博 士 ( 水 産 科 学 ) 吉 川 修 司
学 位 論 文 題 名
魚醤油製造における微生物発酵技術の導入に関する研究 学位論文内容の要旨
近年,食品に対する自然志向やェスニック料理志向により,味わいの深い天然調味料として魚醤油 が注目され,さらに内臓や魚皮,およびカット残渣などを素材として製造可能なことから環境に配慮 した調味料としても注目を集めている.しかし,発酵期間中に発生する脂質の酸化による油焼け臭や 原料の鮮度低下に起因する短鎖脂肪酸およびトリメチルアミン等の不快臭の存在,熟成不良によるう ま味不足を生じるものがあるなどその製品品質は安定しない.さらに,風味を醸成するために麹を加 えると,遊離アミノ酸含量が増加し,短鎖脂肪酸の生成が抑制され魚臭さが和らぐが,同時に褐変が 促進され,その度合いが過度になると加工品の色に悪影響を及ぼす.このように魚醤油は風味に優れ ているにもかかわらず,品質上の問題が多く存在する.これらの品質上の諸問題を解決することは,
魚醤油をより汎用性のある調味料にするとともに,魚醤油の生産が増加することは水産加工副産物の 再 利 用 に よ る 資 源 の 有 効 活 用 に も っ な が り , 資 源 の 持 続 可 能 な 利 用 に 資 す る . そこで,本研究では魚醤油の製造上で課題となっていた強しゝ魚臭や麹を用いた場合の色調の濃さな ど従来の魚醤油が抱える課題を解決するために,耐塩性酵母および乳酸菌スターターによる発酵技術 について諸条件の検討を行うとともに,微生物叢の解析や成分解析を行い,品質の改善メカニズムに ついて検討した,さらに耐塩性微生物の乾燥スターター化と魚醤油製造への応用についても検討し た.
第1章では,微生物発酵技術を用いてサケを原料とした高品質魚醤油の製造条件について検討を行 った.発酵技術を導入し,高品質なサケ魚醤油を製造するためには,原料として内臓と肉部を混合 して用い,適切に復水処理した麹と耐塩性微生物スターター(Zygosaccharomyces rouxii,Candida versatilis,およびTetragen.ococcus halophilus)を接種し,350Cで諸味を加温醸造することが,スター ターの増殖,色調の淡色化,遊離アミノ酸の増強,醤油様香気の生成の観点から有効であることを明 らかにした.
また,魚醤油の色調を淡色化する要因として,発酵初期の諸味の大幅なpH低下が必要であり,そ れには耐塩性微生物スターターの接種が有効であることを明らかにした.麹としては,クエン酸を 生産する焼酎麹菌(Aspeigillus awamori,イ.saitoiiおよびィ.kawachii)は酸性化により魚醤油の淡色化 を可能とするものの不快な香気を伴うことから魚醤油醸造には不向きと判断され,また,魚醤油の風 ―1091ー
味の 面 から,通常の醤油醸 造に用いるイ.Dり,zaeやイ ,so凪eにより,米,麦類, ソバ類など穀類を基質 とした麹が好ましいと考えられた,
第2章 で は , 大 麦 麹 と 耐 塩 性 微 生 物 ス タ ー タ ー 接 種 に よ る サ ケ の 魚 醤 油 を モ デル とし て, 種々 の ス タ ータ ー微 生物 の組 み 合わ せと 発酵 過程 に おけ る魚 醤油 成 分の 変化 との 関連 性 を調 ベ, 魚醤 油成 分 に及ぽすスターター接種の影響について検討した,
大 麦麹 を使 用す ると , 諸味 発酵 期間 中に 遊 離ア ミノ 酸と と もに 還元 糖も 増加 す るた め, メイ ラー ド 反 応 に よ る 魚 醤 油 の 褐 変 が 促 進 さ れ た が , 耐 塩 性 微 生物 ス ター ター の共 存に よ りpH低下 する とと も に還 元 糖が 消費 され 褐 変が 抑制 され た. 特 に耐 塩性 酵母 スターターZ.rD鰍甜とc ve坩ロ釘ぬは,還元 糖 の 消費 量が 多い ため に 褐変 の抑 制効 果が 高 く, また ,工 夕 ノー ルと 同時 に醤 油 の特 徴香 とし て知 ら れる,2−フェニル工夕ノール(2―PE)と4.ヒドロキシ.2(or5)・エチル.5(or2),メチル.3(2H).フラ ノ ン (HEMF) ,4一 エ チ ル グ ア ヤ コ ー ル (4‐EG) を それ ぞ れ生 成し ,魚 醤油 に 醤油 様の 香り を付 与 し た . 本 研 究 で は そ れ ら の 香 気 成 分 の 定 量 の た め に 固相 マ イク ロ抽 出法 (SPME)を 応用 して 簡便 に 定 量 する 系を 構築 した . また ,魚 醤油 の香 気 成分 や呈 味成 分 につ いて 発酵 期間 中 の消 長を スタ ータ ー の組み合わせ毎に解析し,その効果を初めて明らかにすることができた.
現 在ま での 魚醤 油に 関 する 研究 には ,最 終 製品 の成 分や 香 りに 関す るも のが 多 く, 発酵 中の 微生 物 の 動 態 に つ い て は 解 明 さ れ て い ない .そ こで ,第3章 では , スタ ータ ーを 接種 し た魚 醤油 諸味 の微 生 物 叢 の解 析と 発酵 過程 に おけ る変 遷に つい て 検討 した .本 研 究で は, 寒天 平板 培 養法 に加 え, 培養 不 能 な 微 生 物 も 含 め て 菌 叢 の 網 羅 的 解 析 が 可 能 な 変 成 剤 濃 度 勾 配 ゲ ル 電 気 泳 動 法 (PCR−DGGE法) に よる 真 菌叢 の解 析を 魚 醤油 諸味 に適用した.その結果 ,発酵期間中に検出された 真菌は,イ.。げ誑P, Z.′D甜釘,C.vP珊ロ釘仏,およびRカぬg f肪e朋D門ぬの4種類のみで あり,接種スターター由来の真菌
(イ.。ワ閉P,Z.m餓釘,C.ve膰ロffm)が主要真菌叢を占めたが,P雪甜f〃fe刪弸d釘のような野生酵母の増 殖 も 認め られ た. 野生 酵 母の 増殖 は, 風味 や 香気 成分 など に 影響 を及 ぼし たが , 非無 菌的 条件 下に お け る 好ま しく ない 野生 酵 母の 増殖 抑制 には , 発酵 開始 時にz.m餓 釘を 接種 する こ とが 効果 的で ある こ とを明らかにした.
第4章 で は , 発 酵 技 術 を 導 入 し た サ ケ 魚 醤 油 の 生 産 を 容 易 に す る た め に は , 従来 の生 菌体 スタ ー タ ー よ り も 取 り 扱 い や す く 保 存 性 に 優 れ た ス タ ー タ ーが 望 まれ るこ とか ら, 魚 醤油 醸造 用乾 燥ス タ ー タ ーの 開発 を試 みた . 本研 究で は, スタ ー ター の乾 燥方 法 とし て, 被乾 燥物 を 温風 で舞 い上 げな が ら 乾 燥す る方 法で ,被 乾 燥菌 に熱 的な 負荷 が かか らず ,し か もコ スト の低 い乾 燥 方法 であ る流 動層 乾 燥法に着目した, 流動層乾燥法を用いて発酵に用いるZ. .0鰍ぬ,C.v8瑠dガ仏およびZカロf印轟fんsの乾 燥 菌 体 を 新 規 に 開 発 し た . 乾 燥 前 に 割 砕 小 麦 を 混 合 して 菌 体水 分を40〜50% に 調整 する こと で乾 燥 後 生 残 率 が 高 ま り , 乾 燥 菌 体 の 保 存 性 も 良 好 で あ っ た,84日間35℃ で保 存後 の 乾燥 菌体 で魚 醤油 を 製 造 した とこ ろ, 生菌 ス ター ター を使 用し た 場合 と発 酵経 過 ,遊 離ア ミノ 酸組 成 とも にほ ば変 わら な い醸造性能を示した.
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以上のように,本研究では,魚醤油製造に純粋培養した微生物をスターターとして添加する手法を 導入することにより,呈味成分の増強や香気成分の付与が可能であることを明らかにするとともに,
発酵過程の成分ならびに菌叢変化について解析し,スターターの導入により魚醤油の発酵管理,換言 すれば野生微生物の増殖による品質不安定化を防ぎうることを示した.すなわち,本研究では,従来 から魚醤油で要望されてきた改善点である,明るい色調,濃厚なうま味,および魚臭の改善のすべて を満たす製法を確立した,さらに,魚醤油の製造を容易に行うために初めてスターターの乾燥化技術 を確立するとともに,乾燥スターターの利用により従来の生菌体と遜色ない製品が製造可能なことを 初めて明らかにした.
本論文で示した一連の研究成果は水産加工副産物の有効活用に関する新たな基礎的技術上の知見 であり,食品産業における副産物の減量化,およびサステナピルティの観点から重要な示唆を与える ものである.さらに,スターターの積極的な利用により,従来の非発酵水産加工品とは異なる発酵に よる風味が増強された新規な食品の開発など,水産発酵食品産業の発展にもっながると予想され,本 研究の成果の一部はすでに実産業で利用されており,今後もさらなる技術的展開が期待されている.
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 川合祐 史 副 査 教授 吉水 守 副査 准教授 山崎浩司 副査 准教授 栗原秀幸
学 位 論 文 題 名
魚醤油製造における微生物発酵技術の導入に関する研究
魚醤 油は、特 徴ある 風味を有 するた め需要が増大しており、低利用魚や水産加工副産物の有効 利用 の観点か らも注 目されて いる。し かし、 魚醤油製造においては、発酵期間中の脂質酸化によ る油 焼け臭や 原料の 鮮度低下 に起因す る短鎖 脂肪酸およびトリメチルアミン等の不快臭の存在、
熟成 良否によ る製品 品質の不 安定さ、 さらに 、風味を醸成するための麹添加による過度の褐変が 課題 として指 摘され ている。 本研究で は、こ のような従来の魚醤油製造が抱える課題を解決する ため に、耐塩 性酵母 および乳 酸菌スタ ーター による発酵技術の導入を行い、微生物叢と製品品質 と の関 連性にっ いて検 討し、さ らに耐塩 性微生 物の乾燥 スター ター化と 魚醤油 製造への 応用に ついても検討を加えている。得られた成果は以下のように要約される。
1.微生物発酵技術を用いた魚醤油製造条件の検討
微生物 発酵技術 を導入 し、サケ の高品 質発酵魚 醤油の製 造のた めには、 原料と して内臓 と肉 部を混合して用い、適切に復水処理した麹(Aspergillus oryzaeあるいはイ,sojae)と耐塩性微生物 スターター(Zygosaccharomyces rouxii、Candida versatilis韜よぴTetragenococcus halophilus)を 接 種し 、35℃で諸 味を加 温醸造す ること が、スタ ーターの 増殖, 色調の淡 色化、 遊離アミ ノ酸 の増 強、醤油 様香気 の生成の 観点から 有効で あることを明らかにした。また、発酵魚醤油の色調 を 淡色 化する要 因とし て、発酵 初期の諸 味の大 幅なpH低下 が必要 であり、 それに は耐塩性 微生 物スターターの接種が有効であることを明らかにした。
2.魚醤油成分に及ばすスターター接種の影響
大麦麹 と各種の 耐塩性 微生物ス タータ ーを接種 したサケ の魚醤 油の発酵 過程に おける成 分の 変化 にっいて 検討し た。大麦 麹を使用 すると 、諸味発酵期間中に遊離アミノ酸とともに還元糖も 増 加す るため、 メイラ ード反応 による魚 醤油の 褐変が促 進され たが、耐 塩性微 生物の共 存によ ‑ 1094―
りpH低 下す る と とも に 還 元糖 が 消 費 され 褐 変 が抑 制 さ れた 。 特 に耐 塩 性 酵母 ス タ ータ ーZ. rouxiiとC,versatilisは、還元糖の消費量が多いために褐変の抑制効果が高く、また、エタノール と同時に 醤油の 特徴香として知られる2―フェニルエタノールと4‐ヒドロキシ‐2 (or5)‑エチル
−5 (or2)‑メチル‐3(2H) ‑フラノン、4―エチルグアヤコールをそれぞれ生成し、魚醤油に醤油様の香 りを付与 した。 本研究で はそれ らの香気 成分を固相マイクロ抽出法によって簡便に定量する系を 構築した。
3.スターターを接種した魚醤油諸味の微生物叢の解析
寒 天 平板 培 養 法に 加 え 、変 性 剤 濃 度勾 配 ゲ ル電 気 泳 動法(PCR‑DGGE法 )に よ っ て 、スタ ー ターを接 種した 魚醤油諸 味の発 酵過程に おける微生物叢の変遷について検討した。発酵期間中に 検出された真菌は、イ. oryzae、Z.rouxii、C.versatilisおよぴPichia guilliermondiiの4種類のみで あり、接種スターター由来の真菌(A. oryzae、Z.rouxii、C.versatitis)が主要真菌叢を占めたが、
P.guilliennondiiのような野生酵母の増殖も認められた。野生酵母の増殖は、風味や香気成分な どに影響 を及ば したが、 非無菌 的条件下 における好ましくない野生酵母の増殖抑制には、発酵開 始時にZ.rouxiiを接種することが効果的であることを明らかにした。
4.発酵魚醤油醸造用乾燥スターターの開発
発酵技術 の導入 を簡便に 行える ようにす るため、発酵魚醤油醸造用乾燥スターターの開発を試 み、流動層乾燥法を用いて発酵魚醤油の製造に用いるZ. rouxii、C.versatilisおよびFhalophilus の乾 燥菌体 を新規 開発に成 功した 。乾燥前 に割砕小 麦を混 合して菌 体水分 を40〜50%に 調整す るこ とで乾 燥後生 残率が高 まり、 乾燥菌体 の保存性 も良好 であった 。35℃で84日間保存 後の乾 燥菌体で 発酵魚 醤油を製 造した ところ、 生菌スターターを使用した場合と発酵経過、遊離アミノ 酸組成ともにほぼ変わらない醸造性能を示すことを実証した。
以上のよ うに、 本研究で は、魚 醤油製造 に純粋培養した微生物をスターターとして添加する手 法を導入 するこ とにより 、従来 から魚醤 油で指摘されていた課題をすべて解決する製法を確立し た。本研 究の成 果は、魚 醤油製 造におい て微生物スターターが製品品質向上と発酵管理に利用可 能である ことを 示すもの であり 、水産発 酵食品産業全体の発展に大きく貢献するものとして高く 評価できる。よって審査員一同は申請者が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと 判定した。
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