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学校教育におけるモダニズムとポスト・モダニズムの問題(その1)

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(1)

   学校教育におけるモダニズムとポスト・モダニズムの問題(その1)

      一カリキュラム変遷史を中心に一

〇nthe Subjects of Modemism and Post・modernism in the Japanese School Education:

Focusing on the developmental transitions of the National curriculum (Paper One)

後口伊志樹(Ishiki usHIRoGucHI)

The subjects of modernism and post・moderni8m in the Japanese schoo1 education always attract our attention in that they possibly present us witb the better hint8 and examples for the consideration of the school education now and in the future because they really occurred or have been taking place in histOry with something of great significance. This paper tries to di3cuss what were going on in an era of it3 moderni8m, focusing on the developmental tran8itions of the nationai curriculum and what modernism does fundamentally mean to the school education in Japan.

1 はじめに

 学校教育におけるモダニズムとポスト・モダニズム1の問題は21世紀に入って7年目を迎え る今日、もはや語り尽された(特に前者について)あるいは望ましい程度に既に進展したもの として(特に後者について)容易く片付けてしまってよい問題であろうか。学校教育とは「生 物学的に未熟に誕生すること2を余儀なくされる子どもの成長史に学齢期を通じて寄り添う営 みである」と一先ず定義し、その子どもの成長史が人類の進展史とフラクタルに重なるのでは ないかという仮説、換言すれば人類の進展史が子どもの成長史を誘い或いは反映するのではな いかと考えるならば、子どもは成長史のいずれかの段階で必ずモダニズムやポスト・モダニズ ムの問題を抱え込むことになるはずである。そうだとすれば、それに寄り添う学校教育もまた 適切な段階でこれらの問題と切り結ぶことを避けて通ることはできない。今この瞬間にも全国 津々浦々で新たな誕生の産声があがっている。そうした次代を背負う子どもたちが、ある段階 に達してモダニズムやポスト・モダニズムの問題に遭遇し、そこを通過することで或いはその 洗礼を受けることで成長の証が確かなものになるという意味において、この問題は何時の場合 であっても看過できない教育課題となるにちがいない。

 この観点から、本稿ではモダニズムを成長史(あるいは進展史)の要素的段階として捉え、

その長所と短所について、長所はこれを生かし、短所はこれを改善する形で常に問い直される 意義を有するものであるという認識のもと、学校教育におけるモダニズムの問題を、特にカリ キュラム3変遷史を切り口に論考する。

2 学校教育におけるモダニズムを考える際の視座

 本稿での学校教育における「モダニズム」とは、時代的に1872年(明治5年)の学制公布 から、戦後の実質的には第4次の学習指導要領改訂(小・中1977、高78)が行われる年の前 年(1976)までの104年間を射程し、その間の学校教育を先導した諸思想や理念、更にはそこ で試みられた教育方法論の総体を含む概念として用いる。従って、この104年間の様々を振り 返ること、吟味すること、評価することはそのままで「モダニズム」の振り返り・吟味・評価 を意味するという視座に立っ。

3 カリキュラム編成原理

 カリキュラム変遷史を切り口にモダニズムの問題を考えることに先立ち、その変遷史に直接 かかわるカリキュラム編成原理4のいくつかについて言及しておきたい。

(2)

 (1)分離教科カリキュラム(separate subject curriculum)

 文化の諸領域について網羅的な知識と技能を習得させることを学校教育の目的と考える立場 であり、カリキュラム変遷史の上ではプロトタイプといえる。文化の諸領域において試行錯誤 を重ねながら人類が築き上げてきた確定知を尊び、それを受け継ぎ受け渡すことの時間的、空 間的意義を重視する教育の実践を目指す。

 (2)諸改造カリキュラム(reformed curriculums)

 (1)の分離教科カリキュラムは伝統を踏まえ教育水準の維持・向上を図る上で有効な編成原理 であるが、その一方で、知識の伝達に偏向し記億に頼る学習に終始しがちであるとか、子ども の興味・関心や経験・活動を軽視しがちであるとか、それゆえ創造性や実践力が身に付かない といった問題点が指摘され、そのためにそうした欠陥をいかに克服するかという視点から、歴 史的には諸改造カリキュラムが工夫・考案されていく。その主要なものを以下に4点示す。

  ア 相関教科カリキュラム(correlated curriculum)

 分離教科カリキュラムによる教科の区分を踏襲しつつ、学習効果向上のために、教科間の相 互関係を追求するカリキュラム。

  イ 融合カリキュラム(fused curriculum)

 教科の学習を中心とするが、問題の範囲を覆う教科間の境界を撤廃するカリキュラム。例え ば地理、歴史、公民の融合としての社会科や、物理、化学、生物、地学の融合としての理科を 設けるなどのカリキュラム。

  ウ 広域カリキュラム(broad  fields curriculum)

 教科の枠組みを取り払って領域で教育内容が再編されるカリキュラム。人為的な分類と組織 によって多数の教科に分割された文化を、その本来的な存在の姿である大きな領域にまとめ直

し、それによって教科を再編しようとする立場。

  エ コア・カリキュラム(core curriculum)

 生活現実がもたらす問題解決を学習する「中核課程」と、それに必要な基礎的知識と技能を 学習する「周辺課程」から成る。中核課程の内容は経験カリキュラムとして構成され、周辺課 程は教科的内容によって構成される。

 (3) 経験中心カリキュラム(experience・centered curriculum)

 児童中心カリキュラム、生活カリキュラム、活動カリキュラムなどとも呼ばれ、狭義の経験 カリキュラムのことを言う。教科の存在は一切認めず、子どもの興味と目的を有する活動から 成る総合的な単元で全体が構成される。教科の壁は消滅し、学校教育は子どもの生活そのもの

と一致する。

 (4)社会中心カリキュラム(society centered curriculum)

 カリキュラム編成上考慮されなければならない要素は、「学問」「子ども」「社会」の三つであ る。そのうちどれを最も重視するかによって、「学問中心カリキュラム」「児童中心カリキュラ ム」「社会中心カリキュラム」に総じて分岐する。その中、社会中心カリキュラムは、社会への 効率的な適応あるいは社会の改善のどちらに重点を置くかによって社会効率主義及び社会適応 主義或いは社会改造主義として展開された経緯5がある。社会中心カリキュラムを大枠で言えば、

内容が追求される主題によって統一され、児童生徒の学習が活発になり、社会生活と関連付け られているので、学習の意味が分りやすいことが長所である反面、カリキュラムのスコープと シークエンスが明確に定義されず、教科の扱いが表面的・断片的となり、教科内容の系統的伝 達が疎かになることなどが短所と言われる。

4 切り口としてのナショナル・カリキュラムと国民一般の共通教育

(3)

  3に触れたカリキュラムの編成原理や時代の動向を踏まえ、モダニズムにおけるカリキュラ ム変遷史を辿るに際し、検討材料としてのカリキュラムや校種を予め特定しておきたい。先ず、

カリキュラム検討についてはナショナル・カリキュラムのみを取り上げることとする。時期に よって、あるいはケースによってナショナル・カリキュラムを内容や進展の面で凌駕する地方 単位、学校単位の特色あるカリキュラム6が存在したことは想像に難くないが、カリキュラム編 成上の明らかな指標として、時代を代表したのはあくまでもナショナル・カリキュラムに他な

らないとの観点にここでは立つ。戦前は周知のように、国(文部省)の権限が極めて強い時代 であったので、ナショナル・カリキュラムが重大な影響力を行使したことに異論を挟む余地は ないし、戦後においても、ナショナル・カリキュラムを基準として公示する形はとったものの、

戦前のモーメンタムが潜躍していたことや占領期の終焉とともに強化が図られたこともあって、

ナショナル・カリキュラムの影響力は依然として強かったと考えられるからである。

 どの校種のカリキュラムを採択するかについては、国民一般の共通教育を担う学校に絞るこ ととしたい。自明のように、義務教育を担う小学校(戦前・戦後)中学校(戦後)が、専ら当 該する時代の教育を全体として代表するものであったからである。この前提に立って、カリキ ュラム変遷史を考える上で重要な指標と考えられ本稿で取り上げて論じるナショナル・カリキ ュラムを時代順に予め示しておく。

 ・ 1872(明治5)年の「学制」改正教科構成表  ・ 1891(明治24)年「小学校教則大綱」教科構成表

 ・ 1907(明治40)年義務教育6年制導入時の尋常(及び高等)小学校教育課程表  ・ 1941(昭和16)年の国民学校教科構成表

 ・ 1947(昭和22)年「学習指導要領一般編(試案)」の小学校及び新制中学校教科課程表  ・ 1951(昭和26)年改訂学習指導要領の小学校及び中学校の教科時間表

 ・ 1958(昭和33)年改訂学習指導要領の小学校及び中学校の授業時間表

 ・ 1968・69(昭和43・44)年改訂学習指導要領の小学校及び中学校の授業時間表  なお、ここでの検討対象はあくまでも義務教育期間のカリキュラムであるが、それが0→4

→6→9年と開始・延長されていく経緯の中で必要上あるいは関連上、例えば、尋常小学校(義 務教育)の教科構成表に高等小学校(非義務教育)のそれも加えて示すといった形で、以下取

り扱うことにする。

5 ナショナル・カリキュラム編成の推移

 (1)1872(明治5)年の「学制」改正教科構成表(図表1)7

 本教科構成表が示された1872年前後は周知のように、維新後の激動期である。新旧混沌と 開国の中、何よりも優先されたのは国の近代化であった。学校教育の果たすべき役割は極めて 重大、というよりも近代化の重要な担い手として学校教育が位置づけられるあらゆる理由や事 情が介在した。全国を七つの大学区(1873年)に分かち、32の中学区、210の小学区を設け る仕組みを構想し、小学校でいえば、全国併せて47,040校の建設を目標にする(平成17年度 の小学校数8は国公私立併せて23,123校)という壮大な計画であったが、現実は、困難な課題 の山積を伴った。教員の確保や養成の問題、施設・設備を整えるなどの財政上の問題、何より もそこで学ぶべき子どもたちの就学率が30%前後で推移するといった多くの問題・課題に迫ら れながら歴史の開始を告げた日本における近代学校教育(制度)であった。そうした時代を反 映して示された教科構成表にはいくつかの点で顕著な特徴が見られる。

  ア 読み書き算術と修身を中心とするという基本構造は既に見られるものの、ドイツ、イ ギリス、当時の新興国である米国等の教育を手本とするものであったために、四書五経を中心

(4)

とするそれ以前の学問内容から洋学への転換 が図られ、洋学の名称の翻訳語をそのまま教 科の名称として用い表記している。このこと は特に上等小学校4年の教科構成表(図表1 右段)を見れば瞭然である。

  イ 近代自然科学を中心に、知育に傾斜 し当時の一般国民の生活とは乖離した内容に なっていることがうかがわれる。

  ウ 今日で言ういわゆる「教科」の概念 はまだ登場しておらず、教科と科目がほぼ同 義的に用いられて、文化の諸領域の網羅的な 知識と技能を習得させることを目的とする 分離教科カリキュラム(3の(1)参照)の様 相を著しく呈している。

 (2) 1891(明治24)年「小学校教則大綱」

教科構成表(図表2)9

 1886(明治19)年の「小学校令」による 義務教育4年制の導入を受けて、尋常小学校 を国民一般に必須の教育とする観点から教育 課程の全体構造が、教育目標・教科構成・各 教科の教育内容・時間配分等を包括する形で 示された。なお、前年(1890)には「教育勅 語」が発布され、また、この3年後には日清 戦争(1894〜95)が勃発する。ここでも、そ うした時代背景を念頭に、本教科構成表の特 徴的事項を3点にまとめて示す。

  ア「綴字」「習字」単語」「会話」「読本」

「書腰」「文法」という7教科が「読書」「作 文」「習字」という3教科に整理統合され、こ の点でいえば、一面では3の(2)のアの相関カ リキュラムを、他面では、同イの融合カリキ ュラムの様相を帯びるに至っている。7教科 を3教科に収敏するということは、その関連 性に配慮したことを意味し(相関カリキュラ ム的側面)、統合された3教科についてはその 領域が新たな広がりを持っに至ったこと、高 等小学校で言えば、それに加えて「地学大意」

「博物学大意」「化学大意」「生物学大意」等 が「理科」に統括されている(融合カリキュ ラム的側面)からである。

  イ 義務教育制の導入に伴い、国民一般 に必須の教育という観点はカリキュラムにも

図表1 1872(明治5)年「学制」改正教科構成表

綴字 習字 単語 会話 読本 修身 書順 文法 算術 養生法 地学大意 究理学大意 体術 唱歌

綴字 習字 単語 会話 読本 修身 書積 文法 算術 養生法 地学大意 究理学大意 体術 唱歌 史学大意 幾何学大意 罫画大意 博物学大意 化学大意 生理学大意 外国語1.2(随)

記簿法(随)

図画(随)

政体大意(随)

(注)L1872年8月誤謬訂正し,かつ同年11月改正。

  2.唱歌は「当分之ヲ欠ク」。

  3.(随)は,地方によっては「教ルコトアルベシ」の教科。

(出所) 教育史編纂会,1964,第1巻,pp,283−87。

図表2

1891(明治24)年「小学校教則大綱」教科構成衷

修身 読書 作文 習字 算術 体操(欠)

日本地理(加)

日本歴史(加)

図画(加)

唱歌(加)

手工(加)

裁縫(女)(加)

修身 読書 作文 習字 算術 日本地理 日本歴史 理科 図画 体操 裁縫(女)

外国地理(欠)

唱歌(欠)

幾何初歩(加)

外国語(加)

農業(加)

商業〔加)

手工(加)

(注) L (欠}は「欠クコトヲ得」の科目。

  2.(加}は「加フルコトヲ碍」の科目。

  3.(女)は「女子ノ為」の設置科目。

(出所) 教育史編纂会,1964,第2巻,pp. 56−57

(5)

明確に反映し、児童一般に必須の教科(基本教科:「修身」「読書」「作文」「習字」「算術」)と それ以外の教科という位置づけ又は概念化が本教科構成表において始原的に登場している。

  ウ 近代自然科学に傾斜した内容から時代背景(例えば「日本地理」「日本歴史」は「教

図表3−1 1907(明治40)年尋常小学校教育課程表

字年毎週授窺2第一学隼 毎週授業豊

第二学年 毎週翼時数第三学軍 毎週授業2

第四学年 毎週墾時数第五学年 毎週授業時数第六学年

2

週億!要旨

遣徳ノ§

遣徳ノ要旨

遁嬉ノ要旨

道徳ノ要旨

道徳ノ要旨

国梧一〇=一一四一四一〇一〇

算術

通常ノ加減桑除

譲歩合算︵珠算加減乗除︶

日本璽日本歴史ノ大要前攣年ノ続キ

地理

B本地理ノ大要

理科

(単̀簡単ナル形体︶

罐︶

単形簡単ナル髭

簡単ナル髭

男二女一簡単ナル窪

男二女一簡単ナル形体

平易ナル単音唱歌

平易ナル単音唱歌

平易ナル単音唱歌

平易ナル単音唱歌

平易ナル単音唱歌

平易ナル単音唱歌

体操遊戯遊戯普通体操

遊戯普通体操

遊戯普通体操

普通体操遊戯易兵式休損

普通体操遊戯男只式体操

殻縫

通常ノ衣類ノ日ヒ友哉チ友緒ヒ方

手工簡易ナル細工簡易ナル細工簡易ナル細工簡易ナル細工簡易ナル細工簡易ナル細工

一=二四男一宅女天男毛女二九男一×女邑男一×女苦

図画ハ第一学年第二学年二於テハ毎週一時之ヲ課スルコトヲ得       %      る      38      悼      巻             第      ▲      描      会      纂      編      史      育      教

      ラ手工ハ第一学年第二学年第三学年二於テハ毎週一時︑第四学年第五学年第六学年二於テハ毎週二時之ヲ所      出課スルコトヲ得︵ ︶及手工ノ各欄ハ朱書トス       ︵

図表3−2

1907(明治40)年3年制高等小学校教育課程表

  学年教科毎週援2第 一 学年 毎週拶時数第 二 学年 毎週教授時数第 三 学 年

修  身

道徳ノ要旨

遭徳ノ要旨

遭徳ノ要旨

国  語

日常須知ノ文字及普通文ノ続ミ方︑書キ方︑綴り万

日常須知ノ文字及普通文ノ読ミ方︑書キ方︑綴り方

日常須知!文字及晋通文ノ続ミ方︑書キ方︑綴り方

算  術

8歩合算比例︵珠算 加減乗除︶

比例︵珠算 加減乗除︶男四女三 前各学年!補習求積⌒8用簿記︶︵珠算 加減乗除︺

日本歴史

日本歴史ノ大要

前学年ノ続キ

維新以来ノ事歴

地  理外国地理ノ大要地理ノ補習地理ノ補習

理  科

理科ノ補習

図  画男二女一諸般の形体男二女一晴般の形体︵簡易ナル幾何画︶男二女一緒般の形体︵簡易ナル幾回画︶

唱  歌

単音唱歌︵簡易ナル摘音唱歌︶

単音唱駄︵簡易ナル復音唱軟︸

単音唱歌︵簡易ナル複音08歌︶

体  操

普通体操遊  戯男 兵式体操

普通体損遊  戯男 兵式体操

普通体操遊  戯男 兵式体操

裁  日

通常ノ衣額ノ縫ヒ方︑裁チ方︑繕ヒ方

通常ノ衣類ノ縫ヒ方︑裁チ方︑繕ヒ方

通常ノ衣類ノ縫ヒ方︑裁チ方︑繕ヒ方

手  工男二女一簡易ナル細工男二女一簡易ナル細工男四女二簡易ナル綴工

農  業

農事   農事ノ大要水産   水産ノ大要

農事   農事ノ大要水産  水産ノ大要

男二女一 農事   農事ノ大要水産   水産ノ大要

商  業

商藁ノ大要

商業ノ大要商策ノ大要男四女二

英  語読ミ方︑書キ方︑緩り方︑話シ方読ミ方︑書キ方︑綴り方︑賭シ方読ミ方︑書キ方︑綴り方︑話シ方

男︷翫・≡・蒜女塞

男{

?E≡

︵ ︶及英巳輪ノ各欄ハ朱●百トス

(出所) 教育史編纂会,1964,第5巻tpp.41−43。

育勅語」や 国際情勢の 影響や関連 性が見られ る)や実学 を重視する 傾向(例え ば「手工」

や女子にお ける 「裁 縫」)が顕著 である。

 (3)1907

(明治40)

年の義務教 育6年制導 入時におけ る尋常(及

(6)

文献研究を主たる目的とする英語学習が当時の 主流であったことを考えれば、中学校や高等女 学校等に進学するために必要な教科が英語とい う認識が支配的であった事情を物語るものであ

ろう。

 (4)1941(昭和16)年国民学校教科構成表

(図表4)11

 1941(昭和16)年といえば日米開戦を刻し た年である。その2年前に勃発した第2次世界 大戦の戦火が太平洋を挟んだ両国の直接衝突に まで拡大するという戦時下にあって、戦時緊急 対策の一環として国民学校(初等科6年、高等 科2年)設置された。その教科構成表は、カリ キュラム編成史の観点から見るといくつかの点 で興味深い特徴を持っている。

  ア 従来の教科を再編統合する包括的な領 域として「国民科」(皇国の使命の自覚を培う)、

ぴ高等)小学校の教育課程表(表3)10

 1907年といえば、日露戦争(1904〜05年)の終結後間もない頃である。日本資本主義が急 速な展開を見せる時期に当たり、20世紀に入って科学技術の目覚しい進展も予測される中、教 育水準の更なる向上が求められ義務教育6年制が導入された。教育課程編成の面でも近代化の 必要が声高に叫ばれる時代でもあった。図表3−1・2として示す教科構成表はこうした中で 形を見たものである。義務教育6年の延長線上に、高等小学校3年間を教育理念的に国民一般 の完結教育として位置づけて時代のニーズに対応しようとしている点が注目される。その主な 特徴点を次の3点である。

  ア  「読書」「作文j「習字」が統合されて「国語」となる。既設の「理科」と相まって、

3の(2)のイの融合カリキュラムの様相が一層深化している。

  イ 新設された「国語」の全体に占める授業時数の割合が高い。尋常小学校6年間にお ける国語の授業時数の割合は男子が全体の45.2%、女子は43.2%である。このことは高等小 学校にも当てはまり、週当たりでいえば、1学年8時間、3学年併せて24の授業時間が配当

されている。ここにはもとよりすべての教科の学習は母国語を基盤に成立しているという認識 があって、話す力・読む力・書く力の向上はそのままで教育水準の実質的向上と重なり、近代 化への確かな歩みを担う教科として、新設の「国語」への期待は大なるものがあった事情がう かがえる。

  ウ 実業分野の能力強化が打ち出されている。このことは理念的に完結教育を担うとされ る高等小学校において顕著であり、「商業」「農業」等の実業分野の教科の授業時間数が明確に 設けられていることからも言える。また、「英語」の授業時間数が空欄となり、教育課程表か ら外されている点も尋常小学校を終えて職業に就く前段階の学習者たちに対する完結教育機 関という位置づけからすれば、首肯に値する。

       図表4

1941(昭和16)年国民学校教科構成表

初等科6年 高等科2年

国民科 修身 国民科 修身

国語 国語

国史 国史

地理 地理

理数科 算数 実業科 農業

理科 工業

体錬科 体操 商業

武道(女欠} 水産

外国語(加}

芸能科 音楽

K字 其ノ他(加)

図画 理数科 算数

工作 理科

裁縫(女} 体錬科 体操

武道 芸能科 音楽 習宇 図画 工作

家事(女)

裁縫(女)

理数科(礎の科学に関する織・技能の習得)・(注} G:1謝灘辮碧、ヲ。、輪

体錬科(献身奉公の実践力を身に付ける)、芸能  3.(加)加設科目。

科(芸術的、技術的表現力の習熟)、実業科(職(出所)近代日本教育制度史料編纂会ec 1956 P  225°

(7)

業従事能力の養成、ただし高等科のみ)の五つを設けている点で、3の(2)のウの広域カリキュ ラムの性格を強く帯びるものとなっている。戦時という特殊な状況下で登場したものであるに しても、カリキュラム変遷史の上では、ひとつの評価すべき進展を画すものとして注目される。

  イ 4領域化(初等科)であれ、5領域化(高等科)であれ、理論的には同一領域内の教 科(例えば、国民科における「修身」「国語」「国史」「地理」)間の横断的あるいは総合的な授 業展開の重視を前提としている。カリキュラムの広域化の意義はそこにあるといっても過言で はない。現に「綜合授業」「綜合教授」といった形で「綜合」という言葉が、国民学校の教育 課程の中では強調して用いられていることからすれば、教育課程上に登場し、今日の「総合学 習」等における「総合」にもつながるコンセプトのプロトタイプ12をここに見出すことができ るのではないかと思われる。

  ウ ー方で、高等科における「外国語」と「其ノ他」が僅かに仮設科目となっているだけ の、選択性(学校による)の極めて乏しいカリキュラムになっている。戦時下の事情を考えれ ば、画一的にならざるを得なかったということであろうか。それにしても、ここに学習者の視 点が登場して広域カリキュラムが新しい意味を担うに至るまでにはまだまだ時間がかかるの

である。

 (5) 1947(昭和22)年の「学習指導要領13一般編(試案)」の小学校及び中学校の教科課程 表(図表5)

 周知のように、GHQの要請によって派遣された米国教育使節団は、1946(昭和21)年に、

日本の教育に関する調査を実施し、第1次報告書としてまとめて数々の提言を行い、日本の近 代学校教育制度において、第2の教育改革と位置づけられるに値する変革をもたらした。敗戦、

GHQによる強力な指導下という物理的衝撃に見舞われた時代であったにしても、大正自由教 育の動向以来、民主化への土壌は既に息吹始めていたこととも相まって、中央統制による画一 的教育の廃止、6−3−3制の導入、高校三原則(男女共学・総合制・小学区制)の推進等々 の新機軸が速やかに展開されていく時代であった。こうした中、当時の米国、特にヴァージニ アやカリフォルニア州におけるコース・オブ・スタディ(course of study)を手本に形を見 た「学習指導要領一般編(試案)」は、付記された「(試案)」の語からも了解されるように、

教育の民主化を推進するための「手引書」という形で示された。「この書(学習指導要領)は 学習の指導について述べるのが目的であるが、(中略)新しく児童の要求と社会の要求に応じ て生まれた教科課

程をどのように生       図表5−1 かしていくかを教

師自身が自分で研 究していく手引き として書かれたも のである。」という 記述14の持つ意味 は重要である。こ の試案における教 科課程の特徴を、

         註 〔}内の敷字は、1這間の平SStffpatrec,総時働コ年間35造の計其

何点かにわたって

次に小学校、中学校毎に示す。なお自明のように、1947(昭和22)年制定の教育基本法第4 条によって義務教育9年制が制度化された。従って、これ以降は小学校の教科課程に中学校の

1947(昭和22)年「学習指導要領一般編(試案)」の小学校の教科謀程と時間数

   学年 1 2 3 4 5 6

国  語 175(5) 210(6) 210(6) 245  (7) 21(卜245(6〜7) 21(〉−280(6−8)

社  会 140(4) 140(4) 175(5) 175  (5) 175〜210(5〜6) 175〜210(5w6)

算  数 105(3) 140(4) 140(4) 140〜175(4〜5) 14〔卜175(4〜5) 14(ト175(4〜5)

理  科 70(2) 70(2) 70(2) 105  (3) 105〜140(距4) 10{テ140(3〜4)

音  楽 70(2) 70(2) 70(2) 7《}−105(2〜3) 70〜105(2〜3) 7(卜105(2〜3)

図画工作 105(3) 105(3) 105(3) 7(ト105(2〜3) 70  (2) 70  (2)

家  庭 105  (3) 105  (3)

体  育 105(3) 105(3) 105(3) 105  ㈲ 105  (3) 105  (3)

自由研究 7(ト140(2〜4) 7(卜140(2〜4) 7《ト140(2〜4)

770(22) 840(2の 875(25) 980−1050(28〜30) 105σ・1190(30・34) 105(卜ll90(3〔ト34)

(8)

それも加えて論じる。

 ア 小学校の教科課程(図表5−1)

  (ア)「修身」「国史」「地理」に替わって「社会」が新設され、時間数は6学年にわたる総時 間数の17.6%〜17.8%を占め、「国語」の22.6%〜23.1%に次いで

最も多くの時間数が配当されている。そして、この新設「社会」には教育課程上重要な役割と 位置づけが与えられていることに着目する必要がある。新設「社会」の特徴を大枠で示せば、

a総合的、広域的な教科であること、b社会生活についての理解と実践的な態度・能力を身に 付け、民主的な社会の実現に貢献することのできる社会人の育成を目標としていること、cそ のため子どもが直面している生活現実の中の具体的な問題を解決することを通して、社会経験 の発展が構想されていること、d学習内容が主要なスコープとシークエンスで構成されている こと、e学習方法として問題解決学習が基本となっていること、の5点15に集約される。。

 上述aの「総合的、広域的教科」であることから、新設「社会」を中心とするコア・カリキ ュラム(3の(2)の工参照)開発への熱気が高まりを見せた。bの前段や c更にはeか ら、3の(3)や(4)で触れた経験主義や社会適応主義のカリキュラム編成原理の性格が色濃くう かがえるし、「民主的な社会の実現」(bの後段)には、社会改造主義的カリキュラム編成原理

図表5−2

[社会的機能による分類](スコープ)

 ①生命・財産および資源の保護保全  ② 生産・分配・消費

③ 運輸・通信・交通・交際

④美的および宗教的欲求の表現

⑤ 教 育

⑥ 厚生慰安

⑦政 治

  [社会生活の領域](シークエンス)

・・……一一総ロ社会

      (6学年)

  一・一一国家社会    (5学年)

一一n 域 社 会  (3・4学年)

〜家庭・学校・近隣  (1・2学年)

すら混入している。なお、dについては図表5−2で示すように、社会的機能による分類(①

〜⑦)に四つの社会生活の領域を編み込み、学年段階に応じて発展的に学習を進めるという大 きな構想図16が描かれている。新設「社会」の重要な位置づけが指摘されなければならない所 以であろう。つまり、この新設「社会」は、本教科課程全体の基本理念である、「教科の学習 はいずれも児童の自発的な活動を誘って、これによって学習が進められるようにしていくこと を求めている。」17を最も象徴的に担う教科として設けられたと見るべきである。

  (イ)「家事」に替わって、新しい名称である「家庭」が男女共修を建前として加えられて いる。生活現実がもたらす諸課題に対応するという観点から、内容の扱いについては、「料理」

や「裁縫」(女子)に替えて男子は「家庭工作」といった形で若干の違いを設けてはいるもの の、全体としては男女の区別なく学習する必要がある教科との認識で見直されたものである。

  (ウ) 「自由研究」の新設。児童の自発的な活動を誘って教科の学習が進められていくにし ても、その時間内では児童の活動欲求が充足できない場合も出てくる。例えば、「音楽」の授 業で、ある楽器を学んだ児童に、その楽器をもっと深く学びたいとの欲求が起きる場合がある。

そうしたケー一スに対応するために、設けられたのが「自由研究」であるとする。

 イ 中学校の教科課程(図表5−3)

  (ア)「社会」、「自由研究」の新設は小学校に準じる。

(9)

 (イ)「家庭」が独立の教科で はなく、「職業」の中の科目(1 科目又は数科目履修)の一つ になっている。なお、男子が

「家庭を」選択する場合の内 容の扱いについては小学校に 準じる。

  (ウ)必修科目と選択科目 が設けられている。既に、5 の(2)イにおいて言及したよ うに、1891(明治24)年の

「小学校教則大綱」教科構成 表には、「必修科目」「選択科

目」という概念につながると 考えられる基本科目と「加フ ルコトヲ得」等の科目に区別 するコンセプトが登場してい

      図表5−3

同(試案)の新制中学校の教科と時間数

     特 7 8 9

国  語 175(5) 175(5) 175(5)

習字 35(1) 35ω

社  会 175(5) 140(4) 140(4)

国史 35(1) 70(2)

数  学 140(4) 140(4) 140(4)

必  修  科   目

理  科 140(4) 140(4) 140(4)

音  楽 70(2) 70(2) 70(2)

図画工作 70(2) 70(2) 70(2)

体  育 105(3) 105(3) 105(3)

 職  業 k農業、商業、水産、

H業、家庭)

140(4) 140(4) 140(4)

必修科目計 1050(30) 1050(30) 1050(30)

外国語 35〜140(1〜4) 3卜140(1〜4) 35〜140(1〜4)

習  字 35(1)

選択科目

職  業 35〜140(1〜0 3{テ140(1−・ 4) 35〜140(1〜4)

自由研究 35〜140(1−4) 3駈140(1−・ 4) 35〜140(1〜4)

選択科目計 謡140(1〜4) 3卜140(1〜4) 35〜140(1〜4)

総   計 105(H190(3(ト34) 1050〜1190(3σ一34) 1050−1190(30〜34)

註 ()内の数字は、1週間の平均醍業時敗1年1ま35迅

た。しかし、1891年当時は学校選択の範囲に留まるものであったのに対して、ここでは経験主 義の影響下、生徒の自発的活動を奨励する形(例えば、選択で「職業」選ぶ場合、必修での「職 業」における活動欲求を更に深化させる意味を持たせるなど)で、設けられていることが注目

される。

  (エ)小学校とともに中学校の教科課程表においても、授業時間が1年間にわたる総時間数 で示されている。これは、例えば理科指導において、週単位の同じ時間割ではなく、自然の活 動の盛んな時期に多くの時間を配当することなどを奨励する意図を持つものであって、児童生 徒の興味・関心、自発性、活動、経験等を重視するカリキュラム編成の基盤として構想され示

されたものと考えられる。

  (オ)教育理念や教育方法論の面で、経験主義 の影響が色濃く見られることは明らかであるが、

カリキュラム編成原理の面では、重要な使命を担 う「社会」等が新設されたにしても、教科の枠の 中で構成されている点からすれば、融合カリキュ ラムの形態にむしろ回帰している点に留意する必 要がある。

 (6) 1951(昭和26)年改訂学習指導要領の小 学校及び中学校の教科時間表(図表6)

 極めて短期間に作成された学習指導要領 一般 編(試案)は、その4年後、改訂の必要に迫られ

る。1951(昭和26)年に全面改訂された小学校 及び中学校のカリキュアムは図表6−1と2に示

      図表6−1

1951(昭和26)年改訂学習指導要領の小学校教科時間配当の例   特 1・2 3・4 5・6

国  語

Z 数

45%

@ 〜40%

45%

@ 〜40%

40%

@ 〜35%

社  会 掾@ 科

20%

@ 〜30%

25%

@ 〜35%

25%

@ 〜35%

音  楽 }画工作

20%

@ 〜15%

20%

@ 〜15% 25%〜20%

家 庭

体  育 15% 10% 15%

100% 100% 100%

偏考ωこの表は㈱二必要な時間の比串想ナを示しているが、学校はここに 侮アられる教科以外に教育的に有効な活動を行う時間を般けることがのぞまい、

 伍) 教科と頼科以外の活動を指導するに必要な一年間の総時数は、基準として 次のように定められている.   第1学年・第2学年  8?0時岡

       第3≒拝・fi4SttF  970醒柵        第5学牢・第6挙手  IO50鴎冒間

すとおり、理念的には経験主義の影響の強い前回「一般編(試案)」の考え方をもとより踏襲す るもの(依然GHQ統治下)であるが、いくつかの点で注目すべき見直しや進展がある。

 ア 先ず1点目に指摘したいのは、各教科が①「主として学習の技能を発達させるに必要

(10)

な教科群」(国語、算数)②「主として社 会や自然についての問題解

決の経験を発展させる教科群」(社会、理 科)③「主として創造的要素を発達させ る教科群」(音楽、図画工作、家庭)④主 として健康の保持増進を助ける教科群」

 (体育)の4領域で再編され、領域ごと に合科的な授業(指導)を行うことを意 図する3の(2)のウの広域カリキュラム の性格が再び特徴的に表れている点であ る。しかも、授業時間数を領域ごとに全 体として示すに止め、細かくは各学校の 判断に委ねる形を取り、著しく柔軟なカ

リキュラムとなっている(小学校)。

  イ  「自由研究」が図表6−1の備 考の1及び2に言う教科以外の活動へ発 展的に解消・変更されて今日で言う「特 別活動」の端緒を開くものとなっている

(小学校)。

  ウ

        図表6−2

同改訂学習指導要領の中学校の教科と時間配当

      弊 1 2 3

国   語 175〜280 175〜280 140〜210

社  会 140〜210 14σ〜280 175〜315

数  学 14σ〜175 105〜175 105〜175

理   科 105〜175 14σ〜175 140〜175

必修教科

音  楽 70〜105 70〜105 70〜105 図画工作 70〜105 7(ン〜105 70〜105 保健体育 105〜175 105〜175 105〜175

職業・家庭 105〜140 105〜140 105〜140

小   計 910〜1015 91{}〜1015 910〜1015

外国語 140〜210 140〜210 140〜210

職業・家庭 105〜140 105〜140 105〜140

選択教科

その他の教科 35〜210 35〜210 35〜210

特別教育活動 70〜175 70〜175 70〜175

債考ω 本表の時間拠1年間の最低および最高を示し、1単位跨間を50分として衰したものである.

ただしこれlauaを移司ける時簡は含まれて⑱吻、.

 Oh) {よび休8に要†る時間は10分以内にとどめるのφ喧ましい.ただし昼食のための 休㊤丈50分までのばすことができ蛋これらの師!はこの表に針算されていなし、

 ω宴修歌科についての年・孝期・月・週および日の揖導計画は最低910時間、最t1 lel5時簡の 範因で緬されなければならな∀、

 ω 1年澗の最低結時敷を10i5とす入この一を†る●佼てrは{ζ修教科の時数は、

年間のその』肘邸緻たる910時間に†る二とが望ましし、

 ω  これまでの習字は口頂の中に、日本史は社会の中に含まれている.その遷営は各学校の生徒 の必要に応じて適宜計面されるものと†る.

    中学校の教科時間表については、この2年前に「『新制中学校の教科と時間数』の改 正」が行われ、「体育」が「保健体育」に、「国史」が「日本史」に、「自由研究」が「特別教

育活動」に変更されことを受けて再編(「日本史」は「社会」の中に含められ、職業科目は「職 業家庭」として統合)され、教科(必修及び選択)と特別教育活動の二つから成る教育課程を 構想したものとなっている。なお、ここでも「社会」の授業時数は3年間の最多の総計で言う

と26.4%で、必修教科の中で最も多くなっている点が注目される。

 なお、小学校、中学校とも

に、授業時数を年間の総時数       図表7−1

       1958(昭和33)年改訂学習指導要領のノ」・学校の授業時数の配当 で表している趣旨は「一般編

(試案)」に準じる。

 (7) 1958(昭和33)年改 訂学習指導要領の小学校及び 中学校の授業時間表(図表7)

 GHQによる占領統治の時 代は既に終わりを告げ(1952

年)、戦後の混乱期から脱して 註ω欄廓さt、it4StPtsuエ mab6.

高度経済成長期が始まってい   監り=ご鑓允力りこ醐幽騨剛按日髄35週願1報品測としltorliceltる週 るこの時期、基礎学力や規範

意識の低下等を憂慮する声が多々発せられて、「這い回る験主義」といった言葉に代表される批 判論が、経験主義に傾斜したカリキュラムに対して展開されるようになる。併せて戦後教育の 急激なシステム改変による軋礫の問題も介在し、結果として戦後における実質的には2度目18

と言うべき学習指導要領の改訂が行われるに至る。

区 分 第1学年 第2学年 第3学年 第4学年 第5学年 第6学年

国  語 238(7) 315(9) 280(8) 280(8) 245(7) 245(7)

社  会 68(2) 70(2) 105(3) 140(4) 140(4) 140(4)

算 数 102(3) 140(4) 175(5) 210(6) 210(6) 210(6)

教科

理 科 68(2) 70(2) 105(3) 105(3) 140(4) 140ω

音 楽 102(3) 70(2) 70(2) 70(2) 70(2) 70(2}

図画工作 102(3) 70(2) 70(2) 70(2) 70(2) 70(2)

家 庭 70(2) 70(2}

体  育 102(3) 105(3) 105(3} 105(3) 105(3) 105(3)

道  徳 34(D 35(1) 35(1) 35(D 35ω 35(1)

816(24) 875(25) 945(27) 1015(29) 1085(31) 1085(3D

(11)

背景には、時代を反映して①道徳教育の徹底、②         図表7_2 基礎学力の充実、③科学技術教育の向上、④職業

的陶冶の強化の4点19に関する重点的な検討を踏 まえた見直しがあって、経験主義的なカリキュラ ムから系統主義的なカリキュラへの転換が意図さ れる。系統性重視への転換とは、明らかに学問中 心カリキュラムへの回帰を意味する側面を持つ。

ただし、カリキュラム編成原理の観点から言えば、

経験主義からの影響の強い終戦直後の改訂期にあ っても、大きく教科を解体する形では進行しなか った(5の(5)のイの(オ)参照)のとは逆の意味で、

ここでも転換はマイナーな範囲に留まっている  (次のアの(ア)参照)。なお、基準としての学習指

導要領の法的拘束力が改めて強化されたことも付 言する必要がある。占領統治の時代が終わり、文

部省設置法の改正(・952)・「教育委員会法」の廃㌦晶㌫竺灘□ あり・㈱計1よ 止に伴う「地方教育行政の組織及び運営に関する  ②㈱の・恥鰍畑允力⇒こw糠醐潮按日数をssN       とした場合における週当たりのWW法律」の制定(1956)等を踏まえて、国(文部省)

の権限強化に傾斜する時代背景があった。こうして、当初学習指導要領に付記されていた(試 案)という文字は外されることになる。

 ア 小学校の授業時間表

  (ア) 5の(6)のアで言及したように、教科を四つの領域で再編成し授業時間数も大枠の%

で示す点で広域カリキュラムの様相を呈した1951(昭和26)年のカリキュラムから、教科ご とに明確に時間数が配当された融合カリキュラムに回帰している。

  (イ)基礎学力の充実という観点から、特に「国語」の時間数が全体の27.4%を占めてい るのに対して、「社会」が大幅に削られている。それは「道徳」が新設されたこととも関係す る。戦後、道徳教育は「社会」及び学校教育全体で行われるものとされてきたが、その成果に 対する疑義や懸念の声も多く、この改訂で特設されるに至った。「道徳」は「社会」から分離 され、①日常生活の基本的な行動様式の理解、②道徳的心情と道徳的判断力の育成、③道徳的 実践力を身に付けることを設置目的として展開されること20となった。なお、「社会」は時間数 の削減に伴い、内容的にも中学校における「社会」の分野別学習(次のイの(イ)参照)につなが っていく方向で系統化が図られている。

  (ウ) 「学校教育法施行規則」に規定を付記して、授業時間を1単位45分とし、年間35 週(1学年は34週)を基準に教育活動を運営することが法的に明示された。

  (エ)教育課程を、図表7−1に示される各教科と道徳に、「特別教育活動」「学校行事等」

(教育課程上に明確な時間配当を設けていないのは、理念的に柔軟な対応や展開が期待されて いることを示すものと考えられる)を加えた四領域で構成するコンセプトが示された。

 イ 中学校の授業時間表

  (ア) 1951(昭和26)年改訂の学習指導要領(図表7−2)のように授業時間数に選択幅 を設けることは一切行わず、配当時間数を明示して系統的な学習の展開を促している点が特筆 されるが、全体的には、「図画工作」と「職業家庭」を「美術」と「技術・家庭」に整理・統 合し、融合カリキュラムの精度を高める形のものとなっている。

同改訂学習指導要領の中学校の授業時数の配当

区   分 第1学年 第2学年 第3学年 国   語 175(5) 140(4) 175(5)

社   会 140ω 175(5) 140ω 数   学 140ω 140(4) 105(3)

必修教科

理   科 140(4) 140ω 140ω 音   楽 70(2) 70ω 35(1)

美   術 70(2) 35ω 35ω

保健体育 105(3) 105(3) 105③

技術・家庭 105(3) 105(3) 105(3)

外 国語 105(3) 105(3) 105(3)

農  業 70② 70(2) 70(2)

工   業 70② 70(2) 70(2)

商   業 70(2) 70(2} 70(2)

選 択 教 科

水   産 70ω 70ω 70②

家  庭 70(2) 70(2) 70ω

数   学 70②

音  楽 35ω 35(1) 35(1)

美   術 35(1) 35ω 35(1)

道   徳 35(1) 35(1) 35(1)

特別教育活動 35(1) 35(1) 35(1)

参照

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