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近畿大学短大論集第 50 巻第 1 号 (2017 年 12 月 ) p.9~21 マーケティングとイノベーションに関する一考察 日本と中国の比較を通して 柳偉達 抄録本稿では マーケティングとイノベーションについて先行研究を概観し 日本と中国におけるマーケティングとイノベーションの発展を考察してい

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―  ―9 第50巻 第1号(2017年12月) p.9~21 近畿大学短期大学部講師 2017年9月30日受理 目   次 1.はじめに 2.マーケティングとイノベーションについての 先行研究 21 マーケティングの変化2 イノベーションの概念 3.日本と中国のマーケティングとイノベーション 31 日本の技術革新とマーケティング2 中国型「創新」とマーケティング 4.おわりに

マーケティングとイノベーションに関する一考察

―日本と中国の比較を通して―

柳 偉 達 抄録 本稿では、マーケティングとイノベーションについて先行研究を概観し、日本と中国におけるマー ケティングとイノベーションの発展を考察している。P. F. ドラッカーによれば、顧客創造の目的を 達成するために、マネジメントに求められる必要な機能はマーケティングとイノベーションの2つし かない。高度成長期の日本企業の活動は持続的な技術革新とマーケティングの結びつきとして広範に 知られているのに対し、1990年代中頃以降の中国企業のマーケティングとイノベーションは消費者及 び社会のニーズに応え、社会課題への対応を旨としている側面が強く、インターネット技術を駆使し てビジネスモデルの転換または創出を成し遂げ、社会を変えようとする事業化に挑む様相を呈している。 キーワード マーケティング、イノベーション、技術、ビジネスモデル、インターネット

A Study of Marketing and Innovation ―Comparison between Japan and China―

Liu, Weida

Abstract

In this paper, we overview the prior research on marketing and innovation and consider the devel-opment of marketing and innovation in Japan and China. According to P. F. Drucker, in order to achieve the purpose of customer creation, there are only two functions necessary for management: marketing and innovation. While efforts of Japanese companies in the period of rapid economic growth are widely known as sustainable technological innovation and marketing ties, marketing and innovation of Chinese companies since the mid-1990s have responded to the needs of consumers and society. They bear the strong aspect that aims to respond to social issues, and address commercialization that will change society by transforming or creating business mod-els with the Internet technology.

Key Words

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1.は じ め に マーケティングは19世紀末にアメリカで生まれ た。過去1世紀以上の間、マーケティングは新た な需要を創出し、既存市場の一層の耕作に努める という原点に立ちつつも、その活動の主体、適用 の対象、実践に関する戦術または戦略のあり方な どを時期別・業界別・国別の社会経済事情に適応 しながら、変化し続けた。 一方、20世紀は「電気と石油を主なエネルギー 源として、自動車や航空機、あるいは家電製品な どが生まれ、当時の人々の生活を一変させた事象」 を指す第2次産業革命のなかで、イノベーション によって生まれた「モノ」で社会が発展してきた といわれている 本稿の目的はマーケティングとイノベーション の概念を確認し、日本と中国におけるマーケティ ングとイノベーションの発展を考察することであ る。本稿の構成は以下のようになっている。まず 先行研究を整理し、マーケティングとイノベー ションについての基本的な考え方を確認する。次 に、先行研究を踏まえ、日本と中国におけるマー ケティングとイノベーションの発展を概観し、そ の発展状況を考察する。そして最後に、力強い経 済成長を特徴とする高度成長期の日本と1990年代 以降の中国のマーケティングとイノベーションの 主な特徴をまとめ、今後の研究課題を提示する。 2.マーケティングとイノベーションについての 先行研究 マーケティングは時代の要請に応じる形で変化 しつつも、マーケティング・イノベーションとい う表現はめったに見られず、企業経営においてイ ノベーションと並んで顧客創造のための機能の1 つとみられている。P. F. ドラッカーによれば、企 業は自ら設定した使命のもとに顧客の創造を推進 する。そして、マネジメントはこの顧客創造を高 度に達成させるように機能しなければならない。 顧客創造の目的を達成するために、マネジメント に求められる必要な機能はマーケティングとイノ ベーションの2つしかない とはいえ、P. F. ドラッカーは企業経営における マーケティングとイノベーションの位置づけは多 少違いがあると認識し、著書『イノベーションと 起業家精神』において、イノベーションについて、 「読者の多くは『それはマーケティングの初歩に 過ぎない』というかもしれない。そのとおりであ る。これはマーケティングの初歩以外の何もので もない」と、指摘している では、イノベーションはマーケティングの初歩 の存在なのか。まず、P. F. ドラッカーによるイノ ベーションとマーケティングの定義を挙げてみよ う。「『マーケティング』の狙いは、『販売』を不 要なものにしてしまうことである。『マーケティ ング』の狙いは、顧客というものをよく知って理 解し、製品(ないしはサービス)が『顧客』に『ぴっ たりと合って』、ひとりでに『売れてしまう』よ うにすることである」と、P. F. ドラッカーは論じ ている。また、「マーケティングは、企業に特有 の機能である。財やサービスを市場で売ることが、 企業を他のあらゆる人間組織から区別する。教会、 軍、学校、国家のいずれも、そのようなことはし ない。財やサービスのマーケティングを通して自 らの目的を達成する組織は、すべて企業である。 逆に、マーケティングが欠落した組織や、それが 偶発的に行われるだけの組織は企業ではないし、 企業のようにマネジメントすることができない」 と、P. F. ドラッカーは説明し、「マーケティング は、事業の最終成果、すなわち顧客の観点からみ た全事業である。したがって、マーケティングに 対する関心と責任は、企業の全領域に浸透させる ことが不可欠である」と、述べている 次に、P. F. ドラッカーは「マーケティングだけ では企業は成立しない。静的な経済の中では、企 業は存在しえない。企業人さえ存在しえない」、 「企業は、発展する経済においてのみ存在しうる」 と指摘し、「第二の企業家機能はイノベーション ―  ―10

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である。すなわち、より優れた、より経済的な財 やサービスを創造することである。企業は、単に 経済的な財やサービスを供給するだけでは十分で ない。より優れたものを創造し供給しなければな らない」 と論じ、イノベーションについての見解 を以下のように示している。 ① イノベーションは、価格の引き下げであっ てもよい。ちなみにこれは、経済学者が最も関心 をもつイノベーションである。 ② イノベーションは、たとえ高くても新しく 優れた製品の創造、あるいは新しい利便性や新し い欲求の創造であることもある。さらには、昔か らの製品の新しい用途の開発であることもある。 ③ イノベーションは、事業のあらゆる段階で 行われる。 設計、 製品、 マーケティングのイノ ベーションがある。価格や顧客サービスのイノ ベーションがある。マネジメントの組織や手法の イノベーションがある。企業家が新たなリスクを 冒せるようにする新種の保険も、イノベーション である P. F. ドラッカーによるマーケティングとイノ ベーションの論述を整理すると、P. F. ドラッカー はマーケティングとイノベーションの対象を企業 経営に限定し、発展する経済環境の必要性を強調 しながらも経営機能としてマーケティングとイノ ベーションを取り上げたのである。マーケティン グは製品、デザイン、価格、顧客サービスなどの 活動を通じて常に顧客満足を得るために、これら の活動のイノベーションを必要とする。それゆえ、 P. F. ドラッカーは、イノベーションはマーケティ ングの初歩の存在と指摘したのではなかろうか。 以下では、P. F. ドラッカーの見解を念頭に置き ながら、マーケティングとイノベーションについ ての既存研究を取り上げながら両者の変化と関連 性を確認しておこう。 21 マーケティングの変化 19世紀末から今日に至るまで、多くの研究者は 「マーケティングとは何か」を問い続け、答えを 見出そうとしてきた。ここでは、アメリカ・マー ケティング協会(AMA )のマーケティング定義 を取り上げてみよう。 1935年の定義:「マーケティングとは、生産 から消費にいたる商品およびサービスの流れに 含 ま れ る も ろ の 経 営 活 動 で あ る」(Marketing includes those business activities involved in the flow of goods and services from production to consumption.)

1948年の定義:「マーケティングとは生産者か ら消費者ないし使用者への商品およびサービス の流れを方向づける経営諸活動の遂行である」 ( Marketing is the performance of business

activities that direct the flow of goods and services from producer to consumer or user.)

1985年の定義:「マーケティングとは、個人お よび組織の目標を満足させる交換を創造させるた めに、アイデア、商品およびサービスのコンセプ ト形成、価格設定、プロモーションおよび流通を 計 画 し 実 行 す る 過 程 で あ る(Marketing is the process of planning and executing the concep-tion, pricing, promoconcep-tion, and distribution of ideas, goods, and services to create exchanges that satisfy individual and organization objectives.)」 2004年の定義:「マーケティングとは顧客に向 けて価値を創造・伝達・提供し、組織および組織 を取り巻くステークホルダーの利益となるように、 顧客との関係性をマネジメントする組織の機能お よび一連のプロセスである」(Marketing is an organizational function and a set of processes for creating, communicating, and delivering value to customers and for managing customer relationships in way that benefit the organiza-tion and its stakeholders.)

2007年の定義:「マーケティングとは、顧客、 依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のあ

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る提供物を創造・伝達・流通・交換するための活 動、一連の制度、過程である」(Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.) アメリカ・マーケティング協会の定義の変遷に ついては、次のような変化がうかがえる。 ① マクロ的視点(国民経済的視点)からミク ロ的視点(企業、経営者、団体、個人的視点など) になり、さらにマクロ的視点とミクロ的視点の双 方を持ち合わせ、包括的な視点へ変化したこと ② 商品やサービスにアイデアも取り入れる マーケティング客体の拡大から、商品、サービス、 アイデアの持つ価値で提供内容の是非を判断する こと ③ マーケティングの主体が営利組織体のみな らず非営利組織ならびに個人にも広がり、社会全 体に及ぶこと 上述の3つの変化はいずれも社会環境の変化に 対応してきた結果である。社会環境の変化への対 応を象徴するものとしては、マーケティングの概 念拡張を挙げることができる。1960年代以降、経 済発展に伴いコンシューマリズム、大気汚染、騒 音などの公害問題、資源・エネルギー問題などが 顕在化し、マーケティングとしてはこの環境変化 に対応せざるを得なくなってきた。そこで、マー ケティングの主体を営利組織体のみならず非営利 組織にも拡張し、それらにマーケティング概念を 適用しようとするマーケティング概念拡張論、い わゆるソーシャル・マーケティング論が登場し展 開されてきた。当時のソーシャル・マーケティン グは2つの流れをもち、1 つは、W. レーザーの 主張から端を発し、マーケティングに消費者のみ ならず社会との共生を図る観点を導入し、社会的 責任を果たそうとするものであり、もう1つは非 営利組織にまでマーケティング概念を導入しよう とする P. コトラーらの主張であった 近年、P. コトラーはマクロ経済の状況が変われ ばマーケティングも変化するという考えに基づき、 過去60年間のマーケティングの変化を振り返って、 マーケティング1.0から4.0へ進化する見解を示し ている。 マーケティング1.0:1950年代のアメリカで生ま れ、1960年代にかけて、工業用の機械から生産さ れる製品を潜在的な購買者に売るという製品中心 のマーケティングであり、生産を維持するための 機能の1つにすぎなかった。 マーケティング2.0:1970年代、1980年代に、オ イルショックの影響で経済成長が鈍化し、効果的 に消費者の需要を創出するために、製品中心のマー ケティングから消費者中心のマーケティングへと 移行し、消費者を満足させることに知恵を絞る消 費者志向のマーケティングである。 マーケティング3.0:21世紀になると、市場では 企業の社会的責任が問われるなかで、マーケター は人々を単なる消費者とみなすのではなく、消費 者の気付いていない潜在的なニーズを探り、消費 者をマインドとハートと精神を持つ全人的な存在 としてリスペクトし、彼らに働きかける価値主導 のマーケティングである。これは、新興国よりも 先進国で有効なマーケティング段階である。 マーケティング4.0:マーケティング3.0と並ん で、21世紀のマーケティングであり、デジタル革 命時代のマーケティングアプローチといえる。企 業と消費者の間のオンラインとオフラインの相互 作用の組合せ、ブランド確立のためのスタイルと 実体の組合せ、そして IoT(Internet of Things: モノのインターネット、センサーやデバイスなど の「モノ」が、情報交換を行うことで相互制御す る仕組み)による機械のネットワークと人の間の ネットワークの組合せがマーケティング4.0の本質 である。 デジタル革命の時代背景のなか、個々の自己実 現欲求を満たす製品やサービスへのニーズが台頭 ―  ―12

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してきた。企業はそこにフォーカスしてカスタマ イズした製品やサービスを提供するべきである。 これを後押しするのが、マーケティング4.0であ る 上述のように、P. コトラーはマーケティング1.0 ~4.0の説明を通じて、時代に即した今日のマーケ ティングのあり方を提示した。「マーケティング とは何か」について、彼はアメリカ・マーケティ ング協会のように社会環境の変化への対応を視野 に入れ、以下のように述べている。 「顧客にとって価値のあるモノやサービスを通 じて、顧客の問題解決のお手伝いをすること」 「自分(自社)が認知されているか否かにかか わらず、自らが開発する、あるいは提供するモノ やサービスのターゲット顧客に影響を及ぼすこと である。そして、自分(自社)の存在を顧客に知っ てもらい、顧客の問題解決をするにあたって魅力 的で誠実な印象を与えるよう取り組むことである」 「より多くの人のために、より良い世界の構築 を目指すもの」、「20世紀、マーケティングは企業 が成長するために満たすべきニーズ、つまり誰に 何を売るのかを決めるプロセスであった。21世紀 に入ってからは、マーケティングは顧客の問題を 解決することで、顧客の価値を高めるプロセスへ と進化している。同時に、ビジネス以外の場面で も、マーケティングは人々の生活をより良い状態 へ導くためのプロセスへと進化を遂げている。す なわち、社会や世界をより良い場所に変えていく ことが、マーケティングの使命となっている」 森下二次也氏はマーケティングにおける機能主 義の認識について、「客観的法則性を認識するこ とはできない」と指摘し、「それは明らかにマー ケティング行為者の日常的営為への役立ちであっ た。ところがそれは体制を是認し、これを前提と する立場であるといわなければならない」と、論 じた。過去の P. コトラーによる非営利組織体へ のマーケティング概念の拡張論に対し、森下二次 也氏は「マーケティング技法の適用領域の拡張が いわれているだけで、マーケティング概念そのも のの拡張の合理性を論証したことにはならない」 と、評した マーケティング1.0~4.0についての内容をみれ ば、P. コトラーは適用範囲の拡大といったマーケ ティング概念の拡張を一方的に唱えず、企業と社 会を視野に入れたマーケティングのあり方を論じ ている。P. コトラーによれば、マーケティングは 当初のモノの生産・販売からモノやサービスの提 供などで顧客の問題解決に役立とうとするコトへ とシフトし、P. F. ドラッカーが主張する顧客の創 造からスタートしながらも、顧客だけにとどまら ず、社会の発展に寄与する存在としてソーシャル・ マーケティング、国家や都市のマーケティング、 平和のマーケティングなど多岐にわたり、幅広い ものに変化してきているのである とはいえ、時代が移り変わっても、企業のマー ケティングに焦点を絞れば、その本質は利潤の獲 得を求めようとすることに変わりはない。「『利潤』 と会社の『社会的貢献』力との間には、もともと 矛盾があるのだという通念がある。だが実際には、 会社は高度の収益力があってこそはじめて、『社 会的貢献』をすることができるのである」 と、P. F. ドラッカーはマーケティングを含む企業の経営 活動と社会貢献に利潤動機という私的な動機が存 在することを肯定的に見ている。 22 イノベーションの概念 P. F. ドラッカーのイノベーションについての認 識は J. A. シュンペーターの影響を受けたとみら れている。J. A. シュンペーターは1912年の著書 『経済発展の理論』において、イノベーションを、 消費者よりも生産者が新しいニーズを創造すべく 経済の革新をもたらすものであり、新しい財貨、 新しい生産方法、新しい販路、新しい供給源、新 しい組織を内容とする「新結合の遂行」であると 定義している。これに対し、P. F. ドラッカーは マーケティングを企業組織に分離された機能と認 ―  ―13

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識する一方、イノベーションをマーケティングの ように企業経営の一機能と位置付けながらも技術 や研究に限定されるものではなく、事業のあらゆ る部門、機能、活動にかかわるものとし、事業に おけるイノベーションの重要性を強調した J. A. シュンペーターと P. F. ドラッカーの考え 方には、イノベーションは企業経営の機能であり、 事業のような具体的な経営活動を通じて実践され るという共通点がある。J. A. シュンペーターは 「馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」と 説明し、非連続的で断絶的な発展を図る「創造的 破壊」というイノベーションの方法論を導き出し た。これに呼応するように、イノベーションの 機会として、P. F. ドラッカーは企業経営に着目 し、 ①予期せぬこと(成功・失敗)、 ②調和しな いもの(ギャップ)、③プロセスに潜むニーズ、 ④産業と市場の構造変化、⑤人口構造の変化、⑥ 認識の変化、⑦新しい知識(技術)を取りまとめ た ソーシャル・マーケティングが1970年代頃に現 れたのに対し、ソーシャルとイノベーションを結 び付けて捉えたソーシャル・イノベーションが社 会的な問題や課題の解決に寄与する存在として、 第2次大戦後に早くも誕生した。ソーシャル・イ ノベーションは、ある地域や組織において構築さ れている人々の相互関係を、新たな価値観により 革新していく動きだと定義づけられ、5つの特徴 があるとみられている ① 社会的ビジョン(共通善)を持ち、個人・ 組織のミッションと融合させる。 ② 社会の関係性に変化を作り出し、新たな価 値観を創出する。 ③ 既存の仕組み・ビジネスモデルにとらわれ ず、新たな仕組みを作り出す。 ④ 自身の経験や知識、手持ちの資源を活用し つつ、周りを巻き込み、協働し、新たな知識や資 源を創造する。 ⑤ 自らの活動に責任と覚悟を持ち、次世代へ つなぐ。 上述の先行研究を概観すると、マーケティング とイノベーションのインパクトをより大きくする ためには、適用範囲の全体性と社会性を重視する 傾向が強まっていることが分かる。企業のマーケ ティングとイノベーションはどのような仕組みを 持ち、相互に影響しあって相乗効果を起こしてい るのか。その実態を確認するために、高度成長期 以降の日本と1990年代特に2010以降の中国におけ るマーケティングとイノベーションの取組みを考 察してみよう。 3.日本と中国のマーケティングとイノベーション 31 日本の技術革新とマーケティング イノベーションは1956年の『年次経済報告(経 済白書)』において技術革新と訳された。それ以 降、日本では、イノベーションは技術革新と認識 され、とくに新しい技術に焦点があてられてきた。 一方、日本生産性本部は1955年に「トップ・マネ ジメント視察団」、1956年に「マーケティング専 門視察団」をアメリカに派遣し、マーケティング を組織的かつ体系的に日本の産業界に導入するこ とを図った。その結果、マーケティングとイノ ベーションのコンビネーションである技術革新の マーケティングが戦後の日本に現れた。 1955年から1973年にかけて生じた高度成長期に は、オートメーションなどの技術革新生産が行わ れるようになった。技術革新生産のもとで、新製 品の開発・普及が活発であった。当時の状況につ いては、「戦争により破壊的な打撃を受けた国内 産業基盤の状況においては、一気に回復すること が難しい。様々な要因がからんで発展が可能と なったなかで、外国からの技術導入・提携をまず 上げることが緊要である。その際、技術発展が経 済成長に及ぼした影響は計測できにくいのである が、戦後の経済成長のおよそ6割が技術進歩によ るもの」とみられている。さらには、「こうした ―  ―14

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技術進歩は他力依存による革新技術の成果だけで はなく、日本人の生来の真摯な作業への取組みに よる改良向上型技術進歩ともいうべき独力での技 術開発の成果も忘れてはならない。これらは、よ り広範には技術革新といわれるが、戦後そうした 努力の積み重ねによって成長・発展が果たされた」 ことが指摘されている。こうして、技術革新の もとで新製品の開発・普及が活発化し、人々の生 活様式に変化をもたらした。公益社団法人発明協 会によると、即席ラーメン、自動式電気炊飯器、 トランジスタラジオ、電子式卓上計算機、電子レ ンジ、ブラウン管テレビなどはいずれもこの技術 革新期に登場した(表1)。当時の三種の神器と 呼ばれる白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機の流行をい ち早く予測した松下電器(当時)は、外国のエレ クトロニクス技術を導入するため、1952年にオラ ンダのフィリップス社に対し技術指導料と経営指 導料を支払う内容を盛り込んだ技術・資本提携の 契約を結び、新会社・松下電器工業株式会社を設 立した。その後、新会社はフィリップス社から未 開拓の電子工学技術を得ることができ、電子管や 半導体などの技術を使用し、1956年から1964年に かけて自動炊飯器、電気掃除機、トランジスタラ ジオ、ステレオ、テープレコーダー、カレーテレ ビ、エアコン、電子レンジなどの新製品を次々と 開発した。同社は他社との直接的な製品差別化を 図るのではなく、製品フルライン化を武器とし、 さらにこれらの製品の水準を技術的な改良を重ね ることによって高めるように努めた 森下二次也氏は、「技術革新は巨額の固定資本 の投下を伴うが、それはまず、その結果大量に生 産される商品の市場をある程度長期にわたって確 保しうる見通しが得られないかぎり実現されない し、一度実現された以上、そのあたうかぎりの維 持が図られなければならない」と指摘し、「しか し技術革新とマーケティングとの関係は決してこ こにとどまらない。一般に技術革新はそれ自体が 変化である。それゆえ技術革新の競争はたえず新 奇を求めて変化しなければならない。その結果そ れは製品と設備の陳腐化を促進してやまない」と、 論じている。上述の如く、日本産業界は高度成 長期から今日に至るまで、科学技術の進歩や消費 ―  ―15 表1 高度成長期の主な新製品 新製品の概要 企業名 製品名 1955年に発売された電気炊飯器 ER4 は自動式であったことと、炊事の負担を大幅に軽 減したことから、人々の生活様式を一変させ、「台所革命」とも呼び得るものとなった。 東京芝浦電気(現 東芝) 自動式電気 炊飯器 1957年に安藤百福はインスタントラーメンの開発に着手した。1958年には開発がほとん ど完成し、大量生産に向けて体制を整いつつあった。「チキンラーメン」の成功によっ て、会社は東京と大阪の証券取引所の2部上場を果たした。1971年に発売を開始した 「カップヌードル」は日本発のグローバル・ブランドに成長した。 日清食品 インスタント ラーメン 1955年に「SONY」の商標で日本初のトランジスタラジオ「TR55」を発売し、さらに 当時世界最小のラジオとなる「TR63」の開発に成功した。 東京通信工業(現 ソニー) トランジスタ ラジオ 1964年に世界初の電卓で、演算素子にトランジスタを使った計算機を開発し、販売を開 始した。その後、日本を中心として電卓の激しい開発競争が繰り広げられ、小型軽量化 と低価格化が進んだ。 早川電気工業(現 シャープ) 電子式卓上 計算機 1958年に新日本無線が小型で安価なマイクロトロンを開発した。1960年代、東芝が開発 した電子レンジは新幹線に搭載され、業務用として使用されるようになった。1965年に 松下電器産業によって家庭用電子レンジが開発販売され、操作の手軽さもあり急速に普 及していった。また、オープン機能の追加などで、1970年代にアメリカでも人気が高ま り、日本製品で市場シェアの大半が占められた。 新日本無線、東芝、 松下電器産業(現 パナソニック)な ど 電子レンジ 日本のテレビ開発は1926年に浜松高等専門学校(現静岡大学)の高柳健次郎が世界初の ブラウン管を用いたテレビ実験に成功したことを契機に始まった。日本メーカーは白黒 テレビに続くカラーテレビの時代において、 トランジスタに続く IC 化を積極的に推進 し、1970年代に世界一のテレビ輸出国となった。 ソニーなど ブラウン管 テレビ 出所:「戦後日本のイノベーション100選」公益社団法人発明協会、 http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_list. php?age=high-growth(2017年9月8日)より作成。

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者のライフスタイルの変化などを敏感に捉え、技 術革新による高品質、高機能の製品開発に努めて きた。戦前において「『日本製』のレッテルをつ けた商品は品質が悪いというイメージが定着して いた」が、戦後に入って「最初のうちは『日本製』 の文字をできるだけ小さくしようとした」ものの、 技術革新の進展により、「かつては安ものの代名 詞であった『メイド・イン・ジャパン』が、いま では高品質のイメージに変わった」と、盛田昭夫 氏が1987年出版の著書『MADE IN JAPAN ―わ が体験の国際戦略』において日本製品の進化を述 べている 2011年から始まった「Top100 グローバル・イ ノベーター」は直近5年で100件以上の特許を取 得している企業・機関を評価の対象とし、特許数 および特許出願から登録まで至った成功率、グロー バル性、影響力などを項目に、世界で最も革新的 な企業・機関を年ごとに選出している。このラン キング100以内に入った企業のうち、日本企業は、 2011年が27社、2012年が25社、2013年が28社、 2014年が39社、2015年が40社、2016年が34社であ る。国別選出企業・機関数順位では、日本は2014 年、2015年に世界最多になり、2016年にはアメリ カに次いで世界2位であった 企業を取り巻くステークホルダーの影響力が強 まり、製品の安全性、環境への配慮、企業倫理と いった内容も含めて企業の社会的責任を問う声が 高まるなかで、戦略的な取組みの一環として、事 業活動を通じた社会革新を進めようとする日本企 業が増加しつつある。伊吹英子氏は事業活動を通 じた社会革新に関して、「企業は事業を展開する 際に、利益の獲得を第一の目標と据えながら、同 時に事業活動を通じて社会を革新し、社会価値を 創造するような事業戦略を立案する」と述べ、社 会革新は顧客を起点に考え、顧客を変え、業界を 変え、社会を変えていくビジネスモデルであると 唱えた。ここでいう事業活動とは、一部の商品 群や事業領域に社会性を盛り込む活動とされてい るが、多くの日本企業は技術革新が具現される 新製品の開発や製品改良活動を通じて社会革新に 寄与する活動を行っている。 例えば、トヨタ自動車は温室効果ガスによる気 候変動および異常気象、排出ガスによる大気汚染、 資源の枯渇問題などの解決に向け、環境技術戦略 を策定し、エコカーの省エネルギー化・燃料多様 化、エコカーの普及に取り組み、電気自動車やハ イブリッド車の開発・生産・販売に力を注いでい る また、味の素グループは創業以来、食と栄養を 究め続け、「世界一の調味料技術」を確立してき た。同社は「グローバル食品企業ベスト10入り」 の目標を掲げ、単に売上を伸ばすことだけではな く、新製品などを通じて栄養課題を解決し、事業 を展開する国と地域に根ざし、社会との共生を図 ろうとしている。上述のように、技術革新を通 じて新製品開発などを行い、社会貢献を果たそう とする日本企業は枚挙に暇がない。 日本企業の活動は持続的な技術革新とマーケティ ングの結びつきとして広範に知られているが、こ の結びつきに異論を唱える者もいる。高岡浩三氏 は「日本人と日本企業はこれまで、マーケティン グとイノベーションを結びつけてとらえてこな かった」と指摘し、マーケティングに対する誤解 とイノベーションとリノベーションの混同をその 要因として挙げている。彼によれば、イノベー ションとは顧客が認識していない問題の解決から 生まれる製品、サービス、ビジネスモデルなどの 成果であり、顧客が認識している問題の解決から 生まれる成果はリノベーションであり、イノベー ションの後に発生する顧客の不満や問題を解決す るプロセスにおいて現れるものである。また、 マーケティングについて、同氏は顧客の認識して いない問題を解決するプロセスを21世紀のマーケ ティングとし、顧客の認識している問題を解決す るプロセスを20世紀のマーケティングと定義付け た ―  ―16

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2 中国型「創新」とマーケティング 改革と対外開放は20世紀70年代末以降の中国に おいて、基本的な国策と位置付けられた。1978年 の中国では、冷蔵庫と洗濯機の年間生産台数はそ れぞれ2万8千台と400台にすぎず、自転車や綿 製品や腕時計やミシンなどは、供給が著しく不足 していた。こうした状況に対し、中国は国有企業 の株式化や私営企業の容認を含む企業制度の改革 を実行し、海外の直接投資を誘致するなどによっ て、耐久消費財の生産を中心とする大量生産体制 を急速に構築した。その間、中国は企業のニーズ を先取りして1970年代末にマーケティングの知識 の修得と人材の養成を積極的に行い、1990年代中 頃以降の中国企業によるマーケティング活動の本 格的な実践に備えたのである 1990年代中頃以降、多くの中国企業は広告競争、 価格の切下げ競争、流通チャネル競争に焦点をあ て、中国流のマーケティング活動を繰り広げた。 P. コトラーはマーケティング活動を成功させる種 を製品開発時に撒かなければならないと指摘した が、2000年頃になっても中国企業の売上高に対す る製品や技術の開発費の割合が0.5%未満にすぎな かった。その結果、製品同質化と製品開発の停 滞が深刻化し、このことが偽物、コピー商品の横 行の一因となった。 中国は2010年に製造業の生産高が世界全体の20% を占め、世界一の製造業大国になったが、中国製 品といえば低品質を連想する消費者が未だに多い。 中国では、多くの消費者は自国製品を信頼せず、 高品質と高付加価値の外国製品を求め、国内から 海外に消費の場を移したのである。2014年に海外 での中国人消費者の消費額が約1兆元(約16兆円) に達し、同年度の中国社会消費財小売総額の約23% を占め、2015になるとその額が1兆2,000億元(約 19兆円)と、さらに増えた。こうしたなかで、 中国政府は2015年にイノベーションを製造業の中 核に位置づけ、製造業のデジタル化、ネットワー ク化、スマートを促進し、イノベーションによる 製造業の発展を目指すことなどが盛り込まれた 『中国製造2025』を公表し、実施し始めた。この 計画は製造業発展の重点項目として品質、合理化、 環境配慮、イノベーション能力を設定し、項目ご とに進捗状況をチェックする数値指標を導入した。 イノベーション能力の主要指標は表2の通りであ る。 中国政府は、技術革新で製造業の振興に戦略的 に取り組もうとする一方、2015年に消費財の小売 総額が30兆元を超え、人々の消費スタイルの個性 化、多様化の傾向が顕著に現れるなかで、「新常 態下の中国企業のイノベーション」として、「市 場ニーズ呼応型創新」とも称される中国型「創新 (イノベーション)」を推進しつつある。中国型 「創新」を推進するにあたって、「インターネット +」は情報技術を活用し社会の矛盾や課題の解決 または緩和を図り、消費生活のいっそうの合理化 や効率化を求める具体策として注目されている。 「インターネット+」とは「インターネットによ るイノベーションの成果を経済社会の各領域と緊 ―  ―17 表2 中国製造業のイノベーション能力に関する主な指標 2025年 2020年 2015年 2013年 指     標 類  別 1.68 1.26 0.95 0.88 規模以上の製造業企業① の主な事業収入に占める研究開発 費の割合(%) イノベーション 能力 1.10 0.70 0.44 0.36 規模以上の製造業企業の主な事業による1億元の収入に対す る有効発明特許件数②(件) ①規模以上の製造業企業とは主な事業の年間収入が2,000万元以上の製造業企業を指す。 ②規模以上の製造業企業の主な事業による1億元の収入に対する有効発明特許数=規模以上製造業企業の有効発明特許数÷規模 以上製造業企業の主な事業収入、 出所:「『中国製造2025』計画綱要」、 呉暁波・朱克力等著、新経済導刊編著『読 中国製造2025』中国出版集団、2015年、284 ページより作成。

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密に融合させ、技術進歩、効率の向上と組織の変 革を推進し、実体経済のイノベーション力と生産 性を向上させ、より広範にインターネットを設備 基盤・ノベーションの要素とする経済社会の発展 の新たなモデル」である。「インターネット+」 を実施する背景には、政府が「大衆創業、万衆創 新(多くの人々が起業やイノベーションに関わる こと)」 という起業とイノベーションのキャンペー ンを行い、インターネット・ユーザー、特にスマー トフォンなどモバイルインターネットの利用者が 年々増加していることがあった(図1)。 「インターネット+」の本質はビッグデータや クラウドコンピューティングなどを通じて各業界 の非効率性を分析し、企業の製品や流通チャネル などに関するマーケティングの課題と可能性を見 出して、「物聯網(モノのインターネット)」のよ うな情報技術によって従来型の各産業分野とその 企業のモデルチェンジやグレードアップを図り、 社会全体のイノベーションを推し進めることであ る。今日の中国では、「インターネット+」は健 康、金融、教育、製造業、農業など、様々な産業 分野と結びつき、人々の日常生活に未曾有の変化 をもたらしている。そのなかで、インターネット 決済サービスの普及に伴うキャッシュレス化の進 展は世界から注目を浴びている。 アリババ社は2003年10月に「支付宝(Alipay)」 を「インターネット+金融」のサービス商品とし て市場導入し、2004年に第三者保証機能を持つ電 子商ビジネスなどの決済方法に進化させた。また、 中国インターネット業界の一角を占めるテンセン ト社は2005年に「支付宝(Alipay )」と同様な機 能を持つ「財付通(Tenpay)」の開発に着手し、 2013年には第三者保証付きのオンライン金融サー ビスとして、中国最大のソーシャル・ネットワー キング・サービスの「微信(WeChat)」上で「微 信支払(WeChat pay)」業務を開始し、さらに2014 年にインスタントメッセンジャーの「QQ」に「QQ 銭包(Mobile phone QQ Wallet)」を導入して、 インターネット決済サービス市場に参入した 中国の定期調査報告によると、中国における第三 者保証付きのインターネット決済サービス市場は 2017年1~3月期に約18兆8千億元の規模に達し、 アリババ社の「支付宝(Alipay )」とテンセント 社 の「微 信 支 払(WeChat pay )」や「QQ 銭 包 ―  ―18 出所:CNNIC 中国インターネット情報センター(https://www.cnnic.cn)「中国互聯網発展状況統計報告」各年 版より作成。 図1 中国におけるインターネットの普及状況

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(Mobile phone QQ Wallet)」が市場シェア全体の 約92%を占めた。26年の統計をみれば、「支付 宝(Alipay)」の本人認証済ユーザー数が4.5億人 を超え、「微信(WeChat)」と「QQ」のユーザー 人数がそれぞれ8億9千万人と8億6千万人に達 している。人々はパソコンやスマートフォンを 用いて日常の消費生活の支払いをインターネット 決済サービスで済ませようとする一方、そのサー ビスとの連動で、好きな場所とタイミングで借り ることも返却することも自由にできる「シェア自 転車」の事業化など、事業活動を通じた社会の変 革をもたらそうとするマーケティングとイノベー ションの実践が次々と登場している。 クレイトン. M. クリステンセンによれば、イノ ベーションには持続的イノベーションと破壊的イ ノベーションがある。持続的イノベーションは既 存の製品を改善しより性能の高いものを創る技術 によって引き起こされるものに対し、破壊的イノ ベーションは持続的な技術の延長線上から外れ、 現状とは全く異なる価値観で、新しい製品やサー ビスを提供するものである。それを踏まえれば、 近年の中国は破壊的イノベーションの傾向が顕著 になっているようにみえる。 此本臣吾氏らは日中両国の企業とその事業活動 について、「実際に中国人は技術というよりもビ ジネスを仕立てる能力において日本人よりもはる かに優れている」と分析する一方、「市場ニーズ 呼応型創新」を中国の得意領域と認識したうえで、 「具体的には、技術や部品・材料は必ずしも最先 端のものではないが、経済の発展度合いやユー ザーニーズの変化に適した形で商品やサービスを 『創新』するイノベーション」と、中国企業のマー ケティングとイノベーションの状況を説明してい る。両国民の能力の違いはともかく、現状の中 国のイノベーションの破壊的な特徴は現段階の中 国経済の発展度合いやユーザーニーズから生まれ たといわざるを得ない。中国は経済成長を遂げる 一方、企業の信用低下や PM2.5 などによる大気 汚染の発生が次第に深刻化してきた。こうしたな かで、日増しに高まっている消費者の関心に応え、 企業の信用問題に歯止めをかける効果的な具体策 として、「支付宝(Alipay)」のような第三者保証 付きの金融商品が次々と現れ、また便利性だけで なく大気汚染対策にもなる「シェア自転車」の急 速的な普及も見られている。目下のところ、中国 企業のマーケティングとイノベーションは消費者 及び社会のニーズに応え、社会課題への対応を旨 としている側面が強く、インターネット技術を駆 使してビジネスモデルの転換または創出を成し遂 げ、社会を変えようとする事業化に挑む様相を呈 している。 4.お わ り に イノベーションは経済発展の根本現象として捉 えられ、戦略的なマーケティングの展開には企業 の置かれている政治、経済、社会、技術などを含 むマーケティング環境の把握が欠かせない。日中 両国は政治体制、経済発展度合い、社会構造、国 民性などが異なるため、自国の状況に見合うイノ ベーションとマーケティングが必要である。高度 成長期の日本と1990年代、特に2010年以降の中国 はともに力強い経済成長を特徴としており、企業 のイノベーションとマーケティングの取組みにつ いて、表3に示す特徴があったと考えられる。 今日の日本においては、「技術革新=イノベー ション」の発想だけでなく、市場組織、組織体系、 ビジネスモデルなどの企業の内部要素も同時に革 新することで、破壊的イノベーションはどこでも 起こり得ると考えるようになってきている。上 述のことを念頭に、消費者行動、企業行動、流通・ 取引に焦点を当て、日中両国の個別企業について ケーススタディを行い、製品開発またはビジネス モデルの構築などのマーケティング行動の諸側面 とイノベーションの実態を考察し、今日の日本と 中国の企業のマーケティングとイノベーションの 特徴を実証することは今後の研究課題としたい。 ―  ―19

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(注)  高岡浩三、P. コトラー『マーケティングのすすめ―21 世紀のマーケティングとイノベーション』中央公論社、 2016年、4 ページ。  P. F. ドラッカー著、野田一夫・村上恒夫監訳『マネ ジメント(上)―課題・責任・実践』ダイヤモンド社、 1974年、95ページ。  P. F. ドラッカー著、上田惇生・佐々木実智男訳『イ ノベーションと企業家精神―実践と原理』ダイヤモン ド社、1985年、307ページ。  P. F. ドラッカー著、野田一夫・村上恒夫監訳、前掲 書、100ページ。  P. F. ドラッカー著、上田惇生訳『ドラッカー選書③ [新訳]現代の経営(上)』ダイヤモンド社、1996年、 49~51ページ。  同上書、52ページ。  同上書、53ページ。

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Marketing Association Releases New Definition for Marketing,

  https://archive.ama.org/archive/AboutAMA/ Documents/American%20Marketing%20Association %20Releases%20New%20Definition%20for%20Marke ting.pdf#search=%27Marketing+is+an+organiza tional+function+and+a+set+of+processes+for+ creating%2C+communicating%2C+and+delivering+ value+to+customers+and+for+managing+customer+ relationships+in+way+that+benefit+the+organiza tion+and+its+stakeholders%27, 2017年9月18日。  同上。  保田芳昭編『マーケティング論』大月書店、1992年、 44ページ。  P. コトラー著、鳥山正博監訳・解説、大野和基訳『コ トラー マーケティングの未来と日本―時代に先回り する戦略をどう創るか』株式会社 KADOKAWA、2017 年、48~76ページ。高岡浩三、P. コトラー、前掲書、 55~87ページ。  高岡浩三、P. コトラー、前掲書、27ページ。  同上。  高岡浩三、P. コトラー、前掲書、33ページ。  森下二次也『マーケティング論の体系と方法』千倉書 房、1993年、11ページ。  森下二次也「コトラーによるマーケティング概念拡張 論の進展」大阪学院大学商経学会『商学論叢』、1979年、 11ページ。  P. コトラー著、鳥山正博監訳・解説、大野和基訳、前 掲書、44~45ページ。  P. F. ドラッカー著、野田一夫・村上恒夫監訳、前掲 書、92~93ページ。  J. A. シュンペーター著、塩野谷祐一・中山伊知郎・ 東畑精一訳『経済発展の理論(上)』岩波書店、2003 年、182~183ページ。  P. F. ドラッカー著、上田惇生訳、前掲書、53ページ。  J. A. シュンペーター著、塩野谷祐一・中山伊知郎・ 東畑精一訳、180~184ページ。  P. F. ドラッカー著、上田惇生・佐々木実智男訳、前 掲書を参照すること。  野中郁次郎・廣瀬文乃・平田透『実践ソーシャルイノ ベーション―知を価値に変えたコミュニティ・企業・ NPO』千倉書房、2016年、36ページ。  『昭和31年度(1956年)年次経済報告(経済白書)』、 http://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/ 、2017年 9月13日。  安部文彦・岩永忠康編著『現代マーケティング論―商 品別・産業別分析』ミネルヴァ書房、1998年、4 ~5 ページ。  小原博『日本マーケティング史―現代流通の史的構図』 中央経済社、1994年、63ページ。  同上。  小原博、同上書、115~128ページを参照のこと。「92. フィリップス社との技術提携」、http://www.panasonic. com/jp/corporate/history/konosuke-matsushita/ 092.html、を参照のこと。  森下二次也監修『マーケティング経済論(下)』ミネ ―  ―20 表3 日本と中国におけるマーケティングとイノベーションの特徴 1990年代、特に2010年以降の中国 高度成長期の日本 コト(サービスなど) モノ(製品) 主な媒体 新ビジネスモデルの構築 技術革新 手段 破壊的 持続的 影響力 顧客より社会ニーズ 顧客 行動の要因 強力な行政指導・企業主導 業界また企業主導 実行主体 社会課題の解決、社会システム・サービスの最適化 顧客を変え、業界を変え、社会を変え 目的 出所:筆者作成。

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ルヴァ書房、1973年、64~65ページ。  盛田昭夫・下村満子・E. ラインゴールド著、下村満子 訳『MADE IN JAPAN―わが体験的国際戦略』朝日 新聞社、1987年、89ページ、365ページ。  「Top100 グローバル・イノベーター・アワード」、 http://clarivate.jp/ips/top100/を参照のこと。  伊吹英子『新版 CSR 経営戦略 ―「社会的責任」で競 争力を高める』東洋経済新報社、2014年、48ページ、 74ページ。  同上書、76ページ。  トヨタ自動車については、https://toyota.jp/を参照 のこと。  味の素グループについては、https://www.ajinomoto. com/jp/を参照のこと。  高岡浩三、P. コトラー、前掲書、178ページ。  同上書、156ページ、181ページ。  柳偉達「第12章中国におけるマーケティングの発展」 加藤義忠・佐々木保幸編著『現代流通機構の解明』税 務経理協会、2006年、243~257ページ。  同上。  任興洲、王微、王青等著『“互聯網+流通”:創新実践、 成効与政策』中国発展出版社、2016年、7 ページ。  「国務院関於印発『中国製造2025』的通知」呉暁波、 朱克力等著『読 中国製造2025』中信出版集団、2015 年、280~304ページ。  此本臣吾・松野豊・川嶋一郎編著『2020年の中国―「新 常態」がもたらす変化と事業機会』東洋経済新報社、 2016年、12ページ。  同上書、14ページ。  馬化騰等著『互聯網+:国家戦略行動路線図』中信出 版集団、2015年、304ページ。方興東、劉偉著『阿里 巴巴正伝』江蘇鳳凰文芸出版社、2015年、129ページ。  https://www.analysys.cn/analysis/22/detail/ 1000762/を参照のこと。  http://news.xinhuanet.com/2017-01/06/c_1120261757. htm 、 https://www.digitaling.com/articles/35981. html 、http://tech.qq.com/a/20170322/034572.htm を参照のこと。  クレイトン・M・クリステンセン著、玉田俊平太監修、 伊豆原弓訳『増補改訂版イノベーションのジレンマ』 翔泳社、2001年、27~56ページ。  此本臣吾・松野豊・川嶋一郎編著、前掲書、14ページ。  玉田俊平太監修、藤本雄一郎著『破壊的イノベーショ ン―市場の構造変化の見極めと対処法』中央経済社、 2013年、204~205ページ。 参考文献 高岡浩三、P. コトラー『マーケティングのすすめ―21世紀 のマーケティングとイノベーション』中央公論社、 2016年。 P. F. ドラッカー著、 野田一夫・村上恒夫監訳『マネジメ ント(上)―課題・責任・実践』ダイヤモンド社、1974 年。 P. F. ドラッカー著、上田惇生・佐々木実智男訳『イノベー ションと企業家精神―実践と原理』ダイヤモンド社、 1985年。 P. F. ドラッカー著、 上田惇生訳『ドラッカー選書③[新 訳]現代の経営(上)』ダイヤモンド社、1996年。 P. コトラー著、 鳥山正博監訳・解説、大野和基訳『コト ラー マーケティングの未来と日本―時代に先回りす る戦略をどう創るか』株式会社 KADOKAWA、2017 年。 小原博『日本マーケティング史―現代流通の史的構図』中 央経済社、1994年。 森下二次也監修『マーケティング経済論(下)』ミネルヴァ 書房、1973年。 鳥越良光著『新マーケティング原論』多賀出版、1995年。 高嶋克義編著『日本型マーケティング』千倉書房、2000年。 三浦一郎「ドラッカーにおける『マーケティング』と『イ ノベーション』、www.service-innovating.jp/pdf/22_ miura_vol5_2011.pdf、2017年8月13日。 盛田昭夫・下村満子・E. ラインゴールド著、下村満子訳 『MADE IN JAPAN―わが体験的国際戦略』朝日新聞 社、1987年。 伊吹英子『新版 CSR 経営戦略―「社会的責任」で競争力 を高める』東洋経済新報社、2014年。 此本臣吾・松野豊・川嶋一郎編著『2020年の中国―「新常 態」がもたらす変化と事業機会』東洋経済新報社、2016 年。 ―  ―21

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