──
はじめに人間の歴史において、ものをつくることは文化・文明の発展を促し、社会を構成する基 礎となってきた。人間は直立歩行により自由になった手で道具を使い、ものをつくるよう になった。人間が道具を使うことによって文化・文明を発展させてきたと同時に、道具を 使ってものをつくることによって人間が形成されてきた。人と道具の相互作用の意義が認 められ、教育思想史の上でも多くの教育学者がものづくりの教育的意義について述べてき た。現代の教育実践においても、子ども・青年がものをつくることにより成長・発達する ことが、数多く報告されている。
現代の日本では科学・技術は高度に発展しており、製造業が国民総生産にしめる割合は 高い水準にある。まさに日本は「技術立国」であるということができる。ところが、もの づくりの教育となると、必ずしも充実しているとは言い難い。我が国では、普通教育にお けるものづくりの教育は、学習指導要領を見れば小学校の教育課程には教科として明確な
063
和光大学現代人間学部紀要 第4号(2011年3月)
ものづくりの教育思想の歴史と構造
ものづくりの教育における陶冶と訓育 鈴木隆司
SUZUKI Takashi
【要旨】近代の教育課程で、ものづくり・技術に関する教科は、最も据わりの悪い教科で あった。一方、ものづくりに関わる教育実践はこれまで多くの成果をあげてきた。そのた め、ものづくり・技術の教育に対する考え方は、一定の了解を得るに至っていない。本研 究はこうした問題意識にたち、近代公教育の開始期であるフランス革命期の教育改革論争 から、ものづくり・技術に関する教育思想の基本的な論争点を示すことを目的とする。こ の時期の典型的な教育論であるコンドルセ及びルペルシェの教育に関する提案を検討した。
結果、自然科学や機械学を中心とする職業陶冶的な技術教育思想と手の労働を中心とする 訓育的なものづくり教育という考え方が論争点となっていたことが明らかになった。本研 究では、それらの教育思想が形成された背景を示し、その構造を明らかにする。
── はじめに
1 ── フランス革命期の教育思想に関する先行研究の成果と課題 2 ── コンドルセ案にみるものづくり・技術教育の構想 3 ── ルペルシェ案にみるものづくり・技術教育の構想 4 ── ものづくり・技術教育思想の形成に関する社会的状況 5 ── 初等教育におけるものづくりの教育
位置づけがされていないことがわかる。図画工作科における「工作」は、その位置付けか らみて芸術教科であるので、本研究にいうものづくりの教育には該当しない。中学校では
「技術・家庭科」における「技術分野」が教科として存在するが、週あたりの時間数は1年 生で1時間、2年生で1時間、3年生で0
.
5時間と全教科中最低の時間数しか保障されてい ない1)
。高等学校においては、専門高校や総合制高校において工業や農業と言った教科が 存在するが、すべての生徒が履修できるようにはなっていない。このことから考えると、我が国の普通教育における学校教育で、子どもたちがものづくりについて学ぶことが出来 る時間は極めて少ないと言うことが出来る。
さらに、現代を生きる子どもたちはものをつくる機会が少なくなりつつある。「子どもの 手が虫歯になった」という指摘がされたのはすでに1970年代であり、その後こうした状況 は改善される兆しはなく、現在に至っている
2)
。こうした現状を顧みて、小学校からもの づくりの教育を振興させようという動きがある3)
。教育実践の上でも、ものづくりに関す る教育がさまざまな形であまた取り組まれてきている。それらの取り組みを見ると、それ ぞれについては極めて重要な問題提起がなされており、ものづくりは教育的に意味のある 活動であるという点では大方の意見が一致していると言えるだろう。ところが、それぞれの教育実践や研究では、ものづくりの捉え方が多様であり、どのよ うな教育内容が保障されるべきなのかという点では意見が一致しているとは言い難い。公 教育にとってどのような教育内容を保障するのかという議論がなされないまま教育実践が 取り組まれているので、その成果がまとまってひとつのものとなり、教育課程の編成に影 響を及ぼす力となっていくことが難しいと考えられる。
そこで、本小論では、これまでの公教育の中でおいて、ものづくりに関する教育内容が どのように捉えられてきたのかという思想史的背景を検討する。公教育におけるものづく りの教育を教育思想史的側面から考察して、ものづくり教育の内容構成に関する考え方の 一端を示したいと考える。とりわけ、公教育の原点ともいえるフランス革命期の教育思想 におけるものづくりの教育に着目して、どのような教育思想がどのようなものづくり教育 の構想と結びつき、その教育内容を構成するに至ったのかというその構造を示すことを目 的とする。
これまでのフランス革命期の公教育思想史における先行研究では、主にコンドルセル案 及びペルシェ案が典型と見なされ、比較検討されてきた。本研究でも先行研究に則り、こ の2案を取り上げ検討する。それぞれの案にみるものづくりの教育内容に焦点を当て、比 較検討して考察する。
1──
フランス革命期
の教育思想
に関
する先行研究
の成果
と課題
周知のように国民全体を視野に入れた公教育の構想は、歴史的にはフランス革命期に本 格的に登場する。これまでの先行研究では、国家の義務としての公教育保障(コンドルセ)、
あるいは子どもの権利保障としての国民教育(ルペルシェ)に代表的な公教育の構想が検討 されてきた。例えば、堀内守は「
A
型のごとく『自由の原理』と『進歩の思想』を基本原 理として『公教育』(L’instruction publique
)を位置づけるもの(典型‐コンドルセル案)とB
型 のごとく『平等の原理』と国民意識→近代ナショナリズムの原理を基本原理として『公教育』(
L’éducation publique
)を位置づけるもの(典型‐ルペルチエ案)を両極として整理してみることができる」と2つの論をフランス革命期の公教育論の典型として見ている
4)
。堀尾 輝久はコンドルセを「市民革命の代表的なイデオローグの一人であり、また公教育論者と しても有名なコンドルセの教育思想を中心に、市民社会思想と公教育論の内的連関を検討 しよう」としている5)
。堀尾はコンドルセを典型としてとらえたことについて「フランス 革命を、ブルジョア革命として把握する以上、モンタニヤールの公教育論よりも、コンド ルセのそれをみる方が問題への有効な接近だと思う」として、公教育問題への接近として は、この両者の教育論をみていくことの方法論的妥当性を主張している6)
。松島均は、「革命期に出現した多数の公教育計画を、教育の自由と教育の統制、および知 育主義と訓育主義の視点より分析し、革命における公教育制度の成立過程を、基本的には 自由主義的知訓育主義の公教育思想と、統制主義的訓育主義のそれとの対立抗争のプロセ スとして、有機的かつ整合的に理解する」としている
7)
。松島のこの視点は、フランス革 命期の教育を考察する際、これまでの先行研究に一定の影響を与えてきた重要な視点であ ると考える。本小論においても、こうした先行研究の分析的視点に基づき、コンドルセ案 及びルペルシェ案を対象として、それらに展開されたものづくり教育、技術および労働の 教育に関する論点についてみていく。さらに、技術教育という観点から先行研究を検討してみよう。アントワーヌ・レオンは コンドルセおよびルペルシェ案について次のように述べている
8)
。「コンドルセは学校に『機械あるいは織機の見本、気象器械あるいはいろいろな博物標本』を備えることを要求し ている。実のところ彼にとっては技術教育そのものよりもむしろ具体教育のための手段が 問題なのである。」ルペルシェ案については「手労働とくに農業労働がこの寄宿舎の要綱の うちにあらわれている。しかし、それは学校教育の費用の一部をうめるために収益になる 仕事をしようということであって、ほんとうの技術教育をねらったものではなかった。」
9)
と述べている。アントワーヌ・レオンによれば、コンドルセはその教育案において、機械 技術のような具体教育を行うことを標榜しており、ルペルシェは「手労働」という実際に 手を動かしてものをつくる教育を標榜していることがわかる。一方、コンドルセは初等教 育における技術教育を具体教育の手段として考えていることになる。また、ルペルシェは 学校の費用捻出のために技術教育を位置づけているとしている。つまり、技術教育は初等 教育を推進するための単なる手段であり、教育内容を問うことは問題にならないというこ とになる。はたして、そうであろうか。
また、堀内達夫がフランス革命期における技術教育について検討している。堀内はフラ ンス革命期の教育においては初等教育よりも高等教育にその特徴や教育内容が表れている
として、初等教育については検討されていない
10)
。本研究では、我が国の教育課程に明確なものづくり教育の位置づけがされていない普通 教育とりわけ初等教育の問題に取り組みたいと考えている。公教育の基礎は民衆すべてが 入学することになり、かつ共和国の将来を担う子どもたちを育成しようとしたのが初等教 育である。また、我が国の技術教育の現状として初等教育における技術教育が位置づけら れていないことを問題とするならば、やはり初等教育について検討することが必要である だろう。ところが、我が国においては、フランス革命期の初等教育におけるものづくり・
技術教育に関する研究はこれまでほとんどおこなわれてこなかった。そこで、本小論では、
これまでのフランス革命期の教育思想史研究の成果に学びつつ、同時期の初等教育におけ るものづくりの教育に焦点を当てながら検討を進めていく。
2──
コンドルセ案
にみるものづくり・技術教育
の構想
はじめにコンドルセ案にみるものづくり・技術教育を検討する。
松島均によれば、コンドルセ案の要点と特色は、①国民教育を公権力の配慮すべき当然 の義務としていること②教育の自由の原則が認められていること③公教育は真理知識のみ を教授しなければならない④教育の機会均等の重視⑤教育の政治権力からの中立保持にあ るとしている。本小論では、ものづくりの教育における教育内容に関する観点から考察す るので、③の点について詳しく見ていきたい。松島は「コンドルセは自然権にもとづき教 育の自由を至上原則とし、この原則をふまえつつ、内容を真理知識のみに限定した完全な 知育主義の公教育論を構想したということができる。」とその公教育内容論について述べて いる
11)
。では、松島の言うように知育主義の立場から考えるならば、コンドルセはどのよ うなものづくり教育論を展開していたのであろうか。これに関して渡邊誠はコンドルセが 展開した学校教育の内容について次のように述べている。「小学校の教育内容は『すべての 市民に厳密に必要な知識』に限られる。いうところの『すべての市民に厳密な知識』とは、読み方・書き方・文法・算術・測量・農工業、道徳および行為の法則、社会秩序の原理な どであるが、都市の学校では農業よりも商工業に重点が置かれる。これらの『厳密に必要 な知識』とは、コンドルセが新しいフランス国民形成のために必須不可欠な知識と考えた ところのものであって、これによってわれわれは従来の常識とされていた教養内容と如何 に異なるものがあるかを察知しうるであろう。そこには古典教育もなければ、宗教問答も ない。かえって産業革命に応じて実業的教育が新しい脚光を浴びて教科内容の舞台に登場 してきているのが注目される。」
12)
コンドルセの言う農工業とは「地方の産物に関する知識 と農工業の技術に関する初歩が教授される」とされている。渡邊によれば、コンドルセは 小学校の段階から実業教育として、農工業を教育内容の一部として考えていたと同時に、それを知識の教育として捉えていたことがわかる。では、農工業に関する教育を知識の教 育として位置づけるというのは、コンドルセは農工業の何をどのように教えようと構想し
ていたのであろうか。
それについては、コンドルセにおいて、初等学校に続くものとして考えられていたもう 少し上級学校でのものづくり・技術および職業の教育に関するコンドルセの議論の展開を 見ていくことにする。
コンドルセはその著作「公教育の本質と目的」において「各種の職業に対する公教育も また社会の義務である」として、教育の平等を実現するためには職業に関する知識を広く 公教育の内容とすべきであることを論じている。「職業の進歩は、共同の福祉に貢献するも のである。また、その趣味や素質はある職業に向いておりながら、公教育の不備のために、
その教養の貧しさの故に適職から全くしめ出したり、或いはその職場で無能者扱いをされ、
厄介者にされてしまうような人たちのために、そうした適職につく途を開いてやることは、
実際上の平等にとって有益なことである。それゆえ公権力は、これらの人々に、そうした 知識を獲得する手段を確保し、容易にし、増すことを、その義務のひとつに加えなければ ならない。」
13)
一方、コンドルセは職業教育の目的と普通教育の目的を異なるものとみなし ている。「すべてこれらのことを考察してみると、非常に異なる三種の公教育の必要性が生 じてくる。第1は普通教育で、これは次のことを目的としなければならない。一 自分の能力や、教育に充当できる時間的余裕に応じて、職業の趣味のいかんを問わず、
すべての人が承知していることが良いと思われることがらを、国民すべてに教えること。
二 一般的利益のためにそれを利用し得るように、それぞれの問題についての特質を知る 手段を確保すること。
三 将来生徒たちが従事する職業が必要とする知識をかれらに用意すること。」
14)
このよう にコンドルセは、普通教育におけるすべての国民に対する必要な知識と特定の職業に関す る知識を分けて考え、その双方を国民に教授すべき知識と考えている。ここでは、第3の 職業に関する知識についての彼の考え方を見ていくことにする。コンドルセは第3の職業 に関する知識について次のように述べている。「第3の種類の教育は、純然たる科学的なも のである。すなわちそれは、新しい発明によって人類を完成し、また、それによってこれ らの発明を容易にし、促進し、倍加する運命を生来負うている人々を養成しなければなら ないものである。」15)
このようにコンドルセは、公教育で扱う職業に関する知識を職業に関 する特殊な知識とするのではなく、その基礎として共通する科学的な知識を想定している。そして、そのように基礎として共通する科学的な知識は、人々がそれぞれ将来的に特殊な 職業につくにせよ、すべてのフランス国民にとって必要な知識であり、普通教育の内容と しても扱われるべきであると考えている。つまり、普通教育と職業教育とではその目的は 異なるが、技術・職業の基礎となる科学を内容とする点では共通していると考えている。
コンドルセは技術の教育について次のように述べている。「こうした技術の教育は、小学校 からリセーまで徐々に程度を高めていって、国立学士院のあらゆる部会の中に、これらの 技術の実践を指導すべき原理についての認識をもたらすであろうし、新しい発見と方法と を、到るところで、迅速に広めるであろうし、しかも経験によってその正しさが証明され
たものだけを広めるであろう。この技術の教育は、職人の勤労を鼓舞すると同時に、過ち をおかすことを防ぐことにより、理論を知らないので、もっぱら想像力だけに頼るような 場合に、かれらがその活動や才能のために破滅の危機にさらされるのを予防するであろう。
手工業においても、技術においても、フランス国民をその向上点─それはもしも憲法や法 の弊害が、フランス国民の努力を阻止したり、その勤労を抑圧することがなかったならば、
ずっと以前に到達していたであろう地点なのだが─に到達する時期を一層促進するものは、
これ以上にはおそらくないであろう。」
16)
コンドルセは、そのものづくり・技術教育の構想 において、①小学校からリセーまで一貫した技術教育の必要性を訴えている②技術教育は、知識の教授によってこれまで想像力、いわば経験や勘にたよっていた職業的能力を解放す る③技術に関する新しい方法や発明に繋がる発展的な知識を得ることで、国民総体として の生産性の向上をはかることを考えているといえる。
次にコンドルセ案にみる小学校から一貫した技術教育の内容を、それぞれの階梯ごとに 検討してみよう。コンドルセは「公教育の全般的組織に関する報告および法案(1792年4月 20日および21日、公教育委員会の名によって国民議会に提出された)において、各種階梯におけ る教育の詳細について述べている。その「法案」の第二章小学校第二条において「小邑お よび都市の小学校においても、同様の教育内容が教えられる。しかし、そこでは農業に関 する知識よりも、むしろ技術および商業に関する知識が一層重視されるであろう。」
17)
と小 学校段階のものづくり・技術教育について述べている。ここでは、技術の教育が同法案第 5条に示されている道徳の教育とは別に位置づけられていることに注目したい。コンドル セによれば、農業、技術および商業に関する知識を教育することが想定されており、農業、技術および商業に関しては労働による勤労習慣の形成といった訓育的側面を対象として想 定されてはいない。コンドルセにおいては、技術の教育を陶冶の側面に位置づけていると 言うことが出来る。中学校段階となると、同法案第三章第一条の(二)において「機械技 術の原理、商業の実務初歩、図画」(四)において「技術、農業、商業に関する数学、物理、
博物のそれぞれの初歩が教えられる。」
18)
とされている。ここでは、機械技術の原理や技術 に関する数学や物理学といった自然科学がものづくり・技術教育の内容とされている。こ のことから、コンドルセが想定する技術に関する知識とは、数学および物理学的な自然科 学にその基礎があることがわかる。さらにアンスチチュの段階では第二条第一部類におい て数学および自然科学を位置づけ、第三部類・科学の技術への応用において、美術工芸の 一般原理を位置づけている。コンドルセは、「公教育においても、国立学士院においても、芸術は、機械技術と同様に、それに固有の理論との関連においてのみ考えられるべきもの である。」
19)
としていることから、ここでいう美術工芸は機械技術と同様に自然科学を基礎 としたものであり「科学の技術への応用」に属する工学的な内容を含んでいることがわか る。また、ここでいう「図画」は製図および画法幾何学的な内容を含む工学的な内容であ ると理解される。リセーの段階でも同様に第三部類・科学の技術への応用において、農業 および農業経済、採鉱学、分体学、建築および工芸の幾何学的部分、工芸力学および工芸物理学が位置づけられている。ちなみに、第四部類は「文学および美術」である。工芸力 学や工芸物理学が「美術」に分類されていないことから、これらが芸術における工芸をさ すのではなく、機械工学ないしは機械学の初歩的な内容をさすと考えてよいだろう。
コンドルセにおいては、上級学校の段階になるほど、ものづくり・技術教育の内容とし て数学および自然科学の色彩が濃くなってきている。コンドルセが考えていたものづくり、
技術および職業・労働の教育内容は、①フランス国民にとって普通教育において必要な知 識には生産技術の基礎をなすものが含まれる。②その基礎は普通教育として、職業一般教 育に繋がるものである。③その知識内容は、すべての職業にとって有益である数学および 自然科学であると考えられる。つまり、コンドルセは、職業および技術の基礎となる教育 内容は、自然科学や数学であると考えているということが言える。コンドルセは、技術の 実践は『諸原理』によって導かれるものであり、職人の技は彼の『想像力』といった個人 の属性によって『脇道にそれる』ことのないよう理論を重視することを唱えている。理論 によって技術の実践や職人の仕事が導かれるならば、技術は衰退することなく進歩すると 考えている。そして、この『諸原理』『理論』の中心となるのが自然科学及び数学であると 考えている。これらのことから、技術は自然科学の応用であるとするコンドルセの技術観 を読み取ることが出来るだろう。コンドルセのこうした技術観は、労働の一側面である勤 労体験的・訓育的な考え方を教育内容から排除することに繋がった。つまり、ものづく り・技術の教育は、陶冶の領域に属する知的な教育であるという考え方を基礎づけるに至 った。コンドルセは、ものづくり、技術および労働の教育を道徳の教育と明確に区別して、
それが訓育の領域に属さないことを示している。一方、コンドルセによれば、ものづくり、
技術および労働の教育を知識の側面に限定することによって、合理的・自然科学的に説明 できない部分を排除することに繋がった。
ものづくり、技術および労働の教育を考える場合、自然科学の応用であるという説明か らだけで説明する事が出来ない人間の属性としての技能に関する教育を扱うことが出来な くなる。技能は科学と異なり、経験や「カン」や「コツ」といったものを内包している。
もちろん、こうした作業に関しても、現代では作業分析などの方法によって科学的な解明 がなされてはいるが、それだけでは充分に解析することが出来ない部分が残っている。そ のため、技能を伝達するとなると知識の教授だけでは困難を伴う。コンドルセ案からはこ うした技能に関する記述を見出すことが出来ない。コンドルセ案では、こういった知識に 属さないものは、ものづくり、技術および労働の教育の内容としては取り上げられていな い。
コンドルセはものづくり、技術および労働の教育の内容を知育に限定することによって、
勤労体験的な道徳的訓育を排除していることに注目してみよう。海老原治善は、コンドル セがその教育内容を知育に限定した理由を「民衆に対する教育を、権利として承認すると いうのではなく、無知だと旧支配層に売収され、扇動家にそそのかされる、それが専制支 配の基礎になるから、これを防ぐ意味で公教育の普及をする、といった論理が随所に展開
されている。」としている
20)
。例えば、コンドルセは、「普通教育のある階梯では、普通の 能力をもつ人間までをも、あらゆる公職を十分に遂行することができるように教育するこ とが必要であると同時に、一方他の階梯では、機械的に遂行される職業のうちでも、もっ とも限局された部門に携わる人間が、学習によって習得する知識の該博さによってではな くて、その選択と適切さとで、愚昧状態から脱することができるために必要と考えられる 程度のわずかな学習時間しか要求してはならないのである。」としている21)
。コンドルセは、職業選択の段階において無知なまま単なる労働力として酷使される「愚昧状態」からの逸 脱を可能とする知識の教育を職業教育の内容の一部として考えている。
現実の社会では「労働者自身の個性的能力は、資本の特定能力の要求の前に、開花をさ またげられることになる。資本は生きた人間の統一体としての労働者が必要なのではなく、
労働者にある特定の労働能力という特殊な商品が必要なのである。その限りでの『陶冶』
を要求するのである。」
22)
とされるように、ものづくり・技術の教育は、子ども・青年の発 達・成長を保障する教育ないしは国民教育としての教養教育として機能するのではなく、労働者を特定の商品として形成する限りにおいて陶冶機能を発揮することになってしまう 可能性をひめている。コンドルセはこうした社会にあって、ただ黙って作業を遂行するだ けの奴隷のような労働者ではなく、主体的に生産に寄与できる市民を育てようとした。市 民が生産の主人公となれるためのよりどころとして自然科学及び数学といった客観的な知 識に依拠しようとしたのではないだろうか。そうした意味では、コンドルセ案は自由と人 間精神への信頼を基調とした理想的な教育計画案であると言える。しかし、子どもの発 達・成長を視野に入れたときに、知識の教授(
instruction
)のみで、ものづくり・技術教育 の内容を構成するとことで充分だといえるのだろうか。この問題を考えるために、次にル ペルシェ案を検討する。3──
ルペルシェ案
にみるものづくり・技術教育構想
松島均によれば、ルペルシェ案の要点と特徴は以下の通りである。①知育(
instruction
) にかわって訓育(education
)を重視したこと②訓育の内容、方法論としての、強制的な平等 共通の教育形態による体育と徳育の尊重③教育における経済的平等の原則④教育の民衆管 理方式の提唱である23)
。「職業教育に先行する人間教育の強調、強制的な学寮生活方式によ る平等教育の主張と体育、作業労働の重視、誕生節教育開始の原則、12歳からの知育説、合法的な政府のもとでの教育の民衆管理、および教育における経済的平等と教育による平 和革命の遂行の思想など」が主要な特色とされている
24)
。ここではものづくり・技術教育 の内容を見ていきたいので、とりわけ①および②について詳細に検討する。ルペルシェによれば公教育には2つの部分があるとされている。「人間を形成すること、
人知を普及すること、これらが、われわれの解決すべき問題のふたつの部分である
25)
」。こ こで述べられている「人間の形成」とは、教育(education
)であり、「人知を普及すること」とは、教授(
instruction
)である。そして「教授はたとい、すべてのひとに開放されていよ うと、事物本然の理によって、少数の社会構成員の独占的財産となる。職業のちがい、才 能のちがいがあるからだ」としている。一方「教育は、すべてのひとに共通でなければな らず、万人に適用される恵沢でなければならない。」としている26)
。ここでいう「人間を形 成する」ことを松島均は以下のように述べている。「それは農夫を育成することでもなく、職人をつくりあげることでもなく、また学者を形成することでもない。『あらゆる職業に適 した人間を形成する』のが訓育(
education
)であった。つまりそれは、『特定の職業人を形 成するのでなく、どのような職業人にとっても共通に有用であるような便益を授けること、一言にしていうならば、この教育を受けた後に、共和国における各種の職業の特殊性に応 じて変化することのできるような、基礎を準備すること』であった。かくて公教育におけ る訓育の位置づけに関して、ルペルシェはコンドルセとはまったく対照的な、そしてまた ロンムとも異なる思想を提示したのである
27)
。」では、「各種の職業の特殊性に応じて変化 することのできるような、基礎」とはいったい何を指すのであろうか。ルペルシェはそれを知識の教授に求めた公教育委員会を否定的に見ている。その理由を
「もっと大きな不平等が、親たちのさまざまな能力のゆえに、さらに生ずることとなる。」
28)
として知識教授の不平等を訴えている。ルペルシェによれば「こどもをそだてるのに、こ どもに労働させずにすませることの可能なひとはだれも、こどもを、まいにち、しかも、
まいにち多くの時間学校にとどめておくことが、たやすくできる。しかし、貧困階級につ いていえば、いったいどうするだろうか。なるほど、そのまずしいこどもにたいして、諸 君は教授を提供する。だが、かれには、そのまえにパンが必要なのだ。その勤勉な父親は、
こどもにやろうとして、パンをひときれたべないでいる。しかし、もうひときれのパンを、
こどもはかせがなければならない。かれの時間は、労働にしばられている。というのも、
労働こそ、かれの糊口の資がしばられているからだ
29)
。」ここに述べられているように、ル ペルシェが現実のフランス国民の極めて貧しい現状をふまえて発言していることがわかる。では、こうした日々労働を「糊口」として稼がなければならない子どもたちにどのような ものづくり・技術の教育を展開していこうというのだろうか。それとも、子どもたちを労 働から解放するために、労働を教育の対象としては取り上げないのであろうか。
次に②のルペルシェの初等教育における教育内容論および方法論について見ていこう。
ルペルシェは次のように述べている。「わたしは、もっとも本質的な教育内容のひとつが、
脱落していることを、不満におもう。身体的存在の完成が、それである。いくらかの体育 訓練が提案されていることは、しっている。そのことはいい。だが、それだけでは、じゅ うぶんでない。持続的な生活様式、健康的で、しかも、児童期にふさわしい栄養、順次性 をもった、そして、適度の労働、斬新的だが、たえずくりかえされる試練─これらこそが、
習慣をつくりあげる唯一の方法なのだ
30)
。」ルペルシェは、コンドルセのように人間精神の 進歩という理想的な教育構想を抱いてはいない。むしろ「わたしは、抽象的な理論はすべ てとおざける」としている。ルペルシェは、人間の精神的なものを支えているのは具体的な彼の生活であると考えている。そして、健康で規則的・規律的である管理された生活を 重視している。彼の考える生活は「睡眠、休息、労働、練習、気晴らしのために」時間が 費やされるものである。こうした諸要素から構成された規律ある生活から、身体的・道徳 的資質をはぐくむことが可能となると考えている。われわれは、ルペルシェが生活から子 どもの学ぶものを取り入れて教育計画を構成しようというのではないことに注目すべきで ある。つまり、生活を陶冶の対象とは見ていない。ルペルシェは、生活の具体的内容とし ての衣食住といったものを基本とするとはとらえていない。生活の基礎となるものを睡眠、
体育や労働といった活動レベルでとらえている。では、その活動の目的、何のためにそう した活動があると考えているのであろうか。
ルペルシェは「勤勉な人間を特徴づけるところの、あの、つらいしごとをひきうける勇 気、それを実行するさいの行動、それをつづけてゆくねばりづよさ、それをなしとげるま での忍耐力」といったものの習得を目的と考えている。また、「こどもの食事は健康にはい いが質素だろう。こどもの衣服は、きごこちはいいが粗末だろう」というように、自分た ちの生活を自分たちで形成していく主体として子どもをとらえているのではなく、生活に 順応していくことで道徳的・習慣的なものを育成することを目的としている。つまり、訓 育がその内容となる。ルペルシェは生活による教育を訓育と捉えているのである。訓育と しての子どもの生活は、管理されたものでなければならない。そのため、ルペルシェ案で は子どもの生活およびそれを通した訓育は「国民学寮(
maison d’éducation nationale
)」という 共同生活の場で行うとされている。このことによって自らの糊口を凌がなければならない 労働から、子どもたちを解放することができる。では、労働から解放された子どもたちに 国民学寮ではどのようなものづくり・技術の教育が構想されていたのであろうか。ルペルシェは年齢と教育内容を関連づけて次のように述べている。「12歳はさまざまな手 職を学ぶ年齢である。身体はすでに頑強になって、農業労働に従事しはじめることのでき る年齢である。精神がすでに形成され、文芸、科学、あるいは、芸能の学習を開始して、
成果をおさめることのできるのも、やはりその年齢だ。社会にはさまざまな職がある。た くさんの職業が、市民をまねいている。12歳になればそれらの職業それぞれの、修行をは じめるときがきたのだ。あまりにはやすぎると、その徒弟修行は早熟となるだろう。あま りにおそすぎると、児童期のしあわせな恩物たる、あの順応性、あの柔軟性が、じゅうぶ んにのこっていないだろう
31)
。」ルペルシェは、12歳を職業としての労働が可能な年齢とし て考えている。つまり、12歳までの教育をこれ以降の職業のための準備教育と考えている ということができる。「12歳までは、共通の教育がいい。というのも、12歳までは、農夫と か職人とか、学者とかをつくるのが問題なのではなく、あらゆる職業のために人間を形成 するのが、問題だからだ32)
。」ルペルシェが考える「あらゆる職業のために人間を形成する」とは、どのようなことをするのだろうか。さらに具体的な教育内容を見ていこう。
ルペルシェは「労働の習慣」として「つらいしごとをひきうける勇気、それを実行する さいの行動、それをつづけていくねばりづよさ、それをなしとげるまでの忍耐力」を生徒
の身につけさせることを標榜している。それは特定の産業に偏らないものであり「共和国 の農業と工業の生産を倍化させる」ことに繋がるとしている。そのために「一日の日課に おいて、のこりはすべて副次的だろう。手の労働が、おもなしごとだろう
33)
。」と「手の労 働」をものづくり・技術教育の内容と考えている。手の労働には、本来知識の部分がある。道具を使ってものをつくるには、経験にたよる だけではなく、道具と材料の作用・反作用関係に関する力学的な知識が必要となる。例え ば、硬い材料を研削する際に回転数を低くすると割れが生じてしまう。さらには、どうい った作業にはどういった道具を使ってどのように作業するのかという、道具立て、作業の 段取り、作業工程の整理と展開に関しては経験とともに知識が必要である。こうした知識 を授けないで、手の労働の教育を行うということは、一定の管理された中での簡易な作業 を行うことに教育内容が閉じこめられてしまう。ここで教育内容とされているのは、主体 的に手の労働を実行する人間ではなく、管理された生活世界で労働の習慣を身につけて、
勤勉に働く人間を形成することにあった。
一方、海老原治善はこうしたルペルシェ案を「畑での労働、教育舎の隣接の工場での学 習など、生産労働と教育の結合の問題を提起していることが注目される
34)
。」としている。さらに「知育については読みかた、書きかた、数えかた、測りかたなどをまなぶこと、道 徳の原理、憲法のおおまかな知識、家庭経済、農業経済の概要を受理すること、自由な民 族の歴史やフランス革命の、もっともうつくしいものがたりを記憶に刻印しつつ、記憶力 という天賦を発達させること─これらのことが、それぞれの市民にとって必要なことなの であり、すべてのひとにあたえられるべき教授なのだ」という引用を行った上で、ルペル シェ案を「体育、訓育、労育、知育の総体としての教育論が展開されている」と評価して いる。これまで見てきたように、ものづくり・技術の教育という側面では、ルペルシェは、
労働の習慣を身につけて、勤勉に働く人間を形成するという視点はあるものの、ものづく りに関する知育的な側面を見出すことはできなかった。むしろ、知育に関する側面は、大 人の手で制御されており、子どもの手にはゆだねられていない。手の労働を教育計画に位 置づけたり、生活の中に教育の姿を見出そうとした方法から、ルペルシェは「生産労働と 教育の結合の問題を提起している」と言えるだろう。しかし、本来「生産労働と教育の結 合」はものづくり・技術の教育が子どもの発達や成長に非常に関連が深いととらえ、その 教育的意義をものづくり・技術が持つ陶冶性に着目することに焦点がある。ルペルシェが ものづくり・技術の教育に手の労働を取り入れたことは、合理的な側面にのみ問題を限定 してしまったコンドルセとは異なる教育的意義を見出していると言える。ところが、手の 労働の訓育的側面のみを強調して、陶冶という側面を見落としてしまったところにルペル シェの問題点があると言うことが出来る。
4──ものづくり・技術教育思想の形成に関する社会的状況
教育目的との関連で両者の案を検討してみよう。教育の目的としては国全体の生産をあ げるという点で、ルペルシェ案もコンドルセ案も共通しているといえる。コンドルセは、
教育の効果は生産性の拡大につながる国民総体としての知識の増大にあると考えていた。
ところがルペルシェは、こうした子どもの発達や成長という陶冶的な観点からではなく、
道徳的・習慣的な人間形成という訓育的な観点から教育をとらえている。
コンドルセは、知識の増大がもたらす発明に代表される技術革新をなしとげる可能性が 教育にはあることを構想していた。現実に、生産が向上するためには、技術的な発展が必 要となる。また、それが科学と結合することによって革新的に進歩する。
例えば、ワットは蒸気機関を改良して、ピストン運動から円運動へ転換させることに成 功した。こうした蒸気機関の改良によって、様々な機械の動力源として蒸気機関が利用さ れるようになった。ワットが蒸気機関を改良する以前は、工場は水力を利用した大型水車 を動力源として使用していた。このため、工場は川沿いに建設されていた。ワットが蒸気 機関を改良したことで、工場は川沿いという立地条件を克服して、都市近郊に建設するこ とが可能となった。また、ワットによる蒸気機関の改良による動力源の開発は、機械で製 品を生産することを可能にした。こうして登場した機械工業では、一度に大量の製品をこ れまでのように些細な手間をかけず生産することができるようになった。いわゆる、工場 において機械により大量の製品を生産する「工場制機械工業」の登場である。
コンドルセが構想した知識の増大化による生産の拡大は、こうした社会の状況を反映し ているだろう。生産の向上によって物質的に豊かな社会を形成することは、同時に富の拡 大に繋がり、富の拡大が国全体を豊かにすると考えたのであろう。
大量生産は、物質の増大とこれまでよりも多くの富を人々に与えた。一方で、機械によ る大量の製品の製造は、機械に従属する単純な労働を増大させた。工場制機械工業では、
これまでのように、熟練を要求される職人の技の多くは必要なくなっていった。例えば、
ヘンリー・モーズレーはこれまであったねじ切り技術を統合して、これまでの熟練工が行 っていた作業を非熟練工でも可能なものにした。彼の工場では、10人の工員が44台の機械 を使い、年間16万個の滑車を作ることができたとされている。こうして、非熟練工でも可 能な作業環境が生み出された。同時にモーズレーの工場では、ねじの規格化が行われた。
これまで、ナットとボルトは1対1で作られていた。つまり、AのねじにあわせてAのナ ットが製造されていたのである。ここでは、熟練工がそれぞれを1対ずつ製造していた。
ところが、ねじとナットが入り混じってしまうと、それぞれに合うものを探すのは一苦労 だった。これが規格化されることによって、そういった煩雑さがなくなったと同時に、だ れでも同じ質のねじとナットを製造することができるようになった。こうした大量生産に 基づく規格化によって、労働の単純化が要求され、時間的制約、労働の強化が図られた。
その結果、工場労働は、創造性を欠いた機械的・非人間的なものになってしまった。機械 工場における劣悪な環境での労働は、労働問題だけではなく、都市における人口の増大・
集中による過密化を生じさせ、住環境の悪化、衛生面での悪化を招くことになった。
ルペルシェは、教育の目的をひとりひとりの国民が働くことに専心する勤勉さという精 神的基盤の形成にあるとしている。これは、生産の増大による労働力の必要性および労働 者の抱える労働問題や生活問題の悪化に対して、勤勉さを中心とした道徳的訓育を行い、
労働者の自立を構想したからである。
コンドルセは、科学と技術の関係を次のように捉えている。「もし、最も重要な実際的な 発明が、一般に科学の理論にもとづくものであり、その教訓がこれらの技術を指導するも のであるとしても、職人だけがそれを探求しようとする考えを同様にもつことのできる細 密な発明も多数ある。なぜなら、彼らのみがこれらの発明の必要性を知り、またその利益 を感知しているからである。」ここでは、コンドルセは、一般的に技術の基礎は科学である としながらも、その必要性は職人のような実際に携わる者にしか感知されないとしている。
コンドルセは、つづけてこう述べている。「ところで、教育を受けた職人はこのような探求 をいっそう容易に行なうであろう。また、教育のある職人は、とりわけその探求の過程で 踏み迷うことがなくなるであろう。」ここでは、技術は科学を応用したものであり、その応 用への契機となる「探求」は職人の必要性から生まれると考えられている
35)
。この必要性 が、発明となって結実するためには科学的な知識が必要であり、それを与えるのが教育と 言うことになる。このようにコンドルセは、技術は科学の応用であるが、それは応用しよ うとする意識的な契機が必要であると考えている。こうした考えのもとでは、技能と言っ た実践を可能とする能力は問題にされない。コンドルセの教育論をみても、技能に関する 教育については述べられていない。一方、ルペルシェは「手の労働」という実際的作業を教育の中に取り入れている。これ は、子どもたちがひとりの人間として自立して生きていくために必要な能力であると考え ているからであった。ところが、その内容をみると、勤勉の習慣の形成や道徳の成就とい った訓育的な内容となっている。彼は、「手の労働」といった教育から教授(
instruction
)あ るいは陶冶(Bildung
)という側面を排除して考えていた。それは、教育(education
)にこそ 人間形成の可能性があると考えていたからであった。こうした考え方からは、具体的にど のような作業が子どもにさせられるべきかという作業内容が問題とされない。作業するに あたって専心することや勤勉であることが問題となる。こうした考えのもとでも技能の教 授は問題にされなくなってしまう。5 ── 初等教育
におけるものづくりの教育
これまで見てきたように、公教育としての初等教育におけるものづくりの教育には、フ ランス革命期という歴史的な起源において、二つの教育思想が存在していたといえる。
その一つは、コンドルセにみる職業準備的陶冶である。将来の職業の一般的基礎として、
科学的な知識を与えることを内容とするものづくりの教育思想である。この教育思想は、
子どもの将来における社会的役割を考え、それに必要な教育を行うという意味で国民教育 の思想を準備するに至る。こうした技術教育の思想は、現代では「技術の科学を教える」
という形で結実していると言えよう。この考え方は、これまでカンやコツに埋め込まれて いた技術に対する認識に一定の客観性を与えた。[純粋]科学とは異なる有目的性のある課 題を用いて教育内容を組織化することが課題とされている
36)
。いまひとつは、ルペルシェにみる手の労働の教育である。この教育は、ルペルシェにお いては、手の労働のもつ総合的な内容が強調され、道徳的・訓育的なものとして扱われて きた。とりわけ、作業の教育は一定の訓練を必要とすることから、単純な作業に慣れる忍 耐力や持久力と結びつけて考えられた。ところが現代では、手の労働は、その陶冶価値が 認められている。手の労働は、それ自体が子どもの発達・成長にとって必要な陶冶財であ るという考え方である。どのような手の労働が、陶冶財として適当であるのかという点に ついては、実践的に語られているものの組織化されていないという課題がある。
我が国の初等教育におけるものづくりの教育が構想される場合、こうした2 つの教育思 想にみられる考え方が混在しているだろう。今後は、現代の初等教育における技術教育の 課題が克服されるように、こうした教育思想の整理が行われる必要があると考える。
《注および引用文献》
1)平成20年度版学習指導要領では「技術・家庭科」において1年生で週あたり2時間、2年生で2時 間、3年生で1時間となっている。「技術・家庭科」には技術分野と家庭分野があるので、技術分野 だけだと「技術・家庭科」の時数の半分、つまり各学年の配当時数は1,1,0.5となる。
2)子どもの遊びと手の労働研究会編『子どもの「手」を育てる』ミネルヴァ書房 2007年
3)東京都大田区立矢口小学校では、2004年度から3年間、新潟県三条市立長沢小学校および荒沢小学 校では、2008年度から3年間ものづくりに関して、文部科学省の研究開発指定校として研究と実践 に取り組まれてきた。
4)教育学全集 第2巻『教育の思想』小学館 1967年
p
56.
5)堀尾輝久『現代教育の思想と構造』岩波書店 1979年p
11.
6)堀尾輝久 前掲書p
15.
7)松島均『フランス革命期における公教育制度の成立過程』亜紀書房 1968年
p
253.
8)アントワーヌ・レオン著 もののべ・ながおき訳『フランスの技術教育の歴史』文庫クセジュ 白水 社
p
65.
9)アントワーヌ・レオン 前掲書
p
67.
10)堀内達夫『フランス技術教育成立史の研究─エコール・ポリテクニクと技術者養成─』多賀出版 1997年
11)松島均 前掲書
pp
259-
260.
12)渡邊誠『コンドルセ─フランス革命教育史─』岩波新書 1949年
p
67.
13)コンドルセ「公教育の本質と目的」世界教育学名著作選『公教育の原理』松島均訳 明治図書1973 年
p
13.
14)前掲書
p22.
15)前掲書
p
22.
16)コンドルセ「公教育に関する報告および法案」世界教育学名著作選『公教育の原理』松島均訳 明 治図書 1973年
p
165.
17)前掲書
p
180 18)前掲書p
182 19)前掲書p
16420)海老原治善『教育政策の理論と歴史』新評論 1976年
p
63.
21)コンドルセ「公教育の本質と目的」前掲書p
27.
22)海老原治善 前掲書
p
27.
23)松島均 前掲書p
123.
24)松島均 前掲書p
126.
25)ミシェル・ルペルチェの国民教育計画。─公教育調査会の名において、マクシミリアン・ロベスピ エールにより、国民公会に提示されたる タレイラン他 フランス革命期の教育改革構想 志村鏡 一訳 世界教育学名著作選集 明治図書
p
131.
26)ルペルチェ 前掲書
p
132.
27)松島均 前掲書p
123.
28)ルペルチェ 前掲書p
134.
29)ルペルチェ 前掲書p
134.
30)ルペルチェ 前掲書p142.
31)ルペルチェ 前掲書
p
138.
32)ルペルチェ 前掲書p
138.
33)ルペルチェ 前掲書p
145.
34)海老原治善 前掲書p78.
35)コンドルセ「公教育の本質と目的」前掲書
p
19.
36)佐々木享他編『新版技術科教育法』 森下一期執筆部分 学文社 1990年
p
44.
──────────[すずき たかし・和光大学現代人間学部心理教育学科非常勤講師/千葉大学教授]