アジアの動向 ビルマ 1965
著者
アジア経済研究所
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
シリーズタイトル
アジア動向年報
雑誌名
アジアの動向1965年版
発行年
1965
出版者
アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00052001
アジアの動向
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9 6 5
「アジア経済研究所
1
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ア ジ ア 経 済 研 究 所
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!.
1
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’J今/ ビソレマ/桐生 稔この「アジアの動向」く国別シリーズ>
1
9
6
5
年は
,月
刊
「アジアの動向」を各国別に
1
冊にまとめ,さらに総
目次,
年表,諸統計索引等を追録したものです
D今後,毎年刊行を予定しておりますので
,国際政治
・
経済の焦点
になっているア
ジア諸国の動きを適確に把握
する基礎的資料として,月刊
「
アジアの動向
|
とあわせ
てご利用ください。
国別シリーズ:1965年 韓悶/中国/インドシナ/フィ リピン/タイ/マレーシア ・シンガポール/インドネシ ア/ビノレマ/インド/パキスタン/シベリア開発目 次
1965年の回顧...( i ) 年 表 (1965年・〉..................................................折込〔 解 説 〕
民族資本と「社会主義」( 1月)•••••••.••••••••••..•••••••.•••••••••••••• 1 二つの記念日(2月) ••.•••••••••••.•••••.••••••••.•••••••••••••••••••• 27 決断のとき(3月) .•••.•.••••••••.•.•••• •••.•..•••.•.•.••••••••• ••••• ,49 小作法改正へ(4月) •••••.••••••••••.••.•.••••.•..•••••.•••.•••••••••• 89 反乱軍と強硬路線(5月) •••••••••• ••..•.•...•..••••••••••• •••••••••• 117l
i
J
J
揺する「中立外交」(6月〉..............................・...147 ネ・ウィン首相の中国訪問(7・8月)••.••••..•••••.••••••••••••••••••• 176 農業開発と反乱軍(9月) ••••••••..••••.•.•..•••••••••••••••••••••••• 208 「社会主義経済建設新法j制定の意義(10月) • • • • • ・ • • • • • ••••••••••••••• 235 交易評議会設立と背景(10月〉 ••.•.•...•.•••...••..••••••••.•••••••..• 237 新籾買付計画をめぐって(11月) ・ ・ • ・ • • • • • • • • • • • ・ • • • • • • • • • • •••••••• •.•. 275〔 主 要 事 項〕
反乱軍の動き(6月) • • • • • ・ • • • • • ・ ・ • • • • • • • ・ • • • • • • • • ・ • • • • • • • •..••.••••• 149 ネ・ウィン首相の中国訪問(7・8月) .••..•••••••••••••• ••.•••••••••• •• 178 廃貨法違反事件の処理(8月) •••••.••.••..•••••..•••••••••••••..•..•. 178 ビノレマ大学教育法一部改正 (9月〉 •...•• •. ••••••••••••••••••• ••• •••• 210 中共領とビ、ノレマ領との交換案を伝える悪質な香港新聞報道(9月) ...210 自暴自棄の反乱軍(9月) • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • • • ・ • • • • • • • • • • • • • • • • • • • ・ ·• • ・ ・ .•...•. 212 1965∼66年度予算(9月) •.••...•••••••••••••.••.•...•... 213 ピノレマ交易評議会の新設(10月〉 ....••••••.•••••••••••..•••••... 240 最近のピノレマ経済(10月〉 .•••..••. •••. •••••.••.••.•..•.•••...•...• 240 ピノレマ農業の動向(10月〉 ・ • ・ ・ • • • • ・ • • • • • • • • • • • • • • • ・ • • • ...247 1965∼66年度国際収支見込(10月) .•..•..•••••.•••.•...•....•....•.... 253 冬期農業融資(10月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ • ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ • ・ • ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ...256目 次 シャン反乱軍の動き (10月〉 ・・・・・・・・・・・ハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 257 1965∼66年籾予約買付計画(11月) ••• •••...•.•...••••.•.•...••.•••• 277 ビノレ・マ社会生義計画党政治報告書(12月〉 •••...•...•••.•••.•••.••••.• 295 交易評議会に関する諸決定(12月) •• ••••••....••••.•....•....•••..•••• 298 1月(3) (151) 12月 (300) 2月(29) 7
・
8月(180)〔
日
誌
〕
3月(51) 4月(91) 5月 (122) 6月 9月(214) 10月(258) 11月(278)〔
資 料 〕
1964年ピノレマ経済白書( 3月〉 •.•.••.••••••••••••.•••••••••••.•...••••. ,71 新紙幣発行に関する質疑応答(4月) • • • • • • • • ・ • • .•• ・ •••.••••••...•••••. 114 ピノレマ社会主義土地革命を如何に推進すべきか(6月) •• ••••••..•••••• •. 169 公定米価の改訂(6月) •.•.••••.•.•• •• •••.••••••••.•••••.••..•.•...•. 170 中国ピノレマ共同声明(8月〉 • ・ ・ ・ ・ • • • • ・ • • • • •. • • • •• • • .•• ・ •••••..••.•.••• 202 ピノレマ革命政府1965∼66年度予算(9月〉 •••.•••••.•.•.••••••••....•.•• 228 ピノレマ ・ソ連共同声明(9月〉 •.•.•••••••••••••••••• •••••••.•.•.•.•••. 230 1965∼66年度予算(10月) .••.• ••...•••••••••••••••••.•••••.•.••....•• 269 1965∼66年度予算について(W.P.D社説) (10月) ••••.•••••••••..•••••• 271 ピノレマ社会主義計画党費の国庫支弁(10月) • • • • • ..••••••••••••••.•.•.•• 272 籾予約買付制度改正に関する新聞論調(11月) •••• ••••....•••.•.•.•.•.•. 289 ピノレマ社会主義計画党第1回セミナー開講式におけるネ ・ ウィン将軍の演説(12月) •••••••••.•••.• •.•..•.•••..•••••..•••••• 313 ビノレマ社会主義計画党第l閏セミナー終了式におけるネ・ ウィン党中央組織委員長・の演説(12月) ...••..•••...•..•••••••••••• 316〔 諸 統 計 〕
〔経済一般〕 1965∼66年度地域開発計画(164) 1965∼96年度国民予算(213) 業種別労働人口(241) 産業別生産額(242) 1965∼66年度行政費(269) 教育費と保健費(270) 1年聞に 3万5000人が就職(284) 〔農林業〕 農業融資(100) 地域別米生産量と人口(117) マンダレー地区 - 2-目 次 の農業融資( 133) 農業融資( 135) 農村開発(158) モンスーン期作物 作付調査( 191) 冬期落花生栽培(193) 砂糖生産の現況(218) 作付面積 (247) 農地?制止事情(247) 農地保有状況(247) 農用トラクター普及状 況(248) 施肥(249) 虫害防除(249) 種子配布(249) 農業融資(249) 政府の作物質入実績(249) 農業土器産農業開発費(250) 農業増産計画 (251) 畜産業(252) 木材生産(252) 冬期農業融資(256) ジュート 生産(286) ゴム栽培の強化(300) STB木材伐採計商(303) 国営集団入 植地の籾頁付(305) 〔鉱工業〕 鉱業 5ヵ年計画( 159) 1964∼65年度国営企業私企業の生産割合 (242) 1965
∼
66年度投資配分計画 (243) 工業生産(244) 鉱業生産(244) 電力供給(245) 工業開発費(245) プラスチック工場(279) ボードウィ ン鉱山の生産(285) 〔輸出入〕 2月26日現在の政府保有外貨準備(58) 3月26日現在の政府保有 外貨(92) 鉱産物輸出(94) 4月12日現在の政府保有外貨準備(108) 米 の輸出が減少( 131) 5月14日現在の政府保有外貨準備( 139) 紙製品の輸 入(188) 年間輸入高(214) トラクタ}の輸入(215) 1965∼66年度国際 収支見込(253) 関税収入(285) 各港経営実績(282) 〔生 活〕 人民販売公社食用油配給事情(81) 人民販売公社卸売店舗及び、小 売店舗と米販売店との地方別現在数(82) 上級助教員現在数の内訳(85) 大 学を除く教育水準別教育機関の内容(85) 技術教育施設と職業教育施設(86) 社会保障(108) 改訂卸売米価と改訂小売米価との一覧表 (172) POIの年 間販売高(188) 木炭価格(189) 灯油需要量( 190) 生活水準(241) 大学入装結果(260) 12月の食糧供給(302) 〔その他〕 下ビノレマ地帯で、の反乱軍行動件数( 119) モールメン市勢 (162) 反乱軍投降者数(201) 外国人帰国者数(304)一
3-ピ
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マ
19
65年 の 回 顧
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.
D
.
紙の
1
0
月
3日の社説は,
「
1
9
6
4
∼65
年度は,諸種困難な
事情の生
起した過渡期であった。
これら困難な事情を克服するため,政府,国民一体
とな
って悪戦苦闘したが
,
事態は好転しなかった
J
,
国民はなお「
耐乏生活
と勤倹節約
J
に努めなければならないとい
っている。しかし,革命政府は
1
9
6
5
年
6
月のオン
・
ジー元准将の逮捕を頂点に「反社会主義J
勢力を抑え,
懸案となっていた農業開発を中心とする経済建設を軌道に乗せ,さらに
1
0
月
には,社会主義経済建設新法を制定するなど,
「社会主義建設
jをさらに一
歩進めようとしている。
ネ・ウィン将軍を議長とする革命評議会は,
1
9
6
2
年
3
月
2
日,無血で政権
を獲得していらい
p「
ピルマ社会主
義への道
J
綱領に基
づき,国有化政策を
支柱とする経済の社会主義化を行な
ってきた。しかし,
r・
ビ
ノ
レ
マ社会主義
J
建設は,当初から一定のタイム
・
スケジューノレに従って「計画j
的に行なわ
れているというよりは,経験のつみ重ねの上に,試行錯
誤の形で行なわれ
て
いる。
「ビノレマ社会主義
J
建設の第 1段階として, まず第 1にピノレマ経済の
大半を掌握している外国資本の接収,固有化が行なわれた
古しか
し,革命当
初の政策発表およびそれ以後の政策をみてもわかるように,この段階では民
族資本の社会主義化は考えられていなかった。ところが
1
9
6
3
年
2
月のオン
・
ジー商工相の静任以降,民族資本をも含めた全面的な国有化政策が遂行され,
銀行国有化を始めとして,流通機構の末端まで国有化された
。
1
9
6
4
∼65
年度
における国営企業と私企業の生産割合は,別表にみるごとく,経済全体では
国営企業51%,私企業49%,特に電力,交通業,金融,商業において国有化が進展している。商業の国営化は,原料の調達,製品の配給を通じて,製造
工業その他を政府の管理下におくことを
意味し,その意義は大きい。
しかしy
こうした急進的な社会主義化政策は,民族資本家,地主,仏教徒
の猛烈な反対運動を呼び起した。
1
9
6
4
年
8
月のシン
・
オツタマ事件に始まる
-189-- 一一 l-ピ ノレ マ (12月) 悶営 ・私企業の生産額割合 \ ノ 一 一 − M ・ 4
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持
酌商
一
一
断
仏教徒の騒動は,
全国
的な反政
府
,反社会主
義
化運動
に
まで拡大した。政府
としてはこれ以上の騒動
に
なることを恐
れ
,
一
時こ
れ
と妥協し,
「
社会主義
化
J
強行路線を緩来日する
か
の動きがみられた
。
しかし,
1
965
年には,以下述べ
るごとく「妥協
J
から再
び
「
強行路線
」
への転換が行なわれた。ネ
・
ウィン
将軍の言葉を借り
る
な
ら
ば
,
革
命政権の「社会主義」建設は
「
虎の尾をつか
まえたと同様で
,虎に
H食われる
か繁
すまでは止め
ら
れない立場にある
J
.
(注1。
)
相対的安定とデルタ反乱軍
「
社会主義
」
遂行の強
硬
路線
が
1
9
64
年
8月以降仏教徒と民族資本家の反撃
を受け,これとの妥協の
上
に
一
応の政治的安定を得たネ
・
ウィン政権は,強
硬路線のもとで採
ら
れた「社会
主
義」経済体制を修正し,
国
家により極度に統
制された経
済
活動を緩和するような動きをみせた。たとえば
,
本年
1
月
7
日に
一ー 11 - -190ーピ ル マ (
1
2
月〉開かれた商工会議所年次総会で,ラングーン商工会議所会頭
U
Chan Seng
Hwet
が「企業の国有化は社会主義過程を
早めた。しか
し,革命政府が旧所
有者の窮状に同情的な態度を示し,国有化に対し公平な補償支払を行なうよ
う希望する」
「輸入品との競争裡に,悪条件と闘いながら工業を興した人々
は,一種のパイオニアであり,国家の生産力を高めようとしたその努力に対
し,十分評価されなければならない」
「社会主義経済の達成のために工業化
の促進が前提条件となっている様に,私企業がピノレマ社会主義の枠内で新し
い産業を興すことを奨励すべきである」と述べていることは,本年初頭のピ
ノレマの政治的雰囲気の一端を示すものであろう。政府部門でも,強硬路線派
の第
1
入者といわれるティン・べ准将が,
6
4
年
9
月の内閣改造により,それ
まで兼任していた農林,土地国有化相のポストを明け渡しているが,このこ
とも,
「ピノレマ社会主義
J
の強行について軍
・
政府部内でもかなり動揺があ
ったことを示すものであろう。
しかし,反「社会主義」勢力との妥協の上にうまれた相対的安定は長く続
くものではなかった。その一つは, ピノレマ唯一の外貨獲得源で、あり革命政府
及び
箪の資金源である米の集荷が激減したこ
とである。
1
9
6
4
年産米の輸出目
標は
1
80
万トンであったにもかかわらず,実際は1
3
0
万トン(
波
2)程度にとどま
り,政府の買上げ総量も平年よりかなり下廻ったといわれる
o,これには国営
化された流通機構の未整備が根本的な原因になっていると考えられる
oしか
し,この集米不足は単なる「過渡期
J
における流通機構上の問題だけが原因
ではない。ここに政府が頭を痛める第 2の問題がある。米はピノレマ総輸出額
の6
9
.
1
% (
1
9
6
4
年〉を占める。しかも米作の大半は下ピルマ
・
デノレタ地帯に
集中(77
.6%)
注
<
3)している
oピノレマ経済の支柱が米で、あって,なおかつ米
作がデノレタ地帯に集中している状況の下で,この地帯を中心とする反乱勢力
の影響は無視できない。特に政府が「社会主義化
j路線を再検討し始めたと
みられる
6
4
年
1
2
月から
6
5
年 2月にかけて,デルタの地下反乱軍の活動が活発
化した。これは米の収穫期とも重なり,反乱軍は主に政府所有の倉庫,輸送
設備,集米センターなどを攻撃目標にした上,農民には「政府に米を売渡す
ことを禁止する」(注
4)という布告を出し,政府の集米作業を妨害した。反
「社会主義」勢力と妥協の上に,経済建設に着手しようとしていた時期に,
- 191ー ー− Ill一一ピ ノ レ マ (12月〉
反乱軍という大きな皇室に突き当たることになった。経済建設を外国の援助を
最小限におさえて遂行するためには
3その資金源たる米の輸出増加の確保が
必要である。そのためには,ピノレマ米の宝庫であるデルタ地帯を反乱軍から
奪回しなければならないし,またこうした混乱に乗じて印僑資本(チュティ
ア〉にとって代わって新しく農民を支配し始めたと想像されるピノレマ人地主
の問題を看過できなくなった。
民族資本・地主との対決
3
日
2
日の「農民の日」を記念して毎年開かれる政府の農民セミナ
ーは
,
例年とはかなり趣を異にし,首都ラングーンで関かれ,約3000
人の全国農民
代表が
首都に集まった。セミナーでは特に「農業革命
j遂行の
必要性が政府
により提言され,主要テーマの一つには「農民の土地を耕す権利
jが掲げら
れた
aそして「農民の日
J
の記念大集会に集まった農民,市民,学生,労働
者4
0
万人を前に,ネ・ウィン首相は「農民から地主が小作料を取り立てるこ
とは最終的には廃棄されるであろう
jと述べ,地主
・小作制度廃止の宣言を
行なった。この宣言は,
4
月
6
日の
「
小作法改正」として立法化された。こ
の地主
・小作制度廃止宣言は,反「社会主義」勢カとの妥協の上に生まれた
一時的
・
相対的安定を一挙に覆えすことになった。
3
月
8
日モニワで青年修道僧が政府の宗教政策を批判する集会を開き,示
威行動を起したことが発火点となり,以後中部ピノレマ各地で、仏教徒による騒
動が起った。日を重ねるに従い,下ビ、ノレマにも拡大し,運動の性格は宗教問
題から,全般的な反政府運動に発展し,政府〈軍部)の独裁制,社会主義に
対する反対を表明するなど,広範囲な運動が展開された。またこの運動には
仏教徒だけでなく,マンダレーの商店主,旧政治家,あるいは警察署
員
,駅
長などの政府官吏なども協力したといわれている
o政府はこの反政府運動に武力による断圧を行ない
,4
月
27
日内務省は,
「政
治的,経済的暴動を起し,宗教行為を超えた不法行為をした修道僧を拘禁し
た
J
と発表した。同声明は「ある修道僧は宗教行為を超えた政治運動を行な
っている
ばかりでなく,資本主義経済を主張する資本家共の共謀者として行
動している」といっている。政府官吏といえども騒動に参画した者は全員逮
一ー lV一一 -192ーピ ル マ (12月〉
捕し,その数は 300人に達した。さらに,反政府運動の拡大を懸念して, 6
月
1
日には中部ピノレマで隠遁生活が伝えられていたオン・ジ一元准将を逮捕
し,同時にチー
・
マウン元大佐,ウー
・
セイン・ウィン元ガーディアン紙編
集長も逮捕された。これらの逮捕者の顔ぶれからも,この時期の反政府運動
の性格を知ることができょう。
ビソレマの在来の
民
族資本〔主として地主
・中小
工業(綿,絹織物,搾油,
精米,製材〉
・
金貸業〕は,イギリス統治の直接的影響が比較的少なかった
マンダレーを中心とする中部ピノレマに根づよく,この地域に一つの経済圏を
形成してきた。これに対して下ピノレマには,ラングーンを中心とするデルタ
米作地帯の印僑,華僑資本およびイギリス人系工業資本が支配する経済閣が
あり,後者はネ
・
ウイン政権の「社会主義化」の過程で
,
早くから影響を受
けていた。革命政権が「社会主義化」を強行する度に,中部ピノレマの仏教徒
の騒動が発生するが,その背後には,マンダレーを中心とする民族資本家層
の動きがあるものと考えられる。
さらに
6
月
9
日には革命評議会員チン
・
ニョウ大佐が解任されているが「社
会主義」強硬路線についての政府部内での動揺を示すものと考えられる。し
かし,革命政権は,武力断圧によって,反政府運動を当面少なくとも潜在化
さすことに成功し,民族資本,地主,反「社会主義j的政治家との対決に本
格的に取り組み,再び強硬路線による「社会主義化
」
を歩むことになった。
最初にのベたごとく,これも「ピノレマ社会主義」建設の試行錯誤の過程の一
つ,当面の園内的な諸問題,とりわけ経済困難に対処するかなり受動的な姿
勢のものと考えられる。
経済困難と中立外交
ネ
・
ウィン将軍は,
1
2
月
7
日の社会主義計画党第
1
回セミナー開講式で,
ピノレマの中立外交について次のごとくのべている。
「
現在の事態にあって,われわれは両陣営を徒らに非難してはならず,
両陣営の長所を知り,これをわれわれ自身のために活用せねばならない。
だが,両陣営が自己の利益を追求するため結成されたことだけをここで指
摘する。このことを証明するため,ヨーロッパ経済共同体の内紛と分裂,
-193ー 一− V 一一ピ ノ レ マ (12月〉
私一枚岩の強聞な結束を誇ってきた東方陣営の内部でのソ連派と中共派との
反目抗争を指摘すれば充分である
o従って,私は諸国の無節操な同盟を排
懲するものである。外国が,相手闘が非常時に際会した場合に援助を惜し
みなく−与えることは到底望めない。従って,われわれは自力達成の精神を
涌養しなければならない
J
。
ピルマ政府は
6
月の第
2
回
A A
会議をめぐって他国に先きがけて不参加を
表明し,
AA
会議のビソレマ代表に予定されていたウ
・
ティ・ハン外相は,こ
の時期に西独で援助協定を討議
していた
。また同じ月にアメリカ
との聞では
新製材工場(348万ドノレ〉の建設のための借款協定に調印した。
こうした事
実は
,
国際政治会議に積極的に参加して何らかの態度表明を迫ら
れるよりは,
当面の園内経済の建し直しに実利ある話合いをする方がビ、ノレマにとって
必要
であることを明らかにしている。国内経済の打開,
「社会主義
」の発
展のた
めには,中立外交を旗印に
して,各国か
ら援助を受け入れる必要があろう。
7
月および 9月にネ
・
ウィン首相が中国,ソ速を訪問しているが,ピルマを
とり巻く東南アジア情勢の緊迫化にもかかわらず,中国においてはもっぱら
経済技術協力協定の早期実現,ソ連においては経済援助の拡大,工業技術の
導入を要請したといわれている。
「
社会主義J
化の進展
9月
3
0日に発表された
1
9
6
5
/
6
6
年度予算は
,特に農業への開発投資に力
点
を置き,工業部門への投資をはるかに上廻る予算を計上したほ
5)。これはデ
ノレタ反乱軍に対抗するための軍事的努力の一環であると同時に,農業開発を
通じて農民の掌握,さらには農業生産の増大をもたらそうとする政府の積極
的な農業対策,すなわち,産米確保の決意を示すものである
oさらに政府は
1
0
月
1
8
日「政府に社会主義経済建設に要する特定の権限を賦与する法律
J
,
いわゆる「経済新法」を発布して,
「社会主義化
jを促進するための法的基
礎を造った
。
同時に,これまで流通機構の中核であった人民販売公社を廃止
し,翌
1
9
日,これにかわる交易評議会を設立した
oこれらの政策はいうまで
もなく「社会主義」強硬路線の深化を意味し,当面のネ・ウィン政府の志向
する「ピノレマ社会主義
jの方向を示している。
「経済新法
J
によって企業
国
一一 Vl --194-ビ ル マ (12月)
有化の実施が容易になり,同時に流通機構は末端まで政府が統轄できるもの
となり,政府の経済統制をさらに一歩強めることになった。
すでに地主を含む民族資本家層を否
定した今日,政府はその基盤を農民と
労働者に託さざるを得ない。農村では集米機構を中心に,政府による農村組
織化が進行し始めている。地主
y小作制度の廃止に伴い,農民と官吏(軍人〉
からなる農地委員会は,小作農民の耕作権保護及び
、
農地再−配分の任務につい
ている。また耕作期には,農業協同組合が中心となって集団耕作の指導にあ
たっている。政府の農業金融(
注
6)はこれまでのデノレタにおけるチュティア,
中部ピルマその他地方における地主を兼ねる高利貸に代わッて,主要な金融
団体となりつつあるほ
7)。いうまでもなく,こうした政府の農村・農民対策
は,全人
口の70%を占める農民の掌握と,政府の主要な財源である農業生産
の確保にその全目的がある。
1
1
月には
6
5
年
度産米についての政府の買上げ計画が発表−された。これによ
り,農民は政府に販売する籾の最及び、販売時期について規制を受けなくなっ
た。またこれまで実施されてきた予約貿付制(注
8)では,個人と政府間の契約
であったが,今年から政府と農民団体(農協及び農地委員の指定するチーム〉
間の契約関係に改められ,契約を履行しない団体に対しては,そのメンパ一
間に連帯責任制を課すなど,政府は集米努力にカを注いでいる。
1
2
月
6
日開かれた第
l
四社会主義計画党セミナ
ーでネ・ウィン首相は「国
有化の第
1
段階は計商的に実施されたが,第
2
段階は無計画で行なわれた。
しかし,いづれにせよ,われわれは事を始めたからには,やり通さねばなら
ない」と述べて,政府の行なう国有化政策を往とする「社会主義化
J
は止め
るに止められぬ立場にあることを明らかにしている。ネ
・
ウィン首相のこの
言葉は,正に「ピ
yレマ式社会主義」が,国内の動揺を治めるために,ついに
は国家が全ての権力と資本活動を掌握しなければならなくなった
p極めて受
動的な姿勢を明らかにしている
oまたネ
・
ワイン首相は「今のピノレマの状況
は決っして良いとはいえないが,!日政権下の事情を回顧して比較してもらし、
たい。
J
「我々が今までやってきたことは少なからず失敗している。そのため
にわれわれは批判を受けたことは多々あった。今まで政権の座を保てたのも
幸いであるといわねばなるまい
」
とも述べている。すでに「虎の尾をつかん
-195ー 一− Vll-ピ ノ レ マ (12月〉
でしまった」政府としては,当面経済建設のためには「社会主義化J
の歩を
止めるわけにはいかない。
ピノレマは対外的には東南アジア情勢の緊迫化にもかかわらず,中立政策を
守り続け,事実上鎖国状態を続け,国内には反乱軍活動,民族資本家に代表
される反政府勢力をかかえ,こうしたことからくる政
府
の経済的苦悩及び園
内経済の停滞は,それが政府の「社会主義化
J
の成否にかかるとはいえ,早
急に解決できる問題ではなさそうである。したがって,とりわけ
I
社会主義
化
jの一層の深化は,軍政という性格からしでも,政府部内で路線をめぐり
動揺を起こす可能性を充分残している。また反乱活動の動静及び政府の施策
の成否にかかることではあるが,政府の経済苦悩が,あるいは積極中立と非
同盟を掲げる外交姿勢に影響するかもしれないし,また国際情勢の進展がピ
ノレマの沈黙を許さなくなるかもしれない。現状においては,反乱勢力とい
っ
ても反乱軍の性格及び規模(
注
8)からして,早急にネ・ウィン政権にと
っ
て代
わる程のものではない。しかし「社会主義
j化政策のこれからの進展によっ
ては,特に国家による統制が厳しくなればなるほど,各種の反政府勢力の統
合の動きも出てくると思われる。
との点、は
1966年のビルマの政治・経済の動向をみていく場合,見逃すこと
ができない。
(注1) 第 1聞社会主義計画党セミナー閉会式におけるネ ・ウイン首相の演説より (12月12日付 TheWorking People’s
Daily。) 〈注2) (注1)に同じ。(注3)“Economicand EngineeringDevelopment ofBurma
”
Knappen Tippetts Abetts IvfcCarthy. (注4) 「アジアの動向J1965年1月号,1月7日付TheWorking People’s Daily。 (注5) 「アジアの動向J
9月号 「資料」参照。 (注6) 「アジアの動向」 10月号205ページ参照。 (注7) 「アジアの動向J
11月号 「解説j 「資料J
参!被。 一一Vlll一一-196-ピ ル マ (12月〉 (注8) ピルマ主 要 反 乱 軍 の 実 情。 ま 円 一 ‘ P 4 A か k n U u n u 官 寸 一 b d L M M ハ U 一 n v 一 切 一 郎 一 一 W 棋 倒 m w 一 切 忠 一 一 10 一 は鋭
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主N
一 ン ホ 民 か 一 レ 織 が 族 制 一 カ組。 民 線 。 一 種 ピノレマ共産.党 (由旗) (m各称 B.C. P.) 赤 旗 共 産 党 (略称R.F.C.P.) カレン民族統一 党 (|略称KNUP)-197-
一− lX一一シ ャ ン | 主 要 反 乱 組 織 は シ ャ ン | シ ャ ン 州 全 域 , タ イ ,
I
総 兵 力3∼ 反 乱 軍l
州民族統一戦線,シャ|ラオス国境地帯。I
4000 ン州独立軍がその軍事 組織,シャン州の分湾政, 自治を要求,その他2, 3のグループに分れて いるが,その大半は国 t 境地帯での密輸組織。 | 国民政府軍の残党J
S
M
I
T
と協力しているグノレ! ープもある。I
Zau Saingに指導され! る,カチン族の独立をl
主張する独立運動。 | 最近極めて勢力が衰退 ! していると伝えらる。 !〈注) これはTheWorking People’s Daily, The Guardian紙に掲載された 反乱記事を基に作成した。 カチン州全域。
r
3000以上 マ(12月) 一 ン 軍 一 チ 立 一 ヵ 独 ノレ 少 数 民 族 反 乱 軍 ピ -198ー x-政 i合 経 済 閲 係 九 3. 2 I小作料廃止主主言一 一俊民セミナー閉会集会でネ・ウ イソ首相談説。 3.
s
I反乱軍が3者協議会〈ピルマ共E主党, ;Jj;旗共産党, 民族民主統一敏紋〉。 3/中旬|青年修道仰が反政府運動ーーモ;'7'サガイy,マ ングレーで政府の宗教政策批判。 4. 1 I;私立中・高等学校凶有化。 4/初旬|修道例の騒動会同各地に拡大一一反政府争点動。 4. 6 I小 作法改正一一ー小作料支払いを停Iじ が 災 よ の 小 作 制度廃止。 4.21I
仏教徒大孟逮捕,騒動に関連したIR政治家,地方官 支,資本家なども逮捕(∼30)。 対 外 l.1
1
商工会議所報告(社会主議経済制度枠内での民間資 |本育成を強制〉。 1.1sI銀行碍編成〈人民銀行の合併・整備〉。 1.18 I Burma Corporation陶有化。 2. 9 lネ.'7,iソ首相インド訪問←ーセイソ・ウイン准将, ウー・ティ ・ハン外相随行〈∼11)。 2.12 lネ・ウィγ首相パキスタγ訪問 (∼19)。 ...L. J、
五 年 の ピ ル マ b b 有 。 園 行 業 発 産 幣 仙 川 紙 石 新 ーム n u の , “ 必 − A A 句 4. 11I日本のピルマ向け戦乍賠償支払い終る一一以後日 本・ピノレマ経務技術協力協定発効。 年 表 5.12 人民事染;評議会設)'l:C七木・建設事業の固布化〉。 5/中旬 PSC Lこ対する政府の手入れ。 6. 1 I元商工組オン・ジー逮捕ー一一チーマウソ元大佐,ウ 6. 22 公 定 米 価 問 −Ju:!1£/iffimflllt廃 止 品 種 品 質}JIJ価絡I
6. 19I
山 議 不 参 加 決 定 ー い 代 表 ウー テイ ノ 一・セイン・ウィソ元ガーディアγ紙編集長問時に 制採用。 ソ外相西独で援助協定に翻印。 逮 捕。 6. 29 郡社会主義経済建設委員会(SECC)の機能lJ1.!結,司1 6. 91本命都議会員チγ エヨウ大佐解任。 ~上SECCを廃止。 7. 5 弘立病院を接収。 7.24 lネ・ウィγ首相中国訪問一一ーマウン・ジュウェー大 佐,フラー・ハン大佐,コ・2大佐随行(∼31。) 8.13 lソー ミソ元大佐終身J~J C劇 制 反 処 理 〉。 |内 |各地で関取引業者の椀発強化。 9. 30 1…
…
…
には叩吋 ∼ ∼ω
附陶ReE叩叩epor問阿川川……or州 山 …r刊山山tto 〈経済白色)発表。 9.14 ネ・ウィン首相,ツ述紡1111− マ ウ ン ・ルウ4ン大 10/ 州|デ 川 反 乱 開 発 化一 一国 主。 害排除法廃止。 「政府に社会主義経済建設に要する特定の縦限を賦 与する法律JC「社会主義経済新法J)制定。 10.引 交 易 評 議 会 設 立 一 人 民 販 売 公 社 に 問 市 酬 。 11.17 新らしい籾史上げ計画を発表ー一一団体ベースの連帯 11. 17 シソガポーノレ高U"t¥'.1格ピノレマ訪問。ネ・ウイγ首相と ~任制採用。 会談〈∼20)。 12 6 I第l由 主 義 計 図 党 セ ミ ナ ー サ ソ ユ ウ 制 | 12. 20 シャλ ト日 ・イソド首相ピルマ訪問,ネ ・ウイソ首 が政治基調報告,ネ・ウィγ首相総括演説。 相と会談← ー印パ紛{,(,インドシナ問題など訴し合 う(∼22)。 12. 31 Iカチン族反乱平大量釈放。I
12. s1I
交易評議会緒規則発表。I
12. 221マレーシア副首相ピノレマ訪問(∼紛。ビ
J
I
.
,
マ
1
月 の 動 向
一一 民族資本と 「社会主義」 一一 「社会主義J
をめぐゥて動揺を続け, 強硬路線が事実上仏教徒とマンダレーに代表 きれる民族資本に屈し,一応の政治的安定の保障を得たネ ・ウィン政権はν
、よし、よ 「社会主義」の新らしい政策展開を開始したようである。1月7日, 商工会議所年次総会で
U
Chan Seng Hwetラングーン商工会議所会頭はその報告の中で, 「工業を起した人々は一種の“パイオニア”であり,国家の生 産ブ3を高めようとしたその努力に対し十分評価されねばならないと考えている。従っ て,彼らはその設備を拡大することを奨励されねばならない。
J
「私企業部門はビγレマ 社会主義の枠内で新らたな産業を起すことを奨励されねばならなν
、。jなどと述べ,社 会主義建設における民間企業の蓮要性を指適し,氏間資本の育成を主張した。 また, l月13H,政府は国有化された銀行の両編成を行ない, ①これまでラングー ン,マンダレー,モーノレメンなどの大都市に集中してし、た銀行の一部を地方及び辺境都 市に移転する,②都市にある銀行の合併などを実施した。この両編成が悶内政治の安 定と治安状態の改善を背景に,地:jコー都市への銀行業の拡大手段としてとられたことは, 地方にまで手がまわらなかった経済の中央集権化が, ょうやくその第一歩を踏み出し たことを表わしてU、ると同時に, 地方に散在する民族中小資本への銀行融資に便宜を 与え, 民族資本による工業化の促進と流通経済の改普に政府が着手し始める布石とし て注目される。さらに, 1月18H,29日とそれぞれ, ピノレマ政府とイギリス資本によ る合弁事業 BurmaCorporation,Burma Unilever社が困有化された。 このことは, ピ、ノレマにおける外国資本の排除とU、うピルマ「社会主義J
の原則からして当然である とも見られるが, 「社会主義」の新らしい政策展開を指向し始めた時期に行われただ けに,こうした外国資本の排除による民族工業の育成, さらには民族資本の奨励のも とに,ピ‘ノレマ人の手による工業化をめざす“新らしし、経済政策”の展開を示すもので ある。 以上の動きとあわせて注目されることは3 9月の内閣改造で TinPe i佳将と同様, その経済ポストを奪われた労働相 ThanSein大佐が 1月 2l日, 労働相のポストを離 れ,社会主義計問中央組織委員会専任統合書記長に任命されたことである。 しかし, - 139- 一(1 )一ビ ノ レ マ Than Sein大佐がいまなお無任所相として残り,その新らしい任務が如何なる性格の ものであるか明らかでないにしても,少くとも労働相と
ν
、う明確な権限が奪われたこ とは事実であり,政府内部における政策決定に対する力が弱められたことは充分脅え られる。 さらに,内閣改造以前は,その実権をほしいままにし,経済部門を牛耳って いた TinPe 准将のその後の動きが, いまだ供給,協同組合,貿易といった流通部門 を担当しているにもかかわらずp 公式,非公式においても3 ほとんど表面に山ずp 新 聞誌上を見るかぎり沈黙を守っているなどからして,マンダレーに代表される民挟資 本に屈つした 「社会主義J強硬路線から「社会主義J枠内での新らしい政策展開に諮 み切ったことが伺われるのである。 一方,非合法反乱活動は以前に比べかなりその様 相に変化が見られる。シャン,カチン族に代表される少数民放反正U5・動は,明らかに 政府軍の優位のもとに, 敗色,沈滞の様子を表わし始めた。特にカチン族反乱2
容は, 12月, 1月を通じ,合計965名の投降者があったD
,反乱手l
J
"
f
浪部落が次々に政府の支 配下になるなど,政府軍の攻勢が続いている。 しかし,デルタでの反乱活動{とは3 政府軍は手を焼U、ている。現在全密的に設が?に よる1964,年産米の買付が行われているが, 米の主産地であるデルタにおいて反乱軍の 名において,農民に政府への米の売渡しを禁止する布告を出すなど, その妨害活動が 活発化している。数字は明らかではないが,政府に集まる米の集荷量に相当な影響が あるものと見らj芯る。 このように,デルタにおける反乱軍(NDUF)の活動は、少数民族反乱軍に見られる 武力攻撃よりも,むしろ,テロ活動あるいは;農民工作に主力を置いており,今後のど ノレマ経済に少なからず影響を与えるだろうし, さらには,いまだ磐石とは言い難い 「ビノレマ的社会主義」遂行過程において,その方向を左右する寛大な鍵を握ってν
、る ものと忠、われる。 なお,外交政策につャ、て一言述べると, 昨年末頃より国内の政情的安−定を背景に独 自の外交政策の展開がなされたビノレマに対・し, 特に中国からの働きかけが凶立ってv
、 る。 1月24.日, 中間貿易使節団がビ〉レマを訪問し,米の輸入契約に調印した後各地を 廻り,政府首脳と会談するなど,積極的な経済外交の姿勢を表わした。さらに, 1 Jj 28日の「人民日報J
は中国ピノレマ友好不可侵条約調印5週年を記念してピノレマの国内 建設と中立外交を支持するとの論評を載せ,ピ、ノレマとの友好関係を表明した。 このことは, ピノレマが荷側に深くコミットすることを常に家出ljするという中国の外 交政策を示していると同時にp 特に国内においては資本主義的方向を歩み始めた時:期 だけに,東南アジアにおける資本主義の侵透を防衛する一つの布石とも考えられる。 一( 2 )ー-140-1965年 1月1日 〔対外関係〕
ビ ル マ 日
誌
v貿易振興省は,イギリスおよび日本に駐在する新通商代表を任命した".,{ギり
スにはU Kyi Sein以下2名,日本には ThakinAyeである。 (¥N'.P.D) 〔政治〕
l lnsein県 Hlegu郡 Phau時 yyiの中央軍訓練学校が開設された。当学校では軍
下士官訓練コースと下級警察官訓練コースに出席している被訓練者が革命政府の指 揮のも左で訓練されるととになる。 〈注 :行政区分は次のよ うにした。 State=州, Divisions=省,SpecialDivision=斡J.jl]省,District=県, Township=若IS)(¥:V.P. D)
〔経済] Vチン丘陵地帯の五ヵ年計回一一チン評議会議長
U
Hsan Koe Lian,l
呆,i
;
ム
郡 SAC社会主義計画党地方支部, などのメンパーが12月22日からチン特別省監督 委員会事務所で連邦記念式典の準備,労働者評議会の設立,開発計画などにつき討 議したが特に開発五ヵ年計画について綿密な討議がなされ,農業開発計画立案のた めに農作物を,必需農作物,換金作物,補助作物,実験作物の四種類に分議する必 要があるなどが強制された。 1月2目 〔政治〕v反乱軍が農民の米販売を妨害一一報告によると Mau1コin,Henzada, Pyapon, Myaungmyaなどのデノレタ地反で反乱軍が,破壊的反革命行動を強めているとのこ とである。 モンスーン期には比較的自由に反乱軍は協同組合販売店を略奪,破壊し,孜前の 農民融資を横取りしていた。しかしそンスーンが終ったにもかかわらずこうした略 奪行為はむしろ増加しており,特に輸送機関を援し、農民が政府に米を販売すること に対し,妨害を加えている。従ってこれらの地ほの農民は今,窮地に追いやられて いるとのことである。 cw.P.D) v政府,仏教全宗派会議開催を要請一− KabaAyeパゴダで開かれた全仏教宗派 代表僧侶会議に宗教担当相KyawSae大佐が出席し,仏教の向上と純化のために 全宗派仏教徒僧侶協議会を招集するよう要請した。 (Vv.P.D) -141ー 一( 3 )ー
ビ ル マ 〔対外関係〕 ,アメリ力外交筋がビJl,.マ外交を評価一一 “アメリカの芦”放送は, 1月4Fl放 送予定のビノレマの国際的姿勢を評価する論説の内容を発表した。これは駐ビルス アメ ソカ大使館から最近帰国したAlexanderSchnee氏によってまとめられたもの で内容要旨は次のとおりである。 (1) ピノレマは世界平和に貢献するような外交政策を続けている。 (2) ピノレマは排外正義を採っているように思われるがむしろ“ピノレマびいき刊 という言葉の方が適切である。その目的は,偉大な国力と人口圧をもっ近隣2国 〈インド,中国〉の間にあるとし、う政治地理的状況の中でどノレマの独立を擁護し ようとするものである。 (3) 具体的なピノレマの外交政策は,核実験禁止及び18ヵ国軍縮会議を強力に支 持すると併に,ウ ・タン卜,ウニュン(ECAFE)などを出し国速に脊与してU、る。
μ
) 文ピノレマは東南アジアにおける平和勢力を支持する一方,その方法におい ては不介入政策をとっている。 (5) 今年を展望するとビソレマはなお中立と独立を維持せんとしつづけるであろ うが,東南アジアにおける共産主義の勝利はこのことを不可能で、はないが極めて 悶難にするであろう。逆に共産主義ーが後退すればビノレマの現政策の強化に役立とつ
。
(6) ピ/レマは今日,できることなら如何なる外国からの援助も得たいとは思っ ていない。しかしピ〉レマはどノレマの必要とする資材,技術,経験などが世界中に あることを知っている。したがってビルマはこれらを2国間協定ではなく,コロ ンボ・プランのような多国間協定により利用しようとするであろう。 (7) ピノレマに対する民間外国投資の将・来には明るい微は表われてし、ない。ピノレ マ人は,独立は,経済の主要部門を外国人が占領していた時代を一掃したから達 成されたと感じている。従って経済のピlレマ化は外国の経営管理的知識を失った ことを意味しており,しかし経済を中央集権化ないしは社会化したことは失なっ た知識を相殺する狙ν
、があったものである。 (W.P.D) 1月3日 〔政治〕 ▼政治犯ら大量に釈放さるーー政府は第17回独立記念日にあたって227名の政治 犯の大赦を行なった。 釈放されたものの内訳は政治家ll8名p労働者96名,農民11名p 学生 2名である。 一( 4 )ー ー−142一一. . ,・内,仇・ ...• : ' ...‘1:・:・J・泌 ・..、,了町 、. ι , . • ' . ι
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, ,I .'.,J .、"・5、 ,.・・J .’− 、、,a、\・...・、’,.,-r.、.ユー:,凋,,・ 、白.’・・ 6’ 司 争、 。 ’ 、' ..,、,,Aや ラングーンで釈放されたものには搾油業者7名と商人2名が含まれている。 .,
:
j
み
また Prome省 NUF執行部の13名のメ ンバーも釈放された。 (G) ∼ ・3
〔経済〕川
;
滋
, 1964年以前に貸出された農業融資の返済取立て手続が決定した。.
)
t
f
農業融資は以下の4つのカテゴリーに分けられる。 • .' (1) 1964年モンスーン期耕作融資0 l正
(2) 10月15日から12月15日迄に米の予約寅付のために支払われた融資。 (3)冬期耕作融資。 (4) 1964年以前に貸出された融資。 以上(1)(2)(3)に該当する融資は普通の規則に基づき返済期日に全額取立てを行い, 、 ビ ノレ ’マ 釈放者の地方別内訳けは次の通り。 ラングーン政治家3名,勤労者96名,学生2名。 北西軍管区∼政治家15名,農民1名。 中央軍管区∼政治家32名,農民10名。 南西軍管区∼政治家65名。 東方軍管区∼政治家3名。 釈放された政治家達の多くは元NUFメンバーなど, 1963年11月の平和行進参加 者が多く含まれている。 ’以 ないが,農民の経済能力に応じて返済額が決定されよれこれらの滞納金返済問題 を簡単にするために,滞納農民は耕作地1エーカー当り 4 Kを支払わねばならない という規則が決定された。 米以外を作っている農民に対しては,返済額は,融資取立チームの判断に委ねら〆てな亦効
れる。 なおエーカー当り K 4といっても,農民は余裕があればそれ以上支払おうことが できるし,困窮者はそれ以下でも許される。 (W.P.D) 11月4日 〔第17回独立記念日〕 〔経済〕 るo . (G) 〔対外関係〕 ’ワシントン発:アメリカ在住のピノレマ人による第17回独立記念式典が行われ, ? f品
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',i カーノレ・ローワ ー守 著名なアメリカ人も多数出席した。主な出席者は次のとおりである。 ラスク国務長官,ウィリアム・ パンデ、ィー極東担当国務次官補, ン情報局長など。 /レ ピ 1月
5日 〔対外関係〕v
貿易使節団出発一一海外の新市場開拓と貿易代表部設置のために草命評議会員 Tan YulSa:ing大佐を団長とする使節団がロンドンに向け出発した。当使節団はこ の他, 貿易振興省次官SanWin中佐, 貿易振興省特別事務官U ChitPeら7名 が同行する。なお当使節団は2ヵ月の予定でイギリス,フランス,アメリカ,日本 香港を訪問する。 (W.P.D) 〔政治〕 V労働者が民間工業経営に参加一一工業省は民間工場及び製造所の経営委員会を 設置した。当委員会は,地域治安行政委員会議長,社会主義経済建設委員会代表, 労働省特別事務官,工業局特別事務官及び工場,製造所労働者代表2名,労働省よ り任命され,労働省に受入れられる工場主l名により構成され,当委員会の任務は 次のとおりである。 (1)企業活動の総合監督〈次の3点に特に注意を払う。〉 (叫原料,機械,予備設備,燃料などの調達を援助する。 (扮会計の支出と維持を組織化する。 (c)品質向上じ配分方法を援助する。 (2)現行資本で工業を発展させる。 .(3)労働管理を監督する。 (4) 工業省に対して責任がある。 (W.P,D) a反乱軍活動一一Labutla(Myaugmya県)発:反乱軍のテロ行為を恐れ農民は 米の販売に困惑しているとの事である。又最近当地区の反乱軍は農民を厳しく監視 するため次のような8項目からなる布告を出した。 農民は, 100パスケット当り500Kでのみ米を販売すること。 農民は,チリー及び玉ねぎ価格が下がったときのみ現行価格で米を販売す (1) (2) ること。 (3)農民は,持てる船を修理してはならない。 (4) 農民はクリークの側で脱殺してはならない。 (5)農民は最初農民の消費分を脱穀すること。 -144 -一(6 )一 • '' 4 ー・..’,。・ 〆 .. , :・i:・・ .宅. ’ .1 φ4 •• •• • ‘.・. .•. .宇・ , 白 .'.! -...・戸 、 ” ’ ・。’ .4、尚一.. e’ . .争ー' 、F : ... .二.’ • -- .I ' ‘’.ーヤ−, ,ー.
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− − ’ rb e ’ − 0 . 、 ∼ , し λ も た 怜 凶− p a . , . 0 ・ 0 − t、 ‘ z st , , . 現職訓練コースが,ネ ・ウィン革命評議会議長によって開かれた。なおネ ・ウィン 議長は軍の歴史,役割などについての演説を行なった。
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反乱軍の投降一一 Ponnagyun発:当県 SACt議長AungMyintのもとに, 4名の共産党反乱軍が投降した。 (W;P.D)
Vサガイン発:シン ・オッタマは12月21日の郡Vinicchaya法延の判決を不満と
して県Vinicchaya法廷に控訴した。なおシン ・オツタマは郡Vinicchaya法廷で
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は,破門を言い渡されていた。 (1.8G) 4 ・J
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〔経済〕 Vモーピン発:モーピン,ヤンドーンの失地約20万エーカーがjまもなく再開墾‘ とになった。これは当地に派遣されて調査活動を行なっている県 SAC議 長及び中央土地開墾委員会の調査官が討議し,開墾に踏切るとの決定をしたもので ある。 • (1.8.G) . l月
7日 〔経済〕 • '上ピノレマ農業担当官会議一一上ピノレマ農業担当官年次総会ガマンダレーの省農 業事務所で開かれた。当会議には,カチントシャン,カヤ州,チン,マンダレー,、
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ンドイィン各省からの農業担当官,農園経営者,農業及び.
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第4回国防軍現職説!日策講習会が開かる。 一一国防三軍からの将校8与名に対する 地域開発公社担当官らが出席した。なお当会議に出席した農業局局長MinThein 大佐は要旨次の様な演説をした。 (1) 政府は「人民から人民へJ
のスローガンにもとづき働人人民の福祉のため に絶えず考慮している。 - 145- 一( 7 )一 『'"、 .、 ι、," −冶. ・− ' 弘 一 炉 、 , i 〆 ﹄ ・ 0υ , aB 併 ・2 . , . ..
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