「フリーター」/「ニート」を生きる
若年者就業支援施設 Z に通う A さんを事例として
仁井田 典子
本稿は,近年,雇用が不安定化している日本社会において,不安定 な雇用状態にある人々が直面している「生きにくさ」に着目すること で,現代社会が抱えている問題を明らかにしていくための実証研究で ある.本稿では,「フリーター」と「ニート」の境界線上を生きるひと りの男性を,事例として用いた.結論は,以下のように整理できる.
(1)1990年代初頭に日本社会で社会問題化された「フリーター」「ニー ト」という社会問題カテゴリーは,不安定な就業状況にある彼を,社 会問題の当事者として位置づけた.(2)彼は,社会問題の当事者である ことを意識することで,スティグマを抱え込み,就業が長続きしない ことや経済的に自立できないことの原因を,自己の問題に帰責させる ことで,自己否定感に苛まれる.(3)スティグマを抱え込んだ彼は,そ の原因を彼自身の家庭環境の問題へと転嫁することによって,自分自 身を正当化していった.(4)彼は,就業に結びつかない外国語の勉強に 没頭し,自己を他者と差別化することにより,自らのアイデンティテ ィを防衛していった.(5)彼自身が直面している「生きにくさ」は,不 安定な就業状況にあることを自分の家庭環境の問題,すなわち自己責 任として意味づけていることから生じている.彼の「生きにくさ」は,
雇用の不安定化が拡大していく現代社会において,その問題を社会的 な問題でなく,個人へと帰責させていく日本社会のあり方から生じた ものである.
キーワード:雇用の不安定化,若年者の就業問題,現代社会の生きに くさ
1 本稿の目的・背景
本稿は,近年,雇用が不安定化している日本社会において,不安定 な雇用状態にある人々が直面している「生きにくさ」に着目すること で,現代社会が抱えている問題を明らかにしていくための実証研究の ひとつである.「フリーター」と「ニート」の境界線上を生きるひとり の男性(Aさん)を事例として用いる.高校卒業後,専門学校を修了 したAさんは,正規雇用の職業に就かず,いくつかのアルバイトを転々 とする「フリーター」として生活していた.その後,若年者就業支援 施設に通い,「語学力を生かした職に就きたい」という漠然とした希望 を持ち,これまでに貯めた貯金を切り崩しながら「ニート」として生 活している.そして,「貯金が尽きればアルバイト生活に戻るのも仕方 ない」と,近い将来において就業しなければならない状況になれば,
働くことを覚悟しているという意味で,Aさんは「フリーター」と「ニ ート」と呼ばれる存在の境界線上を生きている.そんなAさんが直面 している「生きにくさ」を,社会的な問題と関連づけて考察すること で,雇用が不安定化していく日本社会が抱える問題性を明らかにして いく.
まず,若年者の不安定就業問題に関するこれまでの動きをみていき たい.もともと「フリーター」は,アルバイト情報誌『フロム・エー』
で,夢や自由を求めて自らの意志でアルバイト生活をする若者たちを 意味する言葉として,1980年代半ばに誕生した.けれども1990年代 に入ると,「フリーター」は,行政によって,定職に就いていない若年 者の就業意識や就業行動にかかわる社会問題カテゴリーとして扱われ るようになった(労働省 1991).その後「フリーター」は,研究者や 政府・行政等によって,夢のために非正規雇用を選択した「夢追い型」,
特別な理由もないままに非正規雇用者として就業している「モラトリ アム型」,正規雇用に就けないので非正規雇用者として就業している
「やむを得ず型」の3つに類型化されていった1)(内閣府2003; 小杉 2003; 厚生労働省2003).2000年代半ばになると,それまで「フリー
ター」の定義に含まれていた若年者の一部が,就業意欲を持たない「ニ ート」として,新たに社会問題化されるようになる2)(玄田・曲沼2004;
玄田・小杉・労働政策研究・研修機構 2005: 49).そして行政は,「フ リーター」「ニート」に対する就業支援策として,2003 年に『若者自 立・挑戦プラン』,2004 年に『若者自立・挑戦のためのアクションプ ラン』を提示した.そうした行政施策の主なものとして挙げられるの が,若年者に対する就業支援サービスを包括的に行う,若年者就業支 援施設 3)の設置であった.若年者就業支援施設では,若年者の能力向 上と就職促進を目的として,就職に関する相談,情報提供などが行わ れた.これまでの研究者や政府・行政等による,若年者の不安定就業 問題とは,「フリーター」「ニート」と呼ばれる定職に就けない若年者 個人に,何らかの原因や問題があるとされ,その個人をどのように「自 立」させるのか,という視点からとらえられてきた.つまり,「フリー ター」「ニート」問題は,当事者以外の人々によって,社会問題として 構成されてきたのである.
2000年代後半になると,不安定就労者やその支援団体など,当事者 たちによる社会運動がみられるようになる.それ以前から雇用の不安 定化を問題とする活動が全くなかったわけではないが,「プレカリアー ト運動」や「フリーター全般労働組合」の結成などがマス・メディア にとりあげられるといったように,社会的に広く認知されるようにな ったのがこの時期である.社会運動を行う当事者たちによって,不安 定就労問題の原因は,不安定就労者個人にあるのではなく,雇用が不 安定な社会構造にあるのだととらえられるようになっていく.こうし たなか不安定就労問題は,若年者層だけの問題ではなく,全年齢層に 関わる問題として,また非正規雇用者だけの問題ではなく,不安定な 雇用に就いているすべての人々に関わる問題として認識されるように なっていく.こうした社会運動のひとつとして,先に挙げた「プレカ リアート運動」がある.雨宮処凜によれば,「プレカリアート運動」と は,非正規雇用に就いている人々,及び非正規雇用者以下の条件で就 業している正規雇用者を「プレカリアート」4)と呼び,「不安定さを強
いられた人々」であるとして,彼らの「生存権」を要求するものであ
る(雨宮 2007b).つまり,こうした社会運動は,雇用・賃金の保障
といった労働者としての権利を要求するだけではなく,「ベーシック・
インカム」を要求する人々をも含め,労働者の生活保障の獲得をも目 指している.
雇用が不安定化する今日において,社会運動を行っている人たちと 同じように,不安定な労働に従事している人々は,数多く存在する.
けれども,そのなかで社会運動に関わっている人々はごく少数であり,
大多数の人々は関わっていない.これまで筆者は,「フリーター」「ニ ート」の就業支援策として設置された,若年者就業支援施設Z5)におい て,若年者にインタビュー及び参与観察調査を行ってきた.筆者が Z で出会った若年者たちは,正規雇用に就いていない自分が社会問題の 当事者であると意識し,スティグマを抱え込んでいることから,社会 運動に関わりを持っていない人々である.本稿で事例としてとりあげ る Aさんもそのひとりであり,なかでも彼は,「フリーター」「ニート」
の両方に分類されうる存在である.Aさんは,X 語 6)の勉強を数年間 続け,「X語の語学力を生かした仕事に就きたい」と語っていることか ら,彼は,先行研究で示されてきた「夢追い型」の「フリーター」に 分類される.けれども A さんは,「X 語を生かした仕事に就きたい」
という「夢」のために,正規雇用に就いていないわけではない.また A さんは,長期間就業しておらず,定職に就くための求職活動をした 経験もないことから,「ニート」としても分類されるであろう.
本稿では,「フリーター」と「ニート」との境界線上を生きる A さ んの生活世界 7)を描き出す.Aさんの生活世界を通じて,「フリーター」
「ニート」と呼ばれ,社会問題として扱われてきた若年者たちが,自 らが社会問題の当事者であることを意識することでスティグマを抱え つつも,それに対して自らをどのように防衛しようとしているのかに ついて明らかにすることで,現代社会における特有の「生きにくさ」
を考察する.
先程挙げたように,近年の社会運動は,雇用や賃金の保障といった
労働者としての権利だけではなく,生活の保障といった生存権の獲得 をも目指している.雨宮は「不安定さを強いられた人々」の,雇用や 生活における不安定な状況を,「生きづらさ」という言葉で表現してい
る(雨宮 2007b).こうした社会的な現象がみられるようになってき
たのは,Zygmunt Baumannのいう「生産社会」から「消費社会」へ の移行 8)によるといえよう.社会の力点の転換に伴い,生産的労働に 必要のない「余剰」な労働者を切り捨てることで生き残りをはかろう としている使用者たちにとって,労働者たちへの生活保障は,埒外な ものとなりつつある(Baumann 2005=2008).Baumannは,こうし た社会の変化に伴って新たにみられるようになってきた,「不安定,不 確実性,危険性」といった特質を持った現象を,「人間的苦悩の共通部 分 」 と表現 し , 特 に先進富 裕地域に お い て深 刻な のだと述 べる
(Baumann 2000=2001: 208).そして,この「人間的苦悩の共通部 分」は,特に先進富裕地域の人々が共通に抱える苦悩ではあるが,そ の苦悩のあらわれ方は,その人のおかれている社会的状況によって異 なっているという(Baumann 2005=2008).本稿では,「不安定さを 強いられた人々」,すなわち,正規雇用に就くことが困難な状況におか れているという意味で社会的に弱い立場におかれた人々にあらわれる
「人間的苦悩の共通部分」を,「生きにくさ」と表現する.社会的に弱 い立場におかれた人々の直面する「生きにくさ」を明らかにすること で,若年者の不安定就労問題を,個人的な問題としてではなく,社会 的な問題としてとらえていく.
2 調査の概要
A さん(男性)は 1980 年に東京都の下町に生まれた.A さんは中 学卒業後の進路について,親から「高校へ進学するのではなく,仕事 に就くように」と言われたが,Aさん本人の希望により都立高校普通 科へと進学した.高校卒業後,外語専門学校に進学し,英語を主専攻,
X語を副専攻として2年間学んだ.けれどもAさんは,結局就業先が 決まらないまま,2001年3月に外語専門学校の課程を修了した.Aさ
んは専門学校修了後,工場で商品管理のアルバイトを3ヶ月間続けた ほかは,日雇い派遣で軽作業の仕事を断続的に行ってきた.その間に A さんは,X語の語学学校に通いはじめ,X 語の勉強を続けた.Aさ んは,その頃の自らの状況について,就業先でも他の就業者たちと「接 点を持とうという意志がなく」「自分のー,殻,世界,に閉じこもるタ イプ」であり,「人との接点そのものがなかった」と話している.そん な A さんは,「ひきこもり」や「ニート」について書かれた本を読ん で,自分は「あまりにもひきこもりすぎててー,なんかおかしい感じ」
だと認識したという.そこでAさんは,無料でカウンセリングをうけ られるような施設を探していた.そして若年者就業支援施設の存在を 知り,2005年2月から通い始めた.Aさんが求めていたカウンセリン グというのは,心の悩みに対応する心理カウンセリングだったが,実 際に若年者就業支援施設Zで実施されていたのは,就職相談のカウン セリングだったという.けれども Aさんは,Zが廃止される 2007年 3 月まで毎週開催されたあるイベントに,定期的に通い続けた.その 理由について A さんは,「とりあえずそのまま,居座っちゃったから 行ってるだけ」だと語っている.Zに通い始めて以降Aさんは,それ までに貯めた貯金を切り崩しながら生活しており,アルバイトはして いない.
2005 年 4 月,筆者は,若年者就業支援施設 Z で毎週開催されてい たイベントにて,Aさんと知り合った.筆者は,「フリーター」や「ニ ート」の問題に関心を持つ大学院生で,インタビューに応じてくれる 人を探しているとAさんに説明し,その場で連絡先を交換した.数ヶ 月後,筆者は連絡をとりインタビューをお願いしたところ,Aさんは 応じてくれた.それ以降もAさんは,数回にわたって筆者のインタビ ューを引き受けてくれている.筆者は,Zでのイベントに参加した際,
A さんと行動を共にすることが多く,Zでのイベントがない日にも個 人的に連絡をとり,コーヒーチェーン店などで話すこともあった.本 稿で用いるインタビューデータは,2005年4月から2007年3月まで,
若年者就業支援施設Zで毎週開催されているイベントにて行った参与
観察調査と,Aさんに対するインタビュー調査等で得られたデータの 一部である.日付を記載されていない会話データは,2005 年7月 15 日に東京都内にて行ったインタビューにより得られたものであり,そ の他のデータについては,日付と場所をそれぞれ記載している 9). 3 人間関係の希薄さ
3.1 友人に乏しい学生時代
―小・中・高から専門学校修了まで
Aさんは,「いままでに人と,仲よくなんの嫌だった」と話し,友人 が極めて少ない.「学校では(他の人と)話さない人だった」と,友人 が少ないのは学生時代からだと Aさんはいう.特に高校時代のAさん は,学校行事で遠足に出かけた際,「一緒に行動する友達がいなかった」
と話しており,友人が全くいなかったという.また A さんは,「小・
中学生の頃から現在まで継続的につきあいのある友人もいない」と話 している.外語専門学校では,「クラスが 3 つのグループに分かれて いて,Aさんもそのうちのひとつに属していたが,専門学校修了と同 時につきあいが途絶えてしまった」という〔2007 年 3月 7日若年者 就業支援施設 Zにて〕.これらAさんの語りからは,彼には友人がき わめて少なく,学生時代からの継続した交友関係がないことがうかが える.
3.2 「動くタンパク質の固まり」―職場での Aさん
Aさんは専門学校修了後,工場で商品管理のアルバイトを3ヶ月間 続けたほかは,日雇い派遣の軽作業の仕事を断続的に行ってきた.人 付き合いが苦手で,高校・専門学校の頃からの継続した交友関係がな いという A さんは,「これまでの就業先においても人間関係を築くこ とはできなかった」という.A さんは,職場でアルバイトをしていた 頃の自分について,「動くタンパク質の固まり」と表現し,同じ就業先 で働く人に挨拶をしたり,休憩時間に会話をしたりといったような「最 低限の社会的な」行為をすることさえなかったと話す.これまでAさ んには,非正規雇用での就業ではあるが多少なりとも就業経験があり,
人と接する機会が全くなかったわけではなかった.Aさんは,人との 接点を求めているにもかかわらず,挨拶や休憩時間に他の就業者たち と会話するなどの交流をはかろうとしなかった.その結果,職場で人 間関係を築くことができなかったために,就業することは「楽しくな かった」と感じられるものとなり,アルバイトを継続することが「き つく」なったのではないか,と Aさんは自己分析している.
3.3 親しくない人と挨拶や会話を交わすのは「嫌」
―若年者就業支援施設ZでのAさん
Aさんは人付き合いが苦手で,これまで友人はきわめて少なく,学 生時代からの継続した交友関係もなかった.また職場でも,挨拶や休 憩時間に他の就業者たちと話をするなどの交流をはかろうとしなかっ たことで,人間関係を築くことができなかった.そんなAさんにとっ て,若年者就業支援施設 Zでのイベントは,他の人と言葉を交わすほ ぼ唯一の場であったものと思われる.ZでのAさんは,その場にいる 参加者のうち,親しくなった人や親しくなりたいと思った人に対して は,挨拶や会話を交わすなどしていた.けれども,単に顔見知り程度 の参加者に対して,自分から挨拶や会話を交わすことは,ほとんどし なかった.A さんは,Z のイベントの参加者の誰とでも会話を交わそ うとする筆者を「八方美人」と揶揄していた.そしてAさんは,筆者 のように,親しくない人や特に親しくなりたいと思わない人に対して そつなく振る舞うことは,自分は「嫌」なので「したくない」のだと 話していた〔2007年 2月 14日若年者就業支援施設 Zにて〕.そんな Aさんが若年者就業支援施設 Zのイベントで親しくしていたのは,絵 を描くこと,サッカー,競馬,音楽(洋楽)といった,Aさんの好き な話題を共有できる相手であった.
4 原因としての家族への依存
A さんは,祖父,父母,3 歳年下の妹と同居をしている.父親は個 人事業主,専業主婦の母親は,病気がちで長いあいだ病院通いを続け ている.妹は高等学校を卒業後,アルバイトとして就業している.こ
こでは,Aさんが家族をどのように意味づけようとしているのかにつ いて,詳細にみていきたい.
4.1 挨拶や会話を交わす習慣がない―家族から受けた影響 すでにみてきたように,Aさんは人付き合いが苦手で,これまで友 人はきわめて少なく,学生時代からの継続した交友関係もなかった.
また職場でも,他の就業者たちと交流をはかろうとしなかったことで,
人間関係を築くことができなかった.そんなAさんは,自身が人付き 合いを苦手とすることの原因を,自分の家族に求めている.
A :何か,ねー,うち,変だからさー,変なんだよ,ちょっとね,
家庭環境が悪くて,結構.自営業でー,常に,まあ,祖父母 と住んでたんだけどー,今祖母死んでるからー,まあ,あれ だけど,祖父母もいてー,自営業ーなわけじゃない?
*:うん.
A :で○○〔地名〕でー,まあいわゆる,下町といわれる,人情 味があふれるとかいうのが,想像される場所なんだけどー,
何か知んないけど,ちっちゃいときからねー,家族全員そろ ってご飯食べたことないんだよねー.
*:親が忙しい?
A :や,仲悪い.家庭,内で,仲悪くてさー,
*:うん.
A :僕が挨拶しない,バイト先で挨拶しないっていうのもそこで ー,僕,絶対家の人とかと挨拶とかしたことないんだよ.
*:うん.
A :だから,そういうのが微妙に残ってるのかな,とかって.い ただきますとか,ごちそうさまとかあるでしょー?あれ,学 校での儀礼だと思ってたんだ,僕.
*:(少し笑)
A :おもいっきし真面目に.
*:うんうんうん.
A :挨拶もだから,うん,だから,だから今でもー,家の人とは 基本的に,妹とは話すけどー,それ以外はべつに,
〔省略〕
A :基本的にだから,家でも,家も基本的に喧嘩ばっかでー,学 校では論外だから,僕の場合は.話さない人だったから,学 校でも家でも.落ち着く場所がなかったから.
*:うん.
A :気の休まる,ところはなかったし,
*:うーん.
A :だからその,何て言うの,あんま人と,何て言うのかな,こ れ,今までに人と,仲よくなんの嫌だったの,そこが影響し てるかもしれない,かな,とか思ったりするんだけど,ちょ っとだけ.
Aさんによれば,彼が育ったのは,「人情味あふれる」と「想像され る」ような下町である.しかしながらAさんの家庭は,こうした下町 のイメージとは異なり,家族同士が挨拶をすることは,「絶対」ないと いう.Aさんによれば,家族同士で挨拶をしない状態が自明な環境で 育ってきた自分にとって,「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶を 交わすことは単なる「学校での儀礼」であり,就業先でしなければな らないこととしてとらえていなかったという.
また,Aさんの家庭では,「ちっちゃいときからねー,家族全員そろ ってご飯食べたことないんだよねー」と,家族全員が一緒に食事をし たことがないことをあえて筆者に話すことで,家族同士の仲が悪いこ とを強調しようとしていた.そして Aさんは,子供の頃から家庭内で 喧嘩が絶えなかったため,現在でも家庭内で妹以外の家族と言葉を交 わすこともほとんどないという.そのためAさんはこれまで,家庭内 だけではなく,学校でも人とコミュニケーションをとることはほとん どなかったという.さらに A さんは,「だからその,何て言うの,あ んま人と,何て言うのかな,これ,いままでに人と,仲よくなんのい やだったの,そこが影響してるかもしれない,かな,とか思ったりす
るんだけど,ちょっとだけ」と話している.Aさんのいう「そこ」と は,A さんの育ってきた家庭環境のことを指す.Aさんの育った家庭 では,日々家族同士が挨拶する習慣がなく,家族同士の仲が悪いため に家族同士の交流がほとんどないと Aさんはいう.つまりAさんは,
自分の育ってきた家庭環境が,彼の学校や職場などにおける交友関係 の乏しさに影響しているのだと語っているのである.このようにAさ んは,家族同士が挨拶や言葉を交わすことのない環境で育ってきたた めに,これまで学校や職場などにおいて,人間関係を構築していくこ とができなかったのだ,と意味づけている様子がうかがえる.
4.2 「家族は一番近くにいる他人」
さらにAさんは,自分の家族について,次のように語っている.
A :おとといもね,家族の話になったからさー,
*:うん.
A :つい勢いでさー,家族は一番近くにいる他人,とか言っちゃ ったんだけどー,
*:(笑),言いそうな,セリフだね.
A :まあそれで,それでいてさー,そんな感じなんだけどね,僕 の場合.だから,はっきり言って僕は全く親に迷惑かけてる って思ってないの,全然.
*:うん.
A :だからまあ,他の人は結構言うの.
*:ああ,いつも親に迷惑,
A :そんなに,いつまでもかけられないからーとかって,言うけ ど,僕は全くそれが無くって,というかむしろ迷惑かけて る?ぐらいの気持ちで,僕がちっちゃいときからお前らにか けられてきた迷惑に比べると,俺が今お前らにかけてる金銭 的な迷惑は,たいしたことじゃあないだろう,みたいな感じ でー,
*:(笑)おもろい.〔中略〕じゃあいま,親に負担かけてるって 言ったら,食費とかってこと?
A :そうだね,食費だね.
*:まあ,住居費?
A :住居費(少し笑)もただだから,光熱費(少し笑)とかそう いうヤツ.いつまでも迷惑かけれない,とかそういうふうな ことは思わないんだよね.〔中略〕まあ家は出たいけどね,ほ んとに.
*:ああ,やだって?
A :やだやだ,ほんとに.落ち着かないもんね.〔中略〕基本的 に家族大事だって思ってないからねー.何言われても,ほん とに.
* :(笑)今はとりあえずライフラインって感じ?
A :そう,ほんとに.
ここでのAさんは,若年者就業支援施設Zのイベントにて,参加者 全員で,親や家族に対して抱く自らの感情について意見を述べあった 時のことを念頭において話している.他の参加者は,就業していない,
もしくは定職に就いていない自らの状況について,「親に迷惑かけてる」
と話していたという.そうした他の参加者の意見とは対照的に,Aさ んは生活費を親に支払ってもらっている現在の状況について,「全く親 に迷惑かけてるって思ってない」「たいしたことじゃあないだろう」と 語る.Aさんは,自分の親に対してこのような感情を抱いている理由 について,Aさんの家庭は日々喧嘩が絶えず,何か問題が起こるたび ごとに,Aさんは家族に迷惑をかけられ続けてきたことを挙げている.
就業していない現状において,Aさんが生きていくためには,家族と 同居しなければならない.それにもかかわらず,家庭内での喧嘩の絶 えない状況は「落ち着かない」ので「家は出たい」と話している.そ してAさんは,筆者がAさんの話を聞くうちに,思わず口にしてしま った「ライフライン」という言葉に,Aさんは躊躇なく同意している.
つまり Aさんは,自分にとって親の存在は,現時点において生きてい くために必要なので頼っているにすぎないということを,筆者に対し て語ろうとしているのだと解釈できる.
また A さんは,家族のなかでも特に親について,「大事だって思っ
てない」「嫌」だと語り,「一番近くにいる他人」と言い表している.
つまりAさんは,家族と同居し自分もその家族の一員でありながらも,
自分の親をあえて「他人」という言葉で言い換えているのである.A さんは,家族をこのように言い表すことによって,家族に対する嫌悪 感を抱いていることを表現しようとしているといえる.それと同時に,
彼があえてAさんが家族を「他人」と言い換えていることから,自分 自身を親とは異質な存在として意味づけようとしている様子がうかが える.
5 X語に対する矛盾した態度
ここでは,Aさんの語りを通じて,彼がX語をどのように意味づけ ているのか,について明らかにしていく.
5.1 X語に対する執着
Aさんは,高校3年生の頃から独学で X語の勉強をはじめ,外語専 門学校では X 語を副専攻として学んでいた.A さんによれば,「専門 学校で X 語はよくできるほうで,X 語の先生にも気に入られていた」
という〔2006年 10 月 4日若年者就業支援施設 Zにて〕.外語専門学 校を修了してからも,語学学校に通いつつ,X語の勉強を続けてきた.
Aさんは筆者に会うたび,X語についてほとんど何も知らない筆者に,
自分が勉強しているX語の内容や,その進捗状況などについて頻繁に 語ってくれた.A さんによれば,彼は一日の大半の時間を,X語の勉 強に費やしているのだという.
また,筆者や Aさんと同様に,Zのイベントに長期間参加していた Bさんは,大学で第二外国語としてY語10)を学んだ.Aさんは,Bさ んが自分と同様に,語学に対して強い興味を示していることから,B さんに自分がX語を勉強していることを話したのだという.するとB さんは,「(Y 語と比較して)X 語は簡単だからいいですね」とこたえ たという.BさんがX語を「簡単」だと述べたことに対して,Aさん は Bさんに「むかついた」と,筆者に繰り返し語った.AさんがBさ んにX語が「簡単」だと言われて「むかついた」のは,そのように言
われることで,X語だけでなく,X語を勉強している自分が否定され たのだと解釈したためであろう.Aさんのこうした語りからは,彼が X語に対して強い執着を持っていることがうかがえる.
5.2 「趣味」としてのX語
X語に対して強い執着を示すAさんは,X語は自分にとって「趣味」
であると表現している.しかしながら Aさんの語りからは,X語が単 なる娯楽にとどまってはいないことがうかがえる.
A :不幸にも,僕の趣味が,X語という,妙なところにあるから ー,
*:(笑)
A :趣味を生かすとか,やりがいを生かすとなるとー,めっちゃ くちゃ狭いわけでー,もう,
*:うん.かなりしかも,厳しい業界だよねー.
A :厳しい厳しい.〔中略〕だから,まあ,理想としては,フリ ーターでとりあえずバイト,バイトしてー,週 5 日ぐらい働 いて金つくってー,
*:うん
A :まずX〔へ〕行きたいっていうのが,
(二人とも笑)
A :そう,わかんないけど,ここでやってたって,自分の X 語 がどれくらいのもんかなんて,正直言って.僕が思ってるよ うに,もしかしたら,できるかもしれないしそうじゃないか もしれないけどー,
*:うん
A :それが全然分かんないから,検定とかにも興味ないしー,僕,
X語検定って.
*:あー,はいはい.
A :そういうのに興味ないから−,現地で,どんなもんなのかな ーって.
Aさんは,X語を就業に結びつけるのが困難であることを強く認識 しており,それゆえに自分にとってX語は「趣味」なのだという.A さんによれば,彼がX語の勉強に力を注いでいるのは,「自分の X語
(の語学力)がどれくらいのもんか」実力を試してみたいからだとい う.Aさんは自分のX語の語学力を試すための方法として,X語検定 を受検することと,「X〔へ〕行きたい」と現地に行くことを挙げてい る.まず,X語検定を受検することについてAさんは,X語検定を受 検することに「興味ない」と話している.そのためAさんは,自分の 語学力を試す唯一の方法は現地へ行くことであり,そのためにアルバ イトをしてお金を貯めたいと語っている.
アルバイトとして就業することと,X語の勉強を続けていくこと,
自分の語学力を試すために X語検定を受検すること,そして現地へ行 ってX語を話してみること,Aさんにとってこれらを実行することは,
決して不可能ではないだろう.むしろ,すべて実行することさえ可能 であろう.けれども,このなかでAさんが実行しているのは,X語の 勉強を続けていることだけである.Aさんは,若年者就業支援施設に 通い始める前に,働いてお金を貯めており,Z に通い始めてからは,
それを「必要最小限」使ってやりくりしているのだと筆者に話してい た.それならば,現地へ行って自らのX語の実力を試すことはすぐに でも可能なように思われる.けれどもAさんは,貯めたお金を「X〔へ〕
行きたい」という自らの希望を叶えるための渡航費用にあてようとは していなかった.また,自分の語学力を試す方法として,X語検定を 受検する方法があると認識しつつも「興味ない」と話し,実行しよう とさえしていなかった.このようにAさんは,X語は自分にとって単 なる「趣味」であると語りながらX語の勉強を続け,あえて現地へ行 くことだけを夢みている状況に留まり続けようとしていた.
5.3 X語に対する自信の誇示
Aさんは,X語を単なる「趣味」であると語る一方で,X語自体に 対して強い執着を示すだけではなく,X語の語学力を生かした仕事に 就くことについても,強い執着を持っているような語りがみられる.
A :でもさー,サッカーの,雑誌とかでさー,X語の訳みてたら,
なんていうかなー,すごい下手な,訳とかあるわけよー.
*:うん
A :そういうのとか,むかつくしー,
*:(少し笑)なんでこいつが仕事就けるんとか思う?
A :そう,思う思う.あの,以前とか,サッカー本,サッカーの 雑誌の通訳をしてる人が,僕の先生になったことがあるのね,
1回だけ.
*:うん.
A :日本人だったんだけどー,日本人の〔X語〕はめちゃくちゃ だったんだけど,まあいいや,その人はねー,その人はサッ カーのこと,全然知らないのー.
*:うん.
A :なのに何かね,訳して,たいしたこともない訳でね,しかも X 語を教えるのも,めちゃくちゃ下手だし,みたいな.で,
何でその人,そんなに仕事やってるのかな,って,今,今は,
その人,放送局でX語講座の先生やってんだけどー,
*:おーーーっ.
A :あのレベルで,あのレベルでよくできるなー,と思うけどー,
コネがあるらしいんだよ.実力だけで入ったって感じじゃあ ないよ,はっきり言って.放送局で学生のときからバイトし ててー,放送局で何やってたか知らないけど,そういうのが あってー,放送局で X語講座やってんじゃないかと思っちゃ うくらい,コネ,コネ,コネとー,コネも大切な世界らしい んだ.
*:ふうーん.
A:俺はそういうの,全くないから,
Aさんは,海外のサッカー雑誌をみて,X語から日本語への翻訳が
「すごい下手な,訳」であるとき,「むかつく」のだという.Aさんの こうした語りを受けて筆者は,AさんがX語から日本語への翻訳が「下
手」だと「むかつく」のは,下手な翻訳をする人がX語の語学力を生 かした仕事に就けて,自分がX語を生かした仕事に就くことが出来な いことによるものなのか,と A さんに問うために,「なんでこいつが 仕事に就けるんとか思う?」と聞き直している.それに対してAさん は,「そう,思う思う」と答えている.このように「下手」な翻訳に対 して「むかつく」と語るAさんからは,Aさんの X語の語学力に対す る自信がうかがえる.A さんがこれまでに,X語に関して「下手」で
「むかつく」と感じたひとつの例として,彼が受けたX語の講師の講 義を挙げている.Aさんはこの講師について,翻訳した文章が「たい したこともない」うえに,教え方もうまくないという.それにもかか わらず,テレビのX語講座で講師をしているのは,学生のときから放 送局でアルバイトをしていたからというような,「コネ」があるのでは ないか.X語の語学力を生かした仕事に就くためには,「コネも大切」
だが,その「コネ」が自分には「全くない」のだとAさんは語る.こ のように A さんは,「コネ」という言葉を繰り返し使い,プロフェッ ショナルのX語の講師と自分との違いを「コネ」のあるなしで説明し ている.こうした Aさんの語りからは,もし自分にも「コネ」さえあ れば,X語の語学力を生かした仕事に就くことが可能であることを,
筆者に対して暗に意味しようとしている様子がうかがえる.
5.4 Aさんの「自信」に対する解釈の揺らぎ
Aさんは,上に挙げた「コネ」に関する語りと同様に,X語の語学 学校で知り合った,国立の外国語大学卒で X への留学経験を持った,
「スマート」な経歴の女性の X 語の語学力に関しても,「大したレベ ル(ではない)」と語った.それは,もし自分にも「スマート」な経歴 があれば,X 語の語学力を生かした仕事に就くことが可能であること を,筆者に暗に意味しようとしていたといえる.筆者は,Aさんのこ れらの語りから,もし彼に,国立の外国語大学卒の学歴や,X への留 学経験といった「スマート」な経歴,仕事に就くための「コネ」があ れば,AさんはX語の語学力を生かした仕事に就くことができると考 えた.そして筆者は,A さんがこれらを手に入れるためには,大学院
へ進学することが最良の手段であると考え,勧めることにした.
*:この前,インタビューのときに,学歴とかコネクションがな いから,X 語の通訳・翻訳の仕事につけないって言ってたじ ゃん?
A :うん
*:それで,気になって知り合いに相談してみたんだけど,専門 学校卒でもX語の語学力さえ認められれば,大学院に進学で きるらしいんだー.
A :うん.
*:そんでね,国公立(の大学院)とかだったらそんなにお金も かからないと思うし,東京に実家があるから学費だけって考 えれば,たぶん,Aさんがバイトをすればまかなえない額で はないと思うんよね.
A :わかった.じゃあ,とりあえず調べてみるよ.〔中略〕電話 ありがとね.じゃあまたね.
〔2005年 10月 23日電話にて〕
*:この前いきなり電話してごめんねー.
A :調べてみたけど,お金的に無理そう.
*:そっかー.
A :でも,電話くれてありがとねー.
〔2006年 3月9日若年者就業支援施設Zにて〕
筆者は,Aさんが大学院へ進学することで,「スマート」な経歴や仕 事を得るための「コネ」を得られる可能性が高まり,Aさんの人生が 好転するきっかけになるのではないかと期待していた.けれどもそれ は,単なる筆者の誤算にすぎなかった.数ヶ月後,若年者就業支援施 設ZでAさんに会った際,筆者は再び大学院進学の話題に触れた.大 学院進学に対する A さんの前向きな返事を期待していた筆者に対し,
A さんは,大学院進学できない理由として金銭的な負担が重いことを
挙げた.筆者は,大学院進学にかかる費用がAさんのアルバイト代で 賄える範囲の金額であること,Aさんが親と同居しており当面は生活 の心配がないことなど,Aさんの生活状況を考慮した上で大学院進学 を勧めたつもりであった.そのため,Aさんから金銭的な負担が大き いために進学できないと言われたとき,筆者はそんなことはないと反 論することも考えた.けれども,大学院に進学できない理由として,
金銭的な問題だけを挙げてあっさりと説明しようとするAさんの様子 から,Aさんはこの話題についてそれ以上触れて欲しくないのだと筆 者は解釈した.そのため筆者は,反論することなく,この話題につい てそれ以上触れることを避けた.
こうしたAさんとのやりとりを機に,筆者はそれまでのAさんとの やりとりを振り返ってみた.X 語検定の受検や大学院への進学といっ たように,X 語の語学力を生かした仕事に就くための具体的な行動を とることに話題が向かうと,AさんはこれまでみてきたX語に対する
「自信」とは裏腹に,X 語の語学力に対する自信のなさを強調した語 りがみられた.
A :仕事に,何を求めるのか,とか言われる(笑),言われると さー,めちゃくちゃー,何かやりがいとか言うけどー,どう なんかなー?やりたい,やりたい仕事は特にはないしー,み たいな(少し笑).
*:じゃあもし,その,X語の仕事,を見つけてもー,それには やりがい感じないってことー?
A :あ,仮に就けるとしたらー?
*:うん.
A :それはラッキー,やりたいー(笑).
*:やりたい(少し笑).
A :だけど,さー,まあほんとに仮の話,
*:うん
A :まあ明日から,明日,にでもさ,Xの会社,ラッキーじゃね?
X語使う仕事が来ればやると思うけどー,
*:うん.
A :まあそんな,夢のような話はないしー(少し笑),
*:うーん.
A :あー,そっか,そうだねー,そういうふうに仮定してみると,
全く働く意欲がないわけではないのかも.
*:(笑)
A :そういう,仮定をしてみるとね.ただ,そこに,上り詰める までにさー,いろんなところに応募してみるとか,そういう ふうな,ことをやるほど,僕は X語に自信があるわけではな いしー.
*:そうなの?
A :そう.別にー,ねえ,そんなに,X語に自信があるわけじゃ あないからねー(少し笑).そうだねー,
*:でも,ある意味,自信持ってるからさー,でもさー,
A :そう,ある意味はー,自信あるんだよねー.妙な,自信はあ るんだけどー,そうだねー,
Aさんによれば,X語の通訳や翻訳の仕事をする人の多くは,ほか の仕事と両立して生計をたてながら,X語関連の仕事を紹介してくれ る会社に登録しているという.しかしながら,A さん自身は,そのよ うな会社に登録する気はないとこたえている.このように,毎日X語 の勉強を続けていながら,X語の語学力を生かした仕事に就くための 具体的な行動をとろうとしてはいないAさんに筆者は,もしX語に関 連した仕事に就けるチャンスがあったとしたらどうするのか,とたず ねると,Aさんは「やりたい」と話す.けれどもAさんは,自分がX 語に関連した仕事に就くことは,起こりうる可能性のない「仮の話」
であり,その理由として,X語に関連した仕事に就くために具体的な 行動をとるほど「自信があるわけではない」と語った.つまり,Aさ んがX語の語学力を生かした仕事に就くための具体的な行動をとろう としないのは,「スマート」な経歴や,仕事に就くための「コネ」がな いからではなかった.後に論じるように,Aさんは,自分がX語を勉
強していることやX語の語学力が他人の批評にさらされる状態に陥る ことを避けようとしているのではないか.Aさんは,筆者に対して,
X 語の語学力に対する「自信」,毎日大半の時間を X 語の勉強に費や していることを語っていた.けれどもAさんは,Zのイベントに長期 間参加する若年者たちの集団において,自分がX語を勉強しているこ とを公にはしていなかった.A さんはその理由について,次のように 話している.
A :経理というのは,何とかなんとかで,私は面接でーとか(笑)
*:(笑)
A :こんな経験をしてー,とかって,そんな話,する人がいたり してとかー,だからそう,そんなに,かたく話してもしょう がないじゃん(少し笑),みたいなノリで,話しちゃうんだよ ね.逆に,真面目な人から見ると,お前何なんだ?とか,思 われちゃい,そうじゃない?
*:あーー,
A :そう,お前は一体何者なの?とか言われるとー,また何も,
ないわけでー,まあ働いてた経験もないしー,バイトはして たけど.
*:うん.
A :で,X語やってますー,っつったって,じゃあなんなのー?
(笑)とか言われちゃったらきついしねー.
就業支援施設において若年者たちは,正規雇用の仕事に就くという 施設の目的に即して,そのために求職活動や職業訓練をするといった,
具体的な行動をとることが望まれる.Aさんのいう「真面目な人」と は,この施設の目的に即して,自ら意欲的に正規雇用に就くための具 体的な行動をとっている人のことを意味している.ここでのAさんは,
Z のイベントの参加者のうち,正規雇用の仕事に就くために具体的な 行動をとっている「真面目な人」と,求職活動をしていない自分とを
対比させて語っている.彼は,専門学校修了後の自らの経歴について,
「何も,ない」「働いてた経験もないしー,バイトはしてたけど」と話 し,自らのアルバイト経験を自らの就業経験としては位置づけていな い.そしてAさんは,自分がX語を勉強しているのだと話すことは「き つい」と語る.
Aさんが,Zのイベントの参加者たちの前で公に,自分がX語を勉 強していることを話すのは,Aさんの X語の語学力が就業に結びつく 可能性について問われることを意味する.もしAさん自身が,X語の 語学力を生かした仕事に就ける可能性を信じていたならば,他の参加 者からどのような評価を受けたとしてもそれほど「きつい」とは感じ なかったであろう.また,AさんがX語を単なる娯楽として意味づけ ていたならば,Zの参加者たちからX語についてどのような評価を受 けたとしても,自分にとってX語は「趣味」だと言い張ることもでき たであろう.しかしながら,A さんにとって X 語は,単なる「趣味」
でもなく,かといって仕事に就くための技能として意味づけられてい たわけではなかったのだ.
6 小括
Aさんは友人がきわめて少なく,学生時代からの継続した交友関係 がなかった.他人との接点を求めているにもかかわらず,就業先でも 他の就業者たちと交流をはかろうとしなかったことで,人間関係を築 くことができなかった.そのため,就業が「楽しくなかった」と感じ られるものとなり,アルバイトを継続することが「きつく」なったの ではないか,とAさんは自己分析していた.そして,自分が人付き合 いを苦手とするのは,生まれ育った家庭環境の影響だと語り,自分が 就業を継続していくことができなかった原因を,家族に帰責させてい た.
またAさんは,家族には子供の頃から「迷惑をかけられ続けてきた」
ことから,親と同居して経済的に依存している現状は,「たいしたこと
じゃない」と語っていた.筆者はAさんの親に対する語りを聞くうち に,「ライフライン」という言葉を思わず口にしてしまう.Aさんはそ れに対して躊躇なく同意することで,自分にとって親は,現時点にお いて生きていくのに必要であるために頼っているにすぎないのだと,
必死に意味づけようとしている様子がうかがえた.
このようにAさんは,自分の就業が長続きしないことや経済的に自 立できないことを,どうにか彼自身の家庭環境の問題へと転嫁するこ とによって,自分自身を正当化していた.なぜAさんは,あえてこう した自己正当化をしなければならなかったのか.それは,Aさんが自 らを,定職に就いていないだけでなく,就業が長続きしない「フリー ター」「ニート」として,また経済的に自立できない「パラサイト・シ ングル」(山田 1999)として,社会問題の当事者であることを強く意 識し,スティグマを抱え込んでいたからにほかならないであろう.
親と同居しているAさんは,自分の就業が長続きしないことや経済 的に自立できない原因を家族に帰責させることで,どうにか自己正当 化するためには,自分自身を家族と異質な存在として意味づけておく 必要があったのだろう.Aさんは,自分の親に「嫌悪感」を抱いてい ると語り,家族をあえて「他人」と表現することで,自分を家族とは 異質な存在として意味づけようとしていた.中学校卒業後の進路につ いて,親から「就職するように」と言われ,義務教育以上の教育を受 けることを期待されない家庭環境で育ったAさんは,自らの希望によ り高等学校へ進学し,語学専門学校修了までの学歴を手に入れた.そ んな彼が,自分を家族とは異質な存在であることを意味づけるために 用いたのは,語学であった.
なかでもX語は,Aさんにとって特別なものであった.X語は,筆 者がAさんに会う際,常に彼の話す話題の中心であった.Bさんから X 語は「簡単」だと言われたことに関して「むかついた」と,筆者に 何度も繰り返し語っていたのは,Aさんが,X語とX語を勉強してい る自分が侮辱されたのだと解釈したためであろう.Aさんにとって,
X語を勉強している自分とX語とは,ほぼ等しいものとして意味づけ
られていると考えられる.またAさんは,筆者に「X語の語学力を生 かした仕事に就きたい」と語り,自分が定職に就いていないのはX語 のためである,と意味づけていた.こうしたX語に対する意味づけに よって,Aさんは,自らを「夢追い型」の「フリーター」と同化させ,
定職に就いていない現状を正当化しようとする.そしてAさんは,日 本で学習されている外国語として決してメジャーであるとはいえない X語を,自らが定職に就いていない理由とすることで,自分自身を,
単なる「フリーター」「ニート」として眼差される存在とは異なる,特 別な存在として意味づけることを可能にしていた.このように,Aさ んにとってX語は,定職に就けない原因である自分の家族とは異質な 存在として,自分自身を意味づけることを可能にするだけでなく,自 分自身をアイデンティファイする対象であり,また自分自身を,単な る「フリーター」「ニート」として眼差される存在とは異なる,特別な 存在として意味づけることを可能にするものであった.
7 結びにかえて
本稿の目的は,近年,雇用が不安定化している日本社会において,
不安定な雇用状態にあるAさんの事例をもとに,彼が直面している「生 きにくさ」を提示することを通して,その「生きにくさ」を社会的な 問題と関連づけて考察することで,雇用が不安定化していく日本社会 が抱える問題性を明らかにすることであった.
1990年代初頭に日本社会において社会問題化された「フリーター」
「ニート」という社会問題カテゴリーは,不安定な就業状況にある彼 を,社会的に負の存在であると意味づけた.Aさんは,自らが社会問 題の当事者であることを強く意識し,その原因を自分自身に帰責させ ることで,自己否定感に苛まれた.そうしたなかで,彼自身の家庭環 境の問題へと転嫁することによって,自分の就業が長続きしないこと や経済的に自立できないことを,どうにか正当化していった.またA さんは,自らのX語の語学力を,仕事に就くための手段として用いる
ことはなく,ただ単に,X語の語学力を学び続けることを目的として いた.「なぜ定職に就いていないのか」という視点からみると,Aさん と X語との関わりは,目的と手段が転倒してしまっていると解釈せざ るを得ないであろう.けれども AさんにとってX語は,自己を肯定す るために不可欠なものであった.X語は,定職に就けない原因である 自分の家族とは異質な存在として,自分自身を意味づけることを可能 にするだけでなく,自分自身をアイデンティファイする対象であり,
また自分自身を,単なる「フリーター」「ニート」として眼差される存 在とは異なる,特別な存在として意味づけることを可能にするもので あった.このように,AさんがX語の存在によって,自分自身をアイ デンティファイし,単なる「フリーター」「ニート」として眼差される 存在から差異化しようとすることは,自分自身を生きようとする「生 への抗い」(西澤 2010)としてもとらえられる.
近年,雇用が不安定化している日本社会において,不安定な雇用状 況におかれながらも,AさんのX語と同様の「夢」を掲げている不安 定就労者たちは,数多く存在するだろう.雇用が不安定化している社 会において,たとえ「夢」が就業へと結びつかないものだとしても,
「夢」によって,単なる「フリーター」「ニート」として眼差される存 在から自らを差異化しようとすること,それ自体が,自分自身を生き ようとする,人々の営みとしてとらえられるのではないか.
Aさん自身が直面していた「生きにくさ」とは,現状を自己正当化 するために,自分の就業が長続きしないことや経済的に自立できない ことを,彼自身の家庭環境の問題へと転嫁しようとしていたことであ ろう.特に就業が継続できなかったことに関して,その原因を家族に 帰責させていた.けれども,自分が就業を継続できない原因を家族に 求めることは,結局自分に原因を求めるという帰結を招いてしまう.
自分が就業を継続できない原因を家族に求めることで,結局自分に原 因を求めるという帰結を招いてしまうこと,これがAさんの「生きに くさ」である.そして,Aさんの「生きにくさ」は,雇用の不安定化 が拡大していく現代社会において,その問題を社会的な問題でなく,
個人へと帰責させていく日本社会のあり方から生じたものであるとい えるのではなかろうか.
[注]
1) これら「フリーター」の類型は,「三類型」と呼ばれている(小杉 2003:
12-5).
2) 「フリーター」と「ニート」は,別々の社会問題カテゴリーであり,
先行研究等において,それぞれ別々の問題として扱われてきた.しか しながら本稿では,「フリーター」「ニート」のカテゴリーの変遷を踏 まえることにより,「ニート」を,「フリーター」という社会問題カテ ゴリーから派生したものとしてとらえる.これまで「フリーター」は,
15〜34 歳の年齢層のうち,主婦と学生は除外され定義されてきた.
一方「ニート」は,「15〜34歳の独身で学校に行っていない,働いて いない,求職活動をしていない若者」と定義された(玄田・小杉・労 働政策研究・研修機構 2005: 49).「フリーター」の定義と「ニート」
の定義とを比較してみると,年齢規定が共通しているだけでなく,女 性既婚者と学生を除いている点で一致している.つまり,女性既婚者 と学生を除いた 15〜34 歳の正規雇用に就いていない若年者のうち,
就業している「フリーター」と,求職活動をしている失業者とを除い た,残りの人々が「ニート」にあたるだろう.けれども,この点に関 する詳細な検討については,別稿にゆずりたい.
3) 「フリーター」「ニート」の就業支援策として設置された,若年者就 業支援施設とは,「ジョブカフェ」や「ヤングジョブスポット」「若者 サポートステーション」などと呼ばれる施設を指す.
4) 「プレカリアート(precariato)」は,「不安定な(precario)」「プロレタ リアート(proletariato)」を指し示す造語で,2003年にイタリアの路 上で落書きとして発見された言葉であり(雨宮 2007a: 4),日本だけ で使われているわけではない.
5) Zは,東京都内に所在する若年者就業支援施設であったが,現存はし ていない.
6) X語とは,英語以外のヨーロッパの言語であり,Xは国名を指す.
7) ここでの「生活世界」は,Peter Bergerらの「日常生活の世界」と同 様の意味で使用する.すなわち,生活世界は「社会の通常の成員によ って,彼らの生活の主観的に意味のある行動のなかで,現実として自 明視されているだけではない.それは彼らの思考や行動のなかにその 源をもつと同時に,こうした思考や行動によって現実的なものとして 維持されている」(Berger and Luckmann 1966=2003: 29).
8) Baumann のいう「生産社会」から「消費社会」への移行とは,「そ
の社会がその成員をもっぱら生産者としての活動に従事させ,その形 成のあり方が,生産者としての役割を担う必要性に基づいており,そ の成員に求める規準が生産者としての役割を果たす能力や意欲であ った」社会から,「その成員を自らの規準に合わせようとするあり方 は,何よりもまず,消費者としての役割を担う必要性によって決定さ れており,……その成員に求める規準は,消費者としての役割を果た す能 力と意志で あ る 」社会への 移 行 を意味す る (Baumann 2005=2008: 49-50).
9) データ中の記号は,A:が被調査者であるAさん,*:が調査者であ る筆者を指す.
10) Y語とは,X語と同様に,英語以外のヨーロッパの言語である.
[文献]
雨宮処凜,2007a,『プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き 方』洋泉社.
雨宮処凜,2007b,『生きさせろ!―難民化する若者たち』太田出版.
Berger, Peter L. and Thomas Luckmann, 1966, The Construction of Reality:
Treatise in the Sociology of Knowledge, New York: Doubleday and
Company.(=2003,山口節郎訳『現実の社会的構成―知識社会学論
考』新曜社.)
Baumann, Zygmunt, 2000, Liquid Modernity, Polity Press.(=2001,森田典正 訳,『リキッド・モダニティ―液状化する社会』大月書店.)
Baumann, Zygmunt, 2005, Work, Consumerism and the ew Poor, Second Edition, Open University Press.(=2008,伊藤茂訳,『新しい貧困―
労働,消費主義,ニュープア』青土社.)
玄田有史・曲沼美恵,2004,『ニート―フリーターでもなく失業者でも
なく』幻冬舎.
玄田有史・小杉礼子・労働政策研究・研修機構,2005,『子どもがニート になったなら』NHK出版.
小杉礼子,2003,『フリーターという生き方』勁草書房.
厚生労働省,2003,『労働経済白書』日本労働研究機構.
内閣府編,2003,『国民生活白書―デフレと生活―若年フリーターの現 在(いま)』ぎょうせい.
西澤晃彦,2010,「檻のない牢獄―野宿者の社会的世界」『貧者の領域
―誰が排除されているか』河出ブックス,33-101.
労働省編,1991,『平成3年版 労働白書』日本労働研究機構.
山田昌弘,1999,『パラサイト・シングルの時代』ちくま新書.
[付記]
本稿は事前に A さんに読んで頂き,公表することに関して承諾を得て いる.本稿を読んだ A さんは,日付やインタビューデータに登場する人 物の性別など,事実関係の誤りについて指摘してくれた.けれども,本稿 の内容については,「僕の生きてる世界に関係ないから」とだけ語った.
その後も何度か A さんに会う機会があったが,A さんは本稿の内容につ いて触れたことはない.もちろん,今後 A さんへのインタビューを継続 していく過程で,本稿に対して A さんが異なった評価を示す可能性は十 分にありうる.その意味で,本稿におけるインタビューデータに関する分 析・解釈も,調査を継続していく過程で,反省的な考察を繰り返していく べきであることは,言うまでもない.
(にいた のりこ・首都大学東京大学院博士後期課程)
Living as a “Freeter” or “EET”
Case Report of a Young Man Attending a Youth Employment Support Center
NIITA Noriko
Graduate School of Humanities, Tokyo Metropolitan University
This paper is a case study focusing on the “difficulties of life” experienced by people engaged in unstable employment in Japanese society, where employment has become destabilized in recent years, with the aim to clarify the problems of modern society. This paper examines the case of a man who is on the borderline between being a freeter (part-time-job-hopper) and a NEET (young person Not in Education, Employment, or Training).
The conclusions are as follows: