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公開セミナー「垣根を越えて」を終えて

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Academic year: 2021

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公開セミナー「垣根を越えて」を終えて

著者 森 あおい

雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =

Annual report of the Institute for International Studies

巻 19

ページ 61‑63

発行年 2016‑10‑01

その他のタイトル Report on Seminar,  Beyond the Border

URL http://hdl.handle.net/10723/2892

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公開セミナー「垣根を越えて」を終えて

森 あおい

2015年度公開セミナーは、「垣根を越えて」をテーマに、111724 日、1218日の各 火曜日の計4回にわたり、16時45分から1815分まで横浜キャンパス7号館720教室で開催 された。国際学部教員3名を含む計7名の講師が、本公開セミナーの趣旨に沿って、ジェンダー、

老い、異文化コミュニケーション、政治史、アジア史、また建築等、様々な視点から対談を行っ た。本年度は、国際学部付属研究所が明治学院大学主催の公開講座の企画担当となり、本学国際 学部教授の大岩圭之助氏と高橋源一郎氏の発案による講座「弱さの思想」が、10月から11月に かけて計5回開催されたため、公開セミナーはそれに続く形で、計4回の開催となった。

今回の公開セミナーでは、私たちの周囲に存在する様々な「垣根」に注目した。本来、垣根に は、「敷地を限るために設ける囲いや仕切り」(『大辞泉』)という意味がある。アメリカの桂冠詩 人ロバート・フロスト(1874-1963)は、個人主義に基づいた、個人の自由を尊ぶニューイング ランドの人々の暮らしを描いたことで知られるが、「垣根の修理」(“Mending Wall” 1914)という 詩で、「良い垣根は良い隣人を作る」という表現を用いている。この詩からは、隣人の敷地との 間に存在する垣根を維持し、境界を越境しないことが、良好な隣人関係を保つためには必要だと いうメッセージを読み取ることができる。さらに時代性を考慮した解釈も可能である。この詩が 作られたのは、ヨーロッパでは第一次世界大戦が勃発し、ナショナリズムに基づいた帝国主義が 台頭してきた時代である。個人を尊重する民主主義の薫陶を受けたフロストは、列強諸国の膨張 的な政策に危機感を抱いて、侵略を防ぐための垣根の重要性を暗示したとも考えられる。

フロストがこの詩を発表してから1世紀が過ぎた現在、垣根の様相はさらに複雑さを増してき ている。科学技術や IT の発達によりグローバル化・ボーダーレス化が急速に進んでいる。特に ビジネスの世界では「人・物・金」の動きが活発になり、地域間の垣根は低くなったと言えるか もしれない。しかし、その一方で経済格差が指摘され、民族、宗教、国家間の軋轢はますます強 まり、排他的な垣根の存在が問題になっている。強固な垣根を築くことで異質な要素を排除し、

均質的な世界で安心感を得ようとする意見に世論が動かされているようにも見受けられる。しか し、外部から遮断された世界では、差異を認めない、排他的で不寛容な仕組みが出来上がってし まう。本シンポジウムでは、他者理解のために「垣根を越えて」異なった世界への扉を押し開き、

新たな文化交流の可能性を模索した。

以下、公開セミナーの各回のタイトルおよび概要を報告する。

<概要>

11117日 「おひとり様の最期」

1回目は、東京大学名誉教授で、日本のフェミニズムを牽引してきた上野千鶴子氏と本学国

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際学部教授の高橋源一郎氏による対談が行われた。上野氏は、ユーモアを交えてベストセラーで ある『おひとりさまの老後』(2007) や『おひとりさまの最期』(2015)の内容に触れながら、

人生最期のソフトランディングの話を、「イクメン」として育児における男女共同参画を実践し てきた高橋氏を相手に展開した。おひとり様が最期を迎えるにあたって重要なのは、「ヒトモチ」

であることだという。「ヒトモチ」であるためには、日頃から助け合える人とのネットワークを 築いていかなければならない。また、「仕事以外の趣味があること」が大切で、若いうちから老 後に備えて困ったときに頼りになる人間関係を築いておく必要があるのだ。生と死の垣根を超え る準備として何が必要かを考えさせてくれる対談であった。

21124日 「ジャポニズムの波動-アメリカで意外な展開」

2回目は、同志社女子大学の元学長、また同大学名誉教授で、アメリカ文学、アメリカ文化、

比較文学を専門とする児玉実英氏が、本学国際学部教授の森あおいと対談を行った。ジャポニズ ムとは、1851 年の第一回ロンドン万博を契機に、19 世紀後半のヨーロッパで起きた空前の日本 ブームである。時を同じくしてアメリカでも同様の流行を見るが、その場合、際立っていたのは、

日本趣味の及んだ範囲が、美術や文学といったハイ・カルチャーに留まらず、服飾、造園、装飾 品といった生活に密着した品々にも広がったことである。日本の文化が 19 世紀末に垣根を越え て欧米に広がっていった理由の一つとして、長い間鎖国をしていた日本に対するエキゾチックな 憧れもあるが、違いを受け入れていく柔軟さも挙げられる。文化は違いを超えるツールであるこ とがジャポニズムを通して実証されている。文化は政治の影響を受けて変容することもあるが、

一人ひとりが、文化の担い手として垣根を越えて、文化活動を行うことの重要性が明らかにされ た。

3121日 「東アジアの王権・天皇制・皇后」

3回目は、哲学者、思想家、文芸評論家の柄谷行人氏と、本学国際学部教授で日本の政治思 想史が専門の原武史氏の対談が行われた。対談では、歴史的に見るアジアにおける日本の「亜周 縁」というポジションについての議論が展開された。日本は、明治維新以降、近代化を進めるプ ロセスの中で欧米寄りにパラダイムシフトするが、それ以前は、中国という大国の周縁に位置し た朝鮮半島からさらに離れた「亜周縁」という立場にあった。歴史的に見るとこの立ち居地は、

間に朝鮮半島というバッファーがあったために、直接的に超大国の支配を受けることがなく、亜 周縁にいるがゆえの自由さをもたらした。昨今、東アジア情勢は非常に不安定だが、「亜周縁」

の概念には、支配/被支配の構造を見直すヒントがあるのではないかと考えさせられた。

4128日 「東京オリンピックと皇居前広場」

4回目は前回に引き続き本学国際学部教授の原武史氏と、戦後日本を代表する建築家、磯崎 新氏による対談が行われた。磯崎氏は、1970 年に大阪で開催された万博のお祭り広場の設計を はじめ多くのランドマーク的な建築物の設計に関わってきた。その後、活躍する舞台を海外に広 げ、中国でも数多くの建物の設計に携わっている。対談では、日中に建てられた数多くの作品の

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63 写真がパワーポイントで紹介され、それらの歴史的・社会的背景や思想についての説明があった。

原氏は、中国の建物と皇居を比較して、皇居には中国の建物と異なって中心となる目印がないこ とを指摘した。二重橋が皇居の象徴として使われることがあるが、それは建物ではない。皇居の 中心のない流動性が軍国主義の時代には操作され、利用されることもあったが、その柔軟性が自 由な発想を促すこともありうる。磯崎氏は、2020 年に開催される東京オリンピックで各国を紹 介するパフォーマンスを皇居前広間で行ってはどうかという提言をして、会場を沸かせた。東京 がオリンピック開催地として選ばれてからというもの、何かと懸念が取り沙汰されているが、思 い切った発想の転換が問題の垣根を越えるためには必要なのかもしれない。

参照

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