平成
13 年度研究報告
エストロゲン依存性子宮体部腺癌に対する高用量
ホルモン療法における腫瘍細胞の動態に関する解析
-
FISH 法を中心として-
- 子宮体癌のホルモン療法における腫瘍細胞の動態 -
研究テーマ
慶應義塾大学医学部産婦人科学教室
専任講師 進
伸幸
現所属:慶應義塾大学医学部 産婦人科学
✻ サマリー ✻
研究の目的 体癌の治療法の原則は手術療法であるが、高分化型腺癌で筋層浸潤がない若年性体癌症例に対 しては、妊孕性温存希望のある場合は高用量 MPA (酢酸メドロキシプロゲステロン) 療法が 選択される頻度が上昇している。しかし、MPA が全例に有効ではなく、再発率も高いことが 判明している。現在のところ、治療効果を組織診、細胞診で判定する際に純形態学的に核異型 が残存しているかどうかの判定には困難を伴うことが多く MPA 投与をどの時点で終了するか コンセンサスが得られていない。これに対し、純形態学的な診断法以外の手法による客観的な 診断法を確立できれば、増加の著しい若年体癌患者の多くが挙児希望を断念せざるを得ない状 況を回避することが可能となると考えられる。 研究の方法 内膜組織診にて子宮体癌または異型内膜増殖症であると確認された患者を対象に、経頸管的に 通常の内膜細胞診と内膜組織診を行い、さらにモノレイヤー細胞診標本作製法 (ThinPrep 法) を用いてより観察しやすい細胞診標本を作製。この検査はMPA 療法施行前と、施行中は 4 週 ごとに行った。 これらの標本に対して、次のような検索を行い、内膜腺癌細胞のMPA 治療に伴う細胞生物学 的、細胞遺伝学的異常の変化を検索した。①純形態学的に診断する、②2 色 FISH 法にて癌抑 制遺伝子p53、p73 近傍の第 17 および第 1 染色体領域の数的・構造的異常を検索する。 これらの結果より、MPA 治療の有効性、治療後再発の有無との関連を検討し、また投与終了 時期の妥当性について検討した。 研究の成績 G1 腺癌例では 1p 欠失は 35%に、17p 欠失は 53%に認められ、いずれかの数的・構造的異常は 82%に、高分化腺癌例においては 77%に、異型内膜増殖症においても 60%に認められた。MPA 投与例では13 例中 12 例にいずれかの数的・構造的異常を認め、異型内膜増殖症でも 6 例中 3 例に異常を認めた。4~18 ヶ月の治療によりいずれも組織診・細胞診にて病変の消失が確認さ れ、3 例では FISH 異常所見も消失したが、9 例では FISH 異常が持続し、そのうち 6 例の G1 例では再発が認められた。一方、治療終了時にFISH 異常を認めなかった 3 例はいずれも再発 を認めていない (p=0.06. Fisher’s exact test)。このように2 色 FISH 法は、FSH 異常細胞が残存するか否かを客観的に評価できた。治療終了 時にFISH 異常細胞が高率に残存する場合は有意義に得られていたが、高率に再発する事実が 確認されたことより、MPA 投与を終了する時期を FISH 異常細胞の消失が確認された時点とす れば、再発率を低下せしめることを期待し得ると考えられた。 結 論 G1 腺癌症例の MPA 投与中の内膜細胞診において、2 色 FISH 法は核異型の客観的な補助的診 断法として治療効果に関する有用な情報をもたらす可能性が示唆された。
✻ 研究報告 ✻
研究の目的 日本においても脂肪の過剰摂取など食事の欧米化に伴い、結婚の高齢化、出産回数の低下など のライフスタイルの変化現象も進行し、体癌の発症件数は増加してきている。1970 年には子 宮体癌の子宮癌全体に占める割合は約3%であったが、1997 年では体癌症例の割合は 36%を占 めている。体癌は発症年齢、臨床病理学的因子、予後などの相違により、二つのタイプに分類 され、ひとつは比較的若年に発症し、比較的高分化型の類内膜腺癌である頻度が高いタイプ1 の体癌であり、他のひとつは、高齢者に多く、漿液性腺癌、明細胞腺癌、低分化型類内膜腺癌 として発症し、予後不良なタイプ2 の体癌である。近年増加が著しい閉経前の体癌症例は、大 部分がエストロゲンの過剰刺激により内膜増殖症を経て体癌へ移行するエストロゲン依存性 のタイプ1 であり、その特徴としては、エストロゲンレセプター (ER)、プロゲステロンレセ プター (PR) 陽性例が多いことがあげられる。特に増加が著しい閉経前発症例は大部分が ER (エストロゲンレセプター)、PR (プロゲステロンレセプター) 陽性である。 体癌の治療法の原則は手術療法であるが、高分化型腺癌で筋層浸潤がない若年性体癌症例に対 しては、妊孕性温存希望のある場合は高用量 MPA (酢酸メドロキシプロゲステロン) 療法が 選択される頻度が上昇している。当院では、8 週以上 MPA を投与した 14 症例のうち 12 例 (86%) で癌組織の消失を認めたが、そのうち 7 症例 (58%) で再発が認められている。MPA が全例に有効なのではなく、また再発率が高い原因としては、若年体癌の約 70%に PCO (多 嚢胞性卵巣) などの卵巣機能不全 (持続的エストロゲン刺激状態) が背景にある点、また DNA 修復遺伝子異常による HNPCC (遺伝性非腺腫性大腸癌) に随伴する子宮体癌である場合 がある点、などがあげられる。 以上のように、子宮体癌の黄体ホルモン療法の問題点として、①MPA が奏功するか否か正確 に予測する方法が確立されていない、②治療効果を組織診、細胞診で判定する際に純形態学的 に核異型が残存しているかどうかの判定には困難を伴うことが多くMPA 投与をどの時点で終 了するかコンセンサスが得られていない、③MPA 治療終了後に再発する症例が多い中でどの 症例が再発するのかを予測する方法が確立されていない、などの点があげられる。これらに対 して新たな診断法を確立することができれば、増加の著しい若年体癌患者の多くが挙児希望を 断念せざるを得ない状況を回避することが可能となると考えられ、婦人科内分泌腫瘍学の分野 においては新たな診断法の確立が急務である。 研究実施方法 1.内膜組織診にて子宮体癌または前癌病変である異型内膜増殖症であると確認された患者を対 象に、学内倫理委員会の承認を得た研究計画説明書による同意を文書で得た後に、経頸管的 に通常の内膜細胞診と内膜組織診を行い、さらにモノレイヤー細胞診標本作製法 (ThinPrep 法) を用いてより観察しやすい細胞診標本を必要に応じて FISH 法または免疫染色法用に複 数枚作製する。この検査はMPA 療法施行前と、施行中は 4 週ごとに行った。 2.これらの作製した標本に対して、以下の検索を行い、内膜腺癌細胞の MPA 治療に伴う細胞生 物学的、細胞遺伝学的異常の変化を検索した。 ① 純形態学的に診断する ② 2 色 FISH 法にて癌抑制遺伝子 p53、p73 近傍の第 17 および第 1 染色体領域の数的・構造 的異常を検索する 3.これらの結果より、MPA 治療の有効性、治療後再発の有無との関連を検討し、また投与終了 時期の妥当性について検討した。研究の成績 G1 腺癌例では 1p 欠失は 35%に、17p 欠失は 53%に認められ、いずれかの数的・構造的異常は 82%に、高分化腺癌例においては 77%に、異型内膜増殖症においても 60%に認められた。MPA 投与例では13 例中 12 例にいずれかの数的・構造的異常を認め、異型内膜増殖症でも 6 例中 3 例に異常を認めた。4~18 ヶ月の治療によりいずれも組織診・細胞診にて病変の消失が確認さ れ、3 例では FISH 異常所見も消失したが、9 例では FISH 異常が持続し、そのうち 6 例の G1 例では3 ヶ月、4 ヶ月、12 ヶ月後にそれぞれ再発が認められた。一方治療終了時に FISH 異常 を認めなかった3 例はいずれも再発を認めていない (p=0.06. Fisher’s exact test)。
このように2 色 FISH 法は、FISH 異常細胞が残存するか否かを客観的に評価できた。治療終了 時にFISH 異常細胞が高率に残存する場合は有意義に得られていたが、高率に再発する事実が 確認されたことにより、MPA 投与を終了する時期を FISH 異常細胞の消失が確認された時点と すれば、再発率を低下せしめることを期待し得ると考えられた。 結 論 G1 腺癌症例の MPA 投与中の内膜細胞診において、2 色 FISH 法は核異型の客観的な補助的診 断法として治療効果に関する有用な情報をもたらす可能性が示唆された。若年体癌患者の多く が挙児希望を有する現状では、この新たな診断法を併用した内分泌学的治療による寛解率の上 昇、および再発率の低下が期待でき、少子社会への大きな貢献に成り得ると考えられる。 研究成果の刊行 (投稿) に関する一覧表
N. susumu, D. Aoki, N. Suzuki, S. Nozawa:Clinical application of two-color FISH for cervical adenocarcinoma. Suppl. ppl-3,11th World Congress of Cervical Pathology & Colposcopy, June 2002, Barcelona, Spain
N. Susumu, D. Aoki, N. Suzuki, and S. Nozawa:Application of two-color FISH with liquid-based thin-layer cytologic preparations for uterine adenocarcinomas. Acta Histochem. Cytochem., 35 (1):44, 2002.
A. Hirasawa, I. Imoto, D. Aoki, N. Susumu, S. Nozawa, J. Inazawa:Genomic instabilities are correlated with clinicopathological variables in endometrial cancer. Proceedings of the American Association for Cancer Research (AACR), 43:629, 2002
N. Susumu, D. Aoki, M. Kanasugi, A. Hirasawa, N. Suzuki, S. Nozawa:Clinical application of two-color fish with liquid-based thin-layer cytological preparations for endometrial cancers. International Journal of Gynecological Cancer, 12 (5):644, 2002
N. Susumu:Subcellular localization of galactosylransferase associated with tumor in endometrial and ovarian cancer cells, Acta Histochemica et Cytochemica, in press
進 伸幸,青木大輔,金杉 優,平沢 晃,鈴木 直,野澤志朗:子宮体癌に対する手術療法. 日本婦人科腫瘍学会雑誌,20 (1):26-32,2002
進 伸幸,青木大輔,塚崎克己,野澤志朗:子宮内膜の癌化と糖鎖抗原の局在変化.病気の形 態学 (日本臨床電子顕微鏡学会 編),223-225,学際企画,東京,2002
進 伸幸,青木大輔,鈴木 直,野澤志朗:新しい標本作製法による細胞診標本への組織化学 の応用-2 色FISH法を中心に-,組織細胞化学 2002-ポストゲノム時代のコアテクニック- (日本組織細胞化学会編),145-153,学際企画,東京,2002 進 伸幸,金杉 優,平沢 晃,鈴木 直,青木大輔,野澤志朗:高用量黄体ホルモン中の体 癌症例における染色体変化.日本婦人科腫瘍学会雑誌,20 (3),364,2002. 進 伸幸,青木大輔,鈴木 直,野澤志朗:特集 婦人科癌化学療法のEBMと新たな展開子宮 体癌の化学療法.産科と婦人科,69 (5),595-603,2002. 進 伸幸,青木大輔,片岡史夫,鈴木 直,野澤志朗:特集 再発再燃卵巣癌の診断と治療卵 巣癌の初回治療後の経過観察ならびに地固め療法 (consolidation chemotherapy) の必要性.産 婦人科の実際51 (9),1209-1217,2002. 進 伸幸,青木大輔,野村弘行,阪埜浩司,鈴木 直,野澤志朗:子宮体癌における傍大動脈 リンパ節郭清の意義.日本婦人科腫瘍学会雑誌,20 (4):470,2002 進 伸幸,金杉 優,瀬藤江里,内藤恵美,東口敦司,片岡史夫,平沢 晃,鈴木 直,青木 大輔,野澤志朗:高用量黄体ホルモン療法中の体癌症例における染色体変化-2 色FISH法によ る核異型度判定の試み-.日本婦人科腫瘍学会雑誌,20 (3):364,2002 進 伸幸,川上 亘,青木大輔,平沢 晃,金杉 優,瀬藤江里,阪埜浩司,吉村泰典,野澤 志朗:若年体癌83 例における家族内癌集積性と臨床病理学的特徴の関連.日本産科婦人科学 会雑誌,54 (2):400,2002 進 伸幸,青木大輔,金杉 優,平尾 健,阪埜浩司,鈴木 直,野澤志朗:子宮体癌の治療 法.産婦人科治療,85 (6):649-660,2002 進 伸幸,青木大輔,阪埜浩司,平尾 健,岩田 卓,平沢 晃,金杉 優,鈴木 直,菅野 康吉,宇田川康博,吉村・典,野澤志朗:子宮体癌におけるMicrosatellite Instabilityと薬剤感受 性試験によるcisplatin感受性との関連.日本産科婦人科学会雑誌,55 (2):186,2003 東口敦司,進 伸幸,内藤恵美,片岡史夫,石川光也,小川真理子,柳本茂久,鈴木 直,藤 井多久磨,青木大輔,吉村泰典,野澤志朗:当院における原発性卵管癌 10 例の臨床病理学的 検討.日本産科婦人科学会東京地方部会会誌,51 (1):139-143,2002 青木大輔,齋藤英子,進 伸幸,野澤志朗:卵巣癌細胞とβ1,4-ガラクトース転移酵素.病 気の形態学 (日本臨床電子顕微鏡学会 編),225-227,学際企画,東京,2002 青木大輔,平沢 晃,進 伸幸,野澤志朗:婦人科癌とDNAミスマッチ修復遺伝子-HNPCC に関連する婦人科癌を中心として-.産婦人科の実際,51 (10):1361-1368,2002 仲村 勝,進 伸幸,東口敦司,上野和典,上原克彦,青木大輔,吉村泰典,野澤志朗:子宮 腺筋症から発生したと考えられた子宮体癌の2 例.日本産科婦人科学会東京地方部会会誌,51 (3):329-333,2002
長島義男,進 伸幸,照井仁美,野田朋美,土子 綾,阪埜浩司,鈴木 直,青木大輔,塚崎 克己,野澤志朗:Thinlayer 標本作製 (ThinPrep) 法の子宮内膜細胞診への応用 (第三報).日 本臨床細胞学会雑誌,41 (Suppl.2):511,2002
岩田 卓,藤田知信,岡田恭穂,後藤康文,石川敏昭,鈴木ゆり子,進 伸幸,久布白兼行, 野澤志朗,河上 裕:SEREX法にて同定された新規子宮体癌抗原KU-EM-1 の解析.
Jpn.J.Cancer Res.,93 (Supplement):123,2002
青木大輔,片岡史夫,進 伸幸,野澤志朗:子宮体部悪性腫瘍.産婦人科の世界,54 (12):45-54, 2002 平尾 健,進 伸幸,長島義男,野田朋美,阪埜浩司,鈴木 直,青木大輔,野澤志朗:Thinlayer 標本作製 (ThinPrep) 法の子宮内膜細胞診への応用.日本がん検診・診断学会誌,10:54,2002 阪埜浩司,進 伸幸,平沢 晃,金杉 優,岩田 卓,青木大輔,菅野康吉,野澤志朗: 子宮内膜癌におけるマイクロサテライト不安定性とhMLH1 蛋白発現低下との関連.家族性腫 瘍,2 (2):A43,2002. 平沢 晃,青木大輔,進 伸幸,阪埜浩司,井本逸勢,稲澤譲治,吉村泰典,野澤志朗:子宮 体癌におけるゲノム不安定性と臨床病理学的因子との関連性についての検討.日本産科婦人科 学会雑誌,54 (2):326,2002 桑原佳子,進 伸幸,金杉 優,瀬藤江里,片岡史夫,内藤恵美,東口敦司,阪埜浩司,鈴木 直,青木大輔,吉村泰典,野澤志朗:子宮体部G3 類内膜癌 75 症例の予後の検討-G2 群との 比較を含めて-.日本産科婦人科学会関東連合地方部会,39 (2):108,2002 青木大輔,平沢 晃,進 伸幸,野澤志朗:婦人科癌とDNAミスマッチ修復遺伝子-HNPCC に関連する婦人科癌を中心として-.産婦人科の実際,51 (10):1361-1368,2002 野村弘行,青木大輔,進 伸幸,鈴木 直,東口敦司,内藤恵美,吉村泰典,野澤志朗:子宮 体癌における傍大動脈リンパ節転移に関わる危険因子の検討.日本産科婦人科学会関東連合地 方部会会報,39 (3):315,2002 青木大輔,塚崎克己,進 伸幸,酒衣元子,鈴木 直,福地 剛,向井萬起男,吉村泰典,野 澤志朗:ヒト抗体産生マウスを用いた子宮体癌に対するヒトモノクローナル抗体の作製と認識 抗原の検討.日本産科婦人科学会雑誌,55 (2):189,2003 岩田 卓,久布白兼行,阪埜浩司,福地 剛,藤井多久磨,進 伸幸,塚崎克己,吉村泰典, 野澤志朗:子宮体癌患者血清を用いて同定した新規癌抗原の解析-体癌の免疫療法にむけて-. 日本産科婦人科学会雑誌,55 (2):188,2003 平尾 健,進 伸幸,野村弘行,東口敦司,片岡史夫,金杉 優,阪埜浩司,鈴木 直,青木 大輔,吉村泰典,野澤志朗:子宮体癌に対する高用量黄体ホルモン療法中における新たな治療 効果判定法の確立-2 色FISH法の応用-.日本産科婦人科学会雑誌,55 (2):401,2003