Ⅰ 問題の所在
1‐1 デル社の成功とインターネットの普及
マーケティングの変遷過程を跡づけてみれば,それは,不特定多数の消費 者を対象とした大量生産・大量販売を基礎としたマス・マーケティングから 次第に群としての消費者を対象としたマーケット・セグメンテーションへ,
そして個々の消費者を対象とした
One-to-One
マーケティングへと進化して きているとみなすことができよう。(Gilmore, J. H. and B. Joseph Pine Ⅱ2000 ; Sheth, J. N. and Parvatiyar, A. 1994 ; Sheth, J. N. and Parvatiyar, A.
2000)特に1
990年代の半ば頃からのインターネットの商業利用は,企業が個々の消費者と個別に対応できる環境を整え,One-to-Oneマーケティングの さらなる展開をサポートしはじめている。
例えば,デル社のダイレクトモデルを考えてみよう。成長過程の一時期を 除いて,デル社は直接消費者から製品の注文を受け,注文を受けた製品を生 産(BTO)・配送する仕組みを構築してきた。デル社のビジネスの仕組みは その後,顧客志向のマーケティング・コンセプトのもと開発した独自のビジ ネスモデルとして高く評価されるに至る。それは,デル社がお客様とダイレ
One-to-One マーケティングから 共創型マーケティングへ
―― インターネットがマーケティングの前提条件を変える ――
村 上 剛 人
−419−
( 1 )
クトな関係を構築することによって,製品の品質,性能,価格,納期・サー ビスをトータルとして最高の価値を提供することができたからと言われてい る。(M. Dell and C. Fredman 1999;宇井洋 2002)
しかも,デル社は1994年にネットを立ち上げた後,急速に成長を遂げてい る。1994年 に34億7500万 ド ル の 売 上 高 が 翌 年 の1995年 に は 約1.5倍 の52億 9600万ドル へ,1998年 に は182億4300万 ド ル と5.25倍 へ,2005年 に は559億 800万ドルと16倍へ急増しているのである1)。それはインターネットを活用す ることによって,各消費者が求める製品の機能をデル社が設定している範囲 内ではあるが,自由に容易に選択できるようになっただけでなく,購入した 製品の一台々々の情報がデル社のデータベースに蓄積され,消費者一人ひと りと1つのコンタクトポイントで付加価値の高いサービスを地球規模で提供 できるようになったことが,デル社の成長の要因と考えられる。その意味で は,インターネットは個々の消費者へ個別に対応するという点でのこれまで のマーケティング活動の制約を取り払い,デル社の基本戦略を精緻化するの に貢献したとみなすことができる。
昨今デコンストラクションという用語が使われている。この用語は今まで 当たり前と思っていた事業の定義や競争ルールが,従来とは異なる視点から 捉え直す必要があることを指している。(内田和成 1998)パソコン業界にお いて,これまで不特定多数の消費者を対象に家電量販店などで間接的に製品 を販売していたビジネスのやり方が一般的であった。そうした状況のもと,
デル社のダイレクトモデルは当初から従来とは異なる視点からビジネスを捉 え直したモデルであった。すなわち,製品ライフサイクルが一層短縮化する もとで,極力在庫を排除した生産・販売体制の確立を模索していたわけであ
1)デルの日本法人のホームページに1993年から2005年までの総売上高および純 利益の推移が示されている。現時点では,デル社は世界No.1のパソコンメーカーで ある。(www1.jp.dell.com/content/topics/segtopic.aspx/dellco/sales?c=jp&l=jp&s=corp&~ck=mn)
−420−
( 2 )
る。デル社はインターネットの活用によって,部品業者や配送業者との間で の情報共有をはかり,必要なものを必要な時に,必要な量を提供する延期的 でかつ長期的な関係を構築し,取引企業をより緊密に連携してきた。まさに,
デル社はオーケストレーターとして2),外部の取引企業の経営資源を取りま とめ,あたかも一つの企業のような存在(バーチャル企業)として機能する 仕組みを構築してきたのである3)。インターネットの活用は今や,マーケ ティング戦略の精緻化をはかるうえにおいても,また新しい視点からマーケ ティング戦略を模索・展開するうえにおいても,重要なファクターとなって きている。
1‐2 マーケティングの本質的問題である効率性と効果性の両立問題 マーケティング活動においてインターネットをいかに活用するのかという 問題を考慮する際,マーケティングが背負っている基本的問題に対していか に対処できるのかという視点から考察していく必要があろう。その基本問題 とは,生産性を高めるという点での効率性と消費者の欲望・ニーズに応える という点での効果性をいかに両立させることができるのかという本質的な問 題である。言い換えれば,需要の異質性と供給の同質性をいかに両立させる ことができるのか,という問題でもある。(村上剛人 2003;2007
b)
これまでこの効率性と効果性との間にはトレードオフ関係が成立している と考えられており,容易に解決できない問題として認識されてきた。すなわ
2)内田和成(1998)はオーケストレーターの他にレイヤーマスター(専門特化型), マーケットメーカー(取引市場創造型),パーソナルエイジェント(購買代理型)
も存在していると説明している。
3) M. Porter(1985)がバリュー・チェーン(価値連鎖)という概念を提示し,ビジ ネスのどのプロセスで利益が生み出されているのか,自社のビジネスプロセスを 見直すことを強調したが,近年のデコンストラクションは,このバリュー・チェー ンをデジタル化し,様々な企業の間で分担しながら,それを再編成するといった 特定企業の枠を越えた視点でのバリュー・チェーンのあり方を模索することを求 めはじめていると考えられる。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −421−
( 3 )
ち,効率性を重視すると,効果性を犠牲にしなければならず,逆に効果性を 重視すると効率性を犠牲にしなければならないという認識のもと,その時代 に適応したビジネスの仕組みが模索されてきた。例えば,高度成長期で展開 された企業のマーケティング活動は,生産性の向上に基づいた効率性を重視 したことから,大量生産・大量販売・大量消費の仕組みが形成されてきた。
しかし,次第に消費の多様化・個性化が指摘されるなかで,効率性を多少犠 牲にしてでも効果性を重視した市場細分化戦略が展開されてきた。しかし,
平成不況に示されるように,一人ひとりの消費者の欲望・ニーズに対応しな がらも,いかに低コストで提供可能なのか,まさに効率性と効果性のトレー ドオフ問題の解消を実現すべく,ビジネスの仕組みの検討が進んできた。先 に挙げたデル社のダイレクトモデルは,まさに製品のモジュール化を前提と したマス・カスタマイゼーションというコンセプトの導入であり,効率を高 めつつ,One-to-Oneマーケティングを実現していったものと考えられる4)。
マス・カスタマーゼーションは個人レベルの情報と柔軟性のある製品生産 とを連結したものであり,インターネットの活用は「カスタマイゼーション のパズルを解くための必要不可欠な手段」になっている。それゆえ,マス・
カスタマイゼーションを実行する企業にとって,正確でタイムリーで,要領 を得た個人情報の収集と管理が重要な戦略課題になっているのである。
1‐3 企業と消費者のコミュニケーションの方法と新たなマーケティングの模索 インターネットの活用といっても,企業と消費者との間で展開される情報 のやり取りには3つのタイプが存在する。(cf. 國領二郎 1997)第一に,単 に企業がホームページを開設し,そこに多くの消費者に自社の製品やサービ
4) W. Hanson(2000)は「デジタル技術がパーソナライゼーションを可能にし,ネッ
トワークがこれを普及させ,個人化(個別対応化)がそれを価値あるものとする。」
(訳p.249)と指摘しているように,インターネット活用は消費者への個別対応を
実現する上に置いて,必要不可欠なものになってきていると見なしている。
−422−
( 4 )
スの情報を提供しようとするものがある。これはこれまでの企業からの消費 者へ向けての一方的な提供を行うものと見なせる。第二に,デル社のケース のように,企業と個々の消費者がパーソナルに情報交換を行う関係構築であ る。One-to-Oneマーケティングが想定しているのは,このコミュニケーショ ンタイプであろう。そして,もう一つの情報のやり取りの方法として指摘で きるのが,単なる企業と消費者の個別のコミュニケーションではなく,消費 者同士の情報交換を前提として企業が他の消費者と同時にコミュニケーショ ンを行っているタイプである。(図5参照)近年のネットコミュニティの存 在がそれである。(石井淳蔵・厚美尚武編 2002;池尾恭一編 2003)現在イ ンターネットは
Web 2.0
の時代へと進化し,企業と消費者が双方向になる だけでなく,消費者同士のコミュニケーションを容易に実現しながら,消 費者参加型の新しいマーケティングの登場が模索されはじめている。C. K.Prahalad & V. Ramaswamy(2004)は「企業は,製品設計,生産プロセスの
企画,マーケティング・メッセージの考案,販売チャネルの管理などを,消 費者による介入なしに進めるわけにはいかなくなった」(訳p.
24)との認識 を提示し,企業による価値創造の時代から消費者とともに価値を創り出す時 代へとシフトし始めていることを指摘している。まさに,この指摘は,新し い視点からのマーケティングの再構成が求められていることを示している。本論文では,上記のように,インターネットが普及する中で,マーケティ ング戦略がどのように変化していく可能性があるのか,特に消費者参加型あ るいは共創型マーケティングの可能性について考察を深めていきたいと思う。
その変化を明らかにするためには,インターネットの普及によって一体何が 変わったのか,その変化の本質を考察していく必要があろう。インターネッ トの普及はアナログからデジタルへ向けての製品・プロセスの本質的な変化 と密接に関連している。インターネットの普及がマーケティング活動に与え る影響とはいかなるものか,そうした点を踏まえて,今後のインターネット One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −423−
( 5 )
を活用したマーケティング戦略の方向性について分析していくことにしたい。
Ⅱ デジタル化と取引・競争環境の質的変化
―― アトムの管理からビットの管理へ ――
A. B. Whinston, D. O. Stahl and S-Y. Choi(1997)によれば,電子商取引の
革新性は単に取引の効率性を達成することではなく,「多くの非デジタル製 品やプロセスをデジタルへ変換させること」(訳p.
73)にあると指摘してい る。この指摘が意味するもっとも重要な点は,アナログ製品をデジタル製品 に変換させることである。そのことによって,同時にその製品の生産・流通 プロセスもデジタル化することが可能になってくる。例えば,音楽の楽曲市 場をみてみよう。現在,音楽の楽曲を購入する方法として,これまでのよう に音楽CD
といった非デジタルな部分と音楽データというデジタルな部分が バンドルされた製品の販売からCD
から楽曲のファイルというデジタルな部 分だけアンバンドルし,それを音楽配信会社からダウンロードする方法へと 利用方法が変化しつつある。すなわち,企業が消費者に提供するものがアナ ログからデジタルに変化することによって,その製品の生産や利用方法はこ れまでとは比較にならないほど物理的な制約から解放されていくことになる。デジタル製品の場合,有形財のように生産するための工場を必要としないし,
その生産もほとんどコストをかけず簡単に複製することによって可能になっ てくる5)。それだけではない。上記のケースのように,有形財を配送するた めの運送業者などの存在は必要なくなってくる。インターネットがそれに変 わることになる。
このように,インターネットが普及し,製品がデジタル化されるにつれ,
5) P. Evans and T. S. Wurster(2000)は百科事典業界におけるブリタニカとマイクロ ソフトのエンカルタのアナログ対デジタルの戦いについて紹介しているが,それ はまさにモノの経済原理と情報の経済原理の異なる原理間での戦いであった。
−424−
( 6 )
競争上の「距離」ならびに立地条件の制約が消滅していく。(F. Cairncross
1997)と同時にインターネットはあらゆる人,モノを瞬時に連結し,時間的
な制約も消滅させていく。これまでの実物の製品を前提としての生産・販売 システムはその移動を念頭におき,工場の立地,小売店の商圏など生産場所,販売場所などの制約のなかでシステムが運営されてきた。しかし,製品のデ ジタル化はまさにこの距離という考えを消滅させ,グローバルな経済,ス ピードの経済を前提に,企業はあらゆる人々を24時間つなぎ,新たなシステ ムのもとでの競争を展開せねばならなくなったのである。
スピードの経済ならびにグローバル経済の進展は,企業にとって製品ライ フサイクルの短縮化を一層促進することを要求する。製品の陳腐化が急速に 発生するため,頻繁にモデルチェンジやアップグレードを行っていくことが 求められるのである。こうした状況の発生は,マス・マーケティング時代の ように,市場シェアの拡大のために,絶えず新規の消費者を獲得し,製品を 購入してくれたらその消費者のことは忘れてしまうといったやり方では,今 日の競争に打ち勝っていくことは困難になってきている。いったん製品・
サービスを購入してくれた消費者をいかに継続してアップグレードした製品 を購入しつづけさせていくのか,消費者との長期・継続的な取引関係を構築 していくことがヨリ一層求められている。このように,製品のデジタル化の 進展は,マーケティング競争を展開する前提条件そのものの変更を迫ってい る。いかに製品ならびにプロセスのデジタル化を達成するのか,この視点か らこれまでのビジネスを見直す必要性が高まっているのである。
A. J. Slywotzky, D. J. Morrison and K. Weber(2000)は製品のデジタル化
を踏まえ,今後マーケティング戦略を展開していくうえで,アトムの管理か らビットの管理へシフトしていく重要性を指摘している6)。アトムの管理と6)ビットとアトムの詳細な違いについては,N. Negropone(1995)を参照のこと。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −425−
( 7 )
は製品の生産,在庫,出荷,販売など通常のやり方を効果的かつ効率的に管 理することを指している。それに対してビットの管理は音楽ソース,取引 データ,文字データなどの収集,分析,分類,複製といった情報の操作のこ とである。製品やプロセスをデジタル化するということは,ビットの管理を 増加させながら,極力アトムの管理のウェイトを減少させていくことでもあ る。
敷衍しよう。メーカーが実物の製品を最終消費者の手元に届けるために,
通常その製品はメーカーから卸売企業ならびに小売企業へ,運送手段をもつ 運送会社を利用することを通して配送され,最終消費者は小売店舗に買い物 出向することによって,その製品を入手することになる。この点を先の例と して挙げた音楽市場についてみてみよう。これまで音楽の楽曲を購入すると き,消費者はそのお店に出向して,自分が欲しいと思う音楽の楽曲を
CD
と いう媒体の製品として購入していた。小売店は消費者の購買をスムーズに行 うために,様々なCD
製品を品揃えし,消費者のニーズに応えようとする。しかし,インターネットの普及は,まず店舗のデジタル化を進展させていっ た。実物の製品そのものを消費者に示すのではなく,その実物の製品の情報 を提供することによって,アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)に代表 されるようなネット企業は,消費者にネット上で自ら欲しい製品を選択させ,
宅配便を使って自宅まで配送するといったやり方を登場させた。
この方法の登場は,製品そのものは非デジタルで変わらないが,いったん その非デジタル製品を製品情報にデジタル化することによって,製品の販売 場所を実際の店舗からネット上の仮想店舗(バーチャル店舗)へシフトさせ ていった。この時点で,ネット企業はアトムの管理からビットの管理のウェ イトを高めることを通して,実物の管理をできるだけ縮小し,極力在庫をも たない方法へとシフトさせようとしたと考えられる。それだけではない。実 際の店舗をベースにした実物の移動とネットの店舗をベースにした実物の移
−426−
( 8 )
動には本質的な相違点がある7)。
実際の店舗で実物の製品を販売する場合,消費者は小売業者が品揃えした 製品群を買い回るなかで,何を欲しているのか次第に明確にし,自らの欲求 を特定している状況が想定されている。それゆえ,小売業者は実物の製品在 庫を前提としたシステムを稼働させてきた。しかし,ネット上の店舗を通し て消費者が製品を発注する場合,必ずしも実店舗と同様に実物の製品を在庫 する必要はない。というのは,消費者の欲求が特定化された後に,実物の製 品の取り寄せ,あるいは製品の生産の開始によって,ある程度のリードタイ ムを消費者が許容するならば,在庫を極力持たない仕組みでビジネスを展開 することが可能になるからである。しかし,ライバル企業に対して差別的優 位性を構築するためには,そのリードタイムをいかに短縮できるかが,重要 な競争要因となってくる。しかも,在庫をベースとした仕組みと異なり,在 庫をもたないことから取引関係にある企業の間で迅速に,しかも正確に情報 連携を計っていくことが要求されるのである。デル社と部品業者,さらには 配送会社であるフェデラル・エクスプレス社(FedEx)との密接な連携はま さに,個々の消費者の製品ニーズに応えるだけでなく,需要予測の精度を高 めるとともにリードタイムを短縮するための重要な競争優位を形成するポイ ントになっているのである。
近年できるだけ製品在庫を持たないで,需要が発生した段階で製品を生産 する延期型流通システムの構築が求められているが,こうした傾向はネット での製品販売の場合も同様,取引関係企業間の情報等での密な連携が求めら れていくことになる。その意味ではアトムの管理からビットの管理へシフト するにつれ,消費者の購買意思を確認したうえで,情報の管理が行われ,そ の後実物の管理が展開されるといったビジネスの仕組みの構築がより求めら
7)詳細については,村上剛人(2007a)を参照のこと。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −427−
( 9 )
れると指摘することができよう。
しかし,音楽市場について先に指摘したように,音楽の楽曲を
CD
といっ た媒体として販売するのでなく,楽曲のデータファイルをそのままネットを 通して消費者がダウンロードし,その曲を再生して楽しむといった音楽配信 サービスの利用が増加してきている。音楽配信サービスの場合,製品それ自 体がアナログからデジタルに変換すると同時に,販売している店舗もネット 上の仮想店舗で,しかも注文した製品も通信回線を通して配送されることに なる。前述した電子商取引の革新性が非デジタル製品やプロセスをデジタル へ変換することにあるという点はまさにこの点にあるわけである。すなわち,製品をデジタル化することによって,その製品の生産および販売プロセスも デジタル化されることになる。まさにビットの管理が主流になってくる。製 品がデジタル化されることによって,その製品の生産プロセスはダウンロー ドという購入者自らが複製を創り出す仕組みへと変換されていく。デジタル 製品を提供するものにとっては,いったんデジタル製品をストックすれば,
そのストックから簡単に複製を創り出すことが可能になる。そうなれば,製 品在庫として同じものを多数持つ必要がなくなり,アトムの管理はほとんど 不必要になってくる。デジタル製品の特性を前提としたマーケティング競争 を考慮しなければならなくなってくることになる8)。
8) A. B. Whinston, D. O. Stahl and S-Y. Choi(1997)はデジタル製品の特性として3 点指摘している。それは,非破壊性,変形可能性,複製可能性の3点である。非 破壊性とは,デジタル製品がいったん作成されると半永久にその形と品質を保ち 続けるという特性のことである。自動車や家電製品のような非デジタルな部分を もつ製品は使用していくうちに摩耗し,当初の製品の品質が劣化していくが,デ ジタル製品は使用した時間や頻度に関係なく,その品質は低下しない状態で維持 されている。すなわち,消費者が一度デジタル製品を購入すると,その寿命が半 永久ならばずっと使い続けることができるのである。とすれば,企業にとってビ ジネスチャンスは縮小してしまう可能性が高くなるため,それを打開するために,
パソコンソフトのように,頻繁に製品のアップグレードを実施したり,製品のラ イセンスを与えたりしているのである。
−428−
( 10 )
Ⅲ デジタル化と取引対象・取引主体の変化
3‐1 スマート製品化と製品とサービスの融合化
もちろん,楽曲ファイルのように非デジタルをデジタルに変換するのが比 較的容易な製品もあるが,むしろそうでない製品の方が多い。しかし,近年 の製品はスマート製品化されてきている。スマート製品とは非デジタル製品 の機能を制御するための電子インターフェイスを追加した製品のことである。
(S. Davis and C. Meyer 1998)例えば,今日の自動車は,多くの電子部品を 組み込み,その部品の中に書き込まれているプログラムによって,自動車の 様々な部品の連携関係が制御され,そのプログラムを書き換えることによっ て,最新の状態で自動車の走行を制御することが可能になってきている。こ のように,非デジタル製品を一気にデジタル製品に変換させるのではなく,
その中間形態として非デジタル製品にデジタルな部分を組み込むことによっ て,次第にデジタル製品化を押し進めていくことが可能になってきている。
このハード製品のスマート製品化は製品のソフト化・サービス化をより一層 進展させ,製品とサービスの融合化を推し進めていくことにつながってくる。
S. Davis and C. Meyer(1998)はハードの製品とサービスの境界が曖昧に
第二の変形可能性とは,デジタル製品のコンテンツを変更できるということを 指している。変更できるということは,デジタル製品はそれぞれの消費者が求め ているものを提供することができる可能性が高いだけでなく,それを消費者自ら が行うことによって,企業はそのデジタル製品のコンテンツの管理が困難になっ ていく可能性がある。
第三の複製可能性であるが,これはデジタル製品の複製を簡単に作ったり,記 憶し,転送が可能であるという点に関わっている。当初デジタル製品を生産する ための初期コスト(固定費含む)がかかるとしても,その後の製品を追加生産す る場合のコストは限りなくゼロに近くなる。しかし,この特性から一端デジタル 製品を購入した消費者が簡単に複製を創り出すということも容易になり,ある程 度の利益を確保するためには,不正な複製を抑止,あるいはプレステーションの ソフトなどで問題になったように中古品として再販売することを抑止することが 必要になってくる。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −429−
( 11 )
なるような現象をブラー化現象の一つとして指摘しているが,製品とサービ スの境界が曖昧になっていくためには,まずハードの製品にサービスなどの 要素をバンドルすることが求められる。例えば,電器製品を購入するとき,
消費者は単にハードの製品のみを購入したわけではない。1年間というメー カーが設定した製品保証を同時に購入しているのである。それはまさにハー ドの製品に製品保証というサービスがバンドルされているわけである。
バンドルされたサービスがデジタル的に提供されていくと,製品とサービ スは次第に融合化し始めてくる。例えば,家庭にある電器製品を遠隔的に操 作することが可能になるだけでなく,冷蔵庫などでは中に入っている製品の 在庫量などをチェックし,自動的に使い切ってしまったとき,契約を結んで いるスーパーマーケットなどから自動的に配達されるといったことが今後起 こってくる可能性があるのである。電器コンセントでつながる製品の多くは,
今後その製品にインターネットを利用できる環境が組み込まれていくことが 十分に考えられるのである。
また,電子的要素が製品に直接組み込まれない場合でも,製品とサービス が融合したと考えられるケースがある。例えば,リーバイスが展開したパー ソナル・ペアプログラムがそれである。リーバイスは消費者に自分のサイズ ぴったりのジーンズを提供するため,店舗で寸法を測り,そのデータを工場 に送ることによってその人の体型にぴったりのジーンズを生産・提供しよう としたのである。提供された最終製品はジーンズというハードの製品である が,しかし,それは単なるハードの製品ではないのである。それは「サイズ ぴったり」というサービスを組み込んだ製品なのである。そのため,通常の ジーンズより若干割高な代金を消費者はリーバイスに支払うことになる。こ のように,個々の消費者の要望に応えていくことが可能なものはほとんど製 品とサービスを融合化させていくことが可能になってくる。その意味では
One-to-One
マーケティングが目指しているものは,ほとんどが製品とサービ−430−
( 12 )
スの融合化を推し進めていくとみることもできる。このことは,情報化社会 が進展すればするほど,ハードとしての製品よりもサービスといった無形物 からなる価値の割合が高くなっていることと無縁ではないだろう。情報源と 電子的にコネクトする製品の製造が可能になるにともない,製品とサービス の境界が曖昧になっていくことになる9)。
そうなってくると,消費者が購入しようとするのは,単に製品やサービス そのものではなく,それがどのように使われるのか,その製品やサービスを 使って達成しようとすることにどれだけ役に立つのかという点に密接に関 わってくる。企業はその点を示さなければならない。例えば,旅行ビジネス で考えてみよう。旅行ビジネスを製品志向で考えてみると,旅行先のガイド ブックを制作し,それを書店で販売するという構図を描くことができる。他 方その旅行ビジネスをサービス志向でみると,旅行代理店を開設し,旅行 サービスを販売するというものである。それが製品とサービスがブラー化し てオファーとして提案されるようになると,ネット上にガイドブックのコン テンツと旅行代理店で提供されている予約サービスを提供するだけでなく,
実際に旅行参加者が実際に体験したことを語るフォーラムを提供することに よって,行ってみたい旅行先が意味のある形で決定されることになる。まさ に,このとき真の価値が消費者に提供されるのである。このようにみてくる と,消費者が何を製品価値として認識し購入するのか,逆にいえば,企業は 利益の源泉が一体どこにあるのか,その見方まで再検討する必要性を示しは じめている。
S. Davis and C. Meyer(1998)は,図1に示すように,製品とサービス,
そしてオファーの相違点について整理している。企業が提供しているのが製
9) S. Davis & C. Meywer(1998)は製品とサービスの混合物をオファーと呼んでい る。彼らはオファーを「『製品化』したサービスであり,『サービス化』した製品」
のことと定義している。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −431−
( 13 )
品であるという認識はこれまで一般的な見方であった。この製品志向からみ ると,企業はいかに製品を販売できるのか,製品を販売する時点に関心が集 中し,消費者がもっとも関心をもつ価格,納品の仕方,買いやすさなどを訴 求し,それをいかに低コストで実現するのかに重点が置かれていた。この見 方には,製品の価値の源泉は製造工程にあり,製品が生産ラインからでてき たとき価値がすでに決定されているとの認識が存在している。そして,消費 者のブランド忠誠を高めることによって,適切な価格を設定することによっ て収益を確保しようとしてきたわけである。
他方,サービスの場合,企業にとってサービスを提供する期間に関心があ る。企業にとっていかに長く提供期間を設定・維持できるかが利益確保とい う面でも重要である。そのため,消費者が求めているサービスを継続的に提 供しつづけることが,さらにその提供期間に応じて発生するコスト(期間費 用)を最小にすることが課題となる。このサービス志向においては,価値の 源泉はサービス活動に見いだせる。それゆえ,企業は消費者の継続的な関係 構築・維持を行うために,個々の消費者が求めているサービスをカスタマイ ズすることを通して,その提供期間を長くすることによってより高い利益を
図1 経営管理の思考様式
時間的視野 顧客の関心 コスト管理 価値の源泉 デザイン 収益モデル マーケティング 目 的
製 品 販売時点 価格 配達 便利さ
直接費 製造工程 固定画一 表示価格 ブランド 忠誠
サービス 契約期間 継続的
サポート 期間費用 トレーニング・
メインテナンス カスタ
マイズ 契約期間 関係形成
オファー ニーズの 持続期問
アップ グレードの
可能性
設計費 プラット
フォーム 学 習 会費と 使用料
コミュニティ 形成 出典 S. Davis and C. Meyer(1998)訳本p.52
−432−
( 14 )
確保しようとするのである。
それに対して,オファーは消費者のニーズが持続する期間に関心がある。
そこでは,いかに継続的に提供物を利用し続けてくれるのか,その提供物の アップグレードを絶えず行うことが求められる。そして,オファーにとって 最初の製品を製作するための設計費用は膨大にかかるため,いかに設計費用 を削減するかが課題となってくる10)。オファーの価値源泉は上記の製品や サービスの源泉を否定するものではないが,それ以上にプラットフォームか ら発生してくる。例えば,アップグレードを可能にする最初の製品ならびに サービスそれ自体がプラットフォームなのである。すなわち,パソコン一式 を購入するのも,消費者のニーズの変化や技術的な変化に対応してアップグ レードを可能にするためのものであると理解するのである。
そしてサービスがそれぞれの消費者にカスタマイズ可能であったことに加 え,その時々の使用状況に応じて使用方法を変更できるような学習可能なよ うなデザインが設定されている点に特徴がある。そして,オファーを提供し た企業はそれを購入した消費者ならびに彼らの購買・使用習慣を観察するこ とを通じて,できるだけニーズが継続するように戦略を形成していくことに なる。
3‐2 生産者と消費者の融合化
インターネットを活用するマーケティングは,製品とサービスの境界を曖 昧にし,オファーとしてそれらを融合化していくだけではない。さらに,消 費者の果たす役割を変えていく。例えば,注文内容を設定したり,注文製品 の配達状況を確認したり,また,製品を購入した後の使用状況などの情報を
10)この点はこれまでの企業内での製品開発(クローズド・イノベーション)から 外部の企業との連携等を通した製品開発(オープン・イノベーション)へシフト すべきとの議論とも密接に関連している。(H. Chesbrough 2003)。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −433−
( 15 )
他の利用者に提供したり等,これまで販売側が行っていたことを消費者が積 極的に行っていくことが求められる。まさに情報化社会における消費者はよ り能動的に行動することが要求されているのである11)。
それだけではない。村上剛人(2007
b)で指摘したように,消費者の役割
と密接に関連しながら製品のあり方に大きな変化を引き起こしはじめる。端 的にいえば,製品のデザインならびに生産プロセスに消費者が深く関与し始 めている点である。村上剛人(2007b)では,3つのタイプの製品について
紹介した。第一は情報型製品である。コンサートや旅券など情報それ自体が 商品になり得るものは,情報技術が進展する状況下で利用者が必要な情報を インプットしてはじめて,最終製品が完成するのである。第二は化学型製品 である。材料を混ぜ合わせて完成する製品は,どういった材料をどういった 比率で配合するかによって,様々な製品ができあがる。ここにおいても,消 費者が製品の生産工程に参加する傾向が強くなってくる。第三は素材組立型 製品である。製品が幾つかのパーツから構成され,その組み合わせを変える ことによって,様々な最終製品が出来上がるようなケース,いわゆる部品が モジュール化されているような製品も消費者がどういった部品を選択するか によって,様々な製品が完成する。このように,情報化社会における製品は消費者が必要な情報をインプット してはじめて製品の生産が開始されるという,まさに消費者を起点とした製 品開発・生産・流通の仕組みの構築が求められているのである。そこでは,
A. Toffler(1980)が指摘したように,情報化社会における消費者は生産者で
もあるという意味でプロシューマ(Prosumer)化してくることになる。それ ゆえ,消費者を企業の活動に積極的に参加させていくことは,競争展開上こ11) A. J. Slywortzky and D. J. Morrison, K. Weber(2000)は情報化社会における消費 者の役割の変化についてメーカーと消費者のパワーバランスの変化,各消費者の 求める特定の特徴を反映した製品が提供されるといった特定性の重視,そして,
消費者の能動性について指摘している。
−434−
( 16 )
れまで以上に重要になってきていると考えることができる。
S. Davis and C. Meyer(1998)は図2のように,これまでの取引のやり方
と生産者と消費者の境界が曖昧な「ブラー化」した取引のやり方の違いを整 理している。これまでの取引は,生産者が消費者に提供する内容を決定し,しかもそれをいくらで販売するのか,その価格を決定していた。また販売業 者はその製品を買える時間および場所を設定してきたわけである。しかし,
取引がブラー化してくると,買い手は必ずしも製品やサービスを購入する対 象ではなく,生産にも関わる存在へと変化してくる。例えば,スーパーマー ケットを考えてみよう。スーパーマーケットは来店者に何を提供しているの か。これまでの取引関係からすれば,それは来店者に食材を提供していると の解答が見いだせよう。鮮度のよい食材を納得できる価格で提供できれば,
きっと売上げが増加するとみているわけである。しかし,そのスーパーマー ケットに来店する消費者に対してなぜ食材を買うのか,その根本的な問題を 解決する方法を提供するとすればどうだろうか。例えば,献立メニューを用 意し,その献立メニューから食材を選択してもらうわけである。さらには,
作り方がわからない消費者には作り方まで教えるコーナーを用意する。しか し,それは次第に来店者である消費者がこんな献立メニューもあると他の来 店者に情報を提供し始めると,スーパーマーケットはそうした消費者が提供
図2 取引のブラー化と既存の取引構図 価値を
巡る役割
受け取る 価値
コミュニケー ションの役割
情報を
巡る役割 取引時間 取引場所
「ブラー化」
した取引 交 換 生産と 消費の両方
経済・
情報・
感情の価値
相互作用 アクセスと 生産を共有
常に コネクト
どこからも コネクト している
旧来の取引 買い手 消 費 サービス 受け手 アクセス
限定 営業時間 市場 売り手 生 産 金 銭 送り手 管理者 営業時間 販売地
出典 S. Davis and C. Meyer(1998)訳本p.81 One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −435−
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してくれた献立メニューあるいは作り方のコーナーなどをうまく活用してい くようになっていくと考えられる。こうした認識の変化がまさに取引のブ ラー化を指している。
書籍の販売で有名になったアマゾン・ドット・コムでさえ,たんに書籍そ れ自体を販売しているわけではない。アマゾンが読者の書評を集めたり,ど ういった書籍に関心があるのか,購入履歴や探索履歴のデータを解析するこ とから,書籍の推奨を行っている。すなわち,他の消費者が提供する情報を 別の消費者が利用することを自社のサービスとしているわけである。そこで は,単に製品のみを交換しているわけではなく,献立メニューや書評という 情報や利用者同士のコミュニケーションに基づいた人間関係形成などの感情 なども交換されるようになってくるのである。利用者が積極的にそこに関与 しようとすればするほど,その企業の売上高も自ずと増加してくるという関 係が形成されていくと考えられる。
Ⅳ One-to-Oneマーケティングの限界と消費者コミュニケーションの必要性
インターネットをうまく活用して
One-to-One
マーケティングを展開した 企業として先述したように,アマゾン・ドット・コムを挙げることができる。アマゾンの仕組みは,消費者が購入すればするほど,また閲覧すればするほ ど,精度の高い消費者データが蓄積され,その蓄積されたデータを巧みに データマイニングすることによって独自のお勧めシステムを構築してきた。
と同時に,そのシステムを使って,消費者の好みに合わせた情報を瞬時に提 供してきた。まさに
One-to-One
マーケティングをより精緻に実施してきた 企業なのである。しかし,村本理恵子・菊川暁(2003)が指摘するように,この仕組みは本 や
CD
ではうまくいっても,そのほかの製品群でうまくいく保証はない。一 定の読書・視聴・購買傾向がある場合はこのシステムを使うことによって,−436−
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顧客のニーズ 多様 画一
画一 多様
顧 客 の 価
値 Ⅰ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅳ
その特徴を浮き彫りにすることができ,一人ひとりの消費者に対応すること が可能になってくる。しかし,購買履歴から一定の傾向を見いだすことがで きないような製品群の場合は,どうであろうか?すなわち,情報処理の技術 を駆使しても,行動・購買履歴からは消費者の本音を知るデータを抽出する ことが困難である場合である。アマゾンは,現在,書籍,CD,電器製品,
玩具・ホビー製品,キッチン用品など幅広く取り揃え,取引のプラットフォー ムを形成しようとしている。しかし,書籍や
CD
の製品でうまくいったこと が,電器製品でうまくいくということは断定できないのである。インター ネットの活用は,消費者に個別に対応するマーケティングにとって不可欠で はあるが,自ずとそこには限界があるというべきであろう。その限界を超え ていく方法を見いだしていくのが,インターネットの本質的な活用というこ とになるのではないだろうか?再度One-to-One
の特性を考慮することから この点を考えてみよう。D. Peppers and M. Rogers(1997)は One-to-One
マーケティング企業の戦 略マップとして図3のような消費者ベース構造マトリックスを提示した。こ のマトリックスは消費者のニーズがどの程度多様化しているかという視点と図3 消費者ベース構造マトリックス
出典 D. Peppers and M. Rogers(1997)訳本p.56修正。
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −437−
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同じ製品ないしサービスでも消費者が異なる製品価値をもつと認識するかど うかの視点の2つから構成されたものである。適切なマーケティング戦略を 見いだす際,この消費者ベースの構造を理解することが求められる。先に指 摘したアマゾンが取り揃えていた書籍・CDそして流行性の高いアパレル製 品などは,まさに消費者の好みあるいはセンスは幅広く,領域Ⅱのように消 費者のニーズは多様であると考えられる。それまでは一人ひとりの消費者と 向き合うことに限界があり,マーケット・セグメンテーション戦略を実施し てきた分野であるが,それがインターネットの普及を前提とした情報技術の 活用によって製品・サービスのカスタマイズなど個別対応すればするほど,
One-to-One
マーケティングを実施することが可能になってきた。それゆえ,インターネットの活用もこうした消費者のニーズが多様な製品群では個別対 応する効果は大きく,いかに個々の消費者の情報を収集,分類,分析を行う のかが重要なポイントになっていたのである。
しかし,前述したように,インターネットを活用して,それぞれの消費者 の個別対応をはかろうとしても,消費者の好み,趣味などを消費者のニーズ の多様性を把握することができない場合がある。すなわち,製品の機能性か らみて購入者の購入意図がほとんど同じであると考えられるケースである。
図3の領域Ⅰに属する業界であれば,そこでの競争は製品のコモディティ化 によって,価格を中心とした競争へ進展していくことになろう。それゆえ,
そうした状況のもとでは,領域Ⅱへのシフトが困難であるならば,いかに領 域Ⅰから領域Ⅲへシフトさせていくのかが,戦略課題となってこよう。すな わち,領域Ⅲへのシフトは購入した製品の価値が消費者によって多様である という点をいかに認識できるかに依存している。しかし,多くの場合,なぜ その製品を購入したのか,購入した消費者自身が明確に語るということがで きない。むしろ,購入後なぜ自分はその製品を購入したのか,理由を跡付け しているのではないだろうか。そうした場合,探索履歴や購買履歴のみの分
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析だけではなぜ購入したのか,またどういった製品を購入する可能性がある のか,分析することには限界があろう。そうした場合その製品・サービスの 利用理由を明確にすることが重要になってくる。たとえば,飛行機を利用す る場合,出張で頻繁に利用するのか,家族で旅行に利用するのか,単身赴任 で週末自宅に帰るために利用するのか,その利用の仕方によって利用頻度だ けでなく購入金額も異なってくると考えることができる。そうすれば,そう した利用理由と利用実績とを分析することによって,誰が優良な消費者なの か,識別することが可能になってくる。マイレージサービスはそうした目的 で導入されたと考えられる。
しかし,なぜ利用したのか,その理由さえも消費者が明確に認識できてい ない場合はどうだろうか。そうしたとき,他の人々との会話を通して,その 理由を知るということは十分に考えられる。すなわち,利用頻度というデジ タルデータと利用理由というアナログデータをいかに連結できるかは,まさ に,消費者が他の人との会話を通して自分の本音に気づくことができるかど うかに依存しているということができよう。この視点からみて,いかにして 消費者の本音を引き出すことができるのか,そうした消費者のコミュニケー ションの場を提供することが重要な戦略課題になってくる。
D. Peppers and M. Rogers(1997)は,もっとも One-to-One
マーケティン グが有効なのは,消費者のニーズが多様でかつ製品価値も多様である領域Ⅳ であるという。デル社のようなコンピューター業界,薬局,園芸・料理など の分野はこの領域Ⅳに属していると指摘する。しかし,現実にはこの領域Ⅳ に属するビジネスは圧倒的に少なく,領域ⅡやⅢに属するものが多いと考え られる。それゆえ,特に消費財などのパッケージ製品を生産・販売している 業界では,消費者をその実際の製品価値に従って一人ひとり差別化するため に,消費者の取引実績を詳細に分析することが求められるとともに,それ以 上に製品・サービスに何らかの要素を追加し,カスタマイズを可能にするこ One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −439−( 21 )
とが要求される。これはⅢで指摘したように,製品とサービスの融合化を果 たし,製品・サービスをオファーに変換することでもある。すなわち,消費 者がその製品価値をどのように認識するのか,その認識の程度が異なるとの 前提のもとカスタマイズを可能に,One-to-Oneマーケティングを有効にして いくことになると言えるだろう。その意味からも単に消費者のニーズの多様 化の程度だけでなく,製品価値の多様化も考慮していかねばならないのであ る。
どちらにしても,消費者が何を求められているのかそのことを知ることが マーケティングにとってもっとも重要な点である。そのために,消費者の一 人ひとりと対話していくことが求められた。個々の消費者といかに効率的に コミュニケーションできるのか,この点が大きな課題であった。インター ネットの活用はまさにこの点に関わっていたということができよう。そして,
個々の消費者のニーズや製品価値を認識した後は,その消費者一人ひとりが 求めている製品・サービスをいかに効率よく提供できるのか,まさに生産の 柔軟性(近年のマス・カスタマイゼーションがその典型であろう)が求めら れた。その意味では,単に情報技術の進展によって,生産の柔軟性が確保で きたとしても,消費者のニーズあるいは製品価値の理解が十分できないとす れば,それは戦略的には意味のないものになってしまう。
D. Peppers and M. Rogers(1997)は図4のように,One-to-One
マーケティ ングの実施能力をマップ化している。このマップに基づけば,One-to-One
マー ケティングを実施する企業にとって,カスタマイズ可能な製品・サービスを 提供できる生産の仕組みを構築するだけでなく,いかに個々の消費者とコ ミュニケーションができるのか,まさにコミュニケーションの柔軟性を高め ることが競争上避けて通ることができない点であることが理解できる。マーケティングの変遷について説明したように,企業は個々の消費者と向 き合い,消費者志向を強めてきた。それは端的に言って,消費者が何を欲し
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生産・提供の柔軟性 高 低
低 高
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 柔 軟 性
Ⅰ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅳ
ているのか企業がこれまでのやり方では十分に理解できないと考えたからで ある。それゆえ,多くの業界でいかにして消費者の本音を探すのか,そのた めに直接消費者と向き合うことを志向してきたのである。消費者が何を求め ているのか,それを一人ひとりの消費者と対話を通して把握しようと試みる
のが
One-to-One
マーケティングの骨子でもあった。繰り返すことになるが,消費者のニーズだけでなく,消費者がその製品・サービスに対してどのよう な価値を見いだしているのか,その点を把握することが求められたのである。
しかし,多くの企業が消費者のニーズの多様性には関心が高くても,個々 の消費者が製品価値に対してどのように認識しているのか,そのこと自体十 分に理解していない企業も多いのではないだろうか。例えば,次のような話 が1980年代の終わりに聞かれた。ある老夫婦が電器店でビデオデッキを購入 しようとしたところ,高機能な製品を薦められて結果的にその製品を購入し たとのことである。しかし,その老夫婦はテレビの番組を簡単に録画したい という目的からビデオデッキを購入したのであるが,あまりに高機能すぎて 使い方がわからないまま,利用しなかったということである。これに類似し た経験をしたことがある人は多いのではないだろうか。ではこの点はいった
図4 能力のマップ
出典 D. Peppers and M. Rogers(1997)訳本p.67修正
One-to-One マーケティングから共創型マーケティングへ(村上) −441−
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い何を物語っているだろうか。企業はビデオデッキそれ自体に製品価値があ ると見なし,その機能の高度化を図ろうと競争を展開してきた。しかし,消 費者からすれば,それをどのように簡単に便利に使えるかという点に製品価 値を見いだしていたのである。そうだとすれば,消費者を理解するというこ とそれ自体を再度検討することが求められるのである。
多くの消費者が生産者から直接情報の提供を受けるというよりも,むしろ,
商品の使用経験等を直接経験した人から情報を得たいと考えているとすれば,
どうやって体験者から情報を提供することが可能になるのか,その仕組みを 構築しなければ,ライバル企業との差別化に出遅れてしまうことになってし まう。森田正隆(2003)が示した松下電器のレッツノートの製品開発は,ま さに消費者同士の使用経験を製品開発に組み込むということを実践したケー スである。このように,使用経験を通しての製品価値をどのように実現して いくのか,今後
One-to-One
マーケティングを展開するうえで,重要なポイ ントになってくる。もちろん消費者も自らのニーズや欲求を明確に語ることができる,さらに はその製品・サービスの価値が何かを十分に説明できることは容易なことで はない。ではどうやって消費者はその点を理解することができるようになる のだろうか?やはり,これも消費者間のコミュニケーションを実現すること によってであると言わねばならない。
Ⅰで簡単に説明したように,インターネットを利用しても企業と消費者の コミュニケーションの方法にも3つのタイプが存在している。ここで問題に していることは,パーソナルモデルとしての企業と消費者との個別の対応関 係の限界を消費者同士のコミュニケーションを組み込んだコミュニティ・モ デルへ進化させることである。掲示板やチャットなどインターネットのなか で消費者同士がコミュニケーションする場が次々と提供されてきているのも,
この点とも密接に関連していると考えるべきであろう。コミュニティ・モデ
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簡単なホームページ閲覧 希望者宛へのメール配信
1対 N 型
N×(N−1 )型 1対 N の双方型
パーソナルモデル コミュニティ・モデル
掲示板/チャット/
メーリングリスト メーカー直販/通信販売/
e バンク、ネット証券 コールセンターなどの サービス
顧客志向の CRM
ルは消費者志向のモノづくりを支える基礎となり,かつ企業と消費者の新し い関係を構築する場になり始めているのである。そこでは,デジタル化され た行動履歴のデータでなく,生の声というアナログデータの収集・分析が必 要であり,そのためにも,消費者同士がコミュニケーションしあう場を形成 していくことがより一層求められているのである。すなわち,「ネット上の おしゃべりに耳を傾けると,情報やモノに対して,消費者が一体どこからど うやって情報を入手し,どう意思決定しているのか,消費者行動の本当のプ ロセスが見えてくる」(村本理恵子・菊川暁 2003,p.179)のである。その とき,「顧客に耳を傾ける」マーケティングから「顧客と積極的にコラボす る」マーケティングへのシフトが発生してくるのである。
Ⅴ おわりに ―― 顧客価値の認識と共創型マーケティングの可能性 ――
企業間競争が時間を軸に競争が展開されている今日,インターネットの普 及によって瞬時に情報を伝達できるようになったことから,より一層スピー ドを求めた競争が展開されるようになっている。またインターネットの普及
図5 3つのコミュニケーションタイプ
出典 村本理恵子・菊川暁(2003)3章から筆者作成
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