九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
抗アミロイドβモノクローナル抗体ソラネズマブの 臨床開発におけるPK/PDモデリング&シミュレーショ ンの応用に関する研究
植仲, 和典
https://doi.org/10.15017/1398334
出版情報:Kyushu University, 2013, 博士(薬学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
博士論文
抗アミロイドβモノクローナル抗体ソラネズマブの臨床開発におけ
るPK/PDモデリング&シミュレーションの応用に関する研究
2013年
九州大学大学院 薬学府 医療薬科学専攻 臨床薬学講座 薬物動態学分野
植仲 和典
目次
略語 ... 1
諸言 ... 3
序章 ... 8
第1章 ソラネズマブの単回投与時の薬物動態及び薬力学解析 ... 12
1.1 序論... 12
1.2 目的... 12
1.3 方法... 13
1.3.1 対象被験者... 13
1.3.2 試験デザイン及び解析データ ... 13
1.3.3 血漿中濃度測定 ... 13
1.3.4 薬物動態及び薬力学的解析 ... 14
1.4 結果... 14
1.4.1 対象被験者... 14
1.4.2 ソラネズマブを単回投与したときの薬物動態 ... 15
1.4.3 ソラネズマブを単回投与したときの血漿中Aβ1-40濃度の変化 ... 20
1.5 考察... 21
1.6 小括... 22
第2章 ソラネズマブの反復投与時の薬物動態及び薬力学解析 ... 24
2.1 序論... 24
2.2 目的... 24
2.3 方法... 24
2.3.1 対象被験者... 24
2.3.2 試験デザイン及び解析データ ... 25
2.3.3 血漿中濃度測定 ... 25
2.3.4 薬物動態解析 ... 26
2.3.5 薬力学解析... 30
2.4 結果... 32
2.4.1 対象被験者... 32
2.4.2 ソラネズマブを反復投与したときの薬物動態 ... 33
2.4.3 ソラネズマブを反復投与したときの薬力学 ... 46
2.5 考察... 49
2.6 小括... 50
第3章 遊離型Aβ濃度のシミュレーション ... 51
3.1 序論... 51
3.2 目的... 51
3.3 方法... 51
3.3.1 外国人データを使ったシミュレーション ... 51
3.3.2 日本人データを使ったシミュレーション ... 52
3.4 結果... 52
3.4.1 外国人データを使ったシミュレーション ... 52
3.4.2 日本人データを使ったシミュレーション ... 54
3.5 考察... 55
3.6 小括... 57
総括 ... 58
謝辞 ... 61
参考文献 ... 62
附録 ... 65
1
略語
ACh acetylcholine アセチルコリン
AChE acetylcholine esterase アセチルコリン分解酵素
AD Alzheimer's Disease アルツハイマー型認知症
ADRDA Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association
アルツハイマー病・関連障害 協会
APP amyloid precursor protein アミロイド前駆体タンパク
質
AUC area under the curve 血漿中濃度-時間曲線下面積
AUC(0-∞) area under the concentration vs time curve from zero to infinity
0時間から無限時間まで外 挿した血漿中濃度-時間曲線 下面積
AUC(0-t)
area under the concentration versus time curve from time zero to time t, where t is the last timepoint with a measurable
concentration
0時間から最終検出可能時 点(t)までの血漿中濃度-時 間曲線下面積
Aβ amyloid β アミロイドβ
BMI body mass index 体格指数
CL clearance 全身クリアランス
Cmax maximum observed concentration 最高血漿中濃度
COV covariate 共変量
CV coefficient of variation 変動係数
EDTA ethylenediaminetetraacetic acid エチレンジアミン四酢酸
ELISA enzyme-linked immunodeficiency assay 酵素結合免疫吸着法
fb fraction of bound 結合率
GDS Geriatric Depression Scale 老年期うつ尺度
IgG immunoglobulin G 免疫グロブリンG
KD dissociation constant 解離定数
kin zero-order rate constant of free Aβ entering from brain to plasma
遊離型のAβが血漿中に入る 0次速度定数
kout first-order rate constant of free Aβ excreting from plasma
遊離型のAβが血漿中から消 失する1次速度定数
LRP1 lipoprotein receptor-related protein 低密度リポタンパク質受容
体関連タンパク質1
MED median (患者因子の)中央値
MMSE Mini-Mental State Examination ミニメンタルステート検査
MRI magnetic resonance imaging 磁気共鳴映像法
NINCDS National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke
アメリカ国立神経障害・脳卒 中研究所
NMDA N-methyl-D-aspartate NメチルDアスパラギン酸
2
NONMEM nonlinear mixed effect model 非線形混合効果モデル
PD pharmacodynamic(s) 薬力学
PK pharmacokinetic(s) 薬物動態
Q intercompartmental clearance コンパートメント間クリア
ランス
Q12W every 12 weeks 12週間ごとに投与
Q4W every 4 weeks 4週間ごとに投与
Q8W every 8 weeks 8週間ごとに投与
QW every week 毎週投与
RAGE receptor for advanced glycation end products 高度糖化最終産物受容体
SAE serious adverse event 重篤な有害事象
SEE standard errors of estimation 推定値の標準誤差
t1/2 half-life associated with the terminal rate
constant 消失半減期
tg transgenic 遺伝子導入(マウス)
tmax time of maximum observed concentration 最高血漿中濃度到達時間
V1 central volume of distribution 中央コンパートメントの分
布容積
V2 peripheral volume of distribution 末梢コンパートメントの分
布容積
VLDL very low-density lipoprotein 超低密度リポタンパク質
VPC visual predictive check visual predictive check
Vss volume of distribution at steady-state 定常状態における分布容積
3
諸言
アルツハイマー型認知症(以下AD)は老年期にみられる代表的な進行性の神経変性疾患 であり、諸症状としては記憶障害のほか、見当識障害、計算障害、日常の実行機能障害、
判断力の低下、自発性の低下、意欲の減退、関心や興味の低下、感情障害などがしばしば 認められる。
近年、高齢化が加速しており、今後さらに伸び続けると予想されている1。それに伴い、
日本において介護を必要とする認知症の患者は 2002 年の約 150 万人から 2015 年には 250 万人、2025年には323万人と大幅に増加するものと見込まれている2。この認知症の多くを 占めるのがADである。
AD治療薬としては、欧米では1990年代よりアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(tacrine、 ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)や、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA) 受容体拮抗剤のメマンチンがADの症状改善薬として用いられてきた。日本においては1999 年よりドネペジル(商品名:アリセプト®)がADの症状改善薬として唯一使用されてきた が、2011年よりガランタミン(商品名:レミニール®)、メマンチン(商品名:メマリー®)、
リバスチグミン(商品名:イクセロンパッチ®/リバスタッチパッチ®)が順次販売承認を 取得しており、ようやく欧米の治療環境に近づきつつある。しかしながら、プラセボと比 較して症状改善効果を認めるものの、現時点ではドネペジル及びその他の症状改善薬がAD 進行を抑制するというエビデンスはない3,4。AD 患者の急増に対処するために、AD そのも のの進行を遅らせるDisease modifying medicationの開発が進められている。ADの原因は未 だ解明されていないが、脳内にアミロイドベータ(Aβ)というペプチドが沈着することが 原因であるというのが最も有力な説の一つであり、Aβをターゲットとした薬剤が開発され ている。ADの既存薬と Disease modifying medicationが作用する点の概略を図 1 に示す。
Disease modifying medicationではAD発症メカニズムの上流部分に作用する。すなわちAD
発症の原因と考えられているAβの生成を阻害したり、生成したAβを脳内から排出したり することにより、Aβがプラークとなって脳に沈着するのを防ぐ。
4
図1. ADの既存薬とDisease modifying medication
ADの病因として、38~42個のアミノ酸から成るAβの凝集・脳への沈着がADの発症に 不可欠であることを示すエビデンスが蓄積されており、「アミロイド仮説」は広く受け入 れられている(図2)5。アミロイド仮説ではAβの沈着が、神経原線維変化、神経細胞死へ と続く一連のカスケードの引き金となり、AD を起こすと考えられている。Aβ の分子種に は、主要なものとして40個のアミノ酸からなるAβ1-40と42個のアミノ酸からなるAβ1-42が 知られているが、特にAβ1-42は重合しやすく不溶性が高いため、アミロイド沈着時にその核 となると推定されている6。したがって、現在、Aβ1-42の増加がADの発症に特に重要である と考えられている。
APP Ab
Ab
b-secretase g-secretase b-secretase
inhibitor
g-secretase inhibitor Processing
神経変性 神経細胞内での代謝恒常性と
イオン恒常性の変化 anti-Abantibody Abvaccine
神経機能障害 ACh↓
[Ca2+] ↑ 興奮毒性 Glu↑
炎症反応
ソラネズマブ
AChE inhibitor
Nicotine-R agonist NMDA-R antagonist
APP:アミロイド前駆体蛋白(amyloid precursor protein)
Abプラークの沈着 Disease Modifying Medication
既存薬
5
図2. アミロイド仮説
この仮説を支持する所見としては、1) ADにおいて脳組織に老人斑として認められるAβ の沈着が病理学的に最も早期に認められ、神経原線維変化及び神経細胞脱落に先行するこ と、2) 家族性ADの原因遺伝子であるAPP遺伝子、プレセニリン1, 2(PS-1及びPS-2)遺 伝子に見られる突然変異は Aβ の産生を亢進させること、3) 培養細胞系や動物実験系にお いてAβによる神経細胞毒性やタウ蛋白のリン酸化が引き起こされること、4) APP遺伝子の 変異によってはAβの生成が減少し、高齢になってもADの発症やAβプラークの蓄積が起 こらない場合もあることなどが挙げられる。よってAβ沈着を抑制したりクリアランスを増 加させるような治療薬にはADの進行を抑制させる効果が期待できる。
AβはAD患者のみではなく、健康なヒトにおいても産生され、脳から排出されている。
血液脳関門が存在する血管内皮細胞ではタイトジャンクションによりAβのように大きな分 子は自由に出入りすることはできず、輸送担体あるいは受容体を介して内皮細胞を通過す る必要がある。脳実質側の細胞表面ではLRP1及びVLDL受容体がAβの細胞内取り込みに 関与し7、その後 Aβ は血液中に排出されると考えられている。一方、血液側の細胞表面で は、RAGEがAβを取り込み、血中から脳実質への輸送に関わると考えられている8,9。
Ab
モノマー、オリゴマー、原線維の増加
Ab生成の亢進
シナプスの機能低下 神経細胞の死、
大脳皮質・海馬・扁桃体の委縮
Abプラークの沈着
Ab
クリアランスの低下
6
ソラネズマブはヒト化抗Aβモノクローナル抗体であり、マウス抗Aβモノクローナル抗
体(m266.2)をヒト化したものである。一般的に、抗Aβモノクローナル抗体がAβ沈着を
軽減し、認知機能を改善する機序として、以下が想定されている。
血漿中で抗体がAβと複合体を形成することにより、脳から血漿へのAβクリアラン スが増大する(peripheral sink仮説)10
脳内で抗体がAβに結合する11
プラーク中の不溶性Aβ沈着物に抗体が結合し(オプソニン化)、ミクログリアによ るFc-依存性の貪食がおこる12
これまでの非臨床試験成績に基づくと、ソラネズマブの作用機序にはperipheral sink仮説
(図3)が最も整合すると思われる。
図3. Peripheral Sink仮説13
Aβプラーク 脳内 血漿
排泄
ソラネズマブ 投与
7
APPV717Fトランスジェニック(tg)マウスはヒトアミロイド前駆蛋白(APP)の変異体を
過剰発現し、Aβ プラークを形成することから ADのモデル動物として汎用されている14。 ソラネズマブのマウス型アナログであるm266.2をAPPV717F tgマウスに投与すると、血漿中 で抗体と Aβの複合体が形成され、その結果、血漿中 Aβ 濃度が上昇した。この血漿中 Aβ 濃度の上昇は、m266.2 が脳から血漿への Aβ クリアランスを促進させることを示唆してい る。一方で、非臨床試験においてソラネズマブはAβプラークには結合しないことが示され ており、ソラネズマブではミクログリアによるFc-依存性の貪食を誘導する可能性は低いと 考えられる。
ソラネズマブの臨床試験に関しては、2004年に海外で、2006年に日本でソラネズマブの 単回投与による臨床第 1 相試験が開始され、引き続き海外及び日本においてソラネズマブ の反復投与による臨床第 2 相試験が実施された。現在、臨床第 3相試験で有効性の検証を 行っている。医薬品開発において通常は臨床第 2 相試験の結果から有効性が期待できる用 量を設定し、第3相試験で有効性の検証を行う。しかし、ADのように有効性が認められる までに長い時間を要する疾患では、第 2 相試験の限られた期間では有効性を見出すことが 困難であり、通常の第 2 相試験の結果を用いての用量設定に代わる方法で第 3 相試験での 用量を設定する必要がある。ソラネズマブの作用機序を考慮したとき、血漿中ソラネズマ ブ濃度及びAβ濃度の変化を有効性の予測に用いることができると考えられたため、ソラネ ズマブの薬物動態(PK)及び薬力学(PD)についての検討を行った。
本研究では日本及び海外で実施された臨床第 1相及び第2相試験の4 試験から得られた データを用いてPK及びPDの検討を行った。
8
序章
認知症の基準について
老年期認知症にはADのほかにも脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性 症などがあり、本研究における対象症例がADであることを正しく診断することは重要であ る。
本研究では日本及び海外で実施された第1 相試験2試験及び第2相試験 2試験の合計 4 試験から得られたデータを用いた。海外で実施された第2相試験ではAD患者に加え、健康 成人被験者が含まれていたが、これら4試験での患者群は軽度及び中等度のAD患者を組み 入れた。なお、以下に示す基準を満たす患者を軽度又は中等度のAD患者と定義した。現在 では PET検査などによりアミロイドーシスを比較的容易に診断することができるが、これ ら4試験を実施した当時はPET検査は一般的ではなかったため、アミロイドーシスの有無 はAD患者の基準に含めなかった。
National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke/ Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association(NINCDS-ADRDA)work groupの診断基準15に
よりprobable AD(ほぼ確実)の基準を満たしている
Mini-Mental State Examination(MMSE)スコア16が軽度及び中等度のADと定めた範
囲内の値である
Modified Hachinski Ischemia Scaleスコア17が4点以下である
Geriatric Depression Scale(GDS)スコア18が10点以下である
NINCDS-ADRDA work group の診断基準は、アメリカの国立神経障害・脳卒中研究所
(NINCDS)とアルツハイマー病・関連障害協会(ADRDA)が共同で作成した ADの診断
に関する基準であり、欧米及び日本で広く用いられている。病歴、神経学的所見、精神症 状、臨床検査、神経心理学的所見などの結果から、アルツハイマー型認知症の診断を「疑 い」、「ほぼ確実」、「確実」の3つに分ける。
9
MMSEは11の質問からなる認知機能検査で、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図 形的能力などをカバーする。満点は 30点で、総合得点が 21 点以下の場合は認知症などの 認知障害がある可能性が高いと判断される。附録 1 に質問項目を示す。日本人を対象とし た第 1相試験ではスコアが 10~26 点の被験者を、外国人を対象とした第1 相試験では14
~26点、日本人及び外国人を対象とした2つの第2相試験では15~26点の被験者を軽度及 び中等度のADとした。
Modified Hachinski Ischemia Scaleは脳血管性認知症の基準であり、脳血管性認知症の患者
を除くために用いた。GDS は高齢者用うつ尺度であり、老人性うつ病の患者を除くために 用いた。
PDマーカーとして用いたAbについて
APPはプロセシングを受けAb1-40及びAb1-42が産生される。b-セクレターゼによりAbの N末端側が、γ-セクレターゼによりAbのC末端側が切断され、Abが産生される。C末端の 切断部位の違いによってAb1-40(40アミノ酸)とそれよりアミノ酸2つ分C末側で切断さ れるAb1-42(42アミノ酸)が存在している。産生されるAbの多くはAb1-40であるが、約10%
は疎水性がより強く、老人斑内に多く見られる Ab1-42であるといわれている。そのため、
Aβ1-42の方がAβ1-40よりも凝集しやすく、Aβ1-42がよりAD の発症に関わりが深いと考えら れている。
しかし、Ab1-40濃度と比較してAb1-42濃度は低く(約1/5~1/10)、Ab1-42濃度を指標にし て薬力学的作用を定量的に解析することは技術的に困難であることから、薬力学的作用の シミュレーションには血漿中Ab1-40濃度を用いた。また、薬力学的作用に関連するのはソラ ネズマブと結合していない「遊離型」Abであるが、血液検体中において遊離型Abを安定に 保つのは難しく、血液検体中でソラネズマブとの結合率が変化するため、遊離型Abと結合
型Abの合計(総)濃度を測定した。第2章に示すモデルを用いて遊離型Ab1-40濃度を算出
した。
10 期待される有効性の判断の基準について
ソラネズマブが脳内に蓄積したAbを排出する機序はperipheral sink仮説に従い、以下に示 すような機序により脳内のAbが排出されると考えられている。
1. ソラネズマブ投与により血液中でソラネズマブとAbが結合する
2. 血液中のAbがソラネズマブと結合することにより、遊離型Ab濃度が低下する
3. 脳内と血液中の Ab濃度に差ができ、濃度勾配に従って脳内から血液中に Abが排泄 される
4. 脳内から血液中に排泄された Abにソラネズマブが結合し、遊離型 Ab濃度が再び低 下し、濃度勾配に従って更に脳内から血液中にAbが排泄される
したがって、ソラネズマブ投与により、血液中における遊離型Ab濃度をどれだけ低下さ せることができるかが有効性を予測する重要な指標となる。
非臨床試験において、APPV717F tgマウスにソラネズマブのマウス型アナログであるm266.2
を360 µg/週投与したとき、脳内アミロイドプラークの有意な減少が認められた。PK/PDモ
デルを用いて、定常状態における遊離型Aβ1-40濃度の平均値を推定したところ、ベースライ ン(各被験者のソラネズマブ投与前)に比べて遊離型Aβ1-40が67%低下していると推定され た。そこで、ヒトにおいても遊離型Ab1-40濃度のベースラインからの低下率が67%以上であ ることを基準に、ソラネズマブの用法・用量を設定することとした。
本研究ではAb1-40及びAb1-42のいずれについてもPDパラメータを推定したが、用量設定 のシミュレーションにはAb1-40をPDマーカーとして用いた。APPV717F tgマウスにおいて 産生されるAbに占めるAb1-42の割合はヒトとほぼ同等であり、また、APPV717F tgマウスに
m266.2 を投与すると、血漿中のAb1-40及びAb1-42濃度はいずれも同程度上昇する。これら
のことから、本剤の薬力学的作用の解析には、血漿中Ab1-40又はAb1-42濃度のいずれも用い ることができると考えられ、臨床試験ではAb1-40とAb1-42の両方の血漿中濃度を測定してい る。しかしながら、Ab1-40濃度と比較してAb1-42濃度は低く(約1/5~1/10)、Ab1-42濃度を
11
指標にして本剤の薬力学的作用を定量的に解析することは技術的に困難であることから、
本剤の薬力学的作用のシミュレーションには血漿中Ab1-40濃度を用いた。
用法・用量の設定には、臨床第2相試験で得られた血漿中ソラネズマブ及びAβ1-40濃度デ ータを用いた。日本及び海外で実施された臨床第2相試験の実施時期が異なっていたため、
まず先行する試験である外国人を対象とした試験で得られたデータでPK/PDモデルにより ベースラインからの遊離型Aβ1-40濃度の低下率をシミュレーションした。次に日本人を対象 とした試験で得られたデータにより、シミュレーションの検証を行った。
用法・用量の設定に PK/PDモデルを用いたシミュレーションを適用するという方法は、
AD のように有効性が認められるまでに長い期間が必要な疾患に対して有用な方法である。
医薬品の臨床開発において PK/PD モデリング&シミュレーションでの用法・用量設定が有 効に利用された結果を報告し、今後の臨床開発におけるモデリング&シミュレーションの有 効な利用を提案する。
12
第1章 ソラネズマブの単回投与時の薬物動態及び薬力学解析
1.1 序論
これまでに数多くのヒト化モノクローナル抗体製剤が開発、市販されており、薬物動態 についての報告がされている。母集団薬物動態解析を実施した結果についての報告もあり、
そのうちの多くが2-コンパートメントモデルに当てはめて解析している19。母集団薬物動態 解析によると、これらのヒト化モノクローナル抗体製剤に共通した特徴は消失半減期が長 いことであり、多くの化合物で中央コンパートメントの分布容積(V1)が概ね3 L程度であ った。また、コンパートメント間クリアランス(Q)が比較的小さく、組織中へゆっくり分 布することが示唆された。また、内因性IgG抗体については、消失半減期は約23日と長く、
多くのヒト化モノクローナル抗体製剤と同様のPKであることが報告されている20。 ソラネズマブ投与による脳内Aβの排泄はPeripheral sink仮説によると考えられている。
この仮説によると、ソラネズマブを投与することにより血液中のAβがソラネズマブと結合 し、血液中の遊離型Aβ濃度が低下する。そのため脳内と血液中の遊離型Aβ濃度勾配が生 じ、脳内の遊離型Aβが血液中に移行する。技術的な問題により、血液中でソラネズマブと 結合した「結合型」と、ソラネズマブと結合していない「遊離型」のAβを分離して測定す ることはできないが、この仮説に従うとすると、血液中の総(結合型+遊離型)Aβ濃度が 上昇すると予想される。血液中に十分な量のソラネズマブが存在する場合、脳内から血液 中に移行したAβは、血液中でソラネズマブと結合し、再び血液中の遊離型Aβ濃度が低下 し、遊離型Aβ濃度勾配により脳内の遊離型Aβが更に血液中に移行する。この機序により 脳内に蓄積したAβが脳から排出される。
1.2 目的
本章では、日本及び海外で実施された臨床第 1相試験 2 試験から得られた、ソラネズマ ブ単回投与後に頻回採血した血漿中ソラネズマブ濃度、並びに総Aβ1-40及びAβ1-42濃度デー
13
タを用い、軽度及び中等度のAD患者におけるソラネズマブの基本的なPKを明らかにする こと、PDマーカーとして用いた血漿中Aβの推移を検討することを目的に、ノンコンパー トメント法による解析を実施した。また、得られた日本人と外国人の薬物動態及び薬力学 についての結果を比較し、民族差の有無を検討した。
1.3 方法
1.3.1 対象被験者
日本人及び外国人の軽度及び中等度AD患者を対象としたそれぞれに試験において、4群
(各5例)に患者を組み入れた。それぞれの群の4例にソラネズマブ、1例にプラセボとし て生理食塩水を投与した。各群のソラネズマブの投与量は0.5、1.5、4.0及び10.0 mg/kgで あった。患者の組み入れには NINCDS-ADRDA work group の診断基準、MMSE スコア、
Modified Hachinski Ischemia Scaleスコア及びGDSスコアの基準を満たす者を軽度又は中等
度のAD患者と定義し(序章参照)、これらの試験に組み入れた。
1.3.2 試験デザイン及び解析データ
ソラネズマブ0.5、1.5、4、10 mg/kg又はプラセボを30分の点滴静注により単回静脈内投 与した。ソラネズマブ投与後、PK及び PDの検討のために経時的に採血を行った。日本人 を対象とした試験ではソラネズマブ投与前、点滴終了時、点滴終了から4及び48時間、7、
14、21、42、70及び112 日後に採血を行った。外国人を対象とした試験では、ソラネズマ ブ投与前、点滴終了時、点滴終了から1、3、6、12、24、36及び48時間、7、14、21、42、
70及び112日後に採血を行った。
1.3.3 血漿中濃度測定
EDTA 入り採血管を用いて得られた血漿サンプルを用いて、血漿中ソラネズマブ濃度を
Enzyme-Linked Immunosorbent Assay(ELISA)法により測定した。日本人及び外国人を対象
14
とした臨床試験において、血漿中ソラネズマブ濃度の定量範囲はそれぞれ160~7680 ng/mL、
200~6400 ng/mLであった。血漿中Aβ濃度についてはEDTA入り採血管を用いて得られた
血漿サンプルを用いて ELISA法により Aβ1-40及び Aβ1-42の総濃度(ソラネズマブとの結合 型+遊離型)を測定した。血漿中Aβ1-40及びAβ1-42濃度の定量範囲はそれぞれ25~800 pg/mL
及び37.5~600 pg/mLであった。
1.3.4 薬物動態及び薬力学的解析
PK及びPD解析はWinNonlin(日本人を対象とした試験ではVersion 5.0.1、外国人を対象
とした試験ではVersion 4.1)を用いてノンコンパートメント解析を行った。PK解析におい て、片対数プロットを用いて目視により血漿中ソラネズマブ濃度の終末相を決定した。PK 解析においてはAUCの算出には対数線形台形法(linear-log trapezoid method)を用い、PD 解析においては線形台形法(linear trapezoid method)を用いた。
PKに関して、Cmax、AUC0-∞についてパワーモデル21を用いて用量線形性の検討を行った。
日本人、外国人ともに各投与量群で 4 例と少数であったため、人種間差については統計学 的な比較は行わず、目視による比較を行った。
1.4 結果
1.4.1 対象被験者
日本人を対象とした試験において、16 名がソラネズマブ、4 名がプラセボ投与を受け、
合計20名全員が試験を完了した。外国人を対象とした試験では16名がソラネズマブ、3名 がプラセボ投与を受け、合計19名全員が試験を完了した。外国人AD患者はすべて白人で あった。外国人を対象とした試験においてプラセボに割り付けられた 1 名が投与前に試験 を中止したが、代わりの症例は組み入れられなかった。それぞれの試験でソラネズマブ又 はプラセボ投与を受けた患者の背景を表 1-1 に示す。
15
表1-1. 日本人及び外国人における第1相試験の患者背景
プラセボ 0.5 mg/kg 1.5 mg/kg 4.0 mg/kg 10.0 mg/kg 日本人第1相試験
N(女性/男性) 3/1 2/2 2/2 3/1 2/2
年齢(歳) 68.3 (12.1) 70.5 (9.9) 77.0 (9.0) 72.8 (13.7) 75.8 (7.3) 体重(kg) 54.0 (6.5) 55.2 (13.4) 56.6 (7.7) 49.3 (8.5) 53.9 (6.6)
MMSE 21.5 (2.4) 19.3 (4.5) 20.0 (4.2) 18.3 (2.6) 21.3 (4.9)
外国人第1相試験
N(女性/男性) 3/0 1/3 1/3 2/2 1/3
年齢(歳) 70.3 (5.5) 61.0 (6.2) 71.5 (12.3) 67.5 (7.6) 75.3 (3.9) 体重(kg) 57.9 (4.9) 81.3 (22.3) 68.4 (11.6) 68.5 (17.0) 72.5 (20.4)
MMSE 19.3 (2.5) 18.6 (3.9) 19.0 (2.4) 20.2 (3.5) 21.0 (4.8)
算術平均値(標準偏差)
1.4.2 ソラネズマブを単回投与したときの薬物動態
日本人及び外国人にソラネズマブ0.5、1.5、4及び10 mg/kgを単回投与したときのPKパ ラメータを表1-2に示す。また、日本人及び外国人における血漿中ソラネズマブ濃度推移を それぞれ図1-1及び図1-2に示す。
表1-2. 日本人及び外国人にソラネズマブ0.5、1.5、4及び10 mg/kgを 単回投与したときのPKパラメータ[幾何平均値(CV%)]
ソラネズマブ 0.5 mg/kg
ソラネズマブ 1.5 mg/kg
ソラネズマブ 4 mg/kg
ソラネズマブ 10 mg/kg 日本人患者
N 4 4 4 4
Cmax (nM) 94.6 (10) 265 (14) 686 (8) 1400 (6)
AUC(0-∞) (nM•h) 16300 (14) 48400 (24) 130000 (17) 381000 (11)
t1/2a (h) 546 (465 – 580) 496 (394 – 618) 646 (550 – 740) 634 (538 – 758)
CL (mL/h) 10.8 (13) 11.5 (18) 9.85 (15) 9.24 (5)
Vss (L) 6.74 (24) 6.10 (33) 5.44 (8) 5.76 (14)
外国人患者
N 4 4 4 4
Cmax (nM) 91.1 (9.15) 225 (36.6) 761 (22.8) 1630 (21.2)
AUC(0-∞) (nM•h) 16700 (32.6) 64200 (21.4) 258000 (25.7) 541000 (20.4) t1/2a (h) 344 (126 – 513) 653 (499 – 843) 709 (572 – 1190) 631 (508 – 685)
CL (mL/h) 15.4 (62.0) 10.4 (29.5) 6.86 (45.0) 8.50 (18.7)
Vss (L) 6.50 (34.9) 8.09 (33.4) 5.71 (32.5) 6.11 (22.7)
a 幾何平均値(範囲)
16
図1-1. 日本人AD患者にソラネズマブを単回投与したときの
平均血漿中ソラネズマブ濃度推移
図1-2. 外国人AD患者にソラネズマブを単回投与したときの
平均血漿中ソラネズマブ濃度推移 Time (h)
0 672 1344 2016 2688
Mean Plasma Solanezumab Concentration (nM)
1 10 100 1000 10000
0.5 mg/kg 1.5 mg/kg 4.0 mg/kg 10 mg/kg
Time (h)
0 672 1344 2016 2688
Mean Plasma Solanezumab Concentration (nM)
1 10 100 1000 10000
0.5mg/kg 1.5 mg/kg 4.0 mg/kg 10.0 mg/kg
17
日本人及び外国人のいずれにおいても、血漿中ソラネズマブ濃度は 2 相性で消失し、終 末相での消失半減期は約3~4週間であった。これは内因性免疫グロブリンG1抗体(IgG1) 及び他のIgG1抗体製剤と同様の消失半減期であった19,20。
日本人を対象とした試験における投与量とCmax及びAUC(0-∞)の関係をそれぞれ図1-3及 び図 1-4 に示す。ソラネズマブ 0.5 mg/kg から 10 mg/kg を単回投与したとき、Cmax 及び
AUC(0-∞)は投与量が増えるにしたがって上昇し、概ね用量比例性が認められた。
図1-3. 日本人を対象とした試験におけるソラネズマブの投与量とCmaxの関係
Cmax(nM)
Dose (mg/kg)
0 0.5 1.5 4.0 10
0 300 600 900 1200 1500
18
図1-4. 日本人を対象とした試験におけるソラネズマブの投与量とAUC(0-∞)の関係
体重当たりの投与量により補正した血漿中ソラネズマブ濃度推移を図1-5に示す。また、
日本人及び外国人において推定されたクリアランスの分布を図1-6に示す。血漿中ソラネズ マブ濃度推移には日本人と外国人で大きな差は認められず、クリアランスの中央値は日本 人と外国人でほぼ同様であることが確認された。
AUC(0-∞) (nM•h)
Dose (mg/kg)
0 0.5 1.5 4.0 10
0 100000 200000 300000 400000 500000
19
図1-5. 体重当たりの投与量により補正した血漿中ソラネズマブ濃度推移
図1-6. 日本人及び外国人において推定されたクリアランスの分布
Time (h)
0 480 960 1440 1920 2400 2880
Dose/Weight-Normalized Solanezumab Concentration [nM/(mg/kg)]
0 50 100 150 200 250
Japanese (n=16) Caucasian (n=16)
Clearance (mL/h)
Japanese
( n = 16 ) Caucasian ( n = 16 ) 0
5 10 15 20 25 30
Horizontal lines denote median Clearance Median CL for Japanese: 9.95 Median CL for Caucasian: 9.7
Study H8A-JE-LZAI, H8A-LC-LZAH; CL Comparison between LZAI and LZAH Created by Kazunori Uenaka, February 2011 using S-PLUS 7.0 for Windows Source of Data: Documentum (Genesis Docbase) \Pharmacokinetics\Compound_related\H8A_LY2064230 \Clinical_LZAI\WNL_FINAL_2008FEB05\Statistics\H8A-JE-LZAI_PK_stats_data.xls Documentum (Genesis Docbase) \Pharmacokinetics\Compound_related\H8A_LY2064230 \1.7_Clinical_LZAH\Interim_PKPD_19092005\Analysis\LY2062430_nM\LY2062430_mol.xls Location of S-PLUS Script: Docu
20
1.4.3 ソラネズマブを単回投与したときの血漿中Aβ1-40濃度の変化
日本人及び外国人にソラネズマブ0.5、1.5、4及び10 mg/kgを単回投与したときの血漿中 Aβ1-40濃度推移をそれぞれ図1-7に示す。また、Aβ1-40のPDパラメータを表1-3に示す。
図1-7. 日本人及び外国人AD患者にソラネズマブを単回投与したときの
血漿中Aβ1-40濃度推移 0.5 mg/kg
0 480 960 1440 1920 2400 2880
Mean Plasma Ab1-40 Concentration (nM)
0 2 4 6 8 10 12 14 16
18 1.5 mg/kg
0 480 960 1440 1920 2400 2880
0 5 10 15 20 25 30
Japanese Caucasian
4.0 mg/kg
Time (hr)
0 480 960 1440 1920 2400 2880
0 10 20 30 40
50 10.0 mg/kg
0 480 960 1440 1920 2400 2880
0 10 20 30 40 50 60 70
21
表1-3. 日本人及び外国人にソラネズマブ0.5、1.5、4及び10 mg/kgを 単回投与したときのAβ1-40のPDパラメータ[幾何平均値(CV%)]
ソラネズマブ 0.5 mg/kg
ソラネズマブ 1.5 mg/kg
ソラネズマブ 4 mg/kg
ソラネズマブ 10 mg/kg 日本人患者
N 4 4 4 4
Cmax (nM) 13.3 (20.1) 22.4 (24.0) 27.0 (16.8) 39.4 (23.3)
AUC0-t (nM•h) 11900 (20.6) 23000 (20.2) 38100 (14.2) 65700 (17.5) 外国人患者
N 4 4 4 4
Cmax (nM) 12.0 (21.9) 24.2 (17.6) 35.4 (12.2) 50.9 (24.8)
AUC0-t (nM•h) 9160 (60.4) 30600 (22.3) 56500 (22.6) 92300 (21.1)
ソラネズマブの投与量が増えるにしたがって、血漿中Aβ1-40濃度は上昇したが、投与量に 比例した上昇ではなかった。また、投与量が増えるにしたがって最高血漿中濃度到達時間
(tmax)も大きくなる傾向が認められた。ベースライン(各被験者のソラネズマブ投与前)
における血漿中 Aβ1-40 濃度の総濃度(遊離型とソラネズマブとの結合型の合計)の平均値
(CV%)は日本人で0.0532 nM(27.6%)、外国人で0.0458 nM(21.8%)であった。いずれ の試験においても、ソラネズマブを投与することにより、血漿中Aβ1-40及びAβ1-42濃度の総 濃度は大きく上昇した。これらの試験での最高用量である10 mg/kgを投与したとき、ベー スラインと比較して血漿中 Aβ1-40濃度のCmaxは日本人では約 849倍に、外国人では約 466 倍に上昇した。また、血漿中 Aβ1-42濃度のCmaxは日本人で約190倍に、外国人で約103倍 に上昇した。
1.5 考察
ソラネズマブのPKは内因性IgG1や他のIgG1抗体製剤のPKと同様であった。定常状態 における分布容積(Vss)はヒトにおける血漿(約3 L)や循環血液(約5 L)に比べやや大 きく、血液中でのタンパク結合や組織中への分布が示唆された。ソラネズマブ0.5 mg/kgか
ら 10 mg/kgを単回投与したとき、概ね用量比例性が確認された。ソラネズマブの消失半減
期は長く、長期投与を行う際に投与間隔を広くすることが可能であると考えられる。また、