金沢市農業をめぐる今日の諸問題
著者 村田 武
雑誌名 金沢大学経済論集 = The Economic Review of Kanazawa University
巻 19
ページ 55‑71
発行年 1982‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/2297/37237
− 5 5 −
金沢市農業をめく韓る今日の諸問題
村 田 武
は じ め に
金沢市農業の基本的特徴 1.北陸の歴史的中核都市の農業 2.金沢市農業の4地域構造
金沢市農業をめぐる新しい問題 1.都市化にともなう農業破壊
2.稲作減反の圧力の大きい金沢市農業 3.地場市場への野菜供給力の低下
IⅡ
III
I は じ め に
金沢市農業は1980年代のわが国農業問題の危機的状況下にあって,新たな 諸問題に直面している。のちに検討するように,それは金沢市農業が県都の 農業として都市問題からの影響をまぬかれがたいという問題と,同時に米過 剰下の水田利用再編対策をはじめとする日本農業のいわば縮小再編成政策の 影響をことのほか厳しく受けざるをえない北陸稲作単作地帯としての問題と いう,重層的な問題としてとらえられよう。
小稿は,金沢市農業がもつ地域的特色を分析したうえで,近年とくに鮮明 になりつつある問題点を整理することを第1の課題とするものである。
II金沢市農業の基本的特徴 1.北陸の歴史的中核都市の農業
金沢市農業の基本的特徴は,それがいわゆる北陸稲作単作地帯に包含され つつも,何よりも人口42万人を数える県都の農業であるところから生みださ れている。しかも,その金沢市たるや,幕藩期には加賀藩百万石の城下町と して,全国有数の大都市であった(明治4年に人口12万余とされる全国第5 位の大都市)のであり,明治22年の市制いらい一貫して北陸地方の中核都市
となってきた(表1)。当然のことながら,城下町周辺の農業生産は,古くか
ノ ミ
表 1 金 沢 の 人 口 増 加
山間山麓地域︵農山村農林業︶
注 金 沢 の 市 域 は 町 村 合 併 に よ っ て 変 化 しているが,その時代における市域人 口を表してある。
「金沢市統計書」「国勢調査速報」昭和
55年により作成出所:矢ヶ崎孝雄「ふるさと加賀・能登」
(東京法令出版),66ページ。
ら生鮮野菜・花卉などの商品生 産をおこなう都市近郊農業とし ての発展の契機を与えられたわ けである。
同時に県都としての金沢市は,
て の 発 展 の 契 機 を 与 え ら れ た わ 図 1 金 沢 市 農 業 の 4 地 域 区 分 と 山 間 山 麓 地 域 の けである。 6地帯
同時に県都としての金沢市は,大正13年いらい昭和37年にいたるまで,11 次にわたって隣接10町村を編入してその行政区域を拡大してきた。この行政 区域の拡大を通じて,北陸稲作単作地帯そのものの平坦部水田地域や,農業 地域としては特殊な歴史的性格をもつ海岸砂丘地域,さらには農山村地域を もとりこみ,結果として金沢市農業はきわめて複合的な地域農業構造を形成 するにいたったのである。
このことは,これまでに金沢市農林行政のなかでほぼ定着してきた市内農 業地域の4区分に反映している。①市街化地域,②砂丘地域,③平坦地域,
④山間山麓地域がそれである。基本的にはこの農業地域区分に依拠しな力:ら,
金沢市農業の地域的特色をみておこう。
年 度
人 口女100に
対 す る
男 性 比明治4年(1871)
万 人12.3 不 明
〃19年(1886) 10.2 95
〃29年(1896) 8.4 96
〃
38年(1905) 10.3 98 昭和18年(1943) 20.6 90
〃36年(1961) 30.2 92
〃51年(1976) 40.2 96
〃55年(1980) 41.8 96
表 2 金 沢 市 農 業 の 4 地 域 区 分 別 農 地 ・ 農 家
(1980年農業センサス)
1︐割I
注(1)農業センサスで大野は市街化地域にふくめられているが,ここでは砂丘地域にいれた。
(2)専兼別農家数の()は各地域の総戸数に対する比率。
農 地 に つ い て は 各 項 目 と も ( ) は 金 沢 市 計 に 対 す る 比 率 。
出所:1980年農業センサス結果金沢市速報より集計。地 域
(集落数)
農 地
総面積(加) 田
畑樹 園 地 牧 草 地
農 家
総 戸 数 ㈲ 専 業 l 兼 2 兼 市 街 化 地 域
(都市近郊園芸農業)
( 6 2 )
1,304
( 2 3 . 3 )
1,026
( 2 2 . 0 )
170
( 2 5 . 8 )
108
( 4 0 . 4 ) ( 0 )
0 2,146
( 3 0 . 4 )
147
( 6 . 8 )
366 ( 1 7 . 1 )
1.633 (76.1) 砂 丘 地 域
(砂丘地園芸農業)
( 5 )
345 ( 6 . 2 )
92 ( 2 . 0 )
244
( 3 7 . 1 ) ( 3 . 4 ) 9
( 0 )
0
217
( 3 . 1 )
85 ( 3 9 . 2 )
84 ( 3 8 . 7 )
48 ( 2 2 . 1 ) 平 坦 地 域
(平坦水田稲作農業)
( 7 3 )
2,591
( 4 6 . 2 )
2,472
( 5 2 . 9 )
74 ( 1 1 . 2 )
40
( 1 5 . 0 ) ( 5 5 . 5 )
5
2,788( 3 9 . 5 )
113 (4.1)
501 (18.0)
2,174
( 7 8 . 0 )
山 間 山 麓 地 域 ( 農 山 村 農 林 業 )
(144)
1 1,362
( 2 4 . 3 )
1.074 ( 2 3 . 1 )
171 ( 2 6 . 0 )
109
( 4 0 . 8 ) ( 4 4 . 5 )
4
1,911( 2 7 . 1 )
76 ( 4 . 0 )
243 ( 1 2 . 7 )
1.592 ( 8 3 . 3 )
計 ( 2 8 4 )
5,603
( 1 0 0 )
4,669
( 1 0 0 )
658 ( 1 0 0 )
267
( 1 0 0 ) (100)
9
7,062( 1 0 0 )
421
( 6 . 0 )
1,194
( 1 6 . 9 )
5.,447
( 7 7 . 1 )
2.金沢市農業の4地域構造
まず4地域について,1980年農業センサス結果から,ごく基本的な農地,
農家(専兼別,経営耕地面積規模別)に関する数値をしめしておこう(図1,
表2,表3)。
(1)市街化地域は都市計画法による市街化区域内にふくまれる農業地域であ る。市街化区域の線引きに際して,広大な地域がとりこまれた結果,ここに は金沢市農地総面積の23.3%(1,304ha)が,また農家総数の30.4%(2,146 戸)が存在する。
金沢市では昭和38年決定の「金沢市長期計画」において,|日都市計画法に もとづく用途区域(市街化区域)が4,378haとされていらい,42年の「金沢 市60万都市構想」ではそれが5,391haに拡大され,さらに49年決定の「金沢 市新長期計画」では市街化区域を6,710haにまで拡大するにいたった。こう
して,昭和49年当時で,市の総農地面積(7,793ha)の28.2%(2,194ha)が 市街化区域にかかえこまれる結果となったものである。しかも,この市街化 地域こそ金沢市農業の都市近郊農業的発展の中心地をなしてきたのであって,
地場市場むけ(金沢市中央卸売市場への個人ないし出荷組合出荷)の露地軟 弱野菜をはじめとする都市近郊園芸農業地域と特色づけられる。市内の野菜
市 街 化
地 域 砂 丘 地 域平 坦
地 域山間山麓
地 域計
総 戸 数
2,146( 1 0 0 )
217
( 1 0 0 )
2,788( 1 0 0 )
1,911( 1 0 0 )
7,062( 1 0 0 )
出 所 : 表 2 に 同 じ表 3 4 地 域 区 分 別 経 営 耕 地 面 積 規 模 別 農 家 数
(1980年農業センサス)
0.5ha 0.5〜1 1〜1.5 1.5〜2 2〜2.5 2.5〜3 3 〜 5 5ha〜
1,105
690 234 65 22 16
140
( 5 1 . 5 ) ( 3 2 . 2 ) ( 1 0 . 9 ) ( 3 . 0 ) ( 1 . 0 ) ( 0 . 7 ) ( 0 . 7 ) (−)
29 39 44 30 36 13 26 0
( 1 3 . 4 ) ( 1 8 . 0 ) ( 2 0 . 3 ) ( 1 3 . 8 ) ( 1 6 . 6 ) ( 6 . 0 ) ( 1 2 . 0 ) (−)
776
900 670303 93 27 15
4( 2 7 . 8 ) ( 3 2 . 3 ) ( 2 4 . 0 ) ( 1 0 . 9 ) ( 3 . 3 ) ( 1 . 0 ) ( 0 . 5 ) ( 0 . 1 )
683 833
27286
20 88
1( 3 5 . 7 ) ( 4 3 . 6 ) ( 1 4 . 2 ) ( 4 . 5 ) ( 1 . 0 ) ( 0 . 4 ) ( 0 . 4 ) ( 0 . 0 5 )
2,593 2,462 1,220484 171 64 63 5
( 3 6 . 7 ) ( 3 4 . 9 ) ( 1 7 . 3 ) ( 6 . 9 ) ( 2 . 4 ) ( 0 . 9 ) ( 0 . 9 ) ( 0 . 0 7 )
− 5 9 −
作付面積の44%,野菜販売額の40%がこの地域でしめられている。とくに畑 地帯では泉野出町・泉本・久安などの地区,水田地帯では米丸地区などで,
多品目少量の集約的な露地野菜生産を基本とする野菜経営は,中高年層の世 帯主を中心とする専従経営(農業労働力1〜2人)であって,比較的安定し た経営となっている。しかし,農業就業者の老齢化問題,有機質肥料投下の 決定的な不足(金沢競馬場の馬糞に依存している)による地力問題とならん で,スプロール的市街化のもとでの農地の絶対的減少,農地としての面積的
まとまりの喪失など困難が増大している。
(2)砂丘地域は海岸線一帯に広がる海成砂丘地での園芸農業の展開が,近年 とくにめざましい。農家戸数・農地面積ではそれぞれ市総計の3.1%,6.2%
にすぎないが,野菜作付面積では36%,野菜販売額では54%をしめ,市街化 地域と並んで,本市の第1の園芸地帯である。砂丘地農業は,昭和40年代な かば以降の農業構造改善事業による砂畑圃場整備・スプリンクラー灌概事業 によって,1戸当たり経営面積でも相当大きい砂丘地園芸産地(スイカー大 根輪作が主幹作物)として確立をみたものである。親子二世代の専従労働力 (2〜3人)による野菜専従経営のウエイトが高いことは,さきの表2の専 業農家率が高いことに反映している。
しかし,砂丘地域も園芸産地としての構造には,地区別に大きな分化が起 っている。砂丘地面積が狭小な地区(たとえば打木地区では1戸当たり0.7 ha)では,施設化(温室きゆうり・トマト)がはかられ,砂畑に余裕のあっ た地区(下安原では1戸当たり1.3ha)では露地(スイカ・大根)を主幹に しながら,近年ではハウス(スイカ・メロン・ぶどうなど)を複合化する動 きも見られる。さらに金沢港の築港にともなって地元での砂畑が減少した地 区(大野・五郎島)では,内灘・羽咋砂丘など市外の砂畑への出作(小作な いし集団的な土地購入による)によって,砂丘地農業の継続をはかってきた。
ところで,打木地区の施設果菜類や五郎島地区のサツマイモのように基本 的に地場市場むけ出荷をおこなっている作目はともかく,スイカや大根など 大都市市場むけの輸送園芸作物については,出荷・輸送経費の膨張が経営を 大きく圧迫している。さらに,市街化地域でも問題となりつつある地力問題 は,砂丘地農業にとってはより深刻な問題にならざるをえない。
(3)平坦地域は,河北潟周辺の水田をはじめ,北陸稲作単作地帯の特色をよ
くしめす地域である。金沢市農業にしめる位置では,農家戸数で39.5%,農
地面積で46.2%(さらに水田面積では52.9%)と,とくに水田稲作農業の中 心地域である。しかし,経営耕地面積規模では3ha以上層,とくに5〜10ha 規模の相対的に安定した稲作経営の形成は弱く,同じく北陸稲作単作地帯と は言っても,富山県平坦地域はいうまでもなく,石川県においても小松市な ど手取川流域平坦地とも,この点では異なっている。稲作請負については,
この平坦地域を中心に24戸の請負耕作農家が金沢市稲作請負部会を組織して,
合計34.2haの水田を受託(うち1戸で16.3haを受託している経営がある)し,
部分作業請負では合計面積で耕起23.7ha,田植69.7ha,収穫59.4haとなって いる。平坦地域の水田総面積が2,472haにのぼることを考えれば,請負耕作 についても活発とは言いがたい。しかも,この24戸の請負耕作農家のうち14 戸までか,河北潟干拓地の増反者であって,請負耕作はいよいよ縮小傾向を 強めることになる。
金沢市と河北郡3町(津幡町・宇ノ気町・内灘町)にまたがる河北潟干拓 地は,国営事業によって昭和38年から干拓が開始され,河北潟水面約2,200 haうち1,359ha(うち金沢市編入分233ha)が干陸化されたものである。当 初は北陸開発の一環として稲作大面積経営による高生産性食糧供給基地づく りとして位置づけられていたものが,稲作生産調整下で,畑作や酪農団地へ の軌道修正をせまられたところに特別の困難がある。
なお,この平坦地域には酪農が経営されてきた(1980年農業センサス結果 では,37戸,796頭)b隣接する松任市の酪農が農家水田酪農の典型であった のにたいし,この金沢市平坦地域の酪農は都市搾乳業の性格がむしろ強い。
近年の都市化のもとで立地が困難になりつつあるなかで,15戸の酪農家は河 北潟干拓地への入植によってそれを打開しようとしている。
(4)山間山麓地域は,農山村農林業地域と特徴づけられる広大な地域である が,農家戸数では市総数の27.1%,農地面積では24.3%にとどまっている。
市街地から放射状に延びる道路(多くは県道)によって5〜15km圏内にある
「都市近郊農山村」である。このような条件のもとで都市近郊的商品作物産 地の形成も古くからみられ(花園,金浦の夏秋きゅうり,崎浦のりんご・な し,内川のたけのこなど),そこでは少数ながらも農業専従経営が存在する。
しかし,高度経済成長期における通勤兼業化はいちじるしく,稲作通勤兼業 農家が支配的となっている。さらに,この通勤兼業農家の広範化のもとで,
冬期の積雪力:いわゆる「夏山冬里」型の二重居住を拡大させている。これは
表 4 山 間 山 麓 地 域 の 6 地 帯 区 分
l臼I
旧 村 農 協 区 域 ( 農 家 集 落数)
農 地 面 積 ha
農 家
戸
数 平 均 規 模 ha
2兼率
%
「夏山冬里」居住の ある集落と戸数
集落数 数
戸 /
全戸
そ の 他 の 特 色 地帯(仮称)
筐 師 荊
森本町
小 坂 村 小 坂 ( 7 )
僖 王 順 |
浅 川 村
湯涌谷村湯涌(12)
辰 己 ( 3 )
| * " ' "
犀 川 村
才 郷 ( 4 ) 内 川 村 内 川 ( 7 ) 野 村 金 城 ( 1 ) 富 樫 村 富 樫 ( 4 ) 額 村 額 ( 1 ) 崎 浦 村 崎 浦 ( 3 )
114
98 215 74
154
104
107 65 44 135
18 97 15 53 13
39 142
137 341 154
171
165 192 96 70 159
42 102 8 53 26
55
0.80 0.72 0.63
0.490.90
0.63 0.56 0.68 0.63 0.85
0.43 0.95 1.88
1.000.50
0.71 72
96 93 83
77
95
90 94 90
8795 60
049 96
29 2
011
1
23407
21120
0 3/17
1/3 3/12 1/11 3/14 17/21 4/23
23/72 4/35 3/8 8/8 11/17
野 菜 ( 戦 後 開 畑 ) 1 次 構 (福畠1次構・新農構)
(俵1次構)
(菱池・戸室清水県単)
(二俣県単)
(市瀬・湯涌荒屋県単)
(湯涌地区新農構)
(上辰己県単)
し い た け
(犀川地区新農構)
(内川1次構・農林地一 体事業)
たけのこ(昭和初期〜)
た け の こ
りんご・なし(明10年代
〜 )
花園花卉野菜地帯⑤
薬 師 谷 ・ 三 谷 ・ 小 坂 兼 業 地 帯 ⑥
金浦稲作単作地帯⑤
浅川・医王山・湯涌.
犀川山村農林業地帯⑥
内川など南部 特 産 物 地 帯 ⑤
崎 浦 果 樹 地 帯 ①
計 ( 1 4 4 ) 1.362 1.911 0.71 83 27
73/241当初は積雪による高校生の通学困難に対処するために,臨時的に冬季にだけ け市街地に下宿先を確保したのであるが,現在では市街地に別宅を建築し,
冬季には家族全員がそれに居住し,雪おろしなどの作業に時折集落にもどる という生活である。山間山麓地域の144集落のうち,湯涌,才川,医王山地 区などで27集落(241戸のうち73戸)におよんでいる(昭和55年末の状況。
金沢市農林部調査による)。
山間山麓地域については,産地形成の歴史や稲作通勤兼業農家の割合,さ らには「夏山冬里」型居住など地理的条件をふまえて,さらに表4(前出図 1参照)にしめすような地帯区分が可能である。
山間山麓地域は第2種兼業農家率が83%と他地域に比較して高く,それだ け農業生産の担い手問題力§深刻になっている。しかし,この地域でも表4に みられるとおり,都市近郊的商品作物産地としての歴史をもつ地帯において は2兼率は明らかに低い。たとえば昭和初期いらいのたけのこ産地である内 川(7集落)では102戸の農家のうち,専業が4戸,l兼が37戸であり,明 治初年いらいのりんご.なし産地である崎浦(3集落)では55戸の農家のう ち専業が29戸,1兼が10戸である。しかもこのうちの1集落館では15戸全戸が 専業農家である。2兼率が80%以上の高率であるのは,零細稲作通勤兼業地 帯である。山間山麓地域で農業の担い手を確保していくには,農業を就業の 場,とくに男子の就業の場としてその基盤を拡大していくしかない。山間水 田の整備と,畑・樹園地などの造成によって農業土地基盤の強化をはかり,
稲作と野菜・果樹・特産物(たこのこ,しいたけなど)・畜産などを結合し た複合的な商品生産農家を育て,地場市場むけの農業生産地帯として発展さ せなければならない。
とくに山間山麓地域の複合経営部門として重視すべきなのは畜産部門であ る。畑地造成によって野菜・果樹作の拡大をはかる場合,畜産との結合は地 力維持対策にとって不可欠であるが,それにとどまらず農家経営の拡大と安 定化をはかるさいに畜産の存在は大きい。金沢市の山間山麓地域では和牛繁 殖の歴史はないが,昭和30年代後半には和牛肥育が導入され,最盛期(37年)
には279戸で809頭という実績がある。しかし,その後の購入飼料価格の高騰,
肥育牛価格の低迷,兼業化によって,45.46年頃には全滅に近い状態となっ
た。現在ではわずか7戸が48頭の乳用雄牛肥育をおこなっているにすぎない
(昭和54年)。肉用牛以外には養鶏農家が11戸(39,000羽)存在するのみで,酪
表5金沢市都市計画における「人口見通し」と「土地利用計画」
O》
四
注:1.単位人口は人,土地及び農地面積ほhao 2・人口は常住人口。
3.D金沢市新長期計画見直し(案)で,合計面積増加要因は河北潟干陸地282ha,同調整池水面333ha,大浜工業用地99ha・
出所:全国農業構造改善協会「1980年代の金沢市農政の方向と課題について」(昭和56年3月)17ページ。渡辺信夫氏の作成になるもの。
A金沢市長期計画 現 状 側 目 標 側
B金沢市60万都市構想 現 状 ㈹
目 標C 金 沢 市 新 長 期 計 画 現状(49年) 目標(60年) 将 来
D 見 直 し ( 案 ) 現状(52年) 目標(60年) 将 来
昭和55年現状
人口
人 口%
322,000
( 1 0 0 )
( 3 8 3 , 0 0 0 )
400.000 ( 1 2 4 )
338,000
( 1 0 0 )
600,000
( 1 7 8 )
385,000
( 1 0 0 )
452,000
( 1 1 7 )
600,000
( 1 5 6 )
405,000
( 1 0 0 )
445,000
( 1 1 0 )
600,000
( 1 4 8 )
407,466人
土地利用計画 市 街 化 地 域 %
住 居 地 域
%
商 業 地 域
% 準 工 業 地 域
% 工 業 地 域
% (うち農地面積)
4,378.6
( 1 0 0 )
2,677.9( 1 0 0 ) 328.8
( 1 0 0 ) 739.4 ( 1 0 0 ) 632.5 ( 1 0 0 )
6.049.0 ( 1 3 8 )
3$521.0( 1 3 1 ) 469.0
( 1 4 3 )
1,008.0( 1 3 6 )
1,051.0( 1 6 6 )
5,391.2
( 1 0 0 )
3,372.8( 1 0 0 ) 401.8 ( 1 0 0 ) 990.3 ( 1 0 0 ) 626.3
( 1 0 0 )
7,274.2
( 1 3 4 )
3,728.9( 1 1 0 ) 738.6
( 1 8 3 )
1,329.1( 1 3 4 )
1,477.6
( 2 3 5 )
6,710.0
( 1 0 0 )
4,200.0( 1 0 0 ) 539.0 ( 1 0 0 ) 1.215.0
( 1 0 0 ) 756.0 ( 1 0 0 ) 2.194.0
7,210.0
( 1 0 7 )
4,300.0( 1 0 2 ) 570.0 ( 1 0 6 )
1,530.0(126) 810.0 ( 1 0 7 ) 1.000.0
8,230.0
( 1 2 3 )
5,000.0( 1 1 9 ) 600.0 ( 1 1 1 )
1,700.0( 1 4 0 )
930.0
( 1 2 3 )
1.000.0
6,936.0
( 1 0 0 )
4,390.0
( 1 0 0 ) 570.0 ( 1 0 0 )
1,217.0( 1 0 0 ) 759.0 ( 1 0 0 ) 2.070.0
7,270.0
(105) 4 590.0 ( 1 0 5 ) 570.0 ( 1 0 0 )
1,250.0( 1 0 3 ) 860.0 (113) 1.380.0
7,480.0
( 1 0 8 )
4,750.0
( 1 0 8 ) 590.0 ( 1 0 4 )
1,280.0( 1 0 5 ) 860.0
( 1 1 3 )
750.0
1.347ha
全体
土 地農 地 8.869.0
45.931.0
7.793.0
45.931.0
6.590.0
45.931.0
5.770.0
45,931.0
7.490.0
46.645.0
6.680.0
46.645.0
5.800.0
45,931ha
5.603ha
農(かって導入の経験があるが冬季の飼料確保・牛乳搬出困難で消滅)・養豚 も山間山麓には定着していない。さらに近年では,兼業化だけでなく都市近 郊農山村という条件が,畜産にともなう糞尿処理・臭気の問題のために,畜 産の立地をいよいよむずかしくしているのであるが,長期的にみた場合,畜 産を欠如したままでは山間山麓地域の農業発展はありえないと考えられるの だが,いかがであろうか。
Ⅲ 金 沢 市 農 業 を め ぐ る 新 し い 問 題 1.都市化にともなう農業破壊
昭和38年の「金沢市長期計画」の策定いらい,金沢市における土地利用計 画においては4,378haという広大な地域が市街化区域にかかえこまれること になったことについてはさきにふれたとおりである。ちなみに,金沢市の都 市計画における「人口見通し」と「土地利用計画」を列挙して整理すれば表 5のとおりである。とくに問題になるのは,「金沢市60万都市構想」(昭和42 年策定,市街化区域は5,391haに拡大)が,「金沢市新長期計画」(49年)に いたって,シビルミニマル論に依拠した都市計画理念に大きく転換されたに もかかわらず,土地利用計画はそのままひきつがれたこと,しかも市街化区 域は6,710haにまでさらに拡大されたこと,そのうえその後の高度経済成長 の終焉と長期の不況期に入って策定された「新長期計画見直し(案)」(昭和 53年策定)でも,人口増加見通しは下方修正されるが,土地利用計画につい てのみは固定されたままであって,昭和60年目標としては市街化区域を7,270 haとしていることである。
この結果,市街化区域内には,49年に2,194ha,52年に2,070ha,55年に 1,347haもの農地が残存し,しかも金沢市農業にとってはとくに野菜生産に おいて砂丘地域とならぶ都市近郊園芸産地として重要な位置にある農家をか かえこむことになった。そして,「新長期計画見直し(案)」でも,市街化区 域内の農地は「緑地空間」としてしか位置づけられておらず,都市近郊農業 さらには都市農業の発展,その基盤としての農地という位置づけはきわめて 弱いことを特徴としている。
こうして金沢市の土地利用計画は,以下のような深刻な矛盾に直面してい るのである。
それは,金沢市人口の増加が相対的に緩慢でありながら,市街化区域の広
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域化が地価高騰の広域化とスプロールをもたらすという事態にあらわれてい る。金沢市人口の増加の相対的緩慢さそのものが,地価高騰の広域化のもと で,金沢市内での宅地確保が勤労市民層にとっては困難となったために,相 対的に地価の低廉な隣接市町村での宅地確保となったことの結果でもある。
金沢市と隣接市町村の人口増の格差をみればこのことが読みとれる(表6)。
市街化区域内でも都 表 6 金 沢 市 と 隣 接 市 町 村 の 人 口 増 加 市近郊園芸産地とし
年度 総 数
金 沢 市 津 幡 町 内 灘 町 野 々 市 町 松 任 市 鶴 来 町
1965(昭40)
人
417.972
335,828 21,113 8,174 10,981 29,647 12,229
1980(昭55)
人
554.918
人 417,681
23,679 20,815 31,818 43,766 17,159
増加人口
人136.946
81,853 2,566 12,641 20,837 14,119 4,930
増 加 率
% 32.8
24.4 12.2 154.6 189.8 47.6 40.3
て 最 も 歴 史 の な が い 南部畑地帯(泉野台 地)では,地価はす でに35〜50万円(坪)
水準となっている。
こうして,第1に 市街化区域内にとり
こまれた農地につい ては,「土地区画整理
事業」や「こま切り出所:「石川県統計書」より作成
売却」によって住宅地等への転用が進みながらも,他方では零細農地所有者 の「売りおしみ」と建売分譲地としては地価が高すぎるために転用が困難な,
しかも都市近郊農業ないし都市農業としての継続・発展が困難な零細分散農 地が残存せざるをえない状況がますます強まることになるのである。このこ とは,市街化区域内で市街化整備のために農民負担(減歩)によってすすめ られてきた「土地区画整理事業」も,地価高騰のもとで困難になっているこ とにあらわれている。(土地区画整理事業の金沢市における実績は,昭和31
〜39年度45カ所428.5ha,40〜44年度35カ所575.4ha,45〜48年度21カ戸281.4 ha,49〜52年度14カ所342.6haの累計115カ所1627.9haである)。
第2に,スプロールの広域化は,市街化区域外,さらには都市計画区域外
(いわゆる「白地」地域)での農地転用・乱開発をひきおこしている。とく
に公共団体(県・市)の市街化調整区域での住宅・病院・学校等の公共用地
取得・開発が顕著であって,市街化区域の拡大が地価高騰と都市整備の遅れ
をまねき結果として調整区域での公共用地取得をよぎなくされるという悪循
環を拡大していることは,矛盾の最たるものであろう。ちなみに金沢市にお
ける農地転用面積は,高度経済成長期と比較すれば減少したとはいうものの,
昭和47〜55年の間に合計1138.7haにのぼっている。これを用途別にみると,
住宅用地464.1ha(40.8%),工業用地86.1ha(7.6%),学校用地36.2ha(3.2
少
%),公園用地45.5ha(4.0%),道路用地179.1ha(15.7%),その他建物施 設用地282.4ha(24.8%),植林31.5ha(2.8%),その他13.4ha(1.2%)で ある。さらにこの農地転用面積を区域別,公共・非公共用に区分すると,市 街化区域で711.7ha(62.5%),市街化区域外で417.8ha(37.5%)と,市街 化区域外での開発の割合の大きさに驚かされるし,市街化区域内での公共用 農地転用は161.3ha(市街化区域内転用の22.7%),区域外での公共用転用 は148.6ha(区域外転用の35.6%)にのぼり,市街化区域外において公共用 農地転用の比重の高さがわかるというものである。
金沢市の町づくりにとって,都市と農業を積極的に共存させることが重大 な課題になっているというべきである。これまで見てきたような土地利用の 実態からするならば,今求められているのは,市街化区域内農地の利用計画 をあらためて策定し,農地保全を制度化することであろう。具体的には,優 良集団農地を中心に,都市農業用地として保存すべき地域については,市街 化調整区域への編入ないし生産緑地指定をおこなうこと,そしてこれまで築 きあげてきた都市近郊園芸農業の蓄積を基礎にして,農地の地力対策,軟弱 野菜の生産・流通対策,農家の就業状況に適合した営農対策など大胆な都市 農業発展策を実施していくことがぜひとも必要になっているのである。
2.稲作減反の圧力の大きい金沢市農業
昭和53年度にはじまる水田利用再編対策による稲作減反の強行は,金沢市 の水田面積の過半をしめる平坦地域が低湿田地帯であるために転作がきわめ て困難であるだけに,積極的な対応策が見い出されないかぎり,金沢市農業 の全体としての縮小再編をもたらすことになる。
水田利用再編対策で金沢市に配分された転作目標面積は,53.54年度が405
ha(52年水田面積5,370haの9%),55年度が615ha(同11%),56年度が799ha
(同15%)であって,57年度以降は854ha(同16%)に強化される。53・54
年度の転作等実施面積はそれぞれ481ha(達成率119%),472ha(同117%)と
転作目標面積を超過達成したものの,55年度には588ha(同96%)と目標未
達成となった。さらに転作実績の内容を55年度についてみると,第1に,転
作作物については特定作物転作率がきわめて低い(63ha,11%)のにたいし,
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一般作物(339ha,58%),ことに野菜(263ha,45%)への転作の割合がき わめて高く,近畿の野菜転作率(平均31%)を上回るほどのものであること (近畿水準をこえる近畿型対応),第2に土地改良通年施行の割合が低〈(20 ha,3%),農協預託(休耕)が148ha‑E25%もの高率になっている。とくに 休耕割合が高い傾向は平坦地域に顕著であって,転作等実績のうち転作面積 は40%(大部分は自家用野菜など)にとどまり,60%は休耕となっている。
水田利用再編対策の金沢市における実態をみるとき,低湿田地帯水田の汎用 耕地化(田畑輪換)を目標にした土地改良基盤整備がおこなわれないかぎり,
稲作減反の強行は必然的に農業の縮小再生産に結果せざるをえないという矛 盾に直面していることが理解されるであろう。
さらに,この稲作減反の圧力をまともに受けたのが河北潟干拓地である。
河北潟干拓地1,359ha(うち金沢市編入分233ha)は,866haが金沢市(104 戸)と津幡町(107戸),宇ノ気町(71戸),内灘町(53戸)の合計355戸の農 家(大部分は稲作農家)にたいする増反用地(1戸当たり1.2〜3ha,平均2.4 ha)とされ,232ha(内灘町へ編入)は28戸の石川県内酪農家の入植用地(1 戸当たり8.3ha)とされた。増反地・入植地いずれも稲作は禁止されている。
本営農開始は昭和59年とされ,現在は暫定営農期として,増反地では54年9 月から大麦,大豆,カボチャ,白菜,キャベツ,れんこんなどが栽培されて いる。入植地には56年7月に第1陣として10戸の酪農家が入植し,乳牛飼料 用のイタリアンライグラスとソルゴーの栽培がはじめられている。干拓地に 増反ないし入植する金沢市内農家は,主に平坦地域の稲作農家の増反が104 戸(合計233ha)でうち71戸が5つの野菜生産組合に組織され,33戸はれん こん生産組合に組織されている。酪農団地への入植は,袋畠など平坦地域の 酪農家15戸である。
河北潟干拓地に,1.2〜3haの畑地を増反した稲作農家は,3年据え置き で22年間にわたって年利約6分5厘で土地代(反当60万円余り)や大型農業 機械・施設費等を償還しなければならない。これの償還を円滑におこなうた めにも,これまで野菜生産の実績に乏しいにもかかわらず,増反地での営農 (大型機械を駆使しておこなう大都市市場出荷の大面積野菜生産)の確立と,
既耕地での営農の再編成を同時におこなわねばならないという難題をかかえ
ているのである。干拓地は畑地とされてはいるものの,もともと水田用に干
陸化された農地であるだけに,野菜の冠水被害が続発し,しかも野菜の安定
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し た 流 通 経 路 は 未 確 立 で あ 表 7 潟干拓地での災害による作物被害 13667 捌耐a1 021 6409870
干培h
局栽t剛年555
5
ること,さらには農業後継 者不足などの要因が重なっ
て,56年9月時点ですでに
増反農家335戸のうち74戸 主育不足
又穫ゼロ セ育不足 主育不足 主育不足 主育不足
壁 D 一 一 日 、
(22%)は,干拓地での営 農 を 事 実 上 放 棄 し て い る と いう。表7は干拓地での災 害による作物被害状況,表 8はうえの74戸の干拓地で
の営農放棄理由をしめして グ ノ ′ 呂 辰 奴 来 理 出 と し 仮 〕 し し (金沢・津幡農業改良普及所調べ)
いる。入植酪農経営につい出所:「北国新聞」,昭和56年9月28日(夕刊)
ても,1戸当たり3億円に
もなろうされる入植費(土表874農家の干拓地での営農放棄理由 地代・牛舎・飼料作機械施
設など)の償還をおこない ながら,牛乳生産調整・乳 価抑制のもとで8.3haの飼 料畑で平均50頭規模の酪農 を軌道に乗せることは容易 なことではなかろう。
3.地場市場への野菜 供 給 力 の 低 下
(上記の一市三町調べ)
金沢市農業の基幹作物は出所:表7に同じ。
米と野菜であって,とくに
都市近郊農業の発展のもとで,市街化地域や山間山麓地域の野菜については 歴史的に形成された地場むけの多品目少量生産を基調とするものであった。
これに加えて,砂丘地域の基盤整備がすすむなかで,スイカや大根など,と
くに関西市場を対象とする大都市市場むけ生産が拡大されてきたという経過
をたどっている。さらに,まもなく本格的な営農段階に入る河北潟干拓地の
野菜も,その作付面積・1戸当たり畑地面積の大きさからみても,基本的に
は大都市市場むけ出荷力:予定されている。
表 9 金 沢 市 中 央 卸 売 市 場 の 野 菜 入 荷 量
(単位:k9,円)(金沢市中央卸売市場調)
1︐℃I
昭 和 5 4 年
全 体 県 内 市 内
占 有 率 伽 (金額)
分 類 数 量
金 額
平 均
単価 数 量 金 額
平 均
単価 数 量 金 額
平 均 単価
即一鮴 棚一鮴 納一恥
根 菜 類 14,966,070 1,766,818,770 118 8,872,999 991.089.704 112 6.391.574 768.424.823 235 56 43 78
葉 茎 菜 類 19,745,862 2.077.334.813 105 9.822.160 1,006,915,968 103 4,992,736 595.753.154 244 48 29 59
果 菜 類 11.223.813 2,483,743,414 221 5.671.585
981.475.418
173 3.201,141 521.992.181 163 40 21 53豆
科 野 菜 643.723239,508,828
372 291.454 84,498,038 290 218.869 59.510.249 272 35 25 70土 物 類 14.881.135 1.446.300.742 97 1.793.085 258,656,419 144 1.371.376 212.271.604 155 18 15 82
香辛野菜および
つ ま 物 類1.200.527 1.200.527 311 744,913 136,995,070
184
523.208 75.304.052 144 37 20 55果 実 的 野 菜 8.252.180 8.252.180
202
5,816,065 665.673.254 114 2.979.641 327.686.316 110 40 25 62合 計 70,913,310 10.050.519.136 142 33.012.261 4.125.303.891 125 19.678.545 2.560.944.379 130 41 25 62
問題は,市街化地域での農地かい廃転用,山間山麓地域での兼業化のもと で,地場市場むけの野菜生産が後退しているために,金沢市中央卸売市場で の地場野菜ウエイトが年々低下していることである(表9)。同市場における 野菜の地場物(金沢市内産)の供給率(昭和54年)は,全体の25%,県内産 の62%にとどまっている。
人・口42万人を数える地方中核都市金沢は,それが育んだ独自の食文化.食 生活を基礎にして,生鮮食料品にたいする大きな地場市場を形成している。
しかも,1960年代以降の生鮮野菜の大産地から大都市市場への広域流通政策 は,生産者にとっては出荷流通経費を膨張させ,消費者にとってはそれだけ 消費者価格を高いものにするという矛盾を激化させている。こうして,都市 においても多様な地場野菜生産・地場流通を発展させることの重要性が認識 されつつある。
金沢市農業は,まず何よりも金沢市民をはじめとする地場市場への総合的 な食糧供給力を高めることに努力すべきであろう。地域の食文化.食生活の 独自性を大切にし,それを守り育てることと,地域の農業の発展方向とを結 合すべきである。もちろん大都市市場への輸送園芸作物を全面否定するわけ ではないが,金沢市農業の産地としての基本方向を金沢市民の食生活を保証 することにおき,その余力を輸送園芸作物におくと考えたい。稲作と野菜作 とを基幹部門としてきた金沢市農業にとって,とくに地場市場むけ野菜作の 全面的な発展こそ,農業発展の基本的な支柱となる。しかも,市民の多様な 食料需要にこたえるためには,農業の生産力を個々の農家レベルで高めると いう観点にとどまらず,地域としても生産力の総合的な発展を必要とする。
そのためには,なによりも水田農業の総合的な発展が必要であり,さらに短 期的には実現が困難であるとしても,稲作・野菜作をはじめとする耕種部門 と畜産部門を農家の経営レベルでも,また地域的にも有機的に結合させて,
農業を総合的に発展させることが条件となる。
〔小稿は金沢大学経済学会第1回定例研究会(昭和56年7月2日)でおこ なった報告「金沢市農業の諸問題と今後の展望」をもとにしている。なお,
私が金沢市農業にかかわることになったのは,金沢市新農業ビジョン策定の ためのコンサルタント活動に昭和55年度に参加したことを契機にしている。
したがって,小稿はその多くを,京都大学名誉教授桑原正信先生をはじめ.
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