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海上胤平『詠史百首評論』 : 翻刻と解題

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Academic year: 2021

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(1)

鈴木     海上胤平『詠史百首評論』 【解題】      期、 は、 が、 は、 や、 り、 まれるようになった」 といふ二点が指摘せられてゐ 。『鴨川集』 『鰒 れ、 可なりの数の歌が収録せられてゐるし、 又、 長澤伴雄編 『詠史歌集』 (嘉 )、 編『 』( る。 に、 浪( は、 み、 』『 』( 二册に百首づゝを収めて上梓し   は、 』( 編、 西 ど、 た。 で、 子・ る。 歌、 は、 つて、 て、 月、 涙、 り。 と、 た、 く、 ば、 け、 人、 きみじかき、遠き近き、日毎に其門になむ集ひける。 雄( 殿 が、 の『

海上胤平『詠史百首評論』

翻刻と解題

 

   

(2)

成蹊人文研究   第二十五号(二〇一七) と、 へ、 此処に紹介する『詠史百首評論』を著したのであつた。      「 は、 ず、 は、 年( 日、 村( 現、 に、 胤、 ひ、 胤、 る。 郎、 た。 は、 してゐる。   平、 れ、 年( )、 て、 家、 る。 年( し、 り、 め、 ひ、 た。 麿 て、 る。 し、 う。 士、 り、 る。 二人は実に昵懇の仲であつた。 紀州和歌山には居ること十年余り、 び、 た。 て、 ゝ、 は、 使 き、 る。 長、 月、 す。 は、 に居を構へ、 明治二十二年に至ると結社一本社 (のち椎園社) を興し、 誌『 る。 は、 の「 」( 七・ る。 は、 し、 だ。 は、 る。 た、 浪、 だ、 華( 来まい。光華は此の 『詠史百首評論』 を如何様に思つたのであらうか。   静・ 綱・ 風・ 穎・ た、 集『 』( 書『 』( が、 ある。その後、 鈴木弘恭が 『東京大家十四家集評論辨』 (明治十八年刊) ど、 た。 は、 派、

(3)

鈴木     海上胤平『詠史百首評論』 る。 撃( 歌論書としては、 この他にも『新自讃歌評論』 (明治三十六年刊) 、『八 』( り、 か。 は、 が、 ず、 り、 生・ め、 る。 は、 』( 四十三年刊) 、『椎園家集』 (大正四年刊)が刊行せられてゐる。   が、 夜、 た。 へ、 ふ。 歿 後、 誌『 年( )、 歿 が、 歿 百年の紀念すべき年でもあるといふことを記しておきたい。      て、 の『 が、 い。 に「 廿 て、 ら、 の『 れ( )、 る。 年、 歳、 る。 い、 ら、 た。 浪、 た。 で、 平、 めによつて出版した、と胤平は序文で成立事情を語る。   に『 が、 で、 と、 の『 る。 稿 し、 は、 い。 はなからうか。   『 は、 て、 が、 ゑ、 う。 格、 る。 詞、 使 め、 る。 は、 ず、 る。 姿 は、 写せられてゐ )(1 論、 ぎ、 て、 また少なからず。 殊に評論の性質、 たゞ作品の瑕疵のみを求めて、

(4)

成蹊人文研究   第二十五号(二〇一七) べからず。 歿 が、 に、 か。 は、 にとゞまらず、千浪とよく交流のあつた江戸派の歌人井上文雄も亦、 む。 り。 や。 て、 たるは、文雄らがしわざとやいはむ。 94番歌評) る。 語・ 使 )(( う。 は、 ゑか、 論争は多く、 「長歌改良論」 (『筆の花』九号、 明治二十一年九月) を著した佐々木弘綱に対しては、 「長歌改良論辨駁」 (同十五~十九号、 月。 し、 く。 誌『 一・ は、 』『 』( を刊行し、完膚なきまで旧派和歌を攻撃する。      本『 と『 は、 等、 し、 て、 る。 ら、 が、 る。 」「 ば、 が、 い。 に、 が、 る、 し。 」( 22番 れ、 いかと思はれる箇所もあり、この点に関してはいさゝか疑問が残る。   は、 く『 が、 き、 )(1 り、 刻、 義は多少なりとも認められるのではないだらうか。 高「 」( 号、 月。 年、 )、 弘「 展開と国学の影響(上 下) 」( 『國學院雑誌』九十七巻四 五号、 四・ )、 未「 」( 74『 東・ 露・ 集・ 報、 平成十九年、明治書院)

(5)

鈴木     海上胤平『詠史百首評論』 葉「 」( 年、 ライブラリー) は、 淳「 」( 編『 年、 に、 の方面からの論考が備はる。 穎「 」( 雄・ 編『 年、 )。 社( 墨田区向島一丁目)に現存する。 久松潜一 「海上胤平」 (明治神宮編 『明治の歌人』 昭和四十四年、 短歌研究社) 海上胤平の伝記に就ては、 「海上胤平翁略伝」 (『わか竹』 九巻五号、 )、 惠「 」( 年、 )、 治「 平略歴」 (『短歌研究』三十一巻六号、昭和四十九年六月)参照。 は、 る。 る( 正「 ―」 号、 月。 年、 明治書院所収) 』( 号、 )。 照、 三、 泰、 二、 臣、 園、 寄せる。 鈴木松園 「海上胤平氏の評論」 (『わか竹』 九巻五号、 大正五年五月) 10 衣「 」( 号、 大正五年五月) 11 拙稿 「井上文雄の田園詠」 (『成蹊國文』 三十七号、 平成十六年三月) 12 「国立国会図書館サーチ」 http://iss.ndl.go.jp/ )、 CiNii Books 大学図書館の本をさがす」 http://ci.nii.ac.jp/books/ )では、所 蔵機関なし。 【凡例】 一、底本は、架蔵本(明治三十七年刊、活字本)を用ゐた。 一、仮名遣ひは底本の通りとした。 一、漢字、仮名の使ひ分けは底本のまゝである。 一、漢字は概ね通行の字体に統一した。 一、清濁の別は一部示されてゐるが、新たにこれを区別した。 一、序文、評に句読点は用ゐられてゐないが、新たにこれを附した。 一、 た。 し、 場合は、板本の順を〔    〕を以て示した。 一、改頁箇所に就ては煩雑になるため、特に明示はしなかつた。 一、 は、 た( 郷→○○卿、千栽集→千載集など) 一、 本『 』(

(6)

成蹊人文研究   第二十五号(二〇一七) http://dlisv 03 .media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_contents/ mori/ 16 72 .djvu )所収歌と異同がある場合には、当該箇所に*印 に( ……) た。 し、 使 け、 い。 ほ、 は、 に〔    以て示した。 【書誌】 ○判型   B6判(縦十八・五糎、横十二・五糎) ○装訂   一巻一册   大和綴   茶色表紙 ○外題   「詠史百首評論   全」 (中央) ○蔵書印   「檜園柳澤氏蔵書之印」 ○頁数   四十四頁(本文一~四十二まで頁数の記載あり) ○架蔵 【翻刻】 り。 ど、 し、 り、 ず。 に、 じ、 ば、 し。 人、 る。 や。 を、 ひ、 は、 に、 ば、 ど、 のいらへもなく年月経にたりしを、 うひ学の人々史をよまむたつきにも ければ、 あまねく世に示してよと、 吉野隆平、 平塚義平らがひたすゝ めにすゝむるまゝにかくものしつるになむ。  

(7)

鈴木     海上胤平『詠史百首評論』 詠史百首 作者    加藤   千浪 論者    海上   胤平

神武天皇

神倭ふみましゝより万世に動ことなき高みくらかな

首。 は、 む。 り。 ら、 り。 ど、 ば、 ど、 は、 し。 ゞ、 し。 ず。 き。 へ、 は。 り。 はたみことゝも天皇ともなく、たゞ神倭などいへるは、ゐやなきいひざまにて甚しき僻言といふべし。

神功皇后

日の本にあまる光をたらし姫人の国までたらはしにけり

に、 々、 々、 は、 れ。 や。 ざりけん。結句もよろしからず。たらしましけむといふべきをや。

日本武尊

ものゝふの鏡とも見よ大御名にかけのよろしきやまとごゝろを

は、 ず。 て、 ゞ。 ず。 は、 に働らかしていへるなりともいはむか。さはいひがたし。詞も作意もつたなくていひかひなし。

(8)

成蹊人文研究   第二十五号(二〇一七)

橘媛

相模の海あらぶる浪の八重畳しきしのぶにも袖はぬれけり

は、 ど、 ば、 り。 て、 ば、 を、 から句勢ゆるくて相応ぜず。さはいへ此作者の分際かく深くいふべきならねば、さてあるべけれど、初学の為に驚しおくなり。

雄略天皇

いかり猪もひざをりふせし御稜威よりたけき御名をも奉りけむ

し。 ば、 ず。 は、 て、 や。 ば、 れ。 き。 ば、 り。 て、 り。 り。 て、 を、 ど、 り。 も、 ば、 ど、 ず。 は、 此猪にのみかゝりて誉奉るに似て、なか〳〵にみいつを虧ものなり。畢竟史の事実に疎くてたしかなる見解なきゆゑなるべし。

小子部須賀留

雲井まで其名もたかくとゞろくや手どりにとりしなる神のごと

ば、 し。 し。 らず。

大職冠

11〕たはわざと人には見せて庭鞠にふかき心をとりかはしけむ

は、 時、 り。 ゞ、 鹿 て、 り。 ゞ、

(9)

鈴木     海上胤平『詠史百首評論』 甚しき誤なり。四句深き心も結句とりかはしといへるもふつゝかなり。

伊企儺

〔7〕いたづらにいきながらへばから国に大和心の名をたてめやも

大和心の名とはいかでかいふべき。こは詞のはたらきもしらぬといふべし。

大桑子

〔8〕をゝしくも散にけるかなをみなへししらぬしらぎの風になびかで

大桑子かしこにて死たるなり。さるをしらぬしらぎとはいふべからず。

守屋大連

10〔

9〕法の水せきとめかねてさかさまにながしゝ名こそかなしかりけれ

か、 は、 り。 をいふなり。さればせきとめてこそ逆にもながるべけれ。せきとめかねてとあるには、さかさまにながしゝとは理たがへり。

佐用媛

11

10〕つまこふる外にこゝろの動なきみさをよりこそ石となりけめ

き、 し。 り。 石となりけめとは、ことわり立がたし。

柿本人丸〔朝臣〕

12

あふげたゞ末の世にしも山柿の本のこゝろの高きしらべを

は、 に、 く、 ど、 り。 し。 む。 や。 て、 ば、 調 や。 調 を、 自己の歌いかにぞや。百首のうちに一首としてとゝのひたる歌なし。おのれをかへり見よ。

(10)

成蹊人文研究   第二十五号(二〇一七)

和気清丸〔朝臣〕

13

すべらぎの神の御筋のたえせぬは君たゝれしによりてなりけり

て、 や。 り。 り、 ど、 ば、 は、 り。 は、 し。 にや。さては神の御すぢと足の筋と混合して、いよ〳〵ゐやなきことなり。

田道

14

国の為消のこりたるたまのをの長き恨やおろちなしけむ

消のこりたるとある、 こはなほ消えずしてといはざれば叶はず。 結句おろちとあるは仮字たがへり。 さて、 をろちなしけむとはいふべからず。 り。 て、 ば、 む、 れ。 文字あまりてくちをし。長きうらみといへるもをさなし。恨に長き短きといふべくもあらず。

浦島子

15

玉くしげあくるくやしとなげきてもかへらぬ水のえにこそ有けれ

あくるくやしとは現在なり。 さては叶はず。 こゝにてはあけてくやしきと有べし。 また水のえをいはむとて、 かへらぬ水のえになどいへるは、 いとつたなし。

聖徳太子

16

人の世はたゞさめぬまの頼みぞと夢どのをさへ作りましけむ

る、 む。 殿 や。 覚の語は仏教に専らいふ言なれば、此皇子を詠奉るにはよき詞なれど、例のいひなしつたなくて紛らはし。

忌部広成〔臣〕

17

人の世にとほき神代のかたりごとこをば君こそ書つたへ

め(*けれ)

趣意は聞えたれど、いひたるまでにて差略もなき歌なり。四句こをば君こそなどいとをさなし。

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