博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 胡 耀 光
学位論文題名
Phylogeny of the genus 工 〇 ケ ´ diphosa and related taxa in the subfamilyDrosophilinae ( Diptera : Drosophilidae )
(ニセヒメショウジョウバェ属及びその近縁群に関する系統分類学的研究)
学位論文内容の要旨
シ ョウジ ョウバェ類は、Morgaユ1らがキイロショウジョウバェを遺伝学の実験動物として確立 し て以来 、生物学 のさま ざまな分 野で最も よく使 われる実 験動物 の1っ となって いる。 これま で に、シ ョウジョ ウバ工 科として まとめら れたハ エは世界 から約3,500種が報告されている。
ショウジョウバ工科の分類体系の骨格は、Sturtevant (1921),Patterson&Stone (1952)らによっ て 確立さ れ、基本的にぱそれが現在まで引き継がれてきている。Throckmorton(1975)は、形態、
生 態、分 布情報な どを統 合したシ ョウジョ ウバェ 科の系統 進化に関する総説の中で、特に、キ イロショウジョウバェを含むシマショウジョウバェ亜属(・Sophophorロ)の系統的位置付けにつ い て、シ ョウジョ ウバェ 亜属くDrosophila)とは独立した比較的古い系統群であるという注目す べ き見解 を提出し た。し かし、そ の根拠と したデ ータなど が明示されず、科学的な仮説として は 検証が 難しいも のであ った。Grimaldi(1990)は、このような前科学的状況にチャレンジし、
非 常に多 くの形態 形質(217)を用い て、分 岐分析を 行い、シ ョウジ ョウバ工 科全体 の系統関係 に 関する 仮説を提出し、分類体系の一部再編成を行った。彼の仮説はThroclcmorton (1975)のそ れ と多く の点で異なり、シマショウジョウバェ亜属とショウジョウバェ亜属の関係については、
両 者は比 較的新し い1つ の単系 統群にま とめら れるとい う見解 を取った 。しかし 、彼の 研究で は 、各属 、各亜属 の模式 種1種 のみをそ の分類 群の代表 種とし て扱った ために、 各分類 群の単 系 統性は 検討でき ていな い(この ことがそ の後の 分子系統 学の結果も含めた混乱のー因となっ て いる) 。また彼の用いた形質を詳細に検討してみると、相同性、進化的極性に関して疑問のあ る形質も多い。
ショウジョウバェ科の系統関係に関する研究は、これまでにも形態形質のほかに染色体や行動な どいろいろな情報を用いて行われこさえく、近年、タンパク質やDNAの分子情報がさかんに使われ るようになってきた。ショウジョウバェ類は、このように動物群の中でも非常に多くの分子情報を はじめとして最も多角的な系統解析が試みられたグループであるが、まだその系統仮説が定まって い ない。 その主な論争点は、ショウジョウバェ亜科の中のいくっかの重要な系統群、例えぱヒメ ショウジョウノくェ属(Scaptomy:a)、ハワイショウジョウバェ(Idiomyia)、シマショウジョウバェ 亜 属、シ ョウジョ ウバェ 亜属など の系統関 係であ る。特に 、シマショウジョウバェ亜属の位置 付 けに関 しては、形態形質に基づくThroclanorton(1975)とGrimaldi(1990)の2つの対立した仮
一1157―
説 を そ れ ぞ れ 支 持 す る 分 子 系 統 仮 説 が 提 出 さ れ て お り 、 ま だ 決 着 が つ い て い な い 。 私が研 究材料 として選 んだニ セヒメシ ョウジョウノくェ属(Lordiphosa)については、シマショ ジ ョウ バ ェ 亜属 に 近 縁と す る説(Okad41963; Lastovka&Maca, 1978)とヒメ ショウジ ョウバ ェ 属に近 縁とす る説(Grimaldi,1990)がある 。しか も、現在 ニセヒ メショウジョウバェ属に含まれ る多く の種は 、過去に シマシ ョウジョ ウバェ亜属、ショウジョウノくェ亜属、フサショウジョウ バェ属(llirtodrosophila)など に入れら れていたことがあり、これらのショウジョウノくェ亜科 (Drosophilinae)の骨格 をっくる 分類群と 多少と も類縁が あり、 定説が定まっていないショウジ ヨウバ ェ亜科 の系統関 係を解 くカギと なる分類 群であ る可能性 が高い 。しかる にこれ までの系 統解析 にこの 属の種は ほとん ど含まれ てこなか った。 さらに、 この属 は中国を 中心と した東ア ジアで 適応放 散した比 較的ま とまった 分類群で 、近年 、中国大 陸を中 心とする 地域か らかなり の数の 新種が 発見され 、それ らを系統 解析に含 めるこ とにより これま で議論さ れてき たショウ ジョウ バェ系 統学上の 諸問題 を解決で きる可能 性が出 てきた。 そこで本研究は、(1)ニセヒメ ショウ ジョウ ノくェ属の単系統性を検討すること、(2)ニセヒメショウジョウバェ属の各種群聞 及び本 属とシ ョウジョ ウバェ 亜科の主 な分類群間の系統関係を明らかにすることを目的として、
次の研究を行った。
1. 材 料 と し て シ ョ ウジ ョ ウ バ工 科 の 主な 分 類 群を 代 表 す る10属9亜 属41種 ( ニ セヒ メ シ ヨ ウジ ョ ウ バェ 属 か ら5種 群18種 )を選び 、光学 顕微鏡と 走査電 子顕徽鏡 下で成虫 の形態 を比 較観察 し、全 部で68の形 質を抽 出した。 得られ た形質分 布マトリ ックス をコンピ ュータ ープロ グラムPAUP(ver.3.1.1)を用いて分岐分析した。最大節約系統樹の求め方は、heuristic search法 に よ り 、 ま た 、 得 ら れ た 系 統 樹 の 信 頼 性 を ブ ー ツ ・ ス ト ラ ッ プ 法 に よ り 評 価 し た 。 分岐分 析の結 果、2本の最 大節約系 統樹が得られ(樹長245ステップ、CI:0.437、RIニ0.765)、 それら の合意 樹とブー ツ・ス トラップ 解析の結 果を考 慮して次 のように結論した。(1)ニセヒ メ ショ ウ ジ ョウ バ ェ 属は 多 系 統 群で あ る 。(2) ツバ メ シ ョウ ジ ョ ウバ ェ 種 群(temjicaudn species‑group)はトゲオショウジョウバェ属(Nesiodrosophila)と共に別の単系統群を形成する。
(3)ニセヒメショウジョウノくェ属のienziicauda種群を除く主要部分は単系統群であり、シマシ ヨウジ ョウバ ェ亜属と 姉妹群 の関係に ある可能 性が高 い。(4)ニ セヒメショウジョウバェ属の 5つ の種群 のうち、fenestrarum種群、nigricolor種群、tenvicauda種群、deniiceps種群はそれぞ れ単系 統群を 形成する が、miki種 群の単系 統性は 強くは支 持され なかった (ブーツ ・スト ラッ プの値が低い)。(5)フサショウジョウノくェ属とヒメショウジョウノくェ属及びシマショウジョウ バェ亜 属はそ れぞれ単系統群である。(6)ショウジョウバェ亜科の中では、最初にマメショウジ ヨウノくェ属(Scaptodrosophila)が分岐した。 しかし、その後のノヽシリショウジョウ/くェ属 (Chymomy;a)、ニセヒメショウジョウバェ属、シマショウジョウバニ三三.罵、 トゲオショウジョ ウ/くェ属十tenuicauda種群、フサショウジョウノくェ属、ヒメショウジョウノくェ属、ヒョウモン ショウジョウ/くェ亜属(Dorsilopha)及びショウジョウバェ亜属の分岐関係は確定できなかった。
以上の 結諭は 、ニセヒ メショ ウジョウ バ工属 の系統的 位置づけ に関し て、シマ ショウ ジョウ バ ェ 亜 属 に 近 縁 と す るOkada(1963)とLastovka&Maca(1978)の 仮 説 を 支 持 す る 。 2.次に 、ツノく メショウ ジョウ ノくェ種群の系統的位置をより明らかにするために、本種群の 全13種と 近縁と 推定され たトゲ オショウ ジョウ バェ属、Dichaeiophoro属を主な研究対象とし,
―1158 ‑
それに ショウジ ョウノ くェ亜科 の主な属 を加え た35種類を 選び、 全部で34の形質に関して分岐 分析 し た 。 その 結 果 、こ の3分類 群は属 レベルの1つの 単系統 群にまと められ 、さらに その中 に3つの単系 統群が認 められ た(上記3分 類群に対 応しない )。こ の結果に基づいて分類体系を 改訂し 、この3分類群をDichaetophora属にまとめ、NesiodrosophilaはDichロeiophorロの新同物 異名と した。ま た、こ の属に含 まれる3つの 単系統群 をそれ ぞれ亜属とし、Dichaetophora亜属 の他に2つの新亜属を設立した。
本研究 の結果は 、ショ ウジョウ バェ系 統学上の 一大争点 である シマショウジョウバェ亜属の 系統的 位置付け につい て、ショ ウジョウ バェ亜 属とは独 立の比 較的古い系統群であるという仮 説を支 持するよ うであ る。この 仮説が正 しいと すると、 ショウ ジョウバェ属は多系統あるいは 側系統 群という ことに なり、分 類体系を 改訂す る必要が 出てく る。シマショウジョウバェ亜属 をショ ウジョウ バェ属 の中に残 して改訂 すると すると, マメシ ョウジョウバェ属などの少数の 属を除 いてショ ウジョウバヱ亜科の大部分の属をショウジョウノくェ属の亜属とするか、シマシ ヨウジ ョウバェ 亜属を 属に格上 げするか である 。しかし 、前者 の改訂を行うと多くの二次的異 物同名 が生じ、 分類学 的に多大 な混乱を 引き起 こしかね ない。 一方、後者の場合は、キイロシ ヨウジョウノくェの学名がDrosophila melonogasterからェSophophora melanogasterに変更されるこ と に な り 、 生 物 科 学 の 議 分 野 に 少 な か ら ぬ 影 響 を 及 ぼ す と 考 え ら れ る 。 この問 題を解決 するた めには、 信頼に 足るショ ウジョウ バ工科 の系統関係の確立が先決であ る。そ のために は、さ らに多く の分類群 の種を 分析に含 め、分 子、形態、生態、生物地理など の情報を統合し、総合的な研究を行うことが大切であると思われる。
ー1159−
学位論文審査の要旨 主 査 教授 戸田正憲 副 査 教授 木村正人 副査 助教授 鈴木 仁
学 位 論 文 題 名
Phylogeny of the genus Lordiphosa and related taxa in the subfamily Drosophilinae (Diptera: Drosophilidae)
( ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 属 及 び そ の 近 縁 群 に 関 す る 系 統 分 類 学 的 研 究 )
生 物 学 の さ ま ざ ま な 分 野 で 最 も よ く 使 わ れ る 実 験 動 物 の1っ と な っ て い る シ ヨ ウ ジ ョ ウ バ ェ 類 の 系 統 関 係 は 形 態 学 及 び 分 子 系 統 学 の 成 果 を 含 め て い ろ い ろ な 仮 説 が 提 出 さ れ て い る が 、 ま だ 、 完 全 に 解 明 さ れ て い な い 。 申 請 論 文 は 、 こ の 問 題 を 解 く カ ギ を 握 っ て い る 可 能 性 が あ る ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 属 に 着 目 し て 、 こ の 属 の 単 系 統 性 を 検 討 す る こ と と 、 こ の 属 と シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 亜 科 の 主 な 分 類 群 間 の 系 統 関 係 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て い る 。 論 文 は 、 2章 よ り 構 成 さ れ て い る 。 こ れ ま で の シ ョ ウ ジ ョ ウ バ 工 科 の系 統に 関 す る 形 態 、 染 色 体 、 行 動 、 タ ン パ ク 質 、DNAな ど を 用 い た 研 究 を 概 説 し た あ と 、 第1章 で は 、 材 料 と し て ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ 工 属 の5種 群 か ら18 種 、 シ ョ ウ ジ ョ ウ バ 工 科 を 代 表 す る 主 な 分 類 群 か ら23種 、 合 わ せ て41種 を 選 び 、 電 子 顕 微 鏡 、 実 体 顕 微 鏡 な ど の 観 察 に よ り68の 形 態 形 質 を 抽 出 し て 、 分 岐 分 析 を 行 っ て い る 。 そ の 結 果 、 ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 属 は 多 系 統 群 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 こ の 部 分 の 研 究 で 特 に 評 価 で き る 点 は 、1) 混 乱 し て い る シ ョ ウ ジ ョ ウ バ 工 科 の 系 統 仮 説 を 整 理 で き る 可 能 性 が あ る ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 属 を 研 究 対 象 と し て 選 ん だ 着 眼 力 、2) 系 統 推 定 に 意 味 が あ る と 考 え ら れ る40の 新 し い 形 質 を 発 見 し た 鋭 い 観 察 力 、3) 全 て の 形 質 を 今 後 の 研 究 に 役 立 て る こ と が で き る よ う に 明 確 に 定 義 し た 客 観 性 で あ る 。 第2章 で は 、 第1章 で ニ セ ヒ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ / く 工 属 本 体 と は 別 の 系 統 群 で あ る こ と が明 らか に な っ た ツ バ メ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ 種 群 の 全13種 と そ れ に 近 縁 と 推 定 さ れ た Nesiodrosopmぬ 属 、 口 た ヵ 日et〔 脚 〔 珊 属 を主 な 研究 対象 とし ,全 部で34の 形質 に 関 し て 分 岐 分 析 し て い る 。 そ の 結 果 に 基 づ い て 分 類 体 系 を 改 訂 し 、 こ の3分 類群 を仇むaPオ9所〇′a属にまとめ、舶sj〇出〇s9帥|.丿aは所むaPf〇.m〇朋の新同 物 異 名 と し た 。 ま た 、 こ の 属 に 含 ま れ る3つ の 単 系 統 群 を そ れ ぞ れ 亜 属 と し 、
Dichaetophora
亜 属の 他に2 っの 新亜 属を 設立 した 。この こと によ り、 研究対 象と した
3つ の分 類群 の系統 関係 が明 らか になり、それらの分類体系の混乱が 解消された。
以上 の研 究によって、ニセヒメショウジョウバェ属の多系統性が明らかに され 、ニ セヒ メショウジョウバェ属本体はシマショウジョウバェ亜属と姉妹群 の関 係に ある ことが示唆された。最も興味深い点は、ショウジョウバェ系統学 上の 一大 争点 であるシマショウジョウバェ亜属の系統的位置付けについて、シ ヨウ ジョ ウバ ェ亜属とは独立の比較的古い系統群であるということを示唆して いる 点で ある 。現段階で科学的結論とするにはまだ証拠が不足しているが、こ れら の推 論は 混乱しているショウジョウバェ亜科の系統仮説を整理するきっか けを与えるものであり、その意義は高く評価される。
さ らに 、申 請者はミ本研究を通じて、形態系統分類学者として必須の意味の ある形態形質を抽出する深い洞察カと観察眼を培い、分岐分析の論理を理解し、
その 技術 を修 得して、ショウジョウバェ系統分類学の分野ではエポックメイキ ング とさ れる
Grimaldi(1990) の 仕事 と質 の面では優さるとも劣らない成果を 挙げ たと 判断 され る。 また 、論 文の 主要 部である第1 章は、既に国際誌に受理 され てお り、 他に 参考 論文 とし て添 えら れた4 編のうち2 編も第1 著者として、
国内の権威ある学術誌に公表されたものである。