佛敎
藝
術
に
於
け
る
實
在
性
的
考
察
の
起
源
吉
田
修
夫
佛敎 以 前 の 古 代 印 度 文 化 史 に 於 て 、 印 度 藝 術 は 如 何 な る 状 態 に し て , 如 何 の 發 達 を な せ し や 、 又 古 代 印 度 人 は 如 何 な る 藝 術 觀 を 抱 懷 し た る や 、 此 等 の 問 題 に 就 い て は 、 今 日 其 藝 術 に 關 す る 文 獻 の 傳 存 す る な き を 以 て 、 吾 人 は 明 確 に 之 を 知 解 す る 事 能 は ず 。 然 れ ど も 吠 陀 又 は 烏 波 尼 沙 土 の 文 獻 に 就 い て 、 之 を 考 察 す れ ば 、 古 代 印 度 に 於 て 、 印 度 自 身 の 藝 術 的 事 象 の 相 應 に 存 在 し 、 又 發 達 し 居 り た り し も の ゝ 如 し 。 吠 陀 の神 傳 中 に 、 トワ シ ト リ な る神 あ り 。 トワ シ ト リ と は ﹁ 工 手 ﹂ の 義 に し て 、 こ の神 は 實 に 古 代 印 度 人 の 信 仰 し た る 工 手神 即 ち 藝 術神 な り 。 恰 も 佛敎 時 代 に 於 て 、 比 首 羯 磨 天 或 は 辯 才 天 の 其 の 藝 術神 と し て 崇 信 せ ら れ た る が 如 し 。 空 界 の神 、 因 陀 羅 が 大 酒 す る 時 の 盃 は 、 こ の トワ シ ト リ神 の 製 作 し た る も の な り と は 、 梨 倶 吠 陀 の 説 く 所 な り 。 又 梨 倶 吠 陀 時 代 の 地 上 祭 壇神 た る 所 檮 主 が 、 羅 刹 を 倒 す 時 に 、 磨 け る 鐵 斧 と 、 規 律 の 弦 を 張 れ る 弓 と を も て 、 戰 へ る な る が 、 其 の 鐵 斧 と 弓 と は 、 トワ シ ト リ神 の 製 作 し た る も の な り と □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一□ 密 教 研 究 二 稱 せ ら る 。 此 の 工 藝 技 術 の神 は 吠 陀 期 の 末 葉 に 至 り て は 、 大 に 擴 大 し て 、 天 地 宇 宙 を 創 造 し た る神 と せ ら れ た り 。 然 れ ど も 、 そ が 宇 宙 創 造神 と な り て も 、 彼 は 萬 有 に 形 像 を 與 へ 、 人 畜 を 形 成 す る も の と せ ら る 。 即 ち トワ シ ト リ は 、 藝 術 的 宇 宙 創 造神 た り。 か く の 如 く 、 古 代 印 度 人 が 、神 盃 を 作 り 、 鐵 斧 と 弓 を 製 し 、 又 萬 有 に 形 像 を 與 ふ る も の と せ ら る ゝ 、 工 手神 を 信 仰 せ し 所 よ り 考 察 す れ ば 、 少 く と も 古 代 印 度 に 於 て 、 工 藝 美 術 の 存 在 し 、 又 其 が 相 應 に 發 達 せ し も の あ り し を 想 像 せ ず ん ば あ ら ず 。 又 烏 波 尼 沙 土 の 哲 學 者 が 其 の 輪 廻 解 脱 論 を 説 明 し て 、 人 間 轉 生 の 状 態 、 靈 魂 の 新 生 活 に 入 れ る 状 態 を 説 明 す る 時 に 、 共 の 状 態 は 、 恰 も 冶 金 工 の 一 彫 刻 物 よ り 材 料 を と り て 、 他 の 新 し き 形 像 を 製 作 す る に 似 た り と 云 へ り 。 之 に よ り て 考 ふ れ ば 、 古 代 印 度 に 於 て 、 彫 刻 美 術 の 存 在 せ し 事 も 疑 ふ 可 か ら ず 。 之 を 要 す る に 、 少 く と も 古 代 印 度 に 於 て 、 實 用 的 藝 術 の 相 應 に 發 達 し 居 り し 事 を 想 定 す る の 、 毫 も 不 當 に あ ら ざ る べ し 。 佛敎 の 經 論 に 依 れ ば 、 古 代 印 度 に は 、 五 明 の 學 あ り き 。 五 明 の 學 と は 、 内 明 、 因 明 、 聲 明 、 醫 方 明 、 乃 至 工 巧 明 是 れ な り 。 是 は 恰 か も 、 支 那 の 六 藝 と 云 は ん が 如 し 。 今 最 後 に 擧 げ た る 工 巧 明 は 、 ﹃ 瑜 伽 師 地 論 ﹄ に は 、 ﹁ 世 工 業 明 ﹂ と 云 へ り 。 こ の 世 工 業 明 と は 、 如 何 な る も の な る か 。 ﹃ 瑜 伽 師 地 論 ﹄ に よ れ は ﹁ 一 切 世 間 の 工 巧 の 業 處 を 名 づ け て 、 工 巧 明 論 と 云 ひ 、 其 の 工 巧 明 論 と は 、 各 別 に 工 巧 業 處 を 所 作 し 、 成 辯 す る 種 々 の 異 相 を 顯 示 し 、 説 述 す る も の な り ﹂ と 云 へ り 。 此 の 説 明 に 依 れ ば 、 工 巧 明 論 と は 、 工 藝 技 術 論
と 云 ふ べ き も の に し て 、 古 代 印 度 に 於 て 、 既 に 工 巧 即 ち 藝 術 の 存 行 し 、 其 藝 術 は 、 唯 に 二 三 種 に 止 ま ら ず 、 ﹁ 一 切 種 々 の 異 相 ﹂ と あ る よ り す れ ば 、 各 般 の 藝 術 の 行 は れ て 、 而 か も 亦 多 少 、 之 れ に 關 す る 説 明 意 見 の 存 せ し 事 の 想 像 せ ら る 。 然 れ ど も 、 今 日 吾 人 が 學 術 的 に 云 ふ 所 の 眞 正 の 美 術 、 特 に精神 美 術 、 即 ち 後 代 に 於 て 發 生 せ る 佛敎 美 術 の 如 く 、 理 想 を 現 實 に 表 現 し 、精神思 想 を 具 象 化 し た る 彫 刻 又 は 繪 畫 の 、 果 し て 存 在 せ し や 否 や 、 今 に し て 到 底 確 知 し 得 べ か ら ず 。 殊 に 藝 術 哲 學 即 ち 美 學 的 議 論 の あ り し や 否 や 、 亦 た 到 底 想 像 す べ か ら ず 。 思 ふ に 理 想 を 現 實 に 表 現 し 、精神 思 想 を 具 象 化 す る が 如 き 高 等 純 正 美 術 、 又 は 此 れ に 關 す る 理 論 の 如 き は 、 必 定 是 れ な か り し な る べ し 。 蓋 し 古 代 印 度 人 の 世 界 觀 は 、 一 般 的 に 無 宇 宙 論 的 傾 向 に し て 、 此 の 世 界 は 迷 妄 の 巷、 非 實 相 の 世 界 と 思 惟 し た り き 。 ( 其 が 古 代 印 度 の 哲 學 . 殊 に 烏 波 尼 沙 土 哲 學 の 眞 意精 隨 な る や 否 や は 、 自 ら 別 問 題 な り ) 故 に 其 の 解 脱 觀 は 、 此 の 世 界 を 遠 離 し 、 脱 出 す る 事 、 即 ち 現 實 の 世 相 を 罷 脱 し 、 又 再 び 此 の 現 實 に 轉 生 し 來 ら ず と 云 ふ に あ り て 、 此 の 思 想 は 、 彼 等 印 度 人 の 宗敎 的 實 行 の 理 想 な り き 。 さ れ ば 理 想 を 現 實 に 表 象 す る が 如 き 美 術 を 創 作 し て 、 其 所 に 美 的 理 想 を 觀 照 し 、 之 に 關 す る 哲 學 的 考 察 を 構 想 す る が 如 き 事 あ ら ざ り し な る べ し 。 大 寳 積 經 を 見 る に ﹁ 惡 事 を 行 へ ば 、 來 世 に は 、 工 巧 の 家 に 生 ず ﹂ と あ り 。 會 々 之 れ 古 來 印 度 人 の 傳 承 せ る 一 般 的 信 仰 を 表 證 す る も の に し て 、 か く の 如 き 思 想 を 有 せ し 民 族 の 間 に 、 純 正 高 等 美 術 、 及 び 之 れ に 對 す る 研 究 的精神 の 興 起 す □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 三
□ 密 教 研 究 四 る 理 由 あ ら ざ る な り 。 然 ら ば 、 更 に 進 ん で 、 原 始 佛敎 時 代 に 入 る に 至 つ て 、 印 度 美 術 界 は 如 何 な る 状 態 ま で 發 展 し た る か と 云 ふ に 、 後 の 乾 陀 羅 美 術 に 見 る 佛敎 美 術 の 如 き 理 想 美 術 は 、 未 だ 發 生 せ ざ り し も の ゝ 如 し 。 然 れ ど も 、 前 來 の 古 代 美 術 は 、 大 に 發 達 し て 、 佛 陀敎 化 の 時 代 、 既 に 共 の 時 代 文 化 と 相 應 し 平 行 し て 、 各 種 の 美 術 の 盛 ん に 行 は れ し が 如 し 。 ﹃ 五 分 律 ﹄ 又 は ﹃ 一 切 有 部 律 ﹄ 等 を 見 れ ば 春 畫 式 の 繪 畫 あ り 、 彩 色 刺 繍 あ り 、 寫 實 的 浮 世 繪 式 の 繪 畫 乃 至 彫 塑 等 の 美 術 あ り 、 又 一 般 の 展 覽 の 目 的 に な れ る 美 術 館 の 如 き も 既 に 存 在 し た り し 事 の 容 易 に 推 知 せ ら る 。 今 二 三 の 例 を 示 さ ん 。 五 分 律 第 七 卷 に は 、 優 陀 夷 と 云 へ る 比 丘 が 、 一 比 丘 尼 の 爲 め に 、 種 々 の 色 延 を 以 て 、 衣 に 男 女 交 會 の 像 を 刺 繍 し 、 其 比 丘 尼 は 之 れ を 着 て 、 路 人 に 笑 は れ 、 之 の 事 發 覺 し て 、 優 陀 夷 は 佛 陀 に 呵 誡 せ ら れ た り と あ り 。 ( 張 一 、42 a ) 之 れ に 依 り て 見 れ ば 、 當 時 春 畫 式 の 風 俗 畫 の 行 は れ 、 又 彩 色 刺 繍 の 行 は れ た る 事 を 想 像 し 得 べ し 。 又 同 じ く 第 十 四 卷 に は 、 或 比 丘 尼 が 、 巳 れ の 像 を 製 作 し て 、 其 像 に 自 惚 れ 、 染 着 心 を 起 し 其 の 像 を 破 壊 し て 、 梵 行 を 修 す る 事 を 欲 せ ざ り し が 故 に 、 長 老 よ り 呵 責 せ ら れ た り と あ り 。 其 の 條 に 作 己 像 者 、 或 畫 、 或 以 木 、 或 以 泥 云 々 ︹ 張 一 、8 6a ︺ と あ り 。 之 れ に 依 り て 考 ふ れ ば 、 寫 實 風 の 浮 世 繪 式 の 美 術 の 流 行 し た る 事 を も 想 像 し 得 る な り 。 又 た 其
の 製 作 の 種 類 に 畫 像 、 木 像 、 乃 至 塑 像 等 の 、 既 に 行 は れ し 事 の 、 よ り て 推 知 せ ら る 。 又 第 十 三 卷 に 於 て は 、 比 丘 尼 の 遊 觀 を 戒 禁 し た る 條 に 爾 時 、諸 比 丘 尼 、 看 王 宮 殿 及 看 畫 舍 、 又 遊 ,觀諸 嬉 戯 處 、 到 華 池 上。 云 云 ︹ 張一、 8a ︺ と あ り 。 此 所 に 畫 舍 と あ る は 、 即 ち 今 日 の 所 謂 美 術 館 に し て 、 之 れ を諸 比 丘 尼 が 遊 觀 し た り と あ れ ば 、 そ が 公 衆 觀 覧 に 供 せ ら れ た る も の な り し 事 の 、 想 像 す る に 難 か ら ず 。 其 他 一 切 有 部 律 等 の 傳 録 と 合 せ 考 ふ る 時 は 、 建 築 及 び 之 れ に 附 屬 す る 繪 畫 彫 刻 の 大 に 發 達 し 、 陶 器 其 他 器 具 等 の 工 藝 美 術 の 、 甚 だ 發 達 し た る も の あ り し 事 の 察 知 し 得 ら る ゝ も の あ り 。 蓋 し 五 分 律 の 編 製 年 代 は 、 其 の 大 體 に 於 て は 、 大 凡 佛 滅 以 後 、 阿 育 時 代 前 後 な ら ん か 。 律 中 阿 育 王 の 事 蹟 を 傳 録 せ ざ る が 故 に 、 阿 育 以 前 と 推 定 す る も の な き に あ ら ざ れ ど も 、 吾 人 の 見 る 所 に よ れ ば 、 阿 育 以 後 の 佛敎 事 情 を も 可 な り に 傳 へ 居 る も の ゝ 如 し 。 要 す る に 其 大 體 に 於 て は 、 此 の 五 分 律 は 、 佛 滅 以 後 、 阿 育 時 代 前 後 の 原 始 佛敎 事 情 を 傳 録 せ る も の な る 事 丈 は 、 兎 も 角 確 實 な ら ん 。 此 律 書 は ﹃ 一 切 有 部 律 ﹄ ﹃ 四 分 律﹄ 又 は ﹃ 雜 寳 藏 經 ﹄ 等 と 合 せ て 、 單 に 佛 教 道 徳 、 及 び 佛敎敎 團 の 風 習 を 研 究 す る 材 料 た る の み な ら ず 、 佛敎 時 代 印 度 文 化 史 の 研 究 に 就 て 、 最 も 重 要 な る 資 料 た り 。 此 の 五 分 律 編 成 の 時 代 、 及 び 其 の 記 録 の 内 容 、 斯 く の 如 し と せ ば 、 上 述 せ る 五 分 律 の 記 事 は 、 原 始 佛敎 時 代 の 印 度 文 化 史 に 於 て 、 其 の 藝 術 の 頗 る 發 達 し 居 り し 事 の 、 想 像 し 得 ら る べ し 。 □ 佛 教藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 五
□ 密 教 研 究 六 印 度 の 普 通 藝 術 は 斯 く の 如 き 状 態 な り し が 、 吾 人 が 以 て 佛敎 美 術 と 稱 す る 佛 像 美 術 の 發 生 起 源 は 如 何 此 の 問 題 は 實 に 佛敎 史 上 の 一 大 疑 問 た り 。 五 分 律 第 二 十 六 卷 に 佛 言 、 聽 有 四 種 人 應 起 塔 、 如 來 ・聖 弟 子 ・辟 支 佛 ・轉 輪 聖 王 、諸 比 丘 欲 作 露 塔 ・ 屋 塔 ・無 壁 塔 、 欲 於 内 作 龕 像 、於 外 作 欄 楯 、 欲 作 承 露 盤 、 欲 於 塔 前 、 作 銅 鐡 石 木 柱 、 上 作 象 師 子 種 種 獸 形 、 欲 於 塔 左 右 種 上 樹 、 佛 皆 聽 之 。 と あ り 。 此 の 記 事 は 佛敎 建 塔 の 事 蹟 を 述 べ た る も の な る が 、 此 の 記 事 中 、 ︹ 龕 像 ﹂ と あ る は 何 ぞ や 。 此 所 に ﹁ 龕 ﹂ と は 、 即 ち 尊 像 を 安 置 す る 厨 子 な る べ し 。 果 し て 然 ら ば ﹁ 龕 像 ﹂ と は 、 其 の 塔 内 に 奉 安 つ る 尊 像 な る 事 明 ら か な り 。 然 る に 此 の 文 中 ﹁ 聽 有 四 種 人 應 起 塔 、 如 來 ・ 聖 弟 子 ・ 辟 子 佛 ・ 轉 輪 聖 王 ﹂ と あ れ ば 、 其 等 の 塔 が、 如 來 ・ 聖 弟 子 ・ 辟 支 佛 及 び 轉 輪 聖 王 等 の 四 種 の 塔 に し て 、 其 の 奉 安 の 龕 像 も 、 亦 四 種 の 尊 像 な ら ん と 想 像 せ ら れ ざ る に あ ら ず 。 果 し て 然 ら ば 、 少 く と も 、 佛 陀 當 時 、 既 に 如 來 像 等 の 彫 作 あ り し も の と 見 る を 得 べ し 。 少 く と も 、 五 分 律 編 成 當 時 に 於 て は 、 如 來 像 等 四 種 の 聖 像 の 、 早 く 既 に 製 作 せ ら れ 流 行 し た る も の と 想 像 せ ら れ ざ る に あ ら ず 。 然 れ ど も 、 此 の 記 事 の 如 く 、 果 し て 佛 陀 が 、 斯 の 如 き 事 を 聽 認 し た も や 否 や 、 頗 る 疑 問 に し て 、 此 の 記 事 を 以 て 、 直 ち に 佛 像 美 術 の 製 作 起 源 を 斷 定 し 得 べ き や 否 や 、 未 だ 俄 か に 决 す 可 か ら ざ る が 如 し 。 又 ﹃ 像 造 功德 經 に は 、 優 陀 延 王 が 佛 陀 の 當 時 木 彫 の 佛 像 を 作 り 、 佛 陀 の 讃 歎 を 得 た る 事 を 記 し 、 尚 佛 像 製 作 の 功德 の 偉 大 な る 事 を 説 け り 。 然 れ ど も 、 此 の 經 典 は 大
乘 經 興 起 時 代 の 經 典 に し て 、 原 始 時 代 の 佛敎 事 蹟 を 語 る も の と し て は 、 信 ず 可 き 性 質 の 經 典 に 非 ず 。 又 ﹃ 金 光 王 童 子 經 な る も の あ り 。 之 に も 亦 た 佛 陀 時 代 、 既 に 佛 像 製 作 の 事 あ り し が 如 く 説 出 せ り 。 今 此 の 金 光 王 童 子 は 、 此 の 經 の 主 人 公 、 釋 氏 一 族 の 王 に し て 、 色 相 端 嚴 、 光 明 赫 奕 た る 王 な り し が 、 佛 陀 に 歸 依 し 、 其福 分 の 大 い な る 所 以 を 佛 に 問 へ り し 時 、 佛 は 王 が 往 昔 王 自 身 の 料 分 を 減 じ 、 蓄 財 し て 、 以 て 比 婆 尸 佛 像 を 製 作 し た る 功德 の 應 報 な り と 答 へ 、 又 た 造 像 の 功德 を 説 き 、 更 に 佛 像 製 作 に 關 し て ﹁ 或 未 以 玻 胝 迦 寳 、 或 末 尼 寳 、 或 金 或 銀 、 或 鍮 或 銅 、 乃 至 木 石 或 象 牙 等 、 鑄 -寫 雕 鏤 作 佛 像 、 ( 中 略 ) 或 短 、 或 長 、 或 大 、 或 小 、 乃 至 香 泥 印 作 佛 像﹂ 云 々 と 曰 へ り 。 此 の 經 記 に 依 り て 考 ふ れ ば 、 如 何 に も 、 佛 陀 以 前 に 、 早 く 既 に 理 想 的 人 格 を 表 現 す る 美 術 行 は れ 、 又 佛 陀 自 身 の 像 を 製 作 す る 事 を 認 許 し 、 其 の 佛 像 の 材 料 も 、 金 石 木 土 に 渡 り た り し と 見 ざ る べ か ら ず 。 然 れ ど も 、 此 の 經 も 南 條 博 士 が 、 其 の 目 録 書 中 、 大 乘 經 典 部 に 編 入 せ ら る ゝ が 如 く 、 大 乘 に 屬 す る 經 典 に し て 、 宋 代 入 支 僧 の 法 賢 ・ 天 息 災 の 飜 譯 に か ゝ り 、 小 乘 思 想 に 大 乘神 秘 思 想 の 加 味 し た る も の に し て 、 决 し て 阿 含 部 成 立 時 代 の 經 典 に あ ら ず 。 小 乘 的 方 等 部 の 性 質 を 有 す る 經 典 に し て 、 該 經 の 偈 文 中 ﹁ 如 來 の 變 化 身 三 界 に 普 偏 す ﹂ と 云 ふ が 如 き 、 化 身 思 想 あ り て 、 大 乘 の神 秘 派 所 屬 た る こ と を 明 證 す る も の な り 。 以 上 三 經 典 の 記 事 を 以 て 、 原 始 佛敎 の 事 蹟 を 傳 録 す る も の と せ ば 、 佛 陀敎 化 時 代 、 早 く 既 に 佛 像 の 製 作 あ り し も の と せ ざ る べ か ら ず 。 然 れ ど も 、 後 の 二 經 は 、 大 乘 に 屬 す る 經 部 な る 事 、 疑 ふ べ か ら ず 。 只 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の起 源 七
□ 密 教 研 究 八 だ こ ゝ に 聊 か 吾 人 の 判 斷 に 躊 躇 す る は 、 最 初 に 擧 げ た る 五 分 律 の 記 事 な り 。 若 し 此 の 五 分 律 が 大 體 に あ ら す し て 、 全 體 に 於 て 、 前 述 の 如 く , 佛 滅 後 阿 育 時 代 迄 の 傳 録 な り と す れ ば 、 原 始 佛敎 時 代 に 於 て 、 佛 像 美 術 製 作 の 事 あ り し も の と せ ざ る べ か ら ず 。 若 し 夫 れ 、 假 り に 此 の 推 定 を 該 當 せ り と せ ば 、 今 日 印 度 に 現 存 せ る 佛敎 美 術 、 即 ち 石 彫 美 術 の 産 出 せ る 以 前 、 繪 畫 及 び 木 彫 の 佛 像 行 は れ 、 而 か も 、 そ が 天 災 、 又 は 人 災 の 爲 め に 堙 滅 し 、 印 度 佛敎 の 獨 立 運 動 に 成 れ る 中 印 度 の 佛敎 美 術 は 、 其 の 面 影 を 傳 へ た る 美 術 に あ ら ざ る な き か と も 、 想 像 せ ら れ ざ る に あ ら ず 。 而 し て 石 彫 の 佛敎 美 術 即 ち 乾 陀 羅 の 美 術 は 、 ヘ レ ニ ツ ク 文 化 の 影 響 を 受 け 、 古 代 佛敎 美 術 の 第 二 期 を 示 す も の に あ ら ず や 、 と 云 ふ 想 像 を 起 さ ざ る を 得 ざ ら し む 。 然 れ ど も 、 五 分 律 の 記 事 の 全 體 が 、 決 し て 前 述 の 時 代 の 佛敎 事 情 に 限 ら れ ず 、 往 々 阿 育 以 後 の 佛 教 事 情 を 傳 録 せ る も の ゝ 如 く 、 茲 に 擧 げ た る 記 事 も、 亦 た 後 世 龕 像 式 佛敎 美 術 の 起 り し 當 時 の 事 蹟 を 、 附 加 挿 入 し た る も の に あ ら ざ る な き か 。 今 日 阿 育 時 代 迄 の 佛敎 美 術 に 於 て 、 何 等 佛 像 美 術 の 遺 蹟 を 發 見 せ ざ る は 、 會 々 之 の 推 定 を 表 證 す る も の に あ ら ざ る な き か 。 (善 見 律 に ょ れ ば 、 阿 育 時 代 ま で 佛 像 崇 拜なか り し 事 明 白 す 、 今 之 々 述 べ す 。 ) 今 日 泰 西諸 學 者 の 探 檢 の 結 果 に 依 る も 、 上 述 の 如 く 、 阿 育 王 時 代 迄 に は 、 理 想 表 現 の 美 術 、 即 ち 佛 教 美 術 は 、 絶 わ て 發 見 せ ら れ ざ る な ら 。 然 る に 阿 育 王 は 、 佛敎 的 空 氣 を 世 界 的 に 擴 張 し た る 巨 人 な り 。 八 萬 四 千 の 佛 塔 を 建 立 し た り と 稱 せ ら る ゝ 人 格 な り 。 佛 陀 に 關 す る 記 念 塔 と 、 之 れ に 附 屬 す る 美 術 は 、 印 度 の 至 る 所 に 發 見 せ ら る 。 若 し 佛 像 美 術 を 製 作 す る 風 習 が 、 佛 徒 の 間 に 流 行 せ し も の と せ ば 、 佛 陀 を 崇
拜 せ る 事 、 彼 れ の 如 く し て 、 然 か も 哲 學 的 思 想 家 的 な ら ず し て 、 極 め て 實 行 的 な る 事 、 彼 れ の 如 く に し て 、 い か で か 佛 像 を 製 作 し て 、 之 の 佛 塔 中 に 奉 安 せ ざ る の 理 由 あ ら ん や 。 若 し 夫 れ 五 分 律 、 金 光 王 童 子 經、 乃 至 造 像 功德 經 等 の 説 く が 如 き 事 蹟 が 事 實 に し て 、 阿 育 王 以 前 の 佛敎 事 蹟 な り と せ ば 、 阿 育 王 が 佛 像 を 畫 彫 し て 、 之 れ を 佛 塔 に 安 置 す る に 、 何 等 の 逡 巡 を も 要 せ ざ る な り 。 然 る に 、 今 日 、 吾 人 は 阿 育 王 時 代 の 美 術 中 に 於 て 、 建 築 美 術 、 工 藝 美 術 、 若 く は 象 徴 美 術 を 見 る の 外 、 未 だ 一 點 だ も 、 大 王 が 佛 像 を 製 作 せ し 事 蹟 を 發 見 せ ざ る な り 。 佛 陀 は 當 時 印 度 に と り て は 、 恰 も 太 陽 の 如 き も の な り き 。 佛 徒 が 世 尊 と し て 、 佛 を 尊 崇 渇 仰 し た る 情 操 は 、 實 に 尋 常 に て は あ ら ざ り き 。 佛 の 大 涅 槃 を 語 れ る 涅 槃 經 は 、 佛 に 對 す る 佛 徒 の 信 情 の 、 如 何 に 激 切 に し て 、 深 甚 な り し か を 傳 ふ 。 其 の 激 深 の 情 は 、 滅 後 佛 舍 利 を 祭 り 、 之 れ を 祭 る 塔 婆 を 建 て 、 以 て 其 情 を や り し 程 な り き 。 而 し て 遂 に は 其 の 舍 梨 塔 を 崇 拜 し 、 菩 提 樹 を 禮 拜 し、 又 は 佛 鉢 輪 賓 及 び 三 叉 戟 を 禮 拜 す る の 風 を 生 ず る に 至 れ り 。 塔 は 佛 身 を 表 示 し 、 菩 提 樹 は 佛 の 正 覺 を 、 輪 賓 は 佛 の 轉 法 輪 を 、 三 叉 戟 は 三 賓 を 表 象 す る も の に し て 、 悉 く 佛 陀 の 象 徴 た り 。 此 の 宗 風 に 成 れ る 美 術 が 、 阿 育 ま で の 原 始 佛敎 時 代 の 佛 陀 に 關 す る 美 術 に し て 、 素 撲 象 徴 美 術 と も 云 ふ べ く 、 即 ち 佛 陀 を 尊 崇 仰 慕 す る あ ま り 、 象 徴 的 藝 術 氣 分 を 生 じ た る 程 な り き 。 然 れ ど も , 彼 等 は 未 だ 久 遠 の 佛 陀 た る 理 想 的 人 格 を 藝 術 化 す る 事 能 は ざ り き 。 又 藝 術 化 す る に 忍 び ざ り し な ら ん 。 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的考 察 の 起 源 九
□ 密 教 研 究 一 〇 然 る に 、 斯 く の 如 く 象 徴 佛 陀 美 術 を 形 成 す る に 至 れ る 程 、 藝 術 的 氣 分 に 高 潮 し た る 佛 徒 か 、 何 故 に 佛 陀 を 藝 術 化 す る 事 能 は ざ り し や 。 又 之 れ を 試 み ざ り し か 。 思 ふ に 二 種 の 原 因 あ る べ し 。 一 つ は 古 代 佛 教 徒 の 世 界 觀 が 、 藝 術 に 對 す る 見 界 を 誤 り 、 若 し く は 藝 術 に 對 す る 何 等 の 觀 想 を も 有 せ ざ り し 事 に し て 、 二 に は 、 佛 陀 の 圓 滿 端 嚴 な る 人 格 を 、 徴 像 に 表 現 す る 事 の 不 可 能 と 、 又 此 れ を 徴 像 に 表 現 す る 事 の 、 如 何 に も 不 敬 虔 な る 所 作 な り 、 と 考 へ だ り し な ら ん 事 是 れ な り 。 現 存 の 阿 育 王 の 遺 蹟 に 見 ゆ る 佛 傳 美 術 を 見 る に 、 佛 弟 子 は 之 れ を 描 影 し あ れ ど 、 佛 陀 は 之 れ を 表 影 せ ず 、 以 て 這 般 の 消 息 を 考 察 す れ ば 、 佛 徒 が 到 底 理 想 的 人 格 を 、 美 術 的 形 相 に 表 現 す る 事 の 不 可 能 に し て 、 又 そ が 不 敬 虔 な る 所 作 な り と 考 へ 、 若 く は 理 想 を 藝 術 化 す る の 不 道 理 な る 事 、 又 藝 術 は 自 然 物 よ り も 非 實 在 的 に し て 、 劣 等 的 な り と な し 、 彼 等 は 眞 と 善 と の 目 的 觀 を 有 し て 、 未 だ 之 れ に 加 へ て 、 美 の 目 的 觀 を 有 せ ざ り し も の ゝ 如 く 想 像 せ ら る 。 而 か も 吾 人 は 幸 に し て 、 此 の 想 像 を 證 明 す る に 足 れ る 材 料 を 發 見 す 。 其 の 材 料 と は 、 前 述 せ る 佛 説 大 乘 造 像 功德 經 是 れ な り 。 該 經 は 佛 像 製 作 の 因 縁 と 、 其 の 功德 を 説 出 せ る 經 典 な り 。 簡 單 に 其 の 大 意 を 説 明 す れ ば 、 優 陀 延 王 が 佛 陀 の敎 化 に 接 し た れ ど も 、 既 に 其 齡 迫 り て 、 再 び 世 に 生 れ た る 時 は 、 到 底 復 た 佛 陀 を 拜 す る 事 能 は ず と 思 惟 し 、 之 れ を 悲 し み 、 記 念 の 爲 め に 、 佛 像 を 造 り て 、 後 世 の 用 意 に せ ん と 思 ひ ぬ 。 然 れ ど も 、 彼 は 最 初 に 其 の 製 作 が 、 佛 陀 に 似 ざ る が 爲 め に 、 無 量 の 罪 を 得 ん 事 を 恐 れ ぬ 。 然 か も 、 次 い で 飜 思 し 、 思 へ
ら く 、 分 に 應 じ 、 聖 な る 者 の 手 に よ り て 、 之 れ を 製 作 し 、 讃 美 の 情 を 表 彰 せ ば 、 却 つ て 無 量 の福 聚 を 得 ん と 。 斯 く の 如 く 煩 悶 考 慮 し た る 結 果 、 遂 に 佛 像 製 作 の 心 を 定 め 、 國 中 の 秀 で た る 工 巧 、 即 ち 藝 術 家 を 召 ん で 此 の 事 を 計 れ り 。 然 る に 招 聘 さ れ た る 藝 術 家 も 、 佛 陀 を 作 製 す る 不 可 能 と 、 其 の 不 敬 虔 な る 事 と な し て 、 一 旦 之 れ を 辭 さ ん と 思 ひ た り し が 、 王 の 要 求 の 辭 み 難 く 、 遂 に 製 作 す る に 决 し の 。 其 時 眦 首 羯 磨 天 、 藝 術 家 と し て 化 現 し 、 其 藝 術 家 に 代 り て 、 製 作 に 當 る 事 に な り し が 、 眦 首 羯 磨 も 亦 、 到 底 、 佛 像 を 完 全 に 製 作 せ ん は 不 可 能 な り 、 只 世 間 中 の 優 な り と 云 つ て 、 製 作 に 從 事 し た り 。 然 る に 此 れ を 製 作 し 終 り て 見 れ ば 、 其 が 頗 る 優 秀 に し て 、 佛 陀 も 之 れ を 見 て 、 讃 嘆 嘉 納 せ ら れ 、 尚 佛 像 製 作 の 功德 の 大 い な る こ と を 説 か れ た り と 云 ふ 。 之 れ 此 の 經 の 概 要 な り 。 ︹ 宙 七 、 68 b-73 b ︺ 此 の 事 は 、 會 々 以 て 、 原 始 佛敎 徒 、 及 び 佛 像 製 作 當 時 の 佛敎 徒 の 、 佛 像 製 作 、 及 び 理 想 美 術 に 對 す る 彼 等 の 觀 想 を 、 表 證 し た る も の に あ ら ず と せ ん や 。 即 ち 初 代 佛敎 徒 は 、 佛 施 を 表 現 す る 事 の 不 可 能 と 、 其 の 不 敬 虔 な る 事 と 、 若 し く ば 又 理 想 的 實 在 を 藝 術 化 す る て ふ 藝 術 觀 に 對 す る 謬 見 を 有 し 、 或 は 此 れ を 理 解 す る 事 を 得 ず 、 美 に 對 す る 目 的 觀 を 有 せ ざ り し 爲 め な ら ず ん ば あ ら ず 。 而 か も 後 に し て は 、 美 術 的 表 現 に 依 る 事 の 、 從 來 採 り 來 り し 象 徴 に よ り て 、 宗敎 的 氣 分 を 養 ひ 、 宗 教 的 生 活 を な す よ り も 、 遙 に 其 の 宗敎 的 情 操 を 涵 養 し 、 宗敎 的 向 上 の 方 便 た る 事 を 悟 る に 至 れ り 。 該 の 造 像 經 は 、 優 施 延 王 が 、 其 美 的 表 現 に よ り て ﹁ 心 生 淨 心 獲 柔 順 忍 ﹂ と 云 ひ て 、 又 ﹁ 日 出 霧 露諸 憂 惱 得 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一 一
□ 密 教 研 究 一 二 鎖 除 ﹂ と 記 傳 せ り 。 又 た 金 光 童 子 經 に は 、﹁ 以 所 造 像 隨 得 一 種 志 心淸 淨 、諸 善 開 發 、 解 脱 獲 得 ﹂ と 云 へ り 。 即 ち 彼 等 佛 徒 は 、 茲 に 至 り て 、 佛 像 美 術 の 實 際 的 價 値 を 認 識 す る に 至 り し な り 。 故 に 造 像 經 に は 更 に 頻 婆 娑 羅 王 が 菩 薩 像 を 作 り 、 尸 眦 羅 が 佛 像 を 供 養 し 、 那 伽 婆 羅 が 黄 丹 (彩 色 ) の 佛 像 を 畫 き て 、 永 く 福 を 得 、 解 脱 し 、 生 天 し た り と 稱 し て 、 造 像 功徳 の 無 量 な る を 皷 吹 せ り 。 該 經 中 ﹁ 往 昔 頻 婆 娑 羅 王 が 菩 薩 像 を 製 作 せ り ﹂ と 云 ひ 、 又 ﹁諸 佛 世 尊 は 是 れ 常 住 の 身 な り 、 若 し諸 々 の 衆 生 あ り て 、 度 す 可 き も の あ ら ば 、 即 ち 出 現 し て 、敎 化 す 。 云 々 ﹂ ︹ 宙 七 、 6 9 b ︺ と あ る に よ り て も 、 此 の 經 の 後 世 大 乘 興 起 時 代 、 神 秘 大 乘 家 の 手 に 、 編 纂 さ れ た る 經 典 な る 事 、 明 ら か な り 。 而 か も 、 佛 像 美 術 の 製 作 せ ら る ゝ に 至 り し 古 代 佛敎 の 状 態 を 語 る も の に し て 、 又 佛 像 美 術 が 、 大 乘 家 の 手 に よ り て 、 始 め て 産 出 す る に 至 り し 事 を 表 示 す る も の た る 事 、 疑 ふ 可 か ら ざ る が 如 し 。 前 來 述 ぶ る 所 の 理 由 は 、 佛 像 美 術 製 作 に 關 す る 内 面 的 、 心 理 的 理 由 な る が 、 然 ら ば 外 面 的 理 由 は 如 何 恐 ら く ば 、 泰 西 學 者 の 一 般 に 認 む る が 如 く 、 ギ リ シ ヤ 文 明 の 輸 入 に 依 り 、 ヘ レ ニ ツ ク 藝 術 の 感 化 に よ れ る 事 疑 ふ 可 か ら ざ る が 如 し 。 こ の 事 は グ リ ユ ン ウ エ ー デ ル ● ハ ー ベ ル ● ス ミ ス ● フ ー シ ヤ ー 等 の 印 度 美 術 史 に 讓 り 、 余 は 茲 に 之 れ を 喋 々 せ ず 。 然 ら ば 、 此 の 佛 像 美 術 産 出 の 起 源 は 如 何 、 そ は 希 臘 文 明 輸 入 以 後 な る 事 は 勿 論 に し て 恐 ら く は 、 大 乘 經 典 中 、 觀 音 經 の 成 立 時 代 迄 は 産 出 せ ざ り し な る べ し 。 吾 人 の 考 察 す る 所 に よ れ ば、 觀 音 經 即 ち 妙 法
華 經 普 門 品 は 、 宗敎 的 大 乘 經 の 先 驅 の敎 門 に し て 、 大 乘 興 起 時 代 の 最 先 に 編 成 さ れ た る 經 典 た ら ん が 如 し 。 極 め て 人 生 々 活 を 中 心 と せ る 健 實 な る 常 識 道德 觀 を敎 示 せ る 者 に し て 、 人 生 々 活 の 貴 重 な る 事 を敎 説 せ ら れ た る 、 佛 施 の精神 の 大 乘 化 せ る 、 人 本 主 義 の 經 典 た り 。 其 の 經 文 の 表 現 、 如 何 に も 直 栽 簡 明 に し て 、 原 始 大 乘 経 の 状 態 を 表 示 し て 餘 り あ る も の な り 然 れ ど も 一 面 に 於 て は 、 深 徹 な る 信 仰 主 義 を 皷 吹 せ る も の に し て 、 直 觀 的神 秘 主 義 の 大 乘 思 想 を 含 畜 せ る敎 法 な り 。 大 乘 化 身 の 思 想 の 典 型 に し て 、 實 在 の 普 現 自 在 な る 大 思 想 を 説 出 せ る も の な り 。 後 の 宗敎 的 大 乘 經 典 は 、 一 層 該 經 の 波 羅 門敎 化 せ ら れ 、神 秘 化 せ ら れ 、 は た 理 想 化 せ ら れ た る も の に し て 、 阿 彌 陀 を 中 心 と せ る 淨 土敎 系 の敎 門 が 、 觀 音 理 想 の 發 展 、 若 し く ば 、 其 の 理 想 化 な る 事 の 勿 論 、 眞 言 密敎 の 曼 荼 羅 に 現 は る ゝ 三 部 流 現 の 思 想 、 蓮 花 八 葉 流 現 の 思 想 も 、 遠 く 觀 音 經 に 、 其 の 源 泉 を 汲 の る も の と 、 推 定 せ ざ る を 得 ざ る 底 の 經 典 た り 。 然 る に 、 觀 音 經 の 、 斯 く の 如 き 性 質 の 經 典 た る に 拘 は ら ず 此 の 經 の 本 尊 た る 觀 音 の 形 相 に 至 り て 、 毫 も 説 明 せ ら れ 居 ら ざ る は 如 何 。 抑 も 哲 學 的 般 若 經 系 の 大 乘 經 典 は 格 別 と し て 、 苟 し く も 宗敎 的神 話 的 大 乘 經 典 た ら ば 、 必 ら ず 其 の 本 尊 と な る べ き も の ゝ 形 相 、 若 し く は 其 の 形 相 の 方 式 を 説 明 せ る も の な り 。 此 の 觀 音 經 は 、神 秘 的 客 觀 信 仰 主 義 の 經 典 な る が 故 に 、 他 の 宗敎 的 大 乘 經 典 に 説 出 せ る 如 く 、 性 質 上 本 尊 の 形 相 を 説 述 す べ き な り 。 然 る に 、 其 の 形 相 に 就 い て は、 毫 も 説 出 す る 所 な し 。 後 の 淨 土敎 の 影 響 を □ 佛 教 藝 術 に 於け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一 三
□ 密 教 研 究 一 四 蒙 れ る 現 存 梵 本 觀 音 經 に 於 て 、 ﹁ 妙 眼 (觀 ) よ 慈 眼 (觀 ) よ 智 慧 殊 勝 眼 ( 觀 ) よ 悲 眼 ( 觀 ) よ淸 淨 眼 ( 觀 ) よ ﹂ 云 々 と あ り て 、 稍 々 觀 音 の 形 相 を 説 け る が 如 し と 雖 も 、 之 す ら 觀 音 内 證 の 徳 を 形 容 せ る 比 喩 的 表 現 に 過 ぎ ず 。 斯 く の 如 く 何 等 本 尊 の 形 相 を 説 出 す る 事 な き は 、 會 々 是 れ 該 經 の 大 乘 最 先 の 經 典 た る 事 を 證 明 す る 一 理 由 た る の み な ら ず 、 該 經 の 成 立 す る ま で に は 佛 像 美 術 起 ら ず 、 又 佛 像 美 術 の 要 求 熟 し 居 ら ざ り し 事 を 證 明 せ る も の に あ ら ざ る か 。 即 ち 宗敎 的 理 想 美 術 の 製 作 の 要 求 、 及 び 其 の 思 想 の 激 切 に 起 り 居 ら ざ り し も の と 見 る 可 か ら ず や 。 乾 施 羅 の 最 古 の 形 式 に 屬 す る 美 術 中 、一二 點 の 、 觀 音 經 の 觀 音 に 相 當 す る 外 は 、 佛敎 美 術 中 、 淨 土敎 の 感 化 に な れ る 構 想 上 の 觀 音 、 若 し く は 密敎 の 構 想 に な れ る 觀 音 像 あ る の み に し て 、 他 に 普 門 品 説 出 の 觀 音 思 想 に な れ る 、 觀 音 像 の 産 出 す る な き は 、 是 れ 又 た 半 面 よ り 、 こ の 事 を 證 明 す る も の た ら ず ん ば あ ら ず 。 佛敎 經 典 の 發 達 を 觀 察 す る に 、 一 方 に 化 身 思 想 の 起 れ る 時 に は 、 又 一 方 に は 、 此 れ と 相 合 し て 、 美 術 的 宗敎 的 氣 分 若 し く ば 宗敎 的 美 術 心 の 興 起 す る あ り て 、 化 現 思 想 と 美 的 思 想 と 相 平 行 し て 發 生 せ る を 見 る 。 此 れ 實 に神 秘 主 義 、 客 觀 理 想 主 義 の 大 乘 宗敎 の 一 大 特 色 な り 。 前 述 し た る 造 像 功德 經 の 如 き 、 原 始 方 等 部 的 叙 述 の經 典 に あ り て も 、 一 方 に は 諸 佛 世 尊 是 常 住 身 若諸 衆 生 有 可 度 者 、 即 爲 出 現敎 化 説 法 、 若 所 作 事 畢 、 更 無 有 能 受 法 化 者 、 如 來 於 此 即
便 不 現 、 無 智 之 人 、 謂 佛 實 滅 、 如 來 身 者 、 法 身 常 身 實 滅 度 ︹宙 七 、6 9b ︺ と あ り 。 即 ち 久 遠 常 住 の 如 來 身 が 、 衆 生 の 度 す べ き 者 あ る に 從 つ て , 化 現敎 化 し 法 化 を 受 く る 者 な く ん ば 、 現 ぜ ず と 雖 ど も 、 如 來 は 常 在 不 滅 な り と 説 け り 、 是 れ 恰 か も 觀 音 經 の 普 門 自 在 示 現 ま た は 法 華 經 如 來 壽 量 品 の 如 來 現 滅 自 在 の 思 想 を 見 る が 如 き に あ ら ず や 。 ま た 前 掲 せ る 金 光 王 童 子 經 に 於 て 、 ﹁ 如 來 變 化 身 は 三 界 に 普 遍 ず ﹂ ︹ 呉 十、5 a ︺ と あ る も 、 亦た 觀 音 經 の 化 身 の 思 想 に 彷 彿 た り 。 然 る に 此 れ 等 の 二 經 は 既 に 説 明 し た る が 如 く 、 佛 像 美 術 製 作 の 因 縁 を 傳 録 せ る も の に あ ら ず や 。 此 れ に よ り て 、 之 れ を 考 ふ れ ば 、 美 術 思 想 と 化 現 の 思 想 の神 秘 説 と は 、相 並 起 せ る 事 は 分 明 な り 。 然 る に 、 觀 音 經 は 超 汎 一神 的 實 在 觀 の 上 に 立 て る 幽 玄 微 妙 な る 化 身 思 想 を 説 出 し 、 藝 術 的 情 緒 に 富 め る神 秘敎 た る に 拘 は ら ず 、 毫 も 美 術 的 の 構 想 な く 、 又 美 術 的 事 相 の 表 記 あ る な し 。 之 に 依 り て 、 之 を 見 れ ば 、 觀 音 經 成 立 迄 に は 、 未 だ 理 想 と す る 本 尊 を 藝 術 化 す る 思 想 は 勿 論 其 要 求 す ら も 亦 起 ら ざ り し 如 く 想 像 せ ず ん ば あ ら ず 。 故 に 吾 人 は 佛 像 美 術 殊 に 乾 施 羅 の 美 術 の 如 き は 、 觀 音 經 成 立 時 代 よ り 、 觀 音 經 を 攝 收 し て 、 一 部 の 大 典 を 編 成 せ る 法 華 經 成 立 時 代 迄 の 間 に 起 り し も の に あ ら ず や 、 と 推 定 せ ん と 欲 す る 者 な り 。 法 華 經 成 立 時 代 に 於 て は 、 既 に 佛 像 美 術 、 佛敎 藝 術 は 非 常 に 發 達 し 豊 富 に な れ る を 見 る 。 法 華 經 の 方 便 品 を 見 れ ば 、 此 の 事 の 分 明 す る の み な ら ず 、 佛 像 製 作 の 材 料 及 び 其 製 作 の 種 類 も 、 亦 た 分 明 し 、 又 法 華 經 と 相 並 行 し 若 く は 相 次 い で 成 立 し た る 者 と 推 定 す べ き 最 古 金 光 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一 五
□ 密 教 研 究 一 六 明 經 を 見 れ ば 、 當 時 美 術 に せ ら れ た る 大 乘 本 尊 の 種 類 も 、 亦 分 明 す 。 法 華 經 に よ れ ば 、 七 寳 の 金 屬 其 他 を 以 て 、 佛 像 を 製 作 す る 事 の 認 容 せ ら る ゝ を 見 る 。 即 ち 木 も 宜 し く 、 漆 布 も 宜 し く 、 粘 土 も 宜 し く 、 石 も 宜 し く 、 金 銀 鐵 等 固 よ り 、 又 彩 色 畫 も 、 壁 畫 も 宜 し 、 と 云 ふ が 如 く 説 出 せ ら る 。 梵 本 法 華 經 に 於 て は 、 木 像 と 乾 漆 布 像 と は 記 載 し あ れ ど も 、 七 寳 の 如 來 像 の は 勿 論 、 銅 像 石 像 鉛 像 鐵 像 粘 土 像 又 は 壁 畫 像 等 の 佛 像 製 作 の 功 徳 を 説 出 記 載 せ り 。 ︹ 梵 本 、 p. 5 0 -52 ︺ 而 し て 其 記 事 に よ り て 、 又 た 其 製 作 の 種 類 も 、 彫 像 、 畫 像 、 型 像 鑄 像 、 又 は 壁 畫 等 各 重 の 美 術 の 、 當 時 既 に 行 は れ た る 事 明 か な り 。 又 た 金 光 明 經 鬼神 品 に よ り て 、 其 の 美 術 に せ ら た る 佛 像 の 種 類 を 見 る に 、 經 中 ﹁ 佛 像 、 菩 薩 像 (觀 音 ? )普 賢 、 文 殊 、 彌 勒 其 他 の 形 像 と あ れ ば 、 大 乘 の 主 な る 尊 像 の 當 時 既 に 製 作 さ れ た る 事 明 か な り 。 之 れ を 要 す る に 、 法 華 經 及 金 光 明 經 の 成 立 時 代 に は 、 材 料 の 上 に 於 て も 、 形 式 の 上 に 於 て も 、 亦 た 尊 格 に 於 て も 、 佛敎 美 術 は諸 種 の 製 作 を 産 出 し 、 技 巧 の 上 に 於 て も 、 亦 た 相 應 に 發 達 し 居 り し も の と 見 ざ る 可 か ら ず 。 果 し て 然 り と せ ば 此 等 の 二 經 成 立 の 年 代 は 如 何 。 こ の 事 は 實 に 佛敎 聖 典 史 上 の 容 易 な ら ざ る 一 大 問 題 な り 。 思 ふ に 紀 元 前 一 世 紀 の 間 に あ ら ざ る な き か 。 少 く と も 乾 施 羅 美 術 發 生 以 後 な る べ し と 吾 人 は 想 像 す る も の な り 。 法 華 經 を 佛敎 美 術 史 の 材 料 と し て 考 ふ る 時 に は、 大 乘 家 が 確 か に 佛 像 製 作 の 必 要 と 、 其
の 價 値 を 認 め 、 又 其 製 作 に 用 ゆ る 材 料 、 及 び 美 術 形 式 の 種 類 を 規 定 し 、 若 し く は 當 時 藝 術 家 の 製 作 し 且 つ 採 用 せ し も の を 是 認 せ し 經 典 な り と 見 る も 敢 て 不 當 な ら ざ る 可 し 。 更 に 吾 人 の 想 像 を 逞 し ふ す る 時 に 於 て は 、 法 華 經 は 乾 施 羅 美 術 を 見 た る 、 大 乘 家 の 戯 曲 的 大 手 腕 に 編 纂 さ れ た る 、 雄 大 な る 大 乘 經 典 な る が 如 し 。 乾 施 羅 佛 傳 美 術 の 奥 に は 、 法 華 經 働 き 、 法 華 經 の 中 に は 、 乾 施 羅 の 美 術 の 、 其 面 影 を 寫 せ る が 如 き 感 に 堪 へ ざ る も の あ り 。 要 す る に 、 現 存 印 度 美 術 よ り 云 へ ば 、 法 華 經 の 記 載 せ る 美 術 現 象 は 、 吾 人 の 推 定 せ る 法 華 經 の 成 立 時 代 よ り 推 し て 考 ふ る 時 に 、 吾 人 は 乾 施 羅 美 術 と 、 此 等 二 經 と は 、 大 乘 の 美 術 及 び神 話 の 起 源 、 乃 至 興 起 の 史 的 暗 點 を 解 决 す る 屈 強 の 材 料 た る が 如 し 。 即 ち 此 等 の 二 經 と 乾 施 羅 の 美 術 と は 、 相 待 ち て 印 度 密敎 的 潮 流 以 前 の 美 的 佛敎 の 状 態 を 語 る も の た ら ず ん ぱ あ ら ず 。 佛敎 美 術 の 状 態 斯 く の 如 し と せ ば 、 觀 音 經 成 立 以 後 、 法 華 經 成 立 以 前 に あ り と 推 定 し て 、 甚 だ し き 失 當 に あ ら ざ る が 如 し 。 か く の 如 き 推 定 よ り し て 、 乾 施 羅 美 術 は 觀 音 經 成 立 に 次 い で 直 に 起 り 、 法 華 經 成 立 時 代 は 、 第 一 期 の 末 葉 に 達 せ る 者 に あ ら ざ ら ん か 。 是 れ 即 ち 吾 人 が 、 斯 る 推 定 よ り し て 、 高 楠 博 士 が 乾 施 羅 美 術 の 起 源 を 彌 蘭 陀 王 の バ ク ト リ ヤ 獨 立 國 建 設 の 時 代 、 即 ち 紀 元 前 凡 そ 百 五 十 年 頃 と 推 定 せ ら る ゝ に 、 賛 同 す る の 一 理 由 な り 。 ( 同 博 士 の 推 定 理 由 は 、 吾 人 未 だ 之 を 聞 く を 得 ざ れ ど )。 斯 く の 如 き 推 定 よ り し て 、 吾 人 は 乾 施 羅 美 術 は 三 變 即 ち 三 大 時 期 を 劃 し て 形 、 成 發 達 し た る 大 乘 佛敎 美 術 な り 、 と 推 定 せ ん と す る も の な り 即 ち 第 一 期 は 、 觀 音 經 成 立 、 彌 蘭 施 王 即 位 後 よ り 、 法 華 經 成 立 、 又 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一 七
□ 密 教 研 究 一 八 は 迦 膩 色 迦 王 第 一 世 時 代 ま で に し て 、 ( 迦 膩 色 迦 王 即 位 紀 元 は リ ユ ー ダ ー ス 、 フ リ ー ト 及 び ケ ン ネ デ イ 三 氏 の 説 に 從 ひ 、 紀 元 前 五 七 年 と す ) 第 二 期 は 第 一 世 迦 王 よ り 、 第 二 世 迦 膩 色 迦 王 迄 、 ( 紀 元 一 三 〇 年 -一 六 八 ) と し 、 第 三 期 は 第 二 世 迦 膩 色 迦 王 よ り 、 乾 施 羅 美 術 の 終 期 、 笈 多 朝 の 美 術 、 即 ち 印 度 佛敎 固 有 の 美 術 發 生 に 至 る 迄 と す 。 即 ち 第 一 期 は 準 備 よ り 確 立 の 時 代 に し て 、 第 二 期 は 一 旦 衰 頽 し て 、 而 か も 再 興 に 入 れ る 時 代 、 第 三 期 は 完 成 期 、 即 ち 乾 陀 羅 藝 苑 の 黄 金 時 代 よ り 、 遂 に 其 の 絶 滅 に 至 る 時 代 な り と す 。 斯 く の 如 く に し て 、 乾 施 羅 の 美 術 は 、 興 起 し 、 發 達 し 、 其 の 偉 大 な る 感 化 に よ り て 、 西 暦 二 、 三 世 紀 乃 至 四 世 紀 頃 迄 に は 、 漸 を 追 ふ て 擴 傳 し 、 全 印 度 は 佛 像 美 術 、 佛敎 藝 術 の 天 地 と な る に 至 れ り 。 斯 く 佛 教 美 術 の 發 達 す る と 共 に 、 一 方 に 於 て は 、 婆 羅 門敎 及 び 、 西 域 文 化 の 影 響 を 蒙 ) て 、神 秘 主 義 、 客 觀 理 想 主 義 の 大 乘 思 想益 々 發 達 し 、 從 來 眞 と 善 の 目 的 觀 を 重 視 し た る 佛敎 は 更 に 發 展 し て 、 美 的 想 像 の 力 に よ り て 、 宗敎 的 生 命 を 強 大 な ら し む る 眞 美 の 理 想 觀 に 進 轉 し 、益 々 大 乘神 話 と 藝 術 的 佛敎 を 作 興 す る に 至 り ぬ 。 斯 く の 如 く 發 展 し ゆ く 大 乘 美 術 と 、 大 乘神 話 と 、神 秘 系 の 宗敎 的 哲 學 的 思 想 と を 齊 整 し 、 總 括 統 攝 し 大 成 し て 、 其 美 術 と 宗敎 に 、 一 定 の 儀 軌 を 定 め 、 又 哲 學 的 考 察 を 試 み て 、 其 の 美 術 に 實 在 性 を 與 へ 、 印 度 最 後 の 新 佛敎 を 構 成 し た る も の 、 是 れ 即 ち 實 に 秘 密 佛敎 な り 。
印 度 佛敎 美 術 に 對 し て 、 實 在 性 的 考 察 を な し た る は 、 實 に 今 述 ぶ る が 如 く 、 眞 言 秘 密 佛敎 な る が 此 の 事 を 述 ぶ る に 當 り 、 所 謂 顯 系 佛敎 の 藝 術 觀 を 概 觀 す る 必 要 あ り 。 佛敎 文 献 の 上 よ り 見れ ば 、 元 よ り 佛 教 に 纒 ま り たる 組 織 的 の 佛敎 美 學 と 稱 す べ き も の あ ら ず 。 又 た 宗敎 と し て の 佛敎 の 性 質 上 斯 く の 如 き も の ゝ あ る べ く も あ ら ず 。 然 れ ど も 、 大 小 乘 の 論 部 に 於 て 、 顯敎 佛敎 家 の 藝 術 觀 と 見 る べ き も の ゝ 、 多 少 こ れ な き に 非 ら ず 。 即 ち 小 乘 家 の 論 部 中 に 於 て は 、﹃ 阿 毘 曇 毘 婆 娑 論 ﹄ ﹃ 阿 毘 曇 大 毘 婆 娑 論 ﹄ 又 は ﹃ 阿 毘 曇 心 論 ﹄ 等 に し て 、 大 乘 家の 論 部 に て は ﹃ 瑜 伽 師 地 論 ﹄ 及 び ﹃ 大 乘 阿 毘 達 磨 雜 集 論 ﹄ 等 に こ れ あ り 。 此 等 の 論 部 は 共 に 宇 宙 萬 有 乃 至 人 間 の精神 現 象 を 解 釋 せ る も の に し て 、 其 の 人 間 の精神 作 用 、 人 間 の 行 爲 、 人 間 の 倫 理 的 性 質 を 論 じ た る 篇 の 、 善 ・ 不 善 ・ 無 記 の 三 性 を 論 じ た る 條 項 に 於 て 、 其 の 藝 術 觀 を 論 述 せ り 。 而 し て 其 の 無 記 性 の 上 に 於 て 、 其 の 藝 術 觀 を 論 せ り 。 阿 毘 曇 毘 婆 娑 諭 第 五 卷 、 雜 健 度 智 品 第 二 に 於 て ﹁ 工 巧 無 記 心 、 展 轉 相 縁 、 其 事 云 何 ﹂ ︹ 秋 七 、32 a ︺ と 云 つ て 、 藝 術 家 の精神 の 活 動 を 問 へ り 。 茲 に 工 巧 無 記 心 の ﹁ 工 巧 ﹂ と は 、 即 ち 藝 術 の 事 に し て 、 ﹁ 無 記 ﹂ と は 非 善 非 惡 の 中 性 的 性德 な り 。 諭 者 は 之 れ に 答 へ て 、 藝 術 は ﹁ 非 善 非 惡 の 無 覆 無 記 性 ﹂ の 現 象 な り と 云 へ り 。 大 毘 婆 娑 論 第 九 十 五 ︹ 牧 四 、81 ︺ に も 、 同 卷 百 十 七 ︹ 牧 五 、72 ︺ に も 同 樣 の 説 を な せ り 。 こ の 非 善 非 惡 塗 る 藝 術 を 製 作 す る に 、 藝 術 家 の精神 は 、 如 何 に 活 動 す る か と 云 ふ に 就 き て 、 先 づ 藝 術 創 作 の 要 素 に 二 種 、 即 ち ﹁ 一 是 工 巧 、 二 是 工 巧 心 、﹂ と 云 へ り 。 ﹁ 工 巧 ﹂ は 藝 術 其 の 物 に し て 、 ﹁ 工 巧 心 ﹂ は 藝 術 家 の精 神 □ 佛 教 藝 術 に 於け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 一 九
□ 密 教 研 究 二 〇 な り 。 然 し て 藝 術 其 の も の ゝ 體 は 如 何 と 云 ふ に 、 五 境 即 ち 色 、 聲 、 香 、 味 、 觸 の 上 に 成 立 し 、 藝 術 心 は こ の 五 境 に 對 す る 五 識 、 即 ち 眼 、 耳 、 鼻 . 舌 、 身 、 識 の 手 段 を 以 て 、 藝 術 を 創 造 す る 意 識 な り 。 此 の 意 識 は 藝 術 を 形 成 す る 手 段 作 用 に し て 、 又 同 時 に 藝 術 製 作 の 主 動 力 根 本精神 な り 。 即 ち 藝 術 の 構 成 に は 、 五 境 五 感 と 、 之 を 手 段 と せ る 意 識 に し て 、 又 其 意 識 は 一 方 に は 、 五 境 に 對 す る 五 感 と な り て 、 藝 術 品 作 成 の 手 段 と な り 、 一 方 に は 藝 術 品 作 成 の 基 礎 と な れ り と 云 へ り 。 換 言 す れ ば 、 藝 術 は 自 然 と 感 覺 と 意 識 な り と 云 ふ に あ り 。 斯 く の 如 き は 、 實 に 此 等 小 乘 論 部 の 藝 術 觀 の 大 意 な り 。 之 の 藝 術 製 作 に 關 す る 論 説 は 、 西 洋 の 美 術 論 に 於 て 、 美 術 の 要 素 は 、 物 質 思 想 及 形 式 と 説 け る と 、 大 體 に 於 て 、 一 致 す る 説 な り 。 更 ら に 此 説 を 詮 索 す れ ば 、 内 藝 術 品 と 外 藝 術 品 と の 別 あ り 、 と す る 議 論 た り 。 即 ち 藝 術 品 の 産 出 す る 過 程 は 、 内 藝 術 即 ち 藝 術 家 の精神 内 に 、 無 形 の 藝 術 品 先 づ 生 じ て 、 而 し て 後 、 自 然 物 、 其 の 所 謂 五 境 を 縁 と し て 、 始 め て 其 の精神 中 の 藝 術 を 、 具 體 的 に 外 形 に 表 現 す る も の な り 。 即 ち 内 藝 術 品 先 づ 成 立 し て 、 而 し て 後 外 藝 術 を 形 成 す る も の な り と 見 る 是 れ 即 ち 該 論 の 詮 意 な り 。 恰 か も 、 エ ル サ レ ム が 、 其 の ﹃ 哲 學 概 論 ﹄ 中 の 藝 術 論 に 於 て 、 發 生 論 的 に 、 生 物 學 的 に 、 之 を 研 究 し て 、 ﹁ 藝 術 の 創 作 は 、 藝 術 家 の 心 中 に 先 づ 機 能 快 感 起 り 、 愛 情 生 じ て 、 之 を 捕 捉 す る 時 、 其 形 像 に 人 生 の精神 を 吸 き 込 む 一 種 の 創 作 的 氣 分 を 心 中 に 住 せ ざ る 可 か ら ず ﹂ と 云 へ る 、 其 含 意 と 自 ら 通 契 す る も の あ り 。 即 ち 藝 術 品 は 不 可 見 の 内 品 と 、 之 を 外 品 に す る 二 種 の 機 能 に よ り て 、 成 立
す る も の な り と 云 ふ に あ り 。 音 樂 は 耳 に よ り 、 繪 畫 と 彫 刻 と は 、 眼 に よ り て 見 る も の に し て 、 詮 す る 所 内 部 意 識 の 、 五 境 五 識 に よ り て 、 外 部 に 表 現 せ ら れ た る も の 、 是 れ 即 ち 工 巧 ( 藝 術 品 ) な り と 云 ふ 議 論 た り 。 是 れ 恰 も レ ツ シ ン グ が 美 術 上 の 形 成 を 論 じ て 、 内 品 と 外 品 と の 二 種 に 分 折 し て 、 其 の 關 係 を 論 究 せ る に 同 じ 。 斯 の 如 き 藝 術 は 、 如 何 な る 性 質 の も の な る や と 云 ふ に 、 大 毘 婆 娑 論 は 、 前 述 の 如 く 、 善 に あ ら ず 、 惡 に あ ら ず 、 無 記 性 な り と 云 へ り 。 而 し て 尊 者 世 友 は 論 中 に 於 て 、 某 羅 漢 が 佛 像 を 畫 く 時 は 、 善 心 を 起 し 女 像 を 畫 く 時 は 、 汚 染 心 を 生 じ 、 無 記 の 工 巧 心 と 同 時 に 、 善 惡 心 の 工 巧 者 に 生 ず る は 如 何 と 、 問 へ る に 對 し 、 彼 は 眞 摯 に 繪 を 畫 く 時 に 於 て は 、 善 惡 の 心 共 に 生 ぜ ず 、 唯 だ 無 記 心 の み な り と 云 へ り 。 即 ち 審 美 と 道德 と は 全 然 格 別 の 作 用 活 動 な り と 云 ふ に あ り 。 此 説 を 更 に 詮 議 す れ ば 、 即 ち 美 術 品 を 見 る 塲 合 に 於 て も 、 唯 美 的 快 感 の 起 る の み に し て 、 審 美 上 の 感 覺 と 、 實 際 上 の 感 覺 と は 、 格 別 な り と 云 ふ に あ る が 如 し 。 是 れ 實 に カ ン ト の 無 關 心 の 説 又 は ハ ル ト マ ン の ﹁ 美 と 善 と は 自 ら 別 物 な り ﹂ と 云 へ る に 同 じ 。 巳 上 は 、 是 れ 實 に 、 小 乘 論 家 の 藝 術 觀 の 要 領 な り 。 然 ら ば 大 乘 論 家 の 藝 術 論 は 如 何 。 吾 人 の 研 究 す る 所 に よ れ ば 、 其 の 要 義 の 點 に 於 て は 、 全 然 小 乘 家 の 藝 術 論 と 同 一 に し て 、 其 の 間 何 等 の 發 逹 せ る も の あ る を 見 ず 。 只 だ 瑜 伽 師 地 論 の 著 者 が 、 ﹁諸 種 の 工 巧 は 、 但 だ 戯 樂 にし て 活 命 に あ ら ず ﹂ ︹ 來-1 50 ︺ と 云 へ る □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 二 一
□ 密 教 研 究 二 二 も の 、 未 だ 小 乘 家 の 論 に 見 ざ る 意 見 に し て 、 大 乘 論 家 の 一 新 説 な り 。 又 以 て 、 佛敎 藝 術 論 の 一 新 展 と 云 ふ べ し 。 此 説 は 所 謂 藝 術 娯 樂 説 に し て 、 恰 も シ ツ ラ ー の 遊 戯 動 機 の 説 、 又 は 唯 美 派 の 所 謂 美 術 の 爲 め の 美 術 の 思 想 、 即 ち 藝 術 は 娯 樂 の 賦 與 に あ り と 云 へ る と 同 樣 な り 。 此 等 大 小 乘 論 家 の 藝 術 觀 の 所 詮 を 考 ふ れ ば 、 佛 者 の 藝 術 論 上 の 定 義 は 、 藝 術 は 善 惡 に 記 別 (結 果 ) な き 作 業 ( 現 象 ) に し て 、 假 象 的 事 象 な り と 云 ふ に あ り 。 一 言 に し て 之 れ を 云 へ ば 、 美 術 假 象 論 な り 。 即 ち 彼 等 論 家 の 意 見 に よ れ ば 、 美 術 は 所 謂 第 一 義 諦 、 即 ち 眞 實 在 性 に 非 ず し て 、 假 象 世 界 の 假 象 現 象 な り と 云 ふ に あ り 。 瑜 伽 師 地 論 第 十 九 に 曰 く 若諸 賢 聖 除 斷 調 伏 、 超 越 欲 食 得 聖 慧 眼 、 彼 由 如 是 聖 慧 眼 故 、 於 内 證 解 如 來 法 身 、 雖 於 外 見 如 來 色 身 或 見 制 多 或 圖 畫 等 而 能 了 知 、 非 第 一 義 應 正 等 覺、 ︹卷 第十九、-8 5b ︺ と 。 此 の 論 の 主 意 を 一 言 す れ ば 、 如 來 の 法 身 は 内 心 に 於 て 證 解 し た る も の ゝ み 、 是 れ 眞 實 に し て 、 繪 畫 等 に よ り て 了 知 し た る も の は 、 第 一 義 諦 の も の に 非 ず と せ る 説 に し て 、 之 れ を 藝 術 觀 と し て 見 る 時 に は 詮 ず る 所 、 美 術 は 假 現 假 象 に し て 、 實 在 性 に 非 ら ず と 云 ふ 論 た る 事 疑 ふ 可 か ら ず 。 斯 く の 如 き 説 を 、 佛 教 に 於 て は ﹁ 分 位 假 立 ﹂ と 云 ふ 。 分 位 假 立 と は 、 物 質 的 の も の と 、精神 的 の も の と 相 合 し て 、 生 じ た る 假 象 性 な り と 云 ふ の 義 な り 。 即 ち 顯敎 論 家 の 美 術 即 ち 工 巧 論 は 、 分 位 假 立 説 な り 。 抑 々 小 乘 家 の 世 界 觀 は 、 業 感 縁 起 論 の 上 に 立 て る も の に し て 、 此 の 世 界 は 念 念 生 滅 せ る 迷 妄 の 假 象 世 界 な り と 云 ふ に あ り 。
上 來 説 け る 毘 婆 娑 論 等 は 、 之 れ を 代 表 す る も の。 又 大 乘 唯 識 派 及 び 般 若 派 佛敎 の 世 界 觀 は 、 其 認 識 論 上 絶 對 に 客 觀 を 否 定 す る 唯 心 論 上 に 立 て る も の に し て 、 世 界 は 鏡 像 の 如 く 假 象 性 な り と 云 ふ に あ り て 、 其 實 在 觀 は 、 無 相 論 即 ち 抽 象 理 想 説 な り 。 瑜 伽 師 地 論 は 斯 か る 大 乘 派 に 屬 す る敎 論 た り 。 故 に 兩 種 論 家 の 藝 術 論 が 、 假 象 論 た る 事 必 然 の 結 論 な り 。 此 等 よ り 推 し て 、 小 乘諸 派 、 大 乗 唯 識 派 又 は 般 若 派 の 藝 術 觀 は 、 所 詮 假 象 説 な り と 見 る を 得 べ し 。 然 ら ば 印 度 の 法 華 派 、 及 び 華 嚴 派 の 藝 術 觀 は 如 何 。 其 の 根 本 經 典 た る 法 華 經 及 び 華 嚴 經 を 見 る に 、 吾 人 は 何 等 藝 術 觀 と 見 る 可 き 思 想 の 説 出 あ る を 見 ず 。 只 だ 法 華 經 は 方 便 品 を 説 い て 、 美 術 製 作 を 嘉 納 し 、 華 嚴 經 は諸 處 に 佛 像 製 作 、 乃 至 其 補 修 の 事 蹟 を 傳 へ 、 又 た ﹁ 善 知 象 藝 菩 薩 ﹂ を 説 出 し て 、 美 術 を 讃 歎 す る あ る の み 。 若 し 夫 れ 其 の 世 界 觀 及 び 實 在 觀 よ り 推 し て 、 其 藝 術 觀 を 假 想 す と せ ば 、 印 度 法 華敎 派 、 印 度 華 嚴敎 派 の 觀 想 は 、 其 内 容 は 同 日 の 論 な ら ず と 雖 も 、 所 詮 前 述諸 派 の 如 く に 、 假 象 論 た る を 免 れ ざ る べ し 。 元 よ り 法 華 經 の 世 界 觀 は ﹁諸 法 實 相 論 ﹂ に し て 、 現 實 の 宇 宙 現 象 は ﹁ 法 法 位 に 住 せ る ﹂ 本 有 の 實 相 な り 。 世 界 は 久 遠 眞 如 の 縁 起 す る 所 に し て 、 所 謂 ﹁ 一 色 一 香 無 非 中 道 ﹂ の 思 想 を 産 出 す る 底 の 世 界 觀 に し て 、 密敎 者 が 以 て ﹁ 大 日 經 ﹄ の 淺 客 な り と せ る 程 、 一 進 展 す れ ば 、 大 日 經 の 世 界 觀 に 親 到 す る も の な り 。 然 れ ど も 所 詮 其 實 在 觀 は 抽 象 的 汎神 的一元 論 に し て 、 密敎 の 如 く 具 體 的 汎神 論 的 一 元 論 に あ ら ず 、 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 二 三
□ 密 教 研 究 二 四 所 詮 空 理 の 一 眞 如 心 に 歸 す る 抽 象 理 想 主 義 の敎 法 た り 。 故 に 法 華 經 に 於 て は 美 術 を 哲 學 的 に 説 か ん と す る 努 力 の 面 影 す ら も 、 發 見 す る 事 を 得 ず 。 密敎 の 思 想 を 加 へ ず 、 法 華 經 の み に よ り て 、 曼 荼 羅 美 術 を 構 想 結 構 せ ん は 、 到 底 可 能 の 事 に あ ら ず 。 又 華 嚴 經 の 世 界 觀 は 、 所 謂 ﹁ 法 界 縁 起 論 ﹂ に し て 、 ﹁ 三 界 唯 心 ﹂ と 説 き ﹁ 事 事 無 礙 ﹂ を 宗 旨 と せ り 。 即 ち 宇 宙 法 界 は 絶 對 唯 心 の 作 用 浩 動 に し て 、 其 作 用 活 動 に よ れ る 宇 宙 現 象 は 、 相 々 一 如 、 一 即 一 切 、諸 法 圓 融 の 思 想 に し て 、 所 謂 ﹁ 立 像 堅 臂 觸 目 皆 道 ﹂ の 思 想 を 産 出 す る 底 の 世 界 觀 な り 。 其敎 相 は 弘 法 大 師 が 以 て ﹃ 金 剛 頂 經 ﹄ の 淺 畧 な り と 批 判 し た る が 如 く 、 一 轉 し て 金 剛 頂 經 に 進 展 す る も の な り 。 然 れ ど も 、 實 在 觀 は 所 詮 密敎 の 如 く 未 だ 全 く は 具 體 的 一 元 論 的 多 元 論 に 達 せ ず 、 法 華 經 と 同 じ く 絶 對 空 理 の 一 眞 如 心 に 歸 す る 主 觀 的 抽 象 理 想 主 義 な り 。 故 に 法 華 經 と 華 嚴 經 と は 共 に 其 世 界 觀 を 具 體 的 に 説 明 す る 具 象 美 術 、 即 ち 曼 荼 羅 を 構 想 し 、 其 の 結 構 を 生 せ ざ り し な り 。 元 よ り 華 嚴 經 の 世 界 觀 及 び敎 説 の 表 現 は 、 頗 る 藝 術 的 に し て 、 其 一 即 一 切 、 一 音 即 一 切 音 の 思 想 を 藝 術 的 に 解 釋 す れ ば 、 華 嚴敎 の 世 界 觀 は 、 如 何 に も 音 樂 的 構 想 な り と 云 ふ を 得 ん か 。 而 か も 其 が 音 樂 的 な る 丈 け 、 其 實 在 觀 は 抽 象 的 理 想 論 た る を 免 れ ず 。 其 世 界 觀 は 斷 じ て 繪 畫 的 又 は 彫 刻 的 に 非 ざ る な り 。 故 に 華 嚴 經 其 れ 自 身 に よ り て は 、 曼 荼 羅 を 構 想 結 構 す る こ と 能 は ず 。 印 度 華 嚴 派 の 間 に 、 曼 荼 羅 を 發 生 せ ざ り し は 當 然 の 事 に し て 、 華 嚴 經 に 曼 荼 羅 の 思 想 を 入 れ て 解 釋 す る に 至 り し は 、 支 那 の 華 嚴 派 、 善 無 畏 の ﹃ 大 日 經 義 釋 ﹂ を 疏 註 せ る 覺 苑 に 始 ま る も の な り 。 所 詮 華 嚴 經 及 び 法 華 經 に 依 れ る 藝 術 觀 は 、 到 底 假 象 論 た
る を 免 れ ず 。 之 を 要 す る に 、 印 度 佛敎 に あ り て は 、 密敎 以 前 の 佛敎 、 即 ち 顯敎諸 派 の敎 學 に あ り て は 、 美 術 の 實 在 性 を 認 め ざ る 假 象 論 に し て 、 佛敎 美 術 に 哲 學 的 基 礎 を 與 へ 、 美 術 に 對 し て 實 在 性 的 考 察 を 下 し た る は 實 に 眞 言 秘 密 佛敎 是 れ な り 。 既 に 述 べ た る が 如 く 、 所 謂 佛敎 美 術 は 、 觀 音 經 成 立 以 後 希 臘 藝 術 の 影 響 に よ り て 、 乾 施 羅 の 美 術 を 産 出 し た り 。 此 の 美 術 は 大 乘 派 の 美 術 に し て 觀 音 彌 勒 及 び 文 殊 等 の 僅 少 の 美 術 を 除 き て は 、 概 略 佛 施 美 術 な り 。 其 美 術 は 勿 論 理 想 的 な る 釋 尊 を 藝 術 化 し た る も の な れ ど も 、 後 の神 秘敎 學 の 産 出 せ る 理 想 界 描 寫 の 理 想 美 術 に 非 ず 。 所 謂 傳 記 美 術 に し て 、 只 佛敎 徒 の 佛 施 渇 仰 と 、 其 信 仰 養 成 の 手 段 と し て 、 形 成 し た る も の な る の み 。 故 に 未 だ 法 華敎 、 華 嚴敎 の 成 立 す る 迄 に は 、 印 度に あ り て は 、 美 術 に 對 し て 哲 學 的 思 索 を 試 み る敎 學 起 ら ざ り き 。 然 る に 西 域 文 化 及 び 婆 羅 門敎 の 影 響 を 蒙 り 、 大 乘 客 觀 信 仰 主 義 と 其神 話 と は益 々 發 達增 加 し 、 思 想 に 於 て は 、 眞 善 美 の 理 想 觀 に 向 つ て 、益 々 發 展 し た り 。 從 つ て諸 佛 ・諸 菩 薩 ・ 諸 天 の 美 術 の 製 作 、 印 度 を 風 化 し 、 印 度 の 天 地 は 、 恰 も 一 個 大神 壇 の 觀 あ り し な ら ん 。 其神 話 と 其 美 術 と を 整 理 し 、 統 一 し 且 つ 規 定 し て 、 之 れ に 思 想 的 基 礎 を 與 ふ る 一 大神 秘 の敎 學 起 ら ざ る を 得 ざ る も の あ り し な る べ し 。 之 れ を 企 圖 し た る も の 、 實 に 印 度 の 純 密敎 學 即 ち 是 れ な り 。 其 曼 荼 羅 の 構 想 は 、 實 に 其 大 乘 の 美 術 と神 話 と 眞 善 美 の 理 想 觀 に な れ る 哲 學 的 思 想 と を 融 合 し て 、 以 て 作 出 せ る 宗敎 的 表 現 に し て 其 曼 荼 羅 は 其 の 眞 善 美 の 理 想 觀 世 界 觀 に な れ る神 壇 美 術 た り 。 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 二 五
□ 密 教 研 究 二 六 此 の 曼 荼 羅 哲 學 を 説 出 し た る も の は 、 即 ち 大 日 經 及 び 金 剛 頂 經 是 れ な り 。 こ の 曼 荼 羅 哲 學 に 依 れ る 藝 術 觀 は 、 藝 術 を 以 て 假 象 と な さ ず 、 理 想 其 の ま ゝ を 形 式 に 表 現 せ る 具 象 的 理 想 に し て 、 藝 術 其 れ 自 身 が 直 に 實 在 な り と 云 ふ に あ り 。 元 よ り 美 學 と 見 る 可 き 組 織 的 經 篇 を 經 中 に 見 出 す 可 か ら ず 。 然 れ ど も 密 教 美 學 を 構 成 し 得 る 基 礎 的 思 想 を 充 分 に 含 藏 せ る敎 門 な り 。 殊 に 大 日 經 一 卷 は 、 藝 術 實 在 論 の 理 趣 を 説 出 せ る 、 世 界 宗敎 に 於 け る 珍 希 の 經 典 と も 云 ふ べ き も の に し て 、 優 に 獨 特 な る 美 學 を 建 設 し 得 べ く 、 大 日 經 等 は 華 嚴 經 の 音 樂 的 な る に 比 す れ ば 、 實 に 繪 書 彫 刻 的 經 典 た り と 云 ふ べ き も の に し て 、 大 日 經 第 三 卷 の ﹁ 四 重 圓 壇 曼 荼 羅 ﹂ は 、 密敎 の 實 在 觀 世 界 觀 を 藝 術 化 せ る も の 、 實 在 は 現 象 を 離 れ て 存 在 せ ず て ふ 觀 想 を 説 出 せ る も の な り 。 曼 荼 羅 は 實 に 綜 合 的 に し て 、 且 つ 分 折 的 な る 理 想 體 系 界 の 美 的 表 現 に し て 、 其 の 曼 荼 羅 美 術 は 、 現 實 的 理 想 若 し く は 理 想 的 現 實 に し て 、 其 の ま ゝ 眞 の 實 在 な り 、 眞 理 の 世 界 な り 、 と 主 張 せ る も の な り 。 今 其 の 曼 荼 羅 經 、 即 ち 其 藝 術 觀 を 説 く に 當 り 、 其 の 密敎 の 世 界 觀 を 簡 單 に 説 明 す べ し 。 密敎 の 世 界 觀 は ﹁ 六 大 縁 起 論 ﹂ な り 。 六 大 と は 地 水 火 風 空 識 の 六 種 に し て 、 こ の 六 種 の 體 性 、 が 即 ち 實 在 體 の 要 素 ( 化 學 的 に あ ら ず ) な り 。 此 の 六 種 要 素 の 作 用 活 動 其 の も の を 、 宇 宙 の 根 本 實 在 體 な り と 見 て 、 此 の 六 大 實 在 體 の 作 用 活 動 に よ り て 現 象 し た る も の 、 是 れ 即 ち 宇 宙 萬 有 な り と な せ る も の に し て 精神 界 の諸 佛 も 、 現 象 界 の 人 類 禽 獸 山 河 草 木 等 も、 悉 く 是 れ 六 大 本 體 の 顯 現 な り と 云 ふ に あ り 。
大 日 經 秘 密 曼 荼 羅 品 に 曰 く 能 生 随 類 形諸 法 興 法 相 、諸 佛 與 聲 聞 、 救 世 因 縁 覺 、 勒 勇 菩 薩 衆 及 人 尊 亦 然 、 衆 生 器 世 界 、 次 第 而 成 立 、 生 住 等諸 法 、 常 恒 如 是 生 ︹ 卷 五、 閏 一、41 a︺ と 。 此 の 文 意 は 宇 宙 の精神 的 現 象 と 形 相 的 現 象 と 、 其 の 可 見 な る と 不 可 見 な る と を 問 は ず 、 宇 宙 の 絶 對 實 在 體 た る 六 大 の 活 現 な り と 云 ふ敎 觀 な り 。 此 所 に ﹁ 能 生 ﹂ と あ る は 、 六 大 本 體 に し て 、 ﹁ 隨 類 形 ﹂ と あ る は 、 所 生 の 法 、 即 宇 宙 の 色 心 一 切 の 現 象 の 義 に し て 、 密敎 の 用 語 を 以 て 云 へ ば 、 四 種 の 法 身 (自 性 身 、 受 用 身 、 變 化 身 、 等 流 身 ) 、 四 種 の 曼 荼 羅 ( 大 曼 荼 羅 、 三 眛 耶 、 法 、 羯 磨 ) 及 び 三 種 の 世 間 こ れ な り 。 此 所 に ﹁ 三 種 の 世 間 ﹂ と は 、 靈 格 の 世 界 と 、 生 物 の 世 界 と 、 無 生 物 の 世 界 と 是 れ な り 。 即 ち 靈 格 の 世 界 と 、 生 物 の 世 界 と 無 生 物 の 世 界 と は 、 一 と し て 、 六 大 本 體 の 作 用 活 動 の 顯 現 な ら ざ る は な し と 云 ふ に あ り 。 更 ら に 佛敎 世 界 觀 察 の 方 法 た る 體 、 相 、 用 の 三 方 面 中 、 體 大 の 方 面 よ り 説 明 す れ ば 、 宇 宙 の 一 事 一 物 は 、 悉 く 六 大 の 所 成 な り 、 相 大 の 方 面 よ り 云 へ ば 、 一 草 一 木 と 云 へ ど も 、 悉 く 大 、 三 、 法 、 羯 の 四 種 曼 荼 羅 な り 、 更 に 此 れ を 用 大 よ り 觀 察 せ ば 、 宇 宙 の 森 羅 萬 象 は 、 悉 く 無 窮 の 活 動 を な さ ゞ る は な く 、 其 活 動 は 形 相 的 の 活 動 と 音 聲 的 の 活 動 と 、 意 匠 的 の 活 動 と の 三 活 動 を な さ ゞ る は な く 、 そ が 悉 く 絶 體 實 體 、 六 大 活 動 體 た る 、 根 本 實 在 の 作 用 活 動 活 現 な ら ざ る は な し と 云 ふ 思 想 な り 。 善 無 畏 が ﹃ 大 日 經 疏 ﹂ に 於 て ﹁ 法 界 は 即 ち 不 思 議 幻 な り ﹂ と 云 ひ 、 ﹁ 形 聲 宛 然 と し て 即 ち 是 れ 法 界 な り ﹂ と 云 へ る は 、 こ の 思 想 を 表 示 す る も の な り 。 而 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 二 七
□ 密 教 研 究 二 八 し て 、 其 の 實 在 觀 は 如 何 と 云 ふ に 、 密敎 の 觀 想 せ る 實 在 體 は 、 五 智 即 ち 法 界 體 性 智 大 圓 鏡 智 平 等 性 智 妙 觀 察 智 乃 至 成 所 作 智 と 五 大 性 と を、 其 實 性 と せ る 絶 對 活 動 體 な り 、 と す る も の な る が 故 に 、 其 實 在 觀 は 具 體 的 多 元 的 一 元 論 と 云 ふ 可 く 、 若 し 夫 れ 徹 底 的 に 云 へ ば 、 具 體 的 超 一 多 的 汎神 論 と 判 釋 す べ き 性 質 の も の た り。 何 と な れ ば 此 所 に 五 智 と は 、 主 と し て精神 的 の 性 徳 に し て 、 五 大 と は 物 質 的 に 現 は る ゝ 所 の 性 徳 な れ ば 、 其 の 實 在 體 の 性 質 は 、 非 相 的 有 相 體 若 し く は 有 相 的 非 相 體 に し て 、 其精神 的 な る 作 用 活 動 一 面 よ り 考 察 す る 時 は 、 一 元 的 な れ と も 、 其 の 物 質 的 な る 作 用 活 動 の 一 面 よ り 考 察 す る 時 は 、 多 元 的 と 見 ざ る べ か ら ず 。 而 し て 前 掲 せ る 秘 密 曼 荼 羅 品 の 句 中 に ﹁ 生 住 等諸 法 、 常 恒 如 是 生 ﹂ と あ る が 如 く 、 此 の 實 在 は 無 窮 不 斷 に 活 動 し て 、 宇 宙 一 切 現 象 の 實 體 と なれ る 性 質 の も の な り と す れ ば な り 。 故 に 此 宇 宙 は 統 一 性 と 差 別 性 と を 有 す る 實 在 の ﹁ 意 生 ﹂ 世 界 な り と す る 、 こ れ 實 に 密敎敎 學 の 世 界 觀 た り 。 故 に 世 界 は 法 然 本 具 の 實 在 な り と 見 る な り 。﹁ 事 即 而 眞 ﹂ ﹁ 當 相 即 道 ﹂ と は 這 般 の 思 想 を 表 現 せ る も に し て 絶 對 現 象 即 實 在 論 ( 所 謂 現 象 即 實 在 論 と 異 れ り ) な り 。 此 の 思 想 の 窮 極 し て 、 一 歩 を 誤 れ ば 、 實 際 上 危 險 な る 底 の 、 世 界 観 人 生 觀 を 構 想 し た る も の 、 是 れ 即 ち 般 若 理 趣 經敎 學 な り 。 即 ち 此 の 經 は 般 若 系 統 の 空 門 思 想 が 、 大 日 經 等 の 世 界 觀 の 影 響 を 受 け た る 屈 強 の 材 料 に し て 、 此 の 見 聞 覺 知 す る 五 欲 六 塵 、 即 ち 欲 、 觸 、 愛 、 慢 、 色 、 聲 、 香 、 味 、 法 等 の諸 法 事 象 は 、 其 の ま ゝ 菩 提 心 法 界 體 性 の 活 現 な り と す る 、
此 れ こ の 經 の 主 意 な り 。 要 す る 所、 大 日 經 金 剛 頂 經 等 の 純 密敎 の 世 界 觀 は 、 五 智 五 大 の 實 在 體 の 活 動 現 象 た る 宇 宙 萬 有 は 、 假 象 的 存 在 に あ ら ず し て 、 其 儘 不 生 不 滅 の 實 際 な り と 云 ふ に あ り 。 此 の 實 在 體 に 於 け る 五 智 と 五 大 の 圓 融 無 礙 な る 宇 宙 活 動 を 、 藝 術 的 に 説 明 し た る も の 、 こ れ 實 に 大 日 經 の 曼 荼 羅 の 構 想 即 ち 胎 臟 界 曼 荼 羅 に し て 、 實 在 に 於 け る 五 智 の 作 用 活 動 を 、 藝 術 的 に 表 現 せ る も の 、 是 れ 金 剛 頂 經 の 曼 茶 羅 構 想 、 即 ち 金 剛 界 曼 荼 羅 な り 。 故 に 金 剛 界 は 靈 系 界 曼 荼 羅 に し て 胎 臟 界 は 宇 宙 曼 荼 羅 な り 。 ( 固 よ り 是 れ 丈 け の 内 容 の み に 非 ず ) 斯 く の 如 く 論 じ 來 り て 見 れ ば 、 此 の 世 界 觀 に 立 て る 密敎 の 藝 術 觀 が 、 如 何 な る 性 質 の も の な る や 、 自 ら 知 る 可 き な り 。 即 ち 顯敎 の 藝 術 假 象 論 に 對 し て 、 密敎 は 、 藝 術 實 在 論 を 提 唱 主 張 す る敎 學 た ら ず ん ば あ ら ず 。 大 日 經 説 本 尊 三 眛 經 に 曰 く 秘 密 主 、諸 尊 有三補 身 、 所 謂 字 、 印 、 形 像 、 彼 字 有 二 種、 謂 聲 及 菩 提 心 、 印 有 二 種 、 所 謂 有 形 無 形、 本 尊 之 易 、 亦 有 二 種、 所 謂淸 淨 、 非 清 淨 、 彼 證 淨 身 離一 切 相 非 淨 有 想 之 身 、 則 有 顯 形 衆 色 彼 二 種 尊 形 成 就 二 種 事 ︹卷 第六、 閏-51a ︺ と 、 此 所 に 字 ・ 印 ・ 形 像 と あ る 文 中 ﹁ 字 ﹂ は 所 謂 法 曼 荼 羅 に し て 、﹁ 印 ﹂ は 種 々 の 標 幟 即 ち 三 眛 耶 曼 荼 羅 、 ﹁ 形 像 ﹂ は 相 好 具 足 の 身 像 、 即 ち 大 曼 荼 羅 の 事 な り 。 而 し て こ の 大 、 三 、 法 の 曼 荼 羅 に 通 じ て 、 自 ら 威 儀 作 業 あ り 、 是 れ 即 ち 羯 磨 曼 荼 羅 な り 。 形 像 即 ち 大 曼 荼 羅 は 、 色 相 の 上 よ り 、 世 出 世 の一 切 生 的 存 在 を 攝 し 印 即 ち 三 眛 耶 曼 荼 羅 は、 形 像 の 上 よ り 、 世 出 世 の 所 依 の 草 木 土 石 等 の 器 界、 即 ち 無 生 的 存 在 を 攝 し 、 字 □ 佛 教 藝 術 に 於 け る 實 在 性 的 考 察 の 起 源 二 九