龍谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 , , . ‘ 、 4
・ ・
、 ‘ , ,仏教経典における蓮華座の展開
-
r
舎衛城の神変
J
を起源としてー
杉 本 瑞 帆
o
.
はじめに
今日われわれは多様な仏陀の図像を自にする機会があり、そしてその図像の多くの仏陀は 蓮華上に坐立している。蓮華上の仏陀とは仏教徒にとっても現実から離れた描写であったこ とが確かな一方でl、この表現は長らく現代まで受け入れられていたことになる。では、その ような超現実的な蓮華の座所は、いかなる過程を通して仏教経典中に用いられるようになっ ていったのであろうか。 蓮華座の研究はその多くが大乗経典を主として扱い、その他で単独流布した経典には言及 されてこなかった。しかし、蓮華座とは大乗経典のみで用いられていた表現ではない。本論 では、仏教がいつごろ蓮華座を採用し、仏陀の座所へと展開をしていったのかについて、そ の発達がアヴァダーナに見られることを指摘し、特に蓮華座湧出の場面が詳細な「舎衛城の 神 変jを説く経典を中心に整理、考察する事を目的とする。1
.
蓮華座の先行研究と残された問題
文献を用いた蓮華座についての研究は既にいくつか発表されている。これらの研究は『法 華経』、 『華厳経』といった、初期大乗経典を中心にその経典の発達過程を軸に検討されて いる。1.1.文献からの研究
佐 々 木 憲 徳[1942a][1942b]は広範な資料を用いて検討する。 Mbh(335.19,39,336.44,337.17・19) に「ヴィシュヌの臓から蓮華が生じ、プラフマーが花の上に現れるJと記されることを指摘 した上で、仏教史上においての蓮華座の流行は大乗経典成立以後とする。さらに、菩薩の所 Ir
智度論』巻八の記述より、我々が植物として知る蓮華とは異なるものとして『人中の蓮華は大きさ からして坐るには難しいし、軟浄で適さない。仏陀のお座りになる蓮華は光明中に化現したものであるJ と理解していた。龍樹造、鳩摩羅什訳出[T25.No.1509, 115c26・116a5]r
間目。諸床可坐何必蓮華。答目。 床爵世界白衣坐法、文以蓮華軟滞。欲現神力能坐其上令花不壊故。文以荘厳妙法座故。文以諸華皆小。 無如此華香浮大者。人中蓮華大不過尺。漫陀者尼池、及阿那婆達多池中蓮華。大量日車蓋。天上質蓮華復 大於此。是則可容結加朕坐。悌所坐華復勝於此百千高倍。文知此華華益。巌浮香妙可坐j(2) 仏教経典における蓮華座の展開ー『舎衛械の神変Jを起源としてー(杉本) 坐 と し て 質 文 難 陀 訳 出 『 大 方 庚 悌 華 厳 経 』 巻 三 十 九 「 十 地 品J2、 竺 法 護 訳 出 『 傍 説 知 来 興 頴 経~ 3、 『悌説除蓋障菩薩所閉経~ 4 、般若訳出『大方庚悌華般経~
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等 を あ げ 、 化 生 の 菩 薩 出 現 の 場 所 と し て 、 蓮 華 が 神 力 に よ る も の で あ る か ら 、 相 応 し い 台 座 で あ る と 結 論 付 け る 。 塚 本 啓 祥[1979][1980]は 鳩 摩 羅 什 訳 出 (406年) ~妙法蓮華経~r
提 婆 逮 多 品J
に み ら れ る 蓮 華 化 生 と 蓮 華 の 座 がMbh世 界 創 造 説 話 中 の padm吋 a,padma-sarpbhava(プラフマーの別称)と類似 関 係 に あ る と 指 摘 す る 。 佐 々 木 氏 と 同 じ く 『 智 度 論 』 を あ げ 、 党 天 の 完 全 智 を 仏 陀 の 無 上 等 正 覚 に 投 影 さ せ て い る と 言 及 す る 。 さ ら に 蓮 華 が 世 界 創 造 の 母 胎 で あ り 、 ヴ ィ シ ュ ヌ 神 が 蓮 華 蔵 (Skt.padma-garbha) と称せられる世界観が、仏教の『華厳経~ 6の 蓮 華 蔵 世 界(Skt. Padma-garbha・loka-dhatu)を 説 明 す る モ チ ー フ と な っ た に 初 期 大 乗 経 典 に お け る 蓮 華 生 、 蓮 華 化 生 の 始 原 と と も に 蓮 華 座 は 経 典 中 で 展 開 し 、 仏 教 彫 刻 に も 影 響 し た と 考 察 す る 。 松 山 俊 太 郎[1994][1996][2000][200 1 ][2002][2003][2004]は 仏 教 が 構 築 し た 世 界 観 と イ ン ド 古 来の思想にみられるイメージを比較し、 Apadanaの 「 蓮 華 上 仏J (Pa. Padmuttara) と い う 表 現 と『法華経』を中心に、傭鰍的に仏陀と蓮華の結びつきについて検討する。 Apadanaの 弟 子 の 過 去 世 物 語 中 の 過 去 仏 「 蓮 華 上 仏J8を f蓮 の 中 で 最 上 の も のJ即 ち 、 白 蓮 華 で あ る と 考 察 す る 。 さ ら にJ
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プ シ ル ス キ ー に よ る Simhasana-dvatrIlllsika異 本 の 記 述9か ら 法 輪 ( 日 輪 ) を 掲 げ る ア シ ョ ー カ 王 柱 を 、 地 上 と 太 陽 を 結 ぶ 伸 び た 蓮 と イ メ ー ジ を 重 ね て い る と い う 見 解 を う け て 、 ヴ ィ シ ュ ヌ が 「 太 陽 の 照 ら す 作 用Jを 象 徴 し た 神 で あ り 仏 陀 に 投 影 さ れ る こ と は 、 『法 華経』の Saddharma-puQclarika=r
白蓮Jが 仏 陀 ( 太 陽 ) で あ る 説 の 補 強 と な る 。 釈 尊 が 歴 史 上 の 生 命 を 超 え て 永 遠 で あ る の は 「 白 蓮jが 「 日 輪jで あ り 、 太 陽 が 一 度 沈 ん で も 再 び 昇 る よ う に 不 変 不 滅 の 法 身 仏 に 近 い 仏 陀 像 が 考 え ら れ る と 指 摘 す る 。 イ メ ー ジ を 構 図 に す る と 以 下 のようになる。 アショーカ王住の構成:天空・法輪(日輪) -反蓮弁・柱.大地 仏教内でのイメージ投影:天空.太陽(仏陀/蓮華上仏) -蓮華.蓮華の茎.水(アナヴァタプタ湖/ : Z[TlO. No. 279, 205b2-20] ) [TlO. No. 291, 593a 19-20] 4 [Tl4. No. 489, 707c5] 5 伊舎那優婆夷の普荘厳困の様相について [TIO.N~293 , 694a26・b5] 6 [T10. No. 279, 39al6・b8] 7このような構造表現は『党網経』にも採用されている。場摩緒什訳出 (406年)[T24. No.1484, 997c4・14] f諦聴普恩修行。我巴百阿僧祇劫修行心地。以之爵因初捨凡夫成等正覚続篇慮舎郡。住建花蛋議世界海。 其盛周遍有千葉。一葉一世界矯千世界。我化震千稗迦接千世界。後就一葉世界。復有百億須蒲山百億日 月百億四天下百億南関浮提。百億菩躍蒋迦坐百億菩提樹下。各説汝所問菩提躍唾心地。其餓九百九十九 糟迦。各各現千百億蒋迦亦復知是。千花上傍是吾化身。千百億縛迦是千縛迦化身。吾巳鋳本原名馬虚舎 那悌J S松山氏は閉じく過去仏の名前として挙がる「水から生じたJ (Pa.Jal吋uttama) も蓮華上仏の異名とみ なす。 'テキスト未見。r
ウダヤ(日が昇る)山の頂上に湖がある。その湖の中央から金の蓮が伸びて、正午 に太陽の光を受けるJ松山 [1994]p.27龍谷大学梯教学研究室年報第21号 2017年3月 (3) 大 海 な ど )
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ム図像を用いた研究
安田治樹[2005]は美術資料、象徴解釈学から後期ガンダーラ美術の蓮華座を考察する。台座 に蓮華を意匠することは世界創造神話の蓮華の象徴性に由来することは相違なく、蓮華座そ のものも初期仏教美術において、すでにラクシュミー女神などに用いられていると指摘する。 ガンダーラ美術の蓮華座で早期に位置付けられるものとして以下の 2例を挙げる。 A.シクリ出土小ストゥーパ基壇(
A
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D
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2C前期頃) : 13面ある仏伝場面レリーフのうちの一 つ「兜率天の釈迦菩薩」司反蓮弁の花尊上に結蜘する菩薩。B
.
ペシャワーノレ博物館所蔵仏伝レリーフ「宮中歓楽J
(シクリよりやや遅れる) :r
出家臆城J
場面とフリーズ状に連なる。=今妓女に固まれた菩憶が反蓮弁に結蜘する。 両者が普薩の装いであることとA
.
の描かれる基檀レリーフは「燃灯仏授記J
を含むため、 今生の釈尊と兜率天の釈尊を区別する意図で描かれたのではないかと推察する。なおこの二 つの作例は李柱亨[1991]10がすでに指摘しており、これらに加えて以下の作例も挙げている。C
.
シャー・ジー・キー・デリー出土舎利容器(
A
.
D
.
2
・3
C
)
:ベシャワール博物館所蔵、蓮華 を刻む蓋の部分装飾。=今党天・帝釈天が侍立する中央に、花専に坐す釈迦知来像。 大乗と蓮華座の関連性については『大般若波羅蜜多経』、 『法華経』などの初期大乗経典 からであり、千仏化現はプラフマー創造神話に由来とする説話に蓮華座の起源が示唆されて いると述べる。J
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トゥッチ、 Z.ツインマー、 E.ラモットらの研究から、姿かたちが不可知な法 身と異なって、蓮華座に座すのは超世間的仏陀の(なんらか可視的である)報身と解釈するのが 妥当であり、さらに『妙法蓮華経』提婆達多品に蓮華化生の表現があることから、『法華経』 成立が 2世紀後半の西北インドであるとすると、それにやや先立つ頃には、蓮華座は経典の 中に語られ始めたと考察する。1
ふ残された蓮華座研究の問題点
先行研究ではいくつもの経典が挙げられているが、テキスト研究においては蓮華座の記述 が広範に現れるため、経典名を列挙するような扱いとなっている。そのため各経典の特徴や 傾向、作られた地域や訳出年代などを踏まえてはいない。また、文献研究としては『法華経』 『華厳経』といった初期大乗経典に限定され、 「蓮華生Jや「蓮華蔵世界Jを蓮華座の原初 としている。 10これら作例の少なさから蓮華座がいわゆる f舎衛城の神変Jや「仏説法J場面に一貫して現れない問 題を指摘している。李 [1991]pp.l1ト114. 氏の指摘の通り、説話場面の説明というよりは象徴的な表現 である。(4) 仏教経典におけるlill議座の展開
-r
舎術城の宇1I変Jを起源、としてー(杉本) 本研究では、蓮華の座所が{也のi
英訳古訳にも確認できることから、 北 伝 の 仏 伝 説 話 に 含 ま れ る ア グ ァ ダ ー ナ 中 で も 発 達 を し て い た 可 能性を検討していきたい。2
.
初期経典にみられる蓮華のイメージ
仏座としての蓮華座が出現する以前、仏教徒は仏陀と蓮華をどの ように結び付けていたのであろうか。 蓮 は 泥地から発芽し、その花葉は表面の繊毛が水を玉のように援 水する特徴を持つ。このように蓮が泥水に濡れない様を、俗世間に おいても織れ無くある聖者の姿に見立てて讃喫される。初 期 経 典 で は特にSnにこの蓮華=バラモンの比輸がいくつか散見される11。し かしこのような蓮のイメージは古ウパニシャツド、ジャイナ経典に も見られることから12、仏教だけのものではなく 、インドの風土で 共有されたイメージであった事が解る。 このイメージが図像化されたと思われるものが、無仏像期の初期 仏 教 美 術13(B.C.2C 来 ~A.D.IC 初)に線認できる。 サーンチーの第一 搭北門のレリーフ14は、やや聞いた仏足の間から、蓮華とパノレメッ トが九屈をなして立ち上がり、その上に建築を中央に据えた三宝標 ( triratna)を頂いている。さらに最上部には傘蓋が拙かれており、 この柱状の蓮が仏陀を表していることが解る。サーンチーでは他に も方鹿 ・仏足 ・傘議を用いた仏陀の表現が多数あるが、まだ蓮華座 の仏陀は表現されていない。また、同門にはガジャラクシュミーが 蓮華に坐るレリーフが拙かれることから、 「蓮華上に坐るJ という 表現は既に存在していたことが確認できる。この段階では、初 期 経 典にみられるような、其の聖者を蓮華に例えるイメージと並行して、 女 神 の 持 つ 豊 穏 や 誕 生 と い っ た 民 俗 的 な 蓮 華 の イ メ ー ジ が 踏 襲 さ れていたと恩われる。 3.r
舎衛城の神変
j説話に表わされる蓮華座の再考察
図1 11[Sn. 71)=
[
Sn.213) [Sn. 392] [Sn.547) [SI1.625)=
[Dhp・-101.XXV I.)Brãhma~avaggo)[Sn. 811] [Sn. 812)[Sn.845]12 [Chand. Up. 4.14.3][Uttarajjhaya~a. 25.27) [Utta町jhayal.la.32. 34)[Gila5. 10)[Mbh. 3.2. 32) 13宮 治[2010]p.4
能谷大学倒;数学研究室年報i第21号 2017年3月 (5) では次に、 蓮華~の出現が様々に拙かれた仏教説話の中で「舎衛械の神変 J 説話から、い つ 頃 、 ど の よ う な 経典を中心に蓮華の座所が表わされたのかを考察する。
3
.
1.f
舎衛城の神変
J
説話テキスト 「舎術城 の神変J説 話 と はシュラーヴァスティー (Skl.Sravasti)において、外道の六師が釈 噂と神 通 比 べ に よ っ て、どちらが一切智 者 で あ る か を 決 定 づ けようと、 王や民殺の前で 対 決 を行う物語である。 釈 尊が按 数 の 神変を現し、六師が打ち負かされ て 敗走し、自死するとこ ろまでが語られることが多い。また、 一 部 で は 釈 噂 が 母 の た め に 三十三天に昇り、 降 下する 「三道宝階J説 話 が付随している。 テキストに関しては、説話構成から二つの系統を指摘した中川正法[1982]、図像学的な分析 と包括的な研究を行った宮治昭[1971][2002]、李柱竿[1991]、D
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シュリングロフ[2000]をはじ め、近年では山崎一穂[2010]によるクシェーメーンドラ本の研究や、福山恭 子[2014]によるア ジャンター後期石窟における「舎衛城の神変J説話の図像表現、岡本健資[2008][2014]による 「舎利,l
I
の外道制伏鱒J研究の一部、 中西麻 一 子[20J S]に よ る 「 祇 園 精 舎布施J研 究 の 一部において こ の 税話 に│刻するテキス トが いくつか挙げられている。これ等を参考にし 「舎術械の;NI変J説話が所収される十八の経 !)4.が確認できた。しかしながら、古訳に位置 する『義足経~w
法句替輸経』を中心に扱っ た同説話の考察はなされていないため、本研 究 で は 改 め て こ の 二 経 を 用 いた再 検 討 を 行 う。その上で説話の構成、やI
1変場面を判査し た結果、 「舎衛城の神変 Jの物語は次の三つ の系統に大別することができた。 3.2. (Aグループ)
f
舎衛械の神
変
j説 話 の 中 で 樹 木 の 成 長 を 主 と す る も の ①Jataka(No. 483) Sarabhamigajataka (PTS.IV, pp.263・265.)15 図2 ISJではNo.29. Kall.hajataka(PTS.1, p.193)においても、下11変の事件に触れているが、紙図精舎での『双や11 変Jとしている。Idat!1salla jelavalle "illar(/1I10 叩 lIIak(/nulilluv(/111urabblla kalllesi.(6) 仏教経典における蓮華座の展開ー『舎衛城の神変Jを起源としてー(杉本) ②Dhammapadatthakatha
,
(14.2) Yamakapatiharyavatthu (PTS. III,
pp. 199・216) ③『四分律』備陀耶舎・竺備念訳(T22.No.1428,946b・951b)巻五十一「雑槌度之ーJ
(408・413 年) ひ と つ 目 の A グ ル ー プ は ① ② ③ に み ら れ る ピ ン ド ー ラ パ ー ラ ド ヴ ァ ー ジ ャ (Skt.lPa. PiI}Qola-Bharadvaja)が神通で鉢をとりに行き、神通を安易に使うことが禁じられた話、そして 釈尊によってマンゴー樹が急成長する神変、及び双神変など16が示される現在世物語を保持す るものである。 DAは Sarabhamiga-jatakaを基にして構成されており 17、神変対決の後に「三十 三天からの降下Jが描かれている。w
四分律』は双神変と記されない点、マンゴ一樹と記さ れないが樹木の生長を描写する点が異なるが、物語の流れは類似している。このグループで は、必ず外道の死に言及され、 『放光Jと蓮華の座所は登場しない。 さらに、このグループに関しては初期仏教美術においても表現がみられ、東インドのパール フット欄楯隅柱18(B.C.150)や、インド中部サーンチー第一塔塔門柱19、南インドのアマラー ヴァティ出土20の各レリーフにおいても、マンゴ一樹と無仏像の方座、合掌する人天たちが描 かれている場面がマンゴ一樹の神変に同定されている。加えて、パールフットや南インドの カナガナハッリの「祇園精舎布施J場面に描かれるマンゴー樹も、その神変の樹木であると 指摘されており21、初期仏教美術が示す A.D.150年ごろまでのインド大陸では、仏伝説話のー っとしてマンゴ一樹を重要視した f舎衛城の神変Jが保持されていたことが推察できる22。3
.
3
(B
グループ)
r
舎衛城の神変
j説話の中で『放光 J
r
水火の神変 J
r
多仏化現
jを主とするもの
16r
庭師ガンダ (Pa.Gal}Qa)が供養したマンゴーを釈尊が召し上がり、アーナンダ(Skt..IPa.λnanda) がその種を植えたところ、瞬く聞に成長し高さ 100ハッタの樹になった。…釈噂は外道を調伏ため二つ の奇跡を行われた。これを見て人々が信心を起こしたことを知ると、仏座に坐り法をお説きになったJJ では二つの神変とだけ記されているためどのような神変であったかは不明である。 DAは水火の神変を、 『四分律』は神足、空中飛河、水火を出すなど多彩な神変を示す。 17中川[1982]p.150. 11アジャータシャトル柱下段浮彫。上段を『切利天上の説法J中段を「三道宝階降下Jと解すると、ジ ャータカの現在世物語の流れと三場面がほぼ一致する。 19第一塔北門東住正面浮彫。該当面面の下には「祇園精舎Jとみられる画面が表わされていることから、 マンゴ一樹の神変を表している可能性が高い。さらにフーシェやシュリングロフは三番目に続く場面を 『双神変Jと解釈しており、 Jに記されるように「釈尊が空中に舞いあがり、双神変を示されたJ場面を 表していると考えられる。宮治[2010]pp.127・128.20 C. Sivaramamurti[1956]Amaravati sculptures in the Madras Governmenl Museum. Printed by Thompson for
the Superintendent, Govemment Press. Pl.38.2, PI. 47.1 21 リューダースによるパールフットの「祇園精舎布施j レリーフの図像考察をふまえ、近年発掘された カナガナハッリ大塔の同場面レリーフにも同一の表現がみられる点を指摘する。中西[2015] ジャータ カでは舎衛城の城門のマンゴ一樹のもとで対決が約束され、ここでマンゴ一樹の神変が行われた。祇園 精舎は同地の近隣にあり、それを示す地理的特徴として『祇園精舎布施Jにはマンゴ一樹が描かれた。 22中川[1982]は、説話が最も簡潔な記述であることから、 Jをこの説話のオリジナルと仮定した。宮治 [2002][2010]、李[1991]も、このようなマンゴ一樹の神変がパーリ伝承における理解であったと指摘する。
龍谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 (7) ④『義足経』支謙訳 (T4.No. 198, 180c・181c)
r
異学角飛経第十 J (223・253年)23 ⑤『法句響町長経』法矩・法立訳 (T4.No. 211, 598c・599c)r
地獄品第三十 J (290・306年) ⑥『賢愚経』慧究訳 (T4.No. 202, 360c・366a)巻二「降六師品第十四J (445年) ⑦『菩薩本生霊論』聖勇造、紹徳慧詞訳 (T3.No. 160, 334c・336c)r
最勝神化縁起第四J(A.D.IOC 後半・IIC初) ③『仏本行経』縛賀雲訳 (T4.No. 193, 83c・87a)r
現大神嬰品第二十 J (5C頃成立) ⑨『根本説一切有部毘奈耶雑事』義浄訳 (T24.No.1451,
329a・333c)r
第六門第四子掘煩之鈴{弗 現大神通事J
(710年) ⑮Divyavadana 12.Pratiharyasutra (Cowell.pp. 143・160) ⑪Bodhisattvavadanakalpalata 13. Pratihary節目tra (Vaidya. pp. 111-115) (A.D. IIC) ⑫ 'Dul baphran tshegs kyi gshi(北京版no.1035.Ne 37a8・
51a2;台北版no.6.Da 40al・53b5)二つ目の B グループは、ピンドーラパーラドヴァージャの事件と、マンゴ一樹の神変の二 点が見られない経典類であり、④ ⑫の九経である。とくに Divyの神変場面「金色千葉の蓮 華上に座した釈尊が蓮の上に蓮と化仏を化作し、それが上方アカニシュタ天 (Skt.akani~tha) まで至った
J
描写がよく知られており、先行研究でも着目されてきた。これらは、舎衛城で の神変対決という事件が主題として起承転結が作られており、多様な登場人物の行動の微細 や理由がしっかりと描かれる傾向がある。ここでは神変場面においてマンゴ一樹の神変が一 切語られず、そのかわりに「放光J
、 『空中歩行j、 「水火の神変J
、そして「多仏化現j など複数が語られる。これらの経典はその題名からも、多くが密輸文学に分類できると思わ れる。このグループは『法句響輸経』、 『菩藤本生髭愉』をのぞいて「多仏化現J場面にお いて蓮華座が登場している2403
.
4
(Cグループ)
r
舎衛城の神変J説話の他文献への転用
⑬『仏所行讃』馬鳴造、宝雲もしくは曇無識訳 (T4.No. 192, 39c)r
祇桓精舎品第二十 J (A.D. ト2C頃成立、 414-426年)⑬ Sangs rgyas kyi spyod pa zhes bya ba'i snyan ngag chen po (台北版no.4156. Ch. 20) ⑬ Divyavadana
,
Asokavadana (Cowell.p.394,
401) ⑮『雑阿含経』求那政陀羅訳 (T2.No. 99, 169c)巻二十三 (435・443年) 23偶 頒 の み の 注 釈 はParamatthajotika.11, pp. 551・554.Atthakavagga. 4.11 Kalaha-vivada-sutta 24 ただし、これらのうち『賢愚経~r
菩施本生霊輪』と Aグループの『四分待』は複数日にわたっての 神変を記す点、釈尊の投げ捨てた楊枝が大樹に急成長した話などが類似している。宮治上掲番p.126. な お『賢愚経~w
四分律』は十五日間、『菩薩本生量輸』は八日間に渡る。さらに仏座について『四分偉』 は「自然七費師子高座J[T22.No. 1428, 949a3],r
普施本生霊愉』は「七賓厳飾師子之座J[T3.No. 160, 336a28] としており両者からは「多仏化現Jに蓮華座を用いない表現の共通性も受容されていた事が解る。(8) 仏教経典における蓮華座の展開ー「舎衛城の神変Jを起源としてー(杉本) ⑫『阿育王伝』安法欽訳 (T50.No. 2042, 105b) 巻二 (306年) ⑬『阿育王経』僧伽婆羅訳 (T50.No. 2043, 140a) 巻三 (512年) 三つ目の C グループは神変が簡潔な描写に留まっており、説話というよりは神変の事象の みを述べるものである。⑬ ⑬の六経であり、 BCの二経は f放光jのみを記し、 Asokavadana を伝える四経は「多仏化現Jのみを記す。また『仏所行讃』は「祇桓精舎品Jに含まれてい ることから、前述のような地理上の接点が意識されていたことがうかがえる25。この六経は、 対決後の外道の生死については触れないまま、直後に三十三天に昇る場面が描かれることか らも、仏伝説話がー綴りの物語として編纂されたものであり、神変の内容よりも外道の調伏 という事件に重点を置き、簡略な表現にまとめたものと思われる。このグループでは蓮華の 座所は登場しない。
4
.1
.
r
舎衛械の神変
j説話における蓮華座の採用
では、以上の経典の分類から、いつごろ蓮華座がこの説話中に用いられるようになったの であろうか。 そこで、 Bグループにおいて北伝の古訳に位置する『義足経』と『法句響喰経』の説話構成、 登場人物がよく一致することに着目した。w
法句響喰経』は A グループに属する DAと近い 関係にあるが、説話の内容的にはBグループに属する。w
義足経』はSnの偶頒前部に因縁諦 を加えたものである。 両経の大きな違いは最後の結び方で、 『義足経~r
異学角飛経jは化仏と仏陀の対話によ って f 論争はなぜ起こるのか ?J という質疑(詩偶)にこたえて結ぶ。一方『法句嘗喰経~r
地 獄品Jでは物語が続き、外道が敗走し自死した過去世の本生諦を fなぜ地獄に落ちるのか?J という詩偶から説いて結ぶ。つまり、物語の展開としてはほぼ同様であるのに、 『義足経』 と『法句替向転経』は主題が合致しない。各経の題名からもその点は明らかである。 両経の構成は次のとおりである。 (a)舎衛国に外道プーラナ・カーシャパ (Pa.Pural}a Kassapa, Skt.Pural}a Kasyapa) の一党がし、た。 彼(ら)は釈尊が皆に敬われることに嫉妬し、どちらが勝っているか勝負を挑みたい。と、プ ラセーナジット (Pa.Pasenadi, Skt. Prasenajit) 王へ進言した26。 2S本来個別に脱かれていた「紙闘精舎布施と「舎衛城神変Jが仏伝文学として物語られる場合、同地域 で起こった出来事として編纂された。それはAsvagho$aによるもので、 A.D.l・2C前半ごろの西北インド での伝承が反映されていることが確認できる。中西[2017]p.69. 26 W義足経』はプラセーナジット王への進言の前に、一度王舎国で王へ対決の要望を伝えるが、怒りを 買い追放されている。 [T4.No 198, 180cS・22]r
悌在王舎圏多鳥竹間中。属国王大臣長者人民所敬事。… (中略)…主即現所噂六人肉眼議大属。王己見締。得果自謹。終不信異事所矯。便謂傍臣、急特是党志 縛。逐出我園界去J龍谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 (9) (b)王は釈噂へその旨を伝え、七日後に対決の日が決まる。 (c)主は神変対決の会場を設置し、そこに人々が大勢集まる。 (d)対 決 の 日 、 外 道 の 嫉 妬 を 知 っ た パ ー ン チ カ (Skt.Paftcika)が 暴 風 ・ 磯 の 雨 を 起 こ し 、 外 道 た ちは驚侍する。 (e)王 が 「 人 々 の た め に 神 通 を 現 し 、 外 道 た ち を 打 ち 破 っ て く だ さ いJと、請う。
(
η釈 噂 、 神 通 を 現 す2
7。 (g)外 道 プ ー ラ ナ ・ カ ー シ ャ パ た ち は 神 通 を 表 す こ と が で き な か っ た 。 (h)パ ー ン チ カ は 杵 か ら 炎 を 出 し 、 外 道 た ち は 恐 れ を な し て 逃 走 す る 。 (i・法)外道プーラナ・カーシャパは弟子たちに「死後我々は必ず天に昇る」といい、皇Z
主
主』
り)釈噂、因縁を説く。0
・義)Sn.862・877.(Kalahavivada)を引用 0 ・法)外道が地獄に落ちた過去世の本生課ー『法句経~r
地 獄 品JII偽、 12備、 Dhammapada. 22. Nirayavaggo,を引用 では改めてここで、仰の神変場面を比較してみる。 『義足経』 「働時現大壁神足。即従師子座飛起、往東方虚空中歩行。亦箕坐摘右脇。使著火定神足。出五色光。 悉令作雑色。下身出火、上身出水。上身出火、下身出水。即滅乃従南方来、復滅乃従西方来。復滅 乃従北方虚空中住。饗化所作、亦知上説。坐虚空中、雨肩各出ー百襲撞花。頭上出千葉華。華上有 盤生盟』光明悉照十方。天人亦在空中、散花悌上。皆言。善哉悌戚神。悉助十方。備即括神足。還 師子座 J (T4.181a21・181b2) =今座から飛起きー空中歩行ー放光一出水火一四方の虚空に出没一連華と化仏湧出 『法句替輸経』 「於是世尊即於座上熔然不現。即昇虚空奮大光明。東浪西現四方亦爾。身出水火上下交易。坐臥空 中十二控化。浪身不現還在座上 J (T4. 598c24・599a2) =今姿を消しー虚空に昇るー放光一四方の虚空に出没ー出水火ー空中に坐臥(など十二変化する) 27 ~義足経』は釈噂神変の前に、仏弟子のウッパラヴアンナー (Pã.UpplavaQQa)、とマハーモッガラー ナ (Pa.Mahamoggallana, Skt. Mahamaudgalyayana)が先に対決することを願い出ている。 [T4.No 198, 181al5・18]r
貧賎清信士須達女作沙輔、名専華色。輿目槌蘭倶往白備。世部不宜勢威神。我今願奥之共挽 道」ウッパラヴァンナーは同経で『三道宝階Jを物語る『蓮花色比丘尼経第十四J[T4. No 198, 184c]に 登場している。(10) 仏教経典における蓮華座の展開
-r
舎衛城の神変jを起源としてー(杉本) このように、 『義足経』では神変場面に蓮華が登場する。蓮華の湧出する場所が両肩と頭 上のみで座しているのは化仏であり、釈尊自身は師子座に坐していることも注意すべき点で ある。この場面は訳出年代が下るにつれ華美な表現になることから、おそらくこれが問説話 の訳出時期が明らかな中で、最も古い蓮華の座所の表現と思われる。 また、外道の死について『義足経』は触れていないが、同経は結びで釈尊が化仏を現出し、 Snの偏頒を引用した対話を行うことが主要であったとすると、外道の結末に注目する必要は なかったと考えられる。一方で『法句唇喰経』は、 『法句経』の偏煩を用いた過去世や地獄 に落ちた本生調を語る事から、外道の死を描いたものと考えられる。 4ム『義足経』の背景と蓮華座
で は こ の 『 義 足 経 』 の 特 色 と は な ん で あ ろ う か 。 山 田 龍 城 氏 は 次 の よ う に 分 析 す る 。 r Atthaka-vaggikani r其義J28と称するものは独立経として現れる。…スッタ・ニパータで第 4 章に組み込まれてしまうが、漢訳には依然として独立経の体面を保ち続けたもの…小部、或い は雑蔵に関係ある党文断片として Arthavagiyasutraがある。…スタインはコータンの商人から Khadalik出土の断簡を購入した。その中に 5葉の『義足経』断片があることがヘルンレの調査 で判明した290 (第 1-4葉は)スッタ・ニパータの Atthakavagga.7・9経に当たるものj第 5葉30は 研究者間で意見が分かれたが、水野氏 [1952]は『大智度論』巻十八 (T25. 193b)に同じ部分が 引用され、その因縁諦に「鹿頭 JMrgasir~a の語が現れることから、有部系の「義品 j ではな いかと推定する31。 また、 P. V.パパット [1951]、水野弘元 [1952]、南清隆 [1986]は Atthakavaggaと『義足経』 の十六経の順序に着目する。特に南 [1986]は Atthakavaggaの 11・14経 (~義足経』の 10・ 13 経) が釈尊と化仏との対論によって生じた経典であり、両者が分離する前段階で、偶煩と因縁部 はある程度の関連性を持って伝えられていたと指摘する。さらに『義足経』に登場する六師 外道の配列順32が有部系である点からも、有部の伝承に近似する背景を持っていた経典である 28W
雑阿含』の「義品Jとあり、 Divy[p.20. 1. 24 ; p.35. 1. 1]には arthavargiyaoisutral)iとある。 Soの Atthakavagga (八詩備の章)が誤って「義J (attha)とされたという説もあるが、全十六経中対応するの は 4経に留まることからも、原名は Artaha(ka)-vagiya-(sutra]であったと考える方が適当であろう。義 「足Jとなった問題は『品Jの草書が「足jの草書体と似ていたため書写の際に誤ったと思われる。小 野玄妙[1964]~綿密解説大辞典~ 2巻、大東出版社、 pp.243・244.を参照。水野 [1952]p.87.もこれを支持 する。一方パパットは対応する八備の四経が後に十六経にまとめられたとして、 Atthakavaggaであった と論じている。 29へルンレの公表した党文断簡は各業 3分の 2を欠いた不完全なものだが、第 1葉に ArthavagiyalllsutraJTl と明記されている。山田[1959]pp.54・55.南[1986]p.3. 30ヘルンレは十経とみなし、パパットは十一経に属するとの見解であった。干潟、レヴィは別種と推察 する。水野上掲番 p.90、山田上掲書 p.56. 31ただし、 Pali r義品j、漢訳『義足経』とは別系統の『義品jの可能性もある。 32 MPS(ed. E Wschdt, 40・7),Divy [p.143], r 大般浬梨経~(法顕訳)、『根本有部毘奈耶』、 MvyuNo. 3545・50飽谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 、 ‘ z s' 4・ ・ ・ 4・ ・ ・ , , ‘ 、 と推測している。 『 義 足 経 』 は 登 場 人 物 の 共 有 や 化 仏 出 現 の ま と ま り 方 な ど か ら 、 全 十 六 経 に は 有 機 的 な 繋 がりが見て取れる。これに対して、前項で比較に用いた『法句響喰経~ 33はパーリまたは、プ ラークリット系の Dhpであり、物語も外道の死に言及するという比較的に A グループに近い 背 景 を 持 っ て い る が 、 経 典 中 の 各 説 話 に 繋 が り を 見 い だ せ な い 。 こ の 二 経 か ら は 、 因 縁 諦 の 部分は主題が異なる偏煩であっても、応用させて付加することができた伝承であるが、 A グル ープとそれに近い関係にある経典には蓮華座は現れなかった事が解る。 つ ま り 「 舎 衛 城 の 神 変
J
が示す蓮華の座所は、有部と近い関係、にある伝承の中で、化仏湧 出 を 目 的 と す る 因 縁 諦 に 現 れ 、 そ れ は 初 期 大 乗 経 典 以 外 の ア ヴ ァ ダ ー ナ 中 で も 発 展 を 見 せ た 可能性が指摘できる。4
ふ f舎衛城の神変」説話の蓮華座の展開ー龍王の作り出す仏座
では、 『義足経』にみられるような頭上と両肩からの蓮華湧出が、 「舎衛城の神変j説 話 の考察で主に用いられてきた Divyの よ う な 釈 尊 が 座 す 蓮 華 座 と い う 表 現 に ど の よ う に し て 至 ったのであろうか。そこには、独立経典の影響が多分にあると恩われる。 まず、 Divyの神変場面は次のように記されている。 f その時、帝釈と党天は考えた。 w 世尊はどうして世間的な心を起こされたのだろう?~ 〔彼らは釈尊が〕生き物たちを利益せんがために、シュラーヴァスティーで偉大な神変を お 示 し に な ろ う と さ れ て い る の だ 。 … ( 中 略 〉 … ナ ン ダ 飽 王 (Skt.Nanda) とウパナンダ龍 王 (Skt.Upananda)は 、 千 葉 の 車 輪 の よ う な 大 き さ の 、 す べ て が 黄 金 製 で 宝 石 の 茎 を 持 つ 蓮 華を作り、釈尊にさし上げた。そこで釈尊は蓮華のうてなに坐って結蜘朕坐し、正基して、 顔前に念を定めて、蓮華の上に蓮華を化作されたJ34 がこの配列をとる。南滑隆[1983]r
パーリ『沙問果経Jの六師外道について J r 印度皐悌教皐研究~ 32 巻 l号、 p.158 33Dhp の漢訳四経のうち、『法句経~ [T4. No. 210]も同じくパーリ、プラークリット系であり、残る『法 集要煩経~[T4. No. 213] 、『出曜経~[T4. No. 212]は党文Udanavargaに相当する。山田上掲番p.51.また、これらには物語の順序が錯雑している部分が三カ所と、他品中の法句経偶煩が引用された箇所が四つあ る。さらに法句経に存在しない3備が別々に三カ所で引用されており、これはインド語の原本から訳さ れた仏教的な偏であるとみなす。水野[1980]pp.2・4.氏は漢訳『法句経』三系統(パーリ法句経/A本、葛 氏法句経IB本、ウダーナ品IC本)から、 75の因縁謂のうちそれぞれ40話、 17話、 18話ぷんを抽出した と分析することができるが、訳者が三系統の『法句嘗喰経』を合えて混成させたと考えることは難しい と指摘し、 f可能性としてある系統の『法句普喰経』の原本があり、それを訳出しつつ漢訳『法句経』 の中から任意の備を選んで、その偶を訳出した磐喰経と結びつけたjと分析する。純粋の翻訳ではなく、 かなりの編集創作がなされており、実に因縁物語中において、歴史的事実や地理的な面で合致しないも の(1.述千品第十六[T4.No. 211, 588c] 2.盆:怒品第二十五[T4.No. 211, 596a] 3.利義品第三十三[T4.No. 211,603c])、さらに訳者の創作と思われる点(1.心意品第十一[T4.No. 211, 584b] 2.放逸品第十[T4.No. 211, 584a] 3.華香品第十二 [T4.No. 211, 584cJ)もみられる。水野上掲書、 pp.9・13.
34 Nandopanandabhya",nagarajabhyallf bhagavata upanamita",nirmita",sahasrapatra",sakalacakramatra",
(12) 仏教経典における蓮華座の展開 -f舎衛域の神変Jを起源としてー(杉本) これと類似した表現が、 Anavatapta-gatha3S(以下、 AGと略す)にも確認できる。 AGは 釈 尊 と そ の 弟 子 た ち が 、 舎 衛 城 か ら 雪 山 の 奥 、 ア ナ ヴ ァ タ プ タ 大 湖 へ と 神 通 を も っ て 飛 来 し 、 そ こ で 宿 命 通 に よ っ て 過 去 世 の 因 業 を 見 通 し て 説 く 、 北 伝 の 長 老 備 で あ る 。 そ の 官 頭 部 分 で 次 のように説かれる。 fそ の 時 、 ナ ン ダ 龍 王 と ウ パ ナ ン ダ 龍 王 は 考 え た 。
w
世 噂 は ど う し て 世 間 的 な 心 を 起 こ さ れ た の だ ろ う ?~ ( 彼 ら は 釈 尊 が 〕 ア ナ ヴ ァ タ プ タ 大 湖 で 因 業 の 連 結 を 解 き 明 さ れ る お つ も り で あ る と 知 っ た 。 そ こ で 二 匹 は ア ナ ヴ ァ タ プ タ 大 湖 の 中 に 、 千 葉 の 車 輪 の よ う な 大 き さ の 、 美 し く て す べ て が 黄 金 製 で 宝 石 の 茎 を 持 ち 、 蕊 が 金 剛 で で き て い て 、 幾 千 も の 蓮 華 に 固 ま れ た 蓮 華 を 出 現 さ せ て 、 世 尊 は 比 丘 た ち 僧 団 の 前 で 、 そ の 蓮 の う て な に お 座 り に な っ た 。 長 老 比 丘 た ち も ほ か の 蓮 の う て な に 坐 っ たJ
36 ま ず 、 経 題 と も な っ た ア ナ ヴ ァ タ プ タ 大 湖 (Pa.Anottata, Skt. Anavatapta)には、 「世記経J
に よ る と 湖 中 に は ア ナ ヴ ァ タ プ タ 龍 王 の 宮 殿 が あ る370 AGではその序文で、 「ある時、アナヴ ァ タ プ タ 龍 王 は 仏 陀 と 五 百 人 の 弟 子 の 長 た ち を 招 待 し た 。 食 事 を 終 わ る と 、 蓮 華 の 上 に 坐 ら れ る よ う す す め たJ38とある。この龍王がMSVで は ア ナ ヴ ァ タ プ タ 龍 王 か ら ナ ン ダ と ウ パ ナ ン ダ の 二 龍 王 と な っ て い る 。 彼 ら は 大 目 連 (Skt.Mahamaudgalyayana, Pa. Mahamoggallana)によって kayaf!lpra1Jidhaya pratimukhalfl smrtimupasthapya. padmaS)叩aripadmalfl nirmitam. [Divy. p.162] 「爾時世尊便以上妙輸相高字吉祥網鞍。其指謂従無量百福所生相好荘厳。施無畏手以摩其地。起世間心 作如是念。如何諸龍持妙蓮花。大如車輪敷浦千葉。以費負室。金剛矯毅。来至於此。諸悌常法若起世俗 心時。乃至鰻蟻亦知悌意。若作出世心聾問調覚向不能知。況禽獣類及以諸飽能知悌念。時彼龍王知傍意 巴。作如是念。何因世尊以手摩地。知悌大師欲現神饗須此蓮花。即便持花大知車輪敏満千葉。以費矯韮 金剛属毅。従地踊出。世尊見巳即於花上安隠市坐。於上右謹及以背後。各有無量妙賢建花。形状同此。 自然踊出。於彼花上一一皆有化悌安坐。各於彼悌蓮花右遺及以背後。皆有知是遮花踊出化悌安坐。重重 展特出乃至色究寛天謹花相次 Jr
根本税一切有部毘奈耶雑事』巻第二十六[T24.No. 1451, 332b4・18] 35写本はTheBritishLibrary Manuscript (AG in Gandhari)Kharo羽hi 大英図書館本断片、 Senior Manusucript シニア・コレクション本断片、 TheTurfan Fragments 新種出土トルファン断片がある。 全体像がわかる、竺法護 (303年訳出) r 五百弟子自説本起経~ [T4. No.199, 190a・202a]と、律に含まれ るものはMulasarvastivada・vinaya Bhai$ajya・vastu、Sman-gyi-gzhi、義浄 (703年訳出)r
根本説一切有 部毘奈耶薬事』巻十六、十七、十八[T24.No.1448, 76a・97a]に該当箇所がある。36Dharmata khaJu yasmin samaye buddha bhagavanto laukikalfl citlam utpadayanti tasmin samaye
kuntapipllakadayoヤipra1Jino bhagavatas celasa citlam ajananli. alha nandopanandayor nagarajayor etad abhavat. kimarthaf!lbhagavata laukikalfl cittam utpaditam. pasyalo 'navatapte mahasarasi karmaploti1[l
vyakartukamal)tatas tasyanavataplasya mahasaraso madhye
sarvasuvar1Jakhacitaratnamayaka1Jcakinjalkakarmakt・.tarathacakropamasahasradalakamalaparivrtobhagavan
bhik$usamghena saha padmakar1Jikayam ni$a1J1Jal)sthaviraslhavira api bhik$avo 'nyasu padmakarr.Jikasu ni$a1J1Jal)tena khalu samayena sariputro grdhraku!aparvate saf!lghalikalfl sivyali sma.[GM. 164.] f帝時世尊起世俗心。作此心時。乃至晶犠皆知悌意。難陀邸波難陀龍王。知如来意。云何世尊起世間心。 見備欲於無熱池中。共藷芯調。各税往昔因業。即於池中。化出大蓮花。其花千葉。猶知車輪。色如天金。 賓室花薬。金剛所作。無量千花周匝園遁。爾時世尊坐此花上。及諸慈縄各坐ー漣花J
r
根本説一切有部 毘奈耶薬事』巻十六[T24.No. 1448, 76c 19・25] 37 W大根炭経』巻第一[Tl.No. 23. 278cl・279al0]、 『長阿含鰹』巻第十八『第四分世記経 J[Tl.No.l. 116c5・117a13]、 『起世鰹』巻第一[T1.No. 24. 312c20・313a25]、 『起世因本経』巻第一[Tl.No. 25. 367c23・368b2] 38 W 五百弟子自説本起経~ [T4. No. 199, 190a9-ll]r
於時龍王諦{弗世尊及五百上首弟子。進膳畢詑坐蓮華 上J龍谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 (13) 調伏された因縁語として北伝では支謙訳『龍王兄弟経』にみられる名前であるが39、AGでは 舎衛城から移動した直後に、大目連を主役とした彼の特能が描かれるエピソードが説かれる 事から、 MSVではこの二飽王が採用されたのであろう40。また、舎衛城で神変を示す事と、ア ナヴァタプタ大湖で過去世の因業を説くことは、 AGで仏陀が浬換されない理由について十の 事柄として挙げられており41、有部において重要な仏伝のエピソードであったことがうかがえ る。このようにDivyに記されるような「舎衛城の神変J生み出された背景には、経典の編纂 から外れた龍王調伏諦や AGのような、単独流布した経典が影響したことが確認できる。
5
.説話の神変と大乗経典の仏華厳
蓮華座が北伝のアヴァダーナ中で発達を始めたことが「舎衛城の神変J
説話によって確認 できた。では、この説話と大乗経典との接点はどこにみられるであろうか。5
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1
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Buddhavatalpsakaに現れた蓮華座
桜 部 建[1969]は『華厳経.JI42の経題にあらわされる「華厳J
はBuddhavatarpsaka(仏華厳)で あり、これはアヴァダーナや仏伝文学の中にもみられることから43、初期の仏教者にとってポ ピュラーなものであり、このような神変の物語と深く結びついていたと指摘する。そして、 39 Divy[p. 395.]、 『雑阿含~ [T2. 168a]、 『増ー阿含~ [T2.703b]、 『根本説一切有部毘奈耶』波逸提法第 82条「入工宮門学処J[T23. No. 1442, 866c20-867cl9 ( -868c27)]、『龍王兄弟経~[TI5. No. 597, 131a-b] など。南伝はVisuddhimagga.398-401. 林 [2014]pp. 203・210.を 参 照 。 氏 は 釈 尊 か ら サ ー ガ タ (Pa.lSkt. Sagata, Skt.Svagata)に引き継がれたナーガ調伏却が、神通第一のマハーマウドガリヤーヤナに交代した。 と そ の 説 話 発 達 過 程 を 考 察 す る 。 林 [2015]pp.32ト328. 40 この三人の龍王の名前は『五百弟子自税本起経』と閉じ竺法護による訳出『海能王経~ (285年) [T15. No.598, 131 c・157b]r
諦 悌 品Jにおいて、海飽王が大海の有情のために説法を願い、諸簡王に如来の供養 を 宣 言 す る 場 面 で 無 焚 の 名 と 、 ス メ ー ル ( 安 明 ) 山 頂 に い る 歓 喜 ・ 迦 歓 喜 の 名 が 挙 げ ら れ る 。 海 龍 王 は 如 来 の た め に 御 殿 を 作 り 、 荘 厳 し 、 一 行 の た め の 獅 子 座 を 設 け 、 食 事 を 用 意 し 、 三 種 の 宝 階 を も っ て 招 き 入 れ る 。 そ の 後 「 無 焚 龍 王 受 決 品Jが 税 か れ て い る 。 ま た 二 龍 王 が ス メ ー ル 山 に い る こ と が 『 龍 王 兄 弟経~ (T1S.131a) にすでに述べられている。同経は上座部の外典とされる Nandopanandaと構成要素の 一 致 点 が 多 い こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 林[2014]p.206. 41①未来の仏陀について予言する。②有によって不退転の無上E等正等党において心を生じさせること。 ③ 全 て 仏 陀 に 教 化 さ れ る べ き も の を 教 化 す る こ と 。 @ 三 分 の ー (Chi:五分のー)の寿命を捨てること。 ⑤ 結 界 が 作 ら れ る こ と 。 ⑥ 弟 子 の 対 ( 上 位 二 人 ) を 構 成 す る も の が 説 か れ る こ と 。 ⑦ シ ュ ラ ー ヴ ァ ス テ ィ ー で 大 神 変 を 展 開 す る こ と 。 ⑧ サ ン カ ー シ ャ の 村 落 で 神 々 の 降 下 を 展 開 す る こ と 。 ⑨ 父 母 が 真 実 に 安 住 す る こ と 。 ⑮ ア ナ ヴ ァ タ プ タ 大 湖 で 弟 子 の 僧 団 と 一 緒 に 、 古 く か ら の 業 の 縁 の 餓 悔 が 記 さ れ る こ と 。 GMは7つ、漢訳は九つまでしか記述されていない。r
未 入j里 繋 教 化 有 情 。 必 作 十 事 。 云 何 爵 十 。 ー 者 久 植 善 根 法 王 太 子 種 頂 授 記 。 ニ 者 未 曾 授 心 有 情 。 令 彼 授 起 無 上 菩 提 之 心 。 三 者 建 立 三 賛 。 四 者 結 界 。 五 者 命 詩 五 分 之 中 。 要 捨 一 分 。 六 者 於 室 羅 伐 城 。 現 大 神 通 。 七 者 於 平 林 来 落 。 現 従 天 下 。 八 者 於 父 母 所 令 見 虞 諦 。 九 者 於 無 熱 池 中 。 共 諸 芯 調 。 説 業 報 因 縁 。 由 此 義 故J[T24. No. 1448, 76c3・10] 42チ ベ ッ ト 語 訳 に 見 え る 原 題Buddha-avataJTlsaka-nama-mahayana-sutraや 、 至 元 録 に 見 え る 原 題 『 晴 但 阿 瓦躍甘草麻麻詞布噌亜麻詞街那蘇但緯~ (Buddha-avatarpsaka-nama-maha [vai)pulya-mahayana -sutra) 、 そしてMvy(No.1329)に経名として挙げられることからみて、間違いないであろう。桜部 [1969]p.26. こ の 問 題 に つ い て は 松 田 和 信 氏 に よ っ て 紹 介 さ れ た 『 華 厳 経 』 党 語 写 本 断 片 の 奥 書 にBuddhavataJTIsakaと あ る 事 に よ っ て 確 定 さ れ た と 言 っ て よ い で あ ろ う 。 大 竹[2013]p.221. 43ただし、 Paliでは yamakapatiharyaである。(14) 仏教経典における蓮華座の展開ー「舎衛械の神変』を起源としてー(杉本) Buddhavatarpsakaはその中で蓮華上に座したー仏を中心として、その周囲に重々無尽に連なっ た蓮華上の仏陀の集団の意味であり、華般世界のアイデアが、このような大神変を伝える説 話に脹胎されると考えることが可能であると述べている。また、大竹晋[2007]もこの説を踏ま えて、 「舎衛城の神変
J
場面にみられる仏の大群と『華厳経』の「仏華厳J
との近似性を指 摘している。とくに仏陀だけでなく声聞も示すことができるのが双神変であり、さらに仏陀 のみが表わすことのできる優れた神変として Buddhavatarpsakaがあるべ氏の指摘によると『華 厳経』では「賢首品J
(Bhadrasri)において、次のように説かれている450 悌駄股陀羅訳『大方贋悌華厳経~ (359・429年) 「 若 具 衆 相 三 十 二 八 十 種 好 自 荘 厳 其 身 光 明 無 有 量 若 身 光 明 無 有 量 光 明 荘 厳 難 思 議 若 光 荘 厳 難 思 議 則 出 無 量 費 蓮 華 若 出 無 量 買 蓮 華 一 一 華 坐 無 量 悌J (T9. No. 278, 434a) 質文難陀訳『大方贋悌華厳経~ (652・710年) 「若相荘最三十二則具随好爵最飾 若 具 随 好 爵 鍛 飾 則 身 光 明 無 限 量 若 身 光 明 無 限 量 則 不 思 議 光 荘厳 若 不 思 議 光 在 最 其 光 則 出 諸 蓮 華 其 光 若 出 諸 蓮 華 則 無 量 悌 坐 華 上J (TlO. No. 279, 73b) チベット訳gang gi
・
odlas pa dmo mang 'dyung ba //de dag rgyal ba pad mo' 1 gdan bzhugs te // (p 761: Yi 239a6・239bl)
上記の『華厳経』の悌駄駿陀羅による訳出年よりも、 『義足経』に説かれる「舎衛城の神 変Jの化仏湧出(多仏化現)がより古く、アヴァダーナに説かれた物語には大乗経典に描かれ る蓮華からの Buddhavatarpsakaに先行したイメージがあることが確認できる。
5
ム
『華厳経』の発達過程と蓮華座の展開
では、 『華厳経』はどのようにして、上述のような蓮華の座を発達させたのであろうか。 同経はいくつかの品と対応する経典が、段階を経て大本『華厳経』に構成されている。そこ で、各品の発達から「舎衛城の神変jの大乗経典への展開を確認していく。 44 W華撤経』ではさらに声聞の神変として双神変が記されている。 [T9.No. 278,
439a-b][TI0. No. 279,
78b-c][P 761: Yi 252a2・5][S345, 13・16]大竹[2007]pp.90・91を参照。上座部はそれを仏特有の神変とするが、 税一切有部においては仏と声聞共通の神変とし、Buddhavatarpsakaは異教徒との神変対決の際に示したと 規定する。大竹[2013]pp.221・222. 45大竹[2007]pp. 90・91.組谷大学備教学研究室年報第21号 2017年3月 (15) 坂本幸男 [1956] は、まず支謙訳の『菩薩本業経~ (以下、『本業経』と略す)46 (TI0. No. 281) (223-253年 ) に 「 名 競 品J
r
光 明 党 品Jr
浄 行 品Jr
昇 須 禰 頂 品Jr
妙 勝 殿 上 説 備 品Jr
十 住 品Jの 原 型 が あ る と 考 察 し た47。 そ れ ら が 『 華 厳 経 』 の 六 品 と な る 途 上 の 状 態 を 、 支 婁 迦 識 訳『仏説兜沙経~ (146-189年) (TlO. No. 280) 中 の 「 名 競 品Jr
光 明 党 品J48、 覇 道 民 訳 『 諸 菩薩求備本業経~ (280・312年) (TlO. No. 282) 中 の 「 浄 行 品Jr
仏 昇 須 禰 頂 品Jr
妙 勝 殿 上 説 備 品J49
、 竺 法 護 訳 『菩薩十住行道品~ (29ト299年 ) 中 の 「 十 住 品J50
各 該 当 部 分 を 接 ぎ 合 わ せ る 事 で 再 現 で き る と 述 べ て い る 。 さ ら に 大 竹[2007]は Buddhavatarpsakaを 有 す る 経 題 が ど の 段 階 で 採 用 さ れ た の か と い う 点 に 着 目 し 、 そ の 発 達 を 二 つ の グ ル ー プ か ら 導 き 出 し て い る 。 第 一 の グ ル ー プ は 「 普 光 法 堂 会Jの 異 訳 を 有 す る 四 経51で あ り 、 大 本 『 華 厳 経 』 と し て ま と め ら れ る 以 前 の 形 を 保 つ 短 い 経 典 類 で あ る 。 蓮 華 を 用 い た 「 仏 華 厳Jの 見 ら れ る 「 賢 首 品J52に つ い て は 、 第 二 の グ ル ー プ の 三 経53の ー っ と し て 挙 げ て い る 。 氏 の 言 う と こ ろ の 『 仏 華 厳 経 』 の 原 型 は 『 仏 説 兜 沙 経 』 に 保 有 さ れ て お り 、 そ れ は 音 写 「 兜 沙J
が avatarpsakaの 俗 語 形 で あ り、 Buddhavatarpsakas iitraと 推 定 で き る と 指 摘 し て い る540 46W
法経録』悌駄駿陀癒訳の『本業経.)](
W
諾菩薩本業経』とも、散侠)と岡本異訳のものである。g
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J
訳として語道民訳の『諸菩躍求備本業経.)][T1O. No. 282]がある。r
浄行品経』とも名付けられる。 47坂本[1956]pp. 301・318. 48 W本業経』序品の前半は『名競品Jと大体において一致する。序品の後半は「光明党品Jの十分のー ほどであるが、これは十方のうち東方のみに言及し九方を省略しているためと考察する。坂本上掲番。 49 W本業経.)]r
十地品 Jの序文は『華厳経.)]r
仏昇須弼頂品 Jとかなりの相違があるが、 『於是忍世界。 百億天帝蒋。皆於切利紫紺殿上。化作七賓師子之座。施交露帳席以綜繁巳。各稽首諦備。備意悉知。即 属分身。遍諸蒋殿。一一偶者。従衆普施。一切天帝。莫不悦殻。其下百億小園。繍自見備。知故不減J [TlO. No. 281, 449b27・30]からその原型であろうと推定する。r
妙勝殿上税偶品J も同様に相違がみられ るが、 「十地品jの「時十方利。復東雲集。法意菩薩。首意菩躍。賢意菩随。勤意菩薩。思意。知意審 意。専意重意。盤意普躍等。各従十方。奥無数上人倶束。稽首偽足坐一面蓮華上J[T10. No. 281, 449cl・4] という一文に起源を求めている。坂本上掲番。 50W
本業経.)]r
十地品Jの大部分が『華厳経.)]r
十住品Jの長行と一致することはすでに指摘されてい る。坂本氏はさらに「十地品J初頭の序文に相当する部分が「仏昇須禰頂品J (序初分)と f妙勝殿上 説偶品J (序第二分)に相当し、残る大部分が「十地品 Jの本文に相当すると分析する。坂本上掲書。 51S 1. W仏説兜沙経.!l[TI0. No. 280]、八十華厳「知来名競品J [T1O. No. 279]、チベット訳『華厳経.!l 12章S2.曇摩流支訳『信カ入印法門経.)][TI0. No. 305]、Dadpa 'i stobs bskyed pa la
・
Jugpa 'i phyag rgya zhes by aba theg pa chen po・
imdo S3.失訳『度諸悌境界智光厳経.!l [TlO. No. 302]、閤那堀多訳『悌華般入知 来徳智不思議境界経.)][TlO. No. 303]、質文難陀訳『大方鹿入如来智徳不思議経.!l[TIO. No. 304]、Debzhin gshegs pa 'i yon tan dang ye shes bsam gyis mi khyab pa・
iyulla 'jug pa bstan pa zhes by aba theg pa chen po‘i mdo S4.失訳『悌蔵大方等経』あるいは『間明頴経.)] (散侠)、六十華厳 f普薩明難品J[TlO. No. 278]、 八十華厳「菩薩間明品J[T10. No. 279トチベット訳『華厳経.!l 15章。大竹 [2007]pp.95・96.を参照。 52坂本[1956]は法離述『華般経探玄記I
J
r
文前約比位寄顛普賢困満行徳。今約誼位寄顛三乗差別行徳。 顛法次第故次東也。是故前諸位内皆悉鹿額普賢自在之徳。於此地上絶無其名者是此事也。量可地前深贋 誼地反劣。但是寄額不問故也J[T35. No. 1733, 77a20・24]の解釈は認容しがたく、 『十地品Jの成立が先 立つ事の証左となるとしている。 53Buddhavatarpsakaの経題を共有していた論証に用いた第一のグループに追加して、以下の三経を挙げ る。 S5.六十華厳「賢首菩躍品J[TI O. No. 278]、八十華厳「賢首品J[TlO. No. 279]、チベット訳『華厳 経.!l17章 S6. 竺法護訳『等目普随所間三昧経.!l [TlO. No. 288]、八十華厳「十定品J [T10.No.279],チ ベット訳『華厳経.)]33章 S7. 竺法諮訳『度世品経.!l[Tl O. No. 292]、六十華厳「離世間品J[T1O. No. 278]、 チベット訳『華厳経.)]44章。大竹上掲密 p.96.を参照。 54大竹上掲書p.96. 大竹 [2013]pp. 222・223.(16) 仏教経典における蓮華座の展開ー『舎衛城の神変』を起源としてー(杉本) 以上から、まず最も訳出の古い f名競品jの別訳とされる『仏説兜沙経』は仏陀の座処を このように述べる。
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始作働時。光景甚明。自然金剛蓮華。周匝甚大。自然師子座。諸備過去時。亦 悉於上坐J (TIO. No. 280,
445a)対応する『本業経』序品前半は「関知是。一時悌。遊於摩喝道場。 初始得備。光景甚明。自然蓮華費師子座。古昔諸悌所坐皆爾J
(TI0. No. 281, 446b29・c2)とあり、仏 の座処が蓮華上の師子座と理解されていた事が解る。さらに『仏説兜沙経』については大竹 [2013]によって仏陀が分身を作り出したという表現が指摘されている汽 「悌分身悉遍至十億小 国土、一一小園土皆有一備、凡有十億錦、皆奥諸普薩共坐J (TIO.N~280.446b) これと同様の表現 が『本業経』でも確認できる。r
各有百億此爵ー傍剃。続日忍世界。糟迦文悌。分身百億。悉遍其 中。於時天人。視衆小因。諸梯菩躍。若近相見J (TIO. No. 281. 447b)このように、仏陀が分身を 作 り 出 すBuddhavatarpsaka'ま『華厳経』の原型とされる経典に見いだせるが、そこに蓮華の座 処はまだ結びついていない事が確認できる。 また、続く「光明党品Jr
浄行品jには蓮華座の記述が見られなかった。 「仏昇須爾頂品Jは 帝 釈 天 遼 が 須 弥 山 頂 の 宮 殿 に 獅 子 座 を 設 け て 仏 陀 の 来 昇 を 請 い 、 仏 陀 が菩薩たちとともに訪問する場面である。 w本業経Ar
十地品 J (序初分)S6では仏座は七宝 師子座と記され、 『諸菩礎求悌本業~ 57でも仏座は同様であるが、引き連れた菩藤たちは各一 人 一 人 が 七 宝 蓮 華 師 子 座 に 座 っ て お り 、 仏 陀 で は 無 く 、 そ の 周 囲 の 人 物 集 団 が 蓮 華 座 に 座 る という表現がなされている。 そして『本業経A
r
十地品J (序第二分)が対応する「妙勝殿上説偏品Jは十大菩薩が須弥 山 頂 に 来 集 し 、 偏 頒 を 説 き 讃 歎 す る 場 面 で あ る 。 こ こ で は 菩 薩 た ち が 蓮 華 上 に 座 っ て い る ぺ 最後に「十住品j と対応する『菩薩十住行道品』には蓮華座の記述は見られなかった。 これらの点から、 『華厳経』の原型とされる異訳では既に蓮華の座処は認識されており、 複数箇所に用いられていた。しかし、蓮華が Buddhavatarpsakaにおいて現出する複数の仏陀の 座処として採用された六十華厳の『賢首品Jについて、大竹 [2007]が指摘するように「名腕品J の終わりに世界に来た十人の普薩の内の一人である賢首 (Bhadra針。によって説かれた点には 注 目 す べ き で あ る べ 実 に 『 本 業 経 』 の 「 名 競 品j対応箇所は賢首の登場で結びとなっている 55大 竹[2013]p.223. 56注49参照。 57r
是稗迦文傭剥。凡有百億稗提桓因抵。皆切利天上。悉各思想欲諦備。緒蒋提桓因培皆爵傍於紫紺正殿 上。施七宮師子座。以天所有名好劫波育雑色。若干種絶殊好。皆敷著座上。皆施絶好交露帳。皆各於適 巳。悌即悉知之。偽使分身威神。悉皆在百億初利天上蒋提桓因抵外門。一一縛提桓因培。皆有一備。凡 有百億悌。皆奥諸菩龍等倶。緒蒋提桓因増。皆大歓喜。悉出迎。爵偽作躍。鯖備入。備即奥諸菩薩等倶 入。至紫紺正殿上帳中坐。緒普鵡等。悉各於一一七費蓮華師子座交露幌中坐。働繍在是百億小国土。奥 諾菩龍共坐。 J[TI0. No. 282, 454a8・20] 58注49参照。 59大竹[2007]p.102.r
名 蹴 品Jの 終 わ り に 該 当 す る 『 本 業 経 』 序 品 前 半 で は 『 … 上 方 無 極 有 欲 林 剃 悌 名至精進菩薩字賢首 是賢首等。皆彼第一。各奥無数上人倶束。稽首偽足。坐一面蓮華上J[TIO. No. 281,龍谷大学悌教学研究室年報第21号 2017年3月 (17) 事と比較して、各品同士に関連性を持たせる発達した構成が伺える。これによって『華厳経』 における Buddhavatarpsakaの表現は、明らかに『義足経』の「舎衛城の神変jが表現する化仏 湧出から遅れると言えるだろう。
6
.
結論
「舎衛城の神変J
説話は、時系列上に並ぶ仏伝資料に整えられる前は独立した個々の事件 を語る経典にあり、蓮華座の表現に関しては、おそらく説一切有部に近い背景をもった教団 が伝えたアヴァダーナがその展開に大きくかかわる場所である。美術資料を見てみると、仏 座としての蓮華座は初期仏教美術の表現から、 A.D.150年頃にはまだ存在しなかった。ガンダ ーラで比較的古いシクリの作例も菩薩の座所であり「舎衛城の神変Jの場面ではない。しか し、 『仏説兜沙経』をはじめとする『華厳経』の原型の経典類や、 『義足経』の化仏の座所 にその萌芽はみられることから、 A.D.2C後半頃には仏教徒の聞に知られていたと恩われる。 先行研究では主に、党天のイメージ投影や、蓮華化生を主として大乗経典に着目されてき たが、神変に表わされる蓮華座も仏伝文学等からさらに精査されるべきであり、特に『舎衛 城の神変 J説話の多仏化現が、大乗経典にみられる Buddha vatarpsakaへと取り込まれている点 からも、従来の蓮華座の源流について、より多角的な視点から考察されるべきである。 (略号〉T=
大正新情大蔵経 J = Jatakatthavannana Sn = Suttanipata Dhp= Dhammapada DA = Dhammapadatthakatha Mbh = Mahabharata AG= Anavatapta-gatha BC = Buddhacarita Divy= Divyavadana GM = Gilgit manuscripts MSV= Mulasarvastivada-vinaya 447aS・8](18) 仏教経典における蓮華座の展開
-r
舎衛織の神変Jを起源としてー(杉本) 〈図像出典〉 図 1 :サーンチーの第一塔北塔門のレリーフ(サーンチー現地)A.D. lC:溝 口 史 郎[2005]Wサ ンチーのストゥーパ:古代インドの悌教美術の精華』鹿島出版会、 p.97. 図 2 :パールフット欄楯柱(コルカ夕、インド博物館)B.C.150年 頃 : 沖 守 弘 ; 撮 影 、 伊 東 照 司;解説[1991]W原始仏教美術図典』雄山閣出版、 PL.210. 〈参考文献) P.V. Bapat [1951]Arthapada Sutra : parts1 & 11,
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