自己成就的予言としてのいじめ問題
その他のタイトル ljime problem as a self‑fulfilling prophecy
著者 徳岡 秀雄
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 20
号 1
ページ 159‑180
発行年 1988‑12‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/00022640
自己成就的予言としてのいじめ問題1)
徊 岡 秀
雄
Ijime problem as a self‑fulfilling prophecy Hideo TOKUOKA
Abstract
The theorem of "definition of situations" by W. Thomas or "self‑
ful‑fill ing prophecy" by R. Merton would be eloquently applicable to the pre‑ sent•ijime (bullying) problem. If we accept the fact that "ガ'imeis increas‑ ing more and more" as presented by the mass media, then it will be real in its consequences. Because ijime is a subjective or psychological con‑
struction, the one who would find ijime. would find it. When we accept that image without due consideration, we become more sensitive to・ijime, and C re‑> interprete every situation in the ijime ‑context. As victims of bullying, weak youths are convinced of their disadvantegeous circumstances. Reporting・
ijime has a disinhibition effect and instigates methods and styles to bul‑ lies who have kept down the•ijime ‑desire. Delinquents neutralize a̲nd ra‑
tional ize their own misbehavior, insisting obstinately "I had been bullied and paid back." The motive of having been bullied is also explained in a note young suicides left behind. Such kind of moral・panic gives both as‑ saulters and victims a "vocabulary of motive." And finally, opinion poles and scientific research confirm the fact that ijime is increasing. This pos‑ itive feedback or deviation‑amplifying mechanism・intensifies the ijime ‑ problem.
Key words: ijime, definition of situation, self‑fulfilling prophecy, vocabularies of mo‑
tive, disinhibition, school violence, juvenile suicide, information society, sensitization, positive feedback
抄 録
自らの体験情報に依存できない情報化社会では,我々はいじめが深刻化しているとするマスコ ミの状況規定を受け入れざるをえない。そして,問題行動の加害者も被害者も周囲の人々もすべ てが神経過敏になり,あらゆる行為をいじめという文脈で解釈する。また,問題行動や自殺を敢 行する青少年にすら格好の動機を付与する。このような状況での社会調査は,いじめの深刻化を 裏付けることとなり,これがまたマスコミを勢いづける。このような諸要因のボジティブ・フィ ードバックによって,いじめ問題の深刻化が増幅される。
キーワード:いじめ,状況の規定,自己成就的予言,動機の語彙,脱制止効果,校内暴力,青少 年自殺,情報化社会,神経過敏化,ボジティブ・フィードバック
1)本稿は, 日本教育社会学会第38回大会(1986年)課題研究での発表要旨に加筆したものであり (『発表 要旨収録」216‑217頁参照), また,拙著「社会病理の分析視角』(東京大学出版会, 1987)で提示した 予言の自己成就過程,あるいはボジテイプ・フィードバック・モデルを応用したものである。そのメカ ニズムの詳細については,拙著を参照していただければ幸いである。また,本稿のための新聞資料の蒐 集にあたっては,本学経済・政治研究所主任,茶谷静夫氏の全面的協力を得た。記して感謝したい。
関西大学『社会学部紀要」第20巻第1号
§1. 森島恒雄著『魔女狩り」2)を読む
彼女がボクに好意を持ってくれていることは絶対に間違いない。「忍ぶれど色にでにけり」は 勿論だが,つれなくされても「いやよイヤヨも好きのうち」というではないか,この二通りの解 釈図式をもっていれば絶対に大丈夫というわけである。このような論理の組み立てが全体社会レ ベルで成立していた例が「魔女狩り」であろう。魔女が存在すると思われている社会では魔女は 実在する。このような現象を「予言の自己成就過程」と呼ぶ。
「人間は宗教的信念をもってするときほど,喜び勇んで,徹底的に,悪を行なうことはない」
と言われるが, 1600年を中心とした1世紀は, まさしく「魔女旋風」の期間であり,数10万の
「魔女」が絞殺され,あるいは絞殺された上で焼かれ,または生きながら焼き殺されていった。
カトリック教会は,自らの腐敗を糾弾する改革者を異端者として厳しく弾圧したが,異端者のカ テゴリーに魔女も含める形で,異端審問の対象者を拡大した。それは勿論,宗教的信念によるも のであったが,また,異端審問や魔女裁判が「儲かる」仕事だったからでもある。ともあれ,当 時の人々はこの世に魔女が存在することを信じて疑わなかった。麿女として処刑された当人も,
自分が魔女ではないと主張しこそすれ,魔女がこの世に存在することは疑わなかったし,暗黒裁 判の方法上の不正と欺繭に対しては激しく抗議した少数の「無名戦士」たちも,そして近代科学 哲学の樹立者であるベーコンですら,魔女の実在そのものは積極的に肯定していたのである。
魔女はカトリック信仰から逸脱し,悪魔と結託し,篇の柄にまたがって空を飛んで魔女集会に 出席し,色魔と性交し,魔力で他人や胎児や家畜を病死させ,農作物を枯らせた,等の訴追理由 で起訴される。しかし,このような行為は客観的には確定できない。つまり,魔女は何をしたの か,パフォーマンスでは定義できないのであり,要するに他者から魔女とされた人が魔女である としか定義できない状態であった。 したがって,「魔女」容疑者は, 世間のうわさ,密告,告発 によってしか明らかにならないことになる。 しかしながら,社会病理の元凶と推定される魔女 は,何としても早期に発見し,早期に除去されねばならない存在であった。
そこで魔女発見を容易にするための手立てが考案される。先ず,密告者の氏名は被告には知ら せない,また密告を奨励する配慮から特典を与えるというポリシーが採られる。弁護人には被告 の希望する者を任命せず,裁判官は弁護人に,異端を弁護して破門されることのないよう,警告 を与えておかねばならない。
魔女と認定された人であれ「魔女」の共犯者であれ,前科者であれ子供であれ,被告に不利な 証言を行う場合には法廷証人として採用された。被告に口を割らせて多数の共犯者をひき出すこ とは,はなはだ能率的な仕事であったからである。実際,約300人の「魔女」が約6,000人の「魔
2)森島恒雄『魔女狩り」岩波新書, 1970。
女」を告発している。魔女裁判は,ひとたび転がり出せばどこまでふくれ上がっていくかわから ない「雪だるま」だったのである。
ところで,魔女として告発された被疑者はどのようにして魔女と認定されるのであろうか。魔 女は悪魔と結託してはいるが,悪魔との契約の証拠がないのは当然である。なぜなら悪魔が,逮 捕された「魔女」のためを思って,裁判に際して不利にならないようにと,契約書を焼き捨てて しまうからである。しかし,魔女集会に出席した新参の魔女は,悪魔と結託したしるしとして,
体のどの部分かに「魔女マーク」を悪魔の爪でつけられることになっていた。このマークを発見 するためには,裁判官は「魔女」を裸体にするばかりでなく,頭髪,腋毛,陰毛など全身の毛を 剃り落とすのが常とされていた。また,このマークの部分は感覚がないものと信じられていたか ら,マークが視覚的に発見できない場合には,全身に針を刺し入れて無感覚の部分をさぐること が魔女発見の有力な方法とされた。そこで権威を持った針刺し業者の正式な組合が組織された。
しかも,彼らの収入は成功報酬であったため,容疑者の体に突き立てると柄の中に押し戻されて 皮膚を刺さないような不正な針道具を用いてまで,魔女発見に血道をあげることにもなった。
魔女は妖術によって自分の体を無感覚にすると信じられていたから,悪魔の応援を受ける「魔 女」の口を割らせるには,普通の拷問では利き目がなく,格別きびしい拷問が必要だとの論理に なり,筆舌に尽くせないようなテクニックが編み出された。過酷な拷問以外にも, 「魔女」を裸 にし,右手の親指を左足の親指に,左手の親指を右足の親指に結びつけた上で,池や川の中に投 げこむ。もし水中に沈めば無罪の証拠(ただし, 溺死することがしばしば)。 もし沈まずに浮か べば,その「魔女」は,それ以上の証拠の必要なく有罪を宣告されて溺死はまぬがれる(が,そ の後には絞首刑が待っている)。 といった鑑別方法もあった。また,獄房の看視人はたえず室内 を篇で掃き,もしクモやハエを見つけたならば直ちに殺すようにと命じられていた。もしそれが 殺せなかったら,それは必ず使い魔(連絡役をつとめる小悪魔)なのだ,といった認定方法もあ
った。
世間の人々にとっては,時と処をはなはだしく異にしていながら,どの「魔女」の自供もその 内容がみんな同じだということ,この普遍的な自供の一致は,魔女の普遍的な実在性を確信させ る有力な理由であった。 もし,「魔女」たちが, 拷問によってうその自供を強いられたのであれ ば,こんなに見事に自供が一致するはずはない。だからこの一致は魔女の普遍的な実在の証拠で なければならぬ,というわけである。しかしこの一致は,普遍的な魔女概念を土台にして,裁判 マニュアルにしたがって,どの裁判官も同じ尋問項目を同じ尋問方法で尋問し,裁判官が,この 定形的な尋問が期待する通りのことを拷問によって自供させたことの必然的帰結であった。自供 の一致は,実は,自供の「真実性」の証明ではなく,自供の「でっち上げ」の証明に過ぎなかっ た。
ところで, 「魔女」として処刑された人たちは, 真相をうち明けたところで死刑になる身の損 得にはなんの影響もないと思われるにもかかわらず,刑場ですら全面的に自分の罪を再確認した
関西大学『社会学部紀要」第20巻第1号
ために,そのことが,ますます人々に魔女の存在を再確認させることになった。それもそのはず である。法廷で自白した者は,「悔悟者」としての恩典に浴し,まず絞殺された上で焼かれること になっていたが,たとえ処刑の直前であっても自白を取り消せば,「偽証者」「逆戻りの異端者」
として生きながら焼かれるのがきまりであった。生きながらの火焙りではなく,締め殺された上 で焼かれることを,どんなに被告らは切望したことか。事実,生きながら,とろ火で焼かれつつ あった「魔女」が最後の望みはと聞かれて, 「もっと薪を」と叫んだ, などのエピソードすらあ る。とすれば,絞り首の恩典が取り消されて生きながら焼かれることを恐れた「塵女」が,刑場 で虚偽の自供をわざわざ撤回するはずはなかったのである。しかし,彼らが焼かれたあとに残っ たものは,でたらめな自白の法廷記録と,それにもとづいた判決文だけである。それが,「麿女」
についての世間の人が知りえた全部である。
このように,魔女が存在すると信じられていた社会でのシステムは,すぺて魔女の存在を追認 する制度でしかなかったことになる。きびしい規制をかいくぐって残された記録の一部に, 「も し自分が魔女であるならば,おめおめこのような拷問にかかりはすまい。自分には悪魔の力など 全くないのだ。」との悲痛な叫びが見られる。実際, 篇にまたがって一夜のうちに何千里も飛ぶ 能力をもちあわせているような魔女であれば,拷問や処刑をかいくぐることは容易であったはず であり,唯唯諾諾と処刑されたこと自体が魔女でなかったことの何よりの証拠というぺきであろ
うが,それは,魔女は存在しないとする前提に立っている現在の論法に過ぎない。
処刑された「魔女」は死後においても,逮捕から処刑までの経費のすべてを弁済しなければな らなかった。 したがって, 魔女の遺産の没収ということは, 裁判官の重要な仕事の一つであっ た。また, 役人たちは, 呼び出した被告から手数料や手当を取るほかに, 焼かれた「魔女」の 数に応じて給金をもらうことになっていたから, 裁判熱は利欲によってさらに強まった。「裁判 は大いに儲かる仕事」だったのであり,制度が魔女裁判をますますエスカレートさせてもいった のである。こうして,魔女が存在するという前提に立つ社会ではますます多くの「魔女」が産出 されたのである。
このような視点から,以下では,いじめが深刻な社会問題だとする社会意識がますます現実の いじめを深刻なそれにしていくというプロセスをたどってみよう。いじめを問題視する直前の社 会問題であった校内暴力といじめとの間に,明確な区別をすることは困難である。校内暴力の一 部からいじめが独立していった過程には,社会的視点の変化が大きく関わっているであろう。い じめの社会問題化を分析する際には,青少年の行為自体の質的変化とは別に,社会がいじめを見 る視点の変化にも注目すべきであろう。
§2. マ ス コ ミ の い じ め キ ャ ン ペ ー ン
昭和61年の視点から回顧すれば,明らかにいじめ問題であったと思われる事件が,過去にもな
かったわけではないが,それらはいずれも,きわめて特殊な例外的事件として報道されるか,ま たは,いじめとは別の文脈で報道されていた。
昭和53年2月13日の滋賀県野洲中学事件では,後述のように,事件の意外性が強調されてはい ても,いじめ的視点はなかった。昭和54年1月19日,「ハムスターだけが友達」などの遺書を残し て中学生M君が自殺した。この事件は当時,孤独な少年の自殺と解釈されていた。その後の追跡 調査で, 学校における暴力やいじめが明らかになったが, 「この中学二年になる少年は,ほんと うに,いじめられたことで死を選んだのだろうか。まだ,すっきりしない。このことと体に変調 があったことも無縁だとはいわない。複雑にからみ合った糸の一本なのだろうが,まだ十分な説 得力を持たない。」と半信半疑であり,いじめを自殺動機とすることに抵抗があったようだ3)。
M君が綴った班ノートの遺書には, 「なぜ自殺などする気になったかというと, 学校へ行くと 毎日,毎日いやなことばかり,いいことなどは全然ない。 2年1組のみんなも僕と入れ変われば わかるよ。僕が毎日どんな気持ちでいるかわかればね。」など, 後にマスコミの注目をあびた中 野富士見中学S君の遺書を思わせる文言も見られる。 しかし, 当時の各紙は,「中二自宅で首つ り 寂しさ切々班ノート」(朝日),「『学校で嫌なことばかり』中二遺書残し自殺」(毎日), 「友 達がほしかった 孤独の中二少年が自殺 相手ハムスターだけ いじめられ学校がいやに」(読 売),といった報道ぶりで,いじめ自殺のニュアンスは少なかったのである。
昭和54年9月10日,埼玉県上福岡中学のH君が自殺したが,これは民族差別の文脈で捉えられ ていたし,実際,この把握のほうが大切だと思われる。昭和55年9月16日に大阪府高石市で起き た中学生の自殺は「校内暴力」の犠牲として大きく報道され, 56年5月20日に被害者の親が賠償 訴訟を起こした時にも「校内暴力 わが子奪った」との見出しであったが,和解した時点の報道
(61• 4• 1)では,「いじめ追放に子ども憲章も」との見出しに変わっている。
昭和59年に入ると,「校内暴力」報道も少なくなる。そして, いじめをにおわすような事件や 特集がちらほら出はじめる。「いじめられ放火」 (59•5• 11朝日),「校内暴力峠越す一文部省調 査」 (59•7• 17各紙),「いじめに対する仕返し」としての放火 (59•7• 10および22,朝日),「教 育問題キャンペーン・いじめを考える」と題する 10 回シリーズの放送が大反響 (59•9• 28朝
日),といった具合に,この頃から,校内暴力からいじめへと関心が徐々に移行する。
しかし他方で, まだ「学園リンチ 上級生が顔にカミソリ 少女恐怖で両足マヒ」(朝日 59•
10• 19)といった見出しもあり,いじめに統一されているわけではない。
警察庁が60年4月に発表した59年のいじめ『白書」によれば, 59年のいじめによる自殺者は小 学生1,中学生6'の7名であった。しかし,新聞ではこれらの事件はいじめによる自殺として は報道されていない。もともとこの調査自体,次に述べる大阪産大付属高校事件などに刺激され て, 「1984年中には,いじめに起因する犯罪が相次いで発生し社会問題化した。今後もこの種の
3)堀越章「自殺取材の厚い壁」『新聞研究」 No.333, 1979, 35頁。
関西大学「社会学部紀要」第20巻第1号
事件の発生が懸念されることから,その実態を把握して少年警察の適正な運営に資するため」と いう認識のもとに,いじめに起因する事件の実態調査を, 60年2月25日に全国の警察署に依頼し たものである。つまり, 60年の視点から「回顧的に」洗い直したものであり, 59年の時点では まだ,自殺を「いじめメガネ」で見ようとする社会意識は充分に育っていなかったというべきで あろう。事実,後の『いじめ白書』で上級生に金をせびられて鉄道自殺を図ったとされ, 60年の いじめ自殺の第1号と認定された, 60年1月17日に起きた静岡の中2生の自殺は,当時の新聞で は「いじめ」の見出しでは報道されていないのである。
野洲の中学生級友殺傷事件 (53•2• 13) 1 大阪の高校生いじめ報復殺人事件 (59・11・12) 主な見出し(地方版)
中学生,友達三人を殺傷,野洲,二人でメック突 天満,大川の高校生殺害,同級生二人を逮捕,「い き,一緒に就寝中,いじめられ仕返し(読売) じめられ」と自供,自宅に凶器の金づち(朝日)
卒業を目前,血の報復,滋賀の級友殺傷惨状,刑 死で発覚,隠れた「いじめ」(朝日)
事もぽう然,たばこ散乱する室内(朝日) 高一生惨殺は同級生二人,いじめられ仕返し,惨 ヤクザまがい…りつ然, 滋賀の級友殺傷, 血の いカナヅチで乱打(サンケイ)
海 に散乱ータバコ,酒,密室の惨劇に絶句, 高一殺人,二同級生の凶行,いじめられ仕返し,
先生「何が彼らを」(サンケイ) 校内いじめ深刻化(毎日)
「中三」級友を殺傷,なぐられた仕返し,包丁で 同級生二人を逮捕,いじめられた仕返し(読売)
メッタ突き,二人自供,恨みの友人宅(朝日)
中学生仲間割れ殺人,包丁で「殴られた仕返 し」,全員卒業前の三年生(毎日)
社 説 ・ 評 論
惨劇を招いた「十五の春」(毎日) 高校生仕返し殺人を考える(毎日)
日ごろのいじめの恨みを晴らそうという比較的 学校で横行する いじめ に暗然
単純な動機 死というタプーを教えない家庭に問題
計画された ヤミ打ち殺人 という特異性 悲劇から何をくみとるか(朝日)
うれうべき生命感覚の欠落(朝日) いじめがまた悲劇をおこした!
動機は,いつも乱暴を受けていることへの仕返 粘り強く,ことの根本から改める必要 しという単純なもの 自分を抑える訓練の大切さ(読売)
暴力を見過ごし,生命価値を軽くみる社会体質 いじめの深刻化を示す事件
が反映 いじめをつかめなかった生活指導に欠陥
中学生殺人事件の背景を思う(読売) 犯行の短絡性がこわい 直接の動機に番長争いが感じとれる 親・学校に責任
ところが11月12日になって,大阪産業大学付属高校のいじめ仕返し殺人事件が大きく報道され る。野洲中学事件とこの事件とは,いじめが原因で, 2人の少年によって友人が計画的かつ残忍な 方法で殺された,などの共通点をもっているにもかかわらず,起こった時点の違いを反映してか,
新聞紙上での扱われ方は全く異なる。野洲の場合には,中学卒業前という時期や,学校では要注
意組だったとか吸がら散乱など, 日頃の生活の荒廃ぶりが強調され, 「いじめられたぐらいで」
凶行に及んだ,事件の残虐性に力点が置かれている。それに対して大阪の場合には,陰湿ないじ めが原因として,加害者に同情的なニュアンスが出ている。
こうしていじめへの関心が急速に高まるが,それを決定的にしたのが,昭和60年1月21日に発 生した,いじめと自殺とを結びつけた水戸市の女子中学生自殺事件であった。 1月23日の新聞報 道は,自殺を「いじめ」の枠組みで見る決定的視角を提供した。それを契機に,朝日新聞大阪本 社が社会面で「いじめについてのご意見を」という 1月24日付社告を出して読者に投稿を呼びか けたところ,投書が殺到した。そこで同紙は, 2月18日夕刊から 5日間にわたって三面の全面を 使って掲載いじめを社会問題化するキャンペーンを始めた。同様に,毎日新聞の「エコー・ラ インいじめ 社会部」や,読売新聞大阪本社社会部「ニュース最前線」係の「いじめについて,
御意見, 克服の提言などを書面でお寄せ下さい」,などに呼応して, いじめへの関心が沸騰する ことになる。
§3. い じ め の 定 義 と 「 状 況 の 定 義 づ け 」
ラベリング論的視点からは,当初はかりに少年の行動自体には変化が無くても,社会意識の変 化,すなわち,少年に関わる問題を社会問題として注視し,ある行為をいじめだと認識する視点 の強化,少年の行為に対する解釈図式・定義づけの変化が原因になって,いじめが深刻化する過 程も指摘することができる。
トマスは, 「もし人が状況を真実であると決めつければ, その状況は結果においても真実であ る」と主張した。「人間行動は,実在すると人が信じることに基づいて生起する。人は,実在す ると思っている時には(たとえ客観的に存在していなくとも)実在するかのごとく行動する,と いうことこそが,人間の社会生活にとっては決定的に重要な事実である。他者の客観的・科学的 観察によっては見出されなくとも,行為者の主観の中に存在している諸要因は,行為者の実際の 行動を規定する。人間世界における真実は,それを見る人がどのような主観的印象を投影するか によって左右されることになる。」4)このように主張するトマスの命題を高く評価したマートン も, 「一度ひとびとが何らかの意味をその時の状況に付与すると, 続いてなされる行動やその行 動の結果は,この付与された意味によって規定される。世間の人々の状況規定がその状況の構成 部分となり,かくして状況規定そのものが,その後における状況の発展に影響を与えるからであ
る。」5)と強調する。
4) E. H. Volkart(ed.), Social Behavior and Personality: Contributions of W. I. Thomas to theory and social research, New York, Social Science Research Council, 1951, pp. 1‑32. 5)マートン(森東吾他訳)『社会理論と社会構造』みすず書房, 1961, 118‑120, 382‑398頁。
関西大学「社会学部紀要」第20巻第1号
このトマス=マートンの命題は,曖昧な社会現象の場合に最も妥当しやすいといえるが,いじ めの定義は非常に主観的であるだけに, 「状況の規定」に左右されやすい。例えば森田洋司は,
「いじめとは,同一集団内の相互作用過程において優位にたつ一方が,意識的にあるいは集合的 に, 他方にたいして精神的・身体的苦痛をあたえることである。」6)と定義し, 警察庁では,「単 独又は複数で,単独又は複数の特定人に対し,身体に対する物理的攻撃又は言動による脅し,ぃ やがらせ,仲間はずれ,無視等の心理的圧迫を反復継続して加えることにより,苦痛を与えるこ と」 としている。東京都教育委員会のいじめ調査は,「自分より弱い立場にある者に対し,身体 的,心理的な攻撃を繰り返し行い,相手に深刻な苦痛を与えるいわゆる いじめ にかかわる問 題行動」8)を対象として行っている。
森田が指摘するように, いじめは, いじめたと思う者といじめられたと思う者とのやりとり
(相互作用)の過程から生み出される,かなり主観的な世界での病である。また,そもそもいじ めがあったかどうかを決定するのは,いじめる側の動機や,外から観察していじめ行為が事実と してあったかどうかによって決めるというよりは,むしろ,いじめられる側の被害感情による。
いわば被害者の主観的世界に基礎をもつ現象である9)。
赤坂憲雄も「全員一致の,排除のための暴力をこそいじめとよぶ」と言う。マスコミ報道では
「人間相互の交通のひとつの形態ともいえる昔ながらのいじめと,全員一致の暴力ないし供犠と してのいじめが混在しているが,後者の供犠としてのいじめこそが子供たちの現在を解析するた めの,有力な手がかりである」と。しかし,「いたずら(冗談関係)かいじめ(全員一致の暴力)
かを弁別する指標は,その行為自体が学んでいるわけではない。その場を構成する性格だけが,
いたずらといじめに一線を画する指標となりうる。無視ですら,時には裏返された相手への愛情 表現であるのだから。」とも指摘する10)。 ここにも, いじめの存否が「状況の規定」いかんによ ることが示されている。要するに,いじめの客観的な構成要件を確定できないので, H・ベッカ ー的に表現すれば,人々からいじめだと思われている行為がいじめである,といったトートロジ ー的定義にもなりかねない点に留意しておきたい。
いじめが流行語になるにつれてその概念も拡散し,非行というカテゴリーに軽微事案と重大犯 罪とが含まれるように, いじめの範疇にも, リンチ, しごき, 傷害,脅迫,といった悪質な非 行・犯罪から,乱暴,威し,嘲笑,差別,軽蔑,無視(シカト),あざけり,など,さらには,け んか,いやがらせ,仲間はずれ,からかい,小馬鹿にする,いじわる,ふざけ,いたずらといっ た,あそびの域を出ないようなささいな行為までが混在することになる。こうした多様で幅広い 行為が,パールハーバーやヒロシマなどと同様,特別な意味をもつ「いじめ」としてシンボル化
6) 森田洋司•清永賢二『いじめー教室の病い」金子書房, 1986, 25頁。 7)警察庁保安部少年課『いじめに起因する事件等の実態調査結果』, 1986。 8)東京都教育委員会『いじめに関する指導の手引』 60年7月。
9) 森田洋司•清永賢二,前掲書, 183及び21頁。
10)赤坂憲雄「排除の現象学」洋泉社, 1986, 37及び43頁。
される。
例えば, 都教育委員会調査に見るいじめの方法を見ると, 「言葉でのおどし• いやがらせ」 38
鍬「仲間はずれ・無視」 29彩,「ひやかし•からかい」 27彩,といわゆる心理的いじめが大きい ウエイトを占めている11)。また,法務省調査でも,「言葉による」が33.9彩と最も多く, 次いで
「殴る・けるなどの暴行・傷害」が28.8彩,「無視・仲間外れ」 27.8彩の順になっている。 (61・
12• 4各紙)しかし, ことばによるいじめや無視・仲間外しといった軽微な心理的いじめなど
は,日常的な人間関係のなかに遍在している行為だけに,受けとめかたの如何によって,見えた り見えなかったりすることになろう。「故意にいじめたのではなく過失だと主張されたりするの で,いじめは見えにくい」と嘆かれる所以でもある。
また,いじめ行為は,本来,統計や数字になじむものではない。いじめられっ子が仕返しを恐 れて加害者のいじめを否定したり,加害者の弁解を肯定したりすると,いじめは見過ごされる。
あるいは,いじめが教師の目に触れにくい時間や場所で行われるために,暗数が多くなる。心理 的いじめに至っては, 校内暴力のような客観的指標すら無い。要するに,まさに,「みようとす る者にはみえるが, みようとする気がないものにはみえない一それがいじめだ」12)ということに なる。
したがって,いじめの増減は,この「状況の定義づけ」の如何によって大きく影響されること にもなろう。
§4. 情報化社会における社会問題一体験か代理体験か一
現代社会における情報は,直接体験的なものではなく,マス・メディアによって処理された間 接的・ニ次的な記号情報にならざるを得ない。したがって,社会問題を定義づけ,形成していく 上で, マス・メディアの果たす役割はきわめて大きい。それに加えて, わずかな現実体験をす
ら,マス・メディアの提供する枠組みで解釈してしまう。目前に展開される日常的な親子関係ま でが,マス・メディアによる「状況の定義づけ」によって規定される。たとえば,次のような主 旨の投書で,母と娘との直接的相互作用の間に物理的に新聞が介在している光景は,象徴的です らある。
ある休日の朝,ひとりで遅めの朝食をとっている時,テープルの向かいでは,母が新聞を読ん でいた。しばらくして,母の視線を感じて顔を上げた私は,新聞越しに見据える母の異様な目付 きに一瞬ぞっとした。「お母さん,どうしたの」と言った私の声に気付いた母は,「別に何でもな いよ」とだけ言って,再びそそくさと新聞に目を落とした。食後,新聞をめくっていた私は,ぁ る記事を見つけて全てを了解した。そこには,最近の女子高校生が性的にいかに乱れているかが
11)東京都教育委員会,前掲書。
12)サンケイ新聞社会部取材班「僕,学校が怖い」サンケイ出版,昭61, 238頁。
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関西大学「社会学部紀要」第20巻第1号
詳しく紹介されていたのである(女子高校生の新聞投書から)。
誕生以来ずっと日常的に接触している母でさえ,新聞記事の枠組みを媒介にして,自分の娘を 見てしまう。このように,情報化社会の影響力の大きさは,われわれの眼のフレームを規定して しまう点にあり,しかもそのことが自覚されていない場合が多い,ということにこそ留意すべき であろう。直接体験しているから,この目で確かめているからマス・メディアに影響されていな ぃ,とは言い切れない。体験そのものの意義づけ,解釈の仕方がすでにマスコミによって規定さ れてしまうからである。
オルテガは『大衆の反逆』の中で, 「書くことは誇張することである」と言ったが, メディア が或る問題をとりあげることは,その事象を目立たせ,イベント化することになる。ラザースフ
ェルドやマートンの言う,マスコミの地位付与機能である13)0
いじめが存在するということ,つまり,見えたことは客観的事実であるとしても,何故それを 見ようとするのか,われわれのまなざしを方向づける上で,「いじめが増えている」とするマス・
メディアの状況規定は,我々の認識枠組みを大きく規定することになろう。
さらに, わずかな紙面の差に一喜一憂する記者こそ, 「状況の規定」に最も影響されやすいの かもしれない。そんな記者たちが, 「毎日生み出されるニュースの中で何にこだわって取材する のかは私自身の感性にかかわる問題だ」14)として取り組むなかで, この「状況の規定」が強化さ れることも考えられる。極端な場合には,その「状況の規定」を創出して押しつけることすらあ る。(「テレビ朝日」昭和60年 8月20日放送の「やらせ」事件など。)こうして, 記者たちの取材 競争がますますいじめを増幅させる。かくて,「このところ, 若者の自殺記事が新聞紙上に載ら ない日はないといっていいほどだ」(朝日 61•4• 25)と新聞記者自らが新聞に書く事態に至る。
§5. 神経過敏化 (sensitization)
あるニュースが人の意識に食い込むと,以前であれば無視されたかもしれない類似のニュース への関心が高まる。二,三の大きいハプニングがあると,新聞は極めて些細な類似の出来事をす ら全国から集めてきて,それを報じる。集団ヒステリーの第一段階とも言えよう。事件続発の有 無にかかわらず,マス・ヒステリーのなかで生じた大衆的鋭敏化によって,報道の有無や報道の され方が規定されてしまう。新聞は, 事件がタネ切れになると, 意見や事件現場のその後の様 子,住民の感想,さらには「今日はいじめは発生しなかった」といった記事によってすら,関心 を持続させかねない。(校内暴カキャンペーンの時代には, 卒業式当日に警察が待機していたに もかかわらず何事も起きなかったといったニュースは, 実際に数多く報道された。)逸脱の徴候 に敏感になっている新聞は,報道し,再解釈し,時には話題を創出することによって,読者を神
13)中野収・早川善治郎編『マスコミが事件をつくる」有斐閣選書,昭和56, 66‑69および102頁。 14)金賛汀・中京テレビ報道部『「いじめ」問題の出入口」情報センター出版局, 1984, 231頁。
経過敏にさせるための主要なメカニズムとして機能する。
マス・メディアによるこのような「状況の規定」を受けて,一般大衆もますます神経過敏にな る。そして,神経過敏化ということが無ければ,いじめとは解釈されなかったであろう些細で曖 昧な出来事までが,潜在的な,あるいは現実のいじめとして再解釈される。過敏になった人々は 些細な出来事を,あるいは事実を誤認して,いじめ事件として顕在化させる。ヒステリー状況で は,いじめに関係ない人や関係のない行為にまで,疑いの目が向けられることにすらなりかねな
v。ヽ
警視庁「いじめの相談コーナー」へ相談にきた事例をよく点検してみると, 日常生活にみられ る冗談やふざけをひどく過敏に受け止めたり,クラブ活動の厳しい練習をいじめと思い込んでい るケースもかなり見られたという(朝日 60•7• 6)。実際,主訴はいじめであっても,青年期に 入る発達段階で親離れが不十分だったり,対人関係に問題のあるケースもみられ,子どもたちの 訴え通り,すぺての原因がいじめとは断定できない,という難しさがある。
「『いじめ」で集中審議, 教研集会分科会で現場から報告」という記事によれば, 笠岡市金浦 幼稚園のT教諭は「いじめは,幼稚園時代に,積木を友だちに貸さないなどの形で早々と芽生え る」と指摘した(毎日夕 61 ・ 1• 20), とある。また, 「『物隠し」が流行,小学生の親から悩み 続々」との記事では,堺市教委学校指華課長は,「物隠しは,しばしば見受けられる。単なるいた ずらではなく,いじめの初期的兆候との認識で,子供たちを指導するよう各校に注意している」
と語った(毎日 60• 11• 8), とされている。
「いじめという言葉が流行しているんです。教室でだれかがぽんと頭でもたたくと,まわりの ものが, うわ!いじめや,とはやしたてたりするんです。」こんな状況では, なんらかの被害を 受けた者は,それが単なる喧嘩であったり,厳しい訓練であったりしても,いじめられたと受取 ってしまうなど,大袈裟に考えてしまう。からかわれたり,体をぶっつけあって遊んだ経験が乏 しいために,自分に向けられたわずかばかりの非難やいたずらを過大に受け取ってしまう。つま り,少ない体験の中での不快な部分をすべて,いじめと解釈するのである。電話相談で, 「友達 が学校の帰りに待っていてくれないで,先に帰ってしまうの。いじめられたの」と,中学2年生 の少女が言ったりもする。
「教室でカッターナイフ 六年女児切られる 男児ふざけ合い」。同校では「いまのところ いじめではないが,その芽ばえが見える」として両親を含めてねばり強く指導していくことを職 員会議で確認した(サンケイ 60• 11• 7)。 このケースなどは, 無理にいじめの視点にひきつけ て対処するよりも,他の文脈で対処することのほうが適切かつ必要なようにも思われる。
§6. あ ら ゆ る 行 為 の 「 い じ め 」 的 ( 再 ) 解 釈
昭和60年1年間に新聞紙上でいじめによる自殺として報道された事件は,少なくとも14件を数
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