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カール・バルトによる聖書理解をめぐる一考察 : 橋本鑑と関連して

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著者 稲山 聖修

雑誌名 基督教研究

巻 73

号 2

ページ 71‑90

発行年 2011‑12‑05

権利 基督教研究会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013154

(2)

カール・バルトによる聖書理解をめぐる一考察

   橋本鑑と関連して   

1

A Study on Karl Barth's View of the Bible in Relation to Kagami Hashimoto

稲山 聖修

Kiyonobu Inayama

キーワード

バルト、教会教義学、神の言葉、同化、橋本鑑

KEY WORDS

Barth, Church Dogmatics, the Word of God, assimilate, Kagami Hashimoto

要旨

 本論考では、まず、わが国におけるバルト神学研究の先駆者の一人である橋本鑑を 紹介し、必要に応じて橋本の指摘を参照しつつ、『教会教義学』「神の言葉論」で展開 されたバルトの聖書理解を考察する。次に、バルトが聖書解釈の際に、学術研究とし ての成果を踏まえつつ、同時に、聖書を神の言葉として受容したことを論じる。そし て、『教会教義学』以前に出版された『ピリピ書講解』の特徴を、再び橋本の指摘と ともに考察し、『教会教義学』における聖書理解との差異と共通点を明らかにする。

その後、スイス・バーゼルで行われた1940年の説教から、バルトの聖書理解の特徴を 導き出す。結論として、バルトの聖書理解においては、説教理解と聖霊理解、そし て、キリスト理解とが、神理解と結びつき、緊密に関係しつつ進展するという特質を 見出すにいたった。

Summary

In this article I first consider Karl Barth’s view of the Bible, which is developed in the “Doctrine of the Word of God” in Church Dogmatics. I also introduce Kagami Hashimoto, a pioneer in the study of Barth’s theology in Japan.

(3)

Next, I point out that Barth’s interpretation of the Bible has its basis in academic analysis but at the same time accepts the Bible as the Word of God. Then, I again look at characteristics of The Epistle to the Philippians, an earlier work, and Hashimoto’s analysis of it to clarify the differences and the common points with his Bible interpretation in Church Dogmatics. Furthermore, I derive the characteristics of Barth’s understanding of the Bible from one of his 1940 sermons in Basel, Switzerland.

In conclusion, I found that Barth’s view of the Bible, his sermon, and his outlook on the Holy Ghost and Christ being linked to God were developed together and thus share a close relationship.

Ⅰ.【はじめに-橋本鑑のバルト受容-】

 本論文の序として述べるべきは、本論筆者によるバルトの聖書理解に関する考察の 動機が、日本のカール・バルト受容の草分けとなった橋本鑑の研究業績からの刺激に 依っている点である2。本考察の導入としての日本のカール・バルト受容の経緯は、

バルト受容史研究会編による研究書『日本におけるカール・バルト-敗戦までの受容 史の諸断面』第一章「蘆田・橋本サークルによるバルト受容」というタイトルのもと に論じられている3

 橋本鑑は、この書物の中で、関西学院で神学を修めた後に同志社に転じ教授として 迎えられた蘆田慶治とともに、バルトの著作の翻訳作業を主たる結集軸として形成さ れた、所謂「蘆田サークル」に連なる人物として紹介されている。第一章の執筆を担 当した平林孝裕は、蘆田サークルは後に東京神学社系のメンバーを加え、東京側から の参加者を、赤岩栄、松谷義範、山本和、後藤安雄とし、京都側からは蘆田慶治、橋 本鑑、松尾相、原田信夫であった可能性を指摘する。このサークルが、地域・教派・

学派といった枠組みを超えていたとする平林の指摘は、的を外していない4

 橋本による最初のバルト研究は、論文「カール・バルトにおける神的聖書釈義」

である。残念ながら本論筆者は、この資料を入手できなかった。このため、先に紹介 した『日本におけるカール・バルト-敗戦までの受容史の諸断面』と並んで、1941年 出版の『聖書の靈ママ感について-律法的聖書主義か福ママ音的聖書主義か』、そして、1940 年出版の『ピリピ書講解』の部分訳である、『ピリピ書講解-悖もとれる人々の間に於け る神の子たち-』で展開される、バルトの神学思惟に関する橋本の指摘を適宜参考に し、バルトの聖書理解の考察を始める5

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Ⅱ.【『聖書の靈ママ感について』における橋本の問題提起】

 『聖書の靈ママ感について』とは、1941年6月2日に神戸で行われた「第十七世紀のカル ヴィン主義を至上のものとする前提の上に立つ神、を餘ママりに獨マ マ斷的に・餘ママりに自信 強く主張される人々の集で、カール・バルトの聖書靈ママ感説を紹介した際に準備した ものを-(略)-補足して纏ママめた」論文である6。この論文では、1.「新約聖書の時 代のユダヤ教での聖書の靈ママ感理解」、2.「新約聖書における聖書の靈ママ感理解」を軸と して考察が進展する。橋本は1.を要約して「新約聖書のユダヤ教に於ける聖書の靈ママ 感とは、聖書の神ママ的起マ マ原を證ママ明し、聖書の神的權威を確立するための根拠たる以上の 何ものでもない」とし7、新約聖書の時代のユダヤ教は、「聖書中心主義の宗教」であ ると理解する。但し橋本によれば、新約聖書の時代のユダヤ教の聖書主義は、「律法 的聖書主義」であり、「福ママ音的聖書主義」ではない。橋本によれば、「福ママ音的聖書主義 における聖書の靈ママ感」と、「律法的聖書主義における聖書の靈ママ感」との間には、「質的 相違」が存する8。橋本は、この「質的相違」を、2.「新約聖書における聖書の靈ママ感 理解」において究明しようと試みる。この前提に立ち、橋本は第一に、フィラデル フィアのウェストミンスター神学校組織神学教授ジョン・マーレーによる論文「聖書 の靈ママ感」、および、1941年に行った就任講演「聖書の靈ママ威」を引用する。マーレー は、聖書を「人間的起マ マ原」のものではなくて「神ママ的起マ マ原」のものであり、人間の言葉 ではなく神の言であるという主張に立つ。橋本は、マーレーに則すると、「眞ママに人間 の言葉にして眞ママに神ママの言葉であるとか、人間の言葉であるにも拘わらず神ママの言である とする主張は、詭瓣乃至強瓣である」と言わざるを得ないとして理解する9。橋本は このマーレーの理解に関して、「カール・バルトとともに、いわゆる正統主義的な聖 書靈ママ感説に通有の幻ド ケ テ ィ ッ シ ュ

影説的異端性-略-を看取せざるを得ない」と論じる10。そして 橋本は、マーレーへの批判の中で、『教会教義学』の中で展開された聖書釈義に基づ いて、バルトの聖書の霊感理解を次のようにまとめる。即ち、①神の奥義の自己開 示、②この啓示の証人なる預言者・使徒の霊感的証言としての旧・新約聖書、③この 旧・新約聖書の真理性についての聖霊の内的証明という、この三者は、一つ御霊の奇 跡的働きであり、同時的な恩寵の出来事であって、一つだけ切り離して取り出すこと はできない。このゆえに、正統主義的聖書霊感論11とは、②のみを織り出して、聖書 成立の際における御霊の働きのみを問題とする。従って正統主義的聖書霊感論とは、

聖書の霊感についての新約聖書の考えと相容れない12。橋本による、正統主義的聖書 理解と、とりわけバルトの聖書理解の差異をめぐる指摘は、バルト神学を手掛かりと した橋本の聖書理解の特質として際立っている。この指摘に基づくならば、橋本は、

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1941年の時点において、逐語霊感論に立つ聖書理解と、バルトの聖書理解の相違を、

すでに見抜いていたことになる。橋本は、バルトによる聖書の霊感理解を、「新約聖 書に於いては聖書靈ママ感とは、聖書の神ママ的起マ マ原を證ママ明して神的權威を有する律法律令・ 法マ マ典たらしめるための所謂正統主義的教義學ママにおける思瓣ママの對ママ象とは質的に異なるも のであり、イエス・キリストの啓示及び聖靈ママの内的證ママ明と分離し得ない一つ御靈ママによ る三一的同時的出來事としての福ママ音そのものに他ならないのである。新約聖書に於い て聖書の靈ママ感について語られてゐマ マるのは、此の一つ御靈ママによる三一的同時的出來事と しての福ママ音の當マ マ體を聖書の靈ママ感という角度から證ママししたものに他ならないのであ る」13と要約する。本論筆者は、橋本の指摘した、伝統的聖書霊感論とバルトの聖書 霊感論との間に存する「質的な相違」を適宜視野に入れながら、Ⅲ章では『教会教義 学』「神の言葉論」での「聖書論」をもとにバルトの聖書理解を探究する。

Ⅲ.【『教会教義学』「神の言葉論」における聖書理解】

Ⅲ-1「神の言葉論」

 『教会教義学』第一巻第一分冊第一部「神の言葉論」で、バルトの聖書理解は、三 位一体論をモデルとした、啓示・宣教・聖書という関連の中で、正典論として展開さ れる14。この神学思惟の展開は、バルトの『教会教義学』を全線にわたって特徴づけ ている。一例をあげるならば、バルトによれば、聖書とは、教会の中で、宣教のわざ をめぐる役割において、共通点や類似性を見いだすことができる「正典」として見な される。聖書と宣教の、可視的な類似性について言及するならば、聖書とは、かつて 人間が行った、「宣教の沈殿物」(Niederschlag)であり、書物としては宣教へと方向 づけられる15。このゆえに、バルトは、聖書と宣教が、第一には「同じ一つの種類」

の事柄として理解する。バルトはこの理解を「先頭にはエレミヤとパウロ、同じ列に は今日の福音の説教者」として表現する16

 しかし、同時にバルトは、聖書と宣教の非類似性についても言及する。この非類似 性とは、書かれた預言者や使徒の言葉が、後に語られた人間の言葉に優越し、今日の 宣教は、この優越した立場に存する聖書との結びつきを条件とする点でその意義を有 する17。教会の宣教の対象とは、教会には「具体的な外なるもの(ein konkretes

Außen)」である

18。バルトのこの主張では、聖書理解の際には、教会の歴史が必ず考

慮されなければならない。聖書は、この歴史性の中で、教会に対して優越するのであ る。

 ところで、バルトの主張する教会の歴史性とは何であろうか。バルトに則するなら ば、教会の歴史性とは、「使徒的継承(apostlische Sukzession)」である。バルトはこ

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の「使徒的継承」概念を、次のように意味づける19。「使徒的継承」概念とは、教会 による、正典としての、預言者および使徒の言葉たる聖書に規定され、そして、教会 は、 宣 教 の 務 め を 果 た す 際 に、 預 言 者 お よ び 使 徒 の 後 に 続 く と い う「 服 従

(Gehorsam)」の行為の中に存している。バルトは、この継承を、「活ける継承(eine

lebendige Sukzession)」 と 呼 ぶ

20。 こ の「 活 け る 継 承 」 概 念 は、 先 行 ス ル 者

(antecessor)が今なお生き、後ニ続ク者(successor)に対して自由に力を振るうとの 想定により影響を受ける。但し、先行スル者が故人となった際には、この先行スル者 の宣教は、文書として固定される。そして先行スル者の宣教が、この書かれた言葉の 中で、生と教会に対して自由に影響力を行使していると認められる場合、「使徒的継 承」概念は具体化する21

 以上、考察したバルトの聖書理解において重要な「使徒的継承」概念とは、教会の 歴史性に対する聖書の優越性に裏付けられた、「今・この時代・この状況・この人々」

へと向かう宣教としての説教によって立ちもすれば、倒れもする特質を有する。バル トの聖書理解では、教会の歴史を規定する使徒性を踏まえながら、世に対する指針を 獲得するために、繰り返し聖書が解釈されるという反復と循環が要となるといえよ う。

Ⅲ-2.「聖書論」

 バルトは、「神の言葉」で展開された正典論の前提に立ち、『教会教義学』第一分冊 第二部「聖書論」において、聖書文書の解釈を、一般的解釈学と比較しつつ、「聖書 的解釈学」として論じる22。バルトは「聖書論」で次のように論じる。「今、神が人 間に向かって語られるならば、その時神は今実際に、この具体的な人間の言葉である ところの言語を語り給うのである。そのことは、逐語霊感の概念のよき、必然的な権 利である。言葉が事柄から切り離されることができないとしても、したがって逐語的 に霊感を受けた状態は存在しないとしても、しかしまたどうしても、事柄は言葉から 切り離されることはできず、したがって現実の霊感、神の言葉を聴くということは、

ただ逐語霊感の形でだけ存在する」23。この箇所は、バルトが逐語霊感論に対して寛 容な態度を示していた根拠として引用されもした。

 しかし、同時にバルトは、17世紀の逐語霊感論の意図が、「聖書はわれわれに対 し、聖ナル、誤ルコトノナイ歴史を提供しなければならない、聖書はどの章句の中で も人間的な誤謬を含んではならない、聖書はそのすべての部分にわたって、現にわれ われの前にある言葉および文字のままですべて、確認できる、手でつかみうる神的真 理を表現していなければならない、聖書はわれわれに対して、そのほか人間的な言葉 を聞き、読む場合と同じ自明性と直接性の中で神の言葉として聞き読むことができる

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ような仕方で、神の言葉を語らなければならない、聖書はそのようなものとして哲学 や数学と並んで、-(略)-、それと同じ形式的な威厳を持つことが一目瞭然と分か る公理を集めた本でなければならないという要請」であるとして批判する24。バルト によれば、この要請の世俗性は、この要請自体に対する反駁の中で、人が神を、全く 無遠慮に非難し、不信感、懐疑論、無神論をもって脅してよいと信じたことにおいて 明らかにされた。さらには、17世紀の逐語霊感論とは、「キリストの秘義なしに、ま た聖霊の秘義なしに、自分自身の中で確立されて立っている『紙の教皇』―ローマに いる、とにかく生きている教皇とは違って、結局、全く注解者の手中に握られてし まった紙の教皇、いかなる自由な、霊的な力も持たず、むしろ人間的な力の道具に なってしまった『紙の教皇』」であると論駁する25

 以上の考察を踏まえると、バルトは伝統的な逐語霊感論に対して寛容であるどころ か、極めて厳しい調子で批判を加えている26。したがって、バルトが逐語霊感論に寛 容であったという指摘は的外れである。むしろ、バルトの「神の言葉論」における聖 書論の要とは、聖書解釈が、聖霊の秘義と並んで重要な、キリストの秘義を包括す る、神の秘義に則しているのかどうかという問いである27。この観点からすれば、バ ルトが『教会教義学』の中で、聖書理解の際に「聖霊」という言辞を用いていたとし ても、逐語霊感論とは全く異なる次元で用いている点は明らかである。橋本鑑は、バ ルトのこうした聖書理解の特徴を、「正統主義との質的相違」であると指摘したので はないだろうか。以上の考察を踏まえるならば、バルトの聖書論では、神の秘義概念 が、逐語霊感論に立つ正統主義的聖書理解と、バルト固有の聖書理解とを区別する場 合において、重要な役割を担っているといえる。

 それでは、バルトは、正統主義的聖書解釈を批判する際に用いる「一般的解釈学」

と、一般的解釈学そのものからの批評に堪えつつ、聖書固有の宣教内容を解明する

「聖書的解釈学」とを、いかに関連づけ、そして区別しているのであろうか。

Ⅲ-3.一般的解釈学と聖書的解釈学

 バルトは聖書を、歴史的(

historisch

)に読解し、注釈せよとの要求は当然である と主張する。この主張には、バルトの聖書理解の特徴をなす神学思惟が内在している と本論筆者は考える。その特徴たる神学思惟とは、聖書が神的であるからといって、

聖書の人間性が見過ごされるべきではないという考えである。この主張は、キリスト の両性論理解の際、キリストの人間性が見過ごされるべきではないという、バルトの 主張と相通じる28。バルトはこの理解を論じた後に、聖書解釈について第一の要素と して要請される道筋を、「観察(Beobachtung)の行為」として規定する。聖書の説 明とは、この観察においては、まだ聖書の意味(sensus)にのみ向けられており、言

(8)

葉の説明以上の意味を持たない。この説明の前提を構成し、かつ、この説明において 最も重要な役割を担う手段とは、文学的・歴史的観察である。バルトには、この段階 では、聖書的解釈学もまた一般的解釈学の地盤の上に立つ29

 他方、バルトの「聖書的解釈学」とは、観察を起点としている点では、一般的解釈 学と共通する。バルトの場合、聖書の説明の前提とその重要な手段とは、「文学的・

歴史的観察」である。この観察における文学的・歴史的側面とは、個々の点において は、特定の聖書本文を構成している言葉および語群を、資料説、辞書編集、文法、文 章論、文体論の規則に従いつつ、内的に関連づけ、聖書記者の使信を解明する試みで ある30。しかし、聖書的解釈学固有の特質とは、聖書の言葉の意味が、観察の段階で は「全く隠されている」点に存する。この「隠れ」とは、バルトによれば「神の言葉 の自己隠蔽」を示す。この自己隠蔽の中で、神の言葉は自らを明らかにする。そし て、この神の言葉に応じる人間の課題として、神の言葉の自己表現に思惟をめぐらせ た結果、神の言葉の自己表現の「模写(Darstellen)」が行われる。この模写の実施の ために文学的・歴史的観察が用いられる31

 ところで、バルトは、聖書注釈の出発点としての表現とは、預言者および使徒の言 葉に反射している対照像(Gegenstandsbild)について忠実でありつつ32、聖書の中 で、すでに語られている事柄に沿って思惟するという、追思考(Nachdenken)であ ると見なす。追思考の仔細については後述するが、この聖書解釈の手法は、バルトが 1931年に出版したアンセルムス研究書『知解を求める信仰』において、すでに提唱さ れている。反対に、聖書解釈の際に文学的・歴史的観察を無視する行為である「知解 ヲ犠牲ニスルコト(Sacrificium intellecutus)」は、バルトの「聖書的解釈学」とは無 縁である33。この原則を踏襲した上で、バルトは自身の「聖書的解釈学」を展開す る。

 バルトは、聖書的解釈学が、未だ一般的解釈学と明瞭には区別されない段階におい ては、聖書的思惟に影響を与える思惟図式の一切が、解釈される側に属する聖書固有 の思惟図式とは異なることに気づくべきである、と主張する34。そして、コロサイの 信徒への手紙2章8節35を引用しつつ、聖書の外部から搬入された思惟図式とは、あく ま で 相 対 的 で あ り、 し た が っ て、 他 の 思 惟 図 式 と 相 互 に 比 較 し て、 根 本 的 に

(grundsätzlich)優れているわけではないとする。聖書的解釈学の思惟図式に、全く 異なった思惟を持ち込むことへの、このようなバルトの警戒は、実のところ、ブルト マンの聖書理解への懸念であると本論筆者は考える。その裏付けは、人間が聖書注釈 者として、正当な前理解(Vorverständnis)として、神の言葉の実在に対して圧しつ けることが可能な理解は存しないとバルトが論じている点である。この前理解という 言辞が、ブルトマンの用いた聖書解釈理論に属していることは明白である。

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  バ ル ト に よ れ ば、 神 の 言 葉 に 則 し た 聖 書 解 釈 の 成 果 に 関 し、 一 般 的 な

(empfehlend)考え方としての「決断(Entscheidung)」を手段にして再構成を行う ことは不可能である。この主張は、聖書的解釈学に基づいた決断が、神の言葉に則し た思惟に由来することを意味する。バルトに則するならば、決断をめぐる思惟に際し て用いる選択とは、あくまでも恵みがなすべき事柄でなければならない36

 以上の考察により明らかにされた事柄とは、バルトの聖書的解釈学の重要な鍵が、

神の言葉への服従であるという点である37。バルトに則するならば、人間は神の言葉 と、預言者と使徒たちの人間的な証言の中で出会うとして規定される。この神の言葉 への服従の中で、聖書は、全ての公理(Axionmen)と定理(Theoremen)に対し て、無条件の優位性を保たなければならない。但し、聖書解釈学で論じられる服従と は、すでに述べたように「知解ノ犠牲」によっては生起せず、人間の表象や思想、ま た確信の放棄や忘却を意味しない。バルトによれば、このような放棄や忘却に基づい た服従は、もはや服従ではなく、むしろ「傲慢(Übermut)」であり、聖書解釈にお いては退けるべきである38

 そしてすでに論じた通り、バルトの聖書的解釈学の場合、神の言葉への服従を前提 した追思考が適用される。追思考とは、より平易にいえば、聖書の言葉に則した思惟 を指すのであるが39、この行為は、聖書に関する観察の行為に対して独立しており、

観察の作業の後、時間的に続くのではない。むしろ、追思考とは、聖書を解釈する際 に、聖書で語られている事柄が、読者あるいは聞き手の思惟に入る「瞬間」を示す。

追思考とは、聖書の意味(sensus)と、その用い方(usus)を志向しつつ、その中間 に立ちながら、聖書解釈(explicatio)へと方向づけられ、適用(zur Anwendung)さ れる中で効力を発揮する。この移行の中で、聖書解釈は、まずは聖書の自己説明と共 存する、人間の自由な行為として規定される。しかしその一方で、この追思考全体に わ た る 移 行 の 性 質 お よ び 様 式 は、 人 間 の 聖 書 観 察(Beobachten) 及 び 模 写

(Darstellen)を、聖書的思惟とは異なった思惟から遠ざけ、一線を画する機能も有す る。

 この追思考の中で、聖書本文について観察された像の上に、必然的な仕方で、この 像と関連しつつも異なる、第二の像たる「対象像」が際立たせられる。この第二の像 を 媒 介 と し て、 聖 書 の 読 者 は、 観 察 さ れ た 第 一 の 像(Bild) と の「 同 化

(assimilieren)」へと方向づけられる40。この同化概念が、聖書解釈学を、一般的解釈 学と決定的に区別する点である。バルトは、この聖書解釈の経緯における「同化」を

「体得・わがものとする(Aneignung)」という言葉にいいかえて説明する。聖書解釈 とは、説明(explicatio)から黙想(meditatio)を通り、適用(applicatio)へと移 る。バルトに則するならば、この経緯の中で聖書ノ意味(sensus)は聖書ノ使用

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(usus scripturae)を実証(erweisen)する役割を担う。

 この説明を踏まえ、バルトは、同化概念を用いて、人間が個人各々の追思考を超え て、共ニ知ル者となる(

conscientes

)という道筋を論じる。この道筋を経て、個人 は各々において追思考するだけでなく、語られた事柄を自己から他者へと伝え、各々 が交わりの中で自ら考えるという仕方において体得する。このように、同化とは、交 わりの中で成立する行為でもあり、その点では個人の追思考を一層発展させた聖書理 解の道筋であるともいえる。この道筋において、バルトは『知解を求める信仰』で展 開した、神学の原理としての追思考概念を、さらに発展させているのではないだろう か。なぜならば、バルトはこの同化概念の適用範囲を拡大し、啓示概念としての神の 言葉の理解の際にも用いるからである41。人間が神の言葉を体得し、同化すること は、他方、神の言葉が聖書の言葉の形態の中で人間と出会うことにより、聖書の読者 が、啓示の証人と同時的かつ同質的になり、間接的に同一となることを意味する。こ のことは同時に、同化概念が、読者が啓示の証言を、自らの責任として担うことをも 示す。バルトに則するならば、同化とは、聖書と関連しつつ、読者に語りかけられて いる事柄を、読者自らの生に浸透させることにより成立する。この点で、バルトの聖 書解釈学は、単なる認識論、あるいは手法として論じられるのではなく、その根本に おいては、人間の言葉のかたちにおける神の言葉への服従を前提とし、この服従は共 同と交わりを経ての召命にいたる、聖書の読者の全人格を包み込む、存在論的な営み としても理解できる42

Ⅳ.【『説教学』におけるバルトの聖書理解】

 以上の考察を踏まえ、本論筆者は、バルトの聖書理解を理解する上で重要な点を確 認するにいたった。その重要点とは、バルトが聖書を、単に伝承が文書化された資料 として理解し、『教会教義学』を始めとした著書のみにおいて展開しようと欲してい るのではなく、あくまで、教会での宣教のわざとしての「説教」との関わりのもと で、聖書理解を試みている点である。その点を確認するために、1932年から1933年の 冬学期にボン大学で行われた「説教学演習」の講義録をもとに1966年、さしあたり英 語版として出版された『説教学』を資料として、バルトの聖書理解と説教との関係を 考察する43。この資料は、『教会教義学』と比較して、さらに一歩実践神学の領域に バルトが踏み込んで行った講義が資料である点で興味深く、『教会教義学』の「聖書 論」の要約として理解することもできる。とくに、講義録第二部Ⅵ章「説教の聖書的 性格」は、バルトによる説教と聖書の関係をめぐる理解を手早く知る際には有益であ る。

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 バルトは第一に、「説教とは聖書解釈である」との命題を提示する44。バルトによ れば、聖書の役割とは、啓示を証言し、教会を基礎づけ、命令を伝えるところに存す るのであり、聖書が人間を召命に導く。それ故に、義認によって生きる人間の行為 は、聖書の言葉を理解し、説明すること、そしてこれら一連の行為の反復である。こ の命題は、当該資料ではいわば前提をなす文章であり、この主張を踏まえたうえで、

次の5点が示される。①端的に聖書を信頼する45。②聖書の解釈者とは、聖書に対す

る尊敬(

Respekt

)を持つ人間である。聖書の解釈者は、ラテン語

respicere

の字義通

り に、 聖 書 を 充 分 に 重 ん じ て 考 察 す る 人 間 で あ り、 語 る と こ ろ の す べ て が、

respicere

から生じなければならない。聖書を解釈する者の態度とは、この

respicere

の状況に深く捕えられ、他のことにかまける時間などなくなっている人の態度であ る46。③説教者はテキストに注目しなければならない。この「注目する」とは、ある 特定のテキストの中でいわれていることは何か、ということを求める熱心さである。

それ故にこそ、釈義的・学術的作業、および厳密な文献的・歴史的研究が必要であ る。また、この命題の補足的説明として、バルトは、聖書の有する多様な特徴のひと つとして、聖書のいずれのテキストも、時と語りかける相手に応じて相応しい方法を 必要とし、説教者の態度として、単に文献学的な注意力だけでなく、自己と教会に とっての神の言葉を、テキストの中に読みとる注意深さが必要である。この注意深さ は、その時その時のテキストに対して、常に新しく

respicere

を保つことから生じ る47。 そ し て、 ④ 説 教 の 聖 書 的 性 格 か ら 生 じ る、 聖 書 に 対 す る 慎 ま し さ

(Beschiedenheit)が、説教者には義務づけられる48。⑤「聖書は神の言葉にな49」 という出来事としての聖書の特徴に基づいて、説教者は、聖書とひとつの生活史を営 むように召されている。その生活の中で神の言葉の出来事に応じる備えが説教者には 求められる50

 さらにバルトは、初学者に向け、旧約聖書のテキストをどう扱うべきであるかとい う問いに対して次のように答えている。バルトによれば、旧約聖書が問題になりうる のは、その新約聖書との対応関係においてのみである。例えば、教会が、自らをシナ ゴグーの後継者であるとして説明したならば、その意味とは、旧約聖書が、キリスト の証言を示すということである。キリストに先立ち、キリストなしには済ますわけに はいかない書物が、まさしく旧約聖書であると、バルトは見なす。「旧約と新約」が

「預言と成就」であるという、それぞれの書物の有する差異と関係をめぐる自らの定 式的理解を、バルトは「説教学演習」でも崩そうとはしない51。但し、バルトがこの 箇所で、「新約聖書との対応関係においてのみ、旧約聖書が問題になりうる」と論じ ている理由に関しては、バルトが講義の前提として、その聴き手を、キリスト者に限 定している点によると推測できる。そのように考えるならば、バルトの主張を、旧約

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聖書のテキスト解釈の広がりに枷をはめているとする誤解は避けられよう。

 このように、バルトは初学者に向けても、説教における聖書の重要性を繰り返し語 る。紙幅の都合上『説教学』に関して仔細には立ち入らないが、入門者に向けた配慮 のもとに立ちつつ、バルトは自らの教義学的構造に則した聖書理解を少しも崩そうと はしない。「説教の聖書的性格」のまとめとしてバルトは次のように語る。「神の言葉 は、常に主権を保ち、自由なままでいなければならない。そのようにしてこそ、神の 言葉は、自分の歩みを取りうるのである。そのように自分自身をわきまえながら、神 の言葉に仕えるように自らを備えているならば、その時こそ、神の言葉は宣べ伝えら れるようになり、神がご自身の言葉を、教会の中で、語られるようになるのであ る」52

 以上の考察を通じ、バルトが自らの説教理解と併せて論じた聖書理解を、本論筆者 は概観した。この概観を踏まえ、次章では、バルトによる聖書講解のひとつ『ピリピ 書講解』のうち、橋本鑑が部分訳を行った箇所であるフィリピの信徒への手紙1章27 節から2章6節にいたる箇所を、橋本の翻訳や指摘を参照しつつ考察した後、『ピリピ 書講解』と、1940年にバーゼルで行われた説教を比較し、『ピリピ書講解』と当該説 教の間に横たわるバルトの神学思惟上の進展状況を踏まえて、本論文のまとめの一部 とする53

Ⅴ.【『ピリピ書講解』と橋本鑑】

 『ピリピ書講解』は1927年、すなわち、バルトがミュンスター大学プロテスタント 神学部の教義学と新約学の教授として勤務した1926年から、ボン大学プロテスタント 神学部に移籍する1930年までの5年の間に記されている。バルトにとってこの5年間 は、1930年以降の『教会教義学』執筆の土台をなしたという点で意義深い。この期 間、バルトはカンタベリーのアンセルムスの神学思惟を学び、『キリスト教教義学』

の草稿を記しつつ、ピリピ書の講解を執筆した。『ピリピ書講解』序文でバルトは、

「わたし自身としては、いつまで経っても相も変わらない建前で、以前にローマ書講 解の時貫いたやり方に固執せず、そのやり方を今もって追求中である」と記してい る54。引用文からも明らかなように、このミュンスター時代は、バルトの神学思惟形 成が一層の進展を見せる重要な節目として理解すべきであろう。

 ところで、橋本鑑は、ドイツ遊学の経験をもつ父・監次郎の薫陶もあって、ドイツ 語にはきわめて堪能であった55。この点を踏まえると、橋本はその時代に彼が入手し 得たドイツ語文献のほぼ全てを理解できたと推察できる。その橋本が『ピリピ書講 解』のうち、1章27節-2章16節のみを翻訳・出版した理由は、単に時間的・時代的制

(13)

約に存するのではないという仮説を本論筆者は立てる。その理由としては、橋本の翻 訳版における序文には、「折に觸ママれて處々飜譯・味マ マ讀してゐマ マる内に、日頃愛マ マ讀の此ママの 部分が全部譯ママ了となつママた」と記されている点にある56。この文言から、橋本自らがバ ルトの原書の中で特に重要と見なした箇所を、翻訳の対象としてとりあげているとい える。

 橋本は、この『ピリピ書講解』の中で、「汝ら責むべき所なく純潔にして、悖れる 混迷せる人々のただ中に在つて神の瑕きずなき子たちとならんために、汝らは彼らの間に 在て大空の星晨のやマ マうに輝く、汝らは生命の言を有つ故に」というピリピ書2章15 節を強調しながら57、ピリピ書における聖霊理解について詳論している。橋本が前面 に押し出したピリピ書の箇所を支えている箇所とは、同じくピリピ書の1章27節を引 用した箇所、即ち、「彼らピリピ人たちは、一つ御マ マ靈に在つママて確乎としでママ立つべき」

である58。しかし、「…に在って立つ(ισταναι εν)」の諸平行句に目を留めると、この

「靈ママ(πνευμα)」を、神、および、キリストの聖霊から何か特殊なものとして区別する ことは、橋本の翻訳に則すると「妥マ マ當ではない」59。橋本の指摘に沿うならば、バル トは、キリスト者がその中にあって神の前に立ち、それを受領しているのと同じ直接 性を、πνευμα概念によっていいあらわしている。バルトは、『ピリピ書講解』の中 で、「共同に受領した共通地盤において、神を前にしながら、キリスト者は固く立つ べきである」と論じる60。以上の考察に基づくならば、バルトは、ピリピ書における 聖霊理解の中で、すでに三位一体論的なモデルを見出していると推測できるのであ り、『教会教義学』の神学思惟の基本的な構造が見いだされると指摘することも可能 であろう。但し、『ピリピ書講解』での

πνευμα

概念とは、組織神学的な意味で完結し た三位一体論の中で論じられるのではなく、ピリピ書そのものの釈義に則し、人々の 交わりの中ですでに与えられている一致の場を生起させる力として表示される。この ゆえに、πνευμα概念は共なる人間(Mitmensch)に、賜物としての恵みの担い手と いう新しい役目を与え、謙遜(Demut)という倫理的資質を備える61。この理解は、

本論筆者がⅢ章3節の考察で述べた、バルトの「聖書的解釈学」の特質とも重なる。

このように、バルトによる三位一体論に基づいた教義学的思惟の試みの徴は、『ピリ ピ書講解』からも伺うことができるだろう。

 さて、以上述べた聖書理解を、バルトはどのように説教に反映させているのであろ うか。『ピリピ書講解』出版から13年を経たバルトの説教を一例として、この問いを めぐって考察する。

(14)

Ⅵ.【バルトの説教の一例】

 バルトは、『教会教義学Ⅱ/1』が出版された年である1940年、ヨハネ福音書16章 5-7節62の聖書テキストに基づいて、4月20日にバーゼルのミュンスター教会にて説教 を行っている63。この箇所は、ユダの裏切りの予告とイエスの逮捕物語の間に配置さ れている。バルトは、「ヨハネ福音書の大きな流れから見るとイエスの告別説教

(Abschiedenreden)と名づけられているものの一部」としてこの箇所を理解する64。 この年の教会暦を参照すると、イースターは3月24日であり、この礼拝説教日は教会 暦の上では復活節に属する65。当時の欧州情勢を鑑みるならば、ナチス・ドイツ軍は 独ソ不可侵条約の下、勢力を拡大し、ユダヤ人虐殺は次第に規模を増していた。この 状況下、当該説教は、ナチ政権によってボン大学を追われた後、スイスのバーゼル大 学から招聘を受け、6年を経て行われた。この時期のバルトは、例えば『フランスへ の手紙』に見られるように66、ナチ政権に対する「公開書簡」での抵抗を試みてい た。この姿勢は、当該説教に直接には表現されていないものの、当該説教作成の際に 用いられた聖書を通して暗示されているとも、本論筆者には思える。その根拠とは、

バルトがスイスのドイツ語圏の教会で日常的に用いていられているツヴィングリ訳聖 書67ではなく、その時代のドイツ福音主義教会(Deutsche Evangelische Kirche)採用 のルター訳聖書を用いている点である68。この聖書をボン大学追放6年後、なおもバ ルトが用いていたという事実は、翻っていうならば、バルトは「公開書簡」だけでは なく、説教壇においても、ナチ政権に対し抵抗運動を続ける教会との連帯を意識して いた可能性を証している。つまりバルトには、バーゼルでの礼拝における説教におい ても、彼なりの仕方で教会闘争を継続していたと考えられ、同時に現代の教会の観点 からすれば、この態度は、宣教のわざが、そもそも国民国家に束縛されず、国家や教 派の枠組みに制約されないというエキュメニカルな特質をも示しているといえる。実 のところ、バルトは、1940年3月20日には、エマヌエル・ヒルシュによって「ドイツ 民族の不倶戴天の敵」という非難さえ受けている69。この状況下、当該説教は、単な る時局上の信徒への励ましのみには留まらず、復活節にありながら行われた、緻密な 聖書釈義に根拠を置く、教義学的思惟に基づいた成果の一つとしての「見えざる抵抗 説教」としての性格を有することも否定できないだろう。

 さて、『ピリピ書講解』以降際立つバルトの聖書理解の特徴とは何か。当該説教の 特徴を概して論じるならば、バルトは、イエスとの訣別後に、弟子たちに到来する

「弁護者(Tröster, παρακλητος)」としての聖霊の働きを強調している、という点であ る。バルトが構想する道筋としては、第1パラグラフから第2パラグラフでは、16章5

(15)

節にある「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしている

(Nun aber gehe ich hin zu dem, der mich gesandt hat)」を重視し、ヨハネ福音書14章 2節「わたしは行く(

Ich gehe hin

)」、ヨハネ福音書14章12節「わたしは去って行く

(Ich gehe weg)」、「わたしは父のもとに行く(Ich gehe zum Vater)」という言葉が並 行して強調されている。この強調に立ち、バルトは、「福音書記者と使徒の証言に従 えば、イエスがその弟子たちに、死に至るまで語ってこられた全ては、一つの大きな 告別の説教と言わなければならないであろう」と語る70。バルトが語るテキストの第 一の要とは、「この方は、まったく私たちから隠されている!(Dieser, der uns ganz

verborgen ist!)」という、「イエスがわたしたちのもとにはいない(Er selbst fehlt

uns)」、あるいはイエスの「隠れ(verborgen)」という事態である

71。ところで、当

該説教においてイエスの隠れとは「隠れた神(

der verborgene Gott

)」とほぼ同じ意 味で用いられている。このゆえに、この「隠れ」は単なる「隠れ」には留まらない。

この「隠れた神」とは実のところは「生ける神(der lebendige Gott)」であり、バル トに則するならば、この答えの前に、全ての人間の動揺に満ちた疑問は停止する

zur Ruhe kommen

)か、砕かれる(

zu Schanden werden

)にいたる72

 第3パラグラフにおいて、バルトは、このイエスの「隠れ」から転じて、「私たちの 生きているこの世(Die Welt, in der wir leben)」に触れる。「私たちの生きているこの 世は、イエスの去り行かれた痕跡(Spuren)としるし(Malzeichen)をおびてい る。この世、私たちの世界は-(略)-悪い、曲がった世以外の何物でもありえな い」73。しかしながら、バルトは、この「曲がった世(eine arge Welt)」の責任を、神 の秩序としては見なさない。また、人間の罪の結果であるとも語らない。「神がその ように創造したからではない。私たちがそれほど罪深い人間であって、自分の罪でこ の世を暗くし続けていることが〈悪い、曲がった世の〉第一の理由でもない(

Nicht darum, weil Gott sie dazu geschaffen hat. Aber auch nicht in erster Linie darum, weil wir so sündige Menschen sind und sie mit unserer Sünde verfinstert haben und immer

erster Linie)」

74。この理由として、バルトは、神の御子の十字架上の死と昇天を通

じ、この世とは、捨て去られねばならない場所である点に注意を喚起する。つまり、

バルトは、当該説教の聖書テキストだけではなく、「イエスの昇天(Erhöhung)」ま でをも視野に入れ、当該説教を構成している。但し、バルトは、この昇天の記事を、

そのものとしては喜ばしさに満ちたイエスの神性の開示としてではなく、イエスとこ の世の直接的な意味における別れとして解釈する。バルトに則するならば、「イエス がこの世を去って父のみもとに行かれること(Der Hingang Jesu aus der Welt zu

seinem Vater)」は、「私たちの世界の上にのしかかっている一切の影の中の影(der

Schatten aller Schatten, der über unserer Welt liegt)」である

75

(16)

 第4パラグラフでは、バルトは、ヨハネ福音書16章6節「わたしがこれらのことを話 したので(sondern weil ich solches zu euch geredet habe)」、つまり、イエスがこの 世を去られることを語り、実行されたために、「あなたがたの心は悲しみで満たされ ている(euer Herz voll Trauens geworden ist)」を引用する。この「悪い、曲がった 世」に由来する悲しみを踏まえつつ、バルトは次のように語る。「キリスト者こそ、

この世を知っており、この憂いを持っており、それを解き放つことができず、自らを 慰 め る 術 を 知 ら な い(

Gerade die Christen wissen um die Welt, gerade die Christen haben diese Traurigkeit und können sie nicht los werden, können sich selbst nicht

trösten)」

76。バルトが問題とする事柄とは、本論筆者の理解に則すると、「地上の一

切の力を持たない、無力なキリスト者」であると見なすことも不可能ではない。但 し、バルトの場合、キリスト者の憂いとは、地上の苦痛や不法、恐怖、不安を直接に は示さない。なぜならば、この不安は、いずれは限界と終局(Schranke und Ende)

を迎えるからである。その代わり、バルトによれば、このような苦痛・恐怖・不安を 凌ぐ苦痛がキリスト者には存するという。それは、「イエスが去り行かれたこと」に よって生じた、「この世の終わりになって、はじめてその終わりがくるといった真の 苦痛である(das Leid, das erst mit dem Ende der Welt zu seinem Ende kommt)」77。こ の苦痛のゆえに、キリスト者は、この世の苦難に対して、なお悲しみに満ちていると しても、感謝する。いいかえるならば、イエスが去ったという真の苦痛との関係によ り、この世の苦痛の有限性について、感謝するわざを会得していると、バルトは論じ る78

 そして、第5-7パラグラフにおいては、「この世の苦痛を感謝するわざ」に関する言 及により、「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためにな る(

Aber ich sage euch die Wahrheit: Es ist euch gut, daß ich hingehe

)」というヨハネ 福音書16章7節が、説教全体の文脈において、一層強調される。この励ましは、「わた しが去っていかなければ、弁護者はあなたがたのところに来ない(Denn so ich nicht

hingehe, so kommt der der Tröster nicht zu euch)」ことを示すとともに、続く聖書テ

キストである16章7節後半「わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る

(so ich aber gehe, will ich ihn zu euch senden)」を際立たせる。この展開は、「イエス の告別説教」というバルトの説教全体に及ぶ道筋の転換であり、当該説教第8パラグ ラフにおけるバルトの釈義に則するならば、この際立たされたヨハネ福音書のイエス の 言 葉 は、「 夢 想 の 世 界(

die erträumte Welt

)」 か ら「 現 実 の 世 界(

die wirkliche Welt)」、「空想のイエス(der erträumte Jesus)」から「現実のイエス(der wirkliche

Jesus)」へと人間を連れ戻す機能を有する

79。バルトはこの「現実のイエス」という

言辞を当該説教の中で6度用い、現実のイエスとの訣別があるからこそ、「弁護者」と

(17)

しての聖霊の助けが到来するという、当該説教の実質的な内容たる終末論的希望を示 す。以上の文脈において、当該説教の三位一体論的構造を見出すことが可能である。

第10パラグラフにおけるバルトの論述に則するならば、「聖霊とは、御子イエスにお いて、私たちにこの慰めを得させ、むだには終わらせることのない神ご自身にほかな らない(Der heilige Geist aber ist Gott selber, welcher uns in seinem Sohne, in Jesus,

nicht umsonst solchen Trost verschafft haben will)」といえるだろう

80

 以上の考察をまとめるならば、この説教では、一見するとイエスの訣別、しかも弟 子の裏切りと逮捕の間に配置された「イエスの告別説教」が、実のところ、聖霊によ る救済を示すという、「同一の事柄」の「異なる位相」をバルトが強調している点を 確認できたといえる。『ピリピ書講解』執筆の時点とは異なるこの特徴は、決して見 過ごされてはならず、ヨハネ福音書をめぐる三位一体論的解釈に基づいた説教の一例 として理解すべきであると考える。バルトは直接には政治的諸状況について、当該説 教では一切言及しない。その代わり、『教会教義学』の「神の言葉論」と「神論」で 展開した内在的三位一体論が、聖書釈義の成果でもある説教を通じ、実際に礼拝に集 う会衆を巻き込む力を備えるにいたったといえるだろう。

Ⅶ.【結論-バルトの聖書理解と橋本鑑のバルト受容-】

 本論文では、バルトの聖書理解に関して、その神学思惟の揺籃期ともいえる期間に 執筆された『ピリピ書講解』と、発展期と呼ぶべき『教会教義学』「神の言葉論」の 時点での、バルトの定式化された聖書理解、そして、バルトの著作の翻訳の先駆けと なった橋本鑑のバルトの神学思惟をめぐる関心事、そして、1940年という、政治的に は、欧州においてはナチ政権の支配による暗黒時代ともいうべきであった時代に執筆 された説教を考察した結果、断片的であるにせよ、バルトの聖霊理解に関する考察の 射程を広げることができた。この着眼点は、バルトの神学思惟の考察上、重要なパラ ダイムの一角をなすと本論筆者は考える。バルトが聖霊論を、『教会教義学』におい て論じなかったことは事実である。しかし、本論筆者は、バルトの聖書講解に関する 書物を辿ることにより、バルトが構想していた聖霊論の断片を収集し、再構成するこ とは可能であるとの結論にたどり着いた。

 『教会教義学』執筆以前、すでに『ピリピ書講解』において、バルトは、ピリピ書

における

πνευμα

概念をめぐる理解において、交わりと共同人間性に相応しい倫理的

根拠を導き出した。『ピリピ書講解』に見られるバルトの聖書の理解と、聖書への姿 勢は、後に発展される三位一体論的神学思惟の支柱のひとつともなり、宣教のわざと しての説教の展開の際における基盤を定立するにいたった。「神の言葉論」でいうと

(18)

ころの「聖書的解釈学」に基づいた聖書釈義は、実際にバルトが行った説教において その力を発揮し、παρακλητος概念に支えられた終末論的希望を一層鮮明に示すこと となった。他方、橋本鑑は、バルトとほぼ同時代に生きながら、その時代状況的・健 康上の制約の中で、バルトの聖書理解の特質を見抜き、現代のバルト研究と比較して も何ら見劣りしない業績を遺したといえる。バルトの聖書理解に関する考察は、教会 の宣教のわざとしての説教理解、聖霊理解、神理解と結びついたキリスト論理解が、

緊密に関係し、進展するという特質を繰り返し確認しつつ遂行しなければならないだ ろう。

1 本論文は、2011年3月29日に同志社大学で開催された、2010年度日本基督教学会近畿支部会での発表 に加筆・修正を加えたものである。

2 橋本鑑に関する人物伝は、妻ナホによる評伝が詳しい。『インマヌエル 橋本鑑遺稿集』179-215頁、

新教出版社、昭和41年。

3 バルト神学受容史研究会編、『日本におけるカール・バルト 敗戦までの受容史の諸断面』、38-11 頁、新教出版社、2009年。

4 同書、52頁。

5 本論筆者は、新教出版社による遺稿集に収録された論文の他に、昭和17年に長崎書店から発行された

『十字架の神學叢書-22-聖書の靈感に就いて』を参考にする。引用箇所は長崎書店版のものとする。

6 『聖書の靈感に就いて』3頁、長崎書店、昭和17年。

7 同書、16頁。

8 同書、16頁。

9 同書、26頁。

10 同書、27頁。

11 橋本は「霊感説」と表記するが、本論文では表記統一のため一部引用を除き「霊感論」と記す。

12 同書、29頁。

13 同書、31頁。

14 Karl Barth, Die Kirchliche Dogmatik, Bd. I:1, Die Lehre vom Wort Gottes; Das Wort Gottes als Kriterium der Dogmatik, Studienausgabe, Theologischer Verlag, Zürich, 1986, Erstausgabe, München, 1932. 以 下、脚注での表記について、原典に関してはKDⅠ:1のように略す。S.125.吉永正義訳、『教会教義 学』「神の言葉Ⅰ/1」、265頁。

15 ibid.S.104.同書、197頁。

16 idem.同書、198頁。

(19)

17 ibid.S.105.同書、198-199頁。

18 ibid.S.104.同書、196-197頁。

19 ibid.S.106.同書、201頁。

20 ibid.S.107.同書、202頁。

21 idem.同書、202頁。

22 KDⅠ:2.SS.812-813.吉永正義訳、『教会教義学』「神の言葉Ⅱ/3」、519-520頁。

23 ibid.S.592.同書、149頁。

24 ibid.S.583.同書、135頁。

25 idem.同書、同頁。

26 ibid.S.583.同書、同頁。

27 ibid.S.591.同書、149頁。

28 ibid.S.512.同書、16頁。

29 ibid.S.810.同書、514-515頁。

30 ibid.SS.811-812.同書、516-519頁。

31 ibid.S.811.同書、517頁。

32 ibid.S.813.同書、519-521頁。

33 ibid.S.816.同書、525頁。

34 ibid.S.818.同書、529頁。

35 「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように 気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません」。聖 書、新共同訳、日本聖書協会、2001年。

36 KDⅠ:2.S.583.『教会教義学』「神の言葉Ⅱ/3」、135頁。

37 ibid.S.823.同書、502-503頁。

38 ibid.SS.803-805.同書、502-506頁。

39 ibid.S.814.同書、522頁。

40 ibid.S.816.同書、525頁。

41 ibid.S.826.同書、541-542頁。

42 idem.同書、542-543頁。

43 本論筆者は、ドイツ語原典を入手することはできなかったが、本書は加藤常昭訳『神の言葉の神学の 説教学』として、1988年に新教出版社から出版されている。本論文ではこの翻訳版を資料として用い る。

44 加藤常昭訳、『神の言葉の神学の説教学』、新教出版社、1988年、94頁。

45 同書、95頁。

46 同書、95-96頁。

(20)

47 同書、96-97頁。

48 同書、97-98頁。

49 本論筆者による強調。

50 同書、98-99頁。

51 同書、101-102頁。

52 同書、101頁。

53 本論文では以降「ピリピ書」と略記する。

54 山本和訳、『ピリピ書注解』、新教出版社、1981年、3頁。

55 バルト神学受容史研究会編、『日本におけるカール・バルト 敗戦までの受容史の諸断面』、新教出版 社、2009年、60頁。また、秋山憲兄編、『インマヌエル(橋本鑑遺稿集)』、179-180頁にある妻・橋本 ナホによる評伝も参照のこと。東京府立一中の時代、橋本は学業優秀で、「特にドイツ語のスピーチ などはしばしばやらされた。そのたびに、父は知り合いのドイツ人に発音の矯正やイントネーション の教授を頼んだ」と記されている。新教出版社、昭和41年。

56 橋本鑑著、『ピリピ書講解-悖もとれる人々の間に於ける神の子たち-』、土肥書店、昭和15年、1頁。

57 聖書 新共同訳では、「そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった 時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き」と訳される。聖書、

新共同訳、日本聖書協会、2001年。

58 橋本鑑著、『ピリピ書講解-悖れる人々の間に於ける神の子たち-』、土肥書店、昭和15年、8頁。

59 同書、13頁。

60 山本和訳、『ピリピ書注解』、新教出版社、1981年、53頁。

61 Karl Barth, Erklärung des Philipperbriefes, Chr. Kaiser Verlag, München, 1927. SS. 50-51.

62 「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも『ど こへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみ で満たされている。しかし、実をいうと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わた しが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところには来ないからである。わたしが行けば、弁 護者をあなたがたのところに送る」。聖書、新共同訳、日本聖書協会、2001年。

63 Karl Barth, Predigten 1935-1952, Herausgegeben von Hartmut Spieker und Hinrich Stoevesandt, Theologischer Verlag Zürich, Karl Barth Gesamtausgabe, Ⅰ. Predigten, 1996, SS.194-202.

本考察ではGAと略する。翻訳として、蓮見和男訳、『カール・バルト著作集17』、新教出版社、1970 年、35-43頁を使用。但し、聖書の翻訳は新共同訳に依った。なお、この説教は、説教後の祈祷を除 くならば12のパラグラフから構成されている。全てのパラグラフを網羅する考察は、紙幅の都合上困 難であるので、本論文ではその特質を端的に表現している箇所を適宜引用しつつ論述を進める。

64 GA. S.194.『カール・バルト著作集17』、35頁。

65 HP「イースターの日」を参照。http:www.calvin.org/misato/easter/easter04.htm. 2011年3月27日16時

(21)

取得。

66 『カール・バルトの生涯 1886-1968』では、1939年12月執筆と記載されている。

エーバーハルト・ブッシュ著、小川圭治訳、新教出版社、1995年第2版、431頁。

67 Die Heilige Schrift des Alten und des Neuen Testamens, Verlag der Zwingli-Bibel Zürich,1966. 但し、本論 筆者が入手したツヴィングリ訳聖書の説明としてDiese Züricher Bibel, die auf die Reformation Zwinglis zurückgeht, wurde in den Jahren 1907 bis 1931 im Auftrag der Kirchensynode nach dem Grundtext aufs neue übersetzt. Ihre Herausgeber ist der Kichenrat des Kantons Zürich. とある。さらに 本論筆者はDie Züricher Bibel von 1531, Theologischer Verlag Zürich, 1983. とも比較したが、これも 的外れであったことを附言する。

68 バルトが当該説教の釈義の対象とした聖書の言葉は、寸分違うことなく以下の聖書の文言に一致す る。Die Bibel oder die ganze Heilige Schrift des alten und neuen Testaments nach der deutschen übersetzung D.Martin Luthers, Nach dem 1912 vom Deutschen Evangelischen Kirchenausschuß genehmigten Text, Stuttgart.

69 エーバーハルト・ブッシュ著、小川圭治訳、新教出版社、1995年第2版、431頁。

70 GA. S.194.『カール・バルト著作集17』、35頁。

71 GA. S.196.同書、37頁。

72 idem.同書、同頁。

73 ibid.S.196.同書、37頁。

74 〈 〉内の文言は本論筆者による。

75 GA. S.197.『カール・バルト著作集17』、38頁。

76 idem.同書、39頁。

77 idem.同書、38頁。

78 idem.同書、同頁。

79 ibid.S.199.同書、40-41頁。

80 ibid.S.200.同書、41頁。

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