累積投票制度に関する若干の考察
著者名(日)
堀口 勝
雑誌名
東洋法学
巻
54
号
1
ページ
85-110
発行年
2010-07-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000768/
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累積投票制度に関する若干の考察
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) 1 はじめに 2 我が国への導入とその後の経緯 ︵一︶昭和二五年商法改正 ︵二︶昭和四九年商法改正 3 考察 ︵一︶判例に観る累積投票 ︵二︶累積投票制度に内在する問題点 4 おわりに堀 口
勝
1 はじめに 累積投票とは、同一の株主総会において二人以上の取締役を選任する場合に、その取締役全員の選任を一括し、 各株主は一株につき選任すべき取締役の員数と同数の議決権を有し、それらの議決権の全部を一人の侯補者に集中 85的に投票することも、また、それらを適宜分割して数人に投票することもでき、投票の多数を得た者から順次当選 ︵1︶ 者とする制度である︵会社三四二条、会社則九七条︶。 このような議決権行使により選任される取締役は、最多数の投票を得た者から順次確定されるのであるから、総 会出席株式の過半数を有する株主も必ずしも取締役全員を選任できるわけではなく、過半数に満たない株式を有す る少数派株主も場合により自派より取締役を選出できるようになる効果をもたらすものであり、したがって、この 制度は、少数派株主の利益代表の確保を狙いとするものであって、業務執行の決定を専権とする取締役会の創設と 株主総会の権限縮小をもたらした昭和二五年の商法改正において、多数派株主の独占的支配に対する少数派株主の ︵2︶ 保護の手段として、アメリカ法に倣って採用されたものであるとされる︵商法旧二五六条ノ三︶。 アメリカでは取締役の選任につき累積投票を利用する株主の権利は、コモン・ロー上認められていないため、制 定法による裏付けが必要となるのだが、イリノイ州において採択されたのを皮切りに、一九世紀の終わりに比較的 ︵3︶ 急速な広がりを見せ、他の州でも採用されるようになっていった。元々は、立法により会社に対してその採用を強 制する強行法的累積投票を採用する州が主流であったが、後に、採用するかどうかを会社の裁量に委ねる任意的累 ︵4︶ 積投票へと移行していった。 一方、わが国では、累積投票という手法は、昭和二五年商法改正により、取締役会制度が設けられ、株主総会の ︵5︶ 権限が縮小されたことの補完として、少数派株主の利益代表の確保を狙いとする趣旨で導入されたものである。 ただ、昭和二五年商法改正の時点では、まだ定款の規定による累積投票制度の完全排除までは認められておら ず、定款で複数の取締役を選任する場合であっても累積投票によらない旨の規定を置くことができたのだけれど も、商法旧二五六条ノ四の規定によって、発行済株式総数の四分の一以上の株式を有する株主については、会社に 86
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ︵6︶ 対して累積投票によるべきことを請求する権利が留保されていた。すなわち、一定の持株要件を設定することで、 本来、単独株主権である累積投票請求権をある意味少数株主権化することを可能としていたのである。 しかしながら、この制度は、その導入された意図とは裏腹に、我が国においては歓迎されることなく、むしろ、 この制度が、取締役会内部の不一致や対立を招来し、会社経営の円滑を阻害するとか、労働組合運動が取締役会に 波及するおそれがある等の議論もあり、導入当時、わが国が占領下という特殊な地位に置かれていたため実現して ︵7︶ しまった立法と受け止める向きが少なくなかったようである。また、累積投票制度の利用例も若干はあったようで あるが、判例として現れたものを含め、本来、意図されていた少数派株主の利益保護という精神は、中々実践され るに至らなかったようである。 このような非歓迎ムードを受けてか、ついに昭和四九年商法改正の折りには、累積投票制度を定款の規定により 全面的に排除することが認められることとなった。結局のところ、積極的に活用されることなく半世紀の歳月を経 て現在に至ってしまったと考えられる。 本稿では、累積投票制度の導入された背景、その後の改正、これまでの利用状況等を概観し、この制度によって もたらされるメリット、デメリットを検証し、今後の活用につき若干の考察を試みるものである。
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我が国への導入とその後の経緯 ︵一︶ 昭和二五年商法改正 昭和二五年商法改正は、一般に、 アメリカの会社法制に倣って様々な新しい制度が導入されたものであったと認 87識されている。同改正においては、三つの主要な立法理由があったとされる。第一に、株式会社の資金調達の便宜 を図るための授権資本制度、無額面株式の導入、第二に、外資導入を容易にするための外国会社に関する規定の改 ︵8︶ 正、第三に、株式︵証券︶の民主化を増進することとの関連における株主の地位の強化である。 これらを出発点として最終的に昭和二五年改正法で実現したのは、授権資本制度の採用、無額面株式の採用、株 ︵9︶ 主地位の強化、株式会社機関の権限の変更の四点である。 これらの改正点のうち本稿で検討していく累積投票制度に関連する項目としては、株主地位の強化とそれにとも なう機関の権限の変更である。すなわち、アメリカ法に倣って、授権資本制度および無額面株式を採用することを 機軸に据えて、機動的な資金調達の途を提供し、株式会社に資金調達の便宜を図ることに関連し、取締役会制度の 導入等、取締役の権限の増大をもたらし、その反面、株主総会の権限縮小を来たすことになるため、その均衡をは かる必要性に鑑み、株主地位の強化を実現することが適当であるということで、その一環として、累積投票制度も ︵10︶ 導入されたのであった。 以下、関連事項に限定して言及することとする。 昭和二五年改正商法は、会社の運営機構を合理化して、株主総会・取締役および監査役のあり方に重大な変更を 加えるものであり、株主総会の権限を縮小し、原則として、商法または定款に定める事項に限り決議をなすことが ︵nV 認められ、その結果、取締役の権限が増大するに至ったのである。改正前の取締役が、原則として業務執行に関す る意思決定と執行および代表の権限を併せ持っていたのに対し、意思決定機関としての取締役会という会議体を新 設するとともに、執行および代表に当たる機関として代表取締役の選任を強制し、それを取締役会に監督させるこ ︵12︶ ととし、監査役から業務監査の権限を奪い、その権限を会計監査に限定した。取締役会という組織自体は、会社に 88
東洋法学第54巻第1号(2010年7月) よっては従来から定款または取締役会申合規定等に組織、招集、権限等を定めることにより採用されている場合が あったようであるが、昭和二五年改正商法は、会社規模にかかわらず法定の意思決定機関としてその採用を強制し ︵13︶ たのである。 その一方で、株主総会から取締役へ権限が大幅に移されたことを受けて、取締役の権限増大と均衡を得させるた めと、株主の保護を厚くすることにより、株式投資に一般大衆を吸引し、株式の民主化を図るためと、外資導入の ︵14︶ 目的をもって米国人を日本の会社の株主として迎えるのに好都合なためという、当時の時代背景がうかがえる。 具体的には、株主総会の決議要件を厳格にするとともに、多数派の専制を排して少数派を保護するため、累積投 票・株式買取請求権・取締役解任請求権等の制度を創設し、広汎な権限を有するに至った取締役の責任を重くする ︵15︶ とともに、株主に帳簿閲覧権・代表訴訟提起権・差止請求権等、新たな監督是正権を認めたのである。 取締役の選任決議については、取締役会に少数株主の代表者をも可及的に参加せしめるために、アメリカ法に ︵16︶ 倣って複数の取締役の選任の場合には累積投票制度によることが認められた。本来、取締役の選任は、一人一人に つき別々に選任の決議をなすべきものであるため、全ての取締役ポストは、多数派から擁立された侯補者によって 占められてしまうことになるのだが、取締役の地位が重要であることを考えれば、少数派にもその持株数に応じて ︵17︶ 取締役を選出する可能性を与えることが肝要である。 この制度によれば、二人以上の取締役の選任を目的とする総会の招集のあったときは、株主は会社に対し会日よ り五日前に書面をもって累積投票によるべきことを求めることができ︵商法旧二五六条ノ三第一項︶、この場合、各 株主は、取締役全員の選任を一括し、一株につき選任すべき取締役の数と同数の議決権を有し、各株主は、一人の 侯補者のみに集中して投票しても良いし、二人以上の侯補者に分散して票を投ずることもでき、投票の最多数を得 89
︵18︶ た候補者から順次取締役に選任されることになるのである。 ただし、累積投票制度は、取締役会内部に異分子を入れ、会社経営上困難を引き起こすおそれがあることから、 株主多数の意思に基づき、定款による排除が認められることとされ︵商法旧二五六条ノ四前段V、累積投票請求権 は、一応、単独株主権と位置付けられたのだが、当時の立法では、発行済株式総数の四分の一以上に当たる株式を 有する株主は、累積投票の請求をなすことができ︵商法旧二五六条ノ四後段︶、定款による累積投票請求権の完全な ︵19︶ 排除を認めていなかった。 もっとも、株式所有の分散が進行している状況では、発行済株式総数の四分の一以上に当たる株式を保有してい れば、事実上会社を支配しうることが多く、このような高い割合の持株要件を必要とする少数株主権としたので は、累積投票制度を採用したことの意義は乏しいと言わざるをえないし、累積投票で選任された取締役も株主総会 の特別決議で解任できるため︵商法旧二五七条︶、アメリカの多くの州で見られるような累積投票によって選出され た取締役については、これを解任するに足る少数株主が反対すれば解任しえないとして、取締役会内部における少 ︵20︶ 数代表者の監視権を確保するような配慮は全くなされていない。 累積投票の法的性質は、いかなるものであろうか。一株一議決権の原則や議決権の統一行使性に対する例外にな るだろうか。同一人に対して集中的に投票されることによって初めて選出されることになる取締役についてみた場 合、それは個別的な通常の投票による場合よりも多数の議決権の支持を受けていることは明瞭であり、このように 株主が自己の支持する一人のために行使しうる議決権の数が、その持株数を超えることになる場合にもなお一株一 ︵21︶ 議決権の原則の例外ではないと言いきれるかは疑問であるとの見解や通常の決議と取締役その他の選任決議とで は、その性質が異なるので、選任決議については、一株一議決権の原則とか議決権の統一行使性の原則とかは適用 90
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ︵22︶ がないものであるとの見解も見受けられる。 しかし、複数の取締役の選任を一括して一個の決議事項として取扱うところに累積投票制度の特徴があるので あって、一株一議決権の原則によって認められる数の議決権の行使方法が、通常の選任方法と異なるものと見るべ ︵23︶ きであり、すなわち、その決議に当たって、一株につき選任される取締役の数だけの議決権を認め、かつ、その議 決権をどのように集中または分割して行使しても良いとするものであって、必ずしも一株一議決権の原則の例外と ︵24︶ まで言うほどのことではない。 また、累積投票制度は、議決権の不統一行使に当たるかどうかという点については、二つ以上の議案を一括して 決定すると考えれば、本来、数回に分けて投票すべきことを便宜上一回に集めて投票するのであるから、議決権の ︵25︶ 統一行使の例外と認めるべきではないし、株主は、その持株数に選任される取締役の数を乗じて得られる数の議決 権をどのように分割して行使してもよいが、分割された各部分の議決権は、別々の候補者を可とする方向に行使さ れるのであって、商法旧二三九条ノニが認める議決権の不統一行使のように、一人の株主の議決権が内容的に矛盾 ︵26︶ する方向に分割して行使されるのではない。 二人以上の取締役の選任を目的とする株主総会の招集があったときは、各株主は、定款に別段の定めのある場合 を除いて、会社に対し、書面をもって、累積投票によるべきことを請求することができる。累積投票による選任が 認められるのは、会社成立後の株主総会において二人以上の取締役を選任する場合に限られ、会社設立の際、発起 人または創立総会により選任される最初の取締役については、累積投票によることは認められない。累積投票の請 求をなしうるのは、同一の株主総会において二人以上の取締役を選任する場合であり、かつ、株主総会の招集通知 ︵27︶ が発せられた後においてであり、総会招集前になされた請求は無効である。 91
累積投票を定款で排除していない会社は、取締役を選任する株主総会の招集通知や公告に選任すべき取締役の数 ︵28︶ ︵29︶ を記載しなければならず、かつ、総会でこの記載数を超えて取締役を選任することはできない。なぜなら、株主 ︵30︶ は、選任すべき取締役の数によって、累積投票を請求するか否か、投票に参加するか否かを決するからである。 また、選任すべき取締役の数が少なければ少ないほど、少数派株主が、累積投票により取締役を当選させる可能 性が減少するから、累積投票の請求があったときは、選任すべき取締役の数を招集通知や公告で示した数より減少 ︵31︶ して選任することも許されない。 ︵二︶ 昭和四九年商法改正 昭和二五年商法改正以降、会社規模の大小を問わず、ほとんどの会社が、その定款で取締役の選任について累積 投票によらない旨の定めを置き、累積投票を排除していたため、累積投票請求権は、実質的には、単独株主権では ︵3 2︶ なく、むしろ少数株主権として保障されていたといえよう。ちなみに、昭和四五年一〇月二六日の経団連理財部の ︵33︶ 調査によると、経団連会員会社五八九社のうち五八八社が定款で累積投票を排除していたそうである。 このような現象は、いわゆる会社荒らしに対する警戒、累積投票制度の持つ技術的困難さ、改正法施行の際の定 款変更についての解説的指導その他の原因に由来するものと指摘されるが、累積投票制度を極めて実効性のないも ︵3 4︶ のにしてしまったことは事実である。通常であれば、取締役選任に際し、いちいち投票をして、得票数をかぞえた りすることはせず、賛成多数ということで筋書き通りに決定されるのであろうが、累積投票による場合には、実際 に投票をして票数をかぞえることはもちろん、投票に先立ち、誰が何株の株主であるか等を調査することが必要に なり、非常に手数もかかり煩雑でもあるし、一株の株主でも累積投票による旨を会社に対して請求できるから、こ 92
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ︵35︶ の制度が濫用されるおそれも多分にあると考えられる。 また、株式が極度に分散している近代的大会社においては、発行済株式の四分の一に当たる株式を有するという ことは、決して容易なことではなく、それこそ会社の支配権を把握するに等しいであろうし、また、群小のいわゆ る閉鎖的株式会社にあっては、事実上は、一人会社と見るべき場合が相当数あり、そのような会社においては定款 で累積投票請求権を排除すること自体が無意味であるし、仮に株主が複数いたとしても、一人の株主がほとんどの 株式を保有しており、他の株主が四分の一もの株式を集めることは非常に困難だろうから、現実にこの制度が実効 性を持ちうるのは、資本的規模がそれほど大きくない公開会社か閉鎖的であっても株式が比較的に分散されている ような会社に限られることになると指摘されているように、すべての株式会社について、その規模や株式保有の分 ︵36︶ 布状況を考慮せず、一律に累積投票の制度を導入したことに問題があるとも指摘されているが、その通りである。 昭和四九年商法改正は、会社が定款をもって取締役の選任について累積投票によらないことを定めたときは、株 主は累積投票によるべき旨を請求することができないとして、定款の規定によって累積投票制度を完全に排除する ︵37︶ ことを可能とした。すなわち、昭和二五年改正商法のもとでは許容されていた、発行済株式総数の四分の一以上の 株式を有する株主に対して与えられていた累積投票請求権を剥奪することとしたのであった。 累積投票制度そのものを廃止してしまうわけではなく、いぜんとして存続させておく点ではこれまでと変わらな いのであるが、従来は、累積投票の絶対的排除は許されなかったのに対し、同改正では、定款による絶対的排除が ︵38︶ 認められた点に大きな違いがある。 もちろん、同改正法のもとでも、定款で累積投票を一応排除しながら、発行済株式総数の一定割合以上の株式を 有する株主が請求したときは、累積投票によるべき旨を定めることは可能であるが、実際問題として、そのような 93
︵39︶ 例はほとんど生じないであろう。 会社が定款をもって取締役の選任につき累積投票によらないことを定めたときは、株主は、累積投票によるべき 旨の請求をすることができなくなったということは、累積投票制度自体を全面的に廃止するものでも、積極的に定 款で規定した場合に限ってこれを認めようとするものでもないのだが、このような改正は、わが国の実情に照らし てみるならば、僅かに残された少数株主権としての累積投票請求権を見方によっては事実的に奪い去る結果を招来 ︵40︶ することになるわけであり、実際上は全面廃止に等しい改正であると評価されるであろう。 従来より、多くの会社で累積投票の排除を定款に定めていたのであるが、昭和四九年商法改正の前後で、定款規 定の文言自体の持つ意味が変わってきてしまうという現象が起こった。 実際の記載例としては、︵イ︶﹁取締役の選任については累積投票によらない﹂旨を定めているだけのものと、 ︵ロ︶それに続けて﹁ただし発行済株式総数の四分の一以上に当たる株式を有する株主から請求がある場合には、 この限りではない﹂旨を定めているものがあった。︵ロ︶の場合には、定款変更の手続によって但し書き部分を削 除することが必要となる。それに対して、︵イ︶の場合には、法の改正によって当然に絶対的な排除があったと解 されるおそれもあったが、それは、但し書き部分を置かなくても、発行済株式総数の四分の一以上に当たる株式を 有する株主から累積投票の請求があれば、会社は法の規定により当然に累積投票によらなければならなかったから ︵41︶ にほかならない。ところが、改正後は、絶対的排除が認められるようになったのであるから、︵イ︶のような定款 の規定は、これまでとは非常に違った意味を有することとなる。そこで、附則第五条は、改正規定実施時に、︵イ︶ のように定めている定款には、発行済株式総数の四分の一以上に当たる株式を有する株主が累積投票によるべきこ とを請求できる旨の定めがあるものとみなし、これに反して、︵ロ︶のような定めがある場合には、その定めが効 94
力を持続するとしていた。したがって、改正後に累積投票を絶対的に排除するのには、いずれの場合にも定款変更 が必要となってくる。︵イ︶の定めを置いている会社の場合には、定款変更の手続をとりさえすればよく、定款規 定の文言自体は変える必要がないということとなり、定款上の累積投票排除文言の背景とする根拠に差異はあって ︵4 2︶ も、定款上の新旧文言は同一という、従来に見られない珍事態が生ずることとなった。 東洋法学第54巻第1号(2010年7月) 3 考察 ︵一︶ 判例に観る累積投票 累積投票という制度は、導入当初より歓迎されない態度で迎えられたという経緯もあり、昭和四九年商法改正前 の定款による完全排除がまだ認められていなかった時代に、定款に排除規定はあるが、発行済株式総数の四分の一 以上の株式を有する株主に与えられる累積投票請求権の取扱いについて争われた事例や、定款による累積投票請求 権を排除していなかった会社における株主総会の招集通知上の議案の記載の仕方について争われた事例等が、多少 見られる程度であった。 ①大阪地判昭和三七⊥○・三下民集二二巻一〇号二〇〇〇頁。 事実の概要﹁債務者会社は、発行済株式総数二〇、○○○株の株式会社であり、債権者らはいずれも債務者会社 の株主であってその所有株数は合計五、〇一〇株である。債務者会社の定款には同社の取締役は七名以内と定めら れており、実際には五名の取締役が置かれていた。 95
また、同社の定款には累積投票によらない旨も定められていたが、債権者らの所有株式数は、債務者会社の発行 済株式総数の四分の一以上にあたるから、右の定めにかかわらず商法二五六条ノ四によって累積投票によるべきこ とを請求する権利を有するのである。 五名中三名が任期満了を迎えるのを受けて、同社の定時株主総会の招集通知には、﹁任期満了による取締役一名 改選の件﹂と記載されており、しかもその提案理由として﹁取締役三名の任期が満了するので、定時株主総会で取 締役一名古川浩を推せん選任の提案をなし、日をあらためて古川明を取締役に選任することを総会に提案する。こ れは定款の趣旨にしたがい累積投票の請求を回避するがためである。﹂とあった。そうして右の提案理由のとお り、本件総会においては債務者古川浩のみが債務者会社の取締役に選任されるに至ったのであるが、これは本来同 時に補充されるべき三名の取締役の選任において、債権者らが当然に行使し得べき累積投票の請求を回避した結果 によるものであり、このような総会の招集手続ならびに決議の方法は、ともに商法二五六条ノ三および同条ノ四に 違反しかつ債権者らにとって著しく不公正なものであるとして、決議取消の訴を提起した﹂。 裁判所の判断”﹁本件における法律上の争点は、本件総会において債権者らが累積投票の請求をなしうる地位を 有していたか否かにあるべきと考えられる。 先ず債権者らは、従前の取締役数を減員すべき正当な事由もなくまたその事由を明かにせられない本件総会にお いては、当然に欠員となった三名の取締役が選任されるべきである旨主張するが、右の見解は採用することができ ない。 むしろ前記定款の規定は、取締役の員数を法定最低数の三名以上七名以内にするとの趣旨に解すべきものであ 96
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) り、本件においては五名の取締役のうち三名の退任によって法定の最低数を一名だけ欠くことにあったのであるか ら、右一名のみを補充すれば足りるわけである。したがって少なくとも、本件総会は同時に二名以上の取締役を選 任しなければならないという場合ではない。さらに、三名の取締役の退任後新に補充されることになった二名以上 の取締役の選任についても、同一の総会でこれをなさねばならないものでもないので、結局本件総会を、商法 二五六条ノ三にいう二人以上の取締役の選任を目的とする総会としなかったことについても問題はないというべき である。そうするといずれにしても、債権者らは本件総会において累積投票を請求しうる地位を有していたもので はないので、右の二名の取締役の選任手続を別個の総会ですることにした目的が債務者会社において表明したよう に累積投票を避けるためであったとしても、そのために本件総会の招集手続ならびに決議の方法が法令に違反する とか、その他債権者らに著しく不公正を生ずることのあるのは考えられない。付言すると、法令または定款に定め る取締役数に同時に二名以上の欠員を生じた場合のように、当然に同一総会で右欠員数の補充が要求されるとか、 またたまたま二名以上の取締役の選任が同一総会でなされることが定められた場合においてのみ、債権者らは累積 投票の請求をなしうる権利を有するに過ぎず、そうでなかった本件総会では、債権者らが累積投票に関して、本件 決議を非難する余地はないのである。﹂ ②大阪高判昭三八・六・二〇高民集一六巻四号二七〇頁。 事実の概要;被控訴会社の昭和三七年八月一〇日開催の定時株主総会において、被控訴人古川浩が取締役に選 任せられ、同月一八日に取締役会において代表取締役に選ばれた。被控訴会社の定款において、取締役の数は七名 以下と定められており、右定時総会以前の取締役は五名でそのうち古川浩︵被控訴人︶、古川明、泉岡宗三︵控訴 97
人︶、の三名が昭和三七年七月三一日に任期満了となったところ、これを予期した被控訴会社の取締役会︵同年七月 五日開催︶では、右の後任者補充として本件定時総会では取締役一名︵古川浩︶の選任を提案し、日を更めて総会 で取締役一名︵古川明︶の選任を提案する旨を決議し、被控訴会社より右の旨を株主に通知し、右提案により本件 選任決議がなされたことは、当事者間に争いなく、右総会通知には﹁第三号議案﹂として﹁任期満了による取締役 一名改選の件﹂と記載したほか、右議案を提出するに至った取締役会決議事項として﹁取締役古川浩、古川明、泉 岡宗三の三名は来たる七月三一日を以って任期満了し、同八月一〇日定時株主総会で取締役一名古川浩を推薦選任 の提案をなし、日を更めて古川明を取締役に選任することを総会に提案する。これは定款の趣旨に従い累積投票の 請求を回避するがためである。﹂と決議内容を明記し、提案の理由としていることが認められ、被控訴会社の定款 には、﹁取締役の選任については累積投票によらざるものとす。﹂との規定が存することが、認められるが、他面、 商法二五六条ノ四によれば、会社が定款を以て累積投票に依らないことを定めた場合でも、発行済株式総数の四分 の一以上に当る株式を有する株主は累積投票によるべきことの請求を為し得ることは明白であり、控訴人らの有す る株式の合計が五、〇一〇株であり、当時の被控訴会社の発行済株式総数の四分の一以上の株式を有する株主に該 当している。﹂ 裁判所の判断口﹁商法の規定する抽象的累積投票請求権は、多数決原理の支配する株主総会において、多数株主 の権利行使により少数者の意思が各機会毎に抑圧され、結局においてすべての取締役の選任機能を多数者に独占さ れることから生ずることのある一種の多数者の権利濫用の弊を防止し、いわゆる多数者の横暴を抑制する手段とし て、比例代表と同趣旨の制度を導入し、少数株主にその最低限の権利保障を与えようとするためのものであるか 98
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ら、少数株主が累積投票を請求し得べき機会を失わしめることは、右の株主の権利の不法な侵害であって、それが 正当視せられないことは、具体的に発生した累積投票請求権の行使を妨げた場合と何等径庭のないものといわねば ならない。ところで本件定時総会における提案即ち議案の提出方法は、前記取締役会で決定した議案の通りであっ て、それは即ち任期満了取締役三名の後任として取締役二名の選任を決しながら、ことさらにその同時選任を避 け、一名宛格別の総会において選任すべきことを定めたものであって、その理由としては株主の累積投票請求の機 会を失わしめるに在ることは、被控訴会社自らこれを明言して揮らず、明らかに脱法行為を企図するものであるか ら、右取締役会で決定した議案、ひいては右議案をそのまま本件株主総会に提出した被控訴会社の提出方法は、単 に不公正というよりもむしろ違法のものというべく、右提案の取締役一名宛の個別選任方法自体を総会において二 名同時選任に修正することは、具体的な累積投票請求権行使を妨げることになるため許容されないところであるか ら、右提案はそのまま採用するか、拒否するかの二途択一の外ないところ、少数株主として拒否の見込みなきこと は方法自体が成立すべき決議の内容を制約するものと考えることができる。固よりかような方法で成立した決議 は、その内容において、その目的と結果とを通観すればその違法性は認められない訳ではないが、元来累積投票そ れ自体が決議方法の問題であるから、それよりもむしろ、かような趣旨の決議に導くための決定的手段としての議 案提出方法それ自体を広義の採決方法︵例えば議案の不当な抱き合わせ採決などと同様に︶と解し、その違法性を商 法第二四七条に定める決議取消原因の一に数えることが是認されなければならない。﹂ ③最高裁平成一〇・一一・二六金判一〇六六号一八頁。 事実の概要H﹁上告会社の取締役は、従前、六名であったところ、 平成八年八月二六日に開催された上告会社の 99
定時株主総会に関する同月九日付け招集通知には、﹁会議の目的たる事項﹂として﹁第二号議案 取締役全員任期 満了につき改選の件﹂と記載され、他に選任される取締役の数に関する記載はなかった。 本件株主総会において、甲野冬子は、第二号議案の取締役選任決議に先立って監査役に選任され、同人はその就 任を承諾した。次いで、四名を取締役に選任する旨の決議がされ、被上告人は賛成少数で取締役に選任されなかっ た。上告会社は、定款により商法二五六条ノ三に規定する累積投票の請求を排除していないが、本件決議の事項に ついては株主から累積投票の請求がなかった。﹂ 裁判所の判断口﹁原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、被上告人の請求を認容した。 定款により累積投票の請求を排除していない株式会社においては、取締役選任を議案とする株主総会の招集通知 に選任される取締役の数を明示しなければならないところ、本件招集通知には﹁取締役全員任期満了につき改選の 件﹂と記載されているのみであり、その記載自体から右の数が明示されているとはいえない。 ﹁全員改選﹂というように選任される取締役の数を推認することができる場合、あるいは従来からの慣行等に よっておのずと右の数が明らかとなる客観的事情がある場合には、右の数を明示しないことも許容される。本件招 集通知の記載が従前どおり取締役六名を選任する趣旨であるならば、これを許容することができるけれども、本件 決議の内容、甲野冬子が取締役に選任されず監査役に選任された事実等本件事実関係を総合考慮すると、本件招集 通知の記載がこのような趣旨であったとはいえず、右の数がおのずと明らかであったというべき客観的事実もない から、本件招集通知は、右の数の記載を欠く不適法なものであり、本件決議は取り消されるべきものである。 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 100
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) 定款により累積投票の請求を排除していない株式会社において、取締役選任を議案とする株主総会の招集通知に ﹁取締役全員任期満了につき改選の件﹂と記載され、他に選任される取締役の数に関する記載がない場合において は、特段の事情のない限り、当該株主総会において従前の取締役と同数の取締役を選任する旨の記載があると解す ることができるから、右特段の事情のうかがわれない本件においては、本件招集通知に右の記載があるものという ことができる。 本件招集通知には、従前の取締役と同数である六名の取締役を選任する旨の記載があるということになるとこ ろ、本件株主総会においては、取締役の侯補者として五名のみが付議され、その数が本件招集通知の記載よりも一 名少ないこととなるけれども、本件においては、株主から累積投票の請求がなく、また、その不一致は株主に格別 の不利益を及ぼすものではないから、本件招集通知が不適法であるということはできない。﹂ ①事件と②事件は、同一の争いについての裁判所の判断が割れた事例であるが、招集通知に﹁任期満了による取 締役一名改選の件﹂という議案を記載し、その提案理由として﹁取締役三名の任期が満了するので、定時株主総会 で取締役一名古川浩を推せん選任の提案をなし、日をあらためて古川明を取締役に選任することを総会に提案す る。これは定款の趣旨にしたがい累積投票の請求を回避するがためである。﹂と明言するなど、退任する三名の取 締役のうち、少数派株主の代表でもある取締役一名を締出す意図で、累積投票が回避され、主流派の取締役のみで 取締役会を独占しようとしたことは明々白々であると言わざるをえない。特に、﹁定款の趣旨に従い累積投票の請 求を回避するがため﹂との文言が見られるが、これでは、少数株主に対し累積投票請求を保障している商法の規定 よりも定款の規定のほうが優先するかのごとく解されてしまう。 101
③事件では、株主総会の招集通知に単に﹁取締役全員任期満了につき改選の件﹂と記載され、選任すべき取締役 の員数につき記載がない場合、“特段の事情”のない限り、従前の取締役と同数の取締役を選任する旨の記載があ ると解することができ、本件では特段の事情はうかがわれないと判示しているが、従前の取締役と同数の取締役す なわち六名の取締役を選任したのであれば、そのように解しても差し支えないであろう。しかし、実際には、取締 役の侯補者として五名のみが付議され、その数が本件招集通知の記載より推認される員数よりも一名少ないことと なることをも認めている。そのうえで、本件においては、株主から累積投票の請求がなく、また、その不一致は株 主に格別の不利益を及ぼすものではないから、本件招集通知が不適法であるということはできないとしているが、 選任されるべき取締役の具体的な員数が記載されていない招集通知の記載から推認される員数と異なる数の取締役 しか実際には総会において選任されなかったというのであれば、六名中六名が選任︵再任Vされるという予想を覆 されることになる。被上告人が累積投票請求権を行使すべきかどうかの判断をするうえで、上記取締役の侯補者数 の齪齪というのは少なからず重要な意味をもつものと考えられる。被上告人による累積投票の請求を回避しようと する意図が上告会社側にあったのかどうかは、事実関係からは明らかでないが、招集通知に記載すべき取締役候補 者の員数を巧みにぼかして、少数派からの取締役の選出を阻止したという印象を拭えない気がしてならない。 ︵二︶ 累積投票制度に内在する問題点 昭和二五年改正商法によって導入された累積投票制度は、少数派株主の利益保護という観点から、少数派株主の 利益を代表する取締役を取締役会に送り込むことを可能にし、会社の運営が多数派株主または経営者サイドの独善 へと傾かないように抑止力を発揮することを企図されたものだったのだろうか。 102
東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) 二五年改正法は、基本原則としては、累積投票請求権を単独株主権と位置付けつつも、二五六条ノ三第一項で定 款の規定による累積投票請求権の排除という方式で、一定の歯止めをかけながらも、二五六条ノ四で四分の一以上 の持株比率を満たす株主に対しては、少数株主権として累積投票請求権を復活させるという三層構造を定めてい た。 しかしながら、これを単独株主権としてすべての会社に一律に認めてしまうと、それぞれの会社の規模や株主の 人数、株式の分散状況等によってまちまちであるが、取締役を送り込むには現実味に乏しい程度の持株比率の株 主、極論すれば、発行済み株式総数が一万株の会社の株主が一株でも保有してさえすれば、累積投票によることを 請求できることとなり、不必要で無意味な権利行使ではあるが、会社に対して面倒な手続を強要することにより嫌 がらせや妨害をする口実を与えかねないことになるだろう。 かといって、定款に規定することによって累積投票請求権を排除するかどうかの判断を各会社の裁量に委ねる方 式では、制度を利用するか否かにつき一〇〇%または○%の選択肢しかない。そういった意味では、二五六条ノ四 の定める少数株主権としての累積投票請求権は、その要件の設定は大雑把で不完全ではあったが、幾分かは良心的 なものであった。 昭和四九年改正商法は、二五六条ノ四の規定を削除し、累積投票制度の利用を完全に排除することが可能とな ︵43︶ り、それ以降、定款による累積投票の排除が常識化して、今日に至っている。 確かに、累積投票は、少数派株主の利益を保護することに存在意義のある制度ではあるが、少数派株主の少数派 としての権利を必ずしも正確に反映する機構を内蔵するものではなく、むしろ、場合によっては、少数派が有する べき権利の範囲を超過して、少数派ながらも取締役総数の半数を選任することを可能ならしめ、多数派の経営判断 103
︵岨︶ に対する拒否権を発動する余地さえ与えるものであり、何らかの改善策は必須であると指摘されていた。 現行法にも引き継がれている過半数決議要件は、会社側侯補者のみを選任すべき場合は、格別の不合理性を持つ ものではないが、少数派株主が提案権を行使して、その指名にかかる候補者の選任方を提案してきた場合において は、その提案は多数派株主による過半数の反対票をもって、常に不採用となるべく運命づけられている点で不合理 ︵45︶ であると言わなければならない。多数派と少数派の持株の比率が、取締役会メンバーの構成に反映されることな く、過半数を占める多数派の独占を保障する結果となる。 しかしながら、累積投票が、少数派株主の利益を取締役会に反映させるのに万能の制度かというと、決してそう いうわけではなく、いくつかの問題点が指摘されている。 第一に、多数派の推す侯補者の数と少数派の推す候補者の数とが、ある均衡点に達したとき、選任すべき取締役 の数を超過する侯補者が全員同数得票をマークし、当選者が不定となってしまう。第二に、選任すべき取締役の数 が偶数の場合は、少数派株主の持株比率が三四%以上であるなら、その半数に達する候補者を当選させることがで きてしまう。第三に、選任すべき取締役の数が一定限度以下の場合、少数派は一名の侯補者も当選させることがで きなくなってしまう。第四に、多数派または少数派が侯補者の数を増やしすぎた場合、一侯補者当たりに分配され る票数が過小となり、みずからの侯補者のうち相手方に駆逐されて落選する者が出てくるが、この場合、自派侯補 ︵46︶ 者の得票数が均等ならば、誰が駆逐されて落選するか不明の状態が発生してしまう。 昭和二五年商法改正時の二五六条ノ三第一項も現在の会社法三四二条一項も﹁二人以上の取締役を選任する場 合﹂という前提で規定されてはいるが、累積投票という制度の趣旨が、株主の持株比率を反映した取締役会メン バーの構成を実現しようとする点にある限りは、構成メンバー全員すなわち現職取締役全員の数をその対象としな 104
東洋法学第54巻第1号(2010年ク月) ︵47︶ いことには、制度趣旨が貫徹しない嫌いがある。累積投票の実施を回避するために、取締役を一人ずつ小出しに改 選するというやり口は論外としても、少人数ずつの取締役改選では、累積投票という制度は、あまり意味のないぼ やけたものになってしまうおそれが多分にあるし、そもそも取締役の定員が少ない会社の場合には、少数派からの ︵48︶ 取締役選任は一人も期待できないことになろう。 また、関連項目としては、昭和五六年商法改正で少数株主権としての株主提案権を導入し、これを利用しての取 締役侯補者指名をも可能にしたのにもかかわらず、定款による累積投票の完全排除を許容したままにしておくので は、提案権が実効性に乏しいものに成り下がってしまうだろう。 前述したように、会社側の提案により取締役侯補者が少人数ずつローテーションで改選される限りにおいては、 累積投票を実効性のある制度にするうえで、弊害となろう。累積投票の請求がなされたときには、取締役全員の任 期を一旦終了させることとし、取締役全員の改選を強制するくらいの大胆なことをしないと、制度の趣旨が成就し ︵49︶ ないであろう。 4 おわりに 会社規模にかかわらず、ほとんどの会社で株主による累積投票請求の途を閉ざしているという長年に渡る状況に 鑑みれば、ごく僅かに存在する、少数株主の利益を尊重して、あえて定款により累積投票請求権を排除せずにいる 会社か、または不注意にも定款による排除を実施するのを忘れてしまった会社にしか、少数株主がこの制度を利用 する余地は残されていないことになってしまう。 105
﹁定款自治の領域の話だから、採用するかどうかは、各会社の判断に委ねますよ﹂という規定ぶりは、聞こえは 良いが、会社法で廃止するまでもなく、現実には死に体となっている制度だから、そのまま残しているという印象 を拭い切れない。 少数株主の保護という観点から残しておくというのであれば、全面利用か全面排除かという両極の選択しかでき ないという状態には改善の余地があるのではないだろうか。もっとも各会社が任意に定款により様々なバリエー ションを設計することは可能だろうが、現実味は乏しいだろう。 昭和四九年商法改正の際には、累積投票請求権から少数株主権としての性質を剥奪し、定款により累積投票を完 全に排除することを可能とした。確かに、累積投票制度は理念的には採用の余地があるが、取締役会において冷静 合理的な協議をなすことが困難なことが予想されるので、当時のわが国の実情に照らして、やむをえない改正だっ ︵50︶ たとの指摘もあり、理想よりも現実を直視した選択だったのだろう。 この制度の長所・利点を引き出す工夫がなされないまま、短所・難点ばかりが強調され、あたかも開店休業状態 の規定に成り下がって久しい。必ずしも、現実に累積投票請求権が行使され、累積投票による取締役の選任が行な われた結果、少数派の利益を代表する取締役が選任されたという場合だけでなく、この制度を通じた経営陣に対す る問接的な抑止力が効果を発揮するような制度設計を再考しても良いのではないだろうか。伝家の宝刀は、結局、 抜かないことに意義があるのかもしれない。外資による日本企業の侵食におびえるという時代背景は過去のもので あろう。 また、昭和五六年商法改正で設けられた株主提案権を利用して、取締役侯補者を擁立してみても、累積投票との ︵51︶ 相乗効果がないと、あまり実効性が期待できないこととなってしまうだろう。 106
いずれにしても、定款による完全容認か完全排除かという両極の選択肢しか与えられていない現状では、 票制度の趣旨は発揮されないままで終わってしまう。 累積投 東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ︵1︶ 上柳・鴻・竹内編﹃新版注釈会社法︵六︶﹄︹上柳克郎︺︵有斐閣、一九九六年︶四四頁。田中耕太郎編﹃株式会社法講座 ︵三︶﹄︹境一郎︺﹁累積投票﹂︵有斐閣、一九五六年︶一〇〇七頁。神田秀樹﹃会社法︵第一一版︶﹄︵弘文堂、二〇〇九年︶一八七 ∼一八八頁、江頭憲治郎﹃株式会社法︵第三版︶﹄︵有斐閣、二〇一〇年︶三六四頁註︵3︶。なお、取締役選任決議は、一人の取 締役の選任が一議案を構成することになるので︵会社則六六条一項一号イ︶、普通に賛否を問う決議をすれば、常に多数派が取締 役のポストを独占する結果となる。 ︵2︶ 長浜洋一﹁累積投票⋮アメリカにおける理念と現状1﹂﹃早稲田法学﹄四一巻二号七〇頁。 ︵3︶ アメリカにおける累積投票制度の歴史的経緯については小林俊明﹁株式会社における機関投資家の役割と累積投票制度︵一︶﹂ ﹃立正法学論集﹄二八巻一∼四号二二五∼二二六頁に詳細な紹介がある。
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一九八七年︶ 小林前掲註︵3︶二二六∼二二七頁。 上柳前掲註︵1︶四五頁。 上柳前掲註︵1︶四五頁。 境一郎﹁商法改正追加四項目の解説と実務︵三︶1累積投票制度の改正案について﹂﹃商事法務﹄五四九号三頁。 田中誠二﹃確定改正会社法解説﹄︵千倉書房、一九五二年︶一一∼一二頁。 田中前掲註︵8︶一三頁。 田中前掲註︵8︶ 一三頁。 田中誠二﹃三全訂会社法詳論︵上︶﹄︵勤草書房、一九九三年︶ニニ七頁、鈴木竹雄・竹内昭夫﹃会社法︵新版︶﹄︵有斐閣、 四〇頁。 10718 17 16 15 14 13 12 ︵n︶ ハ 31 30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) 鈴木・竹内前掲註︵n︶四〇頁。 田中前掲註︵8︶一一二頁。 田中前掲註︵8︶一七頁。 鈴木・竹内前掲註︵n︶四〇頁。 田中前掲註︵n︶一一八頁。 鈴木・竹内前掲註︵11︶二四五頁。 鈴木・竹内前掲註︵n︶二四五頁や境前掲註︵7︶二頁は、累積投票制度を一種の比例代表制度と表現している。田中前掲註 二八頁。 田中前掲註︵n︶一一八頁。 上柳前掲註︵1︶四五∼四六頁、境前掲註︵7︶三頁。 大森忠夫等編﹃注釈会社法︵四︶﹄︹浜田道代︺︵有斐閣、一九六八年︶四四頁。 境前掲註︵1︶一〇一八頁。 上柳前掲註︵1︶四六∼四七頁。 田中前掲註︵11︶五八一頁。 田中前掲註︵n︶五八一頁。 上柳前掲註︵1︶四七頁。 境前掲註︵1︶一〇二頁。 大阪高決昭三七・一・一六下民集一三巻一号二二頁。 北沢正啓﹃新版会社法﹄︵青林書院、一九八二年︶三二四頁。 上柳前掲註︵1︶四七頁。 北沢前掲註︵29︶三二四頁、上柳前掲註︵1︶四七頁。なお、昭和四九年商法改正以降は、定款による累積投票制度の全面的 108
東洋法学第54巻第1号(2010年7月) 排除を認めることになったため、会議の目的たる事項を﹁取締役の選任﹂として選任すべき取締役の員数を示さないことも許され ると解されるが、議決権を有する株主の数が一〇〇〇人以上のいわゆる大会社においては、株主総会の招集通知に取締役候補者の 氏名等を記載した参考書類を添付しなければならない。 ︵3 2︶ 境前掲註︵7︶三∼四頁、堀旦旦﹁改正商法における重要項目の解説−累積投票、株主名簿の閉鎖﹂﹃企業会計﹄二六巻五号 八○頁。 44 43 42 41 40 39 38 37 36 35 34 33 に控えた国際的資本取引の自由化が実現すると、 積投票請求権を活用して、 る虞れがあるので、 ︵45︶ 田辺明﹁商法の一部改正法律案要綱案追加項目の解説﹂﹃商事法務﹄五四〇号三二頁。 境前掲註︵7︶四頁。 堀口前掲註︵3 2︶八○頁。 境前掲註︵7︶四頁、堀口前掲註︵3 2︶八二頁。 鈴木・竹内前掲註︵11︶二四六頁。 堀口前掲註︵3 2︶八一頁。 堀口前掲註︵3 2︶八一頁。 境前掲註︵7︶四頁。 堀口前掲註︵3 2︶八一頁。 堀口前掲註︵3 2︶八一∼八二頁。 丑場直道﹁商法改正対策シリーズW累積投票制度の改正と実務への適用﹂﹃商事法務﹄六三二号二頁。 中津晴弘﹁累積投票制度における少数派株主の取締役選任権﹂﹃商事法務﹄一二六三号四九頁。当時の時代背景として、目前 わが国企業の発行済株式の二五%以上を取得した外国人ないしは外国企業が、累 わが国企業に経営者を送り込むことができることとなり、それによる混乱がわが国産業の発展を阻害す それを阻止するため、企業側に、累積投票を廃するという防衛策を与える、ということにあったとされる。 中津前掲註︵必︶四九∼五〇頁。 109
46 ︶ 中津前掲註︵44︶五四∼五五頁は、コンピュータ 量的変化を紹介しており、非常に興味深い。 47 ︶ 中津前掲註︵44︶五五頁。 48︶ 中津前掲註︵4 4︶五五頁。 49 ︶ 中津前掲註︵44︶五七頁。 50︶ 田中前掲註︵H︶五八○頁。 51 ︶ 中津前掲註︵44︶五〇頁。 ほりぐち まさる・法学部准教授 アログラムを用いて多数派と少数派の持株比率の変動に応じた累積投票の 110