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ブランニングの"Rabbi Ben Ezra"① に見られる人生の意味と価値について

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ブランニングの"Rabbi Ben Ezra"① に見られる人生の意味と価値について

渡 邉 清 子

は じめに

筆者がRobertBrowningの詩集をひもといてか ら早60飴年の月日がすぎ去っ て しまった。当初私の如 く英語力のまだ足 りなかった若輩 の者 にとっては、 こ の詩人 はむづか しくて歯が立 たないであろうと言われた。 しか し相当なあまの じゃくだった私は、それ以来 とにか くこの詩人にとりつかれたように、 こつ こ つ と勉強を始めて今 日に至 った。

老年を迎えた今、Browningの言葉 に励 まされ、老 いの賛歌である "Rabbi BenEzra"について書 く機会 に恵 まれ、幸を歯み しめている次第である。

̀RabbiBenEzra'' について

1936年の2・26事件を目撃 した筆者の学生時代 は軍部の荒々 しい靴音が 日本 国中にこだま した時であった。筆者 はその頃、 日本の将来 はともか くとして、

これか ら世界を、否宇宙を、拓がそうとしている目に見えない巨大な大 きな力 が克 くのを感 じ、暗滑々たる気持 に落ち込んでいた。その当時の若者たちがよ く考えたように筆者 も、人生 とは何か、我々の生 きる目的 は何か等 と考え、果 しない懐疑的な思想の虜 になっていた。

そのような或る日、たまたま図書館で開いた欝藤勇の 「英詩鑑賞」 の中 に

掲載 されてあ ったBrowning "RabbiBen Ezra"の研究 に出合 った。 思想 (9 本論文に引用される詩は下記の全集からのものである。

SirF.G.Kenyon:(Withintroductionby);TheWorksofRobertBrow‑

ning:CentenaryEdition inTenVolumes,(AmsPress,Inc.,New York,1966)Vol.4 J

(診 霜藤勇詳註 :英詩鑑賞上巻」(研究社,東京1924).

(2)

的な大傑作である此の作品によって筆者 は目の前を閉ざ していた暗雲が開けた ような感激をおぼえた。 それ以来 この作品に盛 られた思想 によってどれだけ力 付 け られ、励 まされてきたか計 り知れない。去 る1969年 にアメ リカのアポロが 月面着陸を果た した時、筆者 は思 うことがあ り、大学で発行 されている論集の 中にRabbiBenEzra関することを少 し書 いた ことが ある。 が今又人生 の大 きな節 目に区切 りをっけるにあたり、 もう一度 この作品を くわ しく読 み直 し

"themeaningandvalueoflife''を考えて見たいと思 う次第である。

BenEzraは凡そ1092年 にSpainToledoで生れ、1167年 にItalyRome で死んだユダヤ教の ̀rabbi'即ち律法学者であった。そればか りでな く彼 は天 文学や医学 にもよ く通 じ、旧約聖書の注釈者 として も有名であった。彼は一名 IbnEzraともAbenezraとも呼ばれている。彼の著作物 は概ね五十歳以後の円 熟期 に書かれた ものと言 われる。その思想内容は大体Browningのものと似通っ ていて、老年礼賛の人生観を もっていたとされる。 しか しBrowningが昔 日に 魂存 していた歴史上の人物BenEzraに多少影響 され、その名を借 り、一人の 登場人物 を仕立て上 げた。 しか し彼 はあ くまで も自分 自身の信 じる所を明確に 丹念 に、soliloquyの形で述べさせているのである。 この点 につ いて、Robert Browningの ことを個人的に熟知 して居 り、彼の詩を全集に編み発行 したF.G.

Kenyonが、 コメン トを しているので引用 してお く。

Brownlng Wasfond ofoutoftheway scraps of Rabbinical learnlng,butalthoughthethoughtsexpressedinthepoem have somerelationtolbnEzra'sownoplnlOnS,theirvalueaspoetry isindependentofanydramaticfitness.Thepoem‑ isadirect andpersonalutterance‑ ;anditdeservedlyranksamong the bestloved。fhislyri

Kenyonのいうようにこの詩 に盛 られた思想 はBrowningの独 自の ものであ ると言 ってよいであろう。

SirF.G.Kenyon;TheWorks:Vol.IVpp.XX〜XXXI

(3)

"RabbiBenEzra"1864年に、Browning52歳の時、DraTnatisPeTSOnae (登場人物) という詩集の中に初めて所載 され、出版 されたのである。 しか し

この作品がいっ書かれたものか時期 はさだかでないらしい。

Kenyonは大方1859‑60年 の問 であろうと言 うがWilliam ClydeDeVane によればこれは1862年前に完成されていなか った可能性があるという。その理 由として彼 は次のようなユニークな発言を している。 "Itseemslikelythat thesparkwhichcausedBrownlngtOWritethepoem wasunconsciously suppliedbyEdwardFitzGerald.Fitzgerald had printed thepamphlet,

TheRubhiyhlofOTnarKhayyiln,in1859," それで もまだそれ はどこ でも販売 されていなか ったのをDanteGabrielRossettiA.C.Swinburne 手に入れて来て読んだ らしい。FitzGeraldによるその訳詩をおそ らくRossetti が親 しか ったBrowningに読 ませ たのだろ うとDeVaneは推測す る。 その理 由ば '‑Browning'sphilosophyoflifewhichheputsintothemouthof theRabbi,meetssqllarelythewayoflifewhichislaid down bythe Persiantentmaker."だか らだと証言する.殊 に "RabbiBenEzra"の中の

26‑32連の potter'swheel'のイメー ジの扱 い方 が彼独特 の もので あると言 。BrowningTheRubAiyatの影響 を うけた、 うけな いの論 争 はW.L.

PhelpsE.LCary等多 くの研究者の反論 に合い、下火 とな った。 それ はBro wningの詩の方が種々なる学究的な証明により、彼の独 自性が見え、優れてい

ると言 うので、多 くの支持者を得たか らである。

筆者 はかつて E.FitzGerald RubiiyitofOmarKhayydm‑その成 り 立ちと思想について」 という小論 を書 いた ことがあ る。 その時筆者 は Brow‑

ning RabbiBenEzra" "Rubaiyat"の思想 と正反対 なものである こと

@ William ClydeDeVane:A BrouJningHandbook(F.S.Crofts&Co., New York,1935)p.259

@ laid"p.259.

「日本女子大学英米文学研究」第6 (1971年)

(4)

を指摘 したo"RubAiyAt''は "Eat,drinkandbemerry,fortomorrow we die''と端的に言えばepicureanism的剃那主義の思想を主張 している。 それに 反 してこれか ら読んで行 く "RabbiBenEzra"は人生の深遠な る意味 とその 価値を解 き、人々に生 きる希望を湧 き上が らせる力強さを もって迫 って くる所 がある.Browning "RubAiyat"を読んで、刺激されて詩を書いたか否かは 別問題 として、 こ ゝに、異なる二つの思想の対決をみる思 いがする。窮極的に は種々なる論争があったにもか ゝわ らず、DeVane ̀Thepoem ischiefly

valuableasanexpressionofBrowning'sownfaith" と評価 し、更に "Rabbi BenEzrahas,ofcourse,becomeoneofthemostfamousand most popularofBrownlng'spoems,perhapsbecauseitexpressesbetterthan anyotherpoem thepeculiarqualityofrobusthopeandcheerfulness

whichisBrownlng'scontributiontothespiritofEnglishliterature."

と高 く賞賛するを惜 しまない。

さて、以上のような論争はまだ多 くあるとして も、それはさておき、筆者は この偉大な詩その ものに目を向けて行 きたい。"RabbiBenEzra"は各連6 からなる詩で、32連続 きの読みごたえのする長編 ものである。いっ ものことな がら、Browningの作品は訳 しただけでは理解 し難い。それで今回 も訳 を施 し たり、解釈を試みたりして、詩人の意 とする所を出来 るだけ正 しく汲み取るよ うに努力 してみたいと思 う。

最初の一連は序文的な役割をもつ。初めの一連 と二速をよむと詩人は話の聞 き手を一人の若者 と想定 しているように思われるかも知れないが、読んで行 く うちにどうもそれだけではなく、老人 も含めてあ らゆる層の人々に語 りかけて いるsoliloquy(独白)のように思われて くる。詩人はまず次のように人 々に 呼びかける。

@ W.C.DeVane:A BrowningHandbooh'.lP.260

@ Ibid.,p.260.

(5)

Grow oldalongwithme!

Thebestisyettobe,

Thelastoflife,forwhichthefirstwasmade:

OurtimesareinHishand

Whosaith "A wholeIplanned, 5

"Youthshowsbuthalf;trustGod:seeallnor beafraid!"

さあ、 さあ、老いたるものよ、若 き者のよ来れ、私 と共に老いて行 こう !老 いについて考え、語 ろう。人生に於 ける最高最善の時はまだ来ていない。 これ

●●●●

か らだ。生命の終 り (っまり最高の時、詩人にとっては神のもとにみまかる日) のためにこそ、いのちの初めはあるのだ。生命の初めは円熟 した老年を、又終

りの時を迎える準備の時である。地上において我々に与え られた時は皆、神の み手のうちにある。その神はか く言い給 う、「凡てことを私が企てた。青年 の 時は一生の半ばにしかす ぎない。神を信 じよ。広い視野ですべてを見よ。そ し て恐れるな !」 この一連 はまさに老境の大切 さ、その意味の深さを費え、教え ている。 と同時に神を信頼 し、 その前 にぬかず き、 凡てを委ねまつ る人 間 Browningの面影を しのばせている。今見て来たように彼は老齢の大切 さを説

きそれを賛美する。

英国で も例にもれないことであろうが、現代の日本では老齢化が非常な速度 で進み、老人問題が国家の一大事 となり、その対策を講 じるため、あれこれと 討議が重ねられている。老いた人々は寄 る年波に抗す、すべ もなく、心細 く、

辛いおもいに閉ざされている。 これ らの人々に対 してBrowningは何 と慰め、

励ましの言葉を述べ られるのであろうか。

第二連から四連までほ人生の尊 さ、貴重 さ、等の理由を述べて行 く所である。

第二連を見てみよう。

(6)

Notthat,amasslngflowers,

Youthsighed "Whichrosemakeours,

"Whichlilyleaveandthenasbestrecall?"

Notthat,admiringstars,

Ityearned "NorJove,norMars;

̀Minebesomefiguredflamewhichblends,tran‑

scendsthem all!"

10

若者たちが数多の花を山程積みあげて、「どのば らを我が ものに しよ うか、

どの百合 を、 これぞ最高のものよ、 と言えるように残 しておこうか」等 と溜め 息をっいたりす るのを、私 はとがめだて しようとす るものではない。又空 に瞬 く星 を仰 ぎつ我の求 める星 は木星ではない、 さりとて火星で もない、我が あこがれ望むのは、それ ら凡てをまぜ合わせた、それ らに勝 る美 しい炎の如 く 輝 けるもの !」 となげき、切望 したとして も私 は非難 しようとは思わない。詩 人 はその理由を以下の如 くのべる。

Notforsuchhopesandfears Annullingyollth'sbriefyears, Dolremonstrate:follywidethemark!

RatherIprlZethedoubt Low kindsexistwithout,

15

Finishedandfiniteclods,untroubledbyaspark.

花や星 に対す る思 いや、恐れのために,短 い青春を没頭 させ、無駄 に してい ることを、 どうして私が とがめだてするであろうか。 それは当た らざる、考え も及ばぬ愚かなことである。それ とは反対に私がむ しろ重ん じ、大切 に思 って いるのは懐疑の心や、あれこれと思 い煩 い不安になる心である。即ちこれ らは

(7)

向上心の源 となるものであるか らである。 これ らの ものは一つの輝 く閃光 にも 心動かす ことのない、 これ以上発達す ることもない、完成 した、有限な土 くれ の如 きもの ゝ持 ち得ぬ宝であるか らである。Browningはすでに完成 し、 成長 する余地なきもの、又疑惑や感動を持たぬ者 は、土 くれにも等 しい人間 とみな

し、卑 しい動物 に等 しい ものと考えていたか ら、 こう言 うのであった0

V

Poorvauntoflifeindeed,

Weremanbutformedtofeed 20 0njoy,tosolelyseekandfindandfeast:

Suchfeastingended,then Assureanendtomen;

Irkscarethecrop‑fullbird?Fretsdoubtthe maw‑crammedbeast?

Ⅲ連 に述べたような心 を持たぬ人が もし歓楽のみを求め、それを得て、それ に飽 きたり、貧 り食するように造 られていたな らば、宴楽が終わった時には人 間共の終 りが くるだけである。誠 にそれは何 とあわれな人生の誇 りというべ き か。食べ飽 きた烏が愁いや悲 しみのため苦 しむ ことがあり得 るだろうか ?満腹 した獣が懐疑の心を抱いて焦燥す ることがあり得 るだろうか ? (歓楽のみを追 い求める人間はこの禽獣 に等 しいもの、 との意)

V Rejoiceweareallied ToThatwhichdothprovide

Andnotpartake,effectandnotreceive!

A sparkdisturbsourclod;

NearerweholdofGod

25

(8)

WhoglVeS,thanofHistribesthattake,Imust believe. 30 創世記 Ⅰ章26節 に記 されている如 く、神はこの世を創造 され、神御 自身の姿 に似せて、入校を造 られ、万物を世に与え給 うたO神 は与え給 うたが、他より 何 もの も受 け取 られない。備え給 うが、取 り給わぬ。その神の法に従 って我々 が生 きることが出来 るのは、何 と喜ば しきことよ !天 より与え られた輝 く知性 の光 (spark)はより高 さを求める我 らの体 と心 とをゆすぶ り、 奮 い立 た しめ る。神 より貴 り取 る人間 (生物)達よりも我 らは神により近 くあるを信ず。

されば こそBrowningは次の如 く我 らを励 ます。

Then,Welcomeeachrebuff

Thatturnsearth'ssmoothnessrough, EachstingthatbidsnorsitnorstandblltgO!

BeourJoysthreepartspalm!

Strive,andholdcheapthestrain; 35 Learn,noraccountthepang ;darenevergrudge

thethroe!

神 は我々の側に立 ち常 に我 らと共にある。それ故、我々のこのなだ らかな大 地を覆 し、凹凸だ らけに粗 くし、居て も立 って も居 られないような困難を与え、

なお前進せよ、 と迫 まられて も、それ らの苦 しみを喜び迎えよ。我 らの喜 びは 三倍の苦 しみと見 よ !即 ち喜 びの四分の三 は苦 しみ とみよ !励めよ、我 らに求 め られたる努力を惜 しむなかれ。学べ、苦痛を数え立てずに、戦え、死の苦 し みさえ も厭 はずに !

Forthence,‑aparadox

(9)

Whichcomfortswhileitmocks,‑

Shalllifesucceedinthatitseemstofail:

WhatIaspiredtobe, Andwasnot,comfortsme:

40

A bruteImighthavebeen,butwouldnotsink i'thescale.

上記の連では人生を一種の学 び舎 とみな していることがわか る.我々の一生 はより高 さを望み、それに到達 しようと努力する為 にある。 しか しもし自分が 懸命に努力 して も、敗北 したな らば、それはかえって自分を力づけ、希望を持 たせ ることになる。つまりそれは日本で言 う 「負けるは勝ち」 という逆語 に当 ると言 う。敗北 して もそれが行 き詰 まりではな く、次の勝ちを得んがため、努 力 し、励 まうとする希望を湧 き立 たせるものとなるか らである。 それ故、 「我 憧れたれど、成 し得ず」 ということは、逆説的にみえるか も知れないがそれは む しろ私を慰める。 それは進歩することを望まぬ進歩なき獣に成 り下 りそうだっ たのをそうさせずにすんだか らである。

Whatishebutabrute Whosefleshhassoultosuit,

Whosespiritworkslestarmsandlegswantplay? 45 Toman,proposethistest‑

Thybodyatitsbest,

How farcanthatprojectthysoulonitsloneway?

Ⅷ連では霊 と肉との関係 に触れて行 く。肉体その もののみに迎合 し、霊 の悩 や憧れに頓着 しない精神 しか持たぬ人間、又いたず らに手足を動かす こと しか 知 らない心 しか持たぬ人間は、獣でな くて何であろうか ?彼 に次の問題を投げ かけてみよう, 一汝の肉体がどんなに優れていて も、宇宙の大 いなる霊 (kuni

(10)

versal soul")と離れていれば、汝の肉体に結ばれいる孤独な霊の働 きはいか なるものとなるか、それを助成することが出来 るかどうか一考えてみよ、 と。

その時は精神を主体 とし、肉体 はその従であるとすれば良 いであろう0

Yetgiftsshouldprovetheiruse:

IownthePastprofuse

Ofpowereachside,perfectioneveryturn : Eyes,earstookintheirdole,

Braintreasuredupthewhole;

Shouldnottheheartbeatonce "How goodto liveandlearn?"

50

前の連でBrowningは肉体よ りも霊を重ん じているかのような表現を してい る思われる所があ ったか もしれない。が決 してそんな ことはない。 ただ霊的な ものを全 く伴 っていない時のことを警告 しているにす ぎない。彼は決 して肉体 を卑 しめるような禁慾主義者ではない。彼 は神の造 り給 うたものは皆有益なる もの、即 ち神 よりの ̀gifts'即 ち賜物 と考えていた。 た ゞ、人間 にあたえ ら れた機能にはそれぞれの大切な素晴 らしい効用のあるを忘 れて はな らない。若 か りし頃、過 ぎし日々に於 いて肉体はあらゆる点で力 に満 ち満 ち、凡ての方面 に優れ、完壁であ った。 目も良 く見え、耳 もよ く聞 こえ、頭脳 は明噺であり、

凡てのことを完全 に秘蔵す ることが出来た。今まで生 き甲斐ある日々を送 って 来た。それな ら心臓 も高 らかに 「生 き且つ学ぶ ことはいかに幸なるかな !」

と鼓動 して もよか ったのではないだろうか ?と彼 は神 の給 うた肉体の素晴 らし さを費える。

ついでⅩ連では神 に与え られた勧業に感謝 と讃美を捧 げる.

(11)

Notoncebeat "PraisebeThine! 55

"Iseethewholedesign,

"Ⅰ,whosaw power,seenow loveperfecttoo:

"PerfectIcallThyplan :

"ThanksthatIwasaman!

"Maker,remake,complete,‑ItrlStWhatThou shaltdo!" 60 老いて達観の境に至 った1人の人目 く :心が何回どきどき したことか、「御 神ははむべきかな !御神の御経給 と御計画を悉 く我は見た。先には御神の全 き 力を、今や、全 き愛を も見 る。我 は御業の全きを費え、人 として生れ出でたる を感謝 し奉 る ・造 り主なる御神よ、我を新たに更生せ しめ、悔いなき完 き老後 を与え、永遠の生命を授け給わ らんことを。我 は御神のな し給 う凡のことを信 頼 し奉 る。」 これは詩人の神に対す深い愛の告白である。

XI

Forpleasantisthisflesh ; Oursoul,initsrosemesh

Pulledevertotheearth,stillyearnsforrest;

WouldwesomeprlZemighthold

Tomatchthosemanifold 65 Possessionsofthebrllte,‑gainmost,aswedid

best!

すでに明 らかにした如 くBrowningは神の給 うた肉と霊 とを共に尊んだ。 こ の連にもよくそれが伝え られている。彼は率直に現 し世を肯定 し、次のように 大胆に言 う。肉の生活 は何 と楽 しいことか。我が霊はそれを包む肉にまつわる 快楽や欲望故に、安 らぎを求め、憧れを抱 きつつ も、絶えず地下に引き下ろさ

(12)

れている。我 らもこの美 しいば ら色の肉体が もっているものに匹敵するような 宝を手 に入れたいものと思 う。 もし我 らの霊が最善をつ くすならば、最高のよ きものをっかみ得よう。 しか し肉体がわが霊を助け、霊 も又それに応 じて最善 をつ くすな らば報償 も多 くなり、霊肉一致の良 き業の実現が見 られることにな るものだ、 と説 く。

‡】

Letusnotalwayssay

"Spiteofthisfleshtoday

"Istrove,madehead,gainedgrounduponthe whole!"

Asthebirdwingsandsings, 70 Letuscry"Allgoodthings

"Areours,norsoulhelpsfleshmore,now,than fleshhelpssoul!"

今 日私達 は肉の悦びを禁 じ、 これを避けて、務にはげみ、懸命に突進 した

●●●

ので、かな りの進歩を した」といっ も言わないことにしよう。 こゝで注意 した

●●●● ●●●● ●●●

いのは詩人が大いなる進歩 と言わないで、かなりの又は相当の進歩 と言 った所 である。粗食 と禁欲に耐え難行苦行 して も差程の大進歩があったわけではない か ら、そんなことを誇 りに しないで肉体 も大事にした方がよい、 と多少皮肉を 言 っているように思える。烏が大空にはばたき、 うたうように、我 らも 「凡て の善 さものは我 らのもの、今や肉が霊を助ける以上に、 もっと霊が肉を多 く助 けている、 とは言えない、 と叫ぼうではないか !」 とい う。 即 ち この連では

霊肉相互の助け合い」を強張 しているのである。

) Thereforelsummonage

12

(13)

Tograntyollth'sheritage,

Life'sstrugglehavingsofarreacheditsterm : 75 ThenceshallIpass,approved

A man,forayeremoved

From thedevelopedbrute;agodthoughinthe germ.

上記の如 く霊肉併行論を提唱 して来た詩人 は老人を呼び出 し、論を展開 して 行 く。老いたる人 も、彼の初めの半生に於いては青年特有な借や懐疑や、様々 な苦 しみを経験 して来た。 しか しそれを経て来たればこそ、今それ らが彼の後 半生に役立 っていることを認めな くてはならない。そして今彼は人生の半ばを 過ぎ、人生の戦いは終 りに近ずいた。 これか らは一人前の人 として認め られ、

進化 した獣の域を脱却 し、いまだ未熟なが ら神性の芽生え らしきものをもって 進み行きたいものである。

刃V

AndIshallthereupon

Takerest,ereIbegone 80 Oncemoreonmyadventurebraveandnew:

Fearlessandunperplexed, WhenIwagebattlenext,

Whatweaponstoselect,whatarmourtoindue.

年老いて、神の御姿に似た微々たる我なれど、来世で再び、新 しい勇敢な冒 険的戦いにいどむ前に休みを取 って置 こう。善 く戦 うためには善 く憩うことが、

大切であるか ら、戦いにて、いかなる武器を選ぶべきか、いかなる鎧を用いる べ きか等 と、恐れ、 まどうことはせぬ。常 日頃それらのものは準備 してお くべ きものだか ら、とBrowningは彼特有の来世観をこゝで述べている。 この思想 は必ず しもユダヤのAbenezraの もの とは限 らない。Browningの他の作品の

(14)

中に度々 この来世観 はみ られるか らである。

)Ⅳ

Youthended,Ishalltry 85 MygalnOrlossthereby;

Leavethefireashes,whatsurvivesisgold:

AndIshallweighthesame, Givelifeitspraiseorblame:

Young,alllayindispute;Ishallknow,beingold. 90 我が青年期 は終 った。今や老境 に入 りたる故 こ ゝで我が青春 は成功であった か否か調べてみよう。燃えて灰 になったものは、そのま ゝすてお くがよい。 し か し燃えずに残 るものは黄金である。我はその黄金‑つまり己の誠 に貴 いもの や所業‑を計 りで量 り、その目盛 りによって、我が人生の誉れの高 さか又低さ かの価値を定 めよう。青年期には万事が疑問の中にあ り、判断は定め難 い。 さ れど、老 いてこそ初めて己を知 り、 もの ゝ真贋が定まるものである、 と言 う。

この思想 はこの詩の書 き出 しの初めの所 と、深 い関連があることに注目したい。

ⅣI

Fornote,whenevenlngShuts, A certainmomentcuts

Thedeedoff,callsthegloryfrom thegrey:

A whisperfrom thewest

Shoots "Addthistotherest, 95

"Takeitandtryitsworth:herediesanother day."

みよ黄昏の暗い雲が空を披い、一 日が暮れようとする時、我 らも一瞬仕事を 止めて、灰色 に薄れ行 く余光の中で、その日一 日のことを振 り返 りみる。その

(15)

時、静かな声が西方より聞こえて来 る。「過 ぎ去 りし日々に、今 日の この一 日 をも加え、その真価を調べてみるがよい。 こゝに又一 日がすぎ去 ったではない か」 と。

So,stillwithinthislife, Thollghliftedo'eritsstrife,

Letmediscern,compare,pronounceatlast,

"Thisragewasrighti'themain. 100

"ThatacquleSCenCeVain:

"TheFutureImayfacenow Iha,veprovedthe Past."

そこで、今まで老年に至 るまで、人生の苦悩や苦闘を乗 り越えて来たとはい え、今現世にあるうちに、越 し方をよ く見わきまえ、あれこれと比較 し、反省 してみる必要がある。「血気にはやって、やったことが、 おおむね正 しか った だろうか、又忍耐 して黙従 したことは無駄だったのか等 と判断 してみた。そ し て私は今この過去の経験をもとにして未来に立 ち向かって行 くことが出来 るの である。

Formoreisnotreserved Toman,withsouljustnerved

ToacttOmorrow whathelearnstOday: 105 Here,workenoughtowatch

TheMasterwork,andcatch

Hintsofthepropercraft,tricksofthetool'strue play.

15

(16)

人の力には限 りがある。今 日学んだことを明日行 う。つまりその日、その日 の仕事をす る力 と能力 しかない人々がいる。彼 らは此の世では弟子が師匠の仕 事の仕方を見習い、その仕事の秘訣を学び、使用する道具がどのような役目を 果 しているか等、熱心 に努力 して学 ぶが よい と奨 励 す る。 年老 いたBro wning ̀Master'即ち造 り主なる神のイメージを用 いて、我 々凡人 は各 自 に与え られた使命を果すための心得を習得するため、天賦の才能をいかに生か して役立たせ るべきかを学ばねばならないと説 く。そ してそのために我々は主 なる神の卸業に従い、示 されるがま ゝの道を歩 きたい、 との願望を披歴する。

次の連 に入 るといかにも詩人 らしい雄々 しさが見えて くる。

Asitwasbetter,youth

Shollldstrive,throughactsuncouth, 110 Towardmaking,thanreposeonaughtfoundmade:

So,better,age,exempt

From strife,Shouldknow,thantempt Further.Thouwaitedestage:waitdeathnorbe

afraid!

若者 は己の技の未だに拙 さをさとり、技を苦心 して研 き、 自らのものを創作 する方が、すでにあるものをあてに して安住するより遥かに良い。 しか し試練 を経て来た老人たちはこれ以上に冒険を企てたり、細かいことに心惑わされた りせず、真理を見極め、英知を養 うことに心す るとよい。「汝」 は我が老齢 に 達することを心待ちに していた筈だ。それ故、 もはや死を覚悟 し、恐れること

はない筈。

詩中の114行は詩人自らの深い内省の独白として受けとめ られ、彼の達観 し た境地が伺われる。

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