漁業権で埋立・ダム・原発を止める
著者 熊本 一規
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 21
ページ 117‑120
発行年 2018‑10‑01
その他のタイトル Fishery Rights Can Stop Reclamation,Dam and Nuclear Power Plant
URL http://hdl.handle.net/10723/00003501
漁業権で埋立・ダム・原発を止める
熊 本 一 規
1.埋立・ダム・原発と漁業権
(1)埋立・ダム・原発の漁民・住民運動との関わり
1976 年に鹿児島県志布志湾の住民運動に関わって以来、40 余年にわたって漁業権で埋立・ダ ム・原発を止める取組みを続けてきた。
関わった主な事例は、次のとおりである。
佐賀県唐津市の佐志浜埋立、沖縄県石垣島白保の新石垣空港計画、高知県夜須町大手の浜の マリーナ計画・エコポート計画、兵庫県相生市の埋立計画、熊本県天草市のマリンタウン計画、
大分県佐伯市大入島石間の埋立計画、有明海諫早湾の導流堤事業、ダムでは、川辺川ダム・荒 瀬ダム(熊本県球磨川)、徳山ダム(岐阜県揖斐川)、津軽ダム(青森県岩木川)、黒部川(富 山県)のダム排砂問題、原発では、上関原発計画(山口県)、島根原発3号機増設。
実際に事業を止められた事例も約 20 例(主なものは上記の下線の事例)あり、現在も、沖縄 県辺野古の埋立問題、上関原発計画などに関わっている。
(2)漁業権とはなにか
漁業は一般に次の三種に区別される。
①漁業権漁業(免許を受ける)…共同漁業・定置漁業・区画漁業(養殖)
②許可漁業(許可を受ける)
③自由漁業(免許も許可も不要)
「免許」とは「権利の設定行為」であるから、免許を受ける漁業は当然「漁業権に基づく漁業」
になるが、許可を受ける許可漁業も、免許も許可も受けない自由漁業も「漁業権に基づく漁業」に なる。それは、漁業を営む実態が積み重なれば、漁業を営む利益が慣習(実態の積み重ね)に基 づき、次第に漁業権に成熟するからである。
したがって、埋立等により漁民の生活が脅かされるならば、漁業種類に関わらず、埋立への漁 民の同意及び漁民への補償が必要である。
ちなみに、共同漁業権は、免許を漁協が受けるが、関係地区(共同漁業権の免許に必ず記載さ れる、当該共同漁業の帰属する地区)に住む組合員のみが共同漁業を営めるという特殊な権利の ため、同意を与える者(補償を受ける者)がわかり難く、論争が続いてきたが、漁業権は「漁業 を営む権利」であるから、それが共同漁業を営む「関係地区に住む組合員」であることは明らか である。免許を受ける者と漁業を営む者が分離しているのは、それが入会漁業権に由来する権利 だからである。
2.辺野古で漁業権が争点に
沖縄県普天間基地の辺野古移転に関し、2017年3月以来、漁業権が争点になっている。
(1)名護漁協総会での「共同漁業権の一部放棄決議」と変更免許
一つの争点は、共同漁業権の一部放棄が漁協の総会決議によって法的に実現するか否かである。
この点に関し、水産庁は数十年にわたり、「共同漁業権の一部放棄は漁協の総会決議によって は法的に実現せず、知事による変更免許を経なければ共同漁業権は変わらない」とする見解を続 けてきた。ところが、2017年3月8日に水産庁長官が首相官邸に呼び出され、「変更免許を経な くても漁協の総会決議だけで法的に実現する」と見解を変更させられたのである。
しかし、免許を出す側が変更しない限り権利に変更がないことは自動車の運転免許の例(自動 車の運転免許には原付運転の権利も伴うが、免許取得者が「原付は運転しない」と決めたところ で、原付運転の権利がなくなるわけはない)だけからも明らかである。
(2)立入禁止海域における埋立には法的根拠がない
漁業権を規定している漁業法は、公共用水面(直接に公共の福祉の維持増進を目的として一般 公衆の共同使用に供される水面)にしか適用されない。
埋立の手続きを定めた公有水面埋立法も同様である。そのことは、同法第1条に「本法ニ於テ 公有水面ト称スルハ河、海、湖、沼其ノ他ノ公共ノ用ニ供スル水面..........
ニシテ国ノ所有ニ属スルモノ ヲ謂フ」(傍点筆者)と規定されている。
ところが、国・米軍は、2014 年 7 月、辺野古基地埋立工事に必要な海面を立入禁止海域に指 定した。この指定に伴い同海面は公共用水面でなくなったことになり、したがって、同法に基づ く埋立承認は法的根拠を失い、辺野古埋立は違法工事になった。
(3)警告板問題
2017年6月、名護市の沿岸に名護漁協等が設置した警告板が物議を醸す事態が起きた。
警告板は名護漁協が名護市の補助金を得て 5 年ほど前から設置したもので、「この海域には、
沖縄県漁業調整規則により、第5号共同漁業権が設定されています。漁業者以外はサザエ・シャ コ貝・ヤコウ貝・タカセ貝・ヒロセ貝・ウニ・タコ・イセエビ・ナマコ等の魚介類、アーサ、モ ズク・オゴノリ等の海藻類を採取してはいけません。また、漁業者以外は、潜水器具・水中銃・
刺網・かご網等を使用して魚介類を採取してはいけません。この規則に違反すると沖縄県漁業調 整規則又は漁業法の違反となり、罰金200万円又は3年以下の懲役が科せられます。違反者を発 見した場合は直ちに通報します」と記され、掲示者は「沖縄県・名護市・名護警察署・中城海上 保安署・名護漁業協同組合・名護漁業集落」となっている。
しかし、この警告板は共同漁業権を理解していない違法なものである。
共同漁業権は、漁村部落の入会漁業権に由来する漁業権であり、漁業法は、入会漁業権の入会 集団に漁協を創らせ、漁協に共同漁業を免許することとしている。
入会集団の範囲は漁村集落の慣習によって決まるが、漁協には加入脱退の自由の原則があるた め、入会集団の構成員全員が漁協に加入するとは限らない。入会集団のうち、漁協に加入した組
合員は共同漁業の免許に基づき共同漁業を営み、漁協に加入しない者は慣習に基づき入会漁業を 営む。
したがって、地元漁村集落(漁業法にいう「関係地区」)の住民は、漁村集落の慣習に基づき 入会漁業を営めるのであり、沖縄県も警告板の違法性を認めて修正することを約束した。
(4)沖縄県石垣新空港問題
かつて沖縄県では石垣新空港建設(事業者は沖縄県)のため、石垣島白保地区の地先水面の埋 立が大きな問題となったことがある(1979-1992年)。
その際にも共同漁業権の一部放棄や地元住民の持つ入会漁業権が問題となり、後者について私 は「オバアたちの権利」というタイトルで沖縄タイムス1992年4月21日~4月23日に解説記 事を連載した。国際学部におられた豊田利幸教授の紹介で大田昌秀知事(当時)にもお会いして 説明した。
しかし、沖縄県下では白保の運動が全く継承されておらず、辺野古埋立における全く同じ問題 について私がまた解説することとなった。研究者の責務は「社会の監視役」にあることを痛感し ているが、本来は、地元で成果が継承されていくような運動を創る必要があろう。
3.なぜ事業を止められてきたか
住民・漁民の運動で埋立等の事業を止められることは稀有である。にもかかわらず、私が 20 例余りも事業を止めることができた秘訣は当事者主義にあると思われる。
住民・漁民の運動では、往々にして代行主義の支援が行なわれる。白保では、地元漁民・住民 に対して「お前たちは赤ちゃんで何もわからない。船頭役は俺たちだから黙って船に乗っておれ ばよい」と言い放つ支援運動が存在した。有明海の運動には、「漁民が居なくなっても自分たち が運動できればよい」という市民運動が存在した。前衛意識に由来するのだろうか、そうした代 行主義の運動が奏功した例は皆無と言ってよい。
代行主義と反対に、当事者の持つ権利に基づき、当事者が主体となって闘う当事者主義を貫く こと、支援者は、そのお手伝いに徹することが重要である。
辺野古では、2017年11月に入会漁業権を持つ地元漁民・住民が名護市東海岸漁協を創設した。
この漁協が認可され、共同漁業権が共有されれば、辺野古埋立を止められることになる。
4.何のための学問・研究か
40年余りの取組みで痛感したことの一つに学者の特権意識、傲慢さがある。
白保の入会漁業権をめぐり、A 教授は漁業法についての知識がないにもかかわらず、「水産庁 で漁業法の神様と呼ばれた浜本幸生氏の本を読むとわかる」との私の勧めに対して「浜本氏は実 務家だろ」の一言で片づけ、漁業権に関する間違った見解を主張して、地元住民に迷惑をかけた。
沖縄県金武町の入会裁判において、入会権の教科書まで書いている N 教授は、戦後に入会山 の管理を行なってきたことを示す入会団体の議事録にも目を通さず、その旨法廷で証言した証人 にも会わずに、わずか一週間程度の調査だけで「入会山の管理は行なわれていなかった」との意
見書を書いた。
京都大学 F 教授のタイ山岳民族の村での面接調査を傍で聞いていた友人の話によれば「まる で刑事の取り調べのようだった。村人は恐れて本当のことを話していなかった」とのことであっ た。F 教授は、そんな調査をもとに著書を著し、日本では「調査の達人」と呼ばれていたのであ った。
要するに、学者の特権意識、傲慢さのために、研究内容も貧しくなるということである。
傲慢さが生まれるのは、専門領域の中で業績をあげることのみを目指しているから、いいかえ れば、民衆の苦悩を受けとめ、民衆に貢献しようという姿勢が全く欠落しているからである。
学者の間だけの議論では「観念の遊び」に流れる。K学会の持続的社会論の議論では、原子力 村の一員である小宮山宏元東大総長が「地球持続の技術論」を披露していることに何の批判もな されていない。そんな議論から有益な成果が生まれるはずはない。
市民との交流を大切にし、市民からの問題提起を受けとめ、市民に貢献する姿勢を持つことが 学問・研究にとって何よりも大切である。
注:埋立・ダム・原発と漁業権をめぐる筆者の取り組みについて、詳しくは、拙著『漁業権とは なにか』(日本評論社、2018年1月)を参照されたい。