更新日: 2007/2/16 ヒューストン事務所: 佐藤 隆一
メキシコ: カンタレル油田の急激な減退とカルデロン新政権の政策動向
(SPE、AAPG、PEMEX、Platts 他) メキシコの原油生産量の約 60%を占めるカンタレル油田の生産量が急激に減退している。エネルギー省 の発表では、2006 年 12 月のカンタレル油田の生産量は、一年前の約 200 万バレル/日より 50 万バレル (25%)減退し、149.3 万バレル/日に急落している。 本稿では、カンタレル油田の現状を概観し、カルデロン新政権がメキシコの生産量維持に向けて打ち出 しはじめた政策動向についてまとめる。 1. カンタレル油田の概要 カンタレル油田はカンペチェ湾沖合約 80km の水深約 40m の浅海に位置する(図1)。同油田はメキシ コ石油公社(PEMEX)により 1976 年に発見されたメキシコ最大の油田で 1979 年より生産を開始し、2005 年までの原油の累計生産量は約 115 億バレル、随伴ガスは 4.7 兆立方フィートに達する。残存可採埋蔵 量は約 70 億バレルと推定されている。 図1 カンタレル油田位置図 出所:Sanchez etal. 2005 より作成図2 カンタレル油田地質断面図(生産開始前の油層を記載) 出所:Aquino etal. 2003 他を用いて作成 カンタレル油田の貯留岩は白亜系炭酸塩岩で、発見当初の油層の平均層厚は 4000ft(約 1200m)、オ イルコラム 7000ft(約 2100m)と驚異的なものであった(図2)。地質構造は逆断層を伴う背斜構造で、上盤 側の Akal 構造が油田全体の埋蔵量の約 86%を占める。油の性状は Akal 構造でAPI比重22度(20 度~ 24 度)の重質油であるが、深部の Sihil 構造はAPI比重 30 度と軽くなる。 カンタレル油田の生産は、以下の3つのフェーズに分けられる(図3)。 ① 1979 年~1996 年:「探鉱・開発フェーズ」 カンタレル油田は最大の構造である Akal から生産が開始され、その周辺および深部構造である Nohoch、Chac、Kutz、Sihil からも順次生産が行われている。開発初期の 1982 年には、わずか 40 坑の生 産井から 115.6 万バレル/日の油を生産(1坑あたりの生産量は 2 万 9 千バレル/日を記録)するという、 第一のピークを迎えた。その後、100 万バレル/日の生産を維持することが目標とされ、1987 年までは生 産の維持は専ら追加坑井の掘削で達成された。 1987 年から 1996 年までの 10 年間はガスリフト採油を含む 150 坑の生産井により、100 万バレル/日の 生産量(1坑あたりの生産量は 7 千バレル/日)が維持された。 油層は重力押し型の排油機構を主体とするため、原油の生産に伴い構造頂部にはガスキャップが形 成され、その後徐々に油層圧力が低下してガス油界面も下がった(図3)。
図3 カンタレル油田の生産フェーズ 出所:PEMEX、Sanchez etal. 2005 より作成 ②1997-2005:「積極的開発フェーズ(カンタレル油田再開発プロジェクト)」 100 万バレル/日で約 20 年に及ぶ生産の結果、油層圧力が生産初期の半分以下まで低下し、生産量 の維持が困難になったため、PEMEX はカンタレル油田に対する油層シミュレーションに基づき原油の 回収率を最大化させるプログラムを策定した。これは、「カンタレル油田再開発プロジェクト」と呼ばれるも ので、新規に200坑を超える生産井を掘削し、さらに窒素を圧入して原油を2次回収する。陸上の新規窒 素生産プラント(本邦企業の丸紅株式会社も参加する事業会社CNC:Compania de Nitrogeno de Cantarell, S.A. de C.V.)で生産された圧入窒素は、、パイプラインを介して最大 12 億立方フィート/日で 供給される。 「カンタレル油田再開発プロジェクト」が開始された 1997 年以降、生産量は順調に上昇し、目標の 200 万バレル/日の生産は 2003 年に達成された。生産量のピークは 2004 年で、年間平均 213 万バレル/日 を記録している。 ③2006 年以降: カンタレル油田は 2006 年より本格的な減退フェーズに突入した(図4)。2005 年末の約 200 万バレル/ 日の生産量から 2006 年 12 月には 50 万バレル/日に減退し(前年同月比 25%の減退)、149.3 万バレル/ 日に急落している(年間の平均生産量は 179 万バレル/日)。今年 2007 年 1 月には 160 万バレル/日と
若干改善したとの報道もあるが、急激な減退を示しているのは確かのようである。今後は、原油の回収率 を最大化させつつ、如何に減退量を小さくするかが鍵となる。 図4 カンタレル油田およびメキシコの原油生産量 出所:PEMEXより作成 2. カンタレル油田の現況と減退規模の予測 2000 年以降のカンタレル油田の生産量は、図4に示すようにメキシコ全体の約 60%を占めて推移して いる。2003 年から 2005 年の3年間は生産量 200 万バレル/日を維持していたが、2006 年に入ってから の1年間で急激な減退を示している。 この1年間のPEMEXからの発表・幹部の発言を時系列で比較すると、PEMEX の減退予測を遥かに 上回る規模で進行していることが推測される。 具体的には、わずか1年前の 2005 年 12 月時点では「2006 年末の予想生産量は 190.5 万バレル/日 (6%減退)、2007 年が 168.3 万バレル/日、2008 年が 143 万バレル/日(適切な投資を前提)」と予測され ていた(http://www.pemex.com/index.cfm?action=content§ionID=8&catID=428&subcatID=3679: 2 月 14 日時点でもPEMEXのホームページのf)にて確認可能)。その後、2006 年 11 月には、当時のLuis Ramirez Corzo社長が「2006 年は年平均で 180 万バレル/日(10%減退)まで減退し、今後2007-2015 年の 間は毎年 14%減退すると見込まれる」と大幅な下方修正を行っている。続いて、今年 2 月 7 日、Jesus
Reyes Heroles新社長も「2006 年の平均生産量は 179 万バレル/日に終わり、2007 年は平均で 153 万バ レル/日を見込んでいる」と伝えている。
このような下方修正の理由を考察するには、カンタレル油田の現況を技術的に見る必要がある。 PEMEX が 2005 年 6 月にSPEで発表した論文(Sanchez etal. 2005)では、基本的にカンタレル油田の再 開発プロジェクトの成功が述べられているが、注目すべき記述として「ガス油界面(GOC:Gas Oil Contact)の低下速度は年間230 フィート(約70m)に速まった」ということがある。図3のプロットでも想像で きるが、2007 年の現時点でガス・油界面は恐らく 2400m 以深まで低下していると考えられる。一方、油水 界面は生産に伴い上昇を続けており、Sanchez etal. 2005 では「油水界面が当初の 3200m から 2005 年時 点で 約 2650m(8700 フィート)まで上昇した」ことを報告している。 すなわち、生産開始時にオイルコラムが約2100m であった巨大油田(Akal 構造)は、既にオイルコラム で 10 分の 1 の 200m 程度まで縮小している状況にある(図 2,5,6)。そのため、生産井は構造中心部に位 置する坑井から次々に窒素のガスキャップの中に入り、逆に構造縁辺に位置する坑井は水没するなど、 生産に寄与できる坑井数が激減していると推定される。
図6 カンタレル油田地質断面図(現時点の油層を予測) 出所:Aquino etal. 2003 他を用いて作成 このような重力押し型の排油機構は一般に油の回収率は高いが、オイルコラムが薄くなって減退に転 じた場合は急速に枯渇に向かうものである。したがって、筆者は今後さらに急激な減退が進む可能性が 高いと考える。昨年 9 月にカンタレル油田関係者から小耳に挟んだ「カンタレルは死に体」という言葉か らも、その厳しい状況が窺える。現在 PEMEX は、追加坑井の掘削や Sihil 構造など周辺構造からの生産 を含めて、緩やかな減退となるよう最大の努力を続けていると考えられるが、今後はその成果を注目する 段階になる。 3. カルデロン新政権の政策動向
カルデロン大統領は、昨年12 月の就任後、真っ先に Georgina Kessel 新エネルギー大臣、PEMEX の Jesus Reyes Heroles 新社長の両経済学者を任命し、エネルギー政策を重視する姿勢を打ち出した。特 に、PEMEX の社長には、PEMEX の生え抜きの生産技術者である Luis Ramirez Corzo 氏から、元エネ ルギー大臣、元駐米大使でもある大物 Jesus Reyes Heroles 新社長(父親も 1964 年~1970 年のPEME X社長)を据えており、カルデロン新政権の PEMEX 改革にかける意気込みが伝わってくる。
Jesus Reyes Heroles 新社長は、2 月 7 日に就任後初めての会見を行い、カンタレルの減退を補うため の以下の方策を発表した。
・短期的には、カンタレル油田の沖合に位置する「Ku-Maloob-Zaap油田(ク・マロブ・サップ油田)*1」 の生産量を現在の 41.7 万バレル/日から 2008 年末には 78~80 万バレル/日に増産する計画。 *1 ク・マロブ・サップ油田の原油増産プロジェクトには、みずほコーポレート銀行を幹事行とする民間金融機関 13 行が総額 6 億ドルを限度に資金提供。国際協力銀行は同民間金融機関との間で保証契約を調印。 ・中期的にはチコンテペック盆地の油田群を開発する計画(現在の 7 万バレル/日から 2015 年には 66 万バレル/日に引き上げる)。 ・上記の2地域を中心とする探鉱開発計画を実現するため 2012 年までの間、毎年 150 億ドルが必要。 「ただし、近年実施されてきた開発資金を賄う Pidiregas プロジェクト(民間資本を活用した長期インフ ラ整備プロジェクト)では莫大な借金蓄積されたため、抜本的な税制改革が必要」と述べている。 また、長期的にはメキシコ湾大水深の開発が必要であることは、前政権でも伝えられているものである が、1 月下旬にカルデロン新大統領は一歩踏み込み「米国との国境に位置するメキシコ湾大水深におけ る探鉱開発のため、米国とネゴシエーションを行うチームを組成するプランがある」ことを語っており、米 国政府およびメジャー等に対する具体的メッセージとして注目される。それに呼応してか、2 月 7 日、 Jesus Reyes Heroles 新社長は「従来のMSC(Multiple Service Contract)を改正するものとして、新規に油 田が発見された際の高い報酬を参加企業に与えることを含む新サービスコントラクトを現在 PEMEX 内で 作成中」と述べており、近い将来何らかの外資に向けた新規提案がなされると考えられる。 そのほかの探鉱開発活動の動向としては、1 月 2 日の PEMEX による「チコンテペック盆地における坑 井掘削作業の入札」の発表、2 月 2 日の PEMEX による「メキシコ湾大水深において 7050 平方キロメート ルにおよぶ広大な面積の3次元地震探鉱作業の入札」の発表などの比較的大きなニュースがあり、昨年 の大統領選挙の年にやや停滞してきた PEMEX の探鉱・開発活動が一気に動きはじめた印象がある。 以上のように、フォックス政権下でエネルギー大臣を務めた経験のあるカルデロン大統領は早速新た なエネルギー政策が打ち出しつつあるが、筆者は特に技術と資金が必要な「メキシコ湾大水深の探鉱開 発」や外資導入に向けた「新規MSC」の動向を注視していく必要があると考える。 以上 参考文献
Aquino, J.A.L., The Sihil Field: Another Giant Below Cantarell, Offshore Campeche, AAPG Memoir 78 (2003) Mitra, S., Three-dimensional structural model of the Cantarell and Sihil Structures, Campeche Bay, Mexico, AAPG
Bulletin, v.89, pp.1-26 (2005)