博 士 (獣医 学)佐 々木典 康
学位論文題名
イ ヌ の 肥 満 に 対 す る 新 し い 予 防 ・ 治 療 法 の 開 発 ―グ3アドレナリン受容体を介する脂肪細胞の活性化一
学位論文内容の要旨
肥満が高血圧や糖尿病など各種の成人病を誘発する最大の危険因子 であることは広く認識されており,小動物臨床領域においても,肥満 は重要な栄養性疾患として問題になりつっある。肥満はエネルギー収 支の不均衡により引き起こされる病態であるため,その予防・治療法 は,工ネルギー摂取量の低減を目的とした制限給餌が第一選択となっ ている。しかし食餌療法の実行と効果については問題も多く,効果的 か つ 安 全 な 肥 満 の 予 防 ・ 治 療 法 の 確 立 が 求 め ら れ て い る 。 最近,肥満の成因のひとっとして,褐色脂肪組織(brown adipose tissue,BAT)の機能障害が注目されている。一般に脂肪組織とぃえ ば白色脂肪組織(white adipose tissue,WAT)のことを指している が,哺乳類には形態も機能も異なるもうーつの脂肪組織であるBAT が存在する。WATが全身に広く分布し,大量の中性脂肪を蓄えるエ ネルギー貯蔵の場所であるのに対し,BATはげっ歯類や冬眠動物によ くみられ,冬眠からの覚醒時や寒冷暴露時の非ふるえ熱産生を行う部 位であるとともに,過食後の余剰エネルギーを熟として消費する機能 も持っている。BATは脂肪酸を酸化分解することによって熱産生を行 うが,この熱産生は褐色脂肪細胞のミトコンドリア内膜に特異的に発 現している脱共役夕ンノヾク質(uncoupling protein,UCP)の働きによ るものである。従来,脂肪細胞での脂肪分解や熱産生の促進は,アド レナリンのp受容体(p‐AR),特にpl‐ARを介する作用と考えら れていたが,その後の新しく合成された月‐AR作動薬(p作動薬)や
遺伝 子ク ローニ ング の結果 からp3−ARの存 在が確 認された。げっ歯 類で は,p3作動 薬を 長期間 投与 するこ とで ,体脂 肪量の減少,酸素 消 費 量 の 増加 やUCPの発 現増加 がお こり, 肥満 が軽減 され ること が 報告 され ている 。しかし,i33−ARを介する効果には種差が見られ,
現在 まで に開発 されている選択的口3作動薬はげっ歯類には高い効果 を示 すが ,ヒト やモ ルモッ トで は効果 が低 いこと も知られている。
本研究では,/つ」3作動薬をイヌの肥満予防および治療に応用するこ とを目的として,イヌでのiコ3作動薬の薬理学的効果の検討およびイ ヌ タ 3− ARの 1次 構 造 の 解 析 を 行 い , 以 下 の 知 見 を 得 た 。 (1)戸3作動 薬のz vivoでの 脂肪動 員効 果を検 討するために,ビ ーグ ル犬 に選択 的なp3作動薬であるCL316,243とICI D7114を静脈内 投与 し, 非選択 的なp作動薬であるイソプロテレノールの効果と比較 した 。13作動薬 は投 与開始 直後 から急 速な 血中脂 肪酸濃度の増加を 示し,その効果はイソプロテレノールに比べてより持続的であった。
また ,等 用量を 用いた場合には,CL316,243の方がICI D7114よりも 作用が強く,少なくとも2桁は低用量で脂肪動員効果を示した。f?3作 動薬の投与はインスリン分泌も促進したので,脂肪動員効果は低イン スリ ンに よる2次的な反応ではな〈,脂肪組織のp3―ARを介する直接 作用 であ ると考 えら れた。 この ように ,p3作動薬 はイヌにおいても m vivoでの脂肪動員とインスリン分泌を促進するので,イヌの肥満・
糖尿病の治療薬として利用できる可能性が示唆され、た。しかし,げっ 歯類 と異 なり, 循環 器系へ の作 用も有 する ことが 併せて判明した。
(2)次に ,Jコ3作動薬を長期間にわたり経口投与し,抗肥満効果を 検討した。
ビ ーグ ル犬にCL316,243 (O.lmg/kg)を1日1回経口投与し,5‐7週 間にわたって観察すると,プラシーボ投与群に比べて体重や胴囲,胸 囲が減少した。この間の摂食量はやや低下したが有意な差ではなかっ た。血液化学検査値および一般臨床所見ともに特記すべき異常は認め られなかった。投薬終了後の剖検では,脂肪組織を除いて特記すべき
異 常は認められ なかった。CL316,243を投与したイヌでは脂肪組織は 縮 小しており, 組織学的には 細胞内の脂肪が減少し,多房性の脂肪滴 を 持 った 細 胞が 多 数出 現 して いた 。 この 脂 肪組 織 に,UCPが 多 量に 発 現しているこ とが,RT‐PCR法およ ぴウエスタンブ ロット法や免疫 組 織化学的検索 によって明ら かとなった。一方,プラシーボ投与群の WATは ,典 型 的な 単 房性 の脂 肪 滴を 持 って い る白 色 脂肪 細胞 が 大部 分 であった。こ れらの結果か ら,イヌに対するCL316,243の長期投与 は 脂肪組織での 脂肪分解とUCPの発 現による熱産 生を誘起する と結論 し た。従って,CL316,243は ,イヌにおいて特に重大な副作用をおこ す こ と な く 肥 満 の 予 防 ・ 治 療 効 果 が あ る こ と が 示 さ れ た 。 (3) イ ヌp3‐ARの 機 能 を より 詳細 に 解析 す るた め にreverse transcrptlonpolymeraSeChainreaCtion(RT―PCR法)によりp3‐ARの cDNAク ロ ーニ ング を 行い , その塩基 配列の一部を 決定し,他の動 物 種 のp3‐ARと 比 較 検 討 し た 。 解析 し た部 分 は, 開 始コ ドン を 含む 650bpで あ り, 他 の動 物 種か ら 予想 され る 全長cDNAの約1/3で ある が ,翻訳領域で は約1/2に相当する配列であると予想できた。この塩 基 配列および推 定される206個のアミノ酸配列は他の動物種の戸3−AR の 塩 基配 列 と約85% の 高い 相同性 を示すが,p1やp2−ARの塩基配列 と は50% 前後 の 相同 性 しか なかっ た。イヌp3ーARのア ミノ酸配列に は ,p‐ARに 特徴 的 であ る,N末端側 の糖鎖付加部 位や膜貫通領域 の り ガ ン ド 結 合 部 位 の ア ミ ノ 酸 が 保 存さ れて い た。 イ ヌp3‐ARcDNA で(ま,マウス,ラットと異なり,ヒトやウシと同様に48‐50番目にVal‐ Leu−A1aの3つのアミノ酸残基の挿入が認められた。
さ ら に ,RT‐PCR法 を 用 い てp3‐ARmRNAの 組 織 分 布 を 調 べ た 結 果 , 脂肪 組 織に 強 い発 現 が認 められたが, 脂肪組織以外に も肝臓,
肺 ,脾臓およぴ 腎臓などで弱 いながら発現が見られた。このように,
イヌでは量的には少ないとはいえ,脂肪組織以外にも広範に声3ーARが 発 現しており, げっ歯類など とは発現パターンが異なることが明らか となった。
以上の知見より,イヌにも機能的なp3‐ARが脂肪組織に発現してお り,選択的なp3作動薬であるCL316,243は脂肪動員とエネルギー消費 を促進することで,効果的な抗肥満薬となる可能性が示された。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
斉 藤 昌 之 中 里 幸 和 橋 本 晃 木 村 和 弘
学位論文題名
イ ヌ の 肥 満 に 対 す る 新 し い 予 防 ・ 治 療 法 の 開 発 ―グ3アドレナリン受容体を介する脂肪細胞の活性化―
肥 満 は 小 動 物 臨 床 領 域 に お い て も 重 要 な 栄 養 代 謝 疾 患 と な り つ っ あ る 。 本 研 究 は 、 以 下 の よ う に 、 脂 肪 代 謝 の 特 性 に 注 目 し て 、 薬 物 を 用 い て 体 脂 肪 の 分 解 を 起 こ し そ れ を 熟 と し て 放 散 さ せ る こ と に よ り 、 イ ヌ の 肥 満 を 予 防 ・治 療す るこ とを 目指 した もの であ る。
1、 白 色 脂 肪 細 胞 で の 脂 肪 分 解 と 褐 色 脂 肪 細 胞 で の 熱 産 生 は 、 い ず れ も ロ ア ド レ ナ リ ン 受 容 体 を 介 し て 促 進 さ れ る が 、 脂 肪 細 胞 に は ロ3受 容 体 が 存 在 す る 。 従 っ て 、 こ れ の 特 異 的 な 作 動 薬 は 、p1やp2受 容 体 を 介 す る 心 臓 や 肺 な ど へ の 作 用 無 し に 脂 肪 分 解 と 熱 産 生 を 増 や し 、 抗 肥 満 効 果 を 発 揮 す る こ と が 期 待 さ れ る 。 事 実 、 齧 歯 類 で は こ の よ う な 効 果 が 報 告 さ れ て い る 。 本 研 究 で は ま ず 、 イ ヌ 脂 肪 組 織 の ロ3受 容 体cDNAを ク ロ ー ニ ン グ しmRNA発 現 を 調 べ て 、 イ ヌ に もp3受 容 体 が 存 在 す る こ と を 確 認 し た 。 2、 ロ3作 動 薬 で あ るCL316,243(CL)を ビ ー グ ル 犬 に 投 与 し て 、 そ の 効 果 を 調 べ た 。 ま ず 、 脂 肪 分 解 作 用 に つ い て 血 中 遊 離 脂 肪 酸 動 態 か ら 検 討 し た と こ ろ 、 投 与15分 後 か ら 脂 肪 酸 濃 度 が 上 昇 し 少 な く と も 数 時 間 は 高 値 が 続 く こ と が 明 ら か と な っ た 。 こ の 効 果 は CLの 用 量 依 存 的 で あ り 、 非 選 択 的 作 動 薬 で あ る イ ソ プ ロ テ レ ノ ー ル よ り も は る か に 強 か っ た 。 従 っ て 、 ロ3作 動 薬 は イ ヌ に お い て も 脂 肪 動 員 効 果 が あ る こ と が 確 認 さ れ た 。 3、CL(O.1 mg/kg)を1日1回 ビ ー グ ル 犬 に 経 口 投 与 し 、5ー7週 間 に わ た っ て 観 察 し た と こ ろ 、 プ ラ セ ボ 投 与 群 に 比 べ て 体 重 や 胴 囲 の 減 少 が 認 め ら れ た 。 こ の 期nqの 摂 食 量 には 両群 『I川で有意差は なく、一般臨床所兄や血液生化学検査他にもぅ|そ常は 兄られなかっ た。投薬終了後の剖検によって、CL投与犬では翁I亅J胞内脂JDiの減少によって脂肪荊[織が簫お 小し てお り、 褐 色脂J亅 方%IU胞に 特興的な熱産生分子である脱ジヒ役蛋白質が多 量に発現して いることが明らかとなった。
以 上 の よ う に 、 本 研 究 は 、 イ ヌ で も ロ3受 容 体 が 脂 肪 組 織 に 存 在 し て お り 、 選 択 的 な
作動薬が脂肪動員とエネルギー消費を促進することで効果的な抗JJ巴満薬となることを示 したものであり、獣医学とりわけ小動物1臨床領域への貢献が大である。よって審査委員 一 同 は 佐 々 木 典 康 氏 が 博 士 ( 獣 医 学 ) の 学 位 を 受け る 資 格 が 十 分 あ る と 認 めた 。