の確率変数x 1 , x 2 , x 3
からなる結合確率分布P (x 1 , x 2 , x 3 )
から出発し,それを量子系の 密度行列Q
に拡張した場合を例にあげ,何故,古典系に対する確率伝搬法(すなわち統計力学で言うところ
の転送行列法)をそのまま量子系に適用することが困難である理由を説明した. この状況は木構造をもつグ ラフ表現上で与えられた量子系一般に言えることなのである.3 量子系のクラスター変分法
N
個の頂点1 , 2 , · · ·, N
を考え,そのうちいくつかの頂点間が線分により結ばれているグラフを考える.線分により結ばれた頂点対を隣接頂点対と呼ぶことにする. 頂点
i
と頂点j
が線分により結ばれるとき,そ の隣接頂点対をij
という記号により表すことにする. すべての頂点からなる集合をΩ = {1, 2, · · ·, N},
す べての隣接頂点対からなる集合をB
によりそれぞれ表す. 各頂点i
には|0 ≡
1 0
と
|1 ≡ 0
1
という
2
つのベクトル表現により与えられた状態のいずれかをとるものとする. この状態をもとに2 N
行2 N
列の 行列H
を以下のように導入する.H ≡
ij∈B
H ij (25)
H ij ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
u ij (z i , z j , z i , z j )
× N
k=1
δ i,k + δ j,k + (1 − δ i,k − δ j,k )δ z
k,z
k×
|z 1 ⊗|z 2 ⊗· · ·⊗|z N
z 1 |⊗z 2 |⊗· · ·⊗z N |
(26)
行列H
から2 N
行2 N
列の試行行列R
に対する量F [R] = trR
H + lnR
(27)
を導入するとarg max R
F[R] trR = 1
= Q (28)
Q ≡ exp( −H )
tr exp(−H) (29)
という等式が得られる. 量子統計力学において
H
はハミルトニアン,Q
は密度行列,F [ Q ] = − ln
tr exp( −H )
は自由エネルギーに対応するものである.密度行列
Q
に対する縮約密度行列(Reduced Density Matrix) Q i ≡ tr \i Q , Q ij ≡ tr \ij Q
を以下のよ うに導入する.x i |Q i |y i = x i |tr \i Q|y i
≡
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
N k=1
δ i,k δ z
k,x
kδ z
k,y
k+ (1 − δ i,k )δ z
k,z
k×
z 1 |⊗z 2 |⊗· · ·⊗z N | Q
|z 1 ⊗|z 2 ⊗· · ·⊗|z N
(30) x i |⊗x j |
Q ij
|y i ⊗|y j
=
x i |⊗x j | tr \ij Q
|y i ⊗|y j
≡
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
N k=1
(δ i,k + δ j,k )δ z
k,x
kδ z
k,y
k+ (1 − δ i,k − δ j,k )δ z
k,z
k×
z 1 |⊗z 2 |⊗· · ·⊗z N | Q
|z 1 ⊗|z 2 ⊗· · ·⊗|z N
(31)
これらの縮約密度行列を与えられたQ
から厳密に計算するためには2 N
行2 N
列の行列の対角化を行 う必要があり,その計算量はN
とともに指数関数的に増大してしまう. 本節の以後の部分では与えられたQ
からその縮約密度行列Q i
およびQ ij
を求める近似アルゴリズムをクラスター変分法の立場から与える.式
(26)
の2 N
行2 N
列の行列H ij
はz 1 |⊗z 2 |⊗· · ·⊗z N | H ij
|z 1 ⊗|z 2 ⊗· · ·⊗|z N
は
z k = z k ( k = i, j )
に対してのみ非零の値をもち,その値はz i , z j , z i , z j
のみに依存する関数であることを考慮すると 次の2
行2
列の行列表現に書き換えることができる.H ij ≡
z
i=0,1
z
j=0,1
u ij (z i , z j , z i , z j )
|z i ⊗|z j
z i |⊗z j |
(32)
この表現と式(31)
および式(30)
を用いると式(27)
のF[Q]
はF[Q] =
ij∈B
trQ ij H ij + trQlnQ (33)
と書き換えられる.
式
(33)
の右辺の第2
項のS[Q] ≡ −trQlnQ
は量子統計力学におけるエントロピーに対応するが,クラ スター変分法ではこれを式(31)
および式(30)
のQ i , Q ij
を用いて次のように近似される.S[Q] ≡ −trQlnQ −
i∈Ω
trQ i lnQ i −
ij∈B
trQ ij lnQ ij − trQ i lnQ i − trQ j lnQ j
(34)
すなわち,式(33)
のF[Q]
の近似量として次の式で定義されるF Bethe
{Q i , Q ij }
を考える.
F Bethe
{Q i , Q ij }
≡
ij∈B
trQ ij H ij +
i∈Ω
trQ i lnQ i +
ij∈B
trQ ij lnQ ij − trQ i lnQ i − trQ j lnQ j (35)
式(31)
および式(30)
のQ i , Q ij
は以下の等式が成り立つことが要請される.Q i = tr \i Q ij , Q j = tr \j Q ij , trQ ij = 1, trQ i = 1 (36)
ここで記号tr \i Q ij
およびtr \j Q ij
は具体的には次のように定義される.x i |tr \i Q ij |y i ≡
z
i=0,1
z
j=0,1
z
i=0,1
z
j=0,1
δ z
i,x
iδ z
i,y
iδ z
j,z
jz i |⊗z j | Q ij
|z i ⊗|z j
(37)
x j | tr \j Q ij |y j ≡
z
i=0,1
z
j=0,1
z
i=0,1
z
j=0,1
δ z
i,z
iδ z
j,x
jδ z
j,y
jz i |⊗z j | Q ij
|z i ⊗|z j
(38)
クラスター変分法では式
(36)
を拘束条件として式(35)
のF Bethe
{Q i , Q ij }
を最小化するように決定 された
Q i , Q ij
を式(31)
および式(30)
のQ i , Q ij
に対する近似として計算される.{ Q i , Q ij } = arg min
{ Q
i, Q
ij}
F Bethe
{Q i , Q ij } Q i = tr \j Q ij , Q j = tr \i Q ij , trQ ij = 1, trQ i = 1 (i∈Ω, ij∈B)
(39)
式(36)
の拘束条件に対してラグランジュの未定乗数L ij,i , L ij,j , λ ij , λ i
を次のように導入する.L Bethe
{Q i , Q ij }
≡
ij∈B
trQ ij H ij +
i∈Ω
trQ i lnQ i +
ij∈B
trQ ij lnQ ij − trQ i lnQ i − trQ j lnQ j
+
ij∈B
tr L ij,i
Q i − tr \i Q ij
+ tr L ij,j
Q j − tr \j Q ij
+
i∈Ω
λ i
tr Q i − 1
+
ij∈B
λ ij
tr Q ij − 1
(40)
式
(40)
の極値条件を求めることによりQ i
とQ ij
は次のように与えられる.Q i = exp
1
|c
i|−1
k∈c
iL ik,i
tr exp 1
|c
i|−1
k∈c
iL ik,i
(i∈Ω) (41)
Q ij = exp
− H ij + L ij,i ⊗I + I⊗L ij,j
tr exp
− H ij + L ij,i ⊗I + I⊗L ij,j ( ij∈B ) (42)
式
(41)
および式(42)
の{L ij,i , L ij,j |ij∈B}
に対してL ij,i =
k∈c
i\{j}
C k→i , L ij,i =
k∈c
i\{j}
C k→i (43)
という形で
{C i→j , C j→i |ij∈B}
への変数変換を考える. これにより式(41)
および式(42)
は次のような表 式に書き換えられる.Q i =
exp
k∈c
iC k→i
tr exp
k∈c
iC k→i ( i∈ Ω) (44)
Q ij = exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j
tr exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j
( ij ∈B ) (45)
最後に式
(42)
と式(45)
を式(36)
の第1
式および第2
式に代入することにより{C i→j , C j→i |ij∈B}
に 対する決定方程式が導かれる.exp
k∈c
iC k→i
tr exp
k∈c
iC k→i
=
tr \j exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j
tr exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j
( ij∈B ) (46)
exp
k∈c
jC k→j
tr exp
k∈c
jC k→j =
tr \i exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j
tr exp
− H ij +
k∈c
i\{j}
C k→i ⊗I +
k∈c
j\{i}
I⊗C k→j (ij∈B) (47)
2
行2
列の行列{C i→j , C j→i |ij ∈B}
は量子系における有効場(Effective Field)
と呼ばれる量である.4 確率伝搬法と量子系のクラスター変分法
本節では量子系におけるクラスター変分法が従来の確率モデル
(グラフィカルモデル)
に対してどのよ うにして確率伝搬法に帰着されるかについて概説する. 従来の確率モデルは一般に量子系の特別の場合とし て与えられることができる. すなわち, 従来の確率伝搬法は量子系に対するクラスター変分法の特別な場合 として与えられる.式
(26)
のu ij (z i , z j , z i , z j )
をu ij (z i , z j , z i , z j ) ≡ −δ z
i,z
iδ z
j,z
jlnw(z i , z j ) (48)
により定義すると式(25)-(26)
で定義される2 N
行2 N
列の行列H
の非対角成分はすべて0
となってしま う. すなわち式(29)
のQ
も非対角成分はすべて0
となってしまう. 行列H
と行列Q
の対角成分はx 1 |⊗x 2 |⊗· · ·⊗x N | Q
|x 1 ⊗|x 2 ⊗· · ·⊗|x N
= ij∈B
w ij (x i , x j )
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1 ij∈B
w ij (z i , z j ) (49)
により与えられる. すなわち,この場合には密度行列
Q
が頂点集合Ω
と隣接頂点対B
により定義された グラフ上で確率変数{x 1 , x 2 , · · ·, x N }
の確率分布P(x 1 , x 2 , · · ·, x N ) = ij∈B
w ij ( x i , x j )
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1 ij∈B
w ij (z i , z j ) (50)
により与えられた確率モデル
(グラフィカルモデル)
に帰着されることを意味している.x 1 |⊗x 2 |⊗· · ·⊗x N | Q
|x 1 ⊗|x 2 ⊗· · ·⊗|x N
= P ( x 1 , x 2 , · · ·, x N ) (51)
縮約密度行列Q i ≡ tr \i Q, Q ij ≡ tr \ij Q
もその定義である式(30)
および式(31)
からやはり非対角成 分はすべて0
である. 縮約密度行列の対角成分x i |Q i |x i
およびx i |⊗x i |
Q ij |x i ⊗|x j
は式(50)
の確 率分布P (x 1 , x 2 , · · ·, x N )
の周辺確率分布P i (x i ) ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
δ x
i,z
iP (z 1 , z 2 , · · ·, z N ) (52)
P ij (x i , x j ) ≡
z
1=0,1
z
2=0,1
· · ·
z
N=0,1
δ x
i,z
iδ x
j,z
jP (z 1 , z 2 , · · ·, z N ) (53)
にそれぞれ等しくなる.
x i |Q i |x i = P i (x i ) (54) x i |⊗x i |
Q ij |x i ⊗|x j = P ij (x i , x j ) (55)
式(36)
の拘束条件の中でQ i = tr \i Q ij , Q j = tr \j Q ij
の両辺の非対角成分については両辺とも0
とな り, 自動的に成り立つことから対角成分のみの等式が拘束条件として意味を持つ. なのでx i |C i→j |y i = δ x
i,y
ilnM i→j (x i ) (56)
x i | Q i |y i = δ x
i,y
iQ i ( x i ) (57) x i |⊗x j | Q i
|y i ⊗|y j
= δ x
i,y
iδ x
j,y
jQ i (x i , x j ) (58)
という表現として与えられ,式(44)-(46)
は以下の形に帰着される.Q i ( x i ) =
k∈c
iM k→i ( x i )
z
i=0,1
k∈c
iM k→i ( z i ) ( i∈ Ω) (59)
Q ij (x i , x j ) = k∈c
i\{j}
M k→i (x i )
w ij (x i , x j )
k∈c
j\{i}
M k→j (x j )
z
i=0,1
z
j=0,1 k∈c
i\{j}
M k→i ( z i )
w ij ( z i , z j )
k∈c
j\{i}
M k→j ( z j )
(ij∈B) (60)
M j→i (x i )
z
i=0,1
k∈c
iM k→i (z i ) =
z
j=0,1
w i,j ( x i , z j )
k∈c
j\{i}
M k→j ( z j )
z
i=0,1
z
j=0,1 k∈c
i\{j}
M k→i (z i )
w ij (z i , z j )
k∈c
j\{i}
M k→j (z j )
(ij∈B) (61)
M i→j (x j )
z
j=0,1
k∈c
jM k→i (z j ) =
z
i=0,1
w i,j (z i , x j )
k∈c
i\{j}
M k→j (z i )
z
i=0,1
z
j=0,1 k∈c
i\{j}
M k→i (z i )
w ij (z i , z j )
k∈c
j\{i}
M k→j (z j )
(ij ∈B) (62)
更に
{μ i→j (x j ), μ j→i (x i )|ij ∈B}
をμ i→j (x i ) ≡ M i→j (x j )
z
j=0,1
M i→j (z j ) , μ j→j (x j ) ≡ M j→i (x i )
z
i=0,1
M j→i (z i ) (63)
により導入すると,式
(59)-(62)
は以下の様な表式に帰着される.Q i ( x i ) =
k∈c
iμ k→i (x i )
z
i=0,1
k∈c
iμ k→i (z i )
( i∈ Ω) (64)
Q ij (x i , x j ) = k∈c
i\{j}
μ k→i (x i )
w ij (x i , x j )
k∈c
j\{i}
μ k→j (x j )
z
i=0,1
z
j=0,1 k∈c
i\{j}
μ k→i ( z i )
w ij ( z i , z j )
k∈c
j\{i}
μ k→j ( z j )
(ij ∈B) (65)
μ j→i ( x i ) =
z
j=0,1
w i,j (x i , z j )
k∈c
j\{i}
μ k→j (z j )
z
i=0,1
z
j=0,1
w i,j ( z i , z j )
k∈c
j\{i}
μ k→j ( z j ) ( ij∈B ) (66)
μ i→j (x j ) =
z
i=0,1
w i,j (z i , x j )
k∈c
i\{j}
μ k→j (z i )
z
i=0,1
z
j=0,1
w i,j (z i , z j )
k∈c
i\{j}
μ k→j (z i ) (ij∈B) (67)
式
(64)-(67)
はにより決定されるQ i (x i )
とQ ij (x i , x j )
は式(50)
の確率分布P(x 1 , x 2 , · · ·, x N )
の周辺確率 分布P i ( x i )
およびP ij ( x i , x j )
に対する確率伝搬法による近似値(グラフが 1
次元鎖または木である場合は 厳密解)になる.5 まとめ
本稿では統計力学における量子力学的に拡張された確率モデル,すなわち量子系が古典系と比べてどの ように難しくなるかを説明し,更にクラスター変分法の量子系に対する定式化を与えた. 更に,量子力学的 拡張が行われる前の確率モデル
(いわゆる古典系)
に対して, この量子系に対するクラスター変分法からど のようにして従来の確率伝搬法が導かれるかの導出の詳細も説明した.今後はこれらのクラスター変分法の量子系を視野に入れた定式化を具体的な確率的情報処理の個別の問 題へと適用する試みが進められてゆくことが想定される. そのなかで個別の問題に内在する難しさに応じて 具体的な量子情報統計力学としての近似アルゴリズムとして作り込まれることにより,クラスター変分法が 更に洗練されたものとして深化して行くことが期待される.
謝辞
本研究の一部は文部科学省科学研究費補助金