川根百景
~魅せる景観、求める景観~
寺山雄太 はじめに
1 先行研究から川根本町の景観について 1.1 大井川中流域の地域形成
2 メディアが捉える川根本町の「景観」
2.1 観光資料にみる大井川中流域の景観イメージ① 2.2 観光資料にみる大井川中流域の景観イメージ② 3 それぞれの視点
3.1 水川の人々 3.2 役場の人々 3.3 観光者の人々 4 考察
4.1 川根本町の「景観」とは 5 まとめ
5.1 見せるための茶畑、森林 5.2 新しい観光の導入 おわりに
はじめに
平成21(2009)年1月、「日本の里100選」の一つに川根本町の景観が選ばれた。日本の里
100選は、「景観」「生物多様性」「人の営み」を基準に現地調査、選定委員会の論議を経て 100ヶ所を選ぶもので、朝日新聞創刊130周年・森林文化協会創立30周年記念事業として 行われたものである。「里」の大切さを見つめなおし、地域の自信や活力につなげるととも に、生物多様性の確保や地球温暖化防止、自然の持続的利用に寄与する試みでもある。
このように評価されている、自然があふれる川根本町にはたくさんの観光者がやってく る。それは寸又峡の温泉地であったり、大井川鉄道のSLであったりと理由は様々だが、
やはり一番は川根本町の景観を見に来ているのではないだろうか。
では、観光者は川根本町のどのような景観を見に来るのだろうか。観光者はどのような 景観を求めているのだろうか。反対に川根本町で生活している人々は町の景観に対して何 を思うのだろうか。そのような興味、疑問から今回のフィールドワークで川根本町の「景 観」について調べるに至った。
私はこの報告書を、読者が、川根本町の風景、音、匂い、感触等が感じ取れるようなも のにしたい。川根本町の人であれば、昔を思い出して懐かしみ、川根本町の人でなければ、
少しでも川根本町の景観に興味が湧き、現地に足を運んでもらえたら、これに優るものは ない。
1 先行研究から川根本町の景観について
川根本町の景観については、静岡県戦略課題研究「大井川・伊豆」の中で取り上げられ
ている(静岡県産業部 2008)。以下では、「自然と調和した大井川流域の景観形成」を参考にし、
水川の景観を考えたい。
1.1 大井川中流域の地形形成
一般的に地域の景観は、地形、気象、植生等の自然環境が基盤となっている。中でも地 形生成条件は景観を形成する上での基盤的条件となる。大井川中流域の景観は、大井川が 作りだしてきた河川地域との関連を考えることが大事だ。この地域の河川条件の特徴が景 観的特徴をつくりだしたといっても過言ではない。
川根本町には、大井川の山岳地帯から中下流部まで、河川近辺の平坦地から支川上流部 の山地までの多様な地形が含まれており、その各所にこの地域の地形的特徴がみられる。
人々が生活する集落の周辺に展開される景観に着目するには、集落単位での地形の特徴と の機能について考えてみる。
大井川本川沿いの集落は地形的な特徴から大きく 4 つに分類できる。それらを「山間地 斜面型」、「上流段丘型」、「河川堆積地型」、「旧河道型」、と呼ぶ。
山間地斜面型は、支川上流部の山間地で見られる類型である。比較的傾斜のゆるやかな 斜面を利用して営まれる集落を中心として展開される。
上流段丘型はおもに、奥泉より上流の大井川本川沿いにみられる類型であり、大井川に 沿ってはいるが、河川沿いには広く平坦地がなく、河川からある程度の距離をおいた狭い 段丘地形に展開される集落である。
河川堆積地型は、大井川に沿った多くの集落がこの類型に属するものであり、大井川上 流からの流送土砂が現況河川よりも高い位置に堆積した平坦部または支川の扇状地を利用 した集落である。
旧河道型とは、大井川がその流路を変えた跡地であり、4 つの類型の中でもっとも広い平 坦地、あるいは緩傾斜地がある。
それぞれの類型が持つ地形的制約から、家屋や茶園などの配置にもそれぞれで類似のパ ターンがみられる。山間地斜面型では山肌に家と茶園が点在し、上流段丘型では山と川の 間の狭い緩傾斜地に茶園と家が点在する。河川堆積地型では小規模な緩傾斜地に家と茶園 が混在して緩やかなまとまりをもって存在しており、旧河道型では家々がかたまり、その 周りに規模の大きい茶園が広がる。
このように、地形的な特徴は土地利用にもきまったパターンを作り出しており、地形的 特徴が景観的な特徴をつくっている。特に大井川特有の「河川堆積地型」と「旧河道型」
の集落が来訪者の動線にそって次々と展開する状況は、他の地域ではあまりみられない当 地域ならではの景観構成である。
写真 1 山沿いの茶畑
写真 2 川沿いの風景
水川地区も「河川堆積型」であって、道路が地域の真ん中を走っているためこれに含ま れる。河川堆積型の特徴をもつ大井川流域、特に川根本町には中規模の広さの平坦地ある いは緩斜面が広がる。よって、山地に近い部分と河川に近い部分で展開する景観が異なり、
起伏にあわせた茶畑の並びや、高低差によって良く目立つものが卓越する部分がある。対 岸に視点があれば集落の全体像がよく見えるのが特徴だ。
だから水川地区の景観の特徴は、道路を通ることで、左右に広がる風景の差を楽しむこ とができるだろう。また対岸には大井川鉄道も通っており、そこからは水川地区を見渡す ことが可能だ。大井川、茶畑、住居や建物、そして山を一望できるのもこの地区の特徴と いえる。
写真 3 対岸から見た水川地区
2 メディアが捉える川根本町の「景観」
この節においても、静岡県戦略課題研究「大井川・伊豆」の研究報告書を参考にし、そ れに加えてパンフレットや、テレビ、インターネットなどから、メディアが捉える川根本 町の景観を調べる。
2.1 観光資料にみる大井川中流域の景観イメージ①
大井川中流域の観光関連拠点において、よく目にするパンフレット類やガイドブック類、
絵葉書などの観光資料は、観光地としての当地域を訪れた人々にとってのお土産品になる。
同時に、地域に入ってからの行動の指針となり、また、これから実際目にし、帰ってから 家族や友人に語るであろう当地域の観光イメージの原型となるものである。こうした事象 を直接的に調査の対象とすることは困難であるが、収集したこれらの資料を基に、そのイ メージの特徴を記述してみたい。
まず、非常に多く目にするのが、大井川中流域地域への主要移動手段の一つでもある「S L」である。鉄道は旅行に必須の装置であるだけでなく、旅行の風景の一部ともなる。特 にSLのような旅行装置は人々を旅にいざなうとともに、非日常感を強く象徴するモチー フと言える。絵葉書やガイドブックの表紙等に頻繁に使用されており、その背景や前景の 中に大井川の特徴を示す記号としての茶畑や河川、渓谷、深く季節豊かな森林の姿が同時 に映し出されている。
写真 4 SL
こうした資料は大井川中流域の景観イメージを社会的表徴として強固に刻み込む役割を 果たしていると考えられる。そうした移動に伴う、旅情感向上の装置としては、各所に見 られる吊橋も同様な形で主要なイメージを形成し、訪れるべき所の一つとして紹介されて いる。
当地域のもう一つの景観的骨格をなしているのが茶畑景観である。
写真 5 茶畑
パンフレットやガイドブックなど観光メディアの中で、お茶の新芽や斜面に開かれたみ ずみずしい茶畑の写真が名産地としての川根地域を紹介するために必ず付随している。来 訪者も、自動車や列車の車窓から常に多くの茶畑を見ているので、茶畑も景観の主体の一 つであることは強く認識されているだろう。一方で、当地域にとって茶は主要な産業であ り、生活の糧である。したがって観光メディアの中でも茶の紹介についての多くの部分は 茶の販売所や品質の良さを示すために割かれている。
ところが景観イメージ形成という観点から考えると、非常に具体的な場所や利用そのも のと直結である鉄道に比べて、茶畑の景観イメージは抽象的である。というのは、茶畑の 美しい景観を見られる具体的な場所は、ほとんど紹介されていないためである。河川や森 林も似たようなことが言える。これらは景観の骨格として当地域には存在し、観光メディ アの中にも頻繁に登場している。それにもかかわらず、公園や観光化した施設、ハイキン グコースを除けば、具体的な視点からの景観として、これらの景観要素の豊かさや美しさ を観光メディアが紹介することはあまりおこなわれていなかったと言える。
2.2 観光資料にみる大井川中流域の景観イメージ②
川根本町にとって「茶どころである」ということは決して欠かすことはできない魅力の 一つである。多くの人は川根本町の紹介をするならば茶畑の写真を取り出すに違いない。
しかし「観光」においては「SL」がより多く扱われる。
「SL」というだけで昔懐かしいというイメージが浮かびそうだが、周りの風景もそれ
に同調している。SLの背景として映るのは、緑の山々、田園風景、大井川、木造の駅舎 等で、いずれも風情豊かである。桜や紅葉を映せば季節感が漂い、黒煙を噴き上げながら 走るSLの写真を載せている観光資料からは汽笛の音が聞こえてくるようである。そうい ったものが「懐かしい風景」のイメージ創りの根底をなしているのであろう。もちろん「懐 かしい風景」を味わうことは、観光の目的の一つだ。
つまり、SL、田園風景、山々の稜線等の風景は別々に捉えてもあまり意味がない。も ちろん紅葉など季節によって、主役となることもあるが、多くはそれらが合わさることで、
昔懐かしさ、旅情を誘うのではないだろうか。
さらに、写真やイラストのどの場面においても、緑、つまり自然が抜けることはめった ない。静岡空港が出来たことで、静岡県の観光パンフレットを目にする機会が増えたが、
川根本町は必ず、茶畑の写真とセットで扱われている。何本もの畝が並行して、奥まで茶 畑が広がっている写真だ。
あるパンフレットでは「鳥のさえずり、木々の緑、清らかな空気。身体が深呼吸してい るのを感じられます」の文章で始まり、背景には紅葉を向かえた山にかかる吊橋、その下 の水面には木々の黄、赤色がぼんやりと映っている写真がある。
このようなパンフレットから、川根本町に対して緑が多い、自然が豊かという連想がな されるのだろう。では自然豊かであるというイメージから何が連想されるだろうか。別の パンフレットによれば、その一つは「癒し」である。観光パンフレットの随所に「癒し」
という単語を目にする。これも観光資料が創る、景観イメージであろう。
3 それぞれの視点
前項では、メディアが提示している川根を検討した。大井川の流れ、山と茶畑が織りな す緑、そしてその狭間を、白煙を焚きつつ走るSLというのが、一般的に流布しているイ メージである。
では、現地で生活している人びとや訪れる人びとは、自分たちの生活空間や周辺の景観を どのようにとらえているのであろうか。
以下では、「水川の人々」、「役場の人々」、「観光者」の視点から見た景観を提示する。こ れらの資料は、現地でのフィールドワークで得られたものである。「視点」とは景観をどう いった風に捉え、何を考え、どう関わっているのか、ということである。
3.1 水川の人々
水川の人々にとって茶園や川等は生活の場そのものである。水川の人々が日常の風景を
「景観」と捉えるには違和感があるかもしれない。当地で生活を営む人々は、普段の景色 をどう感じているのだろうか。
自然が多い、緑が豊かであるといっても昔と比べると景観は変わったと、水川在住のA さん(86)は言う。特に明らかなことは大井川の変化である。水量が激減し、流れも緩やかに
なってしまったのはもちろん、ごつごつした大きな岩も見えなくなり今では砂利だらけで ある。かつては 40 メートルの幅があり、雨が降るとなると一週間近くは水がにごっていた ほど水量が多かった。ところが今は川を流れる水の音も小さく、「川らしくない」とAさん は残念そうに語っていた。現在は危険性を考慮してか、子どもが川で遊ぶ光景も滅多にみ られなくなった。Aさんが子どものころはよく川遊びをしていて、地区ごとの子どもたち で縄張りめいたものもあったそうだ。小学校 3 年生,4 年生にもなると対岸まで泳げること があたりまえで、Aさんも激流の中、流されながら泳ぎを覚えたと言う。
写真 6 大井川
山の変化については以下のように語った。明治の初めごろまでは雑木林だったが、国策 のため、杉・ヒノキが段々と変わっていき、すっかり雑木林は減ってしまった。四季の変 化がうすく、昔と比べてとてもさみしい紅葉になってしまった。昔のような鮮やかな紅葉 が見ることができない観光者が残念でもありかわいそうだと、Aさんは感じる。
昔のような四季の変化に戻ることがAさんの願いでもあるように感じられた。せっかく だからSLから山をみるのではなく、谷と谷の間の狭い林道、けものみちを歩いて実際の 山を体験してほしいとAさんは言う。こうした考えは、別の人物からも聞くことができた。
水川地区にゆかり深いBさん(54)の語りも、Aさんと同じく川の水が減ってしまったとい う話から始まった。また、遊び場が減って子どもたちが遊ぶ光景がみられないこと、山の 変化がうすくなってしまったことを残念そうに語るのも、Aさんの話に似ていた。Bさん はお茶の香りについて熱心に語った。お茶摘みの時期になれば水川全体にお茶の香りが漂
う。その香りはお茶農家を活気づけ、町全体が活気づいたように感じるそうだ。むしょう にうれしく、楽しい気持ちになり、町がひとつになったように感じる、と少し懐かしそう に語っていた。
道路が整備されていったのは大きな変化かもしれない、とBさんは言う。もちろん景観 としても大きな変化なのだが、交通の便という意味で生活が前とは変わっていった。外か ら観光者といわず様々な人々が来た。しかし、Bさんはそれを否定的に捉えるのでなく、
外の交流がある、と肯定的に捉えていた。
3.2 役場の人々
川根本町の景観を考える上で忘れてはならないのは役場、つまり行政の視点である。「日 本の里 100 選」にも選ばれ、観光者が自然を楽しみに来るここ川根本町では、景観の整備 は行政にとっても、重要と思われるからだ。そこで企画課環境室のCさん(51)のお話を伺っ た。
Cさん達は町づくりという視点で景観を扱う。つまりは景観の保全、改善、活用、再発 見をおこない、「景観」から町の活性化を考える。しかし、直接景観に手をかけることはあ まりしない。川根本町の景観とはそこに住む人々の生活がそのまま反映されるものである と考える。茶農家なら茶園を、林業家なら森林を管理、整備するといったように。観光者 が川根本町の風景だ、考える景観はすべて人々の生活の現れであり、そこを補助、育成、
支援するのが役場のつとめである、とCさんは言う。
最近の具体的な活動で言えば、青部地区でエコツーリズムの企画を行なった。その地域 はお年寄りの多い地域で、他所から来た若い人たちと交流会を行った。その目的は二つあ る。一つ目に若い人たちに農業体験を通して実際にどのようなことをやっているのかを知 ってもらうことが挙げられる。若い人たちの意識の変化、さらにはリピーターの確立がね らいである。
もう一つは外の人達に地域の様子を知ってもらうことで、そこに生活している人々に活 気を与え、自信を持ってもらうということが挙げられる。他にも藤川地区ではお茶を使っ たグリーンツーリズムや、寸又峡で観光者からアンケートを取り、寸又峡の人々に地域の 魅力を再発見してもらうという活動も行っている。Cさんは地域の良さとはそこに根付く 文化の良さであり、その良さから景観が生まれていくのだから人々には日々の生活に、そ の地域に自信を持ってもらいたい、と言う。
また同じく役場で勤めるDさん(55)も、やはり景観とは自然だけを指すのではなく暮ら しや生活が感じられるようなものである、と言う。良い景観というのは自然と人間のバラ ンスがとれている状態をさし、農業、産業と共に力強い暮らしが求められる。川根本町に は、世界がどうであれ人間が生きていくために必要な何か、大切な何かがあるとDさんは 語る。そこに暮らす人々にとっては毎日の生活で「普通」と感じてしまう風景だが、その
「普通」であるいう素晴らしさを人々が自覚することがDさんの願いである。
3.3 観光者
川根本町を訪れる観光者は、この街や地域どのようなイメージを持っているのだろうか。
また、何を求めて川根本町にやってくるのだろうか。フォーレなかかわね茶茗館(以下、茶茗 館)と千頭駅周辺を中心にインタビューした。
写真 7 フォーレなかかわね茶茗館
道の駅である茶茗館には車で来る人が多い。県内から車で来た人に話を聞いた。その人 は千頭へ向かう途中に茶茗館によったそうだ。人工的な建物は増えたが、昔から自然に大 きな変化は感じられないという。何度来てもお茶畑がきれいで、空気のおいしさや豊かな 緑に癒されるそうだ。きれいな景色に囲まれて食べるお弁当はいっそうおいしいと楽しそ うに語ってくれた。
別の観光者は、風を体で感じられる自然と、鳥の鳴き声が絶え間なく聞こえる静けさが 好きだという。SLが好きで大井川鉄道を利用し、たまたま茶茗館に寄った方も、お茶が おいしく、空気も良くてもう一度来たいと言っていた。
大井川鉄道の拠点駅は千頭駅である。観光者はやはり大井川鉄道を利用する人が多い。
かれらは一様に、風景はテレビで見た通りであるが、空気の良さのせいか車窓から見る茶 畑や山の稜線が一段ときれいに見えるそうだ。
4 考察
4.1 川根本町の「景観」とは
以上、先行研究からみる川根本町と水川地区、メディアが創る「川根本町」という町の イメージ、そして実際に川根本町に住む人々や観光者の話を書いてきた。静岡県戦略課題 研究「大井川・伊豆」(静岡県産業部 2008)は、茶畑、大井川、山、そしてSLを、川根本町 における景観の基本の要素と捉え、これを有効に使うことを提言していた。一方、観光客 と住民は景観に対して、それぞれ異なる考えを持っていた。
観光客は端整に並んだ茶畑を見て、とてもきれいだと称賛する。巨大で様々なダムは有 名な観光スポットである。山々の深緑に息を飲み、その緑の中の紅葉を楽しむ観光客にと って、川根本町はどこにいっても自然でいっぱいだ。特にSLは非日常を漂わせ、人々の 旅情を駆り立てる絶好の装置だ。
一方、住民にとって茶畑は生活の場であって、観光客に見せるために手入れをしている わけではない。観光スポットとされているダムは、大井川の水量が減ってしまった最大の 要因である。山も人工林が増えたことで、四季の変化が薄れたことを残念に思っている。
SLも特別なものではなく日常に溶け込んでいる「風景」である。
ここには、外からくる観光者と川根本町の人々が捉える「景観」の違いがある。川根本 町にやって来る観光者は何かしらの景観的イメージを持ってやってくる。そのイメージは 多少の個人差はあっても、多くの人は重複するイメージであろう。それを持って現地に行 き、イメージ通りの風景を見ることで、その人の観光は大成功を収める。
その観光者が持つ景観イメージは大半がメディアからもたらされるものだが、メディア がもたらすそれは一体どのようなものなのだろうか。メディアが捉え、川根本町にやって くる観光者がもつイメージが、川根本町の「表の景観」だとすれば、そこに住む人々が捉 えるのは「裏の景観」であると考えられる。表1は、茶園、大井川、山、SLの 4 つ項目 で、住民とメディアの捉え方の違いを載せたものである。
表1 景観イメージの差異
住民(裏) メディア(表)
茶園 生活の場、生業 観光の目的のひとつ
川根に求めるもの
大井川 昔と変わってしまった風景 ダムという観光スポット 吊橋
山 四季の変化が薄くさみしい 人工林も紅葉も観光の目的
SL 日常の風景 めずらしいモノ
観光のメイン
この表からは、メディアは茶園は人々が手入れして育てている文化ではなく、緑豊かな 自然の一部ととらえていることが分かる。大井川に関しては、メディアは新しく作られた ダムや吊橋に目を向けている。山についても同じような傾向があてはまる。メディアは紅 葉の時期には観光スポットとして、川根本町を映す。SLはこれまで述べてきた通り、何 よりも先に取り上げられる観光装置である。
それらに対して,川根本町の人々は、茶園を自分たちが育てた文化、自分たちの生活そ のものと捉えている。大井川については、水量の多かったイメージを追う。人工林が減っ たことで、季節の彩りの変化が減ったと、山については述べている。SLは特別なもので はなく,毎日の生活に溶け込んでいる風景だ。
もちろんメディアや観光者が住民の視点で景観を捉えることはできない。なんらかの価 値観の差が生じ、同調することは難しいだろう。しかし、その視点の差、価値観の違いこ そ、何か利用できるものなのではないだろうか。
5 まとめ
ここでは、前述した景観の捉え方の違いを利用した新しい観光企画を、先行研究を参考 にしながら述べてみたい。
これまで、大井川中流域の地形、メディアが捉える川根本町の景観、住民と観光客の川 根本町の景観に対する考えの違いを述べてきた。そこで、「景観」から、川根本町の観光に 関する提言を述べる。そこから、住民にとってはより川根本町を知ってもらい、さらには 川根本町の街づくりのために、観光客にとってはより川根本町の観光が楽しめるようなも のを考えたい。
5.1 見せるための茶畑、森林
茶畑は生産の場であると同時に川根本町にとっては景観の骨格をなしている。しかし、
美しい茶畑、見せるための茶畑がないために、来訪者が茶を買うという行動と、地域を知 るという行動が十分には結びついていない。
川根のイメージをはっきり示すことのできる魅せるための場所を設定し、商品としての 茶と現実の空間とを結ぶ必要がある。管理がしやすく、機械の利用できる生産性の高い茶 畑をある程度の拡がりを確保することは、銘産地の維持のために必要な条件である。
見せるための茶畑については、これまでの生産技術的発展の経緯を踏まえながら、在来 種の丸い形状の株や、半円形の断面の畝が短く組み合わさる形姿を残し、縞模様に強い陰 影が伴う茶畑特有の肌理を積極的に見せるという案もある。さらには、茶畑とセットで見 られる多様な樹木や、林地との境界部における伝統的な草刈りなどの処理も、景観構成に 含まれることが望まれる。景観のもう一つの重要な骨格である森林や林産物についても、
同様にきちんとした施業の状況を魅せられる場を作り出すことが必要だろう。
5.2 新しい観光の導入
近年の新しい観光形態の中には、より自然に近づき楽しむグリーンツーリズムや環境の ことを考えたエコツーリズム、農業体験の一環としてアグロツーリズムなどと呼ばれてい るものがある。これらの特徴は地域の豊かな自然や地域性のある生活、産業と触れること が観光の主目的となるということである。大井川中流域はこうした需要に十分こたえるだ けの資源やポテンシャルを持っている。よってツアーガイドの育成や、地域の産業を体験 できるツアーの展開を始め、お茶や豊かな森林、地域の身近な食材を活用したツアーの企 画等が考えられる。
近年では、地域活動や農林業補助に参加して貢献することによる体験に満足感を見出す 来訪者も増え始めている。茶園管理、森林管理、焼畑、伝統芸能など小さな部分からでも 地域性を生かしたツアーを試してみる価値があるだろう。また複雑化し、常に変化への対 応を求められ続ける現代社会では、様々な面で肉体的、精神的な疲労を癒すための仕組み が切実に求められるようになってきている。緑に恵まれた環境の中で、新鮮なお茶の香り や、人のもてなしにふれることのできる川根本町は、そうした癒しの場としての可能性を 持っている。
おわりに
上記に述べたことは新しい観光開発、というよりは町づくりの一つといえるかもしれな い。なぜなら、山とか川ではなく、そこには人間がいて生活があって文化があって、そう いったものを観光者は賛美する。水川の人々にとって、観光者が賛美する景観とは日常の 風景であり、生活の場である。したがって、人々の生活を保つことを第一とすることが望 ましい。住民の生活を保つことが景観を保つことになる。それによって川根本町における
景観づくりができるのではないだろうか。
茶摘みの時期の人の声、防霜ファン、SL、すべて生活に根付く音である。茶摘みの時 期には地区全体にお茶の香りが漂う。人々はそわそわしつつもわくわくし町全体が活気づ く。当たり前となってしまうのはそれが人々の生活であり文化だからだ。旅行者、外の人 間はそこを楽しむのである。
つまり旅行者は山の景色、緑、自然を見に来ているのではない。人々の生活の美しさを みにきているのだ。昔からこの風景はあまり変わらない、と答えた人は少なくない。しか し近代化に伴う植林、道路整備、田畑の減少、少しずつであるが水川の景色は変わってき ている。美しい景観を維持するために水川に住む人々に、「この美しい景観を作り出してい るのは自分たちだ!」と誇りを持ってもらいたい。
そして望むことはこの景観が変わらないこと。景観が昔と変わってしまったのはさみし いが、これ以上変わらないことが水川の人々の願いである、とこのフィールドワークを通 して私は感じた。
参考文献
2008 『静岡県戦略課題研究「大井川・伊豆」』 静岡県産業部
鳥越晧之
1999 『景観の創造 民俗学からのアプローチ』 昭和堂
参考資料
・茶流浪漫
・静岡県総合情報誌Myしずおか
・川根本町観光パンフレット
参考HP 川根本町
http://www.town.kawanehon.shizuoka.jp/ (2009/11/09 現在) 日本の里 100 選
http://www.sato100.com/top.html (2009/11/09 現在)