本稿では,名詞性と述語性の2重性を示す GN 交替現象が,派生を前提と しないHPSGでうまくとらえられることを示した。まず,GN 交替は名詞先 行節の述語が名詞性をもつために起こると考え,名詞先行節の述語を混成範 疇であると考え,Type-Hierarchy から属格主語と主格主語の optional な交替 を説明する。第1節であげたGN交替の諸特性のほとんどは,このことから 自然に導かれる。導かれない問題(選言のスコープ)については,Sakai (1994) の知見を取り入れ,control 構造との構造的曖昧性のせいであると考える。従 来の分析と大きく異なる点は,一般に主要部名詞とされる部分に先行する名 詞先行節自体が名詞性をもち,属格主語は主要部名詞の指定部ではなく,こ の名詞先行節自体の指定部であると考える点である。この分析は,あらたな DP-SPEC/SUBJ 折衷説とみることができるが,これまでの分析では説明しに くいデータが説明できることや,通時的な問題や文法化という現象にも新た な示唆を与えることを示した。
注
01 ただし,この種のデータの非文性には問題もある。この文の場合,述語のアスペ クトを変えて,「今年真珠の安くなるという理由」とすると,容認度が上がる。
02 それぞれ,Nakai (1980)のGenitive Construction Analysis(属格構文説)とNominative Construction Analysis(主格構文説)に相当する。
03 Ochi (2001)によれば,関係節以外の名詞修飾節や名詞節に両方の可能性を認める べき理由は,理論内的な事情により,covert movement が formal feature のみに関わ るとすると,そのなかにスコープに関与するような要素が含まれておらず,属格主 語の文を covert raising だけで派生すると,上述の属格主語にのみに見られたスコー プの曖昧性が説明できなくなるからである。
04 Watanabe (1996) は,通常,主語が AgrS-SPEC で主格を認可されるのは,Extended Projection Principle によりの要請であるが,wh-domain ではwh-agreement の表れと して,AgrS-SPEC が overt syntax で空のままであることが許されるという主張する。
そのため(日本語では TP-SPEC が利用できないという仮定ゆえに)主語は VP の 中に留まらざるを得ない。主格の代わりにでてくる属格はその事を表しているとい うのである。
05 Kuno (1973) はト節とコト節やノ節を比較し,ト節は nonfactive predicate の補部に なるのに対し,コト節とノ節は factive predicate の補部になると主張している。そし て,factivity には関与せず,どちらの節もとれる述語がある一方,どちらの節もと れはするが,どちらをとるかでfactivityの違いが生じる場合もあるという。たとえ ば「気づく」などの場合には両方が可能だが,コト節とノ節の場合のみ,補部は factive である。
06 Josephs (1976) が述べるように,コト節は factive predicate の補部にあらわれるもの と,factivity には関係なく,non-factive でもあらわれるものがある。しかしそのよ うな場合には,一般にコト節とト節の交替が可能であるとされる。ところが,(16a) はト節ではあらわせない。
07 Horie (1998) では,日本語の「ノ」とそれに対応する韓国語の kes の比較があり,
kes は「ノ」よりも「モノ」に近い意味的な内実を持っていること,そして,その 差がノ節と kes 節のさまざまな統語的な違いや分布の違いに結びついていることが 論じられている。
08 また,GN 交替が wh-agreement によるものとする分析は,それが locality の制約を 持たないことを含意する。しかし,前節で述べたように,事実はその逆である。
Watanabe (1996) はこのことについて,“probably related to invisibility of intermediate traces to wh-agreement” とするだけである。また,もちろん,French Stylistic Inversion
の主語は表面上の属格を受けている訳ではなく,GN 交替の属格主語も注4で述べ たように,「主格の仮の姿」というわけだが,これもまったく仮説の域をでない。現 代日本語の中ではあくまでも,名詞句内の要素にしか属格はでないという観察上の 事実との折会いはつけられていない。
09 名詞については構造格と語彙格の区別があるのだろうか。ここでは,その区別は あるものの,両者とも,表面的には属格「の」としてあらわれると考える。
10 名詞先行節と名詞の結合に,Head-Complement construction または Head-Adjunct
construction のいずれがもちいられるのかというのは微妙な問題である。注10で述
べるように,この区別が名詞修飾節の統語的分類として有効であるのか,意味の問 題であるのかが明確でない上,現在,Adjunct と Complement の取り扱いを一部近づ けるべきとする主張もある(Bouma et al. 2001)。いずれにせよ,この区分は意味の 取り扱いに直接関係するものの,統語スキーマとしてはその区別は crucial ではなく,
GN 交替の分析自体には関与しないので,この区別を深く追究することは本稿の範 囲を超えると考える。
11 Complement と Adjunct の区別は項(名詞先行節)の必須性という点でとらえられ ることが多いが,名詞修飾構造の場合,統語的な必須性か意味的な必須性かという 問題がある。Ochi (2001) は,関係節は名詞主要部に対して付加詞的な修飾節
(Adjunct)だが,移動を含まない名詞修飾節は補部(Complement)であると考え,
後者は「可能性」「結果」や形式名詞「こと」「の」が主要部となる場合を代表とす る。Ochi (2001) の指摘はもっともであるが,残念ながら,付加詞的な修飾節と補部 的な修飾節の区別に移動の有無は関係ない。「頭が痛くなる番組」などは,移動は想 定できないものの,あきらかに先行節は付加詞的な修飾節であろう。 結局,
Matsumoto (1997) がフレーム意味論を用いて分析したように,これは統語的な区別 にとらわれず,意味論・語用論的な概念に拠ったほうが,より統一的で妥当な説明 をすることができる。なお,これまで概観してきた分析と同様,ここでも名詞節は,
たとえば「の」を名詞化マーカーのように考えるのではなく,形式名詞「こと」「の」
を主要部とする,名詞修飾節+名詞主要部という型と考えている。
12 このため,Miyagawa (1993) は日本語の DP-SPEC は A-Position でも A’-Position で もありうると主張するが,Ochi (2001) も指摘するように,それはあまりにも stipulative である。
13 Ochi (2001) はMiyagawa (1993) にならい,属格名詞は overt syntax で DP-SPEC に動 いていなくてもよいと考えているので,結局,raising に overt と covert の両方の操 作の可能性があるとした。
14 Sakai (1994) はそもそも他動詞制約はかからない関係節のみを扱っているので,こ のことは問題にならない。Ochi (2001) の場合には,関係節以外のものを raising と
しているが,それでも,直接目的語の存在が co-argument である主語の繰り上げを 阻止するというのは,通常考えられないことであるので,この構造的曖昧性は重大 な問題となる可能性が高い。
15 所有者解釈の可能性などをプロトタイプ的な視点からとらえず,control vs. raising というような統語構造の違いとして離散的にとらえるOchi (2001)では,この構造的 曖昧性と16 もちろん,古典語の「が」「の」の関係については明らかでない点が大 変多く,ここで指摘した範囲を遥かに越えて簡単に解けない問題を多く含んでいる。
Watanabe (1996) は「が」「の」の関係について新たな視点を提供しており,明言は
避けているが,古典語の従属節と接続法の関係を示唆している。しかし,この接続 法仮説には問題が多いことは本稿で論じたとおりで,むしろ,体言止め表現などに みられる日本語の中での名詞(節)の叙述性,あるいは,装定と述定の境界の曖昧 性を示唆しているとも考えられよう。
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