日本人大学生の異文化理解に関する質問紙調査 : 異文化理解の意識に関わる諸要因の基礎研究
著者 沼田 潤
雑誌名 評論・社会科学
号 91
ページ 169‑186
発行年 2010‑03‑15
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012237
〔論 文〕
日本人大学生の異文化理解 に関する質問紙調査
──異文化理解の意識に関わる諸要因の基礎研究──
沼 田 潤
同志社大学大学院社会学研究科・博士後期課程
政治や経済,文化の面で国際的な交流が進展し,それによって様々な文化的
・社会的背景を持つ他者と出会う機会が増えている。このように国際化がます ます進むと考えられる現代社会において,多様な文化的・社会的背景を持つ他 者と共に世界の在り方を模索していかなければならないことは明白である。そ して,そのような他者との共生を目指して,初等教育や中等教育,高等教育に おいて様々な異文化理解を促す教育が行われている。その異文化理解を促す教 育を行う上で重要であると考えられる点として,人間一人ひとりの唯一性を理 解していくということと,社会的背景の異なる他者の問題に向き合うというこ との2つの点が考えられる。
まず,人間一人ひとりがいかに唯一な存在であるかに関してであるが,箕浦
(1990)は,ものの考え方や行動の準則を表示したり,ある特定の事象や行動 に特定の感情をもたらしたりする機能を持っている意味体系を文化と説明して いる。個々人はそれぞれが生きている社会的場の様々な意味体系を内在化する ことで,それぞれの意味空間を形成すると述べている。つまり,文化としての 多様な意味体系を内在化することで,個々人の独特の文化としての意味空間が 形成されるというのである。確かに,人間はそれぞれ多様な社会的場の中で生 活しているため,一人ひとりが独特な,唯一の文化としての意味空間を形成し
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*2009年12月9日受付,査読審査を経て2010年1月20日掲載決定
―169 ―
ていると考えられる。さらに倉地(1998)は,文化を規定する要因として,国 籍の他に,年齢,性別,社会的地位,学歴,宗教,家族構成,居住地,婚姻 歴,職業,障がいの有無など多様であることを指摘している。そして,以上に 挙げた要因によって個人の文化が形成され,また人によって文化の規定要因は 異なるため,人間は一人ひとりが異なる,固有の文化を持った,唯一の存在で あるということが述べられている。確かに,人間はそれぞれ異なる社会的背景 を持っているために,文化の規定要因もそれぞれが異なるものを持っていると 考えられるので,一人ひとりが異なる文化を持つ存在であると考えられよう。
箕浦や倉地の主張は,個々人が多様な社会的空間に生きていて,様々な社会的 背景を持っているということが,それぞれ唯一の文化をもたらしているという ことを示していると言えよう。
それでは,人間が唯一であるということはどのような意味を持つのであろう か。齋藤(2005)は,一人ひとりの唯一性を理解するということは,一人ひと りが入れ替えることのできない,交換不可能な存在,つまり掛け替えのない存 在であることを理解するということであると指摘している。そして,唯一な他 者の考えを聞くことは,社会の問題や在り方を考えていくために必要不可欠な ものであると述べている。なぜなら,人々はそれぞれ独自の視点から世界を見 ていて,また自らは他者の位置を占めることができないため,他者の意見を交 換しない限り,他者にとって世界がどのように現れているのか自らには理解で きないからである。以上の議論から,一人ひとりが唯一な他者の声に耳を傾け るようになってはじめて,世界に存在する様々な問題に気付けるようになり,
他者と共に世界の在り方を模索できるようになると考えられる。それゆえに,
人間一人ひとりの唯一性を理解していくことは多文化共生の実現に向けて極め て重要であることは明白である。
人間を唯一な存在であると捉えることの重要性に加えて,人間を同質的に捉 えることの危険性に関しても多文化共生を考える場合に避けて通れない問題で ある。人間は,自分が属さない外集団を均質的に捉え,自らが属する内集団の 価値を高めるために,外集団に対して否定的な価値付けを行う傾向があること
―170 ―
が指摘されている(池上・遠藤,1998;上瀬,2002;浦,2009)。つまり,他 者をステレオタイプ的に捉え,その固定的イメージに否定的な意味を付与して いくと考えられているのである。これは,自己を肯定的に,他者を否定的に描 写し,その特徴を一般的なものとして捉えていくことで否定的に捉えられた他 者に対する搾取や差別が正当化されるというレイシズムが生じるプロセスその ものと考えられる(小森,2006)。レイシズムは,人々との対等なコミュニケ ーションを妨害し,世界の在り方を議論する機会を奪っていくものと考えられ る。したがって,国際化の時代における多文化共生の試みを行っていくため に,他者の同質化に対して批判的な意識を高め,人間の唯一性の理解を促す異 文化理解教育を構築する必要性があると言えよう。
人間一人ひとりの唯一性の理解に加えて,多文化共生の実現に向けて重要で あると考えられる点として,社会的背景の異なる他者の問題に向き合うという ことが挙げられる。では,なぜ他者の問題に向き合うことが重要であるのかを 考えるために,アマルティア・センの潜在能力アプローチを取り上げる。
セン(1999)は,人間の生活は機能の集合体であると指摘している。機能と は,人々が達成し享受することができる行動・状態の範囲を意味する。そし て,機能を組み合わせたものが潜在能力である。潜在能力とは,人間にとって 価値ある機能を達成する自由を示すものであり,生活の質,生活の幅としての 福祉の水準を表すものである。また,この潜在能力を奪う要因として,個人を 取り巻く社会的環境が挙げられている。個人を取り巻く社会的環境や,その中 に存在する差別や搾取,偏見といったものに取り組まなければ,多様な文化的
・社会的背景を持つ人々の潜在能力享受の促進は望めないというのである。
人間はそれぞれ異なる社会的背景を持っていると指摘したが,それゆえ人々 が享受できる潜在能力に差があるということが考えられる。したがって,様々 な人々の潜在能力享受の促進を伴う共生の実現を目指していくためには,他者 の問題を自らに引きつけて,向き合い,人々が自らの生き方を追求する自由を 享受できるように,社会の在り方を考えていかなければならない。つまり,自 己中心的に振る舞うのではなく,自らとは異なる立場の人々と共に生きている
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ことを意識し,様々な問題に直面している他者に応答していくということ,
様々な苦しみを持つ他者に共感していくということが,多文化共生の実現に必 要な態度ではないであろうか。
以上において,多文化共生のために,人間の唯一性の理解と他者が持つ社会 的問題の理解が重要であると指摘した。それでは,現在の教育政策における異 文化理解教育は以上で述べた点を重視していると言えるのであろうか。沼田
(2009)は,日本の教育政策における異文化理解教育の特徴として,環境や開 発などの地球規模的な学習の重視,外国語や外国・日本の伝統文化の学習の強 調,国際社会に通用する優秀な人材育成の重視,「異文化イコール外国,自文 化イコール日本」という枠組みの強調を挙げている。ますます国際化が進む時 代において以上に挙げた点が強調されることは確かに重要であると言えるが,
国際社会における活躍や,外国と日本の表面的に固定化された文化の理解を過 度に重視していることから,人間一人ひとりの理解や他者が抱える社会的問題 の理解を重要な目標と捉えていないことは明らかである。
また,多文化共生や異文化理解に関する研究が進められる異文化間教育の分 野において,どのような異文化理解が重要であると考えられているのであろう か。田中(1996, 2008)や髙濵・田中(2009)は,外国に行った場合,速やか にその社会に適応することが生活していく上で重要であると指摘していて,異 文化理解教育において異文化適応のためのソーシャル・スキルを教えることの 重要性を述べている。つまり,外国社会における対人関係の技能を獲得させる ことで,学習者の対処行動を向上させ,生活の質を向上させることができると 考えられている。確かに,外国社会に行ったばかりの時点でこのようなソーシ ャル・スキルは有効かもしれないが,人間の個性を捉え,他者が抱える問題を 踏まえて他者との関係性を考えていく動機付けをもたらすものではないため,
人間の唯一性の理解や他者が直面する問題の理解を深めるものではない。ま た,外国社会における対処法を固定的に捉えているため,その社会における 人々の行動のステレオタイプ的理解を促進する可能性を持っていると考えられ る。また,瀬田(2007, 2007)は,異文化理解教育において学習される文化を
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目に見える文化としての外面文化と,目に見えない文化としての内面文化とに 分けている。外面文化の例として,食べ物や衣服,住居や芸術・文学作品など が挙げられている。内面文化は,社会において望まれる価値志向であり,その 例として個人主義・相互依存,可動性,社会的相互性などが挙げられている。
異なる社会の外面・内面文化を学ぶことは,その社会の特徴を理解するために 重要なことであると言えるが,外面・内面文化の強調は,人間の多様性の理解 を重視しているとは言えず,その社会や現地の人々の固定的理解をもたらす可 能性があると言えよう。また,人々の間にある差別,偏見などは取り上げられ ておらず,不平等な関係性に関する議論は異文化理解教育の内容として考えら れていない。さらに植木(2006)は,異文化理解において求められる能力とし て,異なる文化の知識理解や対人関係の結び方・対話の技術を挙げている。植 木の議論も文化を静的・固定的なものとして捉えているために,知識や技術の 習得に限定されてしまっている。やはり,人間それぞれが唯一の文化を持って いるということ,人間の安心を脅かす社会的問題を理解していくということの 重要性は,植木の議論においても見られない。
一方,倉地(1992, 1998, 2002)は,国家に規定された文化のみを取り上げ ると,その国家に住む人々は皆同じ特徴を持つというステレオタイプ的理解に 陥り,レイシズムを生じさせる危険が生じることを指摘している。それゆえ に,国家に規定された文化に縛られず,より細かい文化要因を理解し,人間一 人ひとりが異なる文化を持っているということを,異文化理解教育で学ばせな ければならないことを指摘している。また,中島(2005)や松尾(2005)は,
他者への差別や排除をもたらしている社会構造を問題にしなければ,多文化共 生はもたらされないということを主張している。つまり,人間関係は決して平 等ではなく,不平等なものであるという認識を持たなければ,多文化共生への 試みは始まらないという,批判的な意見を提示しているのである。さらに,馬 淵(2002)は,日本における異文化理解教育の場では,本質化された異文化と 日本文化という二項対立的視点が支配的であることを指摘している。つまり,
文化と文化の間には明確な境界があり,それぞれの文化は純正な要素を持って
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いるという文化本質主義に囚われているというのである。それゆえに,文化の ステレオタイプ的理解を促進し,多様な社会的・文化的背景を持つ他者の間に ある不平等という問題に対する無関心をもたらすということが述べられてい る。このように,異文化間教育の研究者の間にも,コンフリクト・フリーなも のから批判的なものまで,様々な考え方があり,人間の唯一性の理解と他者が 直面する社会的問題の理解の重要性が十分に認識されているとは言えないのが 現状である。
以上に述べたように,異文化理解教育に関する教育政策や研究分野におい て,未だ人間の唯一性と他者の社会的問題の理解が十分には重要視されていな い状況の中で,異文化理解教育の実践を受けてきたと考えられる日本人大学生 はどのように異文化を理解し,多文化共生を捉えているのであろうか。異文化 理解教育の現状に関する理解と共に,日本人大学生の異文化理解や多文化共生 の認識がどのようなものであるかを明らかにすることは,今後の異文化理解教 育を考えていく上で何らかの示唆を得ることができると考えられる。そこで本 研究では,人間の唯一性の理解と他者が持つ社会的問題の理解に関する48の 項目(表1,資料1参照)を用いて,日本人大学生の異文化理解に関する意識 を明らかにすることを目的とする。なお,人間の唯一性の理解に関する項目の うち,「反対意見でも相手の意見を最後まで聞こうとする」「多様な考え方を許 容し,自由な発想を大事にする」「いろいろなものの見方からものごとを捉え ようとする」という3項目に関しては,また他者が持つ社会的問題の理解に関 する項目のうち,「従来からある社会の考え方にはとらわれず,新しい考え方 に挑戦する」という項目に関しては,加賀美(2006)が提唱した多文化理解態 度尺度項目から選定された。以上に挙げた人間の唯一性の理解に関する項目 は,他者の意見を柔軟に受け止めるということを示し,人間の唯一性の理解と 関連があると考えられ,さらに他者が持つ社会的問題の理解に関する項目は,
伝統的な価値観によって自らの生に制限を加えることを認識するということと のつながりがあり,他者が持つ社会的問題の理解と関連があると考えられるた め選定された。加賀美の多文化理解態度尺度の他に,「外国人との会話の中
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表1 異文化理解の意識に関する48項目の評定値の平均と標準偏差
平均 標準偏差 1.親しい人たちとの結びつきを求める
2.一人の男の子が複数の女の子とままごとをしていても普通だと思う
3.「○○○人は陽気である」や「△△△人は商売上手である」などのカルチャー・ス テレオタイプは異文化理解のために有益である
4.日本語を話す外国人に親近感を覚える 5.日本は単一民族国家であると思う
6.新しい考え方を学ぶことにあまり興味がない 7.反対意見でも相手の意見を最後まで聞こうとする 8.在日韓国・朝鮮人の歴史や現状を学びたい 9.男性が育児休暇を取ることに非常に違和感を覚える 10.中高年の人は頭が固いと思う
11.理系の学生は理屈っぽいと思う
12.日本では,日本語が話せない外国人は意見を伝えられなくても仕方がないと思う 13.バスやタクシーの女性運転手を見ると違和感を覚える
14.アイヌ民族が受けてきた差別の歴史や現状に興味がない 15.大学教員は頭が固いと思う
16.他人のことを深く理解したいとは思わない
17.外国人が日本の政治に参加できるようにすべきではないと思う 18.日本で生活する外国人は全員日本語を学ぶべきだと思う 19.女性は男性と比べて感情的であるとは言えないと思う 20.男性は一家の大黒柱であるべきだと思う
21.迷った時は他人の意見に頼らず,自分ひとりの判断でことを決めた方が良いと思う 22.他の人の関心事には,それほど興味をそそられない
23.沖縄米軍基地問題に関して,沖縄の人々がどう考えているのか気になる 24.都会に住む人は皆冷たい人だと思う
25.外国人の子どもは母語教育よりも日本語教育だけを受けるべきだと思う 26.深く考えなければならないような状況は避けようとする
27.男性が家庭で料理や育児をすることは当然だと思う
28.外国人との会話の中で,自分が日本人であることによく触れる 29.多様な考え方を許容し,自由な発想を大事にする
30.政治家は自分の利益のことしか考えていないと思う 31.たとえ日本語が話せる外国人でも仲良くなりたくない 32.日本で生活する外国人は,日本社会のルールに従うべきである 33.相手の立場になってものを考えるようにしている
34.女の子がサッカーで遊んでいるのを見ると,非常に違和感を覚える 35.血液型の性格診断を信じている
36.従来からある社会の考え方にとらわれず,新しい考え方に挑戦する 37.異文化理解の学習と言われれば,重要なのは英語学習だと思う 38.今後の日本社会を支える存在として外国人移民を歓迎する 39.子どもがいる場合,女性は仕事よりも家庭を重視するべきだと思う 40.英語が話せれば,外国人とのコミュニケーションはうまくいくと思う 41.男性は女性と比べておおざっぱであると思う
42.自国のなじみ深い伝統や価値観が一番大事だと思う
43.「男性は男性らしく,女性は女性らしく」という考え方は間違っていると思う 44.教師は権威的な人ばかりではないと思う
45.アイヌ民族の芸術文化や服飾文化に興味がある 46.いろいろなものの見方からものごとを捉えようとする
47.日本語が話せない外国人とはコミュニケーションをとりたくない 48.若い人は公共の場でのマナーがなっていないと思う
5.1 4.0 3.6 4.6 3.3 2.1 4.6 3.5 2.1 4.1 3.5 2.9 2.8 2.8 3.4 2.2 2.9 3.1 3.1 3.7 3.0 3.0 4.1 2.8 2.0 2.8 4.5 3.2 4.9 4.5 2.0 4.4 4.6 1.8 3.5 4.2 3.6 3.7 3.5 3.9 3.0 3.7 3.7 4.4 3.0 4.7 1.8 3.7
0.92 1.26 1.05 1.25 1.54 1.20 1.14 1.37 1.26 1.29 1.29 1.32 1.39 1.36 1.37 1.14 1.50 1.33 1.32 1.43 1.37 1.20 1.36 1.37 1.00 1.36 1.09 1.37 1.06 1.18 1.68 1.09 0.89 1.04 1.55 1.08 1.31 1.12 1.23 1.21 1.39 1.15 1.46 1.08 1.41 0.98 0.96 1.17
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で,自分が日本人であることによく触れる」という項目に関しては,唐沢
(1991)の集団同一視尺度項目の「あなたは自己紹介するときや会話の中など で,自分が__に属していることに,よくふれる方ですか,ふれない方です か?」という項目が参照され作成された。集団同一性尺度は,所属する集団へ の同一視の程度を表すものであり,所属集団への同一視の程度が強いほど,所 属集団の一員を均質的に捉える傾向が強いと考えられる。それゆえに,人間の 唯一性の理解と関連があると考えられる。また,「新しい考え方を学ぶことに あまり興味がない」「深く考えなければならないような状況は避けようとす る」という項目に関しては,神山・藤原(1991)の認知欲求尺度項目から選定 された。認知欲求尺度は,情報を考慮し,よく考える程度を表すものであり,
他者の意見を真剣に受け止めようとする態度と関連があると考えられる。した がって,人間の唯一性の理解との関連性があると言えよう。さらに,他者が持 つ社会的問題の理解に関する項目のうち,「迷った時は,自分ひとりの判断で ことを決めた方が良いと思う」「他の人の関心事には,それほど興味をそそら れない」「相手の立場に立ってものを考えるようにしている」に関しては,柿 本(1995)の間人度尺度が参照され作成された。間人度尺度は,他者との関係 性をどれだけ意識しているかの程度を表すものであるため,社会的問題に対す る気付きと関連するものと考えられる。それゆえ,他者の社会的問題の理解に 関する項目に含められた。
方 法
・調査対象者:D大学に通う日本人学部学生168名(女性91名,男性75 名,不明2名)。
・調査材料:多文化共生の実現のための異文化理解に重要であると考えられ る,人間の唯一性の理解に関する24項目と,他者が抱える社会的問題の理解 に関する24項目,合計48項目に対して,「1:まったくそうは思わない」「2:
ほとんどそうは思わない」「3:どちらかというとそう思わない」「4:少しそう
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思う」「5:かなりそう思う」「6:非常にそう思う」の中から当てはまるものを 1つ選んで回答してもらうという6段階評定法の形式で作成した質問紙。な お,「反対意見でも相手の意見を最後まで聞こうとする」「多様な考え方を許容 し,自由な発想を大事にする」「従来からある社会の考え方にはとらわれず,
新しい考え方に挑戦する」「いろいろなものの見方からものごとを捉えようと する」という4項目は,加賀美の多文化理解態度尺度から選定された。また,
「外国人との会話の中で,自分が日本人であることによく触れる」という項目 は,唐沢の集団同一視尺度項目が参照され作成された。そして,「新しい考え 方を学ぶことにあまり興味がない」「深く考えなければならないような状況は 避けようとする」という項目に関しては,神山・藤原の認知欲求尺度から選定 された。加えて,「迷った時は,自分ひとりの判断でことを決めた方が良いと 思う」「他の人の関心事には,それほど興味をそそられない」「相手の立場に立 ってものを考えるようにしている」という項目に関しては,柿本の間人度尺度 が参照され作成された。
・手続き:調査紙は,大学の教育学系の講義時間の中で,その受講生に配布さ れ,はじめに学籍番号と性別,年齢を記入することの説明が行われた。その後 に,それぞれの質問に回答することが求められ,その講義時間内に回収され た。回答に所要した時間は15分から20分である。
結 果
異文化理解の意識に関する48項目に対する評定値の平均値と標準偏差を表 1に示す。そして,日本人大学生の異文化理解の意識を構成する因子について 検討するために,探索的因子分析を行った。まず,その48項目に対して主因 子法,プロマックス回転による因子分析を行ったところ,6つの因子が抽出さ れた。因子負荷量の著しく低い項目は各因子を説明するものとは考えられない ため,1回目の因子分析の結果で,各因子に対する負荷量の絶対値が .300未
満の項目2, 13, 19, 24, 35を削除して,再度因子分析を行った。その結果,6
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つの因子が抽出された。しかし,第6因子に関しては5つの項目内容(項目3,
17, 37, 38, 43)に整合性が認められなかった。したがって,第6因子を構成す
る5つの項目を削除して,再び因子分析を行った。その結果,5つの因子が抽 出されたが,第3因子の項目31の負荷量が.300未満であった。それゆえ,項 目31を除いて,因子分析を行ったところ,以下の5つの因子が抽出された
(表2参照)。第1因子は,「いろいろなものの見方からものごとを捉えようと する」や「多様な考え方を許容し,自由な発想を大事にする」,「従来からある 社会の考え方にとらわれず,新しい考え方に挑戦する」といった項目からなる
表2 異文化理解の意識に関する因子分析結果
F 1 F 2 F 3 F 4 F 5
〈第1因子〉「多様な価値観」α=.75
いろいろなものの見方からものごとを捉えようとする 多様な考え方を許容し,自由な発想を大事にする
従来からある社会の考え方にとらわれず,新しい考え方に挑戦する 深く考えなければならないような状況は避けようとする 相手の立場に立ってものを考えるようにしている 反対意見でも相手の意見を最後まで聞こうとする 男性が家庭で料理や育児をすることは当然だと思う
日本語が話せない外国人とはコミュニケーションをとりたくない 新しい考え方を学ぶことにあまり興味がない
.781 .719 .615
−.479 .430 .362 .343
−.323
−.319 .002
−.060
−.145
−.147 .186
−.004 .101 .146 .183
.102
−.073 .151
−.036
−.110
−.157
−.175 .125
−.105
−.035 .112 .111 .222 .221
−.103 .336 .044 .133
.045 .049 .081 .038
−.261
−.169 .139 .025 .192
〈第2因子〉「少数派への無関心」α=.77
アイヌ民族の芸術文化や服飾文化に興味がある アイヌ民族が受けてきた差別の歴史や現状に興味がない
沖縄米軍基地問題に関して,沖縄の人々がどう考えているのか気になる 在日韓国・朝鮮人の歴史や現状を学びたい
日本で生活する外国人は,日本社会のルールに従うべきである 日本は単一民族国家であると思う
日本では,日本語が話せない外国人は意見を伝えられなくても仕方がないと思う .051 .063 .110 .114 .171
−.012
−.035
−.800 .769
−.664
−.659 .424 .419 .344
.036 .132 .097 .150 .071 .168 .267
.098
−.093 .145
−.145 .030 .138 .054
.049
−.021 .089
−.012 .136
−.125 .097
〈第3因子〉「保守的思想」α=.66
外国人との会話の中で,自分が日本人であることによく触れる 自国のなじみ深い伝統や価値観が一番大事だと思う 男性が育児休暇を取ることに非常に違和感を覚える
女の子がサッカーで遊んでいるのを見ると,非常に違和感を覚える 子どもがいる場合,女性は仕事よりも家庭を重視するべきだと思う 外国人の子どもは母語教育よりも日本語教育だけを受けるべきだと思う 日本で生活する外国人は全員日本語を学ぶべきだと思う
男性は一家の大黒柱であるべきだと思う 男性は女性と比べておおざっぱであると思う
.065 .026
−.003
−.222
−.168 .144 .131
−.021
−.012
−.087 .106 .105 .013
−.023 .084
−.083 .022
−.083 .519 .508 .487 .464 .451 .415 .415 .411 .390
−.324 .118
−.002
−.031
−.075
−.010 .014 .079 .248
.052 .045 .108 .171
−.155 .264 .039
−.091
−.152
〈第4因子〉「ステレオタイプ的理解」α=.66
中高年の人は頭が固いと思う 大学教員は頭が固いと思う
政治家は自分の利益のことしか考えていないと思う 理系の学生は理屈っぽいと思う
英語が話せれば,外国人とのコミュニケーションはうまくいくと思う 若い人は公共の場でのマナーがなっていないと思う
−.082
−.028 .154
−.242
−.076 .136
−.019
−.035
−.036
−.031
−.015
−.007 .014
−.100
−.037 .179 .040 .156
.639 .570 .570 .438 .425 .351
−.032 .118 .132
−.186
−.012
−.084
〈第5因子〉「自己中心性」α=.61
他の人の関心事には,それほど興味をそそられない 親しい人たちとの結びつきを求める
他人のことを深く理解したいとは思わない
迷った時は他人の意見に頼らず,自分ひとりの判断でことを決めた方が良いと思う 日本語を話す外国人に親近感を覚える
教師は権威的な人ばかりではないと思う
.045 .129
−.355 .118
−.030 .161
.113 .180
−.008
−.088
−.217 .077
.035 .177
−.007 .165 .045
−.016 .177 .133 .191
−.002 .279
−.043 .635
−.498 .483 .467
−.405
−.334
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もので,「多様な価値観」と命名した。第2因子は,「アイヌ民族の芸術文化や 服飾文化に興味がある*(逆転項目,以下同様)」や「アイヌ民族が受けてき た差別の歴史や現状に興味がない」,「沖縄米軍基地問題に関して,沖縄の人々 がどう考えているのか気になる*」という項目からなるものであり,「少数派 への無関心」と命名した。第3因子は,「外国人との会話の中で,自分が日本 人であることによく触れる」や「自国のなじみ深い伝統や価値観が一番大事だ と思う」,「男性が育児休暇を取ることに非常に違和感を覚える」という項目か らなり,「保守的思想」と命名した。第4因子は,「中高年の人は頭が固いと思 う」や「政治家は自分の利益のことしか考えていないと思う」という項目から なるもので,「ステレオタイプ的理解」と命名した。第5因子は,「他の人の関 心事には,それほど興味をそそられない」や「親しい人たちとの結びつきを求 める*」,「他人のことを深く理解したいとは思わない」といった項目からなる ものであり,「自己中心性」と命名した。Cronbachのα 係数を因子ごとに求 めると,第1因子α=.75,第2因子α=.77,第3因子α=.66,第4因子α
=.66,第5因子α=.61で,各尺度の内的一貫性が認められた。
考 察
日本人大学生の異文化理解の意識要因には,「多様な価値観」「少数派への無 関心」「保守的思想」「ステレオタイプ的理解」「自己中心性」から成る因子構 造があることが示された。つまり,これら5つの枠組みに集約される異文化理 解の意識を日本人大学生は持っていることがうかがえる。
「多様な価値観」という因子から,日本人大学生が様々な考え方があること を認め,積極的にそれらを受け入れようとする姿勢を示すものと考えられる。
多文化共生の実現を目指していくために,それぞれの考え方が受け止められ応 答されることは必須の条件であることから,多様な価値観を尊重していくこと は極めて重要であると言えよう。第2因子は「少数派への無関心」であるが,
この因子は日本社会における社会的少数者に対して十分な関心が示されていな
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いことを表している。つまり,多くの日本人大学生は少数派の声を真剣に受け 止めようとする意識は低いということを示しているということがうかがえる。
社会的立場によって,様々な問題に直面するということに対する認識が弱いと 言えるのではないか。さらに,第3因子である「保守的思想」からは,日本人 大学生の多くが社会の在り方を変革していくことに抵抗があるということを表 していると考えられる。第1因子から多様な価値観は認めるという傾向が見ら れるものの,社会の変革なしには自らが望む多様な生き方の実現は見られない ことが考えられ,多様な価値観の尊重と社会の変革とのつながりが十分には認 識されているとは言えないであろう。第4因子は「ステレオタイプ的理解」で あり,日本人大学生は他者を画一的・固定的に捉えようとする傾向があること が考えられる。一人ひとりの個性を重視し,それぞれの多様な考え方を受け入 れようとする姿勢は見られる一方で,他者を画一的なイメージで一括りに捉え ようとすることに対して無批判であることがうかがえる。第5因子の「自己中 心性」からは,日本人大学生が自己中心的に振る舞う傾向があるということを 示していると考えられる。つまり,他者と共に生きているという意識が弱いと いうことが考えられよう。
では,次に多文化共生実現のための異文化理解において重要であると考えら れる人間一人ひとりの唯一性の理解と他者が持つ社会的問題の理解という2つ の点と5つの因子との関係を考えてみる。まず,人間の唯一性の理解との関係 であるが,日本人大学生は多様な価値観を認める傾向を持っていると考えら れ,これは唯一性の理解には欠かせない側面であると考えられる。しかしなが ら,他者をステレオタイプ的に理解しようとする傾向があり,唯一性の理解を 妨げてしまうということが考えられる。また,ステレオタイプ的理解には他者 への排除を正当化するレイシズムを生じさせる潜在性があるため,現在までの 異文化理解教育は日本人大学生に他者を固定的に捉えるということに対する批 判的な姿勢を育んでいないということが考えられる。
そして,他者が直面する社会的問題に対する理解との関係であるが,多くの 日本人大学生は少数派に対する関心が低く,自己中心的に振る舞おうとする態
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度を有しているということが考えられる。それゆえに,様々な社会的立場にい る他者に対して関心を示さず,他者が直面する問題との心理的距離も遠いとい うことが考えられる。また,保守的な考え方が強く,社会を変革して多様な社 会的背景を持つ人々が安心して生きていける社会を構想するという意識も弱い ということがうかがえる。以上の議論から,日本人大学生には人間の唯一性の 理解と他者が持つ社会的問題の理解が十分には認められないと言えるのではな いであろうか。
現在の異文化理解教育で強調されていることは,人間の唯一性の理解と他者 の社会的問題の理解を反映したものではないということを,先に指摘した。日 本では,文部科学省の教育政策が教育現場の実践に強い影響力を持つと考えら れるため,現場における実践も以上の2つの理解を促すものとはなっていない と考えられる。そしてこのことが,日本人大学生の異文化理解の意識に反映し ているということがうかがえる。
以上の議論を踏まえた上で,今後の異文化理解教育への示唆を以下に示す。
まず,ステレオタイプ的理解の抑制を促す異文化理解教育を行うことが重要で あろう。様々なメディアによって無意識的に影響されステレオタイプが形成さ れていると考えられる。このように形成される固定的イメージを払拭すること によって,レイシズムの発生を押さえることが肝要であろう。もちろん,レイ シズムの理論的理解も同時に促し,人間の唯一性を理解することの重要性を認 識させることも重要であると言えよう。さらに,少数派の立場に立って,様々 な社会的問題を考える機会を提供することも多文化共生のための異文化理解教 育にとって必要なことである。つまり,少数派の視点に立って彼ら・彼女らが 抱える問題を考えさせるということである。少数派への共感を高めることによ って関心を高め,他者と共に生きていくために自分はいかに活動すればいいの かを考えさせるのである。また,このような機会を提供することで,社会の変 革に否定的な保守的思想を持つ人々に対して,多様な社会的背景を抱える他者 が生きていく上で社会を変革することの重要性を認識させることも重要であろ う。
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倉地(1992, 1998, 2002)は,人間一人ひとりが唯一な文化を持つ存在であ るということを理解する必要性を説くも,他者の抱える社会的問題を理解し,
向き合っていく態度を形成することに関しては十分な指摘をしていない。やは り,中島(2005)や松尾(2005)が指摘しているように,不平等や差別をもた らす社会構造を理解していくことも多文化共生を目指していく上で不可欠なの ではないであろうか。両者の指摘はどちらも多文化共生には肝要であり,どち らが欠けてもいけないのではないであろうか。本論で述べたように,人間の唯 一性と他者の社会的問題の理解を異文化理解教育の実践において進めていかな ければならないであろう。
今後の課題としては,いつ異文化理解教育を受けてきたのか,またどのよう な異文化理解教育を受けてきたのかによって,各因子に属する項目の平均評定 値(ただし,逆転項目に関しては7から評定値を減じる)の比較を行い,どの ような差がみられるのかを明らかにすることが考えられる。つまり,異文化理 解教育の時期・内容によって,個々人にどのような影響が及ぶのかを明らかに する調査研究を実施し,日本人大学生が受けてきた異文化理解教育の効果をよ り詳細に検証することが挙げられる。
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Japanese University Students’ Consciousness of Intercultural Understanding
──A Study of Factors Concerning Intercultural Understanding──
Jun Numata
The purpose of the present study was to examine the factors of Japanese univer- sity students’ consciousness of intercultural understanding. The questionnaire was composed of forty eight items related to understanding of individuality and others’
social problems. Respondents were required to answer each item using a 6-point Lik- ert scale. Data was obtained from 168 Japanese university students. The results of exploratory factor analysis on the data revealed five factors:(1)Diverse Values,
(2)Indifference toward Minority People,(3)Conservative Thoughts,(4)Stereo- typic Understanding, and(5)Egocentricity. The results indicated that Japanese uni- versity students tend to accept diverse thoughts, which is important for understanding individuality. However, they are inclined to see others stereotypically, which gives rise to racism. Therefore, intercultural education has not developed critical attitude toward seeing others essentially in Japanese university students. Moreover, Japanese university students have tendencies to hold indifference toward others and behave egocentrically. Besides, they do not show their interests in reforming the existing so- ciety. Hence, it is suggested that Japanese university students do not recognize oth- ers’ social problems profoundly.
Key words: intercultural education, intercultural understanding, university student
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