随 想
通訳者の醍醐味
―この世はありがたい工夫に満ちている―…… <冠木友紀子>… 404 シリーズ解説 日本の伝統食品(第15回)貴 醸 酒… ……… <高橋康次郎>… 406
シリーズ解説 果実とその加工品の話(第21回)果実・果汁飲料と機能性成分(19)
カンキツ果実のカロテノイド代謝に及ぼす遺伝的要因の解明
……… <島田武彦>… 412
第1回:
食品産業の人気は絶大 -就活戦線-
… ……… <並河良一>… 418 海 外 技 術 ・ マ ー ケ ッ ト 情 報 2014年の食品加工業界,5つの課題………420 カロテノイドと目の健康………423 2014年健康増進食品添加物一覧………425 異論があるものの,安全で必要な遺伝子組換え作物………428 米国で人気を呼ぶフードトラック料理の現状………431 エレガントで人間工学的なカラフスタイル容器………434 食品咀嚼時の音の解析と官能評価………436 業界トピックス:13年コーラ飲料,安定拡大 トクホコーラ飲料は定着……… 439 食べもの随想 「少子化」-現状と将来- ……… <田村真八郎>… 440 特別解説:安定同位体比と微量元素組成を用いた食品の原料・原産地判別 … <鈴木彌生子>… 442 技術用語解説:ペール缶 ……… … 449 特別レポート:「トイレタリー・化粧品業界における容器の意義とは」……… 450 業界の話題……… 454 今月の統計……… 458 最近の技術雑誌から……… 460 野菜・果物を巡って(第六十七話)ソウル訪問と市場で出会った野菜
… <吉田企世子>… 465 「スザクサラサエビ」 ピピ島(タイ) KT【CONTENTS】
産業余話通訳者にまつわるウソ,ホント 国や言葉の壁が低くなった今日も,駅員さんや 学校の先生のように毎日見かけるわけではない通 訳者の生態は謎に包まれているようです。 さて,次のクイズはいかがでしょう? ①帰国子女のほうがよい はい・どちらともいえない・いいえ ②30才までに技術をマスターしなくてはなら ない はい・どちらともいえない・いいえ ③英語が話せれば英日通訳はできる はい・どちらともいえない・いいえ ④英語と日本語は語順が違うので通訳は難しい はい・どちらともいえない・いいえ 私なりの答えは,①どちらともいえない,②い いえ,③いいえ,④いいえ です。 仕事の8割は入念な準備 「英語が上手だからと思って留学帰りの友人に 通訳を頼んだらしどろもどろで大変なことになっ た」。たびたび残念な事故の報告(?)を耳にし ます。英語が話せるのと通訳できることはまった く別のことです。通訳者は,専門領域に心から関 心を寄せて準備し,当日は思考の流れを理解して 言語を変換しています。これはその言語を自分の ために使うこととは違います。 私が初めて食品関係の集まりで通訳させていた だいたのは FDA のフロロスさんのレクチャーで した。テーマは「製品をよい状態で食卓に届ける ための食品包装の工夫」です。フロロスさんご本 人にメールで資料転送をお願いし,お返事を待つ 間は「業界の人」になりきる準備に充てました。 FDA や大学のサイトでフロロスさんの論文やプ レゼンテーションを読み,単語帳を作りました。 知らない単語はもちろん,その領域で大切な基本 語も含め,常になるべく広く領域を意識します。 レクチャーを中心とした半日のセミナーで200語 ほどでしょうか。次に日本のみなさまのウェブサ イトを拝見し,最新情報や組織構造を気にしなが ら専門業界ならではの「もののいい方」を探りま す。辞書的に正しい表現より,お聴きになる方の 世界になじむ表現を見つけるためです。たとえば aseptic package は一般的な辞書をひけば無菌 パックと出ていますが,日本の多くのサイトでア セプティックパッケージとそのまま表記している ところが多く,当日日本のみなさまに訊ねました。 単語帳と並行して今回のレクチャーとその背景, 関係団体の組織をまとめたものを A4で1枚のマ インドマップにまとめます。A4で1枚という制 限が大切で,これ以上広げると枝と幹の区別があ いまいになり,これ以下では十分な情報が把握で きていないおそれがあります。今はインターネッ トのおかげでこうした準備も大変楽です。先輩方 は本だけが頼み,地元図書館,国会図書館に通い, 当日は小さなスーツケースを転がしていくほどの 大荷物だったそうです。帰国子女で2つ以上の言 語に通じているのは利点には違いありませんが, 決してさまざまな専門領域を知ることの代わりに はなりません。 スピーカーと奏でるカノン ギリシャご出身のフロロスさんには「カリメー ラ(こんにちは)」「エフハリスト・ポリ(どうも ありがとうございます」などギリシャ語でご挨拶 したところ,フロロスさんの表情が一変。打ち合 わせの間もギリシャ料理の素晴らしさ,和食との 共通点について大いに盛り上がりました。なんと 「アメリカの料理はどうもねえ」という本音も。 さて,いよいよレクチャーです。通訳者は走り 回って上質な食材を買い揃えたものの,料理の出 来上がりを知らない新米コックのようなもの。ス ピーカーというシェフが料理を始めるのか固唾を のんで待つばかりです。いったん始まると,私の
冠
か ぶ き木友
ゆ紀子
き こ (通・翻訳者 白百合女子大非常勤講師)耳と口はカノンのようにスピーカーの話し言葉を 追いかけて訳していきます。話し言葉は活字の書 き言葉とは違って,息遣いや声の調子といった音 楽的な側面があります。この音楽性は訳さずとも, カノンのようについていけば相当そのままに伝え ることができるのではないでしょうか。スピーカ ーがモーツアルトのように快活に話しているのに, 通訳者がブラームスのように沈痛な語りではおか しいと思うのです。スピーカーと通訳者のメロ ディが似ていると聴きやすいようですし,レク チャーが終わった時のチームワークの達成感は爽 快です。 また,私は同時に聴きながらスピーカーの話を どんどんイメージに置き換えます。ここで大事な のはイメージの順番です。順番そのものに思考の 流れが表れています。ですから,日本語に変換す る時もこの順番をできるだけ守って訳すのです。 学校では関係代名詞が出てくると漢文のように逆 立ちして訳すことがありますが,そのようなアク ロバットが必要な場合はごくまれです。 I went to Tokyo, where my sister lives. △ 私は姉が住んでいる東京を訪れた。 ○ 私は東京を訪れた。東京には姉が住んでい る。 スーパーが輝いて見えた それまでスーパーは安値優先で買い物をする場 所でした。ところがフロロスさんの通訳をつとめ てから,それが一変したのです。ポテトチップの 袋が透けていないこと,お味噌の袋に5円玉のよ うな形の空気穴がついていること…ひとつひとつ が誰かの創意工夫である有難さ,そして,私がま だ知らないことのほうが多いことが心に沁みまし た。 自分も経験している分野を通訳するのは楽です。 しかし,経験のない分野を学んで通訳することで, これまで気にも留めていなかった工夫に感謝する こと,まだ知らない工夫に支えられていることを 想うことは,私には「楽」であること以上に大切 な「醍醐味」です。 誰でもできる通訳式頭シャッキリ遊び いわゆる通訳養成学校で行う練習は,実は日本 語だけでも充分楽しめるものです。ただ,私たち は,ふだんの会話では人の話を聴いているつもり でも,「そうだそうだ」「ちがうぞ」「次はこれを 言おう」と自分の準備に忙しいのではないでしょ うか。お経やお祈りの最中も雑念にさいなまれる ことさえあります。そんな自分を手放すには聴く だけでなく,言ってみることも大切です。心がざ わついたり,弱ったりしたときに,思いがけず スッキリすることでしょう。 ① ニュース・シャドウイング:定時の5分間 ニュースを目を閉じて聴きながら,すぐ後に ついていく。 ② 1文リピーティング:誰かに新聞,本などを 1文ずつ朗読してもらい,1文ずつ後につい ていく。 ③ 段落リプロダクション:誰かに新聞,本の段 落を1つまるごと読んでもらう。メモを取ら ずに,その段落の要素を落とさず,再現する。 自分の言葉になってもよい。 ①~③とも,聴いているときに,映画を作るつ もりで内容をイメージし,言うには自分の声をよ く聴くことが大切です。きっと,通訳の仕事は外 国語のスキルだけでなく,人の話,自分の声を しっかり聴くという素朴な態度が大切なのだ,と 感じていただけることでしょう。 通訳中の筆者
日本の伝統食品 ❖シリーズ解説❖ ◆
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1.はじめに
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読者の方には,吟醸酒や純米酒,本醸造酒といっ た名前の清酒(特定名称酒という)はご存じの方 が多いと思うが,貴醸酒という名前の清酒は初め てという方がほとんどではないかと思う。それほ ど,量的にもまた製造しているメーカーも少ない し,店頭でもほとんどお目にかからない特殊な清 酒だからである。 貴 醸 酒1)と は, 昭 和48年 に 国 税 庁 醸造試験所(現在は 独 法 酒 類 総 合 研 究 所)で開発された, 汲 くみみず 水の代わりに清酒 を全部または一部を 用いて造る清酒をい い,甘口で濃のう醇じゅんな味 わいを特徴とし,通 常は長期熟成酒とし て写真1に示したよ うに色のある状態で 提供されることが多 い。貴醸酒という名 は「貴醸酒協会」の 商標名であり,現在,40社の会員が商品化して いるが,協会に属さないメーカーの数社は「再醸 仕込み」「醸醸」「三累醸酒」などと工夫した名前 を付けて商品化している。なお,「貴醸酒」の名 付け親は開発者の故佐藤信博士である。 現在の清酒市場では,上記の特定名称酒がよく 知られているが,貴醸酒は製造時に清酒を使用す るので,これには属さず,それ以外の清酒(一般 酒と呼ぶことが多い)に該当する。 開発のきっかけとなったのは,昭和48年テレ ビで放映された国賓の晩餐会のシーンであった。 そこで提供された乾杯の酒は,フランス産ワイン やシャンパンであったが,この習わしは長い間続 いてきていた。日本にも長い伝統を持つ清酒があ るのに “ こういう時に何故使われないのか ” と, 清酒を研究する者にとってはやや不満でもあった。 ワインに比べ清酒は安過ぎると考えられた,時の 研究室長佐藤信博士は,主任研究員蓼沼誠博士と 研究員の私に,「もっと高価な日本酒を造る必要 がある。それには水の代わりに清酒を使用した清 酒を造ってみよう」と宿題を与えられた。そこで取 りかかったのが,「清酒を原料とする新しいタイプ の清酒」の開発である。貴醸酒の開発について, フリー百科事典「Wikipedia」や各社のホームペ ージには,平安時代の延喜式(927年)に記載さ貴 醸 酒
◆第15回◆ 日本の伝統食品 ❖シリーズ解説❖高 橋 康 次 郎
写真1 貴醸酒 (オーク樽貯蔵) (カラー写真を HP に掲載 C047) たかはし・こうじろう 北海道大学農学部卒業。 国税庁醸造研究所長,宝 酒造㈱取締役技術開発 本部長,東京農業大学 醸造科学科教授を経て, 現在,日本酒造組合中央 会技術顧問。 農学博士貴醸酒 ◆ れている,酒で酒を仕込む「御ご し ゅ酒」2) や 紹興酒の一種で,元紅酒のもろみに元紅 酒を添加して造る「善醸酒」や槽焼(粕かす 取り焼酎)を添加して造る「香雪酒」の 製造法3)を参考にしたように記載され ているが,開発時はこれらを採用したわ けではなく,結果的にそうなったという ことである。
◆
2.清酒の製造法
◆
清酒は通常,第1図に示した方法で 製造される。玄米を目標の精米歩合まで 精白(貴醸酒では通常75~65%程度)し, 洗米・浸漬後蒸気で蒸し上げる。次に, 蒸米に種 麹こうじ菌(Aspergillus oryzae)を散布し, 30~42℃程度で保温し2日間かけて麹を造る。 一方で,麹と蒸米と水に発酵の主役である清酒酵 母(Saccharomyces cerevisiae)を加えて,約2 週間かけ酒母を製造する。麹と酒母ができ上がっ た段階で,もろみの仕込みに入る。もろみは,伝 統的に安全性を考慮して原料である麹,蒸米,水 を3回に分けて増やしていく三段仕込(初添,仲 添,留添という)で造られる。酒母は初添時に添 加され,原料の添加のない翌日 の「踊り」で酵母の十分な増殖 が図られ,留添後本格的な発酵 が始まる。清酒の発酵は並行複 発酵法といわれ,麹による蒸米 の糖化と酵母によるアルコール 発酵が同一容器内で行われるた めに,最終的に20 ~ 22%とい う高いアルコール度が得られる が,西洋のビールやウイスキー などの蒸留酒は,原料を糖化し, 得られた糖液に酵母を加えて発 酵させる単行複発酵法のため, もろみで得られるアルコール度 は最高でも10%程度である。 もろみの発酵は最高温度15~ 17℃で20~28日程度行われ上槽となる。固液分 離された酒を新酒といい,63℃前後で火入れ殺 菌された後貯蔵熟成される。◆
3.貴醸酒の開発経緯
1)◆
貴醸酒の製造は,第1図の方法を改良して, もろみのある時期に汲水の代わりに一部清酒を添 加することになるが,清酒の仕込み時にアルコール が存在すると酵母の発酵力に大きく影響を及ぼす 第1図 清酒の製造工程 (カラー図表を HP に掲載 C048) 第2図 初発アルコール度を異にする仕込の発酵経過 (カラー図表を HP に掲載 C049)日本の伝統食品 ❖シリーズ解説❖ ◆ ことから,最適な初発時のアルコール濃度および もろみへの添加時期について検討した。 3-1)仕込み初発時のアルコール濃度 仕込み時の初発アルコール濃度を,汲水に使用 する清酒量を変えて,(イ)0%(対照仕込み),(ロ) 4.3%,(ハ)8.5%,(ニ)12.8%の4段階とし, 100gの一段仕込みを行った。発酵経過を炭酸ガ ス発生量で第2図に示したが,初発時のアルコ ール濃度に比例して酵母の発酵力は緩慢になり炭 酸ガス発生量が減少し,得られる清酒量は少なく, 粕歩合が高くなった。しかし,アルコール度は(ニ) では17.0% とやや低くなったが,他は18.4 ~ 19.6% と十分な濃度であった。アミノ酸度と直 接還元糖(直糖と略)は汲水に使用した清酒量に 比例して増加した。製成酒の官能検査では,初発 時のアルコール濃度が高いほど甘口 で,味が濃いと評価されたが,初発 時のアルコール度が12%を超える (ニ)ではやや調和に欠けるという 指摘が多かった。(ロ)および(ハ) は香味の調和がとれ評価が高かった が,(ロ)は直糖が3.1% でこれま での酒と酒質に大きな差がないこと から,甘口で濃醇さに特徴のある (ハ)の初発時のアルコール度8.5 ~9%を採用することとした。 3-2)清酒の添加時期 清酒の添加時期を,(イ)留添(ロ)留後7日 目(ハ)留後14日目とした場合,どのような酒 質の製成酒が得られるかを検討した。その結果, 留添時に清酒を9%になるよう添加した仕込み (イ)は,これまで通り甘口濃醇の酒質になったが, 留後7日目(ロ)および14日目(ハ)に添加し た仕込みでは,清酒を添加しない対照酒とあまり 変わらない酒質および成分となった。これから, 甘口濃醇の酒質を得るには留添時にアルコール濃 度が9%前後になるよう清酒を添加する(添加用 の清酒はアルコール度18 ~ 19%の原酒が望まし い)ことが必要であった。 3-3)実地醸造試験 これまでの検討結果から,第1表に示した仕 込配合を設定した。留添時 に ア ル コ ー ル 度 約18 ~ 19%の原酒を総汲水の約 半量添加すると,もろみの アルコール度が9%台にな る。この方法で製造した場 合の貴醸酒の酒質,醸造工 程での問題点等を把握する た め に, 昭 和48,49お よ び50酒造年度(7月~翌年 6月,BY と呼ぶ)の3カ年 にわたり総米100kg(50BY のみ300kg)の試験醸造を 第 3 図 貴醸酒もろみの品温経過 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 も ろ み 温度 ( ℃ ) 初添 踊り 仲添 留添 2日目 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 もろみ日数 (日)
48BY 49BY 50BY
第1表 貴醸酒の仕込配合 (対照酒の場合,留添の清酒 60 Lの代わりに水を使用) 酒母1) 初添 仲添 留添 計 総米2) (kg) 7 15 28 50 100 蒸米 (kg) 5 10 22 41 78 麹米 (kg) 2 5 6 9 22 汲水 (L) 11 15 32 12 70 清酒3) (L) 0 0 0 60 60 1)酒母 : 高温糖化酒母,乳酸添加量 700mL/100L, 49BY のみ 750mL/100L 2)原料米:越路早生,精米歩合:75% 3)使用清酒成分: 48BY;Alc.18.5%, 酸度 1.7, アミノ酸度 2.3 49BY; Alc.17.6%, 酸度 2.0, アミノ酸度 2.4 50BY; Alc.18.5%, 酸度 1.8, アミノ酸度 2.6
貴醸酒 ◆ 行った。酵母は K-7号(協会7号)を使用し,品 温は対照酒よりも2~4℃高めにして発酵を進め るように管理した。従って,対照酒より状ぼうは 進み,留後2日目には「高泡」,7日目には「落泡」, 13日目頃には「地」の状ぼうになり,20日目に は上澄みの状態となった。その後1週間程12℃ 程度で維持し28日目頃上槽した。なお,49BY の み,酸の多い製成酒をめざして酒母の乳酸添加量 を多くし,仲踊りをとると同時に発酵温度も全体 に高めとした。 貴醸酒の品温経過を第3図に,製成酒の主な 成分値を第2表に示した。表から,初発時のア ルコールの存在で酵母の発酵が抑えられ,残糖分 が多くアルコールの生成量が少なく,清酒量が少 なく粕歩合が高い結果となり,いずれの数値も対 照酒と比較すると大きく異なっており,これまで にない清酒が製造されたことが分かる。製成酒の 品質評価では,濃醇でとろりとした甘味と適度な 酸味によりすっきりした後味が特徴的であると評価 された。3年間の造りでは48BY の酒が最も評価 が高く,次いで50BY の酒で,高温経過や2度の 踊りをとった49BY の酒は酸度,アミノ酸度さら には直糖も多く,やや重い酒となり評価は低かった。
◆
4.貴醸酒の成分的特徴
◆
貴醸酒は第2表からも分かるように,対照酒 に比べ直糖が多いため日本酒度がマイナスとなり, 酸度,アミノ酸度の高い甘口濃醇タイプの清酒と なった。 糖組成は,E 社製造の貴醸酒についての分析値4) であるが,グルコースが6.9~8.4%, イソマルト ース2.1~2.4%,α - エチルグルコシド0.47~ 0.60%, グリセロール0.61~0.64% であり,対照 酒に比べグルコースが圧倒的に多く,イソマルト ース,グリセロールも約2倍多かった。また第 3表に示した主要な有機酸の組成1)では,いず れの仕込みでも対照酒と 比較して乳酸量は変わら ないが,コハク酸がやや 減少しリンゴ酸が1.5倍 ほど多くなる特徴がみら れ,ややクドさを示すコ ハク酸が減少し,スッキ リした味のリンゴ酸の増 加が,甘口でありながら さっぱりした口当たりに 寄与していると考えられた。 アミノ酸組成1)では,対 照酒に比較して苦味を呈 する Val, Ile, Leu, Phe, His, Trp, 渋 み を 示 す Tyr の含量が多く,甘味 を 呈 す る Gly, Ala が 少 ないという特徴がみられた。 なお,酵母の生成するイ ソアミルアルコール濃度 は対照酒222~249ppm, 第2表 製成酒の主な成分等48BY 49BY 50BY
対照酒 貴醸酒 対照酒 貴醸酒 対照酒 貴醸酒 アルコール度(%) 19.5 17.6 20.0 17.6 18.0 17.2 日本酒度 4 -44 16 -42 3 -42 酸度 2.2 2.9 2.6 3.2 2.1 2.9 アミノ酸度 4.0 3.8 3.4 4.2 2.7 3.9 直糖(%) 2.56 9.07 0.82 10.07 2.26 8.80 pH 4.7 4.5 4.6 4.5 4.7 4.4 着色度(OD420) 0.197 0.201 0.168 0.188 0.138 0.163 OD260 19.6 19.5 19.8 21.3 14.9 19.2 清酒量(L )*1 212 170 204 176 195 175 粕歩合(%) 16.5 49.5 13.7 48.7 23.1 42.7 *1 50BY のみ総米300kg 仕込みなので,清酒量は総米100kg に換算して示した。 第3表 主要な有機酸含有量 (ppm)
48BY 49BY 50BY
対照酒 貴醸酒 対照酒 貴醸酒 対照酒 貴醸酒
乳酸 665.7 645.0 672.9 678.3 470.2 509.9
コハク酸 571.6 356.6 670.8 681.4 559.7 530.2
日本の伝統食品 ❖シリーズ解説❖ ◆ 貴醸酒211~223ppm とわずかな違いがみられた が, 酢酸イソアミル濃度は両清酒とも微量(0.1 ~1.9ppm)であった。
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5.熟成酒としての貴醸酒
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貴醸酒は,アミノ酸や糖分,有機酸が多いこと から熟成しやすい酒質といえる。20 ~ 60℃で90 日まで貯蔵した結果5),貴醸酒ではアミノ酸の減 少と着色度および3- デオキシグルコソン(3-DG) の増加が顕著で,糖とアミノ酸によるアミノ・カ ルボニル反応が進行したと考えられる。これまで の熟成酒はやや黒ずんだ黄色を示すが,熟成した 貴醸酒の色は明るい琥こ は く珀色を呈し,グラスに注い だ時はひときわ目立つ色になる。また,レーズン やナッツのような熟成香(ソトロン,3-Hydroxy-4,5-dimethyl-2(5H)-furanone)6)と,とろりとし たふくらみのある甘味と爽やかな酸味が高級感を 引き出していると考えられる。その他の成分1)と して,タンパク質の分解に由来し苦味を呈する L-Prolyl-L-Leucine anhydride (PLA)およびその 前 駆 物 質, 酵 母 が 造 る S-Adenosylmethionine (AMe) か ら 貯 蔵 に よ り 分 解 し て で き る5'-Methylthioadenosine (MTA) な ど が 増 加 し, 苦味を呈するアミノ酸とともに貴醸酒の味の幅や 深みに関与していると考えられる。◆
6.全国の貴醸酒製造場の
もろみ経過と製造事績
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貴醸酒の特許は,昭和49年6月に申請,50年 12月に公開され7),53年6月に公告8)された。 49年に私共の研究室に研究会が設立され,各製 造場で製造した酒を持ち寄りいろいろと情報交換 を行った。特許は全国の製造場に公開され,50 年には29社が製造を行った。その後,貴醸造協 会が設立され,「貴醸酒」という名前は商標登録 され,会員のみが使用できることとなった。 第4表に13製造場の貴醸酒もろみの経過9)を, 第5表には29製造場の製造事績9)を示した。各 製造場とも,ポイントである留添時のアルコール 濃度をきちっと9%台を守っていること,アルコ ール度が順調に増加し18%(0.43)前後に,また, 日本酒度が -46 (6.6)程度,酸度が3.1 (0.4)と なり,目標の甘口濃醇タイプで,酸の多い切れの 良い酒質になっていることから,特許公告通りの 製造が行われたといえる。◆
7.貴醸酒のバラエティーと
楽しみ方
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貴醸酒の製造には各メーカーの思い入れがあり, 高級感を維持するため,添加する清酒は純米酒の みを使用し,酒母は伝統的な「生もと」と決めて いるメーカーなどもある。市場で見る貴醸酒の種 類は,長期熟成酒(貯蔵3年,8年,10年,20年, 23年)が最も多いが,その他,貴醸酒古酒で貴 醸酒を仕込んだ大古酒累醸貴醸酒や吟醸酒を添加 した吟醸生貴醸酒,オーク樽たる貯蔵酒,シェリー樽 熟成酒,吟醸生原酒のほか,酸味をきかせるため 白麹を一部混合使用したもの,無ろ過生原酒,生 濁り酒など多様な商品が開発されている。一方, 貴醸酒の美味しい飲み方としては,新酒は冷やま たはオンザロックで食前酒や食中酒として,熟成 酒は冷やか常温で,または紹興酒のようにお燗かんし 第4表 全国貴醸酒製造場のもろみ経過 踊り 留添 7日目 11 日目 15 日目 19 日目 上槽直前 製成酒 もろみ温度(℃) ー 10.2 (1.5) 14.9 (0.9) 16.0 (0.8) 15.6 (1.0) 14.3 (1.1) ー ー ボーメ 9.1 (0.9) 5.3 (0.5) 7.1 (0.5) 6.0 (0.6) 5.3 (0.6) 4.9 (0.6) 4.8 (0.6) 4.6 (0.7) アルコール度(%) ー 9.4 (0.4) 12.1 (0.9) 14.5 (1.0) 16.3 (0.8) 17.6 (0.7) 17.9 (0.6) 17.6 (0.5) 酸度 2.8 (0.4) 1.6 (0.2) 1.1 (0.4) 2.6 (0.3) 3.0 (0.2) 3.1 (0.3) 3.0 (0.2) 3.0 (0.1) ( )の数字は標準偏差を示す。なお,ボーメ度1は,日本酒度 -10 に相当する。上槽日は 26 日前後が多い。 製造場数:13 場貴醸酒 ◆ て 食 後 酒 や ナ イ ト キャップとして楽し むことが勧められて いる。また,料理で は,中華料理やレバ ーを使った料理など 味の濃い甘味のある 食材やチーズを使っ た料理がよく合うよ うである。最近,新 しい楽しみ方として, バニラアイスクリー ムに貴醸酒をたっぷ り掛けて食べる大人のデザートなども提案されて いる。
◆
8.おわりに
◆
貴醸酒は開発以来40年を迎えるが,ここまで 商品として長続きできた裏には,開発当初から製 造を続けてこられ,貴醸酒協会の中心的役割を果 たされてきた広島県呉市の E 酒造のご努力に負う ところが大きい。E 社は長期熟成古酒のみならず, 上述したような多くの種類の貴醸酒の多様化を進め てこられた。これが刺激になったのか,一時減少 していた貴醸酒協会の会員が,平成6年から毎年 2,3社ずつ増加しており,地方の中堅メーカー や大手メーカーが,自社商品のラインアップの中 に高級酒として位置づけた貴醸酒を揃そろえるように なったものと思われる。 ロ ン ド ン で 長 年 開 催 さ れ て き た IWC (International Wine Challenge)の中に,2007 年から IWC・SAKE(清酒の部)が開催されるよ うになったが,その古酒の部で貴醸酒の8年熟成 酒が金賞を受賞し,その後も2009年を除き毎年 金賞を受賞(2010年は最高位)しており10),貴 醸酒は海外でも高い評価を受けている。清酒の中 での貴腐ワイン的な味わいが好まれているようで, こういう機会をとらえて,清酒の輸出拡大に一役 かってもらえればと願っているところである。 1)佐藤 信,蓼沼 誠,大場俊輝,高橋康次郎:清酒を 原料とした新しいタイプの清酒(いわゆる貴醸酒)に ついて,日本醸造協会誌,71 (6)469-475(1976) 2)加藤百一:日本の酒5000年(技報堂出版,東京), 96-102(1987) 3)朱宝鏞,章克昌主編,中国酒経,(上海文化出版社, 上海),184-185(2000) 4)木崎康造,福田 央,高橋康次郎:貴醸酒の熟成によ る成分変化,日本醸造協会誌,93(2),148-152(1998) 5)佐藤 信,高橋康次郎,大場俊輝,国分伸二:清酒の 熟成に関する香味の変化に関する研究(第19報)熟 成関与成分の温度係数,日本醸造協会誌,73(12) 945-950(1978)6)Kojiro Takahashi, Makoto Tadenuma and Shin Sato: 3-Hydroxy-4,5-dimethyl-2(5H)-furanone, a burnt flavoring compound from aged sake, Agric. Biol. Chem., 40 (2), 325-330 (1976) 7)佐藤 信,蓼沼 誠,高橋康次郎:清酒製造法,特開 1975-155698,昭和49年6月10日出願 8)佐藤 信,蓼沼 誠,高橋康次郎:清酒製造法,特許 1978-19678,昭和53年6月22日公告 9)佐藤 信,大場俊輝,高橋康次郎,難波康之祐:貴醸 酒の糖と酸度のバランスについて,日本醸造協会誌, 74(2)125-127(1979) 10)中国新聞24面,平成25年5月25日付
参 考 文 献
第5表 全国貴醸酒製造場の製造事績 (51BY) 項目 平均値(標準偏差) 項目 平均値(標準偏差) 精米歩合 (%) 69.1 (4.9) もろみ日数(日) 26 (4.2) 原料清酒の成分 粕歩合 (%) 41.7 (6.7) アルコール度(%) 18.7 (0.7) 製成酒成分 日本酒度 4.6 (3.7) アルコール度(%) 18.0 (0.4) もろみ最高ボーメ 日本酒度 -46.1 (6.6) 留後(日) 4 (1.5) 酸度 3.1 (0.4) ボーメ 7.7 (0.8) もろみ最高温度 留後(日) 11 (4.1) 温度(℃) 16.5 (0.6) 製造場数:29 場●1.はじめに●
カンキツには,オレンジ,グレープフルーツ, ウンシュウミカン,キンカン,ブンタンなど様々 な種類があり,黄色や橙だいだい色を呈した色とりどりの 果実がみられます。ブラッドオレンジなどの一部 の例外(アントシアニンが蓄積)を除いて,一般 的なカンキツの果肉や果皮の色彩の違いは,カロ テノイド類の含有量や組成の差に起因しています。 カロテノイド類は植物や動物などに存在する天然 の色素の一つであり,植物では光合成色素として 光の吸収や光によって励起された余剰のエネルギ ーを消去し果実や葉を保護するなどの役割を果た します。また,抗酸化作用が大きいことからヒト の生活習慣病予防などに効果がみられる健康機能 性成分として注目されています。近年,健康機能 性成分として注目されているβ - クリプトキサン チン(β- CRP)はカロテノイドの色素の一つで, 骨粗しょう症や糖尿病などの予防に効果があるこ とから,β- CRP を高含有化した飲料の開発や品 種育成が進んでいます(第1図)。本稿ではカロ テノイドの含有量や組成がカンキツで異なるメカ ニズムについて分子生物学的研究,生理学的研究 および遺伝統計学的研究から得られた知見を紹介 します。●2.カロテノイド生合成●
カロテノイド類はイソプレノイド代謝経路で生 成されるテルペノイドの一種で,化学式 C40H56の 基本構造を持つテトラテルペンに分類されていま果実・果汁飲料と機能性成分(19)
カンキツ果実のカロテノイド代謝に及ぼす遺伝的要因の解明
⃝シリーズ解説⃝ 果実とその加工品の話 第21回島 田 武 彦
しまだ・たけひこ 神戸大学大学院博 士過程修了。農林 水産省果樹研究所 入省(現農研機構 果樹研究所)。 農学博士 第1図 β -CRP を高含有するカンキツの育成品種と果実100g あたりのβ -CRP 含有量 (カラー図表をHPに掲載 C050)カンキツ果実のカロテノイド代謝に及ぼす遺伝的要因の解明 す。イソプレノイド代謝経路ではカロテノイド類 以外にも香気成分のリモネン,苦み成分のリモノ イド類,植物ホルモンのジベレリンやブラシノス トロイドなど生命活動に欠かせない様々なテルペ ノイドが果実や葉などで生合成されます。これら のテルペノイドはイソペンテニル二リン酸(IPP) を共通の基質として利用するため,生合成や代謝 には複雑な制御機構が予測されます(第2図)。 カロテノイドは IPP 二分子が二重結合したゲラ ニルゲラニル二リン酸(GGPP)を前駆体として フィトエン合成酵素(PSY),フィトエン脱水素 酵素(PDS),ζ - カロテン脱水素酵素(ZDS), リコペン環化酵素(LCYb),β - カロテンハイド ロキシラーゼ(HYb),ゼアキサンチンエポキシ ダーゼ(ZEP)などの酵素の触媒により合成され ます。これらのカロテノイドのうち,炭素と水素 のみでできているものはカロテン類,それ以外の ものを含むものはキサントフィル類に大きく分類 され,果実中のカロテノイド類は最終的にアブシ ジン酸へと代謝されます。カンキツは果実中のカ ロテノイドの含有量や組成から,β- CRP を高含 有し橙色の濃いマンダリン類のグループ(ポンカ ン,ウンシュウミカン,クネンボなど),β- CRP も含め多様なカロテノイドを含む橙色がやや薄い オレンジなどのグループ(ワシントンネーブル, バレンシアオレンジ,イヨカンなど),カロテノ イドをわずかに含み,薄黄色のレモン・グレープ フルーツなどのグループ(レモン,ライム,ヒュ ーガナツ,グレープフルーツなど)の3種類に大 別されます。
●3.遺伝子の発現量が及ぼす
カロテノイド代謝への影響●
果皮や果肉色が薄橙色を呈しているバレンシア オレンジと濃橙色を呈しているウンシュウミカン ではカロテノイド組成が大きく異なります。前者 は,果実中に黄色の色素のビオラキサンチンを蓄 積し,後者は橙色の色素のβ- CRP を蓄積してい ます。また,グレープフルーツには果肉色の薄い 「マーシュ」や赤い果肉色を持つ「ルビー」や 「スタールビー」などがあり,果肉色の薄い品種 では主な色素がビオラキサンチンで,赤い果肉色 を持つ品種では主な色素がリコペンとなります。 このように一般的なカンキツの果肉色の違いはカ ロテノイド類の含有量や組成の差に起因しますが, この含有量や組成の差は,カロテノイドの合成遺 伝子の発現量が品種間で異なり,合成遺伝子の発 現量のバランスに影響を受けていることが解明さ れています(第3図)1)。 たとえば,ウンシュウ ミ カン で は β - C R P やゼアキサンチンやビ オラキサンチンの合成 に関わる HYb や ZEP などの酵素遺伝子の発 現量がオレンジやレモ ンなどより低いため β- CRP が果実で多く 蓄積します。一方,オ レンジやレモンではこ れらの酵素遺伝子の発 現量が高く,さらにビ オラキサンチンをキサ 第2図 テルペノイド類の生合成経路の概略図⃝シリーズ解説⃝ 果実とその加工品の話 ントキシンに分解する酵素遺伝子の9- シス - エポ キシカロテノイド ジオキシゲナーゼ(NCED) 遺伝子の発現量が低いため2),果実中にビオラキ サンチンが多く蓄積することが明らかになってい ます。
●4.カロテノイドの代謝に及ぼす
生理的要因や環境的要因●
ウンシュウミカンの果実は夜温の下がる秋ごろ に果皮の着色が始まります。また,収穫した果実 の貯蔵条件によりカロテノイドの含有量が変化す る,マルチ栽培により水分ストレスを与えること でβ- CRP の含有量が増加することが知られてい ます3-4)。このようにカロテノイドの代謝は生理 的要因や環境要因に影響を受け,果実中のカロテ ノイド類の含有量や組成が変化します。温度,光, 糖,植物ホルモンのエチレンは,カロテノイドの 代謝を促進する要因として含有量を増加させ,ま た,植物ホルモンのジベレリンやアブシジン酸は カロテノイド代謝を抑制する要因として含有量を 低下させると報告されています5-7)。このように ウンシュウミカンの栽培条件や収穫後の貯蔵条件 を検討することにより果実中のβ- CRP の含有量 を高めることができますが,β- CRP を高含有化 した品種を育成するためにはカロテノイドの代謝に 関わる遺伝的要因を明らかにする必要があります。●5.カロテノイドの代謝に
関わる遺伝的要因●
カロテノイドの代謝に及ぼす生理的要因や環境 的要因については,数多くの研究報告がみられま すが,遺伝子的要因について研究報告はほとんど ありません。近年,DNA マーカーを用いた育種 選抜技術が多くの作物で利用され,優良品種の育 成に大きく貢献しています。カンキツでもカンキ ツトリステザウイルス抵抗性遺伝子や多胚性を選 抜できる DNA マーカーが開発され,実生個体の 選抜に利用されています8-9)。近年,カンキツ産 業のグローバル化に向けて日本独自の国際競争力 を発揮できるように付加価値が高く商品性の優れ た新品種の育成が急務となっており,β- CRP を 高含有化したカンキツを効率よく育成するための DNA マーカー の開発が期待さ れ て い ま す。 DNA マーカー の開発にはカン キツのカロテノ イドの代謝に及 ぼす遺伝的要因 を解明する必要 があり,筆者ら のグループでは 研究の第一段階 と し て β- CRP の含有量の異な るカンキツの交 配実生集団(AG 集 団:A255に G434の 花 粉 を 第3図 カロテノイド合成酵素遺伝子の発現量のバランスがカロテノイド組成に及ぼす影響 矢印の太さは発現量の多さを示している。(カラー図表をHPに掲載 C051)カンキツ果実のカロテノイド代謝に及ぼす遺伝的要因の解明 第5図 AG 実生集団のβ -CRP の低・中・高含有個体の果実におけるカロテノイド合成酵素遺伝子の発現量 β -CRP より上流の遺伝子の発現が多く,下流の遺伝子の発現量が少ない組み合わせでβ -CRP が高含有化される。 交配)(第4図)を用いてカロテノ イドの集積に関与する連鎖地図上の 領域を明らかにしました。カンキツ のゲノムサイズの約6割程度をカバ ーする708個の DNA マーカーから なる連鎖地図を作成して10),カンキ ツ果実中に含まれる各カロテノイド 成分の含有量を決定する遺伝子領域 について量的遺伝子座(QTL)解析 をおこなったところ,各々のカロテ ノイドについて複数の QTL が検出 されましたが,いずれも寄与率が低 いことが明らかになりました11)。このうちβ -CRP の 集 積 に 関 わ る 主 要 な QTL は 第 6 連 鎖 群 の Gn0050の遺伝子の領域で検出され,カロテノイ ド総含有量に関わる QTL と重複していることが 明らかとなりました。AG 集団の中には,現在の 「西南のひかり」や「たまみ」などのβ- CRP 高 含有品種を上回る果実100g あたり3mg 以上の β- CRP を含有する個体も得られています。これ らの個体の果実におけるカロテノイド合成酵素遺 伝子の発現量を確認したところ,β- CRP の上流 の遺伝子発現が高く下流の遺伝子の発現の低いこ とが明らかとなり(第5図),β- CRP の合成に 関わる一連の遺伝子の発現量が最適になることで, 実生個体のβ- CRP が高含有化したと考えられま す。これらの結果からβ- CRP の高含有化した個 体を選抜するためには,合成酵素遺伝子の発現量 が最適となる遺伝子の組み合わせを DNA マーカ ーで選抜する必要性が示唆されました。 カンキツではカロテノイドの合成酵素遺伝子の 単離は行われてきましたが,合成酵素遺伝子の発 現量を制御する転写調節因子や転写調節に関わる プロモーター領域のシス因子については不明であ り,各々の遺伝子の発現量がどのように制御され ているかは不明です。このため,これまでの AG 集団を用いて,カロテノイドの生合成に関わる遺 伝子の発現量を量的形質として,遺伝子の発現量 の QTL(eQTL)解析を行いました12)。その結果 PSY,HYb,ZEP の3種類の合成酵素遺伝子は 連鎖地図上の第4連鎖群,第3連鎖群,第2連鎖 群に座乗し,各々の遺伝子の発現量の eQTL も, 当該遺伝子の遺伝子座に座乗することが明らかに なりました(第6図)。このことは,これらの遺 伝子の発現量がプロモーター領域などのシス因子の 変異に強く影響されることが考えられます。一方, 第4図 AG 実生集団における果実のβ -CRP 含有量の分布 矢印は親品種の A255と G434のβ -CRP 含有量を示す。
⃝シリーズ解説⃝ 果実とその加工品の話 PDS と ZDS の2種類の合成酵素遺伝子について は,連鎖地図上の第3連鎖群と第9連鎖群に座乗 し,遺伝子発現量の eQTL が当該遺伝子と異な る第8連鎖群の遺伝子座(TF271)の領域に座乗 し,これらの2種類の遺伝子の発現量は,この遺 伝子座領域に存在する転写調節因子(トランス因 子)の影響を受ける可能性が示唆されました。 LCYb や NCED の遺伝子の発現量については, AG 集団内で有意な差異はみられなかったため, 遺伝子発現量を決定する遺伝子領域は検出できま せんでした。以上の結果から,β- CRP の高含有 個体を選抜するためには,少なくとも,PSY, HYb,ZEP および PDS と ZDS の遺伝子発現量 を調節する領域の4種類の遺伝子座が,DNA マ ーカーの開発のための候補領域であることが明ら かになりました。近年,カンキツでは,クレメン ティンマンダリンやオレンジの全ゲノムシーケン スが解読され13),これらのゲノム中には約3万 3千程度の遺伝子が存在することが推定されてい ます。遺伝子の塩基配列をもとにホモロジー解析 を行った結果,カンキツのゲノム中には,カロテ ノイド合成酵素遺伝子の配列と類似したパラログ が存在し,また,各々のカロテノイド合成酵素遺 伝子に複数の対立遺伝子(アレル)が存在するこ とが明らかになりました。オレンジとウンシュウ ミカンの ZEP 遺伝子のアレルを単離し,発育中 の果実の遺伝子の発現量を調査したところ,4種 類の配列の異なる ZEP のアレルが確認され,ア レル間で発現パターンが異なります14)。以上のこ とから,カンキツでみられるカロテノイドの含有 量や組成における多様性は,各々の合成酵素遺伝 子のアレル間の組み合わせにより生じていると考 えられ,β- CRP の高含有個体の選抜には,カン キツの育種素材の中から最適な発現パターンを持 つアレルの組み合わせを同定する必要があります。 このため,現在,DNA マーカーの開発に向けて, カンキツの育種素材における各々の遺伝子のアレ ルの総数を調査し,それぞれのアレルが果実発育 中のどのような発現パターンを示すかについて調 査を進めています。
●6.ウンシュウミカンを上回る
β -CRP 高含有化品種の開発●
国内で生産量の多いウンシュウミカンの果実に は100g あたり1.3mg 程度のβ- CRP が含有されて います。近年,農研機構果樹研究所で育成した 第6図 AG 実生集団の連鎖地図とβ -CRP 含有量の QTL 座とカロテノイド合成酵素遺伝子の発現量の eQTL 座 (カラー図表を HP に掲載 C052) P Pカンキツ果実のカロテノイド代謝に及ぼす遺伝的要因の解明
1)Kato et al., Plant Physiol. 134:824-837 (2004) 2)Kato et al., J. Exp. Bot. 57:2153-2164 (2006) NCED 3)Matsumoto et al., J. Agric. Food Chem. 57:4724-4732 (2009)
4)濱崎ら , 静岡県柑橘試験場研究報告 32:1-6 (2003) 5)Fujii et al. Plant Sci 173:340–348 (2007)
6)Fujii et al. Sci Hort 116:291–298. (2008) 7)Zhang et al., J. Exp. Bot. 63:871-886 (2012) 8)Nakano et al., Breed Sci 58:375–383 (2008)
9)Ohta et al.. J.Japan.Soc. Hort.Sci. 80:295–307 (2011) 10)Shimada et al., Tree Genetics & Genomes 印刷中 (2014)
11)Sugiyama et al., J.Japan.Soc. Hort.Sci. 80: 136-144 (2011)
12)Sugiyama et al., J.Japan.Soc. Hort.Sci. 印刷中(2014) 13)Xu et al. Nat Genet. 45:59-66. (2013)
14)Sugiyama et al., J.Japan.Soc. Hort.Sci. 79:263-274 (2010)
参 考 文 献
「西南のひかり」,「津之輝」,「たまみ」などの品 種はこの数値を上回る2.0mg/100g 程度のβ- CRP を含有しています。現在,選抜を進めている実生 集団の中にもウンシュウミカンを上回るβ- CRP 高含有個体がみられます。しかしながら,これら の個体では果実の大きさ,糖や酸の含有量,食味 性など他の特性が基準に満たないケースが多くみ られます。β- CRP を高含有化し,さらにその他 の形質についても優良な個体を効率よく選抜する ためには,実生集団の中からβ- CRP を高含有す る個体が高頻度に出現する交配組み合わせを検討 することも重要となります。これまでに育成した 「西南のひかり」,「津之輝」,「たまみ」の親品種 の果実のβ -CRP 含有量は,ウンシュウミカンよ りも低いことから,親品種の果実のβ- CRP 含有 量が必ずしも交配親を選定する際の指標にはなら ないことになります。β- CRP 高含有化のための 最適アレルを評価できる DNA マーカーが開発さ れれば,実生集団の中から高含有個体が選抜でき るだけではなく,カンキツ育種素材についてカロ テノイド合成酵素遺伝子のアレルの遺伝子型を診 断することにより,β- CRP 高含有個体を高頻度 で獲得できる交配親の組み合わせを推定すること が可能になり,良食味で健康にも良いカンキツの 優良品種の育成に大きく貢献することが期待でき ます。●7.おわりに●
植物のカロテノイドの代謝制御機構の解明につ いてはシロイヌナズナやトマトなど草本植物で研 究が進展しています。生育環境が大きく異なる地 域で多種多様に進化した永年作物のカンキツは果 実の成熟に対するエチレンの関与が異なる非クラ イマクテリック型の果実の成熟機構を持っており, これらのモデル植物とは異なる独自の複雑な代謝 制御機構が存在していると考えられます。現在, 生理学的研究,遺伝統計学的研究,さらに全遺伝 子を対象とした発現データを用いたインフォマ ティクス的手法を活用して,カンキツ果実のカロ テノイドの代謝制御機構の全貌の解明を進めてい います。カンキツでは果実の着色が成熟の一つの 指標になっていることから,カンキツのカロテノ イド代謝制御機構を解明することで,温度,糖や 植物ホルモンなどカロテノイドの代謝に影響を及 ぼす要因や果実の成熟における転写制御のネット ワークが解明され,これまで不明であったカンキ ツの成熟メカニズムの解明に結びつく知見が得ら れることを期待しています。 《訂正のお願い》 「食品と容器」誌12月号(2013 Vol.54 No12)の特別解説「摂取不足が問題となる微量元素と摂取源と しての缶詰食品」において執筆者より訂正依頼がありました。 P766 右段下から9行目 「コバルト,」を削除 右段下から8行目 「9」を「8」に訂正 P767 左段上から4行目 「ヒ素」の後に「,ケイ素」を挿入はじめに 生物の動きは,観察者により異なる解釈ができ る。犬が餌をねだって,かわいく,きゃん・きゃ んと吠えるのは,「飼い主に甘えている」「早く餌 を渡せと命じている」「餌がもらえるのでそうし ているだけ」といろんな見方ができる。 私は,研究対象として,産業を観察している。 産業の動きも,見る立場や角度によって,全く異 なって見える。対象となっている産業内部の見方, 他の産業の見方,海外からの見方,マスコミや研 究者の見方は,それぞれ異なる。「産業余話」で は,産業に関する事象を,研究過程で得た情報に 基づき,マスコミや定説とは少し異なる角度から, 自由な発想で見てみたい。 「産業余話」の基本にある考え方は,次のよう なものである。科学的な真理も,現在の技術を前 提にして,現在の時点の価値観で,現在は「真 実」であるに過ぎない。現在の「お約束」の考え 方は,将来では非常識になるかもしれない。 食品企業の人気 文系学生の就職活動(就活)において,製造業 の中では食品企業の人気が絶大である。 人気業種と言えば,マスコミ・出版,広告,金 融,総合商社,航空・鉄道が定番であるが,製造 業の中では,食品,化粧品・トイレタリー,住宅 である。朝日学情ナビのアンケートによれば,人 気企業ランキング40位に入る製造業は9社で, うち5社が食品である(味の素,サントリー,明 治,カゴメ,ロッテ)。鉄鋼,化学,電機,機械, 自動車といった製造業はランクに入っていない。 応募者数が多いことも人気を測る指標である。 応募者数の概念を理解するために,一般的な採用 プロセスを示す。第1は,プレエントリーである。 リクナビなどの就活サイト等を経由して,企業の 設問に答えて登録することであり,これにより採 用情報が送られてくる。第2は,エントリーであ る。企業指定の様式(エントリーシート:ES) に志望動機,自己 PR などを記入して,提出する ことであり,これが実質的な応募になる。第3は, 面接である。ES に基づく書類選考を通過した学 生を対象とする。グループ討論やグループ面接で, 一気に数が絞られ,その後,個人面接が何回かあ り,内々定となる。 大手の上場食品企業では,数10人の採用枠(文 系は,その数分の1)に対して,数万人のプレエ ントリーがあり,その10%~ 20%(数千人)の エントリーがあるようである。カルピス,明治は, 2014年採用で,それぞれ1万2000人のエントリ ーがあった(東洋経済新報社「就職四季報プラス ワン」)。プレエントリー数は数万人という規模で あろうが,大学生の1学年は50万人程度である から,驚異的な数値である。筆者が,昨年に直接 聞いた情報では,従業員数約700人,売上約600 億円の某食品企業の約5人の募集に対して,1万 4000人のプレエントリー,1200人のエントリー があり,600人の面接をしている。他方,化学や 金属などの素材系企業のプレエントリー数は食品 企業よりも桁が1つ低く,素材(中間財)を生産 する,同規模の化学企業のプレエントリーは 1000人前後と聞く。 ES を書くのは負担の大きい作業であり,学生 は1社分に少なくとも3時間は費やしている。ゼ ミの学生から ES の添削を頻繁に頼まれるが,内 容まで修正すると,1人1社で2時間はかかる。 しかし,就活期間は短く,大手企業の場合は2月 から5月にかけての3か月間が事実上の面接期間 である。就活生は時間との勝負である。ES では ねられれば,面接の機会はなく,ES に費やした 時間は無駄になる。学生は,このようなリスクを 第 1 回
第 1 回
産 業 余 話
並
なみ河
かわ良
りょう一
いち (帝京大学経済学部教授)負ってでも,食品企業に集中する。 食品企業の人気はなぜ? 食品企業の人気の理由は何か。文系であるから, 入社後の仕事に,他の製造業と大差があるわけで はない。仕事に,マスコミのような華やかさがあ るわけでもない。給料が特段に良いわけではない。 総合商社のように海外勤務の機会が多いわけでも なく,電力・ガスほどの安定性もない。他業界に 比べて特段に将来性があるわけでもない。日々, 悪戦苦闘する平均的な就活生の本音に接している と,食品企業の人気の理由は別のところにあるこ とがわかる。 第1に,企業の知名度である。食品企業は消費 財を生産するので,多くの広告を打ち,その結果 として知名度が高い。業種別の広告費の第1位は 化粧品・トイレタリーの2.8兆円,第2位は食品 の2.7兆円となっている(電通,News Release, 2014.02.20)。学生が,大企業である日本板硝子 (2012年度売上:5200億円),竹中工務店(同: 1兆円)の企業名を知らず,「大学を出て,ガラ ス屋さんとか大工さんに就職するのは・・・」と 言ったという逸話がある。 第2に,何をしている企業かを理解しやすいこ とである。食品企業は何をしているのかがわかり やすい。学生は食品企業に入って,商品開発をし たいと言う。よく聞いてみると,企業の中で文系 職員は何をしているかわからず,商品開発しか思 いつかないのである。学生は,文系の仕事の多く が間接業務ということを理解できず,仕事を商品 と関係づけて考えようとするのである。したがっ て,材料(中間財)を生産する企業が,何をして いるかは理解しにくいのである。たとえば,大企 業であっても,工業ガスを製造する大陽日酸(同 4700億円)の名前を出すと,酸素を製造という イメージがわかないのである。東ソー(同6700 億円)のソーダとなれは,理解の域を超えている。 酸素やソーダは,コンビニに売っていないからで ある。 第3に,ES が書きやすく,面接で答えやすい ということである。ES や面接の設問には,志望 動機や入社後に何をしたいかが必ず含まれる。食 品をネタにすれば,いろんなことを思いつく。お いしい菓子を作って,人々に幸せを云々と。しか し,文系の学生が酸素やソーダをネタにして,志 望動機を書くのは至難の業である。自分が,企業 に入って何をするのかを想像できないからである。 目先の ES を書くことに汲々としていると,自分 が ES を書きやすければ,他の応募者も同様であ ることには思い至らない。面接でも同じである。 第4に,産業構造の変化である。かつて,社会 的ステータスの高い業種とか企業という概念が社 会を支配していた頃には,食品は鉄鋼,化学,重 工業などの基幹産業に比べて低く見られていた。 しかし,産業構造が変化し,基幹産業の地位が低 下する中で,そのような概念は消失してしまった。 食品企業人気はプラスか 食品企業の人気は,学生の視野の狭さ,意識の 変化に支えられている。学生にとっては,普段の 生活の中で目にし,耳に入ってくる情報がすべて であり,「学生は半径5メートルの範囲ですべて を判断する」と言われる。 どのような理由であれ,食品企業の人気は悪い ことではない。多数の応募者があれば,採りたい 人材を確保できる。応募者の中には,バイリンガ ルの学生,高度の能力や資格を持った学生も含ま れているであろう。優秀な学生が中核的な地位を 担うようになれば,日本の食品産業は大きく飛躍 するはずである。ある食品企業の若手職員が, 「国内食品市場の飽和する中で,海外直接投資を 進めるべきであるが,幹部は消極的である,自分 たちの時代になれば・・・」と言っていたのが印 象的である。しかし,かつて優秀な学生を集めて いた鉄鋼,石油化学は40年前と生産量は変わら ず,家電企業は消滅の危機に瀕している。食品企 業人気は,10年後の食品企業の姿にどのような 効果をもたらすのであろうか。 著者略歴 1975年京都大学・大学院農学研究科食品工学専攻修了, 同年,通商産業省(現・経済産業省)入省。同省地域振 興室長,日本貿易振興会 (JETRO) インドネシア駐在,同 オーストラリア駐在,名古屋大学経済学部教授(兼大学 院教授)などを経て,2014年から帝京大学経済学部教授。 専門は産業政策,海外市場開発。農学博士。
2013年の第1~第3四半期は,食品・飲料分 野の上場企業のほとんどが業績好調で,業界全体 に と っ て も2013年 は 良 い 年 で あ っ た よ う だ。 2014年がどういう年になるかは予測がつかない が,本誌が探った種々のプレスリリースの新年予 測や本誌編集顧問委員会,社外定期寄稿者,等の 間では,以下がコンセンサスとなっている。 結局は,小さな世界 2013年も,グローバル化の動きにさらに拍車を 掛けるようないくつかの出来事があった。2012年 後半に Kraft Foods 社から独立し新会社となった, 米国の製造・販売会社 Mondelez International は, ナビスコなどのスナックブランドを持ち,製品 の80%を輸出する。また,昨年後半から今月号 に 至 る ま で, 本 誌 の ニ ュ ー ス の ペ ー ジ に は 「Hershey 社が上海の製菓会社を6億ドルで買 収」,「PepsiCo 社がインドに55億ドルの投資を計 画」,「DelMonte Pacific 社が DelMonte U.S. 社の 株式の半分を取得」といった見出しが躍っている し,世界最大の豚肉加工会社 Smithfield Foods が, 中国の食肉加工会社 Shuanghui International に 買収されて,全米で大きな議論を巻き起こした。 米国国勢調査局の外国貿易部門のデータによれ ば,2013年10月までの10カ月間に米国で製造さ れた食品・飲料製品の輸出が,四年前の26.6% 増となった。輸入額を120億ドル上回っており, 加工食品が米国の貿易収支に与える影響は,今後 さらに強まってゆく傾向にある。 米国乳製品輸出協会は,2013年10月までの10 カ月間の出荷額を元に,2013年の乳製品の輸出 額が前年を30%上回り,乳牛6頭に1頭の割合 で製品が輸出に振り向けられる,と見ている。 包装食品の輸出も増加している。穀類加工食品 を手掛ける Kellogg 社は,売上額の3分の1を欧 州,中南米,アジア太平洋地域で生み出し,米国 内でのスナックやシリアルの売り上げの落ち込み を相殺している。 比類のない生産能力と低コスト生産にもとづく 米国の食品企業は,グローバルネットワークの中 でトップの地位を保ち,さらに強化してゆくこと ができるのだろうか,あるいは,通貨の変動,そ の他の不安定要因によって農産物と同じ道を歩む ことになるのだろうか,今後が注目される。 トランス脂肪酸終しゅうえん焉の始まりか 昨年の11月7日,トランス脂肪酸の前駆体で ある部分硬化油(PHO) について,もはや食品素 材として一般的に安全(GRAS)とは認められな い旨の仮決定を FDA が行った。同時に,FDA は, 食品から PHO を排除すれば,心臓病による死者 を年に7000人減らせる可能性がある,と指摘し た。この仮決定に FDA は60日間の意見聴取期間 を設定したが,その後の多くの関係者からの要望 にもとづき,昨年末にこの期間を本年3月8日ま で延長した。 水素添加は,それが広く導入された20世紀初 めには,素晴らしいものであると思われていた。 しかしながら,PHO が飽和脂肪と同様に悪玉コ レステロール LDL を増やし,また,飽和脂肪と 違って,善玉コレステロール HDL を減少させ, 特に心臓疾患をもたらすという点で,より有害で Food Processing (USA) p.32 (’14・1)文献 № 5940
2014年の食品加工業界,5つの課題
(What Lies Ahead)
ある可能性が出てきた。 2006年,FDA は製品に含まれるトランス脂肪 の量を栄養成分表に記載することを食品加工業者 に義務付けた。健康への害に対する社会の認識の 高まりとともに,多くの食品加工業者は既にトラ ンス脂肪の使用をやめたり,使用量を減らしたり しているが,依然として,かなりの数の製品に PHO が使われている。 FDA は,最終的には PHO を使用禁止とする可 能性が高いが,食品加工業者が処方を変更するた めの十分な期間を設けることを示唆していて,ト ランス脂肪が完全に姿を消すまでには何年もかか る可能性すらある。 2014年は遺伝子組換え食品の行方を左右する 年となるか。 消費者の過半数を若干下回るが,強い主張を持 つ人々が遺伝子組換え食品素材(遺伝子組換え生 物を意味する GMO という用語が使われることが 多い)に懸念を表明し,成分表示義務を課すなど, 何らかの規制を求めて FDA に働きかけを行って いる。 この問題については,2012年11月にカリフォ ルニア洲で,また,昨年ワシントン州で,それぞ れ GMO 表示義務化の賛否を問う住民投票が行わ れ,カリフォルニア州では,賛成が48.6%,反 対が51.4%,ワシントン州でも45対55で,いず れも否決されている。また,同様の住民投票が, 現在,ニューメキシコ州,コネチカット州,バー モント州で検討されている。2つの住民投票の結 果がいずれも小差で否決されたことから,今後, GMO に懸念を持った動きが勢いづいてゆくのか, あるいは立ち消えになってゆくのかが疑問だが, GMO については,以下の2つの際立った相反す る事実がある。 ● GMO が危険であることを示す信頼できる科 学的な証拠は存在しない。 ● GMO に対する懸念がますます高まり,消費 者は,購入する食品に GMO が使われているか 否かを明示するよう求めている。 GMO の使用に反対する人々は完全な使用禁止 を望んでいる一方,種子の段階での遺伝子組換え は既に広く穀物,等に普及しているため,成分表 示の義務化というのが唯一の現実的な対応になる と見られる。 2005年に立ち上げられた Non-GMO プロジェ クト(www.nongmoproject.org)は,厳格な認 証手順にもとづき既に1万4000品目以上の食品 に “Non-GMO 認証 ” を交付しているが,新たに 毎月500品目が認証食品に加わっている。今年, 国による規制が行われないとしても,GMO 問題 が消えゆくことはない。 プライベートブランド(PB)は引き続き上り 坂か? 1982年に米国プライベートブランド製造業者 協会がイリノイ州ローズモントで最初の展示会を 開催して以来,PB 製品のチアリーダーはその成 長を謳お う か歌してきた。2008年の財政危機やその後 の遅々たる景気回復は,PB にとっては好機で あった。不況が PB にとって都合が良いのなら, 経済崩壊はもっとよい効果を及ぼす。シカゴの市 場調査会社 IRI のリポートによれば,ギリシャで は,この5年に大小スーパーマーケットの PB 商 品の売り上げが倍増し,経済がにっちもさっちも 提供:Glynnis Jones/Shutterstock.com
いかないスペインでは,ストアブランド商品が市 場の41.5%を占め上り坂だ。 しかしながら,欧州全体を見るとその成長は限 界に達してい る可能性もあ る。 「あらゆる分 野で PB 商品 が増えすぎて, PB 商 品 全 体 の利幅確保を 脅かすととも に,個々の商 品の購買者を 減らしてしま うことにもなりかねない」,と IRI のリポートは 警告を発している。 米国では,2012年末の PB 食品の市場シェア は数量ベースで23%,金額ベースで19%であっ た。昨年49.5億ドルを投じて Ralcorp 社を買収 した ConAgra 社は,米国の PB 食品が頭打ちに 近づきつつあるとは考えていない。 食品マーケティング協会(FMI)の調査による と,食料品店が得る平均マージンは,ストアブラ ンド商品が35%,ナショナルブランド(NB)商 品が25.9%である。小売企業は,経済が再び軌 道に戻っても,引き続き PB 食品が伸びてゆくこ とを期待している。どうあれ,1つ確かなことは, どの食品加工会社も需要いかんで NB 商品でも PB 商品でも生産できるということだ。 利便性が王様であることは変わらない。 利便性の追求が,電子オーブン対応の主菜,一 人分のパッケージ,水を注ぐだけで作れる飲料と いった,20世紀の画期的な製品開発を推し進め る力になってきた。その利便性の追求を主要課題 に持ち上げ,好機を生み出してきたのは,米国の 人口特性の変化であった。将来の人口動態は今日 のそれとはことなり,そこにまた技術革新の余地 が生まれる。 世帯の規模が小さくなり,単独世帯が増加して いることは,重要な意味を持つ変化だ。米国国勢 調査局は,最初のベビーブーマーが生まれた年に 3.67人であった平均世帯員数が,現在2.55人に 減少していると算定した。平均値を引き下げてい るのは単独世帯の急増であり,この間に単独世帯 数が5倍となり,全世帯数の27%を占めるに至っ ている。それも,10世帯に1世帯は75歳以上の 高齢者であり,その比率はベビーブーマーが高齢 者の仲間入りをするに伴って増加してゆく運命に ある。 過去10年間で,商品提供のやり方は飛躍的に 進歩した。Keurig 社の1杯抽出コーヒーマシン を使ったフレーバーコーヒーに始まり,その後, ティー,レモネード,サイダー,ココア,エスプ レッソ用泡立ちミルクへと広がった。さらに興味 深いものに,今年立ち上げが予想される Keurig サーバーを使ったキャンベルのスープ製品がある。 これは,2003年に1.6億ドルを投じて Keurig 社を 完全子会社化したバーモント州の企業 Green Mountain Coffee Roasters とパートナーを組ん で進めているものだ。キャンベルは,ドライパス タやミックスベジタブルも計画しているが,ブロ スが入っている小さなカップに入れてお湯を注ぐ だけで食べられるようになる。 老齢人口が急拡大し,咀そしゃく嚼しにくい,嚥え ん げ下が困 難といった老齢者の問題が,食品開発に好機をも たらすことになる。今後も,人口構成の変化に合 わせた技術革新が,食品加工業界の最優先課題と なる。 (桜田三郎)