• 検索結果がありません。

が・の交替現象の非派生的分析 : 述語連体形の名 詞性

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "が・の交替現象の非派生的分析 : 述語連体形の名 詞性"

Copied!
45
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

が・の交替現象の非派生的分析 : 述語連体形の名 詞性

著者 菊田 千春

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 74

ページ 93‑136

発行年 2002‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004265

(2)

が・の交替現象の非派生的分析―述語連体形の名詞性

菊 田 千 春

1.序

 本稿ではが・の交替(Ga-No Conversion:以下,GN 交替)とよばれる日 本語の現象について,派生を仮定しない主辞駆動型句構造文法(Head-driven Phrase Structure Grammar:以下,HPSG)での分析を提案する。GN 交替とは 名詞節や名詞修飾節の主語が主格と属格の両方をとりうるという現象を指し,

従来より多くの関心が寄せられてきた。国語学では古典語で格助詞「が」と

「の」は機能が重なっていたという歴史的事実と関連付けるのが一般的である が,統語論では派生によって説明する研究が多くなされてきた。現代日本語 では一般に,主格「が」が文の主語,属格「の」が名詞の指定部とむすびつ く。そこで,派生の各段階で,同一の名詞が文の主語と名詞句の指定部とい う2つの位置を占めることにより,その2重性をとらえるという方法が一般 的である(ただし Watanabe 1996)。しかし,現在のところいまだGN交替の 満足のいく分析がなされているとはいえない。本稿では,その2重性を派生 をもちいずに説明する方法を提案する。

 以下,第2節では GN 交替の特性を概観し,第3節で先行研究とその問題 をみる。第4節では本稿の提案をおこない,第5節では本論の示唆する問題 を論じる。第6節は結語である。

2.GN 交替とは

 GN 交替とは,「こと」や「の」のような形式名詞が主要部となる名詞節や,

(3)

関係節を含む名詞修飾節で,主語が主格「が」ばかりでなく,属格「の」で あらわすことができる現代日本語の現象を指す。次の(1)は名詞節,(2)-(3)は 名詞修飾節の例である。このうち,(2)は英語の関係節に対応し,(3)はその ような対応の想定できないものである。

(1) [[ 息子が/の来た ] こと ]を知らなかった (2) [[ 弘が/の買ってきた ] 本] を読んだ

(3) [[ 景気が/の回復する ] 見込み] はあまりない

 これらの名詞節や名詞修飾節はいわゆる定型述語節(finite clause)である。

なぜこのような環境で主語が属格を受けることができるのかについて,以前 より多くの統語論的関心が集められてきた(Harada 1971, Nakai 1980, Miyagawa 1993, Sakai 1994, Watanabe 1996, Ochi 2001など)。これまでの研究 の中で指摘されたGN交替の主要な特徴および問題点には次のようなものが ある。

 第1の特性は,「交替」という語が示すように,主語が属格を受けるという のはあくまでも optional なことと,そして,第2に,その交替環境に局所性 があることである。つまり,(4)が示すように,名詞節や名詞修飾節の主語は 交替の対象となるが,名詞節や名詞修飾節の中にさらに埋め込まれた節の主 語は対象にはならない(Watanabe 1996)。また,(5)が示すように,述語のあ とに補文標辞の「と」(「という」も含む)などが挿入されていてもいけない といわれる (cf. Inoue 1976, Ochi 2001)。

(4) a. 太郎の [今年真珠が安い] と思っている理由

b. *太郎が [今年真珠の安い] と思っている理由

(5) a. [今年真珠の安い] 理由

(4)

b. * [今年真珠の安いという] 理由1

 第3に,主格主語の場合には副助詞「さえ」「まで」などがつくことができ るが,属格主語にはつくことができない (Nakai 1980) 。

(6) a. 弘さえが行ったところに行けないなんて!

b. *弘さえの行ったところに行けないなんて!

(7) a. 大人までが楽しめるアニメ映画だ。

b. *大人までの楽しめるアニメ映画だ。

 また,第4に,名詞修飾節で主語に選言が用いられる場合,属格主語の場 合のみスコープの曖昧性が見られ,次のように,その選言が広いスコープを とることができることも指摘されている (Miyagawa 1993, Ochi 2001)。

(8) a. 真珠かルビーが来年安くなる可能性は50%だ。

(possibility > or: [pearl or ruby] が安くなる可能性)

b. 真珠かルビーの来年安くなる可能性は50%だ。

(possibility > or: [pearl or ruby] が安くなる可能性)

(or > possibility: [pearl が安くなる可能性] or [ruby が安くなる可能性])  

 さらに,第5として,容認度に個人差(世代差?)があることが知られて いるが,属格主語の場合には他動詞と共起する場合には容認度が著しく下が るという制約があるようである (Harada 1971, 1976, Watanabe 1996)。

(9) a. 京子がその本を買ったお店を知ってる?

b. *京子のその本を買ったお店を知ってる?

(5)

 しかし,第6として,目的語を関係節化すると,他動詞でも属格主語をつ くることができるようになる (Watanabe 1996)。

(10) a. その店で,昨日京子が買った本を見せてもらった。

b. その店で,昨日京子の買った本を見せてもらった。

 第7として,上に示したように,属格主語文の場合には直接目的語をとる ことができないが,その一方,属格主語文でも主格主語文と同様,後置詞句 を含む副詞的要素が起こることができる。しかも,語順もかなり自由で,属 格主語や主格主語の左右どちらにも副詞的要素が起こる事ができる (Nakai 1980, Miyagawa 1993)。

(11) a. 長野で太郎が/の買ったリンゴ

b. 今年,景気が/の回復する見込み

もしも,属格主語の属格が一般の名詞句の属格と共通したメカニズムであら われるのであれば,属格よりも左側に副詞的要素が付くとは考えられない。

通常,名詞と関係付けるには,属格「の」を付けなくてはならないからであ る。

(12) a. 長野の/*でリンゴ

b. 今年の/*φ見込み

 このように,GN 交替の特性はつぎのようにまとめられる。

(13) (i) 随意性

(6)

(ii) 局所性

(iii) 属格主語に副助詞がつかない

(iv) 属格主語文で主語の選言にスコープのあいまい性がみられる (v) 他動詞が属格主語文を作れない(他動詞制約)

(vi) 副詞的な語句が属格主語の左右どちらにも生起できる

(vii) 目的語が関係節化されると他動詞も属格主語文を作る(他動詞制約

の解消)

次節では,1990以降の先行研究について,このような特質について何が問題 とされ,どのようなアプローチが提案されたのかを批判的に概観する。

3. 先行研究の整理と問題点

 GN 交替の主要な問題は,主語が属格を受けるメカニズムの解明である。

これについて,チョムスキー型の生成文法では大きく2つの考え方がある。

細かい点には理論の変遷により変化があるが,おおまかに,何らかの段階で 名詞節の名詞主要部の指定部(DP-SPEC)に移動し,その位置ゆえに属格を 受ける,また,認可されるという考え方と,文の主語の位置にいるままで属 格を受ける,というものである。前者を DP-SPEC 説と,後者を SUBJ 説と 呼ぶことにする。2 1980年代には,SUBJ 説は格付与についての一般的な根拠 が乏しいとされ,DP-SPEC 説が主流となった。また,格理論は S 構造で働 くという制約により,S 構造で DP 指定部と主語を関係付けるのが順当なや り方となっていた。1990年代に入ると,ミニマリズムの流れの中で,D 構造 や S 構造や,それらのレベル毎にかかる制約が否定され,また,格とは名詞 句が初めから潜在的にもっているものが agreement によって feature checking を受けることにより顕在化するという考えが主流になり,GN 交替にも新し い分析が試みられるようになった。

 とくに,Miyagawa (1993)は,主格主語は overt syntax で AgrS の指定部に,

(7)

checkされる一方,属格主語は,もとの位置 (VP-internal) に留まっていて,

covert syntax (LF) の段階で DP-SPEC に繰り上げられると提案した。このこ とは,たとえばNakai (1980) が DP-SPEC 分析の致命的な問題と捉えた,属 格主語の左側に副詞的要素が起こりうる可能性も自然に説明する。また,こ れは overt syntax のレベルで考えると SUBJ 説,covert なレベルで考えると DP-SPEC 説と見え,両者の折衷説とみることもできる。いずれにせよ,最終 的には DP-SPEC に移動することによって属格が認可されるものの,overt syntax の段階で DP-SPEC になくても属格をとれるという考えは,GN 交替 の分析のあらたな展開点となった。

 Ochi (2001) は,基本的には Miyagawa (1993) のモデルを踏襲しつつも,

covert な移動と overt syntax での引き上げの両方の可能性があると主張する。3

後述するように,その細かな分類の根拠となる議論には問題が多いが,いず れにせよ,SUBJ 節との折衷をしつつ最終的に DP-SPEC に関連付ける手法は 従来からの分析を踏襲しているといえる。

 一方,Miyagawa (1993) を踏み台としながら,まったく新しい SUBJ 説を 打ち出したのが Watanabe (1996) である。Watanabe (1996) は,Miyagawa (1993) では,関係節化によって他動詞制約が解消する (vii) の性質がとらえられない ことを指摘する。そこで,同じように他動詞制約と目的語の関係節化による 解消を示す French Stylistic Inversion に注意を向ける。そして,この両者を基 本的には同一現象,すなわち wh-agreement のあらわれであると主張した。具 体的には,Miyagawa (1993) の SUBJ 説的な側面に注目し,一歩進んで,属 格と DP-SPEC の関係を否定した。属格主語は主語が AgrS-SPEC で主格を check してもらえなかったために,VP-internally に留まったときの「主格の 仮の姿」(disguised form of a nominative case)であるというのである。4  Watanabe (1996)の分析は画期的であるだけでなく,多くの示唆に富む。そ の議論が正しければ,GN 交替は節の名詞性とは無関係ということになる。

しかし,Watanabe (1996) の議論は,その出発点となる事実の整理のしかたや

(8)

論の進め方に妥当でない部分が多い。属格主語と名詞性の関係の否定は本稿 の議論の前提に大きくかかわる重要な問題であるので,ここで,その論点を 簡単に整理しておく。

 Watanabe (1996) の分析の最も重要な基盤は GN 交替が wh-domain で起こ るという主張である。これに関し Watanabe も多くの紙面をさいて論証して いるが,説得力はあまりあるといえない。Watanabe (1996) では,GN 交替の 起こるのを「関係節とコト節」としており,「関係節はいうまでもなく wh- domain であり,コト節も本当は名詞節ではなく(French Stylistic Inversion に 関与するのと同じ)接続法の節であると考えられ,それゆえ,両者とも wh-

domain である」と論じる。しかし,その論法はあまりにも乱暴である。その

主張の前半部分についていえば,GN 交替を起こす名詞修飾節は関係節だけ ではない。そもそも wh- 語のない日本語で,関係節を wh-domain であると するのには異論もある。たとえ英語の関係節と対応するような意味をもつ名 詞修飾節(被修飾の名詞主要部が修飾節内の項から移動したと解釈できるも の)を wh-domain と考えるにしても,最初にあげた (3) をはじめ,そのよう な移動を想定することが不可能な例は限りなくある。

(14) a. それは [ [耳が/の痛くなる] 話] だ

b. [ [頭が/のよくなる] 食べ物] なんてないよ。

c. [ [雄介が/の帰ってきた ] 結果] は想像通りだった。

意識的にか無意識的にか,Watanabe (1996) にはこのような関係節とは考えに くい名詞修飾節の例が排除されているが,これらの例を含めて,何の議論も なく,すべて wh-domain であると決めつけるのは,とうてい妥当な議論であ るとは考えられない。

 さらに,コト節と接続法との関係については,たしかに,一見,対応する 部分があるのは事実である。Kuno (1973)や Josephs (1976) らにより,コト節

(9)

はfactive 動詞の補部になる一方,逆に non-presuppositional な命令や願望を あらわす動詞の補部にも用いられること,ただし「言う」や「信じる」のよ

うな a s s e r t i v e 動詞の補部には用いられないことが観察されてきた。5

Watanabe (1996) は,この一見矛盾した生起環境がフランス語の接続法のそれ と一致すると指摘する。また,コト節はそのまま命令文として使うことがで きるが,それも接続法と共通する。次の例はWatanabe (1996) のあげる,そ れぞれ factive 動詞,命令,願望をあらわす動詞の補部としてあらわれるコト 節と接続法である。

(15) a. ジョンは昨日メアリが来たことを忘れた。

b. ジョンはメアリに部屋を出ることを命じた。

c. ジョンはメアリが去ることを望んだ。

(16) a. Marie regrette que Paul soit parti.

b. Il a ordonné que je parte.

c. Jean veut que Marie parte.

 さらに,non-presuppositional な命題についても,次のような例は,コト節 と接続法の近さを示唆すると考えられるだろう(cf. Josephs (1976))。

(17) a. 今夜雨が降ることはありうる(降るかも知れない)。

b. Il est possible qu’il pleuve ce soir.

(18) a. 汚染は根源から予防することが大切だ。

b. Il est important qu’on previenne la pollution à la source.

(19) a. あなたはフランス語を学ぶことが必要です(学ばなくてはなりません)。

(10)

b. Il faut que vous appreniez le français.

 しかし,コト節と接続法の対応は Watanabe (1996) が描こうとしているほ どには完全なものではない。たとえば (15a) に本当に対応するフランス語は 次のように直説法である。6

(20) Jean a oublié que Marie était venue le dernier jour.

 さらに,接続法は現実世界に照らした真偽判断から独立した命題および真 と判断しづらい命題をあらわす役割を果たし,その命題内容が真である蓋然 性の高い命題の時には直説法が用いられる。たとえば,(17a) と同じく可能性 の判断をあらわす非人称構文であっても,possible ではなく certain になると フランス語では直説法が用いられる。それに対し,日本語では,コト節のま まである。

(21) a. 今夜雨が降ることは確かだ。

b. * Il est certain qu’il pleuve ce soir. (接続法)

c. Il est certain qu’il pleut ce soir. (直説法)

 また,フランス語の場合,同じ述語でもその極性や,命題の内容の現実性 に対してどのくらい確信をあらわすかによって接続法と直説法が交替するこ とがある。しかし,コト節の場合には,そのような述語の極性や命題内容に 対する確信度によって容認度が変わることはない。

(22) a. ジョンはメアリが親切な人であることを信じている。

b. * Jean croit que Marie soit gentile. (接続法)

c. Jean croit que Marie est gentile. (直説法)

(11)

(23) a. ジョンはメアリが親切な人であることを信じていない。

b. Jean ne croit pas que Marie soit gentile. (接続法)

c. * Jean ne croit pas que Marie est gentile. (直説法)

(24) a. ジョンはメアリが親切な人であることを疑っている。

b. Jean doute que Marie soit gentile. (接続法)

c. * Jean doute que Marie est gentile. (直説法)

(25) a. ジョンはメアリが親切な人であることを疑っていない。

b. Jean ne doute pas que Marie soit gentile. (接続法:確実性を強調する)

c. Jean ne doute pas que Marie est gentile. (直説法)

 このように,現実の蓋然性の高さや信念をあらわす述語の極性によって接 続法と直説法は交替するのに対し,コト節の生起環境はそのようなものに左 右されないことが多い。このことは,直説法のみが現実に照らした真偽の判 定の可能性というものを反映し,接続法は反映しない形式であるというので はなく,接続法も,真性を判定しづらいという,いわば負の反映を行なって いるのに対し,コト節というのは,そもそも現実に照らした真偽判定から独 立した,それをあらわさない形式であることを示していると考えられるので はないだろうか。

 このような接続法とコト節の重なりとズレは,その両者が同じものなので はなく,その両者が別のものであり,かつ,それぞれの機能にその重なりを 生むような共通の側面があると考えるべきだろう。そして,そのためには,

コト節をあくまでも名詞節と考えた方がよいと考える。

 Kuno (1973) は動詞の補部にあらわれるノ節やコト節をまとめ,それとト 節を比較し,前者は factive predicate と共起し後者は nonfactive predicate と

(12)

共起すると主張した。Josephs (1976) はノ節とコト節を比較し,この2つの 違いを「直接性」と「間接性」というそれぞれのもつ本質的な意味対立によっ てとらえようとした。すなわちノ節はより直接的に知覚したり関与したりし た命題を表し,コト節はより間接的に知覚した命題である。また,ノ節はと くに直接,同時的に体験するような知覚動詞(「見る,聞く,感じる」)の補 部に用いられるのに対し,コト節はそのような知覚動詞との共起がむずかし く,共起した際も,その知覚の仕方にある種の距離が感じられる,というの である。

 これらの意味に基づく分析には重要な示唆が含まれている。ノ節やコト節 とト節との大きな違いは,前者は名詞と考えうる「ノ」「コト」が用いられる のに対し,「ト」は名詞とは考えられないことである。「ト」は直接話法のと きにも用いられ,一種の quotative をあらわす要素であると考えられる。そし て,「ノ」「コト」のうち,「ノ」の語源は意見の分かれるところで,「モノ」

から生じた形式名詞と関連付ける説や格助詞「ノ」から生じたとする説があ る(cf. 此島 1961, Horie 1998, 近藤 2000)。いずれにせよ,「ノ」と「コト」

では「コト」のみが名詞として独立して用いられ,名詞としてより完全な形 を持っていることは明らかであろう。現在の認知言語学で一般に受け入れら れている言語のイコン性という視点から見ると,この「ノ」「コト」の差が,

それが主要部となる名詞節補部の直接性,間接性に結びつくと考えるのは自 然なことである。7

 さらに,このような視点から考えると,コトが event, fact のような意味を もつ独立した名詞として用いられることからも,ノ節やコト節はたとえば the

fact that...のような名詞節にもつながる性質をもつことが予測される。そし

て,そのような名詞節がそれ自身,opaque な domain を形成することも容易 に推定されるだろう。つまり,一般に述語の補部としてそのような名詞節が 用いられる時には,その名詞節内の命題は,主節の表す文全体の真偽判断と は独立しているものである。コト節やノ節がそれ自体接続法であり,コト節

(13)

は wh-domain であるというよりも,コト節はその名詞節としての opacity ゆ えに,現実世界に照らして真とは判断できない命題をあらわすというという 点で,結果的に接続法と類似した生起環境をもつと考えられるのではないだ ろうか。

 以上の議論でもちいた,翻訳が対応するかという判断基準は必ずしも信頼 で き る テ ス ト を な し て い る と は い え な い だ ろ う 。 し か し 少 な く と も , Watanabe (1996)が挙げた例が示すほどには,コト節とフランス語の接続法 が,うまく重ならないということは明らかである。GN 交替が接続法と同じ wh-domain で起こるというのは大変強い主張である。それが正しいのであれ ば,GN 交替の起こる節はすべて接続法の節,そして wh-domain である必要 がある。しかし実際には,コト節は接続法ではあらわされないような現実性 の高い内容の命題にも用いられることがあり,コト節が接続法と同一である というのは正確な観察ではない。つまり,「コト節と接続法の生起環境は同一 であるので wh-domain である」というのは尚早な結論であるといえる。8  このように,現在のところチョムスキー型の生成文法でも DP-SPEC と切 り離して属格主語を説明するというのは完全な妥当性が証明されていないと 考える。次節では,制約に基づく文法での分析を行い,新たな SUBJ 説と DP- SPEC 説の折衷説を提案する。

4.制約に基づく文法での分析

 一見したところ,GN 交替は派生による分析に向いた現象である°主語と 属格という相反する性質を,あるレベルで節の主語という位置を占めていた のが,最終的には DP-SPEC に移動する,という2つの構造を経ることによっ て説明するわけである。しかし,前節で概観したように,現在の派生による 生成文法で,まだ満足のいく GN 交替の分析がなされているとはいえない。

本節では,派生を前提としない HPSG で,「混成範疇」という概念やタイプ に基づく階層的な語彙や句の構造を想定することでこの2重性がとらえらえ

(14)

ることを示す。まず,本分析が依拠する混成範疇の考え方を簡単にまとめ,

その後,GN 交替の現象がどのように分析できるかを考えていく。

 HPSG には Pollard and Sag (1987) 以降,いくつかのモデルの変遷が知られ ている。Pollard and Sag (1987) を第1モデルとすると,Pollard and Sag (1994) 第7章までは第2モデル,第8章で提案されるモデルは第3モデルと呼ばれ る。その後,モデルはいくつかの方向へ分岐した。Sag (1997) につながるモ デルはいろいろな点で認知文法や構文文法の言語観を取り入れているが,そ の傾向の強いものに混成範疇という考えを提案した Malouf (2000) がある。従 来より HPSG は,タイプにもとづく階層構造を想定していたが,Pollard and Sag (1994) 以降は,multiple inheritance というメカニズム積極的に取り入れ た。それは単独の範疇も多様な属性の集合体と考え,その素性構造の異なる 側面(各特性)をそれぞれ別の階層的タイプ構造から受け継ぐというもので ある。Malouf (2000) はそれを一歩押し進め,統語的語彙範疇 (名詞,動詞な ど)にも同様の考えを適用した。たとえば,「名詞」という範疇は単一の独立 した語彙タイプに相当するのではなく,hierarchical lexicon の中でのある部分

(region)につけたラベルである。換言すれば,名詞はいくつかの下位の語彙 タイプからなり,名詞性のあるのがそれらに受け継がれる。その語彙タイプ は名詞と同時に他の範疇の下位タイプである可能性があり,その場合には,

それぞれの上位タイプの性質がその混成下位タイプの中に混在することにな る。

 Malouf (2000) の中心的な関心は英語動名詞の分析である。動名詞を動詞と 名詞の両方の下位範疇である混成範疇であると分析することで,その動詞的 な性質(項構造など)と名詞的な性質(属格主語をとる可能性,外的分布な ど)が混在することを大変明快に分析することに成功している。英語以外に も,Quechua 語など,名詞句の主語に属格が現れる例を持つ言語は数多く,

同様の分析が可能と考えている(Malouf 2000)。

 では,日本語の GN 交替を同様に扱うことは可能だろうか。英語の動名詞

(15)

と日本語の GN 交替の直接の類似点は,主語の属格であり,後者を名詞的な 性質に関連付けることは,派生による分析にも反映されていた。一方,動名 詞との違いの最大のものは,動名詞は明らかに定型動詞とは形が異なるのに 対し,GN 交替の属格主語文は,述語があくまでも定型であるということ。そ して,属格主語は,名詞節だけではなく名詞修飾節の主語としても現われる ということである。すなわち,動名詞とは異なり,GN 交替は述語自体は表 面上何の名詞性をも示唆しない。Mixed Category 分析が動名詞を述語自身の 統語範疇の問題と捉える語彙的現象であることを考えれば,この違いは決定 的といえるかもしれない。しかし,以下では,GN 交替も Mixed Category 現 象と分析することによりさまざまな特性を自然に説明できること,従来の分 析には問題となった例もうまく説明できることや通時的側面にもあたらしい 視野が開けることを論じる。

4.1 混成範疇としての述語連体形

 従来,日本語の関係節の分析などでは,名詞先行節はふつうの定型動詞,

または定型形容詞が主要部となると述べられていることが多い。確かに,こ れまで見てきた例でも,動詞はすべて時制辞などを含み,主節の動詞として 現れるときと同形である。しかし,定型動詞という欧米語の用語をあてはめ るべきかどうかは別にしても,実のところ,名詞先行節の動詞は主節動詞と 同じではない。日本語では終止形と連体形は区別され,名詞先行節の述語は 連体形とされる。連体形の拡張により,現代日本語では動詞と形容詞の終止 形と連体形は基本的には同形になってしまったが,かつては別の形であった ことはよく知られている。また,現代では形の区別はほとんどなくなったと はいうものの,区別の残っている語彙的統語範疇もある。具体的には,断定 の助動詞といわれる「だ」を含むもので,形容動詞すべて(「きれいだ」「静 かだ」など)と,助動詞「ようだ」「そうだ」が相当する。もちろん,名詞先 行節にそのような語彙が来る場合,GN 交替が起こることはいうまでもない。

(16)

(26) a. 蚊が/の鳴くような声 蚊が鳴くようだ b. 気持ちが/のよさそうな部屋 気持ちがよさそうだ c. 治療が/の困難な病気にかかった 治療が困難だ

このように,名詞先行節の主要部となる述語と,名詞に先行しないその他の 節の主要部となる述語を区別することは形態論的な動機付けをもつと考えら れる。

 さらに,日本語における連体形の働きを通時的に振りかえると興味深いこ とがわかる。連体形というのは現代日本語における働きを反映した用語であ り,体言(名詞)に連なる(接続する)形,という意味である。しかし,古 典日本語では連体形が2つの異なる用法を持っていたことはよく知られてい る。すなわち,名詞修飾節をつくる連体機能と,名詞節そのものをつくる準 体機能である。古典日本語では名詞化をするのに形式名詞を必要とせず,連 体形のみで体言そのものをつくることができた。

(27) [ほどなくまかりぬべきなめりとおもふ]が悲しく侍るなり (竹取物語)

(27) で括弧をつけた連体形節は「もうすぐいなくなってしまうと考えること」

という名詞節である。なぜ,述語連体形が名詞を修飾するものと名詞自身と いう異なるものをつくる機能をもっていたのかは明らかではないが,そもそ も準体機能が連体形の原初の機能であるという説(此島 1961)もある。現代 日本語では準体機能は消失したが,混成範疇という概念が前提とするように,

名詞という範疇をいくつかの性質の集合体と考えると,準体を作っていた連 体形の名詞性が全てが消失したのではなく,そのうちいくらか残っている性 質があるのはじゅうぶん可能なことであると考える。以下では,述語連体形 を混成範疇とする考えに基づき,どのように GN 交替の諸問題が解決できる

(17)

かをみていく。

4.2 Type hierarchy

 日本語の語彙的統語範疇は次のようなタイプ構造をもつと考える(c f . Malouf 2000)。

(28)

名詞先行節の主要部となるのは動詞または形容詞含む述語であるが,ここで は形容詞と動詞の上位範疇を relational とし,名詞先行節の主要部となる連 体形述語を,述語と名詞の混成範疇として RN(Relational-Nominal) とする。

 construction (cx) タイプとしては,ほぼ英語と同じような hierarchy(29) を 仮定する(Sag 1997, Malouf 2000)。

(29)

 そして,relational-nominal はつぎのような構造をもつ範疇タイプであると head

relational nominal

adjective verb rn noun

CLAUSALITY HEADEDNESS

clause

fin-head-specifier cx

noun-poss cx

head-complement cx head-adjunct cx head-spr head-comp head-adj

non-clause non-headed headed

(18)

する。

(30)

 このように,連体形をタイプであると同時に共通の Inflectional form を持 つ集合と考える。また,JPSG(Gunji & Hasida 1998)にならい,Adjacent feature をたて,その値として名詞をとるとしているが,それは,動名詞が名詞とまっ たく同じ外的分布 (external distribution) をとるのに対し,連体形述語の外的 分布は述語とも名詞とも異なり,名詞の直接後続を要求することを説明する。

もちろん一般の述語は名詞が後続することはない。また,一般の名詞は,文 中であらわれるばあいには格助詞の後続を要求するが,もちろん名詞が直接 後続することはない。この Adjacent feature により,連体形述語が名詞とも その他の屈折形の述語とも異なる分布をすることが自然に導き出される。

 では,次に,このような日本語の語彙的統語範疇や構文の体系のなかで,

第1節であげた GN 交替の諸特性がどのように導き出されるか考える。

4.3 他動詞制約

 本稿では,従来の HPSG での分析にならい,ARG-ST を介する語彙的な格 付与を想定する(Przepiorkówski 1999)。それに加え,項をとる語は格を認可 する資格があって初めて格の認可がなされると考える。たとえば,項に動詞 格を認可するのは述語にしか認められない。そして,GN 交替に見られる問 題を解決するため,動詞構造格と名詞構造格を明確に区別することにする。

 格に統語構造によって与えられる構造格と比較的意味などを反映して語彙 rn type >

MORPH ROOT 1 I-Form fren( 1 )

relational-nominal Adjacent: {noun}

HEAD

(19)

的に与えられる語彙格があることはチョムスキー型の文法ではずっと以前よ り主張されてきたが,HPSG でも Heinz & Matisek (1994) らにより,その考 えは Hierarchical type にとりいれられている。日本語についても,その区別 が重要なことはよく知られている。一般に,動詞の構造格は「主格」と「対 格」とされ,名詞の構造格は「属格」とされる。「与格」については意見の分 かれるところだが,ここでは構造格には含めないことにしたい。動詞の構造 格を語彙格と区別する根拠には,たとえば格助詞の脱落のしやすさや「は」

との共起可能性などがあげられる。格助詞は対格が落ちやすいが,次いで,

主格も落ちることができる場合がよくあるのに対し,与格やその他の格助詞

(後置詞)は落ちにくい(ただし「あす,東京,行く?」などは例外的)。ま た,話題をあらわす「は」が後続すると「がは」「をは」にはならず「は」の みに取って代わられるが,与格やその他の格助詞は格助詞が残ることができ る。さらに,名詞化の形式名詞「の」と結合した格助詞の接続助詞への文法 化でも,「のが」「のを」に対し「のに」(ので)の方が文法化が進んでいるこ とも指摘されている(Horie 1993)。

 また,重要なことは,日本語は英語とちがい,名詞的な格体系と動詞的(述 語的)格体系がちがうことである。英語では名詞の修飾句としてさまざまな 前置詞句が用いられるが,日本語では属格を用いないで名詞の修飾句を作る ことはできない。副詞的な後置詞句も属格をともなって表れる。

(31) a. my uncle living in the States アメリカに住む伯父 b. my uncle in the States アメリカ*に/の伯父

(32) a. to live with Yuko 優子と暮す

(20)

b. life with Yuko 優子*と/との暮し

 そして,名詞の構造格としては従来の指定部の概念を踏襲する。具体的に は,名詞構造格としての属格は「所有」や「同格」および「上位範疇」など をあらわし,さらに,出来事の名詞化に関連するときも,その出来事の「主 語」に対応するものだけを名詞の構造格とする。9

 格を認可する資格という観点から,ここでは,rn はその relational という 上位タイプゆえに,[V-str] (動詞構造格を認可する)をとることができ,そ の一方,nominal という上位タイプゆえに [N-str] (名詞構造格を認可する)

をとることができるとする。このことを形式的に表すとつぎのようになる。

(33) a. relational → str-case / V-str lex-case V-lex

b. nominal → str-case / N-str lex-case / N-lex

 述語は relational type であるので,structural caseも lexical case も動詞型を とる。一方,名詞は nominal type であり,いずれも名詞型をとる。この際の 格のタイプは,structural caseに関しては /-notation があらわすように default であると考える。そのため,そうで はない値をとることが強制されれば上書 きされる。lexical case に関しては,nominal の場合のみ default で,relational の場合には hard constraint であると考える。これにより,GN 交替に見られ る連体形述語のとる格パターンが次のように説明される。

 連体形述語は relational-nominal という混成範疇であると考えることから,

これは relational と nominal の両方の可能な値をとりうることになる。それ

(21)

ぞれについて,構造格も語彙格も動詞型と名詞型の可能性があるので,想定 しうる組み合わせは4つある(V-str & V-lex;V-str & N-lex;N-str & V-lex;

N-str & N-lex)。しかし,(33) により lexical case はつねに動詞型であること が規定されているので名詞型の default としての N-lex は上書きされ,V-str

& V-lex と N-str & V-lex の2つのみが実際に可能な格パターンとなる。これ は,つまり,ここで取り上げる混成範疇については,語彙格については常に 動詞的な格パターンをとることをあらわしている。

 あとは,通常想定されるマッピングに従うだけである。ここでは,Bouma et al. (2001) に従い,ある述語の lexeme は ARG-ST の指定までを持ち,

Argument Extension および Argument Realization の原則に従いながら統語へ のマッピングがおこなわれ,統語に必要な素性を備えていくものとする。名 詞先行節を形成する際には,通常の Head Feature Principle,Semantic Principle などによって素性構造が制約を受ける。また,後続する名詞とは,通常の Head Adjunct construction,または Head Complement construction によりつな ぎあわされる。10 これで,GN交替は自然に導かれることになる。

 よりわかりやすくするため,主格主語の場合と属格主語の場合,それぞれどの ような素性構造(AVM)を持っていると考えられるのか,統語にマッピングさ れた時の形を簡単に記し,他動詞制約がどのように説明されるのかみてみよう。

(34)

a. 弘が来た理由 b. 弘の来た理由

Vform  連体(来た)

Case  V-str + V-lex SPR[nom]  1

ARG-ST 

Vform  連体(来た)

Case  N-str + V-lex SPR[gen] 

ARG-ST 

(22)

(35)

a. 弘が本をよんだ理由 b. *弘の本を読んだ理由

(35b) の星印が示すように,他動詞制約は,属格主語は名詞型構造格の反映で あると考えるので,COMPS に現れた直接目的語に対格が与えられないから と説明される。当然対格が必要とされない (34b) や,動詞型構造格をもつ (35a) では問題が起こらない。

 ところで,第2節で示したように,対格の目的語をとれない属格主語で あっても,後置詞句や副詞句は,主格主語の場合と同じようにとることがで きる。

(36) a. 裕子の東京に着く時間を教えて。

b. 太郎の山で拾った石を見せてもらった。

ここでは,Bouma et al. (2001) や Przepiorkówski (1999) にしたがい,副詞ま たは付加詞的要素のうち時間や場所や手段を示すものなどを,統語的な項に 準ずると考え,Argument Extension によって Dependents に取り入れられるも のと考える。後置詞句のもつ格は語彙格と考えることができる。(32) により,

GN 交替では,いずれの場合も V-lex をもつことが保証されているため (36) は適切な文となるのである。

(37) Argument Extension (Bouma et al. 2001) Vform  連体(読んだ)

Case  V-str + V-lex SPR[nom]  1

COMP[acc]  2 ARG-ST  1 + 2

Vform  連体(読んだ)

Case  N-str + V-lex SPR[gen]  1

COMP  2 ARG-ST  1 + 2

*

(23)

4.4 関係節化と他動詞制約の解消

 では,目的語の関係節化にともなって他動詞制約が解消される問題につい てはどう説明されるだろう。前節で明らかにしたように,他動詞制約という のは適切な呼び名ではなく,問題は述語の項構造によるタイプわけではなく,

表面に表れうる格の問題,いわば「対格制約」である。そのように考えれば,

他動詞制約の解消というのも,「あったはず」の他動詞制約が「解消される」

と考えるのは間違いで,結局のところ,表面に対格が必要ないから制約にか からないと考えることができる。

 そのように分析するため,ここでは Sag and Wasow (1999) にしたがい,日 本語などで表面におこらない項は ARG-ST にはあっても VALENCE feature としては反映されず,通常の Argument Realization Principle を上書きすると 想定する。それとあわせ,本稿では,関係節構造についていわゆる gapless 分 析を仮定し,英語などと異なり,日本語の場合,とくに統語的な空所情報は 必要としないと考える。すなわち,従来目的語の関係節化と考えられた文は,

目的語が表面に出てこない名詞先行節がある名詞主要部を修飾している構造 で,その名詞主要部が先行節の目的語に相当するということは,意味的に復 元され,関係付けられてのみ解釈されると考える。この場合,名詞先行節内 には当然,対格を顕在化する必要がないので動詞型の構造格が必要ではない。

つまり,他動詞制約がなぜか消える,というのではなく,対格制約が一貫し て適用されている(が抵触しない)と考えられるのである。

 しかし,このように関係節に空所情報を想定しないことは妥当なのかと思 われるかもしれない。確かに英語のような言語では,統語的な空所を想定し ていくことに妥当性が認められる。関係代名詞があるうえ,関係節を形成す

verb >

ARG-ST 1

DEPS 1 + list (‘adverbial’)

(24)

ることのできる項は統語的な項に限られ,しかも,そのような場合以外,項 が自由に音形を持たないでいることはほとんど認められないからである。し かし,日本語では項の省略が比較的自由に行なわれるうえに,関係代名詞な ど表面上その両者を区別するものがない。また,上の (3) や (14) でもみたよ うに,統語的な空所を想定できない名詞修飾節は多い。その場合,名詞先行 節と名詞主要部との関係は統語的な項構造によってとらえられる範囲をはる かに越えて語用論的に想定されうる関係を広く含み,何らかの因果関係など が認められれば解釈が成立する(「トイレにいくヒマもないドラマ」など(cf.

Kuno 1973))。このように,統語的な空所情報がなくても名詞修飾関係が解

釈できるのであれば,いわゆる関係節のようなより直接的な意味関係を含む 場合を解釈するのは造作もないことで,それにのみ統語的空所を想定する積 極的な根拠はあまりないともいえる。 (Na 1986, Matsumoto 1997)。ここでは,

そのような考えにしたがい,いわゆる関係節に空所を認めず,すべて名詞修 飾節として統一的に考える立場をとることにする。11

 次の樹形図は,属格主語をもちいる関係節が具体的にどのような構造であ るか簡単にあらわしたものである。

(39) 弘の拾った財布

head-adj cx

財布

拾った 弘の拾った

noun-poss cx

弘の:1

Head  noun SYNSEM | HEAD

| SEM | RESTR Case  gen

Vform  連体 Case  N-str + V-lex SPR[gen]  1

ARG-ST  1 + 2  rel pick up picker 1 picked 2

(25)

 ここで,第2節で挙げたGN交替の属格主語文の特性を以下に繰り返す。

(40) (i) 随意性 (ii) 局所性

(iii) 属格主語に副助詞がつかない

(iv) 属格主語文で主語の選言にスコープのあいまい性がみられる (v) 他動詞が属格主語文を作れない(他動詞制約)

(vi) 副詞的な語句が属格主語の左右どちらにも生起できる

(vii) 目的語が関係節化されると他動詞も属格主語文を作る(他動詞制約

の解消)

 (i) は混成範疇ということから直接帰結する。(ii) も,属格主語が,それを 下位範疇化する動詞の問題であると考えていることから自動的に帰結する。

(iii)は,結局は,副助詞がつくのは動詞型の格を受けた名詞であると考える ことから自然に導かれる。 (v) と (vii) は今説明したとおり,対格制約の問題 と考えられる。 (vi) も半分は動詞型の語彙格によって説明されるが,副詞に ついても relational type が修飾される場合に副詞を要求することを強い制約 とすることで説明される。では残る (iv),スコープのあいまい性については どうだろうか。次節では,属格主語の時にのみスコープのあいまい性が見ら れる問題を取り上げる。

4.5 スコープの曖昧性:偽属格主語文

 第2節の例文 (8) で示したように,名詞修飾節で主語に選言が用いられる 場合,属格主語の場合のみスコープのあいまい性が見られ,選言が広いス コープをとることができることが指摘されている。

(26)

(41)=(8) a.真珠かルビーが来年安くなる可能性は50%だ。

(possibility > or: [pearl or ruby] が安くなる可能性)

b.真珠かルビーの来年安くなる可能性は50%だ。

(possibility > or: [pearl or ruby] が安くなる可能性)

(or > possibility: [pearl が安くなる可能性] or [ruby が安くなる可能性])  

前節で提案した分析によれば,属格名詞は,名詞主要部「可能性」の指定部 ではなく,名詞先行節の指定部にあると考える。しかし,それでは選言が広 いスコープをとりうることが説明できないことになる。

 この問題を解くため,ここではSakai (1994) と同様,表面的に属格主語文 と見える構造には2種類のものがあると考える。具体的には,前節で主張し た「真性の属格主語文」と,属格名詞が名詞主要部の指定部であり,名詞先 行節の残りの部分はいわばそれと同一指示を持つ pro を含んだ普通の節であ る「偽属格主語文」である。 (42a) が真性の属格主語文, (42b) が偽属格主語 文の構造である。

(42) a. [[NP-no ... ] N]

b. [NP-no [[ ... pro ...] N]]

少なくとも関係節の場合に後者の形を想定せざるを得ないことは,pro の位 置に明示的な名詞を含んだ次のような文からわかる。 (43b) は (43a) の真性の 属格主語文が偽属格主語文に埋め込まれた形である。「優子」「母」の両方に 属格があらわるが,前者は主語的な意味ではなく所有者をあらわし,両者が 性質の異なる名詞であることは明らかであろう。

(43) a. [[母が/の大切にしていた] 指輪]

b. [優子の [[(昔)母が/の大切にしていた] 指輪]]

(27)

 このように主語と解されない属格名詞 (Sakai (1994) にしたがって controller 名詞と仮に呼ぶ) は典型的には所有者の意味をもつ。しかし,所有者の意味 をもたない場合にも (42) と同様の構造的曖昧性を持つことを示唆する例があ る。属格主語の選言はスコープのあいまい性を持ち,また,副詞的要素はか き混ぜが自由とされているが,この両者をあわせ,属格主語の左端に副詞的 要素が現れると,予想に反し,属格主語の選言は広いスコープがとれなくな る(Miyagawa 1993; Ochi 2001)。12

(44) 来年,真珠かルビーの安くなる可能性は50%だ。

(possibility >or: [pearl or ruby] が安くなる可能性)

*(or > possibility: [pearl が安くなる可能性] or [ruby が安くなる可能性])

副詞的要素が属格名詞の左に出る(44)で構造的曖昧性が消えるのは,広いス コープをとる属格名詞が実は主語ではなく controller であり,それゆえ名詞 句の左端に起こる必要があるためと考えられる。このように,「真珠かル ビー」は所有者とはいえないが,(42a) に加えて (42b) の構造を想定すること ができる。

 また,次のような,GN 交替とは考えられない「目的語の属格名詞」の例 があることも, (42b) のcontrol 構造を一般に想定する根拠となるだろう。

(45) a. ?さかなの焼いている匂いがする

b. ?ピアノの弾いている音がうるさい

目的語の属格名詞の容認度はあまり高くないが,それでも主語が左に起こる 次の例よりは格段によい。

(28)

(46) a. *洋子がサカナの焼いている匂いがする  b. *洋子がピアノの弾いている音がうるさい

(45) と (46) を比べ,主語「洋子」の有無によって容認度が変わるのは,主語 のない (45) の属格名詞が controller の位置である DP-SPEC にあるからと考 えられる。このように名詞句の左端にあることが重要であるというのが偽属 格主語構造の特徴である。

 以上のことから,本稿では,どのような GN 交替現象の分析をするにせよ,

表面上属格主語構造とみえるものには2種の構造の可能性があると考える

(Sakai 1994, Ochi 2001)。ただし,偽属格主語構造を想定するにあたり,考 慮すべき問題が少なくとも2つある。ひとつは Ochi (2001) の主張した control vs. raising の区別についてであり,もうひとつは,他動詞制約との関係であ る。以下では,そのそれぞれの問題について考察する。

4.6 control vs. raising 構造

 Sakai (1994) は属格はすべて主要部名詞の指定部で受けると考えていたの で,真性の属格主語文を raising 構造,偽属格主語文を control 構造と分けた。

Ochi (2001) は Miyagawa (1993) の提案をとりいれてそれを再検討し,真性の 属格主語文はすべて covert raising と解釈する一方,偽属格主語文をさらに2 つに分け,関係節は control 構造,関係節以外の名詞修飾節や名詞節は overt

raising 構造と分けている。この区別は本当に必要なのであろうか?13

 Sakai (1994) は名詞修飾節の構造的曖昧性を区別する際,「所有者」解釈を 大きな基準とした。たしかに,上の (43b) に関して述べたように,control 名 詞は典型的に所有者解釈をもつ。そして,そのような control 構造の場合に は,かき混ぜにより属格名詞を主要部の直前に移動させてもよいことを指摘 した。

(29)

(47) a. [太郎の [ pro運転した] 車]

b. [ [ pro運転した] 太郎の車]

 Sakai (1994) は関係節的な名詞修飾以外の名詞修飾や名詞節構造には言及 していないが,そこで提案された「かき混ぜテスト」をさらに多くの名詞修 飾構造や名詞節構造に応用したのが Ochi (2001) である。そしてかき混ぜテ ストの結果をもとに,関係節を含まない属格主語文については control 構造 は想定できないと主張した。確かに, (48a) に示すように関係節に相当しない 名詞修飾節のかき混ぜはできない。そして,そのような文のスコープのあい まい性を説明するため, (48b) のような control 構造ではなく, (48c) のような overt な raising 構造が作られているのだと主張した。

(48) a. * [ [pro 安い] 真珠の可能性] (in overt syntax) b. * [真珠の [pro 安い] 可能性] (in overt syntax) c. [真珠の [ t 安い] 可能性] (in overt syntax)

もし Ochi (2001) の議論が正しければ,本稿のように名詞修飾節構造一般に control 構造を想定することは誤りであることになるかもしれない。

 しかし,次に示すように, (48a) の非文性は control 構造ではないことに起 因するとはいいきれず,Ochi (2001) の議論は妥当であるとは言えない。Ochi (2001) には,さらに overt raising の可能性を説明するため,関係節が主要部 名詞の付加詞であるのに対し,それ以外の名詞修飾節は補部であるという主 張がある。この主張は興味深いものであるが,この付加詞と補部の区別と control vs. raising の構造の問題は本来独立したものであり,両者は切り離し て考えるべきである。つまり, (48a) でかき混ぜが不可能なのは,補部である 修飾部と名詞主要部を切り離すことが意味的にも不可能であることを示して いるにすぎないのではないだろうか。事実,同じような分離可能性の問題は

(30)

名詞句一般に観察される。

(49) a. 日本の失業率 * 日本の率 (*失業の,日本の率)

b. 日本の財政危機 日本の危機 ( 財政の,日本の危機)

(50) a. 新聞の販売促進 * 新聞の促進 (*販売の,新聞の促進)

b. 新聞の一面広告 新聞の広告 ( 一面の,新聞の広告)

 (49)―(50) が示すように,節を含まなくても,名詞修飾構造内では,修飾 部を切り離せる場合と切り離せない場合がある。切り離せる修飾部は付加詞 的な働きをしていると考えられ,切り離せない修飾語は補語的な役割をして いると考えられる。しかし,これはあくまでも名詞主要部と修飾部との関係 を反映するテストであり,これらの名詞句で, (49a) や (50a) は raising 構造 で (49b) や (50b) は control 構造であるとする議論はほとんど意味をなさない。

このことはそのまま,GN 交替の例に当てはまるのではないだろうか。この ように考えてくると,属格主語文に構造的曖昧性があるというSakai (1994) の 指摘は正しいことであるといえるが,そこから発展して偽属格主語文に control と raising の2種を分けるという Ochi (2001) の分析は,首肯しがたい。

 ただ,たしかに,Ochi (2001) が引用する Anderson (1983/84) が述べるよう に,英語の属格名詞 (NP's) の場合,「所有者」であることを典型とし,メタ ファー的に他の関係にも拡張はされるものの,その可能性には限界がある。

このことは,日本語の属格名詞と名詞主要部の関係にも当てはまると考えら れる。いわゆる DP の指定部にくる名詞は「所有者」と解釈できるものを典 型とし,有生で,責任などの抽象的な概念まで含めたなんらかの所有関係が 認められるものの方が容認度が高いようことは想像される。また,主要部と の関係についても,主要部が所有され得るようなものである場合に対し,形 式名詞「こと」「の」などの方が容認度が落ちることも想像される。しかし,

(31)

このような control 構造での容認度の違いは,個々の語彙的による意味的な 問題であり,統語構造としては,偽属格主語文一般に control 構造を想定し てよいと考える。

4.7 他動詞制約再考

 さらに注意しなくてはいけないのは,偽属格主語文の存在が,他動詞制約 を打ち消す可能性があることである。すなわち,偽属格主語構造は,controller である属格名詞以下の部分は主語が pro である以外は格などについてもまっ たく通常の節である。常に属格主語文に構造的曖昧性があり,偽属格主語構 造を想定することが可能であるならば,なぜ他動詞制約が観察されるのか?14  じつは,これは本分析の妥当性を揺るがす問題ではなく,むしろ本分析が 従来より指摘されてきた他動詞制約の不明瞭な位置付けの説明を可能にする ことを示唆すると考える。最初に他動詞制約を指摘した Harada (1971) は,そ れを明確で絶対的な制約とは決して捉えず,芥川の作品中の文がその制約に 従わないことなどから,若い世代にみられる傾向とし,属格主語文の名詞性 が強まりつつある歴史的変化をしめすと考えた。この「世代」という要因が 本当に重要であるかどうかは不明であるが,容認度にばらつきがあるのは事 実で,Watanabe (1996) も,彼の分析は他動詞制約のかかる「変種(dialect)」 のみを対象としていると明言している。しかし,他動詞制約のかかる GN 交 替とそうでない GN 交替を dialect の差と呼ぶことは,個人レベルでは判断 がいずれかに一定しているはずであることを含意する。すなわち,個々の文 によって同一者の判断に揺れが生じることはありえない。しかし,個人差が あることは否めないが,実際には話者の dialect というよりも,個々の文の内 容や形によって他動詞制約の制約に関わる文の容認度は揺れるのである。

(51) a. ?* 太郎の LGB を読んだことを忘れてしまった

b. * 弘の仕事を辞めた結果,みんなずいぶん迷惑をこうむった

(32)

(51a-b) は確かに逸脱した文と感じられる。しかし,次のような文では,同じ く他動詞で対格名詞を含んでいるにもかかわらず,あまり違和感が感じられ ないのではないだろうか。

(52) a. 太郎の初めて離乳食を食べた日を覚えている?

b. 弘の仕事を辞める理由には納得がいかない

 一般に,属格主語文の場合,属格主語と名詞主要部の間に対格名詞が入れ ないことは他動詞制約の述べることであるが,Watanabe (1996) は,対格以外 でも名詞句が介在すると容認度が落ちることを指摘する。ところが,その一 方,上の (52) のように,属格主語と名詞主要部の間に介在する部分がさらに 長くなると,かえって容認度が上がる傾向もある。(Takao Gunji, p.c.)これ は一見,相反する現象のように見えるが,実は属格主語文の他動詞制約の奇 妙さを直接反映するのではない。これは,偽属格主語文の想起しやすさを反 映するものと考えられる。

 たとえ属格主語文に他動詞制約がかかっていたとしても,偽属格主語文が 常に可能であれば,実際のデータで他動詞制約が観察されるはずはなくなっ てしまう°そして確かに,他動詞制約のかかりかたは個人差や文の意味や文 脈の差など,統語的な制約としてとらえるにはあまりにも不明瞭な側面が多 い。しかし,明らかに,なにか他動詞制約のような制約が働いていることも 否定できない°ここでは,それを他動詞制約という統語的な制約と一般的な 文の解釈方略 (processing strategy),そして,control 構造としての属格の適格 性についての意味的な制約らの相互作用によるものと考える。つまり,他動 詞制約以外に次のような制約や解釈方略がはたらくと考える。

(53) (i) 意味制約として,一般に属格名詞 controller には,所有者解釈ので

(33)

きるものが典型例となる。所有者解釈をメタファー的に拡大でき る範囲には個々の事例により差異があり,その容認度の判断にも 個人差がある。

(ii) processing strategy として,より単純な文で,明らかに主語解釈が

できる場合には,所有者解釈に結びつく control type のような構造 は可能であっても意識に上りにくい。

 たとえば,上にあげた (51b) と (52b) では容認度がかなり違うと感じられ るが,そのことはこの意味制約より予測される。ここでは両者とも「弘」が 厳密に「所有者」という意味を持つわけではない。しかし,「弘の結果」とい う組み合わせよりも「弘の理由」の方がメタファー的に所有として想定しや すい関係であることはいえそうだからである。

 また,文が長いと他動詞制約がなくなるように感じるのは,このような解 釈方略を覆すことができるからである。また,属格名詞の直後に音韻的な ポーズがはいる時や,特殊な主題化や焦点化を含む構造でも直接目的語を含 んだ例の容認度が上がるのも,この解釈方略に関係があると考えられる。

(54) a. 優子の,いつも服を買いに行くお店って,どこだっけ?

b. 太郎の LGB を買ったことなんて,覚えてるわけないだろ!

このように,統語的な制約のかからない偽属格主語文の構造を想定すること により,他動詞制約の不明瞭さや一見相反する性質を説明することができる のである。15

5.本分析がさらに示唆すること

 このように本稿では,述語連体形が名詞的性質をもつ混成範疇であると提 案し,それにより従来から指摘されてきた GN 交替のさまざまな問題が無理

(34)

なく説明できることをみてきた。以下では,この分析がさらに従来のDP- SPEC型の分析ではとらえられない問題や,通時的な変化に対する新しい視 座を与えることを明らかにする。

5.1 副詞節と GN 交替

 名詞先行節の主要部の連体形述語が名詞性を部分的に担うという本稿の分 析は,副詞節と GN 交替の微妙な関係に大変興味深い示唆を与える。本稿の 分析では,属格名詞を,従来考えられてきた主要部名詞の指定部とするので はなく,名詞節性をもつ先行節自身の主要部とする。このような先行節に「純 粋な」名詞が後続するということは,ここでは連体形述語の adjacent feature

(また,句構造スキーマ)から導かれることであり,主語の格とは独立した問 題である。重要なことは,従来の DP-SPEC 型の属格主語文の分析は,被修 飾名詞や形式名詞といった名詞主要部の存在を前提とするが,本分析にはそ の前提はない。連体形述語が名詞/動詞の混成範疇であるということは,い わば日本語という言語に起こった事実を記述したに過ぎず,なんの普遍的な 強い制約から導かれることでもない。そして,おそらく,実際に名詞主要部 を必要とするのは,連体形述語はあくまでも混成範疇で,外的分布という点 の名詞性が欠落しており,それを補う必要があるからであると考えられる。

では,全体で名詞句または名詞節として機能する必要のない場合には,属格 主語が出ていても,「純粋な」名詞主要部が後続する必要はない,という予測 が成り立つと考えられるが,どうだろうか。

 果たして,この予測は的中する。ある種の副詞節は名詞か接続詞かわから ないような主要部をとることがあり,そのようなときも,GN 交替が観察さ れるものがいくつかある。名詞節と副詞節に境界域のものが存在することは 英語でもよく知られたことである。次の文の斜体部分は名詞節の構造をとる が,副詞節として機能しているといえよう。

(35)

(55) The moment she woke up, she was startled at the shadow behind the door.

日本語でも,このような例は多い。そして,いずれにも GN 交替が見られる。

(56) a. 雷が/の光った瞬間,何も見えなくなった

b. 桜が/の咲く頃,もう1度会おう。

c. バスが/の来たあと,誰もバス停には残っていなかった。

d. あなたが/の言うように,優子に相談してみた。

一般に「瞬間」などは名詞と考えられるが,「頃」「あと」はやや微妙であり,

「よう(様)」はさらに微妙である。しかしそれでも,「頃」や「あと」は「そ の」やその他の形容詞で,また「よう」も「その」「彼の」などによる修飾が 可能であることから,名詞とみなしてよいと思われる。では,機能はともか く,名詞節の形をとり,主要部が名詞になっていればGN交替ができるとい うのだろうか。じつは,主要部が名詞とは通常考えられないにもかかわらず GN交替を許す例もある。それは「より」「まで」を含んだ節である。

(57) a. バスが/の来るまですわっていようか

b. 客が/の来るより早く荷物が着いた

 「まで」「より」は通常名詞とは考えられない。このように,GN 交替は,主 要部名詞の存在が前提となっているわけではなく,全体が名詞節として機能 する必要がない副詞節との境界域の例では,主要部名詞がなくても交替が可 能な例があるといえる。さらに(57)の例は,連体形節が名詞的性質をになう という本稿の主張に強い支持を与える。このうち Watanabe (1996) は「より」

の例をあげ,それが名詞とは考えにくいところから,比較節(than-clause)は wh-domain と考えられると述べて,wh-agreement 分析を支持する事例の一つ

(36)

としている。しかし,次の例は,「より」や「まで」は,実は名詞に後続する 後置詞と考えるべきであることを示している。

(58) a. 京子より早く着いた

b. あの家はとなりの家より広い c. 春までまだ遠い

 このように,「より」「まで」が後置詞として名詞に接続するとすれば, (57) のように節に接続する場合にも,その節は名詞節と考えられよう。それはま さにGN交替をゆるす先行節は名詞的性質をもつという本稿の主張に合致し ており,Watanabe (1996) の主張するように wh-節であると想定する必然性 はなにもないと思われる。

 このように,GN 交替を許すような連体形節は,それ自身名詞的性質を残 しており,それが属格主語として表れている。その一方,そのような節に通 常,名詞が後続するのは,現代日本語ではすでに連体形節が外的分布として

(syntagmaticに)「名詞」として機能する力をもはや持たないためである。そ れゆえ,外的に名詞として機能する必要がなく,副詞的な機能をもつばあい には,後続する「名詞」を持たなくてもGN交替が見られるのである。従来 の主要部名詞の指定部として属格主語を規定する方法では,音形を持たない 主要部を想定しない限り,このような例を説明することができない。

5.2 通時的変化の漸進性

 現代日本語の述語連体形に名詞的性質を認める本稿の分析は通時的な側面 にも興味深い示唆を与える。一般に,日本語では連体形が終止形との形態上 の区別を失うにしたがい,連体形の名詞的な性質(準体機能)は失われ,す べて統一的に名詞に先行してしか用いられなくなったとされる。しかし,GN  交替以外にも,連体形の名詞的な性質が一部残っており,名詞化辞とされ

参照

関連したドキュメント

objexting (what lawyers do when they text in the courtroom) vexting (sending intentionally upsetting text messages) wexting (texting and walking). このような用例と, wext

In previous methods, only the information for judging a clause to be such as case-frames, and cooccurrence information between nouns and verbs is taken into account..

自体の中に不備な 点があ ると考えられるのであ る。 まず、 定義の問題があ る。 先行研究において「テンス」「時制」の

This study tries to explore the characteristics of attributive simple compound adjectives, which consist of two elements of words or roots and function as adjectives modifying

each lane moves one cell in front in one time step with probability $v_{i}^{t}$ at time $t$. provided that the next

7 The results of the fractions of knots $3_{1},4_{1},5_{1}$ and $5_{2}$ by biological experiments [3]. 1.6 Outline

Yamada, Periodic solutions of certain nonlinear parabohc differential equations in. domains with periodically moving