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10分でわかる経済の本質~先送りされたギリシャを巡るリスクの本質的な課題とは何か~

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EY Institute

07 August 2015

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EY

総合研究所株式会社

03 3503 2512

EYInstitute@jp.ey.com

EY 総合研究所株式会社

チーフエコノミスト

<専門分野>

経済・金融動向に関す

る分析・予測

経済・金融動向および

金融政策の解説

市川 信幸

執 筆 者

10

分でわかる経済の本質

先送りされたギリシャを巡るリスクの

本質的な課題とは何か

要旨

 第

3

次金融支援の交渉再開などから、ギリシャの財政破綻とユーロ圏からの離脱とい うリスクはいったん遠のいた。欧州連合(

EU

)が当初示した緊縮案が国民投票で否決さ れたにもかかわらず、支援交渉が再開され、結局、ギリシャはより厳しい緊縮案を受け入 れた。

EU

側は、ギリシャの地政学上の重要性等を重視する一方、ギリシャは、銀行の資 金不足が深刻化した、といった事情などを反映した動きと言えるだろう。当面のリスクは、 ①反緊縮を掲げながら、厳しい緊縮案を受け入れたチプラス首相に対するギリシャ国内で の反発と、②債務の減免等を巡るドイツと、国際通貨基金(

IMF

)および他の

EU

加盟国 との間の不協和音の二つである。また、金融支援を巡るより本質的な課題は、①ギリシャ の実効ある成長戦略の策定・実行、および債務の削減を通じて、ギリシャの債務返済能力 を確保すること、②南北格差の拡大という構造的欠陥を内包するユーロ圏の中で、

EU

や ユーロに対する反発を和らげ、欧州の政治的安定を維持することの二つであると言えよう。

【ポイント】

1.

支援交渉再開でギリシャ財政破綻・ユーロ圏離脱リスクは先送り

2.

緊縮案否決後の支援交渉再開は、ギリシャ・

EU

双方の事情を反映

3.

当面のリスクは、ギリシャの政治不安定化と債権団内の不協和音

4.

本質的課題は、ギリシャの債務返済能力確保とユーロ圏崩壊回避

(2)

1

 ギリシャ金融支援を巡る動き 出典: EU公表資料等よりEY総合研究所作成 2009年 10月 財政赤字の粉飾が発覚 10年 5月 EU(欧州連合)・IMF(国際通貨基金)が第1次金融支援決定(1,100億ユーロ融資) 12年 3月 第2次金融支援決定(1,300億ユーロ追加融資、一部元本削減) 5月 ギリシャ総選挙で急進左派連合(SYRIZA)躍進 9月 ECB(欧州中央銀行)が南欧国債の無制限買い取りを表明 14年 12月 ギリシャ、大統領選出できず国会が解散 15年 1月 ギリシャ、総選挙で「反緊縮」を掲げるSYRIZA大勝、チプラス氏首相就任 2月 第2次金融支援の15年6月末までの延長決定 4-6月 金融支援延長を巡る交渉継続(年金・増税が論点) 6月 22日 ギリシャ、年金改革を含む「改革プログラム」をEU側に提出 24日 EU側が支援の5カ月延長を見返りとする「緊縮案」を提示 26日 チプラス首相、EU側の「緊縮案」に対する賛否を問う国民投票の実施を発表 28日 ギリシャ、29日の銀行の営業停止、預金払い出しの制限などを決定 30日 第2次金融支援(未実行融資72億ユーロ)打ち切り ギリシャ、「欧州安定メカニズム(ESM)」に対し新支援策要請(協議されず) 7月 1日 IMFに対する返済(15億ユーロ)の「延滞」 5日 「緊縮案」に対する賛否を問う国民投票の実施(結果は「反対」多数) 9日 ギリシャ、EU側に緊縮案を提示 13日 EU側が支援(3年、最大860億ユーロ)交渉再開の条件として、15日までに緊縮案の法制化求める 16日未明 ギリシャ、緊縮(改革)法案(増税・年金改革等)を議会で可決 16日 ECB、ギリシャの銀行への緊急資金支援(ELA)額の引き上げを決定 17日 EU側がつなぎ融資として「欧州金融安定メカニズム(EFSM)」から約72億ユーロをギリシャ政府に融資 20日 ギリシャ、ECB保有国債の元本返済(35億ユーロ)と利払い(7億ユーロ)を実施 ギリシャの民間銀行、営業再開 23日未明 ギリシャ、改革法案第2弾(銀行の破綻処理手続き等)を議会で可決 8月 20日 ECB保有国債の償還(32億ユーロ)予定日

Ⅰ.いったん遠のいたギリシャの財政破綻とユーロ圏離脱というリスク

 

7

13

日、欧州連合(

EU

)はギリシャが増税や年金改革などの財政改革案を法制化することを条 件として、

3

年間で最大

860

億ユーロ(約

11

8000

億円)に及ぶ第

3

次金融支援の交渉を開始す る方針を打ち出した<表

1

>。これに対し、ギリシャ議会は

16

日未明、改革案の法制化を賛成多数 で可決した。同可決を受け、欧州中央銀行(

ECB

)は

16

日、預金が流出するギリシャの銀行への緊急 資金支援(

ELA

)額の引き上げを決定した。また、

EU

17

日、ギリシャが要請した欧州安定メカニ ズム(

ESM

)を通じた第

3

次金融支援が正式にまとまるまでのつなぎ資金として、欧州金融安定メカ ニズム(

EFSM

)から

71

6000

万ユーロ(約

1

兆円)をギリシャ政府に融資することを承認した。  ギリシャ政府は

20

日、

EU

からのつなぎ融資により、

ECB

の保有するギリシャ国債の元本返済(

35

億ユーロ)と利払い(

7

億ユーロ)を期日通りに実施したほか、国際通貨基金(

IMF

)に対しても支払 いが遅延していた

20

億ユーロの債務を返済した。つなぎ資金の融資により、ギリシャが債務不履行(デ フォルト)に陥り、財政破綻によってユーロ圏からの離脱を迫られるというリスクはひとまず遠のいた と言えるだろう。海外送金の制限など「資本規制」の解除にはなお時間がかかるとみられるものの、

6

29

日から休業していたギリシャの民間銀行も

7

20

日に営業を再開している。  さらに、

7

23

日未明にギリシャ議会は、銀行の破綻処理手続きなどを柱とする財政改革法案の第

2

弾を賛成多数で可決した。今回の法案が金融支援のためのもうひとつの条件であった。これでギリシャ は

EU

側から金融支援と引き換えに求められていた条件を満たしたことになる。

EU

とギリシャは第

3

次金融支援開始に向けた手続きを本格化させ、

8

月中にも新たな金融支援策を正式決定したい考えだと されている。金融支援策の焦点は、後述のとおり、ギリシャ側が求める元本の削減を含む返済負担の軽 減の程度だろう。大幅な負担軽減に慎重な

EU

に対し、

IMF

はギリシャの経済再生のための思い切った 負担軽減を主張しており、すんなりと決定に至るかは予断を許さない。

(3)

 法制化された財政改革案では、レストラン等での付加価値税(

VAT

)を

13%

から

23%

に引き上げ るほか、離島の軽減税率を段階的に廃止、法人税率も引き上げて税収の増加を図る。また、年金支給開 始年齢の引き上げや貧しい年金生活者への特別給付制度の段階的な廃止などを通じ、

2

年間で

100

億 ユーロ以上の収支改善を目指すとされている<表

2

>。過去

2

回の金融支援と同様、財政緊縮策の総 動員が支援の条件になっている。後述のとおり、こうした財政緊縮策の下でギリシャ経済が立ち直るの は難しく、同時にギリシャ経済の成長戦略が必要になっている。 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 2001 03 05 07 09 11 13 15 ギリシャの実質GDP成長率(前期比) (%) (年) ユーロ導入 第1次支援 第2次支援 図

1

 ギリシャの実質

GDP

成長率の推移 出典: EurostatよりEY総合研究所作成  ギリシャに対する過去

2

回の金融支援の経緯を簡単に振り返っておくと、そもそもギリシャがユー ロ加盟によって、自国通貨ドラクマより高い信用力を得て、経済の実力にふさわしくない低金利での借 り入れが可能となったことが発端にある。その結果、公的部門は巨額な債務を抱えることになった。に もかかわらず、長い間、正確な財政収支が公表されず、

2009

年の政権交代で財政赤字の粉飾が発覚し、 公的債務危機が表面化した。この結果、

10

年に、ギリシャが

EU

ECB

IMF

(以下「債権団」)に支 援を要請することになった。債権団は、

10

年(第

1

次)と

12

年(第

2

次)の

2

回にわたり、合計で 約

2400

億ユーロ(約

32

9000

億円)の支援を決定した。なお、第

2

次支援を決めた際、銀行な ど民間債務者による約

2000

億ユーロ(約

27

4000

億円)のギリシャ国債を対象に、

1000

億ユー ロ(約

13

7000

億円)強の債務削減を実行している。  金融支援を受けて以降のギリシャは、緊縮財政で景気刺激策がとれず、実質

GDP

成長率がマイナス に陥っている期間が長い<図

1

>。金融支援で得られた資金は債務の返済や利払い、年金給付などの「義 務的経費」に充てられ、財政面から経済を刺激する余裕はなかったと言えるだろう。なお、

14

年末の ギリシャの一般政府債務残高は

3171

億ユーロ(約

43

4000

億円)で、国内総生産(

GDP

)比約

177%

に上っている。こうした中、第

3

次金融支援の有効性を確保するためには、緊縮策の下でも雇 用と投資を創出できる成長戦略が不可欠だろう。 財政黒字目標 基礎的財政収支の対GDP比を、2015~18年に、それぞれ1%、2%、3%、3.5% の黒字とする 歳入 付加価値税(VAT) レストラン等での付加価値税率を引き上げ(13%から23%に) 離島の軽減税率を段階的に廃止 法人税 2016年から税率引き上げ(26%から28%に) 歳出 雇用・年金 早期退職制度を縮小 年金受給開始年齢の引き上げ 貧困年金生活者に対する特別給付制度を段階的に廃止 年金支給総額の削減(GDPの1%分) 防衛費 2015年に1億ユーロ、16年に2億ユーロそれぞれ削減 預金保護上限 銀行破綻時の預金保護上限(10万ユーロ)を設定 信託民営化基金設置 国有財産の民営化などによる売却を担当(500億ユーロを目途) 出典: EU公表資料等よりEY総合研究所作成 表

2

 主な緊縮・改革項目

(4)

 第

3

次金融支援策を巡って債権団との交渉に臨むのは、

15

1

月のギリシャ総選挙で、「反緊縮」 を掲げて第

1

党となった急進左派連合(

SYRIZA

)を主体とするチプラス政権である。同政権は、発足 当初に、債権団との間で、ギリシャ向け第

2

次金融支援の期限を

15

2

月末から同年

6

月末に延長 することで合意することに成功した。ところが、支援実行・延長の前提となるギリシャの財政改革案が 実効性に乏しいことから、債権団は再三にわたって改革案の修正を求めてきた。  

15

6

月末は、ギリシャ向け第

2

次金融支援の終了期限であると同時に、ギリシャの

IMF

に対す る返済期限でもあった。ギリシャとしては、第

2

次金融支援の未受領分約

72

億ユーロ(約

1

兆円) の融資を受け、

6

月末に

IMF

への返済を実行する腹積もりであった。このため、ギリシャは第

2

次金 融支援の残額受領と、

7

月以降

5

カ月間の追加金融支援を求めて、支援協議に臨み、

6

22

日には、 ギリシャにとって「死守」すべき一線とされてきた年金改革※1をも含む「改革プログラム」を提示した。 このため、一時は「ぎりぎりの合意が成立」との希望的観測も市場に広がった。  しかし、同プログラムの内容を精査した債権団が、

24

日に、より歳出削減に力点を置いた修正案を 提示し、ギリシャに受け入れを迫ると、

26

日になって、チプラス政権は、債権団の提示した修正案へ の賛否を問う国民投票を、

7

5

日に実施するとの方針を唐突に打ち出した。同時に、チプラス政権は、 国民投票の実施に伴い、金融支援期限を数日間延長するよう債権団に要請したものの、債権団は支援期 限の延長要請を拒否した。ギリシャ側が事前通告なしに国民投票の実施を宣言したことで、債権団の不 信感が募り、交渉決裂が決定的になったと推測される。年金・税制を巡る主張の差が、交渉決裂の原因 というよりは、ギリシャに対する不信感が支援の打ち切りにつながったものと思われる。これにより、 ギリシャは未実行であった

72

億ユーロの支援融資を受ける権利を失い、その結果、

6

月末期限の

IMF

への返済についても「延滞」となった。また、

ECB

は、ギリシャ中央銀行に認めている

ELA

の上限額 をそれまでの水準(約

890

億ユーロ)に据え置くことを決定し、これを受けて、チプラス政権は、

29

日のギリシャの銀行の営業停止、預金引き出し制限などの資本規制の実施を発表するに至った。  こうした中で、

7

5

日には、債権団が提示した修正緊縮案を受け入れるか否かについての国民投 票が実施された。もともとユーロを手放す気はない国民が多数を占める中で、チプラス政権が、「国民 投票の趣旨は、修正緊縮案を受け入れるか否かであって、ユーロ圏に残留することに変わりはない」と いった趣旨の説明を国民にしているため、緊縮案に対する「反対」が多数を占めることはいわば自明な 面もあった。ただ、債権団の中からは、「国民投票での反対多数は、ユーロ圏にとどまることに反対す る意思表示と受け止める」との意見も聞かれた。したがって、国民投票での反対多数という結果は、本 来であれば、金融支援の完全な打ち切り・財政破綻から、ギリシャのユーロ圏からの離脱というシナリ オにつながっていく蓋がいぜん然性が高かったとも言える。  しかし実際に起こったことは、冒頭のとおり、国民投票の対象となった緊縮案よりも厳しい案を債権 団がギリシャ政府に突き付け、しかも、それを短期日のうちに法制化することを条件として、第

3

次 金融支援の交渉を再開するという、一見するとやや理解に苦しむ展開であった。もっとも、債権団が、 ギリシャ政府に金融支援の最後の機会を与えた理由は、比較的理解しやすいだろう。その最大の理由は、 ユーロ参加諸国が、ギリシャのユーロ圏からの離脱を望んでいないということである。

12

年までの債 務危機とは異なり、現在では、民間部門が保有しているギリシャ向け債権は少なく、危機の他国への波 及・拡大を抑制するための各種のセーフティーネットも用意されている。それでも、離脱の意向のない ギリシャに対しユーロ圏からの離脱を強要することは、適当ではないし、手続き的にも難しい。例えば、 ギリシャは北大西洋条約機構(

NATO

)にとって、対ロシア、対中東、対北アフリカに向いた橋きょうとうほ頭堡と いう、地政学上極めて重要な位置付けにあるし、

EU

の連帯という観点からもギリシャのユーロ圏離脱 はぜひ避けたいところだろう。加えて、条約上、

EU

からの脱退手続きは用意されているものの、ユー ロ圏からの離脱という手続きは用意されていないという問題もある。

Ⅱ.国民投票での緊縮案否決と金融支援交渉再開の背景・含意

(5)

 一方、反緊縮を掲げていたチプラス首相が、債権団が求めたより厳しい緊縮案をほぼ全面的に受け入 れたことについてはどう考えるべきだろうか。特に、①緊縮案の順守を担保するための即時法制化に同 意したこと、②債権団からの

IMF

の除外を諦めたこと、③いわゆる「信託民営化基金」の設置も受け 入れたことなどを考え合わせると、チプラス首相は、むしろ国民投票後に、債権団に対して大幅に譲歩 したとさえ言えるだろう。なお、「信託民営化基金」とは、ギリシャ政府が、国営企業などの資産をこ の基金に移管し、同基金が資産の売却を担当するというものである。債権団は、同基金を通じて

500

億ユーロの資産を売却ないしは民営化する意向とされている。  チプラス首相が大幅に譲歩した最大の理由は、ギリシャの銀行が資金難に陥り、「瀬戸際戦略」を続 ける時間的余裕がなくなったことに加え、ドイツが「ギリシャのユーロ圏離脱」に言及したからだと思 われる。チプラス首相は、「誰もギリシャのユーロ圏離脱を望んでいない」と高をくくっていた中で、 ドイツのショイブレ財務相が比較的現実的な「ユーロ圏からの一時離脱」を迫る発言をしたことで、譲 歩せざるを得なくなったものと思われる。仮に、ギリシャがユーロ圏を離脱した場合には、再び自国通 貨を発行するようになるため、その為替相場の変動を通じて、対外競争力が調整され、必ずしも賃金等 の切り下げといった痛みを伴わずに済むようになるとのメリットが指摘されることもある。ただ、輸出 産業が少ない一方、ユーロ圏内からの輸入依存度が高いギリシャが、自国通貨の発行を再開しても、メ リットは小さく、かえって輸入インフレに悩まされるだけに終わる恐れもある。 ※1 ただし、債権団が求めていた年金支給額の削減は盛り込まれていなかった。

(6)

 ギリシャに対する第

3

次金融支援を巡る当面のリスクとしては、ギリシャ国内政治の不安定化と、 債権団内での亀裂の兆しという二つを指摘できるだろう。当面のリスクの一つ目であるギリシャ国内の 政治の不安定化は、反緊縮を掲げて政権の奪取に成功したチプラス首相が、結局は、かなり厳しい財政 緊縮案を受け入れざるを得なかったことに起因している。緊縮案の法制化の議決に当たっては、チプラ ス首相率いる

SYRIZA

の議員からかなりの造反者が出たとみられている。結局、最大野党の新民主主 義党(

ND

)など

EU

寄りの野党が賛成に回り、可決できたというのが実情のようだ。  チプラス首相は、第

3

次金融支援の決定までは何とか政権を維持できるものの、その後は議会から 内閣不信任案が出てもおかしくはない。相次ぐ造反で与党内の結束は揺らいでおり、政権運営に支障を 来して、内閣総辞職に追い込まれる可能性もある。年内に総選挙が行われる可能性も高いだろう。その 場合、これまで以上に厳しい緊縮政策で、国民生活がさらに疲弊している恐れが高く、再び反緊縮を掲 げる政党が勝つ可能性は十分にある。そうなれば、債権団との交渉は振り出しに戻ってしまう。政権基 盤の安定とチプラス首相の改革実行力の有無が、今後のギリシャ国内政治の命運を握っていると言える だろう。  ギリシャがこうした苦境に立たされた背景の一つは、チプラス政権の「ユーロ圏に残留」しつつ、

EU

側に大幅な「緊縮の緩和」を認めさせるという公約が、もともと実現不可能であったことだと言え るだろう。

EU

側からみれば、「反

EU

」・「反ユーロ」を掲げる政党が各国で躍進する中で、チプラス政 権に大幅な譲歩はできないという政治的制約が働いていたほか、

EU

基本条約が財政補ほ て ん填につながる支 援を禁じているため、債務の再編にも限界があったというのが実情だ。言い換えれば、この

5

カ月の やり取りを通じて、「ユーロ圏残留」と「緊縮策撤回」は両立し得ないことが明らかになっていたにも かかわらず、チプラス政権がぎりぎりまで「瀬戸際戦術」を捨てなかったことが、ギリシャを苦境に追 い込んだ一つの原因と言えるだろう。  当面のリスクの二つ目は、債権団の中に亀裂が走る兆しがみられることだ。今回のギリシャ対策を議 論する過程で、ドイツと、

IMF

および他の

EU

加盟国との考え方の違いが鮮明になった。

IMF

の高官か ら「ギリシャの経済再建のためには大規模な債務削減が必要」との発言も出てきているのに対し、ドイ ツはこれに真っ向から反対している。ドイツではギリシャに対する支援実施に当たって、議会の事前承 認を得る必要がある。改革に真し ん し摯に取り組んでいないギリシャの救済に、なぜ自分たちの税金を投入す るのか、というドイツ国民の批判をかわしつつ、支援の同意を得ることは簡単なことではないだろう。 したがって、

17

年に実施されるドイツ総選挙以前に、ドイツがギリシャ向け債権の削減に同意すると いうことはやや考えにくい※2  他方、

EU

内でも、フランスやイタリアは、「債権団の主張を受け入れない場合には、ユーロ圏から の離脱を示唆する」という、今回ドイツがとった対応を「統合の理念に反する」と感じているようだ。 特に、フランスは、ユーロ圏からの離脱という先例を作りたくないという姿勢が明確で、フランス財務 省がギリシャに高官を派遣して、ギリシャ財務省と共同で緊縮案の作成に当たらせたとの報道もある。 ギリシャ危機を巡って、ドイツとフランスの間で不協和音が強まっているとすれば、欧州の未来にとっ て深刻な問題だと言えるだろう。また、実務的にも、ドイツと、

IMF

や他の

EU

諸国が対立すると、ギ リシャへの第

3

次金融支援の実施が遅れる恐れもあり、注意が必要だろう。

Ⅲ.当面のリスク―ギリシャ国内政治の不安定性と債権団内での不協和音

※2 ただ、ドイツはギリシャの財政破綻は絶対に回避したいと考えているはずである。なぜなら、ギリシャが債務不履行 に陥れば、ドイツは同国に対する債権など887億ユーロを失うことになるからだ。これはユーロ圏で最大の損失額で あり、損失に関する議会での説明も非常に困難なものになると予想される。

(7)

 第

3

次金融支援交渉の再開により、ギリシャの財政破綻・ユーロ圏離脱というリスクは取りあえずいっ たん低下したと言えるだろう。ただし、ギリシャの公的債務問題の抜本的解決のためには、ギリシャ経 済が混乱から抜け出し、自律的な成長過程に復帰することを通じて、債務返済能力を回復することが不 可欠である。ギリシャ危機は、単なる流動性不足の問題ではなく、支払い能力不足の問題であるため、 金融支援が決まっただけでは、単にリスクが先送りされたにすぎない。第

3

次金融支援の対象となっ ている

3

年間のうちに、経済成長を実現し、ギリシャの債務返済能力を回復しなければならない。  もっとも、失業率がユーロ圏最悪の

25%

に達しているギリシャ経済を成長過程に復帰させることは 容易ではない。緊縮策による悪影響を排除しつつ、雇用や投資を創出するような実効性のある成長戦略 が必要不可欠である。その障害となり得るのが、既得権を保護している岩盤規制、非効率で肥大化した 公的部門、財政を圧迫する年金制度、硬直した労働市場といった諸要因だろう。  これに対し、ギリシャの成長戦略の一つとして、債権団主導で設置されたのが、前述の信託民営化基 金である。

500

億ユーロ相当の国有財産の民営化を通じて、ギリシャ経済の競争力を高め、雇用の創 出と成長率の回復を実現しようとしている。ただ、国有資産の売却は、これまでほとんど実現していな いだけに、今後も難航が予想される※3。また、国有財産の管理権を奪われることを「屈辱」と受け止 めたギリシャ側の希望で、同基金はギリシャに拠点を置くことになったため、基金の実効性にも疑問が もたれている。なお、今後は、国有財産の売却や公務員の削減といった施策をギリシャ政府が確実に実 行するよう、債権団が監視することになっている。もっとも、緊縮策の下で経済成長の展望を見いだし にくい中で、ギリシャが債権団の監視にどこまで耐えられるのかは大いに疑問と言えよう。  一方、最近のギリシャ経済の推移をみると、緊縮策の下でほとんどの期間マイナス成長にあえいでき たというのが実情だ。こうした国に、対

GDP

比で

170%

を越える巨額の債務を返済する潜在能力があ るとは思えない。この点を考え合わせると、いずれギリシャの公的債務の元本削減が必要になってくる ものと思われる。債権団の中からも、ギリシャ経済・財政の改革と併せて、債務の再編が必要との現実 論が出てきている。ただ、域内主要国が数年以内に総選挙を控えていることもあって、ユーロ参加諸国 が安易に債務削減を認めることはできないというのが実情だろう。ギリシャに債務返済能力がなく、債 権団が債務削減を認めないとすれば、両者の交渉は今後も繰り返される可能性がある。こうした中、今 後、ギリシャに対する金融支援に何らかの支障が生じれば、金融市場では、参加者の「リスクオフ(回 避)」姿勢が極端に強まり、相場が乱高下する恐れが強いことには十分注意しておく必要があるだろう。  また、単一通貨の導入に伴い、実質的な為替切り下げ効果を享受する北欧と、実質的な為替切り上げ 効果をこうむる南欧との間で、今後も、経済格差が拡大しているとの印象が強まれば、南欧諸国を中心 に反

EU

、ユーロ懐疑派の政党が一層躍進し、ユーロ圏の崩壊ということにもつながりかねない。今回 こそ、金融支援が効果を発揮し、ギリシャ経済が自律的な回復に成功したという実績を挙げなければな らない。通貨・金融政策は単一である反面、財政は各国独自に運営されているユーロ圏においては、南 北を中心とした不均衡・格差の拡大はいわば必然の帰結だ。より長期的には、こうしたユーロ圏の構造 的欠陥を解消していく方策が必要になるものの、それまでの間は、金融支援を、被支援国の経済の自律 的回復に確実につなげていく工夫が必要だと言えるだろう。  今回のギリシャ危機が欧州に及ぼした最も大きい影響は、加盟各国の国民に、

EU

・ユーロ圏からの 離脱という選択肢があることに気づかせてしまったことだろう。南欧諸国に無理な緊縮を迫る

EU

への 反発は強まっている。反

EU

を掲げる政党は各国で勢力を拡大している。スペイン、イタリアなどでは、

EU

やユーロに懐疑的な政党が高い支持を集めている。「単一通貨ユーロは、ドイツの独り勝ちをもた らした」との見方が強まっていることは、ユーロ圏の崩壊につながる危険をはらんでいると言えるかも しれない。今後のギリシャ金融支援に当たっては、こうした点にも十分配慮して、ユーロ圏の政治的安 定につながるように実施していくという意識が重要になってくるだろう。

Ⅳ.本質的課題―ギリシャの債務返済能力確保とユーロ圏崩壊の回避

※3 第2次金融支援が決定した際、ギリシャ政府は15年までの3年間で190億ユーロ(約2兆6000億円)の国有資 産の売却を実施すると公約したものの、実績は、それ以前の売却額を含めても30億ユーロ(約4000億円)程度に 過ぎないとみられている。

(8)

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表 1  ギリシャ金融支援を巡る動き 出典 : EU 公表資料等より EY 総合研究所作成2009年10月 財政赤字の粉飾が発覚10年5月EU(欧州連合)・IMF (国際通貨基金)が第 1 次金融支援決定( 1,100 億ユーロ融資)12年3月第2次金融支援決定(1,300億ユーロ追加融資、一部元本削減)5月ギリシャ総選挙で急進左派連合(SYRIZA)躍進9月ECB(欧州中央銀行)が南欧国債の無制限買い取りを表明14年12月ギリシャ、大統領選出できず国会が解散15年1月ギリシャ、総選挙で「反緊縮」を掲げるS

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