• 検索結果がありません。

これからの弁護士--法曹養成制度改革の諸問題 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "これからの弁護士--法曹養成制度改革の諸問題 利用統計を見る"

Copied!
26
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

これからの弁護士--法曹養成制度改革の諸問題

著者

中村 武

著者別名

T. Nakamura

雑誌名

東洋法学

23

1

ページ

p1-25

発行年

1980-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006046/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

︾﹂

からの弁護士

 ー法曹養成制度改革の諸問題ー

一、 二、 三、 四、 五、 目 次 はじめに 大学における教育 司法試験の在り方 司法修習制度と爾後の研修 むすび 一、はじめに  ﹁民の声は神の声﹂︵く○図勺○勺⇔瓢く寅U臼︶紀元前七世紀頃ギリシヤの詩人 わる格言だQ

    東洋法学

頃Rごαの言った言葉としてつた 一

(3)

    これからの弁護士      二  その民の声を代弁するものは弁護士である。十九世紀の初期フランスの訴訟法学者であるカーレヱは、いみじくも 言った。 ﹁裁判官とはなんだ、主権者の声だ。弁護士とはなんだ、入民の声だ。﹂︵ρ器ω掌8£①貯㎞夷亀一鶴ぎ騨 9。 。o弩鶏獣鋒ρ諏霧掌8心器︸、零8暮嶋 欝ぎ㌶8獲欝籔︸魯騨︶ ︵9駿画冨も ・憲ω儀Φ一、○お鶴嵐G

り魯露鶉留戴

8羅鼠欝鶏8聴誌ま︶ まことに弁護士の職務はその基礎は法自身の永久性におかれ、入間の自己発展、自衛本能.職 能および人闘の素質の不同性のうえにおかれているといわれる。そして霞由にして独立の地位にあって、当事者の側 にたち、   裁判所に対立・抵叛する、だから、     齢抑圧韓隙しようとするすべての試みは、つねに不 結果におわり.あるいは腐敗・破滅をもって報いられねばならぬ、まことに独乙の刑法学者アンセルム・フォイヱル バッハの書った池りだ︵>欝縮回導閃難驚6欝吻難畿び霧新罵 等獣鱗⇔欝鑓雛聡欝紳饗韓蜘欝⇔頴露蕪α捧焦齢謬鳥驚鈴欝態置幽マ 滞搾α霧⇔の羅鼻瓢靴︷戴帥巷感剛農⑲押お駆 農じ  司法機関としての弁護士の独立性は、裁判官の独立性とは異り.憲法上の保障はないが、弁護士法によって明かに 認められる制度である。その使命はまた弁護士法に基き、基本的人権を擁護し、社会正義の実現に努力し.社会秩序 の維持、および法律制度の衿鑑,につとめることにあるときれる。羨駄うした使命により、弁護士は誠実にその職務を行 うことが要求される。一面においては当事者の側にたち、その利益を代表するとともに、他面社会正義の実現・真実 の探求発見をもとめているが、この両極的な要講に一致することは、実際上しばしば困難であり、背反する場合もす くなくない。実務家の悲しい運命である。  かの文豪ゲーテが描いたフ岬・ウスト︵評一糞︶ のように、二重の魂をもたねばならぬ職業は、弁護士をほかにして

(4)

は多くはあるまい。洋の東西を問わず、昔からいまにいたるまで、弁護士の職業につきまとう、こうした陰影にうち 勝つために、弁護士はつねに深い教養をもち、たかい品性の陶冶に努めねばならない。  ﹁いまや斧は木の根におかる﹂と叫ばれ、弁護士会の自治権をよわめ、弁護入の弁護権を制限しようとした法改正 の企ては、幸いに日弁連の努力と誠意によって阻止されたが、日弁連は当局の理解と寛容に対処せねばならぬ。同 時に法律専門職としての弁護士各人においても、厳粛に考えねばならぬ根本的な重要問題︵器は8身8霧箆巽&ξ        ︵隻︶ 蝕=飴乏器拳葦乙一暮巽霧叶のα汐爵o詮ε80工Φ磯銑鷲9霧のぴ鵠︶であるQ  この問題の解決には、まず弁護士制度の構造にさかのぼり、法曹養成制度の改革の問題がとりあげられねばなら ぬQ  法曹養成制度の改革問題は、多年各国の実務家・学者のあいだで、対立した議論をもって取扱われた問題であり、 各国の処理も種々異っているが、これを分析すればなによりもω大学における教課目・教育方法、ω司法試験の在り 方、⑥司法修習生の教習、@司法研修方法があげられる。そこで以下これらの諸問題について、順次解決の方向をさ         ︵2﹀ ぐってみようと思う。   ︵1︶ O酒密旨嬢ψ︾審旨8Fd羅倉巴冒ω鋤8。び餌乏岩霧弩餌ω8芭○げ弩鵯ぎ窯o号導︾彰①雛8,ビ8αoP20≦Ko唖ぎ     お誤・   ︵2︶ イギリスにおける法曹の養成は、もっぱら弁護士の養成を目的とした大学の教育以外に法学院︵ぼ霧無9貫樽︶と称     する弁護士団体により経営されているので、我国の制度と異っている。アメリカの大学においてはその教育の方針はもっ     ぱらいわゆる9器ω器器碁によって行われ、その卒業後日本の大学院に相当する鍔譲ω畠8目で理論以外実務教育おも

    東洋法学      三

(5)

これからの弁護士 四 施し.その卒業後、各州で行われる弁護士試験を受けて弁護士の資格を得る。 いわゆる単一段階の法蓄養成の方法︵蒙① 鷺・留瀬傷韓①ぎ乙 ・砕臨αq舞冒募富鍔霧び臨象お︶である。尊ら研究者養成を目的とする.日本の大学院の制度と相を異にし ている。フランス大学の法学部︵男霧鉱鼠留無&︶で四年の課程をおわり法学士︵鷺8聯8窪騨驚︶の資格を得るが. きらに高度の法律職につくためには︵法学士の⑳%の学生が︶さらに法科大学で一個年の補助教育をうけて.弁護士職適格 証誉︵O韓猛。纂餌、憩簿鼠⑲餅欝鷺o勘覆窪蜘、奨8纂︶を取得し.弁護士斌補として登録きれ.さらに弁蔓士修習所︵雷 欝簿搭締晦欝讐蝕ご誤嘆鼠獣駄霧⑦瀬︶において最低三力隼懸の修習桑娠経て.はじめて弁護士として登録きれる。いわゆる 瓢Pーによる優れた法驚翼養成︵嬢ぎ竃黛羅欝伽鷺麟鑓甑繊慧麟鷺鎌摩畿獣ぐ 拳鰐欝雛獣鑓ぎ鵬︶の型である瞭だが大学の虻醸脇騒うけ ずに︸般教養と法学との特別試験に及嬉した者には、篤二餅弁護士︵勤ぎ綜︶としての資格がみとめちれる、  法離養成の制度として西独がみとめるところは、蹟本のそれと極めて類似しているので.ここでは専ら西独の制度を参 照比較して研究をすすめることにす葛。  鑑鷺 類灘簿欝凱艶夢帥翻穏葭智静蟄o竃瓢8欝魯銀ぎ繋⑱欝げ欝ぎ鴨導鐸議脚魯毯伽白 喰獣器鱒既禽欝 磁鍛獣薦魯お終 ぐ韓撫瀞馨ぎぴ藝囎欝階も 磁勘幕欝綻ご窺酬器嶺 食暁欝鴨茜霧蜘巽智器総鑓蓼げ瓢鳥蓉槻輝惹鴬轟︸⇔竃詮拳ぴ鷺騒臓傷講澤蓉も 陰⇔竃鯵 智戦算ゆ欝縛蓉置α登墜おの9  ﹁曙本の法律家﹂ジュリス、一九七九・九土五鐵号.七〇〇号記念特集.窟斐閣刊。  兼子一.竹下守夫共著﹁裁判法﹂有斐閣刊。  霞本弁讃士達合会編﹁法曹養成臼告﹂矯本評論社刊。  全上﹁司法修習白舎﹂全上刊。  司法研修所編﹁司法研修要露﹂一九七六ー七七。  東京弁護士会々報、第五九号、一九七九・三月号。

(6)

二、大学における教育  ︵1︶ 本来、法曹養成は法律専門職の養成であり、専門職にふさわしい高度の法律知識の習得と、法運用の技術 −真実の発見探求、事実の評価、法適用ーの研究が目的とされる。だが民主主義国家における法曹は、単なる法 律技術家ではなく、憲法秩序のうえで、社会正義の発揚、倫理性の保持、そしてふかい教養を身につける者でなくて はならぬ。大学は、そうした人間を育てあげる道場である。  現代の法は、人類生活の多様性に応じて、その複雑性をいやがうえにも繁くして行く。従って決盈の教育は、伝統 的な基礎理論とその運用にあたっては、社会の実際生活での理解がなければならない。そのためには是非とも法曹教 育には、法律学に近接した諸科学にたいする理解、殊に経験的社会科学および人閥科学に対する方法論と、研究の結 果が利用されることが前提とされる。  法律学の学際的教育︵ぎ欝乱欝一覚ぎ巴①︾5びま毒αQα鶏甘密け窪︶の問題は西独において最近十数年間、はげしく 学者のあいだに戦われた問題の一であり、伝統的の法学の外に、法曹教育に、いかなる社会科学ならびに近接科単の 教育を導入すべきかの主張は、種々に分れた。すなわち従来の法曹養成の方法では、法の理論的教育と、その職業上 の運営とのあいだには、著しい間隙が生ずるので、不都合である。法曹が当面する事案である現実の社会相を把握・ 理解するためには、近接科学の方法論、研究結果を利用せねばならぬという点については、異論がないとしても、ω 社会科学および方法論が如何に法律学並びに法の実務を改善するか、あるいは根本的に変更するか、ω法曹教育に導

    東洋法学      五

(7)

    これからの弁護士      六 入される社会科学の範囲・選択の問題であるが、学生のうち将来実業界を志望する者にたいしては、会計学、経営経 済学の知識が必要であり、将来法曹界に立つことを望む学生には例A弁護士司法官行政官︶刑事法学・裁判心理学、 法医学または行政組織・財政学・外交史等の特別な知識が必要とされるであろう故に、学科の選択が問題となる。⑥ しかしながら、社会科学を基礎とした極端な法学教育の改、半、ならびに裁判・検察が行われたとすれば、それは強く 社会科学的理論・方法論が先行し.社云科学に仮装した社会政策的∵溜力直レ無嘘督に行われる結果となり.法的安 全を害し法に立脚する法治国の本質に反することとなハ甲.・あ?ー.だり 礼会科午その他の縣接“、−の導入には、談、        強︶ の限度のあ7ことを知るべきた。  わが鑓においても.       ぐの軒.未内容も多岐多様な色彩をつよめるに至ったこと は、各大学とも同様である.必凝・選択の教課縁をみれば、いづれも憲法をはじめ、いわゆる六法に類する公私法を ふくみ、さらに労働法・経済法、税法、岡際法・国際私法、比較法、       鷺ーマ法、外困法︵英独仏︶、行 政法、政治学原論、法折ワ、溢蹟云学、法制史︵日本西洋︶、 半思想史、刺鋳瞑策、型,す学、経済原論、経済政策、 ⋮孟⋮、岡際経済法、社会保障法、社㌧諏策、政治思想史、政治史、国際政払学、不正競業法、政学、裁判法、法医 学、社AL義法等の驚義・演習・ゼミが授業季目として掲げられている︵申央大≠・東洋大肇の例︶。こうした例は、 他の公私立大学の法学部の教課贋もまた大同小異であると思う。  アメリカの指示にしたがって設立された新制大学の制度では、専門の法学教育の際に、いわゆる一般教養科鼠に属 する哲学、倫理学.日オ思想、蕎馨掌、社A、r、心理学、人、摂争、   、地子、語学︵英・独・仏・蕗・申筆語の

(8)

一国語を選択︶を選択し、学習することが求められる。これらの一般教養科目は、旧制高等学校での教習科目に属す るものであったが、新制大学では專門教育課程に先立ち、あるいは並行して学習し、社会の一員たる市民としての教 養、たかい知性の函養とし修得することが目指されている。  ︵豆︶ 法曹にとって、何故に隣接する社会科学の教育が必要とされるか、二個の理由が指摘される。第一に現代の 高度化された文化、官僚化された時代において、種々の批判・解説をうける法にたいする観念︵法意識︶は、もはや これを第一義的倫理宗教の観念だけで把握することはできない。何よりも社会利益を考慮にいれて理解せねばなら 澱。こうした見方は法にたいする理解を極端なマルクス主義、または旧派の自由資本主義から把握しようとする立場 に対抗し、ユニバーサルな立場において法を理解しようとするものである。また法意識を永遠の価値とむすびつけよ うとする試み︵自然法の復活︶は、法を利益観念に結びつける立場と、またイディオほギ⋮的に観念する立場とを対 立せしめるものだ。  複雑な社会構造をもつ現代の国家構造をみるとき、法とは複雑な社会関係の形成・維持、および指導・発展の役目 をもつ単なる組織手段にすぎないという考え方、言い換えれば大衆にとって法とは国家の組織強制手段であり、決し て平和や正義の維持発展の手段ではないのだという考え方もある。法律学はこれらの各立場をみとめ、これを主題と する学派も成立を認めている︵利益法学・社会法学等︶。 いづれにしても現代における法の作用・可能性の基盤を解 明するためには、伝統的の法解釈だけをもってしては不可能であり、そのためには、多分に社会科学の綜合による分 析が必要とされる。     東洋 法学      七

(9)

    これからの弁護士      八  次ぎに法曹の真実追求意識は、社会の実体にそうて法を適用する使命にたいする組織的な真実追求の道がそなわら ねば決して成長発展しない。法適用をうけるあらゆる社会の劣相は、法学部で伝統的の法律学の教育だけをうけた人 のせまい自分だけの経験や学閲だけで把握できるものでは決してない。単なる法学部を卒業した者の法曹の事物判断 能力はきわめて狭く、かつt翻幻であり、若雑な社会の実相杷握をあやまる場合が多い。活動する社会に直面して苦 闘する人の利害門孫、その苦悩を理解し、法の適正な判断をあたえるためには、世相のば炭性の探求が副捉される. その.綬夷把握のために睡、      、すな飢、社張科苧的知識が罵非とも必要とされる、祉会のづ韻駄ただ社会 科撃を綜合した知騰飛験によってのみ、正しく把えられる、  応嵐法は固疋して、蘇進月歩つねに流転してやまない転〆生活や終霧畜情にたいし、速かに追従しが瓦い、その薯 展に対応し世相の慮、化に伴う判例または判例法の生成が必要であり、そのためには、ぜひとも社会科学の協力にまた ねばならない、だから学際間的知識経験をもつ法曹育成が系統的に行われねばならぬ。  ︵皿︶ 法大衆の法ご曳の変化、および新らしい系統的社会科学的知識をもつ法曹の存立価値の認識は、法曹の社会 科学教育の必要性をつよく主張するとともに、その教育をいかに行うべきかを速かに追求せねばならぬ。その際決曹 の社会科学的教育の鶏的を明確にし、かつ教授方法論の展開発展方法が研究されることが要請される。  わが国において法学部に学ぶ学生の大部分は、専門の法曹を目指さず一般の企業会社、または公官庁に就職するこ とを望むのが実状である、したがって、法職専門家を希望する学生とそうでない学生の間では、その希望する社会科 誉甲の遠択課目が具体的じ共ならざるを得ない、従って適用学科の選択は各学生の自由にまかせねばならぬし、教課

(10)

目の種類もまた、これに応じられるよう用意すべきである。同時に法職専門法曹養成︵というよりも実は司法試験準 備のため︶のためには特別の設備が考えられねばならぬ。  この点に関しては都下の有名大学︵例・早大・中大等︶では、法職専攻科とも称すべき特別課程をもうけて少数の 優秀学生を選択して、高度の特別講義を施す南蓉鱒嘗象鼠弩βの制度があり、その評価は漸次たかまりつつあるが、       ︵4︶ その施設にはなお、今後の研究と経験にまつものが多い。  法職課程のほかに各大学では、学生の自治で設けられた﹁司法研究室﹂による試験準備会がある。そこでは学生の 自習と先輩の修習生による指導が行われ、有力な司法試験の準備が強力にすすめられ、相当の成績をあげている。  各大学の司法研究室以外、最近ではかなりたくさんの学習塾が盛んに司法試験準備の指導をしている。大学の授業 の不満足から生れた制度だとすれば、法学部の授業につよい反省の余地があるだろう。法学部の専門課程がニカ年と いう短期間に行わねばならぬ新制大学の四力年制を五力年制に延長して、精度の密な講義を行うことを考慮すべき時 期でなかろうか。  西独における法学部の修業年限が三年半︵七ゼメスタ⋮︶であり、フランスにおいては四個年の法学部の教育を終 りぽ窪8簿魯○搾の資格を得、弁護士職につくことを望むものには更に大学で一個年間特別準備教育をうけその 特別試験に合格してはじめて弁護士適任証書︵○>勺︾︶が与えられる。同様にアメリカの法曹試験は、大学卒業と ω魯・99鑓類の卒業者に限られるという厳格さであることを考えるとき、前示の大学で行われている法職課程の将 来の発展がつよく望まれる。     東洋 法 学       九

(11)

    これからの弁護士       一〇  わが園で行われる大学院の制度申で︵殊にその修士課程で︶フランス式の特別準備教育を、またアメリカの大学院 での授業のように大学院で司法試験準備を行うことも可能であるが、元来大学院の授業はもっばら研究者の育成を目 的とするので、実務家である法曹の教習には適当でない︵尤も最近では大学卒の專門知識では技術革新に追いつけぬ とし、修士採用に重点をおく企業が出現した︶。  ついでに法学濾の教員の閥、遜.︷ふれておく必麦がある.法≠部の教育羅的が、一面法の純正理論や法史・法哲・比 較法等の講義㎏あるが.他而法の運用.卦実のズ柑追及の技術的教育を賑指さねばならぬ.だとすれば、その授業相 当者としては法運用の経験をもつギがもっとも適当といわざるを得ない。  さらに.伝統的な法律学の教科壕、においては、従来、その法挙的理論の説明に灘きるおき、社会科曽的その他隣接 科学との関連に関する解説が、ほどこされていることは極めて少い、社会科学および隣接科学の教程が、法学部の講 義申に加えられた今日、学生にたいして法規則の基盤をなすべき社会様相.その歴史的発展および哲学的基礎が説明 きれねばならぬ。そのためには法学の教授も.これらの近隣科学にたいする一応の知識を身につけることが要請され る。そして政治的・社会的前提を無批判的に受入れることなく中心的託授理念を解明しながら、社会科学との関連・ 前提要件ならびに法運用の技術を説明解説のできる教授の選任に努力することが各大学にもとめられる。  法曹の社会科学的教育に関する園的を明確に認識し、きらに法学部における教育方法論の展開発展が研究されたと しても、人はつねに法の実際運用の場における社会科学的認識能力の限界を逸脱してはならない。いうなれば社会科 学が法運用上補給しえない、あるいは補給してはならない範疇のあることを知らねばならない。法曹としては法の安

(12)

定性、法治園家の基本観念を忘却することは許きれない。だから忘れてはならないことは、  ω 現代社会における社会的および経済的事情の相関的作用  ω 社会の実相にたいする相異る評価や判断の差別、ならびにこれに対する異なる方法論、政治上またはイディオ   ロギー的志向、経済学派の関連  ⑥立法者の法規範的意思とあいまって社会的関係にたいする種々の社会科学的評価の差異性、または一致性の存   在  ㈲ 種々の法律的行動︵立法作用、司法制度、刑罰、刑の執行・被害者補償・司法行政、法律相談事業等︶の成果言   いかえれば法制度の機能は人間の社会的生活態度に種々に作用し、かくて社会的実相を形成し発展せしめること  ⑥ 適正な知覚の獲得ならびに正しい教養目的を達成するためには、訴訟法および法運用機関にたいし不断に社会   科学的、ならびに法理論的反省が加えられる必要があること  ︵W︶ 法曹の社会科学的教育の危険  社会科学的教育をうけ、つねに社学科学的に訓練された法律学徒だけが、完全に法曹の任務をつくす者であり、ま た、最良の教授として教鞭をにぎる者︵α窪○冨簿巴窪冨ぼω欝岳︶ である。決して純然たる社会学や政治学専門家 ︵司9 ゆ3唇ぼ謁窪︶ではない。  法曹の養成に、無批判的に社会科学教課をとりいれることには、ややもすれば亀裂を生ずる危険を伴う。この懸念 は西欧にもまた日本にも存在するであろう。 ︵われわれは某予備判事、某弁護入にその例をみる︶法曹が殊更らに政     東洋法 学      二

(13)

    これからの弁護士       二一 治的意図あるいはイディオ買ギー的な意図をもち、社会組織の変革に興味をもち、或は政治運動に走る場合には危 険はいっそう強まる。社会科学的教育により、法膚のあいだに政治的偏極性︵速蜜巴お﹃讐醒Φ層毒αQ︶を生じ、社 会に敵昧方の関係 ︵︾欝&萌Φぎ毫韓鼠ぎ芭 をつくり、進歩的渉騨をしで、、その有する沙律および憲法の擁護者 たる地位からじ、落させ、法の酋厳・安全性を破り、社会科学的教育によって、社会正義の維持発展を目指した。本来 の譲的をド日にださせる摂も少くない。深く注意すべ慧である。最近鰯本にみられる法曹のあいだに存する極在翼化 的言動に直繭して、この危険はをつよめる.イディオ欝ギー的職認 うよく排緩し.滋の支配力を回復する−.鉱とも       ︵5︶ に.弁証波的理論をうち破る有力な理論の樹立がなによりも必要である.       匡¥上および跡嚢Lの口題に関する民・刑事件ガ頻繁に生ずる現在においては、必然的に 医学とその周辺の学瞬を総合的に研究することがつよく暇講される、最近医学系大学院において、その門戸を文科系 に属する法律学学生にもひらいた大阪医大の例は、沖嘗教育上にも好ましい進展である。社会科学の導入だけでなく、 自然科学の導入も法曹の養成に考えられねばならぬ。総体結合の社会︵⇔冨の撃の翫魯鉢駐ののも 農櫛鯵評・欝覧鋳︶は、       ︵δ︶ 社会の実相把握についての広い知識を法曹に要求している。  ︵V︶ 語学力修得の重視  終戦後のわが国経済の復興∴h度成長にともない、礒本と世界諸国間との国際経済取引はますますさかんとなり、 西欧・米英および東南アジアや豪州諸国との文化・貿易取引は、一段と活発となってきた。その結果法曹の活動の場 所も、その機会もひときわ拡大され、私法上・刑事法上多くの問題が法的解決をまち、あるいは取引交渉の際に、法

(14)

曹の協力を必須にした。こうした場合の交渉・文麟の作成・解読につき、つねに語学者の助力をまつことは、時間と 費用を失うのみならず、必ずしも真意をとらえ得ない。彼我の理解も親善も、期待し難いであろう。そうした際、 鑑$ぴ巽をもって自認する弁護士の通訳者の仲介をまたない直接の活躍が、如何につよく要望されるか、言うをま        め7︶ たない。こうした優れた語学力にとむ学際的教育をうけた法曹こそ、これからの弁護士の姿である筈だ。  日本の新制大学の法学部教育年限四ケ年のうち、二ヶ年の教養課程で、第一・第二語学の教育をうける。だがその うける語学講義の時間はきわめて短いので、到底実用に供し得ない。大学においての第一語学とされる英語の講義に あたり、ω。9①蔑轡①のをソメ・チメスと驚くべき発言をしたり、申学校三年生用および高等学校一年生用の教科書か らぬいた英文の解読試験を行ったところ、受験大学生の答案の三分の二以上までが、及第点を得られなかったという 報告をある大学教授からきいた経験がある。何とか考えねばならぬ由々しい閥題だ。 ︵この点後述︶   ︵3︶<αqピ害吾露浮旨wU幽Φ一幕姦鼠葛鼠冨ぎのぴま暮αq留暦冒一ω善汐Uの舞ω。爵&しコNトくΦ邑魯箒巳。     幻oo窪弩認①霧o富控一鳶HSG 。︸ミ評&@蕊。舞 西独各大学法学部の講義・演習・セミナ⋮ルの実情を示すため、     ここではミュンヘン大学の本年おお\○ 。9≦ぎ8凄①き霧酔①ン評あ○奮㌣導αく&紹弩αqω話養蝕鼻鉱ωによって、同大学法     学部の講義等を明示しよう。     1 講義      ⑧ 総論及び法史        ドイツ法史・環ーマ法史・第十九世紀私法・象形文字の法令テクスト通論、法社会学通論、法哲学原論、法律方法       論、法律家の為めの経験社会学、法情報通論、コンピュ⋮タ⋮練習、財政政策・財政法原論。      ㈲ 基本講義

    東洋法学      

一三

(15)

︵4︶ これからの弁護士 一四    私法原論、公法原論、刑法原論。  ⑥ 私法及び民事訴訟法    物権法、親族法、商法1、会社法、民事訴訟法簸、強制執行法、法律行為論、契約論、非訟事件手続法.圏際私   法.國際民事訴訟法、競業法.特別会社法.ドイッ及欧州特許法.著作権出版権法、経営組織法及び企業法.外国入   の為めの民法通論。  ㈹ 公 法    行政法豆・簸・経済行政沖.財政・税法、社会保障法.憲法及び目憾法.行擬字. 一般濁際法.外交論領事法実   際.美嶺対鰻.,醐、翌A、法・瞑攻法囎  紛 粥法・刑事訴訟法.刑事学.法冨け、    璃..訴訟法・史的趨事学.刑蜜︸・行澗法・裁判精神病軒︾・怯野峯・r 報疋・ 欝 演習.答集練習   民法.私法、民事訴訟法、公法.瑠法各種法湾及び試験答案緯習。 欝.W 休暇期問申の演習、特訓講.族・訂論   法史.私法.民訴.商法.会社法.憲法、刑法、刑訴.刑事学等の試験準備復習等が行われる、 F  セミナール   法更、法社会学、法哲.私法等の特別問題にたいするゼミが行われるほか、ドクトル試験ゼミも予定されている。   法学部の授業課譲が.かように学際問的教育を同指すような姿に変った以上.最早や法学部とよぶはふさわしくな  い。むしろ法学および社会科学部とよぶべきだろう。フランスの場合は.法学および経済学部︵貯短塗獣号O聾鶉  蜘霧G 弓aき8ωゆ8き弦鵜一醗象評蔚︶などと称しているようだ。  ミュンヘン大学の例は右のように示したが、ハイデルベルヒ大学の例によれば、法学部の授業は私法科、公法科および 刑法科に分れているが、さらにフランス語、フランス法学科が設けられ、さらに特別資格講義および試験準備講義があ り、そこで契約上の債務関係、法律による痕務関係、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、公法行政法、比較法、外圏法等の

(16)

︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ 講義が行われている。その外に経済学および社会科学の講義ならびに演習、また哲学部での政治学、語学部での語学、語 学教授学の講義が法学部学生に聴講を命じられている。 ︵くαq〆評あ§巴§αく包①雲梶箸R器ぎぎ黄ωo筥響R器簿窃罵 おおく8幻毛お畠?渓盆ω−φ鉱︿①邑憂頃o建一Φま①お︶ くαq一︸浮ぼ旨ω畠①露ざZ黛N窪仁匿○。眺鋤ぼ窪α震ω鼠巴£ω器欝ω。ξ窪号霧>霧ぴま§αq︿・欝︸鼠ω8pぎ︸N・ お鳶ψと○卑  朝鷺新聞、一九七九ニニ・二五、 ﹁文科系にも門戸解放﹂阪大医学部、ユニークな大学院。尚﹁大卒程度の知識では技 術に追付けぬ。修士採周﹂一九七九∴○・二七、日経新聞参照。  西独ハイデルベルヒ大学においてもフランス語、フランス法の講義が法学部教課目のなかに予定され、また語学部での 語学、語学教授学えの聴講が、法科学生に課せられていることをみても、いかに法学部学生の語学力養成が重視されてい ることが分る。 三、司法試験の在り方  法曹養成の制度として、フランスにおいては、裁判官と検察官および弁護士の専門職としての資格、ならびに各養 成の制度は、各別個的に行われているが、西独においては日本と同様にこれを統一した制度としてみとめ行われてい る。法曹としての基本的知識・技能を同等に獲得するとともに、法曹一体の観念と、相互理解と協力、そして親和感 の樹立に役立つ訳であり、、望ましい制度というべきである。  わが国においても旧時は、判事・検事と弁護士とは試験・修習いずれも別個に行われていたが、高等試験司法科試 験法や司法試験法︵昭二四・法一四〇号︶によって、裁判官・検察官または弁護士となるべき者の資格がまったく同

     東洋法学       一五

(17)

    これからの弁護士      一六 等にさだめられ、その養成も同様になった。こうして現行の司法試験が行われ、ついで法曹養成制度も平等統一さ れ、公正な法曹養成の制度が確立したが、それは、西独の二段階的な法曹養成制度に一致する。  法曹の職務は、国民の基本的人権の擁護・発展に努めることにあるので、その視野のひろさと識見の豊かさが要請 される。統一平等・公正な司法試験と.統一的な司法修習制度は、国民による国民のための司法を生む所以である が、将来の法苫一元の理想を実現するための羨盤でもある、  渋蔭一元の理想は、終戦直後にいくぶんその実現をみたが、その後現在にいた聯まで幾分後退の感がある.判検事 の物質的待遇が有能弁護士の収入.西比して概ね劣ること、任地が必しも希望にそわず、かつ転任がはげしいことなど の事臆が、有能弁辞士から任官の魅力をうしなわせたのではあるまいか。  司法試験は第一次・第二次試験にわかれ、第一次試験は第二次試験をうけるに相当な教養と、一般的能力とを判定 するためのものである。学校敦育法でさだめた大学卒業程度での一般教養科目の各系列にわたった知識を基とし、論 文式および短答式の問題を課す。外国語は、英・独・仏露および申国語のうち、一を選択受験させるが、大学で学士 号を得た者には第一次試験が免除される。大学卒業者は当然に教養科口の単位を履修した筈であるとして、免除がみ とめられたのだが、この看倣しが怪しいものであることは、前に記した英語の試験の不成績によっても明白である以 上、適当な改正が考えられて然るべきだ。  第二次試験は、専門科目について行われるが、これはさらに短答式、および論文試験による筆記試験と、口述試験 とにわかれる。短答式試験は憲法・民法・刑法の基本的な法三科目について行われる。この短答式試験でもって、受

(18)

験者総数の約一割だけが合格するが、残りの約九割は足切りされ、しかも短答試験、及第の効力は留保されずその年 だけに限られるという冷淡さには残酷性を感じるが、多数の受験者を捌く手段としては已むを得ないところ ︵齢暮o 留邑o藁︶ であろう。 ︵試験出願者・合格者数昭五四次出願者二八六二二名短答試合格四一六七名論文合格五三四 最終者五〇三人︶  論文式試験は、短答式試験合格者にたいしてのみ行われ、憲法・民法・商法・刑法の四科目が必須科目で、これに選 択科目として⑥民事訴訟法・刑事訴訟法のうちいづれか一科目、㈲この二科目のうち右で選択しなかった方の科目、 行政法・破産法・労働法・国際公法・国際私法・刑事政策のうちから一科目、◎政治学・経済原論・財政学・会計 学・心理学・経済政策・社会政策のうちから三科目が加わり、合計七科目について行われる。なお試験科目申の商法 および民事訴訟法については、出題の範囲が制限された。  右にみられる論文試験科目中には、若干社会科学にふくまれる学科もみられるが、その範囲はなお自然科学の範囲 にぞくする学科をも包めるべきである。同時に外国語の試験も考慮きれねばなるまい。現在のように国際性の強化さ れた経済取引が行われ、国際的刑事事件の多発する時代で、語学上の知識が欠けては、国際経済上の交渉・仲裁・訴 訟の追行に著しい困難をきたすことは、明白であり、今や通訳者・翻訳者の力を挨つ時期ではあるまい。  手近な例として、ロッキード・グラマン日航事件、およびダグラス・ボーイング・日商岩井事件においても、米国 で取調をうけた米人の証書調書、米証券取引委員会の報告書等を直接に読解し、あるいはアメリカ商社員の訊問に際 し、語学者の労をかりず、直接に解読・立会訊問す蒼に足る十分な語学力があれば、速かにかつ直接に、事件の解決     東洋法学       一七

(19)

    これからの弁護士       一八 の鍵をつかめるであろう。また語学を通じて、国際親善・文化の交流をもはかり得ることもまた可能である。高度の 専門知識をもつ者として、自らヱリートをもって任ずる弁護士が、ステータス・シンボルであるべき筈の語学がよわ いとあっては、いとも悲しき次第だ。語学の試験が、第二次試験から除かれているのは、曝うべき時代錯誤というほ かない。多年の反対論は.いまや全く根拠がない。  司法試験制度改正閥醸として取上げられる問題には受験回数制限と年齢制限をおくことの可否がある。統計によれ ば.合格者の受験回数は不明であるが、本年次合格者の平均年齢は二七・九一歳であり、 登九七九年度の合格者の 年齢は、最低二十歳・簑、ロ六十歳︶したがって平均口改は五回と推定される。これを三回位に制限したらという説が 最近学者のδいだにもつよく主張されて慧た。受験回数か、デメリカでは三蹴までといわれ恩が、西独ではこれを二回 までと定められている、法曹に適する能力と性格に富む人以外の者が、徒らに青春を浪費するよりも.なるべく早く 転職の方途を考えさせようとの親心から出た制限だ。試験答案の中には、受験に値いしない答案が毎年数多くあるこ とは.試験委員の明言するところだ。そうした受験者に.転進の決意をせまる訳は、人材を他に使用する機会を速か にもたせるという公の利益おも考えての提案である。  新鮮にして容易に社会的訓練をうけいれ、社会の実相になじむ若い法曹を受入れ、司法界に活気をもたせるために は、青春の法曹にまつところが大きい。受験者の年齢制限が問題になる訳である。他の領域から入ってくる人々に. 門戸を締めだすのはまずいとの反対説も一理あるが、老年に近づき頑固に自説や主義を固持し、時代の趨勢になじま ず、社会の実相や社会科学にうとくなる傾向をもつ老年者に、年齢制限を設けようとする正論に賛成したい。伊能忠

(20)

敬的人物が現れることは極めて稀れであろう。問題は何年が適当かだ。医学者精神学者等の意見をきかねばならぬ。 臨時司法制度調査会の意見のポイントの一であるという﹁司法試験に素質のある優秀なものを多数合格きせるために は、第一に大学卒業見込者を多数受験させる方策を講ずることだ﹂との言葉の意味は、受験回数または年齢制限に通 ずるものがあろう。法曹として、より適性のあるわか者をより多く、法曹に迎えるために、そして残念ながら、法曹 には必しも向かない人には、若干の問題はあるとしても、適性のある他の職業えの早期転換を促すことは、本人のた めあるいは社会全体のためにも回数制限・年齢制限という形で改善の方向が真面目に検討されてもよいと思う。  最後に論文式の問題であるが、最近は比較的ケースの問題が多いようだが、それはよい傾向であると思う。教科書 に書いてある抽象的な法学の基礎的知識やその理解力だけの問題では単に暗記力記憶力の試験になってしまう。これ らの理論や説明を連結し、総合的な判断力のみられるケース問題でないと、法曹としての素質・能力の本性は判定さ   ︵8︶ れない。

司法試験の論文試験の科男蠣し語学試撃もつ茄えて、最馨格率L6璽い−難関試磐暖和するた建

は短答式試験合格の効力を留保するとともに、論文試験各科目の合格の効力をも数年間留保︵税理士試験式に従い︶す ることにより、受験者および試験委員の負担・手数。費用をも多分に省かれるであろう。この方式と回数・年齢制限 の方式をとりいれることにより、受験者は負担を免れるとともに、よりよき法曹を十分に受入れ得られるであろう。 重い受験科目の負担にあえぐ受験者も、こうした改革を救いの神︵U国Oω国図ご︾○霞2︾︶としてあおぎ、歓喜涕 泣すること、まちがいあるまい。     東洋法学      一九

(21)

    これからの弁護士       二〇 合格者の数を増加せよ︵五〇〇入を例えば一〇〇〇人位に︶との声もきかされるが、最近弁斐士の数が過剰になり つつある︵過疎地方もあるが︶という、危機感がもたれてる以上、数をふやすことは困難であろう。国情がら、アメ リカや隷ー・ッパと異り、ひろい弁護士の活動余地をもたないわが国日本では、無理にその数を増やすわけにも行く まい。悪の温床を培養することは強くきけたい。   ︵$︶  ﹁罵法試験ぱこれでよいか﹂ジ.騨 隅矯スト七〇〇号記念特集.一九七九・九・一五号.P三八以下.     昭X四・     二月号欝      く鵯艶糞ダ韓鶏鱒甑黛灘階穆沁翰魯霧欝難貯讐難 縫諾鑓麟顛臨羅響賊魯綻剛欝鑓G 。\回霧o ⇔も 鱗㊦¢ 篇“ ひQ “塗      礁うしたケース閥題の患隠.f§ーは.ジー駅である法ヤがその任にあた ㎏とが適愚である。純然たる法学教授は蕪     常法的生活の実際に接げ⇔機会がないので.そのためには.法曹として実務に従事する弁護士や判・検ぎが.誰丸の径験を     いかして.大学において学生をして法轄習寂た挟護義を通じて.法運罵の知識をもたせることは.有効な法学教授の方法     である、恰も医学部教授が附属病院でたえず患耐、fの診療に従事しながら.学生を実地撫導すると瞬様な形である。拶、れを     激しく非難したり批判したりする論者の態度︵﹁大学険授を斬る﹂鴻生顧努、P購九以下︶は当らない。      ぐ鵯蜘器瓢欝。 っ臓魯象窪驚轡︸鍵霧瓢葉華刈ρ○②ぎ器鍵鱗︾譲蓉プ§一零8毒 ウ撃誤S 四.司法修習制度と爾後と研修  ︵夏︶ 司法修習の目的は﹁高い識見と円満な常識を養い、法律に関する理論と実務を身につけ、裁判官・検察官又 は弁護士にふさわしい品性と能力を備える﹂ことにある︵司法修習生に関する規則四条︶。 修習生活の二年間は、前 期修習四ヵ月、後期修習四ヵ月、実務修習一年四ヵ月に分れ、裁判・検察および弁護事務につき、実罫家の指導のも

(22)

とに現実に存在する生きた事件の処理を、自らも直接または間接に経験することを通して、実務の姿を基本的に理解 し、法律実務家として、必要な基礎知識と技術とを体得するよう努力するのだ。  旧制度の司法官試補と弁護士試補と分離して修習させた制度は、これを一元化し、かつ国の機関により、全面的ま た統一計画的に運用し、教修を施して行う現在の制度は、たしかに進歩したものがある。将来の法曹一元の展望実現 の基盤が、これによって作られたことは、喜ぶべき現象であるが、その修習内容については、なお考慮の余地が残さ れている。  まづ第一に修習期間を二年以上︵裁判所法六七条︶とあるが、実際はニカ年で終了させているのが常例である。こ れは実際三年とすべきである。修習は民事・刑事の裁判事務、検察事家・弁護事務の四部局に分れ、それぞれ講義と 実務訓練が交互に行れ、それぞれの単位が与えられているが、検察の単位数は、前期修習二一単位、後期修習一八単 位となっている。この単位数は刑事弁護の単位数よりは若干多いが、刑事裁判の単位数と同一である。しかし乍ら民 事裁判と刑事裁判とを併せた単位数、また民事弁護と刑事弁護を合せた単位数に対比すれば、検察修習の数は可成り 低いことが明かである。ところが検察官は犯人の逮捕・勾留・捜索・差押等の捜査手続をはじめ、起訴・不起訴を決 定し、公訴権を行使し、公訴維持にあたる極めてひろい権限と責任を有する。殊に多数にのぼる起訴便宜主義による 事件の処理にあたっては、入間性に立脚した円満妥当な決断と心構えが重要であり、技術と社会科学的知識とのほか 刑事政策的考慮が多分に要求される。法曹三者にたいする理解をふかめさせるという視点からすれば、検察修習の単 位は、民・刑裁判修習の総履修単位と同数の単位が検察修習にみとめられるのが相当であろう。

    東洋法学      

一コ

(23)

    これからの弁護士      二二  一面現在の日本の裁判制度では、司法裁判所が行政事件も取扱うので、行政処分にたいする不服・行政庁の準司法 行為にたいする訴訟︵憲法七六条裁三条・行政訴一条・国税通則法二四条、独禁法七七条、特訴法第一七八条等︶が穐 おびただしく提記される現在、行政裁判にたいする研究履修にも.相当の単位・期間があたえられる必要がある。そ の特別研修のためには、少くも六ヵ月の期間がみとめられるべきである。そう改革されることにより、研修所は法曹        ︵9︶ 養成の鷺要な職場︵慶蔚欝膿魯饗線減讐糠︶として十分に知識狡恥の修得訓練の役鷺を朱すこととなるであろう。  ︵璽︶ 罵法の実際に従事する法曹、殊に弁護士の研修は、今瞬の升護士にとって最も重要な問題である.司法の全 範囲訟わたり、たえざる研修をはげむことなしには、洪水のように改正変更する法令や判例や、社会上・経済上の事 情の変化・発展を適確に見通し.たくみにこれに当ることはできない.たえざる研修によってこそ.弁護士は二十 年.三十年以前に大学で学び得た旧るい知識のうえに.新らしい学理と経済的・技術的の知識技能の血を加え、法の 正しい適用・弁護活動をもとめる民衆に.十分に奉仕することのできる②碁ぎ窪齢聾霧還となることができるのだ。  弁護士研修の麟的をもって、目下麟本では各地弁護士会、嫁弁連、または関東関西の地区弁護士会の合同協議会等 の団体が、時々合同協議会を開いて.問題の討究を図るとか、大学教授または実務家・学者をまねいて特別講演会を 催し、あるいは改正法の講義をうけ討論を行い、あるいは講演集を発行してその購読をすすめている。それ以外は. もっぱら各人の研究により、專門雑誌・著書を通じて、その自由研修にまかせている。  そうした研修の不備を補うため西独やアメリカの弁護士会︵9簿難8無︾碁①誉墜ピ餌≦営ω葺舞o影α爵①︾欝9 鉱8灘ω鴛勘む 陰8糞ε㌣︵︾ピ¥︾¢ O︾y9霞馨露魯9簿帥壼瞬謎即無霧獣S巴的象8紬瞬象︶ならびに一九七六年の報

(24)

告によれば、全米申の三十三州で、十八個所にのぼる施設が、弁護士の研修を行っていることが、知られる。またカ リフオルニヤ州でおこなわれる9導営忌謎目象。象一89夢①ω銭の仕事は、すでに三十年以前から引続き行われ、 特別の法講義ばかりでなく、グループ討論、テレビおよびカセットテープを使用して、安価に自由の時間に聴講・研 究ができる制度が、設けられてある。  弁護士の研修問題が熱心に主張されるアメリカでは、研修受講を弁護士の義務として、法律をもって、それを規定 しようとする動ききえあるとともに、専門弁護士制を確立し︵労働法・社会保険・刑事・民事・公法・国際弁護士制 度等︶これにより、弁護士の研修義務強化を図る主張がつよまってきている。こうした動きは、アメリカばかりでな        ︵10︶ く、西独にも行われているという。 ︵9︶ ( !0 )  鼻○Φ跨鈴箆9匿篤一ωo訂P︾霧窪身譲毒α男o湊窪身お留ω︾p≦p 百号記念特集一七頁以下﹁第一部・法律家の養成と継続教育﹂参照。  臼本弁護士会連合会編﹁司法修習白書、P一三以下、兼子一・竹下守夫﹁裁判法﹂新版P三四四以下参照、ジュリス七 ゆ一雷びΦ毎賞ぼZ︸≦。お刈﹃頃oヰωごρ蕊黛中  <αq一●○Φ旨鋤箆9簿舅肪o訂F箭算ψる刈ρ  医師についてはわが国においても、数年前から専門医︵精神科医、心臓外科医、麻酔医等︶の制度が法定されたが、麻 酔医のほかは実際に行われている例は極めて稀である。法律の進化、発展により、法領域が細分、あるいは新生した現 在、弁護士の専門化も多様化してきた。民事専門、刑事専門、行政専門以外に労働法專門、経済法、不正競業法、無体財 産法、著作権専門等、数多くの専門弁護士が実際にみられる。この傾向は、将来経済事情、社会事情の変更とともに、ま すます強まるであろう。そして将来は医師のように、法律上の尊門弁護士の制度が確立し、延いてはその研修義務の問題 も生じてくることが予想される・

東洋法学      二三

(25)

これからの弁護士       二四  いわゆる﹁弁護人抜き裁判法﹂が廃案となったことに関連して、弁護士の懲戒ならびに弁護士会の自治権強化の問題が 脚光を浴びるに至った。弁護士の晶位向上のため、弁護士懲戒処分の法的基礎をいかにし.かつその処分の方法、懲戒手 続をどう定めるかは、弁穫士制度に対する重大な問題の一つである。 ︵西原春夫訳﹁刑事手続における弁護人の法的地 位﹂法と秩序。通巻四三号.七八年漁4号.p二二以下参照︶。 五.むすぴ  大躯の法学部の構成および教科の闘題、ならびにその︽授、ならびに教ヂ︾轄む.、⇔問題、㍍ともに.司法修習制度        ︵器︶ と.爾後の研修問題は、法曹の箪大閃心事であ⇔、  われわれは弁護十および弁護士会のすべてが、この問題を真而麟に取上げ、その誤戴に努力することゆ蜘、心から希 望する。弁護士の最良の育成と、その研修の改善は国民のつよい要論祈願ともいうべきものである。  弁護士が高い識見と円満な常識を養い、法律に関する深い理論と実際をつねに身につけ.法曹にふさわしい品性と 能力を具え、社瓜秩序の維持、および法秣制反の改答に努力し、基本的人権を擁護し社会正義の実現につくすとき、       ︵鎗︶ 人は正義の士・聖堂の騎士︵聯鶴9巴。 ・葺欝腫︶として、かならずや満腔の信頼と尊敬を、弁護士に捧げるであろう。       一九七九鋤一一㊥三纈夜稿 ︵n︶  社会科学と併立し、大学法学部教育を段階的一元的に学修させ、しかも大学教育とし六個年間︵初めのニカ年間はいわ ゆる教養科麟として社会科学を教授し.後の難掴年では法律学の專門科目を教授する︶に法学を教授する制度は、西独の 州頃霧も 。讐州の麟立大学が一九七三年から採用したやり方である。このいわゆるO器≦ゆ霧ぴ&雰露ζ&鉱に対しては

(26)

  強い反対があること勿論である。︵舞︾簿段○毅欝ぼ由αωの22窪霧ヵ8導α弩象ま器蒙oぼ①嵩U段の讐o詫二β島o   >霧匹α毯αqの風・量αR︸霞一も ・εpζ菅3。φ棄・pお誤ψミ律︶ ︵犯︶ 本稿は、日本弁護士連合会創立三十周年記念論文募集に応じて、作成提出。佳作として賞金を受けたものである。今回   同会の承諾を得て、これを若干加筆補正してここに本誌に掲載する次第である。  本日の新聞紙によれば︵昭、五五・二・二二、朝日新聞︶、 東京第二弁護士会所属山根二郎弁護士は、昨年十一月 いわゆる﹁東大裁判﹂事件の公判廷における不当な弁護活動を理由に、日弁連懲戒委員会から﹁弁護士会の信用を害 し、品位を矢わせた﹂として懲戒処分をうけた。処分の議決書は﹁場違いな思想をもって、現行法体制上みとめ難い 統一公判を要求しつづけた被告人に盲従し、法廷で執ように発言を繰返したこと﹂を処分の理由にしている。  このいわゆる﹁荒れた法廷﹂の懲戒処分にたいし、利害関係の浅からぬ評論家・作家である大島渚・野坂昭如・竹 中労の三氏から日弁連にたいし﹁依頼された被告人のための弁護活動を理由に、弁護士が処分されるのでは、被告人 の人権無視につながる﹂という公開の質問状が送り届けられた。日弁連は来月八鷺、この間題をめぐってシンポジウ ムを開くこととなった。被告人の正当な要求に応じたまじめな弁護活動は、保障されなければならないが、いかに民 主主義の時代でも社会正義を維持し、法の尊厳・安全性を擁護するためには、弁護士の弁護権にも一定の制限がある という、日弁連の主張も肯かれる。弁護権のあり方の間題であるが、養成の問題でもある。この問題にたいする評論 は、他の機会にゆづりたい。 東洋 法 学 二五

参照

関連したドキュメント

向上を図ることが出来ました。看護職員養成奨学金制度の利用者は、26 年度 2 名、27 年度 2 名、28 年 度は

向上を図ることが出来ました。看護職員養成奨学金制度の利用者は、27 年度 2 名、28 年度 1 名、29 年

ASTM E2500-07 ISPE は、2005 年初頭、FDA から奨励され、設備や施設が意図された使用に適しているこ

では,訪問看護認定看護師が在宅ケアの推進・質の高い看護の実践に対して,どのような活動

ピアノの学習を取り入れる際に必ず提起される

省庁再編 n管理改革 一次︶によって内閣宣房の再編成がおこなわれるなど︑

[r]

特許権は,権利発生要件として行政庁(特許庁)の審査が必要不可欠であ