学位請求論文概要書
題名:開放マクロ経済の理論・実証分析 副題:利子率が国際資本取引に与える影響
早稲田大学経済学研究科 博士後期課程4年
北 村 能 寛
1. 本稿の目的
本稿「開放マクロ経済の理論・実証分析」の目的は,各国の金融政策の操作変 数である利子率の変化が,どのようなかたちで国際資本取引に影響するのかを理論・実 証的に評価することである.
今日の世界経済では,EU にみられる地域経済の統合など,経済のボーダレス化 が進んでいるのが現状である.そのような状況下では,多国間との経済的つながりを考 慮した開放経済モデルに基づき,経済政策の効果を分析する必要がある.以下では日本 と米国の 2 国経済を考え,インフレに直面した米国の金融当局が金融引き締め政策を行 うと想定しよう.日本の金利を一定とした場合,米国の金融引き締めによる米国金利の 上昇は日本から米国への資本流入をもたらすであろう.そして,海外からの資本流入が 米国内の貨幣供給増加要因となることで,その資本流入は米国経済への更なるインフレ 圧力となり,当初米国の通貨当局が期待した金融引き締めの効果は限定的なものになる 可能性がある.このように,経済モデルを開放モデルへと拡張して各国経済政策の効果 を評価する場合には,国際資本市場の存在は無視し得ないものとなる.上に説明したよ うに,各国経済政策の発動は,それに反応するかたちで国際間の資本取引を生じさせる.
そして,その国際間の資本移動は様々なかたちで自国・他国経済に影響を及ぼすと考え られる.
そこで本稿は,各国の経済政策の発動がどのようなかたちで,国際間の資本移 動を生じさせるかに注目するものである.特に本稿は金融政策に焦点を絞り,各国の金 融政策の操作変数である利子率の変化が,国際資本市場での取引にどのような影響を及 ぼすのかといったことに注目する.先に述べたように,開放マクロモデルで政策評価を 行う場合,各国の政策発動がどのようなかたちで国際間の資本移動をもたらし,その資 本移動が自国経済にいかなる影響を及ぼすかを考察する必要がある.本稿はその前者の 問題,すなわち,金融政策による利子率の変化がどのようなかたちで,国際間の資本取
引に影響を及ぼすのかに注目する.本稿で注目する国際間の資本取引は,外国為替市場 での取引と経常収支である.経常収支そのものは財の取引として考えられるが,それに 対応した資本取引が発生するので,その意味で経常収支は資本取引として考えることが できる.
2. 本稿の構成
以下の図は,本稿の構成を図示したものである.
利子率と国際資本市場
為替レート変動の確率過程と
情報の到達過程の関係 利子率(収益率)と経常収支
為替レート変動,為替取引と 情報としての利子率の関係
第1章
第2章
第3章
本論文の構成
第1章 為替レートボラティリティの確率過程と情報
本章は円ドル為替レートボラティリティの確率過程を外国為替市場に到達す る情報との関連で考察するものである.
多くの先行研究では金融データの分析を行う際に,経験的なモデルの当てはま りの良さから先決的にARCH型モデルを使用することが多い.そこで,本章では,「な ぜ金融時系列データ(円ドル為替変化率)の確率過程に ARCH プロセスが発生するの か?」を経済学的観点から考察する.
資産市場に到達する情報と資産価格ボラティリティに正の相関関係が存在す る こ と を 理 論 的 に 考 察 し た 代 表 的 な も の と し て , 分 布 混 合 仮 説 (Clark, 1973.
Econometrica 41, 135-155)が挙げられる.この仮説によれば,市場への到達情報が多い ほど価格変化率はより大きくなる.そして,分布混合仮説によれば,市場に到達する情 報が ARCH プロセスを発生させる原因であると考えられる.そこで本章は,分布混合
仮説に基づき,ARCHプロセスの発生原因としての情報に注目するものである.
本章の円ドル外国為替市場での実証結果は,円ドル為替レート日次変化率のボ ラティリティ変動(ARCH効果)が外国為替市場に到達する情報によって説明される可 能性を示唆するものである.この実証結果は,情報の到達が多いほど,資産価格の変動 が大きくなると主張する,分布混合仮説を支持する統計的事実と考えられる.また,前 日の円高,円安ショックが当日の円ドルレートのボラティリティ変動に異なるインパク トを与えるといった,EGARCH モデルで仮定されるボラティリティ変動の非対称性は 確認されなかった.
(公刊済関連論文)
1. 北村能寛「日次為替レート変化率とボラティリティショックの持続性:円-ドル外 国為替市場での考察」『早稲田経済学研究』第57号, 1 July 2003 pp.45-54(早稲田 大学)
2. 北村能寛, 「日次為替レート変化率と GARCH/EGARCH 効果:円-ドル外国為替市 場での考察」『早稲田経済学研究』第60号, 1 May 2005 pp.25-39(早稲田大学)
第2章 円ドル為替レートと情報としての内外金利差
本章は,Clark(1973. Econometrica 41, 135-155)の分布混合仮説を発展させた,2 変量分布混合仮説(e.g., Anderson, 1996. Journal of Finance 51, 169-204 )に関連した理論,
実証分析である.2.2 小節は,2 変量分布混合仮説の理論面からの発展を試みたもので
ある.Andersonらの2変量分布混合仮説では,資産市場に到達する情報は全て取引を生
じさせるものと仮定されるが,本章の2.2小節ではその仮定を緩めたモデルを展開する.
以下は,Anderson(1996. Journal of Finance 51, 169-204)と2章で展開したモデルの異なる 点を比較したものである.
Anderson(1996) 北村モデル
*情報の到達に対して必ず取引が行わ れる.
*到達する情報は(追加的な)取引 を生じさせるものと,そうでないもの がある.
*情報の到達過程を特定しない. *情報の到達過程はポアソン分布 で近似される.
Anderson (1996. Journal of Finance) と,2章の理論モ デルの違い.
次に,為替市場に到達する情報と,円ドル直物レートならびにその取引量の関
係について実証分析する.この実証研究の特色は,①情報として日米金利格差に注目し たこと,②短期と長期金利格差のそれぞれの情報としての円ドル為替レートに対する影 響度の違いを考察していることである.
日本がゼロ金利政策を実施する状況下でのFederal Fund(以下FFと略す)レー トとコールレートの短期内外金利差の変動は,主としてFFレートの変動によってもた らされるものである.そして,そのFFレートの変動はラグを伴うかたちで情報の代理 変数に有意な正の影響を持つことが統計的に示された.この統計的事実は,FF レート が将来経済を予測するインフォーマティブな変数であり(Bernanke and Blinder. 1992.
American Economic Review 82(4), 901-921),そのFFレートの変動が市場参加者の期待 形成に影響を及ぼして為替取引を生じさせると解釈される.
一方で,日米長期金利格差の変動が予期されない取引量に正の影響を当期中の み及ぼすことが統計的に確認された.この事実は,日米長期金利格差の変動は投資家の 国際ポートフォリオ調整をもたらし,それに付随した瞬時的な為替取引が生じるといっ たことに関連があると推測される.
(公刊済関連論文)
1. Yoshihiro Kitamura and Hiroya Akiba. 2006. Information arrival, interest rate differentials, and yen/dollar exchange rate. Japan and the World Economy 18(1) , 108-119.
第3章 利子率の影響を考慮した経常収支の現在価値モデル
本章は,経常収支の動向と利子率の関係に注目するものである.第 1,2 章で は,利子率の変化が情報として,為替取引にどのように影響するのかを円ドル為替レー トのデータを用いて実証分析した.第3章では,利子率の変化が経常収支に及ぼす影響 を,代表的個人の最適化行動から理論,実証的に考察する.
本章の具体的なアプローチとしては,国際資本市場での利子率の変動に影響を 受ける異時点間消費平準化行動を考え,その行動から導かれる経常収支の変動に注目す る.利子率の異時点間の消費行動に対する影響とは以下に説明されるものである.現在 の国際資本市場での利子率が将来予想される水準よりも高いと考えれば,消費者は現在 の消費の一部を国際資本市場で貸し付けることで将来より多くの消費を行うことが可 能となる.そのような消費者の異時点間行動を考えれば,経常収支の動向は国際資本市 場の利子率と関連があると推測される.
本章は,Bergin and Sheffrin(2000. Economic Journal 110, 535-558)で展開されたモ デルを応用して,利子率が一定とされる従来の経常収支の異時点間モデル(simple model)
を,利子率が可変的なモデルへと拡張した.利子率としては,短期金融市場金利(market model)と株価収益率(stock model)を考え,simple, market そしてstockモデルをそれぞれ 実証分析し,それらの現実の経常収支に対する説明力を比較した.そして,異時点間の 消費行動と国際株式市場の収益率(先進7カ国の株式市場平均収益率)との関連を経常 収支のモデルに組み入れた場合,そのモデルが現実の経常収支の動向を非常に高い精度 で予測することが複数の国のデータを用いた分析で判明した.
上述した本章の結果は,代表的個人が自らの恒常所得を一時的に上回る部分の 所得を対外的に貸し付けることに加えて,その貸し付けを行うことで得られる収益率を も考慮して代表的個人は行動するものと解釈される.加えて,対外資産に占める株式保 有の割合が低水準である日本で,世界株式収益率を考慮した異時点間モデルの,現実の 経常収支に対する説明力が極めて良くなるといった,一見すると奇妙な実証結果が得ら れた.この事実は,世界株式収益率が,収益としてのみでなく,経済の先行きといった 自らの恒常所得に関わる情報として,代表的個人の異時点間消費行動に影響するという 側面から解釈される. すなわち,経常収支の異時点間モデルに,恒常所得に関する情 報の代理変数(株価収益率)を導入することで,より正確に,代表的個人の異時点間消 費行動が計測できるといった可能性を示したことが,3章の貢献である.
(関連論文)
1. Yoshihiro Kitamura. 2004. Interest rate and present value models of the current account.
presented at 57th International Atlantic Economic Conference Lisbon, Portugal (11 March 2004)
2. 北村能寛、「利子率の影響を考慮した経常収支の現在価値モデル」日本経済学会春 季大会(京都産業大学)5 June 2005