カヌーと伝説 : 中央カロリン諸島における伝統的 航海術の一考察
著者 須藤 健一
雑誌名 民博通信
巻 4
ページ 37‑55
発行年 1979‑03‑09
URL http://hdl.handle.net/10502/5165
各個研究メモ
カヌーと伝説
ー 中 央 カ ロ リ ン諸 島 に お け る
伝 統 的 航 海 術 の 一 考 察 ー
須藤健一
第三研究部
ミクpネシアの中央カロリン諸島では︑今日でも︑帆走用
アウトリッガー・カヌーによる島瞑間航海が︑さかんになさ
れている︒そのなかでも︑サタワル島が︑もっとも伝統的な
航海術を維持している島として注目されてきている(Alkire
1965:125‑134,Gladwin 1970:37‑38,Lewis 1972:279 ‑
280, 1977:1‑3, McCoy 1976:131‑137)︒
そのことは︑つぎに挙げる二つの事実からも明らかであ
る︒ 一つは︑サタワル島の航海者撚︑この地域で二〇世紀に
はいってから途絶えていた︑サタワル島とサイパン島間八〇
〇キロメートルにもおよぶ遠洋航海を︑一九七〇年に復活さ
せたことである︒もう一つは︑一九七六年に試みられた︑ポ
リネシアの伝統的なダブル・カヌーによるハワイとタヒチ間
の実 験 航 海 のキ ャプ テ ン に︑ こ の島 の航 海 者 が 選 ば れ た こと
であ る︒
筆 者 は ︑ 石 森 秀 三 ( 本 館 第 四 研 究 部 ) と と も に︑ 昭 和 五 三
年 六 月 か ら 九 月 にか け て︑ サ タ ワ ル島 で伝 統 的 航 海 術 に関 す
る 予 備 調 査 を お こな っ た ︒ サ タ ワ ル島 では ︑ 近 年 ︑ 外 洋 航 海
に コンパ スや ト ラ ン シー バー が 使 わ れ る よ う にな ってき て い
る︒ ま た︑ 一 九 五 〇 年 代 に始 め ら れ た キ リ ス ト教 の布 教 にと
も な って︑ そ れ ま でお ごな わ れ てき た 航 海 術 修 得 儀 礼 ︑ 航 海
の成 功 を 予 測 す る占 い︑ お よび 航 海 者 に 課 せ ら れ る 禁 忌 な ど
が ︑ こ とご と く廃 止 な い し は 放棄 さ れ てし ま っ た ︒ そし て︑
それ ら に 関 す る 知 識 を 体 得 し て いる古 老 が ︑ 最 近 ︑ あ い つ い
で 亡 く な って いる︒
そ こ で ︑ わ れ わ れ は 今 回 の調 査 の主 点 を ︑ と く に︑ 二〇 年
前 ま で 島 の人び と が 信 じ︑ お こな つてき た 占 い や諸 儀 礼 ︑ お
よび 伝 統 的 航 海 術 に ま つわ る 神 話 や 伝 説 な ど を 記 録 にと ど め
る 仕事 にお いた︒ さ いわ いにも ︑ 島 の酋 長 や長 老 た ち が ︑ こ
の仕 事 に 協 力 的 で ︑ わ れ わ れ は︑ 本 来 ︑ 部 外 者 に は秘 密 と さ れ
てき た そ れ ら の内容 に 関 し ても ︑ デ ー タを 得 る こ と が で き た ︒
本 稿 では︑ カ ヌー の部 分 名 称 に つ い て の由 来 を 語 る伝 説 を
紹 介 し ︑ 伝 統 的 航 海 術 の } 面 を 明 ら か にし て み た い︒ 筆 者
は︑ 今 ま でに︑ こ の種 の伝 説 を 二編 収 集 し て いる が ︑ 本 稿 で
あ つか う のは ︑ 伝 統 的 航 海 術 を 修 得 し て い る長 老 の 一 人︑ ナ
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モヌ
l
ル氏(七二歳)より聞きとったものである︒サタワル島では︑ものごとの起源やそのいわれについて語り継がれて
きた話は︑︿ブイヨン﹀迂
巴︒認ないし︿ディッティナップ﹀
ι 5 5 5
℃と呼ばれている(以後
︑ 現 地 後 の 表 記 に は
︑
︿
﹀
の記号を用いるととにする﹀︒
なお︑伝説の収集は︑はじめ︑テ
l
プに収録し︑それをサ
タワル語にお乙したのちに英訳するという方法をとった︒
アウトリッガー側から風を受けて帆走する 外洋航海用カヌー
伝説のすじ
1 .
むかしむかし︑バリューラップという名前の男が︑ト
ラ
ック
のウマン島に住んでいました︒彼には︑ロンゴラッ
3 8
プ︑ロンゴリック︑アティヌマン︑アティソウという名前の
四人の息子がありました︒
2 .
ある日︑ロンゴリックは︑魚をとる釜が欲しくなり︑
お父さんのバリューラップに作ってもらいました︒彼はそれ
を持って海に行き︑岩の側にしかけました︒それから毎日︑
ロンゴリッ
クが釜を見に行くと︑そのなかはいつも魚で一杯 になっていましたD
それを見てうらやましくなった長男のロンゴラ
ップは︑お
父さんのと乙ろへ行って︑自分のために
釜をもう一つ作って くれるようにお願いしました︒答一ができあがると︑彼はさっ
そく海に出かけて︑その筆
を沈めました口しかし︑いつ見に 行っても︑そのなかには魚が一匹もいませんでした︒そ乙で ロンゴラップは腹をたてて︑お父さんに︑
﹁どうしてロンゴリッ
クの
釜にはいつも魚がはいり︑私の
には一匹もかからないのか﹂
とあたりちらしました︒
3 .
しばらくして︑ロンゴリックは︑またお父さんのと乙ろへ行って︑今度は︑
﹁私は自分のカヌーを持ちたくなりました︒乙れからカヌ
ーを作ろうと思いますが︑よろしいですか﹂
とお願いして︑お父さんから許しをもらいました︒さっそ く︑彼は斧を持って森に出かけ︑カヌ
l
の用材にするバンの木を探しまわりました︒ちょうど良い木が見つかったので︑
彼は若いココヤシの実を二つとって︑その木の根本に置き︑
パンの木の神様に捧げました︒それから︑斧を手に木の側に
立って︑
﹁コロイスの島にいるパリューラップさま︑どうぞ私のこ
のパンの木を切らせてください︒そして︑私が︑ 一︑二︑
一︑二︑三︑⁝⁝と数えるぐらいに速く︑私のカヌーが海
の上を浮いて走ってくれますように︑この木を枯らせて軽
く︑軽くしてください﹂
と唱えごとをあげました︒
それをすませてから︑彼は斧で木を刻んで倒し︑幹の一方
を切り落しにかかりました︒この骨の折れる仕事をおえるこ
ろには︑太陽はとっくに西の空に沈んでいました︒つぎの日
も朝早くから森に出かけ︑幹のもう一方を切り落して木の内
側を到りぬく仕事を一生懸命でしました︒その日のうちに︑
カヌーの底の部分の形がおおよそできあがりました︒仕上げ
をするために︑ロンゴリックは︑それを東の海岸にあるカヌ
ー小屋まで運びました︒
4.それを聞いたロンゴラップもまた︑お父さんのところ
へ行って︑彼のカヌーを作る許しを得ました︒彼は森に出か
けて︑カヌーをこしらえるのに適当なパンの木を見つける
と︑その木の神様にヤシの実をあげないで︑すぐに切り倒し てしまいました︒タ方になったので︑木の一方の端を切り落
す仕事はつぎの日にすることにして︑彼は家に帰りました︒
彼の去ったあとで︑倒れた木の神様が現われ︑その木に向
って︑元のとおりに立ち上って前よりも大きくなるように話
しかけました︒神様は︑
﹁コロイスの島にいるパリューラップさま︑どうかこの横
になっている私のパンの木を起こして︑もっともっと大き
くしてください﹂
と祈りました︒
つぎの朝︑森に来たロンゴラップは︑自分が倒したはずの
パンの木が立って︑しかも前の日よりも大きくなっているの
を見てびっくりしました︒彼はあきらめずに︑その日も木を
切り倒す仕事から始めました︒けれども︑自分の倒した木
が︑つぎの朝には元どうりに立ってしまうという不思議なこ
とが何日も続いたので︑彼はお父さんのところへ行ってこの
ことを話しました︒木を倒したときの様子をくわしく聞いた
あとで︑お父さんは︑
﹁そんなことだつたら︑弟のロンゴリックに相談しなさ
い﹂
と言いつけました︒
そこで︑ロンゴラップは︑弟のところへ行って︑そのこと
を話し︑二人で森に出かけました︒ロンゴリックは︑兄さん
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がパンの木の神様に何もあげなかったことを知らされていた
ので︑二つの若いヤシの実を兄さんにとってこさせました︒
そして︑自分がしたときと同じように︑それらを根元に置い
て呪文を唱えました︒
それから︑二人は木を倒し︑木の内側を削るところまで仕
事を進めましたが︑日が暮れたので家に帰りました︒帰る途
中で︑ロンゴラップは弟に︑
﹁もし︑あしたの朝にあの木が立ってでもいたら︑承知し
ないそ﹂
とすごみました︒
つぎの日の朝︑二人が森に行って見ると︑その木は倒れた
ままでした︒彼らは︑その日のうちに木の内側を剖りおえ︑
その木をカヌー小屋に引っぱって行きました︒
5.ロンゴラップとロンゴリックは︑カヌー小屋で︑お父
さんからカヌーの作り方を習っていました︒ロンゴラップ
は︑お父さんのこれまでのやり方に不満を抱いていたので︑
﹁お父さん︑あなたはどんな物でも作ることができます
し︑あらゆることを知っています︒・そのようなお父さんを
尊敬しています︒私たちは︑それらを一つづつおぼえてゆ
きたいと思っています︒けれども︑えこひいきがすぎま
す︒お父さんの知っていることを平等に教えてください﹂
と言いました︒
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けれども︑パリューラップは︑ロンゴラップの目に怠け者
の相があることを見ぬいておりました︒だから︑息子たちに
同じようにしてやっても︑弟の笙には魚がたくさんはいる
し︑倒した木が起き上るようなこともないのに︑兄の笙には
一匹の魚もかからないし︑木の神様に憎まれたりするのだ
と︑とりあいませんでした︒
6.ところが︑ロンゴラップは︑それらのことに対する腹
いせで︑もう一人の弟︑アティヌマンを殺すたくらみを企て
ました︒ある日︑ロンゴラップは︑カヌー作りの仕事中に飲
むヤシの実をとりに行くとお父さんに言って︑一人で森に出
かけました︒ (お父さんは︑彼がアティヌマンを殺しに行く
ことをすでに知っている︒)
アティヌマンは︑カヌー小屋のある海岸とは反対側の︑島
の東海岸に住んでいて︑毎朝︑雲や太陽の上がる水平線の様
子から︑その日の天気を予測してお父さんに知らせる役目に
あたっていました︒
ロンゴラップは︑森のなかの道をとおって弟のいるところ
に行きました︒彼は︑まず自分が弟を殺すのを誰にも見られ
ないようにするため︑東海岸に通ずるすべての道を塞ぎまし
た︒その細工をすませると︑彼は一本の太い棒を持って弟に
近づき︑殴りかかろうとしました︒しかし︑彼の頭のなかに
自分の弟を殺すことの恐ろしさがちらつき︑いったんは思い
直して︑来た道を引き返しました︒けれども︑お父さんの"えこひいき"を思うと我慢できなくなって︑海岸ぞいの道
から弟のところに近づき︑弟の眉間を打ち砕いてしまいまし
た︒
ロンゴラップは︑横たわっているアティヌマンの死体をヤ
シの葉で包み︑その首にロープをきつく結びつけました︒あ
たりに誰もいないのを確かめて︑彼は立ち上り︑その死体を
波打ちぎわまで引きずって行きました︒それから︑石ころを
探し出して重しにし︑弟を海の底に沈めてしまいました︒弟
の死体が二度と浮かび上らないのを見とどけてから︑彼は︑
森でとったヤシの実を肩に︑何くわぬ顔をしてカヌー小屋に
戻ってきました︒お父さんは︑彼のしでかしたことをよく知
つておりましたが︑そのときは何も言いませんでした︒
8.お父さんとロンゴリックが続けていたカヌー作りを︑
ロンゴラップが手伝おうとしたときには︑船体はすでに完成
し︑アウトリッガー(腕木)も船体に取りつけられてありま
した︒そこで彼は︑このつぎにどの部分を最初につけたらよ
いかをお父さんにたずねました︒お父さんは︑二又になった
四本の短かい木を取りあげました︒それらの木が︑カヌーの
バランスを保つために据えつけられた二本の腕木の先端に置
かれて︑腕木と浮木(後述)をつなぐ連結材であることを説
明しました︒そして︑ ﹁これらはくヤ⁝ムゥVと呼ばれる︒なぜなら︑おまえは
弟を殺して海に引きずって行く前に︑あたりに誰もいない コ コ コ か︑きょろきょろ見まわしたからだ﹂
とお父さんは︑連結材の名前のいわれをロンゴラップに話し
て聞かせました︒ (以後︑カヌーの部分名称に適用されてい
るサタワル語の日本語訳には︑::の記号をつけて表記する
ことにする︒)
9.ロンゴラップは︑︿ヤームゥVのつぎに何がくるかを
聞きました︒お父さんは︑数本の強い棒を手に持って︑それ
らが︿ヤームゥ﹀と腕木が動いて外れないようにするための
補強材であることを教えました︒それから︑
﹁これらは︿ワイレー﹀と呼ばれる︒なぜなら︑おまえは 弟の死体を海岸ぞいの道から波打ちぎわまで引きずって行
ったからだ﹂
と言いましたo
このような問答の形式で︑パリューラップは︑カヌーの建
造の順序にしたがって︑部分名称の由来をロンゴラップの犯
した弟殺しと関連づけて述べてゆく︒
10.パリューラップは︑一本の太い木を指して︑それが
くヤームゥVの下に置かれて︑張り出した腕木に結びつけら
れる浮木であることを説明したあとで︑
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〔部 分 名 称 〕
① 〈ヤ ー ム ゥ 〉
② 〈ワ イ レ ー 〉
③ 〈タ ー ム 〉
④ 〈ソ ー ソ 〉
⑤ 〈ワ イ ソ ー 〉
⑥ 〈 ア ー ウ 〉
⑦ 〈サ ー ニ ソ ォ プ ゥ 〉
⑧ 〈ア ナ ッ プ 〉
⑨ 〈イ ラ ム ワ ー ン 〉
⑩ 〈 イ ラ ロ ー プ ゥ ト〉
⑪ 〈 ス ワ 〉
⑫ 〈ム エ ー ン 〉
⑬ 〈ユ ウ〉
⑭ 〈メ レ メ ル〉
⑮ 〈エ ベ ー プ〉
⑯ 〈ワ ー ニエ ン〉
図1.帆 走 カ ヌ ー 〈ワ ・セ ラ ッ ク〉の 部 分 名 称