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(1)

大学院総合ゼミ(1989年度)の記録

(1)

総合ゼ ミ の 日 程

①4月27日村井淳志論文「上原専禄の世界史認識論       の展開一『民族の自律「生概念』を中心に」

      (『教育科学研究』第7号)

      コメント;柿沼秀雄(教員),鈴木忠行(院       生)。記録;一盛 真

②5月11日大串隆吉論文「覚え書:社会教育におけ       る労働者教育の位置づけをめぐって」

      (『人文学報』第206号)

      コメント;浅野かおる(院生),志摩櫻(院       生)。記録;三科聡子

③5月25日修士論文の中間検討1)

④6月8日修士論文の中間検詠2)

⑤ 6月22日 佐藤広美論文「東亜共同体論と教育科学       一城戸幡太郎の『教育科学』論について       の一考察」(『人文学報』第206号)

      コメント;大串隆吉(教員),松浦勉(院       生)。記録;南相櫻。

⑥7月6日坂元忠芳『子どもの悲しみと教育』(新日       本出版社)

      コメント;村井淳志(教員),福島智(院       生)。記録;梁戊煕。

⑦10月12日福島智,三科聡子,「スウェーデン・

      Hellen Keller Conference で報告をし       て」

      黒崎勲著『教育と不平等一現代アメリカ       教育制度研究』(1989年,新曜社)

      コメント;小沢有作(教員),坂本旬(院       生)。記録;村上純一。

⑧10月26日志摩櫻「学区制度についての一考察」

      (『教育科学研究』第8号)

      コメント;佐藤広美(教員),南相櫻(院       生),村上純一「宮坂哲文の生活指導論と       生活綴方論」(『教育科学研究』第8号)

      コメント;田辺敬子(教員),木下元子(院       生)。記録;石崎摂。

⑨11月9日富田充保「Ph.malrieuの心理学方法論

      に関する序論的考察」(『教育科学研究』

      第8号)

      コメント:柿沼秀雄(教員),徐和子(院       生)。

      坂本旬「「教育的価値論」と能力主義の二       重構造」(『教育科学研究』第8号)

      コメント;黒崎勲(教員),三科聡子(院       生)。記録;朴恩嬉。

⑩12月7月P.レナード,茂木他訳『人格とイデオロ       ギー』(1988年,大月書店)

      コメント;佐藤広美(教員),富田充保(院       生)。記録;木下元子。

(2)

第1回(1989年4月27日)

 本年度初回の総合ゼミは,村井淳志「上原専禄の世界 史認識論の展開一『民族の自律閏概念を中心に一」(『教 育科学研究』第7号,1988年5月)の検討を行った。コ

メンテーターは、柿沼秀雄(教員)と鈴木忠行(M院生)

が担当した。。

[1].コメントは鈴本柿沼の順で行われ,まず鈴木よ り4点のコメントおよび質問が提示された。①2章にお いて,上原の国民教育論を世界史認識論の展開との関わ

りで,もう少し詳細に分析すべきではないか。②上原の 世界史認識が3次元から5次元に変わったという点に関

し,質の変化はいかなるものであったのか。③上原にお

ける「自己」という考察対象は50年代のそれと,晩年の

(2)

それとではいかなる違いが存在したのか。④晩年の上原 が教育に絶望していたという指摘と,それにもかかわら ず「民族の自律性」の育成を課題とする世界史構成に向 かったという把握は矛盾しないのか。

 次に柿沼が,設定された課題と方法がいかに果たされ たかという観点よりコメントした。課題に関して①「民 族の自律性」という問題に切り込めていない。②世界史 認識と国民教育の接点に関して「絶望」の意味の掘り下 げがなされていない。方法に関して,①はたして思想の

「転回」であったのだろうか。そのためには「一体的世 界」の概念内容の検討がなされるべきではないか。②保 持されている側面と「転回」した側面の腋分けがなされ ていない。③近代化論との対抗関係で上原の思想をとら えようとする方法的視点は大事であるが,村井論文では 上原の所論にそくした分析がなされていない。最後に柿 沼は「付言」として,「ヨーロッパ系統の学問になってい

る日本の学問を,日本人のオリジナルな学問にしていく にはどうしたらいいか」,「半分植民地みたいになってし まっている日本の状態,日本文化,あるいは社会状態の 中で,どうやってオリジナルな文化をつくり出していく か」という点でのすぐれた実践的課題意識を上原が一貫

して持っていたと指摘した。

 以上のコメントをうけて村井は,世界史認識論と国民 教育論との接点に関して,教育政策・教育現実を上原が どのようにみていたのかという媒介項を間に入れて分析 する必要があると回答した。

[II].討論における論点は多岐にわたった。そのうち議 論についてと,②5次元的世界史認識における「自己」

についてであった。

 ①に関しては,まず坂元から(i)上原の国民教育論は 当時,新植民地主義批判の文脈で理解されていたが,そ れでよいのか。(ii)上原の国民教育論と他の様々な国民 教育論との構造的違いと共通性を特にロストウ路線との 対抗関係でどのように考えるかという問題が出され,次 に小沢からも(iii)高度経済成長以後は日本の独立の問 題に加え,アジアに対する経済的侵略=加害という問題 が出てくる。この点を上原が国民教育論との関わりでど のように考えていたのかという問題が出された。

 ②に関しては,福島から(i)世界史認識を形成してい くことと「自己」の存在理由・価値とはどのような関係 にあるのか。(ii)他者をぬかしていきなり地域にとんで しまうことで「自己」の存在理由・価値を問題らできる かという質問が出された。(i)に関しては,村井より上 原のこの点に関する具体的な作業は,晩年の日蓮研究の 場合だけであり,しかも中途で終わってしまっていると

の回答がなされた。(ii)に関しても村井より,一般的な 上原評価においても上原の「自己」とは他者を前提にし ない抽象的自己認識であり,具体的な個人という点にお いては不明確であるとされているとの回答がなされた。

またこの点に関して小沢から今日の「自己」概念で上原 の「自己」を切らない方がよい。坂元からは,上原の中 で抽象的な「自己」と現実の自己が引き裂かれていたか もしれない。その点の統一的な把握が必要である等の見 解が出された。

 この他多くの指摘・疑問が出された。そのいくつかの ものを出された順に以下提示しておく。

 ①上原の戦前からの方法論的展開過程の内在的分析 が上原世界史認識論把握の重要な問題なのではないか

(一盛,荒井文昭)。②佐々木隆爾は,当時の民主教育論 がロストウ路線を正しく位置づけることができなかった という見解に立つのに対し,村井は上原の国民教育論が ある程度ロストウ路線を見通したものであったという見 解に立つわけであり,その点のズレを教育論で展開すべ きではないか(佐藤広美)。③村井は近代化論に対する歴 史学からの批判が政治的イデオロギーの次元でしかおこ なわれていないと指摘しているが,村井の近代化論に対 するとり扱いも政治的イデオロギー批判のワクから出な いものではないのか(黒崎)。⑤〈抽象化←→具体化〉とい

う村井論文の基本シェーマに関して,具体的な抽象化作 用,抽象化されない思想基盤・概念操作を本格的に吟味 するべきである(黒崎)。⑤上原の世界史像と唯物論ある いはマルキストの歴史学活動との間の緊張関係を村井は どのようにしてとらえているか(黒崎)。⑥上原が当時直 感的に考えていたことを今日世界システム論がある程度 やったというふうに村井がとらえているように思え,そ れならば上原の思想を教育理論に生かすほどにつかんだ

ことにはならないのではないか(黒崎)。

 出された論点の多さのわりには,発言者が限られてい た。なじみの薄い素材であったならばなおさらのこと,

「なぜ上原専禄なのか」等の素朴かつ本質的な質問が出さ れてもよかったように思われた。 (文責一盛真)

第2回(1989年5月11日)

 今回のゼミでは,大串隆吉「覚え書;社会教育におけ る労働者教育の位置づけをめぐって」(『人文学報」第206 号,1989年3月)の検討を行った。コメンテーターは,

佐藤広美(教員),浅野かおる(M院生)志摩桜(M院生)

であった。

(1)初めに評者からのコメントがなされた。三者のコメ

ントには多くの共通点がみられた。

(3)

 まず,浅野は,本論文の主たる課題を,社会教育行政 における位置づけを考える際に行われるべき,労働者階 級の自己教育要求(自己教育運動)が結んでいる対抗概 念の明示にあると定めた。

 志摩は,労働行政と社会教育行政の区別と連関,労働 者階級の教育の自治を中心問題とし,小川利夫が残した 課題,すなわち,自己教育運動と社会教育行政との直接 的な関係が主軸となっているとした。

 さらに,佐藤は,社会教育研究が労働者教育を位置づ けてこなかったことを確認した上で,なぜ労倒渚教育が 社会教育行政の管轄とはならず,労働行政下におかれた 点,また,社会教育研究の対象から外れたかの質問をし

た。

 共通に示された質問や,後の討論につながる議論とし ては,①大串の行っている労働者教育の定義,②小川批 判の妥当性,③職業訓練を「教育」ととらえる力量を労 働組合が持ち得たか,等があげられる。

 コメントを受けて大串は,生涯学習体系理論から発生 した社会教育をめぐる諸問題をふまえ,本論文は,一般 行政との総合化を全面的に検討する試みであるとした。

また,先にあげた質問に対しての返答を行った。①労働 者教育は労働者を対象とした教育活動カテゴリーをさ

し,そこでは賃金労働者としての属性を持つ者が抱えて いる教育課題を論じるべきである。②小川の論点は,社 会教育行政・政策とその対抗概念として設定した自己教 育運動との内的・外的矛盾を展開している。さらに自己 教育運動の中心理念として労働者階級の教育要求を取り 上げているが,社会教育行政の枠外としてしか論じてい ない,と批判した。③法体系の中では,職業訓練法にお ける刮練と教基法の教育とは異質なものと解釈されてお り,労働者教育に対する労働組合の教育のとらえ方は不

明である。

(2>討議された概要をまとめてみる。まず,本論文では,

労働者教育についてのカテゴリーがまとめられておら ず,そのためその批判の後になされるべき問題提起が存 在していない(小沢有作)との批判が出された。今日に おけるその位置づけ(小沢)についての説明を求められ,

大串は地域において行われる成人の教育活動である社会 教育自体を再検討しなければ労働者教育を位置づけるこ とは出来ないとの見解を述べた。また,現代の労働者教 育が持つ位置づけの展望を考える上で,その対象を狭く 限定するのではなく,労働者と他の国民諸階層との関連 を重視すべきである(坂元忠芳)。このことに関連して,

大串の定義が労働者教育を狭く限定しているために企業 内教育が除外されているのではないか。企業内教育を無

視して論じることは不可能(富田充保)との意見が出さ れた。これに対し,大串は企業内教育を労働者教員運動 の対抗概念としておさえるときにこそ「労働者としての 特有」な属性に即した教育が必要なのだと述べた。

(3)その他,労働者教育の世界的な位置づけ(一盛真),

労働者の範疇(福島智),一般行政と教育行政との分類の 是非(宮沢康則)などの質疑がなされた。討議時間の短 さに比してコメントに要した時間が長かったこと,発言 者が限られたこと,そして討論があまり噛み合わず,活 発さに欠けた討議であったように思える。

      (文責 三科聡子)

第5回(1989年6月22日)

 今回は,佐藤広美の「東亜協同体論と教育科学一城戸 幡太郎の『教育科学』についての一考察一」を検討した。

コメントは大串隆吉(教員),松浦勉(P院生)。

 大串は,本稿が課題とした城戸理論の「複雑さ」と「抵 抗と協力」(10頂)をめぐる問題に対し,本稿は次の点

を明らかにした,と述べた。①「東亜協同体」と城戸理 論との関連で,新体制運動への参入の原因に「東亜協同 体論」「協同主義思想」があったこと②城戸の職能教育 体希iF組合国家」構想の中核概念として「職能」があっ

た,である。

 疑問点としては,①なぜ城戸は「東亜協同体」におい て教育の自立性が実現されると考えたのか,②「自由主 義」擁護はなぜ「個人主義」批判となったのか,③城戸 は「職能」「組合国家」を社会的分業という視点でとらえ なおす必要はなかったのか,④なぜ城戸は未確立であっ た社会政策がファシズムによって確立できると考えた

か,を出した。

 松浦は,本稿が歴史学研究の成果を積極的に吸収し,

城戸における戦争とファシズムへの「協力と抵抗」の問 題を通して「教育(学)の戦争責任」の問題の解明に寄 与をなした,と研究の意義を評価したうえで,疑問点と して次の点をあげた。①「アジア・太平洋戦争」を分析 するうえで不可欠な世界史的な観点が不十分ではない か。②「抵抗」者としての城戸像に必ずしも批判・修正 を加えるものになっていない,城戸の戦争とファシズム への「抵抗」に対する批判が足りないのではないか,③ 城戸と昭和研究会とのかかわりに関する独自の検討が加 えられていない,④ファシズム期の天皇制国家の権力構 造をどうとらえるか,などが出された。

 大串のコメントに対して,佐藤は,①「東亜協同体論」

の自由主義的要素に期待して教育の自立性は実現される

と思う。②城戸の思想は資本主義批判を一貫していたも

(4)

のの,基本的に統制主義であったゆえ,自由主義思想が 個人主義批判へと交替していった,と答えた。

松浦のコメントに対して,佐藤は,①日本による朝鮮・

台湾をはじめとする植民地・占領地への城戸の認識② 社会的分業の実態,③ファシズム期における社会政策の 確立について,などはこれから勉強していきたい,と答

えた。

 全体の議論の中で,小沢有作は,城戸の「東亜協同体 論」における「合理」と「非合理」問題をもっと明確に するべきではないか,とのべた。また,黒崎勲は,教育

(史)学の学際研究とは教育史独自の貢献が必要である とし,松浦の本稿への歴史学研究の成果を積極的に吸収 したことに異なる意見を出した。  (文責 南 相理)

第6回(1989年7月6日)

 今回は,坂元忠芳「子どもの悲しみと教育』(新日本出 版社)を検討した。コメンテータは村井淳志(教員)と 福島智(D院生)。

 はじめに,村井は「焦れる泣きをする子どもが増えて いる」「屈託なく生きているようにみえるけれども,やは りひどく他人の目を気にしている」「さまざまな感情や気 分の葛藤を外にあらわさないで,自分を明るくみせかけ て演技をして生きている」「より優しさを要求している」

など,これらの直観的分析はかなりあたっているように 思われると評価した上で,以下の問題を提起した。(1に れらの「実存的傾向」はすべての子どもに一様にあらわ れることなのか,坂元氏は渡辺氏の支配構造分析を援用 しているが(P194),渡辺の分析が正しいとすれば,子ど もの「実存状況」も中心部にいる子どもと周辺部にいる 子どもとはかなり異なるのではないのか。(2臨教審がま

ともに問題にしていない「子どもの本当の叫び」という 坂元氏の意見に対して,戦後日本の高度経済成長の歴史

は70年代末から新たな段階に入ったとみるべきで,臨教 審はそのような路線に対応しようとしているのだと考え る。そのようにしてみていくと,臨教審の教育政策が作 り出す矛盾は,経済構造の変化のなかで切り捨てられ差 別された部分に集中的にあらわれ,階層の上・中はかな

り取り込むことに成功しているのではないか。

 次に,福島は「全体として,教育実践の理論を平易に,

かつ貝体的に記述するという点で,本書は成功している と考えた。しかしながら,現代の閉塞的な状況の社会を 作り出したのは,まぎれもなく「かつての子ども達」,す なわち,現代の大人達なのではないか。そう考える時,

かつての子どもが経験した「子どもらしさ」を,「現代の 子ども達に現代風にアレンジして経験させる」というこ

とだけでは,問題の本質的な解決にはつながらないので はないか」とコメントした。また,章毎にその内容を丁 寧に要約し3つの疑問点を提議した。1,随所に出てく

る「科学的認識」とはどのようなことか。ここでの「科

学的」の意味内容を明確にしたい。2,「文化を仕かける」,

「新しい文化を再構成する」というときの「文化」とは どのような内容をイメージして使われているか。3,「日 本の経済位置」と「子どもの進路の自主的選択」との関 係(p52)をどのように考えるか。

 以上の2つのコメントを受けて坂元氏から回答がなさ れた。村井の質問(1)に対して,日本の階層構造は75年オ イル ショックを乗りきってまた,円高ものりこえてい るようにみえるけれども,85年以後,ここ2〜3年間を 一つのメルクーマクとしてそのかげりが出ているのでは ないかという感じがする。しかし,単純に大部分の子ど もがこれらの「実存的状況」になっているとは思わない と答えた。また(2)の指摘に対しては,臨教審がある意味 で「成功」しているようにみえた数年前の状況とは違っ た情勢が最近では出ているのではないか。つまり,生活 水準の高い階層も,子どもの人間関係,交わりという面       1  N で問題をかかえているのではないか。またものに媒介さ

れる関係のなかでは子育てそのものがうまくいかなくな っているのではないか。下層部分はもっと大変な問題を はらんで,全体として階層構造のかげりとかかわって,

教育における公共性のあり方を意識される基盤が広がっ ていると思う。それぞれの地域で調査してみないといけ ないけれどもと答えた。福島の質問1については,見え るしるしから見えない本質を追求していくのが,ある意 味で社会科学の方法である。ここでは単なる科学的認識 ではなく「探偵的認識」ということを言いたかった。そ れは明日の世界を現代においてどのように探偵するかと いう問題もからんでいると答えた。質問2については,

この本で例としているのはミュージカルである。ミュー ジカルは学校全体の授業や日常生活のもつ気分,雰囲気,

関係などをひっくり返す役割をもっている。文化の内容 は,敵対的競争の文化をひっくり返して,生徒が悪口を もいえるような,しかし同時につながっていけるような 異化的文化をイメージしていると答えた。質問3につい ては,全体の議論で行いたいと述べた。全体の議論では,

今日の子どもの感1青表現,今日の子ども像,日本の経済 的位置などについて意見がだされたが,時間の制限のた め,深まった議論は行われなかった。

       (文責 梁 成煕)

(5)

第7回(1989年10月12日)

 第4回ヘレン・ケラー世界会議の報告と,黒崎勲著『教 育と不平等』の検討とを行った。

 福島智(D院生)と三科聡子(M院生)が,はじめに ヘレン・ケラー世界会議について報告した。「盲聾者のサ ービスに関する第4回ヘレン・ケラー世界会議」は1989 年9月28日から10月3日までスウェーデンで開催され,

25ヵ国から盲聾者6(洛を含む約集めた。日本からは,小 島純郎氏(千葉大学教授),福島(盲聾者)と三科がこれ に参加した。福島は自身が考案した「指点字」を中心に スピーチをした。盲聾者に対する通訳方法は,国によっ て個人によって異なる。そのなかで福島の「指点字」は,

早くしかも多くの情報を伝えうる方法として,各国の参 加者の反響を呼び注目を集めた。

 ついで開催国スウェーデンの社会保障について。交通,

住居,財政的補償など数々の面で,スウェーデンと日本 では考え方が違っていた。たとえばスウェーデンの歩道 は点字ブロックはないが,道幅ははるかに広い。街路に 点字ブロックを敷いてありさえすれば,障害をもつ人へ の十分な配慮があるとはいえない。外国の現状から見て,

あらためて障害をもつ人々の立場に立った社会保障とは 何かを考えさせられたという報告であった。

 つぎに黒崎勲著『教育と不平等』の検討を,小沢有作

(教員),坂本旬(D院生)のコメントで行った。

 小沢は本書の独自性を,教育制度が不平等を再生産す るメカニズムを明らかにするために「教育機会均等の概 念」に焦点をあてた点にあるとした。そして主に,アメ リカ合衆国における補償教育問題を転機とした「教育機 会均等の概念」の変容のプロセスを論争の整理をとおし て跡づけたとされる黒崎の方法にたいして,次のような コメントが述べられた。

(1)教育制度が不平等を再生産するメカニズムを明らか にするにあたって,教育機会均等の概念の変容のプロセ スに焦点をしぼり,学校論=学校の構造分析を欠落させ

たのはなぜか。

② 学校の構造分析を欠落させたために,知的能力と学 力の同一視に陥っているのではないか。しかし知的能力 と学力の同一視が生ずる現実のメカニズムの分析こそが 必要なのではないか。

(3)はじめの六章の「平等」に関する議論と第七章以下 の「自治」に関する議論は,別の文脈ではないか。

 ついで坂本が,自身の「能力主義批判」の課題意識に 照らして,主に「ロールズの正義の原則」と「能力主義

と教育制度」について次のようなコメントを行った。

(1)ロールズの正義論は,具体的で多様な人間の諸能力 が一元化された能力の差異となり,そのような基準が社 会的,経済的,人格的関係を規定するような「能力主義」

の批判たりうるのか。

②専門家の自治による学校から民衆によって管理され る学校への転換は,どのようにしてロールズの平等化の 議論と論理的につながるのか。

 黒崎は,両コメントの「能力とは何か」という問題を 欠落させているという批判に対し,市場システムの中で の能力の商品化の問題はいわゆる高度に発達した産業社 会に共通の問題であり,教育制度によってのみ変革され るものではない,したがって教育制度論は能力の差を前 提とせざるをえず,この問題は教育制度論の文橡ではな いと述べた。また,「平等」についての議論と「自治」に ついての議論の関係については,小沢の指摘を認めたう えで,第七章以下の「自治」の議論は「教育の正当性」

の議論であると述べた。

 討論では,おもに能力と社会体制の関係が論じられた。

そこで,市場システムの中での能力の一元化の問題につ いて,「高度に発達した産業社会」は能力の「一元化」よ

りむしろ能力の「多元化」を要請するのではないかとい う意見などが出た。

学力や競争についての今日の社会通念は変わろうとし ているのか,もし変わるとすれば何が基盤となり,どの ような方向で変わるのか,そしてそのきざしはいま子ど も・青年にどのように表れているのか,さらに未来をつ くりだす教育制度の構想というものは可能なのか,など は今後も検討が続けられる必要があるだろうし,筆者と しても考えていきたいと思った。 (文責村上純一)

第8回(1989年10月26日)

 今回の総合ゼミでは『教育科学研究」第8号(1989年 7月)に発表された論文志摩櫻「学区制度に関する一考 察」及び村上純一「宮坂哲文の生活指導論と生活綴方論 一晩年の生活指導概念規定の検討を中心に一」の検討を

行なった。

 前半は,志摩論文について検討をおこなった。コメン テーターは南相櫻(D院生)と佐藤広美(教員)であっ

た。

 まず南は志摩論文の課題と論理構成を整理したうえ

で,次の二点をあげた。①志摩は親の私立学校選択の自

由をよい学校志向でとらえているが,私立学校は公立学

校にできない教育をするところにその存在意義をみるべ

きではないか。ならば,私立学校と公立学校の存在基盤

には基本的に異質性があり,その延長上に私立の「よい

(6)

学校」をとらえるべきではないか。②学区制度が「差別 意識や特権化を産みだす母体」(p72)となっているのは 激しい入学競争による学力社会であろう。そこで志摩の いう住民の社会的共同事業としての学校の創造は具体的 にはどのように可能か。またその際の「学区」と「地域」

の異同は何か。

 次に佐藤は志摩論文は「機会均等」の概念のとりわけ 否定的倶価に焦点づけながら,学校選択の権利の論理矛 盾を明らかにしようとしたものと述べたのち,大きく次 の三点をあげた。①「一」は現行の学区制度の問題の所 在であり,論文のそれではない。「二」以下の展開とのか ねあいでもっと限定する必要がなかったか,(例えば「学 校づくりと親の選択権」)②「三」は学区の独立性の機会 均等(集権化)についての検討であり,学校選択権が機 会均等の否定的倶価にいかに対抗するかという検討にま で進んでいない。③登校拒否を学校選択権ではどうとら えるのか。また選択権と参力[論についてはどう考えるの

か。

 これらに対し,志摩は,大筋において認めたうえで,

次のようにコメントした。南の指摘したように私立学校 の選択はその教育内容(例えばキリスト教の学校,良妻 賢母主義)にかかわる面でもなされている。だが事実上 は偏差値や学力テストの点数等で序列化され,特に私立 小中学校はその後の入学試験を回避するために選択され ている。これは公立学校の一区校制と論理的に矛盾して いることを指摘したかった。南の②に関しては今後の課 題としたい,と述べた。佐藤の①に対し「二」でとりあ げた教育法学上の法解釈上の定説に論理矛盾が存在する のではないかというのがもともとの課題意識であった。

また現実の学校問題に対し必ずしも学校づくり論という 課題設定では対応しきれなく,現行法をどうとらえるの かという議論が必要であろうとした。また②に関連して 地域の中で地域に限定された選択権ということを考えつ つある,③については,公立学校の学区決定に対し,そ の過程に住民が積極的に参加していく方策を講ずるべき であろうと思う,と述べた。さらに登校拒否について,

「学校を選択しない溜IJ」と位置づけられている例を紹

介した。

 全体の議論としては,具体的な記述をとりあげての検 討が進んだ。小沢有作は「教育の一定内容の普遍化」(p74 右)とはどういうことか教育の国家統制が強まったこと か,と述べた。これに対し黒崎勲は普遍化ではなく標準 化といわれることもある,と述べた。また小沢は,国家 による教育の内容の標準化を国家などの「恣意」ととら えているが(p72右, p73左)この理解は妥当か,と述べ

た。これに対し志摩は,一定の内容をとりあげたことに 国家の意図性がみられるし,それは恣意といえると答え さらに黒崎からも教育法学では「国家の恣意」とは一般 的につかわれているという指摘があった。

 また,茂木俊彦からは志摩論文において茂木の見解と してとりあげられた部分は,自身の意図するところとは むしろ逆の意味でとりあげられているとの指摘があっ

た。

 さらに富田充保から教育の正当性の補償の一つの可能 性としての親の選択権の補償があり,その根拠としての 教育の私事性があると思われるが,この実践が競争を支 持しているとなると,親義務のとりくみはどうなるのか。

さらに住民の共同化が困難な中,教育の私事性だけが共 同化できるとするのも困難では,という指摘がなされた。

 後半は村上論文について検討をおこなった。コメンテ ーターは木下元子(M院生)と田辺敬子(教員)。

 木下は,村上の問題提起と宮坂分析の結果,及び結論 としての村上の生活綴方的生活指導の特質についての視 角をまとめたうえで,次のような疑問を出した。①リア

リズムを中心に結論を述べるとどうなるのか②問題提 起に対して詳しい説明を求める③宮坂は生活綴方的生 活指導の切り口が見えなくて「組織づくり」を選択した のではないか。ならば村上の結論は今後の「実践に学ぶ 方法の検討」や「実践の記録の分析」にまたねばならな いのではないか。

 次に田辺は,読みにくかったという印象を述べたうえ で,次のようにコメントした。①論文の構成について。

「おわりに」で整理された筋道で論文を展開した方がわ かりやすかった。また宮坂哲文を橡とすることで村上 の「現代の生活綴方無育の実践を分析する視角を得る」

という課題は達成されるか。②「生活指導」の一般的に 意味するところで,民間教育運動の中で用いられた意味

を現代の教育学的視点からの再吟味が必要ではないか。

その他論文に即して用語上の疑問が数点指摘されたが,

田辺は,宮坂の生活綴方についての考え方をていねいに あらっていったことは評価できる点だと述べた。

 これらに対し村上は木下の①②田辺の①について,赤

い鳥のリアリズムから戦前の生活綴方,その後の生活綴

方への流れにふれたうえで次のように述べた。子どもた

ちの目を社会にむけてひらかせるために子どもどうし大

人どうしの人間関係.深める方法にすぎない「綴方」で

はなく,綴ることそのものに社会へむかっての目をひら

かせる原動力をみること。日本作文の会(「日作」)のとり

くみにもかかわらず書けない子がいると,また丹羽徳子

の実践を現代の問題として理論化する必要があろうこと

(7)

から綴ることの意味を考えてみると,宮坂の58年規定に むすびついた。さらに野村芳兵衛の集団主義を発展させ たのは竹内常一であるがこちらは生活綴方の集団理解と は異なっているのではないかとも述べた。

 また山住正己からは実践をどうとらえるかを考えたう えで理論的検討をしなくてはいけないのではという指摘 があった。これに対し村上は修士論文の際実践の検討を 行ったが,その時の理論的遺産を検討をしたうえで実践 を検討する視点を構築しなければならないという指摘を うけて,今回の理論課題にとりくんだと述べた。その他,

黒崎からは時期区分についての指摘があった。つまり58 年規定と62年規定と宮坂の研究史の前期・中期・後期と いうわけ方とのかねあいをどう考えるかという指摘であ った。富田は,生活綴方に内在する集団主義の組織づく りは58年規定にもどるとつかまるのかという指摘をし た。また,坂本旬は,現在,全生研の実践などをみると 集団づくりをする前段階をつくっていかなけれぼならな いことが言われているが,この中で58年規定にもどるこ

との意味は何かという指摘があった。(文責 石崎摂)

第9回(1989年11月9日)

 今回の総合ゼミでは富田充保の「ph.Malrieuの心理学 方法論に関する序論的考察一フランスのMeyerson学派

とWallon学派の接点と関わって」(『教育科学研究』第8 号,1989年7月)と坂本旬の「『教育的価値』論と能力主 義の二重構造」(『教育科学研究』第8号,1989年7月)

を検討した。

 前半では,富田論文について検討,コメンテーターは 徐和子(D院生)と柿沼秀雄(教員)であった。徐は富 田論文と関わっての疑問としてつぎの3つをあげてい る。①本論の目的は歴史心理学と発達心理学方法論の相 互関係を明らかにし,そして教育学的帰結を解明するこ とにあり,この目的を達成するため,ph.Malrieuの理論 を取り上げている。しかし,根本的に,両学派の考察が 先で,その上でMalrieuの理論の教育学的意義を論ずる べきではないか。②Malrieu理論の具体的な方法論一資 料のとり方,その分析の視点,分析のものさしなどにつ いての検討が必要である。③本論では児童による作品世 界の発見およびそこでの進歩のプロセスを検討した上で 教育的意図を持った活動を分析することになっている が,これについても具体的な分析の視点が提示されなけ ればならない。④柿沼は富田論文と関わってつぎのよう な問題をあげている。①Meyerson学派の歴史心理学方 法に関する著者の概要は分かりやすいが,その歴史心理 学の批判対象である「先行する心理学」がWallon学派を

さすのかその他の諸学派を念むのかはわからない。2)関 連して歴史心理学におけるMeyerson学派の位置はどの ようなものなのか。②Malrieuによる既存の児童心理 学・発生心理学批判では,WallonとWallon学派とが著 者のなかで区別されているのか,あるいはもっと別の区 分けがされているのかが読み取れない。

③著者はMalrieuの教育学的意義のひとつとして「教育 関係」の歴史的再構成を上げているが,この議論は,学 校を範例とした学校化社会という議論のアナロジーを感 じさせるが,そうした枠組みとの関係はどのように考え られているのか。④教育関係の歴史的再構成の探求は

「教育機能」を社会的に再調整していくための診断と示 唆を与える可能性をはらんでおり,従ってそれは「教育 計画」の基礎的素材となる可能性をもうことを意味する,

と網めくくられるがこのいわば要の部分でなぜ「教育計 画」かる概念で議論を総括しなければならないのか不可

解。

 これに対して富田は,まず柿沼のコメントの①には,

本論で言う「先行する心理学」とは,1910−30年頃のフ ランスのギョームを筆頭する実験心理学の潮流を指して いること,そしてメイエルソン学派からは,Zバルブーの

『歴史心理学』,ファン・デン・ベルクの『メタブレティ カ』,ヴィゴツキーカルリヤ等の文化=歴史理論が歴史心 理学試みとして意識されており,自らのそれらの中の1 つとして位置づけられていると述べた。又,徐コメント には,本論のモチーフの1つに今後の具体的な事例研究 の分析視点を得ることにあったが,それが社会諸領域で の「教育機能」と「教育関係の調整」過程を分析すると いうレヴェルに止まっており,今後より具体化してゆき たいと答えた。さらに柿沼コメントのワロン学派とマル

リューはどのように格闘し,どう位置づけているのかと いう問いには,ワロンには歴史心理学な着想はあったが,

その後の主要な研究対象とはされておらず,むしろその 課題をマルリューが引き受けるという形でワロンと格闘 し位置づけを行ったと考えると答えた。議論では,「『書き 言葉習得』の事例(p.54)を批判している,その意図と 独自性は何か」「今後の研究の基軸として歴史心理学と発 生的心理学のどちらを考えているのか」等の意見が出さ れ,今後の具体的な研究感を通じて,独自の意義の明確 化が望まれた。

後半では,坂本論文を検討した。コメンテーターは三 科聡子(M院生),と黒崎勲(教員)であった。

 三科は坂本論文についての疑問としてつぎのように述

べた。①筆者は憲法・教育基本法の精神に基けば,「能力

主義」が克服できるだろうか,との問題提起を行ってい

(8)

るが,憲法・教育基本法,そのものが含有している「能 力主義」については,どのように解釈するのか。②現実 の教育現場にみられる「能力主義」が社会からの要請を 背景にもつとする見方は,すでに多くなされていると思 う。筆者の問題題起がもたらされる新しさは何か。③「能 力」「能力主義」を筆者自身はどのように規定するのか。

④能力主義批判を行うためには,経済合理主義を批判す る視点力泌要だとしているが,そこに「教育的価値」を 結びつける意図は何か。

 黒崎は坂本論文に対してつぎの問題を題起した。①ボ ウルズとギンタスの「専門技術=能力主義理解とその批 判」に対する筆者の批判は「彼等がここで証明に用いて いる認知テストや知能テストそれ自体が,教育社会の価 値体系の基準として存在するのであって,専門技術主 義=能力主義のいう専門技術的能力とは異なるからであ る。しかし坂本がいう「社会原理としての能力主義」と は,前近代社会と近代社会を対比するときに用いられる 業績主義のことのように思える。能力主義は,この業績 主義のうち,社会と教育との間の能力に共通性をみると ころに特徴があると思う。②社会原理としての能力主義 は,そのままの形態で教育社会に貫徹するのではなく,

教育社会に固有な能力主義の形態として形を変えて現れ ることになる。この固有なイデオロギー領域を持ったシ ステムの中で作り出される労働力価値の存在様式は労働 力市場でのそれとは同じではない」という方法的前提が 表明されている。しかし,その後に続く教育価値の分析 は,自らの方法的前提を全く裏切っているもので,その 分析は教育社会における労働力価値の存在様式を労働力 市場でのそれと同じものとして分析しているにすぎな い。③教育的価値と経済的価値の分離の論理について は,筆者は,この分離を「諸能力の所有者自身が労働力 市場に投下されるという質的な『飛躍』が必要である」

というが,この飛躍は,すべての商品が市場において経 験するところのものであり,教育的価値と経済的価値の 分離を意味するものではない。④この論文は能力主義を

「資本主義社会の原理・法則が人間の諸能力・人格を物 象化し,商品として再生産させている」ことに物質的基 礎をみようとしているが,商品交換の原理それ自身を廃 止することは可能であるのか。

 両者のコメントに対して坂本は,まず,論文のテーマ に関する問題意識として,①能力主義の二重構造を具体 的事実の緊張関係でとらえること,②国家論,制度論を ふまえ,教育制度について考察することを述べた。また,

三科の②の疑問について,「教育現場にみられる能力主 義は,テスト主義や点数主義のことをいい,それらが経

済界から要求されているという意味であれぼ,確かに今 までにも多くあった。能力の源を経済界に求めて説明す る方法はたくさんあったが,なぜ経済界の能力主義が現 れるのかは,分析されていない。この点は, 社会原理と

しての能力主義の内容と,その実体、について考察する 必要がある。資本主義の社会では,人間の能力がそれに 見合う金銭や様々な地位に交換されてしまうことが根本 の問題であると思う。」と述べた。

 また,黒崎の③の疑問に対し,「マルクス主義を,経済 学の領域に閉じ込めてしまうこと自体がまちがってい

る。教育的価値や文化的価値は,人間が対象に働きかけ るという点では同じであるが,それが市場に投下されて しまうと,経済的価値となり,そこ1ご飛躍。があるは 確かであると思う。」と述べた。また,④の「商品交換の 原理それ自身を廃止することは可能であるのか。」の問い

に対し坂本は「それは不可能だと思う」と述べた。

       (文責 朴恩嬉)

第10回(1989年12月7日)

 ピーター・レナード著「人格とイデオロギー(茂木俊 彦・宗沢忠雄訳)」の検討を行った。コメンテーターは佐 藤広美(教員)と富田充保(D院生)。

 富田は第二部を主要な対象として以下の3つの視点を もって検討を行った。1)社会実践,特にソーシャル・

ワークの経験と理論の必要に迫られて書かれたものであ るということ,2)イギリスという国の独自性を持った ものであるということ,3)しかし高度に発達した資本 主義国での経験という日本との共通性も有したものであ

るということの3点である。

 佐藤は全体の要旨を述べ,本書の意図と成果を確認し た後,次の6点の疑問を述べた。1)key概念として経済 家族,国家が使われているが,やや図式的であり,むし

ろ現存社会主義が抱える官1聯Uの問題や現代日本が抱え る問題企業社会における家族の危機や崩壊といった問 題意識が弱い。2)階級文化論(イギリス)と消費社会 論(フランス)との整合性をより明確にさせる必要はな いか。3)人格の物象化等を問題とする以上,マルクス の経済学批判の要綱の検討は不可欠ではないか。4)「逸 脱抵抗,矛盾の空間」から「革命的プラクシス」へと いうレナードの論述は構造的,発達論的分析として不十 分ではないか,さらに訳者である茂木への直接の質問と

して,5)レナードの人格論は人格論の系譜上,どのよ うな特色を持つのか。6)「健常者によって定義された障 害者」ということについてはどう考えるか。

 二人のコメントをふまえた上で,茂木は訳者としてど

(9)

うコメントしようかと思う,むしろコメントにひとつひ とつ答えるというのではなく,本の内容について皆で議 論したほうがいいとのべた。佐藤の5)の質問にたいし ては系譜上はわからないと述べ,6)の質問については,

茂木は障害者自らも主張し定義する権荊はあるが,それ だけでは科学的判断の軽視になるので,健常者も定義し お互いが討議して決めていけばよいのではないかと答え

た。

 福島智(D院生)は質問を2つあげた。第一には資本 主義における革命的集団行動とは何か,それは住民運動 ともとれるがそれでいいのかということと第二には社会 主義社会においては人格とイデオロギーの関係はどうな るのかということであった。

 茂木は,「この本の全てに同意するという訳ではなく,

例えばそのひとつには今の質問にもでてくる革命的集団 行動というところであり,それが本の中では明確にされ ていない」と指摘した。地域の小さな連帯も家族の矛盾 がうまく働けば革命的プラクシスになるというが,その 過程が明らかでない,と茂木は述べた。

 福島は,本書が単に個々のアドバイスをするだけでは だめだといっているところはおもしろいと感想を述べ,

さらに,本文では学校のことがあまり書かれておらず,

国家,家族,経済のうち家族,経済が大事だと言ってい るが学校も必要なのではないかと述べた。茂木も日本で これが書かれるならば学校はもっと比重がおかれるだろ

うと言った。福島は,ケースワークの目的が病理的な状 態を取り除くことにあるとするのは理解できる。しかし ながら,病理的でないという状態が,どの社会,どの時 代にも共通なものだと考えてよいのだろうかと疑問を言 った。それに対し坂元忠芳(教員)は,「その病理的でな い状態というのは最も狭い意味で病理に関係した問題な のか,あるいは広く社会的な意味での問題なのか」と質 問した。福島は後者であると言い,「それは表面的には現 れないでも広く人格とイデオロギーに潜在的に影響を及 ぼしているのではないか」とつけ加えた。坂元は日本で 思春期のむかつきとか登校拒否とかは必ずしも神経症で はない場合でも広く病的な場合があるのでないか,と言 い,今の子どもにはいつも弓鎚的にせまられている気分 があり,それは最も狭い意味での病理ではないにしても 広い意味では病理的な問題であり,それは社会学的,教 育学的にはまだあまり追求されていない分野ではないだ

ろうかと意見を述べた。

 また,富田は日本とイギリスとでは家族の違いがあり,

そこを考えなければならないのではないかと言ったが,

茂木はむしろそこには共通性がうかがえると言った。村

上は,イギリスはわからないが少なくも日本においては

家族で問題を解決しようとする傾向が強いため,地域の

共同の運動やもっと幅広い人々の集団的な連帯が形成さ

れにくいのではないかと述べた。  (文責 木下元子)

参照

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