話題
深海の使いからの便り―富士のわだつみの「みるくがに」
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A message from deep-sea archangel—“Milk-gani” from the bathyal bottom under Mt. Fuji—
長谷川久志
1・渡部 元
2Hisashi Hasegawa and Hajime Watabe
静岡県焼津小川港を中心に展開されている深海篭 漁業の成立と変遷を,実施漁業者の視点から論じ た.この漁業は当初ボタンエビPandalus nipponensis を対象として発足したが,その後,イバラガニモド キLithodes aequispina, エ ゾ イ バ ラ ガ ニParalomis multispinaと対象を変えて,現在に至っている.そ の際の漁家存続,漁業団体形成,地域行政との連携 は,いわゆる「みなし物権」としての漁業権の根本 性格と密接な関係がある.そのことを明らかにした 上で,漁業と,その根幹となる漁業権と同様なみな し物権,著作権が活躍する他領域との連携形式につ いて提言した. はじめに 我が国では伝統的に,大型十脚甲殻類を「ハレの 日のごちそう」としてきた.冠婚葬祭や年末年始に 家族や親戚一族の前にこれらが並ぶことはままあ り,高知県での「さわち」にその典型例が見られ る.一方で,昭和後期の高度経済成長期には世界各 地での新たな甲殻類資源開発が相次ぎ,食卓をエ ビ,カニの豪奢な姿が飾ることも,ハレの日以外に も次第に普及して行った(社団法人全日本水産写真 資料協会,1983).二十一世紀を十年過ぎた現在で も,かろうじてこのような「特別なごちそう」とし ての十脚甲殻類の位置づけは維持されている.この 点,漁業の中での水産動植物の「経済的な位置づ け」を考える場合に,イワシ,アジ等の主力魚類商 品を「海のコメ」とすれば,甲殻類は水産物の価値 体系からはやや遊離した位置づけとなり,主食でも 副菜でもない「薬草」,あるいは「寿菜」にあたる だろうか.このような傾向はエビ類ではボタンエビ 類,海産ザリガニ類,各種イセエビ類が,カニ類で はワタリガニ類が,ヤドカリ類ではタラバガニ類が それぞれ顕著である.漁業の現場でのこれらの水産 動植物の取り扱いやその歴史は比較文明論的な考察 が可能な記録がなされており,将来,他領域への応 用を想定して整理•分類できるであろう. 我が国におけるこれらの水産動植物の開発の歴史を 振り返った研究は,漁業経済的な観点からのタラバガ ニ Paralithodes camtschaticus,ズワイガニ Chionoecetes elongatus,ベニズワイガニ Ch. japonicus,ケガニ Erimacrus isenbeckii,トヤマエビ Pandalus hypsinotus, ホッコクアカエビ P. eousの資源開発と漁業経営の 解析が殆どである.反面,我が国に固有な漁業資源 へのアクセス手段としての漁業権が,これまで知ら れていなかった漁業資源,とりわけ深海性甲殻類資 源,にどのように及んだか,そうしたケースを「み なし物権としての漁業権」の視点から解析した例は 寡聞にして知らない.特に,関東以南での深海性十 脚甲殻類の資源開発とその展開についてシステム論 的な視点もふまえて報告した例は存在しない.な お,ここでいう「みなし物権としての漁業権」と は,往々にして既得権と捉えられがちな民法によっ 1 小川沿岸漁業協同組合 〒425–0051 静岡県焼津市田尻北1502–8 Kogawa Coastal Fishery Cooperative
1502–8 Tajiri-kita, Yaidzu, Shizuoka 425–0051, Japan E-mail: [email protected]
2 三重外湾漁業協同組合 アクアショップ 夢市場… ドルフィン
〒516–1309 三重県度会郡南伊勢町東宮556–39 Miegaiwan Fisheries Cooperative Association, Aquashop
Yumeichiba…Dolphin
556–39 Tohguu, Minamiise, Watarai, Mie 516–1309, Japan E-mail: [email protected]
て統制される「営業権としての漁業権」とは異な り,漁業法によって規定される漁業権を指し,現行 漁業法では第二十三条に「漁業権は,物権とみな し,土地に関する規定を準用する」と規定がある. ここでは,静岡県焼津小川港を中心に展開された 深海篭漁業に注目し,この漁業を指導的に推進した 長兼丸(ちょうかねまる:図1,図2)とその船主 の視点から,当事者である本論文の主筆,長谷川久 志(図3)がいかなる問題意識を持ち,漁業として 成立,営業させたのか,また,将来に向けていかな る創意工夫を用意しているのか,これらの点につい て詳述したい(漁獲物の詳細は長兼丸ホームページ URL: http://web.thn.jp/tyoukanemaru/を 参 照 さ れ た い).併せて,我が国の漁業権の本来的な意味につ いて言及し,他領域,とりわけ著作権ビジネスとの 連携を紹介する.これらが現在,長谷川が長兼丸船 主として精力的に展開しているマスコミ,インター ネット,講演活動での舞台裏を紐解くきっかけを与 えるものであることをふまえ,漁業者の新たな「資 源開発」の試みを紹介したい.なお,第二筆者の渡 部 元の本論文での役割は,長谷川のこれまでの取 り組みを整理し,体系化したことであり,現実社会 では長兼丸や長谷川の著作権業界での取り組みをサ ポートするところにある.これらのプロセスを通じ て,明治時代に相模灘にて「ふじをあおいで」学術 に貢献した青木熊吉氏が開拓した漁業者の新たなあ り方を,平成時代の「ふじのわだつみ」ではいかな る形で産業化し得るのか提示できれば,著者らの望 外の幸せである. 駿河湾西部におけるボタンエビ篭漁業の成立と 禁漁までの経緯 駿河湾における深海漁業の歴史は,隣接する相模 灘の場合と同様に長く,そこはえ縄に加えてかけま わし(底曵き網の一種)が目立つ.同海域の深海漁 業の採集物は,昭和初期には既に国内のみならず, 図1. 富士山を背にして漁場に向かう長兼丸.船 齢は30年あまりとなるが,毎年きちんと手 入れをして大事に乗船している.これまで 数多くの研究者,芸能人の皆さんに乗船し てもらい,駿河湾の深海生物の啓蒙に活躍 している. 図2. 長兼丸の鮫が踊る大漁旗,「ふないき」.地 域の催し物では必ず掲げられるものである. 図案のそれぞれには意味があり,大漁を願 う構図になっている. 図3. 「みるくがに」の入った手製のカニ篭を手に した主筆,長谷川久志.テレビ番組でもお なじみの漁法,構図となったので,ご存知 の方も多いだろう.
国外の生物学者達の注目を得ている(大島,1940). その後,東海大学海洋学部,東海大学海洋科学博物 館,国立科学博物館による生物調査,標本蒐集が継 続されている(National Science Museum, Tokyo, 1997). また,太田 秀博士は定量トロールと深海カメラを 併用して,同海域の深海生物の群集構造解析を行 なった(Ohta, 1983).これら一連の研究は駿河湾東 部に対象が偏る傾向にある.その理由は,湾東部で は大陸傾斜面が急であることと,興味深い生物標本 が得やすいかけまわし深海底曵き網漁船の多くが所 属する戸田(へだ)港に所属することによる.一 方,駿河湾西部の深海漁業については,どちらかと 言えば,アコウダイや深海鮫を対象としたそこはえ 縄や,サクラエビ曵き網漁業が卓越し,従来はこれ らの漁法や漁獲物に関する水産学的な観点からの報 告が際立つ.本稿では駿河湾西部での深海篭漁業に ついて初めて体系的,総合的に論じることにする. 駿河湾西部における篭によるボタンエビ漁は,日 本海側の漁業者が山形県から焼津に移住し,情報, アイデアの提供をしたことから始まった.山形県で 採捕されているトヤマエビは一般に「ぼたんえび」 として流通しており,駿河湾に分布域があるボタン エビ Pandalus nipponensisと分類学的に近縁である (その体系学的位置づけは表1を参照,すべての表 の基本的な仕様はWatabe (2007)に準拠).当時,地 元漁業者は皆,地先沖合にボタンエビが分布するこ とを知らず,この人物を介して操業の機運が高まる こととなった.1972年に焼津および小川の漁業者 が山形県にトヤマエビを対象とした篭漁業を視察に 行き,道具などを見せて頂き,操業の仕方を教えて 頂いた.1973年に静岡県(知事)からの承認許可 漁業となり,各単協(焼津,小川,吉田,御前崎, 表1. Pandalus nipponensis ボタンエビ.縦軸は系譜学的観点からの進化的傾向を,横軸は分類階層を表す.
清水)からの合計25隻が操業することになり,同 時にエビ篭組合も発足した.この組合の初代会長の 長谷川嘉一は本稿の主筆の父にあたる.同会長は乱 獲を防ぐために規約を作ることを直ちに提案し,エ ビ篭組合員全員に守らせた.規約では各船,篭数が 120個であったが,漁獲は当初,極めて順調であっ た.漁獲量が多い日には100 kg以上と言う日も多 く,結果として魚市場では大きく値崩れした.一方 その中で長兼丸は,他船に先駆けて,ボタンエビの 活魚販売に着手し,焼津や静岡の有名な料理屋と取 引をした.当時としては画期的なことで,氷で〆た ボ タ ン エ ビ が1尾30~50円の相場のところ,1尾 100円の値がついた. 当時の漁獲方法はエビ篭にサバの半身を餌として 付け,概ね水深300 mを目安に投入,一晩おいて引 き揚げるものであった.ボタンエビ漁場の数と大き さに比較して操業隻数が過密であったため,漁場の 振り割りは厳格であった.その一方,エビ篭組合の 取り決めが強固であった関係で,過度な漁具や船体 への投資,漁場闘争は無かった.にも関わらず,漁 場の衰退は顕著であった.ボタンエビの漁獲量の減 少期に,偶然,潮流の関係で漁具が浅いところに落 ちるとアカザエビ Metanephrops japonicusが漁獲で きることが分かり(その体系学的位置づけは表2を 参照),各船は徐々にアカザエビに対象を切り替え た.この間,ボタンエビの漁獲量は,様々な工夫に も関わらず,顕著に落ち込んだまま戻らず,1979 年に禁漁となった(日置,1999).現在の駿河湾西 部では,アカザエビを対象とした篭を用いた試験操 業が細々と行なわれているのみである. 発展形態としてのイバラガニモドキ,エゾイバ ラガニ篭漁業の成立と現在 1975年,長谷川嘉一がふとしたことから「深い ところに大きな篭を落としてみたら何か変わったも 表2. Metanephrops japonicus アカザエビ.縦軸は系譜学的観点からの進化的傾向を,横軸は分類階層を表す.
のが入ってくるかもしれないから」と言って,大き な篭を2個作り,焼津沖水深700 mに投入した.翌 朝引き揚げに行くと,篭には見たこともない大きな カニが2匹入っていた.長兼丸の乗組員はこの,見 たこともない大きなカニに驚き,早速,静岡県水産 試験場に当時奉職されていた澤田貴義氏を訪ねて, カニの報告をする.澤田氏はこれらのカニをイバラ ガニモドキ Lithodes aequispinaと同定した(その体 系学的位置づけは表3を参照).翌日の篭には何も 入っていなかったが,3日目には,大きな篭に隙間 なくびっしりとイバラガニモドキの3–4 kgになる大 型個体が入っていた.長兼丸では,これは商売にな ると思い,篭を増やして操業を開始することとなっ た.同時に静岡県水産試験場に事業化を相談し,駿 河湾内での詳細な資源量調査,報告を行なうかわり に,操業と販売とを静岡県から承認許可されること となった.しかし,いざ開始してみると,何処の魚 市場でも一日目はそこそこの値段で売ることが出来 たが,二日目からは「胴体に身が入っていない」な どと魚介商に言われ値段がつかない状態となった. 県内全ての魚市場に卸して回ったが,結局何処も同 じ経過をたどり,最終的に静岡県内の料理屋に購入 してもらうこととなった.販売名称に関しては,イ バラガニモドキのタラバガニに対する形態的親近性 から「するがたらば」という名称を発案し,流通名 として通用している.水産物としての品質は比較的 高いが,タラバガニと比較され易い点から販売しづ らい生物種とも言える. エゾイバラガニ Paralomis multispinaについても 漁場発見の経緯は似ている(その体系学的位置づけ は表4を参照).試験操業の結果,駿河湾西部では 本種は,イバラガニモドキよりも生息水深が深いこ 表3. Lithodes aequispina イバラガニモドキ.縦軸は系譜学的観点からの進化的傾向を,横軸は分類階層を表す.
とが判明し,現在の操業水深は概ね700–800 mの間 である.本種は,イバラガニモドキと同様に身の入 りが悪く,また牛乳のような臭気もあり,さらに, イバラガニモドキと比較して生物体が小さい.当初 は「いばらがに」と言う流通名で販売したが,この ような特徴のせいか,販売実績は悪かった.ところ が,牛乳のような臭気から「みるくがに」と流通名 を変えて売り出したところマスメディアにも紹介さ れるようになり,爆発的な人気商品となった.相前 後して,それまでとある魚介商と専属契約していた 関係で雌雄の区別なく採捕していた現状を改め,資 源保護と価格保持を目的に,大型雄個体のみ小川港 にて直販を行なった.テレビ取材もまた,この工夫 により劇的に増加した.さらに,八年程前から主筆 の長男,長谷川一孝が就労することになったことを 契機に,より付加価値を付けるため,土日の操業に 限定し,資源保護に努めている. 使用するカニ篭は,北海道方面で使用されている 篭上部から漁獲物が入るアリ地獄の様な篭(上口 篭)でなく,横から入る篭(横口篭)を採用した上 で全て自作し,これまた資源保護になるよう努力し ている.餌は近隣の水産物加工場より無料で入手で きるマグロ,サバ等の残滓で,また設置時間一晩を 厳守している.併せて,多くのテレビ番組にて,こ れらのタラバガニ類とこの漁業とが全国的に紹介さ れたため,北は北海道から南は沖縄まで,単なる 「水産物としてのエゾイバラガニ」ではなく,「長兼 丸が駿河湾より水揚げする「みるくがに」」として ブランド確立し,全国的に多数のファンを獲得,現 在に至っている.なお,これらのタラバガニ類の篭 漁業に関しては,静岡県漁業調整委員会にて審議さ れ,静岡県より長兼丸他に承認許可されており,漁 期,篭数,操業海域等厳しく規定されている.さら に,漁期の間の毎月の漁獲量,漁獲物の細目,販売 表4. Paralomis multispina エゾイバラガニ.縦軸は系譜学的観点からの進化的傾向を,横軸は分類階層を表す.
額は静岡県に対して厳格に報告義務がある. 知的財産による水産動植物の付加価値の付け方 前項で見てきたとおり,駿河湾西部における深海 性十脚甲殻類の資源開発,水産物としての地位確立 は多分に知的財産による市場での商品の存在提示, 価格保持及び上昇,流通名を介した商品保全と資源 保護がそれぞれ密接に絡んでいる.この点を詳細に 検討して行く. まず,ボタンエビについてであるが,端的に言え ば「情報という「蟹」で蝦を釣る」というものであ ろう.山形県では既に水産物としての地位が確立し ていたトヤマエビの「胸を借りる」形で,「するが 前のボタンエビ」が市場に姿を現すことになったと 言える.当初,地元漁業者はボタンエビの存在を知 らずにいたが,他地方からの専門情報の保持者がも たらした情報によって実際に新規漁業が成立し,業 種組合の形成にまで至った.何より,第二次世界大 戦後の漁業の民主化をふまえ,資源管理,組合員管 理,水産行政との連携が実現できたことは特筆すべ きことである.反面,単価の高い水産物と言う発想 からボタンエビの資源開発を急ぎ,短期間での禁漁 を引き起こしたことは大変残念であり,現在でも篭 漁業経験者全員が後ろめたさを持っている.しか し,その原因は,この海域におけるボタンエビ資源 がもとから小さく,また,再生産能力が低いことに あり,そのためにおきた漁業経営の破綻であり,当 時の科学と政策の水準ではやむを得なかった側面も ある.一方,そうした中で,長兼丸が他船に先駆け てボタンエビの活魚販売で高い利益を上げ,地域の 名物水産物としての知名度を産み出し,さらには深 海篭漁業を通じて焼津の知名度を上げることに成功 したことは,今は亡きボタンエビ資源の遺産であろ う. 引き続いて,イバラガニモドキの経緯はどうだっ ただろうか.資源探査に関しては,ボタンエビでの 漁業実績をふまえ,より水深の深い海域では何らか の未利用資源が存在するのでは,という漁業者の漁 労意欲が功を奏した.そして当時の水産業者の常識 からは北洋特産であった大型タラバガニ類が,静岡 県沿岸にも単に生息するのみならず,漁獲可能な資 源水準にあること,また,それらの漁獲について操 業の方法や海域を調整すれば,適切な行政指導の下 で持続的な水揚げが可能であることも実証された. 但し,本種を販売する上で大きく問題になったの は,以下のことであった.当時の水産物に関する固 定観念で,タラバガニに見られる「甲羅一杯に入っ ている濃厚な食味の蟹肉」こそ一番,「そんなタラ バガニこそ甲殻類の王様」と思われていた.イバラ ガニモドキでは,深海性で肉量に劣り,また,肉質 や食味が繊細であるため,当時の消費者に物足りな さを覚えさせた.このような消費者の拒絶が静岡県 での適正規模の事業化を阻んだ.さらには,本種と タラバガニが形態的に近縁であるにも関わらず,そ れとは異なる食品特性が「にせたらば」という俗称 をも引き起こし,その結果,イバラガニモドキの水 産的価値が不当に低い現状を招いたと考える.その 偉容と裏腹に,本種が水産物として正当な評価を得 づらい現状は,漁獲する立場として甚だ遺憾であ る. エゾイバラガニについてはボタンエビ,イバラガ ニモドキでの経験,実績をうまく反映できた水産動 植物の一つと考えられる.その点で,ボタンエビと は逆に,「蝦で蟹を釣る」ことに成功した事例と捉 えているが,知的財産によって「みるくがに」とし ての確固とした商品地位を獲得し,現在に至った経 緯をさらに述べてみたい.本種での牛乳のような臭 気は,タラバガニ類の水産食品としての特性とし て,常識的にはマイナスとなる.しかし,タラバガ ニとは大きく異なる外見と,「深海湾駿河湾からの, 正真正銘「深海からの贈り物」」という漁業履歴, さらには静岡県近辺では実質,長兼丸だけがコンス タントに水揚げしているというプレミア性と結合す ることにより,このような水産食品としての特異性 がプラスに転じ,最終的に「みるくがに」という流 通名を決定打として放てたわけである.エゾイバラ ガニの場合には,活魚で販売するというメリットは さして大きくなかったが,活ボタンエビを消費者に 販売するための丁寧な漁獲方法は,漁獲効率上昇に 特化した既成の上口かに篭の安易な購入を阻止する とともに,手製の漁具を海水温が低い季節にゆっく りと時間をかけてデッキに引き揚げる現在の漁獲方 法に繋がり,その副産物として急激な水温と水圧の
変化による品質低下がさけられた.またボタンエビ での経験は販売にも生かされ,宅配で「駿河湾深海 の息吹をお届けする」という付加価値が強調され た.これが「みるくがにのうまさの秘訣」や,「漁 業者が自ら決定する価格」の源泉となり,同時に必 要なだけ水揚げを創りだし,環境保護にも緻密に配 慮した操業を実現させている.さらに,行政サイド から報告書提出という形態で水揚げは厳しく管理さ れているが,長期的な視座に立って「みるくがに」 で営業すること,また,このような操業姿勢そのも のがテレビ取材,出演という新たな漁業収入を形成 していることをふまえ,雌個体や小型個体は一切販 売せず海上で放流すること,目合の大きな篭を用い て根本的に小型個体を漁獲しないこと,そして雄個 体についても週に二日のみの操業,販売という特異 な営業形態を確立することに繋がったと自負してい る. 現在の長兼丸の主力操業対象は,そこはえ縄によ る深海鮫となっており,みるくがに漁の役割は相対 的に小さくなった.このことは,甲殻類の水産特性 が「薬草」あるいは「寿菜」の位置にあることを実 証するものであり,一連の深海篭漁業そのものが, 長兼丸,地域における深海漁業運営,維持について 試験研究の実験場になったとも言える.同時に,こ こでのノウハウが「みなし物権」という抽象的で理 解しづらい権利概念の理解,運用に繋がったことも 特筆に値する.結果として,長谷川家のみならず焼 津小川の漁業を巡る地域運営の知的源泉として,地 先沖合の深海性十脚甲殻類が知的資産の面で大きな 貢献をしたということにもなる.その具体化とし て,長谷川による地方自治体や教育団体の主催する 講演会やイベント出演,さらには漁業協同組合での 各種役員としての公務があるとも言える.さらに, マスコミとの関連では,長兼丸にては知的財産権の 運用として,漁業権から著作権への発展を考えてい る.その足がかりとして,これまでのテレビ番組で の単なる映像資源提供に加えて,著作権運用を専門 とする,海洋生物研究者や深海生物に関心を持つ芸 能人の皆さんとのコラボレーションを想定し(図4), 現段階ではボランティアという形で様々な試料提 供,各種海洋情報の提供を行なっている.これらは 民間の行なう公共事業,共益増進事業,そして当然 ながら私益確保の基盤として今後,発展して行くも のと確信する.この試みは,漁業者の行なう水産基 本法,海洋基本法への対応としても特筆に値しよう. 漁業権とは何か? 以上述べてきた駿河湾西部での深海篭漁業の成立, 発展に関しては,行政と連携した漁業権の運用が顕 著である.とりわけ,資源開発の当初より「知事許 可」ではなく,「承認許可」という形態で漁業が運営 され,業種組合も形成されたこと,水産行政との連 携もきちんととれ,駿河湾の深海生物資源の概要, 経年変化の双方が文書として記録されたことも特筆 に値しよう.但し,それ以上に重要な点は,それが 漁業権の運用手法として,遠洋漁業の長い歴史のあ る静岡であればこそ成立した深海漁業の管理統制手 法であったこと,同時にその管理手法から見える漁 業権の法理と海洋生物資源の持続的可能な利用手法 のあり方との関係である.ここではこの点について, 公的な視点,私的な視点の双方から漁業権を総覧し, 長兼丸がどのような位置づけにあるのかを見て行く. 併せて,静岡での深海篭漁業に倣って展開された神 奈川県での深海篭漁業との対比を行ない,漁業権の あるべき姿についても以下,論じてみよう. まず,本論文で紹介している静岡県での深海篭漁 業の顕著な特性は,「承認許可漁業」であるという 図4. テレビでもおなじみの,さかなクン氏との ツーショット.日々,携帯電話や電子メー ルを介して漁業の将来について様々に情報 交換している(画像使用許可:アナン・イ ンターナショナル).
点である.漁業法にて規定される漁業権の根本的な 性格が著作権と極めて類似した,「魚が漁労行為を 介して魚として存在するようになるプロセスに権利 設定した」,「みなし物権」であるという点,このよ うなみなし物権としての漁業権が「土地に関する規 定を準用して運用される」点,同時に根本性格とし て「私人の私権」である点を考える場合,承認許可 の性格はこれとは全く異質であることが判明する. つまり,静岡県の海面から水揚げ可能な海洋生物資 源は静岡県ないし日本国に関する「公有」であるこ とを前提とし,そこに漁業者がライセンスされて水 揚げを行ない,資源管理のために操業結果を全て静 岡県に報告する,と考慮しなければ理解できない制 度となっている.この意味で,厳密な言い方をする のであれば「公共用物としての海洋」という法学的 前提があるために農業のような管理統制が出来ない ために,静岡県ではこのような形で「水揚げされた 魚の物体性」,およびその「付帯情報の報告書と言 う形での物体化」に着眼した管理を行なっていると 看做せる.この根拠となっているのは,みなし物権 としての漁業権を公的な観点から苦心して管理統制 しようと試みている「金田漁業法解釈」であろう (金田,2003).管理手法として,物質的な観点から 資源管理,漁家経営管理を徹底し,漁業権の管理統 制については「漁船に関連づけて漁業権を可視化す る」手法であることも明らかになろう.つまり,公 的権力によって漁場の枠組みを規定するに留まら ず,水産動植物の物質的管理統制をも計画した上 で,漁業権の私権としてのあり方にも強固な拘束を 展開しようとしていると言える.この手法の問題点 は,現在のように海洋生物資源が大きく毀損され て,広い意味での海洋産業の採算性が大きく疑問視 されている上に,漁業者の高齢化,絶対数の減少を 考える場合に,公的資金の投下を持って漁業を「公 的視点から下支え」する是非である.更に,本論文 で取り扱っている深海篭漁業については,当初から 静岡県の管理統制を漁業者側が率先して望んだ結果 でもあることが重要である.特に深刻な問題として は,原子力発電所および船舶の事故により漁業が打 撃を受けた場合に,現在の状況で打開策を容易に産 み出し得ない点である.その補填として,海洋生物 の分子生物学的な観点からの付加価値の付け方も積 極的に検討されているが,長い海洋生物の利活用手 法に関する歴史のある水産業,水産学から遊離した 事業として社会から受容されうるのか,本質的にそ れだけの産業シードが海洋生物に見いだせるのか, その点は非常にリスクの高いプロセスと考えられる. 一方で,漁業権の私人の私権としての性格を重視 して,この権利から漁村という人間集団がどのよう なシステム論的形成プロセスを経ているのかを明ら か にし たの が「浜本 漁業 法解 釈」で ある(浜 本, 1996, 1997).その中で,漁村のあり方として,漁業 権と漁業協同組合の根本性格を法学的観点から適切 に鑑定した我妻鑑定書に基づき,みなし物権として の漁業権を根本に据えた「漁業協同組合=ゲノッセ ンシャフト(実在的総合人)」という見解を主張し ている(浜本,1999).つまり,上記の金田漁業法 解釈に即して海洋生物資源を管理する場合には公有 という視点から漁業者統制が設計されたのに対し て,浜本漁業法解釈では総有という視点から漁業者 と行政との共存が図られるように社会設計されると いう点で大きな違いがある.この性質は,知的財産 権を核にして技能集団,技能保有者を連結するため に 近年 我が 国に も導 入さ れた 有限 責任 事業 組合 (LLP)の性格と全く同様であり,突き詰めて言え ば,公的権力を行使する行政組織もまた国民の生存 権と言う私権を核とした共同体としての性質を根本 に持ち,このシステム論的実体がある特定の国土を 占有しつつ保全する現状を「国家と認識」するとい う視点を用意する.この点で,本論文で紹介した駿 河湾西部での深海篭漁業を参照して発達した,神奈 川県長井港を母港とした神奈川県の海面にて自由漁 業として営まれている深海篭漁業は,浜本漁業法解 釈に立脚して産業設計されていると言える.おそら く,米軍関連施設が多数存在する三浦半島の地理特 性を反映し,同時に国防という観点を色濃く反映し て,行政とは離れた視点から,漁業者自ら,漁村に 伝承される漁業権思想を先鋭化した結果であろう. その反映として,深海篭漁業に関する自由漁業の漁 業権は,長井では「船名に関連づけて実体化」され ている.また,漁業調整も漁業者が個別に実施し, 各漁家で工夫を凝らした漁業調整を,神奈川県の水 産行政とは別建てで実施している.中でも,長井で の深海篭漁業開始を先導し,各国船舶の錯綜する東
京海底谷での漁業開発および漁業調整に先導的な役 割を果たした故浜田安雄氏と漁船,第十一しんかい 丸の存在は特筆すべきものである.ここにその功績 を顕彰するとともに,1987年,神奈川県江ノ島沖 にて操業中の転落事故による浜田氏の四十八歳とい う早世を悼みたい. このように,漁業権解釈に関しては,金田漁業法 解釈,浜本漁業法解釈の双方について深海篭漁業を 経由して実例を提出可能である.いずれの解釈に立 つにしても,漁業及び漁業権の根本性格を考える場 合に,その目的は民法的な視点からの「漁業行為で 稼ぐ」こと以前に,重要なことは,みなし物権の観 点からの「資源を絶やすことなく,次の世代迄引き 継げる漁業行為の継続」である.これを支えるのが かつては「未利用資源開発」と「大量の水揚げ」で あったが,今後の俎上に取り上げるべき問題点とし ては,本論文で明示するように,形態を問わない 「付加価値の付け方」と「社会からの受容」という 両輪の環である.その中で,同様にみなし物権に分 類される著作権による付加価値の創造は有望であ る.それは映像著作物という形態から始まり,学術 成果という形態も考えられよう,当然医療方面での 深海性十脚甲殻類の利用も十分考慮されるべきであ る.さらに,コラボレーションの形態として,知的 財産の運用ということと漁村のシステム論的特質を 勘案するならば,有限責任事業組合を経由した技能 集団,例えば映像制作者,料理研究家,医療関係者 等,の管理統制を考慮して良いだろう.意外な例と しては,長年長兼丸が静岡県に提出してきた漁獲報 告書が挙げられる.漁業権が根本的にみなし物権で あるということから,漁業権の作用した所産として 水産物が動産として人間の目に触れるようになり, 漁業者の思想の作用した所産として漁獲報告書もま た動産として実体化していると考えるならば,これ らを知的財産の観点から新たな価値付けをすること も容易である.そこに,海洋科学のコラボレーショ ンが加わることも自然であり,海洋の総合的利用を 考える場合に推奨されるべきものともなる.一例を 挙げれば,本論文でも紹介した「みるくがに」こ と,エゾイバラガニ,そして「するがたらば」こ と,イバラガニモドキの,ゲノム科学を踏まえた生 物 分 類 学 的 位 置 づ け の 再 検 討, と り わ け 命 名 権 (ネーミングライツ)の行使と,それに付随した商 標登録を経由した「海辺の町おこし」が考えられ る.実際,表1–5で示すように,高次分類群の学名 に関して未定なものが多数存在し,そこでの適切な 学名の設置が求められている.この点での,「みな し物権」としての漁業権,著作権のコラボレーショ ンは今後,重点的に検討する価値がある.同時に, これらの深海生物へのみなし物権を介したアプロー チ法を疾病情報に適用する場合にも,漁業,水産業 の新たな展開が大いに期待される. 解題 あとがきにかえて 漁家の経営については様々な形で解析が進み,会 計システム論的な論議はほぼ実施し尽くされたと見 て良い.しかし,企業会計を導入したが故に,その 一番根幹となる生命力をそぐような形になっている 例を散見する.根本的に,漁村における各家々の結 びつき,さらには漁村での人々の結合様式は本質的 に共同体(ゲノッセンシャフト)と呼びうるもので あり,大都会の企業組織とは明らかに異質である. 勿論,だからと言って懐古論に陥ること無く,共同 体としてのあり方を有限文字列で表現し尽くし,構 文論的,意味論的,存在論的に完全な理解の枠組 み,「オントロジー」を用意する必要がある.漁船 における電子装備品の発達以上に,漁業者が使用す る携帯電話,電子書籍等の電子機器も長足の進歩を 遂げているが,その「文字や画像で出来た海」に改 めて「漁村のオントロジー」を屹立させることも可 能ではなかろうか.みなし物権としての著作権の世 界であれば,それに先行する漁業権に習熟した漁業 者が範を垂れることも十分可能なはずである.例え ば,インターネット空間での漁業の新展開として深 海性十脚甲殻類の画像を利用するとすれば,不特定 多数への情報発信を売り物にするGoogle+のよう な媒体よりも,登録者が実名で利用するFacebook が良いだろう.さらにそういった取引がもとになっ て,実社会での蝦や蟹の現物が取引され,消費者と 漁業者とのつながりができる.そこからさらに魚介 商,行政担当者,海洋生物研究者,あるいは芸能人 さえも加わった「顔の見える環」がインターネット 空間上に形成されて,共益増進に利するだろう.そ
のような関係は次世代インターネットプロトコルと して期待されているセマンティックウェブやクラウ ドコンピューティングおよびファンディング,さら にはシステム論的社会学にて援用されつつあるオー トポイエーシス理論とも同等であり,一見斬新なよ うに見えるが,本質的に我が国の漁村の思想と共通 するところがある.また陸上産業に関連して近年, 総有という共有形式が注目されているが,本質的に は漁村において高度に完成された組織形態が確立さ れていることにも注意を促したい(中村,2008; 水 岡,2011).たとえば漁村のお盆の様式にそれは確 認できる.焼津では「市買い」と呼んでいるが,図 5のようにお迎えの馬にお札を乗せて,亡くなった 方々が市場で買い物を出来るように,とはからう. 亡くなった方々をも交えた漁村社会を考えるのは, 漁業が「生き物の命と引き換えに水揚げを創りだ す」という発想に基づく一方で,漁村が古来より極 度に情報化された社会であることを示している. ところで,漁業の中には,漁業法の観点からは明 らかな共同体としての社会のシステムの他に,「生 命の形式的表現」が残されている.それこそ,漁業 問題を考える上で「永遠のフロンティア」であり, 多面的なアプローチが可能であろう.ここでは生物 図5. 焼津のお盆での慣し,「市買い」.お迎えの 馬に乗せるお金は,亡くなった方々が楽し く市場で買い物をするためのものである. 表5. Bathynomus オオグソクムシ属.縦軸は系譜学的観点からの進化的傾向を,横軸は分類階層を表す.
学者の言葉が貴重であろう.例えば,漁家の守り神 としては三毛猫が古来から知られるが,何故「守り 神と呼ばれるのか」を考える場合,猫の神経生理学 やほ乳類生態学の観点も必要となるだろう.またこ れは,漁家における猫を含めた家族論および企業 論,組織論の課題とも捉えられるし,正名論的な問 題に関連して,「漁業とは何か?」,「漁家とはいか にあるべきか?」,翻って「ともにあるありよう」 を再考させるきっかけにもなろう.その点で,我が 国の漁業思想から紐解き,古典的な水産科学と,ゲ ノム科学や電子工学を取り込んだ最先端の海洋科学 とが統合され,社会からの付託に耐える総合的な 「うみのがくもん」が提出されること,そして実世 界に加えてインターネット空間にも「うみのはくぶ つかん」が構成されることに期待したい.その延長 上に,現在長兼丸の取り組みとしてはIT会社様と タイアップしたオオグソクムシ Bathynomus doeder-leiniの商品化にも着手する試みがある(その大まか な体系学的位置づけについては表5を参照).水族 館相手の生体販売は比較的以前から実施して来た が,現在ではおせち料理,せんべいへの転用も図っ ている. さらに,漁家内部での漁業思想を支える意味で は,家計を預かる女性の「幸福観」も重要な要素で あり,今後の深海漁業がいかなるものとなっていく かを占う材料ともなる.黎明期を支えた,現在米寿 あたりの女性達の幸福観は「漁村の皆で競って深海 の蝦,蟹を水揚げできたこと」となるが,ちょうど 漁場開発も一段落し,ありとあらゆる形で商品への 付加価値を付けることに従事した,第二世代にあた るちょうど還暦を迎える女性達の幸福観は「主人と ともに歩んで来られたこと」というものに差し替え られる.今後,現在,二十代から三十代の世代に当 たる,第三世代に代替わりした場合に,どんな女性 達の幸福観,家庭観,漁業観,海洋観が形成される か,今後の展望に期待したい. 締めくくりとして,深海篭漁業の原風景を叙述し てみようか.春のあたたかなお昼時,縁側で三毛猫 が丸くなって眠っている,そこに赤ちゃんがはいは いしていたずらしにかかる,されるがままでじっと していることが「みけねこのおつとめ」である.と ころが,その猫が,「ご飯よ!」というおかみさん の言葉とともにやおら起き上がり,伸びをした上に 大きくあくびをして,あっけにとられる赤ちゃんを 振り返りもせずにのそのそと歩いて行く,それが 「猫の野生」である.そんな光景を,上がり縄でつ ながれた柴犬が怪訝そうな顔をしてみていて,ご飯 を催促して一声吠える.ちょうどそこに沖からご主 人が青いバケツを下げて戻ってくる,「今日は珍し いもんがへえってるから一つだけ水族館にやって, 残りは味噌汁で喰ってまうべえ.うめえど!」とぼ そりと呟く.バケツには鮮やかな白麩が浮いた,藤 色の胴体に臙脂色の脚が眩しいミカワエビ Eugona-tonotus chaceiの中ぶりのものが二つ,三つ,それ に,鋏を振り上げてごそごそしている,橙色で凶暴 なオオノコギリエンコウガニ Beuroisia majorの大 きなものが五つ,六つ,中にはぶくぶくと泡を吹い ているものもある.こんな深海のとば口の器量よし 達,珍客達でも,漁師の家族にかかれば「おかず」 である.ともにあるもの,喰うもの,喰われるも の,それが「漁家の食卓」である.すっかり思い出 の風景となったが,それを覚えている人々,その意 義を理解できる人々が世界のどこかにいることを 祈っている. 謝 辞 本論文の執筆に当たっては,日頃水産試験事業, 水産行政に関連してお骨折りいただいている,静岡 県水産技術研究所,焼津市役所,静岡県庁の各位に 感謝すると同時に,変わらぬご指導,ご鞭撻をお願 いしたい.また,執筆の機会を与えてくださった日 本甲殻類学会各位,山本 桂店長(三重外湾漁業協 同組合 アクアショップ 夢市場…ドルフィン), 豊田哲郎ディレクター(理化学研究所),原稿作成 初期に有意義なご助言を下さった村岡健作博士(神 奈川県),渡部が海洋政策研究財団に在籍したおり の海洋基本法制定に際し,国防の観点から漁業法の 存在意義をご指摘くださった秋山昌廣前会長(現東 京財団理事長)と,大陸棚における国土の延伸,海 洋生物資源の国際法とも整合的な管轄についてご教 示くださった寺島紘士前常務理事(現笹川平和財団 海洋政策研究所所長)には,心から感謝申し上げた い.また,漁業法の法理とその実際,歴史的経緯に
ついては武藤文人准教授(東海大学海洋学部),漁 村での「海辺のまちおこし」,「女性の社会進出」, 「さかなのお葬式」にちなむ学術指導については関 いずみ教授(東海大学海洋学部),芸能界および異 業種交流に関してはタレントのさかなクン氏,ロッ キー宮内氏,伊藤はやと社長(アナン・インターナ ショナル),水族館マンの観点から変わらぬご支援 を頂いた故毎原泰彦博士をはじめとする東海大学海 洋科学博物館の皆様,日頃焼津市政を「宝積思想」 から市民と共に歩みつつ統括する中野弘道市長,国 政の現場から変わらぬご指導を下さっている望月義 夫衆議院議員より貴重なご助言を頂いた,この場を 借りてお礼申し上げる. 引用文献 浜本幸生,1996.海の『守り人』論 徹底検証 漁業 権と地先権.まな出版企画,462+12 pp. 浜本幸生,1997.[最新]早わかり「漁業法」全解説. 水産社,38+518 pp. 浜本幸生,1999.共同漁業権論 平成元年七月十三日 最 高 裁 判 決 批 判. ま な 出 版 企 画,xvi+777+58 pp. 日置勝三,1999.水族館生まれのボタンエビを海に放 流.海のはくぶつかん,29: 4–5. 金田禎之,2003.新編 漁業法のここが知りたい(付 資 源 保 護 法•資源管理法•遊漁船業法•水産基本 法).成山堂書店,2+14+234 pp. 中村 忠,2008.入会権の主体と権利帰属の法的構造 についての一考察―入会権の主体論を中心に―. 高崎経済大学論集,50: 33–46. 水岡不二雄,2011.登山が求める,コモンズの復権. 一橋大学広報誌「HQ」,29(冬号),Love of Culture. National Science Museum, Tokyo, 1997. Deep-sea fauna and
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