Adam Smith試論 : 『修辞学講義』における「文学
」の政治性
著者 金津 和美
雑誌名 主流
号 63
ページ 17‑30
発行年 2002‑03‑15
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015183
Adam S m i t h 試論
『修辞学講義』における「文学」の政治性一一
金 津 和 美
本論文は, Adam SmithのLectureson Rhetoric αnd Belles Lettres1を 中心に ,
r
文学」が18世紀英国において,近代資本主義社会の成立を肯定,促進する知として生産される過程を検証する.
Raymond Williamsは「丈学」という問題の難しさは,その語の意味の自 明性にあると言う.例えば,大学の英文学の授業は,主に詩,小説,戯曲と いった,いわば"creativeor imaginative writing"を読むことであり,その 他のテキストは "generalor discursive" (185‑86)なものとして扱われること は少ない.しかしながら,
r
文学J
という語の歴史的意義の変遷を考察すれば,つまり, 18世紀には「文学」が,現代では総括的で散漫と見なされる文章を 含む,書き物一般を示していたという事実を考慮に入れれば,
r
文学J =
「想像的書き物」とする特定化はそれ程自明なものではない。「文学
J
の自明 性を問うこと,それは「文学Jを社会史的,文化史的問題として考察することによって可能であると Williamsは指摘する(186).
Williamsと同様 PaulKeenは「文学」が真理を表わす創造的芸術のー領 域として範醇化されていく時期を,ロマン主義運動の台頭期と同定している.
ロマン主義が体現する普遍的な価値への批判,つまりロマン主義の「自然な る超自然
J 2
は,特定の権力を表象する恋意的かつ観念的な構築物にすぎな いという指摘は,ポスト構造主義,また新歴史主義的立場を取る多くの批評 家達によってなされてきた.こういった批評家たちによるロマン派研究は主 に,従来の文学的正典に属さない作者,作品の重要性を強調するか," displacement"の詩学の議論にみられるように,文学作品が同時代の社会
18
的状況から自立した統一性を獲得するために用いられた,様々な理論的手法 の解明に従事した.前者はロマン主義的イデオロギーへの批判とは反対に,
むしろその補強という結果を招きがちだし,後者もまた,その考察が近代以 降の「文学」観の成立を前提としていたために不十分であると Keenは言う.
従って Keenが対象とするのは,もはやロマン主義を形成する文学作品の系 譜学ではなく,英国急進主義の拠点となった LondonCorrespondence Societyや当時の定期刊行物に見られる,改革の手段として用いられる「文 学
J
の社会的機能である.そして1790年代における "engineof reform"とし ての「文学」の定義の多様化,それに伴う,商業資本に対して想像力という精 神的資本に基く改革を試みる "menof letters"の誕生、このような過程を通じて,ロマン主義的な意味での「文学」が生産されたのだとする.
本論では Keenと同じ見地に立ち,その議論をさらに発展させるために Adam Smithに焦点をあてる.従来 Smithは古典経済学の祖として一般に 認められ,
r
文学研究」の対象から最も遠い人物の一人であった.しかし, 18 世紀当時においては,彼は経済学者ではなく,道徳哲学,また修辞学の教授として知られていたのであり,さらに, Robert Crawfordによれば,大学 教育科目としての「英文学」の設立は Smithの功績に帰されている.1707年 の統合, 1745年の小僧主王の反乱鎮圧以後,スコットランドの統合化政策 が強化されていく一方で,多くのスコットランド有産階級の子弟が,立身出 世の地をロンドンに求め,成功のためにイングランド人と同じ振る舞い,話 し方を身に付けることを必須とした.こういった祖国の野心ある青年達の要 求に応え, 1751年に Smithはグラスゴ一大学で,古典のみならず英国の詩 人や作家をも論じる,新しい形式の修辞学を開講したのである .The Weαlth of Nations3やTheTheory of Moral Sentiments4といった他著作と 同様,この修辞学講義も Smithの英国社会の文明化に向けた改良計画の一 環であり,また教育科目としての「英文学
J
は,英国帝国の繁明期にあって,その植民地主義を容易にする手段として,スコットランドにおいて発明され
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たのだと Crawfordは主張する.
Crawfordの議論は,ここ十数年における Smith研究の関心の推移,
Smithを経済学史の文脈にのみ限定するのではなく,西洋資本主義文明の 発生に関わる広範な影響関係の中に論じようとする試みの一例である.
Smith再考の興味深い例として, Stephen Copleyを始め文学研究者を中心 とした ,Adαm Smith' s Wealth of Nations: New Interdisplinαry Essα:ys (1995)が挙げられる.この論集の序文でCopleyが述べるように, 1980年代 のサッチャー・レーガン保守政権以降,その市場原理に基く経済政策への支 持,同時に批判という異なる視点からSmithのW Nが援用されてきた.
W Nにおいて相異なる読みが共存しえるのは,テキストそのものが,互い にせめぎあう多様な言説の総体として成り立っているからである.Copley は,このようなテキストに内在する葛藤を解明するのに,文学研究の分析方 法を適用することが有効であり,それによって W Nというテキストが生産 された文化的土壌一政治的,経済的統一体として現れる資本主義社会,ま たそれを構成する個の自由や同一性が問題とされる文化の領域ーが明ら かにされると述べる.
本論もまた,このようなSmith再考の一環として,彼の修辞学講義記録 (LRBL)を分析するえそこにおいて異なるレベルの言説一政治的,経済的,
社会的言説ーが対立,交渉する複雑な関係を検証することで,啓蒙主義の 知として生産された「文学」が担う文化的機能を解明することができるであろ う. A. Goldgerが述べるように,国境を越え,政治的利害を超えた, 17 世紀の "Republicof Letters"という純粋に平等な知的共同体の理念は, 18 世紀の啓蒙主義とともに,社会改革という政治的意図を持つ知的支配者階級 の理念へと変化する. そして Keenは,ロマン主義以降の「文学」観の誕生 色 啓 蒙 主 義 的 "Republicof Letters"の理念が, 1790年代急進主義運動の 改革推進手段として転用される様々な方法として論じ,
I
文学」においてその 政治性が隠蔽されていく過程を明らかにした.本論は Goldgerの議論が終わり.Keenの考察が始まる,その接点に注目する.つまり,
r
文学J
の自明 性への聞いを,啓蒙主義における「文学J
の政治性の検証として試みる.*
1755年に刊行された EdinburghReview創刊号の序文において Smith は,スコットランドの科学の進歩を妨げる障害の一つを, "the difficu1ty of a proper expression in a country where there is either no standard of language, or at least one very remote"とし "acorrect and even an elegant stile" (Smith, Essαys,230)の習得を促している。彼は国家繁栄のた めには,商業の発展と科学の進歩が相伴わなければならないと信じ,祖国ス コットランドの,ひいては英国国家全体の文芸復興を支えることを,啓蒙主 義者としての責務とした.そして同じく科学や文芸の保護育成という動機に 基き,グラスゴ一大学での修辞学講義(1751‑63)を開講するのである.
Smithは始め,修辞学の教授としてグラスゴ一大学に迎えられたが,担 当者の病死により道徳哲学の授業も兼任することになる.Smithの道徳哲 学の講義二は4つの内容ー自然哲学,倫理学,法学,政治学ーに分類され,
そのうち倫理学に関しては, 1759年に TMSとしてまとめられて出版され た.また後者のこっ,法と国体についての議論の一部は,学生の講義記録 (Lectures on Jurisprudenceりから.1776年に出版されたW Nの原型である ことがわかる.道徳哲学は,午前中に試験と一緒に行われる "publicclass" , いわば一般科目であり.Smithは週3回午後から,道徳哲学を履修した学 生のみを対象に "privateclass"として修辞学を講じた.従って学生達は 修辞学を,以前学んだ Smithの倫理,法,政治経済の理論と比較分析し,
その議論を補うものとして受講したのである.
Smithの修辞学が道徳哲学と結び、つく一つの点として,文体と人格の一 致の原理がある.LRBLにおいて,年長者にふさわしい威厳に満ち,簡明 直裁な "plain"な人格と,若者にふさわしい,礼儀正しく,しかし,感情
21
を素直に示す "simple"な人格,この二つの人格の相違について論じられる (LRBL 36‑37).そして,それぞれの人格を代表する文体として,前者につ いては JonathanSwiftを,後者にはWilliamTempleを挙げ,両者の文体 を賞賛する(LRBL40・41).しかし一方で、,当時評価の高かったShaftesbury の 文 体 を , そ の 街 学 性 ゆ え に 批 判 す る . 古 典 か ら の 引 用 に た よ る Shaftesburyの文体の弱さを,彼の健康不振のせいだとし,肉体的に虚弱で あったために,一貫した文体を確立するのに必要な思考に耐える強靭な精神,
人格を持ち得なかったのだと言うのである(LRBL58).
さらに Smithは,この文体と人格の一致の原理を社会的レベルにまで発 展させる.つまり,国体と文体の一致を指摘し,古代ギリシヤのデモステネ スと,ローマ共和制末期のキケロを比較する.民主化が進み,商業の発展に より繁栄を極めたアテネでは,
r
劇場手当て」に見られるように,生産的な勤 労を蔑み,享楽的な生活を追い求める風潮が広まった.このように退廃,堕 落したアテネ市民に,マケドニアの脅威を告げ,侵略に対して闘うよう戦意 を鼓舞するため,デモステネスの文体は重々しく威厳があり,かつ同胞に語 りかけるような気安さがあると Smithは主張する(LRBL149‑50).反対に,キケロの時代のローマは,さらなる商業の発展と民主化により,アテネに見 られるような市民階級と奴隷階級との区別が失われると同時に,貧富の差に 基く新たなる階級の分化‑"People of fashion"と "theRabble and Mob"
(LRBL 155)の二極化ーが現れた.上層階級が,下層階級に対してその地 位の高さを誇示するように,キケロの演説も聴衆に自らの卓越性を示す気取
りのある,壮麗な文体で構成されていると Smithは言う.
興味深いのは,国体と文体の一致は法廷弁論(JudicialEloquence)におい て最も顕著であるとして,古代ギリシヤ・ローマと近代英国の法制度と文体 の比較を行っている点である.LJでは,古代共和制国家の崩壊,そしてそ の後の貴族制,封建制,絶対王制国家の盛衰を通じて失われた自由が,ジェ ームス I世即位以降,英国でいかに回復されたかについて論じられる.そし
て, Smithは王朝の統ーによって可能となった "systemof liberty"の重要 な一部として,司法権の王権からの分離を挙げる(LJ265/271).同様に LRBLでも,英国における司法権の独立を冗hegreat advantage which modern times has over antient" (LRBL 176)と述べ,英国民の自由,財産,
生命を守り,広範な商業活動を許す,高度に文明化された社会に適切な制度 であると賞賛する.従って近代英国の法廷では,古代ギリシヤ・ローマとは 異なり, 冶nyof the Floridity or other ornamentall parts of the old Eloquence"とは無縁の "aplain, distinct, and perspicuous Stile" (LRBL 196)が評価される.自由かっ秩序ある近代商業国家として,英国市民は "a calm, composed, unpassionate serenity noways ruffled by passion"といっ た"politeness"が求められ, Smithはこのような英国的な徳性にふさわし い文体として "naturaland plain order"なものを習得するよう学生に奨 励するのである(LRBL197圃98).
それでは,この "naturaland plain"な文体とは,どのようなものであろ うか.Smithは,良い文体の特質として "perspicuity"の重要性を強調し,
この文体の「明快さ
J
は,作者の意図が読者に汲み取られる「自然さJ (
"the sense of the author flow naturally upon our mind" [LRBL 6])にあると説明 する.とすれば,この意味作用の「自然さ」はいかにして生じるのか.その答 えを Smithは「共感J (
"sympathy" )の原理に求める.例えば,When the sentiment ofthe speaker is expressed in a neat, clear, plain and clever manner
,
and the passion or affection he is poss (ess)ed of and intends, by sympαthy, to communicate to his hearer, is plainly and clevery hit off, then and then only the expression has all the force and beauty that language can give it. (LRBL 25・26)と述べ,文章の良し悪しは用いられる比檎ではなく,
r
共感」による感情の伝 達にあるとする.すなわち,r
明快J
な文体の「自然さ」は,表現と感情の一致,あるいは話者と聴者の聞に生まれる共感関係であると考えられる.
23 この「共感」の原理が, Smithの修辞学のみならず,道徳哲学の根幹を成 すと言うことに注目すべきであろう.LRBLにおいて,感情の表現と伝達 の「明快さ
J
という "common sense"について "allthe rules of Criticism and morality when traced to their foundation, turn out to be some Principles of Common Sense" (LRBL 55)と,完全な文体に関する原理が,道徳の問題にも適応される原理と同様であると述べているように, TMSに おいて論じられるのは,
I
共感」によって社会的秩序が成立する過程である.他者の立場に立ち,相手を思いやることで生じる「共感」が,両者の問の調和,
ひいては社会の調和をもたらす.さらに,
In order to produce this concord, as nature teaches the spectators to assume the circumstances of the person principally concerned, so she teaches this last in some measure to assume those of spectators.(τ'MS 22)
と,人聞は本性として他人の立場に共感することのみならず,自分を傍観す る他人を想像することを自然に学ぶ.想定上の傍観者"impartialspectator"
への共感同化を通じて,自己の行動や感情の「適切さ
J (
"propriety" )を監視 し,その結果,社会全体の秩序が維持されるのだとする.そして Smithは, このような「共感」の原理に従って,社会秩序に適切な感情や行為が肯定され,不適切なものは罰し排除される仕組みを,造物主("The Author of nature") によって与えられた,社会の安寧,調和を求める人間の本性を実践する自然 の機構("the oeconomy of nature" )と呼んでいる(TMS77).
Smithの議論に頻繁に用いられる「自然さ
J (
門natural" "naturally")は, それが特定の事象を排除,否定することにより,想像されたものであるとい う点で問題である.例えば, W Nにおいて市場主義に基く商業活動を,労 働が自然に流通することで,富が平等に分配される "naturalliberty"とい う仕組として肯定する.しかし現実には,商品の市場価格は,自然な自由競 争において想定される価格(冶aturalprice" )とは常に異なり, Smithはその差異が政府の誤った重商主義的経済政策に起因すると言う.さらに,社会 の発展段階として,農業一工業ー商業という過程を経るのが必然("the natural course of things" [WN 38])であるにもかかわらず,実際には重商 主義政策のため,この過程は全く反転されている.その一例として英国のア メリカ植民地について言及し,
The rulers of Great Britain have, for more than a century past, amused the people with the imagination that they possessed a great empire on the west side of the Atlantic. This empire
,
however,
has hitherto existed in imagination only. (WN 946・47)と,植民地政策に基く帝国の繁栄は虚妄にすぎないと厳しく批判する.つま り,
、
aturalliberty"と表象される想像上のシステムを,実際に存在する システムに対して,より自然で,必然的なものとして対置させるため,Smithは"natural"という語を,
I
現実的なもの」と「想像的なものJ
との区別 を無効にする言説上の戦略として用いるのである.それでは, LRBLにおいて論じられる言語の「自然さ
J
とは,いかなる事 象の否定を前提にしているのであろうか.それは, SmithがOur words must not only be English and agreable to the custom of the country but likewise to the custom of some particular part of the nation. This part undoubtedly is formed of the men of rank and breeding. (LRBL 4)
と言い,英国語7の「自然さ
J
を"1will do"の代わりに "ls'e dot" (LRBL 4) と話す全体の9割にあたる一般国民ではなく,一握りの財産や家柄を持つ支 配階級に帰属させたという事実に示唆的である.従って, LRBLにおける「自然な」文体の議論を,支配階級による,より効率的で自然な社会管理の手 段としての,言語の方便化と考えることができるのではないだろうか.以下,
Smithの言語発達に関する見解において,その言語論が導かれる近代英国 社会観を読み取り,いかに特定の階層の言葉が,
I
自然な」言語として定義さ25
れるかを考察する.
英国語の特徴を知るという目的で, 3回目の修辞学講義で言語の起源につ いて論じられるが,この講義の内容は, "Consider前 ionsConcerning the First Formation of Languages" (1761)と題する小論として出版されたもの である.1763年の書簡で,知人の文法論を評し,
If 1 was to treat the same subject 1 should endeavour to begin with the consideration of Verbs; these being, in my apprehension, the original parts of speech, first invented to express in one word a com‑
pleat event....(Smith
,
Correspondence,
88)と述べるように, Smithは動調,特に自動詞を最初に発明された言語であ ると考えていたらしい.しかし, "Languages"の冒頭では "The assignation of particular names, to denote particular objects, that is, the institution of nouns substantive, would probably, be one of the first steps towards the formation of language" (LRBL 203)とし,名調の成立,つまり 事物への命名行為の考察から議論を始める.そして,自らの欲求を互いに伝 達する 2人の未聞人の例を挙げ,人聞が本性によって類似する事物を同じ名 で呼ぴ,総称としての言葉を発明する過程を説明する(LRBL204). このよ うに,動詞の発明ではなく,命名行為の分析から論じることで,言語が人間 の抽象化,一般化能力により自然に発生したと主張するのである.
Smithが言語の発生において,人間の抽象化能力の重要性を強調したの は,
r
人間不平等起源論』においてJeanJacques Rousseauが提示した言語 起源に関する意見に解答しようと試みたからである(LRBL205). Rousseauは人間相互の交渉により,物に名が与えられたという説明を批判し,
r
一般 観念は語の助けを借りないでは精神のなかに導入されることはできないし,悟性は文章によらないでは一般観念を把握しないJ(64)という矛盾を指摘す る.この矛盾を解くことを必須としたのは, Rousseauの批判点が,
r
言語 の制定にとってすでに結合した社会が必要であるのと,社会の設立にとってすでに発明された言語が必要であるのとどちらがより必要なものであろう かJ(67)と言うように,言語のみならず,社会の起源の問題にも関わるから である.Rousseauは私有財産の観念と共に生じる不平等な社会状態以前の,
自由で平等な自然状態を賞賛し,それゆえ言語の起源を人間に帰すことを拒 否する.反対に Smithは,自然状態から社会状態への移行は偶然ではなく,
必然的なものであることを示すために,社会と共に言語が人間の本性として,
自然に発生することを証明する必要があったのである.
言い換えれば, RousseauとSmithの相違点は,前者が社会の成立以前 の個を強調するのに対して,後者は社会を個の前提と見なすことにある.
Smithによれば,個人の利益の追求は常に社会全体の利益に貢献するもの として行われる.つまり,個は社会のために存在するのであり,それは同時 に私有財産の権利を守り,社会秩序の現状維持を支持する立場である.従っ て,社会の発生を導く労働の分化が,物を交換するという人聞の本性 "a certain propensity in human nature... to truck
,
barter and exchange one thing for another" [WN 25])によって必然的,自然に生じたように,言語も 互いの欲求を伝達するために命名する人間の本性に従い,発生するものとす る.そしてまた "1"という人称代名詞や "1am" "1 have"という存在や 所有を表わす動調(LRBL219/221)は,言語の発展過程の最後に発明されたも のだとし,意思の伝達,物の流通の舞台となる社会の成立が,個に関する語,及び個という概念の発生に先立つと考えるのである.
さらに"Languages"は,ギリシヤ・ラテン語から,イタリア・フランス 語,そして英国語という言語の派生について論じる.Smithは他国語民族
との接触を通じ,言語は発展を続けると述べ,その過程を言語と機械の類比 を用いて説明する(LRBL223).機械と同様,言語も複雑な進化過程を経る 程,言語としての構造は単純になる.しかし,改良によって機械はより精巧 になる一方,言語は構造が単純になることにより,表現の冗長さ,単調さ,
そして語の響きの悪さといった欠陥を備えると言う.従って"Languages"
27
での議論に続き, 4回目の修辞学講義では,現代英国語の欠陥をいかに改良 するかという問題について講じられる.修辞学講義における英国語の改良者 の教育,それはすなわち,彼らを社会の管理者,支配者として教育すること に他ならない.Smithによれば,機械の改良事業は,労働に従事する者で はなく,公共の利を考え,思索にふける余暇を持つ有産特権階級,いわば
"philosophers or men of speculation"の仕事である.こういった「哲学者」
は "whosetrade it is not to do any thing, but to observe every thing; and who, upon that account, are often capable of combining together the powers ofthe most distant and dissimilar objects" (WN 21)と言うように,
全でを観察し,秩序を生み出すことを関心事とする.機械の改良者と同様,
言語の改良者も「哲学者」として社会の管理,統制を担う.それゆえに,彼ら が発明する言語が,自然で本来の英国語でなければならない.Smithは, 言語的欠陥を矯正するために,英国語独特の発音方法が発明されたとし,さ らに "Henceit is that this language which when spoken by the native is allowed to be very melodious and agreable, in the mouths of strangers is strangely harsh and grating" (LRBL 16)と述べ,英国語の英国性の根拠を,
生得的なものに帰す.つまり「自然」で「適切」な言語を発明し用いるがゆえに,
地位や家柄を持つ特定の階層が,英国性を具現する冗henative"として認 められ,またこのようにして,彼らの英国国家全体の利益を代表する権利が 必然で,普遍なものとされていくのである.
*
Smithの辞任後も,彼から学んだ者が同じ形式で,グラスゴ一大学また エジンパラ大学で修辞学を講じ,エジンパラ王立協会での Smith記念講演 (1793)で "nobranch of literature more suited to youth at their first entrance upon philosophy than this, which lays hold of their taste and their feelings" (LRBL xi)と賛辞を送られたように, Smithの修辞学は紳士
教育の必須教養科目として認められる.そして,その影響はスコットランド に留まらず, W ordsworthがある書簡で,自分の詩を理解しない読者の例と して "theinstance of Adam Smith, who, we [are] told, could not endure the Ballad of Clym of the Clough, because the [au]thor had not written like a gentleman" (621)と挙げているように, Smithの修辞学は当時一般の 文学的趣向を基礎付けていたと考えられる.W ordsworthの詩論の詳細を論 じることは本論の趣旨ではない.しかしながら ,Lyrical Balladsの序文に おいて "Lowand rustic life"を詩の題材とし,紳士に属さない階層の言葉 を,より自然で"afar more philosophicallanguage" (597)であると Smith の言語観を転倒させたこと,また,詩という特定の文学作品を,想像力の喜 びという真理を扱う知として体系化したこと("Poetry is the first and last of all knowledge" [600])などの詩論が,いかに文学のみならず,社会的革命(
"the revolutions
,
not of literature alone,
but likewise of society itself' [596])として企てられたのか, W ordsworthに代表されるロマン主義的「文 学」の政治性を知る上で, Smithの修辞学講義の考察は示唆的である.注
1 以下, LRBLと略し,綴りの誤りは修正せず,原文のまま引用する.
2 Cf. M. H. Abrams, N.αtural Supernαturalism. 3 以下, W Nと略す.
4 以下, TMSと略す.
5 LRBLはSmithの数少ない文芸論の中で最も体系立ったものであるにもかかわ らず, Smithに注目する文化研究者によって論じられることがほとんどなかった.
その主な理由は, LRBLがSmith本人の著作ではなく, 1763‑64年に彼の講義を聴 講した学生による講義記録だからであろう.しかし, LRBLが興味深いのは,こう いったテキストの成立背景の問題性ゆえである.LRBLの原稿の筆記から,主に2 人の人物が執筆に携わったとされる.また,他学生との議論,おそらく前年のノー
トの参照など, 2人の筆記者以外に複数の人物が関わったであろう.Smith自身,
講義中の筆記を快く思わず,講義後学生各自が内容を阻慢した上で記録することを 勧めたという点を考慮すれば,このテキストは学生達による Smith解釈の記録と して価値を持つ.つまり, LRBLに注目するのは,それがSmithがいかなる言説 をしたかということのみならず,それがいかに受容されたかを示すからである.
6 以下, LJと略す.
7 LRBLの原文では "English"であるが, Smithはそれをイングランド人の言語 としてではなく,英国(GreatBritain)の国家的言語として考えたと解釈し,
r
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