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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

脂質結合型疎水性ビタミンB_<12>を用いた新規二分 子膜型人工酵素の構成と反応特異性に関する研究

小川, 晃弘

九州大学工学応化分子合成化学

https://doi.org/10.11501/3099873

出版情報:Kyushu University, 1994, 博士(工学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)
(3)

υ 

脂質結合型疎水性ビタミン B 1 2 を用いた 新規二分子膜型人工酵素の構成と反応 特異性に関する研究

平成 7 年 1

小 川 晃 弘

(4)

目次

第1章 緒 言

第2章 ペプチド脂質の合成 20 

2.1  ジヘキサデシルアミン 22 

2.2  アラニン残基を含む二本鎖ペプチド脂質の合成 23 

2 . 2 . 1   N

N ‑

ジヘキサデシj

̲ N a

‑t‑ブトキシカjレボニノレーしアラニンアミド 23 

2 . 2 . 2   N

N ‑

ジヘキサデシル

̲ N a ‑ ( 6 ‑

ブロモヘキサノイノレ)ーしアラニンアミド24

2 . 2 . 3   N

N ‑

ジヘキサデシj

̲ N a‑ ( 6 ‑

トリメチノレアンモニオヘキサノイル) 25  ーL・アラニンアミド臭素酸塩

2 . 2 . 4   N

N ‑

ジヘキサデシj

̲ N a‑ ( 6 ‑

jレホヘキサノイ jレ)ーしアラニン 26  アミドナトリウム塩

2.3  アスパラギン酸残基を含む二本鎖ペプチド脂質の合成 27 

2 . 3 . 1   N

N ‑

ジヘキサデシj

̲ N a

‑t‑ブトキシカjレボニjレ‑0‑ベンジル 27 

・L‑アスバルトアミド

2 . 3 . 2 . 

N,N‑ジヘキサデシjレ‑N (6・プロモヘキサノイjレ)・0ペンジル 28  ーしアスバルトアミド

2 . 3 . 3   N

N ‑

ジヘキサデシj

‑N

(6・トリメチjレアンモニオヘキサノイル) 29 

‑0‑ペンジノレーしアスバルトアミド臭素酸塩

2 . 3 . 4   N

N

二ジヘキサデシjーレ

N a ̲ ( 6

国トリメチルアンモニオヘキサノイノレ) 30  ーしアスバルトアミド臭素酸塩

2 . 3 . 5   N

,N二ジヘキサデシル圃

N

a'

‑ ( 6 ‑

スルホヘキサノイノレ)ーしアスバルト 31  アミドナトリウム塩

2.4  総括 32 

(5)

3

章 疎水性ピタミン B12類の合成 33  3.1  ジシアノコピリン酸ヘプタメチルエステノレ: 36 

(CN)2Cob(III)7C1郎 防

3.2  コピリン酸ヘプタプロピルエステル類の合成 37  3.2.1  ジシアノコピリン酸ヘプタプロピルエステル: 37 

(CN)2Cob(III)7 C3ester 

3.2.2  シアノアココピリン酸ヘプタプロピルエステノレ過塩素酸塩: 39  [(CN)(H20)Cob(III)7C3ester]ClO 

3.2.3  コピリン酸ヘプタプロピルエステル過塩素酸塩: 40  [Cob(II)7C3ester]α0

3.3  10イ立を修飾した疎水性ピタミン B12類の合成 42  3.3.1  ジシアノコピリン酸‑10・ニトロヘプタメチルエステル: 42 

(CN)2Cob(III)(1 0・N02)7C1esr

3.3.2  ジシアノコピリン酸‑10‑ニトロヘプタプロピルエステル: 43  (CN)2Cob(III)(10・N02)7C3ester

3.3.3  ジシアノコピリン酸‑10・アミノヘプタメチルエステル: 44  (CN)2Cob(III)(10・NH2)7C1ester 

3.3.4  ジシアノコピリン酸・10・アミノヘプタプロピルエステル: 45  (CN)2Cob(III)(10・NH2)7C3ester

3.3.5  ジシアノコピリン酸‑10・アセトアミドヘプタメチルエステル: 46  (CN)2Cob(Im(10Ac)7C1ester

3.4  総括 47 

第4章 疎水性ピタミン B12が結合した人工脂質の合成 49  4.1  新規カチオン性人工脂質の合成 53 

11 

(6)

4.1.1  ジシアノコピリン酸・10[NNジヘキサデシル̲Na‑(6'トリ 53 

メチルアンモニオヘキサノイ ノレ)ーしアスバルト アミド臭素酸塩]

ヘプタメチルエステル:

(CN)2Cob(III)(10・N+CSAsp2C16)7C1 ester 

4.1.2  シアノアココピリン酸・10・[N,N‑ジヘキサデシjレーNa‑(6'‑トリ 56 

メチルアンモニオヘキサノイル)ーしアスバルトアミド臭素酸塩]

ヘプタメチルエステル過塩素酸塩:

[(CN)(H20)Cob(III)( 1 0・N+CSAsp2C16)7C1ester]CIO 

4.1.3  コピリン酸10[NN‑ジヘキサデシj̲Na(6'トリメチル 58 

アンモニオヘキサノイノレ)ーしアスバルトアミド臭素酸塩]ヘプタ メチルエステル過塩素酸塩:

[Cob(II)(1 0‑N+CSAsp2C16)7C1 ester]CIO 

4.1.4  ジシアノコピリン酸ー10[NN‑ジヘキサデシルーNa‑(6'トリ 60 

メチルアンモニオヘキサノイル)ーしアスバルトアミド臭素酸塩]

ヘプタプロピルエステル:

(CN)2Cob(III)(10・N+CSAsp2C16)7C3ester

4.1.5  シアノアココピリン酸ー10‑[N,N‑ジヘキサデシノレ̲Na‑(6'ートリ 62 

メチルアンモニオヘキサノイル)ーしアスバルトアミド臭素酸塩]

ヘプタプロピルエステル過塩素酸塩:

[( CN)(H20 )Co b(III) ( 1 0・N+CSAsp2C16)7C3ester]CIO

4.1.6  コピリン酸・10・[N,N‑ジヘキサデシル̲Na‑(6'‑トリメチル 62 

アンモニオヘキサノイル)ーしアスバルトアミド臭素酸塩]ヘプタ プロピルエステル過塩素酸塩:

[Cob(II) (1 0・N+CSAsp2C16)7C3ester] CIO 

4.2  新規アニオン性人工脂質の合成 63  4.2.1  ジシアノコピリン酸10[NN‑ジヘキサデシル‑Na‑(6'スルホ 63 

ヘキサノイル)・しアスバルトアミドナトリウム塩]ヘプタメチル エステル:

(CN)2Cob(III){ 10‑(S03)CSAsp2C16}7C1 ester 

(7)

4.2.2  シアノアココピリン酸‑10‑[N,N‑ジヘキサデシルーNa‑(6'‑スルホ 66  ヘキサノイノレ)ーしアスバル トアミドナトリウム塩]ヘプタメチル

エステル過塩素酸塩;

[(CN)(H20)Cob(III) {1 0‑(S03)CSAsp2C16}7Cester]CI0

4.2.3  コピリン酸‑10‑[N,N‑ジヘキサデシル̲Na‑(6'‑スルホヘキサ 68  ノイル)ーしアスバルトアミドナトリウム塩]ヘプタメチルエステル 過塩素酸塩:

[Cob(II) { 10・(S03)CSAsp2C16)7C1ester]CI0

4.2.4  ジシアノコピリン酸‑10‑[N,N‑ジヘキサデシル‑Nσー(6'‑スルホ 70  ヘキサノイノレ)‑L‑アスバルトアミドナトリウム塩]ヘプタプロピル

エステル:

(CN)2Cob(III) { 10‑(S03)CSAsp2C16}7C3ester 

4.2.5  シアノアココピリン酸‑10‑[N,N‑ジヘキサデシル̲Na‑(6'‑スルホ 72  ヘキサノイル)・L‑アスバルトアミドナトリウム塩]ヘプタプロピル

エステル過塩素酸塩:

[(CN)(H20)Cob(III) { 10‑(S03)CSAsp2C16}7C3ester]CI0

4.2.6  コピリン酸‑10‑[N,N‑ジヘキサデシル‑N (6'‑スルホヘキサ 72  ノイル)ーしアスバルトアミドナトリウム塩]ヘプタプロピル

エステル過塩素酸塩:

[Cob(II) { 10‑(S03)CSAsp2C16}7C3ester]CI0

4.3  総 括 73 

第5章 ピタミン

B

12人工脂質と合成二分子膜ベシクルの相互作用 74 

5.1  実 験 の 部 74 

a)  試 薬 類 74 

b) 試 料 の 調 整 76 

5.2  示差走査熱畳分析 78 

5.3  動 的 光 散 乱 85 

lV 

(8)

5.4  電子顕微鏡観察 91 

5.5  総 括 93 

第 6章 ピタミン B12人工脂質とペプチド脂質からなる二分子膜型人工 95  酵素による炭素骨格組み替え反応

6.1  これまでの二分子膜型人工酵素系における研究成果 96  6.2  メチルマロニルー

CoA

ムターゼ型モデル反応 102 

6.2.1  実験の部 102 

a)  試薬類 102 

b) 基質及び標品の合成 102 

c )  

アルキル錯体の合成 105 

d )

測定方法 114 

6.2.2  ピタミン B12カチオン性人工脂質とペプチド脂質からなる 115  超分子系による異性化反応

6.2.3  臭化物生成機構の解明 117 

a) 試薬類 117 

b) 試料の調整 117 

c )   GC‑MS

スペクトル 118 

d )   ESR

スノ〈クトノレ 118 

6.2.4  反応機構 122 

6.2.5  ピタミン

B

12アニオン性人工脂質とペプチド脂質からなる 124  超分子系による異性化反応

(9)

6.2.6  考察 126  6.3  αーメチレングルタル酸ムターゼ型モデル反応、 127 

6.3.1  実験の部 127 

a)  試薬類 127 

b) 基質及び標品の合成 127 

c)  アルキル錯体の合成 135 

d) 測定方法 141 

e)  反応結果 143 

6.3.2  シアンイオン添加系 144 

a) 測定方法 144 

b) 反応結果 145 

c)  電子スペクトル 146 

d)  ESRスペクトル 148 

6.3.3  反応機構 151 

6.3.4  考 察 153 

6.4  アミノ酸誘導体の炭素骨格組み替え反応 154 

6.4.1  実験の部 154 

a)  試薬類 154 

b) 基質及ぴ標品の合成 154 

c)  アノレキル錯体の合成 158 

Vl 

(10)

d) 測 定 方 法

6.4.2  結果と考察 6.5  総 括

第7章 新規二分子膜型ピタミン B12人工酵素の反応場特性

7.1  実験の部 a)  試 薬 類

b) 試 料 の 調 整

7.2  電子スペクトノレによるミクロ極性の評価

7.3  示差走査熱量分析

7.4  蛍光偏光度によるミクロ粘度の評価 7.4.1  蛍光プロープの合成

7.4.2  反応場のミクロ粘度の評価 7.5  総 括

8

章 結 言

参考文献

謝 辞

162  164  168  170  170  170  173  175  179  183  184  185  189  191  195 

(11)

第 l 章 緒 言

生体内で起っている現象は非常に複雑で,多様性に富み,エネルギーおよび物質 変換の効率が著しく高い。この多様性,高効率性は人類による技術によっては到底,

達成不可能なものであった。しかし,生体物質の個々の機能の解明は近年の基礎生 化学を中心とした関連領域の研究成果により大きく前進し,生体機能に対する理解 は著しく深まってきた。他方,有機化学,無機化学,錯体化学,高分子化学などの 進歩も著しいものがあり,化学者が望む機能を持つ化合物を分子設計し,合成する ことが可能となってきた。これら二大分野を有機的に結びつけ生まれた学聞がバイ オミメティックケミストリー すなわち生体機能の化学である。この分野の化学は 単に生体機能の模倣ではなく,生体に学ぶことから出発して,最終的には生体機能 を化学的にしかも分子レベルで解明し,生体機能より優れた機能を持つものを生み 出すことを目的としている。バイオミメティックケミストリーは生物無機化学,生 物有機化学を中心とし,方法論として生物物理化学が加わって現在大きく発展して いる。なかでも生体系における遷移金属錯体の構造・機能の研究を中心とした生物 無機化学は近年急速に発展してきた分野である1)

生体機能には酵素の触媒作用 細胞膜による区画形成,生体膜を介しての物質移 動,核酸による情報伝達,あるいは糖類,ペプチドその他の生理活性物質を含むこ れらの生体物質の集合系として発現する機能などがある。このうち酵素は物質代謝 機能を司る生体触媒であり,常温常圧, pH中性の水溶液系という極めて温和な条件 下で高活性,高選択性を発現するという点で省エネルギー的な優れた触媒であると いえる。なかでも,酵素のもつ高度な反応特異性,基質特異性,立体特異性は最近 の精密化学の発展に伴い,基礎化学分野のみならず,医薬化学方面からもその重要 性が認識されつつある2)

酵素は構造的にはタンパク質であり,そのもの自体が触媒機能を主体的に示す場 合と,複合タンパク質(ホロ酵素)としてアポ酵素と呼ばれるタンパク質部分と,

低分子化合物である補酵素とからなる場合とがある3)。この補酵素にはしばしばCr, Mn,  Fe, Co, Cu, 

z n

などの微量必須金属イオンが取り込まれており,また一方,

金属イオン自身が補欠要素の役割を演じることも多く,このような酵素を通常金属 酵素と呼んでいる4)。補酵素の大部分はピタミン類であり,本来これら補酵素と基質

(12)

の問である程度は起りうる反応が,アポ酵素と補酵素の協同によってけた違いに高 い速度で,特異的に,能率的に進行する。さら に,本質的には酵素タンパク質だけ でも触媒となる反応,つまり酵素の活性中心の官能基と基質の問で起る比較的単純 な反応が補酵素の介在によって極めて多彩なものになり,また非常に円滑に進行す る。しかし,本質的には補酵素が触媒活性の中心となり,タンパク質官能基が関与 することにより基質の反応の方向性を多様化しているともいえる1)。本論文で取り上 げたピタミン B12類もこのような補酵素であって,生体には必要不可欠なビタミン 類である。

ピタミン B12は金属イオンとしてコバルトを有しており,発見の当初から現在に 至るまでその複雑な構造と重要な生理活性により広範な分野の研究者の注目を集め

てきたの。ピタミン B12は1948年にSmi出ら6)および、Folkers7)らによって肝臓中の抗悪 性貧血因子として発見され, 1958年にBkerらによって光に不安定な補酵素型が発見

された8)。次いで,ピタミン B12およびその補酵素型の構造がHodgkinらのX線結 品構造解析により決定され9),コリン環の部分のみでも不斉炭素を 9個も含むネ鯨住極 ま る 構 造 は 有 機 合 成 化 学 上 最 大 の タ ー ゲ ッ ト と な り , 1972年 に はWoodward, Eschen moserらによる全合成が達成された10)。現在では,補酵素として生化学反応を 司どる触媒メカニズムの解明に研究の重点は移っている。

ピタミン B12類は,自然界では他に類例をみないコバルトー炭素 (Co‑C)シグ マ結合を有する有機金属錯体であり,図 1. 1に示すように,その基本構造はコリン 環と呼ばれるテトラピロール環状配位子がコバルトに配位した錯体である。コリン はヘム鉄の配位子であるポルフイリンとは異なるモノアニオン性の配位子であり,

A, D両ピロール環が直結しているため平面からの歪みも大きい。また,コリン環 周辺位の 7個の酸アミド基のうち,アセトアミド基は s‑配位面に,プロピオンアミ

ド基は十配位面へ向いている。通常ピタミン

B

12補酵素と呼ばれるアデノシルコパ ラミンは, 十配位面側の配位子としてリン酸,リボース ,5,6‑ジメチルベンツイミ ダゾールから成るヌクレオチド部を有し,

s ‑

配位面側の配位子としてグーデオキシア デノシル基を持ち, しかもその5'‑位の炭素とコバルトがシグマ結合しているという 有機金属的特徴を備えている。

(13)

H2NOC 

し=

し=Me し =CN

アデノシルコバラミン

NH

メチルコバラミン シアノコバラミン

図1.1 ビタミン B12類の構造

‑3‑

(14)

表 1. 1 ピタミン B12が関与する酵素反応形式11

反応形式 転移基

CH3CH(OH)CH20H一 一 + Dioldehydrase 

CH3CH2CHO H2 OH 

CH2(OH)CH(OH)CH20H一 一 + Glyceloldehydrase 

CH2CH(OH)2CHO + H20  OH 

Ethalamine  CH2(NH2)CH20H 

deaminase  CH3CHO NH3  NH2 

Ribonucleotide  R(SH)2  + GPT  一ーー‑ーー reductase  R(S2)  + dGPT + H20  Methylmalony H02CCH(CH3)COSCoA三二三

COSCoA  CoA mutase  H02CCH2CH2COSCoA 

Glutamate  H02C(CH2)2CH(NH3 +)C02H 二二三

mutase  O2 (C H 3) C (N H 3+ ) O2  CH(NH3+)C~H

α‑methylene‑ H02C(CH2)2C= CH2( C O2 H)  二二三

C =  CH2(C~H)

glutamate mutase  H02C(CH3) C=CH 2( C 02H) 

βLysine H3~CH2(CH2)2CH(NH3+)CH2C~ 4ー... 

aminomutase  CH3CH(NH3 )CH2CH(NH3 +)CH2C02 NH2  D‑a‑Lysine  H3N+ CH2(CH2)3CH(NH 3+) C~- 4ト一一一

aminomutase  CH3CH(NH3 +) (CH2)2CH(NH3 )CH2C~ NH2  Ornithine  H3~CH2(CH2)2CH(NH3+)C02 .. ̲̲̲.

aminomutase  CH3CH(NH3+)CH2CH(NH3+)CH2C02 NH2  Leucine 23 CH3CH(CH3)CH2CH(NH2)COOH 三二三

aminomutase  CH3CH(CH3)CH(NH2)COOH  NH2 

Methane  還元剤(H2)

synthethase  C1ー~CH4 (ATP, H2' 

"Coenzyme M") 

Methylarsane  ATP, H2, 

synthethase  C1~AsH3-n(CH3)n "Coenzyme M"(?) 

Acetate  C+C02 ~ CH3C02  還元剤

synthethase 

Methionine  5‑CH3‑THFA + Homocysteineー + Adenosylme‑

synthethase  THFA + Methionine  Thionine 

‑4‑

(15)

生体内においてピタミン B12類はアデノシルコパラミンとメチルコパラミンの 2

種 類 の 補 酵 素 型 と し て 存 在 し 前者は隣接炭素原子上の官能基と水素原子の交換を 伴 う 酵 素 反 応 に , 後 者 は メ チ オ ニ ン 合 成 な ど に お け る メ チ ル 基 移 動 を 伴 う 酵 素 反 応

に,それぞれ関与している(表 1. 1 ) 11)。前者のアデノシルコバラミンの関与する 11種類の異性化反応は, ( 1)炭素骨格の組み替えを伴なう反応, (2)水またはア

ンモニアの脱離を伴う反応, (3) アミノ基の分子内転位反応の3つに分類される。

表 1. 1にあげた水素移動を伴う反応のっち,リボヌクレオチドリダクターゼ以外の 10種類の酵素反応はいずれも式 1. 1に示すように,官能基Xが隣接炭素上の水素と 交換,転位するという共通の側面を持っている。

H i n v l   x L

C i  

H  X 

I  I 

‑ C

1

‑C

2‑

I I 

( 1 . 1 ) 

アデノシルコバラミンの反応機構に関しては (2) に属するジオールデヒドラー ゼならびにアンモニアリアーゼに関する石汗究をもとに,図 1.2に示すようなラジカ ル反応機構により進行するという考え方が最も有力である12)。 す な わ ち , 基 質 の 酵 素 内 へ の 取 り 込 み に よ り 活 性 化 さ れ た ア デ ノ シ ル コ パ ラ ミ ン の コ バ ル ト ‑ 炭 素 結 合 のホモリシスによりアデノシルラジカルが生じ 基 質 か ら 水 素 原 子 を 引 き 抜 き 基 質 ラジカルとグーデオキシアデノシンが生成する。基質ラジカルは生成物ラジカルへ転 位した後, 5'・デオキシアデノシンから水素原子を引き抜いて生成物とアデノシルラ

ジカルが生じ,後者はコバラミンと再結合してアデノシルコバラミンを再生すると いう考え方である。

これに対して, Schrauzerら13)および、Coreyら14)は酵素反応中にCo‑C結合がヘテロ リシスを起すという仮定のもとにそれぞれ独自の機構を提案しているが,これらを 支持する実験的証拠が酵素系からは得られておらず,一般に受け入れられるに至っ ていない。ラジカル機構説については, Dolphin‑Abelesのπ錯 体 経 由 機 構15),Finke, Goldingらの結合型ラジカル機構16)等が提案されているが,ジオールデヒドラーゼに 関する一連の研究結果を比較的よく説明できる結合型ラジカル機構を支持するもの が近年大勢を占めているようである。しかしながら,官能基転位の機構についての

(16)

H

UU   PU

S

H

~S~九CH

R ‑ ‑

/ / / y S. 

CωH

( / , , [ C 6 (l 』 司

O

¥ [ ω C

O

γ i

R  C H

E + 

[ C o ]   ‑‑

12転位

...,・

PH / '  

E'  • CHR

三 E .

CH~R

" ' [ C o ]   ‑

~[ëo]

R‑CH2‑, 5'‑デ オ キ シ ア デ ノ シ ル 基 ;[Co] ,コパラミン;

E,アポ酵素;SH,基質;PH,生成物 図1.2 アデノシルコパラミンの作用機構

酵素的データが無いことから推測の域を出ておらず,完全な定説とはなっていない。 一方アデノシルコパラミン依存性酵素の初期反応である, Co‑C結合の活性化につ いては, Co‑C結合の開裂反応に関する動力学的研究1719),X線結品構造解析によ るCo‑c結合距離および結合角の相関関係に関する研究2031),分子軌道計算による 理論的研究2224),レーザーフラッシュフォトリシスによるco‑c結合の開裂反応に 関するナノ秒,ピコ秒オーダーでの動力学的研究など2527)がある。 Hodgkinらは

X

線 結晶構造解析からアキシアル配位塩基である5,6‑ジメチルベンツイミダゾリノレ基が,

コリン環の立体構造に影響を及ぼすことを明らかにしている28)。

また, Hogenkampらはポーラログラフ法による研究から,アキシアル配位子の電 子供与性によってコバルトの電子的性質が著しく変化することを立証している29)。 これらの結果から, α‑配位面側の窒素塩基配位子とコバルトとの結合が, CO‑C結 合の安定'性に影響を与えていることが示唆される。以前より,コリン環の構造変化 によるCo‑c結合の活性化の機構が提案されてきたが3032),近年,このようなコリ ン環の構造変化について,フーリエ変換技術の進歩により,ピタミン B12類の異核

‑6‑

(17)

NM R,2次元N MR33),近赤外ラマンスペクトル34),EX A F S35),X A E  S 36)等による測定にもとづいた検討が行われてお り,溶液中での構造と結晶構造の 聞に大きな変化がない事が示された。一方虎谷らは,下方配位塩基の種類やスペー サ一部分の長さの異なるピタミン B12類を種々合成し,その酵素活性について検討

している37)。その結果,アボタンパク中にはアデノシル基に特異的な結合部位が存 在し,さらにビタミン B12のアミド周辺置換基とアボタンパクとの間の強固な相互 作用によるコリン環の折れ曲がりによってCo‑C結合が活性化されていることを示 唆している。 Brownらも配位塩基の立体的な効果の重要性を指摘している38)。さら にFinkeらは反結合性のCo‑C結合の LUMOへの 1電子移動によ り,Co‑C結合が 弱くなることを示したが,酵素系ではその様な可能性は低いと述べている39)。また 最近, Krautlerらはコリン環下方部分の立体的かさばりが小さいシアノイミダゾール

コパミドを合成し,補酵素 B12と結晶構造を比較することにより下方配位子の立体 的なかさ高さがコリン環の歪みに寄与していることを直接的な証拠として報告して いる40)。以上のように, Co‑C結合の活性化は主にアボタンパクと補酵素 B12との 立体的な相互作用によるコリン環の折れ曲がりが重要であると考えられているが,

その一方でコリン環の変化は無関係であるという説もある3541)。このように,酵素 反応におけるCo‑C結合および基質の活性化ならびに,官能基の転位に関する機構

は推定の域を出ず,現在もなおモデル系を含め多くの研究が展開されている。 表 1. 1に示した炭素骨格組み替え反応を含む異性化反応は,これまでの有機化学 や有機金属化学では見出されていない反応を含んでおり,有機合成化学的な観点か らも興味深いものである。これらのなかでメチルマロニルーCoAムターゼ,グルタミ ン酸ムターゼ, トメチレングルタル酸ムターゼの 3種類の反応はK+,Mg2+など別の 共同因子を必要としないこと等から最も注目されている。酵素系において E S Rに よりメチルマロニノレーCoAムターゼ42),グルタミン酸ムターゼ43a)αーメチレングル タル酸ムターゼ43b)についてそれぞれラジカル種が検出されている事から,これらの 反応においてはラジカル中間体が関与しているという可能性が濃厚になっている。

また,モデル反応ばかりでなく,量子化学計算による転位機構の検討4447)も行わ れているが,エネルギー的にはラジカル転位46),アニオン転位47)のいずれも可能で あり,実験的裏付けが求められている。

メチルマロニjレーCoAムターゼの反応に関連した非酵素系におけるモデル反応とし

‑7

(18)

ては,ピタミン B12あるいはそのモデル錯体を求核性の高い Co(I)状態に還元し,

基質として相当するハロゲン化アルキルを反応させることによりアルキル錯体を生 成させ,このものから生成物を得るという手法が一般的によく行われている4853)

Dowdらは,コバラミン [Co(I)]錯体とハロゲン化アルキルを反応させることによ りアルキル錯体を生成させ 温和な条件下で放置するだけで,低収率ではあるが転 位生成物が得られることを示している(式 1. 2 )48)

H  C OMe H  C OH ̲COH

〆∞:‑×

f Me Me

H+

U

い +

G 出)

140/0  180/0 

H H U H  

J

ι

0 0

C/││¥Cψ 

( 1 . 2 ) 

また,

s

∞抗らはモノチオエステル誘導体を基質として用いることにより,モデル 反応系においても転位する官能基はエステル基ではなく,酵素反応と同じくチオエ ステル基であり,転位反応はラジカル的に進行していることを提案している

(式1. 

3  ) 

49)

判 断 M X : : t ‑ J   t ‑ M て

02B

しかしながら, Schrauzerらは式 1.3と同じモノチオエステル誘導体の基質を用い て種々の条件下で反応を行い,還元剤存在下でのみ高収率で異性化生成物が得られ ることおよびその動力学についての測定結果から,アルキjレ錯体のヘテロリシス関 裂により生成するカルボアニオン中間体を経由して転位反応が起ることを提案して いる(式 1. 4 )50)

(19)

また,多田らはピタミン B12のモデル錯体であるコバロキシムを用いて,アルキ ルコパロキシムを光照射することによっても同様な転位反応が進行することを報告

している(式1. 5 )51)

Me̲  COSEt 

("Ph  hv  Me

, 

/COSEt  yCOSEt  y P h  

/COSEt

f

b

以山

│ i ; 訂 τ~

Me)

♂ P y

Ph

M

W

gイ / へ /

Ph 'COSEt 

60% 8%  11% 

以上のピタミン B12およびモデル錯体を用いた反応とは異なり ,Halpernらはピタ ミン B12の存在なしにn‑Bu3SnHを用いて相当する基質ラジカルを発生させ,少量の 転位生成物を得ている(式 1. 6 )54)

M ( < : ご

t

n r J X o t  

Me̲  COSEt  n‑Bu‑:lSnH  IVIC,‑/ 

Me CO~t

910/0 

Me̲̲.  /C OEt  Me̲̲.ノC 02Et

n‑Bu3Sri‑1

. 、 、

COSEt  COSEt 

90/0 

( 1 . 6 ) 

またナトリウムナフタレニドを用いてカルパニオンを発生させた場合,転位生成 物の収率は飛躍的に増大するが,チオエステル基ばかりでなくエステル基の転位も 起り,転位が選択的ではないことに注目し(式 1. 7 ),カルパニオン生成の困難さや,

酵素反応では転位する基質の選択性が高いこと等から,補酵素 B12は可逆なフリー ラジカル運搬体としてのみ働き,転位反応、自体には関与しないといっフリーラジカ ルキャリアー機構を提案している54)

0%  42%  4% 

これに対してDowdらは分子内にラジカルトラップ基としてペンテニル側鎖を有す

‑9‑

(20)

る基質を用いた場合には, n‑Bu3SnHを用いて発生させたラジカル種は速やかに 6員 環に閉環し,異性化生成物は得られなかったがjピタミン B12sで処理した場合には チオエステル基が転位した異性化生成物が主生成物として得られることを見出した

(式1. 8 )55a)

~~~/COSEt

/ V V Vitamin 8125 

(  'C02 MeOH 8r 

い 戸 て 日 いィツ < c o s : t

40‑600/0 

+パメ : ; t

さらに彼らは,ナトリウムナフタレニドを用いてカルパニオンを経由した異性化 反応の場合には,チオエステル基が転位した異性化生成物とエステル基が転位した 異性化生成物が

1:  1

の割合で得られていることから(式

1.  9 )

,異性化反応はラジ

カル反応ではなく コバルトが関与したカルバニオン経由の反応であることを示唆 している。

50% 

+ 仏 ぺ ( 

E

Q U E m

0 0  

c c  

/ l l B  

︑ ︑

+

M a

FM F

H

H

nv

d

y ﹃

C

い ぺ

2Et

また,その後彼らはメチルチオマロネート基を有する基質を用いてアルキル錯体 を合成し,これを用いて異性化反応を行い,活性化されていない炭素からの水素の 引き抜きと置換基転位が同時に起ることを見いだしている(式1. 1 

)55b)

550 H2

COSEt 

EtO~、tI"A

CCh

/  C O

CH3

γ : : : : : :

41%  50% 

( 1 . 1 0) 

+ : こ い つ く : : :

9% 

(21)

この反応をCH30D中で行った結果,得られた生成物の重水素の位置から転位の最 終段階でカルバニオンが関与していることが示唆され, ラジカル経路に加えて第二 の中間体としてカルパニオンが生成するラジカルと電子移動段階の組み合わせも考

Et~C ,人^ ~C Ü2 B EtSOC' 

1. H3 f'CiH3 六一C O2

37% 

(式 1. 1 1)

COSEt  EtQzC入 人 ^~C Ü2日

/ 1.. ,  (' ~_ O2 CH3  CH3 

25~も

えられることを指摘している

: : : 二 口 出

酵素反応ではCo‑C結合が開裂しでも,異性化反応が完結するまでは基質は活性 部位近傍に存在すると考えられることから, R

yらは基質をコバルトの近傍位に固

定化したモデル錯体を考案し,高収率 (82~95%) で異性化生成物を得ている

( 1 . 1 2) 

g

︑ 円

4iJ

e H

H m

Ml lC

c p  

J o t ‑

Me  Me 

民,L,.9 ~

A  ̲ 

/~O

' C

ぺ〈

C 1 c ' y c r

ぴ・CH2' 0 ぴ CH2'0 

¥r[rCo̲III¥'  / (II)]  ¥r'[rCo̲III¥'  / (II)] 

hv 

‑‑‑‑t・・

(式 1. 1 2 )56)

O.  Me  .0 

冷'十C~

0'  CH

¥r[rCo

J

(IIIlIn I)] 

α・メチレングルタル酸ムターゼ5761)

様なモデル反応、に関する研究が展開されているが,以上の報告例からもわかるよう グルタミン酸ムターゼ6264)に関しでも同

さらにコバルト アニオン中間体のいずれを経由するか,

に,転位段階でラジカル,

が関与するか否かについては決定的証拠がなく,依然として未解明のままである。

ピタミン

B

12依存性酵素反応の機構解明のために補酵素のモデル錯体が数多く合 その物理化学的挙動ならびに反応性に関する研究が行われている。 モデル

この中でコパロキシムと呼ばれる [Co(DH)2]は合成 が容易であり,ピタミン B12類似の反応性を示すことから最もよく用いられているの)。

その構造や酸化還元挙動は天然のピタミン B12とはかなり異なっており,

モデル錯体としての有用性には限界があると思われる。

成され,

錯体の代表例を図

1.3

に示す。

しかし,

ポルフィリンのコノて また

ピタミン B12モデルとしての可能性が検討されたが,

‑11‑

ルト錯体[Co(tpp)]についても,

(22)

...H、、O

0 1   寸 +

: 〈 〉 〈 〉 (

Me  N l M e   Me 

。、、H...O

o

.('0

Co(DHb 

Co{(DO)(DOH)PN} 

Me.  Me 

Co(BAE) 

Co([14]aneN4

日þ~oy 日 t t y

Co(SALEN) 

Co(SALOPH) 

Co(BDHC)  Co(tpp) 

図1.3 代表的なピタミン B12モデル錯体

(23)

その電子状態はピタミン B12とは著しく異なることが判明している66)。

これに対して,村上らによって開発された [Co(BDHC)]は,電子的諸性質がコリ ノイド錯体と類似しておりピタミン B12モデル錯体として優れているものの,その C‑19位のアンギュラーメチル基の立体障害により,異性化反応の触媒とならないこ

とが明らかになっている67)。したがって,触媒反応を取り扱う場合には適当なモデ ル錯体の合成が必要と判断される。

ところで最近,ピタミン

B

12類およびそのモデル化合物を酵素モデル反応のみな らず,有機合成反応、の触媒として用いる試みが数多くなされている6884)0Fc凶ら はコバルト l価種のコパラミンを触媒とした,ニトリル, α,s‑不飽和カルボニル化 合物,オレフイン,アルデヒド誘導体等の還元反応について検討を行っている68‑70)。 また, Scheffoldらはヒドソキソコパラミンもしくはそのモデル錯体による定電位電 解反応について検討しており,これらを用いてブロモアセタール類の環化反応に成 功している(式 1. 1 3 )84)

Br  戸 ﹄

S F )   sa一Y‑

I 2 .

i

dv

eζ

E 1  

L ρ ヶ

L 昨(f

また,彼らは生理活性物質の合成反応にもコパラミンを利用しており,例えばプ ロスタグランジン合成における中間体の合成(式 1. 1 4 )78), N‑アシルシクロアル ケニルアミンの合成(式 1. 1 5 )85)などが挙げられる。

m h ' O  

EtO 

B12a 

( 1 . 1 4) 

OTBDMS 

electrolysis 

1.9V vs.SCE 

11  CSH11 

1 1 

‑13‑

(24)

N

人。

(CH  B12a 

人 。

ρ 

(1.15) 

さらに彼らは,エナンチオ選択的な反応を検討するために,図 1. 4に示したよう なモデル錯体を新たに合成し, 1,4‑エピペルオキシドのヒドロキシシクロアルケノン への異性化反応(式 1. 1 6) においてエナンチオ選択的な触媒として作用すること

を示している86)

① 

(RR) talyst Vitamin C, MeOH 

( 1 . 1 6) 

O H  

図1.4 キラルなビタミン B12モデル錯体

一方,村上らは疎水性ピタミン B12類を用いた定電位電解反応について,その反 応機構等に関しでも詳細に検討しており87) シアノ,エステル アシル基等の電子 吸引性置換基を導入したハロゲン化アルキルを基質として用いた場合に,分子内官

(25)

能基転位反応か効率よく進行することを見出した87)。この結果を有機合成に応用し て環拡大反応にも成功している (式1. 1 7 )87d)

11  r ‑8r 

( 、 が C0

2

C 戸

Electrolysis 

UH

n J  

nζ  

o  c 

( 1 . 1 7)  Cobester 

2.0V VS. SCE 

このようにピタミン B12類やそのモデル錯体による種々の触媒反応が報告されて おり,今後一層の発展が期待される。以上に述べたモデル反応はすべて均一系での 研究成果であり,酵素系を意識した研究とはいえない。先に述べたように,酵素系 では補酵素ピタミン B12はアポ酵素が構成する水分子の存在が極度に制限された疎 水的ミクロ環境に位置していると考えられている。このような条件下において,酵 素反応で生成してくる反応中間体(ラジカル,アニオン等)に対してアポ酵素は疎 水性場を構成し,脱溶媒和,ミクロ環境効果により安定化に寄与しているものと推 察される。従って,生体内での酵素反応を再現し,より精巧なモデル系を構築する ためにはアポ酵素機能に焦点をあてた研究を行うことが必要であると考えられる。

アポ酵素のモデルとしては機能性高分子,大環状化合物,界面活性剤などが挙げ られるが,このうち界面活性剤が水中で形成する分子集合体は生体膜類似の機能を 発現することからアポ酵素モデルとしての利用度が高まっている8889)。分子集合体

はその構成成分を水中に分散するだけで分子聞の疎水性相互作用によって自発的に 形成される点で環状化合物に比べて化学合成が容易であり,さらに疎水性基質を取 り込むにも好都合である。分子集合体の中でも二分子膜は非常に配向性の優れた機 能性分子集合体であり,アポ酵素モデルとして多用されている90)。通常は天然の脂 質を用いて二分子膜を形成する方が簡単であるが,天然脂質が形成する二分子膜は 光や熱に弱く,化学的安定性は極めて乏しい。従ってこのような欠点を補うために,

村上らは合成脂質の開発を行い,これらの脂質分子が水中で安定な二分子膜を形成 することを明らかにしている91)。しかも村上らが開発した合成脂質は主鎖にアミノ 酸残基を導入していることから水素結合の作用因子が加わり,特に超音波照射によ り単一膜ベシクルを形成した場合にその特徴が顕著に現れている。すなわち水素結 合帯が存在するために天然の膜と比較して極めて化学的安定性に優れているという

‑15‑

(26)

ことである。

アポ酵素のモデル化と同時に補酵素のモデルイヒも必要である。 Fendlerらはアポ酵 素を意識したモデル研究を行うために,アニオン性のミセル中に天然のピタミン B12を取り込ませようとしたが,ピタミン B12が水溶性であるためにミセル表面上

にしか固定化できず,有用な知見は得られていない92)。従ってアポ酵素モデルが構 築する疎水性場にピタミン B12を取り込ませるためにはピタミン B12を疎水的に修 飾する必要がある。 Eschenmoserらは天然のピタミン B12の7つのアミド周辺置換基

をすべてメチルエステル基に変換した疎水性ピタミン B12を合成している93)。 村 上 らはコリン環周辺置換基のエステル基がすべてプロピルエステルよりも大きい修飾 体のみが二分子膜中に取り込まれることを示し,これらのアポ酵素モデルと補酵素 モデルを組み合わせて人工ホロ酵素を構築することにより異性化反応が極めて効率

よく進行することを見いだしている(式 1. 1 8 )9496)

Ma  .COMe 

c~a

(' Col(lll)、 <[H3 /(CHi1ρH3 

己 叫 J 附亡

CH2)iN

吋く附

13CH3

二分子膜

: x : : ペケて

C;02ロ C ;

C J

UMe

f

( 1 . 1 8) 

二分子膜中による疎水性ピタミン B12の取り込み能は疎水性錯体の水に対する難 溶性度であることが示されている96a)。しかしこの場合,疎水性ピタミン B12は非共 有結合的に固定化されているにすぎない。このような点を考慮して,本研究では第 一に疎水性ピタミン B12の固定化部位のミクロ環境極性を下げることを目的として ペプチド脂質に共有結合により疎水性ピタミン B12を導入した新規ピタミン B12人 工脂質を分子設計し,これを合成した。第二に異性化反応が進行する要因の一つに

ピタミン B12の分子運動の抑制効果が挙げられるため,共有結合的な固定化により さらに分子運動の抑制効果が増大し,異性化反応の効率も増大することを期待して 新規ピタミン B12人工脂質を用いた人工ホロ酵素による異性化反応について検討し

た。さらに反応場特性について疎水性ピタミン B12が非共有結合的に合成二分子膜 に取り込まれた場合と比較検討した。

本論文はこれらの成果をまとめたもので ,1編 8章からなっている。

第2章では,本研究で用いたアラニン残基およびアスパラギン酸残基を有するペ

(27)

R02G 

QH3 

QH3 、 R02C~;;;

~C02R H 

R02C'  H3C 

~、~ , 

C02R 

CH3  H3C 

NH 

C==o 

CHっ

〈 C02R 

I  ‑ '

(CH

CH3

X(CH2)5ÇNHCHÇN~

ll¥

X=(CH3)3N+, Y=Br‑, R=CH3 : (CN)2Cob(III)(10‑N+CsAsp2C16)7Clester  X=(CH3)3N+

, 

Y=Br‑

, 

R=C3H(CN)2Cob(III)(10‑N+CsAsp2C16)7C3ester  X=(S03

一 ) ,

Y =N 

 

, +

R=CH3 (CN)2Cob(III){ 1 0‑(S03 ‑)CsAsp2C16} 7C1 ester  X=(S03‑)' Y=Na+, R=C3H(CN)2Cob(III){10‑(S03‑)CsAsp2C16}7C3ester 

図1.5 新規ピタミン B12人工脂質類の構造

‑17‑

(28)

プチド脂質類の合成について述べる。

第3章では,本研究で用いた未修飾の疎水性ピタミン B12類およびコリン環の10 位を修飾した疎水性ピタミン B12類の合成について述べる。

第4章では,第2章でその合成を述べているアスパラギン酸残基を有するペプチ ド脂質と第3章で合成法を記述しているコリン環の10位にアミノ基を導入した疎水 性ビタミン B12から誘導される新規カチオン性人工脂質,新規アニオン性人工脂質

の合成について述べる(図

1.5

参照)。これによりペプチド脂質のアミノ酸残基部位 に共有結合を介して疎水性ピタミン

B

12を導入するとともに,その固定化部位につ

いても特定することに成功している。

第5章では,第4章で合成法を述べている新規ピタミン B12人工脂質と第2章で 合成法を述べているペプチド脂質の相互作用について検討した結果をまとめている。

示差走査熱量分析(DSC),動的光散乱(DLS)測定,電子顕微鏡観察により,新規ピ タミン B12人工脂質を2モル%含有した系までは均一な混合二分子膜ベシクルを形成 していることが示され 3"""'5モル%含有系では相分離している可能性があることを 明らかにしている。

第6章では,新規ピタミン B12人工脂質とアポ酵素モデルとしての合成二分子膜 との組み合わせにより構成した新規人工ホロ酵素系による炭素骨格組み替え反応に ついて検討を行った結果について述べる。すなわち,ピタミン B12依存性酵素反応 のうち,メチルマロニノレーCoAムターゼ, αーメチレングルタル酸ムターゼのモデル反 応について検討している。新規人工ホロ酵素系では,アルキル化した疎水性ピタミ

B

12類を種々の媒体中で光開裂させアルキルラジカルを発生させるという条件を 用い,生成物をガスクロマトグラフ法により解析している。メチルマロニノレ‑CoAム

ターゼのモデル反応では 新規カチオン性ベシクルを用いるとハロゲン化アルキル が生成し,異性化生成物がほとんど得られていない。しかし,新規アニオン性ベシ クルを用いることによりこの問題は解決され 生成する異性化生成物の割合も増加 している。さらに反応選択性も向上し,二分子膜型人工酵素系でのエステル基転位 において最高の異性化率(還元生成物に対する転位生成物の割合)が得られた。ま た, αーメチレングルタル酸ムターゼのモデル反応では,二分子膜中における反応性 を初めて検討している。その結果,通常のアルキルラジカルを発生させる方法では 新規人工ホロ酵素系においてのみ低収率ではあるが,異性化生成物が得られている。

(29)

し か し , 反 応 系 に シ ア ン 化 物 イ オ ン を 添 加 す る こ とにより異性化 生成 物の収 率 が 著 し く 向 上 し て い る 。 こ の 結 果 か ら シ ア ン 化 物 イ オ ン の ト ラ ン ス 効 果 に 基 づ く 電子移 動 に よ り ア ニ オ ン 中 間 体 が 生 成 し て い る こ と が 示 唆 さ れ る 。 さ ら に , 有 機 合 成 へ の 応 用 を は か る た め に ア ミ ノ 酸 誘 導 体 の 炭 素 骨 格 変 換 反 応 に つ い て 検 討 し て い る。 こ の 反 応 に お い て も 新 規 人 工 ホ ロ 酵 素 系 に お い て 異性化 生 成 物 が 最 も 多 く 得 ら れ,

この二分子膜型人工酵素系が非常に有効に作用していることが明らかになっている。

第7章 で は , 二 分 子 膜 型 人 工 酵 素 の 反 応 場 特 性 に つ い て 従 来 の 非 共 有 結 合 的 な 系 と 共 有 結 合 的 な 系 で あ る 新 規 人 工 ホ ロ 酵 素 系 を 比 較 す る 。 電 子 ス ペ ク ト ル に よ り 二 分子膜中でピタミン B12はバルク水相とは異なる疎水的なミクロ環境に位置してい

る こ と を 明 ら か に し て い る 。 さ ら に DSC測 定 か ら 両 人 工 ホ ロ 酵 素 系 と も に 疎 水 性 ピタミン B12が 混 合 さ れ る こ と に よ り 単 一 層 二 分 子 膜 の 構 造 が 乱 さ れ る こ と を 指 摘 し て い る 。 ま た , 蛍 光 偏 光 度 の 測 定 か ら 新 規 人 工 ホ ロ 酵 素 系 の 方 が 大 き な 偏 光 度 の 値を示し,疎水性ピタミン B12の分子運動が抑制されていることを示している。以 上 の 結 果 か ら 新 規 人 工 ホ ロ 酵 素 系 で の モ デ ル 反 応 に お け る 異 性 化 収 率 増 大 の 大 き な 要因は,二分子膜により構成される反応場において疎水性ビタミン B12の脱溶媒和

と運動性の大きな抑制に起因すると結論している。

8

章 は 結 言 で 本研究の成果の総括である。

‑19‑

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