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リハビリテーション「意欲」を高める応用行動分析

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Academic year: 2021

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「個人と環境との相互作用」としての「意欲」 1.意欲は個人の内的な過程ではない  心理学は,心の働きを扱う学問領域であり,個人の中の「内 的」事象に焦点をあて,それを計測するところから出発してき た。一方,意欲などの心の働きを「個人の中」に求めるのでは なく,私たちが生きている現実,すなわち「個人と環境との相 互作用」のあり方と考え,それをひとつの機能として分析する 心理学が生まれた。行動分析学(behavior analysis)の誕生で ある。  一般に,意欲のような内的過程と,実際に私たちが行ってい る行動との関係について,①その人の内的過程が「原因」で, 行動(外的な反応)が「結果」であると思いがちである。しか しながら,論理的には,②行動が「原因」で内的過程が「結果」 である場合,③行動と内的過程が,別の「原因」の「結果」であっ て,双方が相関しているだけである場合,などが考えられる。  そして,なによりも,意欲のような内的過程は,便宜的な名 称であって,行動の集積を命名したものにすぎないという概念 化の問題にもいきつく。原因と結果との因果関係,概念の妥当 性・適切性をていねいに扱わないと,原因ではなく結果に介入 を行ったり,焦点が絞れないまま介入を行い,結果として成果 が得られないということになってしまう可能性がある。   行 動 分 析 学 は, ハ ー バ ー ド 大 学 の 心 理 学 者 で あ っ た BF Skinner(1904 ∼ 1990)が創設した学問で,心的機能を,個 人と環境との相互作用のあり方と考え,因果関係の分析を徹 底させる1)。その枠組みは,子どもから高齢者に至る,より よいヒューマンサービスをめざす「応用行動分析(applied behavior analysis)」として発展し,現在に至っている2)。  応用行動分析学は,発達障害児の早期発達支援などで実績を 積んできている3)。近年は,リハビリテーションの中で,応 用行動分析を活かした成果も多く発表されるようになってき た4‒7)。また,関連領域として,認知行動療法8),行動マネー ジメント9),行動コーチング10)など,新しい分野でも大きな 成果を上げている。 2.意欲の有無をラベルとして用いない  行動分析学では,「意欲」も,「個人と環境との相互作用」と いう点から分析し,「意欲を高める」ための介入方法をあきら かにしていく。一般的に「意欲」は,内的な心理的過程である と考えてしまいがちであるが,その考え方の論理を詰めていく と,次のような「循環論」に陥ってしまう。  たとえば,「A さんは,意欲があるから,リハビリテーショ ンにがんばって取り組んでいる」と私たちがいう(あるいは考 える)場合のことを想定してみよう。「意欲」という内的過程 が「原因」で,「リハビリテーションにがんばって取り組む」 ということが「結果」であるという因果関係を考えがちである。 そう考えると,次のような問題が浮上する。  私たちは,「A さんがリハビリテーションに一所懸命取り組 んでいる様子を見て,『A さんは意欲がある人だな』」とラベル づけをする。ここで「意欲」は,実際の行動を見て推測された (仮説構成)概念であるにもかかわらず,それが「行動」の原 因のような錯誤に陥る。「意欲」という内的過程が「原因」で, リハビリテーションに取り組むという行動が「結果」であると 誤った推論をしてしまうのである。このような思考法に陥る と,リハビリテーションに取り組まない人がいた場合に,「意 欲のない人」と,ラベルづけされて,完了してしまう可能性が ある。ラベルづけによって,新たな介入方法を導入したり,創 出を試みる努力を放棄してしまう危険性がある。すなわち,意 欲というものは,実際の行動から推測された「仮説構成概念」 あるいは「便宜的な言語(ことば)」に過ぎないにもかかわら ず,それを原因と考えラベルづけしてしまうと,では,どう やってリハビリテーションへの効果を引きだせばよいかという 「実践的な問題」への解決策の案出から離れて行ってしまうこ とになりかねない。  一方,意欲に直接,介入しようとしても,推測によってつく られた「仮説構成概念」にすぎないので,介入と変容の目標と なる心的機能や行動が絞れずに,実質的な成果が得られないと いうことが起こる。

リハビリテーション「意欲」を高める応用行動分析

─理学療法での活用─

山 本 淳 一

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シンポジウムⅡ

Applied Behavior Analysis for Enhancing Motivation in Rehabilitation: Integrating into Physical Therapy

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慶應義塾大学 心理学研究室

(〒 108‒8345 東京都港区三田 2‒15‒45)

Jun-ichi Yamamoto, Professor, PhD, CP: Department of Psychology, Keio University

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「意欲」を高める行動の法則 1.意欲の行動分析  当然のことながら,私たちは,仕事や生活の中で,意欲を もって取り組むときも,そうでないときもある。その点からも, 意欲は環境の結果として変化することがわかる。したがって, 意欲を引きだしたい場合,環境からのかかわりを系統的に変化 させて介入し,対象者の心的過程ではなく,現実に行っている 行動の変化をモニターすることがもっとも有効な方法である。  行動分析学は,心理学から発展してきた学問である。発達心 理学,臨床心理学,認知心理学など,心理学という文字がつか ないのは,心の問題は,環境と個人との相互作用のありかた, すなわち,行動の問題であると徹底的に考えるからである。行 動の問題と捉えることができるならば,どのような領域とも基 礎研究,実践研究の協働ができる。リハビリテーションの分野 との協働も,このような学問上の特徴からもたらされたもので ある11)。  私たちが,行動分析学とリハビリテーションとの融合領域の 研究と実践を進める「行動リハビリテーション研究会」を創設 したのも,分野を超えてそのような実践領域のニーズに応える ためである。詳しくは,以下の URL を参照されたい。 http://www.koudo-reha.com/  「意欲」を,行動分析学の観点から,個人と環境との相互作 用として,分析してみよう。まず,意欲は個人の中にある心的 過程ではなく,意欲と呼ばれるものを構成している実際の行動 と考える。行動は流れているが,その流れを,機能的なまとま りをもった「個人と環境との相互作用」の単位を使って分析 する。  心理学では,個人に影響を及ぼす環境の条件のことを刺激 (stimulus)という。刺激と行動との,次のような時間軸上の まとまりを 1 単位とする。①環境から与えられる刺激(外部的 な刺激,内部的な刺激の双方を含む)に対応して対象者は特定 の行動を行う。②対象者が特定の行動を行うと,外部環境や自 分自身の身体(内部環境)から応答となる刺激が与えられる。 ③その応答刺激が,直前に行った行動を増やす,減らすなどの 効果をもたらす。  以上をまとめると,行動に先立ち,行動のきっかけになる環 境刺激を「先行刺激(antecedent stimulus: A)」という。それ によって引きだされた「行動」(behavior: B)は,結果として 環境刺激の変化をもたらす,すなわち「後続刺激」(consequent stimulus: C)を生みだす。「後続刺激」は,それに先だって行 われた行動を「増やす」「減らす」「変化をもたらさない」とい ういずれかの働き(機能)をもつ。 2.意欲の ABC 分析  このような「『先行刺激』→『行動』→『後続刺激』」を,機能 的な単位と考える。この機能的な単位を,行動随伴性(behavior contingency)という。特定の刺激に対して特定の行動をする と,ほめられた,うまくいった,達成感が得られた,身体が軽 くなった,動くようになった,好きなことができるようになっ た,などのよい結果が得られると,当該の行動は増えていく。 行動を増やす働きのある後続刺激は,「強化刺激(reinforcing stimulus; reinforce; reinforcement)と呼ばれる。理学療法の先 端的分野でも,UCLA の Dobkin 教授のグループが,リハビリ テーションにおける歩く速さについて,強化刺激を与えると, そのスピードが速くなるという研究成果を得ている12)。  これが,意欲に関係するもっとも重要な「行動の法則」であ る。すなわち,先行刺激によって見通しがもて,後続刺激とし てポジティブな結果が返ってくることによって,適切な行動の 種類と数が増え,そのことで,日常生活の中での適切な行動が 安定して成立している状態こそが,意欲の高い状態なのであ る。行動分析学では,意欲を,心の中の心理的過程としてでは なく,環境の中で適切な行動が安定して出現している状態と考 える。  行動は,観察可能で計測可能であることが必要である。意欲 のような漠然とした機能に対して介入を行う場合,まずそれら を観察可能で計測可能な行動として定義づけることからはじめ る。このことを,「行動的翻訳(behavior translation)」という。 行動には広い範囲のものが含まれる。その例として表 1 のよう なものがある。 3.意欲の低い状態  意欲的に取り組めない状態と,意欲的に取り組んでいる状態 とを対比させて,意欲が環境の影響を強く受けることを示して みよう。  まず,意欲がない,あるいは意欲的に取り組んでいない状態 の例を挙げる。 1)小学校 3 年生の児童が,先生から出された宿題である九九 を全部覚えた。せっかく覚えたのだが,次の日の算数の時間は 九九の次の単元に進んでしまい,先生の早口についていけず, 内容を理解できなかった。また,黒板に答えを書くように指名 されたが,答えられなかった。その後,算数を,家庭で自発的 に勉強しなくなった。 2)高校 3 年生のバスケットボール部員が,3 ポイントシュー トを決めた。得点を入れたことはほめられずに,フォームの細 かい点に関して注意を受けた。また,なぜ,パスをして確実に 点数を取らなかったかと叱られた。その後,チャンスがあった 場合でも,3 ポイントシュートを行わないようになった。 3)理学療法士の実習生が,病院で関節可動域の計測をしたと き,実習先のスーパーバイザーから,そうじゃなくてこうだろ と,うまく計測できないことについて繰り返し注意や叱責を受 けた。その後,実習生は,欠席や遅刻が多くなった。 4)認知症の対象者が,理学療法士の指導で,車いすのホイー ルの回転とブレーキのかけ方を覚えられず,毎日,車椅子での 移動は全介助でなされるのみとなった。自分から車椅子をコン トロールしようとしなくなり,談話室に連れて行かれても,自 分から自発的にまわりの人たちとかかわろうとしなくなった。 4.意欲の高い状態  逆に,意欲的な行動の例を,以下に 4 つ対比させてみる。 1)小学校 3 年生の児童が,先生から出された宿題である九九

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を全部覚えた。次の日の算数の時間に,先生に指名されて答え をだしたら,たくさんほめられ,小テストで 90 点を取ること ができた。その後,自発的に算数を勉強する時間が増えた。 2)高校 3 年生のバスケットボール部員が,3 ポイントシュー トを決めた。すぐに,コーチから,手首のスナップの利かせ方 がよいとほめられた。その後,午前 7 時からの練習に毎朝出る ようになった。 3)理学療法士の実習生が,病院で関節可動域の計測をしたと き,実習先のスーパーバイザーから,うまくできているねとい うほめ言葉をもらった。また,ここをこう直せば,もっとよく なるという指導を受けた。その後,十分に準備と予習をして, 実習に参加するようになった。 4)認知症の対象者が,理学療法士の指導で,車いすのホイー ルの回し方とブレーキのかけ方を覚え,ひとりで動かせるよう になった。その後,理学療法士に,車椅子への移乗の手助けと, 談話室までの帯同を要求するようになった。談話室では,いろ いろな人としゃべるようになった。 5.意欲を高める 3 つの条件  前述の 4 つの例について,なぜ,意欲がなくなるのか,なぜ, 意欲的に取り組むのかを,分析する。『A:先行刺激』→『B: 行動』→『C:後続刺激』の枠組みで,行動の原因をあきらかに する「ABC 分析」を行ってみよう。  意欲がなくなってしまうのは,(1)見通しが十分にない中で 指示が出された場合,(2)ターゲット行動が本人にとって難し すぎ,適切なヒントも与えられなかった場合,(3)ほめられる などの経験,また自分なりにうまくいったと感じる経験が得ら れなかった場合である。その結果として適切な行動が増えな かった,あるいは減少した。  意欲を,ABC の行動単位に分けて考えてみると,意欲的な 行動を促進するためには,以下の 3 つが成立しなければならな い。(1)行動に先立つ刺激である先行刺激,(2)特定のターゲッ トとなる行動,(3)行動の結果得られる後続刺激。後続刺激が, よい結果をもたらすならば,その行動は安定する。  すなわち,(1)見通しが明確に先行刺激として設定され,(2) 少しでも自分なりにできる行動がターゲット行動とされ,(3) その結果,十分にほめられた,うまくいったという経験が繰り 返されるという形で,後続刺激が,よい結果をもたらすならば, 意欲的に行動することができる。この 3 つのポイントが,意欲 を伸ばすための必須の条件であるといえる。これは,年齢を超 えて,普遍的な法則である。図 1 は,外出と歩行の意欲をのば すための ABC 分析を示す。 リハビリテーション意欲を高める技法 1.先行刺激を最適化して行動を引きだす技法  対象者の意欲を高めるためには,対象者にとってわかりやす く,見通しがもてるような指示を出すことが重要である。また, 対象者が無理をしなくとも行動がスムースにできるようにする ためには,全介助あるいは,まったく介助のない状態ではなく, 対象者の自立的行動を確認しながら介助を徐々に減らしていく 方法を用いる。 1)刺激モダリティ(視覚,聴覚,触覚,運動感覚)と刺激機 能を最適化する:その状況や課題の中で,対象者にもっとも伝 わりやすい刺激モダリティと刺激価(大きさ,明瞭度など)を 選択する。ことばには,意味以外にも様々な要素が含まれてい る。ことば(特に音声言語)の理解が困難である認知症の対象 者についても,ことばに含まれる全体の注意水準を上げる工夫 をしたり,韻律(プロソディ),口型,関連した動作(指さし, 身振り,表情など)を,十分活用することで理解を促進するよ うつとめる。特に,音声言語が伝わらない対象者には,写真, 文字,イラストなどの視覚性言語で,理解と活動を促進するこ とも考えられる。 2)見通し(ポジティブ・ルール)を示す:次の活動,その日 1 日の予定などの見通しを含めた指示を出すことが重要である。 その場限りの指示ではなく,たとえば,起床することが,どの ようなポジティブな達成感と楽しみをもたらすかを繰り返し示 す。「起きて,ベッドに座れたら車椅子に乗って,談話室に行 きましょう」など,「なにをしたら,どういうポジティブな結 表 1 意欲に関係する領域と行動の定義 領域 行動 行動の定義 1.運動,動作 運動 日常生活動作 筋を伸展する,歩行する,移動する。 着る,食事する,箸を操作する。 2.生活自立 自己管理(セルフ・ マネージメント) 自立生活スキル 余暇スキル 社会参加スキル 自分で自分自身の行動を方向づける。 買物をする,電話をかける,料理をつくる。 自分自身で楽しみをみつけそれを継続していく。 地域での様々な活動に参加する。 3.コミュニケーション 言語指示理解 言語表出 社会的スキル 相手の言ったことに対応した行動をする。 指示にしたがう。 自分の言いたいことを相手に伝える。 相手と適切なやりとりを行う。 4.認知 注意 記憶 計画行動 相手の表情・動作(視覚刺激),ことば(聴覚刺激) に注意を向ける。 相手の行動(ことば)と自分の行動(ことば)を記 銘し,保持し,検索し,表出する。 自分が次に行う行動を手順にしたがって実行する。

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果が起こるか」を対象者にわかる形で示しておく。1 週間,1 ヵ 月の長期にわたる見通しも,あらかじめ示しておくことも重要 である。そのためには,客観的な目標値の設定も重要な目的と なる13)14)。 3)無誤学習(errorless learning):介入の初期は,対象者が間 違った反応をしないように,介助レベルを高くし,身体への強 い介助である「身体的ガイド」によって,行動をスムースに行 わせる。その後,介助のレベルを系統的に徐々に減らしていく。 行動をスムースに遂行するうえで必要な最小限の介助,ヒント をプロンプト(prompt)という。プロンプトには,身体を介 助する身体プロンプトと,言語的教示を多く与えて行動の出現 を促す言語的プロンプトがある。プロンプトを,系統的に徐々 に減らしていく方法をフェイディング(fading)という。最終 的には,介助を最小限にし,可能な限り自発的な行動を促進し ていくことが対象者の自立のためには必要である。プロンプ ト・フェイディングからさらに自立へ移行していく介入方法と して時間遅延法(time-delay procedure)がある。対象者が自 立的に行動できるかどうかを,少しの時間(5 ∼ 10 秒)待って, そこで自立的な行動がでなかった場合のみヒントを与える。こ の繰り返しによって自立的行動を自発的に行えるように介入を 進めていく。 2.学習しやすいターゲット行動を見出す技法  一度に行動の流れ全体をつくり上げることが難しい場合,一 連の行動の流れを完遂するのに必要な行動要素に分解して,そ れぞれの行動要素を確実に成立させていく方法を用いる。一 連の長い行動を行動要素に分解することを,課題分析(task analysis)という。行動の構成要素をそれぞれ確立した後に, 全体を統合して,行動がスムースに流れるように介入してい く。対象者にとって,できる行動がひとつずつ増えていくこと で,できないと考えてきた行動の多くを達成した経験をもつこ とになり,そのことが直接的に意欲の向上につながる。 1)課題分析:複雑な行動,まとまりが大きすぎる行動につい ては,それをより小さい行動構成要素に分解して,それらをひ とつずつ形成していく課題分析を行う。課題分析によって抽出 された行動要素を,ひとつずつ形成し,全体の行動を確立し, その後,その全体的行動がスムースに出現するようにもってい く15)。 2)行動形成:ターゲット行動は,適切な先行刺激と後続刺激 によって形成することはできるが,そのためには,少なくとも ターゲット行動の一部分は,対象者がすでに,行動レパート リーとしてもっている必要がある。つまり,ゼロから行動を 形成するのではなく,すでに 25%程度の習得率や出現率を示 す行動に焦点をあて,25%を 35%に,35%を 50%に,50%を 75%にという具合に,徐々に行動レパートリーを形成していく ことがもっとも効果的な方法である。つまり,できない点に焦 点をあてるのではなく,できる点に焦点をあて,それを伸ばし ていく。このように,ターゲット行動を徐々に目標に近づけて いく方法を,行動形成(shaping)という。 3)行動連鎖化:行動は,単一のものとは限らず,一連の長い 連鎖を示していることがほとんどであろう。たとえば,A − B − C − D − E という一連の行動要素からなる行動の場合,A − B − C − D まで,身体的ガイドと強い音声プロンプトで確 実に無誤学習によって形成し,最後の E のみ自発的に遂行で きるように練習する。E が,自発的にできるようになったら, A − B − C まで身体的ガイドをし,D − E を自発的に行わせ る。次に,C − D − E ,B − C − D − E,最後に A − B − C − D − E の行動連鎖全体を自発的にできるようにもってい く。このように,逆方向から行動を形成していく方法を,逆向 連鎖化(backward chaining)という。 3.ほめることをくり返す強化刺激技法  意欲が向上するうえでもっとも重要なことは,対象者が行動 した後,すぐに行動を増やす働きのある後続刺激,すなわち強 化刺激を与えることである。理学療法士をはじめとするリハビ リテーションスタッフ,介護スタッフ,あるいは家族が,対象 図 1 意欲を高める応用行動分析の実際 (山本淳一(2012)行動リハビリテーション.臨床心理学.第 12 巻.金剛出版. 許可を得て転載.)

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者が少しでもうまくできたことを十分にほめることがもっとも 有効な方法である。できる行動が増えれば,行動がスムースに 行えたことそのものが,またそれに伴う内受容感覚それ自体が 強化刺激として働く。そうすると,良循環が生みだされ,ます ます,自発的にできる行動が増えていく。 1)適切な行動に「強化刺激」を与える:応用行動分析による 介入では,適切な行動を増やすことを目的にしている。した がって,適切な行動に対して強化刺激を用いて,その行動を増 加させる。どのような強化刺激を用いるかは,個人個人によっ て異なる。さらに,日によって異なる場合もある。したがって, まずは,その個人にどのような強化刺激を用いたら効果的かに ついて,事前に十分調べておく。 2)効果的な「強化刺激」を用いる:「強化刺激」は,「明瞭に」 「行動が起こったらすぐに」「多様な感覚ルートで」「行動と関 係のある形で」与えることがもっとも効果的である。さらに, 行動そのものが「内在的強化刺激」になるようにする。たとえ ば,運動することで,身体が軽くなり,行動を起こすことが楽 しくなってきたなどの効果が見られた場合,行動そのものに内 在する強化機能が働いたといってよい。 3)強化スケジュールを導入する:強化刺激を与える割合を 徐々に減らしていく。そのほうが,行動の維持に有効に働く。 外的強化から内在的強化へ移行させていくことで,行動そのも のの維持をはかることができる。 4)行動の結果をフィードバックとして示す:たとえば,グラ フにその日の歩行回数などの記録を書きこみ,対象者に徐々に 増えている様子を示し,改善しつつある様子をモニターしても らう。理学療法による各種スコアの変化を直感的に把握できる ようにする工夫は,認知症の人や言語の理解が不全な子どもへ の介入方法としても有効である。このような工夫は,行動への フィードバック機能をもつと同時に,次に行う行動の見通しを 示す先行刺激としても機能する。 リハビリテーション意欲を高める技法の実際:事例検討 1.リハビリテーション意欲を高められなかった事例  認知症の対象者 A さんに対する,車椅子の移乗の前段階と して,ベッドでの安定した座位を取るための介入方法を仮想事 例として ABC 分析をしてみよう。仰臥位から,ベッドのへり から足をおろしての座位への移行について介入した仮想事例で ある。  A さん担当の理学療法士は,はじめは,「がんばって,起き ましょう」などという一般的であいまいな指示に終始してい た。対象者から離れたまま,あるいは反対側を向いているとき に語りかけることもたびたびであった。全体的な指示を分解 し,特定のターゲット行動を引きだすような指示を与えていな かったので,対象者は,どこをどう動かせばよいかわかならな い様子であった。対象者が理解できる範囲で指示を出すことが なかったので,対象者が動かないままでいると,もっとがん ばって,がんばってと,ことばばかりの励ましがなされる。そ れでも動かせないでいると,理学療法士は,座位を取るまで, 対象者の身体を全介助で押し続けるという様子であった。他者 からの全介助によって座位が成立したので,反応自体は不安定 であった。  この場合の問題点は,(1)先行刺激としての指示の焦点が絞 れておらず,あいまいであったこと,(2)できる行動とできな い行動とを把握していなかったこと,(3)少しでもうまくでき た場合でも後続刺激,すなわち強化刺激を与えなかったことが 挙げられる。ABC の経験を経ずに,どのように反応してよい かわからないまま,全介助されて終了となることが繰り返され ると,自分からの自発的な行動は少なくなり,新しい行動を学 習する機会もなくなり,できないまま終了してしまうことも多 くなる。その結果,介助を待つ行動,動かないでいる行動が定 着してしまう。  うまく進まない場合や全介助になる場合であっても,「認知 症だからできない」という,私たちが無意識にもちがちな「ラ ベルづけ」を取り払って考えてみよう。つまり,「できない」 ということを,刺激(環境条件)と反応(個人の行動)との関 係に置き換えて考えるのである。私たちが出している刺激が, 対象者の適切で自立的な行動を引きだしているかを分析し,そ れらを引きだすように,刺激の与え方を変えていく。意欲を高 めるには,「意欲がない人」と「ラベルづけ」するのではなく, 「個人と環境との相互作用」という観点から,意欲を高めるに はどのようにしたらよいかを分析することになる。 2.リハビリテーション意欲の分析  先行刺激と行動との関係について考えてみよう。上記の例で は,認知症の対象者で,一見,まわりのことばの理解ができな いように見える場合でも,その原因はひとつではなく,いくつ かの要因が考えられる。たとえば,(1)聞き取りの問題(聴覚 的な聞き取りが難しい場合),(2)全体的注意や覚醒水準の問 題(注意を集中することができない場合),(3)音声言語の意 味理解の問題(長いことばの意味の理解ができない場合),な どが考えられる。このように要因を分析すると,指示(先行刺 激)のだし方を工夫できるようになってくる。対象者の注意を 十分引いてから指示をだす。そのために,こちらを向いてもら う,あるいは対象者の視野の中に入ることで十分注意を引きだ すところからはじめる。聴覚的注意が難しい場合には,手のひ らをメガホンのようにまるめ,ゆっくり低い声で確実に対象者 の耳元にことばを話すようにする。  意味理解ができない場合は,キーワードになる単語のみを強 調して指示をだす。あるいは,動作,写真,文字,絵カード, マークなどの視覚刺激を用いて,理解を促進する。動かしてほ しい足を軽く手で触るなどの触覚刺激を与える。  このように,多様なモダリティの先行刺激を与え,刺激の質 を変化させながら,適切な行動を引きだすように試みる。 3.リハビリテーション意欲を高めた事例  これらの点を踏まえて,この対象者の意欲を高めるために, 以下のような方法を用いた。  この事例では,車いすへの移乗の前に,ベッドのヘリから足 をおろして座位を保持する行動を,今回の最終的なターゲット 行動とした。ただし,はじめからターゲット行動に焦点をあて ると,行動完了までの先が長すぎるので,ターゲット行動を構

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成している獲得済みの行動をひとつずつ,指示にしたがって出 現するように ABC 支援を重ねた。  行動の構成要素がひとつでも出現したら,よくできた点を具 体的に説明しながらほめていった。ことばかけ(「そうです。 それでいいです」),視覚刺激(人さし指と親指とで丸をつくっ て示す),うまく動けた身体部位への軽い接触,など多様なモ ダリティでフィードバックした。  まず,仰臥位で寝ているところから,ベッドのヘリから足を 出し,座位を取るまでの一連の行動を行動要素に分解し,それ ぞれの行動要素に対して,それらを引きだす,「指示(先行刺 激)」―「各行動要素」―「ほめること(後続刺激)」を形成し ていった。  対象者の視野に入るところに顔をもってきて,十分に注目を 引いてから,音声でリズムを強調しながら,ひとつの指示に対 応したひとつの行動を確実に引きだしていった。対象者がそれ ぞれの指示に対応して行動できた場合,理学療法士は,それぞ れの行動に対して,「そういう足の動きでよいですよ」などと 具体的に,うまくできたことをほめた。また,行動したこと による運動感覚,身体感覚などの内受容感覚への,特定的な フィードバックのため,動いた足を触って,どこがよかったか を具体的に説明した。対象者は,自分ができる行動の一つひと つについて,うまく行った点がほめられるので,意欲をだして, リハビリテーションに取り組むようになった。  離床意欲を引きだすことができた ABC 介入方法を,表 2 に示 した。 ま と め  「理学療法学」には,それぞれの疾患に対応した運動学など の基礎理論があり,そのうえにリハビリテーションの実践が積 み重ねられている。同様に,「応用行動分析」にも,様々な心 的機能(個人と環境との相互作用)に対応した行動分析学,学 習心理学などの基礎理論があり,それに基づいて意欲を含めた 行動をいかに伸ばしていくかについての実践が積み上げられ ている。両者とも,疾病や障害をもつ方たちへの,よりよい ヒューマンサービスの実現という共通のミッションをもち,科 学的な方法論を活用して,基礎研究,応用研究を積み上げてい くという共通の方向性をもっている。  本論文では,理学療法学が,「応用行動分析」の研究と実践 表 2 認知症のある対象者の離床意欲を引きだすための ABC 介入方法 大まかな課題分析 A: 先行刺激(指示) A: 先行刺激(プロンプト) B: 行動 C: 後続刺激(強化刺激) 1  全体的注意を 向ける 「これから車いすに乗り ますよ」 手をまるめてそこから対 象者の耳元に聞こえるよ うに声をだす。 セラピストに注目する。 2 膝を立てる 「右足を曲げてください」 「左足を曲げてください」 右足をさわる:触覚刺激。 左足をさわる:触覚刺激。 右ひざを立てる。 左ひざを立てる。 「はいそうです。」 「ありがとうございます。」 3 手すりにつかまる 「(ベッドの右側にある) 手すりにこちらの左手で つかまりましょう。」 指をさして視覚的に明示 する。 左手を触る。腕の動きを 軽く誘導する。 腕への誘導をヒントに, 左手で,ベッドの手すり につかまる。 右手で,自発的に,ベッ ドの手すりをさわる。 「はいそうです。しっかり つかみましたね。」 4  仰臥位から側臥位 へ変換する 「手すりにこちらの右手 でつかまりましょう」 「少し横を向きましょう。」 右手を触る。5 秒ほど待つ。 少し背中を押してプロン プトする。 身体を横向きにする(側 臥位への移行)。 「ありがとうございます。」 5  膝をさらに屈曲さ せる 「手すりにこちらの右ひ ざをつけましょう」 「手すりにこちらのひざ をつけましょう」 指をさして視覚的に明示 する。 右ひざを触る。 ひざの移動を少し身体的 プロンプトする。 指をさして視覚的に明示 する。 左ひざを触る。 ひざの移動を少し身体的 プロンプトする。 右足のひざをベッドの手 すりにつける。 左足のひざをベッドの手 すりにつける。 「そうです。ありがとうご ざいます。」 「そうです。ありがとうご ざいます。」 6  足を見ながら脚を 下方向に移動する 「足を見ながら座りま しょう」 足を指さす。 左足・右足をベッドのへ りからおろす。 手すりをもって足先を見な がら腰を軸に起き上がる。 手すりをもつ位置を自発 的に自分の身体の方に移 動させる。 「起きられました。」(姿勢 の安定自体が強化に なる。) 7  姿勢安定のため手 をベッドのへりに つく 「では,左手をここにつ いてください。」 「右手も離して,ここ (ベッドのへり)につい てください。」(弱いプロ ンプトをする) ベッドのへりを指さす。 身体的プロンプトで方向 を示す。 手の移動の軌跡を空中に 描く。 左手をベッドのへりにつ ける。 右手をベッドのへりにつ ける。 「うまく座れましたね。」 (姿勢の安定自体が強化に なる。) (車いすがくる。)

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の成果およびその方法論や技法を取りこむことで,個人個人の 対象者に即した,より包括的で効果的なリハビリテーションが 可能となることを論じてきた。今後は,「応用行動分析」が積 み上げてきた認知症介護,幼児・児童の発達支援などで,協働 研究,協働実践が活発化していくことが期待される。 謝辞:千葉直之(白石江仁会病院),山﨑裕司(高知リハビリ テーション学院),両先生(理学療法士)から事例のヒントを いただきました。記して感謝いたします。本論文は,「慶應義 塾大学『思考と行動判断』研究拠点」の補助を得た。 文  献 1) スキナー BF:科学と人間行動.河合伊六,他(訳),二瓶社,東京, 2003. 2) クーパー JO,ヘロン TE,他:応用行動分析学.中野良顯(訳), 明石書店,東京,2013. 3) 山本淳一,澁谷向樹:エビデンスにもとづいた発達障害支援―応 用行動分析学の貢献―.行動分析学研究.2009; 23: 46‒70. 4) 河合伊六, 下守弘,他(編):リハビリテーションのための行動 分析学入門.医歯薬出版,東京,2006. 5) 山崎裕司,山本淳一(編):リハビリテーション効果を最大限に引 き出すコツ(第 2 版).三輪書店,東京,2014. 6) 山本淳一:理学療法における応用行動分析学の基礎― 1 理論と技 法―.理学療法ジャーナル.2001; 35: 59‒64. 7) 山本淳一:理学療法における応用行動分析学の基礎― 2 技法の展 開―.理学療法ジャーナル.2001; 35: 135‒142. 8) チャロッキ JV,ベイリー A:認知行動療法家のためのACTガイ ドブック.武藤 崇,嶋田洋徳,他(訳),星和書店,東京,2011. 9) 舞田竜宣,杉山尚子:行動分析学マネージメント.日本経済新聞 出版,東京,2008. 10) 武田 建:コーチングの心理学.創元社,東京,2007. 11) 山本淳一:行動リハビリテーション.臨床心理学.2012; 12: 34‒40. 12) Dobkin BH, Plummer-D’Amato P, et al.: International randomized

clinical trial, stroke inpatient rehabilitation with reinforcement of walking speed (SIRROWS), improves outcomes. Neuro-rehabilitation and Neural Repair. 2010; 24: 235‒242.

13) 大森圭貢,山崎裕司:リハビリテーション効果を最大限に引き出 すコツ(第2版),見通しを与える基準値.山崎裕司,山本淳一 (編).三輪書店,東京,2008,pp. 214‒245.

14) 下田志摩,大森圭貢,他:認知症患者の身体活動量におけるグラフ による目標提示の試み.理学療法:技術と研究.2007; 35: 38‒40. 15) Suzuki M, Omori M, et al.: Predicting recovery of upper-body

dressing ability after stroke. Archives of Physical and Medical Rehabilitation. 2006; 87: 1496‒1502.

参照

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