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早稲田大学大学院法学研究科

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Academic year: 2021

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早稲田大学大学院法学研究科

2016年1月

博士学位申請論文審査報告書

論文題目 「環境犯罪の処罰範囲に関する試論

─日中の刑事法制の比較から─」

申請者氏名 石 亜 淙

主査 早稲田大学教授 博士(法学) (早稲田大学)松原芳博 早稲田大学教授 法学博士 (早稲田大学) 高橋則夫 早稲田大学教授 杉本一敏

早稲田大学名誉教授 法学博士 (早稲田大学) 曽根威彦

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石亜淙氏博士学位申請論文審査報告書

早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程学生石亜淙氏は、早稲田大学学位規則第7条 第1項に基づき、2015 年 10 月 19 日、その論文「環境犯罪の処罰範囲に関する試論─日中 の刑事法制の比較から─」を早稲田大学大学院法学研究科長に提出し、博士(法学)(早稲 田大学)の学位を申請した。後期の委員は、上記研究科の委嘱を受け、この論文を審査し てきたが、2016 年1月9日、審査を終了したので、ここにその結果を報告する。

Ⅰ 本論文の目的と内容

(1)本論文の目的

本論文は、中国における深刻な環境汚染の現状を踏まえ、環境媒体(大気、水域、土壌)

を侵害する環境犯罪に対する、実効性ある刑法的対応のあり方を探究したものである。本 論文が出発点とするのは、環境媒体を侵害する環境犯罪においては、個人の生命・身体・

財産といった伝統的法益の侵害・危殆化には還元し尽くされない、環境犯罪に固有の法益 侵害性が存在するのではないか、という問題意識である。そこで本論文の主眼も、環境犯 罪に関する罰則規定(以下、環境罰則という。)の、立法としての、または解釈・運用上の 実効性を確保できると同時に、その刑罰規定としての謙抑性・最終手段性をも保障するよ うな、新たな「保護法益」論の提唱と検証という点に置かれている。

(2)本論文の構成と内容

本論文は、その検討に際し、まず、(ア)日本と中国における現行の環境罰則を総覧して その内容・機能を分析し、環境罰則による規制の現状を描き出すことを試みている。これ が、本論文における検討・分析のための具体的な対象・素材を構成する。次に、本論文は、

(イ)環境罰則の保護法益に関する諸学説を俯瞰し、環境罰則の理論的基礎に据えられる べき保護法益論を追究している。そして、結論として、そこで導かれた独自の保護法益論 の観点から、各種の環境罰則につき、その実効性と理論的正当性が再検証されている。

したがって、本論文では、(ア)検討対象となる現行規制の描出・分析と、(イ)保護法 益に関する理論的検討とが両輪となり、結論に向けて考察が進んで行く。すなわち、「序章 環境犯罪の問題所在」で本論文の問題意識と検討対象が提示されたのち、「第1章 環境犯 罪の罰則を巡る議論状況」において日本と中国における現行の各種環境罰則が整理され(巻 末には、両国の現行規定に関する詳細な一覧表が付されている。)、「第2章 環境犯罪の保

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護法益」において、環境罰則をめぐる保護法益論の検討と、それを踏まえた新たな保護法 益論の提案がなされる。本論文の後半の「第3章 環境公共財侵害の刑罰規制範囲」、「第 4章 環境罰則の処罰範囲の試論」は、第2章で提案された保護法益論をもとに、第1章 で整理・分析された各種環境罰則の実効性と理論的正当性、あるべき規制範囲を提示して おり、本論文における検討の結論を示している。そして「終章 日中環境犯罪の規制方式 と環境特別刑法の提唱」において、総括を兼ねて環境特別刑法の立法提案がなされる。こ れをさらに具体的に見ると、以下のとおりである。

第1章は、日本(同章第1節)、中国(同章第2節)における現行の環境罰則、およびそ れに関する学説の議論を整理・紹介する。日本法に関しては、大気汚染防止法、水質汚濁 防止法、土壌汚染対策法、および廃棄物処理法を分析対象として取り上げ、各種規定を、

環境媒体に直接作用する行為を規制するものと(①)と環境媒体に直接作用しない行為を 規制するもの(②)とに分けたうえで、これをさらに、直罰規定(①‐1)、間接罰規定(①

‐2)、処理行為等が適正に行われることを物的に保障する行為(処理施設の届出等)に関 わる規定(②‐1)、処理行為等の監視・記録等を要請する規定(②‐2)、処理担当者の 資格保障に関わる規定(②‐3)に類型化し、現行規定の分析を行っている。

中国法に関しては、1997 年に制定された現行刑法 338 条(環境汚染罪)と、2011 年の「刑 法修正案(八)」による同条の改正、同条に関する 2013 年の司法解釈、およびそれらをめ ぐる議論の内容について詳しく紹介したうえで、これを批判的に検討し、課題を析出して いる。

第2章では、環境罰則の保護法益論が検討される。そこでは、環境法益に関して提唱さ れてきた各種の基本的視角(生態学的法益論、人間中心的法益論、生態学的=人間中心的法 益論)、また、環境法益の内容を(各種の伝統的法益を超えて)拡張させる方向性を持った 議論(次世代の法益、累積犯、環境権などをめぐる議論)に対して、それぞれ批判的な検 討がなされている。そのうえで、石氏は、環境罰則の基礎に据えるべき法益は、「経験的な 実在性」と「人間関係的有用性」を備えるものでなければならないとし、その法益の内実 を、生命・身体等の伝統的法益、および「人の『生活基盤』又は『社会インフラ』として の環境公共財」とする考え方を提唱する。

第3章では、環境公共財の侵害に対する刑罰による規制範囲について検討を加えている。

ここでは、生活基盤としての環境公共財は、個人の生命、身体、財産のような伝統的な法 益とは異なり、刑罰制度の核心領域に属しない法益であるため、その規制については刑罰 の謙抑性の観点から慎重であるべきこと、環境規制については経済の発展段階に応じた対 応や事前規制の必要性から行政的規制が中心となるべきことから、以下のような基準が提 案されている。第一に、環境公共財の侵害が「重大な程度」に達していることを要する。

この重大性が認められるのは、(1)環境媒体それ自体が深刻に破壊される場合、および(2)

他人の環境媒体の利用が侵害された場合である。(1)には、①環境媒体の自浄能力を超え る場合と、②環境媒体に与える損害が高額である場合とがあり、(2)には、①自己に割り 当てられた環境媒体の利用限界を超える場合と、②環境媒体を心理的に長期間利用不能に する場合とが含まれる。第二に、以上のような環境公共財への重大な程度の侵害行為に対

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して、義務内容の明確性や、違反行為に対する非難可能性の程度といった観点から、直ち に刑罰を発動すべきか(直罰制)、それとも命令前置式の間接罰により対応すべきかが判断 される。

第4章では、第2章で示された法益論および第3章で示された規制方式論に基づいて、

日本(同章第1節)および中国(同章第2節)における具体的な規定の解釈論を展開する とともに立法論的提言を行っている。

第1節においては、日本における環境公共財を法益とする刑事規制について、環境に直 接作用する行為を対象とするもの(①)のうち排出基準違反は、環境公共財の他人の利用 を妨げるものとして原則として刑事規制の対象とすることが許されるのに対して、廃棄物 不法投棄は、物質の性質、投棄の量において環境負荷の高いものを刑事罰の対象とすると ともに、事前の行政的規制を併用すべきものとする。一方、環境に直接作用しない行為(②)

については、排出行為等を適正に行うことを物的に保障する義務に対する違反、排出行為 等の実施状況を監視し記録する義務の違反、汚染物処理の担当者の資格保障義務の違反等 が環境に対する危険とどのように結びつくのかを慎重に検討しつつ、①の規制と整合性の ある規制をすべきであるとしている。

第2節においては、中国刑法 338 条の環境汚染罪を中心に、中国の環境犯罪について検 討が加えられている。同条は国家規定に違反して環境を著しく汚染することを罰するが、

同条の「著しく汚染した」に当たるのは、①人の生命、身体、健康などに実害または危険 を与えた場合、および、②環境公共財に重大な侵害を与えた場合である。このうち①は、

伝統的な個人法益の侵害・危殆化があることから、本来的な刑事犯であって行政に従属す る理由はなく、「国家規定に違反して」という要件は行為自体の制限を示すことになるが、

②は一定の重大性を備えてはじめて刑事罰の対象となるのであり、大気汚染防治法、水汚 染防治法、固体廃物汚染環境防治法、海洋環境保護法、環境保護法等の「国家規定」がこ の重大性を示すものとなる、とする。なお、中国では土壌汚染処理に関する規制および罰 則が欠けているので、日本の規定を参考に、有害物基準を超える地域を指定し、それを前 提に汚染除去措置命令を出す制度を設けることを提案している。

終章では、日中の規定方式の長所・短所を比較検討することにより、環境犯罪に関する 罰則の法典化の方法について検討し、中国における法典化に関して1つの試論を提唱して いる。石氏によれば、現在の中国のように刑法典の内部に環境犯罪処罰規定を置く方式は、

環境犯罪の重大性を国民に知らしめ、大きな威嚇力をもち、国民に処罰の限界を明示する という点において優れている反面、行政機関との速やかな連携を困難にするという問題を 抱えている。一方、環境行政法の内部に罰則を置いている日本のような方式は、行政機関 と司法機関との連携を可能とするという長所を有する反面、刑法典に規定する方式に比べ て威嚇力が弱く、処罰規定が各個別の行政法規の中に散在するため各行政法規間の整合性 や連携に難があった。そこで、石氏は、中国において統一的な「環境特別刑法」を制定す ることを提案する。これは、「刑法」という名を冠することで強い威嚇力をもたせるとと もに、特別法に規定することによって、行政独立型の環境犯罪と行政従属型の環境犯罪を

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ともに包摂することや、刑罰以外の方法による規制との連携を図ることを可能とするもの とされる。

Ⅱ 本論文の評価

(1)本論文は、中国で深刻化している環境問題の解決のために、刑事法制の整備とい う見地から貢献したいという意図のもとに、環境犯罪の保護法益について立ち入った考察 を加えるとともに、日中の環境刑事規制について具体的な比較検討を行ったものである。

(2)本論文の第一の意義は、環境犯罪の保護法益論について新たな立場を提唱したこ とである。日本の刑法学では、ドイツの影響を受けて、生態学的法益論、人間中心的法益 論、生態学的=人間中心的法益論をめぐる議論がなされてきた。だが、これは主として環境 犯罪の保護法益の主体..

に関する争いであって、保護法益の内容..

に関する議論は十分ではな かった。これに対して、本論文は、あくまで人を法益主体とみる人間中心的法益論を前提 としたうえで、その新たな環境法益の内容を(人の生命・身体等の伝統的法益に加えて)

人の生活基盤ないし社会インフラとしての「環境公共財」に(も)求めるべきことを提唱 した。従来の人間中心的法益論は、法益の内容については漠然と人の生命・身体を考えて きたものと思われる。しかし、環境破壊は、個人の生命・身体・財産に対する認定可能な 危険を生じさせない場合でも、人々の豊かで文化的な生活を損なうものといえる。また、

すべての環境犯罪を個人の生命・身体・財産の危険と結びつけようとすると、その危険は 極めて抽象的なものとなって、行為と法益との関連性が希薄化し、かえって法益概念の解 釈指導機能や立法批判機能が損なわれてしまう。そこで、本論文は、環境罰則の中心的な 保護法益を人々の生活基盤としての環境公共財に求めることで、法益と人との結びつきと 同時に、法益の具体性・経験的実在性を保持しようとしたものといえる。この環境公共財 という構想は、環境権に侵害対象としての実体を付与するとともに、次世代の法益や累積 犯の主張に含まれていた視点を法益自体の内容に組み込んだ面もあるといえよう。こうし て、本論文の環境公共財を環境罰則の保護法益とする構想は、「法益概念」の危機が叫ばれ る現在、環境犯罪の解釈・立法に指針を与えうるだけの具体性・経験的実在性を有する法 益を提示したものとして高く評価することができる。

本論文の第二の意義は、日中両国の環境刑事法制に関する詳細な比較検討を行ったこと である。論文末尾の日中の環境刑事罰則に関する一覧表に示されるように、本論文では、

日中の法制について規定方式、構成要件および効果について、環境刑法に関しては他に類 のない詳細な比較対照を行っている。この点において本論文の資料的価値は高く、日中両 国の研究者に新たな知見を伝えるものといえる。たとえば、中国刑法 338 条の環境汚染罪 をめぐる詳細な議論(司法解釈を含めて)は、日本の刑事法研究者に実質犯としての.......

環境 犯罪の規制のあり方を教えてくれる。他方、日本の大気汚染防止法や水質汚濁防止法等は、

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処罰の限界の明確化や、直罰方式と命令前置型の間接罰との連携等について、中国の研究 者や立法関与者に重要な知見を与えるものである。石氏も注目するように、特に日本の土 壌汚染対策法の規制方法は、大気や水と異なる土壌の特殊性を考慮した規制方式として、

中国において参考とされることが期待される。

本論文の第三の意義は、両国の環境刑事法制に関する比較検討を踏まえて、環境特別刑 法の立法構想を提示した点にある。中国は、ドイツと同様に、刑法典に環境犯罪を規定し ている。この方式による場合、環境犯罪は実質犯として規定され、法益の侵害・危険との 関係が明確になる反面、行政従属型の環境犯罪を規定すること(特に間接罰方式を取り入 れること)や、数値等によって形式的な限界を設けることは困難である。一方、日本では、

公害罪法を除けば、個別の環境行政法に環境犯罪が規定されている。この方式による場合 には、環境犯罪は形式犯に接近し、間接罰方式や数値等による形式的な限定を採用しやす い反面、法益からの距離が遠くなる。この点から、本論文の「環境特別刑法」の構想は注 目に値する。この統一的な法典は、刑事罰と行政命令、行政罰との調整・連携(縦の連携)

とともに、大気、水、土壌といった各規制対象間の調整・連携(横の連携)を可能とする ものとして興味深い。従来の日本の刑法学は、解釈学を中心とするものであって、立法論 には大きな関心を注いでこなかった。しかし、「立法化の時代」を迎えた現在、刑事立法学 への期待が高まっている。このような中、本論文が、法益論という理論刑法学の知見を踏 まえつつ、立法論を展開したことには、重要な意義があるものといえる。

(3)以上のように、本論文は、問題意識、研究方法において正当であり、立法提案も 含めた帰結も注目されるべきものであるが、なお問題点もないわけではない。

環境公共財という法益については、その内実をさらに具体化する余地があるように思わ れる。そうすることで、環境公共財と財産を含めた他の法益との異同がより明確になるで あろう。また、利用限界の踰越から直ちに環境公共財に対する重大な侵害を帰結するのは、

環境犯罪を実質犯として捉えようとする石氏の意図に反して環境犯罪を形式犯として捉え る方向に途を開くのではないかという疑問も残る。

日中両国の比較法という観点からは、両国の環境刑事法制の現実の運用に立ち入った比 較検討があれば、本論文の資料的価値はいっそう高まったであろう(もっとも、特に中国 については現時点では刑罰の適用状況を含めた各種法規制の運用状況がほとんど公開され ていない点で困難な作業といえるが)。

立法提案については、より具体的な規定の提案を行うことで、中国の立法実践に影響を 及ぼすことが可能となりうるであろう。その際、中国刑法 338 条の環境汚染罪と環境特別 刑法との関係も整序する必要があると思われる。

もっとも、これらの諸点は、本論文の本質にかかわる問題ではなく、その理論的な価値 をいささかも損なうものではない。本論文は、本報告書の冒頭に記した目的を十分に達成 しているものであって、日中両国の環境刑事法学に新たな知見を付け加えるものと評価す ることができる。

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Ⅲ 結論

以上の審査の結果、後記の審査委員は、全員一致をもって、本論文の執筆者が博士(法 学)(早稲田大学)の学位を取得するに値することを認める。

2016 年 1 月 9 日

主査 早稲田大学教授 松原芳博 (刑法学)

副査 早稲田大学教授 高橋則夫 (刑法学)

副査 早稲田大学教授 杉本一敏 (刑法学)

副査 早稲田大学名誉教授 曽根威彦 (刑法学)

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