2016 年 4 月 28 日受理 連絡責任者:稲村達也([email protected])
X 線 CT 計測による弥生時代前期出土米の脱粒性の評価
稲村達也
1)・墨川明徳
1)・岡田憲一
2)・岡見知紀
2)・絹畠 歩
2)・菅谷文則
2) 1) 京都大学大学院農学研究科(〒 606-8502 京都市左京区北白川追分町) 2) 奈良県立橿原考古学研究所(〒 634-0065 橿原市畝傍町 1) 要旨 : 弥生時代前期(BC480 ± 30)の包含層から出土した小穂(籾)と穂の一部を含む塊状の出土米(出土米ブロッ ク)の放射光を用いたX線 Computed Tomography(CT)計測を SPring-8 において実施し,画素サイズ 25㎛の計測 条件で得られた籾基部の微細構造の画像の解析から出土米ブロック内の籾について脱粒・非脱粒を判別できるこ とを明らかにした.脱粒性の判定が可能であった籾に占める脱粒籾の割合は 35%であった.脱粒部位が小穂軸基 部の離層であったことから,弥生時代前期に使用されていたイネの脱粒性の程度が現代品種の脱粒性極易に相当 する事例があったと推定することができた.そして,出土米ブロック内の脱粒または非脱粒と判断された籾は, それらの形態(長さと幅の比)から高脱粒性であるインディカ型ではなくジャポニカ型に分類された.さらに, 小穂の成長において最後に決定される玄米の厚みを計測することで,脱粒または非脱粒籾の登熟程度を評価すれ ば,それらの収穫時期を推定できる可能性を示した. キーワード:X 線 CT,画像解析,脱粒性,弥生時代,離層緒言
イネが大陸から日本に導入された当時とその後における 初期水田稲作の実態解明が日本各地ですすめられている (工楽 1991).人々は,より多くのコメを得るために,野 生イネに特有な脱粒性を無くし種子の数・サイズを大きく するなどのイネの栽培化を図りながら,それの生育する場 所と栽培管理の改良を続けてきたと考えられている(佐藤 2009,稲村ら 2013).遺構から出土したイネ種子の DNA 分析によって当時のイネ品種の解析がすすめられ,脱粒性 抑制遺伝子の解析から,中国において非脱粒性を獲得した ジャポニカ型イネ系統が選抜され,それが日本へ伝来した とされている(Konishi et al. 2006).しかし,非脱粒性を 獲得した現代の栽培イネであっても脱粒性が完全に無くな るのではなく,脱粒性の程度は品種によって大きく異なっ ている(江幡・田代 1990).一方,脱粒性の程度は収穫・ 脱穀方法と深くかかわり(大場ら 2004),弥生時代前期で は穂刈,その後株刈へと変化したと推定されている(田中 1986).しかし,日本に水田稲作が導入された当時とその 後におけるイネの脱粒性および脱粒性と深く関わる収穫方 法の実態は不明である. 籾が脱粒する主要な部位(脱離痕跡)は,小穂軸と小枝 梗との接点に形成される離層および小枝梗湾曲部のような 籾基部である(松尾 1952).そのため基部が付着した状態 で遺構から出土した籾が研究対象となる.この様な籾は, 土器などや土中に貯蔵されたものが何らかの理由で塊状と なって検出される出土米ブロックに包含されている場合が 多い.出土米ブロックの表面に露出した籾の外部形態の顕 微的調査が行われてきた(Li et al. 2007).一方,出土米の 外部形態解析に Computed Tomography(CT)スキャンが用 いられ(田淵ら 2013),出土米ブロックに含まれる籾や穂 の X 線 CT 解析が試みられている(京都大学 2010)が, 籾基部の詳細な解析とそれによる脱粒性の評価を行った研 究はない.そこで,本研究では高分解能 X 線 CT 計測によ り,①現代品種の脱粒・非脱粒籾と弥生時代前期の出土米 ブロック内の籾について籾基部の画像を取得し,②現代品 種の脱離痕跡を基準に出土米ブロック内の籾の脱粒・非脱 粒を判別するとともに,③出土米ブロック内の籾とその内 部にある玄米の形態学的調査を脱粒・非脱粒籾別に行い, それぞれの登熟の程度から収穫時期の推定を試みた.材料および方法
脱離痕跡の基準画像の取得には,奈良県農業研究開発セ ンターで 2013 年に生産された品種「戦捷」の自然に脱粒 した籾(脱粒籾)と非脱粒籾それぞれ 1 粒を各 50 粒の平 均粒重を基準に選定,供試した.戦捷は熱帯ジャポニカに 属する早生の陸稲品種である.脱粒・非脱粒の評価に供試 した出土米ブロック(32㎜× 26㎜× 14㎜)は,奈良県葛 城市新村での 2013 年度発掘調査(岡見 2015)において弥 生時代前期(放射性炭素年代測定(AMS 法)補正年代 2430 ± 30yrsBP,測定年代 2440 ± 20yrsBP,測定コード IAAA-143890)の包含層から出土したものである(第 1 図). 出土したブロックは本研究に供試したもののみで,考古学 的に貴重な試料である. X 線 CT 計測は,SPring-8(高輝度光科学研究センター,論 文
兵庫県佐用郡佐用町)において投影型マイクロ CT 装置 (ビームライン BL20B2)を用い 2014 年に実施した.計測 条件は,戦捷で視野 5.6㎜,画素サイズ 2㎛,出土米ブロッ クで同 33㎜,25㎛である.戦捷の護穎,小穂軸,離層(脱 離孔),副護穎,および小枝梗湾曲部などの微細構造の形 態を 3 方向(X,Y,Z)からの 2 次元連続画像を用いて 調査した.出土米ブロック内の個々の籾の脱粒・非脱粒・ 判別不能の判別は,戦捷の基準画像に基づいて,籾基部に 残存する小枝梗と副護穎の有無および脱離孔の深さの程度 を 3 方向からの 2 次元連続画像を用いて評価することで 行った.籾および玄米の長さ,幅および厚みを脱粒・非脱 粒・判別不能(籾のみ)別に 2 次元画像を用いて計測した. なお,籾の長さは,芒を除いた外穎の長さ,籾および玄米 の幅と厚みはそれらの最大長とした.2 次元画像の解析ソ フ ト と し て,Image J(U. S. National Institutes of Health, Bethesda, Maryland, USA)を用いた.
結果と考察
脱粒・非脱粒の評価基準 品種「戦捷」の脱粒は,小穂軸と小枝梗との接点に形成 される離層において認められた(第 2 図).離層において 脱粒した籾では,護穎および小穂軸が残存し,副護穎およ び小枝梗が消失し小穂軸の基部に非脱粒籾に比較して深い 脱離孔が形成されていた(第 2 図 a).非脱粒籾では,護 穎および小穂軸とともに小枝梗と副護穎が残存していた (第 2 図 b).この様な籾基部の微細構造における残存部位 と深い脱離孔の形成が,出土米ブロックに含まれる籾の脱 粒・非脱粒の評価基準になると考えられた.なお,小枝梗 湾曲部における脱粒は第 2 図 b の破線部でおこる. 出土米ブロック内の籾の基部における微細構造を識別す るために必要な最小の画素サイズを知るために,護穎の基 部幅と長さ,小穂軸の直径と長さ,脱離孔の深さと直径, 副護穎の基部幅と長さ,および小枝梗の直径などを第 1 表 に示した.最小は護穎基部幅の 95㎛,最大は護穎長の 2937㎛であった.そして,脱粒籾で大きくなる脱離孔の深 さの脱粒・非脱粒間差は 41㎛であった.これらのことから, 本研究における出土米ブロックの X 線 CT 計測条件である 画素サイズ 25㎛は,脱離痕跡の識別に十分であると判断 された. 出土米ブロックの特徴 出土米ブロックの X 線 CT 画像の一例を第 3 図に示した. 出土米ブロックには籾(小穂),穂の一部などが含まれ,籾 基部の脱離痕跡,胚と胚乳,芒および籾表面の微細な形態 が保存されていた.ブロック内において,籾頂部を右上方 向(第 3 図の左下から右上方向)および右中央方向(第 3 図の左上から右中央方向)とする 2 方向の籾の配列と,こ の配列に属さない籾が認められた.別画像ではこの 2 方向 の籾の配列に沿って穂軸の一部とみられるものが散見され た.これらのことから,この出土米ブロックは二つの穂を 含んでいる可能性が示唆された.しかし,ブロック内の籾 がどちらの穂に帰属しているかを明確に区分できなかった. 従来,出土米ブロックは穂や籾や玄米が何らかの事情で 火にあって炭化の状態に変化した炭化米(斎藤 2003)の 第 1 図 X 線 CT 計測に供試した出土米ブロック. 䠅 ੇ 䠖 ༢ 䠄 ᑠᯞ᱾ ᇶ㒊ᖜ 㛗䛥 ┤ᚄ 㛗䛥 ῝䛥 ┤ᚄ ᇶ㒊ᖜ 㛗䛥 ┤ᚄ㻝䠅 ⬺⢏ 㻥㻡 㻞㻘㻝㻣㻥 㻥㻞㻞 㻤㻟㻣 㻞㻜㻢 㻠㻢㻢 㻙 㻙 㻙 㠀⬺⢏ 㻝㻞㻝 㻞㻘㻥㻟㻣 㻝㻘㻜㻡㻥 㻣㻜㻜 㻝㻢㻡 㻠㻡㻣 㻝㻝㻡 㻠㻠㻣 㻢㻟㻥 㻝䠅ㆤ✛╔⏕㒊䛾ᑠᯞ᱾䛾┤ᚄ䠊 ༊ศ ㆤ✛ ᑠ✑㍈ ⬺㞳Ꮝ ㆤ✛ 第 1 表 現代品種の籾基部の微細形態 . 第 2 図 品種「戦捷」の脱粒籾(a)と非脱粒籾(b) の X 線 CT 画像. 白破線は小枝梗湾曲部,白曲線は離層を示す. 第 3 図 出土米ブロックの X 線 CT 画像.塊と考えられていた.しかし,本研究で供試した出土米ブ ロックは,芒や籾表面の微細構造が残っていたことと胚や 胚乳の内部を X 線が透過したことから,火によって炭化 しておらず土中で何らかの作用を受けて緩やかに変成した と推察された. 出土米ブロック内の籾の脱粒・非脱粒の評価 籾基部の脱離痕跡,すなわち小枝梗と副護穎の有無およ び脱離孔の深さの程度を 3 方向(X,Y,Z)の 2 次元連 続画像上で評価し,出土米ブロック内の各籾について脱粒 と非脱粒の判別を行った(第 4 図).出土米ブロックには 140 粒の籾が含まれ,脱粒籾 25 粒,非脱粒籾 47 粒,そし て判別不能籾 68 粒に分類され,脱粒部位別では小穂軸基 部の離層部が 24 粒,小枝梗湾曲部が 1 粒であった.判別 された 72 粒に対する脱粒籾と非脱粒籾の割合は 35%と 65%であった. 脱粒性は,インディカ型で高くジャポニカ型で比較的低 いとされている.分類された脱粒籾と非脱粒籾,および判 別不能籾について,籾の長さ,幅および厚みを第 2 表に示 した.これらの 3 形質について,脱粒籾と非脱粒籾の形質 値の間に判別不能籾のそれらは含まれていた.そして,脱 粒籾と非脱粒籾の形態を松尾孝嶺(1952)に従って分類し たところ,両者はともにジャポニカ型に分類された(第 5 図).松尾(1952)は,ジャポニカ型の 206 品種の成熟籾 の平均長を 7.00 ± 0.02mm,平均幅を 3.37 ± 0.01㎜であ ると報告している.そして,出土米ではないが焼成煉瓦に 含まれる籾は籾長方向 0.2%,籾幅方向に 1.2%縮んだ事例 がある(渡部 1970).これらのことから,供試した出土米 ブロックに含まれる籾は,現代品種のジャポニカ型の籾長 /籾幅比(2.1)に比較して籾長/籾幅比(脱粒:1.8,非 脱粒:2.0)がやや小さなジャポニカ型品種であった可能 性が示唆された(第 5 図). 大久保ら(2012)は,ジャポニカ型現代品種について, 穂を掌で握り締めた時の脱粒割合(握りしめた部分に含ま れる籾のうち脱粒した籾の割合)は,脱粒しやすい品種群 で 25 ∼ 38%,脱粒し難い品種群で 1 ∼ 2%としている. そして,極めて脱粒しやすい品種(脱粒性極易の品種)の 脱粒部位は小枝梗でなく離層としている(江幡・田代 1990).本研究では,ほぼすべての脱粒籾の脱粒部位が小 穂軸基部の離層であったことから,本研究で供試した出土 米ブロックに含まれる籾の脱粒性の程度は現代品種の脱粒 性極易に相当する可能性が示唆された. 以上のことから,画素サイズ 25㎛の計測条件で得られ た籾基部の微細構造の画像の解析から,本研究で供試した, いわゆる炭化米とは異なる出土米ブロックに包含される籾 について脱粒・非脱粒を判別でき,その脱粒部位が小穂軸 基部の離層であったことから,弥生時代前期に使用されて いたイネの脱粒性の程度が現代品種の脱粒性極易に相当す る事例があったと推定できることを明らかにした.そして, 出土米ブロック内の脱粒または非脱粒と判断された籾は, それらの形態(長さと幅の比)から高脱粒性のインディカ 型ではなくジャポニカ型に分類された. 出土米ブロック内の脱粒・非脱粒籾の登熟程度の推定 登熟に伴い脱粒性程度が増大する(伊藤ら 1969,江幡・ 田代 1990)ため,脱粒性程度の評価では籾の登熟程度を 第 4 図 出土米ブロック内の脱粒籾(a)と非脱粒籾(b) の X 線 CT 画像. 第 5 図 脱粒・非脱粒別に見た籾長と籾幅との関係. A,B,C の粒型分類とジャポニカ型(平均値) は松尾(1952)による. 0 2 4 6 8 10 12 14 0 2 4 6 8 㼅㻩㻣㻚㻣㻜 ⢄ᖜ䠄䟚䠅 ⢄㛗 䠄䟚 䠅 㻮 㻯 䖃䠖⬺⢏ 䕿䠖㠀⬺⢏ 㽢䠖䝆䝱䝫䝙䜹ᆺ 㻭 㛗䛥 ᖜ ཌ䜏 ⬺⢏ 㻡㻚㻢㻡㼍㻌㼼㻜㻚㻟㻠 㻟㻚㻝㻣㼍㻌㼼㻜㻚㻣㻝 㻞㻚㻣㻢㼍㻌㼼㻜㻚㻞㻝 㠀⬺⢏ 㻡㻚㻣㻤㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻟 㻞㻚㻥㻜㼍㻌㼼㻜㻚㻟㻟 㻞㻚㻡㻟㼎㻌㼼㻜㻚㻞㻟 ุู⬟⢏ 㻡㻚㻡㻤㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻜 㻟㻚㻝㻤㼍㻌㼼㻜㻚㻡㻢 㻞㻚㻢㻞㼍㼎㼼㻜㻚㻞㻥 ⬺⢏ 㻠㻚㻤㻞㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻞 㻞㻚㻣㻜㼍㻌㼼㻜㻚㻣㻠 㻞㻚㻟㻜㼍㻌㼼㻜㻚㻞㻝 㠀⬺⢏ 㻠㻚㻤㻝㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻜 㻞㻚㻠㻝㼍㻌㼼㻜㻚㻟㻟 㻞㻚㻜㻠㼎㻌㼼㻜㻚㻞㻞 ุู⬟⢏ 㻠㻚㻣㻠㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻡 㻞㻚㻢㻣㼍㻌㼼㻜㻚㻠㻢 㻞㻚㻝㻥㼍㼎㼼㻜㻚㻞㻟 ὀ䠅ᖹᆒ್䠄䟚䠅㼼ᶆ‽೫ᕪ䠊 䚷㻌㻌㻌ྠ୍䛾䜰䝹䝣䜯䝧䝑䝖䜢ྵ䜐⢄䜎䛯䛿⋞⡿䛻䛚䛡䜛⢏㛫䛻䛿㻡䠂Ỉ‽䛷᭷ 䚷䚷㻌ពᕪ䛜䛺䛔䛣䛸䜢♧䛩䠊 ⢄ ⋞⡿ 第 2 表 脱粒,非脱粒および判別不能粒別に見た籾と 玄米の長さ・幅・厚み
加味しなければならない.分類された脱粒籾と非脱粒籾の 登熟の程度を推定するために,第 2 表に示した籾および玄 米の長さ,幅と厚みを両者間で比較した.脱粒籾の籾およ び玄米の厚みが非脱粒籾のそれらに比較して有意に小さ かったが,両者の長さと幅には脱粒・非脱粒間で有意差が 認められなかった. 出穂期までに穎花(籾殻)の長さと幅が決定され(荒井 ・ 河野 1978),出穂後の同化産物の転流による玄米の一次 生長で玄米の長さに続き幅が決まり,その後の二次生長で 玄米の厚みが決まる(Matsuda 1929).そして,穂の下位 などに着生し開花の遅い穎花ではその玄米の厚みは,開花 の早い穎花のそれに比較して遅れて最大となる(長戸 1941).これらの玄米の厚みの増加に伴って籾の厚みも大 きくなる.一方,玄米の肥大が遅い穎花ではその成熟した 籾の脱粒性は肥大の早い穎花のそれに比較して大きいとさ れている(江幡 ・ 田代 1990). これらのことから,脱粒・非脱粒籾が別々の穂に着生し ていたとすれば,非脱粒籾の着生していた穂は脱粒籾が着 生していた穂に比較してより早い時期(非脱粒籾が着生し ていた穂の成熟前の玄米の厚みがより小さい時期)に収穫 された可能性が推察された.すなわち,非脱粒籾が着生し ていた穂は,登熟程度が進んで脱粒籾の割合が増加する前 に収穫された可能性があると考えられた.そして,脱粒・ 非脱粒籾が同一の穂に着生していたとすれば,脱粒籾の玄 米の厚みが最大に達する,またはその前後に穂が収穫され た可能性とともに,脱粒籾は穂の下位などに着生する玄米 の肥大の遅い穎花に由来する籾の可能性が示唆されると考 えられた.しかし,穂上位置に依る玄米の成長と脱粒性の 程度との関係の詳細は明らかにされておらず,今後,脱粒 性の異なる品種を用いた栽培試験による両者の関係につい ての解明が必要と考えられた.
謝辞
本研究は,高輝度光科学研究センター(SPring-8)の一 般 課 題 2014B1063 に よ っ て 実 施 さ れ,JSPS 科 研 費 15K12945 の助成を受けた.SPring-8 の星野直人博士なら びに上杉健太朗博士には X 線 CT 計測ならびに画像解析に おいて多くのご助言を頂いた.また,奈良県農業研究開発 センターの杉山高世総括研究員には品種「戦捷」の種子を 分譲していただいた.これらの方々に謝意を表します.引用文献
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京都大学(2010) X 線 CT が明らかにした弥生時代のお米 の謎 ! ,http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/ news7/2010/100706_1.htm(2010 年 7 月 6 日).
Li. L., G. Lee, L. Jiang and J. Zhang (2007) Evidence for the early beginning (c.9000 cal. BP) of rice domestication in China: a response. The Holocene 17, 8: 1059-1068.
Matsuda, K. (1929) On the development of rice kernels. 農学会 報 314: 1-35. 松尾孝嶺(1952) 栽培稲に関する種生態学的研究.農業技 術研究所報告 D3: 1-111. 長戸一雄 (1941) 穂上位置に依る米粒成熟の差異に就いて. 日作紀 13 (2): 156-169. 岡見知紀 (2015) 新村遺物散布地,奈良県遺跡調査概報 2013 年度(第 2 分冊),奈良県立橿原考古学研究所 . 303-308. 大場信哉・Md. Abdur Rashid・堀内孝次 (2004) バングラデ シュにおけるイネ品種の脱粒性程度と脱穀様式.日作紀 73(別 1): 42-43. 大久保和男・渡邊丈洋・宮武直子・前田周平・井上智博 (2012) 穂の握り締めによるイネ品種の脱粒性評価方法につい て.日作紀 81: 201-206. 斎藤 忠(2003)炭化米,日本考古学用語小辞典,学生社, 東京.192. 佐藤洋一郎 (2009) イネにおける栽培と栽培化, ドメス ティケーション―その民族生物学的研究 山本紀夫編, 国立民族学博物館調査報告 84: 119-136. 田淵宏明・田中克典・佐藤洋一郎・矢頭治 (2013) 第 2 節 釜蓋遺跡出土米の形態・CT スキャン分析解析,史跡甲 斐遺跡群釜蓋遺跡確認調査概要報告書 1,上越市教育委 員会 . 47-48. 田中義昭 (1986) 弥生時代以降の食料生産,岩波講座 日本 考古学,岩波書店,東京.357-391. 渡 部 忠 世 (1977) 稲 の 来 た 道, N H K ブ ッ ク ス, 東 京, 226.
Evaluation of Shattering Habit of the Unhulled Rice Excavated from the Remains in the
early Yayoi Period by X-ray CT Measuring
Tatsuya Inamura1), Akinori Sumikawa1), Kenichi Okada2), Tomoki Okami2), Ayumu Kinuhata2), Fuminori Sugaya2) 1)Graduate School of Agriculture, Kyoto University
(Kitashirakawa, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan)
2)Archaeological Institute of Kashihara, Nara Prefecture
(1 Unebi, Kashihara, Nara 634-0065, Japan)
Summary: The high-resolution X-ray CT measuring was carried out in SPring-8 for the judgment of the shattering habit of unhulled rice in an aggregate of spikelet and part of panicle excavated from the remains in the early Yayoi Period (cal BC480 ± 30). The shattering habit was estimated by analysis of the X-ray CT image of pixel size 25 ㎛ of the base microstructure of unhulled rice in the aggregate. The shattering proportion was 35%. Since the shattering part of the unhulled rice was abscission layer at the base of rachilla, it was suggested in this case that the grade of shattering habit of unhulled rice in the aggregate was equivalent to very easy shattering of current cultivar. The unhulled rice in the aggregate judged as shattering or non-shattering was classifi ed into japonica type instead of indica type with high shattering habit from the spikelet shape (length-to-width ratio). Furthermore, it was shown that the harvesting time of the unhulled rice, whose shattering habit was judged, would be presumed from evaluating the grain fi lling level of the unhulled rice by the thickness of brown rice latest determined in a growth of spikelet.
Key Words:Abscission layer, X-ray CT, Image analysis, Shattering habit, Yayoi Period
Journal of Crop Research 61:27-31(2016) Correspondence: Tatsuya Inamura ([email protected])