宮崎医会誌 2013 ; 37 : 1-5.
総 説
は じ め に 広い意味での最近の腎臓病に関する話題として は,1)慢性腎不全からCKD(慢性腎臓病)へ, 急性腎不全からAKI(急性腎傷害)へと,早期発見・ 早期治療の目的で概念・呼称が変化したこと,2) 高齢化,生活習慣病の増加を背景に,心血管病のハ イリスク群としてのCKDの増加(国民の8人に1 人)が世界的に注目されていること,3)末期腎不 全患者の激増(国民の400人に1人)が社会問題化(医 療費年間約1.5兆円)していること,が挙げられる。 一方,腎臓内科医が扱うcommon diseases であ り,厚生労働省進行性腎障害に関する調査研究班で も対象疾患としているのが,IgA腎症,難治性ネフ ローゼ症候群,急速進行性糸球体腎炎の3疾患であ る。糸球体腎炎の治療においては,安全性の高い治 療法によって腎不全への進展予防につながる治療成 績の向上が,今でも最も重要な課題である。 ここでは,宮崎大学第一内科におけるこれら3疾 患への治療変遷を振り返りながら,最近の治療法に ついて,概説する。 I g A 腎 症 本疾患は,慢性糸球体腎炎の中で最も発症頻度が 高く,発症は15−19歳,40−44歳をピークとする2 峰性である。無症候性血尿・蛋白尿での発見が約 70%で,自然寛解例もあるが,未治療では20年後に は30−40%が腎不全に至る。そのため,慢性糸球体 腎炎による末期腎不全患者の原因の約半数はIgA腎 症ではないかと考えられている。確定診断は,腎生 検光顕・蛍光抗体法所見による。図1に示すように, 当科での腎生検例の約4割はIgA腎症である。現在, 血液検査によるIgA腎症診断の可能性について,「新 規バイオマーカーを用いた血尿の2次スクリーニン グの試み」が,厚生労働省腎疾患対策研究事業とし て宮崎大学も分担者として加わり,進められている。 IgA腎症の発症機序については不明のままである が,免疫遺伝学的背景のもと,抗原刺激を受けた粘 膜(口蓋扁桃など)から糖鎖異常IgAが産生され, 免疫複合体病として腎症が起こることが疑われてい る。以前より,IgA腎症患者では扁桃炎に罹患する と,肉眼的血尿をきたす患者が少なからずあること が知られており,病巣感染巣としての扁桃の存在が 疑われていた。 我々は1980年代より,IgA腎症の初期治療として最近の腎疾患の治療
藤元 昭一
〔平成25年1月7日入稿,平成25年1月7日受理〕 宮崎大学医学部医学科血液・血管先端医療学講座 IgAN(38%) MGA(15%) MPGN (2%) FSGS (7%) MN (10%) Endo PGN (1%) Mes PGN (2%) Cre GN (4%) HSPN (2%) Lupus N. (5%) Others (5%) Undifferentiated (8%) Amyloidosis (1%) 図1.第一内科における腎生検病理診断の内訳(n=1,174).IgAN; IgA腎症、MGA; 微小変 㻌 㻌 㻌 化群、FSGS; 巣状分節性糸球体硬化症、MN; 膜性腎症、MPGN; 膜性増殖性糸球体 㻌 㻌 㻌 腎炎、Endo PGN; 管内増殖性糸球体腎炎、Mes PGN; メサンジウム増殖性糸球体腎炎、 㻌 㻌 㻌 Cre GN; 半月体形成性糸球体腎炎、HSPN; 紫斑病性腎炎、Lupus N; ループス腎炎. 図1.第一内科における腎生検病理診断の内訳(n= 1,174).IgAN ; IgA腎症,MGA ; 微小変化群, FSGS ; 巣状分節性糸球体硬化症,MN ; 膜性腎 症,MPGN ; 膜性増殖性糸球体腎炎,Endo PGN ; 管内増殖性糸球体腎炎,Mes PGN ; メサンジウ ム増殖性糸球体腎炎,Cre GN ; 半月体形成性糸 球体腎炎,HSPN ; 紫斑病性腎炎,Lupus N ; ループス腎炎.扁桃摘出術を耳鼻咽喉科に依頼し施行してきた(図 2)。そして,軽症患者では尿所見が改善すること を経験してきた。その後,免疫複合体病に対する治 療としてステロイド療法,さらに糸球体高血圧の改 善と増殖因子としてのangiotensin IIの抑制を目的 にレニン・アンジオテンシン系阻害薬の併用も行っ てきた。1998年,小松ら1)は当科のIgA腎症237例 を後方視的に検討し,蛋白尿,血清クレアチニン値, 腎組織障害度が予後因子として,扁桃摘出術とステ ロイド療法が治療因子として腎生存率に寄与するこ とを報告した。その後,生検時血清クレアチニン値 2.0mg/dl未満のIgA腎症患者55例を対象に,扁桃摘 出術にステロイドパルス療法とその後の経口ステロ イド薬を併用した群(扁摘パルス併用群,n=35) とステロイドパルス療法とその後の経口ステロイド 薬のみで治療した群(ステロイドパルス単独群,n =20)の非ランダム化比較試験の結果をまとめた2)。 尿 蛋 白 お よ び 尿 潜 血 の 陰 性 化 率 は, そ れ ぞ れ, 76.5% vs. 41.2%,79.4% vs. 17.6%(図3)と扁摘 パルス群で良好であった。Cox比例ハザードモデル による検討で,扁摘パルス療法は,尿蛋白寛解に寄 与する有意な因子であった(ハザード比 6.20,95% 信頼区間 1.98−19.5,p=0.002)。 エビデンスを集めて作成されたCKD診療ガイド ライン20093)では,扁摘パルス併用療法は「IgA腎 症の蛋白尿を減少させ,腎機能障害の進行を抑制す る可能性がある」として記載されている(グレード C:行うよう勧めるだけの根拠が明確でない)。し かし,その後に「IgA腎症に対する扁桃摘出術とス テロイドパルス療法の有効性に関する多施設ランダ ム化比較試験」が進行性腎障害に関する調査研究班 で行われ,扁摘パルス併用療法の尿所見寛解に対す る有効性が確認されている(論文投稿中)。 難治性ネフローゼ症候群〜膜性腎症を中心に 成人のネフローゼ症候群の原因としては,微小変 化群と膜性腎症が多く,二次性(続発性)糸球体疾 患を除くと,この2つのタイプで約3/4を占めてい る(図4)4)。このうち,微小変化型ネフローゼ症 候群は,ステロイド薬への反応性は良好であるが, 再発が多いためにステロイド薬が長期に継続投与さ れている症例も少なくない。ステロイドパルス療法 は尿蛋白寛解までの日数を短縮できるが,経口ステ ロイド薬による治療に比べて再発率が高いことを当 科の福留ら5)は報告している。 一方,膜性腎症によるネフローゼ症候群は,緩徐 な発症様式で中高年に多い。腎機能が保たれる症例 と透析に至る症例が混在し,ステロイド薬への反応 は遅い, あるいは抵抗性である。我が国のアンケー ト調査では,治療に対する反応が不良であった症例 (不完全寛解II,あるいは無効例)の15年腎生存率 は約50%であったと報告されている6)。我々は寛解 0 20 40 60 80 100 1981-85 1986-90 1991-95 1996-00 2001-05 Ig A 腎 症 患 者 数 㻌 ( 例 ) (年) 扁桃摘出術 レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RAS-I) ステロイド療法(ST)経口 静注パルス 2006-10 図2.第一内科におけるIgA腎症への初期治療の変遷.扁桃摘出術は、1980年代初期 㻌 㻌 㻌 より開始し、また、その施行率が高い(> 50%で実施).ステロイド療法は、1990年 㻌 㻌 代初期より開始し、1990年代半ばから静注パルス療法を積極的に施行している. 図2.第一内科におけるIgA腎症への初期治療の変遷. 扁桃摘出術は,1980年代初期より開始し,また, その施行率が高い(>50%で実施).ステロイド 療法は,1990年代初期より開始し,1990年代半ば から静注パルス療法を積極的に施行している. 図3.扁摘パルス併用療法とステロイドパルス単独療法 の非ランダム化比較試験における尿潜血の推移. 治療開始24ヶ月後の尿潜血陰性化率は79.4% vs. 17.6%と,扁摘パルス併用療法群で約4倍の寛解 率であった. 0% 20% 40% 60% 80% 100% 0 3 6 12 18 24 Final 0% 20% 40% 60% 80% 100% 0 3 6 12 18 24 Final 治療開始後期間 (月) 扁摘パルス併用群 (n = 35) パルス単独群 (n = 20) 0 1 2 3 (-or+/-) (1+) (2+) (>3+) 尿潜血スコア 㻌 㻌 (対応する尿定性) 図3.扁摘パルス併用療法とステロイドパルス単独療法の非ランダム化比較試験に 㻌 㻌 㻌 おける尿潜血の推移.治療開始24ヶ月後の尿潜血陰性化率は79.4% vs. 17.6% と、扁摘パルス併用療法群で約4倍の寛解率であった.
を目指すために,1970年代より経口ステロイド薬に 加え,シクロホスファミドの併用を行ってきた7)(図 5)。その後,ステロイド投与量の減量と入院期間 の短縮を目的に,初期治療からシクロホスファミド 連日投与とプレドニゾロン隔日投与による併用療法 を行った。初発例での検討では,24 ヶ月後には 90%以上が不完全寛解I以上(完全寛解 79%)と良 好な治療成績であった8)(図6)。 2000年代になって,免疫抑制薬としてアルキル薬で あるシクロホスファミドの使用は控え,骨髄抑制作用 を含めた副作用がマイルドなカルシニューリン阻害薬 であるシクロスポリンが使用されるようになってきた。 本剤はT細胞を介した免疫学的効果に加え,腎上皮細 胞アクチン線維束(synaptopodin)への直接作用に より,蛋白尿抑制効果がある。また,本剤は血中濃度 測定が可能なため,効果と副作用を考えた投与量を 調節できる点で,従来の免疫抑制薬に比べると使いや すい。我々も2000年代の後半から,シクロスポリン(朝 1回空腹時経口投与)と少量ステロイド薬の併用療法 を行っている。現在,シクロスポリンの血中濃度を, 服用直前(トラフ濃度),服用後1時間および2時間 にチェックして,Absorption Profiles と治療効果の関 連について検討している。 急速進行性糸球体腎炎症候群(RPGN) 〜抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連腎炎を中心に RPGNは,急性あるいは潜在性に発症する血尿, 蛋白尿,貧血,急速に進行する腎不全症候群を総称 している。RPGNは,わが国では透析導入原疾患の 第5位 で あ り, そ の 多 く は, 好 中 球 細 胞 質 内 の myeloperoxidase に対する抗体(MPO-ANCA)を 血中に認めるANCA関連血管炎が原因である。こ のANCA関連腎炎は,血尿を含む尿所見異常(腎 炎性尿所見)で始まり,しばしば全身症状(発熱, 倦怠感など)や炎症所見(血沈亢進,CRP陽性)を 伴い,比較的急速に腎不全へと進展する高齢者の代 表的腎疾患である。早期発見が,透析導入率の抑制, 生命予後の改善に繋がるため,厚生労働省進行性腎 障害に関する調査研究班より診断指針が示されてい る(図7)。また,臨床所見をスコア化することに 図4.一次性糸球体疾患によるネフローゼ症候群の病型 分 類 ( n = 7 3 2 ) . 腎 臓 病 総 合 レ ジ ス ト リ ー J-RBR(Japan renal biopsy registry)2007〜 2009.(文献3から引用) 図6.膜性腎症によるネフローゼ症候群に対する,プレ ドニゾロンとシクロホスファミド併用療法による 効果.24ヶ月後には,90%の症例が不完全寛解Ⅰ 以上(完全寛解 79%)であった. 図5.第一内科における膜性腎症への初期治療の変遷. ステロイド薬とシクロホスファミドの併用療法か ら,ステロイド薬とシクロスポリンの併用療法へ 移ってきた. 少量PSL + シクロスポリン(CYS-A) 経口ステロイド薬 (PSL) と,その後の シクロフォスファミド(CY) [I] [II] [III] 1979 1985 1987 2001 PSL 隔日投与 + CY
Jpn J Nephrol 30:27-31, 1988 Intern Med 43:30-34, 2004
全膜性腎症 ネフローゼ症候群 㻌 㻌 (原発性) 初期治療例 31 例 23 例 15 例 85 例 57 例 28 例 44 例 40 例 25 例 ? 2008 図5.第一内科における膜性腎症への初期治療の変遷.ステロイド薬とシクロホスファ 㻌 㻌 㻌 ミドの併用療法から、ステロイド薬とシクロスポリンの併用療法へ移ってきた. 3 6 12 18 24
Months after start of therapy
C umul ative percentag e (% ) of rem iss ion 100 80 60 40 20 0 79% 11% 11% 0 a) 治療開始後の月数 累積寛解率 ( % ) (完全寛解) (不完全寛解 Ⅰ) (不完全寛解 Ⅱ, 㻌 または, 無効) 図6.膜性腎症によるネフローゼ症候群に対する、プレドニゾロンとシクロホス 㻌 㻌 㻌 ファミド併用療法による効果.24ヶ月後には、90%の症例が不完全寛解㻌 㻌 㻌 㻌 Ⅰ以上(完全寛解 79%)であった. 膜性腎症 37.8% 微小変化群 図4.一次性糸球体疾患によるネフローゼ症候群の病型分類(n=732).腎臓病総合 㻌 㻌 㻌 レジストリー J-RBR (Japan renal biopsy registry) 2007~2009.㻌 (文献3から引用)
より(血清クレアチニン,年齢,肺病変の有無, CRPの4項目を0〜3点にスコア化),臨床所見重 症 度(Grade I〜IV) を 評 価 す る と, 生 存 率 は Gradeが高くなるほど,悪いことが示されている。 当科の上園ら9)の検討でも,Grade III, IVでは予後
は悪く,早期発見と感染症対策の重要性が認識され た(図8)。欧州では,多くのランダム化比較試験 に基づき,重症度別の標準治療が確立されつつある。 しかし,欧米ではPR3-ANCA(好中球のprotease 3に対する抗体)陽性の多発血管炎性肉芽腫症(ウェ ゲナー肉芽腫症)が多いのに対し,わが国では MPO-ANCA陽 性 の 顕 微 鏡 的 多 発 血 管 炎 に よ る RPGNが極めて多いことを,我々は英国との国際比 較研究で明らかにしている10, 11)(図9)。すなわち, 欧米の標準治療を日本の症例に当てはめることには 問題があり,わが国における適切な治療法の確立が 必須と思われる。日本では高齢者が多く,死亡例の 多くは感染症であること,欧米と比べると腎予後が 悪い可能性があることなども含め,従来の免疫抑制 療法に変わる新たな治療法の開発(例えば,アフェ レーシス療法の併用など)も必要と考えている。 腎疾患の進展における point of no return(PNR) 我々腎臓専門医の大きな使命の一つは,患者の腎 不全への進展を食い止めることである。多くの腎臓 病は,原因は何であれ,ある一点を越えると共通経 路を辿って末期腎不全まで進展すると考えられてい る。例えば,慢性の薬剤性腎障害で血清クレアチニ ン値が5mg/dlとなった時点で,原因としての薬剤 を中止しても末期腎不全への進展は防げない。数多 くの治療も,早期に行わなければ,有効でない可能 性がある。当科の佐藤ら12),小松ら13)は,「ある一 点を越えると腎機能が後戻りできない,いわゆる point of no return(PNR)」の存在と腎機能障害進 展に関与する因子について検討を行った。初診時, 腎機能障害を認め,3年以上末期腎不全に至ること なく観察できた患者の腎機能の経過を調べた。その 急速進行性腎炎症候群早期発見のための診断指針 急速進行性腎炎症候群確定診断指針 1) 尿所見異常(主として血尿や蛋白尿,円柱尿) 2) eGFR < 60 mL/min/1,73m 3) CRP 高値か赤沈亢進 1) 数週から数か月の経過で急速に腎不全が進行する. 2) 血尿,蛋白尿,円柱尿などの腎炎性尿所見を認める. 3) 臨床症候や腎臓超音波検査,CTなどにより,腎のサイズ, 㻌 㻌 腎皮質の厚さ,皮髄境界,尿路閉塞などのチェックにより, 㻌 㻌 慢性腎不全との鑑別も含めて,総合的に判断する.
図7.急速進行性腎炎症候群(RPGN; Rapidly Progressive Glomerulonephritic 㻌 㻌 㻌 Syndrome)の診断.上記は実地医家のため、下記は専門医のための診断 㻌 㻌 㻌 指針を示している.(急速進行性腎炎症候群診断指針 第2版より引用) 図7.急 速 進 行 性 腎 炎 症 候 群 ( R P G N ; R a p i d l y
Progressive Glomerulonephritic Syndrome)の 診断.上記は実地医家のため,下記は専門医のた めの診断指針を示している.(急速進行性腎炎症 候群診断指針 第2版より引用) 図9.日本(宮崎)と英国(Norfolk)のANCA関連血 管炎発症率の比較.2005年〜2009年の発症率に差 異はなかったが,原因疾患は宮崎では顕微鏡的多 発血管炎,Norfolkでは多発血管炎性肉芽腫症 (GPA)の頻度が高いという違いが見られた. 図8.臨床所見学的重症度別の生存率の比較.Grade が 高くなるほど,生命予後は悪かった(p< 0.0001, Kaplan-Meier法). 累 積 生 存 率 時間 Grade I (n=14) Grade II (n=26)
Grade III + IV(n=16)
死亡までの月数 累 積 生 存 率 (%) 100 80 60 40 20 0 0 10 20 30 40 50 60 70 ● ● ● ● ● ● ● ● 図8. 臨床所見学的重症度別の生存率の比較.Grade が高くなるほど、 㻌 㻌 㻌 生命予後は悪かった(p< 0.0001, Kaplan-Meier法).
結果,IgA腎症においても(図10),その他の疾患 においても,PNRは血清クレアチン値2.0mg/dlと推 定され,そのレベルに達するまでの血圧コントロー ルが腎機能障害の進展予防のために重要であること が示唆された。 お わ り に 糸球体腎炎においても,さらにはCKD全般にお いても,早期に発見し,早期に適切な治療をするこ とで,腎不全への進展を食い止めることができる時 代となってきたと言える。今後も,さらに副作用も 少なく,患者への負担も少ない有効な治療であるか を考えながら,エビデンスのある治療法を目指して いきたい。 参 考 文 献
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