教育における美の研究-J.ラカンの精神分析理論を手がかりとして-
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(2) 目. 序. 章. 本. の. 課. 題. の. 所. 在. 2.先. 行. 研. 究. の. 3.論. 文. 構. 成. 第 一 章 第. 第. 注. 一. ・. 節J.ラ. 二. 節. 〈. 注. ・. ・. 検. ・. ・. 討. ・. ・. ・. ・. ・. ・. 」.ラ. 〉. ン. カ. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. 研. ・. ・. ・. 究. ・. ・. ・. の. ・. ・. ・. ・. ・. 意. ・. ・. ・. ・. ・. 略. の. ・. ・. 歴. 精. ・. ・. 神. ・. 分. ・. ・. 析. ・. 理. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …1. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …4. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …5. 。. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …6. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …. ・. ・. ・. 概. ・. 略. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …10. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …18. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …20. 三 節. 美(beau)の. 第. 四 節. 善[財](bien)の. 第. 五 節. 〈. 死. の 欲 動. 〉(lapUlsiondemort)と. 善[財](bien)・. 第. 六 節. 〈. 死 の 欲 動. 〉(lapUlsiondemort)と. 美(beau)・. 章. 美. 術. ・. ・ 。 ・ 。 …. の. 考. 察. ・. ・. …8. ・. 第. ・ ・ ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・. ・. ・. シ ニ. 生 成. ・. ・. 二 節. 生 成. ・. ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・. ・. ・. 第. と 連 鎖. ・. ・. 図(sch6ma)Lの. ン の 導 入. ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …8. 一 節. フ ィ ア. …1. ・. ・. ・. ・. ・. ・. の. ・. ・. ・. ・. ・. 第. 〉. 考 察. ・. ・. 義. 論. ・. ・. ・. と精 神 分 析 理 論 の 概 略. の. ン. ・. ・. と 本. ・. カ. ・. 」.ラ カ ン 精 神 分 析 理 論 に よ る 美 の 考 察. 〈 注. 三. 〉. 題. 」.ラ カ ン の 略 歴. 第 二 章. 終. 究. 1.問. 〈. 第. 研. 次. ・ ・ ・. ・ ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・. …20. ・ …23. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …31. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …36. 。 。 ・ ・ ・ …. ・ …41 ・ ・ ・ …48. 。. ・ ・ ・ ・ ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ …55. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …58. 第. 一. 節. 美. 術. の. 問. 題. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …58. 第. 二. 節. 美. 術. の. 考. 察. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …61. 〈. 注. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …67. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …69. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. …70. 章. 美. 〈. 注. 〉. 術. 〉. ・. ・. と 教. ・. ・. ・. 育. ・. ・. の. ・. ・. 考. ・. 察. ・. 〈 主 要 参 考 文 献 、 参 考 文 献 、 事 典 、 辞 書 、 資 料 〉 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …71.
(3) 序 章 本研究の課題. 1.問 題 の 所 在. 現 在 の 日本 の 美 術 教 育 が 「 教 育 課 程 の 周 辺 的 な も の 」1と して 「 知 育 偏 重 の癒 し」2や 「 主 知 主 義 の 弊 害 を 覆 うア ク セ サ リー 」3な ど と され 、 こ の こ とが 、 「 世 間 が美術 教 育 に 向 ける (低 い)評. 価 は 知 らず 知 らず の うち に子 ど も た ち の 価 値 観 の 中 に 埋 め 込 ま れ 、 ま た 後 世 代. に 伝 え られ て い く 」4と い う状 況 を 引 き起 こす な ら ば 、 美 術 教 育 は 、 あ っ て も な く て も よ い も の 、 つ ま り、 な くて も よい も の に な る だ ろ う。 さ ら に 、 美 術 教 育 へ の 低 い 評 価 は 、 美 術 そ の もの も 「 人 間 の 諸 機 能 の 副 次 的 な も の 」5と して 「 人 生 の 一 装 飾 」6な ど と い う二 次 的 な 価 値 と され 、 な く て も よい も の と され る の で は な い か 。 こ の 美 術 教 育 と美 術 に 対 す る 価 値 観 は 、 現 在 の 日本 の 社 会 が 要 請 す る教 育 が 、 進 学 や 就 職 に 必 要 な 評 価 や 成 績 と い う数 宇 と して 計 る こ との で き る 暗 記 中 心 の知 育 教 育 と して の み 捉 え られ て い る こ との 裏 面 で も あ る の だ ろ う。 こ の 状 況 は 、 美 術 教 育 が 、 偏 狭 化 した 社 会 的 価 値 と教 育 観 に 従 う こ と を意 味 し て い る。 しか し、 本 来 、 美 術 や 美 術 教 育 とは 、 こ の よ うな も の な の だ ろ うか 。 美 術 や 美 術 教 育 と は 、 な くて も よ い も の な の だ ろ うか 。 美 術 教 育 が 、 い か に 制 度 、 時 間 、 空 間 、 人 数 に 規 定 され る とは い え 、 美 術 教 育 は 、 偏 狭 化 した 祉 会 的 価 値 や 教 育 の 側 か ら捉 え られ る の で は な く 、 美 術 の 核 心 で あ る美(的 (的 経 験)と. 経 験)か. ら捉 え られ るべ き で あ ろ う。 つ ま り、 美. は 、美 術 とは 「 何 で あ り」、 「 何 の た め に あ る の か 」、 「 何 の た め に必要 なのか」. と 問 い 、 そ れ ら に 答 え る こ とか ら、 美 術 教 育 は考 察 され な けれ ば な ら な い の で は な い か。 そ れ で は 、 現 在 の 日本 の 美 術 教 育 は 、 ど の よ うな 思 想 に 基 づ い て 行 な わ れ て い る の だ ろ うか 。美 術 教 育 は 、通 常 、 「 美術 へ の教育 」と 「 美 術 に よ る教 育 」 の 二 つ に 分 け られ た り7、 「 美 術 へ の教 育 」 の積 み 重 ね に よ り 「 美 術 に よ る教 育 」 が 成 立 す る と され た りす るが8、 い ず れ に して も 、 美 術 を 通 し た 人 間 形 成9と い うこ と に な る 。 で は 、 こ の 人 間 形 成 は 、 美 術 の ど の よ うな 機 能 に よ る 、 どの よ うな 人 物 像 を 理 想 と して い る の だ ろ うか 。 そ し て 、 そ れ は 、 どの よ うな 思 想 を 背 景 と し て い る の だ ろ うか 。 戦 後 か ら 日本 の 美 術 教 育 に 最 も大 き な影 響 を与 えて きた 二つ の民 間美 術教 育運 動 で あ る 「 創 造 美 育 協 会 」10と 「 新 しい 絵 の 会 」 11の 主 張 を 顧 み れ ば 、 そ れ に は 大 き く分 け て 二 つ の 方 向 が あ る と思 わ れ る。 一 つ め は 、美 術 の 心 理 的 機 能12に よ っ て 、人 間 に 生 得 の 創 造 力 と個 性 を伸 張 す る た め に 、抑 圧 か ら解 放 され 、内 的 世 界 に矛 盾 や 葛 藤 を来 た さな い 、心 理 学 的13に 調 和 と正 常 化 が な され た 人 間 の. ・1・.
(4) 形 成 で あ り、 これ が 「 創 造 美 育 協 会 」 の 主 張 で あ る。 二 っ め は 、 美 術 の 社 会 的 機 能14に よ っ て 、 よ り よ い 社 会 の 実 現 の た め に 、 有 用 な 知 識 と技 術 を 修 得 し 、 社 会 認 識 の 力 を 育 み 、 社 会 的 に 主 体 化 され た 人 間 の 形 成 で あ り、 これ が 「 新 しい 絵 の 会 」 の 主 張 で あ る。 次 に 、 こ の 二 つ の 美 術 教 育 の 思 想 は 、 何 を 背 景 と し て い る の だ ろ うか。 一 つ め の 美 術 の 心 理 的機 能 に よ る 人 間 形 成 は 、 心 理 学 的 な 調 和 と正 常 化 とい う、 あ らか じめ 設 定 され て い る 理 想 と し て の 心 理 学 的 な 道 徳 や 倫 理 を 背 景 と して い る こ と に な る だ ろ う。 二 っ め の美 術 の 社 会 的 機 能 に よ る人 間 形 成 は 、 人 間 の社 会 化 と主 体 化 とい う、 あ らか じめ 設 定 され て い る 理 想 と し て の社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 を 背 景 と して い る こ とに な る だ ろ う。こ の こ とは 、 美 術 教 育が 、 これ らの 二 つ の 道 徳 や 倫 理 の 次 元 を 、す で に 、 背 景 と して 、 後 ろ 盾 に して い る とい うこ と で あ る。 しか し、美 術 教 育 が 、こ れ らの 道 徳 や 倫 理 の 次 元 を 背 景 とす る の な ら 、これ らの 次 元 が 、 い か に 信 用 に 値 す る も の か 、 本 当 に 尺 度 と して 役 立 つ も の な の か 、 とい うこ と が 考 察 され な け れ ば な ら な い だ ろ う。 一 つ め の 心 理 学 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 は 、 心 理 学 自体 の 理 論 の 正 し さの 証 明 が 、 そ の 理 論 に よ っ て 解 釈 され た 患 者 の 心 に しか 頼 れ ず 、 理 論 と観 察 され る 事 実 が 相 互 に 循 環 す る循 環 論 法 に 陥 っ て い る15と され る矛 盾 や 、 ま た 、人 間 の 抱 え るす べ て の 問 題 が 、個 人 の 心 の 問題 に す り替 え られ る ・6ので は な い か とい う問 題 を含 ん で は い な い だ ろ うか 。 二 っ め の 社 会 的 な道 徳 や 倫 理 の 次 元 は 、 社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 自体 が 、 果 て し な い イ デ オ ロ ギ ー 闘 争 を 引 き 起 こす の で は な い か とい う こ とや 、 偏 狭 化 され た 社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 に よ る 要 請 が 、 美 術 と美 術 教 育 と を な く て も よ い も の と して 判 断 す る の で は な い か と い う問 題 を 含 ん で は い な い だ ろ うか 。 さ ら に 、 心 理 学 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 と 、 社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 は 、 美(的. 経 験). の 次 元 に お い て 、 人 が 美 を認 識 で き るな らば 、 人 は そ れ 以 前 に 美 を 理 解 して い な け れ ば な らな い はず で あ る が、「 人 は美 を 、い つ 理 解 した の か 」、 「 人 は 美 を 、 どの よ うに 理 解 した の か 」 とい う問 い に 答 え る こ とは で き るの だ ろ うか 。 精 神 分 析 家J.ラ. カ ン(Lacan,J,1901・1981)は. 、 心 理 学 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 に 対 して は 、. 「精 神 分 析 に よ っ て 根 拠 づ け られ た 心 理 学 も 含 め て す べ て の 心 理 学 は 我 々 を 深 い 不 満 の う ち に 置 き 去 り に し て い ま す 」 ・7と し て 、 心 理 学 と は 、 真 の 倫 理 的 次 元 の 本 質 や 基 底 を 隠 す 「仮 面 」18で. あ り、 「ア リバ イ 」19で. あ り、 心 理 学 の い う 、 「主 体 の 自 我 を 修 繕 」20す. と い う こ とや 、「主 体 の 作 り 直 し(reformation)」21と. い う 倫 理 的 次 元 は 、「不 適 切 で あ り、. ・ ・(← 省 略 は 筆 者) 、 倫 理 の 問 題 が 提 起 さ れ る 現 実 的 次 元 と は 一 致 し な い 」22と. 一2・. る. して、心 理.
(5) 学 的 な 道 徳 や 倫 理 は 、 決 して 真 の 道 徳 的 ・倫 理 的 次 元 で は な く、 人 間 の 精 神 的 活 動 の 規 範 に は で き な い とす る。 ま た 、 ラ カ ン は 、 社 会 的 な道 徳 や 倫 理 の 次 元 に 対 して は 、 「 す べ て を社 会 的 強制 に還 元 して しま う こ とが どん な に荒 っ ぽ い こ とか 認 め な くて は な りま せ ん 」23と して 、社 会 的 強 制 が 集 団 の 傾 向 に よ っ て 行 わ れ る の な らば 、「 社 会 的 強 制 は 個 人 の 欲 望 満 足 に最 も適 切 な道 へ と とっ く の 昔 に 収 敏 して し ま っ て い るは ず で す 」24と して 、現 実 の 社 会 も決 して 真 の 道 徳 的 ・倫 理 的 次 元 で は な く人 間 の 精 神 的活 動 の 規 範 に は で き な い とす る 。 つ ま り、 ラ カ ン は 「フ ィ ク シ ョ ン の 心 理 」25と 、 「 か りそ め の 現 実 」26は 、 真 の 道 徳 的 ・倫 理 的 次 元 で は な く 、 人 間 の 精 神 的 活 動 の本 当 の 尺 度 と し て は役 に 立 た な い と い うの で あ る。 ラ カ ン に 従 え ば 、人 間 の 精 神 的 活 動 で あ る美 術 教 育 は 、心 理 学 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 や 、 社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 の 次 元 を、 背 景 に し、 後 ろ 盾 に す る こ とは で き な い の で あ り、 美 術 教 育 は 、 真 の 道 徳 的 ・倫 理 的 次 元 を背 景 に しな けれ ば な ら な い は ず な の で あ る。 で は 、 心 理 学 的 な道 徳 や 倫 理 や 、 社 会 的 な 道 徳 や 倫 理 で は決 して 捉 え る こ との で き な い 真 の 道 徳 的 ・倫 理 的 次 元 と は ど の よ うな も の だ とい うの だ ろ うか 。 そ れ は 、S.フ ロ イ ト (Freud,S,1856-1939)が. 考 案 し 、 ラ カ ン へ と受 け継 が れ 整 合 化 され た 〈 死 の 欲 動 〉 の 領. 野 の こ とで あ る。 〈死 の 欲 動 〉 と は 、 人 間 の 「中 心 的 領 野 」27で あ り、 「 快 楽 原 則 の機 能 の 核 心 」28で. あ り、 「 す べ て の 法 の彼 岸 」29と. して 、 人 間 に 絶 対 的 な破 滅 と破 壊 を も た ら. す と同時 に、 「 無 か らの 創 造 の 意 志 、 再 出 発 の 意 志 で も あ る」30と. され 、 人 間 の 真 の道 徳. 的 ・倫 理 的 次 元 で あ る と され る。 そ して 、 ラ カ ン に お い て 、美(的 経 験)は 、真 の道 徳 的 ・ 倫 理 的 次 元 と され る 〈死 の 欲 動 〉 の領 野 と の 関 係 に お い て捉 え られ る こ と に な る。 本 研 究 は 、 こ の ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 を 手 が か り と して 、美 術 の 核 心 で あ る美(的 経 験) とは、 「 何 で あ り」、 「 何 の た め に あ る の か 」、 「 何 の た め に必 要 な の か 」 と い う問 い と、 「 人 は 美 を 、 い つ 理 解 した の か 」、 「 人 は美 を 、 ど の よ うに理 解 した の か 」 とい う問 い に 答 え る こ と と、こ の 考 察 を ふ ま え 、美 か ら美 術 を 、美 術 か ら教 育 を 、再 考 す る こ とを 目的 とす る。. ・3・.
(6) 2.先 行 研 究 の 検 討 と本 研 究 の 意 義. ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 に お い て 、 芸 術(〔beaux〕arts)や (beau)は. 、 美 術(beaux・arts)や. 、 ど の よ う に 捉 え られ て い る の だ ろ う か 。 美(beau)と. す る た め に 必 要 と さ れ た 機 能 で あ り、 そ し て 、 美(beau)と. 、美. は 、人 間 の 構 造 を解 明. は、人 間 に おい て最 も危険 で. あ り、 決 し て 向 か っ て は な ら な い 行 程 で あ る 〈 死 の 欲 動 〉 を 制 止 す る機 能 と して 捉 え られ て い る 。 そ し て 、 芸 術(〔beaux〕arts)や は 、 美(beau)と. 美 術(beaux・arts)の. 同 様 の 行 程 を た ど り 、 美(beau)と. 核 心 で あ る 美(的. 経 験). 同 様 の 機 能 を も つ も の と捉 え られ て. い る。 ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 に お い て 、 芸 術(〔beaux〕arts)や (beau)の. 考 察 は 、 主 に 、 講 義(s6minaire)『. (s6millaire)『 に発 表 され た. 、 美 術(beaux・arts)や. 精 神 分 析 の 倫 理 』(1959・60)31と. 精 神 分 析 の 四 基 本 概 念 』(1964)32と. 、美 、講 義. 、 演 劇 雑 誌 『ル ノv-一 ・=バ ロ ー の 手 帖 』. 「マ ル グ リ ッ ト ・デ ュ ラ ス 讃 一 ロル ・V・ シ ュ タ イ ンの 歓 喜 に っ い て 」(1965年). 33で 行 な わ れ て い る 。 講 義(s6minaire)『. 精 神 分 析 の 倫 理 』 で は 、 ラ カ ン は 、 美(beau)の. と 固 有 の 関 係 を も つ に あ た っ て の シ ニ フ ィ ア ン の 機 能 」34を 彼 自 身 の 死 と の 関 係 の 場 を 指 し示 す 」35た (beau)と. 機能 を. 「主 体 が 死. 示 す た め に 、 ま た 、 「人 間 と. め に 語 っ た と い う。 そ し て 、 そ の 基 底 に は 、 美. 〈 死 の 欲 動 〉 の 関 係 が 考 察 され て い る。. 講 義(s6minaire)『. 精 神 分 析 の 四 基 本 概 念 』 で は 、 「目 と 眼 差 し の 分 裂 」 と 「対 象a」36. と い う理 論 か ら 芸 術 や 絵 画 の 考 察 が 行 わ れ て い る 。 こ こ で は 、 先 に 行 わ れ た 講 義 (s6minaire)『. 精 神 分 析 の 倫 理 』 で 考 察 さ れ た 美(beau)と. く 死 の 欲 動 〉 の概 念 や 関 係 に. は ほ と ん ど 触 れ ら れ て い な い 。 さ ら に 、 こ の 二 つ の 講 義(s6minaire)の れ て い る た め 、 そ れ ぞ れ の 講 義(s6minaire)で (beaux-arts)や. 美(beau)の. 間 が 、4∼5年. 行 な わ れ た 芸 術(〔beaux〕arts)や. 離 美術. 理 論 は 、 そ れ ぞ れ 異 な る 次 元 の 理 論 展 開 と し て 、 っ ま り、. 別 の 理 論 と し て 捉 え られ る こ と が あ る 。 し か し 、 そ の 後 、 「マ ル グ リ ッ ト ・デ ュ ラ ス 讃 一 ロ ル ・V・ シ ュ タ イ ン の 歓 喜 に っ い て 」 に お い て 、 講 義(s6minaire)『 さ れ た 美(beau)に. 精 神 分析 の倫 理 』 で考 察. お け る 人 間 と 死 の 関 係 の 理 論 と 、 講 義(s6minaire)『. 本 概 念 』 で 考 察 さ れ た 美(beau)に. お け る 目(oeil)と. 眼 差 し[視. 精 神 分析 の四基. 線](regard)の. 分裂の. 理 論 を 、 統 合 す る よ う な 表 現 と し て 、 「視 線 が 美 に 転 換 す る 境 界 と は 、 「二 つ の 死 の 問 」. ・4・.
(7) (1'entre・deux-morts)へ. の 入 り 口 な の で あ る 」37と. 本 研 究 で は 、 こ れ ら の 二 つ の 講 義(s6minaire)の. 定 義 され る こ とに な る。. 二 つ の 美(beau)の. 理 論 は 、別 の理. 論 で は な く、 互 い に 矛 盾 す る こ と な く整 合 的 に位 置 づ け られ 理 論 化 され て い る こ と を 、 明 ら か に し な が ら 、 ラ カ ン の 芸 術(〔beaux〕arts)や. 美 術(beaux・arts)や. 美(beau)の. 理. 論 の 考 察 を 行 う。 次 に 、 こ れ ま で の ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 に お け る 芸 術(〔beaux〕arts)や (beaux・arts)や. 美(beau)に. 美 術. つ い て の先 行 研 究 に つ い て検 討 す る。. ま ず 、 高 瀬 博 文 の 「ジ ャ ッ ク ・ラ カ ン に お け る 対 象aの. 論 理 と芸 術 」(1993)38は. に 、 ラ カ ン の 『精 神 分 析 の 四 基 本 概 念 』 で の 「目 と眼 差 しの 分 裂 」 と 「 対 象a」. 、主. の理論 を. 解 説 し、 論 考 し て い る。 こ の 論 文 で は 、筆 者 自身 が 示 して い る よ うに 、 美(beau)と. く死. の 欲 動 〉 と の 関係 に つ い て は 、 考 察 され て い な い と思 わ れ る。 次 に 、 十 川 幸 司 の 『思 考 の フ ロ ンテ ィ ア 精 神 分 析 』(2003)39の 芸 術 と 美 の 解 説 を フmイ. トやM.ク. ラ イ ン(Klein,M,1882・1960)や. 十 川 独 自 の 考 察 が 行 わ れ て お り 、 美(beau)と (regard)と. 目(ceil)の. 「精 神 分 析 と 芸 術 」 は 、. 関 係 や 、 対 象aと. ラ カ ン に 依 拠 しな が ら、. く 死 の 欲 動 〉 と の 関 係 や 、 眼 差 し[視. 線]. い う概 念 は 、 ラ カ ン の 理 論 の と お り に は 考 察. され て い な い と思 わ れ る 。. 次 に 、 新 宮 一 成 と立 木 康 介 の 『フ ロイ ト=ラ カ ン』(2005)40のF芸. 術 論 とフ ロイ ト=. ラ カ ン 」 で は 、 フ ロ イ トの 物 と昇 華 の 概 念 と、 ラ カ ン の 物 と昇 華 の 概 念 の 解 説 と比 較 を 中 心 に 芸 術 や 美 術 の 解 説 を 行 っ て い る が 、 著 者 自身 が 書 い て い る よ うに 、美(beau)の は 行 っ て お らず 、 美(beau)と. く 死 の 欲 動 〉 との 関係 は 考 察 され て い な い と思 わ れ る 。. 次 に ・ ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 に お け る 芸 術(〔beaux〕arts)や (beau)の. 解説. 美 術(beaux・arts)や. 美. 理 論 が 、 美 術 教 育 との 関 連 で 考 察 され た 論 文 等 は 、 皆 無 で あ る と思 わ れ る 。. そ の た め 、 本 研 究 で は 、 前 述 の 三 つ の 論 考 で は 考 察 され て い な い と思 わ れ る美 と く死 の 欲 動 〉 と の 関 係 を 明 らか に し、 そ の 関係 か ら、 美 術 教 育 を 再 考 す る こ とを 目的 とす る。. 3.論 文 構 成. 第 一 章 で は 、 ラ カ ン の 人 物 像 と思 想 背 景 と ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 の概 要 を 考 察 し、 そ れ を ふ ま え 、 第 二 章 で は 、 ラ カ ン が 考 案 し た 図(sch6ma)Lに で 美(beau)の. 機 能 の 考 察 を 行 な っ て い く 。 図(sch6ma)Lと. 一5・. 従 っ て 、 図(sch6ma)L上 は 、 ラ カ ン の 初 期 の講 義.
(8) (s6minaire)『. フ ロ イ ト理 論 と 精 神 分 析 技 法 に お け る 自 我 』(1954・55)41で. れ 、 講 義(s6minaire)『. 精 神 病 』(1955-1956)42で. る 『エ ク リ 』(1966年)43の. 冒頭 にあ る. 初 め て示 さ. も示 され 、 ラ カ ン の 唯 一 の 著 書 で あ. 「《盗 ま れ た 手 紙 》 に つ い て の ゼ ミ ナ ー ル 」 の 解. 説 に も使 わ れ た 「ラ カ ン の 後 の 思 想 の な か で価 値 を 持 ち 続 け て い く も の とな る 」44図 で あ る。 次 に 、 ラ カ ン が 、人 間 の 構 造 は. 「す べ て は シ ニ フ ィ ア ン の 構 造 か ら 現 れ ま す 」45と. た 定 義 を 手 が か り に 、 こ の 図(sch6ma)Lの ン(signifiant)が. し. 行 程 に 従 っ て 、 ど の よ うに 人 間 に シ ニ フ ィ ア. 導 入 さ れ 、 連 鎖 し、 人 間 の構 造 が 構 成 され る の か を考 察 す る。 そ して 、. そ の 後 、 シ ニ フ ィ ア ン(signifiant)に 生 成 と 、善[財](bien)の. よ る 人 間 の 構 造 の 構 成 過 程 に 従 い 、 美(beau)の. 生 成 と 、善[財](bien)と. く 死 の 欲 動 〉 と の 関 係 か ら 、美(beau). と 〈 死 の 欲 動 〉 との 関 係 につ い て 考 察 す る。 第 三 章 で は 、 第 二 章 で 考 察 した 美(beau)の 機i能 か ら 、 美 術(beaux-arts)の. 〈 註. 考 察 を 行 い 、 次 に 、 と 美 術 教 育 の 再 考 を 行 う。. 〉. 1茂 木 一 司 「第1章. 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 美 術 教 育 の 目的 と性 格1美. 術 っ て 何?」. 2茂 木 一 司 「第1章. 宮 脇理 監修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 畠社 、2000年 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 美 術 教 育 の 目的 と性 格3情 操教育 」. 、2頁 。. 宮 脇理 監修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 吊社 、2000年 、5頁 。 3柴 田和 豊 「1945年 以 降 の美 術 教 育 の 総 括 」 宮 脇 理 編 『現 代 美 術 教 育論 』 建 畠社 、1985年 、16頁 。 4茂 木 一 司 「第1章 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 美 術 教 育 の 目的 と性 格1美 術 っ て 何?」 宮 脇 理 監 修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 畠 社 、2000年 、2頁 。 「 訳 者 解 説 」H .リ ー ド 『イ コ ン と イ デ ア 』 み す ず 書 房 、1957年 、181頁 。 佐 見英 治 「 訳 者 解 説 」H .リー ド 『イ コ ン と イ デ ア 』 み す ず 書 房 、1957年 、181頁 。 井 博 子 「美 術 教 育 」 奥 田 真 丈 他 監 修 安 彦 忠 彦 他 編 集 『現 代 学 校 教 育 大 事 典 』 株 式 会 社 ぎ ょ うせ い 、 1993年 、539頁 。. 5宇. 佐 見英 治. 6宇 7高. 林 健 造 「美 術(図. 』 第 一 法 規 出版 株 式 会 社 、1978 年 、12・13頁 。 茂木一 司 「 第1章 美 術 教 育 とは どの よ うな も の か 美 術 教 育 の 目的 と性 格1美 術 っ て何?」 宮 脇理 監修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 畠社 、2000年 、3頁 。 山本 正 男 「 総 説 現 代 と美 術 教 育 学 研 究 」 山本 正 男 監 修 ・久保 尋 二 編 集 『美 術 教 育 の理 念 美 術 教 育 学 研 究1』 玉 川 大 学 出 版 部 、1984年 、4頁 。 8金 子 一 夫 『美 術 科 教 育 の 方 法 論 と歴 史 』 中央 公 論 美 術 出版 、2003年 、34頁 。 9福 田隆 眞 「 第1章 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 美 術 教 育 の 目的 と性 格2美 術 の 教 育 と美 術 を通 10岩. 崎 和 宏 「第1章. 工)科 教 育 」細 谷 俊 夫他 編 集 『教 育 学 大事 典 第5巻. して の 教 育 」 宮 脇 理 監修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 畠社 、2000年 、4頁 。 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 日本 の美 術 教 育 理 論 と歴 史23戦 後 の 民 間 教 育. 運 動 」 宮脇 理 監 修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 吊社 、2000年 、33頁 。 上 野 浩 道 『日本 の美 術 教 育 思 想 』 風 間書 房 、2007年 、124・140頁 。 柴 田和 豊 「1945年 以 降 の 美 術 教 育 の総 括 」 宮 脇 理 編 『現 代 美 術 教 育 論 』 建 吊社 、1985年 、4・7頁 。 林 健 造 「美 術(図 工)科 教 育 」細 谷 俊 夫 他 編 集 『教 育 学 大 事 典 第5巻 』第 一 法 規 出版 株 式 会 社 、1978 年 、13頁 。 11岩. 崎 和 宏r第1章. 美 術 教 育 とは どの よ うな もの か 目本 の美 術 教 育 理 論 と歴 史23戦. 後の民間教育. 運 動 」 宮脇 理 監修 『美 術 科 教 育 の 基 礎 知 識 』 建 常社 、2000年. 一6・. 、33頁 。.
(9) 上 野 浩 道 『日本 の美 術教 育 思 想 』 風 間 書房 、2007年 、132・140頁 。 柴 田和 豊 「1945年 以 降 の 美 術 教 育 の総 括 」 宮 脇 理 編 『現 代 美 術 教 育 論 』 建 吊社 、1985年 、4・7頁 。 林健造 「 美 術(図 工)科 教 育 」細 谷 俊 夫 他 編集 『教 育 学 大 事 典 第5巻 』第 一 法 規 出 版株 式 会 社 、1978 年 、13頁 。 12柴. 田和 豊. 13チ. ゼ ッ ク の 心 理 学 的 教 育 理 論 に は じ ま るH・. 14柴 15下 16広. 「1945年. エ ン フ ェ ル ドや ヨ ・ リー ドの 心 理 学 的 美 術 教 育 理 論 の こ と で あ る 。 田 和 豊 「1945年 以 降 の 美 術 教 育 の 総 括 」 宮 脇 理 編 『現 代 美 術 教 育 論 』 建 畠 社 司 晶 『 〈 精 神 分 析 的 子 ど も 〉 の 誕 生 』 東 京 大 学 出 版 会 、2006年 、426頁 田 照 幸 『教 育(思 想 の フ ロ ン テ ィ ア)』 岩 波 書 店 、2004年 、109頁 。. 17」 .ラ カ ン(JニA・ 正8同 上 、26頁 。 19同. 上. 、26頁. .ラ カ ン(J=A・ 21同 上 、63頁 。 23同 24同 25同. 上. 、63頁 上 、90頁 上 、90頁 上 、17頁. 上 、28頁. 。. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理. 上 』 岩 波 書 店 、2002年. 、25・26頁. ミ レ ー ル 編)(小. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理. 下 』 岩 波 書 店 、2002年. 、63頁. 。. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理. 上 』 岩 波 書 店 、2002年. 、43頁. 。. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理. 下 』 岩 波 書 店 、2002年. 、77頁. 。. 。 。. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理 上 』 岩 波 書 店 、2002年. 、188頁. 出 浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 倫 理. 、71頁. 。. 。 下 』 岩 波 書 店 、2002年. 出浩 之 他 訳)『 精 神分 析 の倫 理 上』 岩 波 書 店 、2002年. 。 。. 」.ラカ ン(J=A・. ミ レー ル 編)(小. 出 浩 之他 訳)『 精 神 分析 の 倫理 下 』 岩 波 書店 、2002年. 32J. .ラカ ン(J=A・. ミ レー ル 編)(小. 出浩 之他 訳}階. 33J. .ラカ ン(若 森 栄 樹 訳)「. 伸 分析 の 四基 本概 念 』岩波 書 店 、2㎜. 出 浩之 他 訳)『 精 神 分析 の倫 理 下 』 岩 波 書 店 、2002年. 36」 .ラカ ン(」=A・. 出浩 之 他 訳)『 精 神 分 析 の 四基 本 概 創. ミ レー ル 編)(小. .ラカ ン(若 森 栄 樹 訳)「. 。. 年。. マ ル グ リ ッ ト ・デ ュ ラ ス 讃 一 ロル ・V・ シ ュ タイ ン の歓 喜 に つ い て」. 『ユ リイ カ 』 七 月 号 第17巻 34」 .ラカ ン(J=A・ ミ レー ル 編)(小 35同 上 、192頁 。. 第7号(通. 巻224号)1985年7月1日. 発 行 青 土 社 。246-256頁 、192頁. 岩 波 書 店 、2㎜. 。. 。. 年 、105頁 。. マ ル グ リ ッ ト ・デ ュ ラ ス 讃 一 ロル ・V・ シ ュ タ イ ン の歓 喜 に っ い て 」. 38高. 『ユ リ イ カ 』 七 月 号 第17巻 第7号(通 巻224号)、1985年7月1日 発 行 、 青 土 社 、253頁 瀬 博 文 「ジ ャ ッ ク ・ラ カ ン に お け る 対 象aの 論 理 と芸 術 」 『美 学Aesthetics』Vol .44、. 39十. 川 幸司. 40新. 宮 一成. 41」. 。. 。. 30」 .ラ カ ン(」=A・ ミ レー 一 一 ル 編)(小 31」 .ラカ ン(J=A・ ミ レー ル 編)(小. 37J. 、13頁. ミ レ ー ル 編)(小. 。 26」 .ラ カ ン(J=A・ ミ レ ー ル 編)(小 27」 .ラ カ ン(J=A・ ミ レ ー ル 編)(小 28」 .ラ カ ン(」 ニA・ ミ レ ー ル 編)(小 29同. 、1985年. 。. 。. 20J. 22同. 以 降 の 美 術 教 育 の 総 括 」宮 脇 理 編 『現 代 美 術 教 育 論 』 建 畠 社 、1985年 、7・12頁 。 レイ ン の 心 理 学 やA・S・ ニ イ ル の 抑 圧 論 、V・ ロ ー ウ. 『思 考 の フ ロ ン テ ィ ア 精 神 分 析 』 岩 波 書 店. 美 学 会 、1993年 、2003年. 、102・107頁. 、24-35頁. 。. 。. 。. 、 立 木 康 介 『フ ロ イ ト=ラ カ ン 』 講 談 祉 ・選 書 ・メ チ エ 、2005年 、178・189頁 。 .ラ カ ン(JニA・ ミ レ ー ル 編)(小 出 浩 之 他 訳)『 フ ロ イ ト理 論 と 精 神 分 析 技 法 に お け る 自我 上 』. 岩 波 書 店 、1998年 、178頁 42」 .ラ カ ン(J=A・ ミ レ ー ル 編)(小 出 浩 之 他 訳)『 精 神 病 上 』 岩 波 書 店 、1987年 、21頁 。 43」 .ラ カ ン(宮 本 忠 雄 他 訳)『 エ ク リ1』 弘 文 堂 、1972年 、64頁 。 44R .シ ェ マ マ 、B.ヴ ァ ン デ ル メ ル シ ュ 編(小 出 浩 之 他 訳)『 新 版 精 神 分 析 事 典 』弘 文 堂 、 1995年 45」 .ラカ ン(J=A・. ミ レ ー ル 編)(小. 、153頁. 出 浩 之他 訳 》 『 精 神 分 析 の 四基 本概 念』 岩 波 書 店 、2㎜. ・7・. 。 年 、276頁 。. 。.
(10) 第 一 章J.ラ. カ ン の略 歴 と精 神 分 析 理 論 の概 略. 第一節. 孤ラカ ンの略歴. J.ラ カ ン(Lacan,Jacques・Marie・Emile,1901・1981フ 1901年4月13日. ラ ン ス の 精 神 科 医 ・精 神 分 析 家)は 、. 、 パ リの 厳 格 な カ ト リ ック 信 仰 を 抱 く 商 人 の 家 庭 に 生 ま れ る。 子 ど もの. 遊 び を ま っ た く 好 ま な い 思 春 期 時 代 を 過 ご し た 。1916年 ザ(Spinoza,B,1632-1677オ. ラ ン ダ の 哲 学 者 、 神 学 者)の. 頃 に 医 者 を 志 望 し始 め 、B.ス ピ ノ 哲 学 に 興 味 を 持 つ 。1919年. に. パ リ の ス タ ニ ス ラ ス 中学 を 卒 業 し、 高 等 師 範 学 校 で 哲 学 を 学 び 、 そ の 後 、 転 学 し、 パ リ大 学 に 移 り 、 そ こ で 医 学 を 学 ぶ 。 兵 役 は 、 痩 せ 体 型 の た め 免 除 さ れ る 。1927年. に パ リ大 学 医. 学 部 卒 業 後 、 精 神 障 害 者 収 容 施 設 で イ ン タ ー ン を 行 い 、 サ ン ・タ ン ヌ 病 院(精 疾 患 診 療 所)に. 勤 務 す る 。1928年. に 興 味 を 持 つ 。1929年. に パ リ警 視 庁 付 属 特 殊 医 務 院 専 任 医 師 と な り 、 犯 罪 学 等. に ア ン リ ・ル ー セ ル 病 院(精. 務 し 、 そ の 翌 年 、 司 法 医 の 資 格 を 取 得 す る 。1931年 る 。 こ の 頃 、 ラ カ ン は 、 ダ ダ イ ス ム1に (Dali,S,1904-1989ス. ペ イ ン の 画 家)の. を 視 野 に 入 れ 、 ダ リやA.ブ. た ち と 交 友 し 、J.ジ. ョ イ ス(Joyce,J,A,A,1882・194120世. にア ン リ・. 「人 格 へ の 関 係 か ら み た パ ラ ノ イ ア 性 精. ー ヴ ェ ン シ ュ タ イ ン(Loewenstein,R,)に. よ る教 育 分 析. に 教 育 分 析 を 終 了 す る が 、 レー ヴ ェ ン シ ュ タ イ ン と の 関 係 は 精 神 分 析. ,C,G,1875・1961ス. ま た 、 バ タ イ ユ ら に 誘 わ れA.コ. に ス イ ス 精 神 医 学 協 会 でC.G.. イ ス の 心 理 学 者 、 分 析 心 理 学 の 創 設 者)に. か ら 、G.バ タ イ ユ(Bataille,G,1897-1962フ. ぶ 。1936年. ラ ン ス の 詩 人 ・小 説 家). 紀 の 最 も 重 要 な 作 家 の 一 人 と評. 理 論 へ の 考 え 方 の 相 違 が あ り友 好 的 で は な か っ た 。1933年. 哲 学 者)の. リ. ラ ン ス の 詩 人 ・文 学 者 、 シ ュ. 著 書 の 購 読 会 に 参 加 す る 。1932年. ク ロ ー ド教 授 の も と 医 学 博 士 と な る 。 学 位 論 文 は. ユ ン グ(Jung. に 発 行 さ れ たS.ダ. 文 章 を 知 り 、 シ ュ ル レ ア リ ス ム2の 第 二 期 の 運 動. ー ポv・ 一 ・ ・(Soupault,P,1897・1990フ. 神 病 」 で あ る 。 こ の 年 か ら 、R.レ. 勤. に サ ン ・タ ン ヌ 病 院 に 病 棟 主 任 で も ど. 関 心 を も ち 、 ま た 、1930年. 価 さ れ る ア イ ル ラ ン ド出 身 の 小 説 家 ・詩 人)の. を 受 け 始 め 、1938年. 神 医 学 及 び 精 神 障 害 予 防 研 究 所)に. ル ト ン(Breton,A,1896・1966フ. ル レ ア リ ス ム の 創 始 者)やP.ス. 神 病 及び脳. ラ ン ス の 思 想 家 ・作 家)と. ジ ェ ー ヴ(Kojさve,A,1902-1968ロ. 会 う。 こ の 頃. の 交 友 が は じ ま り、. シア 出身 の フラ ンスの. ヘ ー ゲ ル 講 義 を 聴 講 す る 。 こ の 年 か ら 、 半 年 ほ ど ピ エ ー ル ・ヴ ェ レ に 哲 学 を 学 に 第14回. 国 際 精 神 分 析 学 会 で 鏡 像 段 階 論 を 発 表 す る 。1949年. 精 神 分析 学会 で再 び鏡 像段 階論. 「(わた し)の. ・8・. に 第16回. 国際. 機 能 を 形 成 す る も の と して して の 鏡 像 段 階 」.
(11) を 発 表 す る 。ま た 、1944年. 以 前 か らM.メ. ル ロ=ポ. ン テ ィ(Merleau・Ponty,M,1908凹1961フ. ラ ン ス の 哲 学 者)と. は 交 友 が あ り 、 そ の 友 情 は メ ル ロ=ポ. く 。1949年. ヴ ィ=ス. にC.レ. ン テ ィ が53歳. ト ロ ー ス(L6Vi・Strauss,C,1908一. ら れ る フ ラ ン ス の 人 類 学 者)に. 構 造 主 義 の創 唱 者 と し て知. 初 め て 出 会 い 、 友 好 的 な 関 係 が 築 か れ る 。1953年. 精 神 分 析 協 会 の 会 長 に 選 出 さ れ る が 短 時 間 セ ッ シ ョ ン(時 な ど を 原 因 と す る 内 紛 か ら 辞 任 す る 。 そ の 後 、D.ラ ラ ン ス の 医 師 、 精 神 分 析 家 、 心 理 学 者)やF.ド 科 医 、 精 神 分 析 家)ら 離 さ れ る 。1953年. で 亡 く な る ま で続. に 、パ リ. 間 変 動 セ ッ シ ョ ン)3へ. の批判. ガ ー シ ュ(Lagache,D,1903-1972フ. ル ト(Dolto,F,1908-1988フ. ラ ンス の精神. と 、 フ ラ ン ス 精 神 分 析 協 会 を 設 立 す る が 、 国 際 精 神 分 析 協 会 か ら分. の51歳. の と き か ら サ ン ・タ ン ヌ 病 院 で 精 神 分 析 家 と 学 生 に 向 か っ て 講. 義(セ ミ ネ ー ル)を 始 め る 。 こ の 講 義 は 場 所 を 移 動 し な が ら 亡 く な る 前 年 の1980年 ま で 続 け ら れ る こ と に な る 。1963年. の79歳. に フ ラ ン ス 精 神 分 析 協 会 の 国 際 分 析 学 会 へ の加 入 を め. ぐ り 、 学 会 は 協 会 に 、 ラ カ ン か ら 教 育 分 析 家 の 資 格 を 剥 奪 す る よ う勧 告 し 、 除 外 さ れ る 。 そ の た め 、 彼 は フ ラ ン ス 精 神 分 析 協 会 を 脱 退 し、1963年 終 え る 。 こ の こ ろ 、Lア 哲 学 者)と. に 、 サ ン ・タ ン ヌ 病 院 で の 講 義 を. ル チ ュ セ ー ル(Althusser,L,1918-1990フ. ラ ンス のマ ル ク ス主義. の 交 友 が は じ ま り、 ラ カ ン を パ リ 高 等 師 範 学 校 に 招 き た い と 考 え た ア ル チ ュ セ. ー ル らの 計 ら い に よ っ て. 、 ラ カ ン は 高 等 師 範 学 校 で 、 パ リ高 等 研 究 院 講 師 と し て 講 義 を 続. け て い く こ と に な る 。1964年. に 一 人 で フ ラ ン ス 精 神 分 析 学 派 を 結 成 し 、 す ぐ に パ リ ・フ ロ. イ ト派 に 名 称 を 変 更 す る 。 こ の 頃 、 ア ル チ ュ セ ー ル は 自 分 の 生 徒 の 一 人 で あ っ たJAミ ー ル(Miller 想 に傾 倒 し て. ,」,A,1944・)に. ラ カ ン を読 む よ うに勧 め る。 ミ レー ル は 、 す ぐ に ラ カ ン の 思. 「破 門 」4に つ い て の 講 義(S6minaire)に. は 、 ラカ ンが アル チ ュセ ール へ の手 紙 の なか で. 出 席 す る よ うに な る。 ミ レー ル と. 「な か な か で す な 、 そ ち ら の 若 僧 は 」5と. 認 め た 、 後 の ラ カ ン の 娘 婿 で あ り 、 ラ カ ン が 自 分 の 講 義(s6minaire)を を 認 め た 唯 一 の 人 物 で あ る。 そ の た め 、 ラ カ ンの の 本 は 、 ラ カ ン が 行 っ た 講 義(s6minaire)を 集 し た も の で あ る 。1966年 ン ス の ユ ダ ヤ 系 哲 学 者)と. レ. 文 字化 す る こ と. 『セ ミ ネ ー ル(s6minaire)』. と い う講 義. 、 生 徒 の 筆 記 や 録 音 を も と に ミ レー ル が 編. に 、 」.デ リダ(Derrida,J,1930・2004ア. ル ジ ェ リア出身 のフ ラ. 出 会 い 、こ の 年 に 、ラ カ ン は 、唯 一 の 著 書 で あ る 『エ ク リ』(1966). を 公 刊 す る 。 こ の 著 書 は 、Pリ. ク ー ル(Ricceur,P,1931・2005フ. トを 読 む 一 解 釈 学 試 論 』(1965)6の. ラ ン ス の 哲 学 者)の. 『フ ロ イ. 出 版 に 対 し て 、 ラ カ ン は 自 分 の 講 義(s6minaire)に. リ ク ー ル を 招 い て い た は ず な の に 自 分 の 理 論 が 全 く考 慮 され て い な い こ と に 激 怒 し、 この リ ク ー ル の 本 の 出 版 を 契 機 に 『エ ク リ』 は 公 刊 さ れ る こ と に な る 。1969年. ・9一. に 、高 等 師 範 学.
(12) 校 の 講 義 室 の 使 用 を 禁 止 さ れ 、 講 義(s6minaire)の に 、彼 は 、彼 が 考 案 し た 資 格 認 定 制 度. 場 を パ リ 大 学 法 学 部 に 移 す 。1980年. 「 パ ス 」 の 挫 折 を 認 め 、パ リ ・フ ロ イ ト派 を 解 散 し、. フ ロ イ ト の 大 義 を 結 成 し 、 そ の 後 す ぐ に 、 フmイ Freudienne,ECF)を た め80歳. 創 設 す る 。1981年9月19目. ト の 大 義 派(EcoledelaCause に 、 パ リ ・ア ル トマ ン 病 院 で 大 腸 癌 の. で 逝 去 す る 。 最 後 の 言 葉 は 「わ た し は 頑 固 だ … … わ た し は 消 え て い く 」7で あ っ. た と さ れ る 。 ラ カ ン の 死 後 、 フ ロ イ トの 大 義 派(EcoledelaCauseFreudienne,ECF)は ミ レ ー ル が 率 い て2006年 つ 団 体 」8と. に 精 神 分 析 協 会 と して は フ ラ ン ス で 初 め て. 、. 「公 共 的 有 用 性 を も. し て 政 府 よ り認 定 さ れ る 。. 第 二節. 」.ラカンの精神 分析理 論の概略. ラ カ ン の 思 想 の 構 築 は 、初 期 に お い て は 、ス ピ ノ ザ の 「 神 へ の 知 的 愛amorintellectualis Dei」9の 理 論 の 解 読 と、E.フ ッ サ ー ル(Husserl,E,1859・1938オ 設 者)と. 、Kヤ. ス パ ー ス(Jaspers,K,1883-1969ド. ー ス ト リア の 現 象 学 の 創. イ ツ の 実 存 哲 学 者)か. ら影 響 を受 け. た 現 象 学 を 主 要 な 哲 学 的 基 礎 と した 。 後 に 、 ラカ ン は 、 現 象 学 を 、 事 物 よ り も観 念 、 つ ま り 自我(moi)の. 主 観 を重 視 す る観 念 論 に 対 して 、 「 『現 象 学 』 は我 わ れ を形 の 制 御 的 機 能. へ と つ れ 戻 して くれ ま した 。 形(フ. ォル ム)の. この 制 御 機 能 を 司 る の は た ん に 主 体 の 目だ. け で は な く、 主 体 の あ ら ゆ る期 待 、 動 き、 姿 勢 、 筋 肉 や 内 臓 の 感 覚 な ど、 要 す る に 、 全 体 的 指 向 性 と呼 ば れ る もの に お い て 目指 され る 主 体 の 構 成 的 現 前 で す 」10と し た 。 こ の解 説 は 、 形(フ. ォ ル ム)の 未 分 化 で あ る前 人 称 的 な 存 在 の 次 元 か ら、 客 体 と主 体 が 形 成 され る. 世 界 へ と 向 か う全 体 的 指 向性 と は 、 自我(moi)の 覚 の 制 御 的 機 能 で は な く 、 自我(皿oi)や. 操 る意 味(signi丘6)と. 意 味(signifi6)を. しての身 体 や知. 形 成 す るもの と して、 世界 に. 開 か れ た 間 身 体 性 と して の 身 体 や 知 覚 の 制 御 的 機 能 で あ る こ と を 表 し て い る。 次 に 、 大 学 の 医 学 過 程 で 精 神 医 学 を 学 び 、 そ の 頃 、 フ ロ イ トの 精 神 分 析 理 論 に 出 会 い 傾 倒 して い く。 ま た 、反 芸 術 運 動 と され る ダ ダ(Dada)の. 「あ ら ゆ る価 値 の 相 対 化 と近 代 理 性 の 関 係 性 そ. の も の の 無 効 化 を つ う じて 、表 象 行 為 に 原 初 の 直 接 性 と 自発 性 を 回 復 させ よ う とす る 」11 運 動 や 、超 現 実 主 義 と され る シ ュル レア リス ム(surr6alisme)の. 第 二期 の 「 近 代社 会 が設. け る 諸 々 の 禁 止 に 対 す る反 抗 を 、合 理 主 義 的 思 考 に よ っ て 排 除 され た 不 可 思 議(夢 、狂 気 、 エ ロ ス 等)の 再 発 見 と結 び つ け る こ とを 通 じて 、人 間 的 な 諸 特 性 の 高 度 の 総 合 を め ざ し た 」 12運 動 を 視 野 に入 れ な が ら、 ダ リや ブ ル トン ら との 交 友 を 行 い 、催 眠 実 験 や 自動 筆 記 な ど. 一10一.
(13) の 技 法 に も興 味 を持 っ た 。 次 に 、 コ ジ ェ ・ 一 一 ・ 一ヴ やA.コ の 科 学 史 家 ・哲 学 史 家)を. 経 由 し たG.ヘ. の 思 潮 の 頂 点 に 立 つ 哲 学 者)の E1857・1913ス. ー ゲ ル(Hegel,G,W,E1770-1831ド. ラ ンス イ ツ観 念 論. 哲 学 を 学 ぶ こ と に な る 。 そ の 後 、F.ソ シ ュ ー ル(Saussure,. イ ス の 言 語 学 者)の. (Jakobson,R,1896-1982ロ. イ レ(Koyr6,A,1892-1964フ. 言 語 学 と 、 ソ シ ュ ー ル の 影 響 を 受 け たR.ヤ. コブ ソ ン. シ ア 生 ま れ で 、 後 に 、 ア メ リ カ に 渡 っ た 言 語 学 者)や. バ ン ヴ ェ ニ ス ト(Benveniste,E,1902-1976フ. ラ ン ス の 言 語 学 者)ら. 、E.. の言 語 学 を学 び 、 ラ. カ ン は 、 言 語 学 を 、 「す べ て の 心 理 学 、 社 会 学 と は き っ ぱ り と 区 別 さ れ る べ き 科 学 、 …(← 省 略 著 者)、. そ の モ デ ル は 、 前 主 体 的 な仕 方 で 勝 手 に 一 人 で 作 動 す る順 列 組 み 合 わ せ で す 。. こ う い う構 造 こ そ が 無 意 識 に そ の 境 位 を 与 え て く れ る の で す 。 要 す る に 、 無 意 識 と い う用 語 の も と に 形 容 可 能 な 、 接 近 可 能 な そ して 対 象 化 可 能 な な に も の か が あ る こ と を こ の 構 造 が 我 々 に 保 証 し て い る の で す 」13と. し た 。 こ の 解 説 は 、 シ ニ フ ィ ア ン(signifiant)の. 立 性 と 連 鎖 の 構 造 の 解 説 で あ り 、 シ ニ フ ィ ア ン(signifiant)と れ 、 私(je)と. は 、 自 我(moi)が. 自 生成 さ. して の 存 在 が 始 ま る 以 前 か ら作 動 して お り、 数 学 の順 列 の組 み 合 わ せ の よ. う に 、 そ れ 自身 で 自 立 して 連 鎖 す る こ とが で き る こ と を表 して い る。 次 に 、 ラ カ ン は 、 メ ルu=ポ. ン テ ィ と の 交 友 か ら、 彼 の 現 象 学 を. 始 まる. 「伝 統 的 哲 学 の 到 達 点 」15を. っ て 次 の 一 歩 を 進 め た 」16と. 「イ デ ア を 前 面 に 押 し進 め た プ ラ ト ン 」14に. 示 し 、 「現 象 学 そ の も の の 限 界 を 押 し 広 げ る こ と に よ. し た 。こ の 解 説 は 、メ ル ロ=ポ. ン テ ィ の 現 象 学 と は 、自我(moi). の 世 界 を構 成 す る 純 粋 意 識 に よ る 意 味 付 与 作 用 の 分 析 で は な く 、 現 象 の 現 象 そ の も の の 驚 き を 見 る こ と で あ り 、 意 味 発 生 の 記 述 で あ る こ と を 表 し て い る 。 ま た 、 レ ヴ ィ=ス ス と の 交 友 か ら 、 ラ カ ン は 、 自 分 が 「無 意 識 は 一 つ の ラ ン ガ ー ジ ュ17と い る 」18と. し た 領 野 と 、 レ ヴ ィ=ス. トロ ー ス が. 『野 生 の 思 考 』 と 名 づ け た あ の 領 野 」19が 者 の 後 ろ 盾 を も と め て い た ラ カ ン は 、M.ハ の 哲 学 者)の. トロー. し て 構 造 化 され て. 「切 り 開 き 構 造 化 し 築 い た あ の 領 野 、 彼 が. 同 じで あ る と した 。 そ し て 、 つ ね に 著 名 な 哲 学 イ デ ッ ガ ー(Heidegger,M,1889・1976ド. イツ. 存 在 論 や 言 語 哲 学 に 熱 情 的 な 賛 辞 を 送 る こ と に な る 。 しか し、 そ の後 、 ラ カ. ン は 、 ハ イ デ ガ ー の 存 在 論 と は 、 「世 界 へ の 私 の 現 前 の 様 式 、 そ れ は 、 主 体 で あ る と い う こ の 唯 一 の 確 信 に 自 らを 還 元 し よ うと大 い に 努 め る 結 果 、 能 動 的 な 無 化 作 用 に な っ て しま う も の と し て の 主 体 」に つ い て 、「こ の 無 化 す る 力 を 存 在 そ の も の に も う一 度 落 据 え 直 す こ と 、 あ る い は少 な く と も この 無 化 能 力 を存 在 そ の も の とい か に して 関 連 づ け る こ とが で き る か と い う 問 い を 立 て る こ と で す 」20と し た 。こ の 解 説 は 、ハ イ デ ガ ー が 、無 意 識(inconscient) と い う 考 え 方 に は 、 辿 り 着 い て お らず 、 ラ カ ン の 理 論 に よ れ ば 、 ハ イ デ ガ ー が 、 主 体 を 、. ・11・.
(14) 偽 者 で しか な い 自我(皿oi)の. み に 限 定 して い る た め に 、 自分 と世 界 の 意 味(signifi6)の. 根 拠 や 根 源 が 、 得 られ ず 、 無 くな る こ と を 表 して お り、 さ ら に 、 ラ カ ン の 理 論 に よ れ ば 、 存 在 とは 、 自我(moi)が. 生成 す るこ とであ るた め 、ハ イ デ ガー の 問い の、 主 体 の無化 能. 力 の 力 を 、 存 在 に 関 連 させ る とい う こ とは 、 自我(moi)の. 無 化 能 力 の 力 を 、 自我(moi). と い う存 在 の 中 だ け で 考 察 す る こ と を 表 して い る。 こ の 考 察 は 、 自 己 言 及 、 及 び 、 循 環 論 法 に 陥 る た め 不 可 能 で あ る。 そ の た め 、 ラ カ ン は 、 ハ イ デ ガ ー の 理 論 と、 自分 の 理 論 と は 異 な る と して 、 「 …(← 省 略は筆者)私 は 少 な く と も一 時 、何 らか の 言 語 哲 学 、 さ らに はハ イ デ ガ ー の 哲 学 に 取 り懸 か れ て い る 、 と され て き ま した 。 実 際 は そ れ は 予 備 的 な 言 及 にす ぎ な か っ た の で す 」2・ と して 、 ハ イ デ ガ ー の 存 在 論 や 言 語 哲 学 か ら離 れ て い く。 こ の よ うに 、 ラ カ ン は 、 古 代 ギ リ シ ャ の 哲 学 、 神 学 、 哲 学 、 人 類 学 、 言 語 学 を享 受 して い っ た の で あ る 。 そ し て 、 レ ヴ ィ=ス. トロ ー ス ら と と も に 構 造 主 義 者 の 一 人 と さ れ る こ と. に な る。. し か し、 ラ カ ン の 思 想 の 根 底 に は 、 フ ロイ トの 精 神 分 析 理 論 が つ ね に基 底 を な し て い た こ と は 間 違 い な い だ ろ う。 ラ カ ン は 、 い つ も 、 自分 が 学 ん だ 神 学 や 哲 学 や 思 想 や 心 理 学 に つ い て 、 足 り な い とこ ろ 、 表 現 で き て い な い こ と、 間 違 っ て い る と した こ と を 、 フ ロ イ ト の 精 神 分 析 理 論 と、 比 較 し検 討 す る こ と に よ っ て 、 自分 の理 論 を 練 り上 げ て い っ た の で あ る 。 そ して 、 ど の 神 学 や 哲 学 や 思 想 や 心 理 学 も 、 フ ロ イ トが 考 案 した 精 神 分 析 理 論 の無 意 識(独UnbewuBte、. 仏inconscient)と. い う考 え方 に は 及 ば な い とい うこ と を 、 つ ね に指. 摘 し続 け た の で あ る。 で は 、 ラカ ン は 、 フ ロ イ ト以 外 の神 学 や 哲 学 や 思 想 や 心 理 学 に つ い て 、 どの よ うに 考 え て い た の だ ろ うか。 ま ず 、R.デ. カ ル ト(Descartes,R,1596-1650フ. ラ ン ス の 哲 学 者 、 数 学 者)に. 対 して は 、. デ カ ル トの 第 一 原 理 で あ る 「 我 思 う 、 ゆ え に 我 あ り」 に つ い て 、 「こ の 『我 思 う 』 は こ れ を 『言 う 』こ と に よ っ て 初 め て 定 式 化 さ れ る と い う事 実 一 そ の 事 実 を デ カ ル トは 忘 れ て い た 」 22と 解 説 す る 。 こ の 解 説 は 、 偽 者 の 主 体 と して 不 安 定 な 存 在 で あ る 我(moi)は. 、他者 と. 話 を し 、関 係 し て い る 限 り に お い て の み 、思 う こ と が で き 、定 位 さ れ る こ と を 表 し て い る 。 次 に 、1.カ ン ト(Kant,1,1724・1804プ. ロ イ セ ン 王 国 出 身 の ドイ ツ の 哲 学 者)に. 対 して は 、. 「カ ン トは 、 た だ 自 分 の 無 意 識 に 操 られ て い る と い う こ と を 証 言 し て い る だ け で す 。 こ の 無 意 識 は 、思 考 し な い た め に 、自 ら が 盲 目 的 に 生 み だ し た 仕 事 に お い て 、判 断 す る こ と も 、 計 算 す る こ と も で き な い の で す 」23と 無 意 識(inconscient)と. 解 説 す る 。 こ の 解 説 は 、 カ ン トが 、 思 考 に お い て 、. い う考 え 方 に は 、辿 り 着 い て お ら ず 、 カ ン トが 生 み だ し た 仕 事(観. ・12・.
(15) 念 論 的 哲 学)に. つ い て 、 カ ン ト自身 が 、 な ぜ 、 何 の た め に 、 そ の 仕 事 を 生 み だ した の か 、. ま た 、 そ の 仕 事 は 、 何 の 役 に 立 つ の か 、 と い う問 い に は 答 え る こ とが で き な い こ と を表 し て い る。 同 じ こ とで あ る が 、 カ ン トは 、 自 分 が 生 み だ した 仕 事 そ の も の を 自分 の 思 考 の 姐 上 に の せ 、 そ の 仕 事 に つ い て 、 判 断 した り、 計 算 した りす る こ とは で き な い とい う こ と で あ る。 な ぜ な ら、 「 ひ と は 、 自分 自身 が そ の 結 果 で あ る よ うな 話 を 理 解 し な い も の 」24だ か らで あ る。 次 に 、 ヘ ー ゲ ル に 対 し て は 、 ア リ ス トテ レ ス が 提 起 し た. 「主 人 た ち の 社 会 と い う 問 題 」. 25は 、 「へ 一 ゲ ル の パ ー ス ペ ク テ ィ ヴ で は 解 決 さ れ な い ま ま に な っ て い る 」26と の 問 題 に 対 し て 、K.マ 主 義 的 思 想 家)は. ル ク ス(Marx,K1818・1883ド. して 、 こ. イ ツ の 急 進 的 ジ ャ ー ナ リ ス ト、 共 産. 、 「主 人 た ち の 社 会 」 と い う 「こ の よ う な 枠 組 み の 中 で の 解 決 は 不 公 平 で. 部 分 的 な も の で あ り 、 不 十 分 で あ る こ と を 明 ら か に 」27し. た と解 説 す る 。. ま た 、 へ 一 ゲ ル や マ ル ク ス の 歴 史 観 に 対 して は 、 国 家 社 会 主 義 ドイ ツ 労 働 者 党(通. 称ナ. チ ス 党)が 行 っ た ユ ダ ヤ 人 の 大 量 虐 殺 の原 因 に つ い て 、 「 ヘ ー ゲ ル ・マ ル ク ス 主 義 的 な 前 提 に 基 づ い た 歴 史 認 識 で は 、こ の 種 の 事 件 が 再 び 出 現 した こ と を 説 明 す る こ と は で き ま せ ん 」 28と 解 説 す る。 こ の 解 説 は 、 官 僚 制 とい う制 度 か らの み の 原 因 の解 明 で は 、 そ の 原 因 を解 明 で き な い こ と を 表 して い る。 な ぜ な ら、 そ の真 の 原 因 と は 、 人 間 の 構 造 の 中 に あ る 自身 の 抑 圧 や 疎 外 に よ る 死 の 記 憶 か ら生 成 す る 、 私 に も 、 他 者 に も 存 在 す る根 源 的 な 攻 撃 性 と 破 壊 性 で あ る こ と を 表 して い る。 次 に 、 観 念 論 に 対 して は 、 「 観 念 論 が な し え た 方 向 に お い て は 現 実 は 問 題 に され て い ま せ ん 。 哲 学 の 伝 統 に お け る観 念 論 者 た ち とい うの は フ ロイ トに 比 べ る と く だ らな い 人 た ち で す 。 とい うの は 観 念 論 者 た ち は 現 実 に 真 剣 に 疑 義 を 挟 む とい う よ り、 現 実 の 牙 を 抜 い て しま うか らで す 。 観 念 論 の 主 張 と は 、 現 実 に尺 度 を 与 え る の は 我 々 人 間 で あ り、 そ の彼 方 を 探 す 必 要 は な い 、 とい う こ とで す 。 こ れ は 楽 な 立 場 で す 。 フ ロ イ トの 立 場 は 、 そ れ 以 外 の 優 れ た 人 々 の 立 場 と同 じ よ うに これ と は ま っ た く 異 な る の で す 」29と 解 説 し、ま た 、「 観 念 論 で は い っ た い ど うや っ て 表 象 とい うこ の 代 役 と表 象 が 覆 うは ず の も の と を 張 り合 わ せ る こ と が で き る の で し ょ うか 」30と 言 及 す る。 こ の 解 説 は 、 観 念 論 が 、 事 物 よ りも観 念 、 つ ま り、偽 者 の 主 体 と して の 自我(moi)の 意 味(signifi6)と. 操れる. して の 知 性 の 中 だ け の 閉 じ られ た 思 考 に 陥 る こ と を表 して い る 。そ の た. め 、 観 念 論 で は 、 自我(moi)の 我(moi)そ. 主 観 を重 視 す る た め に 、 自我(moi)の. 操 る意 味(signi丘6)と. の も の や 、意 味(signifi6)そ. して の 知 性 の 領 野 の外 に あ る 、 自. の も の や 、知 性 そ の もの の 生 成 過 程 や 、構 造 や 、. 一13・.
(16) 機 能 に つ い て は 、 考 え る こ とが で きず 、 さ ら に 、 そ れ らは 考 え る必 要 は な い と され る こ と を表 し て い る。 次 に 、 表 象 の 哲 学 に 対 し て は 、 「表 象 の 哲 学 の パ ー ス ペ ク テ ィ ヴ で 見 れ ば 、 表 象 を 目 の 前 に した と き 私 自身 が 、 そ れ は 表 象 で しか な く、 そ の 向 こ うに も の 、 も の そ の もの が あ る と 知 っ て い る 意 識 で あ る 、と結 局 は 確 信 す る こ と に な り ま す 」3・ と解 説 す る 。こ の 解 説 は 、 私 た ち が 見 て い る 世 界 と は 、 通 常 、 自我(moi)の (signifi6)の. 目(ce且)が. 世 界 と し て 存 在 す る 。 し か し 、 自 我(moi)の. 意 味(signifi6)と. 捉 えた表 象 としての意 味 目(oeil)が. 存 在 しな け れ ば 、. し て の 世 界 は 存 在 し な い 。 つ ま り 、 世 界 に は 、 本 来 、 意 味(signifi6). は 存 在 し な い の で あ り 、 そ の 意 味(signifi6)の. 存 在 しな い 世 界 を 、 ラ カ ン は 、 も の そ の も. の の 世 界 と した の で あ る 。 そ して 、 表 象 の 向 こ うに は 、 も の そ の もの の 世 界 が あ る とい う 意 識 の確 信 が あ る こ とを 表 して い る。. 次 に 、 解 釈 学 に 対 して は 、 「 そ れ は 、人 間 の 変 転 の継 起 の 中 に 、 人 間 が 自 ら の 歴 史 を そ れ に よ っ て 構 成 して い る 記 号 の 行 程 を読 み 取 る こ と で す 。 この 歴 史 は そ の 先 端 に お い て は も っ と無 限 の 時 間 に ま で 延 長 され る よ う な歴 史 で す 」32と 解 説 す る。 ま た 、 「 解釈学には 我 わ れ 分 析 家 も 関 わ りが あ りま す 。とい うの は 、解 釈 学 が 主 張 す る意 味 作 用 の 発 展 の 道 は 、 多 く の 人 の 頭 の 中 で は 、 分 析 で 『解 釈 』 と呼 ば れ て い る も の と混 同 され て い る か ら です 。 こ の 解 釈 は い わ ゆ る解 釈 学 と 同 じ意 味 に 受 け 取 られ る べ き で は 決 して あ りま せ ん が 、 解 釈 学 は こ の 混 同 を わ ざ と利 用 して い ま す 」33と 言 及 す る。 そ して 、 「 解 釈 はす べ て の意 味方 向 へ と開 か れ て い る わ け で は あ りま せ ん 。 そ れ は どん な解 釈 で も い い とい う も の で は ま っ た く あ りま せ ん 。 そ れ は 意 味 の あ る 解 釈 で あ り、 そ れ を 欠 く こ と は で き ま せ ん 。 しか しだ か ら と い っ て 、 主 体 の到 来 に とっ て 必 要 不 可 欠 な の は 、 こ の 意 味 内 容 だ とい う こ とで は あ り ませ ん 。 必 要 不 可 欠 な の は 、 主 体 が い っ た い どん な 一 無 意 味 で 、 還 元 不 能 で 、 外 傷 的 な 一 シ ニ フ ィ ア ン に 、 自分 が 主 体 と して 隷 属 して い る か を 、 こ の 意 味 の 向 こ う側 に 見 る こ と で す 」34と 解 説 す る。 こ の 解 説 は 、 解 釈 学 の 解 釈 とは 、人 間 の 人 生 の 転 機 に 、偽 者 の 主 体 で あ る 自我(moi)の. 欲 望(d6sir)と. して の 意 味(signi丘6)の. 附 与 され た 記 号 が 、 どの よ. う に 繋 り、 さ ら に 、 どの よ うに 繋 が っ て い くの か を歴 史 的 に 読 み 取 る こ と を 表 して い る 。 しか し、こ の 解 釈 は 、自我(moi)の 操 れ る 主 観 、つ ま り欲 望(d6sir)と あ る い は 、 意 味(signifi6)と. して の 記 号 の 解 釈 しか で き な い こ と を表 し て い る。 しか し、. 精 神 分 析 の 解 釈 とは 、 患 者 の偽 者 の 主体 で あ る 自我(moi)の (signifi6)の. して の 意 味(signifi6)、. 欲 望(d6sir)と. 附 与 さ れ た 記 号 の 繋 が り の 向 こ う側 で 、 自 我(moi)を. ・14一. して の意 味. 支 配 し 、 自 我(moi).
(17) と連 動 して い る 患 者 の構 造 の 活 動 が 止 ま っ て い る 場 所 を 、 シ ニ フ ィ ア ン(signi丘ant)の. 機. 能 と構 造 を 介 して 見 つ け 出 す こ と を表 して い る。 次 に 、 社 会 学 に 対 して は 、 「 生 き る 苦 痛 に つ い て の 、 あ る時 代 か ら他 の 時 代 へ の 変 遷 に 関 す る あ れ ほ ど多 く の 社 会 学 的 考 察 も、欲 望 が 絶 対 的 他 者(1'Autre)へ. の そ れ で あ りつ つ 、. 欲 望 を 引 き 起 こ す 対 象 を支 え て い る と こ ろ の 構 造 的 関 係 性 と比 較 す れ ば と る に 足 ら な い 」 35と 解 説 す る 。 こ の 解 説 は 、表 象 の 世 界 で 生 き る 人 間 の 苦 痛 よ り も、 人 間 の 構 造 の 構 成 過 程 に お い て 記 憶 され た 、 自身 の 抑 圧 と疎 外 に よ る 死 の 構 造 に 起 因 す る 苦 痛 の ほ うが 、 根 源 的 で あ り、 決 定 的 な 苦 痛 で あ る こ と を表 して い る。 次 に 、J.ピ ア ジ ェ(Piaget,」,1896・1980ス. イ ス の 発 達 心 理 学 者)に. 対 して は 、 「ピア ジ. ェ は 子 供 の 世 界 の 自己 中 心 性 とい う考 え を述 べ て い ま す 。 こ の 問 題 に つ い て 、 大 人 達 は子 供 達 を 戒 め な く て は な らな い か の よ うに 言 うの で す 。 他 者 を よ り深 く理 解 す る とい うこ と に っ い て 、 神 の 天 秤 に か け た ら、 教 授 とい う立 場 に あ る ピア ジ ェ の年 齢 相 応 の 理 解 と、 一 人 の 子 供 の 理 解 と ど ち らが 優 れ て い る か 知 りた い も の で す 」36と 言 及 し、 「ピ ア ジ ェ的 誤 謬 」37と. は、 「 子 供 の 『自 己 中 心 的 』 な デ ィ ス ク ー ル と称 され る 概 念 の 中 に あ りま す 。 …. (←省略 は筆者)、彼 の 言 う相 互 性 な る も の が 、 あ る段 階 の 子 供 に は 欠 け て い る と考 え 、 これ を 自 己 中 心 的 デ ィ ス ク ー ル と定 義 しま した 。 相 互 性 な る も の は 、 この 場 合 に我 わ れ が 行 き 着 くべ き 地 平 か らみ る と ま っ た く見 当 は ず れ で す し、 自己 中 心 的 デ ィ ス ク ー ル な る概 念 も 誤 解 で す 」38と 解 説 す る。 こ の 解 説 は 、 自我(moi)が. 構 成 され た後 の 人間 にはす べ て、. 人 間 と して の 構 造 が 存 在 し、 そ の 構 造 に お い て は 、 大 人 と子 ど も の 区 別 は で き ず 、 大 人 と 子 ど も の 違 い と い うこ と で は 、問 い を 立 て る こ と は で き な い こ と を表 して い る 。そ の た め 、 子 ど も は 、 自 己 中 心 的 で 相 互 性 が 欠 け て い る とす る 考 え 方 は 間違 い で あ り 、 ま た 、私lle) と し て の 自我(moi)は. 、 他 者 か ら与 え られ た も の で あ る た め 、 自 己 中心 性 な デ ィ ス ク ー. ル と い う考 え 方 そ の も の も間 違 い で あ る こ と を 表 して い る。そ して 、ラ カ ン は 、 「 大 人 の思 考 は 子 供 の 思 考 …(← 省 略は筆者)と 比 べ る と失 速 状 態 に あ る 」39と す る の で あ る。 次 に 、 ユ ン グ に 対 して は 、 「フ ロイ トの 無 意 識 は 、 想 像 逞 し く作 られ た ロ マ ン チ ッ ク な 無 意 識 と は ま っ た く違 い ま す 。そ れ は 夜 の 神 々 の 場 な ど で は あ りませ ん 。そ うい うも の も 、 フ ロ イ トが 目 を っ け た 場 と ま っ た く無 関 係 と い うわ け で は な い か も しれ ま せ ん 。 しか し、 無 意 識 に 関 す る こ の よ うな ロ マ ン チ ッ ク な 用 語 の 相 続 人 で あ る ユ ン グ が フ ロイ トに遠 ざ け られ た と い う事 実 は 、 精 神 分 析 が 導 入 した 無 意 識 は そ う した 無 意 識 とは 違 う も の だ 、 とい うこ と を十 分 に 我 わ れ に示 して くれ ま す 」 と して 、 「 ユ ン グ もま た 、感 嘆 しつ つ 、夢 や 宗 教. ・15・.
(18) の 象 徴 の 中 に 人 間 と い う種 に 固 有 の 幾 つ か の 元 型 を 再 発 見 しま し た 。 そ れ も ま た 一 つ の構 造 で す 。 し か しそ れ は 分 析 の 構 造 と は別 の も の で す 」40と 解 説 す る。 こ の 解 説 は 、 ユ ン グ の 提 示 し た 、 人 間 の 脳 の遺 伝 構 造 に存 在 す る と され る集 合 的 無 意 識 が 、 超 越 的 で 、 普 遍 的 で 、 神 秘 主 義 的 な性 格 で あ る こ と を 表 して い る。 ま た 、 集 合 的 無 意 識 の 表 出 と して の 象 徴 や フ ァ ン タ ジ ー と して の 元 型 とい うイ メ ー ジ の構 造 は 、 ラ カ ン が 提 示 す る 、 自我(moi) と連 動 す る 人 間 の 根 源 的 構 造 とは 、 何 の 関 係 もな い こ と を表 して い る 。 次 に 、ラ カ ン が 最 も敵 対 視 した ア メ リカ 式 の 自我 心 理 学 に対 して は 、自我 心 理 学 が 「 我々 は 自我 に しか 語 りか け る こ と は で き な い。 我 々 は 自我 と しか 通 じ合 え な い 。 全 て は 自我 を 通 ら な けれ ば な ら な い 」41と す る 主 張 に対 して 、 ラ カ ン は 、 「自我 は 正 に 症 状 と して 構 造 化 され て い る。 主 体 の 内 部 で 自我 は 特 権 的 な 症 状 に し か す ぎ な い 。 自我 は 優 れ て 人 間 的 な 症 状 で あ る。 自我 は 人 間 の 精 神 の 病 で あ る 」42と 反 論 す る。 こ の 反 論 は 、 偽 者 の 主 体 と し て の 自我(moi)が. 操 る意 味(signifi6)と. して の 知 性 や 感 情 や 欲 望(d6sir)は. 、す で に、. 偽 物 で あ り、 どれ ほ ど、 そ れ ら に 耳 を傾 け 、 語 りか け 、 通 じ合 っ て も、 真 の 主 体 で あ る エ ス(Es)の. 次 元 に は 、 決 して 辿 り着 く こ とが で き ず 、 治 療 は で き な い こ と を表 し て い る。. さ ら に 、 ラ カ ン は 、 科 学 ・宗 教 ・芸 術 に 対 し て 、 科 学 に は と し 、 宗 教 に は 、 「〈 も の 〉 の 『置 き 換 えVerschiebung』 の 〉 の 『抑 圧Verdrangung』 に 自 我(moi)が. が あ る 」43と. 「〈 も の 〉 の 『排 除 』 が あ る 」. が あ る 」 と し 、 芸 術 に は 、 「〈 も. 解 説 す る 。 ラ カ ン の い う〈 も の 〉 と は 、 人 間. 構 成 さ れ る 以 前 の 意 味(signifi6)の. 存 在 しな い 世 界 の も の で あ り、名 づ. け る こ と の で き な い も の と し て 、 「快 楽 原 則 の 彼 岸 」44の 場 に あ る も の と され る 。 さ ら に 、 〈 も の 〉 と は 、 私 の 中 心 に あ る の に 、 私 に とっ て 去 る こ と の 不 可 能 な 前 歴 史 的 く 他 者 〉 で あ る 」45と (moi)が. 「異 質 なentfremdetも. の と して 、 忘 れ. 解 説 さ れ る 。 こ の 解 説 は 、 人 間 に 自我. 構 成 さ れ る 以 前 の 前 歴 史 的 な 意 味(signifi6)の. 存 在 し な い 世 界 で は 、 そ の人 間. に 最 も 近 く 、 世 話 を し て くれ た 人 物 で さ え 〈 も の 〉 で あ る 。 そ の た め 、 人 間 に 自 我(moi) が 構 成 さ れ て も 、 自 我(moi)に. と っ て 、 そ の 人 物 は 、 意 味(signifi6)の. 存 在 しな い 異 質. な 〈 も の 〉 と して の 記 憶 で しか な い 。 し か し、 そ の 後 、 そ の 人 物 か ら、 シ ニ フ ィ ア ン (signifiant)に. よ っ て 受 容 し た 全 能 感 と 、死 の 記 憶 は 、専 制 君 主46の. よ う に 、 自 我(moi). に決 定 的 な影 響 を与 え続 け る こ とになる。. こ の よ うに 、 ラ カ ン は 、 「 デ カ ル ト、 カ ン ト、 マ ル ク ス 、 ヘ ー ゲ ル な ど の 人 達 は い ま だ に 乗 り越 え られ て い ま せ ん 。 とい うの は 彼 ら は研 究 の 方 向 、 真 の 方 向 性 を指 し示 して い る か ら で す 」47と 認 め つ つ も 、彼 らの 哲 学 や 思 想 も含 め て 、 宗 教 や 科 学 や 芸 術 や 哲 学 や 社 会. ・16一.
(19) 学 や 心 理 学 を 次 々 に 喝 破 して い っ た の で あ る 。 そ して 、 ラ カ ン は様 々 な 思 想 や 理 論 を 受 容 し、 ま た 格 闘 す る過 程 に お い て 、 フ ロイ トが 充 分 に は理 論 化 で き な か っ た こ と(特 に メ タ 心 理 学)や. 、 見 落 と した こ と を 、 そ れ らの 思 想 や 理 論 で 穴 埋 め を 行 お う と した の で あ る。. しか し、 こ の こ とは 、 ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 の 根 本 的 な 発 想 が 、 フ ロ イ トの 理 論 か ら得 ら れ て い る こ と を 意 味 して お り、 ラ カ ン の 精 神 分 析 理 論 とは 、 フ ロイ トの 理 論 と は 、 か な り 異 な る こ とに な る。 そ して 、ラ カ ン の 最 も重 要 な 理 論 とは 、「無 意 識 の 次 元 に は 主 体 の 水 準 で 起 き て い る こ と と あ ら ゆ る 点 で 等 しい 何 か(← 傍点 は筆 者)が あ る …(← 省 略は筆者)。 つ ま り、 そ れ は 話 し、 ま た そ れ は 意 識 の 水 準 に お け る の と ま っ た く 同 じ よ うな 仕 方 で 機 能 す る の で す 」48と す る 理 論 で あ ろ う。 こ の 理 論 は 、 フ ロ イ トが 発 見 した と 、 ラ カ ン が 解 釈 す る理 論 で あ る 。 そ し て 、 そ の何 か とは 、 「 す べ て は シ ニ フ ィア ン の 構 造 か ら現 れ ま す 」49と ン(signifiant)(能. され る シ ニ フ ィ ア. 記 、 意 味 す る もの 、 記 号 表 現 、 意 味 は 存 在 し な い)の. 導 入 と連 鎖 に よ. っ て 、 構 成 され る人 間 の 構 造 の こ と を 表 して い る。 つ ま り、 ラ カ ン は 、 現 実 の 人 間 が 感 情 を も ち 言 動 す る そ の 根 底 に は 、 そ の よ うに そ の 人 間 を 動 か す 構 造 が 存 在 して お り、 現 実 の 人 間 の 言 動 と、 そ の 根 底 の構 造 は 、 連 動 して い る とす る。 そ して 、 人 間 と は 、 そ の 構 造 に よ っ て 操 作(コ. ン トロ ー ル)さ. れ て い る 「生 き て 作 動 し て い る機 械 」50で. あ る と され る。. ま た 、 こ の 構 造 は 、 「こ の 構 造 が 結 果 と して 位 置 を 移 動 させ る 材 料 は 脳 組 織 の 材 料 を 広 さ の 点 で は る か に 凌 駕 し て 」51お. り、 シ ニ フ ィ ア ン(signifiant)の. 生 成 し、 「 象 徴 的 な も の と して 活 動 的 」52な. 導 入 と連 鎖 に よ っ て. 「 決 定 の 構 造 」53で あ り、 人 間 は 、 こ の 構 造. か ら決 し て 離 れ る こ とは で き な い とす る 。 しか し、 そ の構 造 が あ る か ら こそ 症 状 が 治 療 さ れ る 可 能 性 が 示 され る こ と に な る。 そ の 構 造 が な け れ ば 、 治 療 と は 何 を意 味 す る の か 、 何 を 規 準 と して 治 療 され る の か が 解 らな い こ と に な る。 つ ま り、 これ が ラ カ ン の メ タ 心 理 学 で あ る。 ラ カ ン は 、 この 構 造 の 理 論 に よ っ て 、 ア メ リカ 式 の 自我 心 理 学 に 傾 い た 精 神 分 析 理論の 「 全 面 的 修 正 」54を 行 お う と した の で あ る。 ま た 、 こ の 構 造 は 、 人 間 の原 初 の 、理 解 の構 造 で も あ る。 ラ カ ン は 、 カ ン トが 理 性 の 関 心 と して 三 つ の 問 題 を 挙 げ た な か の一 つ で あ る 「 わ た しは 何 を知 り得 る か 」55と い う問 い に 対 して 、「わ た しの デ ィ ス ク ー ル は 、人 は な に を 知 り得 る か とい う問 い を 認 め ま せ ん 」56 とす る。 そ して 、 そ の 問 い の 答 え は 「 な に も 」57と す る の で あ る。 つ ま り、 人 間 は 、 この 構 造 が構 成 され る 過 程 に お い て 、 一 度 だ け 、 あ ら ゆ る 、 す べ て の こ と を 理 解 す る が 、 自我 (moi)が. 生 成 し た 後 の 人 間 に は 、 理 解 す る こ とは で き ず 、 認 識 す る こ と しか で き な い こ. 一17・.
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