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西 山 学 報 と 云 う の は 檀 越 源 国 義 ・
若
熊丸
は 多 治 見 氏 を 称 し 、 其 の 所 領 地 が 西 庄 の 隣 接 宇 佐 等 も そ の 土 地 で あ っ た 。 随 っ て 立 政 寺 の 開 創 は 智 通 上 人 二 十 五 才 の 建 武 五 年 ( = 三 二 八 年 ) 頃 か ら 、 三 十 三 才 貞 和 二年
( 一 三 四 六 年 ) 頃 ま で の 事 で あ る の は 間 違 い な い 。浄
土
教
の
儀
礼
に
つい
て
福
井
忍
隆
一 、 儀礼
と い う も の は 、 心 が 形 に あ ら わ れ た も の で あ る 。 そ れ が 動作
と な っ て 、 礼 拝 や 読 誦 念 仏 、 或 は行
道 な ど と な っ て あ ら わ れ 、 ま た 仏 荘 厳 は、 仏具
や 信 者 の 衣 服等
に表
現 さ れ て く る 。 従 っ て 仏教
者 に は 一 定 の 形 式 が 出 来 て 固 定 化 し て い る 。 即 ち 一般
仏教
者 の 儀 礼 で あ る 。 今 こ こ で浄
土 教 の 儀 礼 と い う の は 、 一 般 仏 教 の 儀 礼 と 矛 盾 す る も の で は 勿 論 な い が 、浄
土 教 的 な 特 色 に つ い て 、 三 、 五 、 拾 っ て 考 え て み た い と 思 う の で あ る 。 二 、 先 づ 「 四 弘 誓 願 」 で あ る が 、 こ れ は 「 道 行 般 若経
」 や 「 法 華 経 」 等 に 四種
の 誓 願 が 説 か れ て い る が 、後
に な っ て 、 禅 家 や 真 言 宗 、 天 台家
、浄
土 家 な ど で 少 し つ つ 異 っ て い る 。 し か し 浄 土 家 で は 天 台 浄 土 を 承 け て 、 往 生 要集
の 説 に よ っ て 、 度 断 知 証 と 続 き 、 更 に 、 「 自他
法 界 同 利 益 、 共 生 極 楽 成 仏 道 」 と あ る の を 依 用 し て い る よ う で あ る 。 近 来 仏 教 音楽
の 立 場 か ら作
曲
さ れ て 四 弘誓
願 の 歌 が よ く歌
わ れ る が 、 各 宗 に 通 ず る よ う 工夫
さ れ て 、 大 体 、 禅 家 の も の と 、 天 台 家 の も の と の 合糅
作
の よ う で あ る 。 勿 論 こ れ は 総 願 で あ っ て 、 こ こ に は浄
土教
の 特 色 は み ら れ な い よ う で あ る 。 今 詳 説 は 避 け る が 、 各 宗 仏教
学 校 で 歌 う 四 弘誓
願 の歌
は 、第
一 は禅
家 天台
家 共 通 の 第 一 偈 「 衆 生無
辺 誓 願 度 」 。 次 は 、禅
家 の第
二 偈 「 煩 悩 無 尽 誓 願断
」 の 「 無 尽 」 を 「 無 数 」 と し て い る 。 こ れ は 又 天 台家
の 「無
辺 」 が 「 無 数 」 と な っ た も の で も あ る 。 次 に第
三 偈 は 天 台 家 の 「法
門無
尽 」 と 禅 家 の 「 誓 願学
」 と を 組 み 合 せ て 出来
て い る 。 最 後 の 偈 は 、 禅 家 の 「 無 上 仏 道 」 を 「 仏 道 一98
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無 上 」 と
置
き か え て 、「 誓 願 成 」 で
結
ん で い る 。 即 ち 衆 生 無 辺誓
願 度 、 煩 悩 無 数誓
願 断 、法
門
無 尽誓
願 学 、仏 道 無 上 誓 願 成 、 で あ る 。 三 、 次 に 回 向 の 時 の 要 文 に 「 断 迷 開 悟 即 入 無 生 」 と か 「 抜 苦 与 楽 超 生 解 説 」 な ど の 文 が あ る が 、 こ れ 等 は 浄 土 家 で は 、 「 転 迷 開
悟
」 と か 「 超 生 浄 土 」 と か に 変 え た 方 が よ い よ う に 思 わ れ る 。 四 、鐃
鉞 に つ い て は 浄 土 教 的 な 色 合 は な い が 、普
通 に 「 二 四 四 三 三 」 と 「 四 四 二 二 四 四 一 」 と の 打 ち方
が あ る 。 一 説 に は、 「 二 四 四 三 三 、 四 四 二 二 四 四 一 」 と続
け て 打 つ べ き を 二 分 し て 、 前 半 か 後 半 か を 用 い る よ う に な っ た と い う の で あ る 。 又 一 説 に は 、 「 二 四 四 三 三 」 は 進 ( 晋 ) 饌 の 時、 「 四 四 二 二 四 四 一 」 は 撤 饌 の時
に 用 い る と い う 。 即 ち 法 会 の 初 め の 方 で打
つ時
は 「 二 四 四 三 三 」 で 法 会 の 終 り 方 で 打 つ 時 は 「 四 四 二 二 四 四 一 」 を 用 い る べ き だ と い う の で あ る 。 し か し そ の典
拠 は 明 確 で な い 。 或 人 日 く 、「 易 」 に そ の 典 拠 が あ る と い う け れ ど も 、 ま だ 筆
者
は そ の 確 認 を し て い な い 。 西 山 学 会 研 究 発 表 梗 概 さ て浄
土 家 か ら み れ ば 如 何 で あ ろ う か 。 五 、 念 珠 、 こ れ は 仏 具 に 関 す る も の で あ る が 、 一般
の 百 八 個 の 珠 を 連 ら ね た も の を 用 い る の は 普 通 で あ る 。特
に 浄 土 家 で は 二 連 の 日 課 数 珠 と い う の を 用 い る 。 こ れ は 浄 土 家 の 特 色 で あ る 。 勅 修 御 伝 に 阿波
介
考
案
の 話 が あ る が 以 後 段 々 改 め ら れ て 、 今 日 のも
の と な っ た よ う で あ る 。 し か し 儀 式 用 ( 百 八 個 の荘
厳 用数
珠 ) と 平 常 用 と 二 通 り あ る の も 又 妙 味 が あ る 。因
み に 荘 厳 数 珠 の 房 緒 に 五 色 を 依 用 す る こ と は 、 西山
流
以 外 に は な い と 聞 く が 、 西 山 で は 曼陀
羅
相
承 し た僧
正 位 以 上 の も の で な け れ ば使
用 が 許 さ れ な か っ た 。 口 伝 と い う も の で も な い が 、 五 色 は 五 蘊 で 凡夫
の体
を 表 わ す 。 そ れ が 念 仏 の 一 筋 で 百 八 の 煩 悩 が浄
化 さ れ る 姿 と 拝 察 す る の で あ る 。 六 、 華 籠、 こ れ も 仏具
で あ る が 、 こ の房
紐 に 白 、 赤 、 青 ( 緑 ) の 三 色 が あ る 。 こ の 三 色 を華
籠 に つ け る 位置
で あ る が 、行
者 が 手 に捧
持 し た 時 に 、白
を前
に 、 右 に 青 、 左 に 赤 を 付 け る べ き で あ る 。 善 導 大 師 の 二 河 一99
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