別紙様式6
博士論文審査報告書
令和2年 2月 6日 愛知県立大学 大学院
情報科学研究科長 殿
大学院 情報科学研究科 職名 教授 氏名 臼田 毅 印
論文題目 Quantum algorithm for matrix functions 氏 名 高比良宗一
審査結果の要旨
別紙のとおり.
最終試験の結果 合格
学力審査の結果 合格 学識審査の結果 合格
審査委員会
主査 副査 臼田 毅 印 曽我部知広 印
副査 副査 代田健二 印 印
副査 副査 太田 淳 印 印
☑️新規性 ☑️有効性 ☑️信頼性 ☑️了解性 ☑️研究倫理
別紙様式7
審査結果の要旨
量子コンピュータは,ムーアの法則終焉後の救世主として,1990年代から注目を集め て来たが,21世紀初頭,その実用化は,30年後,100年後,あるいは1000年後と言わ れ,遠い未来のことと考えられていた.しかしながら,この10年の技術革新はめざまし く,まだまだ低スペックであるものの,最近,商用量子コンピュータが発表されるなど,
計算機科学のパラダイムシフトが現実味を帯びている.量子コンピュータを有効に動作 させるためには,量子コンピュータに解かせたい問題に対する計算手続きを記述する,
いわゆる量子アルゴリズムの開発が必要不可欠である.量子アルゴリズムの中で,2009 年にA.W. Harrow, A. Hassidim, S. Lloydにより提案されたHHLアルゴリズムは,線 形方程式の解に対応する量子状態を対数時間で得るものであり,極めて重要視されてい る.なぜなら,線形方程式は微分方程式の離散近似であるという事実に代表されるとお り,工学及び科学における計算問題の中で,最も多く現れ,最も重要な問題であると言 っても過言ではなく,その解法は,計算科学,データ科学を支えるものであるといえる からである.実際,HHLアルゴリズムは,数値解析や機械学習のための量子アルゴリズ ムのサブルーチンとして利用されるようになった.HHL アルゴリズムはまた,行列関 数とベクトルの積に対応する量子状態を出力する量子アルゴリズムに拡張可能である.
線形方程式自身,行列関数の特別な場合であるとも解釈できるが,一般の行列関数の計 算は,さらに広範な場面で登場する.例として,半正定値計画問題,微分方程式,制御 理論,格子量子色力学の分野などがある.このように,HHLアルゴリズム及びその拡張 アルゴリズムは,多種多様な活用が見込まれるため,量子コンピュータのキラーアプリ ケーションとして期待されている.
しかしながら,現実の計算問題を解くためには,これらの量子アルゴリズムに,次の二 つの大きな問題点があることを申請者は看破した.第一に,アルゴリズムが働く条件と して,問題に対応する行列がエルミート性を持つ必要があり応用先が限定されること,
第二に,その出力はベクトルに対応する量子状態で,ベクトルの各成分を表す数値デー タではないため,線形方程式の解そのものが得られているとはいえないことである.
本論文では,上記二つの問題点に対し,それぞれ独自の視点で取り組んでいる.まず第 一の問題に対し,Cauchy の積分公式による行列関数の積分表現に注目し,行列がエル ミート性を持たなくても働く量子アルゴリズムを提案している.第二の問題に対して は,線形方程式の解ベクトルの任意の成分が低精度であればHHL アルゴリズムを用い て従来より指数的に速く推定できる点に注目し,古典コンピュータ(スーパーコンピュ ータを含む通常のコンピュータ)を併用することで効率的に解ベクトル全体を計算する 量子-古典ハイブリッド計算を提案している.さらに係数行列が3重対角行列とその一般 化であるk-3重対角行列,またその変種である(k, k +1)-3重対角行列である場合の解ベ クトルの計算を考察している.特に(k, k +1)-3重対角行列に対する考察では,置換行列 による2重対角化を数学的考察により導出し,これを用いることで,より高速に解ベク トルの計算が行えることを示している.
本論文は,序論と結論を含む8つの章で構成されている.第1章は序論であり,上に示 した本論文の位置づけを述べている.第2章から第4章では基礎理論と従来研究につい て述べており,第2章で量子計算の基礎を,第3章で量子アルゴリズムの基礎を述べた
後,第4章において,本研究に関連する既存の量子アルゴリズムについて概説している.
本論文においては,第5章から第7章が核であり,第8章で結論を述べている.第5章 から第7章の内容は以下の通りである.
第5章では,Cauchyの積分公式を用いた行列関数に対する量子アルゴリズムを提案し
ている.行列関数に対する量子アルゴリズムは従来複数提案されていたが,本論文では
Cauchy の積分公式を用いることで,従来は適用不可能だった場合にも働くアルゴリズ
ムを示している.まず,問題設定とアルゴリズムで使われるアイデア,そして提案量子 アルゴリズムを使うことで得られる結果を主定理としてまとめ,述べている.次いで,
アイデアの要である近似式および提案する量子アルゴリズムの詳細について説明して いる.さらに,提案した量子アルゴリズムにおける計算量,誤差,成功確率について,
数学的に厳密に論じている.最後に,主定理の証明を示している.
第6章では,線形方程式の解法を与えるため,量子計算と古典計算を併用した量子-古 典ハイブリッド計算を提案し,線形方程式の解ベクトルそのものを得るアルゴリズムを 示している.具体的には,解ベクトルの一部の成分を量子コンピュータによって推定し,
その成分から残りの成分を古典コンピュータにより計算する手法を示している.さら に,スプライン補間や偏微分方程式の数値解法の一つであるADI法等において現れる3 重対角行列を係数とする線形方程式について,具体的なアルゴリズムを示している.ま た,誤差の影響についても厳密に論じている.以上の一般論に加え,3 重対角行列を係 数とする線形方程式に対し,古典コンピュータがシングルコアプロセッサ,マルチプロ セッサをもつ場合それぞれについて,具体的な手法を示すとともに計算量と誤差を導出 し,誤差に関する数値実験の結果を示している.
第7章では,(k, k +1)-3重対角行列の置換行列による2重対角化手法を示している.
そのアプローチは,2重対角化のための置換行列の存在を仮定することから出発し,2重 対角化後の行列構造を考察することで最終的に置換行列を導出するユニークなもので ある.また,その結果を用い,元の行列構造からは非自明である(k, k +1)-3重対角行列 の固有値と行列式の解析的な表現を示している.最後に,導出した2重対角化と量子-古 典ハイブリッド計算を組み合わせたアルゴリズムについて論じ,マルチプロセッサをも つ古典コンピュータを用いることで,計算の高速化が可能であることを示している.
以上の研究成果は,量子コンピュータが,計算科学,データ科学を支えるために最も重 要な線形方程式とその一般化である行列関数の問題の解法に利用可能であることを明 確に示すものであり,学術的にも実用的にもインパクトが大きい.また,単にアイデア を述べるだけでなく,主定理の証明,計算量の見積もり,誤差解析,さらには量子計算 で必要となる成功確率の見積もりなど,必要な理論解析を体系的に完遂している.この ように,この研究成果は,量子情報科学だけでなく,数値解析や数学などにも通じる申 請者ならではのものといえる.多様な背景を必要とすることから,量子アルゴリズムに 関する研究成果を上げている研究者は世界でも多くはなく,我が国では極めて少ない.
本研究は,量子アルゴリズム研究の手本を示しているものともいえ,これに倣う研究者 の出現により今後の量子計算分野発展にも大きく寄与するものと考えられる.本研究 は,量子コンピュータがビックデータ解析や機械学習などに直接つながることを強く想 起させる研究でもあることから,より広範な分野への波及効果も期待される.
以上より,本論文は博士の学位を授与するに十分な内容を持つものであると判断され る.