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土生芳人著『イギリス資本主義の発展と租税一

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(1)

書   評  

土生芳人著『イギリス資本主義の発展と租税一   自由主義段階から帝国主義段階へ 【』(東京大   学出版会,1971年12月刊)を読んで  

西  山  一    郎  

Ⅰ  

評者は,イギリスの租税政策に関する著者の作品を論文で発表された時から注目してい   たが,このように一木−−しかも単なる既発表論文の寄せあつめではなく,再構成され推  

敲された書物−−⊥になると著者の研究成果が一・層の迫力をもって評者の胸に■せまって:く  

る。第1に,やや硬質でほあるが達意な文章がここちよい。しかも,要所要所紅適切な要   約(本書全体の要約が終章たある)が入っており,読者は,イギリスの自由主義段階と帝  

国主義段階における租税政策の全体像を脳裡にあざやかにうかぺることができる。   

ところで,本書の課題は,両段階、 ナポレオン戦争終了時より籍1次世界大戦前まで   の約100年間−の租税政策を分析し,各段階の租税政策の歴史的特質を確定することで   あるが(3ぺ−ジ),著者の研究方法の特徴についてまずのべておきたい。第1は,著名が  

「世界経済論的視点」(はしがき,iiぺ一汐)という新しい分析視角に立脚して租税政策の   分析を試み,それにかなりの程度成功していることである。イギリス資本主義の財政政策   を分析するさい紅は,世界資本主義の発展におけるイギヅスの地位より判断して国民経済   的な分析視角ではきわめて不十分であることは評者自身も考えていたことであり,著者の   立つ「世界経済論的視点」は全く正しい。算2は,本書がたんなる租税政策の記述ではな  

く,租税政策のよってこきたる根拠をとい,国際経済をも含めた資本主義経済の分析を試  

み,さらに政治権力の究明にまで踏み込んでいる点である。財政現象は政治と経済との交  

錯する領域に発生するものであるという財政学の定石よりすれば,租税政策の分析におい  

ても政治と経済の分析をぬきにしては語れない。しかし,これはいうは易く行なうは.難  

い。ところが,本書ほこの困難を見事に克服し,新しい成果を読者に提示している。   

(2)

439   土生芳人著『イギリス資本主義の発展と租税一自由主義段階から−J4クー   帝国主義段階へw』(東京大学出版会,1971年12月刊)を読んで  

このような新鮮な分析方法から判断して本署が,イギリスの租税政策に関するわが国の  

研究水準を大きく前進させたものであることほ疑いえない。  

ⅠⅠ  

つぎに,本書の内容を簡単紅紹介したい。   

本書の目次を示せば,つぎのようである。  

序論 イギリス資本主義発展の特殊性   前編 自由主義租税政策の展開  

策1葦 保護貿易下のイギリス資本主義と財政   第2章 間接税の改革  

寛3章 自由主義財政と所得税  

後編 帝国主義租税政策の形成  

寛4章 イギリス資本主義の帝国主義化と財政   寛5章 相続税の改革  

策6章 所得税の改革  

終章 イギリス資本主義の発展と租税   

序論では.,各段階のイギリス資本主義の特殊性が分析され,自由主義段階のイギリス資  

本主義を「世界のエ場」として,帝国主義段階のそれを「世界の銀行」 

る。そしてこれらが両段階の租税政策を規定する経済的基底をなす。   

まず前編について。策1章の中心は19世紀中葉の自由主義的関税改蚤の位置づけであ   り,そこに「世界経済論的視点」が遺憾なく発挿される。著者は,通説とはことなり,保   護貿易制度の欠陥を,イギリスを工業国とし後進諸国を多かれ少かれ農業国とする国際分  

業関係の発展を阻害した点にもとめる。イギリスを工業国とし後進諸国を農業国とする国  

際分業関係とは,具体的紅ほイギリスの工業製品が後進諸国により購入されることである   が,そのためには後進諸国は交換手段としてのポンド・スタ−リングを入手しなけれほな  

らない。後進諸国のポンド・スタ−リングの入手は.,イギリスが後進諸国の生産物をより  

一層輸入することにより達成される。つまり,イギリス製品の輸出は,イギリスによる後  

進諸国からの輸入いかんにかかっているのである(52ぺ 汐)。保護貿易制度はイギリ、スの  

輸入の増大を抑制し,輸出増進を阻害したわけである。そして,19世紀中葉の関税改革  

は,後進農業諸国の生産物(コーセ」−,砂糖,茶等)を輸入しやすくすることを主眼に.実   

(3)

ーJ5♂−  

籍45巻 籍3号  

440  

施される。   

第2輩では関税改革を中心に間接税の改革が分析される。関税改革は,周知のように,  

1842年,1845年,1846年,1853年,1860年と5次にわたって実施され,保護関税,原料関税   等は一切廃止された。それらは,イギリスの輸入を増大すること把.よりイギリス商品にた  

いする後進諸国の需要を増大し,イギリス資本主義の発展をおおいに促進した(88ぺ−ジ)。   

ところで,関税改革ほ.,著者紅よると1860年紅終了したのではない。1860年代中頃以降  

「税ぬきの朝飯」と称せられる関税改革が推進された。それは,茶,砂糖,コーセーとい   う朝食用嗜好品の減税であるが,その結果それ以前の関税減税とことなり税収はかえって   減少した。しかし,イギリス産業資本は,たとえ税収の損失に.なろうとも輸入制限的作用  

の大きい一切の関税を廃止する政策につき進み,イギリスを工業国とし他国を農業国とす  

る国際分業関係を一層前進させた。   

以上のような間接税改革の結果,間接税収入の9割はわずか8種類の商品把集中した   が,これらの商品ほブドウ酒を除き,大衆生活必需品であった。そして,これら8種類の   商品のうら,酒類とタバコについては/むしろ増税の傾向がみられたが,砂糖,茶,コ−ヒ   ー・のグループほ.「税ぬきの朝飯」減税に.みられるよう拡大幅な減税がおこなわれた。これ   は,いうまでもなく,後者の減税が当該品冒の輸入を増加させそれをつうじてイギリス工   業製品の輸出を増大する効果をもつからであっ年(113ぺ一汐)。   

算3章は,関税改革による減収を補喫するため導入された所得税をめぐる問題を論ず   る。所得税は,関税改革の減収補填財源として当初は臨時的性格をもつものと考えられた   が,1845年,1848年,1851年と継続される紅つれて,地主階級と産業資本の両階級より批   判と拡抗が発生した。地主階級は所得税の早期廃止を主張し,産業資本は所得税の継続  

を前提したうえで差別性の導入を要求した。これら両階級の要求ほいずれも簡単紅みたし  

うる性質のものではなかったが,1853年紅登場したグヲツドストンは両階級の要求をなん   らかの形で満すような提案した。彼は,所得税を・継続して185ご年の関税改革をおしすすめ   る一・方,地主階級にむかっては7カ年計画により1860年に所得税を廃止すると宣言した。  

他方,産業資本にたいしては,所得税への差別性の導入は拒否したが,相続税を不動産に   拡張すること紅より不労所得との租税負担の均衡をはかることを捉案した。著者は,「グテ  

ッドストンの偉大さは,イギリス資本主義発展の趨勢をふまえ過去10年間の財政的経験紅  

学んで,向う7年間の時間的展望のうちに両者の要求をともにある程度みたしうる道をみ  

いだしたこと紅あった。」(145ぺ−ジ)とするが,これは正鶴をえた評価である。   

(4)

土生芳人著『イギリス資本主義の発展と租税仙自由主義段階から −J∂ブー へ  帝国主義段階−−【』(東京大学出版会,1971年12月刊)を読んで   

441  

しかし,グラツドストンの所得税廃止7カ年計画は,クリミヤ戦争による経費の膨張に   より実施されなかった。1860年代に入ると所得税の早急な廃止ほもほや問題とならず,も   っぱら差別性導入の是非が論議されたが,これは地主階級の強力な反対により実施されな   

かった。   

かくして,著者が浮彫りにした自由主義時代の租税政策はつぎのよう紅要約されよう。  

関税改革は,イギリスを「肘界の工場」としその他の後進諸国を農業国とする国際分業関   係の推進を利益とする産業資本の要求に.そって展開されるとともに,その財源は地主階級  

を最大の負担者とする所得税にもとめられた。そして,国家経賀をまかなう税収の大部分   は大衆の生活必需品に戚課される間接税より徴収された。したがって,直接税を考慮して  

も国民の相税負担は逆進的であった。  

ⅠⅠⅠ  

後編紅ついて。算4章のキ−・・ボイン′トほ,帝国主義段階において何故イギリスが自由   貿易政策を堅持し,膨脹する経費を溶接税の増収によりまかなおうとしたかということで   ある。著卦乱その第1の,経済的理由をイギリスの国民経済が急速に「金利生活者周家」に  

転変したことにもとめる。帝国主義段階に入りイギリスは「世界の銀行」になりロンドン  

は長期金融市場の中心地になる。そして対外投資関係者の政治的発言力が大きくなり,彼  

らの利害がイギリスの経済政策を規定する(217ぺ一汐)。対外投資関係者の権益の保護と  

は取りも直さず自由貿易政策を堅持することであった。というのは,この時期のイギリス   の対外投資は,カナ・ダ,オーストラリア,アフリカ等の寛一・次産品諸国虹集中していたた   め,イギリスが農業保護関係を課すれば,直接的には,欝−・次産品の需要減少をまねきイ  

ギリス資本の投下された企業の収益を低下させるからであり,また,イギリスが工業保護   関税をかゆればそれほ,ドイツやアメリカの工業製品のイギリスベの輸入を抑制し,それ   ら諸国の第一次産品国の需要減少紅つながるという間接的影響をもつからであった(220  

ぺ−ジ)。   

第2の,政治的理由は,大陸諸国にくらベイギリスの地主階級の政治勢力が大不況紅よ   り弱化したということであった。これらの経済的政治的理由により,イギリスほ自由貿易   を堅持し帝国主義段階における国内外の緊張よりもたらされる経費の増大を,藩接税とく  

に相続税と所得税の増収紅よりまかなったのである。   

第5章は相続税の改革を取あっかう。大不況に.より地主階級の経済的地位が大きく低下   

(5)

第45巻 第3号  

ーヱ∂2−   442   

し政治勢力が弱化するとともに,不動産にくらぺ動産にはるかに頭い負担が課せられてい    た相続税の改革がおこなわれた。1894年ハーコートは,1′、ノ8%の累進税率をもち動・不    動産をとわず財産価格を課税標準とする遺産税,エステイト・デユ−ティを提案し,動・不   

動産間の相続税負担の不均衡を除去した。その結果,大不動産をもつ大地主階級の負担は    顕著に増加したが,その増収により1890年代後半の経費膨脹がまかなわれた。  

寛6茸は.,今世紀初頭におこなわれたアスキスとロイド・ジョージによる所得税の改革    について論ずる。依然として増大する経費をまかなうため,相続税の改革に引きつづいて   

所得税の改革が不可避となった。理念的には前世紀末までに累進性と差別性は承認されて   

いたし,1905年紅ディルク委員会は,それらの実施は可能であると結論した。   

1907年,アスキスにより差別性が導入された。すなわち,−・般税率はポンドあたり1シ′   

リングとするが,所得が2,000ポンド以下で,そのどの部分かが稼働所得である場合紅ほ    それにはポンドあたり9ぺンスの軽減税率で課税するとしたこまた,1909年には,ロイド  

・ジョージにより累進性が導入された。すなわら,−・般税率はポンドあたり1シリング2   

ぺンスに引上げられたが,所得が5,000ポンドをこえる個人紅たいしてほ−L般税率の所得    税の外に3,000ポンドをこ.える額についてはポンドあたり6ぺンスの超過所得税を課する   

とした。  

かくして,これらの改革により現代所得税の原型はできあがったのである。その時果,   

高額所得者の負担は増加したが所得税収入は大きく増加した。  

以上のような値接税の改革により経費の膨脹はまかなわれ自由貿易政策が維持されたの   

である。したがって,著者は,「この時期の直接税改革もまた究極的には,自由貿易政策の   

維持を必要とした対外投資関係者の利害に規定されたものであった」(332ぺ一汐)とい   

う。  

終章では,各段階の租税政策の歴史的特質が確定される。自由主義段階の租税政策は,  

「『世界の工場』たる地位にある国の自由主義的租税政策」(348ページ。傍点原文のまま。以    下同じ),帝国主義時代の租税政策は,「『世界の銀行』たる地位にもとづいて発展しつつあっ    た国の帝国主義的租税政策」(349ぺ−汐)と規定される。これが本番の結論である。  

ⅠⅤ  

本書は,新しい分析視角と鋭い実態分析によりわが国のイギリス租税政策の研究水準を  

、大きく引あげるとともに,本書とはば同時期を対象とするイギリス本国の古典的作品,   

(6)

443   土生芳人著『イギリス資本主義の発展と租税叫自由主義段階から 一−ヱ53一   帝国主義段階へ−』(東京大学出版会,1971年12月刊)を読んで  

J‖F。Rees,A5■如グf j『SCαJd朋d」打机㍑d扉」軌Sね7■γ0/■肋gJα乃dJβJ5〜J9Jβ,London,  

1921の水準をも抜くものである。   

まず第1紅,「世界経済論的視点」の設定紅より,自由主義段階と帝国主義段階の租税政   策の根拠が広く疎く解明された。自由主義段階に.ついてのみいえ.ほ,評者自身長い間,コ  

ーヒーや砂糖の城税が何故イギリス資本主義の発展に.とって:重要であるのか通説では十分   納得がいかなかったが,国際分業関係の推進という視点からみればそれがよく理解され   る。また,自由主義時代の租税政策は中立附な租税政策であるとセ、う説がわが国にはある   が,著者の分析の結果,それがいかに.階級的であり,産業資本の利害にそったものである   かが解明された。さらに,「税ぬきの朝飯」減税というこれまでわが国でほ指摘されなかっ   た事柄が新しく発掘され,自由主義の租税政策の進展の中紅正しく位置づけされている。   

寛2に.,租税政策と政治権力との関連が明らかにされ,租税政策の転換あるいは発動に   あたり政治権力が重要な役割をはたすことが解明された。たとえば,「税ぬきの朝飯」減税  

への前進紅さいしては,1867年の第2次選挙法改正がテコになったこと,帝国主義時代に  

おいてイギリスが相続税頭諌型になったのほ喝主階級の政治勢力が弱化していたためであ  

ること等は大変興味ぶかい。(ただ,1840年代初頭に保護貿易体制から自由貿易体制へイギ  

リスの経済政策が大転換したさいの政治権力の動向については全くふれられていないのは  

残念である。これほ第1次選挙法改正紅関する著者の評価(94ぺ一汐)に関連するかと思   われるが,1840年代初頭の経済政策の大転換の祐拠を,政治悔カの側面からも解明しては   しかったと思う。)   

ところで,租税政先の実態分析の結果についてほ評者は基本的に賛成であるので,それ   以外の周辺領域紅ついて素人なりのコメントを2,3記してみたい。まず寛1は,言葉の   問題であるが,「■世界の工場」,「世界の銀行」というイギリス督本主義の規定である。評者   紅ほそれらがやや平板な規定のよう紅思われる。イギリス資本主義は,帝国主義時代はも  

ちろん自由主義時代においても植民地帝国の側面を強くもっている。たとえば,「世界の   工場」の相方となった後進諸国の大部分はイギリス帝国の支配下にあった地域であるし,  

「僅界の銀行」としてのイギリス資本の投下先もイギリスの植民地諸地域であろう。これ  

らの事態を充分評価する必要があると思われる。籍2は,イギリス資木主義の「他界の工  

場」から「世界の銀行」への推転が十分紅理解されないというととである。端的にいう  

と,著者は,「世界の銀行」の時代に.なると,租税政策の主体が産業資本から対外投資関  

係者に移ったというように説明するが,独占資本の形成とはどのように.関連するのであろ   

(7)

寛45巻 寛3号  

444   一ヱ54−  

うか。帝由主義時代の支配グル−プは没落する地主階級と上昇する対外投資関係者により   構成されているように理解されるが,産業資本(形成されつつある独占資本)の側面が無   視されているように思われる。   

算3ほ,イギリスの租税政策の特質把捉に閲しでである。著者は,租税政策の特殊性は   イギリス暫本主義の特殊性にもとづくとする(4ぺ−ジ)が,まず問題となるのはイギリ   ス資本主義の特殊性の基埜である。著者は,その基準として他国の資本主義発展とことな   っているという点と「原理論的資本主義」より帝離しているという点をあげる(6ぺ−ジ)。  

前者軋容易に理解されるが,後者がなぜ持出されねばならないのかが読者に納得的に説明   されていない。しかも,この両基準の相互関連はいかなるものか,後者の基準ほ純粋化  

傾向が阻止される帝国主義段階のイギリス資本主義にもあてはまるのか等についても説   明不足のように.思う。つぎに,租税政策の特質を「世界史的に凝塾的な特質」(345ぺ−・  

汐)と「イギリスに固有の,特殊な特質\」(3都㌧ミー汐。「特殊な特質」とは重複表現であろ  

う)との相互関連紅おいて把捉しようとするが,各段階の租税政策の一般性についてはは   とんど言及されていない。「世界史的に類型的な特質」ほ,各段階の主要資本主義国の比較  

財政史的な個別研究の積み重ねのうえにはじめて解明されると思うが学界の研究水準はそ  

こまでいっていないように評者は思う。むしろ,著者ほ,イギリスの租税政策の特殊性の  

解明に沈潜する立場を徹底された方がよかったのではないかと思う。   

ともあれ,自由主義段階と帝国主義段階の担税政策を「−・般」と「特殊」の範疇でとら   えようという著者の立場は,評者のみるところ武田教授の「段階論」的財政学を批判的に   克服しようとするものであり,著者の今後の研究に注目したい。  

(付記) 小稿の骨子は,評者が7月15日の資本論研究会に‥おいて報告し  

たものであるが,そのさい評者の報告にたいし適切なコメントを下さった  

会員諸氏に謝意を表したい。   

参照

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